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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】アーク蒸発源
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/32 20060101AFI20240220BHJP
【FI】
C23C14/32 A
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020125518
(22)【出願日】2020-07-22
(65)【公開番号】P2022021740
(43)【公開日】2022-02-03
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100178582
【弁理士】
【氏名又は名称】行武 孝
(72)【発明者】
【氏名】藤井 博文
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-012307(JP,A)
【文献】特開平11-269634(JP,A)
【文献】特開2017-174514(JP,A)
【文献】特開2017-226870(JP,A)
【文献】特開2012-092380(JP,A)
【文献】特開2005-216575(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アーク放電によって皮膜形成材料を蒸発させ、ワークに前記皮膜形成材料を供給するアーク蒸発源であって、
前記ワークに対向して配置され前記アーク放電を受けて前記皮膜形成材料を放出するターゲット放電面を含むターゲットと、
少なくとも前記ターゲット放電面と前記ワークとの間に配置され、前記ターゲット放電面と直交する中心線を有する環状の導電体であって、前記中心線と平行な方向から見て前記ターゲット放電面よりも大きな内径を有する導電体と、
前記ターゲットに接続されるマイナス電極と前記導電体に接続されるプラス電極とを含み、前記アーク放電を発生させるための放電電圧を前記ターゲットと前記導電体との間に印加するアーク電源と、
前記導電体を径方向の外側から囲むように前記中心線を中心に環状に配置された磁界発生部であって、前記ターゲット放電面から前記ワークに向かって前記ターゲット放電面を通過しかつ前記ターゲット放電面よりも前記ワーク側において前記径方向の外側に湾曲し前記導電体を通過する形状を有する誘引磁力線を含む誘引磁界と、前記誘引磁界よりも前記ワーク側に配置され前記誘引磁界に対向する対向磁界であって、前記径方向の内側に向かって前記導電体を通過しかつ前記導電体よりも前記径方向の内側において前記ワークに向かうように湾曲する形状を有する対向磁力線を含む対向磁界と、をそれぞれ形成する、磁界発生部と、
を備え
前記中心線と平行な方向において前記ワークとは反対側で前記ターゲットに対向して配置され、前記誘引磁力線が前記ターゲット放電面を通過する向きと同じ向きに沿って前記ターゲット放電面を通過する補助磁力線を含む磁界を形成する補助磁界発生部を更に備える、アーク蒸発源。
【請求項2】
前記磁界発生部は、前記中心線と平行に延びる内周面を含み、
前記中心線を含む断面において、前記誘引磁力線が前記磁界発生部の前記内周面と交差する点である基準交点における前記誘引磁力線の接線と、前記基準交点を通り前記中心線と直交する直線とがなす内角が0度以上45度以下の範囲に設定されている、請求項1に記載のアーク蒸発源。
【請求項3】
前記内角が0度以上30度以下の範囲に設定されている、請求項2に記載のアーク蒸発源。
【請求項4】
前記磁界発生部は、前記径方向において前記導電体を囲むように配置され所定の極性を有する第1の磁極と前記第1の磁極よりも前記径方向の外側に配置され前記第1の磁極とは異なる極性を有する第2の磁極とを含む環状の永久磁石部を有する、請求項1乃至3の何れか1項に記載のアーク蒸発源。
【請求項5】
前記環状の永久磁石部は、前記中心線を中心として周方向に互いに間隔をおいて配置される複数の永久磁石からなる、請求項4に記載のアーク蒸発源。
【請求項6】
前記磁界発生部は、
それぞれ前記中心線を中心として環状に巻かれた複数の電磁コイルであって、前記中心線と平行な方向において互いに隣接して配置される複数の電磁コイルと、
前記複数の電磁コイルのうち互いに隣接して配置される一対の電磁コイルに互いに逆向きの電流が流れるように、前記複数の電磁コイルに電力をそれぞれ供給する磁界発生用電源と、
を有する、請求項1乃至3の何れか1項に記載のアーク蒸発源。
【請求項7】
前記ワークおよび前記ターゲットを収容する真空チャンバであって、少なくとも前記ターゲットを収容し前記中心線を中心として筒状に延びるチャンバ筒状部を含む、真空チャンバを更に備え、
前記導電体は、前記真空チャンバの前記チャンバ筒状部からなり、
前記磁界発生部は、前記チャンバ筒状部の径方向の外側に配置されている、請求項1乃至6の何れか1項に記載のアーク蒸発源。
【請求項8】
前記ワークおよび前記ターゲットを収容する真空チャンバであって、少なくとも前記ターゲットを収容し前記中心線を中心として筒状に延びるチャンバ筒状部を含む、真空チャンバを更に備え、
前記磁界発生部は、前記チャンバ筒状部の径方向の外側に配置され、
前記導電体は、前記磁界発生部の径方向内側において前記チャンバ筒状部の内部に配置されている、請求項1乃至6の何れか1項に記載のアーク蒸発源。
【請求項9】
前記導電体を冷却する冷却機構を更に備える、請求項1乃至8の何れか1項に記載のアーク蒸発源。
【請求項10】
アーク放電によって皮膜形成材料を蒸発させ、ワークに前記皮膜形成材料を供給するアーク蒸発源であって、
前記ワークに対向して配置され前記アーク放電を受けて前記皮膜形成材料を放出するターゲット放電面を含むターゲットと、
少なくとも前記ターゲット放電面と前記ワークとの間に配置され、前記ターゲット放電面と直交する中心線を有する環状の導電体であって、前記中心線と平行な方向から見て前記ターゲット放電面よりも大きな内径を有する導電体と、
