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特許7435345ドライバトルク推定装置、およびステアリング装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-13
(45)【発行日】2024-02-21
(54)【発明の名称】ドライバトルク推定装置、およびステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20240214BHJP
   G01L 3/10 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
B62D6/00
G01L3/10 317
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020130492
(22)【出願日】2020-07-31
(65)【公開番号】P2022026837
(43)【公開日】2022-02-10
【審査請求日】2023-06-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【弁理士】
【氏名又は名称】新居 広守
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一樹
(72)【発明者】
【氏名】山本 章吾
【審査官】田邉 学
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-321684(JP,A)
【文献】特開2002-154450(JP,A)
【文献】特開2018-165156(JP,A)
【文献】特開2017-114324(JP,A)
【文献】特開2019-182393(JP,A)
【文献】特開2019-206230(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
G01L 3/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の機械要素の組み合わせにより操作可能に保持される操作部材の操作に応じて転舵輪を転舵するステアリング装置に適用されるドライバトルク推定装置であって、
前記機械要素に発生するトルクを取得するトルク取得部と、
運転者が前記操作部材に加える力であるドライバトルクを前記トルク取得部から取得したトルクを用いて非線形演算に基づき推定するドライバトルク推定部と、
前記操作部材の動作を示す動作情報に基づき運転者の操作部材の操作状態を特定する操作状態特定部と、
前記操作状態特定部の特定結果に基づき、前記ドライバトルク推定部に用いられる前記非線形演算に適用されるパラメータ値を更新する更新部と、
を備えるドライバトルク推定装置。
【請求項2】
前記操作部材の動作を示す動作情報に基づき前記ステアリング装置が搭載される車両のノイズ状態を特定するノイズ状態特定部をさらに備え、
前記更新部は、
前記ノイズ状態特定部の特定結果に基づき、前記ドライバトルク推定部に用いられる前記非線形演算に適用されるパラメータ値を更新する
請求項1に記載のドライバトルク推定装置。
【請求項3】
前記操作状態特定部は、
前記操作部材の操作量、および前記トルク取得部から取得するトルクの少なくとも一方を動作情報として取得し、ローパスフィルタに通した前記動作情報を所定の第一期間内において統計処理した結果である第一統計情報を特定し、
前記更新部は、
前記第一統計情報が第一閾値以上の場合、前記ドライバトルク推定部の応答性が高くなるように前記非線形演算に適用されるパラメータ値を更新し、前記第一統計情報が第一閾値未満の場合、前記ドライバトルク推定部の応答性が低くなるように前記非線形演算に適用されるパラメータ値を更新する
請求項1または2に記載のドライバトルク推定装置。
【請求項4】
前記ノイズ状態特定部は、
前記操作部材の操作量、および前記トルク取得部から取得するトルクの少なくとも一方を動作情報として取得し、ハイパスフィルタに通した前記動作情報を所定の第二期間内において統計処理した結果である第二統計情報を特定し、
前記更新部は、
前記第二統計情報が第二閾値以上の場合、前記ドライバトルク推定部の応答性が低くなるように前記非線形演算に適用されるパラメータ値を更新し、前記第二統計情報が第二閾値未満の場合、前記ドライバトルク推定部の応答性が高くなるように前記非線形演算に適用されるパラメータ値を更新する
請求項2または請求項2を引用する請求項3に記載のドライバトルク推定装置。
【請求項5】
転舵輪を転舵する転舵機構と、
