(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】エレクトロスラグ溶接用フラックス及びエレクトロスラグ溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/362 20060101AFI20240220BHJP
B23K 35/30 20060101ALN20240220BHJP
【FI】
B23K35/362 B
B23K35/30 320A
(21)【出願番号】P 2020038722
(22)【出願日】2020-03-06
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】石▲崎▼ 圭人
(72)【発明者】
【氏名】北川 良彦
(72)【発明者】
【氏名】杉村 朋子
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 達弥
(72)【発明者】
【氏名】名古 秀徳
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭53-070948(JP,A)
【文献】特開2010-234395(JP,A)
【文献】特開昭60-061195(JP,A)
【文献】特開昭60-111793(JP,A)
【文献】特開2009-202213(JP,A)
【文献】特開2018-075613(JP,A)
【文献】特開平06-285679(JP,A)
【文献】特開昭58-184068(JP,A)
【文献】特開昭58-167096(JP,A)
【文献】韓国公開特許第2001-0055795(KR,A)
【文献】中国特許出願公開第104759787(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/362
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エレクトロスラグ溶接に用いられるエレクトロスラグ溶接用フラックスであって、
塩基性酸化物、両性酸化物、酸性酸化物及びフッ化物を含有し、
前記塩基性酸化物は、フラックス全質量に対し、
CaO:
9.0質量%以上30.0質量%以下を含有し、
前記CaOは、前記塩基性酸化物全質量に対して30質量%以上であり、
前記両性酸化物は、フラックス全質量に対し、
B
2
O
3
:0.001質量%以上2質量%以下を含有し、
前記酸性酸化物は、フラックス全質量に対し、
SiO
2:17質量%以下を含有し、
前記SiO
2は、前記酸性酸化物全質量に対して80質量%以上であり、
前記フッ化物は、フラックス全質量に対し、
CaF
2:
45質量%以上73質量%以下を含有し、
前記CaF
2は、前記フッ化物全質量に対して80質量%以上であるとともに、
フラックス全質量に対する質量%で、前記CaOの含有量を[CaO]、前記SiO
2の含有量を[SiO
2]、前記CaF
2の含有量を[CaF
2]としたとき、
下記式(1)により算出される値が5以上56以下であることを特徴とするエレクトロスラグ溶接用フラックス。
(2×[CaF
2]+[CaO])/[SiO
2] ・・・(1)
【請求項2】
フラックス全質量に対し、
前記塩基性酸化物:10質量%以上40質量%以下、
前記両性酸化物:5質量%以上35質量%以下、
前記酸性酸化物:17質量%以下、を含有し、
前記塩基性酸化物、前記両性酸化物及び前記酸性酸化物からなる全酸化物の合計量は28質量%以上60質量%以下であるとともに、
フラックス全質量に対する質量%で、前記フッ化物の合計量を[Fld]、前記全酸化物の合計量を[Ox]としたとき、
下記式(2)により算出される値が0.5以上2.7以下であることを特徴とする請求項1に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
[Fld]/[Ox] ・・・(2)
【請求項3】
前記塩基性酸化物は、フラックス全質量に対し、
BaO:11質量%以下、
FeO:5質量%以下、
MgO:5質量%以下、
MnO及びMnO
2のいずれか一方又は両方の合計の含有量(MnO換算値):5質量%以下、
K
2O:5質量%以下、
Na
2O:5質量%以下、及び
Li
2O:5質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有し、
前記両性酸化物は、フラックス全質量に対し、
Al
2O
3:35質量%以下、
ZrO
2:5質量%以下、及び
TiO
2:5質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
【請求項4】
フラックス全質量に対する質量%で、前記CaOの含有量を[CaO]、前記BaOの含有量を[BaO]、前記CaF
2の含有量を[CaF
2]、前記Al
2O
3の含有量を[Al
2O
3]としたとき、
下記式(3)により算出される値が0.35以下であることを特徴とする請求項3に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
([CaO]+[BaO])/([CaF
2]+[Al
2O
3]) ・・・(3)
【請求項5】
フラックス全質量に対する質量%で、前記CaOの含有量を[CaO]、前記BaOの含有量を[BaO]、前記CaF
2の含有量を[CaF
2]、前記Al
2O
3の含有量を[Al
2O
3]としたとき、
下記式(4)により算出される値が0.38以上であることを特徴とする請求項3又は4に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
([CaO]+[Al
2O
3]+[BaO])/[CaF
2] ・・・(4)
【請求項6】
前記酸性酸化物は、フラックス全質量に対し、
MoO
3:5質量%以下、
V
2O
5:5質量%以下、及び
P
2O
5:5質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
【請求項7】
溶接ワイヤと、請求項1~
6のいずれか1項に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックスと、を用いて溶接することを特徴とするエレクトロスラグ溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強度が680MPa以上、特に780MPa以上の鋼材に対するエレクトロスラグ溶接に用いられるフラックスであって、高張力鋼、9%Ni鋼、及びクロム鋼等の鋼種にかかわらず、汎用的に適用することができるエレクトロスラグ溶接用フラックスに関する。
【背景技術】
【0002】
建築鉄骨の分野では、近年、構造物形状の大型化、複雑化、大空間の確保等に対する様々な要求が高まっており、ボックス柱にかかる負荷が大きくなっている。ボックス柱は、角鋼管形状に溶接接合されたスキンプレートと、この内部空間を仕切る複数枚のダイアフラムとを、例えば、エレクトロスラグ溶接によって接合することにより製造される構造物であり、高負荷に対する要求を満足するために、高張力鋼板を用いることが一般的である。
しかしながら、エレクトロスラグ溶接は、溶接入熱が過大となる特性上、溶接金属の冷却速度が遅く、溶接金属の強度低下が起こりやすいため、適用する高張力鋼に適した溶接金属の機械的性能を得るのが困難であった。また、このような機械的性能の低下は、高張力鋼板だけではなく、引張強度が680MPa以上となる他の鋼種、例えば9%Ni鋼板等に対しても生じ、特に引張強度が780MPa以上であると機械的性能の低下は顕著となる。
