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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-13
(45)【発行日】2024-02-21
(54)【発明の名称】四輪駆動の車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 30/045 20120101AFI20240214BHJP
   B60W 30/188 20120101ALI20240214BHJP
   B60W 10/08 20060101ALI20240214BHJP
   B60W 10/06 20060101ALI20240214BHJP
   B60W 10/184 20120101ALI20240214BHJP
   B60W 10/119 20120101ALI20240214BHJP
   B60T 8/1755 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
B60W30/045
B60W30/188
B60W10/08
B60W10/06
B60W10/184
B60W10/119
B60T8/1755 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020078317
(22)【出願日】2020-04-27
(65)【公開番号】P2021172247
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2023-03-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【弁理士】
【氏名又は名称】真田 有
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【弁理士】
【氏名又は名称】諏訪 華子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 亮太
【審査官】藤村 泰智
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-327335(JP,A)
【文献】特許第3303605(JP,B2)
【文献】特開2014-043213(JP,A)
【文献】特開2008-044555(JP,A)
【文献】特開2000-127931(JP,A)
【文献】特開2007-001579(JP,A)
【文献】特開平06-080035(JP,A)
【文献】特開平05-278490(JP,A)
【文献】特開2008-100577(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 10/00 ~ 10/30
B60W 30/00 ~ 30/20
B60T 8/1755
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前後輪の一方を駆動する二つのモータと、前記二つのモータとは独立して設けられ前記前後輪の他方を駆動する駆動源とを具備するとともに、前記二つのモータによって駆動される前記一方の左右輪にトルク差を付与可能な四輪駆動の車両の制御装置であって、
前記前後輪のそれぞれに要求される要求トルクを算出する第一算出部と、
前記左右輪間に要求される要求トルク差及び前記第一算出部で算出された前記前後輪の前記一方の要求トルクに基づき、前記左右輪のそれぞれに要求される左右の要求トルクを算出する第二算出部と、
前記第二算出部により算出された前記左右の要求トルクのそれぞれが所定のトルク上限値を超えるか否かの判定を含むリミット判定を実施して、前記要求トルク差を実現可能か否かを判定するリミット判定部と、
前記リミット判定部により前記要求トルク差を実現不可と判定された場合に、前記車両がアンダーステアであるか否かを判定する旋回判定部と、
前記旋回判定部により前記車両がアンダーステアであると判定された場合に、前記左右の要求トルクを算出し直すとともに、前記左右輪間において前記要求トルク差を実現するために不足しているトルク差不足分を前記車両のブレーキ量として算出する第三算出部と、
前記第三算出部で算出された前記左右の要求トルクに基づいて前記二つのモータを制御するモータ制御部と、
前記第三算出部で算出された前記ブレーキ量に基づいてブレーキ圧を制御するブレーキ制御部と、を備えた
ことを特徴とする、四輪駆動の車両の制御装置。
【請求項2】
前記リミット判定には、前記要求トルク差が所定のトルク差上限値を超えるか否かの判定が含まれる
