(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-13
(45)【発行日】2024-02-21
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 29/024 20160101AFI20240214BHJP
H02P 27/06 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
H02P29/024
H02P27/06
(21)【出願番号】P 2020186434
(22)【出願日】2020-11-09
【審査請求日】2023-04-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 悠祐
【審査官】佐藤 彰洋
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-303315(JP,A)
【文献】特開2011-234594(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 4/00
H02P 21/00-25/03
H02P 25/04
H02P 25/08-31/00
H02P 6/00-6/34
H02M 7/42-7/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3相以上の多相モータ(701、702、802)の駆動を制御するモータ制御装置であって、
上下アームの複数のスイッチング素子(61-66)の動作により前記多相モータの各相間巻線(74、75、76、741、742、751、752、761、762)もしくは各相巻線(841、842、851、852、861、862)に通電可能なインバータ回路(60)と、
前記多相モータの電気角であるロータ位置を検出する位置検出器(45)と、
少なくとも前記多相モータの巻線の断線故障を含むモータ電流経路の断線故障を診断する故障診断部(40)と、
を備え、
前記故障診断部は、
前記モータ電流経路が正常な場合の前記多相モータのロータ位置が目標の電気角である目標位置(θtgt)に固定されるように、所定の電圧を各相の端子(71、72、73、81、82、83)に印加する固定相通電を行い、
前記固定相通電による実際のロータ位置と前記目標位置との偏差であるロータ位置偏差(θerr)に基づいて前記モータ電流経路の断線故障を診断するモータ制御装置。
【請求項2】
前記故障診断部は、さらに、前記ロータ位置偏差の値に基づき故障箇所を特定する請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記故障診断部は、現在のロータ位置に応じて前記固定相通電の前記目標位置を設定する請求項1または2に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記故障診断部は、前記固定相通電において、上下アームのスイッチング素子のスイッチング周期に対する上アームのスイッチング素子のオン時間の比率であるDuty比について、
1相のDuty比を0%より大きい値とし、それ以外の相のDuty比を0%とするか、又は、
1相のDuty比を100%より小さい値とし、それ以外の相のDuty比を100%とするように通電する請求項1~3のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記故障診断部は、所定の条件が成立しているか否かに応じて、故障診断の実施可否を判定する請求項1~4のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記故障診断部は、前記多相モータに流れる電流の絶対値が電流閾値以上、又は、印加電圧が電圧閾値以上の状態である有効通電状態の継続時間が規定値(Tdet)以上経過したときのロータ位置偏差に基づき故障診断を行う請求項1~5のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記故障診断部は、前記多相モータに流れる電流の絶対値が電流閾値以上、又は、印加電圧が電圧閾値以上の状態である有効通電状態で、回転角速度の絶対値が規定値(ωdet)以下になったときのロータ位置偏差に基づき故障診断を行う請求項1~5のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項8】
前記故障診断部は、前記モータ電流経路の断線故障であると判定したとき、使用者又は他の装置への通知、少なくとも一部の電流経路の遮断、前記多相モータの出力制限のうち一つ以上の処置を行う請求項1~7のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項9】
前記多相モータ(701、702)は、各相間巻線がデルタ結線された3相モータである請求項1~8のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項10】
前記多相モータ(802、702)は、各相巻線又は各相間巻線が複数本並列接続された並列巻線モータである請求項1~9のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、多相モータの駆動を制御するモータ制御装置において、モータ電流経路の断線故障を判定する技術が知られている。
【0003】