【0003】
上述の課題を解決するため、特許文献1には、780MPa級鋼のエレクトロスラグ溶接に用いられるワイヤに関し、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.10~0.20質量%、Si:0.2~1.0質量%、Mn:1.3~2.5%、Cu:0.1~0.5%、Ni:1.5~2.5%、Cr:0.3~0.7%、Mo:0.3~0.7%、Ti:0.15~0.25%を含有し、Al:0.05%以下であり、F換算値の合計:0.01~0.1%、SiO2換算値の合計:0.01~0.2%、Na2O換算値とK2O換算値の合計:0.02~0.1%を含有することを特徴とすることで、高張力鋼用のエレクトロスラグ溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。上記特許文献1によれば、溶接欠陥がなく、安定した機械的性能を有する溶接金属を得ることができるとされている。
【0004】
また、9%Ni鋼を対象とした特許文献2では、質量%で、C:0質量%超、0.07%以下、Si:0質量%超、0.50質量%以下、Mn:0質量%超~1.0質量%、Ni:6.0~15.0質量%、Fe:79%以上を含有し、かつ式:「0.150≦C+Si/30+Mn/20+Ni/60≦0.300」を満足することを特徴とするエレクトロスラグ溶接用ワイヤ、フラックス及び溶接接手が開示されている。上記特許文献2によれば、入熱量が10kJ/mm以上の高能率であって、強度及び極低温特性等の機械的特性に優れた溶接金属を有する溶接継手を得ることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-170500号公報
【文献】特開2018-43288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述の通り、特許文献1及び特許文献2は、高引張強度の鋼板をエレクトロスラグ溶接する場合に、溶接金属の機械的性能に関する課題を解決したものである。しかしながら、高引張強度の鋼板を用いるエレクトロスラグ溶接においては、課題は機械的性能だけではない。高引張強度の鋼板(以下、母材ともいう)又は溶接材料(以下、溶接ワイヤともいう)は、強度を高めるために種々特有の元素、例えばC、Mo、Ni、Cr等を含む。なお、これらの元素の含有量は、引張強度が高くなるほど多くなる。
また、エレクトロスラグ溶接は、電気溶融溶接法の一種であり、溶接開始直後に溶接ワイヤと母材間で発生するアーク熱によって、フラックスを溶かすことで溶融スラグを生成させる溶接方法である。そして、適当な深さの溶融スラグの層(以下、スラグ浴ともいう)が形成すると、アークが消え、スラグ浴の抵抗発熱によって、溶接ワイヤと母材とが溶融することにより、接合することができる。
【0007】
ここで、母材又は溶接ワイヤ中に引張強度を向上させるための元素が種々存在すると、それらの元素とスラグ浴との反応により、スラグ浴の組成が変化し、これによりスラグ浴の粘性や電気伝導度といった物性が変化する。このスラグ浴の物性が変わると、溶接時にアークが発生することにより、溶接不安定となる他、アンダカット等の溶接欠陥の発生、スラグの剥離性及び焼付き等の外観に関する課題が発生する。
【0008】
上記特許文献1及び特許文献2は、溶接金属の機械的性能を確保するために、溶接ワイヤ及びフラックスの組成を調整しているが、スラグに起因する外観等の課題については考慮されていない。また、本来であれば、溶接の対象とする母材又は溶接ワイヤの鋼種によって、好適なフラックスを使用することが好ましいが、母材及び溶接ワイヤは種類が多く、合金元素の組み合わせは多岐にわたるため、各母材又は溶接ワイヤに適したフラックスを用いるのは現実的ではない。そのため、種々の合金元素を含む鋼板又は溶接ワイヤの種類にかかわらず、汎用的に用いることができるフラックスが要求されている。このようなフラックスについて、上記特許文献1及び特許文献2では考慮されていない。
【0009】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであり、溶接ワイヤ又は母材が種々の合金元素を有するものであっても、溶接が安定し、溶接作業性が優れているとともに、例えば、680MPa以上、特に合金元素を多く含む780MPa以上の高い引張強さを有している場合であっても、スラグ剥離性が良好であり、アンダカット及び焼付き等が発生しない、優れた外観を有する溶接金属を得ることができるエレクトロスラグ溶接用フラックス及びエレクトロスラグ溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、フラックス中に、フッ化物としてCaF2、塩基性酸化物としてCaO、酸性酸化物としてSiO2を含有させることが、スラグ浴の物性を維持するために有効であることを見出した。すなわち、フラックス中の上記化合物の含有量を適切に規定することにより、適切な電気伝導度と粘度を有するスラグ浴を得ることができ、かつ、ワイヤ又は母材から他の成分が入った場合であっても、スラグ浴の物性を維持することができる。本発明は、このような知見に基づいてなされたものである。
【0011】
本発明の上記目的は、エレクトロスラグ溶接用フラックスに係る下記[1]の構成により達成される。
【0012】
[1] エレクトロスラグ溶接に用いられるエレクトロスラグ溶接用フラックスであって、
塩基性酸化物、両性酸化物、酸性酸化物及びフッ化物を含有し、
前記塩基性酸化物は、フラックス全質量に対し、
CaO:5.1質量%以上30.0質量%以下を含有し、
前記CaOは、前記塩基性酸化物全質量に対して30質量%以上であり、
前記酸性酸化物は、フラックス全質量に対し、
SiO2:17質量%以下を含有し、
前記SiO2は、前記酸性酸化物全質量に対して80質量%以上であり、
前記フッ化物は、フラックス全質量に対し、
CaF2:35質量%以上73質量%以下を含有し、
前記CaF2は、前記フッ化物全質量に対して80質量%以上であるとともに、
フラックス全質量に対する質量%で、前記CaOの含有量を[CaO]、前記SiO2の含有量を[SiO2]、前記CaF2の含有量を[CaF2]としたとき、
下記式(1)により算出される値が5以上56以下であることを特徴とするエレクトロスラグ溶接用フラックス。
(2×[CaF2]+[CaO])/[SiO2] ・・・(1)
【0013】
エレクトロスラグ溶接用フラックスに係る本発明の好ましい実施形態は、下記[2]~[7]に関する。
【0014】
[2] フラックス全質量に対し、
前記塩基性酸化物:10質量%以上40質量%以下、
前記両性酸化物:5質量%以上35質量%以下、
前記酸性酸化物:17質量%以下、を含有し、
前記塩基性酸化物、前記両性酸化物及び前記酸性酸化物からなる全酸化物の合計量は28質量%以上60質量%以下であるとともに、
フラックス全質量に対する質量%で、前記フッ化物の合計量を[Fld]、前記全酸化物の合計量を[Ox]としたとき、
下記式(2)により算出される値が0.5以上2.7以下であることを特徴とする[1]に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