ことを特徴とする、請求項1記載の四輪駆動の車両の制御装置。
【請求項3】
前記第三算出部は、前記左右の要求トルクを算出し直す場合に、前記左右の要求トルクの和が前記第一算出部で算出された前記前後輪の前記一方の要求トルクとなるように計算する
ことを特徴とする、請求項1又は2記載の四輪駆動の車両の制御装置。
【請求項4】
前記旋回判定部は、前記車両のターンアウト時にアンダーステアであるか否かを判定する
ことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の四輪駆動の車両の制御装置。
【請求項5】
前記制御装置は、
前記駆動源を制御する駆動源制御部と、
前記旋回判定部により前記車両がアンダーステアでないと判定された場合に、前記左右の要求トルクを算出し直すとともに、前記トルク差不足分を前記前後輪の前記他方の要求トルクに加算する第四算出部と、をさらに備え、
前記モータ制御部は、前記第四算出部により算出し直された場合には、前記第四算出部で算出された前記左右の要求トルクに基づいて前記二つのモータを制御し、
前記駆動源制御部は、前記第四算出部により算出し直された場合には、前記第四算出部で算出された前記他方の要求トルクに基づいて前記駆動源を制御する
ことを特徴とする、請求項4記載の四輪駆動の車両の制御装置。
【請求項6】
前記旋回判定部は、前記リミット判定部により前記要求トルク差を実現不可と判定された場合に、前記車両のターンイン時又はコーナリング時であるときは前記アンダーステアであるか否かの判定をスキップし、
前記第四算出部は、前記旋回判定部により前記判定がスキップされた場合も、前記トルク差不足分を前記前後輪の前記他方の要求トルクに加算するとともに、前記左右の要求トルクを算出し直す
ことを特徴とする、請求項5記載の四輪駆動の車両の制御装置。
【請求項7】
前記二つのモータが後輪を駆動し、前記駆動源が前輪を駆動する
ことを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の四輪駆動の車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前後輪の一方を駆動する二つのモータと、これらのモータとは独立して設けられて前後輪の他方を駆動する駆動源と、を具備するとともに、二つのモータによって駆動される左右輪にトルク差を付与可能な四輪駆動の車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、四輪駆動の車両において、複数の駆動源のトルク(駆動力)をそれぞれ制御することで、車両の挙動を安定させるようにした技術が提案されている。例えば特許文献1では、乗員による操作や車両の状態に応じて要求される前後方向及び旋回方向の各駆動力と前後配分比とを演算し、各駆動源の駆動力指令値を調整している。また、特許文献2では、実ヨーレイトに基づいて所定時間経過後に発生するヨーレイトを予測し、このヨーレイトを発生させるヨーモーメントと逆向きのヨーモーメントを所定時間経過後に付加することで、路面状態が急激に変化するような状況での車両の挙動安定を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2009-177994号公報
【文献】特開2005-247276号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、各駆動源(例えばモータ)の出力可能なトルクは、車両の走行状態や駆動源の状態等により決まることから、要求されるトルクを必ずしも出力できるとは限らない。そのため、車両旋回時に所望のトルク差を出力できない状況では、各駆動源をどのように制御して旋回性能を向上させるべきかに関し、改良の余地がある。特に、車両がアンダーステア又はオーバーステアである場合には、好ましい車両挙動が互いに異なることから、車両の旋回状態を判定し、その旋回状態に応じた制御を実施することが望ましい。
【0005】
