(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-13
(45)【発行日】2024-02-21
(54)【発明の名称】光整形装置及び光整形方法
(51)【国際特許分類】
G02F 1/01 20060101AFI20240214BHJP
G02B 5/18 20060101ALI20240214BHJP
G02B 5/26 20060101ALI20240214BHJP
G02B 5/28 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
G02F1/01 B
G02F1/01 D
G02B5/18
G02B5/26
G02B5/28
(21)【出願番号】P 2020120895
(22)【出願日】2020-07-14
【審査請求日】2023-01-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度 国立研究開発法人 科学技術振興機構、研究成果展開事業、研究成果最適展開支援プログラム 「超短パルスレーザー応用の先進化が可能で顕微光学系に実装可能な波形制御装置の開発」 委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100148013
【氏名又は名称】中山 浩光
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 向陽
(72)【発明者】
【氏名】松本 直也
(72)【発明者】
【氏名】高橋 永斉
(72)【発明者】
【氏名】重松 恭平
(72)【発明者】
【氏名】井上 卓
【審査官】奥村 政人
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-218141(JP,A)
【文献】特開2013-178374(JP,A)
【文献】特開平10-223959(JP,A)
【文献】特開2002-139716(JP,A)
【文献】米国特許第06327068(US,B1)
【文献】中国特許出願公開第108539573(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/00- 1/125
G02F 1/21- 7/00
G02B 5/18- 5/28
G02B 5/32
G02B 9/00-17/08
G02B 21/02-21/04
G02B 25/00-25/04
IEEE Xplore
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力光である光パルスのスペクトル強度を変調し、時間幅が狭小化された光パルスを出力光として出力する強度変調部を備え、
前記強度変調部は、開始端波長λrと前記開始端波長からの波長幅Wとによって表され
、前記開始端波長と終了端波長と間の波長における前記入力光の透過率を10%以下とするマスクによって前記入力光のスペクトル強度を変調する光整形装置。
【請求項2】
前記マスクは、前記入力光の中心波長に対して対称となるように設定されている請求項1記載の光整形装置。
【請求項3】
前記出力光の強度損失率及び時間幅の狭小化率の少なくとも一方の許容値に基づいて、前記強度変調部で用いる前記マスクの前記開始端波長λr及び前記波長幅Wの設定値を演算する演算部を備える請求項1又は2記載の光整形装置。
【請求項4】
前記演算部は、前記出力光のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、前記強度変調部で用いる前記マスクの前記開始端波長λr及び前記波長幅Wの設定値を演算する請求項3記載の光整形装置。
【請求項5】
前記演算部は、前記出力光のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、前記強度変調部で用いる前記マスクの
設定次数を演算する請求項3又は4記載の光整形装置。
【請求項6】
前記演算部は、前記強度変調部で用いる前記マスクの前記開始端波長λr及び前記波長幅Wの設定値に基づいて前記出力光のピーク強度を補償するための入力光のパワー倍率を演算する請求項3~5のいずれか一項記載の光整形装置。
【請求項7】
前記強度変調部は、
前記入力光を波長毎に分波する分波素子と、
前記分波素子によって分波された前記入力光のうちの所定のスペクトル成分をカットする強度変調素子と、
前記強度変調素子から出力したスペクトル成分を合波する合波素子と、によって構成されている請求項1~6のいずれか一項記載の光整形装置。
【請求項8】
前記強度変調素子は、空間光変調器によって構成されている請求項7記載の光整形装置。
【請求項9】
前記強度変調素子は、遮蔽板によって構成されている請求項7記載の光整形装置。
【請求項10】
前記強度変調素子は、一又は複数の誘電体多層膜ミラーによって構成されている請求項7記載の光整形装置。
【請求項11】
前記強度変調部は、一又は複数の誘電体多層膜ミラーによって構成されている請求項1~6のいずれか一項記載の光整形装置。
【請求項12】
入力光である光パルスのスペクトル強度を変調し、時間幅が狭小化された光パルスを出力光として出力する強度変調ステップを備え、
前記強度変調ステップでは、開始端波長λrと前記開始端波長からの波長幅Wとによって表され
、前記開始端波長と終了端波長と間の波長における前記入力光の透過率を10%以下とするマスクによって前記入力光のスペクトル強度を変調する光整形方法。
【請求項13】
前記強度変調ステップにおいて、前記入力光の中心波長に対して対称となるように前記マスクを設定する請求項12記載の光整形方法。
【請求項14】
前記出力光の強度損失率及び時間幅の狭小化率の少なくとも一方の許容値に基づいて、前記強度変調ステップで用いる前記マスクの前記開始端波長λr及び前記波長幅Wの設定値を演算する演算ステップを備える請求項12又は13記載の光整形方法。
【請求項15】
前記演算ステップでは、前記出力光のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、前記強度変調ステップで用いる前記マスクの前記開始端波長λr及び前記波長幅Wの設定値を演算する請求項14記載の光整形方法。
【請求項16】
前記演算ステップでは、前記出力光のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、前記強度変調ステップで用いる前記マスクの
設定次数を演算する請求項14又は15記載の光整形方法。
【請求項17】
前記演算ステップでは、前記強度変調ステップで用いる前記マスクの前記開始端波長λr及び前記波長幅Wの設定値に基づいて前記出力光のピーク強度を補償するための入力光のパワー倍率を演算する請求項14~16のいずれか一項記載の光整形方法。
【請求項18】
前記強度変調ステップでは、
