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特許7436977接触状態維持方法並びに接触状態維持装置、これを備える鉄道車両用パンタグラフおよび列車
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-14
(45)【発行日】2024-02-22
(54)【発明の名称】接触状態維持方法並びに接触状態維持装置、これを備える鉄道車両用パンタグラフおよび列車
(51)【国際特許分類】
   B60L 5/22 20060101AFI20240215BHJP
   F16F 15/02 20060101ALI20240215BHJP
【FI】
B60L5/22 B
F16F15/02 B
F16F15/02 C
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019193826
(22)【出願日】2019-10-24
(65)【公開番号】P2021069212
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-09-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月2日 一般社団法人日本機械学会 [No.197-1]日本機械学会北陸信越支部 第56期総会・講演会 講演論文集[2019.3.2 富山県富山市] 〔刊行物等〕 令和1年8月27日 一般社団法人日本機械学会 [No.19-13]Dynamics and Design Conference 2019講演論文集[2019.8.27-30] 2自由度ばね質点系と振動する台との衝突振動
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(73)【特許権者】
【識別番号】390013815
【氏名又は名称】学校法人金井学園
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】藪野 浩司
(72)【発明者】
【氏名】山下 清隆
(72)【発明者】
【氏名】西山 直杜
【審査官】上野 力
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-245382(JP,A)
【文献】特開平07-255101(JP,A)
【文献】特開2008-245415(JP,A)
【文献】特開昭53-007016(JP,A)
【文献】実開昭61-043701(JP,U)
【文献】特開平07-310784(JP,A)
【文献】特開2016-045595(JP,A)
【文献】国際公開第2014/126177(WO,A1)
【文献】特開平3-213742(JP,A)
【文献】特開平5-340443(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 5/22
F16F 15/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一の方向に沿って延在配置される固定体と、前記固定体に摺接する摺接体を質量として含む第一のばね質量系が設置される移動体と、を備えるとともに、前記移動体が前記固定体に沿って前記摺接体を摺接させつつ移動することで前記摺接体が振動するように構成されたものを対象とし、前記固定体および前記摺接体相互の接触状態を保つようにその接触状態を維持する方法であって、
前記摺接体に当該摺接体の固有振動数の個数を増やすように第二のばね質量系を付加し、
前記摺接体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を当該摺接体に加わる周期的加振変位の振動数に合わせるように、前記第二のばね質量系を構成する付加質量支持剛性設定することを特徴とする接触状態維持方法。
【請求項2】
一の方向に沿って延在配置される固定体と、前記固定体に摺接する摺接体を質量として含む第一のばね質量系が設置される移動体と、を備えるとともに、前記移動体が前記固定体に沿って前記摺接体を摺接させつつ移動することで前記摺接体が振動するように構成されたものを対象とし、前記固定体および前記摺接体相互の接触状態を保つようにその接触状態を維持する接触状態維持装置であって、
前記摺接体に、当該摺接体の固有振動数の個数を増やすように付加された第二のばね質量系を備え、
前記第二のばね質量系は前記摺接体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を当該摺接体に加わる周期的加振変位の振動数に合わせるように、前記第二のばね質量系を構成する付加質量支持剛性設定されることを特徴とする接触状態維持装置。
【請求項3】
前記第二のばね質量系は、前記摺接体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を、前記移動体の定常速度またはその近傍の速度において当該摺接体に加わる周期的加振変位の振動数の近傍に合わせるように、当該第二のばね質量系を構成する付加質量支持剛性が設定される請求項2に記載の接触状態維持装置。
【請求項4】
前記摺接体の移動速度の情報を取得する速度情報取得センサと、前記第二のばね質量系を構成する付加質量の支持剛性を変動可能に設けられたアクチュエータと、前記アクチュエータを駆動する制御部と、を備え、
前記制御部は、前記速度情報取得センサで取得された前記摺接体の移動速度の情報に基づいて、前記摺接体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を当該摺接体に加わる周期的加振変位の振動数に合わせるように、前記アクチュエータを駆動して前記第二のばね質量系を構成する付加質量の支持剛性を変動させる請求項2または3に記載の接触状態維持装置。
【請求項5】
前記固定体が、鉄道の架線であり、
前記移動体が、鉄道車両であり、
前記摺接体が、前記鉄道車両の上部に設けられて前記架線に摺接するように対向配置される舟体である鉄道車両用パンタグラフであって、
請求項2~4のいずれか一項に記載の接触状態維持装置を備え、
前記第二のばね質量系が、前記舟体に、当該舟体の固有振動数の個数を増やすように付加されていることを特徴とする鉄道車両用パンタグラフ。
【請求項6】
前記固定体が、鉄道の架線であり、
前記移動体が、鉄道車両であり、
前記摺接体が、前記鉄道車両の上部に設けられて前記架線に摺接するように対向配置される舟体である鉄道車両用パンタグラフであって、
請求項4に記載の接触状態維持装置を備え、
前記制御部が、前記舟体とこれに付加された第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を前記舟体に加わる周期的加振変位の振動数に合わせるように、前記第二のばね質量系を構成する付加質量の支持剛性を、前記舟体の移動速度に応じて変動させることを特徴とする鉄道車両用パンタグラフ。
【請求項7】
請求項5または6に記載の鉄道車両用パンタグラフを備えることを特徴とする列車。
【請求項8】
鉄道車両が複数連接された一編成の列車に、複数の前記鉄道車両用パンタグラフが配設されており、
複数の前記鉄道車両用パンタグラフは、それぞれの舟体に前記第二のばね質量系が付加されるとともに、それぞれに付加された第二のばね質量系相互の付加質量支持剛性を相互に異ならせて、一編成の列車における鉄道車両の定常速度またはその近傍の速度におけるそれぞれの舟体とこれに付加された第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数のうち、いずれか一の舟体に加わる周期的加振変位の振動数に合わせる目標値を満たすように構成して、一編成の列車全体としての前記接触状態を維持する範囲を広げている請求項7に記載の列車。
【請求項9】
鉄道車両の上部に設けられて鉄道の架線に摺接するように対向配置される舟体を質量として含む第一のばね質量系を有する鉄道車両用パンタグラフと、前記舟体および前記架線相互の接触状態を保つようにその接触状態を維持する接触状態維持装置と、を備える列車であって、前記鉄道車両が複数連接された一編成の列車に、複数の前記鉄道車両用パンタグラフが配設されており、
前記接触状態維持装置は、
複数の前記鉄道車両用パンタグラフに対して、それぞれの舟体に各舟体の固有振動数の個数を増やすように第二のばね質量系が付加され、それぞれに付加された第二のばね質量系相互の付加質量および/またはその支持剛性を予め相互に異ならせて、一編成の列車における鉄道車両の定常速度またはその近傍の速度におけるそれぞれの舟体とこれに付加された第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数のうち、いずれか一の舟体に加わる周期的加振変位の振動数に合わせる目標値を満たすように構成して、一編成の列車全体としての前記接触状態を維持する範囲を広げていることを特徴とする列車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一の方向に沿って延在配置される固定体と、固定体に摺接する摺接体を質量として含むばね質量系が設置される移動体と、を備えるとともに、移動体が固定体に沿って摺接体を摺接させつつ移動することで摺接体が振動するように構成された対象において、固定体および摺接体相互の接触状態を維持する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の対象として、例えば、鉄道車両用パンタグラフを例示できる。
鉄道車両用パンタグラフでは、パンタグラフの舟体を摺接体とし、固定体となる架線に存在する周期的な波状摩耗により、舟体と架線との離線がしばしば起こり、集電効率の低下やアーク放電による舟体および架線の損傷が生じる。そこで、パンタグラフに振動系を付加する技術が提案されている(特許文献1ないし3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭54-020506号公報
【文献】特開昭54-20506号公報
【文献】特開2006-174667号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】日本機械学会論文集C編,Vol.73 No.728(2007),pp.974-981.
