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特許7437315腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防のための医薬組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-14
(45)【発行日】2024-02-22
(54)【発明の名称】腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防のための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/10 20060101AFI20240215BHJP
   A61P 1/04 20060101ALI20240215BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20240215BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240215BHJP
   A61K 35/28 20150101ALI20240215BHJP
【FI】
A61K38/10 ZNA
A61P1/04
A61K45/00
A61P43/00 121
A61K35/28
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020551105
(86)(22)【出願日】2019-10-04
(86)【国際出願番号】 JP2019039263
(87)【国際公開番号】W WO2020071527
(87)【国際公開日】2020-04-09
【審査請求日】2022-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2018189712
(32)【優先日】2018-10-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】599045903
【氏名又は名称】学校法人 久留米大学
(73)【特許権者】
【識別番号】505043041
【氏名又は名称】株式会社スリー・ディー・マトリックス
(74)【代理人】
【識別番号】100113376
【弁理士】
【氏名又は名称】南条 雅裕
(74)【代理人】
【識別番号】100179394
【弁理士】
【氏名又は名称】瀬田 あや子
(74)【代理人】
【識別番号】100185384
【弁理士】
【氏名又は名称】伊波 興一朗
(74)【代理人】
【識別番号】100137811
【弁理士】
【氏名又は名称】原 秀貢人
(72)【発明者】
【氏名】山崎 博
(72)【発明者】
【氏名】光山 慶一
(72)【発明者】
【氏名】荒木 俊博
【審査官】佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-515113(JP,A)
【文献】国際公開第2017/158432(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/104723(WO,A1)
【文献】URAOKA, T., et al.,A novel fully synthetic and self-assembled peptide solution for endoscopic submucosal dissection-ind,Gastrointestinal Endoscopy,2016年,Vol.83, No.6,pp.1259-1264
【文献】PIOCHE, M., et al.,A self-assembling matrix-forming gel can be easily and safely applied to prevent delayed bleeding af,Endoscopy International Open,2016年,Vol.04,E415-E419
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00-38/58
A61K 45/00
A61K 35/00-35/768
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
潰瘍性大腸炎またはクローン病に起因する腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防のための医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、治療上有効量の自己集合性ペプチドを含み、前記自己集合性ペプチドが、RADARADARADARADA(配列番号1)を含むペプチド、IEIKIEIKIEIKI(配列番号2)を含むペプチド、または、RLDLRLALRLDLR(配列番号3)を含むペプチドである
医薬組成物。
【請求項2】
請求項に記載の医薬組成物であって、
前記腸管における潰瘍または瘻孔が、難治性の潰瘍または瘻孔であることを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項3】
請求項1に記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、内視鏡または肛門鏡を用いて対象の潰瘍部位または瘻孔部位に局所適用されることを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項4】
