(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-13
(45)【発行日】2024-02-21
(54)【発明の名称】車両用制動装置
(51)【国際特許分類】
B60T 8/17 20060101AFI20240214BHJP
B60T 8/28 20060101ALI20240214BHJP
B60T 13/74 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
B60T8/17 Z
B60T8/28 A
B60T13/74 G
(21)【出願番号】P 2021028646
(22)【出願日】2021-02-25
【審査請求日】2023-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 悠祐
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-55497(JP,A)
【文献】国際公開第2017/086277(WO,A1)
【文献】特開2008-49800(JP,A)
【文献】特開2018-57065(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/12-8/1769
B60T 8/18-8/30
B60T 13/00-13/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対応する車輪(91-94)に制動力を発生させる複数の電動ブレーキ(61-64)が各車輪に設けられた車両(900)に搭載される車両用制動装置であって、
各前記電動ブレーキが発生させる制動力を制御する制動力制御部(40)を備え、
前記電動ブレーキにおける電流と制動力との関係は、電流が増加するとき、制動力が正効率線に沿って増加し、電流が増加から減少に転じる転向値から保持臨界値まで減少するとき、制動力が一定に保持され、電流が前記保持臨界値から減少するとき、制動力が逆効率線に沿って減少するヒステリシス特性を有しており、
電流が前記転向値から前記保持臨界値まで減少するとき制動力が一定に保持される区間を制動力保持区間と定義し、前記正効率線に沿って制動力が増加する前記電動ブレーキに対応する車輪を正効率制動輪と定義し、前記制動力保持区間で動作する前記電動ブレーキに対応する車輪を制動力保持輪と定義すると、車両が所定の適用除外要件を満たす場合を除き、前記制動力制御部は、車両の要求制動力が増加するか又は保持される間、前記正効率制動輪と前記制動力保持輪とを交互に切り替える車両用制動装置。
【請求項2】
車両が前記適用除外要件を満たす場合を除き、前記制動力制御部は、車両の要求制動力が増加するか又は保持される間、常にいずれか一つ以上の車輪が前記正効率制動輪となり、他の一つ以上の車輪が前記制動力保持輪となるように、各前記電動ブレーキの通電を制御する請求項1に記載の車両用制動装置。
【請求項3】
前記制動力制御部は、前記正効率制動輪と前記制動力保持輪とを、固定の周期で交互に切り替える請求項1または2に記載の車両用制動装置。
【請求項4】
前記制動力制御部は、前記正効率制動輪と前記制動力保持輪とを、制動力の変化幅に基づいて交互に切り替える請求項1または2に記載の車両用制動装置。
【請求項5】
前記制動力制御部は、前記正効率制動輪と前記制動力保持輪とを、各前記電動ブレーキの積算電力値又は温度に基づいて交互に切り替える請求項1または2に記載の車両用制動装置。
【請求項6】
前記制動力制御部が前記正効率制動輪と前記制動力保持輪との切り替えの判断に用いる数値は、車輪ごとに異なる値に設定される請求項3~5のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【請求項7】
前記制動力制御部は、各車輪で発生する制動力の和が車両全体の要求制動力以上となるように各車輪に制動力を配分する請求項1~6のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【請求項8】
前記制動力制御部は、さらに、四輪車両における前後列の左輪の制動力の和と前後列の右輪の制動力の和との偏差が所定の範囲内となるように各車輪に制動力を配分する請求項7に記載の車両用制動装置。
【請求項9】
前記適用除外要件として、
車両の要求制動力が所定の制動力閾値未満である、
