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特許7440519遺伝子組換え微生物及びジアミン化合物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】遺伝子組換え微生物及びジアミン化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20240220BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20240220BHJP
   C12P 13/00 20060101ALI20240220BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20240220BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20240220BHJP
【FI】
C12N1/21
C12N15/31 ZNA
C12P13/00
C12N15/53
C12N15/54
【請求項の数】 19
(21)【出願番号】P 2021534076
(86)(22)【出願日】2020-07-22
(86)【国際出願番号】 JP2020028456
(87)【国際公開番号】W WO2021015242
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2022-01-19
(31)【優先権主張番号】P 2019134306
(32)【優先日】2019-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【弁理士】
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100172683
【弁理士】
【氏名又は名称】綾 聡平
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】山田 祐太朗
(72)【発明者】
【氏名】米田 久成
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/022440(WO,A2)
【文献】国際公開第2018/022633(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2019-0084694(KR,A)
【文献】Microb. Cell Fact.,2012年,Vol. 11:90,p. 1-11
【文献】Metab. Eng.,2014年,Vol. 25,p. 227-237
【文献】Biotechnol. Biofuels,2017年,Vol. 10:291,p. 1-10
【文献】J. Am. Chem. Soc.,2014年,Vol. 136,p. 11644-11654
【文献】Metab. Eng.,2014年,Vol. 25,p. 227-237
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 - 15/90
C12N 1/21
C12P 13/00 - 13/24
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外来性のアミノ基転移酵素および外来性のカルボン酸還元酵素を発現する遺伝子組換え微生物であって
アルコールデヒドロゲナーゼの活性が非低下株と比較して低下するように改変が行われ、
前記アルコールデヒドロゲナーゼが、
qhDおよびfucO、
yqhDおよびadhP、
yqhDおよびeutG、
yqhDおよびybbO、
yqhDおよびahr、
yqhDおよびyahK、
yqhD、fucOおよびadhP、
yqhD、fucO、adhPおよびeutG、
yqhD、fucO、adhP、eutGおよびybbO、
yqhD、fucO、adhP、eutG、ybbOおよびahr、並びに、
yqhD、fucO、adhP、eutG、ybbO、ahrおよびyahK
からなる群より選択される1種の組み合わせに係る遺伝子
によってコードされるタンパク質であり、
エッセリシア・コリ(Escherichia coli)であり、
ヘキサメチレンジアミンを産生する能力を持つ、遺伝子組換え微生物。
【請求項2】
前記アルコールデヒドロゲナーゼの活性が非低下株と比較して低下するような改変が、
前記アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現が抑制される改変であるか、または、
前記アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現が抑制され、かつ、前記アルコールデヒドロゲナーゼの活性が抑制される改変である、請求項1に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項3】
前記アルコールデヒドロゲナーゼの活性が非低下株と比較して低下するような改変が、
前記微生物内の前記アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の転写量および/または翻訳量を低下させること、ならびに
前記微生物内の前記アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を破壊すること
からなる群より選択される1以上によって行われる、請求項1または2に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項4】
前記yqhDが、
・配列番号2の塩基配列からなるDNA、
・配列番号2の塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは、
・配列番号2の塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列であって、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA
であるか、または
前記yqhDが、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードし、
前記fucOが、
・配列番号4の塩基配列からなるDNA、
・配列番号4の塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは、
・配列番号4の塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列であって、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA
であるか、または
前記fucOが、配列番号3のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードし、
前記adhPが、
・配列番号6の塩基配列からなるDNA、
・配列番号6の塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは、
・配列番号6の塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列であって、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA
であるか、または
前記adhPが、配列番号5のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードし、
前記eutGが、
・配列番号10の塩基配列からなるDNA、
・配列番号10の塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは、
・配列番号10の塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列であって、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA
であるか、または
前記eutGが、配列番号のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードし、
前記ybbOが、
・配列番号の塩基配列からなるDNA、
・配列番号の塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは、
・配列番号の塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列であって、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA
であるか、または
前記ybbOが、配列番号のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードし、
前記ahrが、
・配列番号12の塩基配列からなるDNA、
・配列番号12の塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは、
・配列番号12の塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列であって、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA
であるか、または
前記ahrが、配列番号11のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードし、
前記yahKが、
・配列番号14の塩基配列からなるDNA、
・配列番号14の塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは、
・配列番号14の塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列であって、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA
であるか、または
前記yahKが、配列番号13のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする、請求項1~3のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項5】
前記外来性のカルボン酸還元酵素が、カルボン酸セミアルデヒド、ジカルボン酸、もしくはアミノカルボン酸のカルボキシル基をアルデヒドに変換する活性を持つ請求項1~4のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項6】
アジピン酸、アジピン酸セミアルデヒド、もしくは6-アミノヘキサン酸を産生する能力を持、請求項1~のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項7】
外来性のホスホパンテテイニル基転移酵素をさらに発現し、
前記外来性のホスホパンテテイニル基転移酵素の活性を増大させる改変が更に行われている、請求項5または6に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項8】
前記外来性のアミノ基転移酵素をコードする遺伝子がygjGである、請求項のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項9】
前記外来性のカルボン酸還元酵素をコードする遺伝子がMaCarである、請求項のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項10】
前記外来性のホスホパンテテイニル基転移酵素をコードする遺伝子がNptである、請求項のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項11】
配列番号115に示す塩基配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ、アミノ基転移酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含むか、あるいは
配列番号110~114のいずれかに示すアミノ酸配列をコードする塩基配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ、アミノ基転移酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む、請求項1~10のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項12】
配列番号105に示す塩基配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ、カルボン酸還元酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含むか、あるいは
配列番号101~104のいずれかに示すアミノ酸配列をコードする塩基配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ、カルボン酸還元酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む、請求項1~11のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項13】
