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特許7438224LC-MSに基づくHbA1c測定の高速試料ワークフロー
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  • 特許-LC-MSに基づくHbA1c測定の高速試料ワークフロー 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-15
(45)【発行日】2024-02-26
(54)【発明の名称】LC-MSに基づくHbA1c測定の高速試料ワークフロー
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20240216BHJP
   G01N 33/72 20060101ALI20240216BHJP
   C07K 1/12 20060101ALI20240216BHJP
   C07K 1/14 20060101ALI20240216BHJP
   C07K 7/08 20060101ALI20240216BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20240216BHJP
   C07K 14/805 20060101ALN20240216BHJP
【FI】
G01N27/62 V ZNA
G01N27/62 X
G01N33/72 A
C07K1/12
C07K1/14
C07K7/08
C12N15/12
C07K14/805
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2021541222
(86)(22)【出願日】2020-01-16
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-03-08
(86)【国際出願番号】 EP2020051039
(87)【国際公開番号】W WO2020148394
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2023-01-10
(31)【優先権主張番号】19152309.1
(32)【優先日】2019-01-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】591003013
【氏名又は名称】エフ. ホフマン-ラ ロシュ アーゲー
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN-LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100157923
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴喰 寿孝
(72)【発明者】
【氏名】コボルト,ウーベ
(72)【発明者】
【氏名】ライネンバッハ,アンドレアス
(72)【発明者】
【氏名】ミトラ,インドラニル
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/009445(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/103180(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/067421(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/112429(WO,A1)
【文献】Approved IFCC Reference Method for the Measurement of HbA1c in Human Blood,Clinical Chemistry and Laboratory Medicine,Walter de Gruyter GmbH & Co. KG,2005年06月01日,Vol. 40, No. 1,Pages 78-89,doi: 10.1515/CCLM.2002.016
【文献】Modified HPLC-Electrospray Ionization/Mass Spectrometry Method for HbA1c Based on IFCC Reference Measurement Procedure,Clinical Chemistry,American Association for Clinical Chemistry,2008年06月01日,Volume 54, Issue 6,Pages 1018-1022,doi: 10.1373/clinchem.2007.100875
【文献】最適なペプチド分析のために ペプチドマッピングの基礎[オンライン],Pub.No. 5991-2348JAJP,アジレント・テクノロジー株式会社,2013年11月20日,pp. 1-24,<URL:https://www.chem-agilent.com/appnote/applinote.php?pubno=5991-2348JAJP>
【文献】Approved IFCC Reference Method for the Measurement of HbA1c in Human Blood,Clinical Chemistry and Laboratory Medicine,Walter de Gruyter GmbH & Co. KG,2005年06月01日,Vol. 40, No. 1,pp. 79-89,doi: 10.1515/CCLM.2002.016
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60-G01N 27/70
G01N 27/92
G01N 33/00-G01N 33/98
G01N 30/00-G01N 30/96
C07K 1/12
C07K 1/14
C07K 7/08
C07K 14/805
C12N 15/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
PubMed
Science Direct
Nature
Science
Oxford Journals
ACS PUBLICATIONS
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の糖化ヘモグロビンA(HbA1c)を決定するための方法であって、
(a)ヘモグロビンA(HbA)分子を含む試料を用意する工程、
(b)工程(a)からの試料に部分的タンパク質分解消化工程を施す工程であって、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片が生成される、工程、該部分的タンパク質分解消化工程において、試料中に存在するHbAβ鎖分子の1%~20%が、試料中に元々存在するHbAβ鎖分子の総量に基づいて消化される、
および
(d)ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を含む試料に質量分析(MS)による分析を施す工程であって、試料中のHbA1cの量または濃度が決定される、工程
を含む方法。
【請求項2】
(c)工程(b)において生成されたヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を富化する工程、ここで、該工程(c)は、ステップ(b)の後であってかつステップ(d)の前に行う、
をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(a)における試料が、溶血した全血試料である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
工程(b)における部分的タンパク質分解消化を、タンパク質分解酵素を用いて行い、これにより、4~20アミノ酸の範囲の長さを有する、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を生成する、請求項1からのいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
工程(b)における部分的タンパク質分解消化が、エンドペプチダーゼを用いて行われる、請求項1からのいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
工程(b)において、部分的タンパク質分解消化が、60分未満行われる、請求項1からのいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
工程(b)における部分的タンパク質分解消化が、エンドペプチダーゼGlu-Cを用いて行われ、消化が、ギ酸を反応溶液に添加することによって停止される、請求項1からのいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
富化工程(c)において、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片が、固相からの選択的溶出によって富化される、請求項1からのいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
工程(d)が、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片のMS/MS分析を含む、請求項1からのいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
非糖化ヘモグロビンA(HbA0)に対するまたは全ヘモグロビンA(HbA)に対する糖化ヘモグロビンA(HbA1c)の比が決定される、請求項1からのいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
