(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-14
(45)【発行日】2024-02-22
(54)【発明の名称】鋼線、及び鋼線の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240215BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20240215BHJP
C21D 8/06 20060101ALI20240215BHJP
C21D 9/52 20060101ALI20240215BHJP
D07B 1/06 20060101ALI20240215BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/18
C21D8/06 A
C21D9/52 103B
D07B1/06 A
(21)【出願番号】P 2023563798
(86)(22)【出願日】2023-07-03
(86)【国際出願番号】 JP2023024538
【審査請求日】2023-10-20
(31)【優先権主張番号】P 2022121882
(32)【優先日】2022-07-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【氏名又は名称】山野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100116366
【氏名又は名称】二島 英明
(72)【発明者】
【氏名】赤田 匠
(72)【発明者】
【氏名】平井 慧
(72)【発明者】
【氏名】中島 徹也
(72)【発明者】
【氏名】松岡 映史
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/024635(WO,A1)
【文献】特開平02-263951(JP,A)
【文献】特開2022-056005(JP,A)
【文献】特開2017-186633(JP,A)
【文献】特開平06-158224(JP,A)
【文献】国際公開第2010/150450(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/18
C21D 8/06
C21D 9/52
D07B 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼線であって、
0.9質量%以上1.1質量%以下の炭素と、
0.15質量%以上0.25質量%以下のシリコンと、
0.25質量%以上0.35質量%以下のマンガンと、
0.15質量%以上0.25質量%以下のクロムと、を含み、
残部が鉄及び不可避不純物である鋼からなり、
前記鋼はパーライト組織を有し、
前記鋼線の直径は0.05mm以上0.45mm以下であり、
前記鋼線の引張強さは3900MPa以上4700MPa以下であり、
前記鋼線の縦断面において、前記鋼線の表面から前記直径の10%の深さまでの表面領域の組織は、
<100>方位の集合組織の割合A
100と、<110>方位の集合組織の割合A
110と、<111>方位の集合組織の割合A
111との合計割合Aが32%以下であり、
前記割合A
100は、前記表面領域の観察視野において、全ての結晶粒のうち、<100>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率であり、
前記割合A
110は、前記表面領域の観察視野において、全ての結晶粒のうち、<110>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率であり、
前記割合A
111は、前記表面領域の観察視野において、全ての結晶粒のうち、<111>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率である、
鋼線。
【請求項2】
前記表面領域の観察視野において、{100}面の集積度B
100と{111}面の集積度B
111との合計集積度Bが8.00以上9.70以下である、請求項1に記載の鋼線。
【請求項3】
前記合計割合Aが29%以下である、請求項1または請求項2に記載の鋼線。
【請求項4】
前記合計集積度Bが8.40以上9.00以下である、請求項2に記載の鋼線。
【請求項5】
前記鋼線の直径が0.15mm以上0.42mm以下である、請求項1
または請求項2に記載の鋼線。
【請求項6】
前記鋼線の直径が0.18mm以上0.30mm以下である、請求項5に記載の鋼線。
【請求項7】
前記鋼線の引張強さが3960MPa以上4500MPa以下である、請求項1
または請求項2に記載の鋼線。
【請求項8】
0.9質量%以上1.1質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.25質量%以下のシリコンと、0.25質量%以上0.35質量%以下のマンガンと、0.15質量%以上0.25質量%以下のクロムと、を含み、残部が鉄、及び不可避不純物である鋼からなる素材を準備する工程と、
前記素材に第一伸線加工を行う工程と、
前記第一伸線加工が施された第一線材にパテンティング処理を行う工程と、
前記パテンティング処理が施された第一線材に第二伸線加工を行う工程と、