配列番号109に示す塩基配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ、ホスホパンテテイニル基転移酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含むか、あるいは
配列番号106~108のいずれかに示すアミノ酸配列をコードする塩基配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ、ホスホパンテテイニル基転移酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む、請求項12のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項14】
アシル-(アシル輸送タンパク質(ACP))還元酵素(AAR)、
アシルCoAからアルデヒドを生産する酵素、
アシルリン酸からアルデヒドを生成する酵素
から成る群より選択される1以上の酵素を発現する、請求項1~13のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項15】
請求項1~14のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物を用いたヘキサメチレンジアミンの製造方法。
【請求項16】
請求項1~14のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物を、炭素源および窒素源を含有する培地で培養し、菌体を含む培養液を得る培養工程を含む、ヘキサメチレンジアミンの製造方法。
【請求項17】
前記培地が更にヘキサメチレンジアミンの前駆体を含むか、または
前記培養工程において、前記培地に前記前駆体を添加することを含む、請求項16に記載のヘキサメチレンジアミンの製造方法。
【請求項18】
前記培養液および/または前記菌体を、ヘキサメチレンジアミンの前駆体を含有する水溶液と接触させてヘキサメチレンジアミンを含む反応液を得る反応工程を含む、請求項16または17に記載のヘキサメチレンジアミンの製造方法。
【請求項19】
前記前駆体が、ジカルボン酸、カルボン酸セミアルデヒド、アミノカルボン酸、アミノアルデヒド、ジアルデヒド、アシル-ACP、アシル-CoAおよびアシルリン酸から成る群から選択される、請求項17または18に記載のヘキサメチレンジアミンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジアミン化合物を生産する遺伝子組換え微生物及びジアミン化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジアミン化合物は、ポリアミド樹脂を始めとする高分子の原料などとして広く利用されている。工業的に利用されているジアミン化合物として、代表的な化合物は、ヘキサメチレンジアミン(1,6-ジアミノヘキサン)、ヘプタメチレンジアミン(1,7-ジアミノヘプタン)、オクタメチレンジアミン(1,8-ジアミノオクタン)、デカメチレンジアミン(1,10-ジアミノデカン)、ドデカメチレンジアミン(1,12-ジアミノドデカン)などがあげられる。
【0003】
例えば、ヘキサメチレンジアミンは、ブタジエンのヒドロシアン化、アクリロニトリルの電解二量化もしくは、アジピン酸のニトリル化によってアジポニトリルを得、さらにニッケルなどを触媒とした水素付加により合成される。(非特許文献1)本方法により、ヘキサメチレンジアミンは工業的に生産されているが、一旦、アジポニトリルの合成を行った後、水素付加反応を行う。また、デカンジアミン、オクタンジアミン、ドデカンジアミンなどは、上記、アジピン酸原料と同様に、対応するジニトリルを得、水素付加により合成する方法が知られている。(特許文献1、2)
【0004】
近年、化成品製造プロセスにおいては、枯渇が危惧され、かつ地球温暖化の一因とされている化石燃料由来の原料から、バイオマス由来などの再生可能な原料への転換が望まれている。本課題に対して、1,3-ジアミノプロパン(非特許文献2)、1,4-ジアミノブタン、1,5-ジアミノペンタン(非特許文献3)、4-アミノフェニルエチルアミン(非特許文献4)などのジアミン化合物について、遺伝子組換えにより代謝改変された微生物を用いた製造方法が公開されている。
【0005】
なかでも遺伝子組換え微生物を用い、細胞内のジカルボン酸やアミノカルボン酸、ジアルデヒドなどから、外来酵素、例えばカルボン酸脱炭酸酵素、アミノトランスフェラーゼを組み合わせてジアミンを生産する方法は基質となる化合物の適用性が広く、例えばヘキサメチレンジアミン(特許文献3、4)、ヘプタメチレンジアミン(特許文献5)が報告されている。
【0006】
特許文献3は、ヘキサメチレンジアミン生産経路を有するように改変された微生物宿主で、欠失や破壊によって収率向上が予想される酵素遺伝子を、インシリコでの代謝シミュレーションを基に予想し、例示している。しかしながら、ヘキサメチレンジアミン生産経路中の中間体に由来する副生物やその抑制方法についてはなんら言及されていない。
【0007】
特許文献4は、6-ヒドロキシヘキサン酸を経由した酵素反応経路によるヘキサメチレンジアミンの生産方法を記載している。しかしながら、遺伝子組換えにより新規に構築されたヘキサメチレンジアミン生産経路中の中間体に由来する副生物の生成、およびその抑制方法については言及されていない。
【0008】
特許文献5は、ピメリン酸等を経由する酵素反応経路を利用したヘプタメチレンジアミンの生産方法を記載している。しかしながら、反応経路中の中間体に由来する副生物の生成、およびその抑制方法については言及されていない。
【0009】
従って先行技術では、ジアミン化合物への変換経路に起因する、副生物の生成、およびその抑制方法についてついては何ら開示されていない。遺伝子組換え微生物によるジアミン化合物生産において、副生物をより効果的に抑制し、ジアミン化合物を効率的に生産可能な技術が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開昭57-70842号公報
【文献】特公昭49-24446号公報
【文献】特開2015-146810号公報
【文献】特開2017-544854号公報
【文献】特表2014-525741号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Process Economics Program Report 31B (IHS market)
【文献】Chae, T. et al., Metabolic engineering of Escherichia coli for the production of 1,3-diaminopropane, a three carbon diamine., Sci Rep. 2015 Aug 11;5:13040
【文献】Tsuge,Y. et al.,Engineering cell factories for producing building block chemicals for bio-polymer synthesis.,Microb. Cell Fact.,Vol.,15,19(2016)
【文献】Masuo, S., et al, Bacterial fermentation platform for producing artificial aromatic amines., Scientific Reports volume 6, Articlenumber:25764 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、ジアミン化合物を生産する微生物、及び、ジアミン化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは検討を進める中で、ジアミン化合物生産経路を有する微生物において、内因性のアルコールデヒドロゲナーゼ活性により、ジアミン生合成経路中間体に由来するアルコール体が副生することを見出した。本発明者らは鋭意検討を行った結果、宿主微生物のアルコールデヒドロゲナーゼ活性を低下するよう改変を行うことにより、副生成物であるアルコール体の生成を抑制しうること、および/または、ジアミン化合物の生成量を向上させうることを見出し、本発明をなすに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下を提供する。
[1]ジアミン化合物合成に関与する酵素を発現する微生物であって、
該ジアミン化合物が、式:HN-R-NH
(式中、RはC、H、O、N、Sから成る群より選択される1以上の原子から構成される鎖状または環状の有機基である。)
で表され、
アルコールデヒドロゲナーゼの活性が非低下株と比較して低下するように改変が行われた、遺伝子組換え微生物;
[2]アルコールデヒドロゲナーゼの活性が非低下株と比較して低下するような改変が、
アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現が抑制される改変であるか、または、
アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現が抑制され、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼの活性が抑制される改変である、[1]に記載の遺伝子組換え微生物;
[3]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、
・配列番号2、4、6、8、10、12、14、16、18、20、22、24、26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48、50、52、54、56、58、60、62、64、66、68、70、72、74、76、78、80、82、84、86、88、90、92、94、96、98および100から選択される塩基配列からなるDNA、
・配列番号2、4、6、8、10、12、14、16、18、20、22、24、26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48、50、52、54、56、58、60、62、64、66、68、70、72、74、76、78、80、82、84、86、88、90、92、94、96、98および100から選択される塩基配列と85%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、
・配列番号2、4、6、8、10、12、14、16、18、20、22、24、26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48、50、52、54、56、58、60、62、64、66、68、70、72、74、76、78、80、82、84、86、88、90、92、94、96、98および100から選択される塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列であって、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、または
・配列番号2、4、6、8、10、12、14、16、18、20、22、24、26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48、50、52、54、56、58、60、62、64、66、68、70、72、74、76、78、80、82、84、86、88、90、92、94、96、98および100から選択される塩基配列の縮重異性体からなるDNA
によってコードされるタンパク質である、[1]または[2]に記載の組換え微生物;
[4]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、17、19、21、23、25、27、29、31、33、35、37、39、41、43、45、47、49、51、53、55、57、59、61、63、65、67、69、71、73、75、77、79、81、83、85、87、89、91、93、95、97および99から選択されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質である、[1]~[3]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[5]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、yqhDfucOadhPybbOeutGahryahK、adhEybdRdkgAyiaYfrmAdkgByghAydjGgldAyohFyeaE、ADH1ADH2ADH3ADH4ADH5ADH6ADH7SFA1AAD3AAD4AAD10AAD14AAD15YPR1NCgl0324NCgl0313NCgl0219NCgl2709NCgl1112NCgl2382NCgl0186NCgl0099NCgl2952NCgl1459yogAbdhKbdhJakrNyqkFyccKiolSおよびyrpGからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされるタンパク質である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[6]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、yqhDfucOadhPeutGybbOahryahKからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされるタンパク質である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[7]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、yqhDおよびadhPからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされるタンパク質である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[8]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、adhP遺伝子によってコードされるタンパク質である、[7]に記載の遺伝子組換え微生物;
