(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-15
(45)【発行日】2024-02-26
(54)【発明の名称】分光器、分光システム、波長演算装置、分光方法、波長測定方法、及び波長算出方法
(51)【国際特許分類】
G01J 3/12 20060101AFI20240216BHJP
G02F 1/377 20060101ALN20240216BHJP
【FI】
G01J3/12
G02F1/377
(21)【出願番号】P 2020043394
(22)【出願日】2020-03-12
【審査請求日】2023-02-24
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】堀切 智之
(72)【発明者】
【氏名】吉田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】新関 和哉
(72)【発明者】
【氏名】中村 一平
【審査官】三宅 克馬
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-523961(JP,A)
【文献】特開2020-028076(JP,A)
【文献】特開平01-176920(JP,A)
【文献】特開2001-147160(JP,A)
【文献】特開平08-313600(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01J 3/12
G02F 1/377
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の光子が入射すると当該第1の光子を吸収した後、第2の光子を放出する吸収物質と、
前記吸収物質から放出される前記第2の光子を検出する光検出器と、
を備え、
前記吸収物質は、不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、
前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、
前記所定の間隔は波長領域に応じている
分光器。
【請求項2】
前記吸収物質は、波長の幅が所定の幅以下であるレーザー光が照射されることによって前記不均一な広がりに前記櫛構造が形成されることによって前記吸収スペクトルを有する状態となる
請求項1に記載の分光器。
【請求項3】
前記吸収物質にレーザー光を照射するレーザー光源をさらに備える
請求項2に記載の分光器。
【請求項4】
前記不均一な広がりには、複数の前記透明領域が形成され、前記所定の間隔は前記透明領域毎に異なる
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の分光器。
【請求項5】
前記第1の光子の波長が前記不均一な広がりの波長領域以外の波長である場合に、前記吸収物質に入射する前記第1の光子の波長を前記不均一な広がりの波長領域に含まれる波長に変換する波長変換素子
をさらに備える請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の分光器。
【請求項6】
前記吸収物質は、希土類が添加された物質である
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の分光器。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の分光器と、
波長演算装置と
を備え、
前記波長演算装置は、
前記第1の光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が前記第2の光子を放出するまでの時間を計時する計時部と、
光子の波長と当該光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が光子を放出するまでの時間との対応を示す波長時間情報と、前記計時部が計時した前記時間とに基づいて前記第1の光子の波長を算出する波長算出部と
を備える
分光システム。
【請求項8】
不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、前記所定の間隔は波長領域に応じている物質である吸収物質に第1の光子が入射してから前記吸収物質が第2の光子を放出するまでの時間を計時する計時部と、
光子の波長と、光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が当該光子を放出するまでの時間との対応を示す波長時間情報と、前記計時部が計時した前記時間とに基づいて前記第1の光子の波長を算出する波長算出部と
を備える波長演算装置。
【請求項9】
不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、前記所定の間隔は波長領域に応じている吸収物質に第1の光子を入射させる入射過程と、
第1の光子が入射すると当該第1の光子を吸収した後、前記吸収物質が放出する第2の光子を検出する検出過程と、
を有する分光方法。
【請求項10】
不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、前記所定の間隔は波長領域に応じている吸収物質に第1の光子を入射させる入射過程と、
前記第1の光子が前記吸収物質に入射した時間を計時する入射時間計時過程と、
前記第1の光子が入射すると当該第1の光子を吸収した後、前記吸収物質が放出する第2の光子を検出する検出過程と、
前記第2の光子が前記吸収物質から放出された時間を計時する放出時間計時過程と、
