(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-16
(45)【発行日】2024-02-27
(54)【発明の名称】高強度オーステナイト系高マンガン鋼材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240219BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20240219BHJP
C22C 38/38 20060101ALI20240219BHJP
【FI】
C22C38/00 302A
C21D8/02 D
C22C38/38
(21)【出願番号】P 2020554999
(86)(22)【出願日】2018-12-20
(86)【国際出願番号】 KR2018016387
(87)【国際公開番号】W WO2019125025
(87)【国際公開日】2019-06-27
【審査請求日】2020-08-12
【審判番号】
【審判請求日】2022-09-30
(31)【優先権主張番号】10-2017-0178943
(32)【優先日】2017-12-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】522492576
【氏名又は名称】ポスコ カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】イ,ウン‐ヘ
(72)【発明者】
【氏名】ハン,テ‐ギョ
(72)【発明者】
【氏名】カン,サン‐ドク
(72)【発明者】
【氏名】キム,ソン‐ギュ
(72)【発明者】
【氏名】キム,ヨン‐ジン
【合議体】
【審判長】井上 猛
【審判官】山口 大志
【審判官】佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/111510(WO,A1)
【文献】韓国登録特許第10-1726081(KR,B1)
【文献】特表2009-545676(JP,A)
【文献】特表2006-528278(JP,A)
【文献】特開2016-196703(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 7/00-8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガン(Mn):20~23重量%、炭素(C):0.3~0.5重量%、ケイ素(Si):0.05~0.50重量%、リン(P):0.03重量%以下(0%を除く)、硫黄(S):0.005重量%以下(0%を除く)、アルミニウム(Al):0.050重量%以下(0%を除く)、クロム(Cr):0.001~2重量%、ホウ素(B):0.0005~0.01重量%、窒素(N):0.03重量%以下(0%を除く)、残部Fe及びその他の不可避不純物からなり、下記関係式1で表される積層欠陥エネルギー(SFE)が3.05mJ/m
2以上であり、
組織として面積分率で95%以上(100%を含む)のオーステナイトを含み、
全結晶粒界に対する、オーステナイト再結晶粒内に
含まれる変形結晶粒界
の分率
が、25.9%以上
である(ここで、変形結晶粒界は、弱圧延時に
新たに付与された変形によって形成された結晶粒界を
含む)ことを特徴とする高強度オーステナイト系高マンガン鋼材。
[関係式1]
SFE(mJ/m
2)=-24.2+0.950*Mn+39.0*C-2.53*Si-5.50*Al-0.765*Cr
(ここで、Mn、C、Cr、Si、Alは、各成分の含有量の重量%である。)
【請求項2】
前記積層欠陥エネルギー(SFE)が3.05~17.02mJ/m
2であることを特徴とする請求項1に記載の高強度オーステナイト系高マンガン鋼材。
【請求項3】
全結晶粒界に対する、前記オーステナイト再結晶粒内
に含まれる変形結晶粒界
の分率が25.9~95%であることを特徴とする請求項1に記載の高強度オーステナイト系高マンガン鋼材。
【請求項4】
