(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】低温溶射皮膜被覆部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 24/04 20060101AFI20240220BHJP
【FI】
C23C24/04
(21)【出願番号】P 2020138616
(22)【出願日】2020-08-19
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 恭兵
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 励一
【審査官】菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-158810(JP,A)
【文献】特開2017-008379(JP,A)
【文献】米国特許第03547720(US,A)
【文献】特開平04-231449(JP,A)
【文献】米国特許第03112539(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
開断面又は閉断面を有するアルミニウム又はアルミニウム合金材の表面の少なくとも一部の領域に、純鉄、炭素鋼、ステンレス鋼、ニッケル、ニッケル合金、コバルト及びコバルト合金から選択された少なくとも1種を含有する金属粉末を低温溶射して、低温溶射皮膜を形成する工程を有する低温溶射皮膜被覆部材の製造方法であって、
前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、前記金属粉末が低温溶射される外表面と、前記外表面とは反対側の面である内表面と、を有し、
前記低温溶射皮膜が形成される領域に対応する内表面の少なくとも一部の領域に、前記アルミニウム又はアルミニウム合金材の変形を抑制する補強部材を設ける工程を有
し、
前記補強部材は、前記内表面に囲まれた空隙部に挿入される芯材であり、
少なくとも前記低温溶射皮膜を形成する工程において、前記低温溶射皮膜が形成される領域に対応する内表面の少なくとも一部の領域に前記芯材が接しており、
前記低温溶射皮膜を形成する工程の後に、前記芯材を抜去する工程を有し、
前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、少なくとも前記低温溶射皮膜を形成する工程において、前記低温溶射皮膜を形成する面と、その反対側の面から前記アルミニウム合金材を挟持するように、前記外表面から押圧されることにより固定されており、
更に、前記低温溶射皮膜を形成する工程の後に、前記アルミニウム又はアルミニウム合金材への押圧を解除する工程を有し、
前記芯材は、少なくとも前記低温溶射皮膜を形成する工程において、前記芯材を挟持するように、前記芯材の長手方向両端部から中央部に向けて押圧されており、
更に、前記低温溶射皮膜を形成する工程と前記芯材を抜去する工程との間に、前記芯材への押圧を解除する工程を有することを特徴とする低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項2】
前記補強部材は、前記低温溶射皮膜の延在方向と略同一の方向に長手方向を有する形状であることを特徴とする請求項1に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項3】
前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、前記内表面にリブが設けられた形状であることを特徴とする請求項1又は2に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項4】
前記芯材を抜去する工程は、前記低温溶射皮膜が室温に冷却された後に実施されることを特徴とする請求項
1~3のいずれか1項に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項5】
前記アルミニウム又はアルミニウム合金材への押圧を解除する工程は、前記低温溶射皮膜が室温に冷却された後に実施されることを特徴とする請求項
1~4のいずれか1項に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項6】
前記芯材は長手方向を有する弾性体からなることを特徴とする請求項
1~5のいずれか1項に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項7】
前記芯材への押圧を解除する工程は、前記低温溶射皮膜が室温に冷却された後に実施されることを特徴とする請求項
1~6のいずれか1項に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項8】