【文献】日本機械学会論文集C編,Vol.74 No.742(2008),pp.48-54.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1ないし3記載の技術での目的は、複数の舟体(パンヘッド)を支持部の上部に併設配置することによって共振点を分散させることにある。そのため、これら文献記載の技術では、鉄道車両の任意の走行速度に対して舟体と架線との離線を完全に防ぐことは困難である。
そこで、本発明は、このような問題点に着目してなされたものであって、この種の対象において、固定体および摺接体相互の接触状態をより好適に維持し得る、接触状態維持方法並びに接触状態維持装置、これを備える鉄道車両用パンタグラフおよび列車を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、特許文献1ないし3記載の技術とは異なり、鉄道車両用パンタグラフでの離線の防止およびそれに伴う舟体と架線との衝突の繰り返しの防止を課題とする試験研究において、舟体へのばね質量系の付加により生じる二次の固有振動数が、架線からの周期的な接触力変動の振動数に近いときには、舟体と架線との離線およびそれに伴う舟体と架線との衝突の繰り返しが生じないという知見を得て、鋭意検討の結果、本発明を完成するに至ったものである。
【0007】
すなわち、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る接触状態維持方法は、一の方向に沿って延在配置される固定体と、前記固定体に摺接する摺接体を質量として含む第一のばね質量系が設置される移動体と、を備えるとともに、前記移動体が前記固定体に沿って前記摺接体を摺接させつつ移動することで前記摺接体が振動するように構成されたものを対象とし、前記固定体および前記摺接体相互の接触状態を保つようにその接触状態を維持する方法であって、前記摺接体に当該摺接体の固有振動数の個数を増やすように第二のばね質量系を付加し、前記移動体の移動速度に基づいて、前記摺接体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を当該摺接体に加わる周期的加振変位の振動数の近傍に合わせるように、前記第二のばね質量系を構成する付加質量および/またはその支持剛性を予め若しくは前記移動体の随時の移動速度に応じて設定することを特徴とする。
【0008】
また、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る接触状態維持装置は、一の方向に沿って延在配置される固定体と、前記固定体に摺接する摺接体を質量として含む第一のばね質量系が設置される移動体と、を備えるとともに、前記移動体が前記固定体に沿って前記摺接体を摺接させつつ移動することで前記摺接体が振動するように構成されたものを対象とし、前記固定体および前記摺接体相互の接触状態を保つようにその接触状態を維持する接触状態維持装置であって、前記摺接体に、当該摺接体の固有振動数の個数を増やすように付加された第二のばね質量系を備え、前記第二のばね質量系は、前記移動体の移動速度に基づいて、前記摺接体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を当該摺接体に加わる周期的加振変位の振動数の近傍に合わせるように、前記第二のばね質量系を構成する付加質量および/またはその支持剛性が予め若しくは前記移動体の随時の移動速度に応じて設定されることを特徴とする。
【0009】
ここで、本発明の一態様に係る接触状態維持装置において、前記第二のばね質量系は、前記摺接体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を、前記移動体の定常移動速度またはその近傍の移動速度において当該摺接体に加わる周期的加振変位の振動数に合わせるように、当該第二のばね質量系を構成する付加質量および/またはその支持剛性が設定されていることは好ましい。
また、このような構成において、前記第二のばね質量系は、前記摺接体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を、前記移動体の定常移動速度における当該摺接体に加わる周期的加振変位の振動数の近傍に合わせる目標値を満たすように、前記付加質量および/またはその支持剛性が予め設定されていることは好ましい。
【0010】
また、本発明の一態様に係る接触状態維持装置において、前記移動体の移動速度の情報を取得する速度情報取得センサと、前記第二のばね質量系を構成する付加質量の支持剛性を変動可能に設けられたアクチュエータと、前記アクチュエータを駆動する制御部と、を備え、前記制御部は、前記速度情報取得センサで取得された前記移動体の移動速度の情報に基づいて、前記摺接体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を、当該摺接体に加わる周期的加振変位の振動数に合わせるように前記アクチュエータを駆動して、前記第二のばね質量系を構成する付加質量の支持剛性を変動させることは好ましい。
【0011】
また、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る鉄道車両用パンタグラフは、前記固定体が、鉄道の架線であり、前記移動体が、鉄道車両であり、前記摺接体が、前記鉄道車両の上部に設けられて前記架線に摺接するように対向配置される舟体である鉄道車両用パンタグラフであって、本発明のいずれか一の態様に係る接触状態維持装置を備え、前記第二のばね質量系が、前記舟体に、当該舟体の固有振動数の個数を増やすように付加されていることを特徴とする。
【0012】
また、上記課題を解決するために、本発明の他の一態様に係る鉄道車両用パンタグラフは、前記固定体が、鉄道の架線であり、前記移動体が、鉄道車両であり、前記摺接体が、前記鉄道車両の上部に設けられて前記架線に摺接するように対向配置される舟体である鉄道車両用パンタグラフであって、本発明のいずれか一の態様に係る接触状態維持装置を備え、前記制御部が、前記舟体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を前記舟体に加わる周期的加振変位の振動数の近傍に合わせるように、前記第二のばね質量系を構成する付加質量の支持剛性を、前記鉄道車両の走行速度に応じて変動させることを特徴とする。
