(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-13
(45)【発行日】2024-02-22
(54)【発明の名称】座屈拘束ブレースの設計製造方法
(51)【国際特許分類】
E04B 1/58 20060101AFI20240214BHJP
E04H 9/02 20060101ALI20240214BHJP
F16F 7/12 20060101ALI20240214BHJP
F16F 15/02 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
E04B1/58 D
E04H9/02 311
F16F7/12
F16F15/02 Z
(21)【出願番号】P 2023198213
(22)【出願日】2023-11-22
【審査請求日】2023-11-30
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】306022513
【氏名又は名称】日鉄エンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】脇田 直弥
(72)【発明者】
【氏名】中村 泰教
(72)【発明者】
【氏名】岸原 洋也
(72)【発明者】
【氏名】川村 典久
(72)【発明者】
【氏名】中村 博志
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 厚
【審査官】土屋 保光
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-340077(JP,A)
【文献】特開2023-141075(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04B 1/58
E04H 9/02
F16F 7/00 - 7/14
F16F 15/00 -15/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長尺状かつ板状であり、長手方向の中央部に、前記中央部以外の部分よりも幅狭の塑性化部を有する芯材、
を備える座屈拘束ブレースの設計製造方法であって、
設計工程と、製造工程と、を備え、
前記設計工程では、
前記塑性化部の降伏軸力が目標降伏軸力となるように、前記芯材に使用される鋼材に予定される降伏強度である基準降伏強度に基づいて、前記塑性化部の設計形状を設定し、
前記基準降伏強度より大きい値として予め定められた値を上限降伏強度とし、
前記製造工程では、
前記芯材に実際に使用される鋼材の降伏強度である実降伏強度を取得し、
前記実降伏強度が前記上限降伏強度以下の場合、前記塑性化部の板幅を、補正後の形状の前記塑性化部の降伏軸力が前記目標降伏軸力に近づくように補正し、
前記実降伏強度が前記上限降伏強度より大きい場合、前記実降伏強度を前記上限降伏強度とみなして、前記塑性化部の板幅を、補正後の形状の前記塑性化部の降伏軸力が前記目標降伏軸力に近づくように補正する、
ことを特徴とする座屈拘束ブレースの設計製造方法。
【請求項2】
前記製造工程では、前記塑性化部の形状を、補正後の形状の前記塑性化部の降伏軸力が前記目標降伏軸力になるように補正する、
ことを特徴とする請求項1に記載の座屈拘束ブレースの設計製造方法。
【請求項3】
前記基準降伏強度の鋼材で形成された前記設計形状の前記塑性化部が示す軸剛性を基準軸剛性とし、
前記製造工程では、前記塑性化部の降伏軸力が前記目標降伏軸力になるように前記塑性化部の板幅を補正するとともに、補正後の前記板幅での前記塑性化部の軸剛性が前記基準軸剛性となるように前記塑性化部の長さを補正し、
前記上限降伏強度は、補正後の前記塑性化部の長さが、許容される最も短い長さとして規定された限界長さとなるときの降伏強度である、
ことを特徴とする請求項1に記載の座屈拘束ブレースの設計製造方法。
【請求項4】
前記製造工程では、前記塑性化部の降伏軸力が前記目標降伏軸力になるように前記塑性化部の板幅を補正し、
前記上限降伏強度は、補正後の前記塑性化部の板幅が、許容される最も短い幅として規定された限界許容幅となるときの降伏強度である、
ことを特徴とする請求項1に記載の座屈拘束ブレースの設計製造方法。
【請求項5】
前記製造工程では、前記芯材に実際に使用する鋼材の降伏強度を実測して前記実降伏強度を取得する、又は、前記鋼材についてのミルシートに記載された値から前記実降伏強度を取得する、
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の座屈拘束ブレースの設計製造方法。
【請求項6】
前記基準降伏強度を含み前記上限降伏強度を含まない所定の範囲を許容範囲とし、
前記製造工程では、前記実降伏強度が前記許容範囲以内である場合は、前記塑性化部の形状を補正せず、前記実降伏強度が前記許容範囲外であってかつ前記上限降伏強度以下である場合は、前記塑性化部の形状を補正後の形状の前記塑性化部の降伏軸力が前記目標降伏軸力に近づくように補正する、
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の座屈拘束ブレースの設計製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、座屈拘束ブレースの設計製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物等に取り付けられる座屈拘束ブレースの中には、例えば、軸力を負担するために鋼材で形成された芯材を備え、芯材に塑性化部を有するものが知られている。座屈拘束ブレースの芯材に実際に使用される鋼材の降伏強度が、芯材に使用される鋼材に予定される降伏強度よりも大きいことがある。このとき、芯材は、座屈拘束ブレースの諸元で規定された目標降伏軸力を十分に確保できる一方、その目標降伏軸力以上の軸力が発生しても降伏せず、過度に大きな軸力が発生し得る。