[9]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、yqhDfucOeutGybbOahr、およびyahKからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされるタンパク質である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[10]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、eutGybbOahr、およびyahKからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされるタンパク質である、[9]に記載の遺伝子組換え微生物;
[11]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、yqhDfucOadhPeutGybbOahrおよびyahKからなる群より選択される2以上の遺伝子によってコードされるタンパク質である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[12]前記アルコールデヒドロゲナーゼが、
yqhDおよびfucO
yqhDおよびadhP
yqhDおよびeutG
yqhDおよびybbO
yqhDおよびahr
yqhDおよびyahK
yqhDfucOおよびadhP
yqhDfucOadhPおよびeutG
yqhDfucOadhPeutGおよびybbO
yqhDfucOadhPeutGybbOおよびahr、並びに、
yqhDfucOadhPeutGybbOahrおよびyahK
からなる群より選択される1種の組み合わせに係る遺伝子によってコードされるタンパク質である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[13]前記アルコールデヒドロゲナーゼの活性が非低下株と比較して低下するような改変が、
前記微生物内の前記アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の転写量および/または翻訳量を低下させること、ならびに
前記微生物内の前記アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を破壊すること
からなる群より選択される1以上によって行われる、[1]~[12]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[14]上記遺伝子組換え微生物が、エッセリシア属、コリネバクテリウム属、バチルス属、アシネトバクター属、バークホルデリア属、シュードモナス属、クロストリジウム属、サッカロマイセス属、シゾサッカロマイセス属、ヤロウィア属、カンジタ属、ピキア属およびアスペルギルス属からなる群より選択される属に属する[1]~[13]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[15]上記遺伝子組換え微生物が、エッセリシア・コリ(Escherichia coli)である、[1]~[14]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[16]前記ジアミン化合物合成に関与する酵素として、アミノ基転移酵素を発現する[1]~[15]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[17]前記ジアミン化合物合成に関与する酵素として、カルボン酸還元酵素を発現する[1]~[16]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[18]前記カルボン酸還元酵素が、カルボン酸セミアルデヒド、ジカルボン酸、もしくはアミノカルボン酸のカルボキシル基をアルデヒドに変換する活性を持つ[17]に記載の遺伝子組換え微生物;
[19]ジカルボン酸、カルボン酸セミアルデヒド、もしくはアミノカルボン酸を産生する能力を持ち、
さらにアミノ基転移酵素、およびカルボン酸還元酵素を発現することを特徴とする[1]~[18]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[20]アジピン酸、アジピン酸セミアルデヒド、もしくは6-アミノヘキサン酸を産生する能力を持ち、
さらにアミノ基転移酵素、およびカルボン酸還元酵素を発現することを特徴とする[1]~[19]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[21]ホスホパンテテイニル基転移酵素の活性を増大させる改変が更に行われている、[11]~[20]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[22]前記アミノ基転移酵素をコードする遺伝子がygjGである、[16]~[21]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[23]前記カルボン酸還元酵素をコードする遺伝子がMaCarである、[17]~[22]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[24]前記ホスホパンテテイニル基転移酵素をコードする遺伝子がNptである、[21]~[23]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[25]配列番号115に示す塩基配列と85%以上の配列同一性を有し、かつ、アミノ基転移酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含むか、あるいは
配列番号110~114のいずれかに示すアミノ酸配列をコードする塩基配列と85%以上の配列同一性を有し、かつ、アミノ基転移酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む、[1]~[24]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[26]配列番号105に示す塩基配列と85%以上の配列同一性を有し、かつ、カルボン酸還元酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含むか、あるいは
配列番号101~104のいずれかに示すアミノ酸配列をコードする塩基配列と85%以上の配列同一性を有し、かつ、カルボン酸還元酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む、[1]~[25]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[27]配列番号109に示す塩基配列と85%以上の配列同一性を有し、かつ、ホスホパンテテイニル基転移酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含むか、あるいは
配列番号106~108のいずれかに示すアミノ酸配列をコードする塩基配列と80%以上の配列同一性を有し、かつ、ホスホパンテテイニル基転移酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む、[21]~[26]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[28]アシル-(アシル輸送タンパク質(ACP))還元酵素(AAR)、
アシルCoAからアルデヒドを生産する酵素、
アシルリン酸からアルデヒドを生成する酵素
から成る群より選択される1以上の酵素を発現する、[1]~[27]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物;
[29][1]~[28]のいずれか1項に記載の遺伝子組換え微生物を用いたジアミン化合物の製造方法;
[30][1]~[28]に記載する遺伝子組換え微生物を、炭素源および窒素源を含有する培地で培養し、菌体を含む培養液を得る培養工程を含む、ジアミン化合物の製造方法;
[31]前記培地が更にジアミン化合物の前駆体を含むか、または
前記培養工程において、前記培地に前記前駆体を添加することを含む、[30]に記載のジアミン化合物の製造方法;
[32]前記培養液および/または前記菌体を、ジアミン化合物の前駆体を含有する水溶液と接触させてジアミン化合物を含む反応液を得る反応工程を含む、[30]または[31]に記載のジアミン化合物の製造方法;
[33]前記前駆体が、ジカルボン酸、カルボン酸セミアルデヒド、アミノカルボン酸、アミノアルデヒド、ジアルデヒド、アシル-ACP、アシル-CoAおよびアシルリン酸から成る群から選択される、[31]または[32]に記載のジアミン化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、ジアミン化合物を生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の遺伝子組換え微生物におけるジアミン化合物の生産経路例として、各種の前駆体からアミンへの官能基変換を模式的に示す。
図2】ADH遺伝子を破壊した大腸菌株を、1,6-ヘキサンジオール含有培地にて48時間培養した後の、培養上清中の1,6-ヘキサンジオール濃度を示す。
図3】pDA56のプラスミドマップである。図中、「lacI」はlacI遺伝子を、「T7 Promoter」はT7プロモーターを、「T7 Terminator」はT7ターミネーターを、「ygjG」はEscherichia coli由来ygjG遺伝子を、「MaCar」はMycobacterium abcessus由来のカルボン酸還元酵素遺伝子を、「Npt」はNocardia iowensis由来のホスホパンテテイニル基転移酵素遺伝子を、「CAT」はクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子を、「P15Aori」は複製起点を、それぞれ示している。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0018】
本発明にかかる遺伝子組換え微生物は、ジアミン化合物生産経路を有し、更にアルコールデヒドロゲナーゼ活性が低下するように改変が行われた遺伝子組換え微生物である。ここで、改変には、塩基の置換、欠失、挿入および/または付加が含まれる。以下、「遺伝子組換え微生物」を、単に「組換え微生物」とも称する。
【0019】
上記組換え微生物は、ジアミン化合物合成に関与する酵素またはジアミン化合物合成に関与する酵素群を発現する。ジアミン化合物合成に関与する酵素としては、例えば、カルボン酸還元酵素およびアミノ基転移酵素が挙げられる。カルボン酸還元酵素は、図1に示すように、例えば、カルボン酸セミアルデヒド、ジカルボン酸、もしくはアミノカルボン酸のカルボキシル基をアルデヒドに変換する活性を有する。アミノ基転移酵素は、図1に示すように、アルデヒドをアミンに変換する活性を有する。本発明において、微生物に関して、「ジアミン化合物合成に関与する酵素またはジアミン化合物合成に関与する酵素群を発現する」とは、宿主微生物自体が、かかる酵素または酵素群を発現する能力を有していてもよいし、あるいは、宿主微生物に対して、かかる酵素または酵素群を発現するような改変が行われていてもよいことを意味する。
【0020】
本発明における「ジアミン化合物」(以下、単に「ジアミン」とも称する。)は式:HN-R-NHで表される。式中、Rは、C、H、O、N、Sから成る群より選択される1以上の原子から構成される、鎖状または環状の2価の有機基である。鎖状の有機基には、直鎖の有機基および分岐の有機基が含まれる。環状の有機基には、脂環式の有機基、複素環式の有機基、他環式の有機基、および芳香族の有機基が含まれる。
【0021】
Rを構成する有機基としては、例えば、メチレン基、エチレン基、ビニレン基、トリメチレン基、プロピレン基、プロペニレン基、テトラメチレン基、イソブチレン基、ペンタメチレン基、ヘキサメチレン基、オクタメチレン基などの脂肪族炭化水素基、シクロブチレン基、シクロペンチレン基、シクロヘキシレン基、シクロヘプチレン基、シクロオクチレン基、シクロヘキセニレン基、シクロヘキサジエニレン基などの脂環式炭化水素基、o-フェニレン基、m-フェニレン基、p-フェニレン基、ジフェニレン基、ナフチレン基、1,2-フェニレンジメチレン基、1,3-フェニレンジメチレン基、1,4-フェニレンジメチレン基、1,4-フェニレンジエチレン基、メチレンジフェニレン基、エチレンジフェニレン基などの芳香族炭化水素基、オキシ基、カルボニル基などの酸素を含む特性基、メチレンジオキシ基、エチレンジオキシ基などのエーテル基、オキサリル基、マロニル基、スクシニル基、グルタリル基、アジポイル基、スペロイル基、o-フタロイル基、m-フタロイル基、p-フタロイル基などのアシル基、チオ基、チオカルボニル基などの硫黄を含む特性基、イミノ基、アゾ基などの窒素を含む特性基、さらにはそれらの組み合わせによるものが挙げられるが、これらに限定されない。
