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特許7438501アルミナ-ジルコニア混合材料及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-16
(45)【発行日】2024-02-27
(54)【発明の名称】アルミナ-ジルコニア混合材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/488 20060101AFI20240219BHJP
【FI】
C04B35/488 500
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2023008935
(22)【出願日】2023-01-24
【審査請求日】2023-02-03
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】597065329
【氏名又は名称】学校法人 龍谷大学
(73)【特許権者】
【識別番号】592134871
【氏名又は名称】日本坩堝株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大柳 満之
(72)【発明者】
【氏名】嶋津 翔太
(72)【発明者】
【氏名】白井 健士郎
(72)【発明者】
【氏名】大田 峰彦
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-116017(JP,A)
【文献】特表2009-522119(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105967706(CN,A)
【文献】韓国公開特許第10-2010-0104123(KR,A)
【文献】中国特許出願公開第107935572(CN,A)
【文献】特表2008-511524(JP,A)
【文献】国際公開第2012/153645(WO,A1)
【文献】特開2016-084518(JP,A)
【文献】特開昭63-162570(JP,A)
【文献】特開2011-57530(JP,A)
【文献】木村博,パルス通電加熱型プレスによる三次元ナノ構造セラミックスの高速超塑性鍛造,粉体および粉末冶金,1999年,Vol.46 No.12,P.1274-1278
【文献】廣田 健ら,高圧(1GPa)焼結による高強度・高じん性ZrO2/25mol%Al2O3コンポジットセラミックスの作製,材料,2012年,Vol.61 No.5,P.419-425,https://www.jstage3.jst.go.jp/article/jsms/61/5/61_419/_pdf/-char/ja
【文献】T.DALLALI ISFAHANI et al.,Mechanochemical Synthesis of alumina-zirconia nanocomposite powder containing metastable process ,chemistry for susutainable development ,2009年,Vol.17,p.563-566
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00-35/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミナ及びジルコニアからなり、前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤の含有量が0~0.5質量%であり、前記アルミナ及び前記ジルコニアは、平均粒子径が100200nmのナノ粒子で構成されており、前記アルミナと前記ジルコニアとが強制固溶しており、前記ジルコニアが正方晶ジルコニアを含有し、且つ、前記ジルコニアの総量を100体積%として、前記正方晶ジルコニアの含有量が70体積%以上である、アルミナ-ジルコニア焼結体。
【請求項2】
前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤を含まない、請求項1に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【請求項3】
前記アルミナ-ジルコニア焼結体の総量を100モル%として、前記アルミナの含有量が25~85モル%である、請求項1に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【請求項4】
前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤が、希土類酸化物である、請求項1に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【請求項5】
押出ノズル用である、請求項1~のいずれか1項に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【請求項6】
アルミナ及びジルコニアからなり、前記ジルコニアが正方晶ジルコニアを含有し、前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤の含有量が0~0.5質量%であり、前記アルミナ及び前記ジルコニアは、平均粒子径が100200nmのナノ粒子で構成されており、且つ、前記アルミナと前記ジルコニアとが強制固溶しているアルミナ-ジルコニア固溶体材料の製造方法であって、
(1)アルミナ及びジルコニアに対して1~100kWh/原料混合物1kgでメカノケミカル処理を施すことによりアルミナ-ジルコニア固溶体材料を得る工程
を備える、製造方法。
【請求項7】
前記メカノケミカル処理が、回転数300~900rpmで1~10時間行われる、請求項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記工程(1)の後、
(2)前記工程(1)で得られた混合物に対して、1200~1400℃で放電プラズマ焼結処理を施して、平均粒子径が100~200nmのナノ粒子で構成されており、且つ、前記アルミナと前記ジルコニアとが強制固溶しているアルミナ-ジルコニア焼結体を得る工程
を備える、請求項又はに記載の製造方法。
【請求項9】
前記工程(2)における圧力が、0.05~500MPaである、請求項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミナ-ジルコニア混合材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミナ-ジルコニア複合焼結体は、アルミナ単独の焼結体より高強度であり、ジルコニア単独の焼結体より高硬度であるため、自動車業界、半導体業界、化学業界等において、産業機械用部材、加工治具(押出ノズル等)、バイトチップ、人工歯牙、人工骨等に用いられている。
