IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ヤマハ発動機株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-船舶の速度制御方法及び船舶 図1
  • 特許-船舶の速度制御方法及び船舶 図2
  • 特許-船舶の速度制御方法及び船舶 図3
  • 特許-船舶の速度制御方法及び船舶 図4
  • 特許-船舶の速度制御方法及び船舶 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-16
(45)【発行日】2024-02-27
(54)【発明の名称】船舶の速度制御方法及び船舶
(51)【国際特許分類】
   B63H 21/21 20060101AFI20240219BHJP
   B63H 20/00 20060101ALI20240219BHJP
   B63H 21/14 20060101ALI20240219BHJP
   B63B 43/00 20060101ALI20240219BHJP
   B63B 49/00 20060101ALI20240219BHJP
   B63B 79/10 20200101ALI20240219BHJP
   B63B 79/30 20200101ALI20240219BHJP
   B63B 79/20 20200101ALI20240219BHJP
【FI】
B63H21/21
B63H20/00 803
B63H21/14
B63B43/00 Z
B63B49/00 Z
B63B79/10
B63B79/30
B63B79/20
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022070085
(22)【出願日】2022-04-21
(65)【公開番号】P2023160046
(43)【公開日】2023-11-02
【審査請求日】2022-07-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125254
【弁理士】
【氏名又は名称】別役 重尚
(74)【代理人】
【識別番号】100118278
【弁理士】
【氏名又は名称】村松 聡
(72)【発明者】
【氏名】鶴見 尚
【審査官】塚本 英隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2023-028939(JP,A)
【文献】特開2001-174275(JP,A)
【文献】特開2004-239643(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63H 21/21
B63H 20/00
B63H 21/14
B63B 43/00
B63B 49/00
B63B 79/10
B63B 79/30
B63B 79/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体の上下速度に基づいて船舶の動力源のスロットル開度に減算処理を施す、船舶の速度制御方法であって、
前記減算処理では、前記船舶が波に乗り揚げた場合、前記スロットル開度を減少させて前記船舶の船速を低下させ、前記船舶が波頂から降下する場合、前記スロットル開度を増大させて前記船舶の船速を上昇させ
前記船体の上下速度が所定の上下速度以下のときは前記スロットル開度に前記減算処理を施さない、船舶の速度制御方法。
【請求項2】
前記減算処理では、操船者が指定したスロットル開度から前記船体の上下速度に所定のゲインを乗じて得られた値を減算する、請求項1に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項3】
前記所定のゲインは前記操船者が指定したスロットル開度に比例する、請求項2に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項4】
前記所定の上下速度は操船者が任意で設定可能である、請求項に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項5】
前記船体の挙動からカルマンフィルタを用いて前記船体の上下速度を推定する、請求項1に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項6】
