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  • 特許-鋼材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-20
(45)【発行日】2024-02-29
(54)【発明の名称】鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240221BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240221BHJP
   C22C 19/05 20060101ALI20240221BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20240221BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/60
C22C19/05 Z
C22C38/00 302Z
C21D8/02 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022572893
(86)(22)【出願日】2021-04-07
(86)【国際出願番号】 JP2021014779
(87)【国際公開番号】W WO2022145067
(87)【国際公開日】2022-07-07
【審査請求日】2023-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2020219340
(32)【優先日】2020-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】石川 恭平
(72)【発明者】
【氏名】中田 耕平
(72)【発明者】
【氏名】木村 謙
(72)【発明者】
【氏名】梅原 美百合
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 真吾
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-183218(JP,A)
【文献】特表2018-521221(JP,A)
【文献】特開2014-173141(JP,A)
【文献】国際公開第2019/198460(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/151222(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/60
C22C 19/05
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.001~1.000%、
Si:0.01~3.00%、
Mn:0.10~4.50%、
P:0.0005~0.300%、
S:0.0300%以下、
Al:0.001~5.000%、
N:0.2000%以下、
O:0.0100%以下、
Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%からなる群より選択される少なくとも1種のX元素、
Nb:0~3.000%、
Ti:0~0.500%、
Ta:0~0.500%、
V:0~1.00%、
Cu:0~3.00%、
Ni:0~60.00%、
Cr:0~30.00%、
Mo:0~5.00%、
W:0~2.00%、
B:0~0.0200%、
Co:0~3.00%、
Be:0~0.050%、
Ag:0~0.500%、
Zr:0~0.5000%、
Hf:0~0.5000%、
Ca:0~0.0500%、
Mg:0~0.0500%、
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.5000%、
Sn:0~0.300%、
Sb:0~0.300%、
Te:0~0.100%、
Se:0~0.100%、
As:0~0.050%、
Bi:0~0.500%、
Pb:0~0.500%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式1を満たす化学組成を有し、
前記X元素を含有するリン化物を含み、抽出残渣法によって測定される前記リン化物に含まれるP量が鋼材に対して0.0003原子%以上であり、かつTEMレプリカ法によって測定される前記リン化物の平均粒径が100nm未満である、鋼材。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、及び[S]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.003~3.000%、
Ti:0.005~0.500%、
Ta:0.001~0.500%、
V:0.001~1.00%、
Cu:0.001~3.00%、
Ni:0.001~60.00%、
Cr:0.001~30.00%、
Mo:0.001~5.00%、
W:0.001~2.00%、
B:0.0001~0.0200%、
Co:0.001~3.00%、
Be:0.0003~0.050%、及び
Ag:0.001~0.500%
のうち1種又は2種以上を含む、請求項1に記載の鋼材。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
Zr:0.0001~0.5000%、
Hf:0.0001~0.5000%、
Ca:0.0001~0.0500%、
Mg:0.0001~0.0500%、並びに
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0.0001~0.5000%
のうち1種又は2種以上を含む、請求項1又は2に記載の鋼材。
【請求項4】
前記化学組成が、質量%で、
Sn:0.001~0.300%、及び
Sb:0.001~0.300%
のうち1種又は2種を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の鋼材。
【請求項5】
前記化学組成が、質量%で、
Te:0.001~0.100%、
Se:0.001~0.100%、
As:0.001~0.050%、
Bi:0.001~0.500%、及び
Pb:0.001~0.500%
のうち1種又は2種以上を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
リン(P)は、鋼中の特定の箇所、例えば、デンドライト樹間、結晶粒界に濃化して、鋼材の靭性、延性、耐食性及び溶接性などの特性を低下させる場合があることが知られている。鋼材の特性を向上させるためには、鋼中の固溶P量を低減することが重要であるが、P含有量を極端に低減させるには製造コストの上昇が避けられない。そのため、鋼中にリン化物を生成させてPを無害化する方法が提案されている(例えば、特許文献1~特許文献3、参照)。
【0003】
特許文献1では、REMを含有し、生成されるリン化物を微細化することにより、靭性を向上させることが可能な炭素鋼鋳片が記載されている。また、特許文献1では、界面活性元素であるTeを含有する鋼は、凝固組織が微細になり、デンドライト樹脂間に供給されるP量が少なくなり、リン化物が微細化され、炭素鋼鋳片の靭性劣化が抑制されることが教示されている。
【0004】
特許文献2では、過度なPの低下、微量元素やSi、Mo等の合金化によらず、深絞り加工後に熱処理が施されて顕在化する二次加工脆性を改善した、高純度フェライト系ステンレス鋼板が記載されている。また、特許文献2では、二次加工脆性を改善するには、予めPを化合物として析出させて鋼中の固溶Pを低減して、Pの粒界偏析を遅延させることが有効であること、微細なリン化物は結晶粒界に析出した場合でも、割れの起点としての作用よりもPの粒界偏析を遅延させる効果が大きいことが教示されている。
