(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】炭素繊維強化プラスチック構造体、その製造方法および測定器
(51)【国際特許分類】
B32B 5/28 20060101AFI20240220BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20240220BHJP
B32B 17/06 20060101ALI20240220BHJP
B32B 18/00 20060101ALI20240220BHJP
【FI】
B32B5/28 A
B32B15/08 105Z
B32B17/06
B32B18/00 Z
(21)【出願番号】P 2019194968
(22)【出願日】2019-10-28
【審査請求日】2022-09-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【氏名又は名称】永岡 重幸
(72)【発明者】
【氏名】田中 米太
【審査官】深谷 陽子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-080899(JP,A)
【文献】特開2005-324340(JP,A)
【文献】国際公開第2005/085335(WO,A1)
【文献】特開2009-078422(JP,A)
【文献】国際公開第2008/038429(WO,A1)
【文献】特開2005-340270(JP,A)
【文献】特表2008-523264(JP,A)
【文献】特開平08-072200(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
C08J 5/04- 5/10、 5/24
B29B 11/16、15/08-15/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定器が備える構成部材の一部もしくは全部として使用される炭素繊維強化プラスチック構造体であって、
複数のプリプレグが積層された炭素繊維強化プラスチック部材と、
前記炭素繊維強化プラスチック部材の炭素繊維が伸びる方向に対して交差する第一面の全体に形成され
、前記第一面に対向する面とは反対側に前記測定器の測定基準面となる面を有する平坦な基準層とを備え、
前記基準層は、金属、ガラスまたはセラミックから形成されていることを特徴とする炭素繊維強化プラスチック構造体。
【請求項2】
前記第一面は、前記炭素繊維が伸びる方向に対して直交する面であることを特徴とする請求項1に記載の炭素繊維強化プラスチック構造体。
【請求項3】
前記基準層は、接着層を介して前記炭素繊維強化プラスチック部材に固定されていることを特徴とする請求項1または2に記載の炭素繊維強化プラスチック構造体。
【請求項4】
前記接着層は、プリプレグにより構成されていることを特徴とする請求項3に記載の炭素繊維強化プラスチック構造体。
【請求項5】
複数のプリプレグが積層された
前記炭素繊維強化プラスチック部材を準備する工程と、
前記炭素繊維強化プラスチック部材の炭素繊維が伸びる方向に対して交差する面の全体に金属、ガラスまたはセラミックから形成された平坦な
前記基準層を形成する工程と、を含むことを特徴とする
請求項1から4のいずれか1項に記載の炭素繊維強化プラスチック構造体の製造方法。
【請求項6】
測定基準面を有する構成部材を備える測定器であって、
前記構成部材は、炭素繊維強化プラスチック構造体を備え、
前記炭素繊維強化プラスチック構造体は、
複数のプリプレグが積層された炭素繊維強化プラスチック部材と、
前記炭素繊維強化プラスチック部材の炭素繊維が伸びる方向に対して交差する第一面上に形成された基準層とを備え、
前記測定基準面は、前記炭素繊維強化プラスチック構造体の前記基準層における前記第一面に対向する面とは反対側の面により構成されていることを特徴とする測定器。
【請求項7】
前記構成部材は、レーザ測長器から出射されるレーザ光を反射する反射体であり、
前記測定基準面は、前記反射体が有する平面状の反射面であることを特徴とする請求項6に記載の測定器。
【請求項8】
前記構成部材は、直角定規であり、