前記第1の光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が前記第2の光子を放出するまでの時間を計時する計時過程と、
光子の波長と当該光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が光子を放出するまでの時間との対応を示す波長時間情報と、前記計時過程において計時された前記時間とに基づいて前記第1の光子の波長を算出する波長算出過程と
を有する波長測定方法。
【請求項11】
不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、前記所定の間隔は波長領域に応じている吸収物質に第1の光子が入射してから前記吸収物質が第2の光子を放出するまでの時間を計時する計時過程と、
光子の波長と当該光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が光子を放出するまでの時間との対応を示す波長時間情報と、前記計時過程において計時された前記時間とに基づいて前記第1の光子の波長を算出する波長算出過程と
を有する波長算出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光器、分光システム、波長演算装置、分光方法、波長測定方法、及び波長算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光の最小単位である光子の波長(エネルギー)を測定する光子レベル分光が知られている。従来、光子レベル分光では、回折格子などを用いた分光器の後段に、単一の光子を検出する単一光子検出器が設置されていた。回折格子を用いた分光器としては、例えば、光検出器を移動させる移動手段を備えて検出できる波長領域を広げる分光器が知られている(特許文献1)。
また、光ファイバーの波長分散を用いた分光測定が知られている。光ファイバー中の光子の伝搬速度は、光子の波長に依存する。そのため、光ファイバーに入射した光子が光ファイバーの出口に到達する時間は、波長が異なる光子同士で互いに異なる。このことを利用して、光ファイバーの波長分散を用いた分光測定では、光子が光ファイバーの出口に到達する時間から波長を算出する。
回折格子を用いた分光器、あるいは光ファイバーの波長分散を用いた分光測定では、1回の測定で光子の波長を測定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、回折格子を用いた分光器による測定、あるいは光ファイバーの波長分散を用いた分光測定では、1回の測定で光子の波長が測定できるものの分解能が低く、ギガヘルツ以上の粗い分解能しか実現されていなかった。
一方、回折格子を用いた分光器に比べて高い分解能を有する光子レベル分光の方法として、ファブリ―ペロー共振器を用いた光子レベル分光が知られている。ファブリ―ペロー共振器を用いた光子レベル分光では、メガヘルツ以下の分解能を実現し得るが統計的な測定が必要となる。ファブリ―ペロー共振器では、鏡が正対されて設置されており、正対した鏡の間の距離に共振する波長をもつ光子しか通過できないため、検出できる波長は、正対した鏡の間の距離に依存する。そのため、ファブリ-ペロー共振器よる測定では、正対した鏡の間の距離を変更してスキャンしながら測定を繰り返す必要がある。つまり、ファブリ-ペロー共振器よる測定では、複数回の測定を必要とする。
光子の波長を1回の測定で測定する場合に分解能を向上させることが求められていた。
【0005】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、光子の波長を1回の測定で測定する場合に分解能を向上させることができる分光器、分光システム、波長演算装置、分光方法、波長測定方法、及び波長算出方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、本発明の一態様は、第1の光子が入射すると当該第1の光子を吸収した後、第2の光子を放出する吸収物質と、前記吸収物質から放出される前記第2の光子を検出する光検出器と、を備え、前記吸収物質は、不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、前記所定の間隔は波長領域に応じている分光器である。
【0007】
また、本発明の一態様は、上記の分光器において、前記吸収物質は、波長の幅が所定の幅以下であるレーザー光が照射されることによって前記不均一な広がりに前記櫛構造が形成されることによって前記吸収スペクトルを有する状態となる。
【0008】
また、本発明の一態様は、上記の分光器において、前前記吸収物質にレーザー光を照射するレーザー光源をさらに備える。
【0009】
また、本発明の一態様は、上記の分光器において、前前記不均一な広がりには、複数の前記透明領域が形成され、前記所定の間隔は前記透明領域毎に異なる。
【0010】
また、本発明の一態様は、上記の分光器において、前前記第1の光子の波長が前記不均一な広がりの波長領域以外の波長である場合に、前記吸収物質に入射する前記第1の光子の波長を前記不均一な広がりの波長領域に含まれる波長に変換する波長変換素子をさらに備える。
【0011】
また、本発明の一態様は、上記の分光器において、前前記吸収物質は、希土類が添加された物質である。
【0012】