[Fld]/[Ox] ・・・(2)
【0015】
[3] 前記塩基性酸化物は、フラックス全質量に対し、
BaO:11質量%以下、
FeO:5質量%以下、
MgO:5質量%以下、
MnO及びMnO2のいずれか一方又は両方の合計の含有量(MnO換算値):5質量%以下、
K2O:5質量%以下、
Na2O:5質量%以下、及び
Li2O:5質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有し、
前記両性酸化物は、フラックス全質量に対し、
Al2O3:35質量%以下、
ZrO2:5質量%以下、及び
TiO2:5質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする[1]又は[2]に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
【0016】
[4] フラックス全質量に対する質量%で、前記CaOの含有量を[CaO]、前記BaOの含有量を[BaO]、前記CaF2の含有量を[CaF2]、前記Al2O3の含有量を[Al2O3]としたとき、
下記式(3)により算出される値が0.35以下であることを特徴とする[3]に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
([CaO]+[BaO])/([CaF2]+[Al2O3]) ・・・(3)
【0017】
[5] フラックス全質量に対する質量%で、前記CaOの含有量を[CaO]、前記BaOの含有量を[BaO]、前記CaF2の含有量を[CaF2]、前記Al2O3の含有量を[Al2O3]としたとき、
下記式(4)により算出される値が0.38以上であることを特徴とする[3]又は[4]に記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
([CaO]+[Al2O3]+[BaO])/[CaF2] ・・・(4)
【0018】
[6] 前記酸性酸化物は、フラックス全質量に対し、
MoO3:5質量%以下、
V2O5:5質量%以下、及び
P2O5:5質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする[1]~[5]のいずれか1つに記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
【0019】
[7] 前記両性酸化物は、フラックス全質量に対し、
B2O3:2質量%以下(0質量%を含む)、を含有することを特徴とする[1]~[6]のいずれか1つに記載のエレクトロスラグ溶接用フラックス。
【0020】
また、本発明の上記目的は、エレクトロスラグ溶接方法に係る下記[8]の構成により達成される。
【0021】
[8] 溶接ワイヤと、上記[1]~[7]のいずれか1つに記載のエレクトロスラグ溶接用フラックスと、を用いて溶接することを特徴とするエレクトロスラグ溶接方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、溶接ワイヤ又は母材が種々の合金元素を有するものであっても、溶接が安定しており、溶接作業性が優れているとともに、例えば、680MPa以上、特に合金元素を多く含む780MPa以上の高い引張強さを有する場合であっても、スラグ剥離性が良好であり、アンダカット及び焼付き等が発生しない優れた外観を有する溶接金属を得ることができるエレクトロスラグ溶接用フラックス及びエレクトロスラグ溶接方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は、発明に係るエレクトロスラグ溶接方法において使用することができるエレクトロスラグ溶接装置を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明について実施の形態を参照して、詳細に説明する。本明細書において、「~」とはその下限の値以上、その上限の値以下であることを意味する。また、本明細書では、エレクトロスラグ溶接用フラックスを単にフラックスと呼び、本発明に係るエレクトロスラグ溶接方法を単に本発明方法と呼ぶ場合がある。
【0025】
〔1.エレクトロスラグ溶接用フラックス〕
本発明に係るエレクトロスラグ溶接用フラックスは、塩基性酸化物、両性酸化物、酸性酸化物及びフッ化物を含有する。そして、これらの酸化物及びフッ化物によって、スラグ浴の物性を制御することができる。具体的には、溶接中に、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制できるとともに、スラグ剥離性がよく、焼付きが生じないように、スラグ浴の物性を維持することができる。
【0026】
一般的に、フッ化物及び塩基性酸化物は、易動度の大きい陽イオンとなり、かつ陰イオンが少なくなるため、塩基性酸化物を含む量が増えるほど、スラグ浴の電気伝導度は大きくなり、粘性を下げる傾向にある。
一方、酸性酸化物は、易動度の小さい陰イオンとなるため、塩基性酸化物を含む量が増えるほど、スラグ浴の電気伝導度は小さくなり、粘性を上げる傾向にある。
また、両性酸化物はその組成によって作用は変わり、例えば、Al2O3であれば、酸性酸化物と同じ働きをする。
【0027】
フラックス中の酸化物及びフッ化物の含有量により変化するスラグ浴の電気伝導度と粘度は、スラグ浴の挙動に影響する。具体的には、スラグ浴の粘性が低下し、電気伝導度が上がるほど、電磁力に関する対流が大きくなるため、スラグ浴は流動しやすくなり、アンダカット及びオーバーラップの発生を抑制することができると考えられている。すなわち、フラックス中のフッ化物及び塩基性酸化物の含有量が多いほど、アンダカット及びオーバーラップの発生を抑止できるとものと考えられる。
【0028】
しかしながら、フラックス中のフッ化物及び塩基性酸化物の含有量を増加させると、スラグ浴の表面でアークが発生しやすくなり、溶接自体が不安定(以下、溶接不安定ともいう)になってしまう。これは、電気伝導度が上昇することにより、スラグ浴の抵抗熱が低下し、ワイヤがスラグ浴中で溶融しないことに起因する。その結果、ワイヤは溶融金属部と短絡し、スラグ浴表面で溶断されることにより、アークが発生する。
上記アークの発生による溶接不安定を防ぐためには、スラグ浴内でワイヤを溶融させる必要があり、解決手段として、スラグ浴を更に深くする方法が挙げられる。
【0029】
しかしながら、スラグ浴が過度に深くなると溶け込み幅が減少し、ビード際にスラグが食い込むため、アンダカット等の溶接欠陥が発生する。したがって、スラグ浴全体の粘性は低く維持した状態で、電気伝導度は上げすぎないように制御し、かつワイヤ又は母材からスラグ浴に他の成分が入った場合であっても、スラグ浴の物性を維持することができるフラックスが要求される。
【0030】
本発明においては、フラックス中に、フッ化物としてCaF2、塩基性酸化物としてCaO、酸性酸化物としてSiO2を含有させており、これにより、適切な電気伝導度と粘度を有するスラグ浴を得ることができる。すなわち、フラックス中の上記化合物の含有量、及びこれらの含有量から得られるパラメータを適切に規定することにより、ワイヤ又は母材から他の成分が入った場合であっても、スラグ浴の物性を維持することができる。以下、本発明に係るエレクトロスラグ溶接用フラックスに含有される各成分の含有量を、その限定理由とともに説明する。
【0031】
<CaO:フラックス全質量に対して5.1質量%以上30.0質量%以下>