船速を制御する制御部を備え、
前記制御部は、船体の上下速度に基づいて船舶の動力源のスロットル開度に減算処理を施し、
前記減算処理において、前記制御部は、前記船舶が波に乗り揚げた場合、前記スロットル開度を減少させて前記船舶の船速を低下させ、前記船舶が波頂から降下する場合、前記スロットル開度を増大させて前記船舶の船速を上昇させ
前記船体の上下速度が所定の上下速度以下のときは前記スロットル開度に前記減算処理を施さない、船舶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波浪中を航行する船舶の速度制御方法及び船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
比較的小型の船舶が波浪中を航行する際に、船速を上げると波への衝突や波に乗り揚げた後の着水等によって船体に衝撃を受けることがある。また、船舶が波を乗り越える際、波頂へ向けて上昇するときは船速が下がり、波の谷へ向けて降下するときは船速が上がる。したがって、船舶の乗り心地が悪化する。
【0003】
そこで、波浪中の船舶の挙動を示すパラメータに応じて船速を制御する技術が提案されている。例えば、特許文献1に記載の技術では、船体の上下方向の加速度に基づいて船速を制御する。具体的には、船体の上下方向の加速度が限度値を超えた場合に、減速指令を主機関に送出して船速を船舶が破損を受けない所定値まで減速させる。また、特許文献2に記載の技術では、ピッチング角速度に基づいて船速を制御する。具体的には、ピッチング角速度が正のときには、波高に応じて船体が減速されているため船体を加速するエンジン制御を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平6-211190号公報
【文献】特開2004-291688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、比較的安価なデータ更新(取得)周期がさほど小さくない加速度センサを用いた場合、船体に衝撃が発生した時の上下方向の加速度の過渡的な特性を正確に計測することができず、結果として、実体とは乖離した上下加速度に基づいて船速を制御することになり、衝撃を適切に緩和できないことがある。また、特許文献2に記載の技術では、船舶が波を乗り越える際、船体にはピッチ軸回りの減衰運動が生じるため、例えば、船舶が波頂から降下しているにも拘わらず、ピッチ軸回りの減衰運動のために船首が持ち上がることがあり、結果として、ピッチング角速度が正となって船体が加速されることがある。すなわち、波頂から降下によって自然と加速する船舶がさらに加速することがある。したがって、波浪中を航行する際の船舶の乗り心地には、依然として改善の余地がある。
【0006】
本発明は、波浪中を航行する船舶の乗り心地をより改善することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明の一態様による船舶の速度制御方法は、船体の上下速度に基づいて船舶の動力源のスロットル開度に減算処理を施し、前記減算処理では、前記船舶が波に乗り揚げた場合、前記スロットル開度を減少させて前記船舶の船速を低下させ、前記船舶が波頂から降下する場合、前記スロットル開度を増大させて前記船舶の船速を上昇させ、前記船体の上下速度が所定の上下速度以下のときは前記スロットル開度に前記減算処理を施さない
【0008】
の構成によれば、船体の上下方向の加速度ではなく、船体の上下速度に基づいてスロットル開度に減算処理が施される。船体の上下速度は、船体の上下加速度よりも次元が低下するため、船体の上下加速度よりも計測が容易であり、過渡的な特性も正確に計測することができる。また、船体の上下速度は、船舶が波頂から降下するときに反転することがない。したがって、船体の上下速度を用いることにより、波を乗り越える船舶の挙動を正確に把握することができるため、船舶の不適切な挙動を抑制するためのスロットル開度の制御を適切に行うことができ、もって、船舶の乗り心地をより改善することができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、船舶の乗り心地をより改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法が適用される船舶の側面図である。