前記ターゲットに接続されるマイナス電極と前記導電体に接続されるプラス電極とを含み、前記アーク放電を発生させるための放電電圧を前記ターゲットと前記導電体との間に印加するアーク電源と、
前記導電体を径方向の外側から囲むように前記中心線を中心に環状に配置された磁界発生部であって、前記径方向において前記導電体を囲むように配置され所定の極性を有する第1の磁極と前記第1の磁極よりも前記径方向の外側に配置され前記第1の磁極とは異なる極性を有する第2の磁極とを含む、磁界発生部と、
を備え、
前記第1の磁極と前記第2の磁極とが互いに並ぶ方向が前記ターゲット放電面と平行になるように前記第1の磁極および前記第2の磁極がそれぞれ配置されている、アーク蒸発源。
【請求項11】
アーク放電によって皮膜形成材料を蒸発させ、ワークに前記皮膜形成材料を供給するアーク蒸発源であって、
前記ワークに対向して配置され前記アーク放電を受けて前記皮膜形成材料を放出するターゲット放電面を含むターゲットと、
少なくとも前記ターゲット放電面と前記ワークとの間に配置され、前記ターゲット放電面と直交する中心線を有する環状の導電体であって、前記中心線と平行な方向から見て前記ターゲット放電面よりも大きな内径を有する導電体と、
前記ターゲットに接続されるマイナス電極と前記導電体に接続されるプラス電極とを含み、前記アーク放電を発生させるための放電電圧を前記ターゲットと前記導電体との間に印加するアーク電源と、
前記導電体を径方向の外側から囲むように前記中心線を中心に環状に配置された磁界発生部であって、前記径方向において前記導電体を囲むように配置され所定の極性を有する第1の磁極と前記第1の磁極よりも前記径方向の外側に配置され前記第1の磁極とは異なる極性を有する第2の磁極とを含む、磁界発生部と、
を備え、
前記第1の磁極と前記第2の磁極とが互いに並ぶ方向が前記ターゲット放電面に対して傾斜するように前記第1の磁極および前記第2の磁極がそれぞれ配置されている、アーク蒸発源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク蒸発源に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、工具や機械部品などの基材の表面に耐摩耗性の向上等の目的のために皮膜を形成する方法として、アーク放電を用いた成膜方法が種々提案されている。特許文献1には、ターゲットの前方および周囲に第1のコイルが配置されるとともに、ターゲットの後方に第2のコイルが配置される技術が開示される。真空チャンバがアーク放電における陽極とされ、ターゲットを支持するホルダがアーク放電における陰極に設定される。そして、各コイルがターゲットからワークに向かう磁力線を形成することで、放電領域がターゲットの中心に偏ることが防止される。
【0003】
また、特許文献2には、ターゲットの軸方向前方に進むにつれて径方向外側に発散する磁場と前記軸方向前方に進むにつれて径方向内側に収束する磁場とを交互に発生させることで、ターゲットの蒸発面の全域でアークスポットの活発な動きを維持して、ドロップレット(ターゲット粒子)の飛散を抑制する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-342717号公報
【文献】特許第4000748号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2に記載された技術では、アーク放電における陽極の位置が安定しないために放電電圧が上昇しやすくなるとともに、ガス条件に応じて陽極の位置が変動し放電が不安定になるという問題があった。
【0006】
本発明は、上記のような問題に鑑みてなされたものであり、アーク放電における陽極の位置を安定化させることで放電電圧の上昇を抑制するとともに、ガス条件に応じて陽極の位置が変動し放電が不安定になることを抑制することが可能なアーク蒸発源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一の局面に係るアーク蒸発源は、アーク放電によって皮膜形成材料を蒸発させ、ワークに前記皮膜形成材料を供給するアーク蒸発源であって、前記ワークに対向して配置され前記アーク放電を受けて前記皮膜形成材料を放出するターゲット放電面を含むターゲットと、少なくとも前記ターゲット放電面と前記ワークとの間に配置され前記ターゲット放電面と直交する中心線を有する環状の導電体であって、当該導電体の内部を蒸発した前記皮膜形成材料が通過可能なように前記中心線と平行な方向から見て前記ターゲット放電面よりも大きな内径を有する導電体と、前記ターゲットに接続されるマイナス電極と前記導電体に接続されるプラス電極とを含み、前記アーク放電を発生させるための放電電圧を前記ターゲットと前記導電体との間に印加するアーク電源と、前記導電体を径方向の外側から囲むように前記中心線を中心に環状に配置された磁界発生部であって、前記ターゲット放電面から前記ワークに向かって前記ターゲット放電面を通過しかつ前記ターゲット放電面よりも前記ワーク側において前記径方向の外側に湾曲し前記導電体を通過する誘引磁力線を含む誘引磁界と、前記誘引磁界よりも前記ワーク側に配置され前記誘引磁界に対向する対向磁界であって前記径方向の内側に向かって前記導電体を通過しかつ前記導電体よりも前記径方向の内側において前記ワークに向かうように湾曲する磁力線を含む対向磁界と、をそれぞれ形成する、磁界発生部と、を備える。
【0008】
本構成によれば、磁界発生部が形成する誘引磁界では、誘引磁力線がターゲット放電面よりもワーク側で径方向外側に湾曲し導電体を通過するように延びているため、アーク放電によってターゲット放電面から放出された電子は当該誘引磁力線に沿って導電体に向かって移動しやすくなる。したがって、アーク放電における陽極を当該導電体上に安定して保持することが可能となり、放電電圧の上昇を抑制することができるとともに、反応ガスの種類や圧力などのガス条件の変化に応じて陽極の位置が変動することを抑止しアーク放電が不安定になることを抑制することが可能となる。また、皮膜形成材料の陽イオンは、電子よりも大きな質量を有するため、ターゲット放電面からワークに向かって放出されたのち、誘引磁力線の湾曲形状に沿って誘引されることなくワークに安定して到達することができる。この際、対向磁界に含まれる磁力線は、前記径方向の内側に向かって前記導電体を通過しかつ前記導電体よりも前記径方向の内側において前記ワークに向かうように湾曲しているため、当該磁力線が上記陽イオンの移動を妨げることが抑止される。
