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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-15
(45)【発行日】2024-02-26
(54)【発明の名称】低砒素銅精鉱の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 1/11 20060101AFI20240216BHJP
   C22B 15/00 20060101ALI20240216BHJP
   C22B 30/04 20060101ALI20240216BHJP
   B03D 1/002 20060101ALI20240216BHJP
   B03D 101/02 20060101ALN20240216BHJP
   B03D 103/02 20060101ALN20240216BHJP
【FI】
C22B1/11
C22B15/00
C22B30/04
B03D1/002
B03D101:02
B03D103:02
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021028576
(22)【出願日】2021-02-25
(65)【公開番号】P2022129765
(43)【公開日】2022-09-06
【審査請求日】2023-09-20
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000227250
【氏名又は名称】日鉄鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】蛭子 陽介
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 瑞稀
(72)【発明者】
【氏名】三觜 幸平
【審査官】壷内 信吾
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第07004326(US,B1)
【文献】特開2020-104095(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0258510(US,A1)
【文献】国際公開第2017/110462(WO,A1)
【文献】特開昭48-006902(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
B03D 1/00-3/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮遊選鉱により含砒素銅鉱石から銅精鉱を製造する低砒素銅精鉱の製造方法であって、
添加薬剤として過酸化水素と硫黄のオキソ酸類を併用し、
前記過酸化水素の酸化作用により砒素鉱物を酸化して沈鉱させ、
前記硫黄のオキソ酸類により銅鉱物の表面疎水性を保持させて前記銅鉱物を浮鉱させることにより、前記銅鉱物を分離回収することを特徴とする、低砒素銅精鉱の製造方法。
【請求項2】
前記硫黄のオキソ酸類が、チオ硫酸塩また亜硫酸塩であることを特徴とする、請求項1に記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
【請求項3】
前記硫黄のオキソ酸類の添加量が、前記含砒素銅鉱石1tに対して、0.1~3kgであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
【請求項4】
前記過酸化水素の添加量が、前記含砒素銅鉱石1tに対して、0.1~5kgであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
【請求項5】
前記添加薬剤の添加順序として、前記硫黄のオキソ酸類、続いて前記過酸化水素とすることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
【請求項6】