車両の要求制動力の変動が所定の制動力変動閾値より大きい、
前記電動ブレーキの温度が所定の温度閾値未満である、
車速が所定の車速閾値より大きい、
のうち少なくともいずれか一つの要件が満たされたとき、前記制動力制御部は、全ての車輪が前記正効率制動輪となるように、各前記電動ブレーキの通電を制御する請求項1~8のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用制動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の電動ブレーキ装置において、制動時の消費電力を低減させる技術が知られている。
【0003】
例えば特許文献1に開示された電動ブレーキ装置は、モータの出力を押圧力に変換して制動を行う。モータトルクを増加させるとき、押圧力が正効率動作により増加し、モータトルクを減少させるとき、あるトルク以下になるまで押圧力が変化しないというヒステリシス特性が示される。この電動ブレーキ装置は、所定時間内における正効率動作時間の比率を所定以下に制限することで、モータ電流の低減を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の電動ブレーキ装置では、制動力を増加させる正効率動作と、制動力を保持しつつ電流を低減する動作とを、複数の車輪に対して一律に切り替えている。そのため、車両全体での制動力変化が滑らかでなくなり、運転者のブレーキフィーリングを悪化させるおそれがある。
【0006】
本発明は上述の点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、車両全体での制動力変化を滑らかに保ちつつ、電動ブレーキの電流を低減する車両用制動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の車両用制動装置は、対応する車輪(91-94)に制動力を発生させる複数の電動ブレーキ(61-64)が各車輪に設けられた車両(900)に搭載される。車両用制動装置は、各電動ブレーキが発生させる制動力を制御する制動力制御部(40)を備える。
【0008】
電動ブレーキにおける電流と制動力との関係は、ヒステリシス特性を有している。電流が増加するとき、制動力が正効率線に沿って増加する。電流が増加から減少に転じる転向値から保持臨界値まで減少するとき、制動力が一定に保持される。電流が保持臨界値から減少するとき、制動力が逆効率線に沿って減少する。
【0009】
電流が転向値から保持臨界値まで減少するとき制動力が一定に保持される区間を「制動力保持区間」と定義する。正効率線に沿って制動力が増加する電動ブレーキに対応する車輪を「正効率制動輪」と定義する。制動力保持区間で動作する電動ブレーキに対応する車輪を「制動力保持輪」と定義する。車両が所定の適用除外要件を満たす場合を除き、制動力制御部は、車両の要求制動力が増加するか又は保持される間、正効率制動輪と制動力保持輪とを交互に切り替える。
【0010】
本発明では、複数の電動ブレーキが互いにタイミングをずらして制動力保持区間で動作することで、車両全体での制動力変化を滑らかに保ちつつ、電動ブレーキの電流を低減することができる。よって、良好なブレーキフィーリング及び経済性を実現することができる。
【0011】
好ましくは、車両が適用除外要件を満たす場合を除き、制動力制御部は、車両の要求制動力が増加するか又は保持される間、常にいずれか一つ以上の車輪が正効率制動輪となり、他の一つ以上の車輪が制動力保持輪となるように、各電動ブレーキの通電を制御する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施形態の車両用制動装置が搭載される車両の構成図。
【
図2】電動ブレーキの電流と制動力とのヒステリシス特性を示す図。
【
図3】第1実施形態による制動力交互配分処理を説明するタイムチャート。
【
図4】前列及び後列の車輪に配分された制動量を表す図。
【
図7】制動力交互配分処理による車両全体での制動力変化を示す図。
【
図8】第2実施形態による制動力交互配分処理を説明するタイムチャート。
【
図9】第3実施形態による制動力交互配分処理を説明するタイムチャート。
【