【0009】
上記の構成において、前記磁界発生部は、前記導電体に対向して配置され、前記中心線と平行に延びる内周面を含み、前記中心線を含む断面において、前記誘引磁力線が前記磁界発生部の前記内周面と交差する点である基準交点における前記誘引磁力線の接線と、前記基準交点を通り前記中心線と直交する直線とがなす内角が0度以上45度以下の範囲に設定されていることが望ましい。なお、前記内角が0度以上30度以下の範囲に設定されていることが更に望ましい。
【0010】
本構成によれば、ターゲット放電面から放出された電子を誘引磁界によって導電体に安定して誘引し、導電体に陽極を安定して保持することができる。
【0011】
上記の構成において、前記磁界発生部は、前記径方向において前記導電体を囲むように配置され所定の極性を有する第1の磁極と前記第1の磁極よりも前記径方向の外側に配置され前記第1の磁極とは異なる極性を有する第2の磁極とを含む環状の永久磁石部を有することが望ましい。
【0012】
本構成によれば、電磁コイルのように電力を必要とすることなく、永久磁石部の磁力によって誘引磁界を安定して形成することができる。
【0013】
上記の構成において、前記環状の永久磁石部は、前記中心線を中心として周方向に互いに間隔をおいて配置される複数の永久磁石からなることが望ましい。
【0014】
本構成によれば、連続したリング状の永久磁石を準備する必要がなく、複数の永久磁石を環状に配置することで誘引磁界を容易かつ安価に形成することができる。
【0015】
上記の構成において、前記磁界発生部は、それぞれ前記中心線を中心として環状に巻かれた複数の電磁コイルであって、前記中心線と平行な方向において互いに隣接して配置される複数の電磁コイルと、前記複数の電磁コイルのうち互いに隣接して配置される一対の電磁コイルに互いに逆向きの電流が流れるように、前記複数の電磁コイルに電力をそれぞれ供給する磁界発生用電源と、を有することが望ましい。
【0016】
本構成によれば、磁界発生用電源が、隣接する一対の電磁コイルにそれぞれ逆向きの電流を流すことによって、誘引磁界を形成することができる。また、一対の電磁コイルに流れる電流の大きさを変更することで、アーク放電の放電条件やターゲットの材料などに応じて誘引磁界の形状を調整することが可能となる。
【0017】
上記の構成において、前記ワークおよび前記ターゲットを収容する真空チャンバであって、少なくとも前記ターゲットを収容し前記中心線を中心として筒状に延びるチャンバ筒状部を含む、真空チャンバを更に備え、前記導電体は、前記真空チャンバの前記チャンバ筒状部からなり、前記磁界発生部は、前記チャンバ筒状部の径方向の外側に配置されていることが望ましい。
【0018】
本構成によれば、真空チャンバのチャンバ筒状部を利用して、アーク放電における陽極を安定して保持することができる。特に、磁界発生部がチャンバ筒状部の径方向外側に配置されているため、誘引磁力線がチャンバ筒状部を確実に通過するような誘引磁界を形成することができる。この結果、ターゲット放電面から放出された電子をチャンバ筒状部まで安定して誘引し、チャンバ筒状部に陽極を安定して保持することができる。
【0019】
上記の構成において、前記ワークおよび前記ターゲットを収容する真空チャンバであって、少なくとも前記ターゲットを収容し前記中心線を中心として筒状に延びるチャンバ筒状部を含む、真空チャンバを更に備え、前記磁界発生部は、前記チャンバ筒状部の径方向の外側に配置され、前記導電体は、前記磁界発生部の径方向内側において前記チャンバ筒状部の内部に配置されていることが望ましい。
【0020】
本構成によれば、真空チャンバのチャンバ筒状部の内部に陽極として機能する導電体を配置することができるため、チャンバ筒状部が陽極として機能する場合と比較して、陽極が損傷した場合に陽極を容易に交換することができる。
【0021】
上記の構成において、前記導電体を冷却する冷却機構を更に備えることが望ましい。
【0022】
本構成によれば、アーク放電における放電集中などによって導電体の温度が上昇し、導電体が損傷することを防止することができる。
【0023】
上記の構成において、前記中心線と平行な方向において前記ワークとは反対側で前記ターゲットに対向して配置され、前記誘引磁力線が前記ターゲット放電面を通過する向きと同じ向きに沿って前記ターゲット放電面を通過する補助磁力線を含む磁界を形成する補助磁界発生部を更に備えることが望ましい。
【0024】
本構成によれば、補助磁界発生部を更に設けることによって、ターゲット放電面を通過する磁力線の向きおよび大きさを面方向に沿って調整することが可能となる。このため、ターゲット放電面におけるアークスポットの集中を抑制することができる。
【0025】
更に、本発明の他の局面に係るアーク蒸発源は、アーク放電によって皮膜形成材料を蒸発させ、ワークに前記皮膜形成材料を供給するアーク蒸発源であって、前記ワークに対向して配置され前記アーク放電を受けて前記皮膜形成材料を放出するターゲット放電面を含むターゲットと、少なくとも前記ターゲット放電面と前記ワークとの間に配置され、前記ターゲット放電面と直交する中心線を有する環状の導電体であって、前記中心線と平行な方向から見て前記ターゲット放電面よりも大きな内径を有する導電体と、前記ターゲットに接続されるマイナス電極と前記導電体に接続されるプラス電極とを含み、前記アーク放電を発生させるための放電電圧を前記ターゲットと前記導電体との間に印加するアーク電源と、前記導電体を径方向の外側から囲むように前記中心線を中心に環状に配置された磁界発生部であって、前記径方向において前記導電体を囲むように配置され所定の極性を有する第1の磁極と前記第1の磁極よりも前記径方向の外側に配置され前記第1の磁極とは異なる極性を有する第2の磁極とを含む、磁界発生部と、を備える。