前記入力光を波長毎に分波する分波素子と、
前記分波素子によって分波された前記入力光のうちの所定のスペクトル成分をカットする強度変調素子と、
前記強度変調素子から出力したスペクトル成分を合波する合波素子と、を用いて前記入力光のスペクトル強度を変調する請求項12~17のいずれか一項記載の光整形方法。
【請求項19】
前記強度変調素子として、空間光変調器を用いる請求項18記載の光整形方法。
【請求項20】
前記強度変調素子として、遮蔽板を用いる請求項18記載の光整形方法。
【請求項21】
前記強度変調素子として、一又は複数の誘電体多層膜ミラーを用いる請求項18記載の光整形方法。
【請求項22】
前記強度変調ステップでは、一又は複数の誘電体多層膜ミラーを用いて前記入力光のスペクトル強度を変調する請求項12~17のいずれか一項記載の光整形方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光整形装置及び光整形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光パルスの時間幅を狭小化するための光整形技術の研究・開発が進められている。光整形技術を用いて時間幅を狭小化した光パルス(例えば超短光パルス)の応用先は、レーザ加工、テラヘルツ波の生成・計測、レーザ顕微鏡システムなど多岐にわたっており、時間幅の更なる狭小化が各応用先でのパフォーマンス向上に資すると考えられる。この種の技術としては、例えば特許文献1に記載の光制御装置が挙げられる。この特許文献1に記載の光制御装置では、入力された光パルスの強度スペクトルを空間光変調器で変調している。光パルスの強度スペクトルの変調にあたっては、空間光変調器に提示される変調パターンを算出し、光パルスの時間強度波形を所望の波形に整形している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した特許文献1に記載の光制御装置では、空間光変調器に提示される変調パターンの最適化により、波長に対して連続的に変化する強度パターンが得られており、60%程度の強度損失の許容により15%程度の時間幅の狭小化が実現されている。光整形技術を用いて時間幅を狭小化した光パルスの応用先の増加、さらに、これに伴う産業の活性化を見据えた場合、低コストで光パルスの強度損失に対する時間幅の狭小化率を更に向上できる技術が望まれている。
【0005】
本開示は、上記課題の解決のためになされたものであり、低コストで光パルスの強度損失に対する時間幅の狭小化率を向上できる光整形装置及び光整形方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一側面に係る光整形装置は、入力光である光パルスのスペクトル強度を変調し、時間幅が狭小化された光パルスを出力光として出力する強度変調部を備え、強度変調部は、開始端波長λrと当該開始端波長λrからの波長幅Wとによって表されるマスクによって入力光のスペクトル強度を変調する。
【0007】
この光整形装置では、開始端波長λrと当該開始端波長λrからの波長幅Wとによって表されるマスクによって入力光のスペクトル強度を変調する。これにより、スペクトル位相を変調した場合の理論限界を超えた時間幅の狭小化が可能となり、光パルスの強度損失に対する時間幅の狭小化率を向上できる。また、マスクのパラメータが比較的簡単であり、各スペクトル成分に対する連続的かつ高精度な強度変調を要しないため、高価な強度変調器を導入せずに強度変調部を構築できる。したがって、光整形装置の低コスト化を実現できる。
【0008】
マスクは、入力光の中心波長に対して対称となるように設定されていてもよい。このようなマスクの採用により、光パルスの強度損失に対する時間幅の狭小化率を一層向上できる。
【0009】
光整形装置は、出力光の強度損失率及び時間幅の狭小化率の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調部で用いるマスクの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値を演算する演算部を備えていてもよい。この場合、演算部において強度損失率及び狭小化率を考慮したマスクの最適設定が行われる。したがって、光整形装置の利便性を向上できる。
【0010】
演算部は、出力光のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調部で用いるマスクの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値を演算してもよい。この場合、演算部においてサイドローブを考慮したマスクの最適設定が行われる。したがって、光整形装置の利便性を更に向上できる。
【0011】
演算部は、出力光のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調部で用いるマスクの設定数を演算してもよい。この場合、演算部においてサイドローブを考慮したマスクの最適設定が行われる。したがって、光整形装置の利便性を更に向上できる。
【0012】
演算部は、強度変調部で用いるマスクの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値に基づいて出力光のピーク強度を補償するための入力光のパワー倍率を演算してもよい。この場合、出力光のピーク強度を、マスクを用いた強度変調を行わない場合と同等のレベルに補償することができる。
【0013】
強度変調部は、入力光を波長毎に分波する分波素子と、分波素子によって分波された入力光のうちの所定のスペクトル成分をカットする強度変調素子と、強度変調素子から出力したスペクトル成分を合波する合波素子と、によって構成されていてもよい。この場合、入力光のスペクトル強度を変調する強度変調部を簡単な構成で実現できる。
【0014】
強度変調素子は、空間光変調器によって構成されていてもよい。この場合、空間光変調器に提示する位相パターンにより、動的かつ高い自由度でマスクを形成できる。
【0015】
強度変調素子は、遮蔽板によって構成されていてもよい。この場合、簡単な構成でマスクを形成でき、光整形装置の一層の低コスト化を実現できる。
【0016】
強度変調素子は、一又は複数の誘電体多層膜ミラーによって構成されていてもよい。この場合、簡単な構成でマスクを形成でき、光整形装置の一層の低コスト化を実現できる。
【0017】
強度変調部は、一又は複数の誘電体多層膜ミラーによって構成されていてもよい。この場合、簡単な構成でマスクを形成でき、光整形装置の一層の低コスト化を実現できる。
【0018】
本開示の一側面に係る光整形方法は、入力光である光パルスのスペクトル強度を変調し、時間幅が狭小化された光パルスを出力光として出力する強度変調ステップを備え、強度変調ステップでは、開始端波長λrと当該開始端波長λrからの波長幅Wとによって表されるマスクによって入力光のスペクトル強度を変調する。