図10】第4実施形態による制動力交互配分処理を説明するタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態による車両用制動装置を図面に基づいて説明する。本実施形態の車両用制動装置は、対応する車輪に制動力を発生させる複数の電動ブレーキが各車輪に設けられた車両に搭載される。車両用制動装置は、各電動ブレーキが発生させる制動力を制御する制動力制御部を備える。以下の第1~第4実施形態を包括して「本実施形態」という。第1~第4実施形態では車両用制動装置の構成自体は同じであり、制動力制御部による処理が異なる。
【0014】
(第1実施形態)
図1~
図7を参照し、各実施形態の共通事項、及び、第1実施形態について説明する。最初に
図1を参照し、車両用制動装置30が搭載される車両900の構成を説明する。車両900は、前後方向において二列の左右対の車輪91、92、93、94を有する四輪車両である。本明細書中、車輪91、92を前列左右輪FL、FRとも記す。また、車輪93、94を後列左右輪RL、RRとも記す。
【0015】
各車輪91、92、93、94に対応して複数(この例では四つ)の電動ブレーキ61、62、63、64が設けられている。以下、連続する四つの符号を適宜、「車輪91-94」、「電動ブレーキ61-64」のように省略して記す。後述の記号「積算電力値ΣP1-ΣP4」、「温度Temp1-Temp4」についても同様とする。
【0016】
電動ブレーキ61-64は、モータ等で構成される電動アクチュエータの正方向の動作により摩擦パッドがブレーキロータに押し付けられることで、対応する車輪91-94に制動力を発生させる。また、電動アクチュエータの動作により摩擦パッドがブレーキロータから離れることで、制動力を解除する。このような電動ブレーキ61-64の機械的構造については周知技術であるため、詳細な説明を省略する。
【0017】
車両用制動装置30は、制動力制御部40を備える。制動力制御部40は、各電動ブレーキ61-64が対応する車輪91-94に発生させる制動力を制御する。具体的には、制動力制御部40は、各電動ブレーキ61-64に通電する電流、及び、通電タイミングを個別に制御する。
【0018】
破線で示すように、制動力制御部40は、各電動ブレーキ61-64の積算電力値ΣP1-ΣP4、又は、電動ブレーキ温度Temp1-Temp4の少なくとも一方を取得してもよい。電動ブレーキ温度Temp1-Temp4は、例えば温度センサにより検出される。或いは、各電動ブレーキ61-64において外気温や車両の排熱等の影響が同等であり、電動ブレーキ温度が主に通電によるジュール熱に依存する場合、制動力制御部40が積算電力値ΣP1-ΣP4から温度上昇を推定し、外気温に加算することで、電動ブレーキ温度Temp1-Temp4を算出してもよい。その場合、各電動ブレーキ61-64の積算電力値ΣP1-ΣP4と温度Temp1-Temp4とは正の相関を有する。
【0019】
積算電力値ΣP1-ΣP4、及び、電動ブレーキ温度Temp1-Temp4は第4実施形態で言及される。また、電動ブレーキ温度Temp1-Temp4は、
図6を参照する適用除外要件の説明で言及される。第4実施形態以外の実施形態や、電動ブレーキ温度による適用除外要件の判定を行わない場合、制動力制御部40は、積算電力値ΣP1-ΣP4、又は、電動ブレーキ温度Temp1-Temp4を取得しなくてもよい。
【0020】
次に
図2を参照し、電動ブレーキ61-64に通電される電流と制動力との関係について説明する。
図2に示すように、電動ブレーキ61-64の電流と制動力との関係は、ヒステリシス特性を有している。この
図2は、特許文献1(特許第6505896号公報)の
図5に対応する。ただし、特許文献1では電動ブレーキのアクチュエータがモータであることを前提として横軸をトルクと記載しているのに対し、
図2では電動ブレーキのアクチュエータをモータに限定せず、一般に「電流」と記載する。例えば電動リニアアクチュエータが用いられてもよい。縦軸についても、特許文献1では具体的に摩擦パッドの押圧力と記載しているのに対し、
図2では一般に「制動力」と記載する。
【0021】