図2図1の船舶が搭載する船舶推進制御システムの構成を概略的に説明するためのブロック図である。
図3】船体の上下加速度の変動の様子を説明するための図である。
図4】本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法で実現される姿勢制御コントローラのブロック線図である。
図5】本発明の実施の形態における姿勢制御の様子を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1は、本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法が適用される船舶の側面図である。図1において、船舶10は、例えば、比較的小型の滑走艇であり、船体11と、船体11の船尾に取り付けられる推進機としての少なくとも1つ、例えば、2つの船外機12とを備える。各船外機12はプロペラを回転させることにより、船舶10の推進力を発生する。また、船体11には操縦席を兼ねる船室13が配置される。
【0012】
図2は、図1の船舶10が搭載する船舶推進制御システムの構成を概略的に説明するためのブロック図である。図2において、船舶推進制御システム14は、船外機12と、BCU(Boat Control Unit)15(制御部)と、MFD16と、GPS17と、IMU(Inertial Measurement Unit)18と、コンパス19と、リモコンユニット20と、ジョイスティック21と、ステアリング機構22と、操船パネル23と、リモコンECU24と、メイン操作部25と、SCU(Steering Control Unit)26と、を有する。船舶推進制御システム14の各構成要素は互いに通信可能に接続される。
【0013】
GPS17は、船舶10の現在位置を把握し、船舶10の現在位置をBCU15へ送信する。IMU18は、船体11の挙動を計測し、計測結果をBCU15へ送信する。コンパス19は、船舶10の方位を把握し、BCU15へ船舶10の方位を送信する。
【0014】
リモコンユニット20は、各船外機12に対応するレバー20aを有し、操船者は、各レバー20aを操作することによって対応する船外機12が発生する推進力の作用方向を前後に切り換えると共に、対応する船外機12の出力の大きさを調整して船速を調整することができる。このとき、リモコンユニット20は、レバー20aの操作に対応して船外機12を制御するための信号をBCU15やリモコンECU24へ送信する。ジョイスティック21は船舶10を操縦するための操縦桿であり、傾倒方向へ船舶10を移動させるための信号をBCU15やリモコンECU24へ送信する。ステアリング機構22は、操船者が船舶10の針路を定めるための装置であり、操船者は、ステアリング機構22のステアリングホイール22aを左右に回転操作することで船舶10を左右に旋回させることができる。このとき、ステアリング機構22は、ステアリングホイール22aの回転操作に対応する舵角をリモコンECU24やSCU26へ送信する。
【0015】
メイン操作部25は、メインスイッチ25aやエンジンシャットオフスイッチ25bを有する。メインスイッチ25aは各船外機12の動力源であるエンジン27を一括起動及び一括停止するための操作子であり、エンジンシャットオフスイッチ25bは、各船外機12のエンジン27を緊急停止させるためのスイッチである。MFD16は、例えば、カラーLCDディスプレイであり、各種情報を表示するディスプレイとして機能するとともに、操船者の入力を受け付けるタッチパネルとしても機能する。操船パネル23は各種操船モードに対応するスイッチ(不図示)を有し、操船者は対応するスイッチを操作することにより、船舶10を所望の操船モードに移行させる。SCU26は各船外機12に対応して設けられ、対応する船外機12を船舶10の船体11に対して水平に旋回させるステアリングユニット(不図示)を制御して各船外機12の推進力の作用方向を変更する。
【0016】
BCU15は、船舶推進制御システム14の各構成要素から送信された信号に基づいて船舶10の状況を把握し、各船外機12が発生すべき推進力の大きさや取るべき推進力の作用方向を決定して各リモコンECU24へ送信する。リモコンECU24は、各船外機12に対応して1つずつ設けられ、BCU15、ステアリング機構22、リモコンユニット20やジョイスティック21等から送信された信号に応じて各船外機12のエンジン27やステアリングユニットを制御するための信号を各船外機12のエンジンECU28やSCU26へ送信し、船外機12の推進力の大きさと推進力の作用方向を調整する。