【0003】
すると、地震が発生した場合に、座屈拘束ブレースの芯材における塑性化部が目標降伏軸力で塑性変形せずに、芯材に過大な軸力が発生する原因となる。このことで、柱や梁をはじめとする、建築物において本来破損を回避すべき構造材に大きな荷重が付加され、これらが破損するおそれがある。したがって、座屈拘束ブレースにおいては、目標降伏軸力で芯材の塑性化部が降伏することが好ましい。
【0004】
ここで、芯材の材料に用いられる鋼材は、その鋼材の規格に規定された降伏強度を満足することは保証されているものの、実際の鋼材の降伏強度にはばらつきが存在する。これに対応するため、芯材の材料となる鋼材の降伏強度のばらつきに着目して座屈拘束ブレースを設計、製造する方法として、例えば、特許文献1に開示されたものがある。
【0005】
特許文献1の設計製造方法は、製造工程で、芯材に実際に使用される鋼材の降伏強度である実降伏強度を計測し、その実降伏強度に応じて芯材における塑性化部の板幅を設計形状から補正する。これにより、鋼材の実降伏強度にばらつきがあっても、設計工程で設定された目標降伏軸力を適切に発生させることが可能である。ちなみに、特許文献1では、このような設計製造方法を採用することで、降伏強度のばらつきの大きい普通鋼をも芯材の材料として採用でき、材料選択の幅を拡げるメリットがあるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、特許文献1の設計製造方法は、鋼材の実降伏強度に応じて芯材における塑性化部の板幅を設計形状から補正することで、座屈拘束ブレースの諸元で規定される目標降伏軸力に対応した適度な軸力で芯材の塑性化部を降伏させることができる。
【0008】
しかしながら、実際の鋼材の降伏強度が基準値に対して大きく異なることが考えられる。この場合、特許文献1の設計製造方法であると、塑性化部の板幅を設計形状から補正する補正量は、基準値との大きな違いに応じた大きな補正量となり、塑性化部の形状が基準値の降伏強度(降伏強度)で設計された形状と大きく異なってしまう。
その結果、例えば、板幅を小さくした芯材においても設計形状の芯材と同じ剛性が維持できるように塑性化部の長さを補正すると、塑性化部の長さが極端に短くなってしまう場合がある。この場合、芯材における塑性化部の単位長さ当たりが負担する伸縮量が大きくなり、塑性化部の疲労耐性が低下するおそれがある。
【0009】
また、実際の鋼材の降伏強度が基準値に対して大きく異なると、形状の補正により塑性化部の幅が極端に狭くなってしまい、板厚に対して十分な幅を確保できないおそれがある。このため、鋼板からカットマシンで塑性化部を切り出す場合に、幅狭の塑性化部の加工が難しくなり、塑性化部の形状精度の低下が生じるおそれがある。塑性化部の形状精度が低下すると、例えば、地震時に軸荷重が入力された場合に塑性化部に応力集中が発生するおそれがある。
このように、特許文献1の設計製造方法では、芯材の形状を設計基準の形状から補正することにより、座屈拘束ブレースの性能に悪影響を及ぼす形状になるおそれがある。
【0010】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、座屈拘束ブレースにおいて求められる適度な軸力で塑性化部を降伏させることができる座屈拘束ブレースの設計製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために、本発明は以下の手段を提案している。
<1>本発明の態様1に係る座屈拘束ブレースの設計製造方法は、長尺状かつ板状であり、長手方向の中央部に、前記中央部以外の部分よりも幅狭の塑性化部を有する芯材、を備える座屈拘束ブレースの設計製造方法であって、設計工程と、製造工程と、を備え、前記設計工程では、前記塑性化部の降伏軸力が目標降伏軸力となるように、前記芯材に使用される鋼材に予定される降伏強度である基準降伏強度に基づいて、前記塑性化部の設計形状を設定し、前記基準降伏強度より大きい値として予め定められた値を上限降伏強度とし、前記製造工程では、前記芯材に実際に使用される鋼材の降伏強度である実降伏強度を取得し、前記実降伏強度が前記上限降伏強度以下の場合、前記塑性化部の板幅を、補正後の形状の前記塑性化部の降伏軸力が前記目標降伏軸力に近づくように補正し、前記実降伏強度が前記上限降伏強度より大きい場合、前記実降伏強度を前記上限降伏強度とみなして、前記塑性化部の板幅を、補正後の形状の前記塑性化部の降伏軸力が前記目標降伏軸力に近づくように補正する。
【0012】
ここで、芯材の塑性化部の降伏軸力が目標降伏軸力に近づくように塑性化部の形状を補正するには、塑性化部の幅を設計形状の幅と異なる幅にすることによって行う。このとき、塑性化部の形状の補正量が過度に大きいと、例えば、塑性化部の幅が極端に小さくなり、その結果、以下のような問題が懸念される。まず、塑性化部の幅が極端に小さくなると、幅寸法に対する加工誤差の影響が出て断面形状が長手方向に微妙に不均一になることで軸荷重が入力された場合における応力分布が長手方向で均一にならず応力集中が発生するという問題が懸念される。また、塑性化部の幅が小さくなった分の芯材の軸剛性低下を補うために塑性化部の長さを短くする場合には、引張圧縮軸荷重が繰り返し入力された場合の塑性化部の単位長さ当たりの伸縮量が大きくなるため、疲労特性の低下の問題が懸念される。