前記測定基準面は、前記直角定規が有する互いに直交する2つの平面であることを特徴とする請求項6に記載の測定器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維強化プラスチックを含む炭素繊維強化プラスチック構造体、当該構造体の製造方法、および当該構造体を使用した測定器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、比剛性が高く、かつ密度および熱膨張係数が小さいといった特性を有する材料として、炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic:CFRP)が知られている。CFRPは、例えば以下のようにして作られる。
まず、炭素繊維に樹脂を含浸させ、プリプレグと呼ばれる板状(シート状)の材料を作成する。次に、このプリプレグを、繊維の方向を考慮しつつ、型の中に複数枚積み重ね、真空バッグを使用して気圧を利用しながら加熱し圧着し硬化させることにより成形する。そして、冷却後、成形品を型から取り外す。
【0003】
このようにして作成されたCFRPは、例えば精密な加工を行う加工装置のステージの材料として使用することが提案されている。特許文献1には、露光装置の基板ステージ(ワーク吸着ベース)として、CFRP部材の表面にセラミックス部材を接合し、セラミックス部材を研削や研磨等により加工して得られる構造体を用いる点が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載の技術のように、高い平面度が要求される部材としてCFRP部材を含む構造体を用いる場合、CFRPのフラットワイズ面に平面加工が容易な部材を貼り付け、その表面を加工して平面層を形成していた。ここで、フラットワイズ面とは、CFRPにおいて、プリプレグの繊維の断面が見えない面であり、積層していったプリプレグの表面に相当する。なお、プリプレグの繊維の断面が見える面は、エッジワイズ面という。
このように、従来、当然のように、積層していったプリプレグの表面(フラットワイズ面)が基準面として使用されてきた。そして、このような従来のCFRP構造体においては、温度変化による、基準面に対して直交する方向の表面変動(歪)について、全く問題視されていなかった。
【0006】
そこで、本発明は、基準面に対して直交する方向の表面変動が抑制された炭素繊維強化プラスチック構造体、当該構造体の製造方法、および当該構造体を使用した測定器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る炭素繊維強化プラスチック構造体の一態様は、複数のプリプレグが積層された炭素繊維強化プラスチック部材と、前記炭素繊維強化プラスチック部材の炭素繊維が伸びる方向に対して交差する第一面上に形成された基準層と、を備える。
このような炭素繊維強化プラスチック構造体(CFRP構造体)は、比剛性が高く、密度および熱膨張係数が小さいといった炭素繊維強化プラスチックの特性を有する。また、炭素繊維が伸びる方向の特性は、炭素繊維単体の特性に近くなり、この方向における熱膨張収縮は発生しにくい。したがって、炭素繊維が伸びる方向に対して交差する面上に基準層を有することで、温度変化に起因する、当該基準層の表面(基準面)に直交する方向の表面変動を抑制することできる。
【0008】
また、上記の炭素繊維強化プラスチック構造体において、前記第一面は、前記炭素繊維が伸びる方向に対して直交する面であってもよい。
この場合、温度変化による、基準面に直交する方向の表面変動を適切に抑制することができ、温度変化の影響を受けない安定した基準面を得ることができる。
【0009】
さらに、上記の炭素繊維強化プラスチック構造体において、前記基準層は、加工容易性を有する材料により構成されていてもよい。この場合、基準面の面粗度を良好な面粗度(小さい面粗さ)とすることができる。
また、上記の炭素繊維強化プラスチック構造体において、前記基準層は、金属およびガラスのいずれか一方により構成されていてもよい。この場合、容易かつ適切に所望の面粗度を実現することができる。
【0010】