【0005】
特許文献3では、Pを残存させ、積極的に粗大なTi系析出物として析出させ、Pを無害化し、加工性、降伏強度などの特性を改善したステンレス鋼が記載されている。また、特許文献3では、Ti系炭化物やTi系リン化物を粗大化させて固溶Cや固溶Pを無害化し、Ti系析出物のピンニング効果を利用して鋼板の結晶粒の粗大化を制御し、延性、リジング、機械特性の異方性を改善することが教示されている。
【0006】
鋼中に存在する微細な粒子は、金属組織の粒成長を抑制するピン止め粒子として利用されることがある。一般に、溶接熱影響部の金属組織を微細化するピン止め粒子として、窒化物、酸化物、硫化物などが知られているが、REMリン化物をピン止め粒子として活用した炭素鋼鋳片が提案されている(例えば、特許文献4、参照)。
【0007】
特許文献4では、REMを含有する炭素鋼鋳片において、介在物をピン止め粒子として活用することにより、溶接熱影響部の靭性を向上させることが可能な炭素鋼鋳片が記載されている。また、特許文献4では、介在物をピン止め粒子として活用するためには、サブミクロンオーダーの粒子を多量に生成させることが必要であること、溶鋼中でZrSを生成させて、凝固後に鋳片表層部と中心部との温度差を利用して圧下することにより、ZrSを析出核としてREMリン化物が析出することが教示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2015-190058号公報
【文献】特開2017-48417号公報
【文献】特開2004-84067号公報
【文献】特開2019-104955号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、従来技術では、鋼材の特性を低下させる場合があるPをリン化物として析出させて無害化したり、またこのようなリン化物をピン止め粒子として活用したりすることが提案されている。しかしながら、従来、リン化物を金属組織の粒成長抑制に利用することは容易ではなく、実際、特許文献4に記載の発明においても、ピン止め粒子として利用するリン化物を析出させるためにZrS析出核の生成を必要としている。本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、新規な構成により、金属組織の粒成長を抑制可能な鋼材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために検討を行った結果、特定元素の量を一定量以上確保するとともに、当該特定元素をリンと反応させて得られたリン化物をピン止め粒子として利用することで金属組織の粒成長を抑制することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
上記目的を達成し得た鋼材は、以下のとおりである。
(1)質量%で、
C:0.001~1.000%、
Si:0.01~3.00%、
Mn:0.10~4.50%、
P:0.0005~0.300%、
S:0.0300%以下、
Al:0.001~5.000%、
N:0.2000%以下、
O:0.0100%以下、
Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%からなる群より選択される少なくとも1種のX元素、
Nb:0~3.000%、
Ti:0~0.500%、
Ta:0~0.500%、
V:0~1.00%、
Cu:0~3.00%、
Ni:0~60.00%、
Cr:0~30.00%、
Mo:0~5.00%、
W:0~2.00%、
B:0~0.0200%、
Co:0~3.00%、
Be:0~0.050%、
Ag:0~0.500%、
Zr:0~0.5000%、
Hf:0~0.5000%、
Ca:0~0.0500%、
Mg:0~0.0500%、
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.5000%、
Sn:0~0.300%、
Sb:0~0.300%、
Te:0~0.100%、
Se:0~0.100%、
As:0~0.050%、
Bi:0~0.500%、
Pb:0~0.500%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式1を満たす化学組成を有し、
前記X元素を含有するリン化物を含み、抽出残渣法によって測定される前記リン化物に含まれるP量が鋼材に対して0.0003原子%以上であり、かつTEMレプリカ法によって測定される前記リン化物の平均粒径が100nm未満である、鋼材。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、及び[S]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.003~3.000%、
Ti:0.005~0.500%、
Ta:0.001~0.500%、
V:0.001~1.00%、
Cu:0.001~3.00%、
Ni:0.001~60.00%、
Cr:0.001~30.00%、
Mo:0.001~5.00%、
W:0.001~2.00%、
B:0.0001~0.0200%、
Co:0.001~3.00%、
Be:0.0003~0.050%、
Ag:0.001~0.500%、
Zr:0.0001~0.5000%、
Hf:0.0001~0.5000%、
Ca:0.0001~0.0500%、
Mg:0.0001~0.0500%、
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0.0001~0.5000%、
Sn:0.001~0.300%、
Sb:0.001~0.300%、
Te:0.001~0.100%、
Se:0.001~0.100%、
As:0.001~0.050%、
Bi:0.001~0.500%、並びに
Pb:0.001~0.500%
のうち1種又は2種以上を含む、上記(1)に記載の鋼材。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、金属組織の粒成長を抑制可能な鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】X元素を含有するリン化物の析出ノーズを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<鋼材>
本発明の実施形態に係る鋼材は、質量%で、
C:0.001~1.000%、
Si:0.01~3.00%、
Mn:0.10~4.50%、
P:0.0005~0.300%、
S:0.0300%以下、
Al:0.001~5.000%、
N:0.2000%以下、
O:0.0100%以下、
Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%からなる群より選択される少なくとも1種のX元素、
Nb:0~3.000%、
Ti:0~0.500%、
Ta:0~0.500%、
V:0~1.00%、
Cu:0~3.00%、
Ni:0~60.00%、
Cr:0~30.00%、
Mo:0~5.00%、
W:0~2.00%、
B:0~0.0200%、
Co:0~3.00%、
Be:0~0.050%、
Ag:0~0.500%、
Zr:0~0.5000%、
Hf:0~0.5000%、
Ca:0~0.0500%、
