(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】物体検知装置
(51)【国際特許分類】
G01S 15/34 20060101AFI20240220BHJP
G01S 7/524 20060101ALI20240220BHJP
G01S 7/526 20060101ALI20240220BHJP
【FI】
G01S15/34
G01S7/524 R
G01S7/526 J
(21)【出願番号】P 2020200543
(22)【出願日】2020-12-02
【審査請求日】2023-06-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小山 優
(72)【発明者】
【氏名】上月 康平
【審査官】藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-261883(JP,A)
【文献】特開2020-106392(JP,A)
【文献】特開2020-076716(JP,A)
【文献】特開2014-238362(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第3438693(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 7/00- 7/64
G01S 13/00-17/95
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体検知装置であって、
周波数変調により符号化された超音波を送信するとともに、超音波を受信して受信信号を出力する送受信部(4)と、
前記受信信号の直交検波によって複素受信信号を生成して出力する第1直交検波部(61)と、
参照信号の直交検波によって複素参照信号を生成して出力する第2直交検波部(71)と、
前記複素受信信号と前記複素参照信号との相関検出を行って相関信号を出力する相関フィルタ(62)と、
前記相関信号に基づいて前記受信信号に含まれる符号を判定する符号判定部(8)と、を備える物体検知装置。
【請求項2】
前記複素参照信号を振幅が一定となるように正規化する第1正規化部(72)を備え、
前記相関フィルタは、前記複素受信信号と、前記第1正規化部によって正規化された前記複素参照信号との相関検出を行う請求項1に記載の物体検知装置。
【請求項3】
前記複素受信信号を振幅が一定となるように正規化する第2正規化部(63)を備え、
前記相関フィルタは、前記第2正規化部によって正規化された前記複素受信信号と、前記第1正規化部によって正規化された複素参照信号との相関検出を行う請求項2に記載の物体検知装置。
【請求項4】
前記相関信号を補正する補正部(64)を備え、
前記第2正規化部は、前記複素受信信号を元の振幅で除算して正規化し、
前記補正部は、前記複素受信信号が正規化される前の振幅を前記相関信号に乗算して前記相関信号を補正し、
前記符号判定部は、前記補正部によって補正された前記相関信号に基づいて前記受信信号に含まれる符号を判定する請求項3に記載の物体検知装置。
【請求項5】
前記複素受信信号の位相を回転させる第1位相回転部(65)と、
前記複素参照信号の位相を回転させる第2位相回転部(73)と、を備え、
前記相関フィルタは、前記第1位相回転部によって位相回転された前記複素受信信号と、前記第2位相回転部によって位相回転された前記複素参照信号との相関検出を行う請求項1ないし4のいずれか1つに記載の物体検知装置。
【請求項6】
前記第1位相回転部は、正規化された前記複素受信信号の位相を回転させる請求項5に記載の物体検知装置。
【請求項7】
前記第2位相回転部は、正規化された前記複素参照信号の位相を回転させる請求項5または6に記載の物体検知装置。
【請求項8】
前記第1位相回転部および前記第2位相回転部は、所定の条件によって位相回転量を変化させる請求項5ないし7のいずれか1つに記載の物体検知装置。
【請求項9】
前記第1直交検波部は、前記複素受信信号をダウンサンプリングして出力し、
前記第2直交検波部は、前記複素参照信号をダウンサンプリングして出力する請求項1ないし8のいずれか1つに記載の物体検知装置。
【請求項10】
前記送受信部から送信される超音波の周波数、および、前記参照信号の周波数は、前記送受信部の共振周波数とは異なる周波数とされている請求項1ないし9のいずれか1つに記載の物体検知装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体検知装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超音波センサによる障害物の検知について、送信波の周波数を変化させて符号化し、マッチドフィルタによって得られた受信信号と参照信号との相関出力に基づいて符号を判定する技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
受信信号と参照信号との相関検出は必要な計算量が多いため、このような相関検出を用いる物体検知装置では回路規模が大きくなりやすい。
【0005】
本発明は上記点に鑑みて、物体検知装置において計算量を低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、物体検知装置であって、周波数変調により符号化された超音波を送信するとともに、超音波を受信して受信信号を出力する送受信部(4)と、受信信号の直交検波によって複素受信信号を生成して出力する第1直交検波部(61)と、参照信号の直交検波によって複素参照信号を生成して出力する第2直交検波部(71)と、複素受信信号と複素参照信号との相関検出を行って相関信号を出力する相関フィルタ(62)と、相関信号に基づいて受信信号に含まれる符号を判定する符号判定部(8)と、を備える。
【0007】
このように、受信信号と参照信号を直交検波によって複素信号に変換することで、ベクトル、行列演算で相関を計算することが可能となるため、相関検出の計算量の低減が可能となる。
【0008】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】第1実施形態にかかる物体検知装置のブロック図である。
【
図2】
図1に示すマッチドフィルタ部が備える直交検波部のブロック図である。
