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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】べと病抵抗性キャベツ及びその育成方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 5/00 20180101AFI20240220BHJP
   A01H 1/02 20060101ALI20240220BHJP
   A01H 5/10 20180101ALI20240220BHJP
   A01H 6/20 20180101ALI20240220BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20240220BHJP
   C12Q 1/6844 20180101ALI20240220BHJP
   C12Q 1/6895 20180101ALI20240220BHJP
【FI】
A01H5/00 Z ZNA
A01H1/02 Z
A01H5/10
A01H6/20
C12N15/09 Z
C12Q1/6844 Z
C12Q1/6895 Z
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019541052
(86)(22)【出願日】2018-09-11
(86)【国際出願番号】 JP2018033573
(87)【国際公開番号】W WO2019050042
(87)【国際公開日】2019-03-14
【審査請求日】2021-09-06
(31)【優先権主張番号】P 2017173823
(32)【優先日】2017-09-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-22343
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-22344
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】591042403
【氏名又は名称】株式会社サカタのタネ
(74)【代理人】
【識別番号】100094640
【弁理士】
【氏名又は名称】紺野 昭男
(74)【代理人】
【識別番号】100103447
【弁理士】
【氏名又は名称】井波 実
(74)【代理人】
【識別番号】100111730
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 武泰
(74)【代理人】
【識別番号】100180873
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 慶政
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 隆夫
(72)【発明者】
【氏名】泉田 敦
(72)【発明者】
【氏名】平本 哲也
(72)【発明者】
【氏名】竹林 謙二
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第101748211(CN,A)
【文献】VICENTE J. G. et al.,Genetics of resistance to downy mildew in Brassica oleracea and breeding towards durable disease control for UK vegetable production,Plant Pathology,2012年,61,p.600-609
【文献】GIOVANNELLI J. L. et al.,Development of Sequence Characterized Amplified Region Markers Linked to Downy Mildew Resistance in Broccoli,J. Amer. Soc. Hort. Sci.,2002年,127(4),p.597-601
【文献】埼玉農総研,花蕾に発症するブロッコリーべと病の総合防除,平成19年度「関東東海北陸農業」研究成果情報,2007年,[Retrieved on 2018.11.16],www.naro.affrc.go.jp/org/narc/seika/kanto19/12/19_12_09.html,Retrieved from the Internet
【文献】峯岸 直子 他,花蕾に発症するブロッコリーべと病の防除,植物防疫,2009年,第63巻 第2号,p.21-25
【文献】MALIN CARLSSON et al.,Screening and evaluation of resistance to downy mildew (Peronospora parasitica) and clubroot (Plasmodiophora brassicae) in genetic resources of Brassica oleracea,Hereditas,2004年,Vol.141,pp.293-300
【文献】THOMAS C. E. et al.,Resistance to Race 2 of Peronospora parasitica in U.S. Plant Introductions of Brassica oleracea var. capitata,HORTSCIENCE,1992年,27(10),p.1120-1122
【文献】SATOU M. et al.,The Host Range of Downy Mildew, Peronospora parasitica, from Brassica oleracea, Cabbage and Broccoli Crops,Ann. Phytopathol. Soc. Jpn.,1996年,62,p.393-396
【文献】FARINHO M. et al.,Mapping of a locus for adult plant resistance to downy mildew in broccoli (Brassica oleracea convar. italica),Theor. Appl. Genet.,2004年,109,p.1392-1398
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1~配列番号7のいずれか1以上で示される遺伝子座の近傍に座乗するべと病抵抗性遺伝子を有する、べと病抵抗性キャベツ、または前記遺伝子を有するその後代であって、
前記べと病抵抗性遺伝子が、受託番号FERM BP-22343で特定されるブロッコリー品種に見出されるものであるか、または受託番号FERM BP-22344で特定されるキャベツ品種に見出されるものである、べと病抵抗性キャベツ、または前記遺伝子を有するその後代
【請求項2】
配列番号8~配列番号21に示される塩基配列を有するプライマーのいずれか1以上で検出可能なべと病抵抗性遺伝子を有する、請求項1に記載のべと病抵抗性キャベツ、またはその後代。
【請求項3】
べと病が、Hyaloperonospora brassicaeにより引き起こされる病害である、請求項1又は2に記載のべと病抵抗性キャベツ、またはその後代。
【請求項4】