運転者による操作部材の操作を前記転舵機構に伝達する伝達機構と、
請求項1から4のいずれか一項に記載のドライバトルク推定装置と、
を備えるステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者によって操作部材に加えられるドライバトルクを推定するドライバトルク推定装置、およびドライバトルク推定装置を備えたステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の機械要素が連結されることにより操作部材と転舵輪とが接続されるステアリング装置において、ステアリング装置に発生するトルクをセンシングするためにトーションバーが連結される場合がある。前記トーションバーの捩れ量に基づき導出されるトルクには、運転者が操作部材を操作することにより発生するドライバトルク、アシストモーターから入力されるアシストトルク、転舵輪から入力される路面反力トルクなどが含まれる。
【0003】
従来、センシングされたトルクからアシストトルクを推定するために、種々の方法が提案されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2002-154450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、ステアリング装置に取り付けられるステアリングホイールなどの操作部材を操作する運転者の操作状態は、様々であるため、運転者が操作部材に加える力を示すドライバトルクを様々な状況下で高精度に推定することは困難である。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、様々な状況においてもドライバトルクを安定して推定できるドライバトルク推定装置、およびステアリング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の1つであるドライバトルク推定装置は、複数の機械要素の組み合わせにより操作可能に保持される操作部材の操作に応じて転舵輪を転舵するステアリング装置に適用されるドライバトルク推定装置であって、前記機械要素に発生するトルクを取得するトルク取得部と、運転者が前記操作部材に加える力であるドライバトルクを前記トルク取得部から取得したトルクを用いて非線形演算に基づき推定するドライバトルク推定部と、前記操作部材の動作を示す動作情報に基づき運転者の操作部材の操作状態を特定する操作状態特定部と、前記操作状態特定部の特定結果に基づき、前記ドライバトルク推定部に用いられる前記非線形演算に適用されるパラメータ値を更新する更新部と、を備える。
【0008】
また、上記目的を達成するために、本発明の他の1つであるステアリング装置は、転舵輪を転舵する転舵機構と、運転者による操作部材の操作を前記転舵機構に伝達する伝達機構と、ドライバトルク推定装置と、を備え、前記ドライバトルク推定装置は、前記機械要素に発生するトルクを取得するトルク取得部と、運転者が前記操作部材に加える力であるドライバトルクを前記トルク取得部から取得したトルクを用いて非線形演算に基づき推定するドライバトルク推定部と、前記操作部材の動作を示す動作情報に基づき運転者の操作部材の操作状態を特定する操作状態特定部と、前記操作状態特定部の特定結果に基づき、前記ドライバトルク推定部に用いられる前記非線形演算に適用されるパラメータ値を更新する更新部と、を備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、運転者が操作部材を操作する状態に応じてドライバトルクを推定するためのパラメータ値を切り替えることで、ドライバトルクを安定して推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施の形態1に係るステアリング装置を示す図である。
図2】実施の形態1に係るドライバトルク推定装置の機能構成を示すブロック図である。
図3】実施の形態1に係る操作状態特定部の機能構成を示すブロック図である。
図4】実施の形態1に係るノイズ状態特定部の機能構成を示すブロック図である。
図5】実施の形態1に係るドライバトルク推定装置の1周期における処理の流れを示すフローチャートである。
図6】実施の形態2に係るステアリング装置を示す図である。
図7】実施の形態2に係るドライバトルク推定装置の機能構成を示すブロック図である。
図8】実施の形態2に係る更新部のシステムノイズの更新処理の流れを示すフローチャートである。
