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特許7435942神経幹細胞または神経前駆細胞からドーパミン神経細胞への分化方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-13
(45)【発行日】2024-02-21
(54)【発明の名称】神経幹細胞または神経前駆細胞からドーパミン神経細胞への分化方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20240214BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20240214BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20240214BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N5/0793 ZNA
C12N15/12
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2022091546
(22)【出願日】2022-06-06
(62)【分割の表示】P 2017240499の分割
【原出願日】2017-12-15
(65)【公開番号】P2022107819
(43)【公開日】2022-07-22
【審査請求日】2022-06-06
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 Molecular Therapy,September 2017;25(9):2028-2037
(73)【特許権者】
【識別番号】517440438
【氏名又は名称】インダストリー‐ユニバーシティー コーぺレーション ファンデーション ハンヤン ユニバーシティ
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 和詳
(72)【発明者】
【氏名】パク、チャン-ファン
(72)【発明者】
【氏名】キム、サン-ミ
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-503811(JP,A)
【文献】国際公開第2015/020234(WO,A1)
【文献】国際公開第2005/052190(WO,A1)
【文献】特表2015-514437(JP,A)
【文献】特表2006-509497(JP,A)
【文献】特表2002-542818(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2012-0003098(KR,A)
【文献】特開2002-300876(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第01541690(EP,A1)
【文献】EMBO Mol. Med.,2015年,Vol.7,pp.510-525
【文献】Exp. Mol. Med.,2017年03月10日,Vol.49,e300 (pp.1-11)
【文献】Stem Cells,2010年,Vol.28,pp.501-512
【文献】Development,2014年,Vol.141,pp.761-772
【文献】Cell Stem Cell,2010年,Vol.7,pp.618-630
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
C12N 15/00-15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)神経幹細胞または神経前駆細胞を、分化を誘導するために5日間培養する段階、及び
b)前記の5日間の培養の後、前記神経幹細胞または前記神経前駆細胞にドーパミン神経細胞誘導転写因子のmRNAを導入する段階を含み、
前記ドーパミン神経細胞誘導転写因子はNurr1(Nuclear receptor related 1)またはFoxA2(Forkhead box protein A2)である、
神経幹細胞または神経前駆細胞からドーパミン神経細胞への分化方法。
【請求項2】
前記mRNAは、神経幹細胞または神経前駆細胞に1日~2日間隔で繰り返し導入されることを特徴とする請求項1に記載の分化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経幹細胞または神経前駆細胞からドーパミン神経細胞への分化方法に関し、より具体的には、神経幹細胞または神経前駆細胞にドーパミン神経細胞誘導転写因子のmRNAを時間的制御を基盤として細胞に導入することにより、染色体安定性が維持されるドーパミン神経細胞に分化させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病(Parkinson’s disease;PD)は、運動不能、硬直、震えのような運動障害を伴う中枢神経系退行性脳疾患であって、中脳黒質に存在するドーパミン神経細胞の漸進的な死滅に起因して線条体に到達しなければならないドーパミン神経細胞の減少が発病原因であると知られている。