【0017】
各船外機のエンジンECU28は、リモコンECU24から送信された信号の1つであるスロットル開度指令値に基づいてエンジン27のスロットルバルブ29の開度を調整する。なお、BCU15は本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法を実行する。
【0018】
ところで、本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法では、船舶10が波に乗り揚げた後の着水による衝撃を緩和することを主目的として、船舶10が波に乗り揚げた際に船速を低下させる。そして、船舶10が波に乗り揚げた際には船舶10の挙動が変化することから、船速の低下(減速)による着水時の衝撃緩和を適切に行うためには、波浪中の船舶10の挙動を正確に把握する必要がある。
【0019】
波浪中の船舶10の挙動を示すパラメータとしては、船体11の上下方向の加速度(以下、「上下加速度」という)、ピッチング角速度や上下方向の速度(以下、「上下速度」という)が考えられる。しかしながら、船舶10が波を乗り越える際、船体11にはピッチ軸回りの減衰運動が生じるため、ピッチング角速度には、波によって直接的に引き起こされる船体11の姿勢変化だけでなく、上記ピッチ軸回りの減衰運動も影響を与える。例えば、本来であればピッチング角速度が負となるべき波頂からの降下中にピッチ軸回りの減衰運動に起因して船首が持ち上がることがあり、結果として、ピッチング角速度が正となってしまうことがある。したがって、ピッチング角速度は波浪中の船舶10の挙動を示すパラメータとして最適とは言えない。
【0020】
また、着水時の衝撃入力は加速度の倍数で表されるため、船体11への衝撃入力を低下させるための制御(以下、「姿勢制御」という)では、物理量として船体11の上下加速度を用いるのが自然だと考えられる。
【0021】
しかしながら、比較的小型の船舶10では、船体11の上下加速度が非常に速い周期で細かく変動するため、IMU18では正確に計測するのが困難である。例えば、図3に示すように、波浪中を航行する船舶10の船体11の上下加速度を0.1秒周期でサンプリングした場合(実線)と、同じ上下加速度を0.01秒周期でサンプリングした場合(破線)の上下加速度の計測結果を比較すると、0.1秒周期でサンプリングした場合には、0.01秒周期でサンプリングした場合に計測可能であった上下加速度の急峻な変化が計測不可能となる。そして、IMU18のサンプリングレートは、一般的に0.05秒であるため、IMU18では船体11の上下加速度の急峻な変化を正確に計測できない。したがって、IMU18によって計測された船体11の上下加速度を用いた場合、実体とは乖離した上下加速度に基づいて姿勢制御を行うことになり、着水時の衝撃緩和を適切に行うことができない可能性がある。
【0022】
一方、船体11の上下速度は、船体11の上下加速度よりも次元が低下するため、船体11の上下加速度の様に急峻な変化が発生せず、IMU18でも変化を正確に計測することができる。また、船体11の上下速度は船体11の上下加速度を積分したものであるため、船体11の上下速度には結果として上下加速度の急峻な変化が反映されていることなる。したがって、船体11の上下速度を用いた場合、実体と乖離していないパラメータに基づいて姿勢制御を行うことができる。そこで、本実施の形態では、船体11への衝撃入力の指標として、船体11の上下加速度ではなく船体11の上下速度を用いて姿勢制御を行う。
【0023】
図4は、本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法で実現される姿勢制御コントローラ40のブロック線図を示す。本実施の形態では、図4の姿勢制御コントローラ40により、船舶10の上下速度に基づいてスロットルバルブ29の開度(以下、略して「スロットル開度」という)を制御する。
【0024】
図4において、姿勢制御コントローラ40は、上限スロットル開度ブロック41と、カルマンフィルタ42と、上下速度ブロック43と、係数乗算器44と、ゲイン乗算器45と、減算器46と、スロットル開度指令値ブロック47とを有する。なお、姿勢制御コントローラ40はBCU15において実現される。