前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、閉断面の押出材である、請求項1~
7のいずれか1項に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項9】
前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、開断面又は閉断面の鋳造材である、請求項1~
7のいずれか1項に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金材の表面に低温溶射皮膜を形成する際に、アルミニウム又はアルミニウム合金材の変形を抑制することができる低温溶射皮膜被覆部材の製造方法に関する。
なお、以下において、アルミニウム又はアルミニウム合金材を、まとめて単に「アルミニウム合金材」ということがある。
【背景技術】
【0002】
従来より、アルミニウム合金材の表面に、特定の材料からなる金属をろう付け又は溶射することにより、その表面の種々の特性を向上させる技術が提案されている。
例えば、特許文献1には、アルミニウム合金材の表面に、付加物質皮膜を形成し、この付加物質皮膜に対してパルス発振レーザを照射して加熱することにより、密着性に優れた合金化層又は複合化層を形成することができることが記載されている。
【0003】
ところで、押出加工により成形された薄肉のアルミニウム合金材の表面に、金属粉末を低温溶射することにより低温溶射皮膜を形成する場合に、アルミニウム合金材と低温溶射皮膜との熱膨張率が異なると、両者の冷却挙動の差によって、アルミニウム合金材が熱変形することがある。なお、このような低温溶射皮膜の形成によるアルミニウム合金材の熱変形は、押出加工により成形されたアルミニウム合金材のみではなく、鋳造加工により成形されたアルミニウム合金材においても発生する。
一般的に、押出材の製造時においては、押出成形後に所望の形状に矯正する工程が実施される。上記特許文献1においても、アルミニウム合金からなる押出材の片面に溶射皮膜を形成した後、撓み等を矯正する引張矯正を行うことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、低温溶射皮膜は脆いため、一般的なアルミニウム合金材に対して実施される矯正工程と同様の方法で矯正した場合には、低温溶射皮膜に割れが発生し、この割れが原因となってアルミニウム合金押出材の表面から低温溶射皮膜が剥離することがある。その結果、低温溶射皮膜が剥離した領域においては、所望の特性を得ることができなくなるという問題が発生する。
【0006】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、アルミニウム合金材の表面に低温溶射皮膜を形成することにより発生するアルミニウム合金材の変形を抑制することができる低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法は、下記(1)の構成からなる。
【0008】
(1) 開断面又は閉断面を有するアルミニウム又はアルミニウム合金材の表面の少なくとも一部の領域に、純鉄、炭素鋼、ステンレス鋼、ニッケル、ニッケル合金、コバルト及びコバルト合金から選択された少なくとも1種を含有する金属粉末を低温溶射して、低温溶射皮膜を形成する工程を有する低温溶射皮膜被覆部材の製造方法であって、
前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、前記金属粉末が低温溶射される外表面と、前記外表面とは反対側の面である内表面と、を有し、
前記低温溶射皮膜が形成される領域に対応する内表面の少なくとも一部の領域に、前記アルミニウム又はアルミニウム合金材の変形を抑制する補強部材を設ける工程を有することを特徴とする低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0009】
また、本発明に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法の好ましい実施形態は、下記(2)~(12)の構成からなる。
【0010】
(2) 前記補強部材は、前記低温溶射皮膜の延在方向と略同一の方向に長手方向を有する形状であることを特徴とする(1)に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0011】
(3) 前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、前記内表面にリブが設けられた形状であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0012】
(4) 前記補強部材は、前記内表面に囲まれた空隙部に挿入される芯材であり、