請求項1~のいずれか一項に記載のキャベツまたはその後代の種子。
【請求項5】
受託番号FERM BP-22344で特定される、べと病に対する抵抗性を有する雑種第一代キャベツ、またはそのキャベツの種子。
【請求項6】
べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物から、配列番号1~配列番号7のいずれか1以上で示される遺伝子座の近傍に座乗するべと病抵抗性遺伝子によるべと病抵抗性を、所望のキャベツに導入することを含む、べと病抵抗性キャベツの育成方法であって、
前記べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物が、受託番号FERM BP-22343で特定されるブロッコリー品種であるか、または受託番号FERM BP-22344で特定されるキャベツ品種である、べと病抵抗性キャベツの育成方法
【請求項7】
べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物が、キャベツ以外のブラシカ・オレラセア植物である、請求項に記載のべと病抵抗性キャベツの育成方法。
【請求項8】
べと病抵抗性の所望のキャベツへの導入を、該キャベツを連続戻し交雑することにより行う、請求項6または7に記載の育成方法。
【請求項9】
配列番号1~配列番号7で示したDNA配列のいずれか1以上、または該DNA配列を増幅しうる1以上のプライマーもしくはプライマー対を用いて、べと病抵抗性遺伝子の存在を検定することを含む、請求項のいずれか一項に記載の育成方法。
【請求項10】
前記プライマーが、配列番号8~配列番号21のいずれか1以上で示されるものである、請求項に記載の育成方法。
【請求項11】
配列番号8~配列番号21に示される塩基配列を有するプライマーのいずれか1以上を用いて、べと病抵抗性遺伝子の存在を検定することを含む、請求項のいずれか一項に記載の育成方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の参照】
【0001】
本願は、先行する日本国特許出願である特願2017-173823号(出願日:2017年9月11日)に基づくものであって、その優先権の利益を主張するものであり、その開示内容全体は参照することによりここに組み込まれる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、べと病抵抗性を付与したキャベツ及びその育成方法に関する。詳しくは、本発明は、配列番号1~配列番号7で示される遺伝子座の近傍領域に座乗するべと病抵抗性遺伝子を有するキャベツ、及びその育成方法に関する。
【背景技術】
【0003】
アブラナ科作物におけるべと病(Downy mildew)は、糸状菌の一種であるHyaloperonospora brassicaeにより引き起こされる病害であり、キャベツ、メキャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、コールラビー等をはじめとするブラシカ・オレラセア(Brassica oleracea)種、ハクサイ、カブ、コマツナ等のブラシカ・ラパ(Brassica rapa)種、及び、ナタネ等のブラシカ・ナプス(Brassica napus)種など、多くの作物に対して被害をもたらす。
【0004】
この病害の症状は、主に葉で見られ、黄色から淡褐色の境界不明瞭な病斑が形成され、次第に拡大し、やがて葉は枯れ落ちてしまうため、生育に悪影響を及ぼす(図1)。また、ブロッコリーやカリフラワーの花蕾や、カブやダイコンの根部に感染すると、組織内外に褐色または黒色の変色を引き起こし、商品価値を著しく低下させる。特に湿度の高い環境では病気の広がりが早く大きな被害に発展するため、通常は殺菌剤等の薬剤による防除が行われている。
【0005】
ブラシカ・オレラセアの中で最も重要な作物の一つであるキャベツ(B. oleracea var. capitata)には、様々な品種群が存在し、世界各国で、その土壌や気候にあった品種が栽培されている。
【0006】
しかしながら、キャベツには、べと病に対して、遺伝様式が不明で量的因子によると推察される中程度の抵抗性を示す系統は存在していたものの、単因子優性の抵抗性因子によるべと病抵抗性品種の存在は知られていなかった。
このため、べと病が多発する地域では、病害を低減させるために薬剤による防除を行う必要があり、そのために多大な労力やコストが費やされていた。このため、抵抗性育種素材の開発、及び抵抗性品種の開発が望まれていた。
【0007】
ところが、このような強い要望があったにもかかわらず、キャベツにおいてべと病抵抗性の品種は、本発明者等の知る限りこれまで作出されてこなかった。これは、キャベツの遺伝資源の中に、有用なべと病抵抗性の因子が存在しなかったことによると考えられる。
【0008】
一方で、キャベツの近縁種であるブロッコリー(B. oleracea var. italica)については、べと病の抵抗性因子の遺伝解析に関して複数報告されている(例えば、J.Amer Soc Hort Sci (2001) vol126 p727(非特許文献1)、Euphytica (2002) vol128 p405(非特許文献2)、及びEuphytica (2003) vol131 p65(非特許文献3))。
【0009】
しかしながら、これらのブロッコリーにおける抵抗性因子は、これまで、キャベツの育種に利用されてこなかった。これは、キャベツとブロッコリーの両者の形態的特徴がかけ離れていることによると考えられる。ブロッコリーはキャベツと同じブラシカ・オレラセア種であるため交配可能ではあるが、キャベツの側から見ると不要な形質を多々有しているため、育種素材としては非常に扱い難いものであったからである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】M. Wang et al., J.Amer Soc Hort Sci (2001) vol.126 pp727-, "Inheritance of True Leaf Stage Downy Mildew Resistance in Broccoli"
【文献】M. W. Farnham et al., Euphytica (2002) vol.128 pp405-, "A single dominant gene for downy mildew resistance in broccoli".
【文献】P. S. Coelho et al., Euphytica (2003) vol.131 pp65-, "Inheritance of downy mildew resistance in mature broccoli plants"
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、べと病に対する優れた抵抗性を有する新規キャベツ及びそのようなキャベツの育成方法を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは今般、べと病抵抗性因子に連鎖するマーカーを開発し、それを利用することによって、ブロッコリーとキャベツの組み合わせから、べと病抵抗性因子を有しつつ、キャベツとして高い商品価値を有する系統を育成することに成功した。