前記第二伸線加工が施された第二線材にスキンパスを行う工程と、を備え
、
上記工程を経ることで請求項1に記載の鋼線を製造する、
鋼線の製造方法。
【請求項9】
前記スキンパスを行う工程は、前記第二線材に前記スキンパスを1回以上8回以下行う、請求項8に記載の鋼線の製造方法。
【請求項10】
前記スキンパスの1回あたりの減面率が1.0%以上6.0%以下である、請求項8または請求項9に記載の鋼線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼線、及び鋼線の製造方法に関する。本出願は、2022年7月29日に出願した日本出願第2022-121882号に基づく優先権を主張し、前記日本出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、線径が0.05mm以上0.38mm以下で、引張強さが3300MPa以上3900MPa以下の鋼線を開示する。このような鋼線は、例えばタイヤの補強材に利用される。特許文献1に記載された鋼線の製造方法は次のようなものである。素材となる鋼線材を得る。鋼線材は熱間圧延より加熱してオーステナイト化した後、冷却してパーライト化する。パーライト化された鋼線材は、更に、伸線加工とパテンティング処理とが組み合わせて施されることで、所定の線径に加工される。所定の線径とした鋼線材に対して最終のパテンティング処理を行う。次に、鋼線材に第一伸線加工を施す。次に、第一伸線加工により得られた伸線材にスエージング加工を施す。次に、スエージング加工により得られた中間伸線材に第二伸線加工を施す。このような製造方法により、鋼線が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本開示の鋼線は、
0.9質量%以上1.1質量%以下の炭素と、
0.15質量%以上0.25質量%以下のシリコンと、
0.25質量%以上0.35質量%以下のマンガンと、
0.15質量%以上0.25質量%以下のクロムと、を含み、
残部が鉄、及び不可避不純物である鋼からなり、
前記鋼はパーライト組織を有し、
前記鋼線の直径は0.05mm以上0.45mm以下であり、
前記鋼線の引張強さは3900MPa以上4700MPa以下であり、
前記鋼線の縦断面において、前記鋼線の表面から前記直径の10%の深さまでの表面領域の組織は、
<100>方位の集合組織の割合A100と、<110>方位の集合組織の割合A110と、<111>方位の集合組織の割合A111との合計割合Aが32%以下である組織を有し、
前記割合A100は、前記表面領域の観察視野において、全ての結晶粒のうち、<100>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率であり、
前記割合A110は、前記表面領域の観察視野において、全ての結晶粒のうち、<110>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率であり、
前記割合A111は、前記表面領域の観察視野において、全ての結晶粒のうち、<111>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、実施形態に係る鋼線の縦断面を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0007】
(1)本開示の実施態様に係る鋼線は、
0.9質量%以上1.1質量%以下の炭素と、
0.15質量%以上0.25質量%以下のシリコンと、
0.25質量%以上0.35質量%以下のマンガンと、
0.15質量%以上0.25質量%以下のクロムと、を含み、
残部が鉄、及び不可避不純物である鋼からなり、
前記鋼はパーライト組織を有し、
前記鋼線の直径は0.05mm以上0.45mm以下であり、
前記鋼線の引張強さは3900MPa以上4700MPa以下であり、
前記鋼線の縦断面において、前記鋼線の表面から前記直径の10%の深さまでの表面領域の組織は、
<100>方位の集合組織の割合A100と、<110>方位の集合組織の割合A110と、<111>方位の集合組織の割合A111との合計割合Aが32%以下である組織を有し、
前記割合A100は、前記表面領域の観察視野において、全ての結晶粒のうち、<100>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率であり、
前記割合A110は、前記表面領域の観察視野において、全ての結晶粒のうち、<110>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率であり、
前記割合A111は、前記表面領域の観察視野において、全ての結晶粒のうち、<111>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率である。
【0008】
本開示の鋼線は、上記各集合組織の合計割合Aが32%以下であることで、表面領域に特定の方向に配向した結晶粒が少ない。つまり、表面領域の組織は、結晶方位がランダムに分布した状態である。このような鋼線は、曲げ及びねじりに対して表面領域が変形し易い。合計割合Aが32%以下である鋼線は、靭性に優れる。
【0009】