マンガン(Mn):20~23重量%、炭素(C):0.3~0.5重量%、ケイ素(Si):0.05~0.50重量%、リン(P):0.03重量%以下(0%を除く)、硫黄(S):0.005重量%以下(0%を除く)、アルミニウム(Al):0.050重量%以下(0%を除く)、クロム(Cr):0.001~2重量%、ホウ素(B):0.0005~0.01重量%、窒素(N):0.03重量%以下(0%を除く)、残部Fe及びその他の不可避不純物からなり、下記関係式1で表される積層欠陥エネルギー(SFE)が3.05mJ/m
2以上であるスラブを設ける段階と、
前記スラブを1050~1300℃の温度で再加熱するスラブ再加熱段階と、
前記再加熱されたスラブを熱間圧延して熱延鋼材を得る熱間圧延段階と、
前記熱延鋼材を冷却する冷却段階と、を含み、
冷却段階中又は冷却段階後に、前記熱延鋼材を25~180℃の温度では0.1~10%の弱圧下率で弱圧延し、180~600℃の温度では0.1~20%の弱圧下率で弱圧延する段階を行うことを特徴とする請求項1に記載の高強度オーステナイト系高マンガン鋼材の製造方法。
[関係式1]
SFE(mJ/m
2)=-24.2+0.950*Mn+39.0*C-2.53*Si-5.50*Al-0.765*Cr
(ここで、Mn、C、Cr、Si、Alは、各成分の含有量の重量%である。)
【請求項5】
前記弱圧延段階前の前記熱延鋼材のオーステナイトの平均結晶粒度は5μm以上であることを特徴とする請求項4に記載の高強度高マンガン鋼材の製造方法。
【請求項6】
前記弱圧延段階前の前記熱延鋼材のオーステナイトの平均結晶粒度は5~150μmであることを特徴とする請求項4に記載の高強度高マンガン鋼材の製造方法。
【請求項7】
前記熱間圧延時における熱間仕上げ圧延温度が800~1050℃であることを特徴と
する請求項4に記載の高強度高マンガン鋼材の製造方法。
【請求項8】
前記冷却時における冷却速度が1~100℃/sであることを特徴とする請求項4に記載の高強度高マンガン鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度オーステナイト系高マンガン鋼材及びその製造方法に係り、より詳しくは、強度及び延性に優れたオーステナイト系高マンガン鋼材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系高マンガン(Mn)鋼は、オーステナイト相の安定性を高める元素であるマンガン及び炭素の含有量を調節して、常温又は極低温でもオーステナイト相が安定して高靭性を有する特徴がある。これにより、オーステナイト相の特性を活用して、高い非磁性特性を要求する変圧器構造物など、様々な用途に用いられる。
【0003】
最近、前記のような非磁性鋼材として、多量のマンガン(Mn)及び炭素(C)を添加してオーステナイトを安定化させた、非磁性特性に優れた鋼材が開発されている。
オーステナイト相は、常磁性体であって、透磁率が低く、フェライトに比べて非磁性特性に優れる。
【0004】
しかし、オーステナイトを主組織とする高Mn鋼の場合、低温でも延性破壊の特性により低温靭性に優れるという利点はあるが、固有の結晶構造である面心立方構造が原因となって強度、特に降伏強度が低く、構造物の設計時における鋼板の厚さを薄くするにしても、コスト削減には限界がある。
【0005】
強度を増加させるための方法として、合金元素の添加を介した固溶強化、析出物形成元素の添加を介した析出硬化、圧延仕上げ温度の制御を介したパンケーキ(pancaking)圧延などが挙げられるが、合金元素の添加による経済的コストの増加、析出物の高オーステナイト内の固溶限度の限界などによる析出物の生成における限界、圧延仕上げ温度の制御を介したパンケーキ(pancaking)圧延時における強度増加に伴う衝撃靭性の低下などといった様々な問題がある。
【0006】
そこで、経済的且つ効果的な方法で、伸び率を維持するとともに、高強度を有するオーステナイト鋼材を開発する必要が切実に求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】韓国公開特許第2009-0043508号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的とするところは、高強度オーステナイト系高マンガン鋼材を提供することにある。