【0003】
現在のパーキンソン病の治療法としては、ドーパミン前駆物質であるlevo-DOPA(L-DOPA)を投与する方法があるが、これは、吐き気、イライラ、睡眠障害、低血圧、常同運動、幻覚と妄想などの副作用があり、その他の方法も、一時的に病症を好転させる水準の効果を有する。しかし、約15年前にドーパミン神経細胞が含まれている死産されたヒト胎児の脳組織をパーキンソン病患者に移植したとき、ドーパミン神経伝達が回復されて線条体にドーパミン神経細胞の到達が可能になり、これにより、いくつかのパーキンソン病患者において運動不能症状の改善が観察された(NeuroRX,October 2004,Volume 1,Issue 4,pp.382~393)。この結果、損失された細胞を外部から移植して症状の好転を期待する細胞治療の概念が導入された。しかし、これも、倫理的、技術的問題を伴うにつれて、このような問題点を解決するために、細胞分裂により自分と同じ細胞を生産することができ、分化刺激によりそれぞれ異なる特定細胞に分化し得る柔軟性を有する神経幹細胞を利用した細胞治療法の研究が提起された。既存の神経幹細胞を利用してドーパミン神経細胞を誘導するための方法としては、レトロウイルスを利用する方法が知られている。しかし、前記方法は、遺伝子変形の危険性、突然変異の発生という問題点があり、ひいては、臨床適用には適していないという限界点がある。したがって、逆分化幹細胞の研究に用いられたRNA、タンパク質を基礎とする遺伝子伝達方法が、DNA-フリーのドーパミン神経細胞を発生させる適切な方法として注目された。しかし、タンパク質伝達方法は、所望の遺伝子を発現させるにあたって、多量のタンパク質を準備および精製しなければならず、RNA伝達方法は、RNAウイルスを利用したので、ウイルス-フリーの状態を維持するための追加としての選別段階が必要であるという限界点がある。
【0004】
これより、新しい効率的遺伝子発現技法を用いて神経幹細胞から安定したドーパミン神経細胞を分化させることができる方法の開発が必要である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、前述したような従来の問題点を解決し、神経幹細胞または神経前駆細胞からドーパミン神経細胞を効率的且つ安定的に分化させるための方法を研究した結果、神経幹細胞にドーパミン神経細胞誘導転写因子のmRNAを導入することにより、染色体の安定性が維持される機能的なドーパミン神経細胞の分化が可能であることを知見したところ、これに基づいて本発明を完成した。
【0006】
これより、本発明は、神経幹細胞または神経前駆細胞からドーパミン神経細胞への分化方法および前記分化方法により製造されたドーパミン神経細胞を提供することを目的とする。
【0007】
また、本発明は、前記ドーパミン神経細胞を含むパーキンソン病治療用細胞治療剤を提供することを他の目的とする。
【0008】
しかし、本発明が達成しようとする技術的課題は、以上で言及した課題に限定されず、言及されていない他の課題は、下記の記載から当業者に明確に理解され得る。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記本発明の目的を達成するために、本発明は、神経幹細胞または神経前駆細胞にドーパミン神経細胞誘導転写因子のmRNAを導入する段階を含む、神経幹細胞または神経前駆細胞からドーパミン神経細胞への分化方法を提供する。
【0010】
本発明の一具現例において、前記ドーパミン神経細胞誘導転写因子は、Nurr1(Nuclear receptor related 1)またはFoxA2(Forkhead box protein A2)であり得る。
【0011】
本発明の他の具現例において、前記mRNAの導入前に、神経幹細胞または神経前駆細胞を5日~10日間ドーパミン神経細胞への分化を誘導する段階をさらに含むことができる。
【0012】
本発明のさらに他の具現例において、前記mRNAは、神経幹細胞または神経前駆細胞のドーパミン神経細胞に1日~2日間隔で繰り返し導入され得る。
【0013】
また、本発明は、前記分化方法により製造された、ドーパミン神経細胞を提供する。
【0014】
また、本発明は、前記ドーパミン神経細胞を含む、パーキンソン病治療用細胞治療剤を提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によるドーパミン神経細胞への分化方法は、ドーパミン神経細胞誘導転写因子を、従来レトロウイルスベクターを利用した方法とは異なって遺伝子変形の危険がないmRNA形態で合成および導入することにより、成熟し且つ機能的な染色体安定型ドーパミン神経細胞を製造できるところ、パーキンソン病の治療のための臨床分野において有用に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1a】本発明によるドーパミン誘導転写因子mRNAを合成するための鋳型であるプラスミドDNAの構造である。