図9】実施の形態2に係る更新部の観測ノイズの更新処理の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明に係るドライバトルク推定装置、およびステアリング装置の実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の位置関係、および接続状態、ステップ、ステップの順序などは、一例であり、本発明を限定する主旨ではない。また、以下では複数の発明を一つの実施の形態として説明する場合があるが、請求項に記載されていない構成要素については、その請求項に係る発明に関しては任意の構成要素であるとして説明している。また、図面は、本発明を説明するために適宜強調や省略、比率の調整を行った模式的な図となっており、実際の形状や位置関係、比率とは異なる場合がある。
【0012】
(実施の形態1)
図1は、実施の形態1に係るステアリング装置を示す図である。ステアリング装置100は、操作部材200の操作に応じて転舵輪210を転舵する装置であって、転舵機構110と、伝達機構120と、ドライバトルク推定装置130と、を備えている。実施の形態1の場合、ステアリング装置100は、いわゆる電動パワーステアリング装置であり、アシスト機構140をさらに備えている。
【0013】
転舵機構110は、転舵輪210を転舵する機構であり、実施の形態1の場合、ラックシャフト111と、タイロッド112と、を備えている。
【0014】
ラックシャフト111は、車両の左右方向に沿って直線状に延在配置されている。ラックシャフト111の周面の一部には、伝達機構120の一部であるピニオンシャフト121の先端部に設けられたピニオン124に噛み合うラック113が形成されており、ピニオンシャフト121の回転がラックシャフト111の軸方向の移動に変換されるラック・アンド・ピニオン機構が構成されている。ラックシャフト111は、軸方向に移動することによって、タイロッド112、ナックルアーム(不図示)などを介して転舵輪210を転舵することができる。
【0015】
伝達機構120は、運転者による操作部材200の操作を転舵機構110に伝達する機構である。実施の形態1の場合、伝達機構120は、ユニバーサルジョイント125を介して連結されるピニオンシャフト121と、インタミディエイトシャフト122と、コラムシャフト123と、を備えている。
【0016】
ステアリング装置100は、伝達機構120に取り付けられた操作量センサ151、トルクセンサ152を備えている。
【0017】
操作量センサ151は、操作部材200の操作量を取得するセンサである。実施の形態1の場合、操作部材200は、環状のステアリングホイールであり、操作部材200の操作は、回転により行われる。操作量センサ151は、操作部材200の回転に伴って回転するコラムシャフト123の回転量を操作量として取得する回転角センサである。操作量センサ151が取得する回転角は、トルクセンサ152の入力軸側の回転角として把握される。
【0018】
トルクセンサ152は、複数の機械要素の組み合わせで構成された伝達機構120に発生するトルクを情報として取得する。トルクセンサ152の取り付け位置は、特に限定されるものではないが、実施の形態1の場合、トルクセンサ152は、ピニオンシャフト121に取り付けられている。トルクセンサ152の種類は特に限定されるものではないが、実施の形態1の場合、ピニオンシャフト121に介在配置されているトーションバー153の捩れ量に基づきトルクを取得する。トーションバー153の操作部材200側は、入力軸であり、トーションバー153のピニオン124側の端部は出力軸となる。入力軸も出力軸も共に回転するため、トルクセンサ152は、入力軸の回転量と出力軸の回転量の差分に基づきトルクを取得する。
【0019】
操作部材200が操作(回転)されると、この回転が、コラムシャフト123、およびインタミディエイトシャフト122を介して、ピニオンシャフト121に伝達される。そして、ピニオンシャフト121の回転は、ピニオン124とラック113との噛み合いによって、ラックシャフト111の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪210が転舵される。
【0020】
アシスト機構140は、アシスト力を発生するための電動モータ141と、電動モータ141の出力トルクを増幅して転舵機構110に伝達するための減速機142とを備えている。実施の形態1では、電動モータ141は、三相ブラシレスモータであり、出力軸の回転量はレゾルバなどのモータ角度センサ144(図2参照)により出力されている。減速機142は、電動モータ141の出力軸に連結されるウォームギヤと、ウォームギヤと噛み合うウォームホイールとを備えるウォーム減速機である。ウォームホイールは第二ピニオンシャフト143が取り付けられており、第二ピニオンシャフト143は、ラックシャフト111に設けられた第二ラック114と噛み合う。