本発明のまた他の目的とするところは、高強度オーステナイト系高マンガン鋼材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の高強度オーステナイト系高マンガン鋼材は、マンガン(Mn):20~23重量%、炭素(C):0.3~0.5重量%、ケイ素(Si):0.05~0.50重量%、リン(P):0.03重量%以下(0%を除く)、硫黄(S):0.005重量%以下(0%を除く)、アルミニウム(Al):0.050重量%以下(0%を除く)、クロム(Cr):2.5重量%以下(0%を含む)、ホウ素(B):0.0005~0.01重量%、窒素(N):0.03重量%以下(0%を除く)、残部Fe及びその他の不可避不純物からなり、下記関係式1で表される積層欠陥エネルギー(SFE)が3.05mJ/m2以上であり、微細組織として面積分率で95%以上(100%を含む)のオーステナイトを含み、オーステナイト再結晶粒内に変形結晶粒界を面積分率で6%以上含むことを特徴とする。
【0010】
[関係式1]
SFE(mJ/m2)=-24.2+0.950*Mn+39.0*C-2.53*Si-5.50*Al-0.765*Cr
(ここで、Mn、C、Cr、Si、Alは、各成分の含有量の重量%である。)
【0011】
本発明の高強度オーステナイト系高マンガン鋼材の製造方法は、マンガン(Mn):20~23重量%、炭素(C):0.3~0.5重量%、ケイ素(Si):0.05~0.50重量%、リン(P):0.03重量%以下(0%を除く)、硫黄(S):0.005重量%以下(0%を除く)、アルミニウム(Al):0.050重量%以下(0%を除く)、クロム(Cr):2.5重量%以下(0%を含む)、ホウ素(B):0.0005~0.01重量%、窒素(N):0.03重量%以下(0%を除く)、残部Fe及びその他の不可避不純物からなり、下記関係式1で表される積層欠陥エネルギー(SFE)が3.05mJ/m2以上であるスラブを設ける段階と、前記スラブを1050~1300℃の温度で再加熱するスラブ再加熱段階と、前記再加熱されたスラブを熱間圧延して熱延鋼材を得る熱間圧延段階と、前記熱延鋼材を冷却する冷却段階と、を含み、冷却段階中又は冷却段階後に、前記熱延鋼材を25~180℃の温度では0.1~10%の弱圧下率で弱圧延し、180~600℃の温度では0.1~20%の弱圧下率で弱圧延する段階を行うことを特徴とする。
【0012】
[関係式1]
SFE(mJ/m2)=-24.2+0.950*Mn+39.0*C-2.53*Si-5.50*Al-0.765*Cr
(ここで、Mn、C、Cr、Si、Alは、各成分の含有量の重量%である。)
前記弱圧延段階前の前記熱延鋼材のオーステナイトの平均結晶粒度は5μm以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、均一なオーステナイト相を有するとともに、結晶粒内部粒界の分率を増加させることで、強度及び延性に優れたオーステナイト系高マンガン鋼材及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】弱圧下量に応じた全結晶粒界密度の変化を示すグラフである。
【
図2】弱圧下後のオーステナイト再結晶粒内の変形結晶粒界分率の変化を示すグラフである。
【
図3】実施例の発明例2の弱圧下後のオーステナイト再結晶粒内に変形結晶粒界が形成されたことを示す画像、及びその結晶粒界のミスオリエンテーションプロファイル(Misorientation profile)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好ましい実施形態を説明する。しかし、本発明の実施形態は、当該技術分野における通常の知識を有する者に本発明をさらに完全に説明するために提供されるものである。また、本発明の実施形態は、いくつかの他の形態に変形されることができ、本発明の範囲が以下説明する実施形態に限定されるものではない。尚、明細書全体においてある構成要素を「含む」ということは、特に反対される記載がない限り、他の構成要素を除外するのではなく、他の構成要素をさらに含むことができるということを意味する。
【0016】