図1b】前記プラスミドDNAが試験管内転写(in vitro transcription)を通じてmRNAに発現される過程を示す図である。
図2a図2は、HEK293細胞またはラット神経幹細胞(rat NPCs)内に導入されたmRNAのタンパク質発現の如何を検証したものであり、図2aは、実験方法を示したものである。
図2b】前記細胞内にそれぞれドーパミン誘導転写因子であるNurr1またはFoxA2 mRNAを導入した後、免疫細胞化学染色法を用いてタンパク質発現水準を確認した結果およびcAMPによる発現水準増加を示す結果である。
図3a図3は、細胞内に導入されたmRNAによるタンパク質発現維持の如何を検証したものであり、図3aは、実験方法を示したものである。
図3b】ラット神経幹細胞(rat NPCs)にNurr1 mRNAを導入した後、分化期間(diff.0,1,2,および3)中にタンパク質発現水準が減少することを示す結果である。
図4a図4は、細胞内にmRNAの繰り返し導入によるドーパミン神経細胞分化の如何を検証した結果であって、図4aは、実験方法を示したものである。
図4b】ラット神経幹細胞(rat NPCs)にNurr1 mRNAを繰り返し導入(N mRNA)しながら、分化3日(diff.3)および7日目(diff.7)にドーパミン神経細胞への分化を確認したものであり、この際、FoxA2を追加発現させる場合、分化効率が有意に増加することを示す結果である。
図5a図5は、細胞内にmRNAの繰り返し導入による影響を検証したものであって、図5aは、実験方法を示したものである。
図5b】ラット神経幹細胞(rat NPCs)にNurr1 mRNAを繰り返し導入(N mRNA)した結果、分化7日(diff.7)目からドーパミン神経細胞の細胞死滅が誘導されることを示す結果である。
図6a図6は、時間的制御を基盤とするmRNAの繰り返し導入によるドーパミン神経細胞の分化効率を検証した結果であって、図6aは、実験方法を示したものである。
図6b】分化開始7日目からNurr1またはFoxA2 mRNAをそれぞれラット神経幹細胞(rat NPCs)に繰り返し導入しながら、分化期間(diff.10,16,22,および28)中に観察した結果、タンパク質発現の維持およびドーパミン神経細胞分化効率の増加を確認した結果である。
図7a図7は、前記図6の方法で分化させたドーパミン神経細胞の特性および機能性を検証したものであって、図7aは、実験方法を示したものである。
図7b】ドーパミン神経細胞の特異的マーカー(TH、AADC、DAT、VMAT2、およびLmx1A)発現を確認した結果である。
図7c】ドーパミン神経細胞の特異的マーカー(TH、AADC、DAT、VMAT2、およびLmx1A)発現を確認した結果である。
図7d】ドーパミン分泌能を確認した結果である。
図7e】活性ナトリウム電流と活動電位発火(図7e)を確認した結果である。
図8】レトロウイルスベクターを利用したNurr1遺伝子導入と比較して本発明によるNurr1 mRNA導入により分化したドーパミン神経細胞の染色体安定性を示す結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、神経幹細胞にドーパミン神経細胞誘導転写因子のmRNAを導入して、成熟し且つ機能的な染色体安定型ドーパミン神経細胞の分化が可能であることを知見することにより、本発明を完成した。
【0018】
これより、本発明は、神経幹細胞または神経前駆細胞にドーパミン神経細胞誘導転写因子のmRNAを導入する段階を含む、神経幹細胞または神経前駆細胞からドーパミン神経細胞への分化方法および前記分化方法により製造されたドーパミン神経細胞を提供する。
【0019】
本発明において使用される用語「分化」とは、初期段階の未分化状態の幹細胞が各組織としての特性を有するようになる過程を称するものであって、本発明の目的上、神経幹細胞または神経前駆細胞がドーパミン神経細胞としての特性を有するようになることを意味する。
【0020】
本発明において使用される用語「神経幹細胞」は、神経細胞および神経膠細胞を生成し得る分化能を有する細胞を意味し、前記細胞は、40回以上、より好ましくは50回以上、最も好ましくは無制限的な細胞分裂を行うことができる。前記神経幹細胞は、多様な出処で収得することが可能であり、好ましくは、ヒト、マウス、またはラットのような哺乳類で得ることができ、より好ましくは、胚体、成体組織、胎児組織、胚性幹細胞(ES)に由来する。
【0021】
また、「神経前駆細胞」は、成熟した神経細胞である子孫を生成し得る細胞であって、胚性幹細胞または成体幹細胞や神経幹細胞から分化させて使用してもよく、または、哺乳動物の中脳、大脳皮質または側面神経節隆起(線条体原基)から直接分離して使用することができる。