【0013】
そこで、態様1によれば、製造工程において、実降伏強度が上限降伏強度以下の場合、塑性化部の板幅は、補正後の形状の塑性化部の降伏軸力が目標降伏軸力に近づくように補正される。また、実降伏強度が上限降伏強度より大きい場合、実降伏強度を上限降伏強度とみなして、塑性化部の板幅は、補正後の形状の塑性化部の降伏軸力が目標降伏軸力に近づくように補正される。すなわち、塑性化部の形状を補正するとしてもその補正量が過度に大きくなることを抑えることができる。よって、上述の問題が生じることを防止できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、座屈拘束ブレースにおいて求められる適度な軸力で塑性化部を降伏させることができる座屈拘束ブレースの設計製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る実施形態の座屈拘束ブレースを建築物に備えた例を示す概念図である。
【
図2】実施形態の座屈拘束ブレースを示す概念図である。
【
図3】
図2の座屈拘束ブレースを分解した斜視図である。
【
図4】実施形態の座屈拘束ブレースにおける降伏軸力及び降伏変位のばらつきを説明するグラフである。
【
図5】実施形態の芯材の設計形状を示す平面図である。
【
図6】実施形態の芯材を設計形状から補正した状態を示す平面図である。
【
図7】実施形態における芯材の降伏強度に関する実績データの標準偏差例を示す分布図である。
【
図8】実施形態の座屈拘束ブレースの設計製造方法における設計工程及び製造工程を説明するフローチャートである。
【
図9】実施形態における実降伏強度と板幅補正量との関係を説明するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照し、本発明の一実施形態に係る座屈拘束ブレース10の設計製造方法を説明する。
図1は、実施形態の座屈拘束ブレース10を建築物1に備えた例を示す概念図である。
図1に示すように、建築物1は、例えば超高層ビル等の構造材として、柱2と、梁材4と、座屈拘束ブレース10と、を備える。柱2は、横方向(水平方向)に間隔をあけて配置され、鉛直に立ち上げられている。梁材4は、上下方向に間隔をあけて配置され、一対の柱2に横方向を向けて架け渡されている。座屈拘束ブレース10は、柱2と梁材4との交差部6に傾斜状に設けられている。
【0017】
図2は、実施形態の座屈拘束ブレース10を示す概念図である。
図3は、
図2の座屈拘束ブレース10を分解した斜視図である。
図1から
図3に示すように、座屈拘束ブレース10は、例えば、軸力を負担する芯材12と、芯材12を拘束するモルタル13及び鋼管14と、を備える。座屈拘束ブレース10は、例えば芯材12とモルタル13との間に緩衝材(不図示)が介在されている。よって、芯材12に入力した軸力がモルタル13及び鋼管14に伝達することを緩衝材で防止できる。
この座屈拘束ブレース10によれば、引張、圧縮ともに同性状の安定した力学的特性を有する耐震ブレースや制振ダンパーとしての利用が可能である。また、座屈拘束ブレース10は、主に建物の筋交い材として活用され、地震時の建物の揺れを低減するだけではなく、柱2や梁材4の損傷を抑制することも可能である。
【0018】
芯材12は、鋼材(鋼板)で長尺状かつ板状に形成されている。芯材12は、例えば一対の取付け部16と、一対の弾性部18と、塑性化部20(降伏領域)と、を備える。塑性化部20は、芯材12の長手方向の中央部に位置し、芯材12の中央部以外の部分よりも幅狭に形成されている。
芯材12の軸剛性Kは、
軸剛性K=1/(1/K2+1/K1+1/Kc+1/K1+1/K2)
で表される。
但し、K1=EA1/L1
K2=EA2/L2
Kc=EAc/Lc
A1:弾性部18平均断面積
L1:弾性部18の長さ
A2:取付け部16の平均断面積
L2:取付け部16の長さ
Ac:塑性化部20の平均断面積
Lc:塑性化部20の長さ
E:芯材12の弾性係数
【0019】
また、芯材12の降伏軸力Nyは、
降伏軸力Ny=Acσy
で表される。
但し、σy:芯材12の降伏強度
降伏軸力Nyとは、塑性化部20を芯材12の長手方向に引っ張った際の耐力をいう。
以下、設計工程における、芯材12に使用される鋼材に予定される降伏強度を「基準降伏強度σy」ということがある。
【0020】
ここで、座屈拘束ブレース10の芯材12に実際に使用される鋼材は、例えば、SN490、SM490、SN400、SM400などのJIS規格材である。この時、芯材12の降伏強度は、規格により下限値が保証される(例えば、板厚22mmのSN490B材の場合、325MPa以上)ものの、具体的な降伏強度は鋼材のロットによりばらつきが存在する。このため、芯材12に実際に使用される鋼材において、設計工程で設定した芯材12の基準降伏強度σyと異なる降伏強度の材料が用いられることになり、その場合、芯材12の降伏軸力Nyや降伏変位δyが設計工程で設定したものと異なる場合が生じることになる。
以下、芯材12に実際に使用される鋼材の降伏強度を「実降伏強度σy”」ということがある。
【0021】
図4は、実施形態の座屈拘束ブレース10における降伏軸力Ny及び降伏変位δyのばらつきを説明するグラフである。
図4において、縦軸は芯材12の降伏軸力Ny、横軸は芯材12の降伏変位δyを示す。グラフG1は、基準降伏強度σyの鋼材を用いた芯材12の降伏軸力Ny及び降伏変位δyの関係を示す。グラフG2は、実降伏強度σy”の鋼材を用いた芯材12の降伏軸力Ny及び降伏変位δyの関係を示すグラフである。
