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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-16
(45)【発行日】2024-02-27
(54)【発明の名称】難燃性ループ面ファスナー
(51)【国際特許分類】
   A44B 18/00 20060101AFI20240219BHJP
   D03D 1/00 20060101ALI20240219BHJP
   D03D 27/00 20060101ALI20240219BHJP
   D03D 27/08 20060101ALI20240219BHJP
【FI】
A44B18/00
D03D1/00 Z
D03D27/00 A
D03D27/08
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021546945
(86)(22)【出願日】2020-09-17
(86)【国際出願番号】 JP2020035230
(87)【国際公開番号】W WO2021054389
(87)【国際公開日】2021-03-25
【審査請求日】2023-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2019169010
(32)【優先日】2019-09-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591017939
【氏名又は名称】クラレファスニング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】相良 卓
(72)【発明者】
【氏名】福島 康之
【審査官】冨江 耕太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-131750(JP,A)
【文献】特開2008-295716(JP,A)
【文献】特開2018-94298(JP,A)
【文献】特開2011-190604(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A44B18/00
D03D1/00-27/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
経糸、ループ状係合素子用糸および緯糸からなり、ループ状係合素子用糸が経糸に平行に織り込まれている織物と、前記ループ状係合素子用糸からなり、前記織物の表面から立ち上がる多数のループ状係合素子と、を有する難燃性ループ面ファスナーであって、
前記経糸および前記ループ状係合素子用糸がともにポリフェニレンサルファイド系のマルチフィラメント糸であり、
前記緯糸が熱融着性マルチフィラメント糸を含み、
前記ループ状係合素子の根元が前記熱融着性マルチフィラメント糸の溶融により前記織物に固定され、
前記ループ状係合素子が、平均太さ3~8デシテックスのフィラメントが70~200本束ねられたトータル太さ350~800デシテックスのフィラメント束からなる、難燃性ループ面ファスナー。
【請求項2】
前記ループ状係合素子が存在している前記織物の領域の裏面面積に占める、前記織物の裏面に露出している前記緯糸の面積の割合が12%以下である、請求項1に記載の難燃性ループ面ファスナー。
【請求項3】
前記ループ状係合素子を形成しているフィラメント束が、15~50T/mの撚りを有している、請求項1又は2に記載の難燃性ループ面ファスナー。
【請求項4】
前記緯糸が、ポリエステル系の熱融着性フィラメントとポリフェニレンサルファイド系フィラメントからなる、請求項1~3のいずれかに記載の難燃性ループ面ファスナー。
【請求項5】
前記緯糸が、平均太さ3.5~7デシテックスのフィラメントが52~80本束ねられたトータル太さ200~300デシテックスのポリフェニレンサルファイド系マルチフィラメント糸と、鞘成分が低融点の熱融着性成分である平均太さ3~8デシテックスのポリエステル系芯鞘型フィラメントが15~40本束ねられたトータル太さ80~160デシテックスの熱融着性マルチフィラメント糸との合糸である、請求項4に記載の難燃性ループ面ファスナー。
【請求項6】
前記ループ状係合素子が、平均太さ3.5~7デシテックスのフィラメントが80~160本束ねられたトータル太さが420~630デシテックスのフィラメント束からなる、請求項1~5のいずれかに記載の難燃性ループ面ファスナー。
【請求項7】
前記経糸が、平均太さ3~7デシテックスのフィラメントが40~80本束ねられたトータル太さが150~350デシテックスのポリフェニレンサルファイド系マルチフィラメント糸である、請求項1~6のいずれかに記載の難燃性ループ面ファスナー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難燃性ループ面ファスナーに関し、特に、難燃性において非常に優れ、かつ高い係合力を有し、さらに高温・多湿条件下で長期間置かれても係合を剥離する際にループ状係合素子が織物基布から引き抜かれることが極めて少ない織物系の難燃性ループ面ファスナーに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、布製の織物基布を有する面ファスナーとして、モノフィラメント糸からなるフック状係合素子を織物基布の表面に有するフック面ファスナーと、該フック状係合素子と係合し得るマルチフィラメント糸からなるループ状係合素子を織物基布の表面に有するループ面ファスナーの組み合わせが広く用いられている。
【0003】
近年、自動車、列車、船舶、航空機等の乗物の室内の壁面や天井材、床材等のパーツや構造材や断熱材を固定する手段として面ファスナーが広く用いられている。これら用途分野には、いずれも難燃性が求められており、このような要求を叶える難燃性の面ファスナーとして、種々のものが提案されている。
【0004】
フック面ファスナーとループ面ファスナーのうち、フック面ファスナーに関しては、織物系のフック面ファスナーではなく、難燃性樹脂を押出成形や射出成形して製造した難燃性の成形フック面ファスナーにより比較的容易に難燃性のフック面ファスナーが製造できるが、ループ面ファスナーに関しては押出成形や射出成形では高い係合力を有するループ状係合素子を製造することができず、したがって織物系のループ面ファスナーで難燃性を満足するものを製造することが必要である。
【0005】
このような要求から、織物系の難燃性を満足するループ面ファスナーについて、今までにいくつかの提案がなされている。