請求項1に記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、0.1重量%~10.0重量%の濃度で前記自己集合性ペプチドを含むことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項5】
請求項1に記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤をさらに含む、または、腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤と併用される、ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項6】
請求項に記載の医薬組成物であって、
前記腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤が、止瀉薬、抗炎症剤、副腎皮質ステロイド、免疫調節薬または免疫抑制薬、腸管粘膜保護剤、および、血流促進剤からなる群から選択される1または2以上の薬剤であることを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項7】
請求項に記載の医薬組成物であって、
前記腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤が、細胞シート、腸管幹細胞、造血幹細胞、脂肪幹細胞、または、間葉系幹細胞、を含む組成物であることを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項8】
請求項1に記載の医薬組成物であって、
前記自己集合性ペプチドは、前記組成物が対象の潰瘍部位または瘻孔部位に適用された際に、自己集合することによりゲル化するものであることを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項9】
請求項に記載の医薬組成物であって、
前記自己集合性ペプチドが、RADARADARADARADA(配列番号1)からなるペプチド、IEIKIEIKIEIKI(配列番号2)からなるペプチド、または、RLDLRLALRLDLR(配列番号3)からなるペプチドであることを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項10】
潰瘍性大腸炎またはクローン病に起因する腸管における潰瘍または瘻孔の治療方法であって、
潰瘍性大腸炎またはクローン病を患う非ヒト患者の腸管の潰瘍部位または瘻孔部位に、治療上有効量の自己集合性ペプチドを含む医薬組成物を適用するステップを含み、前記自己集合性ペプチドが、RADARADARADARADA(配列番号1)を含むペプチド、IEIKIEIKIEIKI(配列番号2)を含むペプチド、または、RLDLRLALRLDLR(配列番号3)を含むペプチドである
方法。
【請求項11】
請求項10に記載の方法であって、
前記腸管における潰瘍または瘻孔が、難治性の潰瘍または瘻孔であることを特徴とする、
方法。
【請求項12】
請求項10に記載の方法であって、
前記医薬組成物の適用が、内視鏡または肛門鏡を用いた局所投与であることを特徴とする、
方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防のための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
腸は、生体の生命活動に必要な栄養分・水分を消化吸収する器官である。また一方で、腸は病原体などの異物を排除するための免疫防御機能も備えている。腸はこれらの相反する性質をバランスよく制御することで生命の維持を担っている。しかし、これら機能バランスに異常が生じると、この平衡状態が破綻し様々な腸疾患が引き起こされることが知られている。
【0003】
特に、近年患者数が増加してきている炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease;IBD)は、消化管に原因不明の炎症をおこす慢性疾患の総称で、長期に下痢、血便が続く原因不明の難病であり、潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis;UC)とクローン病(Crohn’s disease;CD)に分類される。炎症性腸疾患の治療法としては、主に、栄養療法、薬物療法、外科療法、内視鏡的治療、等が用いられている。しかし、多くの場合、炎症性腸疾患の病状は長期にわたり、緩解と悪化を繰り返す。
【0004】
炎症性腸疾患ではしばしば難治性の潰瘍が形成され、病態が進行すると瘻孔が形成されることもある。しかし、これらの病態の改善に極めて有効な治療薬/治療方法は現在まで確立されていない。
【0005】
自己集合性ペプチドは、そのアミノ酸配列により、多数のペプチド分子が規則正しく並んだ自己会合体を形成する特性を有する。近年、その物理的、化学的、生物学的性質から、様々な医療用途に用い得る材料として注目を浴びている(例えば、特許文献1、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】WO2013/133413