前記含砒素銅鉱石に含まれる前記砒素鉱物が、硫砒銅鉱、砒四面銅鉱であることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項に記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含砒素銅鉱石を原料とした浮遊選鉱により、銅精鉱を製造する方法であって、添加薬剤として、硫黄のオキソ酸類と過酸化水素とを併用することを特徴とする低砒素銅精鉱の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅製錬の方法には、大きく2つの方式がある。1つ目は、天然に賦存する硫化銅を含む鉱石から、主に浮遊選鉱によって、硫化銅を濃縮した銅精鉱を製造し、この銅精鉱を自溶炉やバス炉などで熱分解して金属銅を得る乾式法である。2つ目は、こちらも天然に賦存する酸化銅、炭酸銅、硫酸銅などを含む鉱石から、主に硫酸によって銅を浸出し、この浸出液から、電気化学的手法で金属銅を電析する湿式法である。特に、前者が、全世界の銅生産量の半分以上を占める重要な方法となっている。
【0003】
この乾式銅製錬の原料となる銅精鉱については、黄銅鉱を主として、斑銅鉱、輝銅鉱、銅藍などの硫化物が濃縮されたものである。濃縮の方法としては、浮遊選鉱法が広く用いられている。浮遊選鉱法は、粉砕した鉱石のスラリーに空気を導入し、目的とする鉱物を、気泡に付着、上昇させて回収する方法である。一般的に、硫化銅鉱物は、疎水的な表面を持っていることから、スラリー中において、液中に分散しているよりも、気泡に付着する方が安定であることを利用したものであり、銅鉱物に限らず、世界各地の金属鉱山において、広く金属硫化物鉱物の回収に利用されている方法である。
【0004】
銅精鉱の性状としては、不純分が少ないことが求められることは当然であるが、一方で、後段の乾式製錬の過程でも不純分除去がなされるため、ある一定程度の不純分が許容されることが多い。そもそも、銅精鉱の主要鉱物である黄銅鉱は、CuFeS2の化学構造式をもち、銅以外に鉄と硫黄とを含む。これら銅以外の成分については、鉄は製錬の過程でスラグとして分離されるほか、硫黄については酸化による発熱源となり硫黄酸化物として排出され、その後硫酸として回収される。それ以外にも、銅精鉱中に不純分として含まれる石英や長石などのケイ酸塩成分はスラグとして分離され、亜鉛や鉛などの金属成分の一部は、製錬炉のなかで揮発し、銅と分離されていくことになる。
【0005】
しかしながら、銅精鉱の不純分品位については、年々増加傾向となっており、銅製錬の工程で支障をきたすことが懸念されてきている(非特許文献1)。特に不純分のなかでも、砒素については、一定量以下であれば、銅製錬の過程でスラグ中に分配され、そこで固定化、不溶化、つまり無毒化することが出来ているが、その許容量を超えるヒ素を含有する銅精鉱が銅洗練に供された場合、スラグ中の砒素固定化が不十分となり、環境中へ浸出することや、ダストとして放出される危険性が指摘されている。
【0006】
このような状況のなか、銅精鉱の製造工程、すなわち、銅鉱石から浮遊選鉱によって硫化銅を濃縮して銅精鉱を製造する過程において、砒素鉱物を分離するための研究開発が、近年盛んに行われるようになっている。
【0007】
例えば、特許文献1では、砒素を含有する含銅物からなるスラリーに抑制剤、起泡剤、および捕収剤を含む浮選剤を添加し、空気をこのスラリー中に吹き込んで銅精鉱を浮遊させる浮遊選鉱を行うことによって含銅物から砒素鉱物を分離する方法であって、該抑制剤にチオ硫酸ナトリウムを用いることを特徴とする含銅物からの砒素鉱物の分離方法が示されている。
【0008】
特許文献2においては、砒素鉱物を含む含銅物に水を添加してスラリーにした後、該スラリーのpHを8~12に調整して浮遊選鉱することによって含銅物から砒素鉱物を分離する方法であって、銅イオンとのキレートを生成するトリエチレンテトラミンやエチレンジアミン四酢酸などのキレート剤を用いて含銅物を処理する可溶性銅除去工程、及び空気や酸素などの酸化剤を用いて砒素鉱物を酸化処理する酸化工程の内の少なくとも一方を行う方法が示されている。
【0009】