【0022】
また、Rには、1以上の置換基が含まれてもよい。Rに含まれ得る置換基としては、例えば、アミノ基、カルボキシ基、シアノ基、ニトロ基、ヒドロキシ基、チオール基などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0023】
一態様において、Rは、鎖状および環状の炭化水素であり、鎖状の炭化水素には、直鎖ならびに分岐の飽和および不飽和の炭化水素が含まれる。好ましい一態様においては、Rは、炭素数3~20の炭化水素基である。より好ましくは、Rは、式:CH(CHCHで表される直鎖飽和炭化水素基であり、式中、nは、1、2、3、4、5、6、7、8、9または10である。さらに好ましくは、nは2、3、4、5、6、7または8であり、特に好ましくは、nは4、5、6、7または8である。
【0024】
典型的なジアミン化合物としては、1,3-ジアミノプロパン(トリメチレンジアミン)、1,4-ジアミノブタン(テトラメチレンジアミン、プトレシン)、1,5-ジアミノペンタン(ペンタメチレンジアミン、カダベリン)、1,6-ジアミノヘキサン(ヘキサメチレンジアミン)、1,7-ジアミノヘプタン(ヘプタメチレンジアミン)、1,8-ジアミノオクタン(オクタメチレンジアミン)、1,9-ジアミノノナン(ノナメチレンジアミン)、1,10-ジアミノデカン(デカメチレンジアミン)、1,11-ジアミノウンデカン(ウンデカメチレンジアミン)、1,12-ジアミノドデカン(ドデカメチレンジアミン)、3-アミノベンジルアミン、4-アミノベンジルアミン、2-メチルペンタメチレンジアミン、2-メチルペンタメチレンジアミン、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンジアミン、2,4,4-トリメチルヘキサメチレンジアミン、1,3-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、1,4-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、m-キシレンジアミン、p-キシレンジアミン、1-アミノ-3-アミノメチル-3,5,5-トリメチルシクロヘキサン、ビス(4-アミノシクロヘキシル)メタン、ビス(4-アミノ-3-メチルシクロヘキシル)メタン、1,4-ビス(アミノプロピル)ピペラジン、1,3-ジアミノシクロヘキサン、1,4-ジアミノシクロヘキサン、1,3-フェニレンジアミン、1,4-フェニレンジアミン、N-(3-アミノプロピル)1,4-ブタンジアミン(スペルミジン)、3,3’-ジアミノジプロピルアミン、N,N-ビス(3-アミノプロピル)メチルアミン、N,N’-ビス(3-アミノプロピル)エチレンジアミン、N,N’-ビス(2-アミノエチル)-1,3-プロパンジアミン、N,N’-ビス(3-アミノプロピル)-1,4-ブタンジアミン(スペルミン)、2,2’-ジチオビス(エチルアミン)、ジプロピレントリアミンなどが挙げられるが、これらに限定されない。ジアミンは、任意の塩形態を含めた中性もしくは電離型の形態をとり、本形態がpHに依存することは当業者によって理解される。
【0025】
本明細書における「ジカルボン酸」とは、化学式HOOC-R-COOH(式中、Rは先に説明した通りである。)に示す構造を有する化合物を指す。ジカルボン酸には、脂肪族ジカルボン酸および芳香族カルボン酸が含まれる。典型的なジカルボン酸としては、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、イタコン酸、グルタル酸、アジピン酸、ムコン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカン二酸、リンゴ酸、2,5-フランジカルボン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、マレイン酸、酒石酸、ムコン酸などが挙げられるが、これらに限定されない。ジカルボン酸は、任意の塩形態を含めた中性もしくは電離型の形態をとり、本形態がpHに依存することは当業者によって理解される。
【0026】
本明細書における「カルボン酸セミアルデヒド」とは、化学式HOOC-R-CHO(式中、Rは先に説明した通りである。)に示す構造を有する化合物を指す。典型的なカルボン酸セミアルデヒドとしては、コハク酸セミアルデヒド、グルタル酸セミアルデヒド、アジピン酸セミアルデヒド、ピメリン酸セミアルデヒド、スベリン酸セミアルデヒド、アゼライン酸セミアルデヒド、セバシン酸セミアルデヒドなどが挙げられるが、これらに限定されない。カルボン酸セミアルデヒドは、任意の塩形態を含めた中性もしくは電離型の形態をとり、本形態がpHに依存することは当業者によって理解される。
【0027】
本明細書における「アミノカルボン酸」とは、化学式HN-R-COOH(式中、Rは先に説明した通りである。)に示す構造を有する化合物を指す。典型的なアミノカルボン酸としては、グリシン、β-アラニン、4-アミノブタン酸、5-アミノペンタン酸、6-アミノヘキサン酸、7-アミノヘプタン酸、8-アミノオクタン酸、9-アミノノナン酸、10-アミノデカン酸、12-アミノドデカン酸、などが挙げられるが、これらに限定されない。アミノカルボン酸は、任意の塩形態を含めた中性もしくは電離型の形態をとり、本形態がpHに依存することは当業者によって理解される。
【0028】
本明細書において、「内因」ないし「内因性」という用語は、遺伝子組換えによる改変がなされていない宿主微生物が、言及している遺伝子ないしはそれによりコードされるタンパク質(典型的には酵素)を、当該宿主細胞内で優位な生化学的反応を進行させ得る程度に機能的に発現しているかどうかに関わらず、宿主微生物が有していることを意味するために用いられる。
【0029】
本明細書において、「外来」ないし「外来性」という用語は、遺伝子組換え前の宿主微生物が本発明により導入されるべき遺伝子を有していない場合、その遺伝子による酵素を実質的に発現していない場合、及び異なる遺伝子により当該酵素のアミノ酸配列をコードしているが、遺伝子組換え後に匹敵する内因性酵素活性を発現しない場合において、本発明に基づく遺伝子ないし核酸配列を宿主に導入することを意味するために用いられる。「外来性」および「外因性」の用語は、本明細書において互換可能に用いられる。
【0030】
図1に本発明におけるジアミン化合物の合成経路の官能基変換の例を示す。アルデヒドへ誘導可能な化合物および/またはアルデヒドを前駆体としてジアミンは合成される。アルデヒドはアミノ基転移酵素によってアミンへと変換される。本発明の遺伝子組換え微生物は、アルコールデヒドロゲナーゼの活性が低下するように改変することにより、経路中の中間体であるアルデヒドがアルコールへと変換されることを抑制する。ここで、アルコールデヒドロゲナーゼには、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有する1つまたは複数のタンパク質が含まれるものとする。
【0031】
本発明に用いる宿主微生物は特に限定されず、原核生物、真核生物のいずれでもよい。既に単離保存されているものでも、新たに天然から分離したもの、遺伝子改変されたもの、上記化合物を代謝できるよう改変された微生物などいずれをも任意に選択できる。例えば、大腸菌(エッセリシア・コリ、Escherichia coli)などのエッセリシア属、Pseudomonas putidaなどのシュードモナス属、枯草菌Bacillus subtilisなどのバチルス属、コリネ菌(Corynebacterium glutamicum)などのコリネバクテリウム属、Clostridium acetobutylicumなどのクロストリジウム属、アシネトバクター属、バークホルデリア属の細菌や、Saccharomyces cerevisiaeなどのサッカロマイセス属、Schizosaccharomyces pombeなどのシゾサッカロマイセス属、Pichia pastorisなどのピキア属、Yarrowia lipolyticaなどのヤロウィア属の酵母、Aspergillus oryzaeなどのアスペルギルス属の糸状菌などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明では、宿主微生物として大腸菌を用いることが好ましい。
【0032】
本発明における遺伝子組換え微生物は、非低下株と比較して、内因性のアルコールデヒドロゲナーゼ(Alcohol Dehydrogenase;ADH)活性が低下するように更に改変が行われている。本発明者らは、ジアミン化合物生産経路を有する宿主微生物において、内因性のアルコールデヒドロゲナーゼ活性により、ジアミン生合成経路中間体に由来するアルコール体が副生することを見出したが、更なる鋭意検討の結果、アルコールデヒドロゲナーゼの活性が非低下株と比較して低下するよう宿主微生物に改変を行うことによって副生成物であるアルコール体の生成を抑制し、および/または、ジアミン化合物の生成量を向上させることによってジアミン化合物を効率的に生産できることを見出した。
【0033】
アルコールデヒドロゲナーゼは、電子供与体の存在下でアルデヒド、ケトンを還元しアルコールに変換する活性を有する酵素である。ここで、アルコールデヒドロゲナーゼには、当該酵素のアミノ酸配列において、1つまたは複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質であって、当該酵素と機能的に同等なタンパク質も含まれる。ここで「機能的に同等なタンパク質」とは、その酵素の活性と同様の活性を備えたタンパク質である。例えば、「機能的に同等なタンパク質」には、その酵素のアミノ酸配列と80%、85%、90%、95%、97%、98%または99%以上の配列同一性を有するタンパク質を含む。具体的に、「アルコールデヒドロゲナーゼ」の語には、下記で特定する配列番号に示されるアミノ酸配列と80%、85%、90%、95%、97%、98%または99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質を包含する。
【0034】
アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、
・下記で特定する配列番号で示される塩基配列からなるDNA、
・下記で特定する配列番号で示される塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAと緊縮条件下でハイブリダイズし、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
・下記で特定する配列番号に示される塩基配列と85%、90%、95%、97%、98%または99%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
・下記で特定する配列番号に示される塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1つまたは複数個(例えば1~10個、好ましくは1~7個、さらに好ましくは1~5個、さらに好ましくは1~3個、さらに好ましくは1個もしくは2個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列であって、アルコールデヒドロゲナーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、および
・下記で特定する配列番号に示される塩基配列の縮重異性体からなるDNA
を包含する。
【0035】
「緊縮条件」とは、例えば、「1xSSC、0.1%SDS、60℃」程度の条件であり、より厳しい条件としては「0.1xSSC、0.1%SDS、60℃」程度の条件であり、さらに厳しい条件としては「0.1xSSC、0.1%SDS、68℃」程度の条件である。
【0036】
本発明の好ましい一態様において、アルコールデヒドロゲナーゼには、EC1.1.1.m(ここで、mは1以上の整数である。)で表記される酵素が含まれる。アルコールデヒドロゲナーゼとしては、例えば、EC1.1.1.1、EC1.1.1.2、EC1.1.1.71に分類される酵素が挙げられるが、これらに限定されない。
【0037】
アルコールデヒドロゲナーゼとしては、例えば大腸菌であれば、yqhDfucOadhPybbOeutGahryahK、adhEybdRdkgAyiaYfrmAdkgByghAydjGgldAyohF、およびyeaE遺伝子にコードされるタンパク質が挙げられる。
【0038】
出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)であれば、ADH1ADH2ADH3ADH4ADH5ADH6ADH7SFA1AAD3AAD4AAD10AAD14AAD15、およびYPR1遺伝子にコードされるタンパク質が挙げられ、コリネ菌(Corynebacterium glutamicum)であれば、NCgl0324NCgl0313NCgl0219NCgl2709NCgl1112NCgl2382NCgl0186NCgl0099NCgl2952、およびNCgl1459遺伝子にコードされるタンパク質が挙げられ、枯草菌(Bachillus subtilis)であれば、yogAbdhKbdhJakrNyqkFyccKiolS、およびyrpG遺伝子にコードされるタンパク質が挙げられるが、アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有する限り、これらには限定されない。
