(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-15
(45)【発行日】2024-02-26
(54)【発明の名称】金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240216BHJP
C23C 14/58 20060101ALI20240216BHJP
H01F 10/10 20060101ALI20240216BHJP
【FI】
C23C14/06 L
C23C14/58 A
H01F10/10
(21)【出願番号】P 2020160319
(22)【出願日】2020-09-25
【審査請求日】2023-01-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000166948
【氏名又は名称】シチズンファインデバイス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001960
【氏名又は名称】シチズン時計株式会社
(72)【発明者】
【氏名】宮本 光教
(72)【発明者】
【氏名】碓氷 孝樹
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-102816(JP,A)
【文献】特開2015-212409(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 14/58
H01F 10/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Lを、磁性金属材料とし、MO
z
を、酸化物誘電体材料としたとき、組成式L-MO
z
で示される金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法であって、磁性金属材料Lと、酸素欠損した酸化物誘電体材料MO
z
とを出発原料として用い、支持基板上に、成膜中に酸素導入を行い、組成式LO
x
-MO
(z-y)
、(LO
x
は、酸化した磁性金属、MO
(z-y)
は、化学量論比に満たない組成の酸化物誘電体、組成係数x>0,組成係数y>0)で示されるグラニュラー膜を形成する成膜工程と、前記成膜工程の後、真空中で加熱処理を行い、組成式L-MO
z
で示される金属-酸化物系グラニュラー膜とするアニール工程と、を備えることを特徴とする金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法。
【請求項2】
前記磁性金属材料Lは、Co,Fe,FeCo合金の少なくとも1つからなり、前記酸化物誘電体材料MO
z
は、TiO
2
,Ta
2
O
5
のいずれか1つであることを特徴とする請求項1記載の金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法。
【請求項3】
前記成膜工程において、酸素導入量を調整し、前記組成係数xおよび前記組成係数yを、x=yとすることを特徴とする請求項1または2に記載の金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法。
【請求項4】
前記アニール工程では、酸化した磁性金属LO
x
を、磁性金属Lに還元し、かつ、化学量論比に満たない組成の酸化物誘電体MO
(z-y)
を、化学量論比を満たす酸化物誘電体MO
z
とすることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法。
【請求項5】
前記アニール工程の加熱温度を、500℃以上とすることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ファラデー効果を有するグラニュラー構造磁性体薄膜に関するものであり、グラニュラー膜を構成する誘電体マトリックス材料として酸化物を用いる場合の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ファラデー効果は、磁化した磁性体中を偏光が通過した時に生じる磁気光学効果である。直線偏光が通過した場合には、偏光面の回転(旋光)が生じ、円偏光が通過した場合には、位相の遅れ(または進み)が生じる。
【0003】
ファラデー効果は、光が磁性体を透過した光に生じる現象であるので、磁性体は観測波長に対して、透明である必要がある。一般的な磁性体は金属であり、例えばFe,Co,Ni,フェライトなどが挙げられる。このような材料は大きなファラデー効果を有するものの、光の吸収が強く、ファラデー効果を利用したデバイスや素子として用いるには不適当である。
【0004】
ファラデー効果を有し、光を十分に透過できる材料としてYIG(イットリウム鉄ガーネット)結晶や、金属ナノ粒子を誘電体材料に分散したグラニュラー膜(ナノコンポジット含む)などが挙げられる。中でもグラニュラー膜は、比較的簡便に作製することができ、強磁性金属と誘電体マトリックスで構成されるため、様々な材料での組み合わせが可能である。
【0005】