少なくとも前記低温溶射皮膜を形成する工程において、前記低温溶射皮膜が形成される領域に対応する内表面の少なくとも一部の領域に前記芯材が接しており、
前記低温溶射皮膜を形成する工程の後に、前記芯材を抜去する工程を有することを特徴とする(1)~(3)のいずれか1つに記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0013】
(5) 前記芯材を抜去する工程は、前記低温溶射皮膜が室温に冷却された後に実施されることを特徴とする(4)に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0014】
(6) 前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、少なくとも前記低温溶射皮膜を形成する工程において、前記外表面から押圧されることにより固定されており、
更に、前記低温溶射皮膜を形成する工程の後に、前記アルミニウム又はアルミニウム合金材への押圧を解除する工程を有することを特徴とする(4)又は(5)に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0015】
(7) 前記アルミニウム又はアルミニウム合金材への押圧を解除する工程は、前記低温溶射皮膜が室温に冷却された後に実施されることを特徴とする(6)に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0016】
(8) 前記芯材は、少なくとも前記低温溶射皮膜を形成する工程において、前記芯材の長手方向両端部から中央部に向けて押圧されており、
更に、前記低温溶射皮膜を形成する工程と前記芯材を抜去する工程との間に、前記芯材への押圧を解除する工程を有することを特徴とする(4)~(7)のいずれか1つに記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0017】
(9) 前記芯材は長手方向を有する弾性体からなることを特徴とする(8)に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0018】
(10) 前記芯材への押圧を解除する工程は、前記低温溶射皮膜が室温に冷却された後に実施されることを特徴とする(8)又は(9)に記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0019】
(11) 前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、閉断面の押出材である、(1)~(10)のいずれか1つに記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【0020】
(12) 前記アルミニウム又はアルミニウム合金材は、開断面又は閉断面の鋳造材である、(1)~(10)のいずれか1つに記載の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、アルミニウム合金材の表面に低温溶射皮膜を形成することにより発生するアルミニウム合金材の変形を抑制することができる低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1A】
図1Aは、本発明の第1実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、低温溶射皮膜を形成する工程を示す図である。
【
図1B】
図1Bは、本発明の第1実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、低温溶射皮膜が形成された状態を示す図である。
【
図1C】
図1Cは、本発明の第1実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、第1実施形態により製造された低温溶射皮膜被覆部材を示す図である。
【
図2A】
図2Aは、従来の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、低温溶射皮膜を形成する工程を示す図である。
【
図2B】
図2Bは、従来の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、従来の製造方法により製造された低温溶射皮膜被覆部材を示す図である。
【
図3】
図3は、従来の製造方法により製造された低温溶射皮膜被覆部材の形状を模式的に示す斜視図である。
【
図4A】
図4Aは、本発明の第2実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、低温溶射皮膜を形成する工程を示す図である。
【
図4B】