特許文献3においては、砒素を含有する含銅物を粉砕した後、水を加えてスラリー化し、得られたスラリーに抑制剤、起泡剤、および捕収剤からなる浮選剤を添加すると共に空気を吹き込んで浮遊選鉱する工程において、ポリエチレンアミン類等のキレート剤を抑制剤として使用する方法が示されている。
【0010】
特許文献4では、砒素を含む銅精鉱を90~120℃で加熱処理した後、リパルプして、好ましくは黄血塩を銅精鉱1トンあたり10~15kg添加したのち浮選し、砒素鉱物を浮遊させて除去すると共に、沈鉱として砒素品位の低い銅精鉱を回収する方法が示されている。
【0011】
特許文献5では、原料を含む鉱物スラリーにアミルキサントゲン酸カリウムを添加して浮遊選鉱を行ない、原料よりも砒素非含有硫化鉱物の品位が高い沈鉱と、原料よりも砒素含有硫化鉱物の品位が高い浮鉱とに分離する浮遊選鉱工程を備える選鉱方法が示されている。
【0012】
特許文献6では、特定のアミノ酸配列を有するペプチドを使用する砒素含有鉱物を選別するための方法が示されている。
【0013】
しかしながら、これら先行技術においては、特定の鉱石に対して一定の効果は認められるものの、幅広い性状の鉱石に対して、効率よくかつ簡便にヒ素を分離するためには、十分とは言い難いのが現状である。また、高額な薬剤の使用が必要となったり、あるいは多量の薬剤添加が必要となるなどの問題点もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特許第4450108号
【文献】特開2012-241249号
【文献】特開2011-156521号
【文献】特開2006-239553号
【文献】特開2020-104095号
【文献】特開2020-65485号
【非特許文献】
【0015】
【文献】JOGMEC金属資源レポート19-06-vol49「銅原料中の不純物に関する技術開発について」
【0016】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明の目的は、前述の従来技術の問題点に鑑み、含砒素銅鉱石から、効率よく、ヒ素鉱物を分離し、銅製錬に好適に使用できる低砒素銅精鉱を製造する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために、本発明において提案する方法は、以下の通りである。
〔1〕含砒素銅鉱石を原料とした浮遊選鉱により、銅精鉱を製造するにあたり、添加薬剤として、硫黄のオキソ酸類と過酸化水素とを併用することを特徴とする、低砒素銅精鉱の製造方法。
〔2〕硫黄のオキソ酸類が、チオ硫酸塩また亜硫酸塩であることを特徴とする、〔1〕に記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
〔3〕硫黄のオキソ酸類の添加量が、含砒素銅鉱石1tに対して、0.1~3kgであることを特徴とする、〔1〕または〔2〕に記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
〔4〕過酸化水素の添加量が、含砒素銅鉱石1tに対して、0.1~5kgであることを特徴とする〔1〕ないし〔3〕のいずれかに記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
〔5〕添加薬剤の添加順序として、硫黄のオキソ酸類、続いて過酸化水素とすることを特徴とする〔1〕ないし〔4〕のいずれかに記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
〔6〕含砒素銅鉱石に含まれる砒素鉱物が、硫砒銅鉱、砒四面銅鉱であることを特徴とする〔1〕ないし〔5〕のいずれかに記載の低砒素銅精鉱の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、浮遊選鉱による銅精鉱の製造工程において、添加薬剤として硫黄のオキソ酸類と過酸化水素とを併用するという簡便な方法で、効果的に砒素鉱物を銅精鉱から分離することが可能となり、含砒素銅鉱石からも、銅製錬に好適に使用できる低砒銅精鉱を製造することが可能となるものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】直接優先浮選による低砒素銅精鉱の製造の概略フロー図