本開示の鋼線は、引張強さが3900MPa以上あるので、高強度である。したがって、本開示の鋼線は、高強度と靭性とを兼ね備える。
【0010】
本開示の鋼線は、直径が0.05mm以上0.45mm以下であるので、必要な強度を確保しつつ、軽量化を達成できる。
【0011】
(2)上記(1)の鋼線は、
前記表面領域の観察視野において、{100}面の集積度B100と{111}面の集積度B111との合計集積度Bが8.00以上9.70以下でもよい。
【0012】
合計集積度Bが8.00以上9.70以下である鋼線は、高強度と靭性とを兼ね備える。合計集積度Bは、集積度B100と集積度B111とを合計したものである。
【0013】
(3)上記(1)または(2)の鋼線において、
前記合計割合Aが29%以下でもよい。
【0014】
上記(3)の構成によれば、靭性がより向上する。
【0015】
(4)上記(2)の鋼線において、
前記合計集積度Bが8.40以上9.00以下でもよい。
【0016】
上記(4)の構成によれば、高強度と靭性とを兼ね備える。
【0017】
(5)上記(1)から(4)のいずれかの鋼線は、
前記鋼線の直径が0.15mm以上0.42mm以下でもよい。
【0018】
上記(5)の構成によれば、強度と軽量化を両立し易い。
【0019】
(6)上記(5)の鋼線は、
前記鋼線の直径が0.18mm以上0.30mm以下でもよい。
【0020】
上記(6)の構成によれば、強度と軽量化を両立し易い。
【0021】
(7)上記(1)から(6)のいずれかの鋼線は、
前記鋼線の引張強さが3960MPa以上4500MPa以下でもよい。
【0022】
上記(7)の構成によれば、より高強度である。
【0023】
(8)本開示の実施態様に係る鋼線の製造方法は、
0.9質量%以上1.1質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.25質量%以下のシリコンと、0.25質量%以上0.35質量%以下のマンガンと、0.15質量%以上0.25質量%以下のクロムと、を含み、残部が鉄、及び不可避不純物である鋼からなる素材を準備する工程と、
前記素材に第一伸線加工を行う工程と、
前記第一伸線加工が施された第一線材にパテンティング処理を行う工程と、
前記パテンティング処理が施された第一線材に第二伸線加工を行う工程と、
前記第二伸線加工が施された第二線材にスキンパスを行う工程と、を備える。
【0024】
本開示の鋼線の製造方法は、伸線加工を行った後、スキンパスを行うことで、鋼線の表面領域における結晶粒の配向性を制御できる。具体的には、スキンパスによって、表面領域の結晶方位がランダムに配向した状態になり、表面領域における集合組織の割合が小さくなる。その結果、高強度と靭性とを兼ね備える鋼線が得られる。
【0025】
(9)上記(8)の鋼線の製造方法において、
前記スキンパスを行う工程は、前記第二線材に前記スキンパスを1回以上8回以下行ってもよい。
【0026】
上記(9)の構成によれば、表面領域における集合組織の割合を十分に小さくできる。
【0027】
(10)上記(8)または(9)の鋼線の製造方法において、
前記スキンパスの1回あたりの減面率が1.0%以上6.0%以下でもよい。
【0028】
上記(10)の構成によれば、表面領域における集合組織の割合を十分に小さくできる。
【0029】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の実施形態に係る鋼線の具体例を説明する。
なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0030】
<鋼線>
本実施形態に係る鋼線は、縦断面において、表面領域が特定の組織を有する点を特徴の一つとする。
図1を参照して、鋼線1は3次元直交座標系を用いて説明される。鋼線1の縦断面は、Y軸に平行で、かつ鋼線1の中心を通る断面である。表面領域10は、鋼線1の表面から鋼線1の直径の10%の深さまでの領域である。深さとは、鋼線1の表面から中心方向への距離である。本実施形態の鋼線1は、後述するように、表面領域10が特定の組織を有することで、表面領域10において特定の方向に配向した結晶粒が少ない。つまり、表面領域10の組織は、結晶方位がランダムに分布した状態である。その結果、本実施形態の鋼線1は、高強度でありながら、ねじり特性が向上する。
【0031】
図1を参照して、Y軸は、鋼線1の長手軸に平行である。X軸及びZ軸は、それぞれY軸と直交する。
【0032】
(組成)
鋼線1は、0.9質量%以上1.1質量%以下の炭素(C)と、0.15質量%以上0.25質量%以下のシリコン(Si)と、0.25質量%以上0.35質量%以下のマンガン(Mn)と、0.15質量%以上0.25質量%以下のクロム(Cr)と、を含み、残部が鉄(Fe)、及び不可避不純物である鋼からなる。
【0033】
〈炭素(C)〉
鋼線1は、Cを0.9質量%以上1.1質量%以下含む。Cは鋼線1の強度を高める元素である。Cの含有量が多いほど、鋼線1の強度が向上する。一方、Cを過剰に含むと、鋼線1の靭性が低下する。Cの含有量は、例えば1.00質量%以上1.05質量%以下でもよい。
【0034】
〈シリコン(Si)〉