本件の四輪駆動の車両の制御装置は、このような課題に鑑み案出されたもので、車両の旋回性能を向上させることを目的の一つとする。なお、この目的に限らず、後述する発明を実施するための形態に示す各構成により導かれる作用効果であって、従来の技術によっては得られない作用効果を奏することも本件の他の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)ここで開示する四輪駆動の車両の制御装置は、前後輪の一方を駆動する二つのモータと、前記二つのモータとは独立して設けられ前記前後輪の他方を駆動する駆動源とを具備するとともに、前記二つのモータによって駆動される前記一方の左右輪にトルク差を付与可能な四輪駆動の車両の制御装置であって、第一算出部,第二算出部,リミット判定部,旋回判定部,第三算出部,モータ制御部及びブレーキ制御部を備える。前記第一算出部は、前記前後輪のそれぞれに要求される要求トルクを算出する。前記第二算出部は、前記左右輪間に要求される要求トルク差及び前記第一算出部で算出された前記前後輪の前記一方の要求トルクに基づき、前記左右輪のそれぞれに要求される左右の要求トルクを算出する。前記リミット判定部は、前記第二算出部により算出された前記左右の要求トルクのそれぞれが所定のトルク上限値を超えるか否かの判定を含むリミット判定を実施して、前記要求トルク差を実現可能か否かを判定する。前記旋回判定部は、前記リミット判定部により前記要求トルク差を実現不可と判定された場合に、前記車両がアンダーステアであるか否かを判定する。前記第三算出部は、前記旋回判定部により前記車両がアンダーステアであると判定された場合に、前記左右の要求トルクを算出し直すとともに、前記左右輪間において前記要求トルク差を実現するために不足しているトルク差不足分を前記車両のブレーキ量として算出する。前記モータ制御部は、前記第三算出部で算出された前記左右の要求トルクに基づいて前記二つのモータを制御する。前記ブレーキ制御部は、前記第三算出部で算出された前記ブレーキ量に基づいてブレーキ圧を制御する。
【0007】
(2)前記リミット判定には、前記要求トルク差が所定のトルク差上限値を超えるか否かの判定が含まれることが好ましい。
(3)前記第三算出部は、前記左右の要求トルクを算出し直す場合に、前記左右の要求トルクの和が前記第一算出部で算出された前記前後輪の前記一方の要求トルクとなるように計算することが好ましい。
(4)前記旋回判定部は、前記車両のターンアウト時にアンダーステアであるか否かを判定することが好ましい。
【0008】
(5)前記制御装置は、前記駆動源を制御する駆動源制御部と、前記旋回判定部により前記車両がアンダーステアでないと判定された場合に、前記左右の要求トルクを算出し直すとともに、前記トルク差不足分を前記前後輪の前記他方の要求トルクに加算する第四算出部と、をさらに備えることが好ましい。この場合、前記モータ制御部は、前記第四算出部により算出し直された場合には、前記第四算出部で算出された前記左右の要求トルクに基づいて前記二つのモータを制御し、前記駆動源制御部は、前記第四算出部により算出し直された場合には、前記第四算出部で算出された前記他方の要求トルクに基づいて前記駆動源を制御することが好ましい。
【0009】
(6)前記旋回判定部は、前記リミット判定部により前記要求トルク差を実現不可と判定された場合に、前記車両のターンイン時又はコーナリング時であるときは前記アンダーステアであるか否かの判定をスキップし、前記第四算出部は、前記旋回判定部により前記判定がスキップされた場合も、前記トルク差不足分を前記前後輪の前記他方の要求トルクに加算するとともに、前記左右の要求トルクを算出し直すことが好ましい。
(7)前記二つのモータが後輪を駆動し、前記駆動源が前輪を駆動することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
開示の四輪駆動の車両の制御装置によれば、アンダーステア傾向を抑制しながら車両の旋回性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】一実施形態に係る制御装置を備えた四輪駆動の車両の全体構成を示す概略図である。
図2図1の制御装置のブロック図である。
図3】一実施形態に係る制御装置のEV-ECUで実施される制御手順を例示するフローチャートである。
図4】一実施形態に係る制御装置における作用を説明するための模式図であり、(a)は左旋回する際に右要求トルクが上限を超えている場合、(b)は図4(a)の状態でコーナリング時である場合、(c)は図4(a)の状態でターンアウト時かつオーバーステアであると判定された場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図面を参照して、実施形態としての四輪駆動の車両の制御装置について説明する。以下に示す実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施形態の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。また、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることができる。