Mg:0~0.0500%、
La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.5000%、
Sn:0~0.300%、
Sb:0~0.300%、
Te:0~0.100%、
Se:0~0.100%、
As:0~0.050%、
Bi:0~0.500%、
Pb:0~0.500%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式1を満たす化学組成を有し、
前記X元素を含有するリン化物を含み、抽出残渣法によって測定される前記リン化物に含まれるP量が鋼材に対して0.0003原子%以上であり、かつTEMレプリカ法によって測定される前記リン化物の平均粒径が100nm未満であることを特徴としている。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、及び[S]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0015】
鋼材に求められる材料特性、例えば低温靭性を向上させ及び/又は高強度と低温靭性の両立を図るためには、金属組織を微細化することが一般に重要である。従来、金属組織を微細化するために、例えば、鋼材を熱間圧延、より具体的には仕上げ圧延する際の終了温度を低温に制御することでオーステナイト結晶粒の再結晶を抑制し、このような再結晶の抑制に起因してフェライト変態の駆動力を高めてより多くの新しい結晶を生成させることが行われている。しかしながら、このような金属組織の微細化では、一般的に圧延によって特定の方向に集合組織が発達する傾向があるため、高い異方性を示す金属組織が得られることになる。したがって、等方的な金属組織であることが求められる用途、例えば、自動車の足廻り部品等の高い穴広げ性が要求される用途に適用するには適切でない場合がある。
【0016】
一方で、熱間圧延過程において再結晶域圧延、例えば粗圧延を活用することで、鋼材の金属組織を再結晶により微細化することも従来行われている。再結晶とは、熱間圧延等により塑性加工を与えた後、高温で保持したときに当該塑性加工によって蓄積された歪みエネルギーが原子位置の再配列を伴う拡散により解放され、新しい結晶粒が生成する現象である。このため、再結晶により微細化された金属組織は、一般的に異方性が少なく等方的な組織となる。したがって、等方的な金属組織が好まれる用途においては、再結晶による微細化は非常に有利である。しかしながら、再結晶による微細化の場合、鋼材中に蓄積された歪みエネルギーが再結晶によって消費された後、再結晶粒間の粒界エネルギーを駆動力として粒成長が起こる。このような現象は、再結晶域圧延後の温度が高い状態で特に顕著であるため、再結晶による微細化の場合であっても、微細な金属組織を安定的に維持することは一般に困難である。
【0017】
これに関連して、粗大な組織の形成を抑制するためにピン止め粒子の利用及び制御が有効な場合があることが知られている。このような観点から、本発明者らは、金属組織の粒成長を抑制するためのピン止め粒子として利用し得る鋼中の元素について検討を行った。その結果、本発明者らは、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、及びScの元素(以下、「X元素」ともいう)の量をそれらの元素が鋼中で形成する介在物、より具体的にはこれらの元素の酸化物、窒化物及び硫化物との関係を考慮しつつ一定量以上確保し(すなわち、式1の左辺に対応する当該X元素の有効量を0.0003%以上とし)、さらに当該特定元素を鋼中のPと反応させて、比較的多くかつ微細なリン化物を形成することにより(すなわち、抽出残渣法によって測定されるリン化物中のP量が鋼材に対して0.0003原子%以上であり、かつTEMレプリカ法によって測定される平均粒径が100nm未満であるリン化物を形成することにより)、当該リン化物をピン止め粒子として有効に機能させることができ、その結果として金属組織の粒成長を顕著に抑制することができることを見出した。
【0018】
上記のX元素は、鋼中に存在するO(酸素)、N(窒素)及びS(硫黄)と結びついて、酸化物、窒化物及び硫化物からなる介在物を形成しやすいという性質を有する。X元素が鋼中でこのような介在物を形成してしまうと、鋼中のPとの反応に寄与することができるX元素の量が少なくなり、ピン止め粒子としてのリン化物を十分に形成することができなくなる。本発明においては、このような介在物を考慮したX元素の量を、後で詳しく説明する上記式1によって当該X元素の有効量として算出しそして当該有効量を一定量以上、すなわち0.0003%以上確保することで、当該X元素を鋼中のPと反応させ、ピン止め粒子として有効に機能させるのに十分な量のリン化物を形成することができる。本発明者らの検討の結果、このようなリン化物の量及びサイズを、同様に後で詳しく説明するように、抽出残渣法によって測定されるリン化物中のP量が鋼材に対して0.0003原子%以上でかつTEMレプリカ法によって測定される平均粒径が100nm未満の範囲内とすることで、より高いピン止め効果を達成できることが見出された。本発明によれば、このようなピン止め効果は、金属組織の微細化が再結晶によるものか否かにかかわらず有効に作用することができる。例えば、金属組織の微細化が再結晶によるものである場合には、具体的には、まず熱間圧延の際に再結晶したオーステナイト中に存在しているX元素がPと反応して微細なリン化物が析出し、当該リン化物のピン止め効果により再結晶オーステナイト粒の成長が抑制される。金属組織がオーステナイトである鋼材は、結晶粒が微細になり、金属組織がマルテンサイトである鋼材は、いわゆる旧オーステナイト粒が微細になる。次いで熱間圧延終了後、温度が下がる過程で微細な再結晶オーステナイト粒が微細なフェライト組織へと変態する場合には、等方的でかつ微細なフェライト組織を含む金属組織を安定的に維持することが可能となる。一方、金属組織の微細化が再結晶によるものでない場合、例えばオーステナイトの再結晶を伴わない熱間圧延終了後の再加熱時においてもリン化物のピン止め効果によりオーステナイト粒の成長は抑制される。
【0019】
本発明におけるX元素は、上記のとおりO、N及びSと結びついて介在物を形成しやすく、それゆえ鋼中で所定の有効量を確保することは一般に困難である。このような事情から、上記X元素を含有するリン化物によるピン止め効果は従来知られていなかった。しかしながら、近年の精錬技術の進歩により、一般に不純物として鋼中に存在するO、N及びSなどの元素の含有量を非常に低いレベルにまで低減することが可能となったこともあり、今回、上記X元素の所定範囲内における有効量を実現することができた。したがって、上記X元素を含有するリン化物のピン止め効果は、今回、本発明者らによって初めて明らかにされたことであり、極めて意外であり、また驚くべきことである。
【0020】
以下、本発明の実施形態に係る鋼材についてより詳しく説明する。以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0021】
[C:0.001~1.000%]
炭素(C)は、硬さの安定化及び/又は強度の確保に必要な元素である。これらの効果を十分に得るために、C含有量は0.001%以上である。C含有量は0.005%以上、0.010%以上又は0.020%以上であってもよい。一方で、Cを過度に含有すると、靭性、曲げ性及び/又は溶接性が低下する場合がある。したがって、C含有量は1.000%以下である。C含有量は0.800%以下、0.600%以下又は0.500%以下であってもよい。
【0022】