図2】総合優先浮選による低砒素銅精鉱の製造の概略フロー図
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明を実施するための形態について、以下に詳細に説明する。
【0022】
本発明においては、含砒素銅鉱石を原料とした浮遊選鉱により、銅精鉱を製造するにあたり、添加薬剤として硫黄のオキソ酸類と過酸化水素とを併用することにより、低砒素銅精鉱を製造する。
【0023】
まず、原料とする含砒素銅鉱石については、特段制約はなく、世界各地に賦存している斑岩銅鉱床、堆積性銅鉱床、スカルン鉱床、塊状硫化物鉱床、酸化鉄含金銅鉱床などから産出する硫化銅を含む銅鉱石が使用できる。また、他の選鉱工程の中間産物や、さらには銅精鉱を使っても良い。
【0024】
鉱石中の砒素含有量については、鉱床のタイプや産状などで大きく変わる。一般的に、銅鉱石中の銅含有量は、0.2~3wt%程度であるが、ヒ素含有量については、数十ppmから多いものでは1%を超える場合もある。浮遊選鉱による銅精鉱の製造に際して、砒素分離の方策をとらない場合には、通常、銅および砒素は、同じような比率で濃縮されることが多い。これは、先に述べた通り、硫化銅鉱物も砒素鉱物も、疎水的な表面を有していることに起因する。
【0025】
本発明の低砒素銅精鉱の製造方法は、砒素低減のための方策を講じていない一般的な浮遊選鉱において銅精鉱中に含有される砒素鉱物の少なくとも一部を分離することによって、砒素含有量が低減された銅精鉱を製造することを目的とするものである。
【0026】
例えば、斑岩銅鉱床の銅鉱石の一例を見ると、鉱石の銅含有量が2.5wt%、砒素含有量が0.10wt%となっている場合、これを一般的な浮遊選鉱で処理すると、銅精鉱の銅含有量25wt%(濃縮率10倍)に対して、砒素含有量は1.0wt%(同様に、濃縮率10倍)となる傾向を示す。本発明では、この場合の砒素含有量を1.0wt%未満にすることができる。
【0027】
本発明で製造される低砒素銅精鉱中の砒素含有量については、当該銅精鉱が銅製錬に供されるのに必要な砒素含有量にまで低減できていればよい。銅精鉱に求められる砒素含有量の上限については、銅製錬の方式や、他の銅精鉱とのブレンド比などによって変わるため、一概に定めることは出来ないが、一般的には、0.2wt%以下が望ましい。
【0028】
含砒素銅鉱石に含有される銅鉱物としては、黄銅鉱(CuFeS2)、斑銅鉱(Cu5FeS4)、輝銅鉱(Cu2S)、銅藍(CuS)など、特段の制約なく、本発明が実施可能である。
【0029】
ヒ素鉱物としては、硫砒銅鉱(Cu3AsS4))、四面銅鉱((Cu,Fe,Zn)12(Sb,As)4S13))、硫砒鉄鉱(FeAsS)、鶏冠石(As2S2)、雄黄(As2S3)など、特段の制約なく、本発明が実施可能であるが、特に、硫砒銅鉱および四面銅鉱は、本発明の製造方法において、より効果的に砒素の低減が可能であり、好適な砒素鉱物といえる。なお、硫砒銅鉱や四面銅鉱は、その名のごとく、銅を含む銅鉱物でもあるが、本明細書においては、これら銅を含む砒素鉱物も単に「砒素鉱物」と、砒素を含まない上記銅鉱物を「銅鉱物」と記す。
【0030】
鉱山において採掘された含砒素銅鉱石は、乾式での破砕工程を経て、湿式での粉砕工程、続いて、浮遊選鉱工程へと供される。本発明の低砒素銅精鉱の製造方法においては、湿式での粉砕工程及び/又は浮遊選鉱工程において、添加薬剤として、硫黄のオキソ酸類と過酸化水素とを併用することによって、低砒素銅精鉱を製造する。
【0031】
添加される硫黄のオキソ酸類としては、工業的に入手可能な薬剤から適宜選択することが可能であるが、なかでも、チオ硫酸塩または亜硫酸塩が、砒素鉱物の分離性の面から好適である。より具体的には、チオ硫酸塩としては、チオ硫酸ナトリウム、チオ硫酸カリウム、チオ硫酸アンモニウムが、亜硫酸塩としては、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸カリウム、亜硫酸アンモニウムが、さらにこれらの水和物が使用できる。
【0032】
添加される際の形態としては、粉末あるいは水溶液の状態とすればよい。
【0033】