【0013】
本発明者等によるブロッコリーとキャベツの交配により得られたブラシカ・オレラセア植物は、雑種当代や戻し交配第一代では野生種のような姿をしていた。本発明者らはその後、べと病抵抗性に連鎖したマーカーの選抜、及び、ゲノムワイドなマーカーの適用により、べと病とは無関係なゲノム領域をキャベツ型の遺伝子型に置き換えるための戻し交配を繰り返すことによって、べと病に対して高い抵抗性を示すキャベツを育成することに成功した。
【0014】
すなわち、本発明者らは、幅広いレースに対応したべと病抵抗性を有するブロッコリー系統を見出し、且つ、その系統が有するべと病抵抗性因子に連鎖するマーカーを開発し、それらを利用することによって、産業的利用価値の高いキャベツ系統が育成できることを証明した。本発明により提供されるべと病抵抗性のキャベツ、若しくはべと病抵抗性キャベツの育成方法を利用することで、従来、べと病に対して感受性であったキャベツにべと病抵抗性を付与することが可能となる。
【0015】
本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0016】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
【0017】
<1> べと病に対する抵抗性を有するキャベツ、またはその後代。
【0018】
<2> 配列番号1~配列番号7のいずれか1以上で示される遺伝子座の近傍に座乗するべと病抵抗性遺伝子を有する、前記<1>のべと病抵抗性キャベツ、またはその後代。
【0019】
<3> 配列番号8~配列番号21に示される塩基配列を有するプライマーのいずれか1以上で検出可能なべと病抵抗性遺伝子を有する、前記<1>または<2>のべと病抵抗性キャベツ、またはその後代。
【0020】
<4> べと病が、Hyaloperonospora brassicaeにより引き起こされる病害である、前記<1>~<3>のいずれかのべと病抵抗性キャベツ、またはその後代。
【0021】
<5> べと病抵抗性遺伝子が、受託番号FERM BP-22343で特定されるブロッコリー品種に見出されるものである、前記<1>~<4>のいずれかのべと病抵抗性キャベツ、またはその後代。
【0022】
<6> べと病抵抗性遺伝子が、受託番号FERM BP-22344で特定されるキャベツ品種に見出されるものである、前記<1>~<4>のいずれかのべと病抵抗性キャベツ、またはその後代。
【0023】
<7> 前記<1>~<6>のいずれかのキャベツまたはその後代の植物体の一部。
<8> 前記<1>~<6>のいずれかのキャベツまたはその後代の種子。
【0024】
<9> 受託番号FERM BP-22344で特定される、べと病に対する抵抗性を有する雑種第一代キャベツもしくはその一部、またはそのキャベツの種子。
【0025】
<10> べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物から、べと病抵抗性を、所望のキャベツに導入することを含む、べと病抵抗性キャベツの育成方法。
【0026】
<11> べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物から、配列番号1~配列番号7のいずれか1以上で示される遺伝子座の近傍に座乗するべと病抵抗性遺伝子によるべと病抵抗性を、所望のキャベツに導入することを含む、べと病抵抗性キャベツの育成方法。
【0027】
<12> べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物が、キャベツ以外のブラシカ・オレラセア植物である、前記<10>または<11>のべと病抵抗性キャベツの育成方法。
【0028】
<13> べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物が、受託番号FERM BP-22343で特定されるブロッコリー品種である、前記<10>~<12>のいずれかの育成方法。
【0029】
<14> べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物が受託番号FERM BP-22344で特定されるキャベツ品種である、前記<10>または<11>の育成方法。
【0030】
<15> べと病抵抗性の所望のキャベツへの導入を、該キャベツを連続戻し交雑することにより行う、前記<10>~<14>のいずれかの育成方法。
【0031】
<16> 配列番号1~配列番号7で示したDNA配列のいずれか1以上、または該DNA配列を増幅しうる1以上のプライマーもしくはプライマー対を用いて、べと病抵抗性遺伝子の存在を検定することを含む、前記<10>~<15>のいずれかの育成方法。
【0032】
<17> 前記プライマーが、配列番号8~配列番号21のいずれか1以上で示されるものである、前記<16>の育成方法。
【0033】
<19> 配列番号1~配列番号7に示される塩基配列のいずれか1つを有する、ブラシカ・オレラセア植物におけるべと病抵抗性遺伝子座を検出可能なマーカー。
【0034】
<20> 配列番号8~配列番号21に示される塩基配列を有するプライマーをいずれか1以上含む、ブラシカ・オレラセア植物におけるべと病抵抗性遺伝子座を検出可能なプライマーセット。
【0035】
<21> 配列番号1~配列番号7に示される塩基配列を有するマーカーのいずれか1以上、または、配列番号8~配列番号21に示される塩基配列を有するプライマーのいずれか1以上を用いることを含む、ブラシカ・オレラセア植物におけるべと病抵抗性の検出方法。
【発明の効果】
【0036】
本発明のべと病抵抗性キャベツは、Hyaloperonospora brassicaeにより引き起こされるべと病に対して優れた抵抗性を有する。また、本発明によるべと病抵抗性キャベツを材料とすることにより、新規のべと病抵抗性キャベツ系統のさらなる育成が可能となる。さらに、本発明によるべと病抵抗性に連鎖したマーカーを利用することにより、接種試験を実施しなくても、べと病抵抗性の検出または選抜が可能となる。本発明に従い育成されたキャベツ系統を栽培することによって、べと病の発生により栽培が困難とされた地域でのキャベツ栽培が可能となり、従来必要とされた栽培における薬剤散布の労力やコストを削減することができる。また、本発明によるべと病抵抗性のキャベツにより、薬剤散布回数を抑えた青果物を出荷することが可能となり、さらに、病害の発生率を抑えることが可能となるため、秀品率の高い青果物を収穫することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】べと病接種試験による病徴(左側は感受性系統、右側は抵抗性系統)を示す。図中、左の感受性系統では、葉の表面に黄色から褐色の病斑が形成されている様子を観察することができる。
図2】べと病抵抗性因子近傍に連鎖したDNAマーカーの電気泳動図を示す(実施例2)。
図3】べと病抵抗性因子近傍の連鎖地図を示す(実施例3)。
図4】実施例5の圃場試作における発病評点の目安を示す。
図5】本発明(実施例5)により育成されたキャベツ系統の圃場試作結果を示す。「CB-20」(元の親系統)と、べと病抵抗性因子を導入したアイソジェニック・ライン(isogenic line)の様子を示す。
図6】本発明(実施例5)により育成された3系統のキャベツ系統の圃場試作結果を示す。