鋼線1の組成は、Siを0.15質量%以上0.25質量%以下含む。Siは、鋼の脱酸に有効な元素である。また、Siは、パーライト組織のフェライトに固溶して、鋼線1の強度を高める効果を有する。Siを過剰に含むと、鋼線1の靭性が低下する。Siの含有量は、例えば0.20質量%以上0.25質量%以下でもよく、0.20質量%以上0.23質量%以下でもよい。
【0035】
〈マンガン(Mn)〉
鋼線1の組成は、Mnを0.25質量%以上0.35質量%以下含む。Mnは鋼の脱酸に有効な元素である。また、Mnは、鋼の焼入れ性を向上させ、鋼線1の強度を高める効果を有する。Mnを過剰に含むと、鋼線1の靭性が低下する。Mnの含有量は、例えば0.27質量%以上0.33質量%以下でもよく、0.30質量%でもよい。
【0036】
〈クロム(Cr)〉
鋼線1の組成は、Crを0.15質量%以上0.25質量%以下含む。Crは、パーライト組織のラメラ間隔を微細化することによって、鋼線1の強度を高める効果がある。Crを過剰に含むと、パーライト変態が起こり難くなる。Crの含有量は、例えば0.20質量%以上0.25質量%以下でもよく、0.20質量%以上0.21質量%以下でもよい。
【0037】
〈不可避不純物〉
鋼線1の組成は不可避不純物を含んでもよい。不可避不純物は、例えばリン(P)、硫黄(S)、及び銅(Cu)である。P及びSのそれぞれの含有量は0.025質量%以下が好ましい。
【0038】
鋼線1の組成は、例えばICP発光分光分析(Inductively Coupled Plasma Optical Emission Spectrometry)によって求めることができる。
【0039】
(形状)
鋼線1の形状は適宜選択できる。本実施形態の鋼線1は、横断面が円形状の丸線である。鋼線1の横断面は、Y軸に直交する断面である。鋼線1の横断面の形状は非円形でもよい。非円形は、例えば多角形、楕円形である。多角形は、例えば長方形、六角形である。長方形には、正方形も含まれる。
【0040】
(直径)
鋼線1の直径は0.05mm以上0.45mm以下である。鋼線1の直径とは、鋼線1の横断面の面積と等しい面積を有する円の直径である。このような直径を有する鋼線1は、タイヤなどの補強材に好適に使用できる。鋼線1の直径は、0.15mm以上0.42mm以下でもよく、0.18mm以上0.30mm以下でもよい。
【0041】
(引張強さ)
鋼線1の引張強さは3900MPa以上4700MPa以下である。このような引張強さを有する鋼線1は、高強度であり、タイヤなどの補強材に好適に使用できる。鋼線1の引張強さは、引張試験機を用いて一定の速度で鋼線1を引っ張り、鋼線1が破断するまでの最大応力である。例えば、鋼線1から取り出した200mmの試験片を、100mm/分の引張速度で引っ張り、試験片が破断するまでの引張強さを測定すればよい。鋼線1の引張強さは、3900MPa以上4400MPa以下でもよい。
【0042】
(組織)
鋼線1の組織は主にパーライト組織である。鋼線1は、上述した組成を有し、パーライト組織を有する鋼からなることで、高強度と靭性とを兼ね備えることができる。
【0043】
一般に、鋼線は伸線加工により製造される。伸線加工された鋼線の組織は、伸線方向に結晶粒が延び、鋼線の長さ方向に結晶粒が強く配向した集合組織となる。このような集合組織を有する鋼線は、例えば曲げられたり、ねじられたりしたときに、変形し難い。例えば、鋼線がねじられたときに、ねじり変形に追随できず、鋼線が破断したり、鋼線にデラミネーションが発生したりし易い。
【0044】
〈表面領域〉
(集合組織の合計割合)
本実施形態の鋼線1は、表面領域10において、特定の結晶面が特定の方位に配向した集合組織の割合が小さく、結晶方位がランダムに配向した組織を有する。表面領域10は、鋼線1の表面から鋼線1の直径の10%の深さまでの領域である。表面領域10は、鋼線1の表面から深さ5μm以上20μm以下の領域でもよい。
【0045】
表面領域10の組織は、縦断面において、<100>方位の集合組織の割合A100と、<110>方位の集合組織の割合A110と、<111>方位の集合組織の割合A111との合計割合Aが32%以下である。つまり、表面領域10の組織は、上記各集合組織を除く残部の割合が68%以上である。<100>方位の集合組織では、結晶粒の<100>方位が所定の配向を有する。割合A100は、表面領域10の観察視野30において、全ての結晶粒のうち、<100>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率である。<110>方位の集合組織では、結晶粒の<110>方位が所定の配向を有する。割合A110は、表面領域10の観察視野30において、全ての結晶粒のうち、<110>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率である。<111>方位の集合組織では、結晶粒の<111>方位が所定の配向を有する。割合A111は、表面領域10の観察視野30において、全ての結晶粒のうち、<111>方位が所定の配向を有する結晶粒の面積率である。
【0046】
ここで、<100>方位が所定の配向を有する結晶粒とは、縦断面において、X軸とZ軸のそれぞれに対して<100>方位が10°以内である結晶粒である。<110>方位が所定の配向を有する結晶粒とは、X軸とZ軸のそれぞれに対して<110>方位が10°以内である結晶粒である。<111>方位が所定の配向を有する結晶粒とは、X軸とZ軸のそれぞれに対して<111>方位が10°以内である結晶粒である。