例えば特許文献1に開示された装置は、多相モータの各相について、印加電圧の絶対値が電圧閾値より大きく、且つ、多相モータに流れる電流の絶対値が電流閾値より小さいとき、インバータ回路から巻線までの電流経路の断線故障、又は、スイッチング素子のオープン故障であると判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の装置は、3相の各相巻線が1本の巻線でスター結線されたシングルスター結線の3相モータを駆動対象としている。シングルスター結線の1相の巻線が断線した場合、電流の迂回経路が無いため、電流の絶対値が大きく低下する。これに対し、各相間巻線が1本の巻線でデルタ結線されたシングルデルタ結線の3相モータでは、例えばU-V間巻線が断線しても、U-W間巻線及びW-V間巻線の経路を迂回してU相端子とV相端子との間に電流が流れる。
【0006】
また、各相巻線が2本並列接続されたデュアルスター結線の3相モータや、各相間巻線が2本並列接続されたデュアルデルタ結線の3相モータでは、並列接続された2本の巻線のうち1本が断線しても、他の1本の巻線を通って電流が流れる。以下、デュアルスター結線やデュアルデルタ結線において並列接続される2本の巻線を、複数本の巻線に一般化した構成のモータを「並列巻線モータ」という。
【0007】
このように電流の迂回経路を有するモータでは、断線時に抵抗が変化しても電流の絶対値の低下幅が小さい。特許文献1の装置による故障判定では、電圧及び電流の検出誤差、回路や巻線の抵抗、インダクタンスのばらつき、温度特性の影響による電流変化等を考慮して誤検出を回避しようとすると、電流閾値を低めに設定せざるを得ない。そのため、シングルデルタ結線モータや並列巻線モータの巻線が断線故障したとき、小さな電流変化に基づいて故障判定することが困難である。
【0008】
本発明は、このような点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、断線故障時の電流変化が小さい多相モータの巻線断線故障を判定可能なモータ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、3相以上の多相モータ(701、702、802)の駆動を制御するモータ制御装置であって、インバータ回路(60)と、位置検出器(45)と、故障診断部(40)と、を備える。インバータ回路は、上下アームの複数のスイッチング素子(61-66)の動作により多相モータの各相間巻線(74、75、76、741、742、751、752、761、762)もしくは各相巻線(841、842、851、852、861、862)に通電可能である。位置検出器は、多相モータの電気角であるロータ位置を検出する。故障診断部は、少なくとも多相モータの巻線の断線故障を含むモータ電流経路の断線故障を診断する。
【0010】
故障診断部は、モータ電流経路が正常な場合の多相モータのロータ位置が目標の電気角である目標位置(θtgt)に固定されるように、所定の電圧を各相の端子(71、72、73、81、82、83)に印加する「固定相通電」を行う。故障診断部は、固定相通電による実際のロータ位置と目標位置との偏差であるロータ位置偏差(θerr)に基づいてモータ電流経路の断線故障を診断する。
【0011】
本発明では、固定相通電によるロータ位置偏差に基づき断線故障を診断するため、シングルデルタ結線モータや並列巻線モータのように断線故障時の電流変化が小さい多相モータの巻線断線故障を判定可能である。また、固定相通電における目標位置は、各相の端子に印加される電圧の比によって決まり、電圧の大きさに依存しない。したがって、電圧のばらつきの影響を受けずに故障診断を実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】第1実施形態によるシングルデルタ結線の3相モータでのU-V間断線時の電流経路を示す模式図。
【
図3】「U相:L、V相:H、W相:L」の条件での固定相通電における正常時、U-V間断線時、V-W間断線時のベクトル図。
【
図4】
図3の固定相通電における通電時間対ロータ位置θ、及び、ロータ位置θ対回転角速度ωの図。
【
図5】「U相:H、V相:L、W相:L」の条件での固定相通電における正常時、U-V間断線時、W-U間断線時のベクトル図。
【
図6】
図5の固定相通電における通電時間対ロータ位置θ、及び、ロータ位置θ対回転角速度ωの図。
【
図9】(a)最小回転量制限、(b)最大回転量制限、(c)回転方向制限の目標位置設定例を示す電流ベクトル図。
【
図10】(a)有効通電状態の継続時間によりロータ位置偏差の取得タイミングを判断するフローチャート。(b)有効通電状態でのロータ回転角速度によりロータ位置偏差の取得タイミングを判断するフローチャート。
【
図11】「U相:Vh、V相:Vh/3、W相:0」の条件での固定相通電における正常時のベクトル図。
【
図12】
図11の固定相通電におけるU-V間断線時、V-W間断線時、W-U間断線時の電流ベクトル図。
【
図13】第2実施形態によるデュアルスター結線の3相モータでのU相1本断線時の電流経路を示す模式図。
【
図14】デュアルスター結線での正常時、及び、U相1本断線時の電流ベクトルを示す模式図。
【
図15】第3実施形態によるデュアルデルタ結線の3相モータでのU-V相間1本断線時の電流経路を示す模式図。
【
図16】デュアルデルタ結線での正常時、及び、U-V間1本断線時の電流ベクトルを示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明によるモータ制御装置の複数の実施形態を図面に基づいて説明する。複数の実施形態において実質的に同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。以下の第1~第3実施形態を包括して「本実施形態」という。本実施形態のモータ制御装置は、例えば車両のブレーキ装置や電動パワーステアリング装置において、「多相モータ」である3相モータの駆動を制御する。