[Si:0.01~3.00%]
ケイ素(Si)は脱酸元素であり、強度の向上にも寄与する元素である。これらの効果を十分に得るために、Si含有量は0.01%以上である。Si含有量は0.05%以上、0.10%以上又は0.30%以上であってもよい。一方で、Siを過度に含有すると、靭性が低下したり、スケール疵と呼ばれる表面品質不良を発生したりする場合がある。したがって、Si含有量は3.00%以下である。Si含有量は2.00%以下、1.00%以下又は0.60%以下であってもよい。
【0023】
[Mn:0.10~4.50%]
マンガン(Mn)は、焼入れ性及び/又は強度の向上に有効な元素であり、有効なオーステナイト安定化元素でもある。これらの効果を十分に得るために、Mn含有量は0.10%以上である。Mn含有量は0.50%以上、0.70%以上又は1.00%以上であってもよい。一方で、Mnを過度に含有すると、靭性に有害なMnSが生成したり、耐酸化性を低下させたりする場合がある。したがって、Mn含有量は4.50%以下である。Mn含有量は4.00%以下、3.50%以下又は3.00%以下であってもよい。
【0024】
[P:0.0005~0.300%]
リン(P)は一般的に製造工程で混入する元素であるが、本発明の実施形態においてはピン止め粒子であるリン化物を構成する元素として粒成長の抑制に有効に機能する。このような効果を十分に得るために、P含有量は0.0005%以上である。P含有量は0.001%以上、0.002%以上、0.003%以上、0.005%以上、又は、0.007%以上であってもよい。一方で、Pを過度に含有すると、鋼材の加工性及び/又は靭性が低下する場合がある。したがって、P含有量は0.300%以下である。P含有量は0.100%以下、0.050%以下又は0.030%以下であってもよい。
【0025】
[S:0.0300%以下]
硫黄(S)は製造工程で混入する元素であり、本発明の実施形態に係るX元素との間で形成される介在物を低減する観点からは少ないほど好ましく、よってS含有量は0%であってもよい。しかしながら、S含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、S含有量は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、Sを過度に含有すると、X元素の有効量が低下するとともに、靭性が低下する場合がある。したがって、S含有量は0.0300%以下である。S含有量は好ましくは0.0100%以下、より好ましくは0.0050%以下、最も好ましくは0.0030%以下である。
【0026】
[Al:0.001~5.000%]
アルミニウム(Al)は、脱酸元素であり、耐食性及び/又は耐熱性を向上させるのに有効な元素でもある。これらの効果を得るために、Al含有量は0.001%以上である。Al含有量は0.010%以上、0.100%以上又は0.200%以上であってもよい。とりわけ、耐熱性を十分に向上させる観点からは、Al含有量は1.000%以上、2.000%以上又は3.000%以上であってもよい。一方で、Alを過度に含有すると、粗大な介在物が生成して靭性を低下させたり、製造過程で割れなどのトラブルが発生したり、及び/又は耐疲労特性を低下させたりする場合がある。したがって、Al含有量は5.000%以下である。Al含有量は4.500%以下、4.000%以下又は3.500%以下であってもよい。とりわけ、靭性の低下を抑制するという観点からは、Al含有量は1.500%以下、1.000%以下又は0.300%以下であってもよい。
【0027】
[N:0.2000%以下]
窒素(N)は製造工程で混入する元素であり、本発明の実施形態に係るX元素との間で形成される介在物を低減する観点からは少ないほど好ましく、よってN含有量は0%であってもよい。しかしながら、N含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、N含有量は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、Nはオーステナイトの安定化に有効な元素でもあり、必要に応じて意図的に含有させてもよい。この場合には、N含有量は0.0100%以上であることが好ましく、0.0200%以上、0.0500%以上であってもよい。しかしながら、Nを過度に含有すると、X元素の有効量が低下するとともに、靭性が低下する場合がある。したがって、N含有量は0.2000%以下である。N含有量は0.1500%以下、0.1000%以下又は0.0800%以下であってもよい。
【0028】
[O:0.0100%以下]
酸素(O)は製造工程で混入する元素であり、本発明の実施形態に係るX元素との間で形成される介在物を低減する観点からは少ないほど好ましく、よってO含有量は0%であってもよい。しかしながら、O含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、O含有量は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、Oを過度に含有すると、粗大な介在物が形成され、X元素の有効量が低下するとともに、鋼材の成形性及び/又は靭性が低下する場合がある。したがって、O含有量は0.0100%以下である。O含有量は0.0080%以下、0.0060%以下又は0.0040%以下であってもよい。
【0029】
[Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%からなる群より選択される少なくとも1種のX元素]
本発明の実施形態に係るX元素は、Pr:0~0.8000%、Sm:0~0.8000%、Eu:0~0.8000%、Gd:0~0.8000%、Tb:0~0.8000%、Dy:0~0.8000%、Ho:0~0.8000%、Er:0~0.8000%、Tm:0~0.8000%、Yb:0~0.8000%、Lu:0~0.8000%、及びSc:0~0.8000%であり、プラセオジム(Pr)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)、及びスカンジウム(Sc)はリン化物の形成に基づくピン止め効果を発現することができる。当該ピン止め効果を発現することで、金属組織の粒成長を顕著に抑制することが可能となる。
【0030】
上記X元素は、いずれか1つの元素を単独で使用してもよいし、又は上記元素のうち2種以上のあらゆる特定の組み合わせにおいて使用してもよい。また、当該X元素は、後で詳しく説明する式1を満たす量において存在すればよく、その下限値は特に限定されない。しかしながら、例えば、各X元素の含有量又は合計の含有量は0.0010%以上であってもよく、好ましくは0.0050%以上であり、より好ましくは0.0150%以上であり、さらにより好ましくは0.0300%以上であり、最も好ましくは0.0500%以上である。一方で、X元素を過度に含有しても効果が飽和し、それゆえ当該X元素を必要以上に鋼材中に含有させることは製造コストの上昇を招く虞がある。したがって、各X元素の含有量は0.8000%以下であり、例えば0.7000%以下、0.6000%以下、0.5000%以下、0.4000%以下又は0.3000%以下であってもよい。また、X元素の含有量の合計は9.6000%以下であり、例えば6.0000%以下、5.0000%以下、4.0000%以下、2.0000%以下、1.0000%以下又は0.5000%以下であってもよい。
【0031】
