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特許7436838抗体-デンドリマー複合体を用いるヘモグロビンA1cの測定方法
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  • 特許-抗体-デンドリマー複合体を用いるヘモグロビンA1cの測定方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-14
(45)【発行日】2024-02-22
(54)【発明の名称】抗体-デンドリマー複合体を用いるヘモグロビンA1cの測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/543 20060101AFI20240215BHJP
【FI】
G01N33/543 581D
G01N33/543 581G
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020088500
(22)【出願日】2020-05-20
(65)【公開番号】P2021183908
(43)【公開日】2021-12-02
【審査請求日】2023-03-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000224123
【氏名又は名称】藤倉化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103160
【弁理士】
【氏名又は名称】志村 光春
(72)【発明者】
【氏名】北 善紀
(72)【発明者】
【氏名】岡本 晶子
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-028050(JP,A)
【文献】国際公開第2002/018953(WO,A1)
【文献】特表平07-506195(JP,A)
【文献】特表平10-507778(JP,A)
【文献】特表平9-501503(JP,A)
【文献】特表昭63-501878(JP,A)
【文献】特表昭63-501876(JP,A)
【文献】国際公開第2020/140071(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/543
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液検体中のヘモグロビン成分を感作させた不溶性担体粒子に、ヘモグロビンA1cに対する抗体の全体又は部分がヘモグロビンA1cに結合可能な状態でデンドリマーに結合しているデンドリマー複合体、を水性液中で接触させて、上記不溶性担体粒子の凝集を指標として上記血液検体中のヘモグロビンA1cを測定する、測定方法。
【請求項2】
前記不溶性担体粒子は、ラテックス粒子である、請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
前記ヘモグロビンA1cに対する抗体は、ヘモグロビンA1cに対するモノクローナル抗体である、請求項1又は2に記載の測定方法。
【請求項4】
前記デンドリマー複合体のデンドリマーの世代数は、2、3又は4である、請求項1-3のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項5】
血液検体は、全血検体又は溶血検体である、請求項1-4のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項6】
前記水性液は、血液検体又はその希釈物である、請求項1-5のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項7】
水性液中で、血液検体中のヘモグロビン成分を感作させた不溶性担体粒子に対して、ヘモグロビンA1cに対する抗体の全体又は部分がヘモグロビンA1cに結合可能な状態でデンドリマーに結合しているデンドリマー複合体と接触させて、上記不溶性担体粒子の凝集を惹起させる、デンドリマー複合体の使用方法。
【請求項8】
前記不溶性担体粒子は、ラテックス粒子である、請求項7に記載の使用方法。
【請求項9】
血液検体中のヘモグロビン成分を感作させるための不溶性担体粒子の含有物、及び、ヘモグロビンA1cに対する抗体の全体又は部分がヘモグロビンA1cに結合可能な状態でデンドリマーに結合しているデンドリマー複合体、を含有する、ヘモグロビンA1c測定キット。