【0019】
この光整形方法では、開始端波長λrと当該開始端波長λrからの波長幅Wとによって表されるマスクによって入力光のスペクトル強度を変調する。これにより、スペクトル位相を変調した場合の理論限界を超えた時間幅の狭小化が可能となり、光パルスの強度損失に対する時間幅の狭小化率を向上できる。また、マスクのパラメータが比較的簡単であり、各スペクトル成分に対する連続的かつ高精度な強度変調を要しないため、高価な強度変調器を導入せずに光パルスの時間幅の狭小化を実施できる。したがって、光整形の低コスト化を実現できる。
【0020】
強度変調ステップにおいて、入力光の中心波長に対して対称となるようにマスクを設定してもよい。このようなマスクの採用により、光パルスの強度損失に対する時間幅の狭小化率を一層向上できる。
【0021】
光整形方法は、出力光の強度損失率及び時間幅の狭小化率の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調ステップで用いるマスクの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値を演算する演算ステップを備えていてもよい。この場合、演算ステップにおいて強度損失率及び狭小化率を考慮したマスクの最適設定が行われる。したがって、光整形の利便性を向上できる。
【0022】
演算ステップでは、出力光のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調ステップで用いるマスクの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値を演算してもよい。この場合、演算ステップにおいてサイドローブを考慮したマスクの最適設定が行われる。したがって、光整形の利便性を更に向上できる。
【0023】
演算ステップでは、出力光のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調ステップで用いるマスクの設定数を演算してもよい。この場合、演算ステップにおいてサイドローブを考慮したマスクの最適設定が行われる。したがって、光整形の利便性を更に向上できる。
【0024】
演算ステップでは、強度変調ステップで用いるマスクの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値に基づいて出力光のピーク強度を補償するための入力光のパワー倍率を演算してもよい。この場合、出力光のピーク強度を、マスクを用いた強度変調を行わない場合と同等のレベルに補償することができる。
【0025】
強度変調ステップでは、入力光を波長毎に分波する分波素子と、分波素子によって分波された入力光のうちの所定のスペクトル成分をカットする強度変調素子と、強度変調素子から出力したスペクトル成分を合波する合波素子と、を用いて入力光のスペクトル強度を変調してもよい。この場合、入力光のスペクトル強度を変調する強度変調ステップを簡単な構成で実施できる。
【0026】
強度変調素子として、空間光変調器を用いてもよい。この場合、空間光変調器に提示する位相パターンにより、動的かつ高い自由度でマスクを形成できる。
【0027】
強度変調素子として、遮蔽板を用いてもよい。この場合、簡単な構成でマスクを形成でき、光整形の一層の低コスト化を実現できる。
【0028】
強度変調素子として、一又は複数の誘電体多層膜ミラーを用いてもよい。この場合、簡単な構成でマスクを形成でき、光整形の一層の低コスト化を実現できる。
【0029】
強度変調ステップでは、一又は複数の誘電体多層膜ミラーを用いて入力光のスペクトル強度を変調してもよい。この場合、簡単な構成でマスクを形成でき、光整形装置の一層の低コスト化を実現できる。
【発明の効果】
【0030】
本開示によれば、低コストで光パルスの強度損失に対するパルス幅の狭小化率を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】本開示の一側面に係る光整形装置の構成を示す概略図である。
【
図2】(a)は、ガウシアン形状をなすスペクトル波形の一例を示す図であり、(b)は、これに対応する時間波形を示す図である。
【
図3】(a)は、
図2(a)に示したスペクトル波形にコサイン状の変調を加えた波形を示す図であり、(b)は、これに対応する時間波形を示す図である。
【
図4】強度変調部で用いられるマスク(シングルマスク)を示す図である。
【
図5】強度変調部の構成の一例を示す概略図である。
【
図6】強度変調部の構成の別例を示す概略図である。
【
図7】強度変調部の構成の更なる別例を示す概略図である。
【
図8】(a)は、強度変調部の構成の更なる別例を示す概略図であり、(b)は、一方の誘電体多層膜ミラーの反射特性を示す図であり、(c)は、他方の誘電体多層膜ミラーの反射特性を示す図である。
【
図9】強度変調部の構成の更なる別例を示す概略図である。
【
図10】光整形装置の動作の一例を示すフローチャートである。
【
図11】(a)は、マスクのパラメータを変化させた場合の出力光の時間幅の変化を示す図であり、(b)は、中心波長近傍の結果を拡大して示す図である。
【
図12】マスクのパラメータを変化させた場合の出力光の強度損失率の変化を示す図である。
【
図13】マスクのパラメータを変化させた場合の出力光のピーク強度の変化を示す図である。
【
図14】ピーク強度の補償に必要な入力光のパワーを示す図である。
【
図15】マスクの精度と出力光の時間幅との関係を示す図である。
【
図16】出力光の時間波形に出現するサイドローブの一例を示す図である。
【
図17】マスクのパラメータを変化させた場合のサイドローブのピーク強度の変化を示す図である。
【
図18】マスクのパラメータを変化させた場合のサイドローブの出現時間の変化を示す図である。
【
図19】強度変調部で用いられるマスク(ダブルマスク)を示す図である。
【
図20】マスクのパラメータを変化させた場合の出力光の時間幅の変化を示す図である。
【
図21】マスクのパラメータを変化させた場合のサイドローブのピーク強度の変化を示す図である。
【
図22】(a)は、強度損失率を一定とした場合のシングルマスクのモデルを示す図であり、(b)は、(a)のマスクを用いて強度変調を行った場合の出力光の時間波形を示す図である。
【
図23】(a)~(c)は、強度損失率を一定とした場合のダブルマスクのモデルを示す図である。
【
図24】
図23のマスクを用いて強度変調を行った場合の出力光の時間波形を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照しながら、本開示の一側面に係る光整形装置及び光整形方法の好適な実施形態について詳細に説明する。
[光整形装置の概略構成]