図4に示すように、グラフG2における芯材12の降伏軸力Ny及び降伏変位δyは、実降伏強度σy”が基準降伏強度σyと異なるため、グラフG1における芯材12の降伏軸力Ny及び降伏変位δyと異なる値となる。
【0022】
図1に示す超高層ビル等の建築物1の耐震設計時に検討される地震応答解析では、芯材12は一般的に完全弾塑性体であると想定し、バイリニアモデルが用いられる。ここで、降伏軸力Nyや軸剛性Kのばらつきが大きい場合、そのバイリニアモデルの想定範囲(ばらつき)も大きくなり、地震応答解析の結果の信頼性(すなわち、精度)が低下するおそれがある。
このとき、例えば、ばらつきによって降伏軸力Nyが設計値よりも大きい値となった場合、芯材12の塑性化が遅れる。結果として、柱2、梁材4や、柱2と梁材4との交差部6等の長期荷重を支える部材が先行して塑性化するおそれがある。
【0023】
長期荷重を支える部材の塑性化は、建築物1の被害の修復性の観点から好ましくない。一方、芯材12(すなわち、座屈拘束ブレース10)は、長期荷重を支える必要のない部材であり、地震によって塑性化しても、必要に応じて交換が可能である。このため、実降伏強度σy”が、ばらつきによって基準降伏強度σyと異なる場合であっても、芯材12の降伏軸力Nyは設計通りとすることが好ましい。
【0024】
次に、実降伏強度σy”が基準降伏強度σyと異なる場合における芯材12の形状の補正について、
図5、
図6に基づいて説明する。本実施形態において、実降伏強度σy”は、例えば、引張試験による実測や、実際の鋼材についてのミルシートに記載された値から取得する。
【0025】
図5は、実施形態の芯材12の設計形状を示す平面図である。
図6は、実施形態の芯材12を設計形状から補正した形状を示す平面図である。
図5に示す芯材12において、設計工程での降伏軸力である目標降伏軸力Ny
”は、
目標降伏軸力Ny
”=Acσy=WcTσy・・・(1)
で表される。
但し、基準降伏強度:σy
塑性化部20の板幅:Wc
塑性化部20の板厚:T
塑性化部20の断面積:Ac=WcT
【0026】
ここで、実降伏強度σy”が基準降伏強度σyと異なる場合に、目標降伏軸力Ny
”を維持するためには、
図6に示すように塑性化部20の形状を補正することで、
Ny=Ac”σy”=Wc”Tσy”・・・(2)
を満たす必要がある。
但し、実降伏強度σy”
補正後の塑性化部20の板幅:Wc”
塑性化部20の板厚:T
補正後の塑性化部20の断面積:Ac”=Wc”T
【0027】
よって、設計工程の芯材12の塑性化部20の板幅Wcを、下記の(3)式に基づき、補正後の塑性化部20の板幅Wc”に変更する必要がある。
Wc”=Wcσy/σy”・・・(3)
これにより、実降伏強度σy”の鋼材によって形成された芯材12において、設計工程で用いた目標降伏軸力Ny”を得ることができる。
ここで、実降伏強度σy”は、一般的に鋼材の保証値(規格で保証されている降伏強度の下限値)より大きいことから、σy<σy”の関係が成立する。よって、上記(3)式によれば、Wc>Wc”となる。
したがって、設計工程において、基準降伏強度σyを芯材12に使用する予定の鋼材についての規格が保証する保証値に設定することで、製造工程で実行される塑性化部20の形状の補正は、補正後の塑性化部20の板幅Wc”が、設計工程の板幅Wcよりも狭くなるように鋼材を切り出すことによって行うことができる。つまり、塑性化部20の板幅Wcを広くする補正を回避することができ、以下に説明するように、軸剛性を設計形状のものに合わせるために、塑性化部20の長さLcを長くする形状補正は回避できる。これにより、座屈拘束ブレース10の限られた全長に占める取付け部の長さが確保できなくなる問題を回避できる。
【0028】
塑性化部20の板幅WcをWc”に変更した後において、塑性化部20の軸剛性Kcが変化しないようにするためには、
Kc=EAc/Lc=EWcT/Lc・・・(4)
Kc=EAc”/Lc”=EWc”T/Lc”・・・(5)
を満たす必要がある。
但し、芯材12の弾性係数:E
塑性化部20の断面積:Ac=WcT
塑性化部20の長さ:Lc
補正後の塑性化部20の断面積:Ac”=Wc”T
補正後の塑性化部20の長さ:Lc”
よって、設計工程の芯材12の塑性化部20の長さLcを、下記の(6)式に基づき、補正後の塑性化部20の長さLc”に変更する必要がある。
Lc”=LcWc”/Wc・・・(6)
【0029】
これにより、実降伏強度σy”を有する実際の鋼材によって形成された芯材12において、設計工程で設定した軸剛性Kcを得ることができる。
さらに、塑性化部20の降伏軸力Nyと軸剛性Kcとを設計工程で設定した値に合わせることにより、降伏変位δyについても、設計時に設定した降伏変位δyを得ることができる。
【0030】
ここで、設計工程において、基準降伏強度σyを芯材12に使用する予定の鋼材の保証値に設定すれば、実降伏強度σy”は、前述したようにσy<σy”の関係を満たすことになり、(3)式からWc>Wc”の関係が成立する。また、(6)式からLc>Lc”の関係が成立する。
【0031】
このため、設計工程において、基準降伏強度σyを芯材12に使用する予定の鋼材の保証値に設定すれば、芯材12における塑性化部20の板幅Wcや長さLcを大きくする補正が行われることはなく、座屈拘束ブレース10の限られた全長に占める取付け部の長さが確保できなくなる問題を回避できる。したがって、例えば、芯材12に用いる鋼材を発注した後であっても、納入された鋼材の実降伏強度σy”に応じて、WcをWc”に変更し、LcをLc”に変更することが可能である。
【0032】
次に、実施形態における座屈拘束ブレース10の設計製造方法の具体例を
図7から
図9に基づいて説明する。