【文献】WO2015/194194
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、炎症性腸疾患等に起因する腸管の潰瘍や瘻孔の有効な治療方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、炎症性腸疾患等に起因する腸管の潰瘍や瘻孔の有効な治療方法について鋭意探索を行ったところ、驚くべきことに、自己集合性ペプチドを含む組成物が腸管における潰瘍や瘻孔の治療に有効であることを見出し、本発明を完成させるに到った。
【0009】
すなわち本発明は、一実施形態において、腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防のための医薬組成物であって、前記医薬組成物は、治療上有効量の自己集合性ペプチドを含むことを特徴とする、医薬組成物に関する。
【0010】
本発明の一実施形態においては、前記腸管における潰瘍または瘻孔が、炎症性腸疾患、単純性潰瘍、または、ベーチェット病に起因する潰瘍または瘻孔であることを特徴とする。
【0011】
本発明の一実施形態においては、前記炎症性腸疾患が、潰瘍性大腸炎またはクローン病であることを特徴とする。
【0012】
本発明の一実施形態においては、前記腸管における潰瘍または瘻孔が、難治性の潰瘍または瘻孔であることを特徴とする。
【0013】
本発明の一実施形態においては、前記医薬組成物は、内視鏡または肛門鏡を用いて対象の潰瘍部位または瘻孔部位に局所適用されることを特徴とする。
【0014】
本発明の一実施形態においては、前記医薬組成物は、0.1重量%~10.0重量%の濃度で前記自己集合性ペプチドを含むことを特徴とする。
【0015】
本発明の一実施形態においては、前記医薬組成物は、腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤をさらに含む、または、腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤と併用される、ことを特徴とする。
【0016】
本発明の一実施形態においては、前記腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤が、止瀉薬、抗炎症剤、副腎皮質ステロイド、免疫調節薬または免疫抑制薬、腸管粘膜保護剤、および、血流促進剤からなる群から選択される1または2以上の薬剤であることを特徴とする。
【0017】
本発明の一実施形態においては、前記腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤が、細胞シート、腸管幹細胞、造血幹細胞、脂肪幹細胞、または、間葉系幹細胞、を含む組成物であることを特徴とする。
【0018】
本発明の一実施形態においては、前記自己集合性ペプチドは、前記組成物が対象の潰瘍部位または瘻孔部位に適用された際に、自己集合することによりゲル化するものであることを特徴とする。
【0019】
本発明の一実施形態においては、前記自己集合性ペプチドが、
(a)極性アミノ酸残基と非極性アミノ酸残基が交互に配置された、4~34個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列を含むペプチド、または、
(b)7位の非極性アミノ酸残基を中心として、N末端方向およびC末端方向に、非極性アミノ酸と極性アミノ酸とが交互に、且つ、対称の位置に配置される、13個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列を含むペプチド、であることを特徴とする。
【0020】
本発明の一実施形態においては、前記極性アミノ酸残基が、アスパラギン酸残基、グルタミン酸残基、アルギニン残基、リジン残基、ヒスチジン残基、チロシン残基、セリン残基、トレオニン残基、アスパラギン残基、グルタミン残基、および、システイン残基からなる群から選択されるアミノ酸残基であることを特徴とする。
【0021】
本発明の一実施形態においては、前記非極性アミノ酸残基が、アラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、イソロイシン残基、メチオニン残基、フェニルアラニン残基、トリプトファン残基、プロリン残基、および、グリシン残基からなる群から選択されるアミノ酸残基であることを特徴とする。
【0022】
本発明の一実施形態においては、前記極性アミノ酸残基が、アスパラギン酸残基、グルタミン酸残基、アルギニン残基、リジン残基、ヒスチジン残基、チロシン残基、セリン残基、トレオニン残基、アスパラギン残基、グルタミン残基、および、システイン残基からなる群から選択されるアミノ酸残基であり、かつ、
前記非極性アミノ酸残基が、アラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、イソロイシン残基、メチオニン残基、フェニルアラニン残基、トリプトファン残基、プロリン残基、および、グリシン残基からなる群から選択されるアミノ酸残基であることを特徴とする。
【0023】
本発明の一実施形態においては、前記自己集合性ペプチドが、RADARADARADARADA(配列番号1)を含むペプチド、IEIKIEIKIEIKI(配列番号2)を含むペプチド、または、RLDLRLALRLDLR(配列番号3)を含むペプチドであることを特徴とする。