以下、本発明の好ましい一側面による高強度オーステナイト系高マンガン鋼材について詳細に説明する。
【0017】
本発明の好ましい一側面による高強度オーステナイト系高マンガン鋼材は、マンガン(Mn):20~23重量%、炭素(C):0.3~0.5重量%、ケイ素(Si):0.05~0.50重量%、リン(P):0.03重量%以下(0%を除く)、硫黄(S):0.005重量%以下(0%を除く)、アルミニウム(Al):0.050重量%以下(0%を除く)、クロム(Cr):2.5重量%以下(0%を含む)、ホウ素(B):0.0005~0.01重量%、窒素(N):0.03重量%以下(0%を除く)、残部Fe及びその他の不可避不純物からなり、下記関係式1で表される積層欠陥エネルギー(SFE)が3.05mJ/m2以上であり、微細組織として面積分率で95%以上(100%を含む)のオーステナイトを含み、オーステナイト再結晶粒内に変形結晶粒界を面積分率で6%以上含む。
[関係式1]
SFE(mJ/m2)=-24.2+0.950*Mn+39.0*C-2.53*Si-5.50*Al-0.765*Cr
(ここで、Mn、C、Cr、Si、Alは、各成分の含有量の重量%を意味する。)
【0018】
先ず、鋼材の成分及び成分範囲について説明する。
【0019】
マンガン(Mn):20~23重量%
マンガンの含有量は、20~23重量%に限定することが好ましい。マンガンは、オーステナイトを安定化させる役割を果たす元素である。マンガンは、極低温におけるオーステナイト相を安定化させるために20重量%以上含まれることが好ましい。マンガンの含有量が20重量%未満の場合には、炭素の含有量が少ない鋼材の場合、準安定相であるε(イプシロン)-マルテンサイトが形成されて、極低温における加工誘起変態によって容易にα’-マルテンサイトに変態する可能性があるため、鋼材の靭性が低くなることがある。また、鋼材の靭性を確保するために、炭素の含有量を増加させた鋼材の場合には、炭化物析出により鋼材の物性が急激に減少する虞がある。尚、マンガンの含有量が23重量%を超えると、製造コストの上昇により鋼材の経済性が低下する虞がある。
【0020】
炭素(C):0.3~0.5重量%
炭素の含有量は、0.3~0.5重量%に限定することが好ましい。炭素は、オーステナイトを安定化させ、鋼材の強度を増加させる元素である。炭素は、冷却工程又は加工によるオーステナイト、ε-マルテンサイト、又はα’-マルテンサイトの変態点であるMs及びMdを下げる役割を果たす。炭素の含有量が0.3重量%未満の場合には、オーステナイトの安定度が不足し、極低温において安定したオーステナイトを得ることができず、外部応力によって容易にε-マルテンサイト又はα’-マルテンサイトに加工誘起変態を起こして、鋼材の靭性及び強度を減少させる虞がある。これに対し、炭素の含有量が0.5重量%を超えると、炭化物析出により鋼材の靭性が急激に劣化することがあり、鋼材の強度が過度に高くなって鋼材の加工性が低下する虞がある。したがって、本発明の前記炭素の含有量は、0.3~0.5重量%に限定することが好ましく、0.3~0.43重量%であることがより好ましい。
【0021】
ケイ素(Si):0.05~0.5重量%
Siは、Alと同様に、脱酸剤として不可避的に微量添加される元素である。Siを過度に添加すると、粒界に酸化物を形成して高温延性を低下させ、クラックなどを誘発して表面品質を低下させる虞がある。しかし、鋼中Siの添加量を減らすためには、過度なコストがかかるため、その下限は0.05重量%に制限することが好ましい。Alに比べて酸化性が高いため、0.5重量%を超えて添加される場合には、酸化物を形成してクラックなどを形成し、表面品質を低下させるため、Siの含有量は0.05~0.5重量%に制限することが好ましい。
【0022】
クロム(Cr):2.5重量%以下(0%を含む)
クロムは、適正な添加量の範囲まではオーステナイトを安定化させ、低温における衝撃靭性を向上させ、オーステナイト内に固溶されて鋼材の強度を増加させる役割を果たす。また、クロムは、鋼材の耐食性を向上させる元素でもある。但し、クロムは、炭化物元素であって、特にオーステナイト粒界に炭化物を形成し、低温衝撃を減少させる元素でもある。したがって、クロムの含有量は、炭素及びその他のともに添加される元素との関係を考慮して決定することが好ましく、高価な元素であることを考慮して、その含有量は2.5重量%以下(0%を含む)に限定することが好ましい。より好ましいクロムの含有量は、0~2重量%であり、さらに好ましいクロムの含有量は、0.001~2重量%である。