CaOは塩基性酸化物であって、溶融スラグの粘性を適切に確保し、溶接ビードの形状を向上させる成分であるとともに、溶接金属の酸素量を低減させる効果を有する。CaOの含有量がフラックス全質量に対して5.1質量%未満であると、粘性が高くなるためスラグ浴の攪拌が小さくなり、ビード外観が劣化する。一方、CaOの含有量がフラックス全質量に対して30.0質量%を超えると、溶融スラグの粘性が過剰に低くなるためビード外観が劣化する。したがって、フラックス中に塩基性酸化物として含有されるCaOの含有量は、フラックス全質量に対して5.1質量%以上、好ましくは9.0質量%以上とし、また、30.0質量%以下、好ましくは20.0質量%以下とする。
【0032】
<CaO:塩基性酸化物全質量に対して30質量%以上>
塩基性酸化物全質量に対するCaOの割合を30質量%以上とすることにより、CaOが、スラグ浴の粘性や電気伝導度等の物性を制御する支配因子の一つとして働く。なお、塩基性酸化物全質量に対するCaOの割合が30質量%未満であると、溶接ワイヤ及び母材からスラグ浴に入る成分が、スラグ浴の物性に影響を及ぼす可能性が高くなる。したがって、溶融スラグの物性を適正範囲に維持するために、塩基性酸化物全質量に対するCaOの割合は30質量%以上とし、好ましくは50質量%以上とする。
【0033】
<SiO2:フラックス全質量に対して17質量%以下(0質量%は含まない)>
SiO2は酸性酸化物であって、溶融スラグの粘性を上げ、電気伝導度を下げる効果を有する成分である。このように、SiO2は本発明における溶融スラグの物性制御に用いられる。SiO2の含有量がフラックス全質量に対して17質量%を超えると、溶融スラグの粘性が過剰に高くなり、電気伝導度が小さくなるため、スラグ浴の攪拌が小さくなり、ビード外観が劣化する。上述の通り、SiO2は溶融スラグの物性調整のため、微量でも含有されていれば、その効果を得ることができる。したがって、フラックス中に酸性酸化物として含有されるSiO2の含有量は、フラックス全質量に対して17質量%以下、好ましくは16質量%以下、より好ましくは15質量%以下とし、また、好ましくは1質量%以上、より好ましくは2質量%以上とする。
【0034】
<SiO2:酸性酸化物全質量に対して80質量%以上>
酸性酸化物全質量に対するSiO2の割合を80質量%以上とすることにより、SiO2が、スラグ浴の粘性や電気伝導度等の物性を制御する支配因子の一つとして働く。なお、酸性酸化物全質量に対するSiO2の割合が80質量%未満であると、溶接ワイヤ及び母材からスラグ浴に入る成分が、スラグ浴の物性に影響を及ぼす可能性が高くなる。したがって、溶融スラグの物性を適正範囲に維持するために、酸性酸化物全質量に対するSiO2の割合は80質量%以上とし、好ましくは85質量%以上とする。
【0035】
<CaF2:フラックス全質量に対して35質量%以上73質量%以下>
フッ化物としてフラックス中に含有されるCaF2は、溶融スラグの電気伝導度を適切に確保し、溶接の安定性を向上させるとともに、溶融スラグの粘性を適切に確保し、溶接ビードの形状を向上させる成分である。また、CaF2は、溶接金属の酸素量を低減させる効果を有する成分でもある。CaF2の含有量がフラックス全質量に対して35質量%未満であると、溶融スラグの粘性が高くなり、電気伝導度が小さくなるため、スラグ浴の攪拌が小さくなり、ビード外観が劣化する。
一方、CaF2の含有量がフラックス全質量に対して73質量%を超えると、溶融スラグの粘性が過剰に低くなるため、ビード外観が劣化する。また、フッ素ガスの発生量が増加して、溶接ビードに圧痕(ポックマーク)が発生し、さらにビード外観が劣化する場合もある。また、電気伝導度が過剰に高くなるため、抵抗発熱が不足することにより、溶接中に頻繁にアークが発生し、溶接不安定となる。したがって、フラックス中にフッ化物として含有されるCaF2の含有量は、フラックス全質量に対して35質量%以上、好ましくは45質量%以上とし、また、73質量%以下、好ましくは69質量%以下とする。
【0036】
<CaF2:フッ化物全質量に対して80質量%以上>
フッ化物全質量に対するCaF2の割合を80質量%以上とすることにより、CaF2がスラグ浴の粘性や電気伝導度等の物性を制御する支配因子の一つとして働く。フッ化物全質量に対するCaF2の割合が80質量%未満であると、溶接ワイヤ及び母材からスラグ浴に入る成分が、スラグ浴の物性に影響を及ぼす可能性が高くなる。したがって、溶融スラグの物性を適正範囲に維持するために、フッ化物全質量に対するCaF2の割合は80質量%以上とし、好ましくは85質量%以上とする。
なお、フラックス中に含まれるフッ化物のうち、CaF2を除く残部については、BaF2、NaF、LiF、KF又はMgF2等を、フッ化物全質量に対して20質量%未満となるように含有してもよい。好ましくは、CaF2がフッ化物全質量に対して100質量%であるとよい。
【0037】
<(2×[CaF2]+[CaO])/[SiO2]:5以上56以下>
溶融スラグの粘性及び電気伝導度といった物性を支配する要因として、金属陽イオンと酸素イオン間の結合強さが挙げられる。塩基性酸化物の中でもCaOは結合力が小さいため、比較的容易にCa2+と陰イオンO2-に電離しやすい。一方、SiO2は中性酸化物や酸性酸化物の中でも結合力が強く、電離したO2-をとって、種々の形の巨大陰イオンを形成する。なお、種々の形の巨大陰イオンとは、例えば、Si9O21
6-,Si6O15
6-等が挙げられる。よって、結合力に差異のあるCaOとSiO2の組み合わせはスラグ浴の物性を左右する支配因子となる。
さらに、CaF2は、SiO2を含む酸化物系スラグと組み合わせた場合に、CaOと比較して約2倍の粘性低下効果があるとされている。これはCaOがSi-O結合を一つだけ切断するのに対し、CaF2はSi-O結合を二つ切断することに起因する。したがって、本発明では、スラグ浴の物性に特に影響を及ぼす成分であるCaO、SiO2及びCaF2を、物性制御の支配因子としている。
【0038】
上述の通り、フラックス中のCaF
2の含有量が増加するほど溶融スラグの粘性が小さくなり、電気伝導度を大きくする効果が高くなる。一方、フラックス中にCaOを含有した場合には、塩基性酸化物の傾向通りに、溶融スラグの粘性は低くなるものの、電気伝導度に関しては、ケイ酸ソーダ中においてCaOの含有量が増加するほど、電気伝導度が若干低下することが知られている(「溶接学会誌 第36巻(1967)第6号 p.608~ 溶融スラグの物性について」の
図5)。すなわち、SiO
2が存在する溶融スラグの系において、CaF
2の含有量は、増加するほど溶融スラグの粘性は大幅に小さくなり、電気伝導度は高くなるが、CaOの含有量は、増加するほど溶融スラグの粘性が小さくなり、電気伝導度が小さくなる特異な傾向を示す。
【0039】
本発明においては、CaF2、CaO、及びSiO2の含有量を用いて、下記式(1)で表されるパラメータを作成し、下記式(1)により算出される値が所定の範囲を満たすことにより、スラグ浴の粘性を低く維持しつつ、電気伝導度を上げすぎないように制御することができる。
具体的には、フラックス全質量に対する質量%で、上記CaOの含有量を[CaO]、上記SiO2の含有量を[SiO2]、上記CaF2の含有量を[CaF2]としたとき、下記式(1)により算出される値が5未満であると、スラグ浴の粘性が大きくなり、電気伝導度が小さくなるため、スラグ浴の攪拌が小さくなり、ビード外観が劣化する。