さらにまた、上記の炭素繊維強化プラスチック構造体において、前記基準層は、接着層を介して前記炭素繊維強化プラスチック部材に固定されていてもよい。この場合、例えば、完成された炭素繊維強化プラスチック部材(CFRP部材)に基準層を貼り付けた積層体とすることができ、複雑な製造工程を無くし、生産性を向上させることができる。
また、上記の炭素繊維強化プラスチック構造体において、前記接着層は、プリプレグにより構成されていてもよい。この場合、CFRP部材と接着層との間の接着親和性を良好にすることができる。
【0011】
また、本発明に係る炭素繊維強化プラスチック構造体の製造方法の一態様は、複数のプリプレグが積層された炭素繊維強化プラスチック部材を準備する工程と、炭素繊維強化プラスチック部材の炭素繊維が伸びる方向に対して交差する面上に基準層を形成する工程と、を含む。
これにより、比剛性が高く、密度および熱膨張係数が小さいといった炭素繊維強化プラスチックの特性を有し、かつ、温度変化に起因する、基準層の表面(基準面)に直交する方向の表面変動が抑制された構造体を製造することができる。
【0012】
さらに、本発明に係る測定器の一態様は、測定基準面を有する構成部材を備える測定器であって、前記測定基準面は、上記のいずれかの炭素繊維強化プラスチック構造体の前記基準層における前記第一面に対向する面とは反対側の面により構成されている。
これにより、温度変化に起因する表面変動が抑制された測定基準面を有する測定器とすることができる。したがって、測定基準面を用いた測定結果の誤差を抑制することができる。
【0013】
また、上記の測定器において、前記構成部材は、レーザ測長器から出射されるレーザ光を反射する反射体であり、前記測定基準面は、前記反射体が有する平面状の反射面であってもよい。この場合、精度良く測定基準面までの距離を測定することができる。
さらにまた、上記の測定器において、前記構成部材は、直角定規であり、前記測定基準面は、前記直角定規が有する互いに直交する2つの平面であってもよい。この場合、直角定規の直角度を安定して維持することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、基準面に対して直交する方向の表面変動が抑制された炭素繊維強化プラスチック構造体を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本実施形態の炭素繊維強化プラスチック部材の斜視図である。
【
図2】本実施形態の炭素繊維強化プラスチック構造体の斜視図である。
【
図3】フラットワイズ方向における温度に対する歪の変化を示す図である。
【
図4】エッジワイズ方向における温度に対する歪の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本実施形態の炭素繊維強化プラスチック構造体(CFRP構造体)に含まれる炭素繊維強化プラスチック部材(CFRP部材)10を模式的に示す斜視図である。
CFRP部材10は、
図1に示すように、複数のプリプレグ11が積層されて構成されている。プリプレグ11は、炭素繊維に、繊維の方向性を持たせたまま樹脂を含浸させたシート状の部材である。プリプレグ11を構成する樹脂は、例えば熱硬化性のエポキシ樹脂である。なお、プリプレグ11を構成する樹脂としては、例えば、不飽和ポリエステル、ビニルエステル、フェノール、シアネートエステル、ポリイミド等の熱硬化性樹脂を用いることもできる。
【0017】
CFRPは、型の中に、複数のプリプレグを繊維の方向が異なるように、必要数層(例えば二十層)積層し、減圧下で120℃~130℃程度に加熱し、加圧(圧着)して硬化させることで成形される。プリプレグとしては、例えば、UD(UNI-DIRECTION)材を使用することができる。ここで、UD材とは繊維の方向が一方向にのみ延びている材料のことである。
このようにして製作されたCFRPは、鉄やアルミなどの金属材料よりも低密度(即ち軽い)でありながら、高強度な材料となる。CFRP部材10は、上記の完成されたCFRPを所望の大きさに切り出した部材である。
【0018】
図1では、説明を簡略化するために、5枚のプリプレグ11を、炭素繊維が伸びる方向が直交するように1枚ずつ交互に積層したCFRP部材10を示している。また、この