【0033】
図1は、本開示の一側面に係る光整形装置の概略構成を示す図である。同図に示すように、光整形装置1は、光源2と光学的に接続された強度変調部3と、強度変調部3における変調条件を演算する演算部4とを備えて構成されている。光源2は、例えば固体レーザ光源といったレーザ光源であり、コヒーレントなパルス光を強度変調部3への入力光L1として出力する。強度変調部3は、入力光L1である光パルスのスペクトル強度を変調し、時間幅が狭小化された光パルスを出力光L2として出力する。
【0034】
光パルスのスペクトル波形と時間波形とは、フーリエ変換の関係で結ばれている。例えば
図2(a)は、ガウシアン形状をなすスペクトル波形の一例を示す図であり、
図2(b)は、これに対応する時間波形を示す図である。また、
図3(a)は、
図2(a)に示したスペクトル波形にコサイン状の変調を加えた波形を示す図であり、
図3(b)は、これに対応する時間波形を示す図である。これらの図に示すように、スペクトル波形の位相及び強度の少なくとも一方が変化すると、これに応じて時間波形も変化する。
【0035】
強度変調部3における光整形は、このフーリエ変換の関係を利用したものであり、入力光L1のスペクトル波形に対してマスク(フィルタリング)Mを施すことによって、低コストで光パルスの強度損失に対する時間幅の狭小化率の向上を実現するものである。
図4は、強度変調部で用いられるマスクを示す図である。同図に示すように、マスクMは、開始端波長λrと、開始端波長λrからの波長幅Wとの2つのパラメータによって表される。
図4では、入力光L1の中心波長λ0に対して対称となるようにマスクMが設定されている。
【0036】
ここでは、開始端波長λrは、波長幅Wで表される波長範囲の両端のうち、中心波長λ0に近い方の波長で定義されている。また、波長幅Wは、開始端波長λrを基準として定義されている。中心波長λ0よりも長波長側のマスクMでは、マスクMの波長範囲の短波長側の端が開始端波長λrとなり、終了端波長はλr+Wとなる。中心波長λ0よりも短波長側のマスクMでは、マスクMの波長範囲の長波長側の端が開始端波長λrとなり、終了端波長はλr-Wとなる。
図4では、中心波長λ0について対称に一対のマスク(シングルマスク)を例示しているが、マスクMの設定数はこれに限られず、中心波長λ0について対称に複数対のマスク(マルチマスク)が設定される場合もある。
【0037】
図1に戻り、演算部4は、例えばプロセッサ、メモリ等を含むコンピュータシステムによって構成されている。コンピュータシステムとしては、例えばパーソナルコンピュータ、マイクロコンピュータ、クラウドサーバ、スマートデバイス(スマートフォン、タブレット端末など)などが挙げられる。演算部4は、PLC(programmable logic controller)によって構成されていてもよく、FPGA(Field-programmable gate array)等の集積回路によって構成されていてもよい。
【0038】
演算部4は、出力光L2の強度損失率及び時間幅の狭小化率の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調部3で用いるマスクMの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値を演算する。強度損失率及び時間幅の狭小化率の許容値は、例えばキーボード等の入力手段によって光整形装置1のユーザからの入力を受け付けることによって取得される。開始端波長λr及び波長幅Wと、強度損失率及び時間幅の狭小化率との関係性については、後述する。
【0039】
また、演算部4は、出力光L2のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調部3で用いるマスクMの開始端波長λr、波長幅Wの設定値、及びマスクMの設定数を演算する。サイドローブとは、パルス光においてメインパルスの両側に出現する高次光である(
図16参照)。開始端波長λr、波長幅Wの設定値、及びマスクMの設定数と、出力光L2のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域との関係性については、後述する。
【0040】
また、演算部4において、強度変調部3で用いるマスクMの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値の演算結果に基づいて、出力光L2のピーク強度を補償するための入力光L1のパワー倍率を演算してもよい。
図1の形態では、演算部4と光源2とが通信可能に接続され、演算部4での入力光L1のパワー倍率の演算結果に基づいて、入力光L1のパワーを制御するための制御信号が演算部4から光源2に出力される。
[強度変調部の構成例]
【0041】
図5は、強度変調部の構成の一例を示す概略図である。
図5に示すように、強度変調部3は、入力光L1を波長毎に分波する分波素子11と、分波素子11によって分波された入力光L1のうちの所定のスペクトル成分をカットする強度変調素子12と、強度変調素子12から出力したスペクトル成分を合波する合波素子13とによって構成されている。
【0042】
分波素子11及び合波素子13としては、例えば回折格子、プリズム、グリズムなどを用いることができる。回折格子は、反射型回折格子及び透過型回折格子のいずれであってもよく、必要に応じてレンズ等を組み合わせることもできる。また、分波素子11及び合波素子13は、ファイバブラッググレーティングとレンズとの組み合わせによって構成してもよい。この場合、ファイバ入出力型の強度変調部3を構成することができる。強度変調素子12としては、例えば空間光変調器(SLM:Spatial Light Modulator)、遮蔽板、誘電体多層膜ミラーなどを用いることができる。
【0043】
図5の例では、分波素子11及び合波素子13は、反射型回折格子21によって構成され、強度変調素子12は、空間光変調器22によって構成されている。分波素子11である反射型回折格子21で反射した入力光L1は、レンズ23によって平行光化され、空間光変調器22に入射する。空間光変調器22は、例えば位相変調型の空間光変調器であり、位相変調面に所定の回折格子パターンを呈示することにより、マスクMに相当するスペクトル成分をカットする。
【0044】
空間光変調器22の位相変調面に呈示する回折格子パターンは、変調パターン算出装置(不図示)によって算出される。変調パターン算出装置は、例えば演算部4と電気的に接続されており、演算部4におけるマスクMの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値の演算結果に基づいて、これに応じた回折格子パターンを算出する。空間光変調器22で強度変調された光は、レンズ24によって集光し、合波素子13である反射型回折格子21で合波されて出力光L2となる。この出力光L2は、入力光L1よりも時間幅が狭小化されたパルス光である。