一方、下記式(1)により算出される値が56を超えると、溶融スラグの粘性が過剰に低くなるため、ビード外観が劣化する。また、電気伝導度が過剰に高くなり、抵抗発熱が不足するため、溶接中に頻繁にアークが発生し、溶接不安定となる。したがって、下記式(1)により算出される値は、5以上、好ましくは7以上、また、56以下、好ましくは54以下とすると、スラグ浴の物性として、よりバランスのよい粘性及び電気伝導度を維持できる。
(2×[CaF2]+[CaO])/[SiO2] ・・・(1)
【0040】
<フッ化物:フラックス全質量に対して35~73質量%>
本実施形態においては、上述の通り、CaF2の他にも、フッ化物としてBaF2、NaF、LiF、KF又はMgF2等をフラックス中に含有させることができる。フッ化物は、スラグ浴の粘性を低く、電気伝導度を高くする傾向を持つ。スラグ浴の粘性、電気伝導度のバランスを取るうえで、フラックス中のフッ化物の合計量についても調整されていることが好ましく、フラックス全質量に対して35~73質量%含まれていることが好ましい。35質量%以上であると、よりスラグ浴の粘性、電気伝導度を低くする効果を保つことができ、73質量%以下であれば、過度な粘性の低下、電気伝導度の増大を抑制することができる。
【0041】
[(a)塩基性酸化物:フラックス全質量に対して10質量%以上40質量%以下]
フラックス中の塩基性酸化物の含有量を増加させると、CaF2(フッ化物)の場合と同様に、スラグ浴の粘性が低くなるとともに、電気伝導度が高くなる傾向にある。フラックス中の塩基性酸化物の含有量が、フラックス全質量に対して10質量%以上であると、よりスラグ浴の粘性を低くするとともに、電気伝導度を高くする効果を保つことができる。一方、フラックス中の塩基性酸化物の含有量が、フラックス全質量に対して40質量%以下であれば、過度な粘性の低下、又は電気伝導度の増大を抑制することができる。したがって、スラグ浴の粘性及び電気伝導度のバランスを取る上で、塩基性酸化物の含有量は、フラックス全質量に対して好ましくは10質量%以上、より好ましくは11質量%以上、また、好ましくは40質量%以下、より好ましくは39質量%以下とする。
【0042】
なお、本発明におけるフラックスは、溶融スラグの物性及び機械的性能等の調整の観点から、塩基性酸化物として任意で種々の化合物を含有していてもよい。
塩基性酸化物としては、BaO、FeO、MgO、MnO、K2O、Na2O、及びLi2Oから選択された少なくとも1種を、以下に示す範囲でフラックス中に含有されることが好ましい。
以下、各成分の限定範囲及び効果について説明する。
【0043】
<BaO:フラックス全質量に対して11質量%以下(0質量%含む)>
BaOは塩基性酸化物であって、溶融スラグの粘性及び融点に影響を及ぼす成分であるとともに、溶接金属の酸素量を低減させる効果が高い。ただし、本発明では、溶融スラグの粘性、融点等の物性、及び機械的性能等の調整のために、フラックス中にBaOを任意で添加すればよく、下限は規定しない。BaOを添加する場合は、BaOの含有量がフラックス全質量に対して11質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、BaOを添加する場合は、BaOの含有量がフラックス全質量に対して11質量%以下であることが好ましく、10質量%以下であることがより好ましい。
【0044】
<FeO:5質量%以下(0質量%含む)>
FeOは塩基性酸化物であって、溶融スラグの粘性及び融点に影響を及ぼす成分であるとともに、溶接金属の酸素量を低減させる効果が高い。ただし、本発明では、溶融スラグの粘性、融点等の物性、及び機械的性能等の調整のために、フラックス中にFeOを任意で添加すればよく、下限は規定しない。FeOを添加する場合は、FeOの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、FeOを添加する場合は、FeOの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましい。
【0045】
<MgO:5質量%以下(0質量%含む)>
MgOは塩基性酸化物であって、溶融スラグの粘性及び融点に影響を及ぼす成分である。ただし、本発明では、溶融スラグの粘性及び融点の調整のために、フラックス中にMgOを任意で添加すればよく、下限は規定しない。MgOを添加する場合は、MgOの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、MgOを添加する場合は、MgOの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましい。
【0046】
<MnO及びMnO2のいずれか一方又は両方の合計の含有量(MnO換算値):5質量%以下(0質量%含む)>
MnO及びMnO2は塩基性酸化物であって、溶融スラグの粘性及び融点に影響を及ぼす成分である。ただし、本発明では、溶融スラグの粘性及び融点の調整のために、フラックス中にMnO及びMnO2のいずれか一方又は両方を任意で添加すればよく、下限は規定しない。MnO及びMnO2のいずれか一方又は両方を添加する場合は、これらの合計の含有量(MnO換算値)がフラックス全質量に対して5質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、MnO及びMnO2のいずれか一方又は両方を添加する場合は、MnO及びMnO2の合計の含有量(MnO換算値)がフラックス全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましい。なお、MnO換算値とは、フラックス中の全Mn量をMnOに換算した値である。
【0047】
<K2O:5質量%以下(0質量%含む)>
K2Oは塩基性酸化物であって、溶融スラグの粘性に影響を及ぼす成分である。本発明では、溶融スラグの粘性の調整のために、フラックス中にK2Oを任意で添加すればよく、下限は規定しない。K2Oを添加する場合は、K2Oの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、K2Oを添加する場合は、K2Oの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、4質量%以下であることがより好ましい。
【0048】
<Na2O:5質量%以下(0質量%含む)>
Na2Oは塩基性酸化物であって、溶融スラグの粘性に影響を及ぼす成分である。本発明では、溶融スラグの粘性の調整のために、フラックス中にNa2Oを任意で添加すればよく、下限は規定しない。Na2Oを添加する場合は、Na2Oの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、Na2Oを添加する場合は、Na2Oの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、4質量%以下であることがより好ましい。
【0049】
<Li2O:5質量%以下(0質量%含む)>
Li2Oは塩基性酸化物であって、溶融スラグの粘性に影響を及ぼす成分である。本発明では、溶融スラグの粘性の調整のために、フラックス中にLi2Oを任意で添加すればよく、下限は規定しない。Li2Oを添加する場合は、Li2Oの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、Li2Oを添加する場合は、Li2Oの含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、4質量%以下であることがより好ましい。