【0013】
[1.全体構成]
本実施形態の制御装置は、図1に示す車両1に搭載される。この車両1は、前後輪9f,9rの一方を駆動する二つのモータ3L,3Rと、二つのモータ3L,3Rとは独立して設けられ前後輪9f,9rの他方を駆動する駆動源3Fと、を備えた四輪駆動の電動車両である。本実施形態の車両1では、二つのモータ3L,3Rが後輪9rを駆動し、他の駆動源3Fが前輪9fを駆動する。なお、駆動源3F及びモータ3L,3Rの前後配置がこれと逆であってもよい。
【0014】
車両1は、二つのモータ3L,3Rによって駆動される左右の後輪9r(一方の左右輪、以下「左右輪9rL,9rR」ともいう)にトルク差を付与可能な機構を備える。本実施形態の車両1は、AYC(アクティブヨーコントロール)機能を持った車両用のディファレンシャル装置6(動力分配機構)を備え、左右輪9rの間に介装される。AYC機能とは、左右駆動輪における駆動力(駆動トルク)の分担割合を主体的に制御することでヨーモーメントの大きさを調節し、これを以て車両のヨー方向の姿勢を安定させる機能である。本実施形態の車両1は、AYC機能だけでなく、駆動トルクを左右輪9rに伝達して車両1を走行させる機能と、車両旋回時に発生する左右輪9rL,9rRの回転数差を受動的に吸収する機能とを併せ持つ。
【0015】
二つのモータ3L,3Rは、駆動用バッテリ2の電力で駆動される交流モータであり、好ましくは出力特性がほぼ同一とされる。以下、これらのモータ3L,3Rを特に区別する場合には、車両1の左側に配置されるモータ3Lを「第一モータ3L」といい、車両1の右側に配置されるモータ3Rを「第二モータ3R」という。第一モータ3L及び第二モータ3Rの各回転速度は、例えばディファレンシャル装置6に内蔵された減速ギヤ列により減速されて、左右輪9rL,9rRに伝達される。なお、ディファレンシャル装置6に、二つのモータ3L,3Rのトルク差を増幅する機能が備えられていてもよい。
【0016】
本実施形態の駆動源3Fは、モータ3L,3Rと同様、駆動用バッテリ2の電力で駆動される交流モータである。駆動源3Fの回転速度はトランスアクスル5において減速されて、左右の前輪9fに伝達される。以下、駆動源3Fを「モータ3F」ともいう。駆動用バッテリ2と各モータ3F,3L,3Rとの間にはインバータ4F,4L,4Rが介装され、各インバータ4F,4L,4Rにより電力が変換される。なお、図1では便宜上、インバータ4Fと駆動用バッテリ2とが電力線を示す太直線を省略している。
【0017】
車両1には、少なくとも、前後輪9f,9rの車輪速をそれぞれ検出する車輪速センサ7と、各モータ3F,3L,3Rの回転速度を検出するモータ回転数センサ8(例えばレゾルバ)とが設けられる。また、車両1には、アクセル開度センサ,操舵角センサ,モータ温度センサ,バッテリ温度センサ,バッテリ電圧センサ,バッテリ電流センサ(いずれも図示略)といった既知のセンサが設けられてよい。これらのセンサによる検出値は、車両制御装置10(EV-Electronic Control Unit、以下「EV-ECU10」という)に伝達される。EV-ECU10は、車両1を統括的に制御する上位の電子制御装置であり、例えばマイクロプロセッサやROM,RAM等を集積したLSIデバイスや組み込み電子デバイスとして構成される。
【0018】
本実施形態の車両1には、EV-ECU10からの指令に基づき動作する下位の電子制御装置として、FMCU20(Front Motor Control Unit;駆動源制御部)及びRMCU30L,30R(Rear Motor Control Unit;モータ制御部)が設けられる。FMCU20及びRMCU30L,30Rはそれぞれ、各インバータ4F,4L,4Rに電気的に接続され、各インバータ4F,4F,4Rを介して各モータ3F,3L,3Rを制御する。
【0019】
車両1には、前後輪9f,9rの少なくとも一方の左右輪をそれぞれ単独で制動可能な制動ユニット40が設けられる。本実施形態の制動ユニット40は、図2に示すように、EV-ECU10からの指令に基づき動作する下位の電子制御装置としてのASCU41(Active Stability Control Unit;ブレーキ制御部)と、ASCU41により制御されるH/U42(Hydraulic Unit;油圧制御ユニット)とを有する。ASCU41は、EV-ECU10からの指令を受けてH/U42を制御し、前後輪9f,9rの各々の機械式ブレーキ装置(図示略)を個別に制御する。
【0020】
[2.制御構成]