【請求項10】
前記不溶性担体粒子は、ラテックス粒子である、請求項9に記載の測定キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血中の特定成分についての、人工物を用いる測定手段に関する発明であり、より具体的には、抗体-デンドリマー複合体を用いるヘモグロビンA1cの測定手段に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
血中のヘモグロビンA1c(HbA1c)は、採血前の食事や運動による影響が少ない糖尿病の診断マーカーとして汎用されている。
【0003】
血中のヘモグロビンA1cの測定法は、HPLC法、免疫学的方法、酵素法に大別され、免疫学的方法の態様として、ラテックスや金コロイド等の不溶性担体粒子を用いた測定が行われている。
【0004】
例えば、ヘモグロビンA1c測定用のラテックス試薬は、第1試薬中のラテックス粒子の表面に血中のヘモグロビンを感作し、第2試薬に含まれている抗ヘモグロビンA1c抗体によって惹起されるラテックス粒子の凝集を起こして、これにより血中のヘモグロビンA1cを測定するのが一般的である。
【0005】
一方、デンドリマー(dendrimer)は、中心からの樹状高分子構造を有するナノサイズの粒子である(D. A. Tomalia et al., Polym. J., 17, 117(1985))。
【0006】
特許文献1には、デンドリマーに抗体を担持した態様が開示されている。
【0007】
特許文献2には、抗体を担持したデンドリマーからの生物学的なシグナルを検出するアッセイについて開示されている。
【0008】
非特許文献1には、デンドリマーを鋳型としてナノ粒子を合成し、ナノ粒子上に抗体を担持させて行うイムノアッセイが開示されている。
【0009】
非特許文献2には、デンドリマー単体を増感剤として用いるELISA法について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特表昭63-501876号公報
【文献】特表平10-507778号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Xiaomei Pei et al., RSC Adv., 2013, 3, 16410-16415
【文献】新井、塚田ら、「生物試料分析」 Vol.35, No 3 (2012), p216-224
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ヘモグロビンA1c測定用のラテックス試薬では、上記の抗原抗体反応によるラテックス粒子の凝集を行う際に、当該凝集を促進するために、例えば、「抗ヘモグロビンA1c抗体がヘモグロビンA1cと結合可能な状態が保たれた、抗体-抗体複合体(一般的には複数の抗ヘモグロビンA1c抗体と、当該抗ヘモグロビンA1c抗体の抗原結合部位以外に結合する、抗抗ヘモグロビンA1c抗体の複合体)」を予め調製して添加すること等が行われている。しかしながら、上記の抗体-抗体複合体は、保存安定性が悪く、特に保存温度上昇による測定値の変動が著しく、さらに、ロット個々の凝集促進作用自体は優れているものの、ロット間の性能のバラツキが認められる、という問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、抗体と合成ナノ粒子であるデンドリマーの複合体に着目し、これをヘモグロビンA1cに対する不溶性担体粒子を用いる測定アッセイにおいて用いることで、上記の抗体-抗体複合体の使用に伴う問題点を解決することが可能であることを見出して、本発明を完成した。
【0014】
すなわち本発明は、第1に、血液検体中のヘモグロビン成分を感作させた不溶性担体粒子に、ヘモグロビンA1cに対する抗体の全体又は部分がヘモグロビンA1cに結合可能な状態でデンドリマーに結合しているデンドリマー複合体、を水性液中で接触させて、上記不溶性担体粒子の凝集を指標として上記血液検体中のヘモグロビンA1cを測定する、測定方法(以下、本発明の測定方法ともいう)である。
【0015】
本発明は、第2に、水性液中で、血液検体中のヘモグロビン成分を感作させた不溶性担体粒子に対して、ヘモグロビンA1cに対する抗体の全体又は部分がヘモグロビンA1cに結合可能な状態でデンドリマーに結合しているデンドリマー複合体と接触させて、上記不溶性担体粒子の凝集を惹起させる、デンドリマー複合体の使用方法(以下、本発明の使用方法ともいう)である。