【0003】
一方、金属材料と比較してセラミックスは機械的特性及び化学的安定性が高い一方、脆い材料である。このため、落下等、動的な衝撃が印加された場合、アルミナ-ジルコニア複合焼結体は、亀裂の発生や進展による破壊を防ぐため、靱性の向上が検討されており、イットリアに代表されるジルコニア安定化剤を相当量含ませることが一般的である。
【0004】
ジルコニアを希土類酸化物(イットリア等)やアルカリ土類金属酸化物(カルシア、マグネシア等)等で正方晶を安定化させ、アルミナと複合化させた材料は、高靭性素材として知られている。しかし、高価で輸入に頼らざるを得ない希土類酸化物は、今後安定供給の面で課題がある。また、イオン結合性の高いアルカリ土類金属酸化物は、加水分解されやすく化学安定性に課題がある。また、共有結合性が比較的高く化学的に安定な酸化物(アルミナ等)は、熱平衡状態、つまり通常の熱処理で安定にジルコニアに固溶させることは、極めて困難であった。一方、アルミナ含量が30mol%以下において、ゾル-ゲル法と196MPaでのHIP(熱間等方加圧法)や1万気圧の超高圧炉での1100℃以下で焼結を組み合わせて、希土類金属酸化物などの添加物を含まないアルミナ-ジルコニア複合材料を作製することが報告されている(例えば、特許文献1及び非特許文献1~2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-240460号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】粉体および粉末冶金, Vol. 43, No. 7, p. 899-906 (1996).
【文献】Journal of Materials Science Letters, Vol. 12, No. 17, p. 1368-1370 (1993).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、ゾル-ゲル法は、原料が高価で、まず、ステップを重ねて非晶質前駆体を作製し、それを熱処理して仮焼を行い、更に焼結するなどステップも多く、これらの点が実用性を考えると課題となる。
【0008】
このため、本発明は、ジルコニアの正方晶化への安定化剤としてアルミナを使用し、希土類酸化物、アルカリ土類金属酸化物等の従来から使用されるジルコニア安定剤を使用しない又はごく微量としつつも、簡便に靱性の高いアルミナ-ジルコニア複合焼結体を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、温和な条件で、アルミナ及びジルコニアに対して1~100kWh/原料混合物kgでのメカノケミカル処理を施すことにより、従来は固溶させることが困難であった化学的に安定なアルミナとジルコニアとを強制的に固溶させることができることを見出した。そのうえで、従来の焼成温度と比較してやや低温域(ジルコニア正方晶とアルミナ相とが混在する領域)で、放電プラズマ焼結を施すことで、ジルコニア正方晶の構成成分として、アルミナ以外の安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも、靱性の高いアルミナ-ジルコニア複合焼結体を製造できることを見出した。本発明は、このような知見に基づき、さらに研究を重ね、完成したものである。すなわち、本発明は、以下の構成を包含する。
【0010】
項1.アルミナ及びジルコニアからなり、前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤の含有量が0~0.5質量%であり、且つ、前記アルミナと前記ジルコニアとがモザイク状に分布している、アルミナ-ジルコニア焼結体。
【0011】
項2.前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤を含まない、項1に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【0012】
項3.前記アルミナ-ジルコニア焼結体の総量を100モル%として、前記アルミナの含有量が25~85モル%である、項1又は2に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【0013】
項4.前記ジルコニアが正方晶ジルコニアを含有する、項1~3のいずれか1項に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【0014】
項5.前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤が、希土類酸化物である、項1~4のいずれか1項に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【0015】
項6.前記アルミナ及び前記ジルコニアは、平均粒子径が1~300nmのナノ粒子で構成されている、請求項1~5のいずれか1項に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【0016】
項7.前記アルミナと前記ジルコニアとが強制固溶している、項1~6のいずれか1項に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【0017】
項8.押出ノズル用である、項1~7のいずれか1項に記載のアルミナ-ジルコニア焼結体。
【0018】
項9.アルミナ及びジルコニアからなり、前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤の含有量が0~0.5質量%であるアルミナ-ジルコニア固溶体の製造方法であって、
(1)アルミナ及びジルコニアに対して1~100kWh/原料混合物1kgでメカノケミカル処理を施す工程
を備える、製造方法。
【0019】
項10.前記メカノケミカル処理が、回転数300~900rpmで1~10時間行われる、項9に記載の製造方法。
【0020】
項11.前記工程(1)の後、
(2)前記工程(1)で得られた混合物に対して、1200~1400℃で放電プラズマ焼結処理を施して、前記アルミナと前記ジルコニアとがモザイク状に分布しているアルミナ-ジルコニア焼結体を得る工程
を備える、項9又は10に記載の製造方法。
【0021】