添加量としては、砒素含有銅鉱石に含まれる銅鉱物の種類およびその含有量、ならびに砒素鉱物の種類およびその含有量などによって、適宜調整することが可能である。具体的には、都度、浮遊選鉱試験を実施し、銅鉱物の回収率と、砒素鉱物の分離とが、所望の値となるように、硫黄のオキソ酸類の添加量を選定するが、より望ましくは、含砒素銅鉱石1tに対して、0.1~3kgとすることが好適である。0.1kg未満であると、銅鉱物の回収率が低くなる傾向にあり、逆に3kgを超えて添加しても、3kg以下の場合と浮遊選鉱の成績に大きな影響が現れず、薬剤コストが高くなるデメリットが出てくることがある。
【0034】
過酸化水素については、過酸化水素水として添加するのが好適である。
【0035】
添加量については、硫黄のオキソ酸の添加量と同様に、砒素含有銅鉱石に含まれる銅鉱物の種類およびその含有量、ならびに砒素鉱物の種類およびその含有量などによって、適宜調整することが可能である。具体的には、都度、浮遊選鉱試験を実施し、銅鉱物の回収率と、砒素鉱物の分離とが、所望の値となるように、過酸化水素の添加量を選定するが、より望ましくは、含砒素銅鉱石1tに対して、0.1~5kgとすることが好適である。0.1kg未満であると、砒素鉱物が銅鉱物と共に浮鉱として回収されやすくなる傾向があり、低砒素銅精鉱が得られないこともある。逆に、5kgを超えて添加した場合、銅鉱物の回収率が低下する傾向があり、経済的な銅精鉱製造が達成できないことがある。
【0036】
湿式での粉砕工程には、ボールミルやロッドミルが使用され、目的とする粒度を得るために、湿式サイクロンやスクリーンなどによる分級操作が適宜組み合わされる。粉砕の目的粒度については、銅鉱物や砒素鉱物が、単体分離した状態であることが、のち浮遊選鉱工程での分離効率の面から好ましい。
【0037】
浮遊選鉱においては、回収目的とする金属鉱物と気泡との付着性を向上するための捕収剤、空気を導入した際の泡立ちを改善するための起泡剤、捕収剤の機能を改善するための活性化剤、不要鉱物の気泡への付着を防止するための抑制剤、上記各薬剤の効能が発現する溶液状態に調節するためのpH調整剤などの各種薬剤が使用される。これらは、湿式での粉砕工程で添加されることも多く、本発明での添加薬剤である硫黄のオキソ酸類と過酸化水素も、湿式の粉砕工程で添加することが可能である。
【0038】
湿式での粉砕工程においては、後段の浮遊選鉱に適した粒度まで粉砕された鉱石スラリーが調製され、浮遊選鉱工程に送られる。
【0039】
浮遊選鉱工程においては、鉱石スラリーへの各種薬剤添加と添加薬剤の安定化のためのコンディショニング槽で処理したのち、鉱石スラリーに空気が導入される浮遊選鉱機で、気泡に付着する浮鉱と、気泡に付着しないでスラリー中に残留する沈鉱とに分離される。浮遊選鉱機としては、自吸式浮遊選鉱機、強制給気式浮遊選鉱機、カラム式浮遊選鉱機などの各種が本発明に使用できる。
【0040】
本発明で添加される硫黄のオキソ酸類と過酸化水素とは、先の湿式の粉砕工程のほか、浮遊選鉱工程におけるコンディショニング槽や浮遊選鉱機、あるいは各装置を接続するパイプ内やクッションタンクなど、各所で添加することが可能である。また、添加箇所は1箇所に限定する必要はなく、湿式での粉砕工程および浮遊選鉱工程のなかの複数個所で添加しても良い。
【0041】
ここで本発明における硫黄のオキソ酸類と過酸化水素との添加順序については、特段の制約はないが、より望ましくは、硫黄のオキソ酸類を先に、続いて過酸化水素とすることが良い。例えば、湿式での粉砕工程の液体サイクロンにおいて、硫黄のオキソ酸類を添加し、浮遊選鉱工程におけるコンディショニング槽で過酸化水素を添加する方法、コンディショニング槽で硫黄のオキソ酸類を添加したのち、浮遊選鉱機で過酸化水素を添加する方法などがある。この添加順序とすることで、回収目的である銅鉱物の浮鉱としての回収率を高く維持した状態で、分離対象である砒素鉱物を沈鉱中に留めておくことが可能となる。
【0042】
浮遊選鉱工程では、複数台の浮遊選鉱機を組み合わせて浮選回路を形成し、回収目的とする銅鉱物の回収と濃縮、不要鉱物の分離とを行っていく。以下に、本発明で好適に適用できる浮選回路を説明する。
【0043】