【
図3】
図1に示す参照信号処理部が備える直交検波部のブロック図である。
【
図4】
図1に示す相関フィルタのブロック図である。
【
図5】
図4に示すベクトル回転部および加算部のブロック図である。
【
図6】複素受信信号と複素参照信号との位相差を示す図である。
【
図7】複素受信信号のベクトル回転の様子を示す図である。
【
図9】ベクトル回転された信号の加算結果を示す図である。
【
図11】ベクトル回転された信号の加算結果を示す図である。
【
図13】第2実施形態にかかる物体検知装置のブロック図である。
【
図14】
図13に示すマッチドフィルタ部が備える正規化部のブロック図である。
【
図16】探査波の周波数帯域幅と信号幅との関係を示す図である。
【
図17】トランスデューサの送受信感度を示す図である。
【
図20】正規化による周波数帯域の拡大を示す図である。
【
図21】比較例におけるフィルタ出力を示す図である。
【
図22】第2実施形態におけるフィルタ出力を示す図である。
【
図23】第3実施形態にかかる物体検知装置のブロック図である。
【
図24】位相回転による周波数帯域の拡大を示す図である。
【
図25】アップチャープ信号に対応するフィルタ出力を示す図である。
【
図26】ダウンチャープ信号に対応するフィルタ出力を示す図である。
【
図27】比較例におけるフィルタ出力を示す図である。
【
図28】第3実施形態におけるフィルタ出力を示す図である。
【
図29】他の実施形態における探査波の周波数を示す図である。
【
図30】他の実施形態にかかる物体検知装置のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
【0011】
(第1実施形態)
第1実施形態について説明する。
図1に示す本実施形態の物体検知装置1は、不図示の車両に搭載されていて、当該車両の周囲の物体Bを検知するように構成されている。物体検知装置1を搭載する車両を、以下「自車両」と称する。不図示の車両は、例えば、自動車である。
【0012】
物体検知装置1は、超音波センサ2と、超音波センサ2の動作を制御する制御部3とを備えている。超音波センサ2は、超音波である探査波を送信するとともに探査波の物体Bによる反射波を受信することで、物体Bを検知するように構成されている。
【0013】
超音波センサ2は、送受信部4と、駆動信号生成部5と、マッチドフィルタ部6と、参照信号処理部7と、判定部8とを備えている。送受信部4は、送信部40Aと、受信部40Bとを有している。送信部40Aは、探査波を外部に向けて送信可能に設けられている。受信部40Bは、送信部40Aから送信された探査波の物体Bによる反射波を含む超音波を受信可能に設けられている。
【0014】
送受信部4は、トランスデューサ41と、送信回路42と、受信回路43とを備えている。送信部40Aは、トランスデューサ41と送信回路42とによって構成されている。受信部40Bは、トランスデューサ41と受信回路43とによって構成されている。
【0015】
トランスデューサ41は、探査波を外部に向けて送信する送信器としての機能と、反射波を受信する受信器としての機能とを有していて、送信回路42および受信回路43と電気接続されている。すなわち、超音波センサ2は、いわゆる送受信一体型の構成を有している。
【0016】
具体的には、トランスデューサ41は、圧電素子等の電気-機械エネルギー変換素子を内蔵した、超音波マイクロフォンとして構成されている。トランスデューサ41は、探査波を自車両の外部に送信可能および反射波を自車両の外部から受信可能なように、自車両の外表面に面する位置に配置されている。
【0017】
送信回路42は、入力された駆動信号に基づいてトランスデューサ41を駆動することで、トランスデューサ41にて探査波を発信させるように設けられている。具体的には、送信回路42は、デジタル/アナログ変換回路等を有している。すなわち、送信回路42は、駆動信号生成部5から出力された駆動信号に対してデジタル/アナログ変換等の信号処理を施すことで、素子入力信号を生成するように構成されている。素子入力信号は、トランスデューサ41を駆動するための交流電圧信号である。そして、送信回路42は、生成した素子入力信号をトランスデューサ41に印加してトランスデューサ41における電気-機械エネルギー変換素子を励振することで、探査波を発生させるように構成されている。
【0018】
受信回路43は、トランスデューサ41による超音波の受信結果に対応する受信信号を生成してマッチドフィルタ部6に出力するように設けられている。具体的には、受信回路43は、増幅回路およびアナログ/デジタル変換回路等を有している。すなわち、受信回路43は、トランスデューサ41が出力した素子出力信号に対して、増幅およびアナログ/デジタル変換等の信号処理を施すことで、受信波の振幅および周波数に関する情報を含む受信信号を生成するように構成されている。素子出力信号は、超音波の受信により、トランスデューサ41に設けられた電気-機械エネルギー変換素子が発生する交流電圧信号である。
【0019】
後述するように、探査波には、周波数変調により符号化された超音波が含まれる。探査波の周波数変調帯域の中心周波数をfcとして、受信回路43のサンプリング周波数はfcの2倍以上とされる。なお、受信信号のサンプリング周波数は、駆動信号のサンプリング周波数と同じでもよいし、異なっていてもよい。
【0020】
駆動信号生成部5は、駆動信号を生成して送信回路42に出力するように設けられている。駆動信号は、トランスデューサ41を駆動してトランスデューサ41から探査波を発信させるための信号である。
【0021】
駆動信号生成部5は、所定の周波数変調状態を有する探査波における周波数変調状態に対応する駆動信号を生成するようになっている。駆動信号生成部5は、トランスデューサ41の共振周波数を含む範囲において探査波の周波数が掃引されるように駆動信号を生成する。
【0022】
本実施形態では、所定の周波数変調状態は、アップチャープまたはダウンチャープを含む。アップチャープは、時間経過とともに周波数が単調増加するような周波数変調状態である。ダウンチャープは、時間経過とともに周波数が単調減少するような周波数変調状態である。
【0023】