図7は、鋼材の実降伏強度σy
”が正規分布に従うと想定した場合の実降伏強度σy
”の分布を示す分布図である。
図7において、横軸は実降伏強度σy”を示す。グラフG3は、鋼材における実降伏強度σy”の統計的に推定される分布を示す。
【0033】
図7に示すように、正規分布に従う鋼材の実降伏強度σy”は、その正規分布の標準偏差をσとして、実降伏強度σy
”の平均値に対して-3σ~+3σの範囲に99.7%が含まれる。また、鋼材の実降伏強度σy”は、実降伏強度σy
”の平均値に対して-2σ~+2σの範囲に95%が含まれる。さらに、鋼材の実降伏強度σy”は、実降伏強度σy
”の平均値に対して-1σ~+1σの範囲に68%が含まれる。
本実施形態では、設計工程において、この鋼材における実降伏強度σy”が正規分布に従うと想定しその場合の実降伏強度σy
”の標準偏差σを考慮して、基準降伏強度σyを設定するようにした。
【0034】
具体的には、設計時に、基準降伏強度σyを、
基準降伏強度σy=実績データの平均値-2×σ(標準偏差)
基準降伏強度σy=実績データの平均値-1×σ(標準偏差)
基準降伏強度σy=実績データの平均値
の設定レベルから選択して定義するようにした。
【0035】
本実施形態では、設計工程において、実降伏強度σy”の許容範囲を、次のように設定する。実降伏強度σy”の許容範囲とは、基準降伏強度σyを含む、鋼材の降伏強度のばらつきの許容範囲である。すなわち、上述のように定義した基準降伏強度σyに対する、実降伏強度σy”のばらつきの許容範囲を、基準降伏強度σyの例えば±5%以内、又は±10%以内に抑えるように設定する。
本実施形態では、製造工程において、実降伏強度σy”が、基準降伏強度σyを含む許容範囲以内、例えば、基準降伏強度σyの±5%以内の場合には、塑性化部20の形状補正を行わず、設計形状を維持する。製造工程における生産性を重視する場合は、実降伏強度σy”の許容範囲をより広く、例えば、基準降伏強度σyの±10%とすればよい。ただし、実降伏強度σy”の許容範囲が大きいと、製品である座屈拘束ブレース10の軸力のばらつきも大きくなることに注意が必要である。そのため、実降伏強度σy”の許容範囲は、塑性化部20の降伏強度として許容できる範囲において、できるだけ大きく設定することが好ましい。
【0036】
ここで、実降伏強度σy”の許容範囲を、基準降伏強度σyの±10%とした場合における、塑性化部20の形状補正を不要とする範囲の複数の例を
図7に示す。
図7において、許容範囲Aは、基準降伏強度σyを実績データの平均値よりも2σ低い値に設定した場合における許容範囲を示す。許容範囲Bは、基準降伏強度σyを実績データの平均値よりも1σ低い値に設定した場合における許容範囲を示す。許容範囲Cは、基準降伏強度σyを実績データの平均値に設定した場合における許容範囲を示す。
【0037】
設計工程において許容範囲Aが設定された場合、すなわち、基準降伏強度σyを実績データの平均値よりも2σ低い値とした場合において、実降伏強度σy”が、
図7に示す許容範囲Aに収まっている場合には、製造工程において塑性化部20の形状は補正されない。一方、実降伏強度σy”が許容範囲Aから外れている場合には、塑性化部20の形状の補正が必要と判断される。ここで、基準降伏強度σyを実績データの平均値よりも2σ低い値とした場合には、
図7に示されるように、実降伏強度σy”が許容範囲Aから外れるとすれば、その殆どの実降伏強度σy”について、設計工程で設定された基準降伏強度σyに対しては、σy<σy”の関係が成立する。よって、塑性化部20の補正は、設計時に設定した塑性化部20の板幅Wcや長さLcを小さくするものとなるので、補正の対応は容易である。
【0038】
基準降伏強度σy=実績データの平均値-1σとした場合において、実降伏強度σy”が、
図7に示す許容範囲Bに収まっている場合には、製造工程において塑性化部20の形状は補正されない。一方、実降伏強度σy”が許容範囲Bから外れている場合には、塑性化部20の形状の補正が必要と判断される。このとき、σy<σy”が成立する場合は、塑性化部20の補正は、設計時に設定した塑性化部20の板幅Wcや長さLcを小さくするものとなるので、補正の対応は容易である。
【0039】
基準降伏強度σy=実績データの平均値とした場合において、実降伏強度σy”が、
図7に示す許容範囲Cに収まっている場合には、製造工程において塑性化部20の形状は補正されない。一方、実降伏強度σy”が許容範囲Cから外れている場合には、塑性化部20の形状の補正が必要と判断する。このとき、σy<σy”が成立する場合は、塑性化部20の補正は、設計時に設定した塑性化部20の板幅Wcや長さLcを小さくするものとなるので、補正の対応は容易である。
【0040】
ここで、基準降伏強度σy=実績データの平均値-1σとした場合や、基準降伏強度σy=実績データの平均値とした場合には、σy>σy”となる場合が確率的に考えられる。この状況に対応するためには、塑性化部20の板幅Wcや長さLcを大きくする補正が必要となる。
【0041】
このとき、基準降伏強度σy=実績データの平均値-1σとした場合、すなわち、許容範囲Bに基づいて補正の要否が判断される場合、塑性化部20の板幅Wcや長さLcを大きくする場合の補正量は比較的少ないことから、設計工程で製造工程の際の切り出し方に余裕を持たせることで対応は可能であるが、鋼材の歩留まりが悪化する。
【0042】
しかし、基準降伏強度σy=実績データの平均値とした場合、すなわち、許容範囲Cに基づいて補正の要否を判断する場合、実降伏強度σy”が許容範囲Cの上限値や下限値から大きく異なる値であると、塑性化部20の板幅Wcや長さLcを大きくする場合の補正量は比較的大きくなり、形状補正を適切に行うことが難しくなり、当該実降伏強度σy”の鋼材を使用できなくなる。このため、鋼材の歩留まりを重視する場合は、基準降伏強度σy=実績データの平均値に設定することは好ましくない。