(i)HbAβ鎖分子の部分的タンパク質分解消化用の酵素、および前記酵素の消化用バッファー、
(ii)(i)の酵素でのタンパク質分解消化を停止することが可能な停止用媒体
を含むキット。
【請求項12】
(iii)タンパク質分解性に消化されたHbA1c分子を富化するための富化手段、および
(iv)(iii)の富化手段からの試料成分を溶出する際に使用するための水混和性有機溶媒を含む溶出媒体
の少なくとも1つをさらに含む、請求項11に記載のキット。
【請求項13】
請求項1から10のいずれか一項に記載の方法における、請求項11または12に記載のキットの使用。
【請求項14】
請求項1から10のいずれか一項に記載の方法を行うように適合されている試料における糖化ヘモグロビンA(HbAc1)を決定するための診断システム。
【請求項15】
試料中の糖化ヘモグロビンA(HbAc1)を決定するための診断システムであって、
(i)HbA1c分子のN末端断片を含む試料の調製のための少なくとも1つのステーションであって、調製が、ヘモグロビンA(Hb1)分子の部分的タンパク質分解消化を含む、少なくとも1つのステーション
を含む診断システム。
【請求項16】
(ii)試料からヘモグロビンAβ分子のN末端断片を選択的に富化するように適合されている少なくとも1つの富化ステーション、および
(iii)質量分析(MS)によりヘモグロビンA分子のN末端断片を分析し、試料中のHbAc1の量または濃度を決定するように適合されている少なくとも1つのステーション
の少なくとも1つをさらに含む、請求項15に記載の診断システム。
【請求項17】
請求項1から10のいずれか一項に記載の方法における、請求項14から16のいずれか一項に記載の診断システムの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析(MS)による糖化ヘモグロビンA(HbA1c)分子のペプチド断片を決定するための方法、試薬キットおよび本方法を実施するように適合されている臨床診断システムを指す。
【背景技術】
【0002】
循環血中グルコースレベルの制御の障害は、糖尿病の指標である。血糖は、非酵素的な統計的プロセスで、ポリペプチドのリジン残基に結合し、これにより糖化ポリペプチドをもたらす恐れがある。ヘモグロビンA(HbA)の場合、グルコースとβ鎖のN末端との間に反応が起こる。生じた糖化ヘモグロビンAβ鎖は、HbA1cと表される。
【0003】
HbA1cは、ヒト血液中の主要な糖化ヘモグロビン種である。包括的な糖尿病の管理および合併症の治験(Diabetes Control and Complications Trial:DCCT)は、網膜症、腎障害および神経症などの合併症が、インスリン依存性糖尿病(IDDM)を有する患者において高血糖の程度に直接、関係するという証拠を提示し、血液中のHbA1cの測定が、糖尿病患者の血糖状態を長期間にわたりモニタリングする優れた手段となることを示した(Nathanら、N.Engl.J.Med 329巻(1993年)977~986頁;Santiago,J.V.、Diabetes 42巻(1993年)1549~1554頁;Benjamin,J.およびSacks,D.B.、Clin.Chem.40巻(1994年)683~687頁;およびGoldstein D.ら、Clin.Chem40巻(1994年)1637~1640頁)。DCCTの検討により、それぞれ、HbA1cおよびHbA0(すなわち非糖化ヘモグロビン)の信頼性の高いかつ再現性の高い測定の必要性がまた明確に実証された。
【0004】
糖化ヘモグロビンを決定する様々な方法、すなわちクロマトグラフィーおよび/または質量分析(MS)、化学的方法ならびに免疫学的方法を含めた、物理化学的方法が多数、存在する。国際臨床化学連合(IFCC)により承認を受けているヒト血液中のHbA1cの測定に関する基準法は、18~20時間の期間、酵素のエンドプロテイナーゼGlu-Cによる、ヘモグロビンのペプチドへの酵素による切断、その後のHPLCおよびエレクトロスプレーイオン化質量分析によって、またはUV検出を備えるHPLCおよびキャピラリー電気泳動を使用する二次元手法での、β鎖の糖化N末端ヘキサペプチドおよび非糖化N末端ヘキサペプチドの分離および定量を含む(Jeppssonら、Clin.Chem.Lab.Med.40巻(2002年)、78~89頁)。
【0005】
この基準法の改変が、Kaiserら(Clin.Chem.54巻(2008年)、1018~1022頁;Liら、J.Chromatogr.B.776巻(2002年)、149~160頁);Jeong(Mass Spectrom.Lett.5巻(2014年)、52~56頁;およびZhangら、Clin.Chem.Lab Med.54巻(2016年)、569~576頁)により記載されており、すべてが、少なくとも18時間の期間のタンパク質分解消化に言及している。
【0006】
したがって、ヘモグロビンAの酵素消化を含む公知の方法は、通常、十分な量の切断生成物を得て、こうして安定な測定シグナルを得るために、一晩のインキュベートを必要とする。さらに、試料にMS検出を施す前に、従来のクロマトグラフィーを用いるマトリックス成分を含む複合体ペプチド混合物の分離が必要である。したがって、これらの方法は、患者の試料をハイスループット測定するには、時間を要し、使用には制限がある。
【0007】
したがって、MSによるHbA1cを決定するための迅速かつ信頼性の高い方法を提供することが必要とされている。
【発明の概要】
【0008】
本発明の第1の態様は、試料中の糖化ヘモグロビンA(HbA1c)を決定するための方法であって、
(a)ヘモグロビンA(HbA)分子を含む試料を用意する工程、
(b)工程(a)からの試料に部分的タンパク質分解消化工程を施す工程であって、ヘモグロビンAβ分子のN末端断片が生成される、工程、
(c)工程(b)において生成されたヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を場合により富化する工程、および
(d)ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を含む試料に質量分析(MS)による分析を施す工程であって、試料中のHbA1cの量または濃度が決定される、工程
を含む方法を指す。
【0009】
本発明の第2の態様は、
(i)HbAβ鎖分子の部分的タンパク質分解消化用の酵素、および場合により前記酵素の消化用バッファー、
(ii)(i)の酵素でのタンパク質分解消化を停止することが可能な停止用媒体、および
(iii)場合により、タンパク質分解性に消化されたHbA1c分子を富化するための富化手段、および
(iv)場合により、(iii)の富化手段からの試料成分を溶出する際に使用するための水混和性有機溶媒を含む溶出媒体
を含むキットを指す。
【0010】
本キットは、上記の方法に使用するのに特に好適である。
【0011】
本発明の第3の態様では、上記の方法を行うように適合されている診断システムが提供される。診断システムは、特に、上記のキットと一緒に使用するためのものである。
【0012】
本発明により、MSによって、試料中のタンパク質分解性に消化された糖化HbA1c分子、および場合によりタンパク質分解性に消化された非糖化HbA0分子の迅速かつ信頼性の高い決定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】Glu-Cを用いて全血試料を消化することによって得られたHbA1cおよびHbA0ペプチドからのMS/MSピークを示す図である。
図2】Glu-Cによるさらに精製していない(上部)、および磁気ビーズ表面での富化による試料精製を伴う、全血試料の消化と、その後の、様々な濃度のACN、すなわち、それぞれ、5%(v/v)ACN、10%(v/v)ACN、15%(v/v)ACN、20%(v/v)ACNおよび30%(v/v)ACNを用いた洗浄および溶出からの結果を示す図である。特に5%または10% ACNの量でのACNによる溶出により、LC-MS前の、HbA1cおよびHbA0の特異的溶出、およびこうして富化が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
定義
「を含む(comprise)」という語、ならびに「を含む(comprises)」および「を含んでいる(comprising)」などの変化形は、明記した整数もしくは工程、または整数もしくは工程の群を含むことを意味するが、他のいかなる整数もしくは工程、または整数もしくは工程の群を除外することを意味するものではないことが理解されよう。
【0015】
本明細書および添付の特許請求の範囲において使用される場合、単数形「a」、「an」および「the」は、その内容が特に明白に示さない限り、個々の複数の用語も含む。
【0016】
百分率、濃度、量および他の数値データは、「範囲」形式で本明細書において表現または提示することができる。このような範囲の形式は、便宜上および簡潔にするために単に使用されているに過ぎないこと、したがって、その範囲を限定するものとして明示的に列挙されている数値を含むだけではなく、各数値および部分範囲があたかも明示的に列挙されているかのごとくその範囲に包含される個々の数値のすべてまたは部分範囲を含むことを柔軟に解釈するべきであると理解される。例示として、「4%~20%」の数値範囲は、4%~20%という明示的に列挙されている値を含むだけではなく、表示されている範囲内の個々の値および部分範囲を含むと解釈されるべきである。したがって、4、5、6、7、8、9、10、・・・18、19、20%などの個々の値、および4~10%、5~15%、10~20%などの部分範囲がこの数値範囲に含まれる。この同じ原理が、最低値または最高値を列挙する範囲に当てはまる。さらに、このような解釈は、その範囲の幅または記載されている特性に関わらず、当てはまるはずである。