【0047】
合計割合Aが小さいほど、結晶方位がランダムに配向した状態であるので、曲げ及びねじりに対して表面領域が変形し易い。合計割合Aが32%以下である鋼線1は、優れたねじり特性を有する。合計割合Aが更に31%以下、30%以下、29%以下であると、ねじり特性がより向上する。合計割合Aの下限は、例えば20%である。合計割合Aは、例えば20%以上32%以下、更に20%以上31%以下、20%以上30%以下、20%以上29%以下である。割合A100、割合A110、及び割合A111の各々は、例えば4%以上20%以下、更に5%以上18%以下である。
【0048】
上記各集合組織のそれぞれの割合は、電子線後方散乱回折(EBSD)によって求めることができる。具体的には、各割合は、
図1に示す鋼線1の縦断面における表面領域10をFE-SEM(Field Emission Scanning Electron Microscope)で観察し、EBSDによって表面領域10の結晶方位を解析することで求める。例えば、割合A
100は次のようにして求める。表面領域10の観察視野30に含まれる全ての結晶粒の方位を求める。結晶粒の方位は、X軸とZ軸の各方向に対する方位である。全ての結晶粒のうち、X軸とZ軸のそれぞれに対して<100>方位が10°以内である結晶粒の面積率を求める。X軸に対して<100>方位が10°以内である結晶粒の面積率と、Z軸に対して<100>方位が10°以内である結晶粒の面積率との平均値を、割合A
100とする。割合A
110、及び割合A
111も、割合A
100と同様にして求めることができる。本開示では、EBSDを用いた任意の観察視野30において、<111>方位、<110>方位、<100>方位のそれぞれと10°以内である結晶粒の面積率が、観察視野30の全体の面積に対して、32%以下であればよい。
【0049】
観察視野30は、表面領域10内の任意の位置を選択できる。観察視野30のサイズは、例えば、Y軸に沿った長さが50μm以上150μm以下、X軸に沿った長さが5μm以上30μm以下である。Y軸に沿った長さは100μmであり、X軸に沿った長さは20μmでもよい。観察倍率は、結晶粒のサイズに応じて適宜選択すればよい。観察倍率は、例えば9000倍以上でもよい。観察視野30は、複数の観察視野を連結することで構成してもよい。鋼線1の縦断面は、研磨されていることが好ましい。縦断面は、例えば、クロスセクションポリッシャによって加工されていてもよい。
【0050】
(集積度)
表面領域10の組織は、縦断面において、{100}面の集積度B100と{111}面の集積度B111との合計集積度Bが、例えば8.00以上9.70以下でもよい。合計集積度Bが8.00以上9.70以下である場合、高いねじり特性と高い引張強さとを両立できる。合計集積度Bは、8.10以上9.60以下、8.40以上9.00以下でもよい。集積度B100及び集積度B111はそれぞれ、例えば4.00以上5.50以下である。
【0051】
集積度B100及び集積度B111は、{100}面及び{111}面の各極点図から求められる。極点図は、該当の結晶面の結晶方位の分布をステレオ投影した図である。極点図において、結晶方位の分布は、結晶方位がランダムに分布したサンプルにおける結晶粒の個数に対して、観察視野における該当の結晶面の結晶方位の結晶粒の個数の比率で表される。つまり、極点図は、ランダムな組織に対する相対的な結晶方位の集積度を示す指標である。集積度が1は、ランダムな組織と同じという意味である。集積度が1より大きくなるほど、ランダムな組織よりも、その結晶方位に配向している結晶が多いことを意味する。極点図から求められた集積度の分布をもとに、集積度を等高線で表すと、極点図の中に高さの異なる複数の極大点が現れる。上記サンプルは、特定の配向性を持たない。上記サンプルは、例えば、鋼線を高温で熱処理することで得られる。理想的なランダム配向のサンプルに対する<100>、<110>及び<111>の各方位の結晶粒の比率は計算により求めることができる。この計算値に対する比率が極点図の集積度となる。
【0052】
具体的には、集積度B100及び集積度B111は、次のように定義される。集積度B100は、{100}面の極点図において最大の極大点である。集積度B111は、{111}面の極点図において最大の極大点である。
【0053】
(用途)
本実施形態の鋼線1は、タイヤなどのゴム製品に埋め込まれる補強材に好適に使用できる。タイヤ以外のゴム製品は、例えば、コンベアベルト、エスカレータのハンドレール、ホースなどである。本実施形態の鋼線1は、高い引張強さを有することから、細くても強度を確保できるので、ゴム製品の軽量化を図ることができる。本実施形態の鋼線1は、高いねじり特性を有することから、撚り加工した際に鋼線1が断線し難く、鋼線1にデラミネーションが発生したりし難い。また、ゴム製品の使用中に鋼線1にねじれが発生しても、鋼線1が断線し難く、鋼線1にデラミネーションが発生したりし難い。
【0054】
<鋼線の製造方法>
実施形態の鋼線1は、実施形態に係る鋼線の製造方法によって製造できる。実施形態の鋼線の製造方法は、第一工程と、第二工程と、第三工程と、第四工程と、第五工程とを備える。以下、各工程を詳しく説明する。