項12.前記工程(2)における圧力が、0.05~500MPaである、項11に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつ、簡便な方法で、靱性の高いアルミナ-ジルコニア複合焼結体を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施例2の放電プラズマ焼結における焼結プロフィールを左図に示す。実施例1及び3の放電プラズマ焼結における焼結プロフィールを右図に示す。左軸(赤線)は時間経過による温度変化を示す。右軸(青線)は時間経過による変位プロファイル(加圧による試料の変位)を示す。
図2】実施例1~2の原料であるm-ZrO(左図)及びγ-Al(右図)のX線回折スペクトルを示す。
図3】実施例1で得られたアルミナ-ジルコニア固溶体材料(粉体)(左図)及びアルミナ-ジルコニア焼結体(右図)のX線回折スペクトルを示す。
図4】実施例3の原料であるm-ZrO(左図)及びδ-Al(右図)のX線回折スペクトルを示す。
図5】実施例1(左図)及び実施例3(右図)で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体を1000℃で2時間熱処理した後の試料のX線回折スペクトルを示す。
図6】実施例1で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体を、20000倍(左図)又は33000倍(右図)の倍率で観察した、走査型電子顕微鏡像を示す。
図7】実施例1で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体に対して、ビッカース硬さ試験を行った際のビッカース痕の光学顕微鏡像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本明細書において、「含有」は、「含む(comprise)」、「実質的にのみからなる(consist essentially of)」、及び「のみからなる(consist of)」のいずれも包含する概念である。
【0025】
また、本明細書において、数値範囲をA~Bで表記する場合、A以上B以下を示す。
【0026】
1.アルミナ-ジルコニア焼結体
本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体は、アルミナ(酸化アルミニウム)及びジルコニア(酸化ジルコニウム)からなり、前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤の含有量が0~0.5質量%であり、且つ、前記アルミナと前記ジルコニアとがモザイク状に分布している。
【0027】
アルミナとしては、特に制限はなく、α-アルミナ、β-アルミナ、γ-アルミナ、δ-アルミナ等を採用することができる。これらのアルミナは、単独を採用することもでき、2種以上を組合せて採用することもできる。
【0028】
本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体において、アルミナは、ナノ粒子として存在することが好ましい。具体的には、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体中に存在するアルミナの平均粒子径は、1~300nmが好ましく、20~200nmがより好ましい。なお、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体中に存在するアルミナ及びジルコニアの平均粒子径は、走査型電子顕微鏡(SEM)観察により測定する。
【0029】
本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体におけるアルミナの含有量は、特に制限されるわけではないが、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造しやすく、靱性を向上させやすい観点から、本発明のアルミナ-ジルコニア混合材料の総量を100モル%として、25~85モル%が好ましく、35~80モル%がより好ましい。
【0030】
ジルコニアとしては、特に制限はなく、m-ジルコニア(単斜晶ジルコニア)、t-ジルコニア(正方晶ジルコニア)等を採用することができる。これらのジルコニアは、単独を採用することもでき、2種以上を組合せて採用することもできる。なかでも、アルミナ以外のジルコニアの正方晶への安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造する場合には、t-ジルコニア(正方晶ジルコニア)が形成されやすい。
【0031】
本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体において、ジルコニアは、ナノ粒子として存在することが好ましい。具体的には、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体中に存在するジルコニアの平均粒子径は、1~300nmが好ましく、1~150nmがより好ましい。なお、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体中に存在するジルコニアの平均粒子径は、走査型電子顕微鏡(SEM)観察により測定する。
【0032】
本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体におけるジルコニアの含有量は、特に制限されるわけではないが、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造しやすく、靱性を向上させやすい観点から、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体の総量を100モル%として、15~70モル%が好ましく、20~65モル%がより好ましい。
【0033】
アルミナ及びジルコニアは、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を相当量使用しない限り固溶させることは困難であるが、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体においては、アルミナ及びジルコニアは、後述の製造方法によれば、温和な条件でありつつも、強制的に固溶させる(強制固溶させる)ことが可能である。なお、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体において、アルミナ及びジルコニアが強制固溶していることは、X線回折測定により確認する。