【0017】
用語「約」は、数値に関連して使用される場合、表示数値よりも5%小さい下限値、および表示数値より5%大きな上限値を有する範囲内の数値を包含することを意味する。
【0018】
用語「質量分析」(「Mass Spec」または「MS」)は、その質量によって化合物を特定するために使用する分析技術に関する。MSは、その質量対電荷比または「m/z」に基づいて、イオンをフィルターにかけ、検出し、測定する方法のことである。MS技術は、一般に、(1)化合物をイオン化し、電荷を帯びた化合物を形成すること、および(2)電荷を帯びた化合物の分子量を検出して、質量対電荷比を計算することを含む。化合物は、任意の好適な手段によってイオン化されて、検出され得る。「質量分析計」は、一般に、イオン化装置およびイオン検出器を含む。一般に、1つまたは複数の目的の分子がイオン化されて、続いて、このイオンは、質量分析機器に導入されて、この機器において、磁場および電場の組合せにより、イオンは、質量(「m」)および電荷(「z」)に依存して空間の経路をたどる。用語「イオン化」または「イオン化する」とは、1つまたは複数の電子単位に等しい正味の電荷を有する被分析物のイオンを発生させるプロセスを指す。陰イオンは、1つまたは複数の電子単位の正味の負電荷を有するものである一方、陽イオンは、1つまたは複数の電子単位の正味の正電荷を有するものである。MS方法は、陰イオンが発生してこれが検出される「陰イオンモード」、または陽イオンが発生してこれが検出される「陽イオンモード」のどちらか一方で行うことができる。
【0019】
「タンデム質量分析」または「MS/MS」は、質量分析の選択および検出からなる複数の工程を含み、被分析物のフラグメント化がこれらの工程の間に起こる。タンデム型質量分析計では、イオンはイオン源で形成され、質量分析の第1の段階で、質量対電荷比によって分離される(MS1)。特定の質量対電荷比のイオン(前駆体イオンまたは親イオン)が選択されて、フラグメントイオン(または娘イオン)は、衝突誘導解離、イオン-分子反応、および/または光解離により生成する。生じたイオンは、次に、質量分析の第2の段階で分離されて、検出される(MS2)。
【0020】
MSにおける大部分の試料のワークフローは、試料調製および/または富化工程をさらに含み、例えば、目的の被分析物は、例えばガスまたは液体クロマトグラフィーを使用して、マトリックスから、例えば被分析物とは異なる試料構成成分から分離される。通常、質量分析測定の場合、以下の3つの工程が行われる:
(1)目的の被分析物を含む試料が、通常は陽イオンとの付加物を形成することによって、多くの場合、陽イオンへのプロトン化によってイオン化される。イオン化源は、以下に限定されないが、エレクトロスプレーイオン化(ESI)および大気圧化学イオン化(APCI)を含む。
(2.)イオンは分類されて、その質量および電荷に従い分離される。高電場非対称波形イオン移動度分光分析(FAIMS)をイオンフィルターとして使用することができる。
(3.)次に、分離したイオンは、例えば、多重反応モード(MRM)で検出され、結果がチャートに表示される。
【0021】
用語「エレクトロスプレーイオン化」または「ESI」とは、溶液を長さの短いキャピラリー管に沿って通過させて、キャピラリー管の端部に高い正電位または負電位を印加する、方法を指す。管の端部に到達した溶液は、溶媒蒸気中で非常に小さな溶液の液滴のジェットまたはスプレーへと気化(噴霧化)される。液滴のこの霧は、エバポレーションチャンバーを通り、このチャンバーは、わずかに加熱されて、縮合を予防して溶媒をエバポレートする。液滴が小さくなるほど、同じ電荷間の自然な反発によってイオンと中性分子が放出されるまで、電気的な表面電荷密度が向上する。
【0022】
用語「大気圧化学イオン化」または「APCI」は、ESIに類似した質量分析方法を指す。しかし、APCIは、大気圧においてプラズマ内で発生するイオン-分子反応によってイオンを生成する。プラズマは、スプレーキャピラリーと対電極との間の電気放電により維持される。イオンは、通常、一連の差動ポンプ式スキマーステージ(differentially pumped skimmer stages)の使用により質量分析装置に抽出される。向流の乾燥および予熱Nガスを用いて、溶媒の除去を改善することができる。APCIにおける気相イオン化は、極性がより低い実体を分析するためにESIよりも有効となり得る。
【0023】
「多重反応モード」または「MRM」は、前駆体イオンおよび1つまたは複数のフラグメントイオンが選択的に検出される、MS機器用の検出モードである。
【0024】
質量分析計は、わずかに異なる質量のイオンを分離して検出するので、所与の元素からなる異なる同位体を容易に区別する。したがって、質量分析は、以下に限定されないが、低分子量の被分析物、ペプチド、ポリペプチドまたはタンパク質を含めた、被分析物の正確な質量決定および特徴づけにとって重要な方法である。その用途は、タンパク質およびその翻訳後修飾の同定、タンパク質複合体、そのサブユニットおよび機能的相互作用の解明、ならびにプロテオミクスにおけるタンパク質の全測定を含む。質量分析によるペプチドまたはタンパク質のデノボ配列決定は、通常、アミノ酸配列のこれまでの知識なしに行うことができる。
【0025】
質量分析決定は、ガスクロマトグラフィー(GC)、液体クロマトグラフィー(LC)、特にHPLC、および/またはイオン移動度に基づく分離技法などのクロマトグラフィー法を含めた追加の分析法と組み合わされてもよい。
【0026】
本開示の文脈において、用語「被分析物」、「被分析物分子」または「目的の被分析物」は、互換的に使用されて、質量分析により分析される化学種を指す。質量分析により分析されるのに好適な化学種、すなわち被分析物は、生存生物において存在する任意の種類の分子とすることができ、以下に限定されないが、核酸(例えば、DNA、mRNA、miRNA、rRNAなど)、アミノ酸、ペプチド、タンパク質(例えば、細胞表面受容体、サイトゾルタンパク質など)、代謝産物またはホルモン(例えば、テストステロン、エストロゲン、エストラジオールなど)、脂肪酸、脂質、炭水化物、ステロイド、ケトステロイド、セコステロイド(例えば、ビタミンD)、別の分子のある種の修飾に特徴的な分子(例えば、タンパク質上の糖部分またはホスホリル残基、ゲノムDNA上のメチル残基)、または生物体により内部移行された物質(例えば、治療薬、乱用薬物、毒素など)、またはそのような物質の代謝産物とすることができる。このような被分析物は、バイオマーカーとして役立つことがある。本発明の文脈において、用語「バイオマーカー」とは、前記システムの生物学的状態の指標として使用される、生物学的システム内の物質を指す。
【0027】
被分析物は、目的の試料中、例えば、生体試料または臨床試料中に存在することがある。用語「試料」または「目的の試料」は、本明細書において互換的に使用され、組織、器官もしくは個体の部分または片を指し、通常、組織、器官または個体の全体を表すことが意図されているこのような組織、器官または個体よりも小さい。分析に際して、試料は、組織状態、あるいは器官もしくは個体の健康状態または疾患状態に関する情報を提供する。試料の例は、以下に限定されないが、血液、血清、血漿、滑液、髄液、尿、唾液およびリンパ液などの液体試料、または乾燥血液スポットおよび組織抽出物などの固体試料を含む。試料のさらなる例は、細胞培養物または組織培養物である。
【0028】
本開示の文脈において、試料は、「個体」または「対象」に由来し得る。通常、対象は、哺乳動物である。哺乳動物には、以下に限定されないが、家畜動物(例えば、ウシ、ヒツジ、ネコ、イヌおよびウマ)、霊長類(例えば、ヒトおよびサルなどの非ヒト霊長類)、ウサギおよびげっ歯類(例えば、マウスおよびラット)が含まれる。
【0029】
質量分析による分析前に、試料は、試料および/または被分析物に特有の方法で前処理されてもよい。本開示の文脈において、用語「前処理」とは、質量分析による所望の被分析物の後の分析を可能にするために必要な任意の手段を指す。前処理手段は、通常、以下に限定されないが、固体試料の溶出(例えば、乾燥血液スポットの溶出)、全血試料への溶血試薬(HR)の添加および尿試料への酵素試薬の添加を含む。同様に、内標準(ISTD)の添加は、試料の前処理と見なされる。
【0030】
用語「溶血試薬」(HR)は、試料中に存在する細胞を溶解する試薬を指す。本発明の文脈において、溶血試薬は、特に、以下に限定されないが、全血試料中に存在する赤血球を含めた、血液試料中に存在する細胞を溶解する試薬を指す。周知の溶血試薬は、水(HO)、例えば脱イオン水またまたは蒸留水である。溶血試薬のさらなる例は、以下に限定されないが、高いオスモル濃度の液体(例えば、8M尿素)、イオン性液体および異なる洗剤を含む。
【0031】
通常、内標準(ISTD)は、質量スペクトル検出のワークフローに施すと、目的の被分析物と類似の特性を示す、既知量の物質である(すなわち、任意の前処理、富化および実際の検出工程を含む)。ISTDは、目的の被分析物と類似の特性を示すが、目的の被分析物とはやはり明確に区別可能である。例証すると、ガスクロマトグラフィーまたは液体クロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー分離の間に、ISTDは、試料に由来する目的の被分析物とほぼ同じ保持時間を有する。したがって、被分析物とISTDのどちらも、同時に質量分析計に入る。しかし、ISTDは、試料に由来する目的の被分析物とは異なる分子量を示す。これにより、ISTD由来のイオンと被分析物由来のイオンを、それらの異なる質量/電荷(m/z)比により質量スペクトルの区別が可能となる。どちらもフラグメント化を受け、娘イオンをもたらす。これらの娘イオンは、互いに、およびそれぞれの親イオンとは、それらのm/z比により区別することができる。したがって、ISTDおよび被分析物に由来するシグナルの個々の決定および定量を行うことができる。ISTDは、既知量で添加されるので、試料に由来する被分析物のシグナル強度は、被分析物の具体的な定量的量に起因し得る。したがって、ISTDの添加により、検出される被分析物の量の相対比較が可能となり、被分析物が質量分析計に到達すると、試料中に存在する目的の被分析物の明確な同定および定量が可能となる。通常、必ずではないが、ISTDは、目的の被分析物の同位体標識されている変形体(例えば、少なくとも1個のH、13Cおよび/または15Nなどの標識を含む)。