【0013】
また、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る列車は、本発明の一態様に係る鉄道車両用パンタグラフを備えることを特徴とする。
ここで、本発明の一態様に係る列車において、前記鉄道車両が複数連接された一編成の列車に、複数の前記鉄道車両用パンタグラフが配設されており、複数の前記鉄道車両用パンタグラフは、それぞれの舟体に前記第二の付加質量系が付加されるとともに、それぞれに付加された第二の付加質量系相互の付加質量および/またはその支持剛性を相互に異ならせて、一編成の列車における前記定常速度またはその近傍の速度におけるそれぞれの舟体とこれに付加された前記第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数のうち、いずれか一の舟体に加わる周期的加振変位の振動数に合わせる目標値を満たすように構成して、一編成の列車全体としての前記接触状態を維持する範囲を広げていることは好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、一の方向に沿って延在配置される固定体と、固定体に摺接する摺接体を質量として含むばね質量系が設置される移動体と、を備えるとともに、移動体が固定体に沿って摺接体を摺接させつつ移動することで摺接体が振動するように構成されたものを対象とし、固定体および摺接体相互の接触状態をより好適に維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一態様に係る接触状態維持装置を備える鉄道車両用パンタグラフの実施形態を説明する模式図((a)~(c))である。
図2図6のモデルに、更に振動系を付加したモデルの模式図である。
図3図2に示すモデルでの数値計算の結果を示すグラフ(a)~(h)である。
図4】パンタグラフの模式図(a)、およびパンタグラフの舟体が架線から受ける接触力の周期的変動を示すグラフである。
図5】パンタグラフの実機を用いた実験結果を示すグラフである。
図6】パンタグラフの舟体部分を1自由度振動系でモデル化した模式図である。
図7】実験装置の構成を示すブロック図である。
図8図7に示す実験装置を用いた離線抑制確認試験の結果を示すグラフ(a)~(h)である。
図9図2に示すモデルにセミアクティブ制御を施した系を示す模式図である。
図10】本発明の一態様に係る接触状態維持装置を備える複数の鉄道車両用パンタグラフが装備された列車の実施形態を説明する模式図である。
図11】本発明の一態様に係る接触状態維持装置を備える鉄道車両用パンタグラフの他の実施形態を説明する模式図である。
図12】剛体架線の波状摩耗に起因した離線現象のモデルである定常押しつけ力のもとで接触している周期的変位加振源にさらされた1自由度ばね質点系の衝突振動の解析モデルを示す模式図である。
図13】Ωの増加に伴う質点と加振源との接触状態を表わす分岐図である。
図14】衝突位置を加振源の位相で表現した図である。
図15】各Ωに対して十分に時間が経過したあとの加振変位および質点の変位の時刻歴応答を示すグラフである。
図16】Ωの変化に伴う主系と加振源との衝突位置を示す図である。
図17】ε=0.45の場合について、xおよびyの特徴的な時刻歴を示すグラフ((a)~(h))である。
図18】Ω=ωの場合について、十分に時間が経過した後のモード座標yおよびy2の時刻歴を示す図である。
図19】α=0.5、1、1.5および2の場合について、Ωが2次の固有角振動数の近傍でxとyとが常に接触を維持する領域の変化を示す図である。
図20】加振振動数ω/2πの変化に伴う、主系と加振源との間の接触領域の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態について、図面を適宜参照しつつ説明する。なお、図面は模式的なものである。そのため、厚みと平面寸法との関係、比率等は現実のものとは異なることに留意すべきであり、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれている。
また、以下に示す実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記の実施形態に特定するものではない。
【0017】
本実施形態は、一の方向に沿って延在配置される固定体と、固定体に摺接する摺接体を質量として含むばね質量系が設置される移動体と、を備えるとともに、移動体が固定体に沿って摺接体を摺接させつつ移動することで摺接体が振動するように構成された対象として、鉄道車両用パンタグラフに本発明を適用した例である。
また、本実施形態は、鉄道車両の走行に関するエネルギー効率の向上と一層の高速化とを目的として、パンタグラフ-架線間の離線およびそれに伴うパンタグラフ-架線間の衝突の繰り返しを防止または抑制して、アーク放電の回避を実現する例である。
【0018】
本実施形態では、鉄道車両用パンタグラフにおいて、舟体への振動系の付加により生じる二次の固有振動数が、架線からの周期的加振変位の振動数に等しいときには舟体と架線との離線が生じないという知見を得て、これに基づき、付加質量および/またはその支持剛性を、鉄道車両の走行速度に応じて設定する(例えば、セミアクティブ制御によって変動させる)ことにより離線およびそれに伴うパンタグラフ-架線間の衝突の繰り返しを防止または抑制するものである。
【0019】
本実施形態に係る鉄道車両用パンタグラフは、架線に摺接するように対向配置される舟体と、舟体を架線との対向方向に押圧付勢するように鉄道車両の上部に設けられる支持部と、接触状態維持装置と、を備える。
いま、鉄道車両用パンタグラフのダイナミクスを表すことができる簡単なモデルとして、図1(a)のばね質量系を考える。質量mは、パンタグラフ10の舟体(架線に接触する部分)11であり、舟体11が、支持腕12で鉄道車両2の上部に支持され、これにより、舟体11を質量mとして含む第一のばね質量系が構成されている。
【0020】