グラニュラー膜を構成する強磁性金属としては、磁化が大きい材料が用いられ、誘電体マトリックス材料としては、フッ化物、酸化物、窒化物、硫化物など幅広く用いることができるため、多種の組み合わせが考えられる。磁気効果を利用するデバイスや素子に広く適用可能であり、有望な材料であると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
グラニュラー膜は、誘電体マトリックス中にナノメートルオーダーの強磁性金属微粒子が分散された構造を持ち、赤外光に対して透明であるとともに,キュリー温度が高く温度特性も良好である。また,グラニュラー膜は面内磁化膜であるため,ファラデー効果を発現する膜面垂直方向の磁化過程は磁化回転が主となり,1GHz以上の強磁性共鳴を有し、DC~高周波まで広帯域な磁気計測に適すると考えられる。
【0008】
グラニュラー膜の磁気光学効果を最大限に利用する場合、透過率とファラデー効果を最大化することが必要である。近年では、フッ化物系のグラニュラー膜が大きな磁化を有することから、その性能が注目されている。これは、強磁性金属がフッ化化合物を生成しにくいため、磁化が大きくなりやすいことが理由である。
【0009】
その他、特に酸化物マトリックスを用いたグラニュラー膜では、蒸着法やスパッタ法で薄膜形成する際に、酸素を反応真空槽中に導入しなければならず、酸化物形成と同時に強磁性金属も酸化させてしまい、結果として、磁化は低下し、ファラデー効果が小さくなってしまうという課題があった。
【0010】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであり、酸化物マトリックスを用いた場合でも大きなファラデー効果が得られる金属-酸化物系グラニュラー薄膜の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
Lを、磁性金属材料とし、MO
z
を、酸化物誘電体材料としたとき、組成式L-MO
z
で示される金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法であって、磁性金属材料Lと、酸素欠損した酸化物誘電体材料MO
z
とを出発原料として用い、支持基板上に、成膜中に酸素導入を行い、組成式LO
x
-MO
(z-y)
、(LO
x
は、酸化した磁性金属、MO
(z-y)
は、化学量論比に満たない組成の酸化物誘電体、組成係数x>0,組成係数y>0)で示されるグラニュラー膜を形成する成膜工程と、成膜工程の後、真空中で加熱処理を行い、組成式L-MO
z
で示される金属-酸化物系グラニュラー膜とするアニール工程と、を備えることを特徴とする金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法とする。
【0012】
磁性金属材料Lは、Co,Fe,FeCo合金の少なくとも1つからなり、酸化物誘電体材料MO
z
は、TiO
2
,Ta
2
O
5
のいずれか1つである金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法とする。
【0013】
前記成膜工程において、酸素導入量を調整し、前記組成係数xおよび前記組成係数yを、x=yとする金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法とする。
【0014】
さらに、アニール工程では、酸化した磁性金属LOxを、磁性金属Lに還元し、かつ、化学量論比に満たない組成の酸化物誘電体MO(z-y)を、化学量論比を満たす酸化物誘電体MOzとする金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法とする。
【0015】
さらに、アニール工程の加熱温度を、500℃以上とする金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、磁性金属ナノ粒子と酸化物マトリックスの酸化度を適切に制御することにより、ファラデー効果および透過率を最大化した金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】製造プロセスでの構造変化を示した模式図であり、(a)は、比較例としてのフッ化物系グラニュラー膜の構造変化、(b)は、本発明における酸化物系グラニュラーの構造変化を示す模式図である。
【
図2】本発明の製造プロセスで、酸素分圧を変更した試料を作製し、アニール工程での透過率変化を示した図である。比較例としてフッ化物系グラニュラー膜を併記した。
【
図3】本発明の製造プロセスで、酸素分圧を変更した試料を作製し、アニール工程でのファラデー回転角変化を示した図である。比較例としてフッ化物系グラニュラー膜を併記した。
【
図4】本発明の製造プロセスで、酸素分圧を変更した試料を作製し、アニール工程での性能指数変化を示した図である。比較例としてフッ化物系グラニュラー膜を併記した。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本実施例で作製した金属-酸化物系グラニュラー膜は、CoとTi3O5を出発材料(蒸着材料)として共蒸着法で薄膜形成している。他にも反応性スパッタなどの気相成長法でも同様に作製可能である。グラニュラー膜は支持基板(本実施例ではホウケイ酸ガラス)上に形成するが、成膜時は350℃以上に加熱し、酸素導入している。