【0032】
前処理に加えて、試料はまた、1つまたは複数の富化工程が施されてもよく、試料に、1つまたは複数の「富化方法」または「富化ワークフロー」が施される。周知の富化方法は、以下に限定されないが、化学沈殿、固体相の使用およびクロマトグラフィー法を含む。
【0033】
化学沈殿とは、試料に化学成分を添加し、これにより、試料のある特定の構成成分が関与することを指す。例証すると、周知の沈殿方法は、試料へのアセトニトリルの添加である。
【0034】
固体相は、以下に限定されないが、固体相抽出(SPE)カートリッジ、およびビーズを含む。用語「ビーズ」は、非磁性、磁性または常磁性球状粒子を指す。ビーズは、目的の被分析物に特異的であるように異なってコーティングされていてもよい。コーティングは、所期の使用、すなわち所期の捕捉分子に応じて様々となり得る。コーティングがどの被分析物に好適かは当業者に周知である。ビーズは、様々な異なる物質で作製されていてもよい。ビーズは、様々なサイズを有することができ、細孔を有するまたはこれを有さない表面を備える。
【0035】
用語「クロマトグラフィー」とは、液体または気体により運ばれる化学混合物が、それらが固定液体相もしくは固体相の周りまたは上を流れると、化学実体の示差的分布の結果として、成分に分離されるプロセスを指す。
【0036】
用語「液体クロマトグラフィー」または「LC」とは、流体が、微粉砕物質のカラムまたはキャピラリー流通路を一様に浸透する際に、流体溶液の1つまたは複数の成分が選択的に遅延するプロセスを指す。遅延は、この流体が固定相に対して移動するので、1種または複数の固定相とバルク流体(すなわち、移動相)との間の混合物の成分の分布に起因する。固定相が移動相よりも極性となる方法(例えば、移動相としてのトルエン、固定相としてのシリカ)は、順相液体クロマトグラフィー(NPLC)と呼ばれ、固定相が移動相ほど極性ではない方法(例えば、移動相として水-メタノール混合物および固定相としてC18(オクタデシルシリル))においては、逆相液体クロマトグラフィー(RPLC)と呼ばれる。
【0037】
「高速液体クロマトグラフィー」または「HPLC」とは、分離度が、通常の密に充填したカラムである固定相を加圧下で移動相を強制することにより向上する、液体クロマトグラフィーの方法を指す。通常、カラムには、不規則な形状の粒子または球形状の粒子、多孔質モノリシック層または多孔質膜からなる固定相が充填されている。HPLCは、移動相および固定相の極性に基づいた2種の異なる部分クラス、すなわちNP-HPLCおよびRP-HPLCに歴史的に分類されている。
【0038】
マイクロLCとは、狭いカラム内径、通常1mm未満、例えば約0.5mmを有するカラムを使用するHPLC法を指す。「超高速液体クロマトグラフィー」または「UHPLC」とは、例えば、120MPa(17,405lbf/in)または約1200気圧の高圧を使用するHPLC法を指す。
【0039】
迅速LCとは、<2cm、例えば1cmの長さの短い、上記の内径を有するカラムを使用するLC法を指し、上記の流速を適用し、上記の圧力を用いる(マイクロLC、UHPLC)。短い迅速LCプロトコールは、単一分析用カラムを使用する、捕捉/洗浄/溶出工程を含み、<1分間という非常に短い時間でLCを実現する。
【0040】
さらなる周知のLC方法は、親水性相互作用クロマトグラフィー(HIC)、サイズ排除LC、イオン交換LCおよび親和性LCを含む。
【0041】
LC分離は、単一チャネルLC、または平行して配列されている複数のLCチャネルを含む多重チャネルLCとすることができる。LCでは、被分析物は、一般に当業者に公知の通り、その極性またはlogP値、サイズまたは親和性に従い分離され得る。
【0042】
本開示の文脈において、用語「第1の富化プロセス」、「第1の富化工程」または「第1の富化ワークフロー」とは、試料の前処理に続いて行われ、最初の試料に比べて富化された被分析物を含む試料をもたらす、富化プロセスを指す。
【0043】
本開示の文脈において、用語「第2の富化プロセス」、「第2の富化工程」または「第2の富化ワークフロー」とは、試料の前処理および第1の富化プロセスに続いて行われ、最初の試料および第1の富化プロセス後の試料に比べて富化された被分析物を含む試料をたらす、富化プロセスを指す。
【0044】
用語「クロマトグラフィー」とは、液体または気体により運ばれる化学混合物が、それらが固定液体相もしくは固体相の周りまたは上を流れると、化学実体の示差的分布の結果として、成分に分離されるプロセスを指す。
【0045】
「キット」は、少なくとも1つの試薬、例えば障害を治療するための医薬、または本発明の被分析物を特異的に検出するためのプローブを含む任意の製造物品(例えば、パッケージまたは容器)のことである。本キットは、本発明の方法を行うための単位として、好ましくは販売促進される、配布されるまたは販売される。通常、キットは、バイアル、チューブなどの1つまたは複数の容器手段を厳重に封されて受け取るようコンパートメント化されている担体手段をさらに備えることができる。特に、容器手段は、第1の態様の方法に使用する個別の要素の1つを備えてもよい。キットは、以下に限定されないが、バッファー、希釈剤、フィルター、ニードル、シリンジ、および使用説明書を備える添付文書を含めた、さらなる物質を含む1つまたは複数の他の容器をさらに備えてもよい。ラベルは、その組成物が、特定の用途に使用されることを表示するよう容器に提示されてもよく、in vivoまたはin vitroのどちらかで使用するための指示も表示し得る。本キットはまた、光学的保存媒体(例えば、コンパクトディスク)などのデータ保管用媒体もしくはデバイスに、またはコンピュータもしくはデータ処理デバイスに直接、設けられたコンピュータプログラムコードを含んでもよい。さらに、本キットは、較正目的で、本明細書の他の箇所に記載されているバイオマーカーの標準量を含むことができる。
【0046】
「添付文書」は、適応症、利用、成績、および/またはこのような診断製品の使用に関する注意書きに関する情報を含む、診断製品の市販パッケージに慣用的に含まれている指示書を指すために使用される。
【0047】
実施形態
本発明の第1の態様は、試料中の糖化ヘモグロビンA(HbA1c)を決定するための方法であって、
(a)ヘモグロビンA(HbA)分子を含む試料を用意する工程、
(b)工程(a)からの試料に部分的タンパク質分解消化工程を施す工程であって、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片が生成される、工程、
(c)工程(b)において生成されたヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を場合により富化する工程、および
(d)ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を含む試料に質量分析(MS)による分析を施す工程であって、試料中のHbA1cの量または濃度が決定される、工程
を含む、方法
を指す。
【0048】
こうして、試料中の、HbA1cの量または濃度、特にHbA1cの相対量、すなわち非糖化HbA0分子に対するまたはHbA分子全体に対する糖化HbA1c分子の比を決定することができる。本方法は、非常に正確であり、所与の試料中のHbA1cの量、HbA1c/HbAの比またはHbA1c/HbA0の比を繰り返し決定すると、2.5%以下、特に2.0%以下、より詳細には1.5%以下の変動係数(CV)をもたらす。
【0049】
工程(a)によれば、ヘモグロビン分子を含む試料が用意される。試料は、好ましくは、溶血した全血試料、特に、例えば、糖化ヘモグロビンAの量に関してその血液を検査する対象に由来する溶血したヒト全血試料である。溶血は、特に、水(HO)、例えば脱イオン水または蒸留水を用いて、特に、約1:2~約1:20、特に、約1:5~約1:10、特に約1:9(v/v)となる試料:水の比で希釈することにより行われる。試料は、約30分未満、約10分未満、約5分未満の時間の間に溶血され得、または約2分未満でも溶血され得る。特定の実施形態では、試料は、約10~約60秒の時間の間に溶血される。
【0050】
特定の実施形態では、溶血は、試料および水を混合することによって、特に試料と水をボルテックスすることによって行われる。特に、試料および水は、約1~約60秒間、特に約5~約30秒間、特に、約10秒間、混合され、特にボルテックスされる。
【0051】
溶血の間、試料は、20℃~30℃、特に22~25℃の温度、特に室温で維持され得る。
【0052】
特定の実施形態では、試料の溶血は、室温で10秒間、ボルテックスすることによって、1:9の比で試料と水を混合することにより行われる。
【0053】