図1においては、炭素繊維の断面を丸印で示している。
図1において、X方向およびY方向は、炭素繊維が伸びる方向、Z方向は、プリプレグ11の積層方向である。
【0019】
この
図1に示すように、CFRP部材10を直方体形状に切り出した場合、プリプレグの繊維の断面が見える面10aと、繊維の断面が見えない面10bとが存在する。以下の説明では、プリプレグの繊維の断面が見える面10aをエッジワイズ(エッジワイズ面)、プリプレグの繊維の断面が見えない面10bをフラットワイズ(フラットワイズ面)と呼ぶ。つまり、エッジワイズ面10aは、繊維が伸びる方向に対して直交する面であり、フラットワイズ面10bは、繊維が伸びる方向に対して平行な面である。
【0020】
図1に示すCFRP部材10の場合、エッジワイズ面10aは側方に四面、フラットワイズ面10bは上下に二面存在する。そして、4つのエッジワイズ面10aは、それぞれ炭素繊維が伸びる方向に対する法線面となっている。
【0021】
図2は、本実施形態のCFRP構造体20の概略構成を示す斜視図である。
CFRP構造体20は、上述したCFRP部材10と、CFRP部材10上に形成された基準層12と、を備える。具体的には、基準層12は、CFRP部材10のエッジワイズ面(第一面)10a上に、接着層13を介して固定されている。
基準層12は、加工容易性を有する材料により構成することができる。基準層12の材料としては、例えば、金属やガラスを用いることができる。なお、加工容易性を有する材料は、金属やガラスに限定されるものではなく、例えば、樹脂やセラミックであってもよい。
【0022】
接着層13は、加熱硬化型の接着剤や、常温硬化型の接着剤により構成することができる。具体的には、CFRP部材10の熱膨張係数と基準層12の熱膨張係数とが同等または略同等である場合には、加熱硬化型の接着剤を用い、CFRP部材10の熱膨張係数と基準層12の熱膨張係数とが異なる場合には、常温硬化型の接着剤を用いることができる。
ガラスには、熱膨張しない(熱膨張係数が0または0に極めて近い)ものが存在する。このようなガラスを基準層12の材料として用い、接着層13として加熱硬化型の接着剤を用いた場合、加熱によりCFRP部材10だけが熱膨張した状態でCFRP部材10と基準層12とが固定されることになる。その後、CFRP部材10および基準層12が冷めると、CFRP部材10だけが収縮し、基準層12は圧縮応力を受けることになる。そのため、基準層12の剥離や破損が生じるおそれがある。
【0023】
基準層12として金属(例えばアルミ)を用いた場合にも、CFRP部材10の熱膨張係数と基準層12の熱膨張係数とが異なるため、形成後の基準層12の内部には加熱に起因した残留応力が生じ、基準層12が変形するおそれがある。
そこで、CFRP部材10の熱膨張係数と基準層12の熱膨張係数とが異なる場合には、常温硬化型の接着剤を接着層13として用い、加熱せずに固定するようにする。これにより、上記の基準層12の剥離や破損、変形等が生じることを抑制することができる。
【0024】
なお、接着層13としてプリプレグを用いてもよい。接着層13の材料として、CFRP部材10を構成する材料や基準層12を構成する材料とは異なる第3の材料を用いた場合、CFRP部材10、基準層12および接着層13の3つの材料の親和性を考慮しなければならない。接着層13としてプリプレグを用いることで、CFRP部材10(接着層13)と基準層12の2つの材料のみを考慮するだけで済む。また、この場合、CFRP部材10と接着層13との接着親和性は非常に良好となる。
ただし、プリプレグは、加熱により硬化する材料であるため、CFRP部材10の熱膨張係数と基準層12の熱膨張係数とが同等または略同等である場合に、プリプレグを接着層13として使用することが好ましい。
【0025】
このように、本実施形態におけるCFRP構造体20は、複数のプリプレグ11が積層されたCFRP部材10のエッジワイズ面10a上に基準層12を形成した構成を有する。このような構成により、温度変化に起因する、基準層12の表面(基準面)に対して直交する方向の当該基準面の表面変動が抑制されたCFRP構造体20とすることができる。
【0026】