【0039】
アルコールデヒドロゲナーゼは、例えば、yqhDfucOadhPeutGybbOahr、およびyahKからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされるタンパク質である。上記遺伝子からなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子に関して、アルコールデヒドロゲナーゼの活性が非低下株と比較して低下するように改変が行われることによって副生成物であるアルコール体の生成を抑制し、および/または、ジアミン化合物の生成量を向上させてジアミン化合物を効率的に生産することができる。
【0040】
アルコールデヒドロゲナーゼは好ましくは、yqhDfucOadhPybbOeutGahr、およびyahK遺伝子からなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされ、より好ましくはyqhDahr、およびyahK遺伝子からなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされ、更に好ましくはahr、およびyahK遺伝子からなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされる。
【0041】
アルコールデヒドロゲナーゼは、好ましくはyqhDおよびadhPからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされ、より好ましくはadhP遺伝子によってコードされる。これらの遺伝子の少なくとも一つについて活性を低下させるように改変することで、遺伝子組み換え微生物は、ジアミン化合物の製造において、ジアミン化合物の生成量を増加させることができる。
【0042】
アルコールデヒドロゲナーゼは、好ましくは、yqhDfucOeutGybbOahr、およびyahKからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされ、より好ましくはeutGybbOahr、およびyahKからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子によってコードされる。これらの遺伝子の少なくとも一つについて活性を低下させるように改変することで、遺伝子組み換え微生物は、ジアミン化合物の製造において、副生成物であるアルコール体の生成を抑制することができる。
【0043】
前記アルコールデヒドロゲナーゼは好ましくは、yqhDfucOadhPeutGybbOahrおよびyahKからなる群より選択される2以上の遺伝子によってコードされ、より好ましくは、yqhD遺伝子と、fucOadhPeutGybbOahrおよびyahKからなる群より選択される1以上の遺伝子と、によってコードされる。これらの遺伝子の2以上の活性を低下させるように改変することで、遺伝子組み換え微生物は、ジアミン化合物の製造において、ジアミン化合物の生成量を顕著に向上させることができると共に、副生成物であるアルコール体の生成を抑制することができる。
【0044】
アルコールデヒドロゲナーゼは好ましくは、
yqhDおよびfucO
yqhDおよびadhP
yqhDおよびeutG
yqhDおよびybbO
yqhDおよびahr
yqhDおよびyahK
yqhDfucOおよびadhP
yqhDfucOadhPおよびeutG
yqhDfucOadhPeutGおよびybbO
yqhDfucOadhPeutGybbOおよびahr、並びに、
yqhDfucOadhPeutGybbOahrおよびyahK
からなる群より選択される1つの組み合わせに係る遺伝子によってコードされる。このように、2以上の遺伝子の活性を低下させるように改変を行うことで、遺伝子組み換え微生物は、ジアミン化合物の製造において、ジアミン化合物の生成量をより顕著に向上させることができると共に、副生成物であるアルコール体の生成を顕著に抑制することができる。
【0045】
上記のアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子にコードされる典型的なタンパク質のアミノ酸配列、およびコード領域の塩基配列を下記表1-1~1-50に示す。なお、各表の第1行目には、遺伝子およびタンパク質名、Accession番号、由来を示す。
【0046】
【表1-1】
【0047】
【表1-2】
【0048】
【表1-3】
【0049】
【表1-4】
【0050】
【表1-5】
【0051】
【表1-6】
【0052】
【表1-7】
【0053】
【表1-8】
【0054】
【表1-9】
【0055】
【表1-10】
【0056】
【表1-11】
【0057】
【表1-12】
【0058】
【表1-13】
【0059】
【表1-14】
【0060】
【表1-15】
【0061】
【表1-16】
【0062】
【表1-17】
【0063】
【表1-18】
【0064】
【表1-19】
【0065】
【表1-20】
【0066】
【表1-21】
【0067】
【表1-22】
【0068】
【表1-23】
【0069】
【表1-24】
【0070】
【表1-25】
【0071】
【表1-26】
【0072】
【表1-27】
【0073】
【表1-28】
【0074】
【表1-29】
【0075】
【表1-30】
【0076】
【表1-31】
【0077】
【表1-32】
【0078】
【表1-33】
【0079】
【表1-34】
【0080】
【表1-35】
【0081】
【表1-36】
【0082】
【表1-37】
【0083】
【表1-38】
【0084】
【表1-39】
【0085】
【表1-40】
【0086】
【表1-41】
【0087】
【表1-42】
【0088】
【表1-43】
【0089】
【表1-44】
【0090】
【表1-45】
【0091】
【表1-46】
【0092】
【表1-47】
【0093】
【表1-48】
【0094】
【表1-49】
【0095】
【表1-50】
【0096】
本発明においては、1種のADHの活性を低下させても良く、2種以上のADH活性を低下させても良い。アルコール体の副生をより低減させる観点から、2種以上のADH活性を低下させることが好ましい。
【0097】
本発明において「ADH非低下株」(または単に「非低下株」とも称する。)とは、ADH活性が低下するような改変が加えられていない菌株を指す。ADH非低下株としては、例えば、各微生物株の野生型株や基準株、育種により得られる株を含む派生株などが挙げられるが、これらに限定されない。大腸菌株では、例えば、K-12株やB株、C株、W株や、それらの株の派生株、例えば、BL21(DE3)株、W3110株、MG1655株、JM109株、DH5α株、HB101株などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0098】
遺伝子組み換え微生物に関し、「アルコールデヒドロゲナーゼの活性が低下するように改変は行われた」とは、少なくとも、アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現が抑制される改変が行われていることをいう。「アルコールデヒドロゲナーゼの活性が低下するような改変」には、アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現が抑制される改変の他、当該酵素の活性が抑制されるような改変も含まれる。すなわち、本発明の組換え微生物は、非低下株(例えば宿主微生物)に対して、アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現が抑制されるか、あるいは、当該酵素の活性が抑制されるように改変が行われている。より詳細には、「アルコールデヒドロゲナーゼの活性が低下するように改変が行われた」とは、少なくとも、アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現が抑制される改変が行われていることをいい、好ましくは、アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現が抑制され、かつ、アルコールデヒドロゲナーゼの活性が抑制される改変が行われていることをいう。宿主微生物はアルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を複数持ち、同じ基質に対して活性を示すアルコールデヒドロゲナーゼが複数存在することがあるため、「アルコールデヒドロゲナーゼの活性が低下するように改変が行われた」場合であっても、非低下株と比較してアルコール種の分解活性においてアルコールデヒドロゲナーゼの活性が維持されていることがあり、「アルコールデヒドロゲナーゼの活性が低下するような改変が行われた」とは、このように、活性の低下を目的とした改変が行われているにもかかわらず、非低下株と比較して、アルコールデヒドロゲナーゼの活性が維持される場合も含むものとする。本発明において、酵素をコードする遺伝子に関して、「発現の抑制」には、「発現の低下」を含むものとする。また、酵素に関して、「活性の抑制」とは、「機能の抑制」、「機能の低下」および「活性の低下」と同義であり、互換可能に使用される。
【0099】
本発明の遺伝子組み換え微生物は、アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の2つ以上の発現が抑制される改変が行われていることが好ましい。複数種の遺伝子の発現を抑制することで、遺伝子組み換え微生物は、ジアミン化合物の製造において、ジアミン化合物の生成量を顕著に向上させことができると共に、副生成物であるアルコール体の生成を抑制することができる。
【0100】
ADHの活性が低下するような改変は、例えば、ADHをコードする遺伝子の発現を低下させることにより達成できる。遺伝子の発現が低下するとは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が低下すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質量)が低下することを意味して良い。遺伝子の発現が低下することには、遺伝子が全く発現していない場合も包含される。
【0101】
遺伝子の発現の低下は、例えば、転写量の低下であってもよく、翻訳量の低下であってあってもよく、それらの組み合わせであってもよい。転写量の低下は、例えば、ADH遺伝子のプロモーター領域やリボソーム結合部位(RBS)などの発現調節領域を改変する方法により達成できる。遺伝子の転写量の低下は、当業者に周知の方法によって評価することができ、例えば、定量RT-PCR法や、ノーザンブロッティング法が挙げられる。遺伝子の転写量は、例えばADH非低下株と比較して、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0102】
翻訳量の低下は、例えば、リボスイッチ領域を遺伝子上流に挿入することより翻訳を抑制する方法が挙げられる。リボスイッチとは特定の低分子化合物と選択的に結合するRNAのことをいい、当該低分子化合物をリガンドと呼ぶ。リガンド非存在下ではRNA塩基対による二次構造を形成し、リボスイッチ周辺の核酸へ影響を与える。特に、リボスイッチの下流にリボソーム結合部位を含む場合には、リボソームのリボソーム結合部位への接近を妨げることで、さらに下流に位置する遺伝子のmRNAの翻訳を妨げる。一方、リガンド存在下では、リガンド結合に伴う二次構造解消を通じて、リボソームがリボソーム結合部位へ接近できる。そのため、リガンド非添加時では遺伝子のmRNAが翻訳されず、目的遺伝子の発現が抑制される。遺伝子の翻訳量の低下は、当業者に周知の方法によって評価することができ、例えば、ウェスタンブロッティング法が挙げられる。遺伝子の翻訳量は、例えばADH非低下株と比較して、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0103】
また、ADHの活性が低下するような改変は、ADHをコードする遺伝子を破壊することによっても達成される。ADH遺伝子の破壊とは、ADH活性を持つタンパク質が発現しないよう遺伝子が改変されることを意味し、タンパク質が全く産生されない場合や、ADH活性が低下または消失したタンパク質が産生される場合を包含する。例えば、染色体上の遺伝子のコード領域の一部または全部を欠損させることにより達成できる。さらには、染色体上の遺伝子の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させても良い。ADH活性の低下が達成できる限り、欠失させる領域はN末端領域、内部領域、C末端領域のいずれの領域であってもよい。
【0104】
また、ADH遺伝子の破壊は、染色体上のADH遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入する方法や、終止コドン(ナンセンス変異)を導入する方法、あるいは1~2塩基を付加または欠失するフレームシフト変異を導入することによっても達成できる。
【0105】
さらには、ADH遺伝子の破壊は、染色体上の遺伝子のコード領域に他の配列を挿入することによっても達成できる。他の配列としては、抗生物質耐性遺伝子や、トランスポゾンが挙げられるが、ADH活性を低下させるものであれば特に限定されない。
【0106】