本発明の方法の工程(b)は、試料中のHbA分子の部分的タンパク質分解消化を含む。驚くべきことに、試料中に存在するヘモグロビンA分子に部分的タンパク質分解消化を施すと、消化生成物の量が、試料中のHbA1cを正確に決定することが可能となるほど十分となることを見出した。したがって、HbA1cを決定するための迅速かつ信頼性の高い方法が提供される。部分的タンパク質分解消化は、無傷のHbA分子およびタンパク質分解性に消化されたHbA分子を含む混合物、特に無傷のHbA1cβ鎖分子、無傷のHbA0β鎖分子、タンパク質分解性に消化されたHbA1cβ鎖分子およびタンパク質分解性に消化されたHbA0β鎖分子からなる混合物をもたらす。好ましい実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、試料中に存在するHbAβ鎖分子の約1%~約20%、特に約5%~10%が、試料中に元々存在するHbAβ鎖分子の総量に基づいて消化される、消化を含む。
【0054】
本発明の方法の工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、HbAβ鎖分子のタンパク質分解消化による切断が起こる条件下で、タンパク質分解酵素を用いて行われる。好ましくは、その切断特異性に基づいて、4~20アミノ酸の範囲、特に5~15アミノ酸の範囲の長さを有する、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を生成するタンパク質分解酵素が選択される。より好ましくは、タンパク質分解酵素は、アミノ酸の位置6、8または14の後の配列番号1に示されているヒトHbAβ鎖分子のN末端を切断する。
【0055】
特定の実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、エンドペプチダーゼ、特に、Glu-C、トリプシン、ペプシンおよびサーモリシンからなる群から選択されるエンドペプチダーゼを用いて行われる。Glu-Cによるタンパク質分解消化は、6アミノ酸のN末端断片をもたらし、トリプシンによるタンパク質分解消化は、8アミノ酸のN末端断片をもたらし、ペプシンによるタンパク質分解消化は、14アミノ酸のN末端断片をもたらす。特定の実施形態では、タンパク質分解消化は、エンドペプチダーゼGlu-Cを用いて行われる。
【0056】
特定の実施形態では、本発明である工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、約10分~約120分の期間、例えば約60分間以下、約45分間以下、または約30分間以下の期間、行われる。特定の実施形態では、部分的タンパク質分解消化は、約15分間~約45分間、行われる。
【0057】
特定の実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、約20℃~約40℃、特に、約25℃~約37℃、特に、約30℃~約37℃の温度範囲で行われる。特定の実施形態では、部分的タンパク質分解消化は、37℃で行われる。
【0058】
実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化に使用するバッファーは、Naおよび/またはKイオンを含まないバッファー、特に、例えば約20mM~約50mMの酢酸アンモニウムまたは約30mMの酢酸アンモニウムを含む酢酸アンモニウムバッファーまたはクエン酸アンモニウムバッファーなどのアンモニウムイオンを含むバッファーである。
【0059】
実施形態では、消化用バッファーのpHは、特定のタンパク質分解酵素に依存する。実施形態では、Glu-Cがタンパク質分解酵素として使用される場合、消化用バッファーは、酸性pH、例えば約4~約5のpH、特に約4.2~約4.5のpHまたは約4.3のpHを有する。
【0060】
実施形態では、工程(b)におけるプロテアーゼは、所望の程度の部分的消化を得るため、好適な任意の濃度で存在する。実施形態では、タンパク質分解酵素、例えばエンドペプチダーゼGlu-Cは、約0.1~約1mg/mL、特に0.3mg/ml~0.8mg/ml、特に約0.6mg/mLの濃度を有する。特定の実施形態では、Glu-Cがタンパク質分解酵素として使用される場合、工程(b)における部分的タンパク質分解消化に使用される濃度は、約0.6mg/mLである。
【0061】
特定の実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、エンドペプチダーゼGlu-Cを使用して、約37℃の温度で約45分間行われる。
【0062】
特定の実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、エンドペプチダーゼGlu-Cを使用して、約0.6mg/mlの濃度で、約37℃の温度で約45分間行われる。
【0063】
特定の実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、エンドペプチダーゼGlu-Cを使用して、30mMの酢酸アンモニウムバッファー中で約0.6mg/mlの濃度で、約37℃の温度で約45分間行われる。
【0064】
特定の実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、エンドペプチダーゼGlu-Cを使用して、約4.3のpHにおいて30mMの酢酸アンモニウムバッファー中で0.6mg/mlの濃度で、約37℃の温度で約45分間行われる。
【0065】
本発明の特定の実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、所望の程度のタンパク質分解消化による切断を実現した後に停止される。例えば、この消化は、タンパク質分解消化を停止することが可能な、またはこれを停止する停止用媒体を添加することにより停止され得る。特定の実施形態では、停止剤は、希釈媒体、例えば、酸性溶液、特にギ酸(FA)を含む酸性溶液である。実施形態では、前記酸性溶液は、水中のFAを含む。FAが工程(b)における部分的タンパク質分解消化を停止するための酸性溶液に使用される実施形態では、FAは、0.05%~0.2%(v/v)の濃度のFA、特に、約0.1%(v/v)の濃度のFAで存在することができる。実施形態では、酸、特に、FAは、pHを約1~約4に調整する。特に、pHを約2.7に調整する。
【0066】
特定の実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化は、エンドペプチダーゼGlu-Cを使用して、約4.3のpHにおいて約30mMの酢酸アンモニウムバッファー中で約0.6mg/mlの濃度で、約37℃の温度で約45分間行われ、pHを約2.7に調整するために、水中に約0.1%(v/v)FAを含む希釈バッファーを使用した後に停止される。
【0067】
特定の実施形態では、工程(b)における部分的タンパク質分解消化後に得られた試料に被分析物の富化ワークフロー、すなわち、試料中にヘモグロビンAβ鎖のタンパク質分解性に生成されたN末端断片を富化することを含む、富化工程(c)がさらに施されてもよい。タンパク質分解性に生成されたN末端断片を「富化する」という用語は、MSによる分析に試料を施す前に、N末端断片分子対他の試料構成成分の相対量を向上させるものとして理解される。特に、富化工程は、N末端ヘモグロビンAβ鎖断片の富化を含む一方、測定を妨害する可能性のある他の試料構成成分は、枯渇または除去される。特定の実施形態では、N末端ヘモグロビンAβ鎖断片は、少なくとも約2倍、少なくとも約5倍、または少なくとも約10倍、富化される。
【0068】
富化工程(c)は、1つまたは複数の富化方法、特に第1および/または第2の富化工程を含むことができる。富化方法は、当分野で周知であり、以下に限定されないが、化学沈殿を含めた化学的富化方法、および以下に限定されないが、固体相抽出方法、ビーズワークフローおよびクロマトグラフィー法(例えばガスクロマトグラフィーまたは液体クロマトグラフィー)を含めた固体相を使用する富化方法を含む。したがって、特定の実施形態では、富化工程(c)は、化学沈殿、固体相抽出方法を使用する方法、ビーズワークフローおよびクロマトグラフィー法からなる群から選択される1つまたは複数の富化方法を含む。
【0069】
実施形態では、富化工程(c)は、1種または2種の富化方法を含み、すなわち、富化工程(c)(i)および/または富化工程(c)(ii)を含む。本方法が富化工程(c)(i)および富化工程(c)(ii)を含む実施形態では、富化工程(c)(i)は富化工程(c)(ii)の前に行われる。
【0070】
実施形態では、第1の富化工程(c)(i)は、前処理した試料への被分析物に選択的な群を有する固体相の添加を含む、結合/遊離分離工程を含む。固体相は、固体粒子または非特異的固体相、例えば、容器またはウェル内でコーティングされた表面からなることができる。特定の実施形態では、固体相は、磁性粒子または常磁性粒子、特に、磁性コアまたは常磁性コアを有する粒子からなる。実施形態では、前記磁性コアまたは常磁性コアは、金属酸化物および/または金属炭化物を含む。とりわけ特定の実施形態では、コアはFeを含む。
【0071】
固体相の表面、特に、磁性ビーズまたは常磁性ビーズは、特に、C~C18アルキル基、より詳細にはCアルキル基などの疎水性有機基を含む、疎水性表面とすることができる。さらに、固体相の疎水性表面、特に磁性ビーズまたは超常磁性ビーズの表面は、細孔を備える。細孔サイズは、1nm~200nm、特に約100nm未満、特に約10nm未満の範囲にあることができる。好適な疎水性表面は、例えば、「The HPLC Expert:Possibilities and Limitations of Modern High Performance Liquid Chromatography」DOI:10.1002/9783527677610に見出すことができる。
【0072】