【0034】
本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体は、実質的にはアルミナ及びジルコニアのみからなることが好ましいが、不可避不純物等のアルミナ及びジルコニア以外の材料が少量含まれていることも包含され得る。このため、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体には、ごく微量であれば、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を含むこともできる。
【0035】
アルミナ以外のジルコニア安定化剤としては、特に制限はなく、イットリア(酸化イットリウム)、セリア(酸化セリウム)等の希土類酸化物;ハフニア(酸化ハフニウム)等の周期表4族元素酸化物;カルシア(酸化カルシウム)、マグネシア(酸化マグネシウム)等のアルカリ土類金属酸化物等が挙げられる。本発明では、アルミナ-ジルコニア複合焼結体において多くの場合に含まれている希土類酸化物(特にイットリア等)を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造できる点で特に有用である。
【0036】
本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体におけるアルミナ以外のジルコニア安定化剤の含有量は、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造しやすく、靱性を向上させやすい観点から、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体の総量を100モル%として、0~0.5モル%、好ましくは0~0.3モル%である。なお、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体は、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用せずとも複合焼結体を製造することができ、靱性を向上させやすい観点からは、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を含まないことが最も好ましい。
【0037】
このような本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体は、CuKα線によるX線回折測定において、2θ=10°~80°の範囲内において、±0.5°の許容範囲で、少なくとも、t-ジルコニア(正方晶ジルコニア)に特異的な30.0°、α-アルミナに特異的な35.0°、44.0°、58.0°にピークを有することが好ましい。また、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体は、CuKα線によるX線回折測定において、2θ=10°~80°の範囲内において、±0.5°の許容範囲で、さらに、α-アルミナとt-ジルコニア(正方晶ジルコニア)に帰属できる28.0°、31.0°、38.0°、50.0°、59.0°、及び66.0°の少なくとも1箇所(特に全て)においても、ピークを有することができる。また、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体(複合焼結体)においては、CuKα線によるX線回折測定において、2θ=10°~80°の範囲内において、±0.5°の許容範囲で、α-アルミナとt-ジルコニア(正方晶ジルコニア)に帰属できる比較的シャープなさらに、26.0°、34.0°、51.0°、53.0°、60.0°、63.0°、68.0°、73.0°、75.0°、及び77.0°の少なくとも1箇所(特に全て)においても、ピークを有することができる。
【0038】
後述の本発明の製造方法によれば、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造することができ、得られる焼結体の靱性を向上させることができる。
【0039】
なお、本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体(複合焼結体)が有するジルコニアは、t-ジルコニア(正方晶ジルコニア)が多いことが好ましく、ジルコニアの総量を100体積%として、m-ジルコニア(単斜晶ジルコニア)の含有量は10~30体積%が好ましく、t-ジルコニア(正方晶ジルコニア)の含有量は70~90体積%が好ましい。
【0040】
このような本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体においては、アルミナとジルコニアとはモザイク状に分布している。従来は、アルミナ-ジルコニア複合焼結体においては、薄片状のアルミナと薄片状のジルコニアとが分布していることが多かったことと比較し、本発明では、ナノ粒子状のアルミナとナノ粒子状のジルコニアとがモザイク状に分布している。この結果、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造することができ、得られる焼結体の靱性を向上させることができる。
【0041】
このような本発明のアルミナ-ジルコニア焼結体は、靱性が高い特徴を活かして、自動車業界、半導体業界、化学業界等において、産業機械用部材、加工治具(押出ノズル等)、バイトチップ、人工歯牙、人工骨等に用いることができ、なかでも、押出ノズル用途として、特に有用である。
【0042】
2.アルミナ-ジルコニア固溶体材料の製造方法
本発明のアルミナ-ジルコニア固溶体材料の製造方法は、特に制限されるわけではないが、例えば、
アルミナ及びジルコニアからなり、前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤の含有量が0~0.5質量%であるアルミナ-ジルコニア固溶体の製造方法であって、
(1)アルミナ及びジルコニアに対して1~100kWh/原料混合物1kgメカノケミカル処理を施す工程
を備えることができる。これにより、混合物(粉体)として、アルミナ-ジルコニア固溶体材料を得ることができる。
*メカノケミカル処理のエネルギー投入量は、以下の文献:
Burgio, N., Lasonna, A., Magini, M., Martelii, S. and Padella, F., Il Nuovo Cimento, Vol. 13, pp. 459-476 (1991).