【0014】
(第1実施形態)
図1~
図12を参照し、第1実施形態について説明する。モータ制御装置10は、インバータ回路60と、位置検出器45と、故障診断部40とを備える。インバータ回路60は、ブリッジ接続された上下アームの複数のスイッチング素子61-66により構成されている。スイッチング素子61、62、63は、それぞれU相、V相、W相の上アームのスイッチング素子であり、スイッチング素子64、65、66は、それぞれU相、V相、W相の下アームのスイッチング素子である。以下、上アームのスイッチング素子を「上アーム素子」、下アームのスイッチング素子を「下アーム素子」と省略する。スイッチング素子61-66は、例えばMOSFETで構成されている。
【0015】
インバータ回路60の高電位線及び低電位線は、それぞれバッテリ11の正極及び負極に接続されている。また、インバータ回路60の入力部には平滑コンデンサ13が設けられている。インバータ回路60は、バッテリ11から印加される入力電圧Vinvを用いて、上下アームの複数のスイッチング素子61-66の動作により3相モータ701に通電可能である。詳しくは、第1実施形態の3相モータ701はシングルデルタ結線モータであり、インバータ回路60は、3相モータ701の各相間巻線74、75、76に通電可能である。以下、3相モータ701を適宜「モータ701」と省略する。
【0016】
また、各相に通電される電流Iu、Iv、Iwを検出する電流検出器として、例えばシャント抵抗67、68、69がインバータ回路60の下アーム素子64、65、66と低電位線との間に設けられている。なお、シャント抵抗の配置はこれに限らない。検出された相電流Iu、Iv、Iw及び入力電圧Vinvは故障診断部40に入力される。通常のモータ駆動時には相電流Iu、Iv、Iw及び入力電圧Vinvは、モータ制御のパラメータとして通常動作の制御部に入力される。そのため、通常のモータ駆動を行う制御部が故障診断部40の機能を兼ねてもよい。
【0017】
位置検出器45は、モータ701の電気角であるロータ位置θを検出し故障診断部40に通知する。例えば位置検出器45は、ホール素子やレゾルバ等の回転角センサにより構成される。なお、機械角が検出された後、電気角に換算される構成であってもよい。
【0018】
故障診断部40は、モータ電流経路の断線故障を診断する。特に本実施形態ではモータ701の巻線の断線故障を診断対象として説明する。そのため、「モータ電流経路の断線故障」には少なくともモータ701の巻線の断線故障が含まれる。以下の説明において、正常時とは、巻線が正常である状態を意味し、断線時とは、巻線が断線している状態を意味する。ただし故障診断部40は、巻線の断線故障以外にインバータ回路60のスイッチング素子61-66のオープン故障や、インバータ回路60からモータ端子までの配線の断線故障の診断も可能である。
【0019】
本実施形態の故障診断部40は、「固定相通電」を行い、「ロータ位置偏差」に基づいてモータ電流経路の断線故障、特に巻線の断線故障を診断する。固定相通電とは、正常時のモータ701のロータ位置が目標の電気角である目標位置に固定されるように、所定の電圧を各相の端子71、72、73に印加する通電である。つまり、ロータが回転するごとに通電位相を変更する、いわゆるベクトル制御を行うのではなく、固定相通電では一つのスイッチング状態が維持される。
【0020】
例えば
図1に示すように、U相上アーム素子61及びV相下アーム素子65をオンし、それ以外のスイッチング素子62、63、64、65をオフしたとき、U相端子71とV相端子72との間に電圧が印加され、矢印のように電流が流れる。正常時にこのスイッチング状態を継続すると、ロータ位置は目標位置に固定される。なお、固定相通電では電気エネルギーの大部分が熱エネルギーに変換されるため、素子の発熱が耐熱温度を超えないように短時間で実施されることが好ましい。
【0021】
一方、モータ701の巻線の断線時には一部の場合を除き、ロータ位置は目標位置とは異なる位置に固定される。このとき、固定相通電による実際のロータ位置と目標位置との偏差をロータ位置偏差という。故障診断部40は、このロータ位置偏差に基づいて巻線の断線故障を診断する。目標位置及びロータ位置偏差の具体例については、
図3~
図6等を参照して後述する。
【0022】
次に
図2を参照し、本実施形態の故障診断部40が特に巻線の断線故障を診断することの技術的意義を説明する。第1実施形態の駆動対象の3相モータ701は、各相間巻線が1本の巻線でデルタ結線されたシングルデルタ結線モータである。U相端子71とV相端子72との間にはU-V間巻線74が接続されている。V相端子72とW相端子73との間にはV-W間巻線75が接続されている。W相端子73とU相端子71との間にはW-U間巻線76が接続されている。
【0023】
ここで、例えばU-V間巻線74が断線した場合を想定する。U相端子71とV相端子72との間に電圧を印加したとき、電流は、W-U間巻線76及びV-W間巻線75を通ってU相端子71からV相端子72に流れる。つまり、シングルスター結線モータのように1相の巻線が断線した場合に電流の迂回経路が無いモータとは異なり、1つの相間巻線が断線しても電流が迂回して流れる。そのため、電流の絶対値の低下幅が小さい。
【0024】
ところで、特許文献1(特開2018-57210号公報)の