【0023】
ホウ素(B):0.0005~0.01重量%
ホウ素の含有量は、0.0005~0.01重量%に限定することが好ましい。ホウ素は、オーステナイト粒界を強化する粒界強化元素である。ホウ素は、少量添加してもオーステナイト粒界を強化し、高温における鋼材の亀裂敏感度を下げることができる。ホウ素の含有量が0.0005重量%未満の場合には、オーステナイト粒界強化の効果が少なく、表面品質の向上に大きく寄与しない虞がある。これに対し、ホウ素の含有量が0.01重量%を超えると、オーステナイトの粒界に粒界偏析が発生し、それに応じて、高温における鋼材の亀裂敏感度を増加させることがあるため、鋼材の表面品質が低下する虞がある。より好ましいホウ素の含有量は、0.0005~0.006重量%であり、さらに好ましいホウ素の含有量は、0.001~0.006重量%である。
【0024】
アルミニウム(Al):0.050重量%以下(0%を除く)
アルミニウムの含有量は、0.050重量%以下(0%を除く)に限定することが好ましい。アルミニウムは脱酸剤として添加される。アルミニウムは、CやNと反応して析出物を生成する元素であり、析出物によって熱間加工性が低下する虞があるため、アルミニウムの含有量は、0.050重量%以下(0%を除く)に限定することが好ましい。より好ましいアルミニウムの含有量は、0.005~0.05重量%である。
【0025】
S:0.005重量%以下(0%を除く)
Sは、介在物の制御のために、0.005重量%以下に制御される必要がある。Sの量が0.005重量%を超えると、熱間脆性の問題が発生する。
【0026】
P:0.03重量%以下(0%を除く)
Pは、偏析が容易に発生する元素であって、鋳造時の亀裂発生を助長する。これを防止するために、0.03重量%以下に制御する必要がある。Pの量が0.03重量%を超えると、鋳造性が悪化する虞があるため、その上限は0.03重量%とする。
【0027】
N:0.03重量%以下(0%を除く)
Nは、Tiと結合してTi窒化物を形成する。Nの含有量が0.03重量%を超えると、Tiと結合しない自由Nが時効硬化を起こして母材靭性を大きく阻害し、且つスラブ及び鋼板表面にクラックを誘発させ、表面品質を阻害するなどの有害な特性を示すため、その上限を0.03重量%とする。
【0028】
本発明の鋼材は、残部鉄(Fe)及びその他の不可避不純物を含む。通常の鉄鋼製造過程において、原料や周囲の環境からの意図されない不純物が不可避に混入されることがあり、これを排除することはできない。これらの不純物は、通常の鉄鋼製造過程における技術者であれば誰でも分かるものであるため、そのすべての具体的内容をについて本明細書では言及しない。
【0029】
本発明の好ましい一側面による高強度オーステナイト系高マンガン鋼材は、下記関係式1で表される積層欠陥エネルギー(SFE)が3.05mJ/m2以上である。
[関係式1]
SFE(mJ/m2)=-24.2+0.950*Mn+39.0*C-2.53*Si-5.50*Al-0.765*Cr
(ここで、Mn、C、Cr、Si、Alは、各成分の含有量の重量%を意味する。)
積層欠陥エネルギー(SFE)が3.05mJ/m2未満の場合には、ε-マルテンサイト及びα’-マルテンサイトが発生する可能性があり、特にα’-マルテンサイトの発生時に透磁率が急激に増加する。積層欠陥エネルギー(SFE)が増加するほどオーステナイト安定度は高くなるため、その上限は限定しないが、17.02mJ/m2を超えると、成分効率性が高くないため、その上限は17.02mJ/m2に限定することが好ましい。
【0030】
本発明の好ましい一側面による高強度オーステナイト系高マンガン鋼材は、面積分率で95%以上(100%を含む)のオーステナイトを含み、オーステナイト再結晶粒内に変形結晶粒界を面積分率で6%以上含む。