【0021】
電動モータ141は、運転者の操作状態に応じて駆動され、減速機142、および第二ピニオンシャフト143を介してアシストトルクがラックシャフト111に付与される。これにより、操作部材200から加えられるドライバトルクと電動モータ141からのアシストトルクに基づき転舵輪210は転舵するため、少ないドライバトルクで転舵輪210を転舵することが可能となる。
【0022】
図2は、実施の形態1に係るドライバトルク推定装置の機能構成を示すブロック図である。
【0023】
ドライバトルク推定装置130は、ピニオンシャフト121、コラムシャフト123や、これを保持する軸受などの機械要素の組み合わせにより操作可能に保持される操作部材200の操作に応じて転舵輪210を転舵するステアリング装置100に適用され、運転者が操作部材200に入力するドライバトルクを推定する装置である。ドライバトルク推定装置130は、プログラムをコンピュータに実行させることにより実現される処理部として、トルク取得部131と、ドライバトルク推定部132と、操作状態特定部133と、更新部134とを備えている。実施の形態1の場合、ドライバトルク推定装置130は、さらに出力軸角度取得部136と、ノイズ状態特定部135を備えている。
【0024】
トルク取得部131は、操作部材200と転舵輪210とを連結する機械要素に発生するトルクを取得する。実施の形態1の場合、トルク取得部131は、機械要素の一つであるピニオンシャフト121に発生するトルクをトルクセンサ152から取得する。トルクセンサ152から取得したトルクには、運転者が操作部材200を操作することにより発生するドライバトルク、アシスト機構140の電動モータ141から入力されるアシストトルク、転舵輪210から入力される路面反力トルクなどが含まれる。
【0025】
実施の形態1の場合、トルク取得部131は、ドライバトルク推定装置130の周期毎にトルクセンサ152から一つの値としてトルクを取得する。
【0026】
出力軸角度取得部136は、トルクセンサ152の出力軸側の角度をドライバトルク推定部に入力する入力変数として取得する。実施の形態1の場合、出力軸角度取得部136は、電動モータ141の出力軸の角度をモータ角度センサ144から取得し、減速機142のギア比、第二ピニオンシャフト143と第二ラック114とのギア比、ピニオンシャフト121とラック113とのギア比などに基づき出力軸角度を算出する。
【0027】
ドライバトルク推定部132は、トルク取得部131が取得したトルクを用いて非線形演算に基づきドライバトルクを推定する。ドライバトルク推定部132が採用しうる非線形の演算は、例えば非線形オブザーバ、パーティクルフィルタ、Moving Horizon推定器などを例示することができる。実施の形態1の場合、ドライバトルク推定部132は、トルク取得部131が取得したトルク、および出力軸角度取得部136がモータ角度センサ144から得られた情報を演算処理して取得した出力軸角度を入力とし、非線形カルマンフィルタを用いてドライバトルクを推定している。
【0028】
コラムシャフト123について、以下のモデルが成立する。
【0029】
【数1】
【0030】
上記式1のモデルを状態遷移方程式で表し、オイラー法(または、ルンゲクッタ法)で離散化する。
【0031】
【数2】
【0032】
式2の3行目のドライバートルクTd(k)は、ランダムウォークモデルである。
【0033】
ここで、非線形カルマンフィルタにおけるシステムノイズの共分散行列Q(k)は、下式3で表される
【0034】
【数3】
【0035】
入力軸の角度の分散と入力軸の角速度の分散とは、予め定められた一定値である。具体的には、角度、角速度が急峻に変化している状況でも問題なくドライバトルクが推定できるように試験、シミュレーションなどにより事前に入力軸の角度の分散と入力軸の角速度の分散とをチューニングしている。ドライバトルクの分散は、更新部134によって更新される。
【0036】
操作状態特定部133は、操作部材200の動作を示す動作情報に基づき運転者の操作部材の操作状態を特定する。実施の形態1の場合、操作状態特定部133は、図3に示すように、ローパスフィルタ部161と、第一統計処理部162と、を備えている。
【0037】