【0016】
本発明は、第3に、血液検体中のヘモグロビン成分を感作させるための不溶性担体粒子の含有物、及び、ヘモグロビンA1cに対する抗体の全体又は部分がヘモグロビンA1cに結合可能な状態でデンドリマーに結合しているデンドリマー複合体、を含有する、ヘモグロビンA1c測定キット(以下、本発明のキットともいう)である。
【0017】
本発明の測定方法、本発明の使用方法、及び、本発明のキット(以下、これらのカテゴリーを全て含んで「本発明」ともいう)により、血液検体中のヘモグロビンA1cを、不溶性担体粒子の凝集を指標として測定する際の測定値の乱れを防止することができる。特に、試薬を常温以上で保存した場合の測定値の乱れを防止することが可能である。なお、常温は、概ね25℃程度であるが、実用的には、試薬保存の原則である「冷蔵保存」(2-10℃程度)がなされていない環境(非冷蔵環境)に試薬を置くことの温度上昇リスクを意味するものである。このような非冷蔵保存下に、上記の「常温以上」が含まれ得るものである。例えば、試薬の輸送の不具合や、試薬の取扱いの不注意等が、上記の非冷蔵保存の要因として挙げられる。また、均質な人工物であるデンドリマーが相対的に大きいデンドリマー複合体を、凝集の促進成分として用いるため、純天然物である抗体を凝集の促進成分として用いる場合に比べて、ロット間における性能のバラツキが少ないばかりか、コスト面でも有利である。
【0018】
(1)不溶性担体粒子
本発明における「不溶性担体粒子」は、免疫測定試薬として用いることができるものであれば、特に限定されない。「不溶性担体粒子」の「不溶性」とは、通常の臨床検査で用いられる検体や溶媒に対する性質である。「不溶性担体粒子」としては、例えば、ラテックス粒子、金コロイド粒子、シリカ粒子、ゼラチン粒子等が挙げられる。これらのうち、ラテックス粒子は、ラテックスに含有されるポリマーの微粒子であり、金コロイド粒子は、金コロイドに含有される金の微粒子である。
【0019】
本発明において用いられる不溶性担体粒子の典型例として、ラテックス粒子が挙げられる。ラテックスは、ポリマーエマルジョンとも呼ばれ、ポリマーが水等の水性溶媒に分散したものであり、当該水性溶媒が連続相となり、真球又は球に近い形のポリマー粒子が不連続相としてなるものである。上記のように、ラテックス粒子とは、このラテックスの不連続相をなすポリマー粒子のことである。
【0020】
さらに典型例として、金コロイド粒子が挙げられる。金コロイドは、金原子が結合してなる微粒子の分散液であり、テトラクロロ金(III)酸を液中で還元する等の方法で合成される。すなわちAu3+イオンが金原子に還元されて、いくつかが結合し、過飽和状態になった後、1nm以下の核粒子が発生し、これに未結合の金粒子が次々と結合して、粒子が成長することによって合成される。合成過程で攪拌を十分に行うことで、粒子の大きさを均一化することが可能である。微粒子(金コロイド粒子)同士が凝集しないようにするために、クエン酸等の安定剤が加えられているが、それでも潜在的に凝集しやすい性質を有している。金コロイドが有色であるのは、表面プラズモン共鳴によるものであり、単分散の粒径が揃った金コロイドは、単一波長の吸収を持っている。金コロイドにおける金コロイド粒子の粒子径は、ラテックス粒子よりも小さく、単位重量に対する比表面積が大きい。
【0021】
(2)不溶性担体粒子における血液検体中のヘモグロビン成分の感作
本発明においては、血液検体中のヘモグロビン成分を不溶性担体粒子に感作させることが必要である。そして、不溶性担体粒子に感作させたヘモグロビン成分に対して、当該ヘモグロビン成分中に含まれるヘモグロビンA1cによる上記不溶性担体粒子の凝集工程が、所定の抗体-デンドリマー複合体を用いて行われる。
【0022】
本発明において用いられる血液検体は、哺乳動物、好ましくはヒトの生体から分離された血液サンプルであり、ヒト等の検体提供源の血液のヘモグロビン成分を含有する必要がある。従って、上記血液検体は、全血検体又は溶血検体であることが好適である。
【0023】