本発明者は、CFRP部材10のエッジワイズ面10a上に基準層12を形成した場合と、CFRP部材10のフラットワイズ面10b上に基準層12を形成した場合とでは、前者の方が、温度変化に起因する、基準層12の表面(基準面)に直交する方向の表面変動が少ないことを見出した。
このことを検証するために、本発明者は、所定の厚さの20枚のプリプレグを、炭素繊維が交互に直交するように積層したCFRPを用いて、フラットワイズ面の温度変化による変動と、エッジワイズ面の温度変化による変動とを調査した。その結果を
図3および
図4に示す。
【0027】
図3は、CFRPの温度に対するフラットワイズ面のフラットワイズ方向の歪の変化(フラットワイズ面の表面変動)を示す図、
図4は、CFRPの温度に対するエッジワイズ面のエッジワイズ方向の歪の変化(エッジワイズ面の表面変動)を示す図である。ここで、フラットワイズ方向とは、フラットワイズ面に対して直交する方向であり、エッジワイズ方向とは、エッジワイズ面に対して直交する方向のことである。つまり、
図1におけるZ方向がフラットワイズ方向、X方向およびY方向がエッジワイズ方向である。
【0028】
図3および
図4において、横軸は温度(℃)、縦軸は歪の量(με)である。ここで、歪の量は、CFRPのもとの長さに対する変化した長さ(歪=変化した長さ/もとの長さ)で表される値である。
CFRPを常温(室温)~200℃の範囲で加熱および冷却した結果、
図3に示すように、フラットワイズ方向の歪は、
図4に示すエッジワイズ方向の歪に比べて10倍以上大きいことがわかった。また、この傾向は、プリプレグの素材が異なっていても同様の傾向を示すこともわかった。
【0029】
エッジワイズ方向は、プリプレグの炭素繊維が伸びる方向である。炭素繊維が伸びていることで、エッジワイズ方向のCFRPの特性は炭素繊維の特性が支配的となり、炭素繊維単体の特性に近くなると考えられる。そのため、CFRPのエッジワイズ方向の熱膨張収縮は少なく、温度変化によるエッジワイズ面の変動が小さくなっているものと考えられる。
一方、フラットワイズ方向には炭素繊維は伸びておらず、フラットワイズ方向のCFRPの特性は、炭素繊維に含侵された樹脂の特性が支配的となると考えられる。そのため、フラットワイズ方向については、CFRPに含まれる樹脂の熱膨張係数に依存して熱膨張収縮することになり、フラットワイズ方向の歪は、エッジワイズ方向の歪よりも大きくなるものと考えられる。
【0030】
このように、CFRPのフラットワイズ面内(XY平面内)においては、熱による膨張や収縮といった歪はほとんど生じないが、フラットワイズ面に直交する方向(Z方向)においては、熱による膨張や収縮が生じ得る。したがって、CFRPのフラットワイズ面上に基準層を形成した場合、基準層の表面(基準面)は、温度変化に起因して、当該基準面に直交する方向に変動し得る。
これに対して、本実施形態では、CFRP部材10のエッジワイズ面10a上に基準層12を形成する。CFRP部材10のエッジワイズ面10aに直交する方向(X方向、Y方向)においては、熱による膨張や収縮といった歪はほとんど生じないため、エッジワイズ面10a上に形成した基準層12の表面(基準面)には、温度変化に起因する当該基準面に直交する方向の変動はほとんど生じない。
【0031】
以下、本実施形態におけるCFRP構造体20の製造方法の一例について説明する。ここでは、接着層13としてプリプレグ以外の接着剤を用いる場合について説明する。
まず、完成しているCFRPを必要な大きさだけ切り出し、CFRP部材10を準備する。
次に、CFRP部材10のエッジワイズ面10aに接着層13の材料である接着剤を塗布し、その上に金属やガラスなどにより構成される基準層12を貼り付ける。そして、接着剤を硬化させた後、基準層12の表面を研削加工し、所望の面粗さの基準面を得る。
【0032】
上述したように、CFRPは、炭素繊維に樹脂を含浸させたプリプレグの積層体である。炭素繊維と樹脂とは、それぞれの剛性の違いにより、加工されやすさが異なる。つまり、炭素繊維と樹脂とでは、それぞれ適切な研削条件が異なる。そのため、CFRPの表面に対して研削加工を行った場合、面粗さを所望の面粗さ(例えば算術平均粗さで10μm以下)とすることは困難であった。