また、本発明の一態様は、上記の分光器と、波長演算装置とを備え、前記波長演算装置は、前記第1の光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が前記第2の光子を放出するまでの時間を計時する計時部と、光子の波長と当該光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が光子を放出するまでの時間との対応を示す波長時間情報と、前記計時部が計時した前記時間とに基づいて前記第1の光子の波長を算出する波長算出部とを備える分光システムである。
【0013】
また、本発明の一態様は、不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、前記所定の間隔は波長領域に応じている物質である吸収物質に第1の光子が入射してから前記吸収物質が第2の光子を放出するまでの時間を計時する計時部と、光子の波長と、光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が当該光子を放出するまでの時間との対応を示す波長時間情報と、前記計時部が計時した前記時間とに基づいて前記第1の光子の波長を算出する波長算出部とを備える波長演算装置である。
【0014】
また、本発明の一態様は、不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、前記所定の間隔は波長領域に応じている吸収物質に第1の光子を入射させる入射過程と、第1の光子が入射すると当該第1の光子を吸収した後、前記吸収物質が放出する第2の光子を検出する検出過程と、を有する分光方法である。
【0015】
また、本発明の一態様は、不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、前記所定の間隔は波長領域に応じている吸収物質に第1の光子を入射させる入射過程と、前記第1の光子が前記吸収物質に入射した時間を計時する入射時間計時過程と、前記第1の光子が入射すると当該第1の光子を吸収した後、前記吸収物質が放出する第2の光子を検出する検出過程と、前記第2の光子が前記吸収物質から放出された時間を計時する放出時間計時過程と、前記第1の光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が前記第2の光子を放出するまでの時間を計時する計時過程と、光子の波長と当該光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が光子を放出するまでの時間との対応を示す波長時間情報と、前記計時過程において計時された前記時間とに基づいて前記第1の光子の波長を算出する波長算出過程とを有する波長測定方法である。
【0016】
また、本発明の一態様は、不均一な広がりを有する吸収スペクトルを有する物質であり、前記吸収スペクトルには、波長領域において前記不均一な広がりに形成された光に対して透明な領域である透明領域に複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造が形成されており、前記所定の間隔は波長領域に応じている吸収物質に第1の光子が入射してから前記吸収物質が第2の光子を放出するまでの時間を計時する計時過程と、光子の波長と当該光子が前記吸収物質に入射してから前記吸収物質が光子を放出するまでの時間との対応を示す波長時間情報と、前記計時過程において計時された前記時間とに基づいて前記第1の光子の波長を算出する波長算出過程とを有する波長算出方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、光子の波長を1回の測定で測定する場合に分解能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態に係る分光システムの構成の一例を示す図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る吸収物質の吸収スペクトルの一例を示す図である。
【
図3】本発明の実施形態に係る第2の光子が放出される時間の一例を示す図である。
【
図4】本発明の実施形態に係る波長測定方法の一例を示す図である。
【
図5】本発明の実施形態の変形例に係る分光システムの構成の一例を示す図である。
【
図6】本発明の実施形態に係る変形例に係る吸収スペクトルの一例を示す図である。
【
図7】本発明の実施形態に係る変形例に係る吸収スペクトルの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(実施形態)
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳しく説明する。
図1は、本実施形態に係る分光システム1の構成の一例を示す図である。分光システム1は、1回の測定において光子の波長(またはエネルギー)を測定するためのシステムである。分光システム1は、分光器3と、波長演算装置4とを備える。
【0020】
光源2は、波長を測定する対象である第1の光子P1を分光システム1に供給する。光源2は、第1の光子P1を発生させ、発生させた第1の光子P1を分光器3に入射させる。第1の光子P1は、1個の光子(単一光子ともいう)である。第1の光子P1の波長は、一例として、606ナノメートル(nm)付近(例えば、605.979nm)の波長を中心波長として周波数にして10ギガヘルツ(GHz)程度の広がりをもつ。つまり、第1の光子P1の波長は、一例として、赤色の光の波長の付近に値をもつ。
【0021】
分光器3は、吸収物質30と、光検出器31と、レーザー光源32とを備える。吸収物質30は、分光器3に入射する第1の光子P1を吸収した後、第2の光子P2を放出する。第1の光子P1が吸収物質30に吸収されてから第2の光子P2が放出されるまでの時間と、第1の光子P1の波長とは1対1に対応している。そのため、この時間を測定することによって第1の光子P1の波長がわかる。このように分光器3は、測定対象である第1の光子P1の波長の情報を時間の情報として検出することによって分光を行う。