なお、鉄道車両用パンタグラフでは、舟体の一部のみの摩耗を防止するために、架線との接触位置を舟体の左右幅方向でずらしつつ摺接するように構成されるところ、舟体を支持する支持腕の部分の屈伸動作が架線との対向方向に規制されることもあり、後述するように、実際に一自由度系として捉えることができる。
これに対し、本実施形態では、図1(b)に示すように、接触状態維持装置100として、舟体11に第二のばね質量系(質量m、ばね定数k)を付加して、舟体11と架線1との離線を防ぐものである。
【0021】
後述するように、架線の凹凸に起因して舟体にかかる振動変位の振動数Ωが、パンタグラフ-付加質量振動系の高次の固有振動数ωに近い場合に、離線および離線-着線の繰り返しによる舟体と架線との衝突が生じない。そこで、本実施形態の接触状態維持装置100では、舟体11に対し、そのように第二のばね質量系20としてのばね定数k2またはmを設定する。
【0022】
また、本実施形態の他の態様の接触状態維持装置では、移動体(例えば鉄道車両)2が固定体(例えば架線)1に沿って摺接体(例えば舟体)11を摺接させつつ移動することで摺接体11が振動するように構成された対象において、図1(c)に示すように、摺接体11の固有振動数の個数を増やすように当該摺接体11に付加される第二のばね質量系20と、第二のばね質量系20を構成する付加質量mの支持剛性をアクチュエータ6により変動させるようにセミアクティブ制御を実行する制御部としてのコントローラ7と、を有する。
【0023】
ここで、舟体11にかかる振動変位の振動数Ωは、鉄道車両2の走行速度に比例して増加するので、走行速度に応じてωを変化させることが望ましい。その方法として、本実施形態では、同図(c)に示すように、接触状態維持装置100のコントローラ7は、セミアクティブ制御により、アクチュエータ6として、例えばDCリニアモータを使って第二のばね質量系20のばね定数を変化させる。
【0024】
つまり、本実施形態の他の態様の接触状態維持装置100では、パンタグラフ10の舟体11に、第二のばね質量系20を付加して、恣意的にパンタグラフ10の自由度を増やし(固有振動数の個数を恣意的に増やし)ている。そして、コントローラ7は、高次の固有振動数をパンタグラフ10の舟体11に加わる周期的加振変位の振動数に合わせることにより、離線および離線-着線の繰り返しによる舟体11と架線1との衝突を防止または抑制する接触状態維持処理を実行可能に構成されている。また、コントローラ7は、鉄道車両2の走行速度の変化に応じて、第二のばね質量系20での付加質量mの支持ばね剛性をアクチュエータ6で変化させるセミアクティブ制御を施す。
【0025】
ここで、DCリニアモータの推力Fは、推力定数cと入力電流iを使ってF=ciで表せる。そこで、mとmの相対変位x-xを変位センサでセンシングし、取得した相対変位量にフィードバックゲインαを掛けた量を入力電流とすると、F=ci=cα(x-x)となり、もともとのばねkと並列に、ばね定数cαのばねを設置したことになる。
このとき、mとm間のばね定数はk+cαになる。ここで、フィードバックゲインαは可変であることから、ばね定数は可変になり、Ωの変化に応じて、高次の固有角周波数ωが舟体11に加わる周期的加振変位の振動数等しくなるようにフィードバックゲインαを変えれば、鉄道車両2の任意の走行速度において舟体11の離線を防ぐことができる。
【0026】
本発明者らは、1自由度振動系のパンタグラフ(図2中のk、mで示される振動系に相当)に新たに振動系(同図中のk、mで示される振動系に相当)を付加すると、新たに振動系を付加したことにより生じる二次の固有振動数が、架線(同図中、y0sinωtで示す板に相当)の凹凸変位によるパンタグラフへの接触力の振動数に等しいときには離線が生じないという知見を得た(図3)。
そこで、本実施形態に係る鉄道車両用パンタグラフでは、この事実を積極的に利用して、列車の走行速度に応じて付加系の支持剛性を変化(パンタグラフへの周期的変位入力の振動数に付加系の固有振動数を一致)させて、任意の走行速度によっても、舟体11と架線1との離線が常に生じない状況を実現している。
【0027】
詳しくは、図4に示すように、パンタグラフ10の舟体11は、架線1から周期的変位入力(接触力の変動)を受ける。図5に示すように、パンタグラフの実機を用いた実験において、パンタグラフ10と架線1との離線問題は、舟体(図4中のパンヘッド)11の部分が主であり、サポータと呼ばれるアーム型の支持腕12の振動は無視できる(非特許文献1)。そのため、舟体11と架線1との運動は、図6に示すように、1自由度振動系でモデル化できる(非特許文献1)。
【0028】
ここで、本実施形態では、図6に示すモデルに対し、図1に示したように、舟体11に、更に第二のばね質量系20を付加する。舟体11に第二のばね質量系20を付加することにより、図3に数値計算の結果を示すように、接触力の周期変動の振動数が、2次の固有振動数近傍において、舟体11と架線1との離線が生じていないことがわかる(同図(d)、および(e))。
【0029】
次に、図7に示す実験装置30を用いて、後に詳述するように、離線が抑制されることを検証した。外力の周期的変動は、接触するフレーム36を加振器35により変位加振することにより実現している。
また、架線1に相当するフレーム36、舟体11に相当する質量の変位を距離センサ(渦電流変位計)37、38により測定した。図8に実験結果を示すように、2次の固有振動数は9.8Hzであり、同図(e)に示すように、離線が抑制されていることが検証された。
【0030】
以上の検証から、本実施形態の一態様に係る鉄道車両用パンタグラフでは、コントローラ7が、セミアクティブ制御を含む接触状態維持処理を実行することで、図9に示すように、舟体11に付加した第二のばね質量系20の支持剛性(同図中のka)を、摺接体11とこれに付加された第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数を、当該摺接体11に加わる周期的加振変位の振動数に合わせるように、第二のばね質量系20の付加質量の支持剛性を変動させ、2次の固有振動数を実時間で接触力の周期変動に追随させる
【0031】
これにより、本実施形態に係る鉄道車両用パンタグラフ10によれば、離線およびそれに伴うパンタグラフ-架線間の衝突の繰り返しを防止または抑制可能となるのである。