ADH遺伝子の破壊は、相同組換えを利用した方法を利用することができ、例えばλ-ファージのRed reconbinaseを用いた方法(Datsenko, Kirill A., and Barry L. Wanner. ”One-step inactivation of chromosomal genes in Escherichia coli K-12 using PCR products.” Proceedings of the National Academy of Sciences 97.12 (2000): 6640-6645.)や、温度感受性複製起点を含むスーサイドベクターを用いた方法(Blomfield et al., Molecular microbiology 5.6 (1991): 1447-1457.)、CRISPR-Cas9システムを用いた方法(Jiang, Yu, et al. ”Multigene editing in the Escherichia coli genome via the CRISPR-Cas9 system.” Appl. Environ. Microbiol. 81.7 (2015): 2506-2514.)などが挙げられるが、これらの手法に限定されない。
【0107】
また、ADH遺伝子の破壊は突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、例えばX線処理、紫外線処理、γ線処理などの物理的処理や、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン、エチルメタンスルフォネート、メチルメタンスルフォネート等の変異剤による化学的処理が挙げられるが、ADH活性を低下させるものであれば特に限定されない。
【0108】
ADH活性は当業者にとって周知の方法によって評価することができる。例えば、基質(アルデヒドまたはケトン)とNAD(P)Hとともにインキュベートし340nmの吸光度を測定することでNAD(P)Hの酸化をモニタする方法が挙げられる(Pick, et al., Applied microbiology and biotechnology 97.13 (2013): 5815-5824.)。ADH活性は、例えばADH非低下株のADHと比較して、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0109】
本発明にかかる遺伝子組換え微生物において、ジアミン化合物合成に関与する酵素は、内因性であってもよく、外因性であってもよく、これらの組み合わせであってもよい。
【0110】
本発明にかかる遺伝子組換え微生物は、ジアミン化合物合成に関与する酵素遺伝子として、カルボン酸還元酵素を発現していることが好ましい。カルボン酸還元酵素(Carboxylic Acid Reductase;CAR)は、一般的には、カルボン酸を還元しアルデヒドに変換する活性を有する任意のタンパク質を意味する。本発明において、カルボン酸還元酵素は、例えば、カルボン酸セミアルデヒド、ジカルボン酸、もしくはアミノカルボン酸のカルボキシル基をアルデヒドに変換する活性を持つ。カルボン酸還元酵素としては、例えば、EC1.2.1.30、EC1.2.1.31、EC1.2.1.95、EC1.2.99.6等に分類される酵素が挙げられるが、これらに限定されない。
【0111】
この酵素をコードしている遺伝子のソースの例としては、カルボン酸還元活性を持つ限り特に限定されないが、典型的な例としては、Nocardia iowensisNocardia asteroidesNocardia brasiliensisNocardia farcinicaSegniliparus rugosusSegniliparus rotundusTsukamurella paurometabolaMycobacterium marinumMycobacterium neoaurumMycobacterium abscessusMycobacterium aviumMycobacterium chelonaeMycobacterium immunogenumMycobacterium smegmatisSerpula lacrymansHeterobasidion annosumCoprinopsis cinereaAspergillus flavusAspergillus terreusNeurospora crassaSaccharomyces cerevisiaeが挙げられるが、これらには限定されない。本発明において例えば、配列番号101~104のいずれかに記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が使用される。好ましくは、Mycobacterium abscessus由来のカルボン酸還元酵素MaCarをコードする遺伝子が使用される。MaCar遺伝子のコード領域の塩基配列を配列番号105に、MaCarのアミノ酸配列を配列番号103に示す。
【0112】
【表2-1】
【0113】
【表2-2】
【0114】
カルボン酸還元酵素の活性は、当業者によって周知の方法によって評価することができ、例えばATP及びNADPHの存在下で基質(カルボン酸)と酵素をインキュベートし340nmの吸光度を測定することでNADPHの酸化をモニタする方法や、基質の消費量および/または生成物(アルデヒド)の生成量を定量する方法が挙げられる(Venkitasubramanian et al., Journal of Biological Chemistry,Vol.282,No.1,478-485(2007))。
【0115】
また、カルボン酸還元酵素は、ホスホパンテテイニル化されることにより活性型のホロ酵素に変換され得る(Venkitasubramanian et al., Journal of Biological Chemistry,Vol.282,No.1,478-485(2007))。ホスホパンテテイニル化はホスホパンテテイニル基転移酵素(Phosphopantetheinyl Transferase;PT)により触媒される(例えば、EC2.7.8.7に分類される酵素等が挙げられる)。したがって、本発明の微生物は更に、ホスホパンテテイニル基転移酵素の活性が増大するように改変されていて良い。ホスホパンテテイニル基転移酵素の活性を増大する方法としては、外来のホスホパンテテイニル基転移酵素遺伝子を導入する方法や、内因性のホスホパンテテイニル基転移酵素遺伝子の発現を強化する方法が挙げられるが、これらに限定されない。ホスホパンテテイニル基の供与体としては補酵素A(CoA)が挙げられる。
【0116】
PT遺伝子のソースとしては、ホスホパンテテイニル基転移活性を持つ限り、特に限定されないが、典型的なホスホパンテテイニル基転移酵素をコードする遺伝子としては、例えば、Bacillus subtilisSfpや、Nocardia iowensisNpt(Venkitasubramanian et al., Journal of Biological Chemistry,Vol.282,No.1,478-485(2007))、Saccharomyces cerevisiaeLys5(Ehmann et al., Biochemistry 38.19 (1999): 6171-6177.)が挙げられる。本発明において例えば、配列番号106~108のいずれかに記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が使用される。好ましくは、Nocardia iowensis由来のNocardia iowensisNpt遺伝子が使用される。Npt遺伝子のコード領域の塩基配列を配列番号109に、Nptのアミノ酸配列を配列番号107に示す。
【0117】
【表3-1】
【0118】
【表3-2】
【0119】
アルデヒドを生成する別の態様として、本発明の遺伝子組換え微生物は、アシル-(アシル輸送タンパク質(ACP))還元酵素(AAR)を発現していてもよい。AARは、アシルACPからアルデヒドへの変換を担う酵素である。AARをコードする遺伝子は特に限定されないが、典型的なAAR遺伝子としては、例えば、Synechococcus elongatusAAR(Schirmer, Andreas, et al.,Science 329.5991 (2010): 559-562.)などが挙げられる。
【0120】
また、別の態様としてアシルCoAからアルデヒドを生産する酵素を発現していてもよい。本反応を触媒する酵素をコードする遺伝子としては、例えば脂肪酸アシル-CoAデヒドロゲナーゼをコードする、Acinetobacter baylyiacr1(ZHENG, Yan-Ning, et al., Microbial cell factories, 2012, 11.1: 65.)や、Clostridium kluyveriのコハク酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードするsucD遺伝子(Sohling, B., and Gerhard Gottschalk., Journal of bacteriology 178.3 (1996): 871-880.)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0121】
さらには、アシルリン酸からアルデヒドを生成する酵素を発現していてもよく、例えばNADPH依存的な4-アスパルチルリン酸からアスパラギン酸セミアルデヒドの反応を触媒するアスパラギン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ(ASD;EC1.2.1.11)は同様の反応を触媒し、大腸菌のasd遺伝子などが利用可能である。
【0122】
本発明にかかる遺伝子組換え微生物は、ジアミン化合物合成に関与する酵素遺伝子として、アミノ基転移酵素を発現する。
【0123】
アミノ基転移酵素は、アミノ基供与体と受容体の存在下でアミノ基転移反応を触媒する任意の酵素を意味する。アミノ基転移酵素としては、例えば、EC2.6.1.p(ここで、pは1以上の整数である)に分類される酵素が挙げられる。アミノ基供与体としては、L-グルタミン酸、L-アラニン、グリシンが挙げられるが、これらに限定されない。
【0124】
アミノ基転移酵素をコードする遺伝子としては、アミノ基転移活性を持つ限り、特に限定されないが、プトレシンアミノトランスフェラーゼ又は他のジアミントランスフェラーゼは好適に利用することができる。例えば、カダベリンやスペルミジンをアミノ基転移することが報告されている大腸菌のプトレシンアミノトランスフェラーゼをコードするygjG遺伝子や(Samsonova., et al., BMC microbiology 3.1 (2003): 2.)や、シュードモナス属のプトレシンアミノトランスフェラーゼをコードするSpuC遺伝子(Lu et al.,Journal of bacteriology 184.14 (2002): 3765-3773.、Galman et al.,Green Chemistry 19.2 (2017): 361-366.)、大腸菌のGABAアミノトランスフェラーゼをコードするgabT遺伝子、puuE遺伝子等が挙げられる。さらには、Ruegeria pomeroyiChromobacterium violaceumArthrobacter citreusSphaerobacter thermophilusAspergillus fischeriVibrio fluvialisAgrobacterium tumefaciensMesorhizobium loti等由来のω-トランスアミナーゼも、1,8-ジアミノオクタンや1,10-ジアミノデカンなどのジアミン化合物へのアミノ基転移活性を有することが報告されており、好適に利用することができる(Sung et al., Green Chemistry 20.20 (2018): 4591-4595.、Sattler et al., Angewandte Chemie 124.36 (2012): 9290-9293.)。
【0125】
アミノ基転移酵素をコードする遺伝子として本発明において例えば、配列番号110~114のいずれかに記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が使用される。好ましくは、大腸菌由来のプトレシンアミノトランスフェラーゼygjG遺伝子が使用される。ygjG遺伝子のコード領域の塩基配列を配列番号115に、ygjGのアミノ酸配列を配列番号110に示す。
【0126】
【表4-1】
【0127】
【表4-2】
【0128】
本発明に利用できる上記の酵素をコードする遺伝子は、例示された生物以外に由来するものであっても、または人工的に合成したものであってもよく、宿主微生物細胞内で実質的な酵素活性を発現できるものであればよい。
【0129】
また、本発明の目的に利用できる上記酵素遺伝子は、前記宿主微生物細胞内で実質的な酵素活性を発現できるものであれば、自然界で発生し得るすべての変異や、人工的に導入された変異及び修飾を有していてもよい。例えば、特定のアミノ酸をコードする種々のコドンには余分のコドンが存在することが知られている。そのため本発明においても同一のアミノ酸に最終的に翻訳されることになる代替コドンを利用してよい。つまり、遺伝子コードは縮重しているので、ある特定のアミノ酸をコードするのに複数のコドンを使用でき、そのためアミノ酸配列は任意の1セットの類似のDNAオリゴヌクレオチドでコードされ得る。そのセットの唯一のメンバーだけが天然型酵素の遺伝子配列に同一であるが、ミスマッチのあるDNAオリゴヌクレオチドでさえ適切な緊縮条件下(例えば、3xSSC、68℃でハイブリダイズし、2xSSC、0.1%SDS及び68℃で洗浄)で天然型配列にハイブリダイズでき、天然型配列をコードするDNAを同定、単離でき、更にそのような遺伝子も本発明において利用できる。特に、ほとんどの生物は特定のコドン(最適コドン)のサブセットを優先的に用いることが知られているので(Gene、Vol.105、pp.61-72、1991等)、宿主微生物に応じて「コドン最適化」を行うことは本発明においても有用であり得る。