【0045】
図6は、強度変調部の構成の別例を示す概略図である。同図の例では、分波素子11及び合波素子13が透過型回折格子25によって構成されている点で
図5の態様と相違している。この態様においても、空間光変調器22の位相変調面に所定の回折格子パターンを呈示することにより、マスクMに相当するスペクトル成分がカットされ、入力光L1よりも時間幅が狭小化されたパルス光を出力光L2として得ることができる。
【0046】
図7は、強度変調部の構成の更なる別例を示す概略図である。同図の例では、分波素子11及び合波素子13は、反射型回折格子21によって構成され、強度変調素子12は、遮蔽板26によって構成されている。この遮蔽板26には、光を遮蔽する遮蔽部26aと、光を通過させる通過部26bとが所定のパターンで設けられている。遮蔽部26aによってマスクMに相当するスペクトル成分がカットされることで、入力光L1よりも時間幅が狭小化されたパルス光を出力光L2として得ることができる。この態様では、例えば遮蔽部26a及び通過部26bのパターンが異なる遮蔽板26を予め複数用意し、入力光L1の光路に配置する遮蔽板26を切替手段によって切り替えることで、マスクMの開始端波長λr、波長幅Wの設定値、及びマスクMの設定数を変えることができる。
【0047】
図8は、強度変調部の構成の更なる別例を示す概略図である。
図8(a)の例では、分波素子11及び合波素子13は、透過型回折格子25によって構成され、強度変調素子12は、一又は複数(ここでは2体)の誘電体多層膜ミラー27によって構成されている。誘電体多層膜ミラー27は、いわゆるバンドストップフィルタとして機能する。
図8(b)に示すように、一方の誘電体多層膜ミラー27は、入力光の中心波長λ0よりも長波長側において、開始端波長λr及び波長幅Wに対応する帯域で高い反射率を有している。また、
図8(c)に示すように、他方の誘電体多層膜ミラー27は、入力光の中心波長λ0よりも短波長側において、開始端波長λr及び波長幅Wに対応する領域で高い反射率を有している。
【0048】
これらの誘電体多層膜ミラー27によってマスクMに相当するスペクトル成分がカットされることで、入力光L1よりも時間幅が狭小化されたパルス光を出力光L2として得ることができる。この態様では、例えば反射帯域が異なる誘電体多層膜ミラー27を予め複数用意し、入力光L1の光路に配置する誘電体多層膜ミラー27を切替手段によって切り替えることで、マスクMの開始端波長λr、波長幅Wの設定値、及びマスクMの設定数を変えることができる。
【0049】
図9は、強度変調部の構成の更なる別例を示す概略図である。同図の例では、強度変調部3が一又は複数(ここでは2体)の誘電体多層膜ミラー27のみで構成されている点で
図5~
図8の態様と相違している。この態様においても、誘電体多層膜ミラー27によってマスクMに相当するスペクトル成分がカットされることで、入力光L1よりも時間幅が狭小化されたパルス光を出力光L2として得ることができる。なお、2体の誘電体多層膜ミラー27の反射帯域は、例えば
図8(b)及び
図8(c)に示したものと同様である。入力光L1の光路に配置する誘電体多層膜ミラー27を切替手段によって切り替える点も
図8の場合と同様である。
[光整形装置の動作]
【0050】
図10は、上述した光整形装置の動作の一例を示すフローチャートである。同図に示すように、光整形装置1では、まず、出力光L2の強度損失率及び時間幅の狭小化率の許容値の入力を受け付ける(ステップS01)。また、出力光L2のサイドローブのピーク強度及び出現時間の許容値の入力を受け付ける(ステップS02)。次に、入力された許容値に基づいてマスクMのパラメータの設定がなされる。具体的には、演算部4において、マスクMの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値の演算が行われる(ステップS03)。また、マスクMの設定数の演算が行われ(ステップS04)、さらに、マスクMの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値に基づいて、入力光L1のパワー倍率の演算が行われる(ステップS05)。
【0051】
マスクMのパラメータの演算後、演算結果に基づくマスクが形成されるように強度変調部3の設定が行われる(ステップS06)。強度変調部3の設定内容は、強度変調部3の態様によって異なるが、強度変調部3に空間光変調器22を用いる場合には、当該空間光変調器22への位相パターンの呈示がなされ、強度変調部3に遮蔽板26或いは誘電体多層膜ミラー27を用いる場合には、入力光L1の光路に配置する遮蔽板26或いは誘電体多層膜ミラー27の切替がなされる。
【0052】
強度変調部3の設定後、ステップS05での演算結果に基づいて、光源2の設定(入力光L1のパワーの設定)がなされ(ステップS07)、当該設定に基づいて、光源2から入力光L1となる光パルスの出力が開始される(ステップS08)。光源2から出力した入力光L1は、強度変調部3に入力され、当該強度変調部3において、設定されたマスクMを用いたスペクトル強度の変調がなされる(ステップS09)。マスクMを用いたスペクトル強度の変調により、強度変調部3からは、時間幅が狭小化された光パルスが出力光L2として出力される(ステップS10)。
【0053】
なお、ステップS01及びステップS02の許容値の入力の受付は、いずれが先に実行されてもよく、同時に実行してもよい。また、ステップS02の許容値の入力の受付を省略してもよい。同様に、ステップS03及びステップS04の演算は、いずれが先に実行されてもよく、同時に実行してもよい。ステップS02の許容値の入力の受付を省略する場合には、ステップS04の演算を省略してもよい。さらに、ステップS05の入力光L1のパワー倍率の演算を省略してもよい。ステップS05の入力光L1のパワー倍率の演算を省略する場合には、ステップS07の光源2の設定も省略される。
[作用効果]
【0054】
以上のように、光整形装置1では、開始端波長λrと当該開始端波長λrからの波長幅Wとによって表されるマスクMによって入力光L1のスペクトル強度を変調する。これにより、スペクトル位相を変調した場合の理論限界を超えた時間幅の狭小化が可能となり、光パルスの強度損失に対する時間幅の狭小化率を向上できる。また、マスクMのパラメータが比較的簡単であり、各スペクトル成分に対する連続的かつ高精度な強度変調を要しないため、高価な強度変調器を導入せずに強度変調部3を構築できる。したがって、光整形装置1の低コスト化を実現できる。
【0055】
また、マスクMは、入力光L1の中心波長λ0に対して対称となるように設定されている。このようなマスクMの採用により、光パルスの強度損失に対する時間幅の狭小化率を一層向上できる。
【0056】