【0022】
吸収物質30は、第1の光子P1が入射すると第1の光子P1を吸収した後、第2の光子P2を放出する。吸収物質30は、一例として、希土類元素の原子が添加された物質である希土類添加物質である。吸収物質30は、吸収スペクトルとして不均一な広がり(不均一幅ともいう)を有する吸収スペクトルSP1を有する。不均一幅を有する物質の吸収スペクトルは、不均一幅に含まれる波長の光に対して高い吸収率をもつ。
【0023】
本実施形態では、吸収物質30は、一例として、イットリウムシリケイト(YSO)中に希土類元素であるプラセオジムイオンが不純物として添加されたYSO結晶(Pr:YSO)である。プラセオジムが添加されたYSO結晶の不均一幅は、中心波長が606nm付近として10GHz程度以上である。上述したように、第1の光子P1の波長は、一例として、606nm付近(例えば、605.979nm)の波長を中心波長として周波数にして10GHz程度の広がりをもつ。したがって、本実施形態では、第1の光子P1の波長が不均一幅W1に含まれる。
なお、吸収物質30の他の例として、Er添加光ファイバーであってもよい。Er添加光ファイバーは、不均一幅が数十nmであり、中心波長は1.5ミクロン近傍である。吸収物質30は、不均一幅を有する物質であれば上述した例以外の物質であってもよい。
【0024】
レーザー光源32は、吸収物質30にレーザー光を照射する。レーザー光源32は、吸収物質30にレーザー光を照射することによって、吸収物質30の吸収スペクトルSP1に櫛構造Cを形成する。櫛構造Cとは、吸収スペクトルSP1に形成される構造であって、波長領域において透明領域PTに複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である。透明領域PTとは、不均一幅に形成された光に対して透明な領域である。
レーザー光源32が照射するレーザー光の波長は、吸収物質30の不均一幅に含まれる波長である。また、このレーザー光の波長の幅は狭線幅であり、周波数にして数キロヘルツ(kHz)程度である。
【0025】
レーザー光源32は、吸収物質30に、不均一幅に含まれる波長をもつ狭線幅のレーザー光を照射することによって、吸収スペクトルSP1に透明領域PTを作成する。ここでレーザー光源32は、レーザー光の照射によって光を吸収できる上限の量まで光を吸収物質30に吸収させる。これによってレーザー光源32は、吸収スペクトルSP1の波長領域において、照射したレーザー光の波長に対応する領域に光の吸収を起さない領域として透明領域PTを作成する。透明領域PTは、飽和効果によってそれ以上光の吸収を起さない。本実施形態では、透明領域PTの幅は約5メガヘルツ(MHz)以下である。
【0026】
レーザー光の照射によって光を吸収できる上限の量まで光を吸収させて、吸収スペクトルの波長領域において照射したレーザー光の波長に対応する領域に光の吸収を起さない領域を作成することをホールバーニングという。つまり、レーザー光源32は、ホールバーニングによって吸収物質30の吸収スペクトルSP1に透明領域PTを形成する。
【0027】
レーザー光源32は、透明領域PTを作成後、狭線幅のレーザー光を照射することによるスペクトル操作によって、透明領域PT内に櫛構造Cを形成する。櫛構造Cにおいて、複数のピークが隣り合うピーク同士の所定の間隔を櫛間隔Δともいう。櫛構造Cに含まれる複数のピークは、均一幅に相当する。レーザー光源32は、照射するレーザー光の波長を、透明領域PTに含まれる波長領域において、櫛間隔Δずつ変化させて照射して櫛構造Cを形成する複数のピークをそれぞれ作成してゆく。レーザー光源32は、例えば、音響光学素子(Acousto-Optic Modulator:AOM)などを用いて照射するレーザー光の波長を変化させる。
【0028】
櫛構造Cが形成された吸収物質30に、第1の光子P1が入射すると、第1の光子P1は櫛構造Cによって吸収される。第1の光子P1が櫛構造Cによって吸収された後、櫛間隔Δの逆数に相当する時間が経過すると、第1の光子P1が再生された光子である第2の光子P2が吸収物質30から放出される。このように物質に光子が吸収された後に、光子が再生されて放出される現象をフォトンエコーという。
【0029】
上述したように、吸収物質30は、波長の幅が所定の幅以下であるレーザー光が照射されることによって不均一幅W1に櫛構造Cが形成されることによって吸収スペクトルSP1を有する状態となる。透明領域PT及び櫛構造Cは一度形成された後、数秒程度の所定の時間後に消失する。分光器3では、測定を行う前の時期に、レーザー光を吸収物質30に照射することによって、不均一幅W1に形成された透明領域PTに櫛構造Cを作成する。
【0030】
ここで
図2を参照し、吸収物質30の吸収スペクトルSP1について説明する。
図2は、本実施形態に係る吸収物質30の吸収スペクトルSP1の一例を示す図である。吸収スペクトルSP1は不均一幅W1を有する。不均一幅W1には、一例として、ピットPT1とピットPT2との複数の透明領域PTが形成されている。ピットPT1の波長領域は、ピットPT2の波長領域よりも短い波長に対応している。ピットPT1、及びピットPT2には、櫛構造C1、及び櫛構造C2がそれぞれ形成されている。
【0031】