図2は、本実施形態の制御装置の一例を示すブロック図であり、上記の車両1に搭載される。本実施形態では、本発明の制御装置が持つ機能が、上述した複数の電子制御装置10,20,30L,30R,40に割り当てられているが、一つの電子制御装置にすべての機能が備えられていてもよい。図2に示すように、EV-ECU10には、七つの算出部11~15,18,19と三つの判定部16,17A,17Bとが設けられる。以下、順に説明する。
【0021】
総駆動トルク算出部11は、例えばアクセル開度や車速等に基づいて、車両1に要求される総駆動トルクTを算出する。前後トルク算出部12(第一算出部)は、前後輪9f,9rのそれぞれに要求されるトルクTf,Trを算出する。すなわち、前後トルク算出部12は、総駆動トルク算出部11で算出された総駆動トルクTを、前後配分比に基づいて、前輪9fに要求されるトルクTf(要求トルク、以下「FrトルクTf」と表記する)と、後輪9rに要求されるトルクTr(要求トルク、以下「RrトルクTr」と表記する)とに分配する。前後配分比は、予め設定された固定値であってもよいし、車両1の走行状態やモータ3F,3L,3Rの状態等に基づいて前後トルク算出部12が算出してもよい。
【0022】
要求トルク差算出部13は、例えば車速や操舵角等に基づいて、車両1がスムースに旋回するために左右輪9rL,9rR間に要求される要求トルク差ΔTdを算出する。上限算出部14は、後述するリミット判定で用いる三つの上限値TrLLim,TrRLim,ΔTLimを算出する。上限値TrLLim,TrRLimは、二つのモータ3L,3Rが出力可能な上限であり、例えば各モータ3L,3Rの作動状態はモータ温度に基づいて算出される。これらの上限値TrLLim,TrRLimはそれぞれ算出されることから、必ずしも同一にはならない。上限値ΔTLimは、二つのモータ3L,3R間で出力可能なトルク差の上限であり、例えば二つの上限値TrLLim,TrRLimに基づき算出される。以下、三つの上限値TrLLim,TrRLim,ΔTLimをそれぞれ区別する場合にはそれぞれ、左トルク上限TrLLim,右トルク上限TrRLim,トルク差上限ΔTLimという。
【0023】
左右トルク算出部15(第二算出部)は、前後トルク算出部12で算出されたRrトルクTrと、要求トルク差算出部13で算出された要求トルク差ΔTdとに基づき、左右輪9rL,9rRのそれぞれに要求される左右の要求トルク、すなわち左要求トルクTrL及び右要求トルクTrRを算出する。つまり、左右トルク算出部15は、RrトルクTrを要求トルク差ΔTdに基づき左右輪9rL,9rRに分配する。
【0024】
リミット判定部16は、所定のリミット判定を実施して、要求トルク差算出部13で算出された要求トルク差ΔTdを実現可能か否かを判定する。ここでいうリミット判定とは、上述した左右の要求トルクTrL,TrRのそれぞれが各トルク上限値TrLLim,TrRLimを超えるか否か、すなわち、各モータ3L,3Rに要求されるトルクがその上限を上回ったか否かの判定である。リミット判定には、少なくとも下記の条件1,2が含まれる。また、リミット判定には、要求トルク差ΔTdがトルク差上限値ΔTLimを超えるか否かの判定(下記の条件3)が含まれることが好ましい。
【0025】
==リミット判定==
条件1:左要求トルクTrL>左トルク上限TrLLim
条件2:右要求トルクTrR>右トルク上限TrRLim
条件3:要求トルク差ΔTd>トルク差上限ΔTLim
【0026】
リミット判定部16により要求トルク差ΔTdを実現可能であると判定された場合には、RMCU30L,30Rが、左要求トルクTrL及び右要求トルクTrRを出力するようモータ3L,3Rをそれぞれ制御するとともに、FMCU20が、FrトルクTfを出力するよう駆動源3Fを制御する。これにより、所望の要求トルク差ΔTdが実現されることから、高い旋回性能が確保される。
【0027】
一方、リミット判定部16により要求トルク差ΔTdを実現できないと判定された場合には、後述する処理を実施する。本実施形態ではまず、旋回状態判定部17A(旋回判定部)が車両1の旋回状態を判定する。具体的には、車両1が旋回し始めた状態(ターンイン時)、旋回の最中(コーナリング時)、旋回を抜ける状態(ターンアウト時)のいずれであるかを判定する。この判定は、例えば車速,操舵角,横G,カメラ情報等に基づき実施される。旋回状態判定部17Aによりターンアウト時であると判定された場合には、さらにUS判定部17B(旋回判定部)が、車両1がアンダーステア(US)であるか否かを判定する。言い換えると、US判定部17Bは、車両1のターンイン時又はコーナリング時であるときは、アンダーステアであるか否かの判定をスキップする。