【0026】
上記の構成において、前記第1の磁極と前記第2の磁極とが互いに並ぶ方向が前記ターゲット放電面と平行になるように前記第1の磁極および前記第2の磁極がそれぞれ配置されてもよい。また、前記第1の磁極と前記第2の磁極とが互いに並ぶ方向が前記ターゲット放電面に対して傾斜するように前記第1の磁極および前記第2の磁極がそれぞれ配置されてもよい。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、アーク放電における陽極の位置を安定化させることで放電電圧の上昇を抑制するとともに、ガス条件などの外乱によって陽極の位置が変動し放電が不安定になることを抑制することが可能なアーク蒸発源を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明の第1実施形態に係るアーク蒸発源を含む成膜装置の模式的な水平断面図である。
図2】本発明の第1実施形態に係るアーク蒸発源のターゲットの正断面図である。
図3】本発明の第1実施形態に係るアーク蒸発源およびその磁界発生部が形成する磁界を示す水平断面図である。
図4】本発明の第2実施形態に係るアーク蒸発源およびその磁界発生部が形成する磁界を示す水平断面図である。
図5】本発明の第3実施形態に係るアーク蒸発源およびその磁界発生部が形成する磁界を示す水平断面図である。
図6】本発明の第4実施形態に係るアーク蒸発源およびその磁界発生部が形成する磁界を示す水平断面図である。
図7】本発明の第5実施形態に係るアーク蒸発源を示す水平断面図である。
図8】本発明の第6実施形態に係るアーク蒸発源を含む成膜装置の模式的な水平断面図である。
図9】本発明の各実施形態に係るアーク蒸発源の磁界発生部の形状および配置を説明するための水平断面図である。
図10】本発明の第2実施形態に係るアーク蒸発源において一対の電磁コイルに流れる電流を変化させた場合の磁界の変化を説明するための水平断面図である。
図11】本発明の第2実施形態に係るアーク蒸発源において一対の電磁コイルに流れる電流を変化させた場合の磁界の変化を説明するための水平断面図である。
図12】本発明の第2実施形態に係るアーク蒸発源において一対の電磁コイルに流れる電流を変化させた場合の磁界の変化を説明するための水平断面図である。
図13】本発明の第2実施形態に係るアーク蒸発源において一対の電磁コイルに流れる電流を変化させた場合の磁界の変化を説明するための水平断面図である。
図14】本発明の第2実施形態に係るアーク蒸発源において一対の電磁コイルに流れる電流を変化させた場合の磁界の変化を説明するための水平断面図である。
図15】本発明の第2実施形態に係るアーク蒸発源において一対の電磁コイルに流れる電流を変化させた場合の磁界の変化を説明するための水平断面図である。
図16】本発明の第2実施形態に係るアーク蒸発源において一対の電磁コイルに流れる電流を変化させた場合の磁界の変化を説明するための水平断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照して、本発明の各実施形態に係るアーク蒸発源を含む成膜装置1について説明する。図1は、本発明の第1実施形態に係るアーク蒸発源6を含む成膜装置1の模式的な水平断面図である。図2は、本実施形態に係るアーク蒸発源6のターゲット7の正断面図である。図3は、本実施形態に係るアーク蒸発源6およびその永久磁石8が形成する磁界を示す水平断面図である。なお、各図に示される方向は、各実施形態に係るアーク蒸発源6および成膜装置1の構造、機能を説明するためのものであり、本発明に係るアーク蒸発源を限定するものではない。
【0030】
成膜装置1は、陰極アーク放電によってワーク4(基材)上に皮膜(炭素膜、カーボンコーティング)を形成する。なお、皮膜の材料は上記に限定されるものではない。成膜装置1は、真空チャンバ2と、回転テーブル3と、複数のワーク4と、真空ポンプ5と、アーク蒸発源6と、を有する。
【0031】
真空チャンバ2は、内部空間を囲む壁部を有し、真空ポンプ5によって前記内部空間が真空状態とされる。前記内部空間には、回転テーブル3、ワーク4、ターゲット7が収容される。真空チャンバ2は、略直方体形状のチャンバ本体2Rと、当該チャンバ本体2Rに連通する筒状のチャンバ筒部2S(チャンバ筒状部)と、を有する。
【0032】
チャンバ筒部2Sは、少なくともターゲット7を収容し、中心線CL(図3)を中心としてワーク4とターゲット7との間で筒状に延びている。なお、チャンバ筒部2Sの形状は、上記のような筒状に限定されるものではない。
【0033】
回転テーブル3は、真空チャンバ2内に配置される。回転テーブル3は、複数のワーク4を載置可能な上面部を有し、図1の矢印で示すように、不図示の駆動機構によって上下方向に延びる回転中心軸周りに回転される。本実施形態では、図1に示すように、回転テーブル3の上面部に複数のワーク4が回転方向に沿って所定の間隔をおいてそれぞれ配置されている。一例として、各ワーク4は、上下方向に延びるように回転テーブル3に立設されるドリル刃からなる。
【0034】
アーク蒸発源6は、アーク放電によって皮膜形成材料を蒸発させ、ワーク4に前記皮膜形成材料を供給する。アーク蒸発源6は、カーボン製のターゲット7と、真空チャンバ2の一部から構成される陽極部2T(導電体)(図3)と、複数の永久磁石8(磁界発生部)と、アーク電源9と、を有する。
【0035】
ターゲット7は、ワーク4に対向して配置され前記アーク放電を受けて前記皮膜形成材料を放出するターゲット放電面7S(図3)を含む。本実施形態では、ターゲット7は円柱形状からなり、ターゲット放電面7Sは、ターゲット7の後端面に相当する。ターゲット放電面7Sは、前後方向に延びる中心線CLを有する円形形状からなる。図1図3では、皮膜形成材料としての炭素イオンがワーク4に向かって供給される方向が矢印DSで示されている。
【0036】