櫛構造C1では、複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔である櫛間隔Δは櫛間隔Δ1である。第1の光子P1が櫛構造C1の波長領域に波長をもつ場合、第1の光子P1が吸収物質30に入射すると、第1の光子P1はピットPT1に形成された櫛構造C1に吸収され、櫛間隔Δ1の逆数に相当する時間の後、再生された光子である第2の光子P2が吸収物質30から放出される。
一方、櫛構造C2では、櫛間隔Δは櫛間隔Δ2である。第1の光子P1が櫛構造C2の波長領域に波長をもつ場合、第1の光子P1が吸収物質30に入射すると、第1の光子P1はピットPT2に形成された櫛構造C2に吸収され、櫛間隔Δ2の逆数に相当する時間の後、再生された光子である第2の光子P2が吸収物質30から放出される。
【0032】
ここで一例として、ピットPT2に形成された櫛構造C2の櫛間隔Δ2は、ピットPT1に形成された櫛構造C1の櫛間隔Δ1よりも長く形成されている。つまり、吸収スペクトルSP1では、櫛間隔Δは透明領域PT毎に異なる。複数の透明領域PTは、それぞれ形成される波長領域が互いに異なる。したがって、櫛間隔Δは、波長領域に応じている。
【0033】
複数の櫛構造Cの櫛間隔Δは波長領域に応じているため、第2の光子P2が吸収物質30から放出される時間は、第1の光子P1が複数の櫛構造Cのうちいずれに吸収されたかに応じて異なる。したがって、第2の光子P2が吸収物質30から放出される時間を測定すれば、第1の光子P1が複数の櫛構造Cのうちいずれに吸収されたかが判定できる。第1の光子P1が吸収された櫛構造Cが判定できれば、第1の光子P1の波長が、第1の光子P1が吸収された櫛構造Cに対応する波長領域に含まれることがわかる。分光システム1では、第1の光子P1の波長は、櫛構造Cに対応する波長領域程度の精度において測定される。
【0034】
本実施形態では、一例として櫛構造Cの櫛間隔Δは透明領域PT毎に異なるため、第1の光子P1の波長は、透明領域PTの幅程度の精度において測定される。吸収物質30がPr:YSOの場合、透明領域PTの幅は5MHz程度であるため、分光システム1では、10MHz以下の精度において第1の光子P1の波長を測定できる。
【0035】
図2に示す例では、不均一幅W1に2つの透明領域PTが形成される場合の一例について説明したが、不均一幅W1にはより多くの透明領域PTが形成されることが好ましい。その場合であっても、櫛間隔Δは透明領域PT毎に異なる。それぞれの透明領域PTに含まれる櫛構造Cの櫛間隔Δは、波長領域毎に変化する。
【0036】
なお、櫛構造Cを構成する複数のピークの幅は、互いに略等しい。櫛構造Cを形成するピークの幅は、櫛構造Cの形成に用いられるレーザー光の波長の幅に依存する。櫛構造Cを形成するピークの幅は、均一幅を最低値としてもち、レーザー光の波長の幅が広いほど均一幅よりも広くなる。ここで均一幅は、吸収物質30に固有の値である。また、
図2に示す例では、櫛構造Cを構成する複数のピークの高さは、互いに略等しい。複数のピークの高さは、光子を吸収するために高い方が好ましい。複数のピークの高さは、光子を吸収するために所定の高さ以上であればよく互いに等しい必要はない。
【0037】
上述したように、吸収物質30は、不均一な広がりを有する吸収スペクトルSP1を有する物質であり、吸収スペクトルSP1には、波長領域において不均一な広がりが形成された光に対して透明な領域である透明領域PTに複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔にして設けられた構造である櫛構造Cが形成されている。
【0038】
図1に戻って分光器3の構成の説明を続ける。
光検出器31は、吸収物質30から放出される第2の光子P2を検出する。光検出器31は、単一光子を検出する検出器である。光検出器31は、第2の光子P2を検出すると、光子を検出したことを示す信号である検出信号を波長演算装置4に出力する。また、光検出器31は、光源2が分光器3に第1の光子P1を出射すると、光子を出射したことを示す信号である出射信号を波長演算装置4に出力する。
【0039】
波長演算装置4は、第1の光子P1が吸収物質30に入射してから吸収物質30から第2の光子P2が放出されるまでの時間に基づいて、第1の光子P1の波長を算出する。波長演算装置4は、例えば、パーソナルコンピュータ(PC:Peersonal Computer)である。波長演算装置4は、計時部40と、波長算出部41と、出力部42と、記憶部43とを備える。計時部40、波長算出部41、及び出力部42は、それぞれ、CPUがROM(Read Only Memory)からプログラムを読み込んで処理を実行することにより実現される。
【0040】
計時部40は、第1の光子P1が吸収物質30に入射してから吸収物質30が第2の光子P2を放出するまでの時間を計時する。ここで計時部40は、光源2が出力する出射信号と、光検出器31が出力する検出信号とに基づいて計時を行う。以下では、第1の光子P1が吸収物質30に入射してから吸収物質30が第2の光子P2を放出するまでの時間を、放出時間t1という。
【0041】
計時部40は、光源2から出射信号を取得すると、出射信号を取得した時間に所定のオフセットを加算した時間を、吸収物質30に第1の光子P1が入射した時間として計時する。この場合の所定のオフセットは、第1の光子P1が光源2から吸収物質30に入射するまでの時間に相当する時間である。
【0042】
計時部40は、光検出器31から検出信号を取得すると、検出信号を取得した時間に所定のオフセットを減算した時間を、吸収物質30が第2の光子P2を放出した時間として計時する。この場合の所定のオフセットは、吸収物質30から放出された第2の光子P2が光検出器31に検出されるまでの時間に相当する時間である。
【0043】
ここで