実施形態では、富化工程(c)は、磁性ビーズまたは常磁性ビーズを使用する第1の富化工程(c)(i)を含む。実施形態では、第1の富化工程(c)(i)は、試料中に存在するヘモグロビンAβ鎖分子のタンパク質分解性に生成されたN末端断片の選択的結合のための基を有する磁性ビーズまたは常磁性ビーズの添加を含む。実施形態では、磁気ビーズの添加は、撹拌または混合を含む。ビーズ表面でヘモグロビンAβ鎖分子のタンパク質分解性に生成されたN末端断片を捕捉するための事前に規定されたインキュベーション期間が続く。実施形態では、ワークフローは、磁気ビーズと共にインキュベートした後に洗浄工程(W1)を含む。被分析物に応じて、1つまたは複数の追加の洗浄工程(W2)が行われる。1つの洗浄工程(W1、W2)は、磁石または電磁石を備える磁気ビーズ取り扱いユニットによる磁気ビーズ分離、液体の吸引、洗浄用バッファーの添加、磁気ビーズの再懸濁、別の磁気ビーズの分離工程および液体の別の吸引を含む、一連の工程を含む。さらに、洗浄工程は、溶媒のタイプ(水/有機/塩/pH)に関して、分量および数、または洗浄サイクルの組合せとは異なり得る。個々のパラメーターの選択方法は、当業者に周知である。最後の洗浄工程(W1、W2)の後に、溶出試薬の添加、次いで、磁気ビーズの再懸濁、および磁気ビーズから目的の被分析物を放出するための事前に規定されたインキュベーション期間が続く。結合していない磁気ビーズは、次に、分離されて、N末端ヘモグロビンAβ鎖断片を含有する上清が捕捉される。
【0073】
実施形態では、N末端ヘモグロビンAβ鎖断片を含む試料の固体相への接触は、酸性pH、例えば約1~約4のpH、特に約2.7のpHで好ましくは行われる。この目的のために、試料、例えば溶血した全血試料は、部分的タンパク質分解消化後、所望のpHを得るため、酸性媒体、例えば約0.01%~約0.2%(v/v)、例えば約0.1%(v/v)の濃度で上記の通りのギ酸を用いて希釈され得る。
【0074】
固体相からのヘモグロビンAβ鎖分子の結合したタンパク質分解性に生成されたN末端断片の選択的溶出は、ロードした固体相に溶出媒体を接触させることによって行うことができ、溶出媒体は、水混和性有機溶媒、特に、約5~約20%(v/v)、例えば、約10%(v/v)の量のアセトニトリルまたはメタノールを含む水溶液とすることができる。溶出媒体は、好ましくは酸性媒体、特に、ギ酸を含む。溶出媒体の水性部分は、固体相結合媒体、例えば、約1~約4のpH、例えば約2.7のpHを有する酸性媒体について記載されているものと実質的に同じとすることができる。
【0075】
代替としてまたはさらに、富化工程(c)は、第2の富化工程(c)(ii)を含んでもよい。第2の富化工程(c)(ii)では、N末端ヘモグロビンAβ鎖断片は、試料中でさらに富化される。特定の実施形態では、富化工程(c)(ii)は、クロマトグラフィー工程を含み、この場合、試料の個々の構成成分が互いに分離される。実施形態では、第2の富化工程(c)(ii)は、上で詳述されている工程(b)の部分的タンパク質分解消化に続いて行われてもよく、または上で詳述されている第1の富化工程(c)(i)に続いて行われてもよい。
【0076】
第2の富化工程(c)(ii)では、クロマトグラフィー分離を使用して、試料中の目的の被分析物をさらに富化する。実施形態では、クロマトグラフィー分離は、ガスクロマトグラフィーまたは液体クロマトグラフィーである。どちらの方法も当業者に周知である。実施形態では、液体クロマトグラフィーは、HPLC、迅速LC,マイクロLC、フローインジェクションならびにトラップおよび溶出からなる群から選択される。特定の実施形態では、クロマトグラフィー分離は、単一クロマトカラム(chromatic column)の使用、または2本以上のクロマトカラムの使用を含む。特定の実施形態では、2本以上のクロマトカラムが使用される場合、これらのカラムは、互いに下流に位置しており、すなわち、第2のカラムは、第1のカラムの下流に位置しており、任意選択の第3のカラムは、第2のカラムの下流に位置するなどである。2本以上のカラムが使用される実施形態では、これらのカラムは、同一であってもよく、または所望の機能に応じて、互いに異なっていてもよい。正しいカラムの選択および設定は、当業者に周知である。
【0077】
実施形態では、タンパク質分解消化工程(b)または第1の富化工程(c)(i)の後に得られた試料は、LCステーションに移送されるか、または希釈液体の添加による希釈工程後にLCステーションに移送される。異なる溶出手順/試薬もまた、例えば溶媒の種類(水/有機/塩/pH)および体積を変更することによって使用されてもよい。様々なパラメーターが、当業者に周知であり、容易に選択される。
【0078】
特定の実施形態では、富化工程(c)は、第1の富化工程(c)(i)および第2の富化工程(c)(ii)を含み、特に、この場合、第2の富化工程(c)(ii)は、第1の富化工程(c)(i)の後に行われる。特定の実施形態では、第1の富化工程(c)(i)は、上で詳述されているビーズワークフローを含み、第2の富化工程(c)(ii)は、特に、HPLC、迅速LC,マイクロLC、フローインジェクションならびに/またはトラップおよび溶出からなる群から選択される液体クロマトグラフィーを含む。
【0079】
本発明によれば、本発明の方法の工程(d)は、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片の分析を含み、この断片は、ペプシン、トリプシンまたはGlu-Cなどのプロテアーゼによる部分的消化により生成され、MS分析前に消化されていない無傷のヘモグロビンAβ鎖分子から分離されている。
【0080】
工程(d)による分析は、MSにより行われる。好ましくは、MS分析手順は、タンデムMS(MS/MS)分析、特にトリプル四重極型(Q)MS/MS分析を含む。
【0081】
実施形態では、質量分析による分析の工程(d)は、(i)ヘモグロビンAβ鎖分子のタンパク質分解性に生成されたN末端断片のイオンに質量分析による分析の第1段階を施し、これにより、ヘモグロビンAβ鎖分子のタンパク質分解性に生成されたN末端断片の親イオンを、その質量/電荷(m/z)比に準拠して特徴づける工程
(ii)親イオンをフラグメント化する工程であって、ヘモグロビンAβ鎖分子のタンパク質分解性に生成されたN末端断片の娘イオンが、ヘモグロビンAβ鎖分子のタンパク質分解性に生成されたN末端断片の親イオンとはそのm/z比が異なる、工程
(iii)娘イオンに質量分析による分析の第2段階を施し、これにより娘イオンがそのm/z比に準拠して特徴づけられる、工程
を含む。
【0082】
本発明の方法は、試料中のHbA1cの定量的決定を含む。特に、非糖化HbA0分子に対する、またはHbA分子の全量に対する糖化HbA1c分子の相対量が決定される。とりわけ好ましい実施形態では、この相対量は、2.5%以下、特に2.0%以下、より詳細には1.5%以下の変動係数(CV)で決定される。
【0083】
とりわけ好ましい実施形態では、本発明の方法は、以下のワークフロー:
(a)全血試料を、例えばHOで希釈することにより溶血させる工程、
(b)工程(a)からの試料に、エンドプロテイナーゼGlu-Cを用いる部分的タンパク質分解消化を施す工程であって、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片が生成され、希釈酸、例えばギ酸を添加することによって消化を停止させる工程、
(c)ヘモグロビンAβ鎖分子のタンパク質分解性に生成されたN末端断片が固体相に結合して、ロードした固体相からの結合断片を選択的に溶出する条件下で、試料を、特に疎水的修飾されている表面を有する磁性粒子または常磁性粒子からなる固体相に接触させることによる、工程(b)において生成されたヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を富化する工程、および、
(d)ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を含む工程(c)からの試料にMS、特にタンデム質量分析(MS/MS)、特に、トリプル四重極タンデムMSによる分析を施す工程であって、試料中のHbA1cの量または濃度が決定される工程
を含む。
【0084】
第1の態様のさらなる実施形態では、試料中の糖化ヘモグロビンA(HbA1c)を決定するための方法は、試料に内標準(ISTD)を添加する追加の工程を含む。実施形態では、内標準は、部分的タンパク質分解消化工程(b)の前または後に、試料に添加される。内標準が部分的タンパク質分解消化工程(b)の前に添加される場合、内標準は、好ましくは同位体標識されている無傷のヘモグロビン分子である。内標準が部分的タンパク質分解消化工程(b)の後に添加される場合、内標準は、好ましくは同位体標識されているHbA1cペプチドである。実施形態では、同位体標識されているISTDは、少なくとも1個のH、13C,および/または15N標識を含む。
【0085】
本発明の第2の態様は、
(i)HbAβ鎖分子の部分的タンパク質分解消化用の酵素、および場合により前記酵素の消化用バッファー、
(ii)(i)の酵素によりタンパク質分解消化を停止することが可能なまたは停止する停止用媒体、および
(iii)場合により、タンパク質分解性に消化されたHbA1c分子を富化するための富化手段、および
(iv)場合により、(iii)の富化手段からの試料成分を溶出する際に使用するための水混和性有機溶媒を含む溶出媒体
を含む、上記の方法を行うのに特に好適なキットを指す。
【0086】
本発明の第2の態様の特定の実施形態に関して、第1の態様の文脈において上で詳述されているすべての実施形態を参照する。
【0087】
本発明の第2の態様の実施形態では、キット中に含まれている酵素は、Glu-C、トリプシンおよびペプシンからなる群から選択される。特定の実施形態では、含まれている酵素はGlu-Cである。
【0088】
第2の態様の実施形態では、酵素、特にGlu-Cは、Naおよび/またはKイオンを含まないバッファー中、特に酢酸アンモニウムバッファーまたはクエン酸アンモニウムバッファーなどのアンモニウムイオンを含むバッファー中に含まれる。特定の実施形態では、Glu-Cは、約20mM~約50mMの酢酸アンモニウムまたは約30mMの酢酸アンモニウムを含むバッファーに含まれる。