図4Bは、本発明の第2実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、低温溶射皮膜が形成された状態を示す図である。
【
図4C】
図4Cは、本発明の第2実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、第2実施形態により製造された低温溶射皮膜被覆部材を示す斜視図である。
【
図5A】
図5Aは、本発明の第3実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、低温溶射皮膜を形成する工程を示す図である。
【
図5B】
図5Bは、本発明の第3実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、低温溶射皮膜が形成された状態を示す図である。
【
図5C】
図5Cは、本発明の第3実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、押圧を解除する工程を示す図である。
【
図5D】
図5Dは、本発明の第3実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、第3実施形態により製造された低温溶射皮膜被覆部材を示す図である。
【
図6A】
図6Aは、本発明の第4実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、低温溶射皮膜を形成する工程を示す図である。
【
図6B】
図6Bは、本発明の第4実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、低温溶射皮膜が形成された状態を示す図である。
【
図6C】
図6Cは、本発明の第4実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、押圧を解除する工程を示す図である。
【
図6D】
図6Dは、本発明の第4実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図であって、第4実施形態により製造された低温溶射皮膜被覆部材を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。また本願明細書において、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0024】
本発明者らは、アルミニウム合金材の表面に低温溶射皮膜を形成した場合に、アルミニウム合金材が変形することを抑制する方法について鋭意検討を重ねた。その結果、アルミニウム合金材における低温溶射皮膜を形成する領域の裏面側に、予め補強部材が配設されていることが、変形防止に効果的であることを見出した。
【0025】
以下、本発明に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法について説明する。
【0026】
[低温溶射皮膜被覆部材の製造方法]
本発明に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法は、開断面又は閉断面を有するアルミニウム又はアルミニウム合金材の表面の少なくとも一部の領域に、純鉄、炭素鋼、ステンレス鋼、ニッケル、ニッケル合金、コバルト及びコバルト合金から選択された少なくとも1種を含有する金属粉末を低温溶射して、低温溶射皮膜を形成する工程を有する。また、アルミニウム又はアルミニウム合金材は、金属粉末が低温溶射される外表面と、外表面とは反対側の面である内表面と、を有し、低温溶射皮膜が形成される領域に対応する内表面の少なくとも一部の領域に、アルミニウム又はアルミニウム合金材の変形を抑制する補強部材を設ける工程を有する。
【0027】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法について、更に詳細に説明する。
【0028】
(第1実施形態)
図1A~
図1Cは、本発明の第1実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図である。
【0029】
図1Aに示すように、アルミニウム合金材31は閉断面の押出材であって、内表面31dに囲まれた空隙部(図示せず)を有している。
まず、低温溶射皮膜33を形成する前に、アルミニウム合金材31の空隙部に補強部材として芯材36を挿入する。芯材36は、アルミニウム合金材31の空隙部に嵌合される断面形状を有し、アルミニウム合金材31の長手方向の長さよりも長く形成されている。したがって、芯材36の両端部は、アルミニウム合金材31の一端部31a及び他端部31bから突出し、芯材36とアルミニウム合金材31との間は隙間なく挿入される。なお、上記芯材36は「中子」ともいう。
【0030】