【0028】
ブレーキ量算出部18(第三算出部)は、US判定部17Bにより車両1がアンダーステアであると判定された場合に、左右の要求トルクTrL,TrRを算出し直すとともに、左右輪9rL,9rR間において要求トルク差ΔTdを実現するために不足しているトルク差不足分ΔTiを車両1のブレーキ量Bとして算出する。すなわち、モータ3L,3Rだけでは実現できないトルク差を、ブレーキ量として補完する(ブレーキを併用する)ことで実現する。また、ブレーキ量算出部18は、左右の要求トルクTrL,TrRを算出し直す場合に、左右の要求トルクTrL′,TrR′の和が、前後トルク算出部12で算出されたRrトルクTr(前後輪9f,9rの一方の要求トルク)となるように計算する。これにより、ブレーキが併用される場合であっても、前後トルク算出部12で算出されたRrトルクTrは確保される。
【0029】
トルク移動算出部19(第四算出部)は、US判定部17Bにより車両1がアンダーステアでないと判定された場合に、左右の要求トルクTrL,TrRを算出し直すとともに、左右輪9rL,9rR間において要求トルク差ΔTdを実現するために不足しているトルク差不足分ΔTiをFrトルクTf(前後輪9f,9rの他方の要求トルク)に加算する。すなわち、モータ3L,3Rだけでは実現できないトルク差を、他の駆動源3Fを利用することで実現する。また、トルク移動算出部19は、左右の要求トルクTrL,TrRを算出し直す場合に、左右の要求トルクTrL′,TrR′の差が要求トルク差ΔTdとなるように計算する。これにより、要求トルクの一部をフロント側に移動する場合であっても、要求トルク差ΔTdは確保される。
【0030】
本実施形態のトルク移動算出部19は、US判定部17Bによる判定がスキップされた場合(すなわち、旋回状態判定部17Aによりターンイン時又はコーナリング時であると判定された場合)にも、左右の要求トルクTrL,TrRを算出し直すとともに、トルク差不足分ΔTiをFrトルクTfに加算する。つまり、本実施形態のEV-ECU10では、リミット判定部16により要求トルク差ΔTdを実現できないと判定された場合、ターンアウト時にアンダーステアであるときに限り、ブレーキを併用し、これ以外のときには他の駆動源3Fにトルクを移動させる。
【0031】
FMCU20は、トルク移動算出部19でFrトルクTfが算出し直された場合には、この算出されたFrトルクTf′に基づいて駆動源3Fを制御する。左RMCU30L及び右RMCU30Rはいずれも、ブレーキ量算出部18又はトルク移動算出部19で左右の要求トルクTrL,TrRが算出し直された場合には、算出された左右の要求トルクTrL′,TrR′に基づいて各モータ3L,3Rを制御する。ASCU41は、ブレーキ量算出部18においてブレーキ量Bが算出された場合には、このブレーキ量Bに基づいてH/U42のブレーキ圧を制御する。
【0032】
[3.フローチャート]
図3は、上述したEV-ECU10で実施される制御の一例である。本フローチャートは、例えば所定の演算周期で繰り返し実施される。まずは、ステップS1において、車両1に設けられた各種センサからの検出値(各種情報)を取得する。
【0033】
ステップS2~S6は算出ステップである。ステップS2では、総駆動トルク算出部11において総駆動トルクTが算出され、続くステップS3では、前後トルク算出部12においてFrトルクTf及びRrトルクTrが算出される。ステップS4では、要求トルク差算出部13において要求トルク差ΔTdが算出され、続くステップS5では、上限算出部14において三つの上限値TrLLim,TrRLim,ΔTLimが算出される。そして、ステップS6では、左要求トルクTrL及び右要求トルクTrRが算出される。
【0034】
ステップS7~S9は判定ステップである。ステップS7では要求トルク差ΔTdを実現可能であるか否かが判定される。この判定では、ステップS4で算出された要求トルク差ΔTd及びステップS5で算出された各上限値が用いられる。要求トルク差ΔTdを実現可能であればステップS14に進み、ステップS3で算出されたFrトルクTf及びステップS6で算出された要求トルクTrL,TrRがFMCU20及びRMCU30L,30Rに出力されて(ステップS14)、このフローをリターンする。
【0035】
一方、ステップS7において要求トルク差ΔTdを実現できないと判定された場合には、旋回状態判定部17Aにおいてターンアウトであるか否かが判定される(ステップS8)。ターンアウトであれば、さらにUS判定部17Bにおいてアンダーステアであるか否かが判定される(ステップS9)。ターンアウトかつアンダーステアであるときはステップS10に進み、ブレーキ量算出部18において左右の要求トルクTrL′,TrR′が再計算されるとともに、トルク差不足分ΔTiがブレーキ量Bとして算出される(ステップS11)。