駆動信号生成部5、マッチドフィルタ部6、参照信号処理部7、判定部8は、例えば、前述した駆動信号の生成や、後述する直交検波、相関検出、符号判定、物体検知判定等の機能がプログラムされたDSP(Digital Signal Processor)で構成される。
【0024】
マッチドフィルタ部6は、受信信号を処理し、受信信号と参照信号との相関検出を行うものである。マッチドフィルタ部6は、直交検波部61と、相関フィルタ62とを備えている。直交検波部61は、受信回路43が出力した受信信号を直交検波して複素信号を生成するものであり、第1直交検波部に相当する。
図2に示すように、直交検波部61は、乗算部611と、LPF(ローパスフィルタ)612と、ダウンサンプリング部613とを備えている。
【0025】
乗算部611は、受信回路43の出力した受信信号にsin(2π・fc・t)とcos(2π・fc・t)を乗算して複素信号を生成するものである。ここで、tは時間である。sin(2π・fc・t)とcos(2π・fc・t)の信号は、駆動信号生成部5から乗算部611に入力されるようになっている。乗算部611は、生成した複素信号をLPF612に出力する。
【0026】
LPF612は、乗算部611が出力した複素信号から高周波数成分を除去するものである。LPF612のカットオフ周波数は、制御部3から入力されるようになっており、トランスデューサ41の帯域幅や駆動信号の掃引帯域に基づいて設定される。LPF612によって高周波数成分を除去された複素信号は、ダウンサンプリング部613に入力される。
【0027】
ダウンサンプリング部613は、LPF612の出力信号をダウンサンプリングするものである。ダウンサンプリング部613は、例えば、中心周波数fcの2倍でサンプリングされた信号を中心周波数fcの1倍にダウンサンプリングする。ダウンサンプリング後のサンプリング周波数は、LPF612のカットオフ周波数に応じて、中心周波数fcの1倍よりも低く設定することができる。LPF612により高周波数成分が除去された後なので、受信信号のダウンサンプリングが可能であり、これにより相関フィルタ62の計算量を減らすことができ、回路面積の低減が可能となる。
【0028】
物体検知装置1が送受信部4を複数備え、送信側の送受信部4と受信側の送受信部4との両者が同一の直接波と、両者が互いに異なる間接波とを識別する場合には、アップチャープとダウンチャープの両方について相関計算が必要となる。
【0029】
例えば、2つの送受信部4がそれぞれアップチャープ信号、ダウンチャープ信号を送信した場合には、各送受信部4の受信信号について2つのチャープ信号との相関計算が行われる。そして、アップチャープ信号を送信した一方の送受信部4の受信信号とアップチャープ信号との相関が高ければ、この送受信部4が受信した超音波は直接波であると判定され、ダウンチャープ信号との相関が高ければ、この超音波は間接波であると判定される。また、ダウンチャープ信号を送信した他方の送受信部4の受信信号とダウンチャープ信号との相関が高ければ、この送受信部4が受信した超音波は直接波であると判定され、アップチャープ信号との相関が高ければ、この超音波は間接波であると判定される。
【0030】
このように複数通りの相関計算を行うと、計算量が多くなり、物体検知装置1の回路規模が大きくなりやすい。これに対して、上記のようなダウンサンプリングを行うことで、計算量が低減され、回路規模の縮小が可能となる。ダウンサンプリング部613の出力信号は、相関フィルタ62に入力される。
【0031】
ダウンサンプリング部613から出力される複素信号を、複素受信信号とする。複素受信信号は、ダウンサンプリング部613によってサンプリングされたN個の信号で構成されている。Nは2以上の整数である。複素受信信号を構成するN個の信号を、サンプリングされた順に信号S1~SNとする。
【0032】
相関フィルタ62は、直交検波部61が生成した複素受信信号と、アップチャープおよびダウンチャープそれぞれに対応する参照信号との相関検出を行い、相関信号を出力するものである。相関フィルタ62から出力された相関信号は、判定部8に入力される。相関フィルタ62の詳細については後述する。
【0033】
参照信号処理部7は、駆動信号生成部5から出力された信号を処理してマッチドフィルタ部6に出力するものである。駆動信号生成部5から参照信号処理部7に出力される信号は、送受信部4に入力される駆動信号に用いられるアップチャープとダウンチャープとに対応するものであり、この信号が受信信号の符号を識別するための参照信号とされる。なお、駆動信号生成部5は、アップチャープに対応する参照信号と、ダウンチャープに対応する参照信号とを参照信号処理部7に出力する。マッチドフィルタ部6では、参照信号処理部7によって処理された参照信号が相関検出に用いられる。
図1に示すように、参照信号処理部7は、直交検波部71を備えている。
【0034】
直交検波部71は、駆動信号生成部5が出力した参照信号を直交検波して複素信号を生成するものであり、第2直交検波部に相当する。
図3に示すように、直交検波部71は、乗算部711と、LPF712と、ダウンサンプリング部713とを備えている。乗算部711、LPF712、ダウンサンプリング部713は、直交検波部61の乗算部611、LPF612、ダウンサンプリング部613と同様の構成とされている。
【0035】
すなわち、乗算部711は、参照信号にsin(2π・fc・t)とcos(2π・fc・t)を乗算して複素信号を生成し、LPF712は、乗算部711が出力した複素信号から高周波数成分を除去する。そして、ダウンサンプリング部713は、LPF712の出力信号をダウンサンプリングする。
【0036】
なお、ダウンサンプリング部713は、ダウンサンプリング後のサンプリング周波数が受信信号と参照信号とで同じになるようにダウンサンプリングを行う。すなわち、例えば、ダウンサンプリング部613で入力信号が中心周波数fcの1倍にダウンサンプリングされる場合には、ダウンサンプリング部713においても、入力信号が中心周波数fcの1倍にダウンサンプリングされる。LPF712によって高周波成分が除去された後なので、参照信号のダウンサンプリングが可能であり、これにより相関フィルタ62の計算量を減らすことができ、回路面積の低減が可能となる。ダウンサンプリング部713の出力信号は、相関フィルタ62に入力される。
【0037】