図4等に開示された従来技術では、多相モータの各相について、印加電圧の絶対値が電圧閾値より大きく、且つ、多相モータに流れる電流の絶対値が電流閾値より小さいとき、モータ電流経路の断線故障であると判定する。この故障判定では、電圧及び電流の検出誤差、回路や巻線の抵抗、インダクタンスのばらつき、温度特性の影響による電流変化等を考慮して誤検出を回避しようとすると、電流閾値を低めに設定せざるを得ない。ただし、特許文献1に示されるようにシングルスター結線モータを駆動対象とする限り、1相の巻線の断線時における電流の絶対値の低下幅が大きいため問題とならない。しかし、シングルデルタ結線モータ701の巻線が断線故障したとき、従来技術では、小さな電流変化に基づいて故障判定することが困難である。
【0025】
そこで本実施形態のモータ制御装置10は、電流変化ではなく、固定相通電によるロータ位置偏差に基づいて断線故障を診断する。次に
図3~
図6を参照し、基本的な固定相通電について説明する。以下の説明においてDuty比は、上下アームのスイッチング素子のスイッチング周期に対する上アームのスイッチング素子のオン時間の比率である。
【0026】
まず
図3、
図4に、「U相:L、V相:H、W相:L」の条件での固定相通電の例を示す。ここで、Lは、Duty比0%、すなわち、常時上アーム素子オフ、下アーム素子オンの状態を意味する。Hは、Duty比100%の状態、又は、Duty比が90%等の「0%より大きく100%より小さい値」でDuty駆動している状態を意味する。つまり故障診断部40は、固定相通電において、1相のDuty比を0%より大きい値とし、それ以外の相のDuty比を0%とするように通電する。
【0027】
Duty駆動をする相を1相以下とすると、素子のばらつきなどによる実電圧と指示電圧との差の影響で端子間電圧比がずれることがないので、より高精度に故障診断が可能になる。なお、この例とは逆に、1相をL、2相をHとする固定相通電について、その他の実施形態の欄で後述する。
【0028】
図3の上段、中断、下段に、それぞれ正常時、U-V間断線時、V-W間断線時の電流ベクトル図を示す。この3つの図は一式の関連図として扱われる。ここで、「U相:H、V相:L、W相:L」の条件で固定相通電したときの正常時のロータ位置θnormal、つまりU相正方向通電の位相を0°とする。V相正方向通電の位相は120°であり、W相正方向通電の位相は240°(=-120°)である。
図5、
図11、
図12の電流ベクトル図も同様に記載する。
【0029】
図4に、
図3の固定相通電における状態遷移として、通電時間対ロータ位置θ、及び、ロータ位置θ対回転角速度ωの図を示す。この2つの図は一式の関連図として扱われる。回転角速度ωの符号は、ロータ位置θの増加時に正、ロータ位置θの減少時に負とする。通電初期において、ロータ位置θは0°であると仮定する。モータ701が正常の場合、ロータ位置θは、実線で示すように、初期位置から正常時の位置θnormalに向かって変化し、収束する。すなわち、正常時のロータ位置θnormalは、固定相通電の目標位置θtgtに固定される。また、ロータ位置θが変化するに連れて、正常時の回転角速度ωnormalは正の初期値ω0から減少し、正常時のロータ位置θnormalに達したとき0になる。
【0030】
一方、U-V間又はV-W間の断線時、ロータ位置θは、破線で示すように、初期位置から断線時のロータ位置θdisconに向かって変化し、収束する。回転角速度ωは正の初期値ω0から減少し、断線時のロータ位置θdisconに達したとき0になる。ここで、固定相通電による実際のロータ位置θdisconと目標位置θtgtとの偏差をロータ位置偏差θerrとする。故障診断部40は、ロータ位置偏差θerrに基づき、モータ電流経路の断線故障を診断する。また、この後で説明するように、ロータ位置偏差θerrの値は固定相通電の条件と断線故障の箇所とにより決まるため、故障診断部40は、ロータ位置偏差θerrの値に基づき故障箇所を特定することができる。
【0031】
ところで、通電開始直後にはモータ701に流れる電流の絶対値|I|が小さく、また各相端子71、72、73に印加される電圧Vが小さいため、ロータが適正に回転しない可能性がある。そこで、モータ701に流れる電流の絶対値|I|が電流閾値Ith以上、又は、印加電圧Vが電圧閾値Vth以上の状態を「有効通電状態」と定義し、有効通電状態で実施された固定相通電を有効とみなす。
図4において時刻tstに有効通電状態が開始する。なお、時刻tstからの有効通電状態の継続時間の既定値Tdet、及び、回転角速度の絶対値|ω|の既定値ωdetについては、
図10(a)、
図10(b)を参照して後述する。
【0032】
図3に戻り、シングルデルタ結線での正常時及び断線時のロータ位置θnormal、θdisconの理論値の算出について説明する。以下のように記号を定義すると、各相電流Iu、Iv、Iwは、式(1)で算出される。ここで、印加電圧及び相間巻線抵抗は比が決まればよく、何[V]、何[Ω]という具体的な数値は不要である。
Vu:U相端子の印加電圧
Vv:V相端子の印加電圧
Vw:W相端子の印加電圧
Ruv:デルタ結線のU-V間巻線抵抗
Rvw:デルタ結線のV-W間巻線抵抗
Rwu:デルタ結線のW-U間巻線抵抗
【0033】
【0034】
「U相:H、V相:L、W相:L」の条件での正常時ロータ位置θnormalを0°とすると、ロータ位置θは、各相電流ベクトルのsin成分の和をcos成分の和で除した値のアークタンジェントを用いて、式(2)で算出される。ただし、U相電流Iuが0の場合、(Iv-Iw)が正ならばθ=90°、(Iv-Iw)が負ならばθ=-90°となる。
【0035】
【0036】