【0089】
実施形態では、消化用バッファーのpHは、特異的タンパク質分解酵素に依存する。実施形態では、Glu-Cがキットに含まれる場合、消化用バッファーは、酸性pH、特に、約4~約5のpH、特に約4.2~約4.5のpH、特に約4.3のpHを有する。
【0090】
実施形態では、酵素、特にGlu-Cは、所望の程度の部分的タンパク質分解消化を得るため、好適な任意の濃度で存在する。実施形態では、キット中に含まれるタンパク質分解酵素、特にGlu-Cは、約1~約5mg/mL、特に2mg/ml~3mg/ml、特に約2mg/mLの濃度を有する。特定の実施形態では、Glu-Cがタンパク質分解酵素として使用される場合、キットに含まれる濃度は約2mg/mLである。
【0091】
実施形態では、キットは、タンパク質分解消化を停止することが可能な、またはこれを停止する停止用媒体、例えば希釈媒体をさらに含む。実施形態では、希釈媒体は、ギ酸(FA)を含む酸性溶液である。実施形態では、前記酸性溶液は、水中のFAを含む。実施形態では、希釈媒体は、水中の0.05%~0.2%(v/v)の濃度、特に約0.1%(v/v)FAの濃度で含む。実施形態では、酸は、分析される試料のpHを約1~約4のpHに調整する量で存在し、特にpHは、約2.7に調整される。
【0092】
実施形態では、本キットは、少なくとも1つの富化工程、特に結合/遊離分離工程および/またはクロマトグラフィー工程を行うように適合されている富化手段を備える。実施形態では、富化手段は、固体粒子、例えば磁性粒子または常磁性粒子、または非粒子固体相からなっていてもよい固体相を含む。
【0093】
特定の実施形態では、固体相は、ヘモグロビンAβ鎖分子のタンパク質分解性に生成されたN末端断片の選択的結合のための基、例えば、疎水性有機基を有する。さらなる特定の実施形態では、富化手段は、クロマトグラフィーカラム、特にクロマトグラフィー工程を行うためのクロマトグラフィーカラムを含むことができる。
【0094】
実施形態では、キットに場合により含まれる溶出媒体は、水混和性有機溶媒、特にアセトニトリル(ACN)を含む水溶液を含む。水混和性有機溶媒、特にACNは、約5~約20%、例えば約10%(v/v)の量で存在する。
【0095】
本キットは、個々の成分の容器を含む単一パッケージとして、または各々が個々の成分の容器を含む、一組のいくつかのパッケージとして提供されてもよい。
【0096】
実施形態では、本キットは、添付文書をさらに含む。実施形態では、添付文書は、適応症、利用、成績および/またはキットに関する注意書きに関する情報を含む。
【0097】
本発明の第3の態様は、特に、上記の方法を行うことによって、試料中の糖化HbA1cを決定するように適合されている診断システムである。
【0098】
特定の実施形態では、診断システムは、
(i)HbA1c分子のN末端断片を含む試料の調製のための少なくとも1つのステーションであって、調製が、ヘモグロビンA(HbA)分子の部分的タンパク質分解消化を含む、少なくとも1つのステーション、
(ii)場合により、試料からヘモグロビンAβ分子のN末端断片を選択的に富化するように適合されている少なくとも1つの富化ステーション、および
(iii)質量分析(MS)によりヘモグロビンA分子のN末端断片を分析し、試料中のHbAc1の量または濃度を決定するように適合されている少なくとも1つのステーション
を含む。
【0099】
本発明の第3の態様の特定の実施形態に関して、第1および第2の態様の文脈において上で詳述されているすべての実施形態を参照する。
【0100】
特定の実施形態では、診断システムは、試料のハイスループットを可能にするよう、特に最大で100個の試料/時間以上のスループットを可能にするように適合されている。例えば、参照により本明細書に組み込まれているWO2017/103180に記載されているシステムを使用することができる。
【0101】
特定の実施形態では、診断システムは、ランダムアクセス試料調製用の少なくとも1つのステーション、およびMS分析前のヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片の富化のための少なくとも1つのステーションを備える。
【0102】
実施形態では、このような診断システムは、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を含む試料の自動化調製用の試料調製ステーションを備える。特定の実施形態では、前記ステーションは、1つまたは複数の試料を溶血するための区域、および1つまたは複数の試料におけるHbA分子の部分的タンパク質分解消化を実現するための区域を備える。
【0103】
実施形態では、前記診断システムは、富化ステーションをさらに含む。前記富化ステーションは、部分的タンパク質分解消化を行った後の1つまたは複数の試料を富化手段、特に固体相、特に磁性粒子または常磁性粒子に接触させるための区域を備える。さらにまたは代替的に、富化ステーションは、クロマトグラフィー区域、特にLC区域を備える。実施形態では、LC区域は、1つまたは複数のLCチャネルを備える。実施形態では、LC区域が1つより多いLCチャネルを含む場合、チャネルは平行して並べてられてもよい。
【0104】
実施形態では、本診断システムは、先に調製した試料をその後の区域またはステーションにインプットするための、様々な区域とステーションとの間に少なくとも1つのインターフェースを備える。
【0105】
実施形態では、本診断システムは、各々が、試料調製および富化工程の事前に規定されたシークエンスを備え、完了に対する事前に規定された時間を必要とする、事前に規定された試料調製および富化ワークフローに試料を割り当てるようプログラム化されていてもよい、コントローラーをさらに備える。
【0106】
特定の実施形態では、コントローラーは、異なる富化ステーションチャネルからのHbAβ鎖分子のN末端断片が、予測溶出時間に基づいた重複しない溶出液アウトプットシークエンスにおける溶出を可能にする、調製済み試料をインプットするための富化ステーションチャネルインプットシークエンスを計画する。
【0107】
実施形態では、コントローラーは、富化ステーションチャネルインプットシークエンスに適合する試料調製ステーションからの調製済み試料のアウトプットシークエンスを生成する試料調製開始シークエンスを設定して開始し、その結果、試料の調製が完了すると、割り当てられた富化ステーションチャネルも利用可能となり、調製済み試料が、別の試料の調製が完了する前、または次の調製済み試料が試料調製/富化インターフェースに到着する前に、割り当てられた富化ステーションチャネルにインプットされ得る。
【0108】
実施形態では、コントローラーは、ワークフローの適切な時機となるよう参照期間を設定する。これにより、以下の処理工程の連係が可能となる:(1)試料調製開始シークエンスにおける連続試料の間に、可能な1つまたは複数の参照期間を伴う参照期間あたり、最大でも1つの試料の調製を開始する;および/または(2)調製済み試料アウトプットシークエンスの連続調製済み試料の間に、可能な1つまたは複数の参照期間を伴う参照期間あたり最大でも1つの試料の調製を完了する;および/または(3)連続富化ステーションチャネルインプットの間に、可能な1つまたは複数の参照期間を伴う富化ステーションチャネルの1つに参照期間あたり1つの調製済み試料をインプットする;および/または(4)連続富化ステーション溶出液の間に、可能な1つまたは複数の参照期間を伴う参照期間あたり1つの富化ステーション溶出液をアウトプットする。
【0109】
特に、本発明は以下の項目に関する:
1.試料中の糖化ヘモグロビンA(HbA1c)を決定するための方法であって、
(a)ヘモグロビンA(HbA)分子を含む試料を用意する工程、
(b)工程(a)からの試料に部分的タンパク質分解消化工程を施す工程であって、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片が生成される、工程、
(c)工程(b)において生成されたヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を場合により富化する工程、および
(d)ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を含む試料に質量分析(MS)による分析を施す工程であって、試料中のHbA1cの量または濃度が決定される、工程
を含む方法。
【0110】
2.工程(a)における試料が、溶血した全血試料、特に溶血したヒト全血試料である、項目1の方法。
【0111】
3.工程(a)における試料が、例えば、試料:水の比が約1:5、約1:10または約1:9(v/v)の比などの約1.2~約1:20で、水(HO)を使用して溶血される、項目1または2の方法。
【0112】
4.試料を、30分間未満、約10分間未満、または約5分間未満の期間、特に約10~約60秒の時間、溶血する、項目1から3のいずれか1つの方法。
【0113】
5.部分的タンパク質分解消化工程(b)において、試料中に存在するHbAβ鎖分子の約1%~約20%、特に約5%~10%が、試料中に元々存在するHbAβ鎖分子の総量に基づいて消化される、項目1から4のいずれかの方法。
【0114】
6.工程(b)における部分的タンパク質分解消化を、タンパク質分解酵素を用いて行い、これにより、4~20アミノ酸の範囲、特に5~15アミノ酸の範囲の長さを有する、ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片を生成し、より詳細にはタンパク質分解酵素が、配列番号1によるアミノ酸位置6、8または14の後のヘモグロビンAβ鎖分子を切断する、項目1から5のいずれか1つの方法。