図7】本発明により育成されたキャベツ親系統「DMR-CB-20」を使用した雑種第1代(F1)品種の試作結果を示す(実施例6)。
図8-1】図8はマーカー(DMTLR-1~DMTLR-7)の塩基配列を示す。
図8-2】図8はマーカー(DMTLR-1~DMTLR-7)の塩基配列を示す。
図8-3】図8はマーカー(DMTLR-1~DMTLR-7)の塩基配列を示す。
図8-4】図8はマーカー(DMTLR-1~DMTLR-7)の塩基配列を示す。
図8-5】図8はマーカー(DMTLR-1~DMTLR-7)の塩基配列を示す。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0039】
べと病抵抗性キャベツ
本発明は、前記したように、べと病に対する抵抗性を有するキャベツ(べと病抵抗性キャベツ)、またはその後代に関する。
【0040】
本明細書において「後代」とは、本発明によるべと病抵抗性キャベツと、該植物と交配可能なブラシカ・オレラセア植物とを交配させて得られる交雑種も包含される。したがって、「後代」には、例えば、本発明によるべと病抵抗性キャベツを花粉親(雄親)とし、該植物と交配可能なブラシカ・オレラセア植物を種子親(雌親)として交配することによって得られるものも含まれる。また、「後代」には、例えば本発明によるべと病抵抗性キャベツと、該キャベツと融合可能な植物との細胞融合による植物や、種属間交雑植物も含まれる。
【0041】
またここで、「ブラシカ・オレラセア植物」とは、アブラナ科の植物であって、ブラシカ属植物のブラシカ・オレラセア種の植物を意味し、ここには、B. oleracea var. capitata (キャベツ)、B. oleracea var. italica (ブロッコリー)、B. oleracea var. botrytis (カリフラワー)、B. oleracea var. gemmifera (メキャベツ)、B. oleracea var. gongyloides (コールラビー)、B. oleracea var. acephara (ハボタン、ケール)、およびB. oleracea var. albograbra (カイラン)等が包含される。
【0042】
ここで「キャベツ」とは、ブラシカ・オレラセア種に属する植物種であって、B. oleracea var. capitataに分類される植物種である。
【0043】
本明細書において「べと病」とは、卵菌のうちPeronosporaceae科に属する菌による病害、好ましくはHyaloperonospora brassicaeによる病害を意味する。したがって、ここでいうべと病に対する抵抗性とは、このような菌による病害に対する抵抗性を意味する。
【0044】
よって、本発明によるべと病抵抗性のキャベツは、べと病菌(好ましくは、Hyaloperonospora brassicae)に対する抵抗性を示し、単因子優性的な発現を示すものである。当該植物を材料とすることによって、べと病抵抗性を有した新規キャベツ親系統の育成が可能となる。
ここで「親系統」とは、交雑品種を作製するために育成された系統であり、通常は表現型が相違する2種類以上の親系統を材料として、これらを掛け合わせた交雑品種を作製する。
【0045】
したがって、本発明における「べと病抵抗性」は、べと病菌Hyaloperonospora brassicaeに対する抵抗性を意味し、より具体的には、配列番号1~配列番号7の近傍に座乗する因子に基づくものである。
すなわち、本発明の好ましい態様によれば、本発明によるべと病抵抗性キャベツまたはその後代は、配列番号1~配列番号7のいずれか1以上で示される遺伝子座の近傍に座乗するべと病抵抗性遺伝子を有する。
【0046】
ここで、「配列番号1~配列番号7のいずれか1以上で示される」には、配列番号1~配列番号7で示される塩基配列が、一定の配列同一性の範囲内であるか、または部分的な変異を有する範囲のものとなっている場合を包含する。配列番号1~配列番号7のそれ自体と同等に扱いうる範囲の配列については、当業者であれば容易に理解し得るものである。
したがって、例えば、「配列番号1~配列番号7のいずれか1以上で示される」は、以下の(a)~(c)の塩基配列のいずれか1以上で示される場合も包含する意味で使用される。
(a) 配列番号1~配列番号7に示される、いずれか1以上の塩基配列、
(b) 配列番号1~配列番号7に示される塩基配列と95%以上の配列同一性を有する、いずれか1以上の塩基配列、および
(c) 配列番号1~配列番号7に示される塩基配列の1個または複数個の塩基が、欠失、置換、挿入、および/または付加された、いずれか1以上の塩基配列。
【0047】
したがって、本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明によるべと病抵抗性キャベツまたはその後代は、前記した(a)~(c)で示されるいずれか1以上の塩基配列で示される遺伝子座の近傍に座乗するべと病抵抗性遺伝子を有する、といえる。
【0048】
ここで前記(b)において、「配列番号1~配列番号7に示される塩基配列と95%以上の配列同一性を有する」とは、配列番号1~配列番号7に示される塩基配列と、BLAST、FASTAなどの相同性検索のための公知のアルゴリズム(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータを使用する)を用いて計算したときに、少なくとも95%、好ましくは少なくとも96%、さらに好ましくは少なくとも97%、さらにより好ましくは98%、特に好ましくは少なくとも99%の配列同一性を有する配列番号を包含する。
【0049】
ここで「配列同一性」とは、例えば2つの塩基(ヌクレオチド)配列をアラインメントしたとき(ただしギャップを導入してもよいしギャップを導入しなくてもよい)、ギャップを含む塩基の総数に対する同一塩基の数の割合(%)を指す。
【0050】
また前記(c)において、「配列番号1~配列番号7に示される塩基配列の1個または複数個の塩基が、欠失、置換、挿入、および/または付加された」とあるところの「複数個」とは、例えば、10個程度であり、好ましくは8個、より好ましくは6個、さらに好ましくは5個、さらにより好ましくは4個、前記より好ましくは3個、前記よりさらに好ましくは2個、特に好ましくは1個である。
【0051】
本発明の一つの好ましい態様によれば、配列番号1~配列番号7はそれぞれ、配列番号22~28であることができる。ここで配列番号22~28は、プライマーに挟まれた配列番号1~7の配列(プライマーの配列も含む)の外側の配列を含むもので、後述する実施例2において本発明者等がはじめて見出したものである。
【0052】
したがって、「配列番号22~28のいずれか1以上で示される」という場合には、これら配列に含まれる配列番号1~7の部分についてのみ、前記した(a)~(c)の塩基配列のいずれか1以上で示されるものを包含する他、配列番号22~28について、以下の(a’)~(c’)の塩基配列のいずれか1以上で示される場合も包含する意味で使用される。
(a’) 配列番号22~配列番号28に示される、いずれか1以上の塩基配列、
(b’) 配列番号22~配列番号28に示される塩基配列と95%以上の配列同一性を有する、いずれか1以上の塩基配列、および