「U相:L、V相:H、W相:L」の条件での各相印加電圧は、Vu=0、Vv=1、Vw=0である。正常時の各相間巻線抵抗は、Ruv=Rvw=Rwu=1である。したがって式(1)より、各相電流は、Iu=-1、Iv=2、Iw=-1である。さらに式(2)より、正常時のロータ位置θnormalは120°である。すなわち、この条件での固定相通電の目標位置θtgtは120°となる。
【0037】
U-V間断線時、U-V間巻線抵抗は、Ruv=∞となり、式(1)においてRuvを分母に含む項が0となるため、Iu=0、Iv=1、Iw=-1となる。よって、断線時のロータ位置θdisconは90°であり、目標位置θtgtに対するロータ位置偏差θerrは-30°である。
【0038】
V-W間断線時、V-W間巻線抵抗は、Rvw=∞となり、式(1)においてRvwを分母に含む項が0となるため、Iu=-1、Iv=1、Iw=0となる。よって、断線時のロータ位置θdisconは150°であり、目標位置θtgtに対するロータ位置偏差θerrは+30°である。
【0039】
こうして算出された電流ベクトルが
図3に図示される。要するに、故障診断部40は、固定相通電によるロータ位置偏差θerrが±30°であるとき、シングルデルタ結線モータ701のU-V間断線又はV-W間断線を検出可能である。
【0040】
なお、W-U間断線時、Iu=-1、Iv=2、Iw=-1となる。このとき、ロータ位置θdisconは120°であり、ロータ位置偏差θerrは0°であるため、この通電条件ではW-U間の断線故障を検出不可である。先に「巻線の断線時には一部の場合を除き、ロータ位置は目標位置とは異なる位置に固定される」と記載したのは、このような場合を除くことを指している。
【0041】
次に
図5、
図6に、「U相:H、V相:L、W相:L」の条件での固定相通電の例を示す。正常時及び断線時のロータ位置θnormal、θdisconの理論値は式(1)、(2)を用いて上記と同様に算出される。
図5に示すように、正常時のロータ位置θnormalは、0°である。すなわち、この条件での固定相通電の目標位置θtgtは0°となる。
【0042】
U-V間断線時のロータ位置θdisconは30°であり、ロータ位置偏差θerrは+30°である。W-U間断線時のロータ位置θdisconは-30°であり、ロータ位置偏差θerrは-30°である。故障診断部40は、固定相通電によるロータ位置偏差θerrが±30°であるとき、シングルデルタ結線モータ701のU-V間断線又はW-U間断線を検出可能である。なお、V-W間断線時のロータ位置θdisconは0°であり、ロータ位置偏差θerrは0°であるため、この通電条件ではV-W間の断線故障を検出不可である。
【0043】
図6に、
図5の固定相通電における状態遷移として、通電時間対ロータ位置θ、及び、ロータ位置θ対回転角速度ωの図を示す。通電初期のロータ位置θが0°とすると、実線で示すように、正常時にロータは、最初から正常時の位置θnormal、すなわち固定相通電の目標位置θtgtに固定されているため回転しない。また、正常時の回転角速度ωnormalは最初から0である。
【0044】
一方、U-V間又はW-U間の断線時、ロータ位置θは、破線で示すように、初期位置から断線時のロータ位置θdisconである±30°に向かって変化し、収束する。U-V間断線時、回転角速度ωは正の初期値ω0から0に向かって減少する。W-U間断線時、回転角速度ωは負の初期値-ω0から0に向かって増加する。W-U間断線時の負の回転角速度を正負反転すると二点鎖線のように表される。つまり、U-V間及びW-U間の断線時を包括して言えば、回転角速度の絶対値|ω|は初期値ω0から0に向かって減少する。
【0045】
次に
図7~
図10を参照し、故障診断部40による処理について説明する。フローチャート中の記号Sは「ステップ」を表す。故障診断部40は、まず、所定の条件が成立しているか否かに応じて、故障診断の実施可否を判定する。例えば故障診断部40は、
図7のS11でモータ701が停止状態であるか、具体的にはモータ回転数が閾値以下であるか判断する。続いて故障診断部40は、S12でインバータ回路60が正常であるか、つまり異常が検出されていないか判断する。さらに故障診断部40は、S13でインバータ回路60の入力電圧Vinvが閾値以上であるか判断する。
【0046】
S11、S12、S13で全てYESの場合、故障診断部40は、S14で故障診断を実施可であると判定する。S11、S12、S13のいずれかでNOの場合、つまり、モータ701の回転中、インバータ回路60の異常時、又は、入力電圧Vinvが不足している場合、故障診断部40は、S15で故障診断を実施不可であると判定する。実施不可と判定した場合、所定時間後に再びS11~S13を判断するようにしてもよい。これにより、実施可条件の成立を前提として故障診断の信頼性を確保することができる。
【0047】
図8に故障診断処理を示す。S21では、位置検出器45により現在のロータ位置が検出される。S22で故障診断部40は、現在のロータ位置に応じて固定相通電の目標位置θtgt、すなわち通電位相を設定する。その具体例については
図9(a)~
図9(c)を参照して後述する。S23で故障診断部40は、インバータ回路60を動作させ、目標位置θtgtに応じた電圧を各相の端子71、72、73に印加することで固定相通電を行う。
【0048】
S24で故障診断部40は、ロータ位置偏差の絶対値|θerr|が偏差閾値θerr_thより大きいか判断する。S24でYESの場合、S25で故障診断部40は、モータ電流経路の断線故障と判定する。さらに故障診断部40は、破線で示すオプション処理として、S26、S27を実施してもよい。S26で故障診断部40は、ロータ位置偏差θerrの値に基づき故障箇所を特定する。例えば
図3、
図4の条件の場合、U-V間断線かV-W間断線かが特定される。