【0050】
[(b)両性酸化物:フラックス全質量に対して5質量%以上35質量%以下]
フラックス中の両性酸化物の含有量が、フラックス全質量に対して、5質量%以上35質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、両性酸化物の含有量は、フラックス全質量に対して好ましくは5質量%以上、より好ましくは6質量%以上、また、好ましくは35質量%以下、より好ましくは34質量%以下とする。
【0051】
なお、本発明におけるフラックスは、溶融スラグの物性及び機械的性能等の調整の観点から、両性酸化物として任意で種々の化合物を含有していてもよい。
両性酸化物としては、Al2O3、ZrO2、TiO2、及びB2O3から選択された少なくとも1種を、以下に示す範囲でフラックス中に含有されることが好ましい。
以下、各成分の限定範囲及び効果について説明する。
【0052】
<Al2O3:35質量%以下(0質量%含む)>
Al2O3は両性酸化物であって、溶融スラグの粘性及び融点に影響を及ぼす成分である。本発明では、溶融スラグの粘性及び融点の調整のために、フラックス中にAl2O3を任意で添加すればよく、下限は規定しない。ただし、Al2O3はSiO2よりも溶融スラグの粘性及び電気伝導度に対する影響が小さく、スラグ物性の微調整には好適な酸化物である。したがって、Al2O3の含有量は、フラックス全質量に対して5質量%以上であることが好ましい。一方、Al2O3を添加する場合は、Al2O3の含有量がフラックス全質量に対して35質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、Al2O3を添加する場合は、Al2O3の含有量がフラックス全質量に対して35質量%以下であることが好ましく、34質量%以下であることがより好ましい。
【0053】
<ZrO2:5質量%以下(0質量%含む)>
ZrO2は両性酸化物であって、溶融スラグの粘性に影響を及ぼす成分である。本発明では、溶融スラグの粘性の調整のために、フラックス中にZrO2を任意で添加すればよく、下限は規定しない。ZrO2を添加する場合は、ZrO2の含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、ZrO2を添加する場合は、ZrO2の含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、1質量%以下であることがより好ましい。
【0054】
<TiO2:5質量%以下(0質量%含む)>
TiO2は両性酸化物であって、溶融スラグの粘性に影響を及ぼす成分である。本発明では、溶融スラグの粘性の調整のために、フラックス中にTiO2を任意で添加すればよく、下限は規定しない。TiO2を添加する場合は、TiO2の含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。したがって、TiO2を添加する場合は、TiO2の含有量がフラックス全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、4質量%以下であることがより好ましい。
【0055】
<B2O3:2質量%以下(0質量%含む)>
B2O3は両性酸化物であって、沸点が1680℃であり、他の酸化物と比較して沸点が極めて低いという性質を有する。したがって、スラグが溶融状態及び固化し始めた状態(固相率が高くなったスラグ)であるときも、B2O3は蒸発を続け、その蒸気はスラグとメタルの界面の接触を妨げるように働くため、スラグ剥離性に対して好ましい効果を及ぼす。B2O3の含有量がフラックス全質量に対して2質量%以下であると、気孔欠陥の影響がなく、スラグ剥離性を向上させる効果を得ることができる。したがって、より一層優れたスラグ剥離性を得るために、B2O3を添加する場合は、B2O3の含有量がフラックス全質量に対して2質量%以下であることが好ましく、1.5質量%以下であることがより好ましい。一方、B2O3の含有量はフラックス全質量に対して0.001質量%以上であることがより好ましく、0.002質量%以上であることが更に好ましい。
【0056】
[(c)酸性酸化物:フラックス全質量に対して17質量%以下]
フラックス中の酸性酸化物の含有量を増加させると、CaF2(フッ化物)の場合と同様に、スラグ浴の粘性が低くなるとともに、電気伝導度が高くなる傾向にある。フラックス中の酸性酸化物の含有量が、フラックス全質量に対して17質量%以下であると、過度な粘性の増大、及び電気伝導度の低下を抑制することができる。したがって、スラグ浴の粘性及び電気伝導度のバランスを取る上で、酸性酸化物の含有量は、フラックス全質量に対して好ましくは1質量%以上、より好ましくは2質量%以上、また、好ましくは17質量%以下、より好ましくは16質量%以下、更に好ましくは15質量%以下とする。
【0057】
なお、本発明におけるフラックスは、溶融スラグの物性及び機械的性能等の調整の観点から、酸性酸化物として任意で種々の化合物を含有していてもよい。
酸性酸化物としては、MoO3、V2O5、及びP2O5から選択された少なくとも1種を、以下に示す範囲でフラックス中に含有されることが好ましい。
以下、各成分の限定範囲及び効果について説明する。
【0058】
<MoO3、V2O5、及びP2O5の少なくとも1種:それぞれ、フラックス全質量に対して5質量%以下(0質量%を含む)>
MoO3、V2O5、及びP2O5は酸性酸化物であって、溶融スラグの粘性及び融点に影響を及ぼす成分であるとともに、溶接金属の酸素量を低減させる効果が高い。ただし、本発明では、溶融スラグの粘性、融点等の物性、及び機械的性能等の調整のために、フラックス中にMoO3、V2O5、及びP2O5の少なくとも1種を任意で含有することが好ましく、下限は規定しない。MoO3、V2O5、及びP2O5の少なくとも1種を含有する場合は、各成分の含有量がフラックス全質量に対して、それぞれ5質量%以下、好ましくは4質量%以下であると、溶接ワイヤ及び母材から種々の合金元素がスラグ浴に入った場合であっても、溶接欠陥を抑制することができるとともに、最適なビード外観を得るための適切な溶融スラグ物性を維持することができる。
本発明においては、上記の通り、フラックス中の塩基性酸化物、両性酸化物及び酸性酸化物の含有量を適切に規定するとともに、上記塩基性酸化物、両性酸化物及び酸性酸化物からなる全酸化物の合計量、並びに全酸化物の合計量に対するフッ化物の合計量の比を適切に規定することが好ましい。
以下、これらの限定範囲及び効果について説明する。
【0059】
<全酸化物の合計量:28質量%以上60質量%以下>
塩基性酸化物、両性酸化物及び酸性酸化物からなる全酸化物の合計量がフラックス全質量に対して28質量%未満であると、溶融スラグの粘性が過剰に低くなるため、ビード外観が劣化する。一方、全酸化物の合計量がフラックス全質量に対して60質量%を超えると、電気伝導度が小さくなるため、スラグ浴の撹拌が小さくなり、ビード外観が劣化する。
したがって、フラックス中の塩基性酸化物、両性酸化物及び酸性酸化物からなる全酸化物の合計量は、フラックス全質量に対して好ましくは28質量%以上、より好ましくは30質量%以上とし、また、好ましくは60質量%以下、より好ましくは59質量%以下とする。