本発明の実施形態に係る鋼材の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該鋼材は、必要に応じて以下の任意選択元素のうち1種又は2種以上を含有してもよい。例えば、鋼材は、Nb:0~3.000%、Ti:0~0.500%、Ta:0~0.500%、V:0~1.00%、Cu:0~3.00%、Ni:0~60.00%、Cr:0~30.00%、Mo:0~5.00%、W:0~2.00%、B:0~0.0200%、Co:0~3.00%、Be:0~0.050%、及びAg:0~0.500%のうち1種又は2種以上を含有してもよい。また、鋼材は、Zr:0~0.5000%、Hf:0~0.5000%、Ca:0~0.0500%、Mg:0~0.0500%、並びにLa、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.5000%のうち1種又は2種以上を含有してもよい。また、鋼材は、Sn:0~0.300%、及びSb:0~0.300%のうち1種又は2種を含有してもよい。また、鋼材は、Te:0~0.100%、Se:0~0.100%、As:0~0.050%、Bi:0~0.500%、及びPb:0~0.500%のうち1種又は2種以上を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0032】
[Nb:0~3.000%]
ニオブ(Nb)は、析出強化及び再結晶の抑制等に寄与する元素である。Nb含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Nb含有量は0.003%以上であることが好ましい。例えば、Nb含有量は0.005%以上又は0.010%以上であってもよい。とりわけ、析出強化を十分に図る観点からは、Nb含有量は1.000%以上又は1.500%以上であってもよい。一方で、Nbを過度に含有すると、効果が飽和し、加工性及び/又は靭性を低下させる場合がある。したがって、Nb含有量は3.000%以下である。Nb含有量は2.800%以下、2.500%以下又は2.000%以下であってもよい。とりわけ、溶接熱影響部(HAZ)の靭性低下を抑制するという観点からは、Nb含有量は0.100%以下であることが好ましく、0.080%以下、0.050%以下又は0.030%以下であってもよい。
【0033】
[Ti:0~0.500%]
チタン(Ti)は、析出強化等により鋼材の強度向上に寄与する元素である。Ti含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ti含有量は0.005%以上であることが好ましい。Ti含有量は0.010%以上、0.050%以上又は0.080%以上であってもよい。一方で、Tiを過度に含有すると、多量の析出物が生成して靭性を低下させる場合がある。したがって、Ti含有量は0.500%以下である。Ti含有量は0.300%以下、0.200%以下又は0.100%以下であってもよい。
【0034】
[Ta:0~0.500%]
タンタル(Ta)は、炭化物の形態制御と強度の増加に有効な元素である。Ta含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Ta含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ta含有量は0.005%以上、0.010%以上又は0.050%以上であってもよい。一方で、Taを過度に含有すると、微細なTa炭化物が多数析出し、鋼材の過度な強度上昇を招き、結果として延性の低下及び冷間加工性を低下させる場合がある。したがって、Ta含有量は0.500%以下である。Ta含有量は、0.300%以下、0.100%以下又は0.080%以下であってもよい。
【0035】
[V:0~1.00%]
バナジウム(V)は、析出強化等により鋼材の強度向上に寄与する元素である。V含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、V含有量は0.001%以上であることが好ましい。V含有量は0.01%以上、0.02%以上、0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方で、Vを過度に含有すると、多量の析出物が生成して靭性を低下させる場合がある。したがって、V含有量は1.00%以下である。V含有量は0.80%以下、0.60%以下又は0.50%以下であってもよい。
【0036】
[Cu:0~3.00%]
銅(Cu)は強度及び/又は耐食性の向上に寄与する元素である。Cu含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Cu含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cu含有量は0.01%以上、0.10%以上、0.15%以上、0.20%以上又は0.30%以上であってもよい。一方で、Cuを過度に含有すると、靭性や溶接性の劣化を招く場合がある。したがって、Cu含有量は3.00%以下である。Cu含有量は2.00%以下、1.50%以下、1.00%以下又は0.50%以下であってもよい。
【0037】
[Ni:0~60.00%]
ニッケル(Ni)は強度及び/又は耐熱性の向上に寄与する元素であり、有効なオーステナイト安定化元素でもある。Ni含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Ni含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ni含有量は0.01%以上、0.10%以上、0.50%以上、0.70%以上、1.00%以上又は3.00%以上であってもよい。とりわけ、耐熱性を十分に向上させる観点からは、Ni含有量は30.00%以上、35.00%以上又は40.00%以上であってもよい。一方で、Niを過度に含有すると、合金コストの増加に加えて熱間加工時の変形抵抗が増大し、設備負荷が大きくなる場合がある。したがって、Ni含有量は60.00%以下である。Ni含有量は55.00%以下又は50.00%以下であってもよい。とりわけ、経済性の観点及び/又は溶接性の低下を抑制するという観点からは、Ni含有量は15.00%以下、10.00%以下、6.00%以下又は4.00%以下であってもよい。
【0038】
[Cr:0~30.00%]
クロム(Cr)は強度及び/又は耐食性の向上に寄与する元素である。Cr含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Cr含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cr含有量は0.01%以上、0.05%以上、0.10%以上又は0.50%以上であってもよい。とりわけ、耐食性を十分に向上させる観点からは、Cr含有量は10.00%以上、12.00%以上又は15.00%以上であってもよい。一方で、Crを過度に含有すると、合金コストの増加に加えて靭性が低下する場合がある。したがって、Cr含有量は30.00%以下である。Cr含有量は28.00%以下、25.00%以下又は20.00%以下であってもよい。とりわけ、溶接性及び/又は加工性の低下を抑制するという観点からは、Cr含有量は10.00%以下、9.00%以下又は7.50%以下であってもよい。
【0039】
[Mo:0~5.00%]