【0022】
本発明において使用される用語「ドーパミン神経細胞」は、チロシンヒドロキシラーゼ(TH)を発現する神経細胞を意味する。ドーパミン神経細胞は、中脳黒質に特異的に位置し、生体内で線条体、辺縁系および新皮質を刺激して、姿勢反射、運動、および補償関連挙動を調節する。特に、実際に体内でドーパミン性神経細胞として機能するためには、中脳特性を示さなければならない。
【0023】
本発明において、前記ドーパミン神経細胞誘導転写因子は、Nurr1(Nuclear receptor related 1)またはFoxA2(Forkhead box protein A2)であり得る。
【0024】
本発明によるNurr1またはFoxA2を暗号化する各核酸は、当業界において公知されたNurr1またはFoxA2を暗号化する塩基配列を有するものであれば、制限なしに使用され得る。
【0025】
前記Nurr1は、中脳ドーパミン性神経細胞で発現されるステロイド/甲状腺ホルモン受容体に属する転写因子であって、ドーパミン性神経細胞で発現されて中脳ドーパミン性神経細胞の発生に役割をするものと考えられている。Nurr1の変移は、パーキンソン病、統合失調症、および躁鬱症を含むドーパミン性機能異常に関連した障害と関連があり、前記遺伝子の発現調節異常は、リューマチ関節炎に関連していると知られている。
【0026】
前記FoxA2は、中枢神経系で発現される転写因子であって、中脳ドーパミン性神経細胞発達との関連性はほとんど知られていないが、ドーパミン神経細胞の発達および維持に必要な転写因子であると知られている。本発明の実施例では、前記Nurr1 mRNAのみを神経前駆細胞に単独で導入する場合に比べて、FoxA2を一緒に導入したとき、ドーパミン神経細胞への分化効率が顕著に増加することが明らかにされた(図4b参照)。
【0027】
本発明において、前記mRNAの導入は、発現しようとする遺伝子をメッセンジャー NAで合成させて伝達する方法を意味する。これは、既存の塩基成分であるCTP、UTPでなく、それぞれ変形された5-メチルシチジン、プソイドウリジンを含ませてmRNAが細胞に導入されたとき、先天性の抗ウイルス免疫反応に対応し得るようにし、このようなmRNAの導入を用いた遺伝子発現方法は、簡単であり、遺伝子変形の危険性がなく、高い遺伝子制御による立派な転換効率であるという長所を有する。
【0028】
前記mRNAは、mRNAを合成するように製作されたプラスミドDNAを試験管内転写(in vitro transcription)を通じて合成および製造することができる。
【0029】
本発明において前記ドーパミン神経細胞誘導転写因子であるNurr1および/またはFoxA2 mRNAの導入前に、神経幹細胞または神経前駆細胞を5日~10日間ドーパミン神経細胞への分化を誘導する段階をさらに含むことができ、前記mRNAを神経幹細胞または神経前駆細胞に1日~2日、好ましくは1日間隔で繰り返し導入することにより、ドーパミン神経細胞への分化を成功裏に誘導することができる。
【0030】
本発明において、前記mRNAの細胞内導入は、DNA-カルシウム沈殿法、リポソームを利用する方法、ポリアミン系を使用する方法、エレクトロポレーション法、レトロウイルスを利用する方法、アデノウイルスを利用する方法など当該分野において公知となっている遺伝子の細胞内導入技術を当業者が適宜選択して使用することができ、本発明では、好ましくはリポソーム媒介方法を利用した。
【0031】
本発明者らは、実施例を通じて前記mRNA導入法を用いたドーパミン神経細胞の分化効率および分化したドーパミン神経細胞の機能性を実験的に確認した。
【0032】
本発明の一実施例では、HEK293細胞および神経幹細胞にそれぞれNurr1またはFoxA2 mRNAを導入した結果、タンパク質が発現されることを確認した(実施例2参照)。また、前記発現が維持されるかを検証した結果、分化1~2日内にタンパク質水準が減少することを観察することにより、前記mRNAを繰り返し導入する方法を利用することにより、分化7日目まで分化したドーパミン神経細胞を確認した(実施例3参照)。
【0033】
本発明の他の実施例では、前記方法で分化を進めた結果、7日以後にドーパミン神経細胞の死滅が誘導されることを観察し、これを解決するために、時間的制御を基盤とするmRNA導入法を利用した。より具体的に、神経幹細胞のドーパミン神経細胞へ分化開始7日後にドーパミン神経細胞誘導転写因子のmRNAを細胞に繰り返し導入した結果、前記転写因子のタンパク質発現の維持期間およびドーパミン神経細胞数が増加したことを確認した(実施例4を参照)。
【0034】
本発明のさらに他の実施例では、本発明の分化方法で製造されたドーパミン神経細胞の特性および機能性を検証した結果、ドーパミン神経細胞の特異的マーカーの発現、ドーパミン分泌、および電気生理学的特性を確認することにより、成熟し且つ機能性のドーパミン神経細胞への分化が成功裏に行われたことを確認した(実施例5を参照)。