陽極部2Tは、真空チャンバ2のチャンバ筒部2Sの一部からなる。陽極部2Tは、少なくともターゲット放電面7Sとワーク4との間に配置され、ターゲット放電面7Sと直交する中心線CLを有する環状の導電体である。陽極部2Tは、当該陽極部2Tの内部を蒸発した前記皮膜形成材料が通過可能なように中心線CLと平行な方向から見て前記ターゲット放電面7Sよりも大きな内径を有する(図3)。
【0037】
複数の永久磁石8(磁界発生部、環状の永久磁石部)は、陽極部2Tを径方向の外側から囲むように、中心線CLを中心に環状に配置されている。すなわち、複数の永久磁石8は、チャンバ筒部2Sの径方向の外側に配置されている。より詳しくは、複数の永久磁石8は、中心線CLを中心として周方向に互いに間隔をおいて配置されている。なお、複数の永久磁石8は、陽極部2Tに対向して配置され中心線CLと平行に延びる内周面を含む。
【0038】
本実施形態では、複数の永久磁石8は、前記径方向において陽極部2Tに対向して(陽極部2Tを囲むように)配置されるN極(所定の極性を有する第1の磁極)と前記N極よりも前記径方向の外側に配置されるS極(前記第1の磁極とは異なる極性を有する第2の磁極)とをそれぞれ含む。また、図3に示すように、N極とS極とが互いに並ぶ方向(左右方向)がターゲット放電面7Sと平行になるように、N極およびS極がそれぞれ配置されている。
【0039】
当該複数の永久磁石8は、前記ターゲット放電面7Sから前記ワーク4に向かって前記ターゲット放電面7Sを前後方向に沿って通過しかつ前記ターゲット放電面7Sよりも前記ワーク4側において前記径方向の外側に湾曲し陽極部2Tを左右方向に沿って通過する誘引磁力線L1を含む誘引磁界M1を形成する(図3)。誘引磁力線L1は、ターゲット放電面7Sから放出された電子を陽極部2Tに誘引し陽極部2Tにアーク放電における陽極を形成する(陽極領域を集中させる)。
【0040】
また、複数の永久磁石8は、誘引磁界M1よりも前記ワーク4側に配置され誘引磁界M1に対向する対向磁界M2であって、前記径方向の内側に向かって陽極部2Tを左右方向に沿って通過しかつ陽極部2Tよりも前記径方向の内側において前記ワーク4に向かうように湾曲する対向磁力線L2を含む対向磁界M2を更に形成する。なお、図3では、中心線CLを含む断面における誘引磁界M1および対向磁界M2を図示しているが、実際には、中心線CLを中心として周方向全体に図3のような磁界が形成される。また、図3では、誘引磁界M1および対向磁界M2については、各磁力線が延びる方向(分布)を示すものであり、複数の磁力線の向きは、陽極部2Tから複数の永久磁石8に向かうものでもよいし、複数の永久磁石8から陽極部2Tに向かうものでもよい。すなわち、図3において、N極とS極とが入れ代わった態様でもよい。
【0041】
なお、図2に示すように、複数の永久磁石8のうち周方向において隣接する永久磁石8同士の間隔をX、各永久磁石8の周方向における幅をYとすると、X≦Yの関係が満たされることが望ましい。この場合、隣接する永久磁石8同士の間に磁力線が集中することが抑止され、誘引磁界M1および対向磁界M2を安定して形成することができる。
【0042】
アーク電源9は、ターゲット7に接続されるマイナス電極と陽極部2T(真空チャンバ2)に接続されるプラス電極とを含み、アーク放電を発生させるための放電電圧をターゲット7と陽極部2Tとの間に印加する。
【0043】
図3に示すように、真空チャンバ2(図1)の内部空間が真空状態とされ、アーク電源9が真空チャンバ2とターゲット7との間に放電電圧を印加すると、ターゲット7が陰極として機能し、真空チャンバ2が陽極として機能し、アーク放電が発生する。複数の永久磁石8が形成する誘引磁界M1では、誘引磁力線L1がターゲット放電面7Sよりもワーク4側で径方向外側に湾曲し陽極部2Tを通過するように延びている。このため、ターゲット7のターゲット放電面7Sから放出された電子は、誘引磁界M1の誘引磁力線L1に沿って、ターゲット放電面7Sからワーク4(図1)に向かって移動したのち、径方向外側に向きを変えて、真空チャンバ2の陽極部2Tに到達する。この結果、真空チャンバ2の陽極部2Tにアーク放電における陽極が安定して保持される。したがって、アーク放電における陽極の位置および大きさが変動しにくく放電電圧の上昇を抑制することができるとともに、反応ガスの種類や圧力などのガス条件の変化に応じて陽極の位置が変動することを抑止しアーク放電が不安定になることを抑制することが可能となる。特に、アーク放電における実陽極の位置が陽極部2Tに安定して保持されているため、放電電圧が低くなる部位に向かってアーク放電の陽極が移動、偏在することが抑止される。更に、アーク放電における実陽極が広い範囲に拡散することが抑止されるため、放電電圧の上昇が防止され、高電圧出力(大容量)の電源を準備する必要が低減される。したがって、比較的低温条件で成膜を実現できるというPVD(Physical Vapor Deposition)法の長所を維持することができる。
【0044】
一方、ターゲット放電面7Sから放出された炭素イオン(陽イオン)は、電子と比較して数千倍の質量を有しているため、誘引磁力線L1に沿って電子に追従することができずに、陽極部2Tの径方向内側をそのままワーク4に向かって進み、ワーク4に蒸着する。したがって、電子の誘引に伴ってワーク4に対する炭素イオンの成膜速度、すなわち、成膜処理の生産性が低下することが抑止される。
【0045】
また、本実施形態では、図3に示すように、複数の永久磁石8の径方向内側には、誘引磁界M1の誘引磁力線L1と対向磁界M2の対向磁力線L2とが前記中心線と交差する直線を基準として互いに前後対称となるような磁界が形成される。このため、対向磁界M2が形成されない場合と比較して、ターゲット放電面7Sから陽極部2Tに向かって湾曲する誘引磁力線L1を含む誘引磁界M1を安定して形成することができる。特に、誘引磁界M1および対向磁界M2が互いのバランスを保つことによって、誘引磁力線L1がターゲット放電面7Sからワーク4側に延びたのち、より急激に陽極部2T側に湾曲する形状を備えることができる。このため、電子の誘引と当該電子からの炭素イオンの脱離とを両立することができる。なお、対向磁界M2の対向磁力線L2は図3に示すように、チャンバ筒部2S内でワーク4(図1)に向かって延びているため、対向磁界M2が炭素イオンをワーク4に向かって誘引する、または、対向磁界M2が炭素イオンの慣性移動を許容することができる。