本発明における「感作」とは、不溶性担体粒子において抗原である血液検体のヘモグロビン成分を付着させる行為又は付着された状態であり、「担持」と同意義である。さらに、「吸着」も「感作」に含まれる。不溶性担体粒子へのヘモグロビン成分の感作は、上記血液検体又はその希釈物(溶血物を含む)のヘモグロビン成分に、不溶性担体粒子を接触させることにより行うことができる。例えば、血液検体が全血検体の場合には、全血検体を低張液と混合する等の溶血処理を行い、得られた溶血液又はその希釈物と不溶性担体粒子を接触させることにより、所望するヘモグロビン成分が感作された不溶性担体粒子を得ることができる。なお、上記の接触工程は、溶血前の全血検体と不溶性担体粒子を別々に準備して、溶血処理後に当該溶血液と、不溶性担体粒子又はその分散液を混合して、ヘモグロビン成分と不溶性担体粒子を液相中に共存させて行うことが可能である。また、全血検体と不溶性担体粒子又はその分散液を直接混合して溶血・感作工程を行うことも可能である。この直接混合態様では、不溶性担体粒子の分散液そのものを溶血用の低張液として用いることも可能であり、上記直接混合後に、溶血用の低張液を別添して溶血・感作工程を行うことも可能である。溶血用の低張液、又は、不溶性担体粒子の分散溶媒は、溶血、分散、さらに溶血と分散の双方等、所定の目的を満足するものであれば特に限定されず、水、生理食塩水、各種の緩衝液等の水性溶媒が好適である。当該緩衝液としては、試薬や生化学分野で常用される緩衝液、例えば、グリシン緩衝液、ホウ酸緩衝液、リン酸緩衝液、グッド緩衝液等が例示されるが、これらに限定されるものではない。さらに、BSA、アラビアゴム、界面活性剤、コリン、キレート剤、防腐剤、クエン酸塩、ベタイン、ω-アミノカルボン酸等の添加剤も、本発明の効果を実質的に損なわない質的、量的な限度で添加を行うことができる。当該水性溶媒のpHは抗原抗体反応に支障が無い範囲、具体的には4-9程度が好ましく、特に好ましくは6-9程度である。
【0024】
溶血検体は、上記のように全血検体に溶血処理を施して得られる血液検体であり、これを用いる不溶性担体粒子へのヘモグロビン成分の感作工程は、上記と同様に、溶血検体と、不溶性担体粒子又はその分散液を混合して、ヘモグロビン成分と不溶性担体粒子を液相中に共存させて行うことができる。
【0025】
(3)デンドリマー複合体
本発明に用いるデンドリマー複合体は、「ヘモグロビンA1cに対する抗体の全体又は部分がヘモグロビンA1cに結合可能な状態でデンドリマーに結合しているデンドリマー複合体」(以下、デンドリマー複合体ともいう)である。
【0026】
デンドリマーは、規則正しい枝分かれ構造を有する樹木状多分岐高分子であり、分子一つで空間形態が明確なナノメートルスケールの構造を有しており、中心から放射状に枝分かれを繰り返しながら分岐鎖が伸びている。デンドリマーにおける直鎖状高分子の重合度に対応する概念として世代(generation)があり、核となるコア分子の周りにビルディングブロック分子が1層結合したものは「第一世代」、2層結合したものは「第二世代」と呼ばれ、同様にn層結合したものは「第n世代」と呼ばれる。コア分子のみは「第0世代」とする。世代の増加とともにデンドリマーの分子サイズは大きくなり、末端基数は指数関数的に増大する。デンドリマーの製造方法は、既に公知であり、様々な手法が知られている。代表的な製造方法として、ビルディングブロックとなる分子を放射状に結合させてゆく「divergent法」、デンドリマーの部分構造となるデンドロンを外側から合成し、最後にデンドロンとコア分子を結合させる「convergent法」[“Dendrimers and Other Dendritic Polymers”, J.M.J.Frechet and D.A.Tomalia(Eds.),(John Wiley & Sons,2011)]等が挙げられる。その他、様々な製造方法が提供されている。また、デンドリマーは市販もされており、市販品を用いてデンドリマー複合体を製造することも可能である。本発明において用いられるデンドリマーの種類は特に限定されず、例えば、ポリアミドアミンデンドリマー、ポリプロピレンイミンデンドリマー、ベンジルエーテル型デンドリマー、ポリエチレングリコールリニアデンドリマー等が挙げられる。また、本発明において用いられるデンドリマーの世代数は、1-5世代とすることが可能であり、2、3又は4世代であることが好適である。
【0027】