【0035】
本発明のさらに他の実施例では、本発明のmRNA導入方法および従来レトロウイルスベクターを利用した遺伝子導入方法を用いてそれぞれドーパミン神経細胞への分化を誘導した結果、レトロウイルスベクターとは異なって、mRNAを導入した場合、前記神経細胞の染色体安定性が維持されることを確認した(実施例6を参照)。
【0036】
前記実施例から本発明の分化方法により染色体安定性が維持される成熟した機能性のドーパミン神経細胞を製造できることがわかる。
【0037】
本発明の他の様態において、本発明は、ドーパミン神経細胞を含むパーキンソン病治療用細胞治療剤を提供する。
【0038】
前記細胞治療剤は、ヒトから分離、培養および特殊な機作を通じて製造された細胞および組織にて治療、診断および予防を目的として使用される医薬品(米国FDA規定)であって、細胞あるいは組織の機能を復元させるために、生きている自己、同種、または異種細胞を体外で増殖、選別したり、他の方法で細胞の生物学的特性を変化させるなどの一連の行為を通じて治療、診断および予防を目的として使用される医薬品を指す。細胞治療剤は、細胞の分化程度によって大きく体細胞治療剤と、幹細胞治療剤とに分類される。
【0039】
以下、本発明の理解を助けるために好適な実施例を提示する。しかし、下記の実施例は、本発明をより容易に理解するために提供されるものに過ぎず、下記実施例により本発明の内容が限定されるものではない。
【実施例
【0040】
実施例1.実験準備および実験方法
1-1.ラット神経幹細胞(rat NPC)の分離
実験動物は、韓国漢陽大学校の実験動物運営委員会(IACUC、2016-0194A)の指針に基づいて飼育および処理した。Rat NPC(Neural precursor cells)は、Sprague-Dawley(SD)ラット(DaeHan BioLink)の胎齢14.5日の胎児の大脳皮質から得た。以後、ラットの大脳皮質組織から分離した神経幹細胞を37℃、5%CO2で15mg/mLのポリ-L-オルニチン(poly-L-ornithine;PLO、Sigma-Aldrich)および1mg/mLのフィブロネクチン(fibronectin;FN,Sigma-Aldrich)でコーティングされた培養ディッシュ上で培養した。
【0041】
次に、前記ラット由来神経幹細胞を20ng/mLの塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor;bFGF,R&D Systems)が補充されたN2培地で増殖させ、0.2mMのアスコルビン酸(Sigma-Aldrich)、20ng/mLの脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor;BDNF,R&D ystems)、20ng/mLの膠細胞由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor;GDNF,R&D Systems)および250mg/mLのジブチリル-cAMP(db-cAMP,Sigma-Aldrich)が補充されたN2培地で分化させた。また、合成されたmRNAをトランスフェクションする前にdb-cAMP、10mMのホルスコリン(Sigma-Aldrich)および5mMのNKH477(Sigma-Aldrich)のようなcAMP誘導体をラット由来神経幹細胞に処理した。以後、合成されたmRNAをトランスフェクションして細胞内に導入した後、200ng/mLのB18R(インターフェロン-ガンマ抑制剤、eBioscience)を添加した。
【0042】
1-2.プラスミド構造体
mRNA合成のためのベクターであるpcDNA/UTR120Aは、pcDNA3.1(+)(Invitrogen)プラスミドを利用して製作した。より具体的に、pcDNA3.1+の一部の制限酵素部位(896-930bp、980-992bp)を制限酵素NheI、BamHI、NotIおよびXbaIに代替し、合成された5’UTR、5’UTR逆方向、3’UTR、3’UTR逆方向、120pAおよび120pA逆方向オリゴマー(IDT)をアニーリングし、pcDNA3.1(+)のT7プロモーターの後に挿入した。また、eGFP、FLAGが接合されたNurr1およびHAが接合されたFoxA2遺伝子は、pcDNA/UTR120Aの5’UTRと3’UTRとの間に挿入した。
【0043】
1-3.mRNA合成