以上説明したように、本実施形態の接触状態維持装置100およびこれを備える鉄道車両用パンタグラフ10によれば、接触状態維持装置100が装備されているので、鉄道車両用パンタグラフ10の舟体11と架線1との離線およびそれに伴うパンタグラフ-架線間の衝突の繰り返しを防止または抑制し、より効率的な電源供給を実現できる。
【0032】
なお、本発明に係る接触状態維持方法並びに接触状態維持装置、これを備える鉄道車両用パンタグラフおよび列車は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能である。
例えば、他の態様として、図10に示すように、鉄道車両2が複数連接された一編成の列車3に対し、複数のパンタグラフ10が装着されていることを利用して、各パンタグラフ10に装着する第二のばね質量系20の固有振動数を、適切に異なる固定値に設定することができる。この場合、アクチュエータ6およびコントローラ7を必要とせずに、予め異なるmおよび/またはkを持つ付加振動系を付けた複数のパンタグラフ10を1編成中に装備すればよい。
【0033】
つまり、複数の鉄道車両用パンタグラフ10は、それぞれの舟体11に第二の付加質量系20が付加されるとともに、それぞれに付加された第二の付加質量系20相互の付加質量および/またはその支持剛性を相互に異ならせて、一編成の列車3における定常速度またはその近傍の速度におけるそれぞれの舟体11とこれに付加された第二のばね質量系とからなる振動系の高次の固有振動数のうち、いずれか一の舟体11に加わる周期的加振変位の振動数に合わせる目標値を満たすように構成し、一編成の列車3全体としての接触状態を保つ範囲を広げる。これにより、複数のパンタグラフ10は、鉄道車両2の走行速度に応じ、架線1に着線するパンタグラフ10が選択的に変わっていき、列車3の編成全体としての離線を防ぐことができる。
【0034】
また、舟体11に付加する振動系(質量m、ばね定数k)の態様として、図11に示すように、接触状態維持装置100となるように、舟体11の左右(走行方向に対して直交方向)に伸びる等価的ホーンを付加振動系(質量m、ばね定数k)として付設することは好ましい。このような構成であれば、コンパクトに本発明を実装できる。
また、例えば上記実施形態では、鉄道車両用パンタグラフに本発明を適用した例を示したが、これに限定されず、本発明は、一の方向に沿って延在配置される固定体と、固定体に摺接する摺接体を質量として含む第一のばね質量系が設置される移動体と、を備えるとともに、移動体が固定体に沿って摺接体を摺接させつつ移動することで摺接体が振動するように構成されたものが対象であれば、固定体および摺接体相互の接触状態をより好適に維持するための技術(方法、装置等)を提供できることは勿論である。
【0035】
以下、パンタグラフと剛体架線の衝突振動に与える付加系の影響についてより詳しく説明する。
鉄道車両への集電は、パンタグラフが架線と力学的に接触することにより電気エネルギーが車両へと供給されることにより行われる。鉄道車両が走行中に、パンタグラフの舟体が架線との接触を維持できなくなる場合が生じることがある。このような現象は離線と呼ばれ、離線により生じるアークの発生は、舟体のしゅう動に起因する消耗に比べてダメージが大きいため、離線を抑制することは非常に重要である。
【0036】
架線の一種に、地下鉄やトンネル区間の天井に取り付け具を介して固定されて用いられる剛体架線がある。非特許文献1に記載の技術では、剛体架線とパンタグラフの離線問題を衝突振動と考え、非線形動力学解析の立場から考察している。
そこでは、周期的な波状摩耗をつけた剛体架線が実際の鉄道車両に搭載されているパンタグラフと接触して走行する走行実験を行ない、剛体架線の波状摩耗に起因して生じる離線のエッセンシャルモデルとして剛体架線を定常押しつけ力のもとで接触している周期的変位加振源、舟体をばね支持されている1自由度質点系とするモデルを提案している。そして、このモデルについて、衝突写像を用いた解析、数値計算および実験が行われ、モデルの妥当性および衝突振動の分岐現象を明らかにしている。
【0037】
本願発明者らは、このモデルの質点を梁に置き換えたモデルを用いて、梁の曲げ振動の影響を考慮した解析を行ってきた。本願発明者らは、衝突の前後における各曲げ振動モードの速度成分の変化を表す式を誘導して数値計算を行ない、加振振動数が曲げ振動の2次の固有振動数近傍において衝突振動が抑制され、梁と加振源とが接触状態を保つことを理論的に確認している。また、理論解析結果の妥当性を実験により検証している。
ところで、調和外力が作用する無減衰の1自由度系(主系)に新たな自由度を1つ付加すると、加振振動数が付加系の固有振動数と一致した場合に付加系が動吸振器として振る舞い、主系の振動振幅が零となる反共振が生じることが古くから知られており、色々な機械システムの制振法に適用されている。
【0038】
このような系において、剛性を制御した可変剛性形セミアクティブ動吸振器が提案されてきた。実時間で動吸振器の剛性を変化させることにより、動吸振器の固有振動数を変化させ、常に反共振の状態を実現する研究も報告されている。
以上のことから、非特許文献1に提案された、架線とパンタグラフの衝突振動モデルである変位加振源と1自由度ばね質点系に対して自由度を1つ付加した場合、前述の梁の曲げ振動の場合と同様に、加振振動数が付加系を考慮した場合の2次の固有振動数近傍において衝突振動が抑制されると考えられる。このことから、剛性を制御し2次の固有振動数を加振振動数と一致させることで衝突振動の発生を常に抑制できることが期待される。
【0039】
以下、本願発明者らの研究では、剛性を制御した影響を考慮する前段階として、主系に新たに1自由度を付加した2自由度ばね質点系と定常押しつけ力のもとで接触している周期的変位加振源との衝突問題を取り上げる。
そして、2自由度系の2次の固有振動数近傍において衝突振動の発生が抑制されることを理論的に確認する。また、同解析モデルを模倣した実験装置を制作し、理論解析で予測された特徴について検証実験を行なう。
【0040】
[主系の動力学的特徴]
図12に、剛体架線の波状摩耗に起因した離線現象のモデルである定常押しつけ力のもとで接触している周期的変位加振源にさらされた1自由度ばね質点系の衝突振動の解析モデルを示す。ここでは、主系の質量をm、主系を支持するばねのばね定数をk、押し込み量をd、加振変位の振幅をy、加角振動数をω、および質点と加振源との間の反発係数をeとする。