【0024】
本発明の一実施形態においては、前記自己集合性ペプチドが、RADARADARADARADA(配列番号1)からなるペプチド、IEIKIEIKIEIKI(配列番号2)からなるペプチド、または、RLDLRLALRLDLR(配列番号3)からなるペプチドであることを特徴とする。
【0025】
本発明の他の実施態様は、腸管における潰瘍または瘻孔の治療方法であって、腸管に潰瘍または瘻孔を有する患者の潰瘍部位または瘻孔部位に、治療上有効量の自己集合性ペプチドを含む医薬組成物を適用するステップを含む、方法に関する。
【0026】
本発明の他の実施態様は、腸管における潰瘍または瘻孔の治療剤または予防剤の製造のための、自己集合性ペプチドの使用、に関する。
【0027】
上記の一または複数の特徴を任意に組み合わせた発明も、本発明の範囲に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1は、Trinitrobenzene sulphonic acid(TNBS)惹起性の大腸潰瘍モデルラットの作製手順、および、実施例の実験手順を示す。
図2図2は、TNBS惹起性の大腸潰瘍モデルラットの具体的な作製手順、および、実施例の実験手順を示す。
図3図3は、2日目、4日目において、潰瘍部位へ本発明の自己集合性ペプチド溶液を内視鏡的に投与している最中の写真である。
図4図4は、PuraMatrix適用群と対照群における、1日目から7日目までのラットの体重の変化を示す。なお、図中の「Cont」は対照群(Control)を示し、「PM」はPuramatrix投与群を示す。
図5図5は、PuraMatrix適用群と対照群における、潰瘍部の経時的変化を示す。
図6図6は、PuraMatrix適用群と対照群における、潰瘍面積および腸重量を示す。
図7図7は、PuraMatrix適用群と対照群の組織における、IL-1α、IL-1β、IL-6、TNF-αの発現量を示す。
図8図8は、PuraMatrix適用群と対照群の組織における、TTF-1、Foxe1、ZO-1の発現量を示す。
図9図9は、PuraMatrix適用群と対照群の組織における、Claudin 1、Claudin 2、Claudin 3、Occludinの発現量を示す。
図10図10は、PuraMatrix適用群と対照群の組織における、VEGFA、HGFの発現量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明は、腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防のための医薬組成物に関する。本発明は、特に炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)に起因する難治性の潰瘍や瘻孔の治療のために開発されたが、本発明の対象疾患は炎症性腸疾患に限定されず、その他の腸疾患(例えば、単純性潰瘍、ベーチェット病)に起因する潰瘍や瘻孔の治療または予防のためにも用いることができる。
【0030】
本発明の医薬組成物は、様々な病態の腸管の潰瘍または瘻孔の治療または予防に用いることができるが、難治性の腸管の潰瘍または瘻孔の治療または予防にも好適に用いることができる点が特徴である。ここで、本願明細書において、「難治性」の潰瘍または瘻孔とは、例えば、炎症性腸疾患に対する一般的な保存的治療(例えば、栄養療法、薬物療法、等)に対して抵抗性を示す潰瘍または瘻孔を意味してよい。
【0031】
本発明の適用対象は、ヒトまたは非ヒトであってよい。前記非ヒト対象は、例えば非ヒト動物であってよく、例えば非ヒト哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、または魚類であってよい。前記非ヒト哺乳類の例としては、齧歯類(例えばマウス、ラット)、イヌ、ネコ、ウマ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、霊長類等が挙げられる。
【0032】
本発明の医薬組成物の投与方法や投与経路は限定されないが、特に、病変部への局所投与が可能な投与方法や投与経路であることが望ましい。例えば、内視鏡または肛門鏡を用いた局所投与、経鼻腸管または腸ろうチューブを用いた投与、腸管の外科的切開部位からの投与、等を用いることができる。
【0033】
本発明の医薬組成物の投与量や投与頻度は、対象の病態に応じて当業者(例えば、医師)が適宜決定することができる。
【0034】
本発明の医薬組成物中の自己集合性ペプチドの濃度は、0.1重量%~10.0重量%であってよく、好ましくは0.3重量%~8.0重量%であってよく、さらに好ましくは0.5重量%~5.0重量%であってよく、最も好ましくは1.0重量%~3.0重量%であってよい。
【0035】
本発明の医薬組成物は、腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤をさらに含んでよく、または、腸管における潰瘍または瘻孔の治療または予防に有効な他の薬剤と併用されてよい。本発明の医薬組成物と他の薬剤との併用の態様は限定されず、例えば、それぞれ別々に準備された薬剤を同時に対象に投与する態様であってもよく、それぞれの薬剤を異時に対象に投与する態様であってもよい。
【0036】