【0049】
S27で故障診断部40は、使用者又は他の装置への通知、少なくとも一部の電流経路の遮断、3相モータ701の出力制限のうち一つ以上の処置を行う。電動ブレーキ装置や電動パワーステアリング装置では使用者は運転者であり、他の装置は車両ECU等に相当する。電流経路の遮断は、インバータ回路60のスイッチング素子61-66や、回路に設けられたリレー等を遮断することで実行される。モータ701の出力制限では、回転数やトルクを制限し、出力を縮退させる。一方、S24でNOの場合、S28で故障診断部40は、モータ電流経路が正常と判定する。
【0050】
続いて
図9(a)~
図9(c)を参照し、現在のロータ位置θ0に応じた目標位置θtgtの設定例を説明する。各図において現在のロータ位置θ0を破線矢印で示し、目標位置θtgtを実線矢印で示す。U相正方向通電の位相を0°として反時計回り方向を正方向とし、時計回り方向を負方向とする。また、目標位置θtgtと現在のロータ位置θ0との差分の絶対値(|θtgt-θ0|≦180°)を「回転量」と定義する。図示例において現在のロータ位置θ0は約-15°とする。
【0051】
図9(a)には、正常であれば回転量が所定角度以上となるように通電する最小回転量制限の例を示す。この例では、回転量が120°を超え180°以下となるように目標位置θtgtが設定される。現在位置θ0から正方向に回転させる場合の目標位置θtgt_a1は120°となり、負方向に回転させる場合の目標位置θtgt_a2は180°となる。さらに故障診断部40は、回転量が大きい方の目標位置θtgt_a2を選択するようにしてもよい。この方式では、位置検出器45の固着故障があっても異常検出が可能である。
【0052】
図9(b)には、正常であれば回転量が所定角度未満となるように通電する最大回転量制限の例を示す。この例では、回転量が60°未満となるように目標位置θtgtが設定される。現在位置θ0から正方向に回転させる場合の目標位置θtgt_b1は0°となり、負方向に回転させる場合の目標位置θtgt_b2は-60°となる。さらに故障診断部40は、回転量がより小さい方の目標位置θtgt_b1を選択するようにしてもよい。この方式では、故障診断実施時にモータ701が回転することによる不要動作を回避することができる。
【0053】
図9(c)には、正常であればロータが所定の方向に回転するように通電する回転方向制限の例を示す。この例では正方向の回転のみが許容される。そのため、
図9(a)での目標位置θtgt_a1、及び、
図9(b)での目標位置θtgt_b1が選択される。この方式は、一方向に回転させることを想定しており、逆方向に回転させると故障のおそれがあるようなアプリケーションにも適用可能である。
【0054】
次に
図4、
図6、
図10(a)、
図10(b)を参照し、固定相通電においてロータ位置偏差θerrを取得するタイミングについて説明する。
図4、
図6に示すように、通電開始後、ロータ位置θは、正常時の位置θnormal又は断線時の位置θdisconに向かって変化し、収束する。故障診断部40は、誤診断を回避するようにロータ位置θが安定しており、且つ、できるだけ早いタイミングでのロータ位置偏差θerrに基づき故障診断を行うことが好ましい。そこで
図10(a)、
図10(b)に、ロータ位置偏差θerrの取得タイミングを判断する処理を示す。
【0055】
図10(a)のS31では、有効通電状態の継続時間が規定値Tdet以上経過したか判断される。上述の通り、有効通電状態とは、モータ701に流れる電流の絶対値|I|が電流閾値Ith以上、又は、印加電圧Vが電圧閾値Vth以上の状態をいう。規定値Tdetは、最大回転量である180°の回転時間が確保されるように設定される。S31でYESの場合、S32で故障診断部40は、ロータ位置偏差θerrに基づき故障診断を行う。
【0056】
図10(b)のS41では、有効通電状態で回転角速度の絶対値が規定値ωdet以下になったか判断される。S41でYESの場合、S42で故障診断部40は、ロータ位置偏差θerrに基づき故障診断を行う。
図6の例では正常時のロータ位置θnormalが0°で初期位置と一致しており、回転角速度ωは最初から0である。したがって、有効通電状態の成立と同時に故障診断が実施可能となる。よって、ロータの初期位置によっては、規定値Tdetの経過を待つことなく迅速な判定が可能となる。
【0057】
以上のように第1実施形態では、固定相通電によるロータ位置偏差θerrに基づき断線故障を診断するため、断線故障時の電流変化が小さいシングルデルタ結線モータ701の巻線断線故障を判定可能である。また、固定相通電における目標位置θtgtは、各相の端子71、72、73に印加される電圧の比によって決まり、電圧の大きさに依存しない。したがって、電圧のばらつきの影響を受けずに故障診断を実施することができる。
【0058】
具体的には、端子間電圧の比が同じであれば電圧の大小を変更しても同様の診断が可能である。例えば、各相電流Iu、Iv、Iwの大きさの最大値が所定の範囲内になるように、下式における端子間電圧の基準値Vaを調整してもよい。ここで、Vuv、Vvw、Vwuは、それぞれU-V間、V-W間、W-U間の端子間電圧であり、K1、K2、K3は係数である。
Vuv:Vvw:Vwu=K1×Va:K2×Va:K3×Va
【0059】
(固定相通電の応用例)
図3~
図6に示した基本的な固定相通電では3相のうち1相をHとし、他の2相をLとするが、この条件では共にLである2相間の断線を検出することができない。これに対し
図11、