に掲載の式で計算される。
【0043】
原料として使用できるアルミナとしては、特に制限はなく、α-アルミナ、β-アルミナ、γ-アルミナ、δ-アルミナ等を使用することができる。これらのアルミナは、単独を採用することもでき、2種以上を組合せて採用することもできる。また、アルミナをメカノケミカル処理によって混合粉砕するので、使用するアルミナの粒径についても限定はなく、通常は、市販されている粉末状のアルミナを用いることができる。
【0044】
原料として使用できるジルコニアとしては、特に制限はなく、m-ジルコニア(単斜晶ジルコニア)、t-ジルコニア(正方晶ジルコニア)等を使用することができる。これらのジルコニアは、単独を採用することもでき、2種以上を組合せて採用することもできる。また、ジルコニアをメカノケミカル処理によって混合粉砕するので、使用するジルコニアの粒径についても限定はなく、通常は、市販されている粉末状のジルコニアを用いることができる。
【0045】
メカノケミカル処理は、機械的エネルギーを付与しながら原料を摩砕混合する方法であり、この方法によれば、原料に機械的な衝撃及び摩擦を与えて摩砕混合することによって、アルミナ及びジルコニアが激しく接触して微細化され、原料の反応が生じる。つまり、この際、混合、粉砕及び反応が同時に生じる。このため、原料を高温に熱することなく、原料をより確実に反応させることが可能である。メカノケミカル処理を用いることで、アルミナ及びジルコニアを強制固溶させることが可能であり、通常の熱処理では得ることのできない、準安定結晶構造が得られることがある。
【0046】
メカノケミカル処理としては、具体的には、例えば、ボールミル、遊星ボールミル、ビーズミル、ロッドミル、振動ミル、ディスクミル、ハンマーミル、ジェットミル等の機械的粉砕装置を用いて混合粉砕を行うことができる。
【0047】
これらの原料については、全てを同時に混合してメカノケミカル処理に供することもでき、一部の原料についてまずメカノケミカル処理に供した後、残りの原料を加えてメカノケミカル処理に供することもできる。
【0048】
原料の混合割合については、原料の仕込み比率が、ほとんどそのまま生成物の各元素の比率となるため、目的とする本発明のアルミナ-ジルコニア固溶体材料におけるアルミナ及びジルコニアの元素比と同一の比率とすることができる。
【0049】
本発明において、メカノケミカル処理におけるエネルギー量は、1~100kWh/原料混合物1kg、好ましくは10~80kWh/原料混合物1kgである。エネルギー量が1kWh/原料混合物1kg未満では、アルミナ及びジルコニアを強制固溶させることが困難である。エネルギー量が100kWh/原料混合物1kgをこえると不経済である。
【0050】
メカノケミカル処理を行う際の温度については、特に制限はなく、アルミナ及びジルコニアを強制固溶させやすいため、300℃以下が好ましく、-10~200℃がより好ましい。
【0051】
メカノケミカル処理を行う際の回転数については、特に制限はなく、アルミナ及びジルコニアを強制固溶させやすいため、200~1000rpmが好ましく、300~900rpmがより好ましい。
【0052】
メカノケミカル処理の時間については、特に限定はなく、目的とする本発明のアルミナ-ジルコニア混合材料が析出した状態となるまで任意の時間メカノケミカル処理を行うことができる。例えば、メカノケミカル処理は、1~10時間(特に3~7時間)の処理時間で行うことができる。なお、回転速度が速いほど、反応時間が短くなる傾向にあるため、回転速度に応じて、適宜調整することが好ましい。また、このメカノケミカル処理は、必要に応じて途中に休止を挟みながら複数回に分けて行うこともできる。
【0053】
なお、メカノケミカル処理を複数回繰り返す場合は、各工程のメカノケミカル処理において、上記条件とすることができる。
【0054】
上記したメカノケミカル処理により、目的とする本発明のアルミナ-ジルコニア固溶体材料を粉体として得ることができる。
【0055】
また、本発明の製造方法は、上記工程(1)の後、