ダウンサンプリング部713から出力される複素信号を、複素参照信号とする。複素参照信号は、複素受信信号と同様にN個の信号で構成されている。複素参照信号を構成するN個の信号を、サンプリングされた順に信号SR1~SRNとする。相関フィルタ62では、信号S1~SNで構成される複素受信信号と、信号SR1~SRNで構成される複素参照信号との相関検出が行われる。
【0038】
図4に示すように、相関フィルタ62は、アップチャープフィルタ620Aと、ダウンチャープフィルタ620Bとを備えている。アップチャープフィルタ620Aは、アップチャープ信号について複素受信信号と複素参照信号との相関検出を行うものである。ダウンチャープフィルタ620Bは、ダウンチャープ信号について複素受信信号と複素参照信号との相関検出を行うものである。
【0039】
アップチャープフィルタ620Aは、参照信号保持部621と、ベクトル回転部622と、加算部623と、振幅変換部624とを備えている。
【0040】
アップチャープフィルタ620Aには、参照信号処理部7から、アップチャープに対応する参照信号の直交検波によって生成された複素参照信号が入力されるようになっている。参照信号保持部621は、参照信号処理部7から入力された複素参照信号を保持して出力するものであり、複素参照信号を構成する複数の信号を個別に出力する構成となっている。具体的には、参照信号保持部621は、ダウンサンプリング部713から出力された信号SR1~SRNを個別に出力する。
【0041】
ベクトル回転部622は、入力された信号のベクトル回転を行うものである。
図5に示すように、ベクトル回転部622は、行列変換部625と、受信信号保持部626と、乗算部627とを備えている。
【0042】
行列変換部625は、参照信号保持部621から出力された信号SR1~SRNを回転行列R1~RNに変換するものである。具体的には、信号SR1の位相をθR1とすると、回転行列R1は、次式のように生成される。
【0043】
【数1】
回転行列R
2~R
Nについても、信号S
R2~S
RNの位相θ
R2~θ
RNを用いて同様に生成される。行列変換部625は、生成した回転行列R
1~R
Nに対応する信号を個別に乗算部627に出力する。
【0044】
受信信号保持部626は、複素受信信号を保持して乗算部627に出力するものである。受信信号保持部626には、直交検波部61から複素受信信号が入力されるようになっており、受信信号保持部626は、入力された信号S1~SNを個別に乗算部627に出力する。
【0045】
乗算部627は、行列変換部625が生成した回転行列R
1~R
Nに信号S
1~S
Nのベクトルを乗算して、受信信号と参照信号との位相差を位相とする信号ΔS
1~ΔS
Nを生成するものである。例えば、
図6に示すように、信号S
1と信号S
R1との位相差をΔθ
1とし、信号S
1の振幅をr
1とすると、
図7に示すように、信号ΔS
1の位相はΔθ
1となり、振幅はr
1となる。なお、
図6、
図7、および、後述する
図8~
図11、
図18、
図19は、信号S
1等を複素平面上に示したものである。信号S
1の実部をI
1、虚部をQ
1とし、信号ΔS
1の実部をI
1’、虚部をQ
1’とすると、I
1’、Q
1’は次式で求められる。
【0046】
【数2】
同様に、信号S
2~S
Nと信号S
R1~S
RNとの位相差をΔθ
2~Δθ
Nとし、信号S
2~S
Nの振幅をr
2~r
Nとすると、信号ΔS
2~ΔS
Nの位相はΔθ
2~Δθ
Nとなり、振幅はr
2~r
Nとなる。信号S
2~S
Nの実部I
2~I
N、虚部Q
2~Q
N、回転行列R
2~R
Nから、信号ΔS
2~ΔS
Nの実部I
2’~I
N’、虚部Q
2’~Q
N’が算出される。乗算部627は、信号ΔS
1~ΔS
Nを個別に加算部623に出力する。
【0047】
図5に示すように、加算部623は、加算信号生成部628と、平均化部629とを備えており、乗算部627から出力された信号ΔS
1~ΔS
Nは、加算信号生成部628に入力される。加算信号生成部628は、入力された信号を加算するものであり、これによって受信信号と参照信号との相関検出が行われる。
【0048】
信号ΔS
1~ΔS
Nを加算すると、受信信号と参照信号との相関が高い場合には振幅が増加し、相関が低い場合には振幅が減少する。例えば、
図7、
図8に示すように、信号ΔS
1、ΔS
2の位相Δθ
1、Δθ
2が揃っていれば、
図9に示すように、信号ΔS
1に信号ΔS
2を加算することで振幅が増加する。一方、
図10に示すように、信号ΔS
2の位相Δθ
2が信号ΔS
1の位相Δθ
1と大きく異なっていれば、
図11に示すように、信号ΔS
1に信号ΔS
2を加算することで振幅が減少する。
【0049】
このように、信号ΔS1~ΔSNを加算すると、加算によって生成された複素信号の振幅は、受信信号と参照信号の相関の高さを表すようになる。加算信号生成部628は、信号ΔS1~ΔSNの加算によって生成された複素信号を平均化部629に出力する。
【0050】
平均化部629は、加算信号生成部628からの出力信号の振幅をNで割って平均化するものである。平均化部629によって平均化された複素信号は、振幅変換部624に出力される。
【0051】
なお、加算部623において、信号ΔS1~ΔSNのうち、所定の条件によって設定された範囲に含まれる信号のみを加算してもよい。例えば、受信信号のうち周波数帯域の両端部の成分はS/Nが低いため、これに対応する部分を参照信号から除くように加算範囲を設定することで、符号判定精度が向上する。
【0052】
振幅変換部624は、平均化部629から入力された複素信号を振幅信号に変換するものである。具体的には、振幅変換部624は、この複素信号の実部と虚部から絶対値を算出し、この絶対値を振幅として出力する。振幅変換部624が生成した振幅信号は、相関信号として判定部8に出力される。
【0053】
図4に示すように、ダウンチャープフィルタ620Bは、アップチャープフィルタ620Aと同様に、参照信号保持部621と、ベクトル回転部622と、加算部623と、振幅変換部624とを備えている。ダウンチャープフィルタ620Bの参照信号保持部621~振幅変換部624は、アップチャープフィルタ620Aの参照信号保持部621~振幅変換部624と同様の構成とされている。ただし、ダウンチャープフィルタ620Bでは、参照信号処理部7から参照信号保持部621にダウンチャープに対応する参照信号の直交検波によって生成された複素参照信号が入力され、複素受信信号と、この複素参照信号との相関検出が行われる。そして、振幅変換部624が生成した振幅信号は、相関信号として判定部8に出力される。