【0060】
<[Fld]/[Ox]:0.5以上2.7以下>
フラックス全質量に対する質量%で、上記フッ化物の合計量を[Fld]、前記全酸化物の合計量を[Ox]としたとき、下記式(2)により算出される値が0.5未満であると、電気伝導度が小さくなるため、スラグ浴の撹拌が小さくなり、ビード外観が劣化することがある。
一方、下記式(2)により算出される値が2.7を超えると、溶融スラグの粘性が過剰に低くなるため、ビード外観が劣化することがある。
したがって、下記式(2)により算出される値は、好ましくは0.5以上、より好ましくは0.55以上であり、好ましくは2.7以下、より好ましくは2.6以下である。
[Fld]/[Ox] ・・・(2)
【0061】
<([CaO]+[BaO])/([CaF2]+[Al2O3]):0.35以下>
一般的に、フラックスの耐吸湿性が低いと、溶融金属中の水素量が増加し、低温割れが懸念される。本発明者らは、フラックス中のCaO、BaO、CaF2及びAl2O3の含有量から作成されるパラメータが、フラックスの耐吸湿性及び溶接作業性を制御する指標になることを見出した。具体的には、フラックス全質量に対する質量%で、CaOの含有量を[CaO]、BaOの含有量を[BaO]、CaF2の含有量を[CaF2]、Al2O3の含有量を[Al2O3]としたとき、下記(3)により算出される値を0.35以下に制御することにより、フラックスの耐吸湿性を向上させることができ、低温割れの発生を抑制することができる。したがって、下記式(3)により算出される値は0.35以下であることが好ましい。また、フラックスの耐吸湿性をより向上させることができるという観点から、下記式(3)により算出される値は0.32以下であることがより好ましい。
([CaO]+[BaO])/([CaF2]+[Al2O3]) ・・・(3)
【0062】
<([CaO]+[Al2O3]+[BaO])/[CaF2]:0.38以上>
本発明者らは、フラックス中のCaO及びBaOの含有量を減少させるとともに、CaF2の含有量を増加させると、オープンアークになりやすいことを見出した。一方、オープンアークにならないように、フラックスを投入しすぎた結果、溶融スラグの対流が変化し、ビード幅が出ず、表ビード側にアンダカットが発生することがある。
具体的には、フラックス全質量に対する質量%で、CaOの含有量を[CaO]、BaOの含有量を[BaO]、CaF2の含有量を[CaF2]、Al2O3の含有量を[Al2O3]としたとき、下記(4)により算出される値を0.38以上に制御することにより、上記のような問題点が発生せず、優れた溶接作業性を得ることができる。したがって、下記(4)により算出される値は0.38以上であることが好ましく、0.40以上であることがより好ましい。
([CaO]+[Al2O3]+[BaO])/[CaF2] ・・・(4)
【0063】
なお、本発明においては、本発明の効果を妨げない範囲で、上記化合物の他に、Fe、Ni及びCr等の金属元素が、これらの単体の金属粉又は合金粉の形態でフラックス中に添加されていてもよい。なお、本発明の効果を妨げない範囲とは、フラックス全質量に対して、5質量%以下(0質量%を含む)とする。また、合金粉の形態の場合は、各金属元素単体の換算値として、フラックス全質量に対して、5質量%以下(0質量%を含む)となっていれば良い。
【0064】
以上、フラックスの成分について説明したが、本発明のフラックスは、上述のCaO、SiO2及びCaF2等の必須化合物、その他の任意化合物(0質量%でもよい)、任意金属(0質量%でもよい)並びに不可避不純物により構成されることが好ましい。なお、不可避不純物としては、PbO、Bi2O3、Cr2O3、Nb2O5、S、SnO、REM酸化物、C(黒鉛電極由来)等が挙げられ、一般的に、フラックス全質量に対して、合計量で1質量%以下とすることが好ましい。
【0065】
[フラックスの製造]
本発明を適用することができるフラックスとしては、溶融型フラックスとボンド型(焼成型)フラックスとがある。溶融型フラックスは、種々の原料を電気炉などで溶解し、粉砕することにより製造される。一方、焼成型フラックスは、種々の原料をケイ酸アルカリなどのバインダーにより結合し、造粒した後、焼成することにより製造される。エレクトロスラグ溶接においては、溶融型フラックスを用いることが多いため、溶融型フラックスとすることが好ましい。
【0066】
〔2.エレクトロスラグ溶接方法〕
本発明は、溶接ワイヤと、上記エレクトロスラグ溶接用フラックスと、を用いて溶接するエレクトロスラグ溶接方法にも関する。本発明に係るエレクトロスラグ溶接用フラックスを用いたエレクトロスラグ溶接方法について、以下に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。本発明に係るエレクトロガス溶接方法は、例えば、特開2016-215214号公報に記載のエレクトロガス溶接方法及びエレクトロガス溶接装置を用いることが好ましい。
【0067】
図1は、本発明に係るエレクトロスラグ溶接方法において使用することができるエレクトロスラグ溶接装置を示す模式図である。
図1に示すように、エレクトロスラグ溶接装置100は、溶接ワイヤ6に給電するコンタクトチップ5を有する溶接トーチ4と、摺動式銅当て金2と、溶接トーチ4及び摺動式銅当て金2を搭載した走行台車16と、溶融スラグ浴検出器13と、フラックス供給装置14と、フラックス供給制御装置15と、走行台車制御装置17とを備える。フラックス供給制御装置15は、コンタクトチップ5の先端から溶融スラグ浴7までの溶接ワイヤ6の長さが予め定めた長さとなるように、フラックスの供給を制御する。走行台車制御装置17は、基準電流値に対して溶接電流8が予め定めた関係となるように走行台車16の走行速度を制御する。
【0068】
このように構成された溶接装置において、開先の裏側には固定の銅当て金1が配置されており、開先の表側には摺動式銅当て金2が配置される。溶接トーチ4は、不図示の溶接電源から供給される溶接電流8により溶接ワイヤ6を給電し、スラグ浴深さLsを予め定めた深さに保ちつつ、溶接母材3の溶接が行われる。
上記溶接装置を用いると、摺動式当て金を用いたエレクトロスラグ溶接において、スラグ浴深さを予め定めた深さに保ちながら溶接を行い、健全な溶込みを確保して溶接金属の機械的性能の劣化を防止することができる。
【0069】
本発明に係るエレクトロスラグ溶接方法においては、以下の条件を採用することが好ましい。
【0070】
[溶接条件]
<溶接ワイヤ>
本発明方法において使用される溶接ワイヤの形態は、特に限定されず、ソリッドワイヤでもよいし、フラックス入りワイヤでもよい。
ソリッドワイヤは、ワイヤ断面が中実であり、断面同質になっている針金状のワイヤである。ソリッドワイヤは、その表面に銅めっきを施すものと施さないものがあるが、どちらの形態であってもよい。
【0071】
フラックス入りワイヤは、筒状を呈する外皮と、その外皮の内側に充填されたフラックスとにより構成される。なお、フラックス入りワイヤは、外皮に継目のないシームレスタイプ、外皮に継目のあるシームタイプのいずれの形態であってもよい。また、フラックス入り溶接ワイヤは、ワイヤ表面(外皮の外側)に銅メッキを施されていても施されていなくてもよい。外皮の材質は特に問わず、軟鋼であってもステンレス鋼であってもよく、溶接ワイヤ全質量に対する組成が、目的の組成となっていれば特に制限はない。