【0019】
以下、図面を参照して、本発明における金属-酸化物系グラニュラー膜の製造方法について説明する。但し、本発明の技術的範囲はそれらの実施の形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された発明とその均等物に及ぶ。
【0020】
図1は、製造プロセスでの構造変化を示した模式図である。まず、比較例として、CoとMgF
2の組み合わせにおけるグラニュラー膜の構造変化を、
図1(a)を用いて説明する。出発材料はCo顆粒11とMgF
2顆粒10であり、MgF
2顆粒10の組成は化学量論比(ストイキオメトリ)となっている。これらから生成するグラニュラー膜は、MgF
2マトリックス12中にCoナノ粒子13が分散した構造となる。500℃のアニールによって組成に変化は無いが、隣接したCoナノ粒子同士が結合し、粒子が肥大化する。(粒子間距離が広がることと等価)粒子同士の結合は透過率上昇に寄与する。
【0021】
次に、実施例のCoとTiO
2の組み合わせにおけるグラニュラー膜の構造変化を、
図1(b)を用いて説明する。出発材料は、Co顆粒11とTi
3O
5顆粒20であり、化学量論比TiO
2から酸素欠損した組成となっている。このまま真空中で成膜すると、酸素欠損のため強い光吸収が生じ、透過率が著しく低下してしまう。そのため成膜中に酸素導入を行うが、これらの材料から生成するグラニュラー膜はCoO
xナノ粒子23とTiO
(2-y)マトリックス22の組成となる。組成係数x,yについては、成膜中の酸素導入量によって変動する。これを真空中でアニール処理することにより、隣接したCoO
xナノ粒子同士が結合(粒子の肥大化)するとともに、酸素活性の強いTiの酸化作用によってCoO
xが、金属Coに還元される。TiO
(2-y)はTiO
2組成に近づき、TiO
2マトリクス24中にCoナノ粒子13が分散した構造となる。結果として、透過率およびファラデー効果が同時に上昇する。最終的にCo-TiO
2組成となるように、組成係数x,yを適切な量とすることが望ましい。
【0022】
次に、成膜直後の組成係数x,yの関係と、アニールによって生じる効果を説明する。表1は、成膜直後の組成係数x,yの関係と、500℃のアニールによって生じる効果についてまとめた表である。表1に示すように、y=0 and x>>0は、酸素量が過剰な状態で、TiO2が化学量論比でCoも酸化した状態である。この状態でアニールするとCoナノ粒子の肥大化だけが起こり、還元されない。結果として、透過率およびファラデー効果上昇は小さい。y>0 and x>yは、酸素量がやや過剰な状態で、アニールによってTiO2が化学量論比に変化し飽和するが、Coは還元しきれないファラデー効果上昇が十分ではない。y>0 and x<yは、酸素量がやや不足している状態で、アニールによってCoは還元されるが、TiO2が化学量論比に達しないため、光の吸収が残り、透過率上昇が十分ではない。y>0 and x=yは、酸素量が適切な範囲にある状態で、アニールによって、Coは還元され、TiO2は化学量論比となるため、透過率およびファラデー効果の上昇が最大となる。
【0023】
【0024】
ここで、性能指数について説明する。ファラデー効果を利用する素子は、光の透過率(利用効率)が高く、単位磁界当たりのファラデー回転が大きいことが望ましい。従って、次式のように性能指数(FOM:Figure of Merit)を定義している。
ここで、θ
Fは単位磁界・単位厚さあたりのファラデー回転角、P
lossは1550nmの波長における透過損失、T は1550nmにおける透過率である。
【0025】
つまり、組成係数x,yを、適切な量とすることができれば、上記、性能指数が最大化する。
【0026】
図2~4は、本実施例であるCo-TiO
2グラニュラー膜を蒸着中の酸素分圧(酸素導入量)を1.3E-2Pa~1.9E-2Paの範囲で変更して成膜した場合の、透過率、ファラデー回転角、性能指数のアニール前後の変化を示す図である。比較例としてCo-MgF
2グラニュラー膜の変化も併記した。比較例のCo-MgF
2の場合、アニールで組成変動が無く、粒子の肥大化のみが生じる、ファラデー効果はほぼ変化せず、透過率は微増する。一方、Co-TiO
2グラニュラー膜では、前述したメカニズムによって、透過率とファラデー回転角の両方が上昇する。中でも酸素分圧1.7E-2Paの条件下で、性能指数が最大化しており、y>0 and x=yの条件を満足していると考えられる。
【0027】
本実施例では、CoとTiO2の組み合わせで作製しているが、磁性ナノ粒子としてはCoの他、FeやFeCo合金、Ni、FeNi合金、Mn、フェライトなど、ファラデー効果を発現する材料であればよく、誘電体材料はTiO2の他、ZrO2やTa2O5、Al2O3などのあらゆる酸化物にも適用することができる。
【符号の説明】
【0028】
10 MgF2顆粒(出発材料)
11 Co顆粒(出発材料)
12 MgF2マトリックス
13 Coナノ粒子
20 Ti3O5顆粒(出発材料)
22 TiO(2-y)マトリックス
23 CoOxナノ粒子
24 TiO2マトリックス