【0130】
したがって、本発明にかかる遺伝子組換え微生物は、実質的な酵素活性を発現できることを条件に、上記酵素遺伝子の塩基配列と、例えば80%、85%、90%、95%、97%、98%または99%以上の配列同一性を有する塩基配列を含み得る。あるいは、本発明にかかる遺伝子組換え微生物は、上記酵素のアミノ酸配列をコードする塩基配列と、例えば80%、85%、90%、95%、97%、98%または99%以上の配列同一性を有する塩基配列を含み得る。
【0131】
本発明において、上記のジアミン化合物合成酵素遺伝子群が「発現カセット」として宿主微生物細胞内に導入されることで、より安定的で高レベルの酵素活性を得ることができる。本明細書において、「発現カセット」とは、発現対象の核酸または発現対象の遺伝子に機能的に結合された転写および翻訳をレギュレートする核酸配列を含むヌクレオチドを意味する。典型的に、本発明の発現カセットは、コード配列から5’上流にプロモーター配列、3’下流にターミネーター配列、場合により更なる通常の調節エレメントを機能的に結合された状態で含み、そのような場合に、発現対象の核酸または発現対象の遺伝子が宿主微生物に導入される。
【0132】
プロモーターとは、構成発現型プロモーターであるか誘導発現型プロモーターであるかに拘わらず、RNAポリメラーゼをDNAに結合させ、RNA合成を開始させるDNA配列と定義される。強いプロモーターとはmRNA合成を高頻度で開始させるプロモーターであり、本発明においても好適に使用される。大腸菌ではlac系、trp系、tacまたはtrc系、λファージの主要オペレーター及びプロモーター領域、fdコートタンパク質の制御領域、解糖系酵素(例えば、3-ホスホグリセレートキナーゼ、グリセルアルデヒド‐3‐リン酸脱水素酵素)、グルタミン酸デカルボキシラーゼA、セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼに対するプロモーター、T7ファージ由来RNAポリメラーゼのプロモーター領域等が利用可能である。コリネ菌(Corynebacterium glutamicum)ではHCE(high-level constitutive expression)プロモーター、cspBプロモーター、sodAプロモーター、伸長因子(EF-Tu)プロモーターなどが利用可能である。ターミネーターとしては、T7ターミネーター、rrnBT1T2ターミネーター、lacターミネーターなどが利用可能である。プロモーターおよびターミネーター配列のほかに、他の調節エレメントの例として挙げられ得るのは、選択マーカー、増幅シグナル、複製起点などである。好適な調節配列については、例えば、”Gene Expression Technology:Methods in Enzymology 185”、Academic Press (1990)に記載されている。
【0133】
上記で説明した発現カセットは、例えば、プラスミド、ファージ、トランスポゾン、ISエレメント、フォスミド、コスミド、又は線状もしくは環状のDNA等から成るベクターに組み入れて、宿主微生物中に挿入される。プラスミドおよびファージが好ましい。これらのベクターは、宿主微生物中で自律複製されるものでもよいし、また染色体により複製されてもよい。好適なプラスミドは、例えば、大腸菌のpLG338、pACYC184、pBR322、pUC18、pUC19、pKC30、pRep4、pHS1、pKK223-3、pDHE19.2、pHS2、pPLc236、pMBL24、pLG200、pUR290、pIN-III113-B1、λgt11又はpBdCI;桿菌のpUB110、pC194又はpBD214;コリネバクテリウム属のpSA77又はpAJ667などである。これらの他にも使用可能なプラスミド等は、”Cloning Vectors”、Elsevier、1985に記載されている。ベクターへの発現カセットの導入は、適当な制限酵素による切り出し、クローニング、及びライゲーションを含む慣用の方法によって可能である。各々の発現カセットは、1つのベクター上に配置されてもよく、2つまたはそれ以上のベクターに配置されてもよい。
【0134】
上記のようにして本発明の発現カセットを有するベクターが構築された後、該ベクターを宿主微生物に導入する際に適用できる手法は慣用の方法を用いることができる。例えば、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法、接合伝達法、プロトプラスト融合法などが挙げられるが、これらに限定されず、宿主微生物に好適な方法が選択可能である。
【0135】
上記のようにして得られる組換え微生物は、本発明のジアミン化合物生産のために、前記組換え微生物の生育および/または維持に適した条件下で培養及び維持される。各種の宿主微生物に由来する組換え微生物のための好適な培地組成、培養条件、培養時間は当業者により容易に設定できる。
【0136】
本発明の別の実施形態は、先述の組換え微生物を用いてジアミン化合物を製造する方法に関する。ジアミンを製造する方法には、例えば、以下の工程が含まれる。
【0137】
(a)培養工程
ジアミン化合物の製造方法には、先述の実施形態にかかる組換え微生物を培養する培養工程が含まれる。例えば、組換え微生物を、炭素源および窒素源を含有する培地で培養することによって、菌体を含む培養液が得られる。
【0138】
本製造方法は、遺伝子組換え微生物を、ジアミン化合物の前駆体と接触させることを含んでもよい。組換え微生物にジアミン化合物前駆体を供給する方法としては、組換え微生物体内でジアミン化合物前駆体を生産させる方法や、組換え微生物体によらず、ジアミン化合物前駆体を細胞外から供給する方法が挙げられる。
【0139】
培養工程において、組換え微生物をジアミン化合物の前駆体と接触させる場合、前記培地が前駆体をさらに含んでいてもよく、あるいは、培養工程の途中で、培地に前駆体が添加されてもよい。
【0140】
培地は、1つ以上の炭素源、窒素源、無機塩、ビタミン、及び場合により微量元素ないしビタミン等の微量成分を含む天然、半合成、合成培地であってよい。しかし、使用する培地は、培養すべき微生物の栄養要求を適切に満たさなければならないことは言うまでもない。
【0141】
炭素源は、D-グルコース、スクロース、ラクトース、フルクトース、マルトース、オリゴ糖、多糖、でんぷん、セルロース、米ぬか、廃糖密、油脂(例えば大豆油、ヒマワリ油、ピーナッツ油、ヤシ油など)、脂肪酸(例えばパルミチン酸、リノール酸、オレイン酸、リノレン酸など)、アルコール(例えばグリセロール、エタノールなど)、有機酸(例えば酢酸、乳酸、コハク酸など)が挙げられる。更にD-グルコースを含有するバイオマスであり得る。好適なバイオマスとしては、トウモロコシ分解液やセルロース分解液を例示できる。これらの炭素源は、個別にあるいは混合物として使用することが出来る。
【0142】
バイオマス由来の原料を用いて製造されたジアミン化合物は、ISO16620-2またはASTM D6866に規定されるCarbon-14(放射性炭素)分析に基づくバイオベース炭素含有率の測定により、例えば石油、天然ガス、石炭などを由来とする合成原料と明確に区別することができる。
【0143】
窒素源は、含窒素有機化合物(例えば、ペプトン、カザミノ酸、トリプトン、酵母抽出物、肉抽出物、麦芽抽出物、コーンスティープリカー、大豆粉、アミノ酸および尿素など)、または無機化合物(例えば、アンモニア水溶液、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウムなど)が挙げられる。これらの窒素源は、個別にあるいは混合物として使用することが出来る。
【0144】
また、培地は、組換え微生物が有用な付加的形質を発現する場合、例えば抗生物質への耐性マーカーを有する場合、対応する抗生物質を含んでいてよい。それにより、培養時の雑菌による汚染リスクが低減される。抗生物質としては、アンピシリンなどのβ-ラクタム系抗生物質、カナマイシンなどのアミノグリコシド系抗生物質、エリスロマイシンなどのマクロライド系抗生物質、テトラサイクリン系抗生物質、クロラムフェニコールなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0145】
ジアミン化合物の「前駆体」とは、本発明のジアミン化合物合成に関与する酵素によりジアミン化合物に誘導可能な化合物を指す。前駆体としては、ジカルボン酸、カルボン酸セミアルデヒド、ジアルデヒド、アミノカルボン酸、アミノアルデヒド、アシル-ACP、アシル-CoA、アシルリン酸、が挙げられるが、これらに限定されない。
【0146】
例として、ヘキサメチレンジアミンへ誘導可能な具体的な前駆体としては、アジピン酸、アジピン酸セミアルデヒド、アジポアルデヒド、6-アミノヘキサン酸、6-アミノヘキサナール、アジピル-CoA、アジピルリン酸などを使用できる。
【0147】
例えば、ジアミン化合物がヘキサメチレンジアミンである場合、組換え微生物を、前駆体であるアジピン酸と接触させることにより、組換え微生物によって生産されたカルボン酸還元酵素およびアミノ基転移酵素により、アジピン酸がヘキサメチレンジアミンに変換される。
【0148】
また例えば、ジアミン化合物が1,10-デカンジアミンである場合、組換え微生物を前駆体であるセバシン酸と接触させることにより、組換え微生物によって生産されたカルボン酸還元酵素およびアミノ基転移酵素により、セバシン酸が1,10-デカンジアミンに変換される。
【0149】
前駆体は、1種の前駆体を使用しても良く、2種またはそれ以上の前駆体を組み合わせても良い。また、塩の形態を取り得る化合物である場合、前駆体は塩として用いても良く、フリー体として用いてもよく、それらの混合物を用いても良い。
【0150】
前駆体の製造方法は特に限定されず、例えば、化学合成法、酵素法、生物変換法、発酵法またはそれらの組み合わせにより製造することができる。
【0151】
培養工程において、本発明の遺伝子組換え微生物をジアミン化合物の前駆体と接触させ、ジアミン化合物を培地中に生成蓄積させることで、ジアミン化合物を製造することができる。また、以下で説明するように、反応工程において、ジアミン化合物前駆体を含有する水溶液中で、本発明の遺伝子組換え微生物を作用させることで、該反応液中にジアミン化合物を生成蓄積させてもよい。
【0152】
(b)反応工程
本工程は、ジアミン化合物の前駆体を組換え微生物に接触させる工程であり、ジアミン化合物前駆体から目的のジアミン化合物を生成する。ジアミンの前駆体との接触は、例えば、先述のように前記培養工程において行ってもよいし、あるいは、培養工程の後に行ってもよい。本反応工程を、培養工程の後に行う場合、培養工程で得られた培養液および/または菌体を、ジアミン化合物の前駆体を含有する水溶液と接触させてジアミン化合物を含む反応液を得る。このように前駆体と接触させることで、ジアミン化合物を反応液中に生成蓄積させる。
【0153】
一態様において、本工程では、培養工程で得られた菌体を含む培養液を、および/または、培養工程で得られた培養液から遠心分離等によって上清を除去した菌体を、前駆体を含有する水溶液と接触させ反応液を得る。
【0154】
また、別の一態様において、発酵によって前駆体を生産する菌と、上記本発明にかかる組換え微生物とを共培養してもよい。これらを共培養することによって、前記菌によって生産された前駆体を、本発明にかかる組換え組成物の生産した酵素によって、前駆体を、効率的に目的のジアミン化合物に変換することができる。
【0155】
更に別の態様において、本発明にかかる遺伝子組換え微生物に、ジアミン化合物前駆体生産能を持たせることにより、培地中の成分からジアミン化合物を生成蓄積させてもよい。
【0156】
遺伝子組換え微生物による前駆体生産経路の例として、グルコースを出発原料とした6-アミノヘキサン酸の製造法(Turk et al.,ACS synthetic biology 5.1 (2015): 65-73.)や、グルコースまたはグリセロールを出発原料としたアジピン酸の製造法(Zhao et al.,Metabolic engineering 47 (2018): 254-262.)が開示されているが、前駆体を生産可能である限り、これらの手法に限定されない。
【0157】
例えば、組換え微生物が、ジカルボン酸、カルボン酸セミアルデヒド、もしくはアミノカルボン酸を産生する能力を持ち、さらにアミノ基転移酵素、およびカルボン酸還元酵素を発現することで、ジアミン化合物を生産しうる。
【0158】
また例えば、組換え微生物が、アジピン酸、アジピン酸セミアルデヒド、もしくは6-アミノヘキサン酸を産生する能力を持ち、さらにアミノ基転移酵素、およびカルボン酸還元酵素を発現することで、ヘキサメチレンジアミンを生産しうる。
【0159】
本発明にかかる遺伝子組換え微生物および当該微生物を用いたジアミン化合物の製造方法によれば、副生成物の生成を抑制し、ジアミン化合物を効率よく製造することができる。具体的に、例えば、ジアミン化合物の生産に必要な酵素を発現する微生物において、アルコールデヒドロゲナーゼの活性が非低下株と比較して低下するように改変することで、副生成物であるアルコール体の生成を抑制し、ジアミン化合物を効率よく製造することができる。
【0160】
以下、更なる説明の目的として実施例を与え、従って、本発明は当該実施例に限定されるものではない。なお、本明細書において特に断りのない限りヌクレオチド配列は5’から3’方向に向けて記載される。