非特許文献1では、同様なモデルについて衝突写像を用いた解析および数値計算を通して詳細な衝突振動解析を行っている。本研究では、付加系を追加しない主系のみの場合がこのモデルに対応する。
付加系の影響を述べる前に、本節では、無次元加振角振動数Ω=ω√m/√kが離線の生じる臨界値を超えると、質点と加振源の接触が常に保持される振動数領域が存在しないことを、数値計算例を用いて示すことにする。Ωを変化させて数値計算を行ない、十分に時間が経過した状態で、主系の質点と加振源が接触する位置を調べた。
【0041】
図13は、Ωの増加に伴う質点と加振源との接触状態を表わす分岐図である。同図のプロットは、加振源の、30周期分の時間において、主系と加振源が接触した位置を示している。縦軸の、Ωtn modulo2πは、図14に示すように、衝突位置を加振源の位相で表現したものである。図13(a) および(b)は、e=0.65、ε=0.3、およびe=0.65、ε=0.45の場合の結果である。
図13(a)より、Ω=2.1までは質点と加振源は常に接触状態を維持するが、この値を越えてΩが変化すると、質点と加振源との衝突振動が生じ、それ以降では質点と加振源との接触が常に保持されることはない。同図(b)より、ε=0.45の場合では、Ω=1.8までは質点と加振源は常に接触状態を維持するが、この値を越えると質点と加振源との衝突振動が生じる。
【0042】
次に、ε=0.45の場合を例にとり、質点と加振源との衝突振動の代表的な時刻歴を示す。図15は、各Ωに対して十分に時間が経過したあとの加振変位yおよび質点の変位xの時刻歴応答である。同図(a)は、質点が周期的変位加振源の1周期に対して1度衝突し、質点の運動の周期と加振源の周期が一致する運動(period1n=1)である。
Ωを増加させると、Ω=3.3で周期倍分岐が生じ、同図(b)に示すように、質点が周期的変位加振源の1周期に対して1度衝突し、質点の運動の周期が加振源の2周期と一致する運動(period2n=1)へと移行する。同図(c)は、Ω=4.1の場合の結果であり、周期性の弱い衝突現象が確認できる。
【0043】
さらにΩを増加させると、周期性の弱い現象から同図(d)に示すような質点が周期的変位加振源の2周期に対して1度衝突し、質点の運動の周期と加振源の2周期が一致する運動(period1n=2)へと移行する。Ωの増加に伴い、同図(d)に示す現象は不安定となり、やがて、同図(e)に示す周期性の弱い現象へと移行する。同様のことはこのあとも継続する。同図(f)および(h)に、Ω=6.8およびΩ=9.0の結果である、(period1n=3)および(period1n=4)の応答を示す。
【0044】
これらの現象の分類方法は、衝突振動のエッセンシャルモデルとして知られる、振動する台の上におかれた弾むボールの振動(バウンシングボール)での分類に倣った。また、同図(g)は、Ω=8.3における周期性の弱い衝突振動の時刻歴である。
以上のことから、主系のみを考慮した場合には、Ω=ω√m/√kが離線の生じる臨界値を超えると質点と加振源との接触が常に保持される加振振動数領域が存在しないことが分かる。
【0045】
図2に、主系に1自由度の付加系を追加した2自由度ばね質点系モデルを示した。
主系は前節と同様に、定常押しつけ力のもとで接触している周期的変位加振源にさらされているものとする。主系の質量をm、壁と主系との間のばねのばね定数をkとし、付加系の質量をm、主系と付加系との間のばねのばね定数をkとする。
各ばねが自然長の状態での質点の位置を座標原点に取り、同図に定めるように主系および付加系の水平方向変位をそれぞれxおよびxとする。衝突が生じていない状態において、主系は前述の周期的変位加振源と接触している。この周期的加振源の変位をyとする。yは、下記の式(1)と表される。
y=-d+ysinωt 式(1)
式(1)において定数dは押し込み量を表し、dに比例する定常押しつけ力が主系に作用する。また、y、ωおよびtは、それぞれ周期的変位加振源の振動振幅、角振動数および時間を意味している。主系のおよび付加系の運動方程式は下記の式(2)、(3)と表される。
【0046】
【数1】
【数2】
【0047】
ここで、(・)は、時間tでの微分を意味し、t=tにおいて、主系が加振源と接触した状態で加振源から受ける力をディラックのデルタ関数δ(t)を用い、F(t)δ(t)と表わす。
t=tにおいて、主系と加振源がn回目の衝突をしたとし、その直前の主系の速度を、
【0048】
【数3】
直後の速度を、
【数4】
と表記する。主系と加振源との反発係数をeとすると、以下の式(4)が成り立つ。式(1)から(4)が衝突現象を支配する式となる。
【0049】
【数5】
【0050】
代表長さLとして、台の押しつけ量d、代表時間Tとして、主系の固有周期√(m/k)を用い、x=Lx 、x=Lx 、y=Ly、および、t=Tt、となる無次元量x 、x 、y、およびtを導入する。無次元化された式(1)から式(4)は以下の式(5)から式(8)のようになる。なお、式(5)以降、無次元量を表すを省略する。
y=-1+εsinΩt (5)
【0051】
【数6】
【数7】
【数8】
【0052】
式(5)から式(8)は、5つの無次元パラメータ、加振源の押し付け量に対する加振振幅ε=y/d、主系のみの場合の固有角振動数に対する加振角振動数の比Ω=ω√(m/k)、反発係数e、主系の質量に対する付加系の質量比μ=m/m、および主系のばね定数に対する付加系のばね定数α=k/kを含んでいる。また、f(t)=F(t)/√(m)dである。
[衝突前後における関係式]
式(6)および式(7)を、行列を用いて書き改めると下記の式(9)となる。
【0053】
【数9】
【0054】
モード座標を導入するために、式(6)において右辺を零とした式と式(7)を考える。以下の式(10)に示す固有多項式より定まる2つの純虚数の組となる固有値λを±λ=±iωおよび±λ=±iωとする。ωおよびωは、1次および2次の固有角振動数であり、ω<ωとする。ここで、ωおよびωは以下の式(11)のように求まる。
μλ+(μ+μα+α)λ=0 (10)
【0055】
【数10】
【0056】