デンドリマー複合体は、上記のデンドリマーに、ヘモグロビンA1cに対する抗体の全体又は部分が、ヘモグロビンA1cに結合可能な状態で結合している。ヘモグロビンA1cに対する抗体は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよいが、モノクローナル抗体であることが好適である。また、抗体のクラスも限定されず、例えば、IgA、IgG、IgM、IgD、IgEのいずれであっても、ヘモグロビンA1cに結合する機能を有している限り限定されない。さらに、ヒト以外の動物由来の抗体であっても、ヘモグロビンA1cに結合する機能を有している限り用いることが可能である。また、抗体の全体であっても、部分であってもよいが、ヘモグロビンA1cに結合する部分、具体的には可変部が含まれていることが必要である。デンドリマー複合体のヘモグロビンA1cへの結合性は、デンドリマー表面において、上記の抗体のヘモグロビンA1cに結合する部分が露出するように配向した抗体の全体又は部分が含まれることで実現することができると推定される。デンドリマーと抗体の全体又は部分の結合方法は特に限定されないが、例えば、デンドリマーの末端基に、抗体に対して結合可能な活性化末端基を付加して、これに抗体を結合させることにより製造することができる。この際、結合させる抗体の全体又は部分のヘモグロビンA1cと結合する部分を避けて、上記のデンドリマーに付加される活性化末端基と結合親和性のある活性化末端基を別途付加して、これらの活性化末端基同士を結合させることが可能であるが、経済性等を鑑みて、位置を限定せずに活性化末端基の付加処理を行い、相応の確率で所望の位置に活性化末端基の付加がなされることを期待する「確率的な処理」が実用的である。これらの方法は、例えば、特許文献1、2において開示されており、公知の手法である。1個のデンドリマーに対して結合させる、ヘモグロビンA1cに対する抗体の全体又は部分の個数は、1個であることも可能であるが、2個以上とすることで、不溶性担体粒子の凝集反応を効率的に起こすことが可能である。これ以降は上記の「抗体の全体又は部分」を、「抗体要素」ともいう。
【0028】
(4)デンドリマー複合体と、ヘモグロビン成分が感作された不溶性担体粒子の接触
本発明におけるデンドリマー複合体と、血液検体中のヘモグロビン成分が感作された不溶性担体粒子(以下、感作担体粒子ともいう)の接触は、水性液中にて行われる。当該水性液における接触工程は、上記の感作担体粒子の調製工程、すなわち、不溶性担体粒子に対する血液検体中のヘモグロビン成分の感作工程に引き続き行われるものである。従って、当該水性溶液は、上記の感作担体粒子の調製工程における「血液検体又はその希釈物」であってもよい。上記のように、血液検体は、全血検体又は溶血検体であることが好適である。そして、これらの希釈物の希釈溶媒は、溶血用の低張液、又は、不溶性担体粒子の分散溶媒等として用いられるものであり、溶血、分散、さらに溶血と分散の双方等、所定の目的を満足するものであれば特に限定されず、水、生理食塩水、各種の緩衝液等の水性溶媒が好適である。当該緩衝液としては、試薬や生化学分野で常用される緩衝液、例えば、グリシン緩衝液、ホウ酸緩衝液、リン酸緩衝液、グッド緩衝液等が例示されるが、これらに限定されるものではない。さらに、BSA、アラビアゴム、界面活性剤、コリン、キレート剤、防腐剤、クエン酸塩、ベタイン、ω-アミノカルボン酸等の添加剤も、本発明の効果を実質的に損なわない質的、量的な限度で添加を行うことができる。当該水性溶媒のpHは抗原抗体反応に支障が無い範囲、具体的には4-9程度が好ましく、特に好ましくは6-9程度である。
【0029】
また、上記の「血液検体又はその希釈物」の態様以外に、調製された感作担体粒子を、別途他の水性液中に分散させて、当該分散液中で上記の接触工程を行うことも可能である。ここで用いられる他の水性液は、上記の希釈物に用いられる希釈溶媒と同様である。
【0030】
(5)ヘモグロビンA1cの測定
本発明の測定方法又は測定キットを用いたヘモグロビンA1cの測定は、上記のように不溶性担体粒子の凝集を抗原抗体反応の指標とする「凝集法」であることが好適である。凝集法としては、スライドテスト法、光学測定法、マイクロタイター法、フィルター分離法等が挙げられる。これらの手法は、本発明の使用方法により凝集した不溶性担体粒子の測定手法でもある。
【発明の効果】
【0031】
本発明により、糖尿病の重要な指標であるヘモグロビンA1cの、不溶性担体粒子の凝集を指標として行われる測定を、非冷蔵環境等における温度上昇や、試薬自体のロット差による測定値のバラツキを抑制して行うことができる手段が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】ヒト全血試料のヘモグロビンA1cを、本発明の測定方法で測定した結果を示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