【0036】
ターンアウトでない場合、又は、ターンアウトであるがアンダーステアでない場合にはステップS12に進み、トルク差算出部19において左右の要求トルクTrL′,TrR′が再計算されるとともに、トルク差不足分ΔTiがFrトルクTfに加算されてFrトルクTf′も再計算される(ステップS13)。そして、ステップS10~S13のそれぞれで算出された値は、FMCU20,RMCU30L,30R,ASCU41のそれぞれに出力されて(ステップS14)、このフローをリターンする。
【0037】
[4.作用,効果]
ここで、図4(a)~(c)を用いて、上述した制御装置による制御内容の一例を説明する。例えば図4(a)に示すように、車両1が左旋回をする際に上記の条件2のみが成立する場合(TrR>TrRLim)、右要求トルクTrRを出力できないことから要求トルク差ΔTdを実現できない。この場合には、まず旋回状態が判定される。
【0038】
例えばコーナリング時では、図4(b)に示すように、右要求トルクTrRが右トルク上限TrRLimにクリップされるよう再計算される(TrR′=TrRLim)。さらに、要求トルク差ΔTdを維持するため、左要求トルクTrL′が再計算され(TrL′=TrR′-ΔTd)、これに伴って不足するトルク差分ΔTi〔=Tr-(TrR′+TrL′)〕がFrトルクTfに加算されて、FrトルクTf′も再計算される(Tf′=Tf+ΔTi)。
【0039】
また、例えばターンアウト時のアンダーステアであれば、図4(c)に示すように、右要求トルクTrRが右トルク上限TrRLimにクリップされるよう再計算される(TrR′=TrRLim)。さらに、RrトルクTrを維持するため、左要求トルクTrL′が再計算され(TrL′=Tr-TrR′)、これに伴って不足するトルク差分ΔTi〔=ΔTd-(TrR′-TrL′)〕がブレーキ量Bとして算出される(B=ΔTi)。
【0040】
(1)したがって、上述した制御装置では、二つのモータ3L,3Rのみで要求トルク差ΔTdを実現できないときにアンダーステアとなっている場合には、トルク差不足分ΔTiをブレーキ量Bとして算出し、ブレーキ制御を併用して要求トルク差ΔTdを実現するため、左右輪9rL,9rRに適切なトルク差を付与できる。これにより、アンダーステア傾向を抑制しながら車両1の旋回性能を向上させることができる。
【0041】
(2)上述した制御装置において、リミット判定に条件3が含まれていれば、二つのモータ3L,3Rのみで要求トルク差ΔTdを実現可能か否かの判定精度を高められることができる。このため、より適切にアンダーステア傾向を抑制できるとともに車両1の旋回性能を向上させることができる。
【0042】
(3)また、上述した制御装置では、ブレーキ量算出部18が左右の要求トルクTrL,TrRを算出し直す場合に、左右の要求トルクTrL′,TrR′の和が前後トルク算出部12で算出された、前後輪の一方の要求トルク(例えばRrトルクTr)となるように計算する。これにより、ブレーキ制御を併用して要求トルク差ΔTdを実現する場合でも、要求されるトルク(ここではRrトルクTr)は維持されるため、ドライバに減速感を与えにくくなり、ドライブフィーリングの向上を図ることができる。
【0043】
(4)上述した制御装置では、旋回状態判定部17A及びUS判定部17Bによりターンアウト時にアンダーステアであるか否かが判定される。車両1の旋回状態は、加減速等の走行状態によっては旋回から抜けるタイミングで安定しにくい。これに対し、上述した制御装置によれば、車両1が旋回から抜け出すターンアウト時にアンダーステアのときにはブレーキ制御と併用することで前後配分比を変えることなく適切に要求トルク差ΔTdを実現できるため、ターンアウト時の車両1の挙動を安定させて旋回性を向上させることができる。
【0044】
(5)上述した制御装置では、アンダーステアでないと判定された場合に、トルク移動算出部19がトルク差不足分ΔTiを他の駆動源3Fに加算するとともに左右の要求トルクTrL,TrRを算出し直し、FMCU20及びRMCU30L,30Rによって駆動源3F及びモータ3L,3Rが制御される。これにより、要求トルク差ΔTdを実現不可と判定されたときに、例えばオーバーステアであれば、前後トルクの配分比を変更する(一方の要求トルクTrの一部を他方に加算する)ことで、スピン傾向を抑えることができる。したがって、オーバーステア傾向を抑制できるとともに旋回性能を向上させることができる。