(2)前記工程(1)で得られた混合物に対して、1200~1400℃で放電プラズマ焼結処理を施して、前記アルミナと前記ジルコニアとがモザイク状に分布しているアルミナ-ジルコニア焼結体を得る工程
を備えることもできる。これにより、本発明のアルミナ-ジルコニア混合材料を得ることができる。
【0056】
放電プラズマ焼結処理を施すにあたり、原料粉末を加熱させることが好ましい。この場合の加熱温度は、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造しやすく、靱性を向上させやすい観点から、1200~1400℃が好ましく、1250~1350℃がより好ましい。また、昇温速度については同様の理由から、10~300℃/分が好ましく、50~100℃/分がより好ましい。従来のゾル-ゲル法と組み合わせた196MPaのHIPや1GPaの超高圧プロセスでは、高い靭性を生み出す非平衡相であるジルコニア正方晶が分解しないように1100℃以下で熱処理する必要があった。しかし、本発明では、上記工程(1)により、アルミナとジルコニアとを強制固溶させることが可能であるため、ジルコニア正方晶を1400℃程度までは、分解しない安定な非平衡相である固溶体を作製することができる。この結果、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造しやすく、靱性を向上させやすい。
【0057】
放電プラズマ焼結処理を施すにあたり、圧力は常圧でも差し支えないが、加圧下にて行うことが好ましい。この場合の圧力は、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造しやすく、実施の簡便性、つまり実用性の観点から、0.05~500MPaが好ましく、20~300MPaがより好ましく、50~100MPaがさらに好ましい。なお、反応温度が高い場合には、圧力を低くすることも可能である。このため、反応温度に応じて適宜調整することが好ましい。
【0058】
放電プラズマ焼結処理の雰囲気は特に制限されないが、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造しやすく、靱性を向上させやすい観点から、真空雰囲気や、窒素ガス雰囲気、アルゴンガス雰囲気等の不活性雰囲気が好ましい。
【0059】
放電プラズマ焼結処理の時間は特に制限されないが、アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも複合焼結体を製造しやすく、靱性を向上させやすい組織を生成する観点から、5~30分が好ましく、10~15分がより好ましい。
【実施例
【0060】
実施例に基づいて、本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらのみに限定されるものではない。
【0061】
原料粉末としては、m-ZrO(東ソー(株)製、単斜晶)、γ-Al(大明化学工業(株)製、純度99.99%、平均一次粒子径7nm)及びδ-Al(富士フイルム和光純薬(株)製、平均粒子径40~50nm)を使用した。
【0062】
実施例1
m-ZrO及びγ-Alを、モル比が36.5:63.5となるよう、m-ZrO3.074g及びγ-Al4.426gを秤量し、高エネルギーボールミル装置(Fritsch製P5)により、エネルギー量を12kWh/原料混合物1kgとして、300rpmで5時間メカノケミカル処理(高エネルギーボールミリング法)を行うことで、アルミナ-ジルコニア固溶体材料(粉体)を得た。なお、メカノケミカル処理には、250mLのZrO製粉砕容器中で、直径10mmのZrO製ボールをボール:原料が40:1(質量比)となるように299.79g使用し、自転/公転比を1/-1.17とした。
【0063】
得られたアルミナ-ジルコニア固溶体材料(粉体)を黒鉛ダイス型に充填し、上下パンチ型で挟み込んだ状態で装置チャンバーへ設置した。ロータリーポンプを用いてチャンバー内部を真空雰囲気とし、その後、アルミナ-ジルコニア混合材料(粉体)に100MPaの圧力を掛けながら、室温から、6分かけて600℃まで昇温し、その後、約7分かけて1300℃まで昇温するように通電加熱し、最高温度1300℃にて10分間保持後炉冷を行い、同時に負荷圧力を解放し、200℃以下に達した時点でチャンバー内部を大気圧へ開放し、アルミナ-ジルコニア焼結体を取出した。なお、加熱温度は黒鉛ダイス型に設置した熱電対を用いて測温した。