【0033】
これに対して、本実施形態では、CFRP部材10の表面に、加工容易性を有する材料よりなる基準層12を形成する。したがって、当該基準層12を研削加工することで、良好な面粗度の基準面を有するCFRP構造体20を得ることができる。
また、プリプレグ以外の接着剤を接着層13として用いた場合には、上記のように通常の工程により製作されたCFRPを必要な大きさだけ切り出したCFRP部材10に対して基準層12を貼り付けるだけでよい。そのため、CFRPを製造する工程の途中に、新たな工程を追加するなどの複雑な製造工程が必要なく、生産性が高い。
【0034】
このようにして製造されたCFRP構造体20は、CFRPを含むため、比剛性が高く、密度および熱膨張係数が低いといった特性を有する。つまり、CFRP構造体20は、外的要因による寸法変形が少なく、軽量であり、さらに温度変化による寸法変形も少ない。
とりわけ、本実施形態では、基準層12を、CFRP部材10のエッジワイズ面10a上に形成しているため、基準層12をCFRP部材10のフラットワイズ面10bに形成した場合と比較して、温度変化に起因する、基準面に直交する方向の表面変動が適切に抑制されたCFRP構造体20とすることができる。
【0035】
本実施形態におけるCFRP構造体20は、比剛性が高く、軽量で、温度変化による基準面の変動(基準面に対して直交する方向の変動)が少ないといった条件が求められる部材として使用することができる。
例えば、本実施形態におけるCFRP構造体20は、測定器が備える構成部材の一部もしくは全部として使用することができる。この場合、CFRP構造体20の基準面、すなわち、基準層12におけるCFRP部材10の表面(第一面)に対向する面とは反対側の面を、測定器の構成部材が有する測定基準面とすることができる。これにより、比剛性が高く、軽量で、温度変化による測定基準面の変動が少ない測定器とすることができる。
【0036】
図5は、本実施形態のCFRP構造体20を使用した測定器の一例を示す概略構成図である。この
図5は、CFRP構造体20を、レーザ測長器30から出射されるレーザ光L1を反射する反射体として使用した場合を示している。なお、
図5において、CFRP構造体20が備える接着層13の図示は省略している。
レーザ測長器30は、レーザ発振器31と、受光器32と、制御部33と、を備える。レーザ発振器31は、レーザ光L1を反射体が有する平面状の反射面に対して照射し、受光器32は、反射面によって反射されたレーザ光L2を受光する。制御部33は、受光器32の受光信号をもとに、反射面までの距離を測定する。
【0037】
この
図5に示すように、CFRP構造体20を、レーザ光L1を反射する反射体として使用する場合、基準層12の表面(基準層12において、CFRP構造体20の第一面に対向する面とは反対側の面)を鏡面加工し、この面を測定基準面である反射面とする。
上述したように、温度変化に起因する、CFRP構造体20のエッジワイズ方向(
図5の左右方向)の表面変動は小さい。そのため、エッジワイズ面に形成された基準層12の表面を測定基準面である反射面とすることで、例えば環境温度が変化したとしても、正確な距離の測定が可能となる。
【0038】
一方、CFRP部材10のフラットワイズ面に基準層12を形成し、当該基準層12の表面を反射面とすると、環境温度の変化によって、距離の測定方向であるフラットワイズ方向に反射面が大きく変動することになるので、測定結果に誤差が生じ得る。
本実施形態のCFRP構造体20の基準層12の表面を反射面とした場合、フラットワイズ方向(
図5の上下方向)は、距離の測定方向に直交する方向となる。そのため、環境温度の変化によってフラットワイズ方向の変動が生じたとしても、反射面が距離の測定方向に直交する方向に伸縮するだけであり、測定結果に影響を及ぼすことはない。
【0039】
なお、上記実施形態においては、CFRP部材10のエッジワイズ面10aのうち、1面のみに基準層12を形成する場合について説明したが、複数のエッジワイズ面10aに基準層12を形成してもよい。例えば、
図6に示すCFRP構造体20Aのように、直交する2つのエッジワイズ面10aに基準層12を形成することもできる。