モリブデン(Mo)は鋼の焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する元素であり、耐食性の向上にも寄与する元素である。Mo含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Mo含有量は0.001%以上であることが好ましい。Mo含有量は0.01%以上、0.02%以上、0.50%以上又は1.00%以上であってもよい。一方で、Moを過度に含有すると、熱間加工時の変形抵抗が増大し、設備負荷が大きくなる場合がある。したがって、Mo含有量は5.00%以下である。Mo含有量は4.50%以下、4.00%以下、3.00以下又は1.50%以下であってもよい。
【0040】
[W:0~2.00%]
タングステン(W)は鋼の焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する元素である。W含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、W含有量は0.001%以上であることが好ましい。W含有量は0.01%以上、0.02%以上、0.05%以上、0.10%以上又は0.50%以上であってもよい。一方で、Wを過度に含有すると、延性や溶接性が低下する場合がある。したがって、W含有量は2.00%以下である。W含有量は1.80%以下、1.50%以下又は1.00%以下であってもよい。
【0041】
[B:0~0.0200%]
ホウ素(B)は強度の向上に寄与する元素である。B含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上であることが好ましい。B含有量は0.0003%以上、0.0005%以上又は0.0007%以上であってもよい。一方で、Bを過度に含有すると、靭性及び/又は溶接性が低下する場合がある。したがって、B含有量は0.0200%以下である。B含有量は0.0100%以下、0.0050%以下、0.0030%以下又は0.0020%以下であってもよい。
【0042】
[Co:0~3.00%]
コバルト(Co)は焼入れ性及び/又は耐熱性の向上に寄与する元素である。Co含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Co含有量は0.001%以上であることが好ましい。Co含有量は0.01%以上、0.02%以上、0.05%以上、0.10%以上又は0.50%以上であってもよい。一方で、Coを過度に含有すると、熱間加工性が低下する場合があり、原料コストの増加にも繋がる。したがって、Co含有量は3.00%以下である。Co含有量は2.50%以下、2.00%以下、1.50%以下又は0.80%以下であってもよい。
【0043】
[Be:0~0.050%]
ベリリウム(Be)は、母材の強度の上昇及び組織の微細化に有効な元素である。Be含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Be含有量は0.0003%以上であることが好ましい。Be含有量は0.0005%以上、0.001%以上又は0.010%以上であってもよい。一方で、Beを過度に含有すると、成形性が低下する場合がある。したがって、Be含有量は0.050%以下である。Be含有量は0.040%以下、0.030%以下又は0.020%以下であってもよい。
【0044】
[Ag:0~0.500%]
銀(Ag)は、母材の強度の上昇及び組織の微細化に有効な元素である。Ag含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ag含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ag含有量は0.010%以上、0.020%以上、0.030%以上又は0.050%以上であってもよい。一方で、Agを過度に含有すると、成形性が低下する場合がある。したがって、Ag含有量は0.500%以下である。Ag含有量は0.400%以下、0.300%以下又は0.200%以下であってもよい。
【0045】
[Zr:0~0.5000%]
ジルコニウム(Zr)は、硫化物の形態を制御できる元素である。Zr含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Zr含有量は0.0001%以上であることが好ましい。一方で、Zrを過度に含有しても効果が飽和し、それゆえZrを必要以上に鋼材中に含有させることは製造コストの上昇を招く虞がある。したがって、Zr含有量は0.5000%以下である。
【0046】
[Hf:0~0.5000%]
ハフニウム(Hf)は、硫化物の形態を制御できる元素である。Hf含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Hf含有量は0.0001%以上であることが好ましい。一方で、Hfを過度に含有しても効果が飽和し、それゆえHfを必要以上に鋼材中に含有させることは製造コストの上昇を招く虞がある。したがって、Hf含有量は0.5000%以下である。
【0047】
[Ca:0~0.0500%]
カルシウム(Ca)は、硫化物の形態を制御できる元素である。Ca含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ca含有量は0.0001%以上であることが好ましい。一方で、Caを過度に含有しても効果が飽和し、それゆえCaを必要以上に鋼材中に含有させることは製造コストの上昇を招く虞がある。したがって、Ca含有量は0.0500%以下である。
【0048】
[Mg:0~0.0500%]
マグネシウム(Mg)は、硫化物の形態を制御できる元素である。Mg含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Mg含有量は0.0001%以上であることが好ましい。Mg含有量は0.0015%超、0.0016%以上、0.0018%以上又は0.0020%以上であってもよい。一方で、Mgを過度に含有しても効果が飽和し、粗大な介在物の形成に起因して冷間成形性及び/又は靭性が低下する場合がある。したがって、Mg含有量は0.0500%以下である。Mg含有量は0.0400%以下、0.0300%以下又は0.0200%以下であってもよい。
【0049】
[La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種:合計で0~0.5000%]
ランタン(La)、セリウム(Ce)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)及びイットリウム(Y)は、Ca及びMgと同様に硫化物の形態を制御できる元素である。La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種の含有量の合計は0%であってもよいが、このような効果を得るためには0.0001%以上であることが好ましい。La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種の含有量の合計は0.0002%以上、0.0003%以上又は0.0004%以上であってもよい。一方で、これらの元素を過度に含有しても効果が飽和し、粗大な酸化物等が形成して冷間成形性が低下する場合がある。したがって、La、Ce、Nd、Pm及びYの少なくとも1種の含有量の合計は0.5000%以下であり、0.4000%以下、0.3000%以下又は0.2000%以下であってもよい。
【0050】
[Sn:0~0.300%]