図2中の矢印はヒステリシスの方向を示す。(A)の区間で電流が増加するとき、制動力は正効率線に沿って増加する。制動力が増加する(A)の区間を「制動力増加区間」と定義する。また、電流が増加から減少に転じる値を「転向値Iconv」とする。電流が減少する過程は(B)及び(C)の二区間に分けられる。(B)の区間で電流が転向値Iconvから保持臨界値Icrまで減少するとき、制動力が一定の保持制動力Br_Hに保持される。制動力が一定に保持される(B)の区間を「制動力保持区間」と定義する。(C)の区間で電流が保持臨界値Icrから減少するとき、制動力が逆効率線に沿って減少する。制動力が減少する(C)の区間を「制動力減少区間」と定義する。
【0022】
電流が減少から増加に転じると、矢印(D)で示すように、その時点での制動力を維持しながら制動力増加区間(A)に移行する。補足すると、転向値Iconvや保持制動力Br_Hは固定値ではなく、電流の増減に応じて都度変化する。すなわち
図2に破線矢印で示すように、電流の増加と減少とが交替するごとに、正効率線と逆効率線との間を一定の制動力線上で行き来する。
【0023】
制動力増加区間では消費電力が大きく、制動力減少区間では消費電力が小さい。制動力保持区間では、摩擦力を利用することで、制動力を保持しつつ電流を低減することができる。特許文献1の
図2(A)に示されるように、特許文献1の従来技術では、全車輪に対応する電動ブレーキに対し一律に、制動力増加区間で動作させる期間と制動力保持区間で動作させる期間とを分け、制動力増加区間で動作させる期間の時間比率を所定以下に制限する。しかし、制動力が増加する期間と保持される期間とが断続的に繰り返され、それに伴って車両の減速度も階段状に変化するため、運転者のブレーキフィーリングが悪化するおそれがある。
【0024】
そこで、本実施形態では、車両全体での制動力変化を滑らかに保ちつつ、電動ブレーキ61-64の電流を低減することを目的とする。そのために制動力制御部40は、各車輪91-94に対応する電動ブレーキ61-64について、制動力増加区間で動作させる期間と、制動力保持区間で動作させる期間とを互いにずらすように、各車輪91-94への制動力の配分を交互に切り替える。以下、本実施形態によるこの処理を「制動力交互配分処理」という。
【0025】
なお、制動力制御部40の直接の制御対象は電動ブレーキ61-64であるが、制動力配分の切り替えについては対応する車輪91-94を用いて記載した方が説明しやすい。そこで、「正効率線に沿って制動力が増加する電動ブレーキに対応する車輪」を「正効率制動輪」と定義し、「制動力保持区間で動作する電動ブレーキに対応する車輪」を「制動力保持輪」と定義する。
【0026】
制動力制御部40は、原則として、車両の要求制動力が増加するか又は保持される間、正効率制動輪と制動力保持輪とを交互に切り替える。具体的には、車両の要求制動力が増加するか又は保持される間、例えば前列増力期間Tfと後列増力期間Trとが交互に繰り返される。前列増力期間Tfには、前列左右輪FL、FRが正効率制動輪となり、後列左右輪RL、RRが制動力保持輪となる。後列増力期間Trには、後列左右輪RL、RRが正効率制動輪となり、前列左右輪FL、FRが制動力保持輪となる。この例の動作の詳細は、
図3、
図4を参照して後述する。また、「制動力制御部40は、原則として、・・・交互に切り替える。」という記載が示唆する通り、この制御には、「車両が所定の適用除外要件を満たす場合を除き、」という例外が規定されている。適用除外要件については、
図5、
図6を参照して後述する。
【0027】
次に
図3、
図4を参照し、第1実施形態の制動力交互配分処理として、制動力が時間に連れて線形的に変化する単純なモデルにより基本的な動作を説明する。簡単のため、四輪車両における前列左右輪FL、FR及び後列左右輪RL、RRはそれぞれ同じ条件で制御され、前列及び後列間で正効率制動輪と制動力保持輪とが交互に切り替えられるものとする。各列の左右輪が個別に制御される構成では、四輪FL、FR、RL、RR間で正効率制動輪と制動力保持輪とが交互に切り替えられる。
【0028】
図3において、時間軸における「F」は正効率制動輪が前列左右輪FL、FRであることを示し、その動作期間を前列増力期間「Tf」と記す。前列増力期間Tfには後列左右輪RL、RRが制動力保持輪となる。時間軸における「R」は正効率制動輪が後列左右輪RL、RRであることを示し、その動作期間を後列増力期間「Tr」と記す。後列増力期間Trには前列左右輪FL、FRが制動力保持輪となる。
【0029】
また、前列増力期間Tfにおける制動力変化幅をΔBrf、後列増力期間Trにおける制動力変化幅をΔBrrと記す。制動力が時間に連れて線形的に変化する場合、制動力変化幅は増力期間の長さに比例する。つまり、前列増力期間Tfと後列増力期間Trとの比が、前列の制動力変化幅ΔBrfと後列の制動力変化幅ΔBrrとの比に一致する。