まず、直接優先浮選である。この回路では、最初に粗選と呼ぶ粗取りの工程で、銅鉱物を浮鉱として回収し、その回収物を精選と呼ぶ濃縮の工程で、例えば、銅含有量25%の銅精鉱へと処理していく。
【0044】
本発明を、直接優先浮選の回路に適用する場合は、粗選の段階で、硫黄のオキソ酸類および過酸化水素を添加する。その結果、砒素鉱物は、粗選段階で沈鉱側に、銅鉱物は浮鉱側にそれぞれ分離することができる。通常、粗選段階では、銅製錬に必要な銅含有量までの濃縮ができないことから、粗選浮鉱については、続く精選工程で濃縮する。
【0045】
精選段階では、粗選段階で砒素の分離が十分であれば、硫黄のオキソ酸類および過酸化水素の添加は不要であるが、粗選段階での砒素の分離が不十分であれば、さらに硫黄のオキソ酸類と過酸化水素を添加して、所定の銅含有量とヒ素含有量とを示す低砒素銅精鉱を製造する。
【0046】
直接優先浮選に適用した場合、銅鉱石中の砒素は、粗選沈鉱にそのまま残留することから、浮遊選鉱の工程で、高濃度の砒素含有物が生成しないという利点があり、粗選沈鉱の処理の上でも好適な方法である。
【0047】
続いて、総合優先浮選について述べる。この回路では、粗選段階では、硫黄のオキソ酸類および過酸化水素の添加は行わず、銅鉱物と砒素鉱物の両方を、粗選浮鉱として回収する。この粗選浮鉱に対して、次段階の浮選において、硫黄のオキソ酸類と過酸化水素とを添加し、銅鉱物は浮鉱として回収し、砒素鉱物は沈鉱に留める。
【0048】
この方法では、粗選段階で、処理鉱石量を低減したうえで、次段階の浮選で薬剤添加を行うため、薬剤使用量を低減できる。
【0049】
一方で、砒素含有量が比較的高い沈鉱が生成することから、その処理に留意する必要がある。ただし、硫砒銅鉱や四面銅鉱などの銅を含有する砒素鉱物の場合は、銅および砒素の両方を適切に処理できる製錬に供することができるので、砒素を含まない銅鉱物からなる銅精鉱と、銅を含む砒素鉱物からなる銅精鉱の2種を製造することも可能である。
【0050】
その他、粗選あるいは精選段階での銅の回収率が低い場合には、その後段に清掃選を設けて、取り残した銅鉱物を回収したり、精選段階での浮鉱中の銅含有量が上がらない場合には、再度、湿式での粉砕工程を設けて、銅鉱物に付着している不純分成分との分離を促進させたりといった、通常の浮選回路に適用される処理を適宜組み合わせることも何ら問題ない。
【0051】
含砒素銅鉱石の性状は、鉱床タイプの産状によって大きく変化することから、各鉱石に最適な浮選回路や回路構成を適宜選択することが望ましいのは言うまでもない。
【0052】
なお、本発明において、硫黄のオキソ酸類と過酸化水素とを併用することにより、非常に効果的に砒素含有量を低減することが可能となった理由については、詳細は明らかではないが、過酸化水素の酸化作用により、銅鉱物および砒素鉱物の両方が酸化され、表面の疎水性が弱くなることで、両鉱物ともに浮遊選鉱で回収できなくなるところを、硫黄のオキソ酸類の効果によって、銅鉱物のみの表面疎水性が保たれ、その結果、砒素鉱物の回収を低減した状態で、銅鉱物を選択的に浮遊選鉱で採取されているものと推察している。
【0053】
特許文献1においては、硫黄のオキソ酸類の一つであるチオ硫酸ナトリウムが砒素鉱物の抑制剤として作用することが、また、特許文献2においては、空気や酸素などの酸化剤を用いた酸化処理により砒素鉱物を酸化して浮遊選鉱において銅鉱物と分離する技術が提案されている。両文献とも、砒素鉱物の抑制を目的としているものであるが、本発明においては、酸化作用のある過酸化水素により効果的に砒素鉱物を浮遊選鉱で回収し難い状態に変化させるとともに、チオ硫酸塩などの硫黄のオキソ酸類については、従来の抑制剤としての作用ではなく、銅鉱物の表面疎水性を保持する役割を発現していることが推察され、本発明により新たに見出されたメカニズムだと言える。
【0054】
このようにして製造される低砒素銅精鉱は、砒素分離のための方策を講じない浮遊選鉱により製造される銅精鉱と比較して、砒素含有量を低くできるものであり、銅製錬において好適に使用できるものである。
【実施例
【0055】