【0055】
(第一工程)
第一工程は、鋼からなる素材を準備する工程である。鋼の組成は、0.9質量%以上1.1質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.25質量%以下のシリコンと、0.25質量%以上0.35質量%以下のマンガンと、0.15質量%以上0.25質量%以下のクロムと、を含み、残部が鉄、及び不可避不純物である。素材の組成は、製造する鋼線の組成と同じである。素材は、連続鋳造法、連続鋳造圧延法などの方法により製造されたものである。素材は、例えば熱間圧延により、所定の直径となるように加工してもよい。素材の直径は、例えば4mm以上6mm以下である。素材の形状は、例えば、横断面が円形状の丸線である。
【0056】
(第二工程)
第二工程は、素材に第一伸線加工を行う工程である。第一伸線加工は、ダイスを使用して素材の直径が所定の直径になるまで、1回又は複数回行う。第一伸線加工は、例えば湿式で行う。第一伸線加工の1回あたりの減面率は、例えば10%以上20%以下である。1回あたりの減面率とは、素材が1つのダイスを通過するとき、ダイスを通過する前の素材の断面積とダイスを通過した後の素材の断面積との差を、ダイスを通過する前の素材の断面積で割った割合である。第二工程により、第一伸線加工が施された第一線材が得られる。第一線材の直径は、例えば1mm以上2.5mm以下である。
【0057】
第一伸線加工の総減面率は、例えば70%以上90%以下である。第一伸線加工の総減面率とは、第一伸線加工前の素材の断面積と第一伸線加工後の第一線材の断面積との差を、素材の断面積で割った割合である。
【0058】
(第三工程)
第三工程は、第一伸線加工が施された第一線材にパテンティング処理を行う工程である。パテンティング処理は、第一線材を構成する鋼をパーライト組織にするための熱処理である。パテンティング処理は、第一線材を加熱して鋼をオーステナイト組織にした後、第一線材を冷却して鋼をパーライト組織にする。具体的には、パテンティング処理は、まず、第一線材をオーステナイト化温度域に加熱した状態で一定時間保持して、鋼をオーステナイト化する。オーステナイト化温度域は、オーステナイト化温度以上の温度域、即ちAcm点以上の温度域である。オーステナイト化温度域は、例えば950℃以上1000℃以下である。オーステナイト化温度域の保持時間は、例えば5秒以上10秒以下である。次に、オーステナイト化した第一線材をパーライト変態温度域まで急冷して一定時間保持し、鋼をパーライト化する。パーライト変態温度域は、オーステナイト化温度よりも低く、マルテンサイト変態を開始する温度よりも高い温度域、即ちMs点以上の温度域である。パーライト変態温度域は、例えば500℃以上600℃以下である。パーライト変態温度域の保持時間は、例えば3秒以上10秒以下である。このようなパテンティング処理により、鋼が微細なパーライト組織になる。第一線材は、パーライト変態温度域に保持された後、常温まで冷却される。オーステナイト化する処理では、脱炭の発生を抑制するために、不活性ガス雰囲気中で第一線材を加熱してもよい。
【0059】
(第四工程)
第四工程は、パテンティング処理が施された第一線材に第二伸線加工を行う工程である。第二伸線加工は、ダイスを使用して第一線材の直径が製造する鋼線の直径に近い直径になるまで、1回又は複数回行う。第二伸線加工の条件は、第一伸線加工の条件と同様である。第四工程により、第二伸線加工が施された第二線材が得られる。第二線材の直径は、鋼線の直径よりも少し小さい直径である。第二線材の直径は、例えば0.05mm超0.45mm以下である。
【0060】
パテンティング処理後の第二伸線加工の総減面率は、例えば95%以上99.5%以下である。第二伸線加工の総減面率とは、第二伸線加工前の第一線材の断面積と第二伸線加工後の第二線材の断面積との差を、第一線材の断面積で割った割合である。第二伸線加工の総減面率が95%以上であることで、引張強さが3900MPa以上の高強度の鋼線を得ることができる。
【0061】
(第五工程)
第五工程は、第二伸線加工が施された第二線材にスキンパスを行う工程である。スキンパスは非常に小さい減面率で行う圧延加工である。スキンパスを施すことで、鋼線の表面領域における結晶粒の配向性を変化させることができる。この工程により、表面領域が特定の組織を有する本実施形態の鋼線1を得ることができる。
【0062】
スキンパスは、ダイスを使用して1回又は複数回行う。スキンパスは、湿式で行ってもよいし、乾式で行ってもよい。スキンパスは湿式で行うことが好ましい。スキンパスを1回以上施すことで、鋼線の表面領域における結晶方位がランダムに配向した状態になり、スキンパスを実施しない場合に比べて、上述した集合組織の合計割合Aが小さくなる。スキンパスの回数は、例えば1回以上8回以下でもよい。スキンパスの回数が多いほど、合計割合Aがより小さくなる。スキンパスの回数が8回以下であれば、スキンパスに要する時間を短縮でき、生産性が向上する。スキンパスの回数は、更に2回以上8回以下、3回以上8回以下でもよい。
【0063】