λおよびλに属する正規化された固有ベクトルをpおよびpとする。正規化は、[M]P=1(n=1,2)を満たすように定めた。ここで、[M]は、式(9)の第1項の係数行列である質量マトリクスである。
正規化されたpおよびpをそれぞれp(ξ11、ξ12)およびp(ξ21、ξ22)とする。正規化した固有ベクトルpおよびpを列に並べた行列[Φ]=[p,p]を変換行列としてx=[Φ]ηとなる座標変換を考え、物理座標xからモード座標ηへの座標変換を行なう。ここで、x=(x、x)およびη=(η、η)である。式(9)に座標変換を施し、モード座標の支配方程式を求めると以下の式(12)および式(13)ようになる。
【0057】
【数11】
【数12】
【0058】
次に、主系と加振源がn回目の衝突を行なう時間t=t近傍(t-Δ/2≦t≦t+Δ/2)を考える。式(12)をn回目の衝突時間t近傍において積分すると、式(14)となる。
【0059】
【数13】
【0060】
左辺第3項は積分の平均値の定理を用いて積分し、cは、t-Δ/2<c<t+Δ/2を満たす定数である。式(14)は、Δ→0の場合を考えると下記の式(15)となる。
【0061】
【数14】
ここで、式(15)中の、
【数15】
および
【数16】
は、式(16)であり、それぞれ1次のモード座標ηの衝突直前および衝突直後の速度を意味している。
【0062】
【数17】
同様に、式(13)を衝突時間t近傍で積分し、t→tの場合を考えると式(17)が得られる。
【0063】
【数18】
ここで、式(17)中の、
【数19】
および
【数20】
は、それぞれ2次のモード座標ηの衝突直前および衝突直後の速度を意味している。式(15)および式(17)より式(18)が得られる。
【0064】
【数21】
式(8)および式(18)より式(19)となり、
【数22】
式(19)
f(t)が衝突前の主系の速度、
【数23】
と衝突時間tで書ける。
式(19)を式(16)に代入して整理すると式(20)となり、
【数24】
衝突直後の1次モードの速度
【数25】
が衝突直前の1次モードの速度
【数26】
と2次モードの速度
【数27】
および衝突時間tで与えられる。
同様に、
【数28】
は式(21)となる。
【0065】
【数29】
ここで、ZからZは以下に示す定数である。
【数30】
【0066】
また、衝突の直前と直後において、xおよびxの変化がないことから式(22)が成り立つ。ここで、-および+は、衝突直前および衝突直後の状態を意味する。式(22)より、各モード変位についても式(23)が成り立つ。
【0067】
【数31】
【数32】
【0068】
t=tで主系と加振源が衝突した場合、衝突直前の各モードの変位と速度を与えると式(20)から式(23)より、衝突直後の各モードの変位と速度が分かる。これを初期条件とする自由振動を解き、x=yを満たすt=tn+1までの計算を行なう。これを繰り返すことにより、衝突振動問題の数値計算を行なった。
【0069】
[数値計算例]
Ωが一定の条件のもとで数値計算を行なった。時間が十分に経過した後の結果について、主系と加振源との接触状態および衝突位置について整理を行なった。以降では、μ=1およびα=1の場合について述べることにする。この場合における、1次および2次の固有角振動数ωおよびωは、それぞれ、ω=(√5-1)/2およびω=(√5+1)/2である。
【0070】
図16(a)に、ε=0.3の場合について、Ωの変化に伴う主系と加振源との衝突位置を示す。同図より、1.19≦Ω≦2.37において、主系と加振源が常に接触状態を保持している。この範囲は、Ωが2次の固有角振動数ωの近傍である、また、Ωがωより低い周波数領域よりも高周波数領域の方が衝突振動が抑制される振動数領域が広い。
同図(b)は、ε=0.45の場合について、Ωの変化に伴う主系と加振源との衝突位置を表わしたものである。同図より、ε=0.45の場合には、ωの近傍で主系と加振源との間の接触が保持される領域は、1.25≦Ω≦2.14となり、同図(a)と比べて狭くなる。
【0071】
以上より、主系に対して1自由度振動系を付加すると、加振振動数が2次の固有振動数近傍において衝突振動が抑制されることが分かる。また、Ωを増加させてもω近傍の他に接触状態が常に保持される振動数領域は確認されなかった。
次に、ε=0.45の場合について、xおよびyの特徴的な時刻歴を図17に示す。
同図(a)より、Ω=ωでは、Ωが衝突振動の生じる臨界値よりも低いため、xおよびyは接触状態を保持している。同図(b)は、Ω=0.96の場合の結果である。同図において、π/2≦Ωt modulo 2π≦3π/2の範囲で4度の衝突振動が認められ、衝突振動の周期が加振源の周期と一致する定常振動となっている。
【0072】
同図(c)は、Ω=1.1の場合の結果であり、π≦Ωt modulo 2π≦3π/2の範囲で複数回の衝突振動をし、3π/2≦Ωt modulo 2π≦2πの付近では、xとyとは接触状態となっている。
その後、Ωの増加に伴い接触領域が増加していき、Ω=ω近傍では、同図(d)(Ω=ω2)に示すように、衝突振動が抑制されてxとyとは常に接触状態を保持するようになる。Ω=2.0においても、このように衝突振動が抑制された状態は継続している。同図(e)にその様子を示す。
【0073】
2.14<Ωとなると再び衝突振動が生じ始める。同図(f)は、Ω=2.4の結果である。-π/2≦Ωt modulo 2π≦π/2付近において、xとyとが接触しない状態が見受けられる。さらにΩを増加させると、主系のみの場合と同様に、yの1周期に1度xが衝突する衝突振動へと移行した。
同図(g)に、Ω=2.7の場合の結果を示す。衝突位置は、π≦Ωt modulo 2π≦3π/2の範囲である。Ωを増加させると、同図(h)に示すように、yの1周期にxが1度衝突するものの、周期性の弱い現象が確認された。
【0074】
Ω=ω2の場合について、十分に時間が経過した後のモード座標ηおよびηの時刻歴を図18(a)および(b)に示す。Ω=ωでは、図17(d)に示すように、xとyとは接触を保持しており、その時、ηは定常成分と加振源yに追随する成分を有する応答となり、ηは一定値となった。
図19に、α=0.5、1、1.5および2の場合について、Ωが2次の固有角振動数の近傍でxとyとが常に接触を保持する領域の変化を示す。
【0075】