【0054】
判定部8は、マッチドフィルタ部6が出力した相関信号に基づいて受信信号に含まれる符号を判定するものであり、符号判定部に相当する。また、判定部8は、受信信号および符号判定結果に基づいて物体検知判定を行う。判定部8は、アップチャープフィルタ620A、ダウンチャープフィルタ620Bの相関出力に基づいて、アップチャープの相関信号のピークとダウンチャープの相関信号のピークとを算出する。そして、判定部8は、これらを比較して大きい方の符号が受信信号に含まれると判定して物体検知判定を行う。判定部8は、物体検知判定の結果を制御部3に送信する。
【0055】
制御部3は、車載通信回線を介して超音波センサ2と情報通信可能に接続されており、超音波センサ2の送受信動作を制御するように構成されている。制御部3は、いわゆるソナーECUとして設けられていて、図示しないCPU、ROM、RAM、不揮発性リライタブルメモリ、等を有する車載マイクロコンピュータを備えている。ECUはElectronic Control Unitの略である。不揮発性リライタブルメモリは、例えば、EEPROM、フラッシュROM、等である。EEPROMはElectronically Erasable and Programmable Read Only Memoryの略である。
【0056】
物体検知装置1の動作について説明する。物体検知装置1は、
図12に示す処理を含む物体検知処理を繰り返し実行する。物体検知処理では、まず、制御部3から駆動信号生成部5に送信指示が出され、駆動信号生成部5が生成した駆動信号に基づいてトランスデューサ41から探査波が送信される。そして、送受信部4による超音波信号の受信が検出されると、物体検知装置1は、
図12に示す処理を実行し、物体を検知する。
【0057】
まず、ステップS101にて、直交検波部61は、送受信部4から出力された受信信号を直交検波して複素受信信号を生成し、相関フィルタ62に出力する。また、直交検波部71は、駆動信号生成部5から出力されたアップチャープ、ダウンチャープに対応する参照信号をそれぞれ直交検波して複素参照信号を生成し、相関フィルタ62に出力する。
【0058】
続くステップS102にて、相関フィルタ62は、直交検波部61から出力された複素受信信号と、アップチャープに対応する複素参照信号との相関検出を行い、相関信号を判定部8に出力する。また、相関フィルタ62は、複素受信信号とダウンチャープに対応する複素参照信号との相関検出を行い、相関信号を判定部8に出力する。
【0059】
続くステップS103にて、判定部8は、相関フィルタ62から出力されたアップチャープの相関信号のピークが、ダウンチャープの相関信号のピークよりも大きいか否かを判定する。アップチャープの相関信号のピークがダウンチャープの相関信号のピークよりも大きいと判定すると、判定部8は、ステップS104にて、受信波にアップチャープが含まれるとの符号判定結果を保存し、この結果に基づいて物体検知判定を行う。アップチャープの相関信号のピークがダウンチャープの相関信号のピーク以下であると判定すると、判定部8は、ステップS105にて、受信波にダウンチャープが含まれるとの符号判定結果を保存し、この結果に基づいて物体検知判定を行う。
【0060】
例えば、判定部8は、探査波を送信してから、送信信号と符号が一致した受信信号の振幅が所定値以上となるまでの時間に基づいて、物体との距離を算出し、算出結果を制御部3に送信する。そして、制御部3は、距離の算出結果と自車両の速度等に基づいて、物体との衝突可能性が高いか否かを判定する。この判定結果に応じて、回避制御や制動制御が行われる。ステップS104、ステップS105の後、物体検知装置1は処理を終了する。
【0061】
本実施形態の効果について説明する。前述したように、本実施形態では、受信信号と参照信号とを直交検波によって複素信号に変換し、複素受信信号と複素参照信号との相関検出によって受信信号に含まれる符号を判定している。このように、受信信号と参照信号とを複素信号に変換することにより、ベクトル、行列演算による相関計算や、ダウンサンプリングが可能になり、相関フィルタ62の計算量を減らすことができ、回路面積の低減が可能となる。
【0062】
(第2実施形態)
第2実施形態について説明する。本実施形態は、第1実施形態に対して複素信号を正規化する構成を追加したものであり、その他については第1実施形態と同様であるため、第1実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0063】
図13に示すように、本実施形態のマッチドフィルタ部6は、直交検波部61、相関フィルタ62に加えて、正規化部63と、補正部64とを備えている。また、参照信号処理部7は、直交検波部71に加えて、正規化部72を備えている。駆動信号生成部5、マッチドフィルタ部6、参照信号処理部7、判定部8は、例えば、前述した駆動信号生成、直交検波、相関検出、符号判定、物体検知判定や、後述する正規化、ディレイ補正、振幅補正等の機能がプログラムされたDSPで構成される。
【0064】
正規化部63は、直交検波部61から出力された複素受信信号を振幅が一定となるように正規化するものであり、第2正規化部に相当する。
図14に示すように、正規化部63は、振幅変換部631と、移動平均フィルタ632と、ベクトル正規化部633とを備えている。直交検波部61から出力された複素受信信号は、振幅変換部631とベクトル正規化部633に入力される。
【0065】
振幅変換部631は、直交検波部61から出力された複素受信信号を振幅に変換するものである。振幅変換部631は、信号S1~SNについて、実部I1~IN、虚部Q1~QNから振幅r1~rNを算出する。すなわち、振幅r1は、r1=√(I1
2+Q1
2)となり、振幅r2~rNについても同様に算出される。振幅変換部631による振幅の算出結果は、移動平均フィルタ632とベクトル正規化部633に入力される。
【0066】