eGFP/UTR120A、Nurr1(FLAG)/UTR120AおよびFoxA2(HA)/UTR120A構造物をEcoRV(Takara Bio)制限酵素を利用して線形化させた後、これを鋳型としてMEGAscript T7 Kit(Ambion)を利用してmRNA合成を進めた。以後、転写混合物を37℃で2時間試験管内で培養し、変形されたリボヌクレオチドの5’-メチルシチジンおよびプソイドウリジン(Trilink Bio technologies)を添加して変形されたmRNAを生産した。次に、DNaseを37℃で15分間処理し、合成されたmRNAにScriptCap m7Gキャッピングシステム、2’-O-メチルトランスフェラーゼおよびポリ(A)ポリメラーゼ(Epicenter、現在CELL SCRIPTから利用可能)を添加して、5’キャッピングおよびポリAテーリングを行った。最後に、mRNAを2.5Mのアンモニウムアセテート(Ambion)で沈殿させ、RNA貯蔵溶液(Ambion)に溶解させた後、-70℃で冷凍保管した。
【0044】
1-4.mRNAトランスフェクション
トランスフェクションの一日前に抗生剤が含まれていない増殖培地が入っているPLO/FNでコーティングされた24-ウェルプレートのスライドガラスの上にラット大脳皮質由来神経幹細胞(NPC)(50,000cells/φ12mm)をシーディングした。以後、合成されたmRNAとトランスフェクション試薬であるリポフェクタミン2000(Invitrogen)をOpti-MEM培地(Invitrogen)でそれぞれ希釈し、室温で5分間放置した後、前記二つの溶液を混合し、室温で20分間培養した。培養された混合物を前記ラット由来神経幹細胞に処理し、3時間後に混合物を増殖培地または組換えタンパク質B18Rが添加された分化培地に交替した。
【0045】
1-5.RT-PCRおよびリアルタイムPCR
cDNAを合成するために、TRI REAGENT(Molecular Research Center)を使用してラット由来神経幹細胞からRNAを抽出した後、抽出された5ugのトータルRNAに対しSuperscript Kit(Invitrogen)を使用してcDNAを合成した。以後、合成されたcDNAを増幅に使用し、1.5%のアガロースゲル電気泳動を通じてアンプリコンの同一性を確認した。
【0046】
リアルタイムPCR分析は、従来の方法により行い、iQ SYBR Green Supermix(Bio-Rad)を使用してCFX96リアルタイムシステムで実施し、前記リアルタイムPCR反応条件は、60℃のアニーリング温度と45サイクル反復に設定した。前記RT-PCRおよびリアルタイムPCRに使用したプライマー配列は、下記表1および表2にそれぞれ示した。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
1-6.免疫細胞化学染色法(Immunocytochemistry)
培養された細胞を4%のホルムアルデヒド(Sigma-Aldrich)で固定させた後、前記固定された細胞に0.1%のBSA/PBS、10%の正常ヤギ血清(NGS,Pel-Freez)および0.03%のトリトンX-100(Sigma-Aldrich)を1時間処理した。以後、1次抗体を処理して4℃で一晩培養した後、ビオチンが接合された2次抗体(Vector Laboratories)または蛍光(DTAF,RhodaminまたはCy3)が標識された2次抗体(Jackson ImmunoResearch Labora tories)を処理した。次に、DAPI(Vector Laboratories)マウンティング培地を含むVECTASHIELDでスライドガラスをマウンティングし、染色された細胞を落射蛍光顕微鏡または共焦点顕微鏡で視覚化した。また、チロシンヒドロキシラーゼを発現する細胞(TH+)繊維の長さは、Leica Application Suite(LAS)イメージ分析パッケージを使用して測定した。
【0050】
1-7.組換えレトロウイルスの生産
本発明者らは、以前の研究で開示したレトロウイルスベクターpCLを使用した。HAが接合されたFoxA2または空いているレトロウイルス構造物を暗号化するレトロウイルス構造体をリポフェクタミン2000を使用して293GPGパッケージング細胞にトランスフェクションした。72時間後、ウイルスが含まれた上清液を10日間収集し、2mg/mLのポリブレン(hexadimethrine bromide,Sigma-Aldrich)をウイルス上清液に添加した後、-70℃で保管した。
【0051】
1-8.DA分泌の分析
ドーパミン(Dopamine;DA)分泌の分析は、Dopamine Research ELISA Kit(Labor Diagnostika Nord)を使用して製造者の指示に従って行った。但し、DAが分泌された上清液を24時間培養したり、56mMのKClで30分間刺激させた二つの条件下に収集した。DA水準は、標準制御で生成された標準曲線をベースに計算した。
【0052】
1-9.電気生理学的分析