また、光整形装置では、出力光L2の強度損失率及び時間幅の狭小化率の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調部3で用いるマスクMの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値を演算する演算部4を備えている。これにより、演算部4では、強度損失率及び時間幅の狭小化率を考慮したマスクMの最適設定が行われる。したがって、光整形装置1の利便性を向上できる。
【0057】
本実施形態では、演算部4は、出力光L2のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調部3で用いるマスクMの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値を演算する。また、演算部4は、出力光L2のサイドローブのピーク強度及び出現時間領域の少なくとも一方の許容値に基づいて、強度変調部3で用いるマスクMの設定数を演算する。これにより、演算部4では、サイドローブを考慮したマスクMの最適設定が行われる。したがって、光整形装置1の利便性を更に向上できる。
【0058】
さらに、本実施形態では、演算部4は、強度変調部3で用いるマスクMの開始端波長λr及び波長幅Wの設定値に基づいて出力光L2のピーク強度を補償するための入力光L1のパワー倍率を演算する。これにより、出力光L2のピーク強度を、マスクMを用いた強度変調を行わない場合と同等のレベルに補償することができる。
【0059】
図5~
図8の例では、強度変調部3は、入力光L1を波長毎に分波する分波素子11と、分波素子11によって分波された入力光L1のうちの所定のスペクトル成分をカットする強度変調素子12と、強度変調素子12から出力したスペクトル成分を合波する合波素子13とによって構成されている。これにより、入力光L1のスペクトル強度を変調する強度変調部3を簡単な構成で実現できる。
【0060】
図5及び
図6に示したように、強度変調素子12が空間光変調器22によって構成される場合、空間光変調器22に提示する位相パターンにより、動的かつ高い自由度でマスクMを形成できる。
図7に示したように、強度変調素子12が遮蔽板26によって構成される場合、また、
図8に示したように、強度変調素子12が一又は複数の誘電体多層膜ミラー27で構成される場合、簡単な構成でマスクMを形成でき、光整形装置1の一層の低コスト化を実現できる。
図9の例では、強度変調部3が一又は複数の誘電体多層膜ミラー27によって構成されている。この場合、分波素子11及び合波素子13を省略できる分、更に簡単な構成でマスクMを形成でき、光整形装置1の一層の低コスト化を実現できる。
【0061】
従来の光整形では、スペクトル帯域を広げることでパルス光の時間幅を狭小化する手法が一般的であるが、本開示の光整形は、任意のスペクトル成分をマスクMでカットすることで、パルス光の時間幅の更なる狭小化を実現している。パルス光の時間幅の狭小化は、パルス光の時間微分値が増加することを意味する。つまり、パルス光の時間幅の狭小化は、微分値に応答して変化するテラヘルツ波のパルスの生成においては、テラヘルツ波の振幅増大やパルス整形に有効に作用する。また、パルスの時間幅の狭小化は、TOF(Time of Flight)計測に代表されるようなパルス計測の時間分解の向上にも寄与する。
【0062】
パルス光をストリークカメラやSTAMP(Sequentially Timed All-optical Mapping Photography)等の撮像技術に応用する場合、パルス光の時間幅の狭小化は、撮像速度及び時間分解能の向上に寄与する。時間分解能の向上により、時間干渉ノイズの低減化が見込まれ、モーションブラーの影響が低減されることで、S/N比の改善が期待される。また、レーザ加工の分野においては、パルス光の時間幅の狭小化により、レーザ光が物質と相互作用する時間を減少させることができる。このため、加工対象物への熱の影響を減らしつつ、非熱加工の効果を高めることが可能となる。レーザ顕微鏡の分野では、非線形光学効果の誘起効率の向上や、S/N比の改善が見込まれる。
[マスクのパラメータとパルス光の時間幅の狭小化との関係の検証]
【0063】
以下、マスクのパラメータとパルス光の時間幅の狭小化との関係について述べる。まず、マスクを用いて強度変調を行った場合のパルス光の時間幅の狭小化の検証結果について説明する。マスクには、中心波長λ0について対称な一対のシングルマスクを仮定した(
図4参照)。入力光には、波長幅が5nm、中心波長λ0が800nmのシングルパルスを仮定した。この入力光を位相スペクトルがフラットなフーリエ変換限界パルスとした場合、その半値全幅は、およそ135fsとなる。
図11(a)は、マスクのパラメータ(開始端波長λr及び波長幅W)を変化させた場合の出力光の時間幅の変化を示す図である。同図では、横軸が開始端波長λr、縦軸が出力光の時間幅(半値全幅)であり、W=0.73nm及びW=1.22nmの場合のシミュレーション結果をプロットしている。また、時間幅の相対的変化を示すため、マスクによる強度変調を行わない場合(W=0nm:フーリエ変換限界パルス)の場合の結果を合わせてプロットしている。
【0064】
この
図11(a)の結果から、マスクの波長幅Wが大きいほど出力光の時間幅が狭小化されることが分かる。また、開始端波長λrが入力光の中心波長λ0に近いほど出力光の時間幅が狭小化されることが分かる。W=1.22nmの場合でλrを中心波長λ0の近傍とした場合、出力光の時間幅は110fsを下回り、およそ22%程度の時間幅の狭小化が見込まれる。一方、
図11(b)は、
図11(a)における中心波長近傍の結果を拡大して示す図である。
図11(b)に示すように、開始端波長λrが入力光の中心波長λ0に近くなるほど出力光の時間幅が徐々に小さくなっているが、開始端波長λrと中心波長λ0とが等しくなる条件下では、出力光の時間幅が僅かに増加していることが分かる。このことから、開始端波長λrと中心波長λ0とを等しくすることは、必ずしも出力光の時間幅を最も狭小化できる条件ではない、との結論が導かれる。
【0065】
図12は、マスクのパラメータを変化させた場合の出力光の強度損失率の変化を示す図である。同図では、横軸が開始端波長λr、縦軸が強度損失率であり、W=0.24nm、W=0.49nm、W=0.73nm、W=0.98nm、及びW=1.22nmの場合のシミュレーション結果をプロットしている。この
図12の結果から、開始端波長λrが中心波長λ0に近いほど出力光の強度損失率が高くなることが分かる。また、マスクの波長幅Wが大きいほど出力光の強度損失率が高くなることが分かる。
【0066】