移動平均フィルタ632は、振幅r1~rNの移動平均を算出し、複素受信信号の振幅のエンベロープを生成するものである。移動平均フィルタ632の設定は、制御部3から入力されるようになっている。移動平均フィルタ632が生成した振幅のエンベロープは、補正部64と判定部8に出力される。なお、本実施形態の正規化部63は移動平均フィルタ632を備えているが、正規化部63が移動平均フィルタ632の代わりにLPFを備えていてもよい。また、正規化部63が移動平均フィルタ632を備えず、振幅変換部631の出力がそのまま補正部64と判定部8に出力されてもよい。
【0067】
ベクトル正規化部633は、振幅変換部631から入力された振幅r1~rNに基づいて、直交検波部61から入力された複素受信信号を、位相を保持したまま振幅を正規化して単位ベクトルに変換するものである。具体的には、ベクトル正規化部633は、複素受信信号を元の振幅で除算する。すなわち、信号S1~SNの実部I1~INはI1/r1~IN/rNに変換され、虚部Q1~QNはQ1/r1~QN/rNに変換される。
【0068】
本実施形態では、このように正規化された信号S1~SNが相関フィルタ62に入力される。そして、ベクトル回転部622の乗算部627では、I1~IN、Q1~QNの代わりにI1/r1~IN/rN、Q1/r1~QN/rNが用いられて数式2に示すような演算が行われる。
【0069】
なお、本実施形態では複素受信信号を振幅が1になるように正規化する場合について説明するが、複素受信信号の振幅を、これとは異なる大きさに揃えてもよい。また、後述するように、本実施形態では複素参照信号を振幅が1になるように正規化するが、複素参照信号の振幅を、これとは異なる大きさに揃えてもよい。
【0070】
このように、本実施形態では、正規化部63によって複素受信信号が正規化される。そして、正規化された複素受信信号が相関フィルタ62に入力され、複素参照信号との相関検出が行われる。本実施形態の相関フィルタ62は、相関信号を補正部64に出力する。
【0071】
正規化部72は、直交検波部71から出力された複素参照信号を振幅が一定となるように正規化するものであり、第1正規化部に相当する。正規化部72は、正規化部63の振幅変換部631、ベクトル正規化部633と同様の構成を備えており、正規化部72によって振幅が1になるように正規化された複素参照信号は、相関フィルタ62に出力される。詳細には、相関フィルタ62のアップチャープフィルタ620Aには、正規化部72からアップチャープに対応する正規化された信号SR1~SRNが入力される。また、ダウンチャープフィルタ620Bには、正規化部72からダウンチャープに対応する正規化された信号SR1~SRNが入力される。アップチャープフィルタ620A、ダウンチャープフィルタ620Bでは、正規化された複素受信信号と正規化された複素参照信号との相関検出が行われ、相関信号が出力される。
【0072】
補正部64は、相関フィルタ62から出力された相関信号の振幅等を補正するものである。
図15に示すように、補正部64は、ディレイ補正部641、642と、乗算部643、644とを備えている。ディレイ補正部641、642は、アップチャープフィルタ620A、ダウンチャープフィルタ620Bの出力信号の位相の遅れに対応して、正規化部63から出力された振幅信号の位相を遅らせるものである。ディレイ補正部641、642には、正規化部63の移動平均フィルタ632が生成した振幅信号が入力されるようになっており、ディレイ補正部641、642がディレイ補正した振幅信号は、それぞれ、乗算部643、644に出力される。
【0073】
乗算部643、644は、相関フィルタ62のアップチャープフィルタ620A、ダウンチャープフィルタ620Bが出力した相関信号の振幅に、正規化される前の振幅を乗算し、元の大きさに戻すものである。これにより、判定部8において元の振幅と所定の閾値との比較によって符号判定および物体検知判定を行うことが可能となる。乗算部643、644によって振幅が元の大きさとなった振幅信号は、判定部8に出力される。
【0074】
本実施形態の物体検知処理では、
図12のステップS101にて、直交検波部61が受信信号を複素信号に変換した後、直交検波部61から出力された複素受信信号を正規化部63が正規化して振幅を1にする。また、直交検波部71から出力された複素参照信号を正規化部72が正規化して振幅を1にする。そして、ステップS102にて、相関フィルタ62は、正規化された複素受信信号と正規化された複素参照信号の相関検出を行い、ステップS103にて、判定部8は、この相関検出の結果に基づいて符号判定を行う。
【0075】
本実施形態の効果について説明する。相関フィルタ62の出力の信号幅は、
図16に示すように受信信号の周波数帯域幅に反比例し、周波数帯域幅が広ければフィルタ出力の信号幅は短くなる。なお、
図16は本発明者らが周波数帯域幅を変化させて測定した信号幅を示しており、一点鎖線は、測定結果の近似曲線である。
【0076】
複雑な形状の障害物においては、反射点が複数存在するため、高い符号判定精度を得るにはフィルタ出力の信号幅を短くすることが望ましい。しかしながら、車載センサでトランスデューサに用いられるマイクロフォンは、
図17に示すように、狭帯域の周波数特性を有する。すなわち、このような特性のマイクロフォンをトランスデューサ41に用いた場合、トランスデューサ41の共振周波数をf0とすると、共振周波数f0付近では送受信感度が大きいが、共振周波数f0から離れた周波数では、送受信感度が小さくなる。
【0077】
そのため、例えばfc=f0となるようにチャープ信号を送信すると、中心周波数fcの成分は大きくなるものの、中心周波数fcから離れた周波数の成分が小さくなり、帯域全体のうち中心周波数fc付近の成分しか十分に活用できない。
【0078】
具体的には、複素受信信号を構成する信号S
1~S
Nのうち、共振周波数f0に対応する信号をS
A、共振周波数f0から離れた周波数に対応する信号をS
Bとすると、信号S
A、S
Bの振幅は、例えば
図18に示すようになる。すなわち、信号S
Aの振幅は1よりも大きくなり、信号S
Bの振幅は1よりも小さくなる。
【0079】
図16に示すように、このようなマイクロフォンのハード的限界により、フィルタ出力の信号幅を望ましい値まで短くすることが困難であり、車両やフェンス等の複雑な形状の障害物の検知時に、符号判定を誤るおそれがある。また、
図18に示すように信号S