例えば、特許文献1~3には、経糸、緯糸およびループ状係合素子用糸からなる難燃性面ファスナーが提案されている。経糸、緯糸およびループ状係合素子用糸は、いずれもポリフェニレンサルファイド系のマルチフィラメント糸を含む。難燃性面ファスナーは、織物基布の表面にポリフェニレンサルファイド系のループ状係合素子を有する織物系のループ面ファスナーである。緯糸として、ポリフェニレンサルファイド系のマルチフィラメント糸に、更に熱融着性マルチフィラメント糸を加えたものを用いている。この熱融着性マルチフィラメント糸が溶融することにより、ループ状係合素子の付け根を織物基布に固定している。
【0006】
近年、より高度の難燃性に優れた織物系ループ面ファスナーが求められており、これら公知の特許文献に記載されている織物系ループ面ファスナーでは、求められている高度の難燃性を満足することはできない。
【0007】
具体的には、上記特許文献1には、ループ状係合素子を形成するポリフェニレンサルファイド系マルチフィラメント糸として、10~40本のフィラメントからなる100~400デシテックスのマルチフィラメント糸が好ましいと記載されており、その実施例では、平均太さ16.7デシテックスのポリフェニレンサルファイド系フィラメント10本からなるトータル太さが167デシテックスのマルチフィラメント糸が用いられている。上記特許文献2や3の実施例にも、上記特許文献1と同様に、ループ状係合素子として、平均太さ16.7デシテックスのポリフェニレンサルファイド系フィラメント10本からなるトータル太さが167デシテックスのマルチフィラメント糸が用いられている。
【0008】
現在市販されている織物系ループ面ファスナーには、ループ状係合素子用糸として平均太さ10~20デシテックスのフィラメント8~15本からなるトータル太さが150~300デシテックスのマルチフィラメント糸が製織性や係合力の点で広く用いられており、上記特許文献1~3においても、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸として、この従来の一般的なループ面ファスナーに用いられている平均太さと本数及びトータル太さのマルチフィラメント糸が踏襲されたものと思われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2016-131750号公報
【文献】特開2015-62599号公報
【文献】国際公開第2008/59958号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸として、この従来一般に用いられているものとは大きく相違する本数と細さとトータル太さを有するポリフェニレンサルファイド系マルチフィラメント糸を用いることにより、上記特許文献1~3に記載の技術では達成できない、より高度の難燃性を満足し、かつ高い係合力を有し、さらに高温・多湿条件下に長期間置かれても係合を剥離する際の引っ張りによりループ状係合素子が織物基布から引き抜かれることが極めて少ない織物系ループ面ファスナーが得られることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明は、経糸、ループ状係合素子用糸および緯糸からなり、ループ状係合素子用糸が経糸に平行に織り込まれている織物と、前記ループ状係合素子用糸からなり、前記織物の表面から立ち上がる多数のループ状係合素子と、を有する難燃性ループ面ファスナーであって、前記経糸および前記ループ状係合素子用糸がともにポリフェニレンサルファイド(以下、PPSと略す)系のマルチフィラメント糸であり、前記緯糸が熱融着性マルチフィラメント糸を含み、前記ループ状係合素子の根元が前記熱融着性マルチフィラメント糸の溶融により前記織物に固定され、前記ループ状係合素子が、平均太さ3~8デシテックスのフィラメントが70~200本束ねられたトータル太さ350~800デシテックスのフィラメント束からなる、難燃性ループ面ファスナーである。
なお、本発明において熱融着性とは、加熱によって軟化する性質のことであり、より詳細には、熱融着性繊維をある温度以上に加熱した際に軟化し、該繊維と密接に接触している、同素材または異素材からなる繊維と融着することが可能であることを意味する。
【0012】
好ましくは、このような難燃性ループ面ファスナーにおいて、前記ループ状係合素子が存在している前記織物の領域の裏面面積に占める、前記織物の裏面に露出している前記緯糸の面積の割合が12%以下である場合であり、また前記ループ状係合素子を形成しているフィラメント束が、15~50T/mの撚りを有している場合である。
【0013】
このような難燃性ループ面ファスナーにおいて、好ましくは、前記緯糸が、ポリエステル系の熱融着性フィラメントとPPS系フィラメントからなる場合であり、より好ましくは、前記緯糸が、平均太さ3.5~7デシテックスのフィラメントが、52~80本束ねられたトータル太さ200~300デシテックスのPPS系マルチフィラメント糸と、鞘成分が低融点の熱融着性成分である平均太さ3~8デシテックスのポリエステル系芯鞘型フィラメントが15~40本束ねられたトータル太さ80~160デシテックスの熱融着性マルチフィラメント糸との合糸である場合である。
【0014】
このような難燃性ループ面ファスナーにおいて、さらに好ましくは、前記ループ状係合素子が、平均太さ3.5~7デシテックスのフィラメントが80~160本束ねられたトータル太さが420~630デシテックスのフィラメント束からなる場合である。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、ループ状係合素子として、平均太さ3~8デシテックスのPPS系フィラメントが70~200本束ねられたトータル太さ350~800デシテックスのフィラメント束が用いられており、このフィラメント束は、従来の一般的にループ状係合素子用糸として用いられている10~20デシテックスのフィラメント8~15本からなるトータル太さが150~300デシテックスのマルチフィラメント糸と比べて、細くかつ多数のフィラメントが集束された太いマルチフィラメント糸である点で大きく異なる。
【0016】
すなわち、従来一般に用いられているループ状係合素子用糸と比べて、フィラメント1本当たりの平均太さがはるかに細く、更にマルチフィラメント糸を構成しているフィラメント本数もはるかに多く、マルチフィラメント糸のトータル太さも太い。このような、細いフィラメントが多数集束している太いマルチフィラメント糸を使用することにより、従来の平均太さのフィラメントが従来の本数で集束された従来のトータル太さのマルチフィラメント糸を使用した場合には達成することができなかった、高度の難燃性を達成できることを見出した。