次に、芯材36が挿入されたアルミニウム合金材31の外表面31cにおける一部の領域に、低温溶射法(コールドスプレー法)により金属粉末を低温溶射する。コールドスプレー法とは、ガスと金属粉末とを音速以上の高速で、溶射ヘッド14から所定の領域に吹き付ける方法である。
これにより、
図1Bに示すように、アルミニウム合金材31の外表面31cにおける長手方向の一端部31aから他端部31bに延びる領域に低温溶射皮膜33が形成される。
【0031】
その後、
図1Cに示すように、アルミニウム合金材31から芯材36を抜去することにより、低温溶射皮膜被覆部材35を製造する。芯材36を抜去するタイミングは特に限定されないが、後述する通り、アルミニウム合金材31及び低温溶射皮膜33が冷却される過程で、低温溶射皮膜被覆部材35に変形が発生するため、低温溶射皮膜33が室温に冷却された後であることが好ましい。なお、室温とは、具体的には5~45℃とする。
【0032】
上記第1実施形態では、アルミニウム合金材31の空隙部に芯材36が隙間なく嵌合されている。また、芯材36は低温溶射皮膜33の延在方向と同一の方向に長手方向を有する形状であって、低温溶射皮膜33が形成される領域に対応する内表面に接するように配設されている。したがって、この芯材36が補強部材として作用し、低温溶射皮膜33の形成後に、アルミニウム合金材31及び低温溶射皮膜33が冷却されるまでの間に、低温溶射皮膜被覆部材35が変形することを抑制することができる。
【0033】
なお、本発明においては、上記芯材36の形状に限定されず、少なくとも低温溶射皮膜33を形成する工程において、低温溶射皮膜33が形成される領域に対応する内表面の少なくとも一部の領域に、芯材が接していればよい。ただし、上記第1実施形態に示すように、芯材36が、アルミニウム合金材31の空隙部に隙間なく嵌合されていると、低温溶射皮膜33を形成する位置を自由に設計することができるとともに、低温溶射皮膜被覆部材の変形をより一層抑制することができる。
また、本発明において、芯材36の材料については特に限定されないが、例えば、砂、弾性体、セラミック、樹脂、金属、若しくはこれらの混合物、又はこれらをバインダ等で所望の形状に固化させたもの等を使用することができる。
【0034】
(従来の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法)
比較のため、芯材36を挿入することなく、アルミニウム合金材の表面に低温溶射皮膜を形成した例について説明する。
図2A及び
図2Bは、従来の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図である。また、
図3は、従来の製造方法により製造された低温溶射皮膜被覆部材の形状を示す斜視図である。
【0035】
図2Aに示すように、従来の低温溶射皮膜被覆部材の製造方法では、中空のアルミニウム合金材71の外表面71cにおける一部の領域に、溶射ヘッド74を用いて金属粉末を吹き付ける。
その結果、
図2Bに示すように、アルミニウム合金材71の長手方向の一端部71aから他端部71bに延びる領域に低温溶射皮膜73が形成され、低温溶射皮膜被覆部材75が製造される。
このように製造された低温溶射皮膜被覆部材75は、長手方向に直交する方向における断面視で、低温溶射皮膜73が形成された面が突状に変形している。また、
図3に示すように、製造された低温溶射皮膜被覆部材75において、低温溶射皮膜73が形成された面に注目すると、長手方向中央部が両端部よりも凹み、全体として湾曲した形状となっている。
【0036】
従来の製造方法により製造された低温溶射皮膜被覆部材75が変形する理由について、以下に具体的に説明する。
【0037】
コールドスプレー法によりアルミニウム合金材71の外表面71cに低温溶射皮膜73を形成した場合に、低温溶射皮膜73が形成されている領域は高温となる、ここで、アルミニウム合金材71と低温溶射皮膜73とは、熱伝導率、比熱及び線膨張係数等の特性が異なり、両者の収縮の速さが異なる。しかし、アルミニウム合金材71と低温溶射皮膜73とは接合されているため、冷却の過程でいずれか一方が速く収縮すると、他方にも、
図3の矢印A1に示す方向と矢印A2に示す方向に収縮による応力がかかる。その結果、冷却の過程において、低温溶射皮膜被覆部材75の変形が発生する。
【0038】
一方、上記第1実施形態では、アルミニウム合金材31の空隙部に、収縮による応力を抑制する補強部材としての芯材36を挿入するため、低温溶射皮膜被覆部材35の変形を抑制することができる。
【0039】
(第2実施形態)
図4A~
図4Cは、本発明の第2実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図である。本実施形態においては、使用するアルミニウム合金材の形状が第1実施形態と異なる。
【0040】