図12に示す固定相通電の応用例では、相間電圧が全て互いに異なるように各相電圧を印加することで、どの相間の断線も検出可能となる。この例では、「U相:Vh、V相:Vh/3、W相:0」の電圧比で各相端子71、72、73に電圧を印加する。
【0060】
図11に正常時の電流ベクトル図を示す。各相印加電圧を、Vu=3、Vv=1、Vw=0とすると、式(1)より、各相電流は、Iu=5、Iv=-1、Iw=-4である。さらに式(2)より、正常時のロータ位置θnormalは約19°である。すなわち、この条件での固定相通電の目標位置θtgtは約19°となる。
【0061】
図12の上段、中断、下段に、それぞれ、U-V間断線時、V-W間断線時、W-U間断線時の電流ベクトル図を示す。対比のため、正常時の電流ベクトルを二点鎖線で示す。U-V間断線時の各相電流は、Iu=3、Iv=1、Iw=-4となる。断線時のロータ位置θdisconは約44°であり、ロータ位置偏差θerrは約+23°である。
【0062】
V-W間断線時の各相電流は、Iu=5、Iv=-2、Iw=-3となる。断線時のロータ位置θdisconは約7°であり、ロータ位置偏差θerrは約-12°である。W-U間断線時の各相電流は、Iu=2、Iv=-1、Iw=-1となる。断線時のロータ位置θdisconは0°であり、ロータ位置偏差θerrは約-19°である。したがって、1回の固定相通電で、どの相間の断線も検出可能である。
【0063】
(第2実施形態)
図13、
図14を参照し、第2実施形態について説明する。モータ制御装置10の構成自体は、
図1に示す第1実施形態と同様である。
図13に示す3相モータ802は、各相巻線が2本並列接続されたデュアルスター結線モータである。U相端子81と中性点88との間にはU相第1巻線841及びU相第2巻線842が並列接続されている。V相端子82と中性点88との間にはV相第1巻線851及びV相第2巻線852が並列接続されている。W相端子83と中性点88との間にはW相第1巻線861及びW相第2巻線862が並列接続されている。デュアルスター結線モータは、特開2017-70162号公報の
図3に開示されている。
【0064】
インバータ回路60は、3相モータ802の各相巻線841、842、851、852、861、862に通電可能である。例えばU相第1巻線841が断線した場合を想定する。U相端子81とV相端子82との間に電圧を印加したとき、電流は、U相第2巻線842を通ってU相端子81から中性点88に流れるため、電流絶対値の低下幅が小さい。したがって、従来技術では小さな電流変化に基づいて故障判定することが困難である。
【0065】
図14に、「U相:L、V相:H、W相:L」の条件で固定相通電したときの、正常時、及び、U相1本断線時(例えばU相第1巻線841の断線時)の電流ベクトルを示す。枠内の最初の数字は電流ベクトルの大きさの比を表す。「×2」は並列接続された2本の巻線に流れる電流の合計を表し、「×1」は断線した巻線の対となる正常な1本の巻線に流れる電流を表す。
【0066】
スター結線におけるロータ位置θの理論値の算出では、デルタ結線における各相間巻線抵抗Ruv、Rvw、Rwuに代えて、U相、V相、W相の各相巻線抵抗Ru、Rv、Rwを用いる。また、U相とV相との合成抵抗をRu+v、V相とW相との合成抵抗をRv+w、W相とU相との合成抵抗をRw+uとする。各合成抵抗Ru+v、Rv+w、Rw+uは、式(3)で算出され、各相電流Iu、Iv、Iwは、式(4)で算出される。
【0067】
【0068】
【0069】
「U相:L、V相:H、W相:L」の条件での各相印加電圧を、Vu=0、Vv=6、Vw=0として計算する。正常時の各相巻線抵抗は、Ru=Rv=Rw=1であり、各合成抵抗は、Ru+v=Rv+w=Rw+u=0.5である。ここで、各相巻線抵抗Ru、Rv、Rwは2並列巻線の抵抗である。式(3)より、各相電流は、Iu=-2(=-1×2)、Iv=4(=2×2)、Iw=-2(=-1×2)である。こうして算出された電流ベクトルが
図14の上側に図示される。式(2)より、この条件での正常時のロータ位置θnormalは120°となる。
【0070】
U相1本断線時、U相巻線抵抗は、正常時の2倍すなわち、Ru=2となり、U相巻線抵抗Ruを含む合成抵抗は、Ru+v=Rw+u=(2/3)となる。式(3)より、各相電流は、Iu=-1.2(×1)、Iv=3.6(=1.8×2)、Iw=-2.4(=-1.2×2)である。こうして算出された電流ベクトルが
図14の下側に図示される。このとき、断線時のロータ位置θdisconは109°であり、ロータ位置偏差θerrは-11°となる。
【0071】
また、W相1本断線時にはロータ位置θdisconは131°であり、ロータ位置偏差θerrは+11°となる。このように第2実施形態では、デュアルスター結線モータ802において並列接続された2本のうち1本の巻線断線故障を、固定相通電によるロータ位置偏差θerrに基づいて診断することができる。
【0072】
なお、「U相:L、V相:H、W相:L」の条件での固定相通電ではV相1本断線時のロータ位置偏差θerrは0°であるため断線故障を検出不可である。ただし、固定相通電の条件を変更することで、V相1本断線を同様に検出可能となる。
【0073】
(第3実施形態)
図15、
図16を参照し、第3実施形態について説明する。モータ制御装置10の構成自体は、
図1に示す第1実施形態と同様である。
図15に示す3相モータ702は、各相間巻線が2本並列接続されたデュアルデルタ結線モータである。U相端子71とV相端子72との間にはU-V間第1巻線741及びU-V間第2巻線742が並列接続されている。V相端子72とW相端子73との間にはV-W間第1巻線751及びV-W間第2巻線752が並列接続されている。W相端子73とU相端子71との間にはW-U間第1巻線761及びW-U間第2巻線762が並列接続されている。デュアルデルタ結線モータは、特開2017-70162号公報の