錫(Sn)は耐食性の向上に有効な元素である。Sn含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Sn含有量は0.001%以上であることが好ましい。Sn含有量は0.010%以上、0.020%以上、0.030%以上又は0.050%以上であってもよい。一方で、Snを過度に含有すると、靭性、特には低温靭性の低下を招く場合がある。したがって、Sn含有量は0.300%以下である。Sn含有量は0.250%以下、0.200%以下又は0.150%以下であってもよい。
【0051】
[Sb:0~0.300%]
アンチモン(Sb)は、Snと同様に耐食性の向上に有効な元素であり、特にSnと複合して含有させることにより効果を増大させることができる。Sb含有量は0%であってもよいが、耐食性向上の効果を得るためには、Sb含有量は0.001%以上であることが好ましい。Sb含有量は0.010%以上、0.020%以上、0.030%以上又は0.050%以上であってもよい。一方で、Sbを過度に含有すると、靭性、特には低温靭性の低下を招く場合がある。したがって、Sb含有量は0.300%以下である。Sb含有量は0.250%以下、0.200%以下又は0.150%以下であってもよい。
【0052】
[Te:0~0.100%]
テルル(Te)は、MnやSなどと低融点化合物を形成して潤滑効果を高めるため、鋼の被削性を改善するのに有効な元素である。Te含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Te含有量は0.001%以上であることが好ましい。Te含有量は0.010%以上、0.020%以上、0.030%以上又は0.040%以上であってもよい。一方で、Teを過度に含有しても効果が飽和し、合金コストの増加を招く。したがって、Te含有量は0.100%以下である。Te含有量は0.090%以下、0.080%以下又は0.070%以下であってもよい。
【0053】
[Se:0~0.100%]
セレン(Se)は、鋼中に生成するセレン化物が被削材のせん断塑性変形に変化を与え、切りくずが破砕されやすくなるため、鋼の被削性を改善するのに有効な元素である。Se含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Se含有量は0.001%以上であることが好ましい。Se含有量は0.010%以上、0.020%以上、0.030%以上又は0.040%以上であってもよい。一方で、Seを過度に含有しても効果が飽和し、合金コストの増加を招く。したがって、Se含有量は0.100%以下である。Se含有量は0.090%以下、0.080%以下又は0.070%以下であってもよい。
【0054】
[As:0~0.050%]
ヒ素(As)は、鋼の被削性を改善するのに有効な元素である。As含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、As含有量は0.001%以上であることが好ましい。As含有量は0.005%以上又は0.010%以上であってもよい。一方で、Asを過度に含有すると、熱間加工性が低下する場合がある。したがって、As含有量は0.050%以下である。As含有量は0.040%以下、0.030%以下又は0.020%以下であってもよい。
【0055】
[Bi:0~0.500%]
ビスマス(Bi)は、鋼の被削性を改善するのに有効な元素である。Bi含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Bi含有量は0.001%以上であることが好ましい。Bi含有量は0.010%以上、0.020%以上、0.030%以上又は0.050%以上であってもよい。一方で、Biを過度に含有しても効果が飽和し、合金コストの増加を招く。したがって、Bi含有量は0.500%以下である。Bi含有量は0.400%以下、0.300%以下又は0.200%以下であってもよい。
【0056】
[Pb:0~0.500%]
鉛(Pb)は、切削による温度上昇で溶融してクラックの進展を促進するため、鋼の被削性を改善するのに有効な元素である。Pb含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Pb含有量は0.001%以上であることが好ましい。Pb含有量は0.010%以上、0.020%以上、0.030%以上又は0.050%以上であってもよい。一方で、Pbを過度に含有すると、熱間加工性が低下する場合がある。したがって、Pb含有量は0.500%以下である。Pb含有量は0.400%以下、0.300%以下又は0.200%以下であってもよい。
【0057】
本発明の実施形態に係る鋼材において、上記の元素以外の残部は、Fe及び不純物からなる。不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。
【0058】
[X元素の有効量]
本発明の実施形態によれば、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、及びScからなるX元素の有効量は、下記式1の左辺によって求められ、そしてその値は下記式1を満たすようにする。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、及び[S]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0059】
上記X元素の有効量を上記式1を満たすようにすることで、オーステナイト中に存在しているX元素と鋼中のPを反応させてリン化物を形成することができ、このようなリン化物の形成に起因して金属組織の粒成長を抑制することが可能となる。より詳しく説明すると、これらのX元素(以下、単に「X」ともいう)は、鋼中に存在するO(酸素)、N(窒素)及びS(硫黄)と結びついて、酸化物(X23)、窒化物(XN)及び硫化物(XS)からなる介在物を形成する傾向がある。当該介在物を形成してしまうと、少なくともこれらの介在物中のX元素はPとの反応に寄与することはできない。したがって、Pとの反応を促進してピン止め粒子であるリン化物を形成するためには、介在物を形成せずにオーステナイト中でリン化物を形成し得るX元素の量を増加させる必要がある。
【0060】
ここで、リン化物を形成し得るX元素の量は、鋼中に含まれるX元素の量から介在物(酸化物、窒化物及び硫化物)を形成するのに消費され得る最大量を差し引くことによって概算することが可能である。そこで、本発明の実施形態においては、このようにして概算されるリン化物を形成するのに有効なX元素の量(すなわち「X元素の有効量」)は、具体的には下記式Aによって定義される。
Xの有効量[原子%]=Σ(M[Fe]/M[X])×[X]-(M[Fe]/M[O])×[O]×2/3-(M[Fe]/M[N])×[N]-(M[Fe]/M[S])×[S] ・・・式A
ここで、XはPr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、及びScの各X元素を表し、M[X]はX元素の原子量、M[Fe]はFeの原子量、M[O]はOの原子量、M[N]はNの原子量、M[S]はSの原子量を表し、[X]、[O]、[N]及び[S]は、それぞれ対応する元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0061】