【0043】
芯材12に用いられる鋼材の降伏強度は、一般にSN490、SM490、SN400、SM400などのJIS規格材が用いられるために、規格で保証される下限値が定められている。以下、鋼材の規格で保証されている降伏強度の下限値を「保証値」ということがある。
そこで、基準降伏強度σyを、鋼材の降伏強度の保証値の1.3倍と設定し、かつ、ばらつきの許容範囲を基準降伏強度σyの±10%と設定してもよい。これにより、多くの場合の実降伏強度σy”が許容範囲内に収まることが統計的に推測されるため、塑性化部の形状を補正せずに済む場合をできるだけ増やすことができる。
【0044】
なお、上記に関わらず、基準降伏強度σyは、鋼材の規格で保証されている降伏強度の下限値である保証値に設定してもよい。この場合は、納入される鋼材の全ての実降伏強度σy”は基準降伏強度σy以上となるので、塑性化部20の板幅Wcや長さLcを大きくする補正が必要となることを確実に抑えることができる。
【0045】
あるいは、基準降伏強度σyは、例えば、芯材12に使用する予定の鋼材の保証値に設定してもよい。この場合、許容範囲の下限値は基準降伏強度σyに設定することが好ましい。すなわち、芯材12に使用する予定の鋼材の保証値を基準降伏強度σyとした場合において、実降伏強度σy”が、
図7に示す許容範囲Dに収まっている場合には、製造工程において塑性化部20の形状は補正されないこととしてもよい。一方、実降伏強度σy”が許容範囲Dから外れている場合には、塑性化部20の形状の補正が必要と判断する。このとき、σy<σy”が成立する場合は、塑性化部20の補正は、設計時に設定した塑性化部20の板幅Wcや長さLcを小さくするものとなるので、補正の対応は容易である。
なお、許容範囲Dは、基準降伏強度σyを芯材12に使用する予定の鋼材の保証値とした場合における、下限値が基準降伏強度σyであり、上限値が基準降伏強度σyの+20%の値である許容範囲である。すなわち、許容範囲Dは、基準降伏強度σyより大きい範囲だけを許容範囲としている。
【0046】
次に、実施形態の座屈拘束ブレース10の設計製造方法の具体例を
図8、
図9に基づいて説明する。
図8は、実施形態の座屈拘束ブレース10の設計製造方法における設計工程及び製造工程を説明するフローチャートである。
図8に示すように、座屈拘束ブレース10の設計製造方法は、塑性化部20の設計形状を設定する設計工程と、設計工程で設定した塑性化部20の設計形状及び実降伏強度σy”に基づいて塑性化部20を製造する製造工程と、を備える。
【0047】
まず、設計工程において塑性化部20の設計形状を設定する具体例について説明する。
設計工程において、塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力となるように、鋼材の基準降伏強度σyに基づいて塑性化部20の設計形状を設定する。
以下、基準降伏強度σyを「基準降伏強度σy1(基準降伏強度)」ということがある。
目標降伏軸力は、例えば、座屈拘束ブレース10の諸元に基づき、適度な軸力で塑性化部20が降伏するように設定される。基準降伏強度σy1は、芯材12に使用される鋼材に予定される降伏強度である。
また、設計工程において、上限降伏強度σy2(上限降伏強度)を設定する。上限降伏強度σy2は、基準降伏強度σy1を含む降伏強度の許容範囲外の降伏強度であって、基準降伏強度σy1より大きい値として予め定められた値である。
【0048】
次に、製造工程において塑性化部20を製造する具体例について説明する。
製造工程において、実降伏強度σy”を取得する。実降伏強度σy”は、例えば、芯材12として実際に使用する鋼材の降伏強度を実測することにより取得される。あるいは、実降伏強度σy”は、芯材12として実際に使用する鋼材のミルシートに記載された値から取得される。
【0049】
取得した実降伏強度σy”が降伏強度の許容範囲内である場合、塑性化部20の補正は行わない。
取得した実降伏強度σy”が降伏強度の許容範囲外で、かつ、上限降伏強度σy2以下である場合、塑性化部20の板幅Wcを、補正後の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力に近づくように補正する。すなわち、補正後の形状に合わせて、塑性化部20をカットマシン等により切り出して芯材12を製造する。
【0050】
一方、実降伏強度σy”が降伏強度の許容範囲外で、かつ、上限降伏強度σy2より大きい場合、実降伏強度σy”を上限降伏強度σy2とみなして、塑性化部20の板幅Wcを、補正後の形状の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力に近づくように補正する。すなわち、補正後の形状に合わせて、塑性化部20をカットマシン等により切り出して芯材12を製造する。
【0051】
ここで、実降伏強度σy”と、板幅Wcの補正量(板幅補正量)と、の関係を
図9に基づいて説明する。
図9は、実降伏強度σy”と板幅補正量との関係を説明するグラフである。
図9において、縦軸は塑性化部20の板幅補正量を示し、横軸は実降伏強度σy”を示す。グラフG4は実降伏強度σy”と板幅補正量との関係を示す。
【0052】
図9に示すように、実降伏強度σy”が基準降伏強度σy1と上限降伏強度σy2との間の場合、つまり、取得した実降伏強度σy”が降伏強度の許容範囲外で、かつ、上限降伏強度σy2以下である場合、実降伏強度σy”が基準降伏強度σy1から離れるに従って塑性化部20の板幅補正量が増加する。すなわち、例えば、実降伏強度σy”が