ローパスフィルタ部161は、トルク取得部131から取得するトルクを動作情報として取得し、操作周波数帯域のトルクを抽出する。操作周波数帯域を決定するローパスフィルタ部161のカットオフ周波数は、特に限定されるものではないが、運転者が操作部材200を操作する周期を考慮し数Hz程度をカットオフ周波数として採用することが好ましい。つまり、操作周波数帯域は数Hz以下である。
【0038】
第一統計処理部162は、ローパスフィルタ部161を通過した動作情報を所定の第一期間内において移動統計処理し、運転者が操作部材200を急峻に操作した度合い(緩慢に操作した度合い)を示す値を導出する。実施の形態1の場合、第一統計処理部162は、ローパスフィルタ部161により抽出された操作周波数帯域のトルクの移動分散を演算により取得する。移動分散を演算する際のウインドウサイズは特に限定されるものではない。実施の形態1の場合、ドライバトルク推定装置130の処理周期毎にトルクが一つ得られるため、ウインドウサイズを所定数(例えば10)に設定している。これにより、ドライバトルク推定装置130のメモリの負荷を抑制し、操作状態特定部133の特定のリアルタイム性の向上を図ることができる。
【0039】
ノイズ状態特定部135は、操作状態特定部133が取得する動作情報と同じ動作情報に基づきステアリング装置100が搭載される車両の電磁気的な環境によるノイズ状態などを特定する。実施の形態1の場合、ノイズ状態特定部135は、図4に示すように、ハイパスフィルタ部164と、第二統計処理部165と、を備えている。
【0040】
ハイパスフィルタ部164は、トルク取得部131から取得するトルクを動作情報として取得し、高周波数帯域のセンサノイズを抽出する。ハイパスフィルタ部164のカットオフ周波数は、特に限定されるものではないが、ステアリング装置100が搭載される車両が備えるECU(Electronic Control Unit)などから入力されるノイズの周波数を考慮し数百Hz程度をカットオフ周波数として採用することが好ましい。
【0041】
第二統計処理部165は、ハイパスフィルタ部164を通過した動作情報を所定の第二期間内において移動統計処理し、観測ノイズを特定する指標を導出する。実施の形態1の場合、第二統計処理部165は、ハイパスフィルタ部164により抽出された高周波数帯域のセンサノイズの移動分散を演算により取得する。移動分散を演算する際のウインドウサイズは特に限定されるものではない。実施の形態1の場合、ウインドウサイズは、第一統計処理部162と同じ数(例えば10)に設定している。これにより、ドライバトルク推定装置130のメモリの負荷を抑制し、操作状態特定部133の特定のリアルタイム性の向上を図ることができる。
【0042】
更新部134は、操作状態特定部133の特定結果に基づき、ドライバトルク推定部132に用いられる非線形演算に適用されるパラメータ値を更新する。実施の形態1の場合、更新部134は、操作状態特定部133が導出した操作周波数帯域におけるトルクの分散を取得し、取得したトルクの分散を共分散行列Q(k)におけるドライバトルクの分散としてドライバトルク推定部132に入力する。
【0043】
また実施の形態1の場合、更新部134は、ノイズ状態特定部135の特定結果に基づき、ドライバトルク推定部132に用いられる非線形演算に適用されるパラメータ値を更新する。更新部134は、ノイズ状態特定部135が導出した高周波数帯域におけるトルクの分散を取得し、取得したトルクの分散を観測ノイズの分散としてドライバトルク推定部132に入力する。
【0044】
ドライバトルク推定部132は、更新部134により更新されたパラメータ値に基づきドライバトルクを推定し、例えば運転者が操作部材200に触れているか否か、車両を操向するために積極的に操作部材200に触れているか否かなどを判定する操作状態判定装置220等に推定したドライバトルクを提供する。
【0045】
図5は、ドライバトルク推定装置の1周期における処理の流れを示すフローチャートである。
【0046】
ドライバトルク推定装置130は、所定の周期でドライバトルクの推定を繰り返す。ドライバトルク推定装置130の処理の1周期において、トルク取得部131、出力軸角度取得部136などは各センサから測定値を取得する(S101)。操作状態特定部133は、トルクセンサ152の測定値に基づきパラメータ値の一つであるトルクの分散を特定する。またノイズ状態特定部135は、パラメータ値の他の一つである観測ノイズの分散を特定する(S102)。
【0047】
更新部134は、操作状態特定部133からトルクの分散をドライバトルクの分散として取得し、ドライバトルク推定部132に取得したドライバトルクの分散を出力してドライバトルクの分散を更新させる。また、ノイズ状態特定部135からノイズの分散を観測ノイズの分散として取得し、ドライバトルク推定部132に取得した観測ノイズの分散を出力して観測ノイズの分散を更新させる(S103)。