[デンドリマー複合体]
デンドリマー複合体の製造に際しては、ヘモグロビンA1cに対する抗体要素を、デンドリマーにヘモグロビンA1cに対して結合可能な状態で結合させることが必要である。「ヘモグロビンA1cに対して結合可能な状態での結合」は、デンドリマーに結合した「ヘモグロビンA1cに対する抗体要素」の総量又は部分量が、ヘモグロビンA1cに対する結合能が維持されるように結合していることで実現される。このヘモグロビンA1cに対する結合能は、デンドリマーの外側に向けてヘモグロビンA1cに結合する部分が配向するように結合していることに依るものと推定される。このような配向がなされている度合いは高い方が好ましいが、経済性等の観点から、位置を限定せずに、抗体要素への活性化末端基の付加処理を行い、相応の確率で所望の位置に活性化末端基の付加がなされることを期待する「確率的な処理」であることが実用的である。
【0034】
デンドリマーに対するヘモグロビンA1cに対する抗体要素の付加は、好適には、デンドリマーの表面の活性化末端基を利用し、又は、導入し、当該活性化末端基と、抗体要素の結合標的とを化学結合させることにより実現される。ヘモグロビンA1cに対する抗体要素における結合標的は、当該抗体要素に元々存在する所定のアミノ酸残基をそのまま用いても良いし、所定の処理を行って用いても良い。また、部分特異的に置換を行ったアミノ酸残基であっても良い。さらに上記結合標的にデンドリマーの表面に導入された活性化末端基と化学結合が可能な他の活性化末端基を抗体の全部又は一部の結合標的に導入して、これらの活性化末端基同士を化学結合させることも可能である。
【0035】
デンドリマー表面の活性化末端基、又は、導入するべき活性化末端基としては、特に限定されないが、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシ基、スルフヒドリル(SH-)基、アジ基、アルキニル基、アルデヒド基、マレイミド基等が挙げられる。活性化末端基の導入に際しては、通常は、これらの活性化末端基を保持するクロスリンカー又はスペーサーの、デンドリマーの表面への導入が行われる。例えば、sulfo-SMCC、Disuccinimidyl suberate(DSS)、Bis(sulfosuccinimidyl)suberate(BS3)等のN-ヒドロキシエステル(NHSエステル)架橋剤、イミドエステル架橋剤、マレイミド架橋剤、ハロアセチル架橋剤、ピリジルスルフィド架橋剤等が例示される。
【0036】
抗体側の結合標的は特に限定されないが、アミノ酸残基、例えば、リジン残基の側鎖アミノ基、又は、スルフヒドリル基が挙げられる。リジン残基の側鎖アミノ基は、抗体のタンパク質の表面に豊富に存在しており、反応性が高く、化学結合を行うことも容易であるが、その反面で結合部位を制御することに困難を伴う。従って、リジン残基の側鎖アミノ基を結合標的とする場合は、上記の「確率的な取扱い」に向いている。スルフヒドリル基を抗体の結合標的として用いる場合には、抗体の鎖間を保持しているジスルフィド結合の還元剤による切断や、2-iminothiolane等のスルフヒドリル基導入試薬を用いて第一級アミン(例えば、上記のリジン残基の側鎖アミノ基)にスルフヒドリル基を導入する必要があるが、リジン残基の側鎖アミノ基を用いる場合よりも、よりデンドリマー複合体の均一化を図ることが容易である。さらに、抗体側の結合標的に対してもクロスリンカー又はスペーサーの導入を行って、当該クロスリンカー又はスペーサーと、上記のデンドリマーの活性化末端基との間で化学結合を行い、デンドリマー複合体を製造することもできる。この場合の抗体側の結合標的に用いるクロスリンカー又はスペーサーとしては、2-イミノチオラン塩酸塩(トラウト試薬)等を用いることができる。なお、上記のデンドリマー側ないし抗体側の活性化末端基に応じた不活性化処理を行うことにより、デンドリマー複合体反応の進行の制御を行うことが可能である。
【0037】
デンドリマー複合体における抗体要素の結合密度は、上記のデンドリマーと抗体要素の間の結合反応に供する両者の比率(モル比)を調整することによりコントロール可能である。好適な当該比率は、デンドリマー:抗体で、1:1-1:5(モル比)である。
【0038】
[不溶性担体粒子]