常磁性体として透磁率が低く、フェライトに比べて非磁性特性に優れたオーステナイトは、非磁性特性を確保するために必要な微細組織である。
前記オーステナイトの面積分率が95%未満の場合には、非磁性特性の確保が困難になる虞がある。
前記鋼材のオーステナイト再結晶粒内の変形結晶粒界の面積分率が6%未満の場合には、強化効果が不足する。これに対し、面積分率が6%以上の場合には、強度が急激に増加する。したがって、前記変形結晶粒界の面積分率は、6~95%であることが好ましい。
ここで、変形結晶粒界は、弱圧延時に新たに付与された変形により形成された結晶粒界を含む。
【0031】
前記微細組織は、介在物及びイプシロン(ε)マルテンサイトのうち1種又は2種を面積分率で5%以下(0%を含む)含むことができる。
前記介在物及びイプシロン(ε)マルテンサイトのうち1種又は2種の面積分率が5%を超えると、オーステナイトの結晶粒界に析出されて粒界破断の原因となり、鋼材の靭性及び延性が低下する虞がある。
前記介在物は、オーステナイトの結晶粒界に含まれることがよい。
前記介在物は炭化物であることができる。
【0032】
以下、本発明の好ましい他の一側面による高強度オーステナイト系高マンガン鋼材の製造方法について説明する。
【0033】
本発明の好ましい他の一側面による高強度オーステナイト系高マンガン鋼材の製造方法は、マンガン(Mn):20~23重量%、炭素(C):0.3~0.5重量%、ケイ素(Si):0.05~0.50重量%、リン(P):0.03重量%以下(0%を除く)、硫黄(S):0.005重量%以下(0%を除く)、アルミニウム(Al):0.050重量%以下(0%を除く)、クロム(Cr):2.5重量%以下(0%を含む)、ホウ素(B):0.0005~0.01重量%、窒素(N):0.03重量%以下(0%を除く)、残部Fe及びその他の不可避不純物からなり、下記関係式1で表される積層欠陥エネルギー(SFE)が3.05mJ/m2以上であるスラブを設ける段階と、前記スラブを1050~1300℃の温度で再加熱するスラブ再加熱段階と、前記再加熱されたスラブを熱間圧延して熱延鋼材を得る熱間圧延段階と、熱延鋼材を冷却する冷却段階と、を含み、前記冷却段階中又は前記冷却段階後に、熱延鋼材を25~180℃の温度では0.1~10%の弱圧下率で弱圧延し、180~600℃の温度では0.1~20%の弱圧下率で弱圧延する段階を行う。
[関係式1]
SFE(mJ/m2)=-24.2+0.950*Mn+39.0*C-2.53*Si-5.50*Al-0.765*Cr
(ここで、Mn、C、Cr、Si、Alは、各成分の含有量の重量%を意味する。)
【0034】
スラブ再加熱段階
前記した鋼組成を有するスラブを、熱間圧延のために加熱炉で1050~1300℃の温度で再加熱する。このとき、再加熱温度が1050℃未満と低すぎる場合には、圧延中に荷重が大きくかかる問題があり、合金成分も十分に固溶されない。これに対し、再加熱温度が高すぎる場合には、結晶粒が過度に成長して強度が低下するという問題があり、鋼材の固相線温度を超えて再加熱されることにより鋼材の熱間圧延性を阻害する虞があるため、再加熱温度の上限は1300℃に制限することが好ましい。
【0035】
熱間圧延段階
前記再加熱されたスラブを熱間圧延して熱延鋼材を得る。熱間圧延段階は、粗圧延工程及び仕上げ圧延工程を含むことができる。このとき、熱間仕上げ圧延温度は800~1050℃に限定することが好ましい。熱間仕上げ圧延温度が800℃未満の場合には圧延荷重が大きくかかり、1050℃を超えると、結晶粒が粗大に成長し、目標とする強度を得ることができないため、その上限は1050℃に限定することが好ましい。
【0036】
冷却段階
熱間圧延段階で得られた熱延鋼材を冷却する。
熱間仕上げ圧延後の熱延鋼材の冷却は、粒界炭化物の形成を抑制するのに十分な冷却速度で行われることが好ましい。冷却速度は1~100℃/sであることがよい。冷却速度が1℃/s未満の場合には、炭化物の形成を避けるのに十分でないため、冷却途中の粒界に炭化物が析出されて、鋼材の早期破断に伴う延性の減少、及びこれによる耐摩耗性の劣化が問題になるため、冷却速度は速いほど有利であり、加速冷却の範囲内であれば前記冷却速度の上限は特に制限する必要がない。但し、通常の加速冷却時には、冷却速度が100℃/sを超えにくい点を考慮して、その上限は100℃/sに限定することがよい。