【0017】
その理由に関しては明確には分からないが、ループ状係合素子を構成している難燃性のマルチフィラメント糸が細いフィラメントが多数集束しているものであることから、このようなマルチフィラメント糸が、緯糸の一部として使用した可燃性の熱融着性繊維の表面を広く覆い、燃焼の原因となる緯糸の露出を少なくしていることや、熱融着性繊維から溶け出した融着成分を難燃性であるループ状係合素子用マルチフィラメント糸内に吸収して、燃焼し難くしていることや、ループ状係合素子が横に広く広がってループ面ファスナーの表面を覆い、燃焼し難い状態となっていることなどが考えられる。
【0018】
しかも、意外にも、このような細いフィラメントが多数集束しているマルチフィラメント糸を用いることにより、係合力も、従来の平均太さと本数とトータル太さのマルチフィラメント糸を用いた場合と比べて、より高い優れた値が得られることを見出した。
【0019】
さらに、従来のループ面ファスナーでは、係合を剥離する際に、ループ状係合素子は織物基布から引っ張られ、引き抜かれることを防止するために、ループ面ファスナーの裏面には、バックコート樹脂と称する接着剤が塗布されているが、バックコート樹脂によるループ状係合素子固定では、固定力が低く、固定が不十分となる傾向があった。難燃性を必要とする用途分野では、面ファスナーが高温・多湿な条件に長期間晒されることが多く、このような高温・多湿条件にバックコート塗布したループ面ファスナーを長期間晒した場合には、バックコート樹脂によるループ状係合素子の保持性能が更に低下し、係合を剥離する際にループ状係合素子が織物基布から引き抜かれることとなり易いという問題点を有していた。
【0020】
しかしながら、本発明のように、ループ状係合素子の付け根がバックコート樹脂ではなく、緯糸からの融着成分により織物基布に固定されている場合には、ループ状係合素子用糸が緯糸と接着面積広く緊密に密着して、かつ緯糸を隠すように緯糸の表面を覆っていることから、固定力が高く、さらに面ファスナーが高温・多湿な条件に長時間置かれたとしても、固定力が低下することがなく、ループ状係合素子が織物基布から引き抜かれることが起こり難い。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、本発明のループ面ファスナーであって、ループ状係合素子が立ち上がっている表面を外側にして曲げて撮影した図である。
図2図2は、従来のループ面ファスナーのループ状係合素子を構成するフィラメントの本数を多めにした場合のループ面ファスナーであって、ループ状係合素子が立ち上がっている表面を外側にして曲げて撮影した図である。
図3図3は、本発明で規定する、ループ状係合素子が存在している織物の領域の裏面面積に占める、織物の裏面に露出している緯糸の面積の割合の求め方を算出するために使用するループ面ファスナーの裏面を撮影した図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の織物系ループ面ファスナーについて詳細に説明する。
本発明の織物系ループ面ファスナーは、経糸、ループ状係合素子用糸および緯糸が用いられる。
【0023】
織物基布を構成している経糸としてPPS系マルチフィラメント糸が用いられ、また、緯糸には、PPS系マルチフィラメント糸を主体とし、これに熱融着性マルチフィラメント糸が合糸した糸が用いられる。さらに、ループ状係合素子用糸にもPPS系マルチフィラメント糸が用いられる。
本明細書において、「主体とする」とは、「50質量%以上含む」ことを意味する。
【0024】
PPSは、難燃性で耐熱性に優れ、さらに繊維形成性および繊維物性に優れた樹脂であり、本発明に用いられるPPS系マルチフィラメント糸としては、重量平均分子量が2万~10万のPPSを溶融紡糸し、延伸し、さらに必要に応じて熱処理して得られるマルチフィラメント糸が好ましく、このようなPPS系マルチフィラメント糸は現在市販されており、また合成繊維の製造能力を有する者ならば容易に製造することができる。
PPSには、難燃剤、着色剤、各種安定剤、PPSの難燃性能を妨げない範囲での少量の他の樹脂成分等が添加されていてもよい。PSSの質量が、PPS系マルチフィラメント糸の質量に対して、80質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがより好ましく、100質量%であること(PPSのみであること)が特に好ましい。
【0025】
本発明に使用する織物基布の経糸としては、平均太さ3~7デシテックスのPPS系フィラメント40~80本からなるトータル太さが150~350デシテックスのPPS製マルチフィラメント糸が緯糸の熱融着性マルチフィラメント糸の表面を覆い、高度の難燃性を達成する上で好ましい。本発明に使用する織物基布の経糸としては、平均太さ3.5~6デシテックスのPPS系フィラメント45~70本からなるトータル太さが200~300デシテックスのPPS系マルチフィラメント糸であることがより好ましい。このようなマルチフィラメント糸には、100~800T/mの撚りが付与されているのが製織性の点で好ましく、より好ましくは200~500T/mの撚りが付与されている場合である。なお、T/mはturn/メートルの略である。
【0026】
本発明の面ファスナーの緯糸として用いられる糸は、PPS系マルチフィラメント糸を主体とし、これに熱融着性マルチフィラメント糸を合糸したものが好ましい。本発明の面ファスナーの緯糸として用いられる糸は、平均太さ3.5~7デシテックスのフィラメントが52~80本束ねられたトータル太さ200~300デシテックスのPPS系マルチフィラメント糸と、鞘成分が低融点の熱融着性成分である平均太さ3~8デシテックスのポリエステル系芯鞘型フィラメントが15~40本束ねられたトータル太さ80~160デシテックスの熱融着性マルチフィラメント糸との合糸であることがより好ましい。
緯糸を熱融着性のマルチフィラメント糸とPPS系マルチフィラメント糸との合糸とし、かつPPS系マルチフィラメント糸として細いフィラメントが多数集束しているマルチフィラメント糸とすることにより、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸との接触面積を増やすとともに熱融着性マルチフィラメント糸から溶け出した余分な熱融着成分を合糸したPPS系マルチフィラメント糸で吸収し、難燃性の向上に貢献することとなる。
【0027】