図3を参照し、吸収物質30から第2の光子P2が放出される時間が櫛間隔Δに応じていることについて説明する。
図3は、本実施形態に係る第2の光子P2が放出される時間の一例を示す図である。
図3では、出射信号IN1、検出信号EC1、及び検出信号EC2が、それぞれ各所定のオフセットが加算または減算されて時間に対して示されている。
図3では、出射信号IN1は、吸収物質30に第1の光子P1が入射した時間である時間0にプロットされている。検出信号EC1は、第1の光子P1が櫛構造C1の波長領域に波長をもつ場合に、第1の光子P1が吸収物質30に吸収された後、吸収物質30から第2の光子P2が放出された時間1/Δ1に対してプロットされている。検出信号EC2は、第1の光子P1が櫛構造C2の波長領域に波長をもつ場合に、第1の光子P1が吸収物質30に吸収された後、吸収物質30から第2の光子P2が放出された時間1/Δ2に対してプロットされている。時間1/Δ1、及び時間1/Δ2は、放出時間t1の一例である。
【0044】
櫛間隔Δ1と櫛間隔Δ2との差に応じて、吸収物質30から第2の光子P2が放出される時間は異なる。
図2に示した吸収スペクトルSP1の例では、櫛間隔Δ1の方が櫛間隔Δ2に比べて短いため、吸収物質30から第2の光子P2が放出される時間は、第1の光子P1が櫛構造C1の波長領域に波長をもつ場合の方が、第1の光子P1が櫛構造C2の波長領域に波長をもつ場合に比べて長い。
このように分光システム1では、測定対象である第1の光子P1の波長の情報を時間の情報として検出することによって波長(エネルギー)の測定を行う。
【0045】
図1に戻って波長演算装置4の構成の説明を続ける。
波長算出部41は、波長時間情報44と、計時部40が計時した放出時間t1とに基づいて第1の光子P1の波長を算出する。波長時間情報44は、光子の波長と当該光子が吸収物質30に入射してから吸収物質30が光子を放出するまでの時間との対応を示す情報である。波長時間情報44では、例えば、櫛構造C1の波長領域の波長、及び櫛構造C2の波長領域の波長と、時間1/Δ1、及び時間1/Δ2とがそれぞれ対応づけられている。
【0046】
なお、波長時間情報44は、分光システム1が測定を開始するより前の時期において予め生成されて記憶部43に記憶される。レーザー光源32によって吸収物質30の櫛構造Cが形成される場合に、波長時間情報44に含まれる櫛構造Cの波長領域の波長の情報が参照されてレーザー光の照射が行われてもよい。また、波長時間情報44は、レーザー光源32によって吸収物質30の櫛構造Cが形成される直後に、レーザー光源32によるレーザー光の照射結果に応じて生成されてもよい。
【0047】
出力部42は、波長算出部41が算出した結果を分光器3の測定結果として出力する。出力部42は、例えば、波長演算装置4に備えられる表示部(不図示)に波長算出部41が算出した第1の光子P1の波長を分光器3の測定結果として出力する。出力部42は、波長算出部41が算出した結果を、記憶部43に記憶させてもよいし、あるいは外部装置に出力してもよい。
【0048】
記憶部43は、各種の情報を記憶する。各種の情報には、波長時間情報44が含まれる。記憶部43は、例えば、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリ、SD(Secure Digital)カード、RAM(Random Access Memory)、レジスタ等によって実現される。
【0049】
次に
図4を参照し、分光システム1が第1の光子P1の波長を測定する波長測定方法について説明する。
図4は、本実施形態に係る波長測定方法の一例を示す図である。
光源2は、吸収物質30に第1の光子P1を入射させる(ステップS10)。
計時部40は、第1の光子P1が吸収物質30に入射した時間を計時する(ステップS20)。計時部40は、計時部40は、光源2から出射信号を取得すると、出射信号を取得した時間に所定のオフセットを加算した時間を、吸収物質30に第1の光子P1が入射した時間として計時する。
【0050】
光検出器31は、吸収物質30が放出する第2の光子P2を検出する(ステップS30)。ここで吸収物質30が放出する第2の光子P2とは、第1の光子P1が入射すると第1の光子P1を吸収した後、吸収物質30が放出する光子(フォトンエコーによる光子)である。
【0051】
計時部40は、第2の光子P2が吸収物質30から放出された時間を計時する(ステップS40)。計時部40は、光検出器31から検出信号を取得すると、検出信号を取得した時間に所定のオフセットを減算した時間を、吸収物質30が第2の光子P2を放出した時間として計時する。
【0052】
計時部40は、第1の光子P1が吸収物質30に入射してから吸収物質30が第2の光子P2を放出するまでの放出時間t1を計時する(ステップS50)。
【0053】
波長算出部41は、波長時間情報44と、計時部40が計時した放出時間t1とに基づいて第1の光子P1の波長を算出する(ステップS60)。波長算出部41は、算出した第1の光子P1の波長を示す情報を出力部42に供給する。
出力部42は、波長算出部41が算出した結果を分光器3の測定結果として表示部などに出力する(ステップS70)。
【0054】
なお、本実施形態では、分光器3がレーザー光源32を備える場合の一例について説明したが、これに限らない。分光システム1において、分光器3の構成からレーザー光源32が省略されて、透明領域PT及び櫛構造Cを吸収物質30の吸収スペクトルSP1に形成するためのレーザー光源が分光器3とは別体として備えられてもよい。
【0055】