【0046】
また、本実施形態では、電磁コイルのように電力を必要とすることなく、環状に配置された複数の永久磁石8によって誘引磁界M1を安定して形成することができる。また、連続した環状の永久磁石を準備する必要がなく、複数の永久磁石8を環状に配置することで誘引磁界M1を容易に形成することができる。なお、他の実施形態において、連続した環状(リング状)の磁性体に、複数の磁極(N極、S極)が周方向に間隔をおいて形成(着磁)される態様でもよい。一方、本実施形態のように複数の永久磁石8を環状に配置することによって、上記のような一体的な着磁によるコストアップを抑制し磁界発生部を安価に構成することができる。更に、衝撃などによって一部の永久磁石8が破損した場合でも、当該破損した永久磁石8のみを交換することで、再びアーク蒸発源6(成膜装置1)を使用することができる。また、小さな永久磁石8を複数使用することで、作業者による永久磁石8の取り扱いも容易となる。
【0047】
また、本実施形態によれば、アーク放電を発生させるための真空チャンバ2のチャンバ筒部2Sを利用して、アーク放電における陽極(陽極部2T)を安定して形成することができる。特に、複数の永久磁石8がチャンバ筒部2Sの外側に配置されているため、誘引磁力線L1がチャンバ筒部2Sの陽極部2Tを確実に通過するように誘引磁界M1を形成することができる。この結果、ターゲット放電面7Sから放出された電子をチャンバ筒部2Sまで安定して誘引し、チャンバ筒部2Sに陽極を安定して保持することができる。
【0048】
なお、誘引磁力線L1の向きは図3の態様に限定されるものではない。電子は陽極に向かって移動し、上記の磁力線はその移動を案内するものであるため、ターゲット放電面7Sと陽極部2Tとの間で湾曲して延びていればよく、実際の向き(ターゲット放電面7Sから陽極部2T、陽極部2Tからターゲット放電面7S)はいずれの態様でもよい。対向磁力線L2および以後の各実施形態でも同様である。
【0049】
図4は、本発明の第2実施形態に係るアーク蒸発源6およびその磁界発生部が形成する磁界を示す水平断面図である。なお、以後の実施形態では、第1実施形態との相違点を中心に説明し、共通する点の説明を省略する。
【0050】
本実施形態では、アーク蒸発源6が、磁界発生部10を有する。磁界発生部10は、一対の電磁コイル(第1電磁コイル10A、第2電磁コイル10B)と、磁界発生用電源10Cと、を有する。第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10Bは、それぞれ前記中心線CLを中心として環状に巻かれた電磁コイルであって、前記中心線CLと平行な方向において互いに隣接して配置されている。なお、磁界発生部10(第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10B)は、陽極部2Tに対向して配置され中心線CLと平行に延びる内周面を含む。
【0051】
磁界発生用電源10Cは、第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10Bに互いに逆向きの電流が流れるように、これらの電磁コイルに電力をそれぞれ供給する。なお、図4では、第1電磁コイル10Aを流れる電流の向きが第1電流方向10A1で示され、第2電磁コイル10Bを流れる電流の向きが第2電流方向10B1で示されている。第1電流方向10A1は紙面手前に向かって電流が流れ、第2電流方向10B1は紙面奥側に向かって電流が流れる。
【0052】
本実施形態においても、図4に示すように、第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10Bによって誘引磁界M1および対向磁界M2が形成される。この結果、ターゲット7のターゲット放電面7Sから放出された電子は、誘引磁界M1の誘引磁力線L1に沿って、ターゲット放電面7Sからワーク4(図1)に向かって移動したのち、径方向外側に向きを変えて、真空チャンバ2の陽極部2Tに到達する。この結果、真空チャンバ2の陽極部2Tにアーク放電における陽極が安定して保持される。したがって、アーク放電における陽極の位置および大きさが変動しにくく放電電圧の上昇を抑制することができるとともに、反応ガスの種類や圧力などのガス条件の変化に応じて陽極の位置が変動することを抑止しアーク放電が不安定になることを抑制することが可能となる。
【0053】
また、本実施形態では、磁界発生用電源10Cが隣接する一対の電磁コイルに逆向きの電流を流すことによって、誘引磁界M1を形成することができる。更に、一対の電磁コイルに流れる電流の大きさを調整することで、アーク放電の放電条件やターゲットの材料などに応じて誘引磁界M1の形状を調整することが可能となる。一例として、放電中のガス圧力(ガス分子による拡散作用)によっては、陽極部2Tにおいて実陽極部分が集中しすぎることや、逆に実陽極部分が拡大しすぎることで陽極面積が不足することがある。このような場合に、第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10Bに流れる電流量を調整することで磁界を調整し、上記のような不具合を緩和することができる。なお、多くの場合、低圧力ほど実陽極部分が局在化(集中)しやすい。
【0054】
また、ターゲット7の材料やその消耗度合、更には圧力条件によって、ターゲット放電面7S上のアーク放電の分布が中央部や外周部に集中しすぎることがある。このような場合にも、第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10Bに流れる電流量を調整することで磁界を調整し、適切な放電状態を維持することができる。なお、多くの場合、低圧力条件やターゲット放電面7Sの消耗が激しい場合には、アーク放電は磁力の弱いターゲット放電面7Sの中央部に集中する傾向がある。