図11の結果と合わせて考えると、時間幅の狭小化率と強度損失率とは、トレードオフの関係があることが分かる。このため、出力光の時間幅を狭小化するにあたっては、強度損失の許容範囲内でマスクのパラメータを設定することが実用上必要になると考えられる。この点に関し、先行技術文献で挙げた特開2016-218141号公報では、60%程度の強度損失を許容することで15%程度の時間幅の狭小化が示されている。本開示の手法では、
図11及び
図12の結果から、40%程度の強度損失を許容することで22%程度の時間幅の狭小化が実現可能となっている。また、15%程度の時間幅の狭小化にあたっては、25%程度の強度損失を許容すればよい。したがって、より小さい強度損失で高い時間幅の狭小化効果が得られることが分かる。
【0067】
図13は、マスクのパラメータを変化させた場合の出力光のピーク強度の変化を示す図である。同図では、横軸が開始端波長λr、縦軸がピーク強度比であり、
図12と同様に、W=0.24nm、W=0.49nm、W=0.73nm、W=0.98nm、及びW=1.22nmの場合のシミュレーション結果をプロットしている。出力光のピーク強度比は、マスクによる強度変調を行わない場合(フーリエ変換限界パルス)の時間波形のピーク強度に対する時間波形のピーク強度である。ピーク強度比が1を上回る場合、マスクを用いた強度変調によってフーリエ変換限界パルスよりもピーク強度が増加することを示し、ピーク強度比が1を下回る場合、マスクを用いた強度変調によってフーリエ変換限界パルスよりもピーク強度が減少することを示す。
【0068】
図13の結果から、W=0.24nmの場合では、ピーク強度比が0.9程度あるのに対し、Wが大きくなるほどピーク強度比は減少し、W=1.22nmの場合では、ピーク強度比が0.6未満となっている。このことから、マスクの波長幅Wが大きいほど(つまり、強度損失率及び時間幅の狭小化率が高くなるほど)出力光のピーク強度が減少することが分かる。
【0069】
光整形装置1の応用にあたって出力光のピーク強度が問題になる場合には、入力光のパワーを上げることで補償が可能となる。
図14は、ピーク強度の補償に必要な入力光の出力を示す図である。同図では、横軸が開始端波長λr、縦軸が入力光のパワー倍率であり、
図13と同様に、W=0.24nm、W=0.49nm、W=0.73nm、W=0.98nm、及びW=1.22nmの場合のシミュレーション結果をプロットしている。入力光のパワー倍率は、マスクを用いた強度変調を行わない場合の入力光パワーと、マスクを用いた強度変調を行わない場合の出力光の時間波形のピーク強度と同等のピーク強度を得るために必要な入力光のパワーとの比である。
図14の結果から、例えばW=1.22nmの場合には、入力光のパワーを1.85倍程度に増加させることで、出力光のピーク強度をマスクを用いた強度変調を行わない場合と同等のレベルに補償することができる。
【0070】
図15は、マスクの精度と出力光の時間幅との関係を示す図である。同図では、横軸が開始端波長λr、縦軸が出力光の時間幅(半値全幅)である。上記の各シミュレーションでは、マスクによって強度変調される波長域の入力光のスペクトル強度を0とする理想的なモデル(
図4参照)を用いている。しかしながら、実際の装置においては、強度変調部3の構成等に起因し、入力光のスペクトル強度を完全に0にできないことも想定される。
図15では、W=1.22nmの条件下で、マスクによる強度変調を受けずに透過した光の強度(透過率)を変化させ、各透過率に対する出力光の時間幅のシミュレーション結果をプロットしている。透過率の条件は、0%、10%、20%の3条件としている。また、比較のため、フーリエ変換限界パルス(TLパルス)の場合の結果を合わせてプロットしている。
【0071】
図15に示すように、例えばλr=800.02nmで透過率が0%の場合に出力光の時間幅が109fsであったのに対し、透過率が10%の場合の出力光の時間幅は118fs、透過率が20%の場合の出力光の時間幅は121fsであった。この結果から、マスクによって強度変調される波長域における入力光の透過率が出力光の時間幅の狭小化率に影響を及ぼすことが分かる。また、透過率差が同じ10%だとしても、透過率が0%から10%に増加する場合のほうが、透過率が10%から20%に増加する場合に比べて、出力光の時間幅の狭小化率の減少が2倍以上大きいことが分かる。したがって、出力光の時間幅の狭小化率を向上させる観点からは、マスクによって強度変調される波長域における入力光の透過率を10%以下に抑えることが好ましく、0%に近づけることが更に好ましいことが結論付けられる。
【0072】
次に、マスクを用いて強度変調を行った場合の出力光のサイドローブについての検証結果について説明する。上述したように、マスクの開始端波長λr及び波長幅Wは、出力光の時間幅に影響を与えるパラメータであるが、この他に出力光のサイドローブの形状にも影響を与えるパラメータとなっている。光整形装置1の応用にあたってサイドローブのピーク強度及び出現時間領域が問題になる場合も想定される。
【0073】
サイドローブとは、例えば
図16に示すように、パルス光においてメインパルスの両側に出現する高次光である。
図16の例は、中心波長λ0について対称なマスク(
図4参照)を用いて強度変調を行った場合の出力光の時間波形であり、マスクが中心波長λ0について対称である場合、出力光のサイドローブもメインパルスに対して対称に出現する。ここでは、メインパルスの両側の時間領域に出現する最初のピークを第1サイドローブと称し、その外側の時間領域に出現する次のピークを第2サイドローブと称する。
【0074】
図17は、マスクのパラメータを変化させた場合のサイドローブのピーク強度の変化を示す図である。同図では、横軸が開始端波長λr、縦軸がメインパルスのピーク強度に対するサイドローブ(第1サイドローブ)のピーク強度の比であり、W=0.73nm及びW=1.22nmの場合のシミュレーション結果をプロットしている。
図17の結果から、マスクの波長幅Wが大きいほどサイドローブのピーク強度が増加する傾向があることが分かる。また、サイドローブのピーク強度は、開始端波長λrの値によって変化することも分かる。
図17の例では、λrが800nm~801nmの領域では、λrが大きいほどサイドローブのピーク強度が減少することが分かる。この傾向は、λrが801nm~802nmの領域、及び802nm~805nmの領域においても同様である。
【0075】
図18は、マスクのパラメータを変化させた場合のサイドローブの出現時間の変化を示す図である。同図では、横軸が開始端波長λr、縦軸がサイドローブ(第1サイドローブ)の出現時間であり、W=0.73nm及びW=1.22nmの場合のシミュレーション結果をプロットしている。サイドローブの出現時間は、メインパルスのピーク位置とサイドローブのピーク位置との間の時間間隔に相当する。
図18の結果から、サイドローブの出現時間は、マスクの波長幅Wが大きいほどメインパルスの出現時間から乖離する傾向があることがわかる。また、サイドローブの出現時間は、開始端波長λrの値によって変化することも分かる。