【0072】
(溶接ワイヤの直径:1.1~2.0mm)
本発明方法において、使用される溶接ワイヤの直径(ワイヤ径)が1.1mm以上であると、高い溶接電流を流すことが可能となり、スラグ浴の攪拌に寄与することで溶接欠陥を抑制する。一方、ワイヤの直径が2.0mm以下であると、ワイヤが溶融しやすくなるため、溶接作業性が良好になる。したがって、溶接ワイヤの直径は、1.1~2.0mmとすることが好ましい。
【0073】
<溶接電流:200~500A>
溶接電流が適切に調整されていると、適正なスラグ発熱を得ることができるとともに、適正な溶け込みを溶接長全長に渡って得ることができる。溶接電流が200A以上であると、十分なスラグ発熱を得ることができ、良好な溶け込みが得られる。一方、溶接電流が500A以下であると、ワイヤの溶融が安定となり、アーク発生などのように、溶接が不安定化になることがなく、良好な溶接性を得ることができる。したがって、溶接電流は200~500Aとすることが好ましい。
【0074】
<溶接電圧:25~58V>
溶接電圧は、溶け込みの大きさやワイヤの突き出し長さに大きな影響を及ぼす。溶接電圧が25V以上であると、十分な溶け込みが得られる。一方、溶接電圧が58V以下であると、適切な突き出し長さを維持することができ、アークの発生等による溶接性の劣化を防止することができる。したがって、溶接電圧は25~58Vとすることが好ましい。
【0075】
<ワイヤ送給速度:6.5~25.0m/min>
非消耗ノズル式のエレクトロスラグ溶接では、ワイヤ送給速度を大きな範囲で設定することができる。ワイヤ送給速度が6.5m/min以上であると、高い溶接能率で経済的に溶接することができるとともに、溶接入熱の増大による溶接部の靭性劣化を防止することができる。また、適切な突き出し長さを維持することができるため、ワイヤの送給速度の変化によるアーク発生を防止することができ、溶接停止及び靭性劣化を防止することができる。一方、ワイヤ送給速度が25.0m/min以下であると、溶接入熱の減少による溶け込み不足の発生を防止することができる。また、適切な突出し長さを維持することができるので、アークの発生等による溶接性の劣化、及び溶接金属の靭性の劣化を抑制することができる。したがって、ワイヤ送給速度は6.5~25.0m/minとすることが好ましい。
【0076】
<スラグ浴深さ:10~35mm>
本発明に係るエレクトロスラグ溶接方法において、良好な溶け込みを得るためには、スラグの発熱を効率よく得ることが重要である。スラグ浴深さが10mm以上であると、適切なスラグの発熱を得ることができ、ワイヤがスラグ中で安定に溶解するため、アーク停止等が発生するおそれがない。一方、スラグ浴深さが35mm以下であると、良好なスラグの温度を維持することができ、ワイヤの溶融及び母材の溶融が安定化するため、スラグ浴表面にアークが発生することがなく、溶接停止や溶け込み不足の発生を防止することができる。したがって、スラグ浴深さは10~35mmとすることが好ましい。
【実施例】
【0077】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0078】
下記表1及び表2に示す組成を有するエレクトロスラグ溶接用フラックスを調製し、各フラックスについて吸湿性の評価を実施した。また、下記表3に示す組成を有する溶接ワイヤ及び上記フラックスを用いて、以下に示す溶接条件でエレクトロスラグ溶接を行った。また、溶接金属の引張強さ、溶接時の溶接作業性及び溶接後の外観について、以下に示す試験方法及び評価基準により評価した。
フラックス吸湿性の測定結果、溶接母材の鋼種及び板厚、並びに各評価結果を下記表4に示す。なお、溶接母材の鋼種における490Aとは、JIS G 3106の溶接構造用圧延鋼材に記載の記号を表す。
【0079】
〔溶接条件〕
ワイヤ径:1.6mm
溶接電流:380~400A
溶接電圧:36~40V
溶接速度:2.2~4.0cm/min
ワイヤ送給速度:10.1~14.3m/min
スラグ浴深さ:15~20mm
【0080】
〔評価方法及び評価基準〕
<フラックスの吸湿性>
各フラックスを、温度が30℃であり、湿度が80%である環境下で168時間放置した後に、抽出ガスとして空気を使用し、抽出温度を750℃として、カールフィッシャー法にて水分量を測定することにより、フラックスの吸湿性を評価した。なお、フラックスの水分量が1500ppm以下であったものをA(優良)とし、1500ppmを超えたものをB(良好)とした。
【0081】
<溶接金属の引張強さ>
溶接金属の中央部より、溶接線方向に平行にJIS Z 3111に記載の溶着金属の引張試験方法に準拠して引張試験片を採取し、JIS Z 2241に記載の金属材料引張試験方法に準拠して、引張強さを測定した。
【0082】
<溶接作業性>
溶接時において、アーク発生の有無による溶接安定性を観察することにより、溶接作業性を評価した。評価基準としては、アークの発生がなく、安定した溶接性が得られたものをA(優良)、わずかにアークが発生して溶接が不安定となったが、作業に影響がなかったものをB(良好)とし、スラグ浴の表面等でアークが頻繁に発生して、溶接が不安定となったものをC(不良)とした。
【0083】
<外観>
溶接後の溶接金属について、スラグ剥離性、焼付きの発生、及びアンダカットの有無を観察することにより、外観を評価した。評価基準としては、いずれの項目も問題がなかったものを良好とし、いずれかの項目に問題が生じたものを不良とした。
【0084】
【0085】
【0086】
【0087】
【0088】
上記表1~表4に示すように、実施例の試験No.1~13は、フラックス全質量に対するCaO、SiO2、CaF2の含有量、塩基性酸化物全質量、酸性酸化物、及びフッ化物それぞれの全質量に対するCaO、SiO2、CaF2の含有量が本発明の範囲内であるとともに、式(1)により算出される値も本発明の範囲内であるので、溶接ワイヤ又は母材が種々の合金元素を有するものであっても、溶接が安定し、溶接作業性が優れているとともに、例えば、680MPa以上の高い引張強さを有し、アンダカット、スラグ剥離性、及び焼付き等の外観が良好である溶接金属を得ることができた。
【0089】
特に、実施例である試験No.1~11は、使用したフラックスにおいて、式(3)により算出される値が本発明の好ましい範囲内であるため、フラックスの吸湿性が極めて低く、低温割れ発生の懸念がないものとなった。
また、実施例である試験No.1~8、及び10~13は、使用したフラックスにおいて、式(4)により算出される値が本発明の好ましい範囲内であるため、アーク発生によって溶接が不安定となることがなく、優れた溶接作業性を得ることができた。
【0090】
一方、比較例である試験No.14及び15は、フラックス全質量に対するCaF2の含有量、及び式(1)により算出される値が本発明の範囲から外れているため、アークが発生して溶接が不安定になるとともに、アンダカットが発生し、スラグの剥離性も低下した。
【符号の説明】
【0091】
1 銅当て金
2 摺動式銅当て金
3 溶接母材
4 溶接トーチ
5 コンタクトチップ
6 溶接ワイヤ
7 溶融スラグ浴
8 溶接電流
13 溶融スラグ浴検出器
14 フラックス供給装置
15 フラックス供給制御装置
16 走行台車
17 走行台車制御装置
100 エレクトロスラグ溶接装置