このような細いフィラメントが多数集束しているPPS系マルチフィラメント糸を緯糸の大部分として用いることにより、前記したように、緯糸とループ状係合素子用マルチフィラメント糸との接触面積を増やすことができ、ループ状係合素子の織物基布からの引き抜きを防ぐとともに熱融着性マルチフィラメント糸から溶け出した余分な熱融着成分を合糸したPPS系マルチフィラメント糸内に吸収し、難燃性の向上に貢献することとなる。このようなマルチフィラメント糸は、撚り数が0~20T/mの状態、いわゆる無撚糸の状態であると、熱融着性繊維を有効に機能させて、係合素子用糸を織物基布に強固に固定できることから好ましい。
緯糸におけるPPS系マルチフィラメント糸の質量が、緯糸全体の質量に対して、50質量%以上であることが好ましく、60質量%以上であることがより好ましい。
【0028】
緯糸の一部を構成する熱融着性マルチフィラメント糸は、フィラメントの少なくとも一部が220℃以下の温度で溶融して、そばに存在している係合素子用のPPS系マルチフィラメント糸や経糸を溶融物が接着固定することとなる。熱融着性マルチフィラメント糸としては、PPS系マルチフィラメント糸との接着性等の点からポリエステル系の樹脂からなるマルチフィラメント糸が好ましい。
緯糸における熱融着性マルチフィラメント糸の質量が、緯糸全体の質量に対して、50質量%未満であることが好ましく、また、5質量%以上であることが好ましく、10質量%以上であることがより好ましく、15質量%以上であることが特に好ましい。
【0029】
ポリエステル系芯鞘型フィラメントとしては、熱融着時の取り扱い易さ等より、低融点のポリエステル系樹脂を鞘成分、熱融着性マルチフィラメント糸を熱融着させる際の温度では溶融しない高融点のポリエステル系樹脂を芯成分とする芯鞘断面のフィラメントからなるマルチフィラメント糸が好ましい。
ポリエステル系芯鞘型フィラメントの鞘成分の具体例としては、イソフタル酸、スルホイソフタル酸、アジピン酸、プロピレングリコール等の共重合成分を共重合して融点を210℃以下、特に120~200℃にしたポリエチレンテレフタレート系やポリブチレンテレフタレート系の共重合体が好ましい。
【0030】
ポリエステル系芯鞘型フィラメントの芯成分の具体例としては、高融点のポリエステル、具体的には共重合されていない、または共重合されていても鞘成分樹脂よりも融点が20~100℃高いポリエステル、たとえばポリエチレンテレフタレートホモポリマー、ポリエチレンナフタレートホモポリマー、ポリブチレンテレフタレートホモポリマー等が好ましい。
芯鞘型フィラメントの断面形状は、一芯芯鞘であってもあるいは多芯芯鞘であってもよく、また同心芯鞘でも偏心芯鞘であってもよい。さらにバイメタル状の断面であってもよい。すなわち低融点成分が表面に露出していればよい。芯成分と鞘成分の重量比率としては75/25~30/70の範囲が好ましい。
【0031】
熱融着性マルチフィラメント糸としては、平均太さ3~8デシテックスのポリエステル系芯鞘型フィラメントが15~40本束ねられたトータル太さ80~160デシテックスの熱融着性マルチフィラメント糸が好適に用いられる。緯糸を構成するPPS系マルチフィラメント糸と熱融着性マルチフィラメント糸の重量割合としては80:20~60:40の範囲が、難燃性や係合素子固定性の点で好ましく、より好ましくは75:25~65:35の範囲である。
なお、本発明において、経糸、緯糸、ループ状係合素子用糸には、面ファスナーの難燃性や係合力や高温多湿条件で長期間置かれた場合の性能を損なわない範囲内で、他のフィラメントが少量合わさっていてもよい。
経糸、緯糸、又はループ状係合素子用糸における他のフィラメントの質量が、経糸、緯糸、又はループ状係合素子用糸の質量に対して、10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましい。
【0032】
次に本発明の特徴点であるループ状係合素子を構成するPPS系マルチフィラメント糸について説明すると、ループ状係合素子を構成するPPS系マルチフィラメント糸は、平均太さ3~8デシテックスのフィラメントが70~200本束ねられたトータル太さ350~800デシテックスのフィラメント束からなる。このマルチフィラメント糸は、前記したように、従来一般に用いられているループ状係合素子用糸と比べて、フィラメント1本当たりの平均太さがはるかに細く、またマルチフィラメント糸を構成しているフィラメント本数もはるかに多く、さらにトータル太さも太い。
【0033】
ループ状係合素子を構成しているPPSフィラメントの平均太さが8デシテックスを超える場合、PPSフィラメントの本数が70本未満である場合、又はループ状係合素子用糸のトータル太さが350デシテックス未満の場合には、難燃性の点で劣り、満足できない。
またPPSフィラメントの平均太さが3デシテックス未満の場合、フィラメントの本数が200本を超える場合、又はループ状係合素子用糸のトータル太さが800デシテックスを超える場合には、面ファスナー製造上のトラブルが生じ易く、さらに製造できたとしても、係合剥離を繰り返すとループ状係合素子を構成するフィラメントが破断し易くなったり、係合力の低下を生じたり、表面が毛羽立って見栄えが悪くなる。
【0034】
このような、細いフィラメントが多数集束している太いマルチフィラメント糸をループ状係合素子として使用することにより、従来のマルチフィラメント糸では達成することができなかった高度の難燃性を達成できる。しかも、従来の平均太さと本数とトータル太さのマルチフィラメント糸を用いた場合と比べて、より高い優れた係合力が得られる。好ましくは、ループ状係合素子が、平均太さ3.5~7デシテックスのPPS系フィラメントが80~160本束ねられたトータル太さが420~630デシテックスのフィラメント束からなる場合である。
【0035】
なお、ここで言う平均太さとは、太いフィラメントと細いフィラメントが並存していてもよいことを意味している。すなわち、平均太さとは、マルチフィラメント糸に存在するフィラメントのトータル太さ(デシテックス)を、マルチフィラメントを構成しているフィラメント本数で割った値を意味している。もちろん、マルチフィラメント糸を構成しているフィラメントがほぼ同一の太さを有している場合が本発明では好ましい。
【0036】
このような細いフィラメントからなるマルチフィラメント糸をループ状係合素子用糸として使用した場合には、ループ面ファスナーを織る際に、細いフィラメントが擦られて切断され、その結果、装置等に巻き付いたりして製織性が低下することが懸念されるが、マルチフィラメント糸にわずかの撚り、具体的には15~50T/mの撚りを付与しておくことにより製織性低下の懸念は解消できる。より好ましくは20~40T/mの撚りを付与している場合である。