(c’) 配列番号22~配列番号28に示される塩基配列の1個または複数個の塩基が、欠失、置換、挿入、および/または付加された、いずれか1以上の塩基配列。
【0053】
ここで前記(b’)において、「配列番号22~配列番号28に示される塩基配列と95%以上の配列同一性を有する」とは、配列番号22~配列番号28に示される塩基配列と、BLAST、FASTAなどの相同性検索のための公知のアルゴリズム(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータを使用する)を用いて計算したときに、少なくとも95%、好ましくは少なくとも96%、さらに好ましくは少なくとも97%、さらにより好ましくは98%、特に好ましくは少なくとも99%の配列同一性を有する配列番号を包含する。
【0054】
また前記(c’)において、「配列番号22~配列番号28に示される塩基配列の1個または複数個の塩基が、欠失、置換、挿入、および/または付加された」とあるところの「複数個」とは、例えば、10個程度であり、好ましくは8個、より好ましくは6個、さらに好ましくは5個、さらにより好ましくは4個、前記より好ましくは3個、前記よりさらに好ましくは2個、特に好ましくは1個である。
【0055】
また本発明でいう「近傍」とは、マーカーの位置とベと病抵抗性遺伝子との関係、および当業者の通常の知識から、当業者であればどのような程度の距離でありうるか容易に理解可能である。例を挙げれば、分析条件にもよるが、例えば、10cM程度の距離、またはそれ以下(例えば、7cM)でありうる。
【0056】
また、配列番号1~配列番号7で示される塩基配列をマーカーとして使用して、これらから示されうる遺伝子座からその近傍に座乗するべと病抵抗性遺伝子の存在を、推定または確認することができる。
【0057】
したがって、本発明の別の態様によれば、配列番号1~配列番号7に示される塩基配列のいずれか1つを有する、ブラシカ・オレラセア植物におけるべと病抵抗性遺伝子座を検出可能なマーカーが提供される。
また、配列番号1~配列番号7で示したDNA配列のいずれか1以上のマーカーを用いて、べと病抵抗性遺伝子の存在を検定することを含む、ブラシカ・オレラセア植物におけるべと病抵抗性の検出方法も提供される。
【0058】
さらにここで、「配列番号1~配列番号7に示される塩基配列のいずれか1つ」には、べと病抵抗性遺伝子を特定することができる限りにおいて、前記した(a)~(c)で示される塩基配列のいずれか一つをも包含しうる。
【0059】
これらマーカーの検出は、例えば、PCR法、リアルタイムPCR法、RFLP法、LAMP法、SNPsジェノタイピングチップ法等のように、当業者に周知の方法にしたがって実施することができる。
【0060】
以上のように、このようなマーカーおよび検出方法を利用することで、本発明による「配列番号1~配列番号7のいずれか1以上で示される遺伝子座の近傍に座乗するべと病抵抗性遺伝子を有する、べと病抵抗性キャベツ、またはその後代」であるか否かを確認することができる。
【0061】
本発明の好ましい態様によれば、配列番号1~配列番号7で示したDNA配列を増幅可能な1以上のプライマーもしくはプライマー対で検出可能なべと病抵抗性遺伝子を有する。
本発明のより好ましい態様によれば、本発明によるべと病抵抗性キャベツまたはその後代は、配列番号8~配列番号21に示される塩基配列を有するプライマーのいずれか1以上で検出可能なべと病抵抗性遺伝子を有する。なおこれらプライマーは、以下において、「DMTLRマーカー」ということがある。
【0062】
ここで、DNAマーカーが塩基配列を「有する」とは、該マーカーがその塩基配列を有していることをいう。本発明においては、DNAマーカーは、対応する塩基配列内の塩基のいずれかの1又は数個(例えば、1、2もしくは3個、好ましくは1又は2個、より好ましくは1個)が置換、欠失、付加もしくは削除されていてもよいことを意味し、あるいは、対応する塩基配列を一部として含みかつ所定の性質を保持する配列であってもよい。このような場合、「有する」という語は、「含む」に言い換えてもよい。また、1個の塩基の置換、欠失、付加もしくは削除が許容される場合については、「有する」を「から実質的になる」と言い換えても良い。
【0063】
ここでいうべと病抵抗性は、これらの塩基配列8~21で示されるプライマーを用いて、PCRを実施することによって、検出し、確認することができる。
【0064】
したがって、本発明の別の態様によれば、配列番号8~配列番号21に示される塩基配列を有するプライマーをいずれか1以上含む、ブラシカ・オレラセア植物におけるべと病抵抗性遺伝子座を検出可能なプライマーセットが提供される。
【0065】
また、本発明の別の態様によれば、配列番号1~配列番号7に示される塩基配列を有するマーカーのいずれか1以上、または、配列番号8~配列番号21に示される塩基配列を有するプライマーのいずれか1以上を用いることを含む、ブラシカ・オレラセア植物におけるべと病抵抗性を検出する方法が提供される。
これらDNAマーカーを使用すれば、接種試験による選抜を行わなくても、効率的にべと病抵抗性を有する新規キャベツ系統を育成することが可能となる。
【0066】
本発明によるべと病抵抗性キャベツは、次のような特徴を有する。
(1) 具体的には、配列番号1~配列番号7で示したDNA配列をべと病抵抗性遺伝子座近傍に有する植物であり、そのアレルを有することによってべと病抵抗性を示す植物である。
(2) 上記配列を有する系統を交配材料に利用することで、べと病抵抗性を有した新規キャベツ親系統の育成が可能となる。べと病抵抗性の導入に際しては、接種試験による確認も可能であるが、配列番号1~配列番号7に基づいて作製されたDNAマーカーや、公的な情報から当該配列番号1~配列番号7の近傍に位置するDNA配列を選び出し、新たにマーカーを設計して抵抗性植物の選抜に用いてもよい。更に、べと病抵抗性遺伝子座近傍のマーカーを用いることによって、べと病抵抗性遺伝子座に連鎖する非目的形質を切り離した個体を選抜することも可能である。
(3) このようにして開発された本発明のキャベツは、べと病菌Hyaloperonospora brassicaeに対する抵抗性を有しているため、栽培期間中における病害防除のための殺菌剤散布の労力やコストを削減することができる。
【0067】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明によるべと病抵抗性キャベツまたはその後代は、下記のいずれかのものであることができる:
1) べと病抵抗性遺伝子が、受託番号FERM BP-22343で特定されるブロッコリー品種に見出されるものである、べと病抵抗性キャベツ、またはその後代;
2) べと病抵抗性遺伝子が、受託番号FERM BP-22344で特定されるキャベツ品種に見出されるものである、べと病抵抗性キャベツ、またはその後代;および
3) 受託番号FERM BP-22344で特定される、べと病に対する抵抗性を有する雑種第一代キャベツ。
【0068】