スキンパスの1回あたりの減面率は、例えば1.0%以上6.0%以下である。1回あたりの減面率とは、第二線材が1つのダイスを通過するとき、ダイスを通過する前の第二線材の断面積とダイスを通過した後の第二線材の断面積との差を、ダイスを通過する前の第二線材の断面積で割った割合である。スキンパスの1回あたりの減面率が1.0%以上6.0%以下であることで、鋼線の表面領域における結晶方位がランダムに配向した状態になり易く、合計割合Aを32%以下に制御し易い。スキンパスの1回あたりの減面率は、更に1.5%以上5.5%以下、1.5%以上5.0%以下、1.5%以上4.0%以下でもよい。スキンパスの総減面率は、例えば7.7%以上39.0%以下である。スキンパスの総減面率とは、スキンパス前の第二線材の断面積とスキンパス後の鋼線の断面積との差を、第二線材の断面積で割った割合である。
【0064】
スキンパスに使用するダイスのアプローチ角度は、例えば2°以上10°以下である。アプローチ角度が2°以上10°以下であることで、鋼線の表面領域における結晶方位をランダムに配向させ易い。アプローチ角度は、更に3°以上8°以下でもよい。
【0065】
スキンパスは、第二伸線加工に連続して行ってもよいし、第二伸線加工が施された第二線材を一旦巻き取った後に行ってもよい。
【0066】
[試験例1]
鋼線の試料を作製した。作製した鋼線の試料を評価した。
【0067】
(試料の作製)
試料No.1からNo.15の鋼線は、上述した鋼線の製造方法によって作製した。ここでは、表1に示す組成A又は組成Bの鋼からなる素材を準備した。表1に示す各元素の含有量は、鋼に含まれる元素の合計含有量を100質量%とした値である。表1中、「Fe」の欄の「bal.」は、残部であることを表す。素材は、鋼を溶解鋳造した後、線状に熱間圧延して製造されたものである。素材の形状は丸線である。素材の直径は5.0mmである。
【0068】
素材に第一伸線加工を施して、第一線材を得た。第一線材の形状は丸線である。第一線材の直径は1.4mmである。第一伸線加工は湿式で行った。第一伸線加工の1回あたりの減面率は、10%以上30%以下となるように設定した。第一伸線加工の回数は10回である。
【0069】
第一伸線加工が施された第一線材にパテンティング処理を行った。パテンティング処理は、第一線材を加熱炉で980℃に加熱して8秒間保持した後、すぐに冷却槽に入れて580℃まで冷却して10秒間保持した。その後、第一線材を常温まで冷却した。第一線材は、不活性ガス雰囲気中で加熱した。
【0070】
パテンティング処理が施された第一線材に第二伸線加工を施して、第二線材を得た。第二線材の形状は丸線である。第二線材の直径は、作製する鋼線の直径と近い直径である。第二伸線加工は湿式で行った。第二伸線加工の1回あたりの減面率は10%以上20%以下となるように設定した。第二伸線加工の回数は24回である。第一伸線加工の開始から第二伸線加工の終了までの総減面率は95%以上である。第一伸線加工の回数と第二伸線加工の回数との合計は20回以上である。
【0071】
第二伸線加工が施された第二線材にスキンパスを施して、試料No.1からNo.15の鋼線を得た。鋼線の形状は丸線である。スキンパスは湿式で行った。ダイスのアプローチ角度は5°である。スキンパスの回数、及びスキンパスの1回あたりの減面率をそれぞれ表2に示す。
【0072】
作製した試料No.1からNo.15の鋼線の直径、及び組成を表2に示す。表2中、「組成」の欄は、表1の組成を示している。
【0073】
試料No.16からNo.20の鋼線は、スキンパスを実施していない以外は、試料No.1からNo.15の鋼線と同様にして製造した。試料No.16からNo.20の鋼線の直径、及び組成を表2に示す。試料No.16からNo.20では、スキンパスを実施していないので、表2中、スキンパスの「回数」の欄は「0」とし、「減面率」の欄は「-」とした。
【0074】
(試料の評価)
〈組織の分析〉
各試料の鋼線の組織を分析した。各試料の鋼線から分析用の測定片を作製した。測定片の長さは20mmである。測定片を樹脂に埋めた後、クロスセクションポリッシャを用いて測定片に断面加工を行い、鋼線の縦断面を露出させた。クロスセクションポリッシャの条件は、加速電圧:6kV、照射電流:130μAとした。断面の仕上げ加工は、加速電圧を1kVとした。
【0075】
測定片の縦断面をFE-SEMによって観察し、表面領域の組織を分析した。使用したFE-SEMは、ZEISS社製Gemini450である。観察条件は、倍率:300倍、加速電圧:15kV、照射電流:21nA、作動距離(WD):14.5mmに設定した。観察した領域は、鋼線の表面から深さ20μmまでの範囲に設定した。観察視野のサイズは、Y軸に沿った長さが100μm×X軸に沿った長さが20μmである。観察視野内の組織を分析した結果、いずれの試料もパーライト組織であることが確認された。
【0076】
〈結晶方位の解析〉
測定片の縦断面をFE-SEMによって観察し、FE-SEMに備えるEBSDによって表面領域の結晶方位を解析した。使用したEBSDは、Oxford Instruments社製Symmetryである。観察条件は、加速電圧:15kV、照射電流:10nAに設定した。EBSDの条件は、積算時間:0.3m秒、ビニング:4×4、作動距離(WD):15mm、ステップサイズ:0.04μm、チルト角:70°に設定した。観察した領域と観察視野のサイズは、組織を分析した範囲と同じである。
【0077】
(集合組織の合計割合)