【0064】
実施例1の放電プラズマ焼結における焼結プロフィールを図1(右図)に示す。図1(右図)において、左軸(赤線)は時間経過による温度変化を示す。図1(右図)において、右軸(青線)は時間経過による変位プロファイル(加圧による試料の変位)を示す。
【0065】
実施例2
放電プラズマ焼結温度を1250℃とする他は実施例1と同様に、アルミナ-ジルコニア固溶体材料及びアルミナ-ジルコニア焼結体を得た。
【0066】
実施例2の放電プラズマ焼結における焼結プロフィールを図1(左図)に示す。図1(左図)において、左軸(赤線)は時間経過による温度変化を示す。図1(左図)において、右軸(青線)は時間経過による変位プロファイル(加圧による試料の変位)を示す。
【0067】
実施例3
m-ZrO及びδ-Alを、モル比が36.5:63.5となるよう、m-ZrO3.074g及びδ-Al4.426gを秤量し、高エネルギーボールミル装置(Fritsch製P5)により、エネルギー量を12kWh/原料混合物1kgとして、300rpmで5時間メカノケミカル処理(高エネルギーボールミリング法)を行うことで、アルミナ-ジルコニア固溶体材料を得た。なお、メカノケミカル処理には、250mLのZrO製粉砕容器中で、直径10mmのZrO製ボールをボール:原料が40:1(質量比)となるように300.78g使用し、自転/公転比を1/-1.17とした。
【0068】
得られたアルミナ-ジルコニア固溶体材料(粉体)を黒鉛ダイス型に充填し、上下パンチ型で挟み込んだ状態で装置チャンバーへ設置した。ロータリーポンプを用いてチャンバー内部を真空雰囲気とし、その後、アルミナ-ジルコニア混合材料(粉体)に100MPaの圧力を掛けながら、室温から、6分かけて600℃まで昇温し、その後、約7分かけて1300℃まで昇温するように通電加熱し、最高温度1300℃にて10分間保持後炉冷を行い、同時に負荷圧力を解放し、200℃以下に達した時点でチャンバー内部を大気圧へ開放し、アルミナ-ジルコニア焼結体を取出した。なお、加熱温度は黒鉛ダイス型に設置した熱電対を用いて測温した。
【0069】
実施例3の放電プラズマ焼結における焼結プロフィールを図1(右図)に示す。図1(右図)において、左軸(赤線)は時間経過による温度変化を示す。図1(右図)において、右軸(青線)は時間経過による変位プロファイル(加圧による試料の変位)を示す。
【0070】
試験例1:X線回折測定
X線源としてCuKα線を用いて、2θ=10~80°の範囲でX線回折測定を行った。
【0071】
実施例1~2の原料であるm-ZrO及びγ-AlのX線回折スペクトルを図2に示す。図2において、左図はm-ZrO、右図はγ-AlのX線回折スペクトルである。
【0072】
実施例1で得られたアルミナ-ジルコニア混合材料(粉体)及びアルミナ-ジルコニア混合材料(焼結体)のX線回折スペクトルを図3に示す。図3において、左図はアルミナ-ジルコニア混合材料(粉体)、右図はアルミナ-ジルコニア混合材料(焼結体)のX線回折スペクトルである。
【0073】
この結果、実施例1~2で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体においては、2θ=10°~80°の範囲内において、26.0°、28.0°、30.0°、31.0°、34.0°、35.0°、38.0°、44.0°、50.0°、51.0°、53.0°、58.0°、59.0°、60.0°、63.0°、66.0°、68.0°、73.0°、75.0°、及び77.0°においてピークを有していた。また、実施例1で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体において、ジルコニアの総量を100体積%として、m-ZrOの含有量は12.5体積%、t-ZrOの含有量は87.5体積%と見積もられる。また、実施例2で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体において、ジルコニアの総量を100体積%として、m-ZrOの含有量は16.0体積%、t-ZrOの含有量は84.0体積%と見積もられる。