【0048】
ドライバトルク推定部132は、トルク取得部131が取得したトルク、出力軸角度取得部136が取得した出力軸角度に基づき更新されたパラメータ値に基づき非線形カルマンフィルタを計算し、ドライバトルクを推定する(S104)。
【0049】
ドライバトルク推定部132は、例えば操作状態判定装置220に推定したドライバトルクを出力する(S105)。
【0050】
(実施の形態2)
続いて、ドライバトルク推定装置、およびステアリング装置の他の実施の形態について説明する。なお、前記実施の形態1と同様の作用や機能、同様の形状や機構や構造を有するもの(部分)には同じ符号を付して説明を省略する場合がある。また、以下では実施の形態1と異なる点を中心に説明し、同じ内容については説明を省略する場合がある。
【0051】
図6は、実施の形態2に係るステアリング装置を示す図である。同図に示すように、実施の形態2に係るステアリング装置100は、トルクセンサ152を備えていない。
【0052】
図7は、実施の形態2に係るドライバトルク推定装置の機能構成を示すブロック図である。ドライバトルク推定装置130は、操作量取得部137と、トルク取得部131と、ドライバトルク推定部132と、操作状態特定部133と、更新部134と、出力軸角度取得部136と、ノイズ状態特定部135を備えている。
【0053】
操作量取得部137は、操作量センサ151から操作部材200の操作量を取得する。実施の形態2の場合、操作量取得部137は、操作部材200の回転に伴って回転するコラムシャフト123の回転量(回転角)を入力軸角度として取得する。
【0054】
トルク取得部131は、出力軸角度取得部136が取得した出力軸角度と、操作量取得部137が取得した入力軸角度に基づきトルクを算出して取得する。トルクを算出する方法は、特に限定されるものではなく、線形演算、非線形演算のいずれでも構わない。実施の形態2の場合、トルク取得部131は、線形のトーションバーモデルに基づきトルクを算出している。具体的には、入力軸角度と出力軸角度の差分に係数を乗算することによりトルクを算出している。
【0055】
更新部134は、操作状態特定部133の第一統計処理部162が算出したトルクの分散に対し第一閾値を含む段階的な閾値を設け、隣り合う閾値で区切られた領域のそれぞれに異なるドライバトルクの分散が設定されたシステムノイズ分散マップを備えている。システムノイズ分散マップは、第一統計情報であるトルクの分散が第一閾値以上の各領域に対しては、段階的にドライバトルク推定部132の応答性が高くなるように段階的に大きくなるドライバトルクの分散が設定される。一方、トルクの分散が第一閾値未満の各領域に対しては、ドライバトルク推定部132の応答性が低くなるように段階的に小さくなるドライバトルクの分散が設定される。
【0056】
図8は、実施の形態2に係る更新部のシステムノイズの更新処理の流れを示すフローチャートである。実施の形態2の場合、更新部134は、第一閾値と第一閾値よりも大きな第三閾値で区切られた三つの領域のそれぞれに段階的に大きくなる第一システムノイズ、第二システムノイズ、第三システムノイズが設定されたシステムノイズ分散マップを備えている。
【0057】
更新部134は、操作状態特定部133からトルクの分散を取得すると(S201)、システムノイズ分散マップに照らし合わせ、トルクの分散が第一閾値未満の場合(S202:YES)、第一システムノイズを決定する(S203)。トルクの分散が第一閾値以上、かつ第三閾値未満の場合(S204:YES)、第二システムノイズを決定する(S205)。トルクの分散が第三閾値以上の場合(S204:No)、第三システムノイズを決定する(S205)。更新部134は、決定したシステムノイズを用いてドライバトルク推定部132のパラメータ値を更新する(S207)。
【0058】
また更新部134は、ノイズ状態特定部135の第二統計処理部165が算出したノイズの分散に対し第二閾値を含む段階的な閾値を設け、隣り合う閾値で区切られた領域のそれぞれに異なる観測ノイズの分散が設定された観測ノイズ分散マップを備えている。観測ノイズ分散マップは、第二統計情報であるノイズの分散が第二閾値以上の各領域に対しては、段階的にドライバトルク推定部132の応答性が低くなるように段階的に大きくなる観測ノイズの分散が設定される。一方、ノイズの分散が第二閾値未満の各領域に対しては、ドライバトルク推定部132の応答性が高くなるように段階的に小さくなる観測ノイズの分散が設定される。