ここでべと病抵抗性遺伝子が「見出されるものである」とは、その特定の品種に存在する遺伝子を、べと病抵抗性キャベツ、またはその後代が有していることを意味する。すなわち、べと病抵抗性遺伝子が、受託番号FERM BP-22343で特定されるブロッコリー品種に見出されるものである、べと病抵抗性キャベツ、またはその後代とは、受託番号FERM BP-22343で特定されるブロッコリー品種に見出されるべと病抵抗性遺伝子を有していれば、受託番号FERM BP-22343で特定されるブロッコリー品種に限らず、いずれのものも包含する意味である。
【0069】
本発明の別の態様によれば、本発明は、本発明によるべと病抵抗性キャベツもしくはその後代の植物体の一部、または、それらの種子にも関する。
ここで、「植物体の一部」とは、花、葉、茎、根等の器官もしくはその部分または組織、或いは、これら器官または組織からの細胞、細胞の集合体等を包含する。
【0070】
べと病抵抗性キャベツの育成方法
本発明によるべと病抵抗性キャベツの育成方法は、前記したように、べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物から、べと病抵抗性を、所望のキャベツに導入することを含む。
【0071】
ここで、「べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物」は、べと病、好ましくはHyaloperonospora brassicaeによるべと病に対して、発病や、感染後の病害の進行に対して抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物を意味し、例えば、用意したべと病菌(好ましくはHyaloperonospora brassicae菌)の接種試験を行い、これによる抵抗性を有するか否かで判定し、得ることができる。より好ましくは、この接種試験において、植物が保持する抵抗性の因子が、単因子優性的な発現を示すブラシカ・オレラセア植物である。より具体的には、例えば、後述する実施例1にしたがって接種試験を行い、本発明の育成方法において使用可能な「べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物」であるかを確認することができる。
【0072】
好ましくは、「べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物」は、キャベツ以外のブラシカ・オレラセア植物である。
【0073】
より好ましくは、「べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物」は、受託番号FERM BP-22343で特定されるブロッコリー品種、または、受託番号FERM BP-22344で特定されるキャベツ品種である。
【0074】
また本発明の育成方法において、「べと病抵抗性を、所望のキャベツに導入する」とは、「べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物」が有しているべと病抵抗性の因子を、所望のキャベツに、キャベツがべと病抵抗性を有するようになるように、導入することを意味する。
【0075】
また「所望のキャベツ」とは、べと病抵抗性を有していないキャベツであって、「べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物」と交配が可能である、べと病抵抗性を導入させたいと希望するキャベツを意味する。このようなキャベツは、キャベツとしての有用な形質を有するものである。
【0076】
ここでいう「べと病抵抗性」は、べと病の接種試験のような公知の手段により確認できるものであるが、より詳しくは、配列番号1~配列番号7のいずれか1以上で示される遺伝子座の近傍に座乗するべと病抵抗性遺伝子によるものである。
【0077】
べと病抵抗性の導入は、べと病抵抗性を発現し得る遺伝子を所望のキャベツに導入することを意味する。本発明では、典型的には、このような導入は、「べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物」と、所望のキャベツとを交配させ、得られた交雑後代から、所望のべと病抵抗性を有するものを選抜し、さらに、該キャベツを戻し交配親として戻し交配を行うことによって、行うことができる。
【0078】
交配後に、交雑後代でのべと病抵抗性を確認する手段としては、べと病の接種試験(例えば、実施例1を参照することができる)でもよいが、配列番号1~配列番号7に基づいて作製されたDNAマーカーや、公的な情報から当該配列番号1~配列番号7の近傍に位置するDNA配列を選び出し、新たにマーカーを設計して抵抗性植物の選抜に用いてもよい。このようなマーカーとしては、前記した配列番号1~配列番号7に示される塩基配列のいずれか1つを有するマーカーや、配列番号8~配列番号21に示される塩基配列を有するプライマーが包含される。これらの確認手段は、戻し交配を行う過程でも同様に利用して、べと病抵抗性の後代の選抜を行うことができる。
【0079】
よって、本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明の育成方法において、配列番号1~配列番号7で示したDNA配列のいずれか1以上のマーカー、または該DNA配列を増幅しうる1以上のプライマーもしくはプライマー対を用いて、べと病抵抗性遺伝子の存在を検定することを含む。さらに、より好ましくは、前記プライマーは、配列番号8~配列番号21のいずれか1以上で示されるものである。
【0080】
したがって、本発明の好ましい態様によれば、本発明の育成方法は、べと病抵抗性の所望のキャベツへの導入を、該キャベツを連続戻し交雑することにより行う。より詳しくは、本発明の育成方法は、べと病に対する抵抗性を有するブラシカ・オレラセア植物と、所望のキャベツを交配させ、べと病抵抗性を有する交雑後代を選抜し、さらに所望のキャベツを戻し交配親として、連続戻し交雑することを含む。
【0081】
なお戻し交配を行う際には、一般的には、5~7回程度の戻し交配を行うことが望ましい。
【0082】
効率的な戻し交配を行う場合には、ゲノムワイドなDNAマーカーを用いて早期に戻し交配親に近づけることも可能である。
例えば、戻し交配第一世代(BC1F1)は分離世代であるために個々体が有するゲノム置換率は異なり、集団の規模を拡大すれば、個体によっては90%以上のゲノム領域が戻し親と同じ遺伝子型を示す個体を獲得することも可能である。このような個体を選抜することで、べと病抵抗性の遺伝子座以外の領域を早期に、少ない世代数で戻し親と同じ遺伝子型に揃えることが可能となる。
ゲノムワイドなDNAマーカーとして利用可能な具体的手段として、戻し親のゲノム配列情報を有している場合には、その情報に基づくDNAマーカーを作製して各遺伝子座のジェノタイピングを行ってもよい。
【0083】
また、戻し親のゲノム配列情報が無い場合であっても、RAPD(Random Amplified Polymorphic DNA)法、SRAP(sequence-related amplified polymorphism)法、AFLP(Amplified fragment length polymorphism)法などのランダムPCR法を利用することでによって、分離世代の中から、戻し親に近い遺伝子型を有した個体を選抜することが可能である。その他にも、ゲノム中に散在する多数のSNPsを網羅的に解析できるよう設計されたSNPsジェノタイピングチップ(affymetrix社製品やIllumina社製品等)があれば、そのような手段を用いて解析してもよい。