【0025】
姿勢制御コントローラ40では、まず、上限スロットル開度ブロック41が、リモコンユニット20から送信された信号に基づいて操船者がレバー20aによって指定したスロットル開度を上限スロットル開度として設定する。また、上限スロットル開度ブロック41は上限スロットル開度を係数乗算器44及び減算器46へ送信する。
【0026】
カルマンフィルタ42は、IMU18やGPS17から送信された船舶10の挙動の計測結果に基づいて船舶10の上下速度を推定し、上下速度ブロック43は推定された上下速度をゲイン乗算器45へ送信する。係数乗算器44は、上限スロットル開度に上下速度ゲイン係数を乗じて上下速度ゲイン(所定のゲイン)を算出し、算出された上下速度ゲインをゲイン乗算器45へ送信する。なお、本実施の形態では、ベテランの操船者による波乗り揚げ時のスロットル開度の戻し量を参考にして、負の値である「-K」が上下速度ゲイン係数として設定される。しかしながら、上下速度ゲイン係数はこの値に限られず、船舶10の仕様、海況や操船者の好みに応じて変更されてもよい。
【0027】
ゲイン乗算器45は、上下速度に上下速度ゲインを乗じて減算スロットル開度を算出し、算出された減算スロットル開度を減算器46へ送信する。減算器46は上限スロットル開度から減算スロットル開度を減算してスロットル開度指令値を算出し、スロットル開度指令値ブロック47は算出されたスロットル開度指令値を各船外機12のエンジンECU28へ送信する。各エンジンECU28は、スロットル開度指令値に基づいてスロットルバルブ29の開度を制御し、船舶10の船速を調整する。
【0028】
すなわち、姿勢制御コントローラ40では、減算スロットル開度を用いて上限スロットル開度に減算処理を施すことによって得られたスロットル開度指令値に基づいてスロットルバルブ29の開度が制御されるが、減算スロットル開度は上下速度に上下速度ゲインを乗じて得られるため、例えば、船舶10が大きな波に乗り揚げて船体11の上下速度が大きくなるほど、減算スロットル開度が大きくなり、結果として、スロットル開度指令値が小さくなる。すなわち、船体11の上下速度が大きくなるほど、スロットル開度指令値が小さくなり、スロットルバルブ29の開度が小さくなるため、船舶10の船速が低下する。これにより、船舶10が波に乗り揚げた後の着水による衝撃を緩和することができる。
【0029】
ところで、一般に船舶10の運動座標系では鉛直方向に関して下向きが正とされるため、船舶10が波に乗り揚げると、上下速度は負の値となる。また、本実施の形態のように、負の値が上下速度ゲイン係数として設定された場合、船舶10が波に乗り揚げると、上下速度と上下速度ゲイン係数の乗算によって得られる減算スロットル開度は正の値となる。そして、本実施の形態では、上限スロットル開度から正の値の減算スロットル開度が減算されてスロットル開度指令値が算出されるため、船舶10が波に乗り揚げた場合、スロットル開度指令値は上限スロットル開度よりも小さくなる。これにより、スロットルバルブ29の開度が減少され、船舶10の船速が低下する。
【0030】
一方、船舶10が波頂から降下するとき、上下速度は正の値となる。したがって、船舶10が波頂から降下する際、上下速度と上下速度ゲイン係数の乗算によって得られる減算スロットル開度は負の値となる。そして、スロットル開度指令値は、上限スロットル開度から負の値の減算スロットル開度を減算することによって算出されるため、船舶10が波頂から降下する際、スロットル開度指令値は上限スロットル開度よりも大きくなる。これにより、スロットルバルブ29の開度が増大され、船舶10の船速が上昇する。すなわち、本実施の形態では、船舶10が波頂から降下する際、船舶10の船速が上昇するため、着水による衝撃を緩和するために低下された船速を回復することができ、船舶10の目的地への到達が遅れるのを防ぐことができる。
【0031】
また、スロットル開度指令値を得る際に、減算スロットル開度が一定であると、船速が低いときには船舶10が減速し過ぎてしまい、一方、船速が高いときには船舶10が十分に減速できない。特に、後者の場合、船舶10が波に乗り揚げた後の着水による衝撃を十分に緩和することができない。
【0032】