図4Aに示すように、アルミニウム合金材11は閉断面の押出材であり、その内表面には1本のリブ12が設けられている。より具体的には、リブ12は、アルミニウム合金材11の内表面に囲まれた空隙部17を、一方の壁面から他方の壁面に向かって横断し、更に、アルミニウム合金材11の長手方向の一端部11aから他端部11bまで延びる形状を有している。
【0041】
まず、アルミニウム合金材11における、リブ12によって仕切られた2つの空隙部に芯材46a及び芯材46bを挿入する。芯材46a及び芯材46bは、それぞれ、2つの空隙部に嵌合される断面形状を有し、いずれも、アルミニウム合金材11の長手方向の長さよりも長く形成されている。したがって、芯材46a及び芯材46bの両端部は、アルミニウム合金材11の一端部11a及び他端部11bから突出し、芯材46a及び芯材46bは、アルミニウム合金材11との間に隙間のない状態で挿入される。
【0042】
次に、芯材46a及び芯材46bが挿入されたアルミニウム合金材11の外表面11cに対して、長手方向の一端部11aから他端部11bに向けて、溶射ヘッド14から金属粉末を低温溶射する。これにより、
図4Bに示すように、アルミニウム合金材11の外表面11cに低温溶射皮膜13が形成される。
【0043】
その後、
図4Cに示すように、アルミニウム合金材11から芯材46a及び芯材46bを抜去することにより、低温溶射皮膜被覆部材45を製造する。芯材46a及び芯材46bを抜去するタイミングは特に限定されないが、上記第1実施形態と同様に、低温溶射皮膜13が室温に冷却された後であることが好ましい。
【0044】
上記第2実施形態では、アルミニウム合金材11の空隙部に、芯材46a及び芯材46bが隙間なく嵌合されている。また、芯材46a及び芯材46bは、低温溶射皮膜13の延在方向と同一の方向に長手方向を有し、低温溶射皮膜13が形成される領域に対応する内表面に接するように配設されている。したがって、芯材46a及び芯材46bが補強部材として作用し、アルミニウム合金材11及び低温溶射皮膜13が冷却されるまでの間に、低温溶射皮膜被覆部材45が変形することを抑制することができる。
また、第2実施形態においても、アルミニウム合金材11の2つの空隙部に芯材46a及び芯材46bを隙間なく嵌合させているため、低温溶射皮膜13を形成する位置を自由に設計することができる。
【0045】
なお、上記第2実施形態では、芯材46a及び芯材46bは、アルミニウム合金材11の空隙部に隙間なく嵌合されているが、本発明においてはこのような構成に限定されない。例えば、芯材46a及び芯材46bの少なくとも一方が、少なくとも低温溶射皮膜13を形成する工程において、低温溶射皮膜13が形成される領域に対応する内表面における少なくとも一部の領域に接するように配設されていればよい。
また、上記第2実施形態に示す形状のアルミニウム合金材11を使用する場合には、必ずしも芯材46a及び芯材46bの両方を空隙部に挿入する必要はなく、2つの空隙部のうち、いずれか一方の空隙部にのみ補強部材となる芯材を挿入してもよい。
【0046】
また、アルミニウム合金材11のリブ12の数、形状及び厚さについても特に限定されず、例えば、アルミニウム合金材の要求される強度に応じて、2本以上のリブが設けられたアルミニウム合金材を使用することもできる。具体的には、アルミニウム合金材の内表面に囲まれた空隙部において、互いに平行な2本のリブが、一方の壁面から他方の壁面に向かって横断しているとともに、アルミニウム合金材の長手方向の一端部から他端部まで延びる形状であってもよい。
更に、複数のリブは互いに平行である必要はなく、また、2本のリブが十字状に交差する形状でもよい。
【0047】
なお、例えば、互いに平行な2本のリブが設けられたアルミニウム合金材を用いた場合には、3つの空隙部を有するため、低温溶射皮膜を形成する領域等に応じて、少なくとも1つの空隙部、例えば中央の空隙部に芯材を挿入すれば、変形を抑制する効果を得ることができる。
また、3本の芯材を各空隙部に挿入することにより、低温溶射皮膜の形成による変形をより一層抑制することができる。
更に、十字状に交差するリブが形成されたアルミニウム合金材は、4つの空隙部を有するものとなるが、上記平行な2本のリブを有するアルミニウム合金材と同様に、少なくとも1本の芯材を空隙部に挿入すればよく、全ての空隙部に芯材を挿入することが最も好ましい。
【0048】
(第3実施形態)
図5A~
図5Dは、本発明の第3実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を説明するための模式的な斜視図である。第3実施形態は、
図1A~
図1Cに示す第1実施形態の変形例であるため、上記第1実施形態と同一又は同等部分については、図面に同一符号を付してその説明を省略又は簡略化する。
【0049】
図5Aに示すように、本実施形態においては、アルミニウム合金材31の空隙部に芯材36を挿入する。芯材36は、例えば、アルミニウム合金材31の空隙部に隙間なく嵌合される断面形状を有している。