上述したように、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸に軽く撚りを付与しておくことにより、細いフィラメントが多数集束しているマルチフィラメント糸をループ状係合素子用糸として用いる場合の問題点、すなわち面ファスナーを織る際に、該マルチフィラメント糸を構成するフィラメントが装置との摩擦等により容易に切断されて、織工程通過性を悪化させるという問題点が生じることを防ぐことができる。
【0037】
従来のループ面ファスナーでは、係合力を低下させないように、ループ状係合素子用糸に撚りを極力付与せず、ループ状係合素子とした場合に、ループ状係合素子を構成している個々のフィラメントが広くバラけて、フック状係合素子と係合し易くするのが通常である。ループ状係合素子を積極的にバラケさせるために、ループ面ファスナーの表面を針布で擦ることも日常的に行われているが、本発明では、従来のバラケさせるという考えとは反する手段、すなわち甘い撚りを付与することにより、係合力の低下を抑えて、細いフィラメントからなるマルチフィラメント糸の宿命である製織性の低下と言う問題点を解消している。
【0038】
本発明では、上記したような経糸、緯糸およびループ状係合素子用糸から、その表面には該係合素子用糸からなるループが存在している織物基布をまず製織する。
【0039】
ループ状係合素子用糸は、耐引抜性の点で、経糸の一部として、すなわち経糸に平行に織物に織り込む。織密度は、経糸(係合素子用糸を含む)35~60本/cm、緯糸13~20本/cmが好ましく、経糸2~5本に1本の割合、特に経糸4本に1本の割合でループ状係合素子用糸を挿入するのが好ましい。なお、上記緯糸本数は、緯糸を1方向から挿入する場合の本数で、緯糸が往復で1本とカウントした場合の本数である。
【0040】
織物基布表面から1.5~2.5mm、より好ましくは1.70~2.20mmの高さに突出するようにループを形成する。ループ状係合素子は経糸を1本跨ぐ箇所でループを形成するのが好ましく、ループを形成しない箇所では経糸を跨ぐことなく経糸に平行に緯糸を中心に浮沈しているのが好ましい。本発明で言う経糸に平行とは、ループを形成している箇所では経糸を跨いでいてもよく、それ以外の箇所では、通常、経糸を跨ぐことなく、経糸に平行に織物に織り込まれている状態を意味している。
【0041】
ループ面ファスナーの織組織としては、通常の単層の平織が好ましい。ループの密度としては、30~70個/cmが好ましく、特に40~60個/cmが好ましい。
【0042】
このようにして製織された表面にループを有する織物は、緯糸に含まれている熱融着性マルチフィラメント糸が溶融して、係合素子用糸を織物基布に融着させて固定する。溶融させる際の温度としては、220~255℃が好ましく、より好ましくは230~250℃の範囲、さらに好ましくは235~245℃である。この温度条件で織物を30秒間~4分間、より好ましくは1~3分間処理することにより緯糸に包含されている熱融着性マルチフィラメント糸の溶融成分が溶融して、そばに存在している、あるいは交差しているPPS系マルチフィラメント糸からなる経糸及び/又は係合素子用糸を固定する。これにより係合素子用糸が織物基布に強固に固定される。
【0043】
なお、従来の織物系面ファスナーでは、係合素子を織物基布に固定するために、織物基布の裏面に、バックコート樹脂と称する接着剤が塗布されている。従来の織物系面ファスナーが高温・多湿条件に長時間置かれる難燃性ループ面ファスナーである場合には、バックコート樹脂による係合素子の固定が、高温多湿条件で長時間置かれることにより緩み易く、このようなループ面ファスナーの係合を剥離する際に係合素子が織物基布から容易に引き抜かれることとなる。一方、本発明では、緯糸の一部が融着させて係合素子を固定する方式を用いているおり、緯糸の一部を融着させて係合素子を固定することにより、高温・多湿条件に長時間晒しても係合素子の固定は劣化することが殆どない。したがって、本発明では、係合を剥離する際に係合素子が織物基布から引き抜かれる事態が生じることもない。よって、本発明では、バックコート樹脂の塗布は不要である。
【0044】
このようにして本発明のループ面ファスナーは得られるが、本発明のループ面ファスナーの大きな特徴点のひとつが、緯糸が経糸および係合素子用糸に覆われて、織物基布の表面および裏面に殆ど露出していないことが挙げられる。
【0045】
図3は、本発明のループ面ファスナーの裏面(すなわち係合素子が存在していない面)を拡大撮影した図であり、この図から、ループ状係合素子が存在している織物の領域の裏面面積に占める、織物の裏面に露出している緯糸の面積の割合(以下、緯糸の裏面露出率と称す場合がある。)を求める。具体的には、この図において、左右横方向に走行しているのが緯糸で、この緯糸を覆うように上下縦方向に浮き沈みしながら存在しているのが経糸と係合素子用糸である。図3を用いて織物の裏面に露出している緯糸の面積の割合の求め方を説明する。まず、係合素子用糸が一定の繰り返しとなる範囲を定め、その範囲に存在している緯糸が露出している箇所を囲み、その面積を求め、それら面積の合計値を求め、係合素子用糸が一定の繰り返しとなる範囲の経糸、緯糸、係合素子用糸の総面積に占める緯糸の露出面積の割合を求める。そして任意の5か所で緯糸の露出面積の合計値の割合を求め、その平均値を出すことにより緯糸の織物裏面に露出している率を算出する。具体的には面ファスナーの裏面をキーエンス社製マイクロスコープを使用し、倍率100倍にて撮影し、経糸方向は一定の周期の緯糸本数分の距離を測り、緯糸方向は同様の動きをしている係合素子用糸の間の距離を測り、それらから測定範囲を設定し、経糸、緯糸、係合素子用糸それぞれの面積を算出した。その面積から緯糸が露出されている部分のみの面積の割合を算出した。
上記「一定の繰り返し(「一定の周期」)」は、織組織によって変動し、例えば、「緯糸2本分の範囲」、「緯糸4本分の範囲」を意味する。なお、本願の実施例では、「一定の繰り返し(「一定の周期」)」を「緯糸2本分の範囲」とした。
上記「同様の動きをしている係合素子用糸の間の距離」は、織組織によって変動し、例えば、ループを形成するための織機の枠が前枠と後枠の2種類であり、且つ、前枠と後枠が交互に並んでいる場合は、「同一の前枠で形成したループ、即ち、前枠で形成したループの隣の隣のループまでの距離」を意味し、ループを形成するための織機の枠が前枠、後枠の区別なく1種類である場合は、「隣のループまでの距離」を意味する。なお、本願の実施例では、「同様の動きをしている係合素子用糸の間の距離」を「同一の前枠で形成したループ、即ち、前枠で形成したループの隣の隣のループまでの距離」とした。