図9に示すP1の領域にある場合には、基準降伏強度σy1から離れるに従って塑性化部20の板幅補正量が増加する。
【0053】
一方、実降伏強度σy”が上限降伏強度σy2を超えた場合、つまり、実降伏強度σy”が降伏強度の許容範囲外で、かつ、上限降伏強度σy2より大きい場合、実降伏強度σy”を上限降伏強度σy2とみなす。すなわち、例えば、実降伏強度σy”が
図9に示すP2の領域にある場合には、実降伏強度σy”を上限降伏強度σy2とみなす。これにより、実降伏強度σy”が上限降伏強度σy2を超えた場合の塑性化部20の板幅補正量を一定に抑える。このことで、塑性化部20の板幅補正量を適宜調整する。
【0054】
また、製造工程において、実降伏強度σy”が降伏強度の許容範囲外で、かつ、上限降伏強度σy2以下の場合、塑性化部20の形状を、補正後の形状の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力になるように補正してもよい。
また、実降伏強度σy”が降伏強度の許容範囲外で、かつ、上限降伏強度σy2より大きい場合、実降伏強度σy”を上限降伏強度σy2とみなし、その上で、塑性化部20の形状を、補正後の形状の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力になるように補正してもよい。
【0055】
さらに、基準降伏強度σy1の鋼材で形成された設計形状の塑性化部20が示す軸剛性Kを基準軸剛性と予め設定し、軸剛性Kが基準軸剛性となるように塑性化部20を補正してもよい。
すなわち、製造工程において、塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力になるように塑性化部20の板幅Wcを補正するとともに、補正後の板幅Wcによる塑性化部20の軸剛性Kが基準軸剛性となるように塑性化部20の長さLcを補正してもよい。
この場合、上限降伏強度σy2は、基準降伏強度σy1より大きい値であり、補正後の塑性化部20の長さが、許容される最も短い長さとして規定された限界長さとなるときの降伏強度として予め定められる。
なお、限界長さとは、芯材12の疲労強度を確保可能な長さである。塑性化部20の限界長さは、例えば、設計形状の塑性化部20が示す疲労強度の少なくとも80%以上の疲労強度を示す長さである。なお、疲労強度は、疲労限度以上の繰り返し荷重により破断が生じるまでの繰り返し回数(疲労寿命)や、疲労限度以上の繰り返し荷重であって目標繰り返し回数まで破断しないような繰り返し荷重の大きさで表すことができる。
【0056】
また、製造工程において、塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力になるように塑性化部20の板幅Wcを補正してもよい。
この場合、上限降伏強度σy2は、補正後の塑性化部20の板幅Wcが、許容される最も短い幅として規定された限界許容幅となるときの降伏強度として予め定められる。
なお、限界許容幅とは、芯材12の加工精度を確保可能な長さである。塑性化部20の限界許容幅は、例えば、少なくとも芯材12の板厚の3倍以上である。
【0057】
さらに、基準降伏強度σy1を含み上限降伏強度σy2を含まない所定の範囲を許容範囲として予め設定し、前記許容範囲を考慮して塑性化部20の補正を判断してもよい。
すなわち、製造工程において、実降伏強度σy”が許容範囲以内である場合は、塑性化部20の形状を補正しない。一方、実降伏強度σy”が許容範囲外であって、かつ、上限降伏強度σy2以下である場合は、塑性化部20の形状を補正後の形状の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力に近づくように補正するようにしてもよい。
【0058】
以上説明したように、実施形態の座屈拘束ブレース10の設計製造方法によれば、以下の作用効果を得ることができる。
ここで、芯材12の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力に近づくように塑性化部20の形状を補正するには、塑性化部20の幅を設計形状の幅と異なる幅にすることによって行う。このとき、塑性化部20の形状の補正量が過度に大きいと、例えば、塑性化部20の幅が極端に小さくなり、その結果、以下のような問題が懸念される。まず、塑性化部20の幅が極端に小さくなると、幅寸法に対する加工誤差の影響が出て断面形状が長手方向に微妙に不均一になることで軸荷重が入力された場合における応力分布が長手方向で均一にならず応力集中が発生するという問題が懸念される。また、塑性化部20の幅が小さくなった分の芯材12の軸剛性低下を補うために塑性化部20の長さLcを短くする場合には、引張圧縮軸荷重が繰り返し入力された場合の塑性化部20の当たりの伸縮量が大きくなるため、疲労特性の低下の問題が懸念される。
【0059】
そこで、
図3、
図8、
図9に示すように、製造工程において、実降伏強度σy”が上限降伏強度σy2以下の場合、塑性化部20の板幅Wcは、補正後の形状の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力に近づくように補正される。また、実降伏強度σy”が上限降伏強度σy2より大きい場合、実降伏強度σy”を上限降伏強度σy2とみなして、塑性化部20の板幅Wcは、補正後の形状の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力に近づくように補正される。すなわち、塑性化部の形状を補正するとしてもその補正量が過度に大きくなることを抑えることができる。よって、上述の問題が生じることを防止できる。