観察視野において、<100>方位の集合組織の割合A100と、<110>方位の集合組織の割合A110と、<111>方位の集合組織の割合A111をそれぞれ解析ソフトウェアによって求めた。そして、割合A100と割合A110と割合A111との合計割合Aを求めた。その結果を表2に示す。
【0078】
(集積度)
更に、解析ソフトウェアによって、{100}面の極点図と{111}面の極点図を取得した。それぞれの極点図から、{100}面の集積度B100と{111}面の集積度B111を求めた。そして、集積度B100と集積度B111との合計集積度Bを求めた。その結果を表2に示す。
【0079】
〈引張強さ〉
各試料の鋼線の引張強さを測定した。鋼線を切断して引張試験用の試験片を作製した。試験片の長さは200mmである。引張試験機を用いて、試験片を100mm/分の引張速度で引っ張り、試験片が破断するまでの引張強さを測定した。その結果を表2に示す。
【0080】
〈ねじり特性〉
各試料の鋼線のねじり特性を評価した。鋼線を切断してねじり試験用の試験片を作製した。試験片の長さは直径の100倍、即ち直径×100mmである。電動式ねじり試験機を用いて、試験片に張力をかけた状態で試験片を一方向にねじり、試験片が破断するまでのねじり回数を測定した。ねじり回数は1回転を1回とカウントする。このねじり回数を捻回値と呼ぶ。ねじり速度は30rpmとした。ねじり速度は1分間に回転する回数である。張力は鋼線の降伏応力の5%以下となるように設定した。鋼線の降伏応力は、引張試験によって求められる。各試料の捻回値を表2に示す。また、デラミネーションが発生するまでのねじり回数を測定した。ねじり試験中にデラミネーションが発生すると、ねじり試験機のトルクが低下する。このトルクを測定することでデラミネーションの発生の有無を確認できる。各試料におけるデラミネーションが発生するまでのねじり回数を、表2の「デラミネーション発生回数」の欄に示す。デラミネーションが発生せずに破断に至った場合は、「デラミネーション発生回数」の欄は「-」とした。
【0081】
【0082】
【0083】
表2に示すように、スキンパスを1回以上施した試料No.1からNo.15の鋼線は、捻回値が15回以上であり、また破断するまでにデラミネーションが発生していない。したがって、試料No.1からNo.15の鋼線は高いねじり特性を有する。試料No.1からNo.15の鋼線のうち、試料No.8及びNo.10を除く全ての鋼線は、捻回値が20回以上であり、より高いねじり特性を有している。また、試料No.1からNo.15の鋼線は、引張強さが3900MPa以上であり、高い引張強さも有している。試料No.1からNo.15の鋼線は、高強度でありながら、ねじり特性に優れる。
【0084】
試料No.1からNo.15の鋼線はいずれも、表面領域が特定の組織を有している。具体的には、これらの鋼線は、合計割合Aが32%以下である。加えて、これらの鋼線は、合計集積度Bも8.00以上9.70以下の範囲を満たしている。
【0085】
これに対し、スキンパスを実施しなかった試料No.16からNo.20の鋼線は、捻回値が15回以上であるとはいうものの、破断するまでにデラミネーションが発生している。これらの鋼線は、デラミネーション発生回数が3回以下であり、初期の段階でデラミネーションが発生している。また、これらの鋼線のうち、捻回値が最も大きいものでも18回である。試料No.16からNo.20の鋼線は、ねじり特性が悪い。試料No.16からNo.20の鋼線はいずれも、合計割合Aが33%以上である。加えて、これらの鋼線は、合計集積度Bも8.00以上9.70以下の範囲から外れている。
【0086】
以上から、表面領域が特定の組織を有する鋼線は高強度と靭性とを兼ね備えることが分かる。また、このような鋼線は、最終の伸線加工後にスキンパスを行うことによって得られることが分かる。
【0087】
その他、この試験例1の結果から以下のことが分かる。同じ直径で、同じ組成の鋼線の試料同士を比較したとき、スキンパスの減面率が同じであれば、スキンパスの回数が多いほど、合計割合Aがより小さくなる傾向がある。このことは、例えば、試料No.5、No.6、及びNo.7の比較から分かる。また、試料No.8とNo.9との比較、及び試料No.10とNo.11との比較から、スキンパスの減面率が5%以下であれば、合計割合Aをより低減できると考えられる。
【符号の説明】
【0088】
1 鋼線
10 表面領域
30 観察視野
【要約】
鋼線は、0.9質量%以上1.1質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.25質量%以下のシリコンと、0.25質量%以上0.35質量%以下のマンガンと、0.15質量%以上0.25質量%以下のクロムと、を含み、残部が鉄、及び不可避不純物である鋼からなり、前記鋼はパーライト組織を有し、前記鋼線の直径は0.05mm以上0.45mm以下であり、前記鋼線の引張強さは3900MPa以上4700MPa以下であり、前記鋼線の縦断面において、前記鋼線の表面から前記直径の10%の深さまでの表面領域の組織は、<100>方位の集合組織の割合A100と、<110>方位の集合組織の割合A110と、<111>方位の集合組織の割合A111との合計割合Aが32%以下である組織を有する。