【0046】
本発明のループ面ファスナーでは、ループ状係合素子が存在している織物領域の裏面面積に占める、織物の裏面に露出している緯糸の面積の割合は12%以下となるようにするのが好ましいことを見出した。すなわち、裏面の88%以上が経糸および係合素子用糸により覆われている部分で、緯糸が織物の裏面に露出している緯糸の面積の割合は12%以下であるのが好ましい。この緯糸の織物の裏面に露出している緯糸の面積の割合(以下、裏面露出率と称する場合がある。)が、緯糸に熱融着性フィラメントを用いた場合の難燃性に大きく関係しており、この値が低いほど面ファスナーは燃焼し難い。なお、裏面には、経糸、緯糸および係合素子用糸のいずれもが存在しない空間部は存在しないようにするのが好ましい。
【0047】
本発明のループ面ファスナーでは、緯糸が露出している割合が少なく、その原因としては、係合素子用糸が細いフィラメントが多数集束した太いマルチフィラメント糸であり、さらに経糸も細いフィラメントからなるマルチフィラメント糸であり、係合素子用糸及び経糸が緯糸方向に沿って緯糸の表面を覆うように広がって存在していることが挙げられる。従来のループ面ファスナーでは、緯糸の裏面露出率は18~35%であることを考慮すると、本発明のループ面ファスナーは緯糸の裏面露出率は極めて低いことが分かる。より好ましくは、裏面露出率が10%以下の場合である。
【0048】
緯糸の裏面露出率をより低くするためには、ループ状係合素子を細いフィラメントが多数集束した太いマルチフィラメント糸とすること、および経糸も細いフィラメントからなるマルチフィラメント糸とすることの他に、面ファスナーを織る際の経糸および係合素子用糸に係る張力を極力低くし、さらに緯糸に係る張力を高くするのが好ましい。
【0049】
図1は、本発明のループ面ファスナーの表面側、すなわちループ状係合素子が存在している面を外側にして丸めて拡大撮影したものである。また図2は、従来のループ面ファスナーにおいて、ループ状係合素子を構成しているフィラメントの本数を若干多めにした場合のループ面ファスナーの表面側を同じように丸めて拡大撮影したものである。これら図から分かるように、織物基布の表面からマルチフィラメント糸からなる多数のループ状係合素子が立ち上がっている。
【0050】
これらの図からも分かるように、本発明のループ面ファスナー(図1)では、その表面が、横に広がるループ状係合素子により覆われており、従来のループ面ファスナーにおいて、構成フィラメント本数を単に増やしただけのもの(図2)と比べて、織物基布の露出がはるかに少ないことが分かる。このように、織物基布の露出が少ないことが、裏面の緯糸の露出が少ないことと相まって本発明のループ面ファスナーが優れた難燃性を示すことのひとつの原因と考えられる。
【0051】
本発明のループ面ファスナーは極めて優れた難燃性を有しており、かつ係合力も高く、さらに高温・多湿条件下に長時間置かれても、係合から剥離する際の引っ張り力により係合素子が織物基布から引き抜かれることが少なく、したがって、高度の難燃性が求められる用途分野、例えば、航空機や自動車や列車や船舶等の座席や構成部材の固定等に使用され、さらに消防服や高温作業用衣類やヘルメット、靴の部材としても好適に使用できる。
【実施例
【0052】
以下、実施例および比較例により本発明を具体的に説明する。
なお、実施例および比較例において、難燃性に関しては、垂直難燃試験法(14 CFR PART25 Sec25.853(a))に準じて測定した。具体的には、燃焼試験機に面ファスナーの露出面が5.08cm×30.48cm長になるようにU字型の治具に取り付け、試料を垂直にして、下からハンドバーナーを12秒間接炎したときの燃焼状態を観測したもので、バーナーを離してから自己消火するまでの時間を測定した。測定は5回実施し、その平均値を求めた。
【0053】
また係合力に関しては、係合相手となるフック面ファスナーとして、幅25mmのクラレファスニング社製フック面ファスナーA48600を用い、試験片は長さ100mm、幅25mmを準備し、シアー強力はEN13780に準じて、ピール強力はEN12242に準じて測定した。なお引張り試験機はSHIMADZU社製のものを使用した。そして5回の測定結果の平均値を採用した。係合力は、初期係合力(シアーとピールの両方)と100回係合・剥離を行った時点での係合力(シアーとピール)を測定した。そして5回の測定結果の平均値を採用した。
【0054】
高温・多湿条件下でのループ状係合素子の引抜力に関しては、75℃で湿度95%の条件下に10週間面ファスナーを放置した後に、ループ面ファスナーのループ状係合素子の織物基布から引き抜くのに要する最大引張力を引張試験機を用いて測定した。
引張り試験機はSHIMADZU社製を使用し、幅25mmのループ面ファスナーを用意し、経糸と直角になるようループ面ファスナーを折り曲げ、その折り曲げたループ面ファスナーを引っ張り試験機のチャックに挟む。その取り付けられたループ面ファスナーのループ状係合素子のループ部分にクリップを引っ掛け、300mm/minの速度でクリップを引き、ループ状係合素子を織物基布から引き抜く。
なお、ループ状係合素子が測定中に引っ張りにより破断した場合は、その時の最大引張力を以て引抜力の値とした。測定は、ループ面ファスナー表面のループ状係合素子から偏りなく選んだ任意の10個のループ状係合素子について行い、それらの値の平均値を採用した。高温多湿条件下に長時間置くことによるループ状係合素子の引き抜き易性への影響が分かり易くするために、高温多湿条件下に長時間置く前のループ状係合素子の引抜力も測定し、その値を初期値として記載した。
なお、実施例および比較例では、用いたマルチフィラメント糸のトータル太さと本数は、トータル太さ/本数と記載し、トータル太さを本数で割った値が、マルチフィラメントを構成しているフィラメント1本当たりの平均太さとなる。
【0055】
(実施例1)
下記の経糸、緯糸およびループ状係合素子用糸から下記の製造方法により難燃性のループ面ファスナーを作製した。
【0056】
(1)経糸:309T/mの撚りが付与されたPPSマルチフィラメント糸(250デシテックス/60フィラメントでモノフィラメント平均太さは4.2デシテックス)
(2)緯糸:次のPPSマルチフィラメント糸と芯鞘断面熱融着性マルチフィラメント糸の無撚合糸