【0060】
また、塑性化部20の形状を、補正後の形状の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力になるように補正してもよい。これにより、基準降伏強度σy1と実降伏強度σy”とが異なる場合であっても、塑性化部20の降伏軸力Nyを設計通りとすることができる。
【0061】
さらに、製造工程において、塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力になるように塑性化部20の板幅Wcを補正するとともに、補正後の板幅Wcでの塑性化部20の軸剛性Kが基準軸剛性となるように塑性化部20の長さLcを補正してもよい。軸剛性Kを塑性化部20の長さLcで調整する理由は、塑性化部20の降伏軸力Nyを板幅Wcの補正で調整した結果、軸剛性Kが変化することを考慮したためである。
この場合、上限降伏強度σy2は、補正後の塑性化部20の長さLcが、許容される最も短い長さとして規定された限界長さとなるときの降伏強度として予め定められる。
【0062】
これにより、例えば、限界長さを、芯材12の疲労破壊強度を確保可能な長さに設定することで、塑性化部20の長さLcを、芯材12に許容される疲労破壊強度を確保可能な長さの範囲に保つことができる。よって、塑性化部20の疲労強度を許容される範囲内に保つことができる。これにより、例えば、座屈拘束ブレース10に軸方向の振動荷重が繰り返し入力した場合に塑性化部20が疲労破壊することを抑えることができる。
【0063】
また、製造工程において、塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力になるように塑性化部20の板幅Wcを補正してもよい。この場合、上限降伏強度σy2は、補正後の塑性化部20の板幅Wcが、許容される最も短い幅として規定された限界許容幅となるときの降伏強度として予め定められる。
このように、塑性化部20の板幅Wcについて限界許容幅を設定することで、例えば、塑性化部20の加工が難しくなることを抑え、形状精度の低下が生じることを抑えることができる。
【0064】
さらに、製造工程において、芯材12に実際に使用する鋼材の降伏強度を実測して実降伏強度σy”を取得する、又は、鋼材についてのミルシートに記載された値から実降伏強度σy”を取得する。これにより、例えば、実降伏強度σy”について確実に正確な値を取得することができる。
【0065】
また、製造工程において、実降伏強度σy”が許容範囲以内である場合は、塑性化部20の形状を補正しないようにしてもよい。一方、実降伏強度σy”が許容範囲外であって、かつ、上限降伏強度σy2以下である場合は、塑性化部20の形状を補正後の形状の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力に近づくように補正してもよい。これにより、実降伏強度σy”が基準降伏強度σy1と異なっていても、実降伏強度σy”が許容範囲以内であれば、設計形状のままの形状で芯材12を製造できる。したがって、製造工程において、芯材12を製造する製造装置の動作設定の変更の機会を減らすことができ、製造工程における生産性の低下を抑えることができる。
【0066】
また、実降伏強度が許容範囲外であれば、製造工程において、塑性化部20の形状が補正され、降伏軸力Nyが目標降伏軸力に近づくことになる。したがって、塑性化部20を、座屈拘束ブレース10において求められる適度な軸力で降伏させることができる。
【0067】
なお、本発明の技術的範囲は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、実降伏強度σy”が許容範囲外であって、かつ、上限降伏強度σy2以下である場合には、次のように、塑性化部20の形状を補正してもよい。すなわち、塑性化部20の形状を補正後の形状の塑性化部20の降伏軸力Nyが目標降伏軸力になるように、あるいは許容降伏軸力範囲以内になるように塑性化部20の形状を補正してもよい。この場合においても、製造工程における生産性の低下を抑えることができる。
【0068】
その他、本発明の趣旨に逸脱しない範囲で、前記実施形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能であり、また、前記した変形例を適宜組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0069】
1 建築物
2 柱
4 梁材
6 交差部
10 座屈拘束ブレース
12 芯材
13 モルタル
14 鋼管
16 取付け部
18 弾性部
20 塑性化部
A 許容範囲
B 許容範囲
C 許容範囲
Wc 板幅
Lc 長さ
σy 基準降伏強度
σy” 実降伏強度
【要約】
【課題】座屈拘束ブレースにおいて求められる適度な軸力で塑性化部を降伏させることができる座屈拘束ブレースの設計製造方法を提供する。
【解決手段】座屈拘束ブレースの設計製造方法は、設計工程において、塑性化部の設計形状を設定し、上限降伏強度を定める。製造工程において、実降伏強度を取得する。実降伏強度が上限降伏強度以下の場合、塑性化部の板幅を、補正後の形状の塑性化部の降伏軸力が目標降伏軸力に近づくように補正する。実降伏強度が上限降伏強度より大きい場合、実降伏強度を上限降伏強度とみなして、塑性化部の板幅を、補正後の形状の塑性化部の降伏軸力が目標降伏軸力に近づくように補正する。
【選択図】
図8