図18の例では、λrが800nm~801nmの領域では、λrが大きいほどサイドローブの出現時間がメインパルスの出現時間に近づくことが分かる。この傾向は、λrが801nm~802nmの領域、及び802nm~805nmの領域においても同様である。
【0076】
図17及び
図18の結果から、マスクの開始端波長λr及び波長幅Wの選択により、サイドローブのピーク強度及び出現時間を制御できることが分かる。なお、
図17及び
図18の結果では、いずれもプロットに不連続部分が見られる。この不連続部分は、開始端波長λrを変化させていった場合に第1サイドローブがメインパルスに一定程度近づくことで消滅し、第2サイドローブが第1サイドローブに入れ替わるために生じるものである。
【0077】
続いて、マスクの設定数と出力光の時間波形との関係について説明する。上記の各シミュレーションでは、いずれも中心波長λ0について対称な一対のシングルマスクを仮定したが(
図4参照)、ここでは、
図19に示すように、中心波長λ0について対称に複数対のマスク(マルチマスク)が設定される場合を考察する。
図19では、中心波長λ0について対称な二対のマスク(ダブルマスク)を示す。中心波長λ0側のマスク(1次マスクM1)は、開始端波長λr1及び波長幅W1で表され、1次マスクM1より外側のマスク(2次マスクM2)は、開始端波長λr2及び波長幅W2で表される。
【0078】
図20は、マスクのパラメータを変化させた場合の出力光の時間幅の変化を示す図である。入力光には、波長幅が5nm、中心波長λ0が800nmのシングルパルスを仮定した。この入力光を位相スペクトルがフラットなフーリエ変換限界パルスとした場合、その半値全幅は、およそ135fsとなる。シミュレーションの簡単化のため、1次マスクの開始端波長λr1を800.49nmで定数とし、波長幅W1を0.49nmで定数とした。
図20では、横軸が開始端波長λr2、縦軸が出力光の時間幅(半値全幅)であり、W2=0.24nm、W2=0.73nm、W2=1.22nmの場合のシミュレーション結果をプロットしている。また、時間幅の相対的変化を示すため、マスクによる強度変調を行わない場合(W1=W2=0nm:フーリエ変換限界(TL)パルス)の場合の結果を合わせてプロットしている。
【0079】
この
図20の結果から、マスクの波長幅W2が大きいほど出力光の時間幅が狭小化されることが分かる。また、2次マスクの開始端波長λr2が1次マスクの終了端波長(=λr1+W1)に近いほど出力光の時間幅が狭小化されることが分かる。つまり、マルチマスクの場合の出力光の時間幅が狭小化される条件は、シングルマスクの場合と同様、マスクの波長幅Wが大きく、かつ開始端波長λrが中心波長λ0に近い場合であると言える。
【0080】
図21は、マスクのパラメータを変化させた場合の出力光の時間幅の変化を示す図である。
図21では、横軸が開始端波長λr2、縦軸がメインパルスのピーク強度に対するサイドローブ(第1サイドローブ)のピーク強度の比であり、W2=0.24nm、W2=0.73nm、W2=1.22nmの場合のシミュレーション結果をプロットしている。入力光のパラメータは、
図20の場合と同様である。この
図21の結果から、マスクの波長幅W2が大きいほど第1サイドローブのピーク強度が増加することが分かる。また、第1サイドローブのピーク強度は、開始端波長λr2の値によって変化することも分かる。
【0081】
本開示の光整形では、上述したように、時間幅の狭小化率と強度損失率とは、トレードオフの関係にある。光整形の実用上は、強度損失率の許容範囲内で時間幅の狭小化率を設定することになる。そこで、以下のシミュレーションでは、強度損失率を一定値に設定した場合に、シングルマスクとダブルマスクとでそれぞれどのような出力光の時間波形が得られるのかを検証した。
【0082】
図22及び
図23は、強度損失率を30%に設定し、シングルマスク及びダブルマスクの各モデルに対して得られた出力光の時間波形をそれぞれ示したものである。
図22(a)では、パラメータの異なる2つのシングルマスクのモデルを示している。Case1では、λr=800.56nm、W=0.98nmとなっている。Case2では、λr=801.15、W=1.22となっている。
【0083】
図22(b)は、これらのマスクを用いて強度変調を行った場合の出力光の時間波形を示す図である。同図に示すように、Case1及びCase2のいずれについても、出力光の時間幅(半値全幅)は、116.1fsであった。一方、Case1とCase2とでは、第1サイドローブの形状に大きな差が生じている。メインパルスのピーク強度に対する第1サイドローブのピーク強度の比は、Case1では1.09%、Case2では5.89%であった。また、第1サイドローブの出現時間は、Case1では300fs程度、Case2では600fs程度であった。
【0084】
図23(a)~
図23(c)では、パラメータの異なる3つのダブルマスクのモデルを示している。Case1では、λr1=800.49nm、W1=0.49nm、λr2=801.12nm、W2=0.49nmとなっている。Case2では、λr1=800.49nm、W1=0.49nm、λr2=802.00nm、W2=0.73nmとなっている。Case3では、λr1=800.49nm、W1=0.49nm、λr2=802.73nm、W2=1.22nmとなっている。
【0085】
図24は、これらのマスクを用いて強度変調を行った場合の出力光の時間波形を示す図である。同図に示すように、Case1~Case3では、出力光の時間幅(半値全幅)は、概ね116.2fs~118.2fsの範囲に収まっている。メインパルスのピーク強度に対する第1サイドローブのピーク強度の比は、Case1では1.05%、Case2では0.65%、Case3では1.80%であった。また、第1サイドローブの出現時間は、Case1では300fs程度、Case2では470fs、Case3では280fs程度であった。
【0086】
図22(b)及び
図24の結果から、マルチマスクを用いた場合でもシングルマスクと同等の時間幅の狭小化を実現できることが分かる。また、少なくとも時間領域が-1000fs~1000fsの範囲において、シングルマスクを用いる場合に比べてダブルマスクを用いる場合の方が第1サイドローブのピーク強度を抑えられるパラメータが存在することが分かる。パラメータの数が多い分、ダブルマスクを用いる場合の方がシングルマスクを用いる場合に比べて第1サイドローブのピーク強度及び出現時間の調整の自由度が高いと言える。
【符号の説明】
【0087】
1…光整形装置、3…強度変調部、4…演算部、11…分波素子、12…強度変調素子、13…合波素子、22…空間光変調器、26…遮蔽板、27…誘電体多層膜ミラー、L1…入力光、L2…出力光、M…マスク。