・PPSマルチフィラメント糸(250デシテックス/60フィラメントでモノフィラメント平均太さは4.2デシテックス)であって、走行させた際に自然に発生した10T/m程度の撚りを有する。
・芯鞘断面熱融着性マルチフィラメント糸(120デシテックス/24フィラメントでモノフィラメント平均太さは5デシテックス)であって次の鞘部と芯部からなる。
[鞘部]低融点共重合ポリエチレンテレフタレート(CoPET)、共重合成分:イソフタル酸、融点:181℃
[芯部]高融点非共重合ポリエチレンテレフタレート(PET)融点:260℃
[芯鞘重量比率]芯成分70:鞘成分30
[断面形状]一芯芯鞘の同心円形断面
(3)ループ状係合素子用糸:PPSマルチフィラメント糸(500デシテックス/120フィラメントでモノフィラメント平均太さは4.2デシテックス)からなり、38T/mの撚りが付与された撚糸
【0057】
[ループ面ファスナーの製造]
経糸とループ状係合素子用糸と緯糸から、経糸52本/cm、緯糸18本/cmの織密度にして、ループ状係合素子用糸を経糸4本に1本の割合で経糸に平行に織物内に挿入して、平織で、その表面にループ状係合素子用糸からなるループを有する織物を織った。ループの高さは2.5mm、ループ密度は織物基布1cm当たり53個であった。なお、経糸およびループ状係合素子用糸には張力が極力かからないように、かつ緯糸には張力が掛かるようにして糸張力を調整して製織した。
【0058】
そして得られたループを有する織物を240℃で2分間熱風にて熱処理した。この処理により、芯鞘断面熱融着性マルチフィラメント糸の鞘成分が溶融され、それが周りの糸に溶け出し、織物構成糸を固定するとともに、ループ状係合素子用糸を織物基布中に強固に固定した。得られたループ面ファスナーの表面を写真に撮った(図1)。図1から明らかなように、織物基布の表面を、横に広がった多数のループ状係合素子が覆っていることが分かる。
得られたループ面ファスナーの裏面の拡大写真を撮り、緯糸の裏面露出率を算出した結果、8.5%であった。
【0059】
このループ面ファスナーの難燃性テスト、係合力テストおよびループ状係合素子の引抜テストをおこなった。それらの結果を下記の表1に示す。表1から、本実施例のループ面ファスナーは極めて優れた難燃性と係合力とループ状係合素子の引抜力を有していることが分かる。
このことから、この実施例1で得られたループ面ファスナーは、レベル高い難燃性と係合力とループ状係合素子の引抜力が要求される用途分野、例えば乗物分野の取り付け材として極めて適したものであることが分かる。
【0060】
(実施例2~4)
上記実施例1において、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸として、以下の3種類のPPSマルチフィラメント糸(撚り数38T/mの甘撚りを付与)をそれぞれ用いて、実施例1と同様の方法により3種類のループ面ファスナーを作製し、そして実施例1と同様に、難燃性テスト、係合力テストおよびループ状係合素子の引抜テストを行った。また、緯糸の裏面露出率についても、同様に測定した。その結果を表1に併記する。
【0061】
[実施例2]平均太さ4.2デシテックスのPPSフィラメントからなる750デシテックス/180フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
[実施例3]平均太さ3.3デシテックスのPPSフィラメントからなる400デシテックス/120フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
[実施例4]平均太さ6.2デシテックスのPPSフィラメントからなる740デシテックス/120フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
【0062】
【表1】
【0063】
以上の実施例2~4で得られたループ面ファスナーは、いずれも優れた難燃性と係合力および優れたループ状係合素子の耐引き抜き性を有していることが分かった。実施例2の場合には、ループ状係合素子が太すぎて、係合力の点で実施例1のものよりわずかに劣っていた。実施例3の場合には、ループ状係合素子用糸を構成しているフィラメントが細いことから、ループ面ファスナーを織る際にフィラメントが破断したり表面が毛羽立つという問題が僅かであるが生じた。さらに、実施例4の場合には、構成しているマルチフィラメント糸および個々のフィラメントが実施例1の場合より太いことが原因と思われるが、係合力において実施例1のものよりわずかに劣る結果となった。
【0064】
(比較例1~5)
上記実施例1において、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸として、以下の5種類のPPSマルチフィラメント糸(いずれも撚り数38T/mの甘撚りを付与)をそれぞれ用いて、実施例1と同様の方法により5種類のループ面ファスナーを作製し、そして実施例1と同様に、難燃性テスト、係合力テストおよびループ状係合素子の引抜テストを行った。また、緯糸の裏面露出率についても、実施例1と同様に測定した。その結果を下記の表2に示す。なお、比較例2のループ面ファスナーの表面状態が図2である。なお、比較例1と比較例2では、織る際の経糸、ループ状係合素子用糸および緯糸に係る張力を通常の張力に戻して織った。
【0065】
[比較例1]平均太さ16.7デシテックスのPPSフィラメントからなる167デシテックス/10フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
[比較例2]平均太さ16.7デシテックスのPPSフィラメントからなる334デシテックス/20フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
[比較例3]平均太さ16.7デシテックスのPPSフィラメントからなる500デシテックス/30フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
[比較例4]平均太さ16.7デシテックスのPPSフィラメントからなる667デシテックス/40フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
[比較例5]平均太さ4.2デシテックスのPPSフィラメントからなる250デシテックス/60フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
【0066】
【表2】
【0067】