【0084】
このようにして育成されたべと病抵抗性の系統は、直接的な品種としての利用のみならず、F1採種体系における両親もしくは片親としても利用することができる。
【0085】
したがって、本発明の別の態様によれば、本発明の育成方法により得られたべと病抵抗性の系統を、両親系統または一方の親の系統として用いる、F1系統の作出方法、およびそのようなF1系統種子の採種方法も提供される。
【実施例
【0086】
下記の実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0087】
実施例1:
株式会社サカタのタネが保有するブロッコリーの遺伝資源を材料とし、2種類のべと病菌株(菌株Dm-A、及び菌株Dm-B(このうち、菌株Dm-Bはより多くの品種を侵す))の両方に対して抵抗性を示すブロッコリーを、2系統(「BR-23」、及び「BR-35」)見出した。
【0088】
これらの抵抗性系統が有するべと病抵抗性遺伝子座を同定するため、まず「BR-23」系統を材料に用いて、前記2種類の菌株に対して感受性を示す2系統(「BR-4」、及び「BR-24」)を交配して、表1に示す通りのF2集団及びBC1F1集団を作製した。
なお、世代表示として、F1は雑種第1代を意味し、BC1は、戻し交配を1回行った世代を意味する。すなわち、「BC1F1」とは、雑種第1代を経てさらに戻し交配を1回行った世代を意味する。
【0089】
これら得られた集団に対して多犯性の菌株Dm-Bによる接種試験を実施した。
【0090】
接種試験において、発病の程度(発病度)は、各個体の第1~3本葉について以下の発病評点にしたがって評価した。
0: 無病徴、
1: 褐色病斑を形成、胞子形成はない、
2: 褐色病斑上に僅かな胞子形成、
3: 中程度の胞子形成、
4: 多量の胞子形成。
【0091】
結果は表1に示されるとおりであった。
結果のとおり、F2集団は抵抗性:感受性が3:1に分離した一方、感受性系統を交配したBC1F1集団は1:1に分離した。これらのことから、本病害の抵抗性因子は単因子優性的に働くことが明らかになった。
【0092】
【表1】
【0093】
実施例2:
表1において、抵抗性と感受性の分離が見られたF2集団(Mapping population-1,-2)やBC1F1集団(Mapping population-3,-4)を材料として、Bulked Segregant Analysis法(BSA法)によるRAPDマーカーの検索を行った。
【0094】
RAPDプライマーには、オペロン社が設計した10merのプライマーを1180種類と、BEX社が設計した12merのプライマー460種類を用いた。
バルクDNAには、Mapping population-4の集団より、抵抗性の個体を4個体、感受性の個体を4個体選び、それらのDNAを使用して、抵抗性個体のバルクDNAと、感受性個体のバルクDNAを作製した。
【0095】
RAPDマーカーの1次スクリーニングとして、前述の2種類のバルクDNAに対して1640種類のプライマーによるRAPD(Randomly Amplified Polymorphic DNA)法を実施し、多型を示したマーカーを245種類選抜した。
【0096】
2次スクリーニングでは、Mapping population-4の集団より、抵抗性を示した2個体と、感受性を示した2個体とを選んで、これらをテンプレートに使用して、1次スクリーニングにおいて示した多型と同様なパターンを示したマーカーを36種類選抜した。
【0097】
3次スクリーニングでは、Mapping population-4の集団より、抵抗性を示した4個体と、感受性を示した4個体とを選んで、これらをテンプレートに使用して、2次スクリーニングにおいて示した多型と同様なパターンを示したマーカーを11種類選抜した。
この段階で表現型とマーカーの分離パターンがほぼ一致したものについては、mapping population-1~mapping population-4の全個体に当てて、マーカーと表現型のスコアにどの程度矛盾が生じているのか確認し、表現型と強い相関を持つマーカーを選抜した。
【0098】
上記試験において、べと病抵抗性因子との連鎖が確認された11種類のマーカーのうち7種類のマーカーについて、増幅したDNA断片の塩基配列を解析し、配列特異的なプライマーを設計することによりSCAR(Sequence Characterized Amplified Region)化を試みた。
【0099】
まずRAPDにより増幅したDNA断片をアガロースゲルから切り出し、クローニングした後、塩基配列を解析した。これにより、前記した7種類のマーカー(DMTLR-1~DMTLR-7)の塩基配列を特定した(それぞれ、配列番号1~配列番号7)(図8)。なお配列を特定する際、配列番号22~28の配列がまず特定されており、これら配列はそれぞれSCARプライマーに挟まれた配列番号1~7の配列(SCARプライマーの配列も含む)を有するものであった。図8において下線部で示した配列がSCARプライマーであり、SCARプライマーに挟まれた配列(SCARプライマーを含む)がそれぞれ配列番号1~7に相当する。
【0100】
なおここで、クローニングに際しては、ベクターとしてpBluescriptII SK(-)(Stratagene社より入手)を用い、コンピテントセルにはJM109(E.coli JM109、東洋紡株式会社より入手)を用いた。塩基配列の解析には、DNAシーケンサーABI3130(Applied Biosystems社製)を用いた。
【0101】
塩基配列を解読したマーカーについて、目的配列を特異的に増幅させることができるよう「Primer3」ソフトウェア(ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)用のプライマーの設計支援ソフトウェア、オープンソースソフトウェア)を用いて、プライマーを設計した(配列番号8~21)(表2)。
またこれら各プライマー(マーカー)の電気泳動試験の結果(電気泳動図)を図2に示した。
なお、このようにして開発したマーカーを、本明細書では「DMTLRマーカー」と称する。
【0102】
【表2】
【0103】
実施例3:
実施例2で使用したMapping population-2と同じF2集団を使用して、べと病菌株Dm-Aに対する抵抗性反応についても調査した。
F2集団の規模は240個体とし(mapping population-5とする)、Dm-Aに対する各個体の反応を調査した結果、表3のような分離を示した。なお、菌株Dm-Aによる接種試験については、実施例1の接種試験と同様に実施し評価した。
【0104】
【表3】
【0105】
実施例2で作製したSCARマーカーによる遺伝子型と比較した結果、表現型との高い相関を確認することができた。この結果より、系統「BR-23」が有するべと病抵抗性因子は、単一の遺伝子で2種類の菌株に対して抵抗性反応を示すと推測された。
【0106】
上記解析結果をもとに、マーカーの連鎖関係を解析するためのソフトウェアである「Mapmaker 2.0」(Whitehead Institute)を使用し、当該集団における表現型と各マーカーとの連鎖関係を解析した。
【0107】
結果は、図3の連鎖地図に示される通りであった。