【0055】
更に、本実施形態のように一対の電磁コイルを使用する場合、アーク蒸発源6を使用しないときには、一対の電磁コイルへの励磁を切断することができるため、周辺機器への磁界の影響を極力抑えることができる。
【0056】
なお、他の実施形態において、磁界発生部10は、それぞれ前記中心線CLを中心として環状に巻かれた3以上の電磁コイルであって、中心線CLと平行な方向において互いに隣接して配置される3以上の電磁コイルを有するものでもよい。この場合、磁界発生用電源10Cは、前記複数の電磁コイルのうち互いに隣接して配置される一対の電磁コイルに互いに逆向きの電流が流れるように、前記複数の電磁コイルに電力をそれぞれ供給する。
【0057】
図5は、本発明の第3実施形態に係るアーク蒸発源6およびその磁界発生部が形成する磁界を示す水平断面図である。本実施形態では、先の第1実施形態に係るアーク蒸発源6が、更に冷媒流路11(冷却機構)を有する。冷媒流路11は、陽極部2Tを径方向外側(真空チャンバ2の外側)から囲むように中心線CLを中心として環状に配設されている。冷媒流路11には不図示の冷媒供給機構によって冷媒が供給される。当該冷媒は、気体、液体を問わない。このような構成によれば、冷媒流路11を流れる冷媒が陽極部2Tを冷却するため、アーク放電における放電集中などによって陽極部2Tの温度が上昇し、陽極部2Tが損傷することを防止することができる。
【0058】
図6は、本発明の第4実施形態に係るアーク蒸発源6およびその磁界発生部が形成する磁界を示す水平断面図である。本実施形態では、先の第1実施形態に係るアーク蒸発源6が、更に補助永久磁石12(補助磁界発生部)を有する。補助永久磁石12は、前記中心線CLと平行な方向において前記ワーク4とは反対側で前記ターゲット7に対向して配置されている。特に、本実施形態では、補助永久磁石12は、中心線CLを中心とする円柱状の磁石であり、ターゲット7の背面に固定されている。補助永久磁石12は、誘引磁力線L1がターゲット放電面7Sを通過する向きと同じ向きに沿ってターゲット放電面7Sを通過する補助磁力線を含む磁界を形成する。
【0059】
このような構成によれば、補助永久磁石12を更に設けることによって、ターゲット放電面7Sを通過する磁力線の向きおよび大きさを面方向において調整することが可能となる。このため、ターゲット放電面7Sにおけるアークスポットの集中を抑制することができる。
【0060】
なお、図3に示される第1実施形態では、ターゲット放電面7Sにおいて外周部よりも中央部の磁力が弱くなっている。この場合、放電領域が中央部に集中しターゲット7の利用効率が低下することがある。一方、本実施形態のように補助永久磁石12を備えることで、ターゲット放電面7Sの中央部の磁力を増大し、かつ、誘引磁力線L1の向きを外向きにすることができる。この結果、ターゲット放電面7S上における放電箇所(アークスポット)の集中を抑制することができる。
【0061】
図7は、本発明の第5実施形態に係るアーク蒸発源を示す水平断面図である。本実施形態では、真空チャンバ2の陽極部2Tの代わりに、内部陽極13が配置されている。内部陽極13は、複数の永久磁石8の径方向内側において、チャンバ筒部2Sの内部に配置されている。内部陽極13は、円筒状(環状)の導電性金属からなる。また、複数の永久磁石8はチャンバ筒部2Sの径方向の外側に配置されており、アーク電源9のプラス電極は、内部陽極13に接続されている。なお、本実施形態では、内部陽極13は真空チャンバ2に対して絶縁されているが、真空チャンバ2に導通されているものでもよい。また、図7に示すように、内部陽極13の径方向における厚みよりも軸方向の長さ(図7の前後方向)が大きく設定される(円筒状)ことが望ましい。
【0062】
このような構成によれば、真空チャンバ2のチャンバ筒部2Sの内部に陽極としての内部陽極13(導電体)を配置することができるため、真空チャンバ2のチャンバ筒部2Sが陽極として機能する場合と比較して、内部陽極13が損傷した場合などに内部陽極13を容易に交換することができる。
【0063】
図8は、本発明の第6実施形態に係るアーク蒸発源を含む成膜装置の模式的な水平断面図である。本実施形態では、先の第1実施形態に係るアーク蒸発源6における複数の永久磁石8がそれぞれ傾斜して配置されている。具体的に、複数の永久磁石8は、所定の極性を有する第1の磁極と前記第1の磁極よりも径方向の外側に配置され前記第1の磁極とは異なる極性を有する第2の磁極とを含む。そして、前記第1の磁極と前記第2の磁極とが互いに並ぶ方向は、ターゲット放電面7Sに対して傾斜するように前記第1の磁極および前記第2の磁極がそれぞれ配置されている。複数の永久磁石8によって、前記第1の磁極の径方向の内側に陽極部2Tが形成される(図3参照)。このような構成においても、真空チャンバ2の陽極部2Tにアーク放電における陽極が安定して保持される。したがって、アーク放電における陽極の位置および大きさが変動しにくく放電電圧の上昇を抑制することができるとともに、反応ガスの種類や圧力などのガス条件の変化に応じて陽極の位置が変動することを抑止しアーク放電が不安定になることを抑制することが可能となる。なお、図8に示すように、第1の磁極(径方向内側)が第2の磁極(径方向外側)よりもワーク4側に配置されてもよいし、図8と逆に、第2の磁極(径方向外側)が第1の磁極(径方向内側)よりもワーク4側に配置されてもよい。
【0064】
図9は、本発明の各実施形態に係るアーク蒸発源6の磁界発生部の形状および配置を説明するための水平断面図である。上記の各実施形態において、磁界発生部10の内径をA、ターゲット放電面7Sの外径をB、磁界発生部10のうち中心線CLと平行な方向における中心(コイル中心線10S)とターゲット放電面7Sとの距離をCとすると、A≧Bが満たされることが望ましく、また、C≧10/Aが満たされることが望ましい。このような関係が満たされることによって、誘引磁力線L1のうち、ターゲット放電面7Sを通過しターゲット放電面7Sと略垂直方向に延びる部分を安定して確保することができる。また、誘引磁力線L1のうち径方向外側に湾曲し陽極部2T(図3)または内部陽極13(図7)を径方向に沿って通過する部分を安定して確保することができる。