【0115】
7.工程(b)における部分的タンパク質分解消化が、エンドペプチダーゼ、特に、Glu-C、トリプシン、ペプシンおよびサーモリシンからなる群から選択されるエンドペプチダーゼを用いて行われる、項目1から6のいずれか1つの方法。
【0116】
8.工程(b)における部分的タンパク質分解消化が、約60分未満、特に約45分未満、または30分未満の期間行われる、項目1から7のいずれか1つの方法。
【0117】
9.工程(b)における部分的タンパク質分解消化が、約20℃~約40℃、または約25℃~約37℃の温度範囲で行われる、項目1から8のいずれか1つの方法。
【0118】
10.工程(b)における消化用バッファーが、例えば約20~約50mMの酢酸アンモニウム、特に約30mMの酢酸アンモニウムを含む、酢酸アンモニウムバッファーまたはクエン酸アンモニウムバッファーなどのアンモニウムイオンを含むバッファーである、項目1から9のいずれか1つの方法。
【0119】
11.消化用バッファーが、約4~約5のpH、特に約4.3のpHを有する、項目1から10のいずれか1つの方法。
【0120】
12.工程(b)におけるタンパク質分解酵素が、約0.1~約1mg/mL、特に、約0.6mg/mLの濃度で存在する、項目1から11のいずれか1つの方法。
【0121】
13.工程(b)における部分的タンパク質分解消化が、特に、ギ酸(FA)、特に水中の約0.1%(v/v)FAなどの酸性媒体を添加することにより停止される、項目1~12のいずれか1つの方法。
【0122】
14.工程(b)における部分的タンパク質分解消化が、エンドペプチダーゼGlu-Cを用いて、特に約0.6mg/mLの濃度において、約15分~約45分の期間、約37℃の温度で、アンモニウムイオンを含むバッファー中で行われ、消化が、水中のギ酸、特に水中の0.1%(v/v)FAを添加することによって停止される、項目1から13のいずれか1つの方法。
【0123】
15.富化工程(c)が、ヘモグロビンAβ鎖のタンパク質分解性に生成したN末端断片が固体相に結合し、固体相から結合断片を選択的に溶出する条件下、試料をヘモグロビンAβ鎖のタンパク質分解性に生成したN末端断片を選択的結合するための表面を有する固体相に接触させる工程を含む、結合/遊離分離工程(c)(i)を含む、項目1から14のいずれか1つの方法。
【0124】
16.固体相が疎水性表面を備える、項目15の方法。
【0125】
17.工程(c)(i)において、試料を、酸性pH、特に約1~約3のpH、例えば約2のpHにおいて固体相に接触させる、項目15または16の方法。
【0126】
18.固体相が、粒子、例えば磁性粒子または常磁性粒子、例えば金属酸化物および/または金属炭化物、特にFeを含む磁性コアまたは常磁性コアを有する粒子からなる、項目15から17のいずれか1つの方法。
【0127】
19.固体相の疎水性表面が、C~C18アルキル基、特にCアルキル基を含む、項目15~18のいずれか1つの方法。
【0128】
20.固体相の疎水性表面が、約100nm未満、特に約10nm未満の細孔サイズを有する細孔を備える、項目15~19のいずれか1つの方法。
【0129】
21.ヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片が、固体相からの選択的溶出によって、特に約5~20%(v/v)のアセトニトリルの存在下で、より詳細には約10%(v/v)のアセトニトリルの存在下で富化される、項目15~20のいずれか1つの方法。
【0130】
22.工程(c)が、クロマトグラフィー工程(ii)、特に試料のHPLC、マイクロLCまたは迅速LCなどの液体クロマトグラフィーを含む、項目1~21のいずれか1つの方法。
【0131】
23.富化工程が、結合/遊離分離工程(c)(i)およびクロマトグラフィー工程(c)(ii)を含む、項目15~22のいずれか1つの方法。
【0132】
24.工程(d)が、MS/MS分析、特にヘモグロビンAβ鎖分子のN末端断片のMS/MS分析を含む、項目1~23のいずれか1つの方法。
【0133】
25.工程(d)が、トリプル四重極型-MS/MS分析を含む、項目1~24のいずれか1つの方法。
【0134】
26.非糖化ヘモグロビンA(HbA0)に対するまたは全ヘモグロビンA(HbA)に対する糖化ヘモグロビンA(HbA1c)の比が決定される、項目1~25のいずれか1つの方法。
【0135】
27.比が、2.5%以下、特に、2.0%以下、より詳細には1.5%以下の変動係数で決定される、項目26の方法。
【0136】
28.(i)HbAβ鎖分子の部分的タンパク質分解消化用の酵素、および場合により前記酵素の消化用バッファー、
(ii)(i)の酵素によりタンパク質分解消化を停止することが可能な停止用媒体、および
(iii)場合により、タンパク質分解性に消化されたHbA1c分子を富化するための富化手段、および
(iv)場合により、(iii)の富化手段からの試料成分を溶出する際に使用するための水混和性有機溶媒を含む溶出媒体
を含むキット。
【0137】
29.項目1から27のいずれか1つの方法における、項目28のキットの使用。
【0138】
30.項目1~27のいずれか1つの方法を行うように適合されている試料における、糖化ヘモグロビンA(HbAc1)を決定するための診断システム。
【0139】
31.試料中の糖化ヘモグロビンA(HbAc1)を決定するための診断システムであって、
(i)HbA1c分子のN末端断片を含む試料の調製のための少なくとも1つのステーションであって、調製が、ヘモグロビンA(Hb1)分子の部分的タンパク質分解消化を含む、少なくとも1つのステーション、
(ii)場合により、試料からヘモグロビンAβ分子のN末端断片を選択的に富化するように適合されている少なくとも1つの富化ステーション、および
(iii)質量分析(MS)によりヘモグロビンA分子のN末端断片を分析し、試料中のHbAc1の量または濃度を決定するように適合されている少なくとも1つのステーション
を含むシステム。
【0140】
32.項目1から27のいずれか1つの方法における、項目30または31の診断システムの使用。
【0141】
以下において、本発明を、実施例によって一層詳細に説明する。
【実施例
【0142】
実施例1
全血中のHbA1ペプチド断片の決定
100μLの全血試料を900μLのHOにより希釈し、濁りのない溶液が得られるまで、10秒間、ボルテックスすることによって混合した。次に、5μLの溶血した全血試料を20μLのH2Oによりさらに希釈した。部分消化、例えば、試料中に存在するHbA分子の1~20%の消化を実現するため、5μLの希釈した溶血した血液試料、15μLのエンドプロテイナーゼGlu-C(2mg/mL)および30μLの消化用バッファー(50mMの酢酸アンモニウム、pH4.3)をLoBindバイアル(Eppendorf)に添加し、37℃で45分間、インキュベートした。酵素反応は、0.1%(v/v)のギ酸950μLを添加することにより停止させた。
【0143】
次に、いくつかの回分の100μLの疎水性磁気ビーズ(50mg/mL)を用意した。200μLの消化後の全血試料および0.1%(v/v)のギ酸を含む700μLのHOを磁気ビーズの各回分に添加した。この混合物を37℃および1200rpmで5分間、振とうした。
【0144】
次に、このビーズを900μLの0.1%(v/v)水性ギ酸を使用して2回、洗浄した。続いて、900μLの溶出媒体(様々な量のアセトニトリル(ACN)、すなわち5%(v/v)、10%(v/v)、15%(v/v)、20%(v/v)および30%(v/v)を含有する0.1%ギ酸を含む水)をロードしたビーズの各回分に添加した。この混合物を37℃および1200rpmで1分間、振とうし、上清を採取した。
【0145】
各回分から、試験用に500μLの溶出媒体を採取した。1μLを逆相カラム(Symmetry C18 Sentryガードカートリッジ300A、3.5μm、2.1×10mm;Waters)に注入した。次に、900μL/分で0.1%のギ酸を含む10%水性ACNを使用するイソクラティック溶出を行った。合計の稼働時間は12秒とした。
【0146】
MS/MSに関するパラメーターは、以下の通りとした:
イオン源タイプ:ESI
スプレー電圧:
- 静的
- 陽イオン(V):3500.00
- 陰イオン(V):2500.00
- シースガス(Arb):50
- Auxガス(Arb):25
- スイープガス(Arb):3
- イオン移送管温度(℃):350
- 気化器温度(℃):400
【0147】
表1において、HbA0およびHbA1cに関する測定パラメーターが示されている。
【表1】
【0148】
図1は、Glu-Cを用いて全血試料を消化することによって得られたHbA1cおよびHbA0ペプチドからのMS/MSピークを示している。
【0149】
表2において、溶出媒体中の様々な量のアセトニトリル(ACN)を用いて得られたHbA0およびHbA1cの量、ならびにHbA1c/HbA0比に関して、反復(n=3)の変動係数(CV)の測定結果が示されている:
【表2】
【0150】
図2は、Glu-Cによるさらに精製していない(上部)、および磁気ビーズ表面での富化による試料精製を伴う、全血試料の消化と、その後の、様々な濃度のACN、すなわち、それぞれ、5%(v/v)ACN、10%(v/v)ACN、15%(v/v)ACN、20%(v/v)ACNおよび30%(v/v)ACNを用いて洗浄および溶出した、結果を示している。特に5%または10% ACNの量でのACNによる溶出により、LC-MS前の、HbA1cおよびHbA0の特異的溶出、およびこうして富化が可能となる。
図1
図2
【配列表】
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