以上に説明したように、本実施形態に係る分光器3は、吸収物質30と、光検出器31とを備える。吸収物質30は、第1の光子P1が入射すると第1の光子P1を吸収した後、第2の光子P2を放出する。光検出器31は、吸収物質30から放出される第2の光子P2を検出する。
吸収物質30は、不均一な広がり(本実施形態において不均一幅W1)を有する吸収スペクトルSP1を有する物質であり、吸収スペクトルSP1には、波長領域において不均一な広がり(本実施形態において不均一幅W1)に形成された光に対して透明な領域である透明領域PTに複数のピークが隣り合うピーク同士の間隔を所定の間隔(本実施形態において櫛間隔Δ)にして設けられた構造である櫛構造Cが形成されており、所定の間隔(本実施形態において櫛間隔Δ)は波長領域に応じている。
【0056】
この構成により、本実施形態に係る分光器3では、第1の光子P1の波長に応じて、第1の光子P1が吸収物質30に入射してから第2の光子P2が吸収物質30から放出されるまでの時間を異ならせることができるため、光子の波長を1回の測定で測定する場合に分解能を向上させることができる。本実施形態に係る分光器3では、櫛構造Cの波長領域における幅を5MHz程度にできるため、10MHz以下の精度において波長を測定することができる。
【0057】
また、本実施形態に係る分光器3では、吸収物質30は、波長の幅が所定の幅以下であるレーザー光が照射されることによって不均一な広がり(本実施形態において不均一幅W1)に櫛構造Cが形成されることによって吸収スペクトルSP1を有する状態となる。
【0058】
この構成により、本実施形態に係る分光器3では、吸収物質30の吸収スペクトルSP1に櫛構造Cが形成された後、櫛構造Cが消失した場合であっても、波長の幅が所定の幅以下であるレーザー光が吸収物質30に照射されることによって再び櫛構造Cを形成することができるため、光子の波長を1回の測定で行う測定に繰り返し用いることができる。
【0059】
また、本実施形態に係る分光器3では、レーザー光源32をさらに備える。レーザー光源32は、吸収物質30にレーザー光を照射する。
この構成により、本実施形態に係る分光器3では、自装置に備えられたレーザー光源32によって吸収物質30の吸収スペクトルSP1に櫛構造Cを形成できるため、外部にレーザー光源を別途必要とせずに櫛構造Cを形成できる。
【0060】
また、本実施形態に係る分光器3では、不均一な広がり(本実施形態において不均一幅W1)には、複数の透明領域PTが形成され、所定の間隔(本実施形態において櫛間隔Δ)は透明領域PT毎に異なる。
この構成により、本実施形態に係る分光器3では、測定精度を透明領域PTの幅程度の精度にできる。
【0061】
また、本実施形態に係る分光器3では、吸収物質30は、希土類が添加された物質(希土類添加物質)である。
この構成により、本実施形態に係る分光器3では、均一幅は他の物質を用いる場合に比べて狭く形成することができるため、他の物質を用いる場合に比べて櫛構造Cの波長領域を狭くして波長の測定精度を高めることができる。吸収物質30として希土類添加物質を用いる場合、櫛構造Cの波長領域の幅を数十キロヘルツ(kHz)から数百kHz程度にまで狭くできる。
【0062】
また、本実施形態に係る波長演算装置4は、計時部40と、波長算出部41とを備える。
計時部40は、第1の光子P1が吸収物質30に入射してから吸収物質30が第2の光子P2を放出するまでの時間(本実施形態において放出時間t1)を計時する。
波長算出部41は、光子の波長と当該光子が吸収物質30に入射してから吸収物質30が光子を放出するまでの時間との対応を示す波長時間情報44と、計時部40が計時した時間(本実施形態において放出時間t1)とに基づいて第1の光子P1の波長を算出する。
【0063】
この構成により、本実施形態に係る波長演算装置4は、第1の光子P1が吸収物質30に入射してから吸収物質30が第2の光子P2を放出するまでの時間から波長時間情報44に基づいて第1の光子P1の波長を算出できるため、簡便に第1の光子P1の波長を算出できる。
【0064】
(変形例1)
なお、上述した実施形態では、測定対象である第1の光子P1の波長が吸収物質30の吸収スペクトルSP1が有する不均一幅W1に含まれる場合の一例について説明したが、これに限らない。第1の光子P1の波長は、不均一幅W1に含まれない波長であってもよい。本変形例では、第1の光子P1の波長が不均一幅W1に含まれない波長である場合について説明する。本変形例に係る分光システムを分光システム1aという。
【0065】
図5は、本変形例に係る分光システム1aの構成の一例を示す図である。分光システム1aは、分光器3と、波長演算装置4と、波長変換素子5とを備える。分光システム1a(
図5)は、波長変換素子5を備える点が、上述した実施形態の分光システム1(
図1)と異なる。なお、上述した実施形態と同一の構成及び動作については、同一の符号を付してその説明を省略する。
【0066】
光源2aは、第1の光子として第1の光子P1aを発生させ、発生させた第1の光子P1aを波長変換素子5に入射させる。第1の光子P1aの波長は、一例として、1200nm程度の波長であり、10GHz程度の広がりをもつ。
【0067】
波長変換素子5は、光源2aが発生させた第1の光子P1aの波長を変換する。ここで第1の光子P1aの波長は、吸収物質30の吸収スペクトルSP1が有する不均一幅W1の波長領域以外の波長である。波長変換素子5は、第1の光子P1aの波長を、不均一幅W1の波長領域に含まれる波長に変換する。
【0068】