同図において、〇および●は、それぞれ、常に接触を保持するΩの下限値Ωおよび上限値Ωを表しており、Ω≦Ω≦Ωにおいて、主系と加振源は常に接触を保持している。また、破線は、ωの変化を表している。いずれの場合も、ωの近傍において接触を保持する領域が存在している。
αの増加に伴い、接触する領域が狭くなっている。これは、αの増加に伴いωが増加するため、Ωがその近傍の値をとる場合に、αが小さな場合と比べて加振力が増大することによるものと考えられる。
【0076】
理論解析結果の妥当性を検証する目的から、図7に示した実験装置30を用いて実験を行なった。同図は、実験装置30の模式図と測定処理系を表している。2つの質量mおよびmとしてアルミニウム製のブロック31、32を用いた。2つの質量mおよびmは、それぞれスライドベアリング33、34に取り付けられており、同一直線上を運動することが可能となっている。
また、加振器35によりアルミニウム製のフレーム36をその直線上で周期的に加振し主系に作用する加振源とした。主系とフレーム36との接触が、なるべく点で行なわれるようにするために、主系のブロック31の端に円錐状のアルミニウム片31aを取り付けた。
【0077】
2つの質量mおよびmは、アルミニウム片31aの質量を含め同一(m=m=0.52kg)とした。また、壁と主系および主系と付加系との間のばねにコイルばね41、42を用いた。用いたコイルばね41、42のばね定数は、k=k=750N/mである。
無次元パラメータは、μ=1およびα=1となり、理論解析で用いた値と同様になっている。この系の1次および2次の固有振動数ω/2πおよびω/2πは、それぞれ、ω/2π=3.8Hzおよびω/2π=9.8Hzであった。
【0078】
フレーム36の変位および質量mの変位を、2台の渦電流式の距離センサ(Sentec LS-500-10)37、38を用いて非接触で測定し、加振源および主系の動的挙動を測定した。距離センサ37、38から取得されたデータは、データロガー39を介してパーソナルコンピュータ40に取り込み保存した。
実験では、波形発信器43からの信号をアンプ44で増幅して加振器35を駆動させ、主系に作用する加振源として用いるフレーム36の振動数を4Hzから19.6Hzまで変化させた。加振振動数を変化させてから十分に時間が経過し、過渡応答の影響が無視できたと考えられる状態から測定を開始し、30秒間測定を行なった。
【0079】
[実験結果]
図20に、加振振動数ω/2πの変化に伴う、主系と加振源との間の接触領域の変化を示す。理論解析の図16(b)と同様に、2次の固有振動数ω/2π=9.8Hzの近傍において衝突振動が顕著に抑制されていることが分かる。衝突振動が抑制される振動数領域は、7.1Hz≦ω/2π≦14.2Hzであり、理論解析結果(7.5Hz≦ω/2π≦12.9Hz)と比べて実験結果の方が僅かに広くなっている。
【0080】
次に、xおよびyの特徴的な時刻歴を図8示す。同図において、破線はx、実線はyの時刻歴を示している。また、この図では、yの振動の中心を座標原点にとり表示している。
同図(a)は、ω/2π=4.5Hzの場合の結果であり、主系とフレームは常に接触状態を保持した。ωを増加させ、ω/2π=5.4Hzを越えると主系とフレームとの間に衝突振動が生じ始めた。
【0081】
同図(b)は、ω/2π=5.8Hzの場合の結果であり、主系はフレームの1周期の間に1度衝突した。また、衝突後の主系の自由振動波形において2つのモードの影響が見て取れる。さらにωを増加すると、同図(c)に示すように、π≦Ωt modulo 2π≦3π/2の範囲において複数回の衝突が認められる現象へと移行した。
さらにωを増加すると、図17(c)の理論解析結果のように、一部で主系がフレームと接触する状態が生じた。この結果を同図(d)に示す。
【0082】
ωが2次の固有振動数ω/2πに近づくと、同図(e)に示すように、主系とフレームが常に接触を保持する状態が生じた。この状態は、ω/2π=14.2Hzまで続いた。ωがω/2πから離れると、再び、主系はフレームと離れ始めた。この状態は、図17(f)と同様であり、同図(f)にその状態を示す。
さらにωを増加すると、同図(g)および(h)に示すように、主系はフレームの1周期の間に1度衝突するようになった。この状態は図17(g)に対応している。
以上の実験において、一部の加振振動数領域において衝突回数などに差異が認められるものの、実験結果は概ね理論解析結果と定性的に一致していることが確認された。
【0083】
[おわりに]
本研究では、波状摩耗に起因した剛体架線とパンタグラフの衝突振動を取り上げ、舟体をモデル化した1自由度ばね質点系(主系)に対して1自由度振動系を付加した場合について、付加系が衝突振動に与える影響について理論的に調べた。
その結果、
(1)加振振動数が系の2次の固有振動数近傍において、主系と加振源との間の衝突振動が抑制され、2次の固有振動数が大きくなると衝突振動が抑制される振動数領域は狭くなる。
(2)加振振動数の変化に伴い、定常な衝突振動、周期性の弱い現象への分岐現象などが生じる、ことが明確になった。
また、理論解析モデルと同様な実験装置を製作して検証実験を行なった、実験結果より、
(3)理論解析で予測されたように、加振振動数が2次の固有振動数近傍において衝突振動が顕著に抑制されることを確認した。以上のことから、付加系を考慮した場合について、2次の固有振動数を加振源の振動数に追随するような制御手法を用いると、広い振動数領域において衝突振動が抑制されることが期待される。
【符号の説明】
【0084】
1 架線(固定体)
2 鉄道車両(移動体)
3 列車
5 速度情報取得センサ
6 アクチュエータ
7 コントローラ(制御部)
10 パンタグラフ(第一のばね質量系)
11 舟体(摺接体)
12 支持腕
20 第二のばね質量系
30 実験装置
31 ブロック
32 ブロック
33 スライドベアリング
34 スライドベアリング
35 加振器
36 フレーム
37 距離センサ
38 距離センサ
39 データロガー
40 パーソナルコンピュータ
41 コイルばね
42 コイルばね
43 波形発信器
44 アンプ
100 接触状態維持装置
図1
図2
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図20