【0065】
以上、本発明の各実施形態に係るアーク蒸発源6を含む成膜装置1について説明したが、本発明はこれらの形態に限定されるものではない。本発明に係るアーク蒸発源6として、以下のような変形実施形態が可能である。
【0066】
(1)上記の実施形態では、真空チャンバ2がチャンバ筒部2Sを有する態様にて説明したが、本発明は当該態様に限定されるものではない。真空チャンバ2は、ターゲット7に加え、永久磁石8を内包するような箱型形状からなるものでもよい。
【0067】
(2)また、上記の実施形態では、複数のワーク4が回転テーブル3上に配置され、回転テーブル3が回転する態様にて説明したが、本発明に係るワークおよびその配置はこのような態様に限定されず、他の態様をもって真空チャンバ2内に配置されるものでもよい。また、ワーク4、ターゲット7などの形状も上記の態様に限定されるものではない。特に、ターゲット7のターゲット放電面7Sは矩形、多角形などの形状であってもよい。
【実施例
【0068】
続いて、具体的な実施例を例示する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。先の第2実施形態(図4)に基づいて、以下の条件で実験を行った。
ターゲット7:カーボン製ターゲット
ワーク4の搬送速度(回転速度):v=300(mm/sec)
ターゲット放電面7Sとワーク4との間の距離=150(mm)
図10乃至図16は、一対の電磁コイル(第1電磁コイル10A、第2電磁コイル10B)に流れる電流を変化させた場合の磁界の変化を説明するための水平断面図である。
【0069】
図10は、第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10Bにそれぞれ8Aの電流を流した結果である。この場合、誘引磁力線L1が磁界発生部10(第1電磁コイル10A、第2電磁コイル10B)の内周面と交差する交点における磁力線接線TSが中心線CL(図4)と直交するように左右方向に延びている。この結果、誘引磁力線L1のうち、ターゲット放電面7Sを通過しターゲット放電面7Sと略垂直方向に延びる部分を安定して確保することができるとともに、誘引磁力線L1のうち径方向外側に湾曲し陽極部2T(図3)を通過する部分を安定して確保することができる。
【0070】
図11は、第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10Bにそれぞれ9Aおよび8Aの電流を流した結果である。この場合、誘引磁力線L1が磁界発生部10(第1電磁コイル10A、第2電磁コイル10B)の内周面と交差する交点P(基準交点)における磁力線接線TSと、中心線CL(図4)と直交する方向(前記交点Pを通り中心線と直交する直線でもよい)とがなす内角が12.0度となっている。なお、図11の左右成分T1、前後成分T2は、磁力線接線TSの傾きを算出するための成分である。この場合も、誘引磁力線L1のうち、ターゲット放電面7Sを通過しターゲット放電面7Sと略垂直方向に延びる部分を安定して確保することができるとともに、誘引磁力線L1のうち径方向外側に湾曲し陽極部2T(図3)を通過する部分を安定して確保することができる。
【0071】
同様に、図12は、第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10Bにそれぞれ10Aおよび8Aの電流を流した結果である。この場合、前記内角は27.0度となっている。この場合でも、誘引磁力線L1に沿って電子を誘引し、陽極を安定して保持することができる。
【0072】
一方、同様に、図13は、第1電磁コイル10Aおよび第2電磁コイル10Bにそれぞれ11Aおよび8Aの電流を流した結果である。この場合、前記内角は47.7度となっている。この場合、誘引磁力線L1が磁界発生部10の内周面と交差する交点における磁力線接線TSが傾きすぎているため、電子が陽極部2T(図4)に誘引されにくい結果となった。
【0073】
図14図16は、第1電磁コイル10Aよりも第2電磁コイル10Bに流れる電流を大きくした場合の結果である。以上の結果から、中心線CLを含む断面において、誘引磁力線L1が磁界発生部10の前記内周面と交差する点である基準交点における誘引磁力線L1の接線(磁力線接線TS)と、前記基準交点を通り中心線CLと直交する直線とがなす内角は0度以上45度以下の範囲に設定されていることが望ましい。また、前記内角が0度以上30度以下の範囲に設定されていることが更に望ましい。なお、磁力線接線TSは、誘引磁力線L1のうち最も対向磁界M2に近い磁力線の接線に相当する。
【0074】
このような構成によれば、誘引磁力線L1を含む誘引磁界M1によって、ターゲット放電面7Sから皮膜形成材料の陽イオンを安定して放出することができるとともに、電子を導電体(陽極部2T、内部陽極13)に誘引し前記導電体に陽極を安定して保持することができる。
【符号の説明】
【0075】
1 成膜装置
2 真空チャンバ
2S チャンバ筒部
2T 陽極部(導電体)
3 回転テーブル
4 ワーク
5 真空ポンプ
6 アーク蒸発源
7 ターゲット
7S ターゲット放電面
8 永久磁石(磁界発生部)
9 アーク電源
10 磁界発生部
10A 第1電磁コイル(電磁コイル)
10A1 第1電流方向
10B 第2電磁コイル(電磁コイル)
10B1 第2電流方向
10C 磁界発生用電源
10S コイル中心線
11 冷媒流路(冷却機構)
12 補助永久磁石(補助磁界発生部)
13 内部陽極(導電体)
CL 中心線
L1 誘引磁力線
L2 対向磁力線
M1 誘引磁界
M2 対向磁界
T1 左右成分
T2 前後成分
TS 磁力線接線(接線)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16