本発明の医薬組成物とともに用いてよい他の薬剤は、例えば、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)の治療に一般的に用いられる薬剤であってよい。炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)の治療に一般的に用いられる薬剤としては、例えば、止瀉薬、抗炎症剤、副腎皮質ステロイド、免疫調節薬または免疫抑制薬、腸管粘膜保護剤、血流促進剤を挙げることができる。
【0037】
本発明の医薬組成物とともに用いてよい止瀉薬としては、例えば、ジフェノキシレート、ロペラミド、脱臭アヘンチンキ、コデインを挙げることができる。本発明の医薬組成物とともに用いてよい抗炎症剤としては、例えば、サラゾスルファピリジンとその関連薬剤(メサラジン、オルサラジン、バルサラジド、等)を挙げることができる。本発明の医薬組成物とともに用いてよい副腎皮質ステロイドとしては、例えば、プレドニゾロン、ブデソニド、ヒドロコルチゾンを挙げることができる。本発明の医薬組成物とともに用いてよい免疫調節薬または免疫抑制薬としては、例えば、タクロリムス、アザチオプリン、メルカプトプリン、シクロスポリン、インフリキシマブ、アダリブマブ、ゴリムマブを挙げることができる。
【0038】
本発明の医薬組成物とともに用いてよい他の薬剤は、例えば、細胞シート、腸管幹細胞、造血幹細胞、脂肪幹細胞、または、間葉系幹細胞、を含む組成物であってよい。細胞シートや幹細胞等を利用した、炎症性腸疾患患者における粘膜再生治療法の開発が進められており、本分野の当業者であれば、本発明の医薬組成物による治療と、細胞シートや幹細胞等を利用した粘膜再生治療法を併用することができる。また、本発明の医薬組成物に細胞シートや幹細胞等を混合して対象に適用することにより、相乗効果を期待することもできる。
【0039】
本発明の医薬組成物は、自己集合性ペプチドを含む。本明細書において、ペプチドが溶液中で「自己集合する」とは、溶液中においてペプチド同士が、何らかの相互作用(例えば、静電的相互作用、水素結合、ファンデルワールス力、疎水性相互作用等)を介して、自発的に集合することを意味し、限定的な意味で解釈されてはならない。本発明において、自己集合性ペプチドとは、そのアミノ酸配列により、多数のペプチド分子が規則正しく並んだ自己集合体を形成する特性を有するペプチドを意味する。そして、その性質により、自己集合性ペプチドを含む組成物が対象の疾患部位に適用されると、自己集合性ペプチドが自己集合することにより、適用された部位にゲルを形成する。
【0040】
なお、本発明に用いられる自己集合性ペプチドは、対象への適用前の水溶液(すなわち、自己集合ペプチドが自己集合する前のペプチド水溶液)自体が一定の粘性を有する場合がある。しかし、本明細書においては、説明の便宜のため、対象への適用前のペプチド水溶液が一定の粘性を有する場合であっても、「ペプチド溶液(またはペプチド水溶液)」と呼ぶことがある。また、対象への適用前のペプチド水溶液が一定の粘性を有する場合であっても、当該水溶液の対象への適用後に自己集合性ペプチドの自己集合が起こり、組成物の粘性がさらに上昇することを「ゲル化(あるいはゲル形成)」と呼ぶことがある。
【0041】
本発明に用いられる自己集合性ペプチドは、例えば、極性アミノ酸残基と非極性アミノ酸残基が交互に配置された、4~34個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列を含むペプチド、または、7位の非極性アミノ酸残基を中心として、N末端方向およびC末端方向に、非極性アミノ酸と極性アミノ酸とが交互に、且つ、対称の位置に配置される、13個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列を含むペプチド、であってよい。
【0042】
本発明に用いられる自己集合性ペプチドは、上記のようなペプチド構造を含むことにより、水溶液中においてβシート構造を形成した際に、βシート構造の一方の面には極性アミノ酸残基のみが配置され得、他方の面に非極性アミノ酸残基のみが配置されうる。したがって、かかるβシート構造は、疎水面(非極性アミノ酸残基のみが配置された面)を隠すように集合して二層構造を形成しうる。そして、分子の自己集合が進むにつれてこのβシートの層構造が伸長してゆき、三次元の立体構造(例えば、ヒドロゲル)を形成しうる。なお、本発明に用いられる「自己集合性ペプチド」は、場合により「自己組織化ペプチド」と呼ばれることもある。
【0043】
本発明に用いられる自己集合性ペプチドは、「極性アミノ酸残基と非極性アミノ酸残基とが交互に配置されたアミノ酸配列」を含むことあるが、その場合、当該アミノ酸配列は、4~34個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列であってよく、より好ましくは8~30個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列であってよく、さらに好ましくは12~26個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列であってよく、最も好ましくは13~20個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列であってよい。
【0044】