本発明において用いられる不溶性担体粒子は、使用前には凍結乾燥状態であったとしても、少なくとも用時には不溶性担体粒子の分散液として用いられる。例えば、ラテックス粒子は、ラテックス粒子が水相液中に分散した系であるラテックスの形で使用され、金コロイド粒子は、金の微粒子が水相液中に分散した系である金コロイドの形で使用される。
【0039】
不溶性担体粒子の平均粒子径は、免疫測定試薬に用いることができる限り、特に限定されない。例えば、ラテックス粒子であれば、概ね0.01-1μmの平均粒子径(モード径)から広く選択することができる。金コロイド粒子であれば、0.005-0.1μmの平均粒子径(モード径)から広く選択することができる。
【0040】
不溶性担体粒子のうち、ラテックスの種類は、血液のヘモグロビン成分を感作させることが可能であれば限定されない。例えば、ポリスチレンラテックス、高比重ポリスチレンラテックス、極低カルボン酸変性ラテックス、親水基局在化ラテックス等の物理吸着用ラテックス、さらにその着色ラテックスが代表的なものとして挙げられるが、その他のラテックス、例えば、カルボン酸変性ラテックス、アミノ変性ラテックス、ヒドロキシ変性ラテックス、グリシジル変性ラテックス、アルデヒド変性ラテックス、アミド変性ラテックス等の化学結合用ラテックスや磁性ラテックス等の使用を排除するものではない。
【0041】
[ヘモグロビンA1cの測定]
本発明の測定方法は、「感作担体粒子にデンドリマー複合体を水性液中で接触させて、感作担体粒子の凝集を指標として血液検体中のヘモグロビンA1cを測定する、測定方法」であり、概略は上記した通りである。
【0042】
水性液中で感作担体粒子に感作されているヘモグロビンA1cと、デンドリマー複合体に結合したヘモグロビンA1cに対する抗体要素との特異的結合による、感作担体粒子の凝集を指標として、血液検体中のヘモグロビンA1cを測定することができる。この際のデンドリマー複合体の添加量は、不溶性担体の凝集を、血液検体中のヘモグロビンA1cの測定が可能な程度に行うことが可能であれば限定されず、かつ、デンドリマー複合体の添加量の増加に見合った不溶性担体粒子の凝集促進効果が認められる範囲とすることが好適であり、当業者であれば具体的な諸条件に応じて容易に選択することができる。例えば、実施例に示すような第2試薬としてデンドリマー複合体の使用を行う場合、不溶性担体粒子の分散液である第1試薬との混合比が、第1試薬:第2試薬=3:1(容量比)とした場合に、第2試薬中におけるデンドリマー複合体の濃度は、概ね0.01-0.5mg/mLを目安として挙げられる。なお、この例における第1試薬中の不溶性担体粒子の濃度は、第1試薬全体の0.1質量%と仮定したが、これに限定されるものではない。
【0043】
本発明の測定方法においては、特に、デンドリマー複合体を、非冷蔵環境、すなわち常温ないしそれを超える温度環境下に置いた場合であっても、冷蔵環境下で保存した場合と同様の安定したデータを得ることができる。測定に際しては、例えば、ヘモグロビンA1cの標準品を用いた検量線を作成し、これに血液検体における測定値を当て嵌めることによって血液検体中のヘモグロビンA1cの定量値を得ることができる。この定量値を検体提供者の糖尿病を診断するための基礎データとすることができる。この基礎データは、既存のヘモグロビンA1cの定量値による糖尿病診断の標準に当て嵌めて、検体提供者の糖尿病について診断がなされる。仮に、糖尿病の診断がなされた場合には、その程度に応じて、運動療法や食事療法の指導、又は、糖尿病の治療薬の処方がなされる。糖尿病の治療薬としては、ビグアナイド薬、チアゾリジン薬、DPP-4阻害薬、スルフォニル尿素薬、即効型インスリン分泌促進薬、α-グルコシダーゼ阻害薬、SGLT2阻害薬等の経口血糖降下薬が挙げられる。
【0044】
[測定キット]
本発明の測定キットは、上記の通りに「不溶性担体粒子の含有物、及び、デンドリマー複合体、を含有する、ヘモグロビンA1c測定キット」である。不溶性担体粒子の含有物とは、例えば、ラテックス粒子であれば「ラテックス」であり、金微粒子であれば「金コロイド」である。通常は、不溶性担体粒子の含有物は「第1試薬」として、デンドリマー複合体は「第2試薬」として構成される。これらに加えて、溶血用低張液、希釈液等が含有されていてもよい。
【0045】
本発明の測定キットを用いて、本発明の測定方法を容易に行うことができる。また、必然的に本発明の使用方法も行うことになる。
【実施例
【0046】
以下に本発明の実施例を開示するが、これらは本発明の範囲の限定を意図するものではない。