そこで、本実施の形態では、減算スロットル開度を得るための上下速度ゲインを上限スロットル開度に上下速度ゲイン係数を乗じて算出する。これにより、減算スロットル開度が上限スロットル開度に応じて変化する。具体的には、上限スロットル開度が大きいとき(つまり、船速が高いとき)には減算スロットル開度が大きくなり、スロットル開度指令値が大きく減算されるため、船舶10が十分に減速される。その結果、船舶10が波に乗り揚げた後の着水による衝撃を十分に緩和することができる。なお、上限スロットル開度が小さいとき(つまり、船速が低いとき)には減算スロットル開度が小さくなり、船舶10が減速し過ぎるのを抑制する。その結果、船舶10の目的地への到達が大幅に遅れるのを防ぐことができる。
【0033】
ところで、上限スロットル開度ではなく船速に上下速度ゲイン係数を乗じて上下速度ゲインを算出しても、船速が高いときに減算スロットル開度を大きくして船舶10を十分に減速することができる。したがって、上限スロットル開度ではなく船速を用いて上下速度ゲインを算出することも考えられる。しかしながら、姿勢制御を実行すると、結果的に船速は変化し、また、船舶10に外乱が加わっても船速は変化するため、船速を用いて算出される減速ゲインは不安定になり、結果として、姿勢制御が安定しない可能性がある。
【0034】
そこで、本実施の形態では、上述したように、船速ではなく上限スロットル開度を用いて上下速度ゲインを算出する。例えば、姿勢制御が実行され、または船舶10に外乱が加わっても、原則として、操船者はレバー20aの操作量を変更することが無いため、上限スロットル開度を用いて算出される減速ゲインは安定し、結果として、姿勢制御を安定させることができる。なお、上下速度ゲインは上限スロットル開度に上下速度ゲイン係数を乗じて算出されるため、上下速度ゲインは上限スロットル開度に比例する。
【0035】
また、船体11の上下速度の大きさにかかわらず、船舶10が波に乗り揚げると上限スロットル開度から減算スロットル開度を減算する場合、船舶10が波に出会う度に船舶10の加減速が繰り返されることになり、乗り心地の改善の観点からは好ましくない。さらに、平均船速が不必要に低下して船舶10の目的地への到達が遅れる可能性がある。
【0036】
そこで、姿勢制御コントローラ40では、船体11の上下速度が上下速度閾値(所定の上下速度)以下のときには、カルマンフィルタ42による推定にかかわらず、上下速度ブロック43は上下速度を0に設定する。これにより、減算スロットル開度が0となり、上限スロットル開度は減算されず、船舶10の船速は変化しない。その結果、船舶10の加減速の繰り返しが抑制されて乗り心地がより改善されるとともに、平均船速が不必要に低下するのを抑制して船舶10の目的地への到達が遅れるのを防ぐことができる。
【0037】
なお、船体11の上下速度が上下速度閾値よりも大きいときは、上下速度ブロック43はカルマンフィルタ42が推定した上下速度をゲイン乗算器45へ送信するため、減算スロットル開度が0とならず、上限スロットル開度は減算されて船舶10の船速は低下する。
【0038】
また、船体11の上下速度が上下速度閾値以下のときに上限スロットル開度に減算処理を施さないことは、着水による衝撃を多少は許容することに他ならないが、衝撃の許容度は操船者によって異なる。そこで、船舶10において、操船者の好みに応じて上下速度閾値を任意に設定可能に構成してもよい。この場合、例えば、MFD16において操船者が任意の上下速度閾値を入力可能に構成してもよく、MFD16において上下速度閾値の複数の選択肢を表示し、操船者が所望の上下速度閾値を選択可能な様に構成してもよい。操船者は、乗り心地の改善よりも平均船速の低下抑制を優先する場合には上下速度閾値を高く設定し、平均船速の低下抑制よりも乗り心地の改善を優先する場合には上下速度閾値を低く設定する。
【0039】
なお、上下速度閾値が設定される姿勢制御コントローラ40を、上下速度をVzと表記し、上下速度閾値をVz閾値と表記し、さらに、上下速度ゲインをVzゲインと表記した上で、プログラム的に記載すると下記式として示される。
【0040】
【数1】
【0041】
図5は、本発明の実施の形態における姿勢制御の様子を説明するための図である。図5(A)に示すように、船舶10が波に乗り揚げていない場合、船体11の上下速度Vzはほぼ0であるため、姿勢制御コントローラ40では、減算スロットル開度もほぼ0となり、上限スロットル開度は減算されない。その結果、スロットル開度指令値は上限スロットル開度に維持され、スロットル開度も小さくならないため、船舶10の進行方向の速度である船速Vも維持される。