本発明において、「アミノ酸」とは、その最も広い意味で用いられ、タンパク質構成アミノ酸のみならずアミノ酸変異体および誘導体といったようなタンパク質非構成アミノ酸を含む。当業者であれば、この広い定義を考慮して、本発明におけるアミノ酸として、例えば、タンパク質構成L-アミノ酸;D-アミノ酸;アミノ酸変異体および誘導体などの化学修飾されたアミノ酸;ノルロイシン、β-アラニン、オルニチンなどのタンパク質非構成アミノ酸;およびアミノ酸の特徴である当業界で公知の特性を有する化学的に合成された化合物などが挙げられることを理解するであろう。タンパク質非構成アミノ酸の例として、α-メチルアミノ酸(α-メチルアラニンなど)、D-アミノ酸、ヒスチジン様アミノ酸(2-アミノ-ヒスチジン、β-ヒドロキシ-ヒスチジン、ホモヒスチジン、α-フルオロメチル-ヒスチジンおよびα-メチル-ヒスチジンなど)、側鎖に余分のメチレンを有するアミノ酸(「ホモ」アミノ酸)および側鎖中のカルボン酸官能基アミノ酸がスルホン酸基で置換されるアミノ酸(システイン酸など)が挙げられる。本発明の好ましい態様において、本発明において用いられるアミノ酸は、タンパク質構成アミノ酸であってよい。
【0045】
本発明において、極性アミノ酸残基は、側鎖が極性を有しうるアミノ酸残基であれば特に限定されないが、例えば、酸性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基が含まれる。本明細書において、酸性アミノ酸残基は、例えば、アスパラギン酸(Asp:D)残基、および、グルタミン酸(Glu:E)などを含み、塩基性アミノ酸とは、例えば、アルギニン(Arg:R)、リジン(Lys:K)、ヒスチジン(His:H)などを含む。
【0046】
なお、本明細書中において、例えば「アスパラギン酸(Asp:D)」などの表記は、アスパラギン酸の略号として、三文字表記で「Asp」、一文字表記で「D」を用いることがあることを意味する。
【0047】
また、本明細書において、中性アミノ酸残基のうち、水酸基、酸アミド基、チオール基等を含むアミノ酸残基は、極性を有するものとして、極性アミノ酸残基に含まれるものとする。例えば、本明細書において、チロシン(Tyr:Y)、セリン(Ser:S)、トレオニン(Thr:T)、アスパラギン(Asn:N)、グルタミン(Gln:Q)、システイン(Cys:C)は極性アミノ酸残基に含まれる。
【0048】
本明細書において、非極性アミノ酸残基は、側鎖が極性を有しないアミノ酸であれば特に限定されないが、例えば、アラニン(Ala:A)、バリン(Val:V)、ロイシン(Leu:L)、イソロイシン(Ile:I)、メチオニン(Met:M)、フェニルアラニン(Phe:F)、トリプトファン(Trp:W)、グリシン(Gly:G)、プロリン(Pro:P)などを含む。
【0049】
本発明に用いられる自己集合性ペプチドが「極性アミノ酸残基と非極性アミノ酸残基とが交互に配置されたアミノ酸配列」を含む場合、当該ペプチドは、「RADA」の繰り返し配列(繰り返しが2~8回、好ましくは繰り返しが3~6回)、または、「IEIK」の繰り返し配列(繰り返しが1~4回、好ましくは繰り返しが2~3回)であってよく、より好ましくは、RADARADARADARADA(配列番号1)を含むペプチド、または、IEIKIEIKIEIKI(配列番号2)を含むペプチドであってよい。さらに好ましくは、本発明に用いられる自己集合性ペプチドは、RADARADARADARADA(配列番号1)からなるペプチド、または、IEIKIEIKIEIKI(配列番号2)からなるペプチドであってよい。
【0050】
また、本発明に用いられる自己集合性ペプチドが「7位の非極性アミノ酸残基を中心として、N末端方向およびC末端方向に、非極性アミノ酸と極性アミノ酸とが交互に、且つ、対称の位置に配置される、13個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列を含むペプチド」である場合、好ましくは、当該ペプチドの前記「7位の非極性アミノ酸残基」はアラニン(Ala:A)であってよい。より好ましくは、当該ペプチドは、RLDLRLALRLDLR(配列番号3)を含むペプチドであってよく、さらに好ましくは、RLDLRLALRLDLR(配列番号3)からなるペプチドであってよい。
【0051】
また、本発明に用いられ得る他の自己集合性ペプチドの例示として、WO2006/014570に開示されたペプチドを挙げることができる。
【0052】
本発明に用いられる自己集合性ペプチドは、本発明が意図するペプチドの主な性質を失わない限りにおいて、修飾(または標識)されていてもよく、そのような修飾(または標識)されたペプチドも本発明における「自己集合性ペプチド」に含まれる。本発明に用いられる自己集合性ペプチドの修飾(または標識)方法は、当業者が任意に選択することができるが、例えば、官能基等の付加、化学物質の付加、または、さらなるタンパク質またはペプチドの付加であってよい。前記官能基等の付加の例示としては、アシル化、アセチル化、アルキル化、アミド化、ビオチニル化、ホルミル化、カルボキシル化、グルタミル化、グリコシル化(糖鎖の付加)、グリシル化、ヒドロキシル化、イソプレニル化、リポイル化、ヌクレオチドまたはその誘導体の付加、ポリエチレングリコール(PEG)化、脂質鎖の付加を挙げることができる。また、化学物質の付加の例示としては、適当な標識剤、例えば、放射性同位元素(例:125I、131I、H、14C等)、酵素(例:β-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素等)、蛍光物質(例:フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネート等)、発光物質(例:ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン等)、アフィニティタグ(例:ビオチン等)などの付加を挙げることができる。また、さらなるタンパク質またはペプチドの付加の例示としては、ISG化、SUMO化、ユビキチン化を挙げることができる。