【0059】
図9は、実施の形態2に係る更新部の観測ノイズの更新処理の流れを示すフローチャートである。実施の形態2の場合、更新部134は、第二閾値と第二閾値よりも大きな第四閾値で区切られた三つの領域のそれぞれに段階的に大きくなる第一観測ノイズ、第二観測ノイズ、第三観測ノイズが設定された観測ノイズ分散マップを備えている。
【0060】
更新部134は、ノイズ状態特定部135からノイズの分散を取得すると(S301)、観測ノイズ分散マップに照らし合わせ、ノイズの分散が第二閾値未満の場合(S302:YES)、第一観測ノイズを決定する(S303)。ノイズの分散が第二閾値以上、かつ第四閾値未満の場合(S304:YES)、第二観測ノイズを決定する(S305)。ノイズの分散が第四閾値以上の場合(S304:No)、第三観測ノイズを決定する(S305)。更新部134は、決定した観測ノイズを用いてドライバトルク推定部132のパラメータ値を更新する(S307)。
【0061】
以上の実施の形態にかかるドライバトルク推定装置130、およびドライバトルク推定装置130を備えたステアリング装置100によれば、運転者が操作部材を操作する状態、例えば操作部材を急峻に操作している状態と、緩慢に操作している状態とを適切に検出することができる。そして検出された操作状態に応じて例えば非線形カルマンフィルタに適応されるシステムノイズ共分散行列に含まれるパラメータ値を更新して応答性を調整している。これにより、ドライバトルクを安定した状態で高精度に推定することができる。
【0062】
また、ドライバトルクを推定するために入力される情報から観測ノイズを抽出し、これに基づきパラメータ値を更新してドライバトルク推定部132の応答性を調整している。これにより、車両における電気的、磁気的な環境の変化に適切に対応して高精度にドライバトルクを推定することができる。また、センサの個体差を吸収することもできるためドライバトルク推定装置130の汎用性、信頼性を高めることが可能となる。
【0063】
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではない。例えば、本明細書において記載した構成要素を任意に組み合わせて、また、構成要素のいくつかを除外して実現される別の実施の形態を本発明の実施の形態としてもよい。また、上記実施の形態に対して本発明の主旨、すなわち、請求の範囲に記載される文言が示す意味を逸脱しない範囲で当業者が思いつく各種変形を施して得られる変形例も本発明に含まれる。
【0064】
例えば、操作状態特定部133は、トルクセンサ152から得られるトルク、または操作部材200の回転角を動作情報として取得して操作状態を特定したが、これ以外の動作情報を用いて操作状態を特定しても構わない。また、複数のセンサからそれぞれ得られる複数の動作情報を組み合わせて操作状態を特定しても構わない。
【0065】
また、更新部134がシステムノイズ分散マップなどの操作状態とパラメータ値とが対応付けられたマップを備えている場合などにおいて、操作状態特定部133は、操作状態を示す値として2乗平均などの統計結果を操作状態として導出しても構わない。
【0066】
また、システムノイズの分散、および観測ノイズの分散を更新対象のパラメータとして説明したが、観測ノイズの分散については、事前の試験でチューニングした一定値でも構わない。また、ドライバトルクを推定するモデルに応じて更新対象のパラメータを選定しても構わない。
【符号の説明】
【0067】
100…ステアリング装置、110…転舵機構、111…ラックシャフト、112…タイロッド、113…ラック、114…第二ラック、120…伝達機構、121…ピニオンシャフト、122…インタミディエイトシャフト、123…コラムシャフト、124…ピニオン、125…ユニバーサルジョイント、130…ドライバトルク推定装置、131…トルク取得部、132…ドライバトルク推定部、133…操作状態特定部、134…更新部、135…ノイズ状態特定部、136…出力軸角度取得部、137…操作量取得部、140…アシスト機構、141…電動モータ、142…減速機、143…第二ピニオンシャフト、144…モータ角度センサ、151…操作量センサ、152…トルクセンサ、153…トーションバー、161…ローパスフィルタ部、162…第一統計処理部、164…ハイパスフィルタ部、165…第二統計処理部、200…操作部材、210…転舵輪、220…操作状態判定装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9