この
図6に示すCFRP構造体20Aは、直角定規として使用することができる。なお、
図6において、CFRP構造体20Aが備える接着層13の図示は省略している。
【0040】
直角定規は、直角検査用マスタとして使用可能な直角基準器であり、互いに直交する2つの平面を有する。例えば、当該2つの平面のうち一方の平面を定盤の上に置けば、他方の面は定盤に対して垂直な面となり、直角度の測定や検査を行うことが可能となる。
上述したように、温度変化に起因する、CFRP構造体20Aのエッジワイズ方向(
図6の上下方向、奥行方向)の表面変動は小さい。そのため、直交する2つのエッジワイズ面10a上に形成された基準層12の表面を直角定規の測定基準面とすることで、例えば環境温度が変化したとしても、測定基準面の直角度に影響を及ぼすことはない。
また、環境温度の変化によってフラットワイズ方向(
図6の左右方向)の変動が生じたとしても、測定基準面の直角度には影響がない。
【0041】
さらに、直角定規としては、
図7に示すCFRP構造体20Bのように、エッジワイズ面10aに基準層12を形成した2個のCFRP部材10を組み合わせた構成としてもよい。この場合にも、直交する2つのエッジワイズ面10a上に形成された基準層12の表面を、直角定規の2つの測定基準面とすることができるため、環境温度の変化に影響がない高精度な直角定規とすることができる。
図7に示す直角定規の場合、基準層12が形成された面の反対側の面は、フラットワイズ面10bとなる。このフラットワイズ面10bは、環境温度の変化によって表面変動が生じ得るが、測定基準面の直角度には影響がない。
【0042】
なお、
図6に示すCFRP構造体20Aにおいて、残りの2つのエッジワイズ面10aにも基準層12を形成してもよい。この場合、直角基準器としてだけでなく、平行度の測定や検査を行う平行基準器として使用することもできる。
【0043】
(変形例)
上記実施形態においては、プリプレグを、炭素繊維が伸びる方向が直交するように1枚ずつ交互に積層する場合について説明したが、炭素繊維の交差角度や配向方向の割合は、どちらの方向にどのような特性を持たせるかに応じて任意に設定することができる。
また、プリプレグを、炭素繊維が伸びる方向が一方向に揃うように積層するようにしてもよい。この場合、炭素繊維が伸びる方向に対して直交する面は、
図1に示すCFRP部材10とは異なり、側方の対向する二面のみとなるが、この面上に基準層12を形成するようにしてもよい。
【0044】
また、上記実施形態においては、CFRP部材10が直方体形状である場合について説明したが、CFRP部材10の形状は上記に限定されない。例えば、CFRP部材10は、円柱形状などの任意の形状であってよい。さらに、基準層12は平面層に限定されない。例えば、CFRP部材10が円柱形状である場合、円柱の側面に基準層12を形成してもよい。
【0045】
また、上記実施形態においては、炭素繊維が伸びる方向に対して直交する面上に基準層12を形成する場合について説明したが、炭素繊維が伸びる方向に対して傾斜する面上に基準層12を形成してもよい。基準層12が、炭素繊維が伸びる方向に対して交差する面上に形成されていれば、基準層12が、炭素繊維が伸びる方向に対して平行な面(フラットワイズ面)上に形成されている場合と比較して、温度変化に起因する、基準層12の表面(基準面)の変動を抑制する効果が得られる。
ただし、炭素繊維に対する法線面が最も安定する(表面変動を抑制できる)面であるため、基準面12は、炭素繊維が伸びる方向に対して直交する面上に形成することが好ましい。
【0046】
さらに、上記実施形態においては、基準層12がエッジワイズ面10a上に一様に形成されている場合について説明したが、用途に応じて基準層12に溝を形成したり、隙間を介して複数の基準層12を形成したりしてもよい。
【符号の説明】
【0047】
10…炭素繊維強化プラスチック部材(CFRP部材)、10a…エッジワイズ面、10b…フラットワイズ面、11…プリプレグ、12…基準層、13…接着層、20…炭素繊維強化プラスチック構造体(CFRP構造体)、30…レーザ測長器、31…レーザ発振器、32…受光器、33…制御部、20A,20B…直角定規