【0074】
実施例3の原料であるm-ZrO及びδ-AlのX線回折スペクトルを図4に示す。図4において、左図はm-ZrO、右図はδ-AlのX線回折スペクトルである。
【0075】
また、実施例3で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体においては、2θ=10°~80°の範囲内において、26.0°、28.0°、30.0°、31.0°、34.0°、35.0°、38.0°、44.0°、50.0°、51.0°、53.0°、58.0°、59.0°、60.0°、63.0°、66.0°、68.0°、73.0°、75.0°、及び77.0°においてピークを有していた。また、ジルコニアの総量を100質量%として、m-ZrOの含有量は24.3質量%、t-ZrOの含有量は75.7質量%と見積もられる。
【0076】
次に、実施例1及び3で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体を1000℃で2時間、大気中で熱処理した後の試料についても同様に、X線源としてCuKα線を用いて、2θ=10~80°の範囲でX線回折測定を行った。結果を図5に示す。単斜晶のジルコニアは、ほとんど正方晶に結晶変態していた。
【0077】
この結果、得られたX線回折スペクトルは、実施例1及び3で得られたアルミナ-ジルコニア混合材料(焼結体)のX線回折スペクトルと同様であり、本発明のアルミナ-ジルコニア混合材料(焼結体)は、1000℃程度でも耐え得る耐熱性を有することが理解できる。
【0078】
試験例2:表面観察
実施例1で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体を、導電処理としてオスミウムコーターにより10秒間オスミウム(Os)コートを行い、2kVの条件で、20000倍又は33000倍の倍率で、走査型電子顕微鏡による表面観察を行った。結果を図6に示す。
【0079】
この結果、従来とは異なり、アルミナ及びジルコニアが層状ではなく、モザイク状に分布していることが理解できる。また、図6から読み取れるアルミナの平均粒子径は100nm、ジルコニアの平均粒子径は100nmであった。
【0080】
試験例3:破壊靱性
実施例1で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体(熱処理後)に対して、荷重10000gf(98N)、荷重保持時間15秒の条件で、JISZ2244に準拠したビッカース硬さ試験を行った。この結果、破壊靱性値は7.86±0.87MPa・m1/2であった。また、結果として得られたビッカース痕の光学顕微鏡像を図7に示す。
【0081】
試験例4:機械的性質
実施例1~2で得られたアルミナ-ジルコニア焼結体(熱処理後)の機械的性質は、密度をアルキメデス法により測定し、ジルコニアの正方晶と単斜晶の容積分率をX線回折のピーク強度比により測定し、弾性率を超音波パルス法により測定した。なお、硬度及び破壊靱性については、試験例2と同様に測定した。結果を表1に示す。
*Toraya.H et al., Journal of the American Ceramic Society., 67, C119-C121 (1984)
【0082】
【表1】
【要約】
【課題】アルミナ以外のジルコニア安定化剤を使用しない又はごく微量としつつも、簡便に靱性の高いアルミナ-ジルコニア複合焼結体を製造する。
【解決手段】アルミナ及びジルコニアからなり、前記アルミナ以外のジルコニア安定化剤の含有量が0~0.5質量%であり、且つ、前記アルミナと前記ジルコニアとがモザイク状に分布している、アルミナ-ジルコニア焼結体。
【選択図】なし
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7