熱延鋼材の冷却時における冷却停止温度は600℃以下に限定することが好ましい。速い速度で冷却しても、高い温度で冷却が停止された場合には、炭化物が生成及び成長する虞がある。
【0037】
弱圧延段階
前記冷却段階中又は前記冷却段階後の熱延鋼材を、25~180℃の温度では0.1~10%の弱圧下率で弱圧延し、180~600℃の温度では0.1~20%の弱圧下率で弱圧延する段階を行う。
前記弱圧延段階前の前記熱延鋼材のオーステナイトの平均結晶粒度は5μm以上であることが好ましい。結晶粒度が大幅に増加すると、鋼材の強度が低くなること虞があるため、前記オーステナイトの結晶粒度は5~150μmにする。
前記弱圧延温度が25℃未満の場合には、ε-マルテンサイト又はα’-マルテンサイトへ相変態する虞があり、600℃を超えると、強度向上のための効率性が低下するという問題がある。
前記弱圧下率が0.1%未満の場合には、強度の向上が低いという問題があり、25~180℃の温度で弱圧下率が10%を超えるか、又は180~600℃の温度で弱圧下率が20%を超えると、伸び率の低下の問題がある。
【0038】
本発明の好ましい他の一側面による高強度オーステナイト系高マンガン鋼材の製造方法によると、面積分率で95%以上(100%を含む)のオーステナイトを含み、オーステナイト再結晶粒の変形結晶粒界を面積分率で6%以上含む微細組織を有する高強度オーステナイト系高マンガン鋼材を製造することができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。但し、下記実施例は、本発明を例示して、より詳細に説明するためのものにすぎず、本発明の権利範囲を限定するためのものではない点に留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項と、それから合理的に類推される事項によって決定される。
【0040】
(実施例)
下記表1の成分、成分範囲、及び積層欠陥エネルギー(SFE)を満たすスラブを1200℃の温度で再加熱し、下記表2の熱間仕上げ圧延温度の条件で熱間圧延して下記表2の厚さを有する熱延鋼材を製造した後、20℃/sの冷却速度で300℃の温度まで冷却した。
【0041】
前記冷却後に、下記表3の条件で弱圧延した。
【0042】
前記のとおり製造された熱延鋼板(鋼材)の全結晶粒界密度(粒界密度)、粒内に変形によって新たに形成された変形結晶粒界を含む分率(粒内結晶粒界の分率)、降伏強度(YS)、引張強度(TS)、伸び率(El)、及び透磁率を測定し、その結果を下記表3に示した。
【0043】
下記表1におけるSFEは、積層欠陥エネルギーを示すものであって、下記関係式1によって求められた値である。
[関係式1]
SFE(mJ/m2)=-24.2+0.950*Mn+39.0*C-2.53*Si-5.50*Al-0.765*Cr
(ここで、Mn、C、Cr、Si、Alは、各成分の含有量の重量%である。)
【0044】
一方、発明例及び比較例に対する弱圧下量に応じた全結晶粒界密度の変化を
図1に示し、弱圧下後のオーステナイト再結晶粒内の変形結晶粒界分率の変化を
図2に示した。
【0045】
また、発明例2の弱圧下後のオーステナイト再結晶粒内に変形結晶粒界が形成されたことを示す画像、及びその結晶粒界のミスオリエンテーションプロファイル(Misorientation profile)を
図3に示した。
【0046】
【0047】
【0048】
【0049】
前記表1~3、
図1、及び2に示したとおり、本発明に符合する成分、成分範囲、及び積層欠陥エネルギー(SFE)を満たすスラブを用いることで、本発明に符合する製造条件(熱間圧延、冷却、弱圧下条件)で製造された熱延鋼材である発明例(1~14)は、本発明に符合する粒内結晶粒界の分率を有するだけでなく、本発明の弱圧下条件を外れる比較例(1~4)に比べて降伏強度(YS)、引張強度(TS)、及び伸び率(El)に優れる。
【0050】
一方、
図3に示したとおり、本発明の弱圧下条件で弱圧下する場合(発明例2)には、オーステナイト再結晶粒内に変形結晶粒界が多量形成されることが分かる。