1~S
Nの周波数による振幅の差が大きいと、相関検出の結果が共振周波数f0付近の振幅に引っ張られ、符号の誤判定が生じるおそれがある。
【0080】
これに対して、本実施形態では、相関検出の前に、直交検波部61が出力した複素受信信号が正規化部63によって正規化される。すなわち、
図19に示すように、信号S
1~S
Nの振幅が1に揃えられる。なお、
図19では、信号S
1~S
Nのうち信号S
A、S
Bのみを示している。これにより、マイクロフォンの周波数特性の影響が低減され、
図20に示すように、受信信号の周波数帯域が広くなり、相関検出後の信号幅が短くなる。また、符号の誤判定を抑制することができる。
【0081】
なお、
図20は、正規化による周波数帯域の変化を示す図である。
図20において、一点鎖線は直交検波部61によって生成された複素受信信号の振幅を示し、実線は正規化部63によって正規化された複素受信信号の振幅を示す。
図20において、f
LPFは、LPF612のカットオフ周波数である。
【0082】
このように、トランスデューサ41の周波数特性によって振幅にばらつきが生じた受信信号を、正規化部63によって正規化することで、マイクロフォンの周波数特性の影響が低減される。
【0083】
例えばフェンス等の複雑な形状の物体に向かって探査波を送信すると、複数の反射波が戻ってくる。このとき、複素受信信号の正規化を行わずに相関検出を行うと、
図21に示すように、一点鎖線で示す元の探査波の振幅信号に比べて、相関出力のピークが低下する。また、例えば反射波検出の閾値を破線で示すように設定すると、信号幅が長くなり、反射波の干渉により分解能が低下する。
【0084】
これに対して、複素受信信号の正規化を行うと、
図22に示すように、相関出力のピークの低下が抑制されるとともに、信号幅が短くなり、反射波の干渉による分解能の低下が抑制される。
【0085】
以上説明したように、本実施形態では、複素受信信号を相関検出の前に正規化することで、トランスデューサ41の周波数特性の影響が低減される。これにより、相関出力のピークの低下が抑制されるとともに、信号幅が短くなり分解能が向上する。また、符号判定精度が向上する。また、複素信号の振幅を1に正規化することで、既知の公式によって演算を簡略化することが可能となる。また、複素参照信号を相関検出の前に正規化することで、トランスデューサ41の周波数特性の影響がさらに低減される。また、複素参照信号の正規化により、複素参照信号を三角関数として扱うことが可能となるため、回転行列への変換が容易になり、計算量をさらに低減することができる。
【0086】
(第3実施形態)
第3実施形態について説明する。本実施形態は、第2実施形態に対して複素信号の位相を回転させる構成を追加したものであり、その他については第2実施形態と同様であるため、第2実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0087】
本実施形態の物体検知装置1は、位相回転によって受信信号の周波数帯域をさらに拡大する構成を備えている。具体的には、
図23に示すように、マッチドフィルタ部6は、直交検波部61、相関フィルタ62、正規化部63、補正部64に加えて、位相回転部65を備えている。また、参照信号処理部7は、直交検波部71、正規化部72に加えて、位相回転部73を備えている。駆動信号生成部5、マッチドフィルタ部6、参照信号処理部7、判定部8は、例えば、前述した駆動信号生成、直交検波、正規化、相関検出、ディレイ補正、振幅補正、符号判定、物体検知判定や、後述する位相回転等の機能がプログラムされたDSPで構成される。
【0088】
位相回転部65は、複素受信信号の位相を回転させるものであり、第1位相回転部に相当する。位相回転部65には、正規化部63によって正規化された複素受信信号が入力されるようになっており、位相回転部65によって位相が回転された複素受信信号は、相関フィルタ62に出力される。
【0089】
位相回転部65は、具体的には、入力された信号を例えば次のように処理する。すなわち、正規化された複素受信信号の実部をI’、虚部をQ’、位相をθとし、I’=cosθ、Q’=sinθ、cos2θ=1-2sin2θ、sin2θ=2sinθcosθを用いて、I’とQ’からcos2θとsin2θを求める。そして、新しい複素受信信号の実部、虚部をそれぞれcos2θ、sin2θとして出力する。
【0090】
位相回転部73は、複素参照信号の位相を回転させるものであり、第2位相回転部に相当する。位相回転部73には、正規化部72によって正規化された複素参照信号が入力されるようになっており、位相回転部73によって位相が回転された複素参照信号は、相関フィルタ62に出力される。位相回転部73においても、位相回転部65と同様に位相回転が行われる。相関フィルタ62は、位相が回転された複素受信信号と、位相が回転された複素参照信号との相関検出を行い、相関信号を出力する。
【0091】
図24は、位相回転による周波数帯域の変化を示す図である。
図24において、一点鎖線は正規化部63によって正規化された複素受信信号の振幅を示し、実線は位相回転部65によって位相回転された複素受信信号の振幅を示す。第2実施形態で説明したように、正規化によって周波数帯域が広くなるが、
図24に示すように、位相回転によって見かけ上の周波数帯域がさらに広くなる。
【0092】
位相回転量は整数倍であり、例えば上記のように2倍とされるが、他の倍率で位相を回転させてもよい。例えば、位相回転部65、73において、2倍の位相回転を2回実行し、cos4θ=1-2sin22θ、sin4θ=2sin2θcos2θのように位相が4倍回転された信号を出力してもよい。
【0093】
また、所定の条件によって位相回転量を変化させてもよい。例えば、倍率が高いほど位相回転後の周波数帯域が広くなるが、ドップラーシフトの影響が大きくなるので、車速の速い直進時には倍率を所定値よりも低くし、車速の遅い後退時には倍率を所定値よりも高くしてもよい。
【0094】
本実施形態の物体検知処理では、
図12のステップS101にて、直交検波部61が受信信号を複素信号に変換し、正規化部63が複素受信信号を正規化した後、位相回転部65が正規化された複素受信信号の位相回転を行う。また、直交検波部71から出力された複素参照信号を正規化部72が正規化した後、位相回転部73が正規化された複素参照信号の位相回転を行う。そして、ステップS102にて、相関フィルタ62は、位相が回転された複素受信信号と位相が回転された複素参照信号の相関検出を行い、ステップS103にて、判定部8は、この相関検出の結果に基づいて符号判定を行う。