【0030】
図3の各段の図において、実線は、車両の減速度目標から得られる制動力である。上段の図に示されるように、前列増力期間Tf及び後列増力期間Trの1セットを固定の周期とするタイミングで制動力配分が切り替えられる。このように第1実施形態の制動力制御部40は、正効率制動輪と制動力保持輪とを、固定の周期で交互に切り替える。こうして制動力制御部40は、車両の要求制動力が増加するか又は保持される間、常にいずれか一つ以上の車輪が正効率制動輪となり、他の一つ以上の車輪が制動力保持輪となるように、各電動ブレーキ61-64の通電を制御する。
【0031】
図3、
図4には前列増力期間Tfと後列増力期間Trとを同じ長さで図示しているが、前列増力期間Tfと後列増力期間Trとは異なる値に設定されてもよい。四輪FL、FR、RL、RR間で正効率制動輪と制動力保持輪とが交互に切り替えられる場合、増力期間は、車輪91-94ごとに異なる値に設定されてもよい。つまり、制動力制御部40が正効率制動輪と制動力保持輪との切り替えの判断に用いる数値である「増力期間」は、車両挙動等に応じて、車輪91-94ごとに異なる値に設定され得る。
【0032】
或いは、図の縦軸に着目すると、各制動力変化幅ΔBrf、ΔBrrが所定値に達したタイミングで制動力配分が切り替えられるとも解釈される。つまり、第1実施形態の制動力制御部40は、正効率制動輪と制動力保持輪とを、制動力の変化幅に基づいて交互に切り替えると解釈可能である。その場合も、制動力制御部40が正効率制動輪と制動力保持輪との切り替えの判断に用いる数値である「制動力の変化幅」は、車両挙動等に応じて、車輪91-94ごとに異なる値に設定され得る。
【0033】
図3の中段の図には、正効率制動輪として前列左右輪FL、FRに制動力が配分された領域が破線ハッチングで示される。下段の図には、正効率制動輪として後列左右輪RL、RRに制動力が配分された領域が破線ハッチングで示される。
図3の中段及び下段の図で前後列に配分された制動力を一つにまとめると、
図4のように示される。破線ハッチング部分の面積が、前列及び後列の車輪に配分された制動量に相当する。
【0034】
次に
図5のフローチャートを参照する。フローチャートの説明で記号「S」はステップを意味する。破線で示すS10は任意のステップであり、実行しなくてもよい。S10を実行する場合、制動力制御部40は、ルーチンの初めに各車輪91-94に制動力を配分する。
【0035】
S20では、車両900が適用除外要件を満たすか判断される。電流低減よりも他の作用効果が優先される状況や、車両全体での制動力変化を滑らかにすることの効果が小さい状況等では、制動力保持輪を設けず、全車輪91-94を正効率制動輪とする方がよい場合がある。その場合を判定する要件が適用除外要件として規定される。適用除外要件の具体例については
図6を参照して後述する。S20でYESの場合、S26で制動力制御部40は、全ての車輪91-94が正効率制動輪となるように、各電動ブレーキ61-64の通電を制御する。
【0036】
S20でNOの場合、S30で制動力制御部40は、正効率制動輪及び制動力保持輪を決定する。S40で制動力制御部40は、各車輪91-94に交互に制動力を配分する。S10を実行する場合、S40の「制動力を配分」は、「制動力を再配分」と読み替えられる。制動力制御部40は、次の配分条件1、2が成立するように、各車輪91-94に制動力を配分する。配分条件1、2は、S10においても適用されることが好ましい。
【0037】
[配分条件1]:各車輪91-94で発生する制動力の和が車両全体の要求制動力以上となる。これは、要求通りに車両900を制動させるために必須の条件である。
【0038】
[配分条件2]:前後列の左輪91、93(FL、RL)の制動力の和と前後列の右輪92、94(FR、RR)の制動力の和との偏差が所定の範囲内となる。左右輪の制動力の偏差を上限値以下とすることで、例えば直進制動時にヨーモーメントが発生することによる車両偏向を抑制することができる。ただし、制動力の偏差が0であることが常に最適とは限らない。意図的に左右輪の制動力に差を設けたい場合、制動力の偏差が下限値以上上限値以下となるように条件を設定してもよい。
【0039】