ラット由来神経幹細胞からEPC10USB増幅器(HEKA Elektronik)を使用して室温(22±1℃)で全体細胞パッチクランプ記録を行った。140mMのK-グルコネート、5mMのジ-トリス-ホスホクレアチン、5mMのNaCl、4mMのMgATP、0.4mMのNa2GTP、15mMのHEPES、および2.5mMのNa-ピルベートで構成された溶液で充填するとき、ピペットの抵抗は4-8MUであり、KOHでpH7.3に調整した。直列抵抗は、70%~80%で補償され、電流は、2kHzで低域通過フィルタリングされ、10kHzでサンプリングされ、60mVの電位を示した。水槽溶液は、95%のO2および5%のCO2で飽和された124mMのNaCl、26mMのNaHCO3、3.2mMのKCl、2.5mMのCaCl2、1.3mMのMgCl2、1.25mMのNaHPO4および10mMのグルコースを含む。
【0053】
1-10.細胞数の測定および統計分析
細胞数の測定は、実験条件当たり3個のウェルに対してウェル当たり顕微鏡上の10~15個の区域を無作為に選択して実施した。各実験は、独立して最小3回行った
【0054】
すべての実験結果は、平均±標準誤差(mean±SE)で表示し、データの統計的分析には、対応のある標本t検定法を使用した。
【0055】
実施例2.合成されたドーパミン誘導転写因子mRNAの細胞内導入によるタンパク質発現の確認
本発明者らは、前記実施例1-1の方法で分離したラット大脳皮質由来神経幹細胞をドーパミン神経細胞に分化させるために、ドーパミン誘導転写因子のタンパク質発現手段にて前記転写因子のmRNAを合成して、前記神経幹細胞内に導入しようとした。
【0056】
このために、まず、ドーパミン誘導転写因子を安定的に発現するmRNAを合成するために、図1aに示した構造のプラスミドDNAをそれぞれ製作した。具体的に、前記プラスミドDNAは、それぞれ試験管内転写(in vitro transcription)のためのT7プロモーター(pT7)、mRNAの安定性のためのUTR(5’UTRおよび3’UTR)およびポリAテール(120pA)、発現させようとする遺伝子(対照群:eGFP、ドーパミン誘導転写因子:Nurr1またはFoxA2)が含まれている。前記のような構造を有するプラスミドDNAは、図1bに示したように、制限酵素を利用した切断により線形を有するようになり(Cut DNA Template with Restriction enzyme)、in vitro転写過程とキャッピング、ポリAテーリング過程を通じて安定したmRNAで合成される。
【0057】
本発明者らは、前記過程を通じて合成されたmRNAが実際に細胞内でタンパク質に発現されるかを検証するために、前記実施例1-4の方法により細胞内高い導入効率を有するHEK293細胞およびラット由来神経幹細胞(rat NPCsまたはrNPCs)に前記合成されたmRNAそれぞれをトランスフェクションし、前記実施例1-6の免疫細胞化学染色法により各タンパク質の発現水準を観察した。
【0058】
図2aの過程により実験した結果、図2bに示したように、ただ一度のmRNA導入だけでドーパミン誘導転写因子であるNURR1およびFOXA2タンパク質が発現されることを観察した。また、細胞内mRNAの安定性と半減期を増加させるために、サイクリックAMP(cAMP)を共に添加した結果、タンパク質の発現水準が有意に増加することを確認した。
【0059】
実施例3.合成されたmRNA導入による細胞内タンパク質発現維持の検証
前記実施例2の結果に加えて細胞内に導入されたmRNAによるタンパク質発現が維持されるか否かを検証するために、前記実施例2と同じ方法でドーパミン誘導転写因子であるNurr1のmRNAをラットの神経幹細胞に導入した後、図3aに示したように、分化期間(diff.1~diff.3)中にタンパク質発現水準を観察した。
【0060】
その結果、図3bに示したように、分化3日目(diff.3)まで観察したとき、細胞内でmRNAの分解が速いため、ドーパミン誘導転写因子であるNURR1タンパク質の発現は1~2日程度のみ維持されることを確認した。
【0061】
このような問題点を解決するために、本発明者らは、図4aに示したように、細胞内タンパク質の発現が維持されるように、Nurr1 mRNAを1日間隔で繰り返しトランスフェクションした後、分化3日目(diff.3)および7日目(diff.7)に免疫細胞化学染色法でドーパミン神経細胞への分化の如何を観察した。
【0062】
その結果、図4bに示したように、Nurr1 mRNAを細胞内に繰り返し導入(N mRNA TF)した結果、ドーパミン神経細胞の特異的なマーカーであるチロシンヒドロキシラーゼ(Tyrosine Hydroxylase;TH)を発現するドーパミン神経細胞に分化することを確認し、これにコアクチベーターであるFoxA2 RNAをレトロウイルスを利用して細胞に追加に導入した場合(N mRNA+F mRNA)、ドーパミン神経細胞への分化が顕著に増加したことを確認した。
【0063】
実施例4.時間的制御を基盤とする細胞内合成mRNAの繰り返し導入およびその効果の検証
本発明者らは、前記実施例3のように、ラット神経幹細胞にドーパミン誘導転写因子mRNAを繰り返し導入する場合、細胞に影響を及ぼすかを検証するために、図5aに示したように、Nurr1 mRNAを繰り返してトランスフェクションしながら、分化10日目(diff.10)まで観察した。