【実施例
【0161】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0162】
1:ADH遺伝子破壊株の構築
<1-a 遺伝子破壊用プラスミドの構築>
ADH遺伝子の破壊は、pHAK1(受託番号NITE P-02919として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センター(NPMD)(住所:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に2019年3月18日に寄託した。)を用いた相同組換え法により行った。pHAK1は温度感受性変異型repA遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、Bacillus subtilis由来レバンスクラーゼ遺伝子SacBを含む。レバンスクラーゼ遺伝子は、スクロース存在下において宿主微生物に対して致死的に作用する。PCR断片の増幅にはPrimeSTAR Max DNA Polymerase(製品名、タカラバイオ製)、プラスミド調製は大腸菌HST08株を用いて行った。大腸菌BL21(DE3)株のゲノムDNAを鋳型とし、破壊標的遺伝子の上流領域、コード領域、および下流領域を含むPCR産物を得た。標的遺伝子とプライマー配列の組み合わせを下記表に示した。
【0163】
【表5】
【0164】
次に本PCR産物をIn-Fusion HD cloning kit(製品名、Clontech社製)を用いて、配列番号130及び131のプライマーを用いて増幅したpHAK1プラスミド断片に挿入し、環状化した。
【0165】
【表6】
【0166】
得られた破壊標的遺伝子の上流領域、コード領域、および下流領域のDNA断片が挿入されたpHAK1プラスミドを鋳型として、下記表に記載するプライマーを用いてPCRを行い、破壊標的遺伝子のコード領域の一部領域または全領域が除かれたプラスミド断片を得た。
【0167】
【表7】
【0168】
得られたプラスミド断片を末端リン酸化、セルフライゲーションにより環状化し、遺伝子破壊用プラスミドを得た。
【0169】
<1-b ADH遺伝子破壊大腸菌株の構築>
塩化カルシウム法(羊土社 遺伝子工学実験ノート 田村隆明著、参照)により、大腸菌BL21(DE3)株に所望の遺伝子の破壊のためのプラスミドを形質転換した後、カナマイシン硫酸塩100mg/Lを含有するLB寒天培地(トリプトン10g/L、酵母エキス5g/L、塩化ナトリウム5g/L、寒天末15g/L)に塗布し、30℃で一晩培養してシングルコロニーを取得し、形質転換体を得た。本形質転換体をカナマイシン硫酸塩100mg/Lを含有するLB液体培地(トリプトン10g/L、酵母エキス5g/L、塩化ナトリウム5g/L)1mLに一白金耳植菌し、30℃で振盪培養を行った。得られた培養液を、カナマイシン硫酸塩100mg/Lを含有するLB寒天培地に塗布し、42℃で一晩培養した。得られるコロニーはシングルクロスオーバーにより、プラスミドがゲノム中に挿入されている。コロニーをLB液体培地1mLに一白金耳植菌し、30℃で振盪培養を行った。得られた培養液を、スクロース10%を含有するLB寒天培地に塗布し、一晩培養した。得られたコロニーについて、所望の遺伝子が破壊されていることを、表8に示すプライマーセットを用い、コロニーダイレクトPCRにより確認した。構築したADH遺伝子破壊大腸菌株を表9に示す。表中、Δは該酵素遺伝子が欠損していることを示す。
【0170】
【表8】
【0171】
【表9】
【0172】
<1-c 1,6-ヘキサンジオールの分解活性低下試験>
構築したADH遺伝子破壊大腸菌株の1,6-ヘキサンジオールの分解活性低下を1,6-ヘキサンジオールの酸化反応の進行により確認した。1,6-ヘキサンジオールはヘキサメチレンジアミンの生産反応に伴い副生しうるアルコール体の一つである。本試験では、図1に示すADHの触媒するアルデヒドとアルコールとの間の反応が可逆反応であることに基づき、アルコール(ここでは、1,6-ヘキサンジオール)からアルデヒドへの変換反応に着目し、1,6-ヘキサンジオールの消費をADHによる1,6-ヘキサンジオールの分解活性の指標とした。本試験では、前培養として、ADH遺伝子破壊大腸菌各株の菌体をLB液体培地2mLに一白金耳植菌し、37℃で一晩振盪培養を行った。得られた前培養液を、1,6-ヘキサンジオール10mMを含むLB液体培地2mLに1%相当量植菌し、本培養として、37℃で48時間振盪培養を行った。培養液を遠心分離により菌体と上清に分離し、上清中1,6-ヘキサンジオール濃度を分析した。
【0173】
1,6-ヘキサンジオール濃度の分析はガスクロマトグラフを用いて行った。
条件は以下の通りである。
GCシステム:GC-2010(島津製作所製)
検出器:水素炎イオン化型検出器
カラム:DB-WAX(Agilent社製、カラム長30m、内径0.25mm、膜厚0.25mm)
キャリアガス:He
ガス圧力:100kPa
カラム温度:50℃-(25℃/min)-230℃-(20min保持)
検出器温度:250℃
注入口温度:250℃
注入量:1μL
注入方法:スプリット注入法(スプリット比36.3)
【0174】
本培養48時間後の培養上清中の1,6-ヘキサンジオール濃度を図2に示した。ADH遺伝子を破壊していない野生型株(BL21(DE3)株、WTはWild Typeの略語表記であり野生型を示す)では、ADHの作用により1,6-ヘキサンジオールが消費されるのに対し、ADH遺伝子破壊株、特にahr遺伝子、yahK遺伝子の二種類の遺伝子では単独の遺伝子破壊により1,6-ヘキサンジオールの消費が抑制された。本結果から、ADH遺伝子破壊株において、1,6-ヘキサンジオールの分解活性の低下が確認された。
【0175】
2:ADH遺伝子破壊株でのジアミン化合物生産
<2-a MaCar遺伝子、Npt遺伝子、ygjG遺伝子発現プラスミドの構築>
PCR断片の増幅にはPrimeSTAR Max DNA Polymerase(製品名、タカラバイオ製)、プラスミドの調製には大腸菌JM109株を用いた。Eshcherichia coli W3110株(NBRC12713)のゲノムDNAを鋳型とし、配列番号160および161のオリゴヌクレオチドをプライマーとしてPCRを行い、ygjG遺伝子のコード領域を含むPCR産物を得た。次に本PCR産物をIn-Fusion HD cloning kit(製品名、Clontech社製)を用いて、プラスミドpACYCDuet(商標)-1(製品名、Merck社製)の制限酵素NcoIおよびHindIII切断部位間に挿入し、「pDA50」と命名した。
【0176】
【表10】
【0177】
Mycobacterium abscessus JCM13569株(文部科学省/国立研究開発法人日本医療研究開発機構ナショナルバイオリソースプロジェクトを介して理研BRCから提供された。)のゲノムDNAを鋳型とし、配列番号162および163のオリゴヌクレオチドをプライマーとしてPCRを行い、MaCar遺伝子のコード領域を含むPCR産物を得た。次に本PCR産物をIn-Fusion HD cloning kit(製品名、Clontech社製)を用いて、pDA50の制限酵素NdeIおよびAvrII切断部位間に挿入し、「pDA52」と命名した。
【0178】
【表11】
【0179】
Nocardia iowensis JCM18299株(文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクトを介して理研BRCから提供された。)のゲノムDNAを鋳型とし、配列番号164および165のオリゴヌクレオチドをプライマーとしてPCRを行い、Npt遺伝子のコード領域を含むPCR産物を得た。次に、pDA52を鋳型とし、配列番号166および167のオリゴヌクレオチドをプライマーとしてPCRを行い、pDA52断片を得た。PCR産物同士をIn-Fusion HD cloning kit(製品名、Clontech社製)を用いて接続した。得られた形質転換体より、プラスミドを抽出し、Npt遺伝子が挿入されたものを、「pDA56」と命名した。pDA56のプラスミドマップを図3に示す。
【0180】
【表12】
【0181】
<2-b 形質転換体の作製>
塩化カルシウム法(羊土社 遺伝子工学実験ノート 田村隆明著、参照)により、pDA56をADH遺伝子非破壊大腸菌株またはADH遺伝子破壊株に導入し、クロラムフェニコール34mg/Lを含有するLB寒天培地で一晩培養し、形質転換体を得た。取得した形質転換体を下記表に示す通り、それぞれ形質転換体A~Sと命名した。表に示すとおり、形質転換体Aは、ADH遺伝子非破壊株であり、形質転換体B~Hは、ADHをコードする遺伝子のいずれかひとつが破壊された株であり、形質転換体I~Sは、ADHをコードする遺伝子のうちの少なくとも2つが破壊された(多重破壊された)株である。
【0182】
【表13】
【0183】
<2-c アジピン酸からのヘキサメチレンジアミン生産(比較例1、実施例1~18)>
前培養として、クロラムフェニコール34mg/Lを含むLB液体培地2mLに形質転換体A~Sの菌体を一白金耳植菌し、37℃で一晩振盪培養を行った。得られた前培養液を、アジピン酸二アンモニウム50mM、クロラムフェニコール34mg/L、グルコース2%を含有するSOB液体培地(トリプトン20g/L、酵母エキス5g/L、塩化ナトリウム0.5g/L、塩化カリウム2.5mM、硫酸マグネシウム10mM、塩化マグネシウム10mM)1mLに1%相当量植菌し、37℃で振盪培養した。2時間培養後、イソプロピル-β-チオガラクトシルピラノシド(IPTG)を終濃度0.2mMとなるように添加し、30℃で48時間振盪培養を行った。培養液を遠心分離により菌体と上清に分離し、上清中のヘキサメチレンジアミン濃度及び1,6-ヘキサンジオール濃度を分析した。
【0184】
ヘキサメチレンジアミン濃度の分析はイオンクロマトグラフを用いて行った。条件は以下の通りである。
装置:ICS-3000(Dionex社製)
検出器:電気伝導度検出器
カラム:IonPac CG19(2×50mm)/CS19(2×250mm)(Thermo Scientific社製)
オーブン温度:30℃
移動相:8mMメタンスルホン酸水溶液(A)、70mMメタンスルホン酸水溶液(B)
グラジエント条件:(A:100%、B:0%)-(10min)-(A:0%、B:100%)-(1min保持)
流速:0.35mL/min
注入量:20μL
【0185】
1,6-ヘキサンジオールの濃度の分析は(1-c)と同様の条件で、ガスクロマトグラフを用いて行った。
【0186】
表14に、各培養液中のヘキサメチレンジアミン濃度、1,6-ヘキサンジオール濃度を示す。まず、ヘキサメチレンジアミン濃度については、ADH遺伝子非破壊株(比較例1)と比較して、実施例1、3および8~18のADH遺伝子破壊株において、ヘキサメチレンジアミン生成量の増加が認められた。また、実施例1、2および4~18のADH遺伝子破壊株において、1,6-ヘキサンジオール生成量が低減した。また、ADH遺伝子の多重破壊(実施例8~18)により、ヘキサメチレンジアミン生成量はさらに増加し、1,6-ヘキサンジオール濃度については、ADH遺伝子非破壊株(比較例1)と比較して、生成の抑制が認められた。
【0187】
【表14】
【0188】
<2-d セバシン酸からの1,10-デカンジアミン生産(比較例2、実施例19、20)>
前培養として、クロラムフェニコール34mg/Lを含むLB液体培地2mLに形質転換体A~Sの菌体を一白金耳植菌し、37℃で一晩振盪培養を行った。得られた前培養液を、セバシン酸ナトリウム50mM、クロラムフェニコール34mg/L、グルコース2%を含有するSOB液体培地1mLに1%相当量植菌し、37℃で振盪培養した。2時間培養後、IPTGを終濃度0.2mMとなるように添加し、30℃で48時間振盪培養を行った。培養液を遠心分離により菌体と上清に分離し、上清中の1,10-デカンジアミン濃度及び1,10-デカンジオール濃度を分析した。
【0189】
1,10-デカンジアミン濃度の分析は、(2-c)と同様の条件でイオンクロマトグラフにて行った。表15に各培養液中の1,10-デカンジアミン濃度を示す。ADH遺伝子非破壊株(比較例2)と比較して、実施例19および20のADH遺伝子破壊株において1,10-ジアミノデカン生成量の増加が認められた。
【0190】
1,10-デカンジオールの濃度の分析は(1-c)と同様の条件で、ガスクロマトグラフを用いて行った。表15に各培養液中の1,10-デカンジアミン濃度を示す。ADH遺伝子非破壊株(比較例2)と比較して、実施例19および20のADH遺伝子破壊株では1,10-デカンジオール生成量の抑制が認められた。
【0191】
【表15】
【0192】
生物学的材料の寄託
プラスミドpHAK1は、2020年7月21日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許生物寄託センター(NPMD)(住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に「NITE ABP-02919(受領番号)」として寄託している(NITE P-02919からのブダペスト条約に基づく寄託への移管)。
【産業上の利用可能性】
【0193】
本発明の遺伝子組換え微生物は、ジアミン化合物製造において好適に利用できる。
図1
図2
図3
【配列表】
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