図6のフローチャートを参照し、適用除外要件の成否判定の例について説明する。この例では4項目の要件についてS21~S24で順に成否を判断する。S21~S24のうち少なくともいずれか一つでYESと判断されたとき、S25で適用除外要件を満たすと判定される。
【0040】
S21では、要求制動力が所定の制動力閾値未満であるか判断される。低電流領域では電流低減するメリットが小さいため、制動力保持輪を設けず、適当な割合で制動力を分配すればよい。また、S22で急制動を判断する前提として、低電流領域では制動力保持区間を用いずに最大電流を流すことで、急制動と判断するまでの間の応答遅れの発生を回避するのが容易になる。
【0041】
S22では、要求制動力の変動が所定の制動力変動閾値より大きいか判断される。S22でYESの場合、すなわち「急制動」の場合、電流低減よりも応答速度が優先される。したがって、制動力保持輪を設けず、全車輪91-94を正効率制動輪とすることが好ましい。
【0042】
S23では、電動ブレーキ61-64の温度Temp1-Temp4が所定の温度閾値未満であるか判断される。S23でYESの場合、電流低減するメリットが小さい。また、S24では、車速が所定の車速閾値より大きいか判断される。S24でYESの場合、急制動時と同様に応答速度が優先されるため、制動力保持輪を設けず、全車輪91-94を正効率制動輪とすることが好ましい。
【0043】
次に、特許文献1の
図2(A)に対応する
図7を参照し、制動力交互配分処理による車両全体での制動力変化を示す。波状の破線で示すように車両の要求制動力は、[I]増加・保持、[II]減少、[III]増加・保持、[IV]減少、というように推移する。「増加・保持」は、「増加するか又は保持される」の意味である。制動力制御部40は、車両の要求制動力が増加するか又は保持される[I]及び[III]の間、正効率制動輪と制動力保持輪とを交互に切り替える。このとき各電動ブレーキ61-64は、
図2の制動力増加区間(A)と制動力保持区間(B)とで交互に動作する。車両の要求制動力が減少する[II]及び[IV]の間、制動力制御部40は、
図2の制動力減少区間(C)で動作する。
【0044】
図7の一点鎖線及び二点鎖線は、それぞれ前列左右輪FL、FR及び後列左右輪RL、RRによる制動力変化を示す。実線は、一点鎖線及び二点鎖線で示される制動力の合計、つまり車両全体の実制動力の変化を示す。実制動力は、要求制動力にほぼ一致するように追従している。本実施形態では、複数の電動ブレーキ61-64が互いにタイミングをずらして制動力保持区間で動作することで、車両全体での制動力変化を滑らかに保ちつつ、電動ブレーキの電流を低減することができる。したがって、良好なブレーキフィーリングが実現される。また、従来技術では適用が難しかった条件下でも電流低減が可能となる。
【0045】
なお
図7では、各増力期間Tf、Trに制動力を直線的に増加させる例を簡易的に図示しているため、実線と破線とが多少ずれている箇所がある。ただし、増力期間Tf、Trの時間間隔を短くしたり、要求制動力に対しカーブフィッティングさせるように制動力を増加させたりすることで、実際の制動力を精度良く要求制動力に一致させ、より滑らかな制動力変化を実現することができる。
【0046】
(第2、第3実施形態)
第1実施形態の
図3、
図4には、制動力が時間に連れて線形的に変化する単純なモデルを示したが、これに対し
図8、
図9には、制動力が時間に連れて非線形的に変化するモデルを示す。次に
図8、
図9を参照し、正効率制動輪と制動力保持輪とを交互に切り替える処理について説明する。
図8、
図9の図示要領は、
図3、
図4に準ずる。
【0047】
図8に示す第2実施形態では、前列増力期間Tf及び後列増力期間Trは一定であり、制動力配分の切り替え周期が固定されている。各増力期間Tf、Trにおける制動力変化幅ΔBrf_1、ΔBrr_1、ΔBrf_2、ΔBrr_2は異なる。「_1」は処理開始後の第1周期での値、「_2」は処理開始後の第2周期での値である。
【0048】
このように第2実施形態の制動力制御部40は、正効率制動輪と制動力保持輪とを、固定の周期で交互に切り替える。この方式では時間軸に対応する制動力保持輪が予め決定されるため、制御が比較的容易である。
【0049】