【0064】
その結果、図5bに示したように、mRNAの繰り返し導入の影響でドーパミン神経細胞分化7日以後にはドーパミン神経細胞の細胞死滅が誘導されて、9~10日以後には前記細胞がほとんど観察されないことを確認した。
【0065】
このような問題点を解決するために、本発明者らは、ドーパミン神経細胞が存在する中脳においてNurr1の発現は、遅延発現パターンを有することを確認し、ドーパミン誘導転写因子であるNurr1およびFoxA2の時間的制御のために遅延発現を試みた。より具体的に、図6aに示したように、ラット神経幹細胞のドーパミン神経細胞への分化開始後7日目からドーパミン誘導転写因子のmRNAを細胞内に繰り返し導入し、分化10日(diff.10)、16日(diff.16)、22日(diff.22)、および28日目(diff.28)にドーパミン神経細胞への分化程度を観察した。
【0066】
その結果、図6bに示したように、NURR1タンパク質の発現水準を測定することにより、前記タンパク質発現の維持期間がさらに増加したことを確認し、THを発現する細胞(TH+)の数およびTH fiberの数と長さを測定することにより、成熟したドーパミン神経細胞が増加したことが分かった。
【0067】
実施例5.ドーパミン神経細胞誘導転写因子mRNA導入により分化したドーパミン神経細胞の特性と機能性の検証
前記実施例4の結果に基づいて、本発明者らは、ラット胎児の大脳皮質から分離した神経幹細胞内に時間的制御を通じてドーパミン誘導転写因子mRNAを導入して製造したドーパミン神経細胞の特性と機能性を観察しようとした。
【0068】
このために、図7aに示した過程により実験を進めた後、まず、分化14日目(diff.14)にドーパミン神経細胞マーカー(TH、AADC、DAT、VMAT2、Lmx1A)の発現をそれぞれRT-PCRおよび定量的リアルタイムPCRで観察した。その結果、図7bおよび図7cから分かるように、対照群細胞(N.C)と比較して分化したドーパミン神経細胞(Nr(L)Fr(L))は、前記マーカーを全部発現することが明らかにされた。
【0069】
次に、分化したドーパミン神経細胞のドーパミン分泌能を確認するために、分化開始15日目に初期ドーパミン神経細胞(Nr+Fr)および後期ドーパミン神経細胞(Nr(L)+Fr(L))をそれぞれ24時間培養するか、または56mMのKClで30分間刺激させた後、培養上清液を回収してドーパミン水準を測定した。その結果、図7dに示したように、Nr(L)+Fr(L)の場合、ドーパミン分泌量が有意に最も高く、KClで刺激させた場合と比較して24時間培養した場合に顕著な差異を示した。また、分化開始22日目に電気生理学的実験を実施した結果、図7eに示したように、活性ナトリウム電流と活動電位発火を確認した。
【0070】
前記結果から、分化したドーパミン神経細胞がその特性および機能性を全部有している成熟した細胞であることが分かった。
【0071】
実施例6.ドーパミン神経細胞の染色体安定性維持の検証
本発明者らは、本発明によるmRNA導入を通じて分化したドーパミン神経細胞と従来他の遺伝子導入法を用いて分化したドーパミン神経細胞の染色体安定性を比較しようとした。このために、レトロウイルスベクターを利用してNurr1遺伝子を導入して分化誘導したドーパミン神経細胞(NURR1 retrovirus)およびNurr1 mRNAを導入して分化誘導したドーパミン神経細胞(NURR1 mRNA)から各遺伝子導入3日後に、ゲノムDNAを抽出して遺伝子残存状態を測定した。
【0072】
その結果、図8に示したように、前記ウイルスベクターを利用した場合には、神経細胞の染色体にレトロウイルスが無作為に挿入されて残存することにより、染色体の変形を引き起こすのに対し、mRNAを導入した場合には、染色体への遺伝子挿入がないため、染色体の安定性が維持されることを確認した。これにより、既存のウイルスベクターを使用してドーパミン神経細胞を誘導する方式とは異なって、mRNAを利用して製造されたドーパミン神経細胞は、染色体安定型細胞であって、臨床適用に優れた有効性と安全性を示すことができることが分かった。
【0073】
前述した本発明の説明は、例示のためのものであり、本発明の属する技術分野における通常の知識を有する者は、本発明の技術的思想や必須の特徴を変更することなく、他の具体的な形態で容易に変形可能であることを理解することができる。したがって、以上で記述した実施例は、すべての側面において例示的なものであり、限定的でなものと理解すべきである。
図1a
図1b
図2a
図2b
図3a
図3b
図4a
図4b
図5a
図5b
図6a
図6b
図7a
図7b
図7c
図7d
図7e
図8
【配列表】
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