【0042】
一方、図5(B)に示すように、比較的大きな波に船舶10が乗り揚げて船体11の上下速度Vzが上下速度閾値よりも大きくなるときは、姿勢制御コントローラ40において、減算スロットル開度が上下速度Vzに応じた大きさとなり、上限スロットル開度は減算される。その結果、スロットル開度指令値は上限スロットル開度から小さくなり、スロットル開度も小さくなるため、船舶10の船速Vも低下する。これにより、船舶10が波に乗り揚げた後の着水による衝撃を十分に緩和することができる。
【0043】
また、図5(C)に示すように、比較的小さな波に船舶10が乗り揚げて船体11の上下速度Vzが上下速度閾値以下に留まるとき、上述したように、上下速度ブロック43は上下速度を0に設定するため、減算スロットル開度が0となり、上限スロットル開度は減算されない。その結果、スロットル開度指令値は上限スロットル開度に維持され、スロットル開度も小さくならないため、船舶10の進行方向の速度である船速Vも維持される。
【0044】
本実施の形態によれば、姿勢制御において、船体11の上下加速度ではなく、船体11の上下速度に基づいて算出された減算スロットル開度が、上限スロットル開度から減算される。船体11の上下速度は、船体11の上下加速度よりも次元が低下するため、船体11の上下加速度よりも計測が容易であり、急峻な変化等の過渡的な特性も正確に計測することができる。また、船体11の上下速度は、船舶10が波頂から降下するときに反転することがない。したがって、船体11の上下速度を用いることにより、波を乗り越える船舶10の挙動を正確に把握することができるため、船舶10の不適切な挙動を抑制するためのスロットル開度の制御を適切に行うことができ、もって、船舶10の乗り心地をより改善することができる。
【0045】
また、本実施の形態では、減算スロットル開度が船体11の上下速度及び上限スロットル開度のいずれにも応じて変化するため、例えば、船舶10の船速が低くても船舶10が比較的大きな波に乗り揚げて船体11の上下速度が大きくなったときや、船舶10がさほど大きくない波に乗り揚げて船体11の上下速度がそこまで大きくはなっていないが船舶10の船速が高いときでも、スロットル開度指令値を適切に低下させることができ、船舶10の乗り心地を確実に改善することができる。
【0046】
さらに、本実施の形態では、船舶10が波に乗り揚げた際、操船者がリモコンユニット20のレバー20aを動かさなくても、姿勢制御コントローラ40がスロットル開度指令値を小さくして船舶10の船速Vを低下させるため、操船者が初心者であり、船舶10が波を乗り越える際のレバー20aの操作になれていなくても、着水による衝撃を十分に緩和することができる。
【0047】
また、姿勢制御においてスロットル開度指令値を決定する際、多くのパラメータを参照すると、制御が複雑になって発散するおそれがあるが、本実施の形態の姿勢制御では、パラメータとして船舶10の上下速度と上限スロットル開度のみを用いるため、制御がシンプルであり、制御が発散するのを抑制することができる。
【0048】
以上、本発明の好ましい実施の形態について説明したが、本発明は上述した実施の形態に限定されず、その要旨の範囲内で種々の変形及び変更が可能である。
【0049】
例えば、本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法が適用される船舶10は、比較的小型の滑走艇であったが、比較的小型の排水量型船舶や翼走船に本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法を適用してもよい。また、船外機12の動力源はエンジンであるが、船外機12はエンジンの代わりに動力源として電気モータを有していてもよく、またはエンジンと電気モータの両方を有していてもよい。なお、動力源として電気モータを有する場合、姿勢制御コントローラ40はスロットル開度の代わりに電気モータへ印加される電圧や流入する電流の指令値に減算処理を施す。さらに、船舶10は船外機12を備えるが、船外機12の代わりに、船内機や船外外機を備えていてもよい。
【符号の説明】
【0050】
10 船舶、11 船体、12 船外機、15 BCU、20 リモコンユニット、27 エンジン、29 スロットルバルブ、40 姿勢制御コントローラ、42 カルマンフィルタ
図1
図2
図3
図4
図5