【0045】
(6)さらに上述した制御装置では、要求トルク差ΔTdが実現不可である場合、ターンイン時又はコーナリング時であるときには、US判定部17Bによる判定がスキップされて、トルク移動算出部19による算出が実施される。ターンイン時又はコーナリング時は、ターンアウト時と比較して、前後配分比を変更しても車両1の挙動が不安定にならないため、仮にオーバーステア傾向であったとしても、前後配分比を変更して要求トルク差ΔTdを実現することでオーバーステア傾向を抑えることができる。このため、判定処理を省略することで演算負荷を小さくしながら、車両1の旋回性能の向上を図ることができる。
【0046】
(7)上述した車両1では、後輪9rが二つのモータ3L,3Rによって駆動され、前輪9fが別の駆動源3Fにより駆動される。つまり、左右の後輪9rL,9rRにトルク差を付与可能になっている。このような四輪駆動の車両1では、アンダーステアの際に要求トルクの前後配分比を変更して前輪9f側の駆動源3Fの駆動力を増大させると、車両1がプローしやすくなり、乗員に違和感を与えうる。これに対し、上述した制御装置では、アンダーステアのときには前後配分比は変えず、トルク差を出せない分はブレーキ量として補完することで、アンダーステア傾向を抑制して車両1の挙動を安定させつつ、旋回性能を向上させることができる。なお、ブレーキをかける車輪は、前輪9f及び後輪9rのいずれか一輪でもよいし複数輪でもよい。
【0047】
[5.変形例]
上述した車両1及び制御装置の各構成は一例であって、上述したものに限られない。例えば、上記のリミット判定に条件3が含まれていなくてもよい。また、リミット判定部16により要求トルク差ΔTdを実現不可と判定された場合に、車両1がオーバーステアであるときに限ってトルク差不足分ΔTiをブレーキにより補完する制御を実施する構成でもよい。すなわち、要求トルクの前後配分比を変更するトルク移動算出部19を省略し、ターンイン時、コーナリング時、又はターンアウト時のオーバーステアでは前後トルク算出部12及び左右トルク算出部15で算出された値をそのまま出力する構成としてもよい。
【0048】
また、上記実施形態では、ターンアウト時にアンダーステアであるときにブレーキによる補完制御を実施しているが、ターンイン時又はコーナリング時にアンダーステアであるときにもブレーキによる補完制御を実施してもよい。これにより、車両1が旋回するときには、旋回のタイミングによらず適切に要求トルク差ΔTdを実現でき、旋回性能を向上できる。なお、上記のブレーキ量算出部18は、左右の要求トルクTrL,TrRを算出し直す場合に、左右の要求トルクTrL′,TrR′の和がRrトルクTrとなるように計算しているが、要求トルクTrL′,TrR′の再計算方法はこれに限られない。モータ3L,3Rの状態によっては要求トルクTrL,TrRの一部を他の駆動源3Fに移動させて要求トルクTrL′,TrR′を再計算してもよいし、RrトルクTrの実現を断念してもよい。
【0049】
上記の車両1では、前輪9fが駆動源3Fで駆動され、後輪9rが二つのモータ3L,3Rで駆動されているが、駆動対象がこれと逆であってもよい。また、駆動源3Fはモータに限られず、内燃機関であってもよい。また、左右輪にトルク差を付与可能な機構は上記のディファレンシャル装置6に限られず、例えばインホイールモータのように、右輪,左輪に対し個別にトルクを付与可能な構成であってもよい。
【符号の説明】
【0050】
1 車両
3F 駆動源,モータ
3L モータ,第一モータ
3R モータ,第二モータ
9f 前輪
9r 後輪
9rL,9rR 左右輪
10 車両制御装置,EV-ECU
11 総駆動トルク算出部
12 前後トルク算出部(第一算出部)
13 要求トルク差算出部
14 上限算出部
15 左右トルク算出部(第二算出部)
16 リミット判定部
17A 旋回状態判定部(旋回判定部)
17B US判定部(旋回判定部)
18 ブレーキ量算出部(第三算出部)
19 トルク移動算出部(第四算出部)
20 FMCU(駆動源制御部)
30L,30R RMCU(モータ制御部)
40 制動ユニット
41 ASCU(ブレーキ制御部)
42 H/U(油圧制御ユニット)
B ブレーキ量
T 総駆動トルク
Tf,Tf′ Frトルク(要求トルク)
Tr Rrトルク(要求トルク)
TrL,TrL′ 左要求トルク
TrR,TrR′ 右要求トルク
TrLLim 左トルク上限
TrRLim 右トルク上限
ΔTd 要求トルク差
ΔTi トルク差不足分
ΔTLim トルク差上限
図1
図2
図3
図4