以上の結果、比較例1~5のループ面ファスナーは、難燃性と係合力のいずれかが実施例1のものよりも大きく劣っていた。特に、緯糸の裏面露出率の大きい比較例1および比較例5のループ面ファスナーは難燃性で実施例1のものより大きく劣り、更にフィラメントの平均太さが太くフィラメント数の少なく、トータル太さが小さい比較例1のループ面ファスナーは係合力に関しても大きく劣っていた。一方、フィラメントの平均太さが太くしてフィラメント数を少なくすることで、トータル太さを太くした比較例2~4のループ面ファスナーは、上記実施例のものと比べると劣るもののそれなりのレベルの難燃性を達成しているが高度の難燃性という点では満足できるものではなく、さらに係合力の点でも実施例1のものよりかなり劣り、高度の難燃性と係合力が共に要求される航空機等の用途分野には適さない物であった。
【0068】
(比較例6~7)
上記実施例1において、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸として、以下の2種類のPPSマルチフィラメント糸(いずれも撚り数38T/mの甘撚りを付与)をそれぞれ用いて、実施例1と同様の方法により2種類のループ面ファスナーを作製した。そして得られたループ面ファスナーに、実施例1と同様に、難燃性テスト、係合力テストおよびループ状係合素子の引抜テストを行った。また、緯糸の裏面露出率についても、実施例1と同様に測定した。
【0069】
[比較例6]平均太さ9.6デシテックスのPPSフィラメントからなる385デシテックス/40フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
[比較例7]平均太さ2.2デシテックスのPPSフィラメントからなる260デシテックス/120フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
【0070】
その結果、比較例6のループ面ファスナーは、緯糸の裏面露出率が12.6%、燃焼テストの結果が5.5秒、初期係合力がシアーで11.8N/cm、ピールで0.98N/cm、100回係合剥離後係合力がシアーで11.7N/cm、ピールで0.99N/cm、ループ状係合素子の耐引抜テストの結果が、初期で15.4N/束、高温多湿条件下で長時間放置した後で15.4N/束であった。以上のことから、比較例6のループ面ファスナーは、係合力において、実施例1のものよりかなり劣り、高度の難燃性と高係合力を共に満足していることが要求される航空機等の用途には適したものとは言えない。
なお、比較例7のものに関しては、ループ面ファスナーを織る際に、フィラメントの破断が激しく、破断したフィラメントが装置に巻き付いたりしたため、トラブルを起こし、途中で製造することを取りやめた。
【0071】
(比較例8)
上記実施例1において、緯糸として、芯鞘断面熱融着性マルチフィラメント糸を含まないPPSマルチフィラメント糸のみからなる糸を用い、ループ状係合素子を織物基布に固定するために、織物裏面に難燃性ポリウレタン溶液を120g/m塗布・乾燥してループ面ファスナーを作製した。
【0072】
このループ面ファスナーをループ状係合素子の引抜テストに供した結果、初期引抜力は僅か3.5N/束であり、さらに75℃、湿度95%で10週間放置後の引抜力はこの低い引抜力は僅か1.4N/束まで低下した。もともと低い引き抜き力が高温・多湿条件に長期間晒したことにより、更に低くなり、このような状態では、高温多湿条件下に長期間晒された場合に、フック面ファスナーとの係合剥離により、多くのループ状係合素子が織物基布から容易に引き抜かれることとなり、さらにこのような容易に引き抜かれる状態では満足できる係合力も得られず、高温・多湿条件に長期間晒されることが多い難燃性面ファスナーとしては不合格であることは明白である。
【0073】
(実施例5)
上記実施例1において、織密度を経糸44本/cm、緯糸22本/cmに変更する以外は実施例1と同様にして、ループ面ファスナーを作製した。そして実施例1と同様に、難燃性テスト、係合力テストおよびループ状係合素子の引抜テストを行った。また、緯糸の裏面露出率についても、実施例1と同様に測定した。その結果を表3に示す。
【0074】
(実施例6)
上記実施例1において、経糸として用いるPPSマルチフィラメント糸を、平均太さ3.2デシテックスのPPSフィラメントからなる384デシテックス/120フィラメントのPPSマルチフィラメント糸に変更する以外は実施例1と同様にしてループ面ファスナーを製造した。そして実施例1と同様に、難燃性テスト、係合力テストおよびループ状係合素子の引抜テストを行った。また、緯糸の裏面露出率についても、実施例1と同様に測定した。その結果を表3に示す。
【0075】
(比較例9~10)
上記実施例1において、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸として、以下の2種類のPPSマルチフィラメント糸(いずれも撚り数38T/mの甘撚りを付与)をそれぞれ用いて、実施例1と同様の方法により2種類のループ面ファスナーを作製した。そして得られたループ面ファスナーに、実施例1と同様に、難燃性テスト、係合力テストおよびループ状係合素子の引抜テストを行った。また、緯糸の裏面露出率についても、実施例1と同様に測定した。その結果を表3に示す。
【0076】
[比較例9]平均太さ4.2デシテックスのPPSフィラメントからなる1000デシテックス/240フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
[比較例10]平均太さ16.7デシテックスのPPSフィラメントからなる1340デシテックス/80フィラメントのPPSマルチフィラメント糸
【0077】
【表3】
【0078】
以上の結果より、実施例5と6のループ面ファスナーは、ともに、難燃性、係合力及び高温多湿条件下に長時間晒した後のループ状係合素子の引抜力において、実施例1のものと殆ど変わらず、極めて優れたものであった。これらのループ面ファスナーは、高度の難燃性が要求される乗物、特に航空機の分野の止め具として、極めて適したものである。
一方、比較例9および10のループ面ファスナーは、共に、ループ状係合素子を形成するマルチフィラメント糸のトータル太さが太すぎて、製造工程において織機に与える負荷が大きく、部品の破損へ繋がるというトラブルを生じ、さらにフック状係合素子が充分に係合できず、係合力の点で劣ったものとなり、荷重の重い部材を固定する用途には適したものとは言えないものであった。特に比較例10のループ面ファスナーは、難燃性においても実施例のものより僅かに劣っていた。
図1
図2
図3