以下に示す実施例および比較例にて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら制限されるものではなく、特許請求の範囲の記述によって特定されることは言うまでもない。
【0056】
[実施例1~3、比較例1、2]
表1に示す組成のチリ産の含砒素銅鉱石Aを原料として、浮遊選鉱試験を実施した。
【0057】
【表1】
【0058】
まず、含砒素銅鉱石Aをジョークラッシャにより-1.7mmに破砕したのち、500gを分取し、湿式のロッドミルおよびボールミルによる摩鉱を行い、80%通過径が180μmの粒度の含砒素銅鉱石スラリーを調製した。このスラリーに水を添加して、固形分濃度を37wt%としたのち、浮遊選鉱に先立つコンディショニングの工程において、表2に示す各種薬剤を添加し、さらに、捕収剤としてAP3477(ジチオフォスフェート系、ソルベイ社製)を10g/t、起泡剤としてMIBC(純正化学社製)を20g/t添加したのち、アジテア型試験機にて浮遊選鉱を行った。浮鉱は、浮遊選鉱開始から16分後まで回収し、浮鉱と尾鉱とをそれぞれ化学分析した。回収した浮鉱重量とその化学分析値とから、銅および砒素の回収率を算出した。
【0059】
【表2】
【0060】
浮遊選鉱試験の産物の分析結果を表3および表4に示す。表3および表4から明らかな通り、硫黄のオキソ酸と過酸化水素をともに添加していない通常の浮遊選鉱条件(比較例1)では、銅および砒素の両方が、ほぼ同じ回収率で浮鉱中に回収されているのに対して、本発明の実施例1~3では、銅回収率に対して、砒素回収率が低く抑えられており、また、浮鉱の砒素/銅比が、沈鉱の砒素/銅比よりも低くなっていることからも、砒素品位が効果的に低減できていることが分かる。さらに、本発明のより好ましい実施形態である、硫黄のオキソ酸を先、続いて過酸化水素を添加する実施例3は、さらに効果的な砒素低減が可能となっている。なお、先行技術(特許文献2)に示されている酸化剤として酸素を使用する方法と比較しても、本発明の過酸化水素がすぐれていることがわかる。
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
[実施例4、5、比較例3~5]
表5に示す組成のチリ産の含砒素銅鉱石Bを原料として、浮遊選鉱試験を実施した。
【0064】
【表5】
【0065】
まず、含砒素銅鉱石Bをジョークラッシャにより-1.7mmに破砕したのち、480gを分取し、湿式のロッドミルおよびボールミルによる摩鉱を行い、80%通過径が70μmの粒度の含砒素銅鉱石スラリーを調製した。このスラリーに水を添加して、固形分濃度を37wt%としたのち、浮遊選鉱に先立つコンディショニングの工程において、表6に示す各種薬剤を添加し、さらに、捕収剤としてAP3477(ジチオフォスフェート系、ソルベイ社製)を50g/t、起泡剤としてMIBC(純正化学社製)を24g/t添加したのち、アジテア型試験機にて浮遊選鉱を行った。浮鉱は、浮遊選鉱開始から16分後まで回収し、浮鉱と沈鉱をそれぞれ化学分析した。回収した浮鉱重量とその化学分析値とから、銅および砒素の回収率を算出した。
【0066】
【表6】
【0067】
浮遊選鉱試験の産物の分析結果を表7および表8に示す。表7および表8から明らかな通り、硫黄のオキソ酸と過酸化水素をともに添加していない通常の浮遊選鉱条件(比較例3)では、銅および砒素の両方が、ほぼ同じ回収率で浮鉱中に回収されているのに対して、本発明の実施例4および5では、銅の回収率に対して、砒素の回収率が低く抑えられており、また、浮鉱の砒素/銅比が、沈鉱の砒素/銅比よりも低くなっていることからも、砒素品位が効果的に低減できていることが分かる。なお、過酸化水素のみの比較例4では、銅および砒素の両方が同等に抑制され、効果的な分離とはなっていない他、先行技術(特許文献1)に示されているチオ硫酸ナトリウムのみの比較例5では、砒素低減の効果は限定的であり、実施例4および5が、より効果的な砒素低減が可能となっている。つまり、本発明の通り、硫黄のオキソ酸と過酸化水素の両方を使用することによって、効果的に砒素含有量が低減された低砒素銅精鉱が製造できることを示している。
【0068】
【表7】
【0069】
【表8】
図1
図2