【0095】
本実施形態の効果について説明する。
図25、
図26は、本発明者らが行った実験の結果を示す図であり、直径60mmのポールに向かって探査波を送信したときの相関フィルタ62の出力を示している。なお、この実験では、探査波に含まれるチャープ信号よりも周波数変調範囲の狭いチャープ信号を参照信号として用いた。具体的には、探査波の周波数変調範囲の下限をf1、上限をf2とし、参照信号の周波数変調範囲の下限をf3、上限をf4として、f1<f3<f4<f2となるようにf1~f4を設定した。
【0096】
図25は、アップチャープ信号を含む探査波を送信したときのアップチャープフィルタ620Aの出力を示す図であり、
図26は、ダウンチャープ信号を含む探査波を送信したときのダウンチャープフィルタ620Bの出力を示す図である。
図25、
図26において、実線は位相回転を行ったときの相関出力を示し、一点鎖線は位相回転を行わなかったときの相関出力を示し、破線は、反射波検出の閾値を示す。
図25、
図26に示すように、位相回転によって、相関フィルタ62の出力信号の信号幅が短くなっている。
【0097】
図27、
図28は、メッシュフェンスに向かってダウンチャープ信号を含む探査波を送信したときの相関フィルタ62の出力を示す。
図27は、位相回転を行わなかった場合の相関フィルタ62の出力信号の一例であり、
図28は、位相回転を行った場合の相関フィルタ62の出力信号の一例である。
図27、
図28において、実線は、ダウンチャープフィルタ620Bの出力信号を示し、一点鎖線は、アップチャープフィルタ620Aの出力信号を示す。
【0098】
図27では、アップチャープフィルタ620Aの出力ピークがダウンチャープフィルタ620Bの出力ピークよりも大きくなっているため、受信信号にアップチャープ信号が含まれていると誤判定される。一方、
図28では、ダウンチャープフィルタ620Bの出力ピークがアップチャープフィルタ620Aの出力ピークよりも大きくなっているため、受信信号にダウンチャープ信号が含まれていると正しく判定される。
【0099】
位相回転を行わない場合には、上記のように誤判定が生じるおそれがあるが、位相回転を行うことにより、
図28に示すようにアップチャープフィルタ620A、ダウンチャープフィルタ620Bの出力信号の鈍りが減り、誤判定が少なくなる。本発明者らが行った実験では、メッシュフェンスに向かって探査波を送信したときの符号認識率が、位相回転処理の追加によって88%から95%に向上した。
【0100】
以上説明したように、本実施形態では、複素信号の位相回転により、信号幅がさらに短くなり、符号判定精度が向上する。また、複素受信信号と複素参照信号を位相回転の前に正規化しているため、前述したように倍角の公式を用いて位相回転処理を行うことが可能になり、位相回転の計算量を低減することができる。
【0101】
(他の実施形態)
なお、本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した範囲内において適宜変更が可能である。また、上記実施形態において、実施形態を構成する要素は、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。
【0102】
例えば、
図29に示すように、トランスデューサ41の共振周波数f0よりも低い1つの周波数の成分と、共振周波数よりも高い1つの周波数の成分とで探査波および参照信号を構成してもよい。このようにトランスデューサ41の共振周波数f0とは異なる周波数の探査波を用いることで、トランスデューサ41の周波数特性の影響が低減され、物体検知装置1のロバスト性が向上する。なお、
図29では、探査波の周波数が、共振周波数f0よりも低い周波数から高い周波数に変調されているが、共振周波数f0よりも高い周波数から低い周波数に変調してもよい。
【0103】
また、上記第2実施形態では複素受信信号と複素参照信号の両方を正規化したが、複素受信信号を正規化せず、複素参照信号のみを正規化してもよい。また、複素参照信号を正規化せず、複素受信信号のみを正規化してもよい。
【0104】
また、上記第3実施形態において、正規化および位相回転された複素受信信号を元の振幅に戻してから、相関検出を行ってもよい。例えば、
図30に示すように、マッチドフィルタ部6は、振幅乗算部66を備える。振幅乗算部66には、位相回転部65によって位相回転された複素受信信号と、正規化部63で算出された振幅が入力される。そして、振幅乗算部66は、複素受信信号に正規化される前の振幅を乗算して、複素受信信号の振幅を元に戻し、振幅が戻された複素受信信号を相関フィルタ62に出力する。この場合、補正部64による振幅の補正は不要となる。同様に、正規化された複素参照信号を元の振幅に戻してから、相関検出を行ってもよい。
【0105】
また、第1実施形態に対して位相回転部65、73を追加し、直交検波部61、71が出力した複素受信信号および複素参照信号の位相回転を行ってもよい。
【0106】
本開示に記載の駆動信号生成部、マッチドフィルタ部、参照信号処理部、判定部、制御部等及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリーを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の駆動信号生成部、マッチドフィルタ部、参照信号処理部、判定部、制御部等及びその手法は、一つ以上の専用ハードウエア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の駆動信号生成部、マッチドフィルタ部、参照信号処理部、判定部、制御部等及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリーと一つ以上のハードウエア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0107】
4 送受信部
61 直交検波部
62 相関フィルタ
71 直交検波部
8 判定部