【0047】
[製造例] 測定要素
(1)第1試薬(未感作ラテックス分散液)
10mmol HEPESを含む緩衝液に、表面官能基がスルホ基(-SO)の無着色ポリスチレンラテックス粒子(0.12μm:藤倉化成社製)を0.1質量%となるように添加し、水酸化ナトリウム水溶液でpH7.9に調整して、第1試薬を調製した。なお、上記のポリスチレンラテックス粒子の質量%は、緩衝液100g中における、ポリマーナノ粒子としてのラテックス粒子(乾燥固形分)の質量(g)の百分率表示である。このラテックス粒子に関する質量%の意義は、本明細書において同様である。
【0048】
(2)第2試薬(抗体希釈液:基準・比較例用)
10mmol HEPESを含む緩衝液に、20g/L塩化ナトリウム、0.2%Tween20を添加し、pH7.0に調整した。この緩衝液適量に対して、抗ヒトヘモグロビンA1c(HbA1c)マウスモノクローナル抗体(藤倉化成社製)を0.05mg/mL、抗マウスIgGヤギポリクローナル抗体(日本バイオテスト社製)を0.2mg/mLとなるように添加し、さらにヒドロキシプロピルセルロースを、第2試薬全体の1質量%添加して、第2試薬を調製した。
【0049】
(3)第2試薬(デンドリマー複合体:実施例用)
第3世代のポリアミドアミン(PAMAM)デンドリマー5mg(シグマアルドリッチ社製)をPBSに溶解し、sulfo-SMCC(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を、デンドリマーの20モル当量加えて、室温で1時間転倒混和した。混和後、PD-10(GEヘルスケア社製)で脱塩し、マレイミド化デンドリマーを調製した。
【0050】
一方、抗ヒトヘモグロビンA1cマウスモノクローナル抗体(藤倉化成社製)5mgをPBSに溶解し、1-イミノチオラン塩酸塩(トラウト試薬)(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を10モル当量加えて、室温で1時間転倒混和した。混和後、PD-10(GEヘルスケア社製)で脱塩し、チオール化抗体を調製した。
【0051】
このチオール化抗体6.45nmolを分取し、上記のそれぞれの世代のマレイミド化デンドリマー3.23nmolを滴下して混合し、室温で1時間転倒混和することで、抗体/デンドリマーのモル比が2:1のデンドリマー複合体を調製した(実施例1)。
【0052】
上記(2)の第2試薬(抗体希釈液)における、抗HbA1cマウスモノクローナル抗体、抗マウスIgGヤギポリクローナル抗体、及びヒドロキシプロピルセルロースの代わりに、上記デンドリマー複合体を0.05mg/mLとなるように添加し、実施例用の第2試薬を調製した。
【0053】
(4)自動分析装置による標準測定
HbA1c値が、溶液全体の0質量%、5.0質量%、8.6質量%、12.0質量%、15.8質量%に調整された、精製ヒトHbA1c(標準試薬)の溶液を検体として用いて、検体量6μL、厳重に冷蔵で保存していた第1試薬150μLを混合し、5分間37℃で反応させた後、第2試薬(従来法(比較例1)と本法(実施例1))を50μL添加して、5分間の吸光度変化量を測定した。測定機器は、日立自動分析装置7180を用い、主波長660nm、副波長800nmの2ポイントエンド法で行った。結果を表1に示し、この結果を検量データとして用いた。
【0054】
【表1】
【0055】
[試験例] 血液検体の測定
(1)ヒト全血試料の測定
EDTA-2K真空採血管で採取したヒト全血検体を10μL採取し、純水500μLで溶血することで溶血検体を調製した。このようにして得られた計40の溶血検体を、従来法(比較例1)と本法(実施例1)とで、上記の検量データを基にHbA1c(%)を測定し、測定値の相関を確認した。その結果、実施例1は比較例1とほぼ同じ測定値を示し、両者は同等の感度を示すことが明らかになった(図1)。
【0056】
(2)熱安定性の確認
従来品(比較例1)と本発明品(実施例1)の本発明品を37℃の恒温器中に保存した。初日に測定した検量線を初期値とし、37℃の恒温器で保存後1週間毎に検量データの変動を確認した。
【0057】
その結果、従来品(比較例1)は上記検量データにおける反応低下が著しいのに比べ、本発明品(実施例1)は3週間目までは、対初期値で±10%以内の変動を保っており、常温よりも相当高い温度下であっても、優れた安定性を有していることが明らかになった(表2)。
【0058】
【表2】
図1