波長変換素子5は、例えば、周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN:Periodically poled lithium niobate)を用いた導波路である。PPLNは、高い非線形性を有する光学結晶である。波長変換素子5は、第1の光子P1aが入射すると第二高調波発生(SHG:Second Harmonic Generation)によって、第1の光子P1aの波長の半分の波長をもつ第1の光子P1bを発生させる。第1の光子P1bの波長は、吸収物質30の吸収スペクトルSP1が有する不均一幅W1の波長領域に含まれる波長である。不均一幅W1の波長領域は、中心波長が606nm付近として10GHz程度の広がりをもつ。
【0069】
上述したように、波長変換素子5は、第1の光子P1aの波長が不均一幅W1の波長領域以外の波長である場合に、吸収物質30に入射する第1の光子P1aの波長を不均一幅W1の波長領域に含まれる波長に変換する。
この構成により、本変形例に係る分光システム1aでは、測定対象である第1の光子P1の波長が吸収物質30の吸収スペクトルSP1が有する不均一幅W1に含まれない場合であっても、第1の光子P1の波長を不均一幅W1に含まれる波長に変換して測定できるため、不均一幅W1に含まれない波長をもつ単一光子を測定対象にできる。
【0070】
(変形例2)
上述した実施形態では、櫛間隔Δは透明領域PT毎に異なる場合の一例について説明したが、これに限らない。櫛間隔Δは波長領域に応じていればよく、1つの透明領域PTに異なる複数の櫛間隔Δが含まれてもよい。
図6は、本変形例に係る吸収スペクトルSP2の一例を示す図である。吸収スペクトルSP2では、ピットPT1には櫛構造C1、及び櫛構造C3の2つの櫛構造Cが形成され、ピットPT2には櫛構造C2が形成されている。櫛構造C1、櫛構造C2、及び櫛構造C3の櫛間隔Δは、それぞれ櫛間隔Δ1、櫛間隔Δ2、及び櫛間隔Δ3である。櫛間隔Δ2は、実施形態の吸収スペクトルSP1(
図2)と同様に、櫛間隔Δ1よりも長く形成されている。櫛間隔Δ3は、例えば、櫛間隔Δ1よりも長く、櫛間隔Δ2よりも短く形成されている。
【0071】
(変形例3)
また、不均一幅W1に1つの透明領域PTが形成されて、この透明領域PTに複数の櫛構造Cが形成されてもよい。
図7は、本変形例に係る吸収スペクトルSP3の一例を示す図である。吸収スペクトルSP3では、不均一幅W1に透明領域PTとしてピットPT3が形成されている。ピットPT3には、櫛構造C4、櫛構造C5、及び櫛構造C6の3つの櫛構造Cが形成されている。櫛構造C4、櫛構造C5、及び櫛構造C6の櫛間隔Δは、それぞれ櫛間隔Δ4、櫛間隔Δ5、及び櫛間隔Δ6である。櫛間隔Δ4、櫛間隔Δ5、及び櫛間隔Δ6は、この順に短く形成されている。
【0072】
上述したように変形例2におけるピットPT1、あるいは変形例3におけるピットPT3では、1つの透明領域PT内において異なる櫛間隔Δをもつ複数の櫛構造Cが形成されている。そのような場合、分光システム1が第1の光子P1の波長を測定する精度は、それぞれの櫛構造Cの波長領域の幅によって決定される。櫛構造Cの波長領域の幅を数十キロヘルツ(kHz)から数百kHzにして櫛構造Cを形成すれば、測定精度を数十キロヘルツ(kHz)から数百kHz程度にまで高めることができる。
【0073】
なお、上述したように櫛構造Cを形成するピークの幅は、櫛構造Cの形成に用いられるレーザー光の波長の幅に依存する。吸収物質30が希土類添加物質である場合、均一幅は他の物質を用いる場合に比べて狭く形成することができる。均一幅が狭いほど1つの透明領域PT内において多くの櫛構造Cを形成することができ、測定精度を向上させることができる。
【0074】
また、上述した吸収スペクトルSP1~SP3では、櫛構造Cの櫛間隔Δは、櫛構造Cが形成される透明領域PTが長い波長の波長領域に対応するほど長くなる場合の一例について説明したが、これに限らない。櫛構造Cの櫛間隔Δは、櫛構造Cが形成される透明領域PTが長い波長の波長領域に対応するほど短くなってもよい。また、櫛間隔Δは、波長領域に応じてさえいれば、透明領域PTの波長に応じて単調に変化していなくてもよい。
【0075】
以上、図面を参照してこの発明の一実施形態について詳しく説明してきたが、具体的な構成は上述のものに限られることはなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内において様々な設計変更等をすることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0076】
単一光子は、量子通信や量子コンピュータなどの量子情報技術をはじめとする量子技術において広範に利用されている。しかしながら、従来、単一光子が1度だけ到来する場合に、高いMHz以下の高い分解能において単一光子の波長(エネルギー)を測定する方法がなかった。波長分割多重などによって通信容量の増大が図られている状況において、高精度分光の利用可能性は広がり続けている。
分光という方法そのものは、物理学、化学、生物学など自然科学及び光学の分野において極めて広く使われる手法である。量子生命科学などの近年発展が目覚ましい分野をみても、単一光子レベルの分光は、新たな量子技術の発展の基盤となることが期待される。
【符号の説明】
【0077】
1、1a…分光システム、2、2a…光源、3…分光器、30…吸収物質、31…光検出器、32…レーザー光源、4…波長演算装置、40…計時部、41…波長算出部、44…波長時間情報、5…波長変換素子、P1、P1a、P1b…第1の光子、P2…第2の光子、W1…不均一幅、PT…透明領域、SP1、SP2、SP3…吸収スペクトル、C、C1、C2、C3、C4、C5、C6…櫛構造、Δ、Δ1、Δ2、Δ3、Δ4、Δ5、Δ6…櫛間隔