その後、芯材36をその両端部から押圧するとともに、アルミニウム合金材31の外表面31cを押圧することにより、アルミニウム合金材31を固定する。具体的には、芯材36の長手方向両端部から中央部に向かって芯材36を挟持するように、矢印P1で示す方向に押圧する。また、アルミニウム合金材31の外表面31cにおいて、低温溶射皮膜33を形成する面と、その反対側の面からアルミニウム合金材31を挟持するように、矢印P2で示す方向に押圧する。
【0050】
アルミニウム合金材31の外表面31cに対して押圧する位置は特に限定されないが、低温溶射皮膜33を形成する面を正面視したとき、4角に近い領域を押圧するとともに、低温溶射皮膜33を形成する面と反対側の面においても、上記4角に近い領域を押圧することが好ましい。低温溶射皮膜33を形成する面の4角に近い領域とは、アルミニウム合金材31の一端部31a及び他端部31bに近い領域であって、それぞれ、低温溶射皮膜33に対して対称となる各2領域を示す。
このように、アルミニウム合金材31を固定する手段として、低温溶射皮膜33を形成する面及びその反対側の面において、それぞれ対応する合計8領域を押圧する方法を用いることが好ましく、上記2面で対応する領域であれば、押圧する領域が増大するほどより好ましい。また、低温溶射皮膜33を形成する面において、低温溶射皮膜33を形成しない全領域、及びこの反対側の面の対応する全領域を押圧することが更に好ましい。
【0051】
その後、
図5Bに示すように、アルミニウム合金材31の外表面31c及び芯材36の両端部が押圧されている状態で、低温溶射皮膜33を形成する。
【0052】
その後、
図5Cに示すように、アルミニウム合金材31の外表面31cに対する押圧を解除するとともに、芯材36への押圧を解除する。アルミニウム合金材31及び芯材36への押圧を解除するタイミングは特に限定されないが、芯材36を抜去するタイミングと同様に、低温溶射皮膜33が室温に冷却された後であることが好ましい。
【0053】
その後、
図5Dに示すように、アルミニウム合金材31から芯材36を抜去することにより、低温溶射皮膜被覆部材55を製造する。芯材36を抜去するタイミングは、芯材36への押圧を解除した後であれば、特に限定されないが、低温溶射皮膜33が室温に冷却された後であることが好ましい。
【0054】
上記第3実施形態に係る製造方法では、芯材36をP1に示す方向に押圧することにより、アルミニウム合金材31に対して、
図3の矢印A2に示す方向への応力を抑制する効果を向上させることができる。更に、アルミニウム合金材31をP2に示す方向に押圧することにより、アルミニウム合金材31に対して、
図3の矢印A1に示す方向への応力を抑制する効果を向上させることができる。その結果、
図1A~
図1Cに示す第1実施形態と比較して、低温溶射皮膜被覆部材55の変形をより一層抑制することができる。
【0055】
(第4実施形態)
図6A~
図6Dは、本発明の第4実施形態に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を模式的に示す斜視図である。第4実施形態は、
図5A~
図5Dに示す第3実施形態の変形例であるため、上記第3実施形態と同一又は同等部分については、図面に同一符号を付してその説明を省略又は簡略化する。
本実施形態では、弾性体からなる芯材66を使用している。また、芯材66は長手方向を有し、芯材66の長手方向に直交する方向の断面は、アルミニウム合金材31の空隙部における断面よりも、若干小さくなるように設計されている。
【0056】
まず、アルミニウム合金材31の空隙部に芯材66を挿入する。このとき、芯材66はアルミニウム合金材31の空隙部よりも若干小さいため、芯材66とアルミニウム合金材31との間には、わずかな隙間が生じる。
その後、
図6Aに示すように、芯材66をその両端部から押圧するとともに、アルミニウム合金材31の外表面31cを押圧する。芯材66は弾性体からなるため、その両端部から押圧すると、長手方向の長さは小さくなるのに対し、長手方向に直行する面の断面積が大きくなり、芯材66とアルミニウム合金材31との間が隙間なく接触する。これにより、アルミニウム合金材31が固定される。アルミニウム合金材31及び芯材66を押圧する位置及び方向は、上記第3実施形態と同様である。
【0057】
その後、
図6Bに示すように、アルミニウム合金材31の外表面31c及び芯材66の両端部が押圧されている状態で、低温溶射皮膜33を形成する。
【0058】
その後、
図6Cに示すように、アルミニウム合金材31の外表面31cに対する押圧を解除するとともに、芯材66への押圧を解除する。これにより、アルミニウム合金材31と芯材66との間には、再び隙間が生じる。アルミニウム合金材31及び芯材66への押圧を解除するタイミングについても、上記第3実施形態と同様である。