結果のように、配列番号1~7の近傍、特に配列番号4、配列番号5の極近傍に抵抗性因子が座乗すると推測された。
【0108】
実施例4:
実施例2で解析した抵抗性系統「BR-23」とは異なる系統「BR-35」について、系統「BR-23」と同じ抵抗性因子を有しているか否かを確認するため、感受性系統の「BR-13」とのF2分離集団を作製し、菌株Dm-Aによる接種試験を実施した(表4)。なお、菌株Dm-Aによる接種試験については、実施例1の接種試験と同様に実施し評価した。
【0109】
【表4】
【0110】
更に、配列番号8及び9を用いてPCRを実施し、各個体の遺伝子型を調査した結果、当該遺伝子座が抵抗性ホモ型を示した42個体、及びヘテロ型を示した83個体については、全て抵抗性を示した(表5)。
【0111】
【表5】
【0112】
なお表5は、表4のmapping population-6の180個体を、DNAマーカーDMTLR-1の遺伝子型別に分類した結果を示す。
【0113】
このように、マーカーが示す多型と表現型は極めて高い相関を示したことから、2種類のブロッコリーべと病抵抗性系統「BR-23」及び「BR-35」は、同一の抵抗性因子を有しているものと推測された。
【0114】
なお、「BR-35」が有するべと病抵抗性遺伝子は、「BR-35」を片親とするブロッコリーF1品種「沢ゆたか」に見出すことが可能である。
【0115】
前記ブロッコリーF1品種「沢ゆたか」の種子は、2017年8月18日付けで独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に国際寄託(原寄託)されている(寄託者が付した識別のための表示:SSC-BRO-17-001、受託番号:FERM BP-22343)。
【0116】
実施例5:
株式会社サカタのタネが保有するブロッコリーの系統である「BR-23」と「BR-35」を、べと病抵抗性の素材とし、当該抵抗性を導入するキャベツとして4つの品種群(葉深系、寒玉系、春系、ボール系)からそれぞれ各1系統「CB-20」、「CB-35」、「CB-23」、または「CB-97」を選定し、戻し交配親系統として交配試験を行った。
【0117】
戻し交配(BC)を効率的に進めるにあたって、基本的に、開発したDMTLRマーカーによるDNA検定を行い、当該べと病抵抗性遺伝子座がそれぞれヘテロとなった個体を選抜し、表現型を確認しながら「CB-20」、「CB-35」、「CB-23」及び「CB-97」の各キャベツ系統を連続戻し交配した。
【0118】
まず、ブロッコリー系統「BR-23」及び「BR-35」と、キャベツ系統「CB-20」、「CB-35」、「CB-23」及び「CB-97」とを交配してF1を採種し、DMTLRマーカーでのDNA選抜と、連続戻し交配を行った。
戻し交配を効率的に進めるため、20種類のRAPDプライマーによる選抜を行い、それぞれの戻し交配系統において、それぞれの戻し親系統である「CB-20」、「CB-35」、「CB-23」及び「CB-97」に近い遺伝子型を示す個体を選抜した。
その結果、「CB-20」においてはBC2F1世代で、その他の「CB-35」、「CB-23」及び「CB-97」においてはBC3F1世代で、これらのRAPDマーカーがそれぞれの戻し交配親系統と完全に一致する個体を選抜した。
【0119】
また、BC2F1世代またはBC3F1世代において、DMTLRマーカーによって抵抗性と感受性を判別し、それぞれの遺伝子型毎に、それぞれの戻し親系統と共に、サカタのタネ掛川総合研究センター及びサカタのタネ君津育種場のいずれかまたは双方の圃場にて試作した。
【0120】
結果は、表6および図4~7に示した。
【0121】
表6は、キャベツ系統「CB-20」に、べと病抵抗性因子を導入した系統の圃場における試作結果およびべと病の発病程度の評価結果を示す。戻し交配途中の分離世代において、DMTLRマーカーによりべと病抵抗性因子を有すると判定された個体は、ヘテロであっても抵抗性を示し、べと病抵抗性因子を有していないと判定された個体は感受性を示した。また、表現型についても、戻し親系統である葉深系の「CB-20」に極めて近い草姿を示していた。
【0122】
【表6】
【0123】
表6で示した各評点の病徴については、図4に示した。発病評点の目安として、各発病程度は以下の状態を意味する。
発病程度
0:病斑なし、
1:病斑数少、
2:病斑数中程度、
3:病斑数多。
【0124】
また、表6で示した「CB-20」(元の親系統)と、べと病抵抗性因子を導入したisogenic lineの写真は、図5に示した。図のように、元の親系統「CB-20」に対し、べと病抵抗性因子を導入したisogenic lineは、べと病の発病が抑えられた。
【0125】
さらに、その他のキャベツの3系統「CB-35」、「CB-23」及び「CB-97」を戻し交配した系統についても、同様に圃場にて試作調査を行った。
【0126】
結果は図6に示されるとおりであった。
結果に示されるように、抵抗性の遺伝子座を導入した系統は、ヘテロであっても抵抗性が本葉及び玉においても発現し、且つ、寒玉系、春系、ボール系の親系統「CB-35」、「CB-23」及び「CB-97」と同等になったことを確認した。すなわち、図6から分かるように、元の親系統に対し、べと病抵抗性因子を導入したisogenic lineは、べと病の発病が抑えられた。
【0127】
その後、特にべと病に弱い葉深系のキャベツ「CB-20」系統については数回の戻し交配を実施し、掛川総合研究センターの圃場で栽培していた系統の中から20個体を選抜し、べと病抵抗性のホモ接合体を、葯・花粉培養から得て、F1品種の親として実用的な形質を兼ね備えたべと病抵抗性のキャベツ親系統を初めて育成することに成功した。
【0128】
実施例6:
さらに、べと病抵抗性を付与した「DMR-CB-20」(前記で育成されたDMキャベツ系統)を花粉親に、他の有望なキャベツ系統である「CB-5」細胞質雄性不稔系統を種子親として、F1(品種試作名:SK3-005)を作出した。
このF1系統をサカタのタネ君津育種場で継続的に試作し、べと病抵抗性が、安定的に発現していることを確認した。
このようにしてべと病抵抗性F1キャベツ品種の初めての育成に至った。
【0129】
なお、育成されたべと病抵抗性F1キャベツ品種について採種された種子は、2017年8月18日付けで独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に国際寄託(原寄託)されている(寄託者が付した識別のための表示:SSC-CSB-17-001、受託番号:FERM BP-22344)。
【0130】
元のF1品種(元の親系統である「CB-20」を用いて得られたF1品種)と、今回得られた、べと病抵抗性を付与した新規キャベツF1品種(べと病抵抗性導入F1品種)とを比較した。
【0131】
結果は図7に示されるとおりであった。
図7に示されるとおり、べと病抵抗性を付与したF1品種(左写真)は、元のF1品種に比べて、べと病の発病が抑えられた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8-1】
図8-2】
図8-3】
図8-4】
図8-5】
【配列表】
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