図9に示す第3実施形態では、各増力期間における制動力変化幅ΔBrf、ΔBrrに基づいて、例えば各増力期間における制動力変化幅ΔBrf、ΔBrrが所定値に達したとき、正効率制動輪と制動力保持輪とが切り替えられる。前列及び後列の制動力変化幅ΔBrf、ΔBrrに対する所定値は異なる値に設定されてもよい。各増力期間Tf_1、Tr_1、Tf_2、Tr_2は異なる。
【0050】
このように第3実施形態の制動力制御部40は、正効率制動輪と制動力保持輪とを、制動力の変化幅に基づいて交互に切り替える。この方式では、実際の制動力の変化に基づいて制動輪が切り替えられるため、車両全体での制動力バランスが確保される。
【0051】
(第4実施形態)
次に、
図1及び
図10を参照し、第4実施形態による制動力交互配分処理について説明する。第4実施形態の制動力制御部40は、正効率制動輪と制動力保持輪とを、各電動ブレーキ61-64の積算電力値ΣP1-ΣP4又は温度Temp1-Temp4に基づいて交互に切り替える。電動ブレーキ61-64の通電系部品の耐熱保護の観点から、積算電力値ΣPや温度Tempが高い電動ブレーキほど通電電流を小さくし、発熱を抑制することが求められる。
【0052】
図10の上段に、各電動ブレーキの積算電力値又は温度の変化の例を示す。以下、代表として「積算電力値の変化」として説明するが、適宜、「温度の変化」と読み替えて解釈可能である。
図10の下段には、上段の図に応じた制動力交互配分処理を
図3等の書式に準じて示す。
【0053】
この例では、制動初期には前列左右輪FL、FRに対応する電動ブレーキ61、62の積算電力値ΣP1、ΣP2が後列左右輪RL、RRに対応する電動ブレーキ63、64の積算電力値ΣP3、ΣP4よりも高い。しかし制動途中に逆転し、制動終期には後列左右輪RL、RRに対応する電動ブレーキ63、64の積算電力値ΣP3、ΣP4が前列左右輪FL、FRに対応する電動ブレーキ61、62の積算電力値ΣP1、ΣP2よりも高くなる。
【0054】
制動力制御部40は、積算電力値が相対的に高い電動ブレーキに対応する増力期間を相対的に短く、積算電力値が相対的に低い電動ブレーキに対応する増力期間を相対的に長く設定する。したがって、制動初期における第1周期の前列増力期間Tf_1は、後列増力期間Tr_1より短く設定される。前列の制動力変化幅ΔBrf_1は、後列の制動力変化幅ΔBrr_1より小さくなる。また、制動終期における第n周期の前列増力期間Tf_nは、後列増力期間Tr_nより長く設定される。前列の制動力変化幅ΔBrf_nは、後列の制動力変化幅ΔBrr_nより大きくなる。これにより、積算電力値が相対的に高い電動ブレーキの発熱を抑制しつつ、制動力交互配分処理をすることができる。
【0055】
(その他の実施形態)
(a)本発明の車両用制動装置が搭載される車両は、車両前後方向において二列の左右対の車輪を有する四輪車両に限らず、車両前後方向において三列以上の車輪を有する六輪以上の車両であってもよい。
【0056】
(b)例えば正効率制動輪と制動力保持輪とを四輪で交互に切り替えるとき、切り替えの順番は固定に限らず、都度変更されてもよい。例えば一巡目には「FL、FR、RL、RR」の順番に制動力保持輪とし、二巡目には「FR、FL、RR、RL」の順番に制動力保持輪としてもよい。
【0057】
(c)適用除外要件として、路面状況や天候等の影響により、車両全体での制動力変化を滑らかにすることが実現困難な場合が含まれてもよい。例えば、凍結した路面のように摩擦係数が小さい路面を走行しているときや強い追い風が吹いているとき、逆に、凹凸の多い路面を走行しているときや強い向かい風が吹いているときには、制動力制御が実際の車両挙動に反映されにくいため、適用除外要件を満たすと判断されるようにしてもよい。
【0058】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0059】
本開示に記載の制動力制御部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制動力制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制動力制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0060】
30・・・車両用制動装置、
40・・・制動力制御部、
61、62、63、64・・・電動ブレーキ、
900・・・車両、
91、92、93、94・・・車輪。