【0059】
その後、
図6Dに示すように、アルミニウム合金材31から芯材66を抜去することにより、低温溶射皮膜被覆部材65を製造する。
【0060】
上記第4実施形態では、芯材66の断面積がアルミニウム合金材31の空隙部の断面積よりも小さいため、アルミニウム合金材31の空隙部に隙間なく芯材36が挿入される第3及び第3実施形態と比較して、容易に芯材66を挿入することができる。
また、上記の通り、芯材66の両端部から中央部に向けて押圧することにより、アルミニウム合金材31と芯材66との間は完全に密着するため、効果的にアルミニウム合金材を固定することができ、これにより、低温溶射皮膜被覆部材65の変形を抑制することができる。
さらに、芯材66への押圧を解除することにより、アルミニウム合金材31と芯材66との間には再び隙間が生じるため、アルミニウム合金材31から容易に芯材66を抜去することができる。
【0061】
以上、第1~第4実施形態の各実施形態について詳細に説明した。続いて、上記第1~第4実施形態において使用することができるアルミニウム合金材、低温溶射皮膜の材料となる金属粉末、及び芯材について、以下で詳細に説明する。
【0062】
<アルミニウム合金材>
本発明において、アルミニウム合金材の材質については特に限定されないが、例えば、5000系、6000系及び7000系のアルミニウム合金を適用することができる。また、アルミニウム合金材及び補強部材としてのリブの厚さについても特に限定されないが、例えば、0.5mm~5.0mmであることが好ましい。ただし、リブの厚さについては、上述の通り、低温溶射皮膜の幅に応じて自由に設計することができる。
【0063】
上記実施形態において、アルミニウム合金材は、押出成形により成形された押出材を使用したが、鋳型を用いた鋳造により成形された鋳造材であってもよい。なお、押出成形により閉断面のアルミニウム合金材を製造することができ、鋳造により開断面又は閉断面のアルミニウム合金材を製造することができる。開断面の鋳造材であっても、低温溶射皮膜の形成により変形が発生することがあるため、本発明に係る低温溶射皮膜被覆部材の製造方法を適用することにより、変形を抑制することができる。
【0064】
<金属粉末>
低温溶射皮膜を形成するための金属粉末としては、純鉄、炭素鋼、ステンレス鋼、ニッケル、ニッケル合金、コバルト及びコバルト合金から選択された少なくとも1種を含有するものとし、これらの中から、目的に応じて金属種を選択することができる。また、これらの金属粉末を用いて形成する低温溶射皮膜の厚さは特に限定されないが、例えば、0.2mm~3.0mmとすることが好ましい。
なお、本願明細書において、純鉄とは、工業用として容易に入手が可能であり、純度が99.9質量%以上のものを表す。また、炭素鋼とは、鉄と炭素を主成分とし、ケイ素、マンガン、不純物リン、硫黄及び銅等を微量に含む鉄鋼材料を表し、ステンレス鋼とは、鉄にCr及びNi等が添加された鉄鋼材料を表す。なお、ニッケル合金としては、通称インコネル合金、インコロイ合金、ハステロイ合金と呼ばれるNiを主成分として、Mo、Fe、Co、Cr、Mnなどを適当量添加した合金を用いることができる。
【0065】
金属粉末の粒子径については特に限定されないが、コールドスプレーのガス圧を1MPa以下の低圧条件とした場合には、例えば20μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましい。
一方、ガス圧を1MPa~5MPaの高圧条件とした場合には、例えば100μm以下であることが好ましく、50μm以下であることがより好ましい。
また、金属粉末の粒子形状についても特に限定されない。
【0066】
<芯材>
芯材の材料は特に限定されないが、例えば、砂、弾性体、セラミック、樹脂、金属、若しくはこれらの混合物、又はこれらをバインダ等で所望の形状に固化させたもの等を使用することができる。例えば、芯材を金属により形成する場合には、熱伝導性が優れた銅やアルミニウム合金等を使用してもよい。
また、砂をバインダで固化させることにより作成した芯材は、加工が容易であり、低温溶射皮膜の形成後に、芯材を破壊しながら抜去することができる。更に、弾性体を芯材とした場合には、アルミニウム合金材に容易に挿入・抜去することができ、再利用が可能となるため好ましい。
なお、弾性体としてはゴムを使用することが好ましく、低温溶射皮膜を形成するため、耐熱温度が高いゴムであることがより好ましい。耐熱温度が高いゴムとしては、例えば、シリコーンゴム又はフッ素ゴム等を使用することができる。
【符号の説明】
【0067】
11,31,71 アルミニウム合金材
12 リブ
13,33,73 低温溶射皮膜
14,74 溶射ヘッド
35,45,55,65,75 低温溶射皮膜被覆部材
36,46a,46b,66 芯材