【0053】
なお、本明細書において用いられる用語は、特定の実施形態を説明するために用いられるのであり、発明を限定する意図ではない。
【0054】
また、本明細書において用いられる「含む」との用語は、文脈上明らかに異なる理解をすべき場合を除き、記述された事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを意図するものであり、それ以外の事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを排除しない。
【0055】
異なる定義が無い限り、ここに用いられるすべての用語(技術用語及び科学用語を含む。)は、本発明が属する技術の当業者によって広く理解されるのと同じ意味を有する。ここに用いられる用語は、異なる定義が明示されていない限り、本明細書及び関連技術分野における意味と整合的な意味を有するものとして解釈されるべきであり、理想化され、又は、過度に形式的な意味において解釈されるべきではない。
【0056】
第一の、第二のなどの用語が種々の要素を表現するために用いられる場合があるが、これらの要素はそれらの用語によって限定されるべきではないことが理解される。これらの用語は一つの要素を他の要素と区別するためのみに用いられているのであり、例えば、第一の要素を第二の要素と記し、同様に、第二の要素は第一の要素と記すことは、本発明の範囲を逸脱することなく可能である。
【0057】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、しかしながら、本発明はいろいろな形態により具現化することができ、ここに記載される実施例に限定されるものとして解釈されてはならない。
【実施例
【0058】
[実施例1]
Uchida.J Pharmacol Sci 2005に記載の方法(図1)に基づいてTrinitrobenzene sulphonic acid(TNBS)惹起性の大腸潰瘍モデルラットを作製し、本発明の医薬組成物の潰瘍修復効果を検討した。
【0059】
方法
7週齢雄性SDラットを麻酔下に開腹後、リングピンセットにより大腸の一部を固定し、管腔内にTNBS+ethano1溶液0.2mLを注入して限局性潰瘍モデルを作製した。2日目に、本発明の自己集合性ペプチド溶液(PuraMatrix(商標)、スリー・ディー・マトリックス社、東京)(n=6)、または生理食塩水(n=7)を大腸内視鏡観察下に潰瘍部に適用し、2日目、4日目、7日目に内視鏡で潰瘍サイズを観察した。7日目に屠殺し、大腸の潰瘍面積、腸重量(g/3cm)、組織所見を評価した(図2図3)。
【0060】
なお、本実施例において用いた「PuraMatrix」は、自己集合性ペプチドであるRADARADARADARADA(配列番号1)を2.5重量%の濃度で含む組成物である。
【0061】
結果
ラットの体重の変化はPuraMatrix適用群と対照群で同等であった(図4
内視鏡での評価:PuraMatrix適用群では、対照群に比べて潰瘍サイズが縮小していた(図5)。
屠殺後の評価:潰瘍面積はPuraMatrix適用群の方が対照群に比べ有意に縮小していた(P=0.024)。腸重量もPuraMatrix適用群の方が対照群に比べ低下傾向にあった(図6)。
【0062】
結論
以上の結果から、本発明の医薬組成物が炎症性腸疾患における腸管の難治性潰瘍の治療に有効であることが示された。
【0063】
[実施例2]
実施例1と同様の手順で大腸潰瘍モデルラットを作製し、本発明の医薬組成物の潰瘍修復効果を分子レベルから検討した。
【0064】
方法
実施例1と同様の手順で大腸潰瘍モデルラットを作製し、本発明の自己集合性ペプチド溶液(PuraMatrix(PM):n=6)または生理食塩水(Control:n=7)を潰瘍部位に投与し、7日目に潰瘍部位の組織を採取した。採取した組織における各種サイトカイン量を、PCRにより測定した。
【0065】
結果
結果を図7~10に示す。測定した各種サイトカインのうち、炎症性サイトカインであるIL-1a、IL-6に関しては、本発明の医薬組成物を投与した群において発現の有意な低下がみられた(図7)。また、膜たんぱく質であり腸管保護作用を有するClaudin 1に関しては、本発明の医薬組成物を投与した群において発現の有意な上昇がみられた(図9)。
【0066】
結論
以上の結果から、本発明の医薬組成物が炎症性腸疾患における腸管の難治性潰瘍の治療に有効であることが、分子レベルにおいても示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
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