図7に開示されている。
【0074】
インバータ回路60は、3相モータ702の各相間巻線741、742、751、752、761、762に通電可能である。例えばU-V間第1巻線741が断線した場合を想定する。U相端子71とV相端子72との間に電圧を印加したとき、電流は、U-V間第2巻線742を通る他、さらにW-U間巻線761、762及びV-W間巻線751、752を通ってU相端子71からV相端子72に流れるため、電流の絶対値の低下幅が小さい。したがって、従来技術では小さな電流変化に基づいて故障判定することが困難である。
【0075】
図16に、「U相:L、V相:H、W相:L」の条件で固定相通電したときの、正常時、及び、U-V間1本断線時(例えばU-V間第1巻線741の断線時)の電流ベクトルを示す。枠内の数字の意味は
図14に準ずる。
【0076】
デュアルデルタ結線におけるロータ位置θの理論値は、シングルデルタ結線と同様に、式(1)、(2)により算出できる。
【0077】
「U相:L、V相:H、W相:L」の条件での各相印加電圧を、Vu=0、Vv=2、Vw=0として計算する。正常時の各相間巻線抵抗は、Ruv=Rvw=Rwu=1である。ここで、各相間巻線抵抗Ruv、Rvw、Rwuは2並列巻線の抵抗である。式(1)より、各相電流は、Iu=-2(=-1×2)、Iv=4(=2×2)、Iw=-2(=-1×2)である。こうして算出された電流ベクトルが
図16の上側に図示される。式(2)より、この条件での正常時のロータ位置θnormalは120°となる。
【0078】
U-V間1本断線時、U-V間巻線抵抗は、正常時の2倍すなわち、Ru=2となる。式(1)より、各相電流は、Iu=-1(×1)、Iv=3(=1.5×2)、Iw=-2(=-1×2)である。このとき、ロータ位置θdisconは109°であり、目標位置θtgtに対するロータ位置偏差θerrは-11°となる。
【0079】
また、V-W間1本断線時にはロータ位置θdisconは131°であり、ロータ位置偏差θerrは+11°となる。このように第3実施形態では、デュアルデルタ結線モータ702において並列接続された2本のうち1本の巻線断線故障を、固定相通電によるロータ位置偏差θerrに基づいて診断することができる。
【0080】
なお、「U相:L、V相:H、W相:L」の条件での固定相通電ではW-U間1本断線時のロータ位置偏差θerrは0°であるため断線故障を検出不可である。ただし、固定相通電の条件を変更することで、W-U間1本断線を同様に検出可能となる。
【0081】
(その他の実施形態)
(a)本発明のモータ制御装置の駆動対象となる多相モータは、3相モータに限らず、4相以上の多相モータであってもよい。特に複数本の巻線のうち1本が断線しても電流が迂回して流れる構成の多相モータでは、上記実施形態と同様の効果が得られる。ただし、断線時の電流迂回経路の無いシングルスター結線の多相モータに本発明のモータ制御装置を用いることももちろん可能である。
【0082】
(b)
図3、
図4に示す例では、「U相:L、V相:H、W相:L」のように、1相をH、2相をLとする条件で固定相通電が行われる。これとは逆に「U相:H、V相:L、W相:H」のように、1相をL、2相をHとする条件で固定相通電が行われてもよい。
【0083】
その場合、Hは、Duty比100%、すなわち、常時上アーム素子オン、下アーム素子オフの状態を意味する。Lは、Duty比0%の状態、又は、Duty比が10%等の「0%より大きく100%より小さい値」でDuty駆動している状態を意味する。つまり故障診断部40は、固定相通電において、1相のDuty比を100%より小さい値とし、それ以外の相のDuty比を100%とするように通電する。上述の例と同様にDuty駆動をする相を1相以下とすることで、より高精度に故障診断が可能になる。
【0084】
(c)第2実施形態のデュアルスター結線モータに対し、並列接続される各相巻線が3本以上であってもよい。同様に、第3実施形態のデュアルデルタ結線モータに対し、並列接続される各相間巻線が3本以上であってもよい。このように、各相巻線又は各相間巻線が複数本並列接続されたモータを一般化して「並列巻線モータ」という。N本(N≧2)の巻線が並列接続された並列巻線モータでは、最大(N-1)本の巻線が断線しても電流が流れるため、本発明の効果がより有効に発揮される。
【0085】
本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0086】
本開示に記載の故障診断部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の故障診断部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の故障診断部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0087】
10・・・モータ制御装置、
40・・・故障診断部、
45・・・位置検出器、
60・・・インバータ回路、
61-66・・・スイッチング素子、
701・・・シングルデルタ結線3相モータ(多相モータ)、
702・・・デュアルデルタ結線3相モータ(多相モータ)、
802・・・デュアルスター結線3相モータ(多相モータ)、
71、72、73、81、82、83・・・各相端子、
74、75、76、741、742、751、752、761、762・・・デルタ結線の各相間巻線、
841、842、851、852、861、862・・・スター結線の各相巻線。