上記式Aについて以下に詳しく説明すると、まず、本発明の実施形態に係る鋼材には種々の合金元素が含有されているものの、鋼材全体としてはほぼFeによって構成されているか、あるいは任意選択元素であるNi及び/又はCrを比較的多く含む場合(それぞれの最大含有量は60.00%及び30.00%)には、Feに加えてNi及び/又はCrによってほぼ構成されていることが明らかである。一方で、Ni及びCrの原子量はFeの原子量と同等であることが周知である。このため、たとえ鋼材がNi及び/又はCrを比較的多く含む場合であっても、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、及びScの各X元素の原子%は、近似的には各X元素の含有量[質量%]にFeの原子量と当該各X元素の原子量の比を掛け算すること、すなわち(M[Fe]/M[X])×[X]によって算出することができる。したがって、(M[Fe]/M[X])×[X]によって算出される各X元素の量を合計することで(すなわちΣ(M[Fe]/M[X])×[X]を計算することで)、X元素全体の原子%を算出することができる。
【0062】
次に、X元素全体の原子%のうち、酸化物(X23)、窒化物(XN)及び硫化物(XS)を形成するのに消費され得る最大量(原子%)を差し引くことで、リン化物を形成するのに有効に作用し得る鋼中のX元素の量を算出することができる。ここで、酸化物(X23)、窒化物(XN)及び硫化物(XS)を形成するのに消費され得るX元素の最大量(原子%)は、上で説明したのと同様の理由から近似的には鋼中のFe、O、N及びSの原子量並びにO、N及びSの含有量を用いて、それぞれ(M[Fe]/M[O])×[O]×2/3、(M[Fe]/M[N])×[N]、及び(M[Fe]/M[S])×[S]として算出することが可能である。したがって、リン化物を形成するためのX元素の有効量は、下記式Aによって定義することができる。
Xの有効量[原子%]=Σ(M[Fe]/M[X])×[X]-(M[Fe]/M[O])×[O]×2/3-(M[Fe]/M[N])×[N]-(M[Fe]/M[S])×[S] ・・・式A
【0063】
ここで、Fe、O、N及びS並びに各X元素の原子量は、それぞれFe:55.845、O:15.9994、N:14.0069、S:32.068、Pr:140.908、Sm:150.36、Eu:151.964、Gd:157.25、Tb:158.925、Dy:162.500、Ho:164.930、Er:167.259、Tm:168.934、Yb:173.045、Lu:174.967、Sc:44.9559である。したがって、上記式Aに各元素の原子量を代入して整理すると、X元素の原子%による有効量は近似的には下記式Bによって表すことが可能となる。
有効量=0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ・・・式B
ここで、[Pr]、[Sm]、[Eu]、[Gd]、[Tb]、[Dy]、[Ho]、[Er]、[Tm]、[Yb]、[Lu]、[Sc]、[O]、[N]、及び[S]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0064】
本発明の実施形態においては、リン化物を形成するためには、上記式Bによって求められるX元素の有効量は0.0003%以上、すなわち下記式1を満たすことが少なくとも必要である。
0.40[Pr]+0.37[Sm]+0.37[Eu]+0.36[Gd]+0.35[Tb]+0.34[Dy]+0.34[Ho]+0.33[Er]+0.33[Tm]+0.32[Yb]+0.32[Lu]+1.24[Sc]-2.33[O]-3.99[N]-1.74[S] ≧ 0.0003 ・・・式1
X元素の有効量は、例えば0.0005%以上又は0.0007%以上であってもよく、好ましくは0.0010%以上、より好ましくは0.0015%以上、さらにより好ましくは0.0030%以上、最も好ましくは0.0050%以上又は0.0100%以上である。また、上記式1からも明らかなように、当該有効量を安定的に確保するためには、鋼中のO、N及びSの含有量を極力低減することが好ましい。ここで、X元素の有効量の上限は特に限定されないが、当該X元素の有効量を過度に増加させても効果が飽和するとともに、製造コストの上昇(X元素の含有量増加に伴う合金コストの上昇及び/又はO、N及びSに関する精錬コストの上昇)を招くことになり必ずしも好ましくない。したがって、X元素の有効量は好ましくは2.0000%以下であり、例えば1.8000%以下、1.5000%以下、1.2000%以下、1.0000%以下又は0.8000%以下であってもよい。
【0065】
[抽出残渣法によって測定されるリン化物に含まれるP量が鋼材に対して0.0003原子%以上]
本発明の実施形態においては、X元素がPと反応してリン化物を形成し、当該リン化物がピン止め粒子として有効に機能することができる量において鋼中に存在する必要がある。本発明の実施形態においては、X元素を含有するリン化物が鋼中に存在し、抽出残渣法によって測定される当該リン化物に含まれるP量が鋼材に対して0.0003原子%以上の要件を満たす場合には、当該リン化物がピン止め粒子として有効に機能し、金属組織の粒成長を顕著に抑制することが可能となる。上記のP量は、好ましくは0.0005原子%以上、より好ましくは0.0010原子%以上、さらにより好ましくは0.0030原子%以上、最も好ましくは0.0050原子%以上又は0.0100原子%以上である。当該P量の上限は特に限定されないが、当該P量を過度に増加させても効果が飽和するとともに、製造コストの上昇(リン化物を形成するためのX元素の含有量増加に伴う合金コストの上昇及び/又はO、N及びSに関する精錬コストの上昇)を招くことになり必ずしも好ましくない。したがって、当該P量は好ましくは0.5000原子%以下であり、例えば0.4000原子%以下、0.3000原子%以下、0.2000原子%以下、0.1500原子%以下又は0.1000原子%以下であってもよい。
【0066】
[抽出残渣法によるP量の測定]
リン化物に含まれるP量は抽出残渣法によって以下のように決定される。まず、鋼材から採取した鋼材表面から0.5mm深さ位置を含む試料を定電流電解によって鋼材1g以上を電解し、次いで孔径0.2μmのメンブレンフィルタを用いて濾過し、析出物(リン化物)が分離される。次に、分離した析出物を硝酸(HNO3)等の溶液にて分解し、次いで得られた残渣をICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析計)で測定することにより鋼材中に析出したリン化物として存在しているP量が得られる。最後に、当該P量と電解した鋼材の具体的な量からリン化物に含まれるP量の鋼材全体に対する割合(原子%)が決定される。
【0067】
[TEMレプリカ法によって測定されるリン化物の平均粒径が100nm未満]
ピン止め粒子としては、微細な粒子が比較的多く存在することが一般的に有効である。本発明の実施形態においては、リン化物を平均粒径が100nm未満の微細なリン化物として存在させることで、当該リン化物により金属組織の粒成長を確実に抑制することが可能となる。リン化物の平均粒径は、好ましくは90nm以下、より好ましくは80nm以下、さらにより好ましくは60nm以下、最も好ましくは50nm以下又は40nm以下である。リン化物の平均粒径の下限は特に限定されないが、例えば5nm以上であり、8nm以上、10nm以上、15nm以上、20nm以上又は25nm以上であってもよい。
【0068】
[TEMレプリカ法による平均粒径の測定]
リン化物の平均粒径はTEMレプリカ法によって以下のように決定される。まず、鋼材から析出物観察用試験片を採取し、圧延方向に平行でかつ鋼材表面から0.5mm深さ位置における断面を研磨し、次いでSPEED法(選択的定電位電解エッチング法)によりエッチングを行い、析出物をブランクレプリカ法によりカーボン膜に抽出してCuメッシュ上に保持する。次に、作製したカーボン抽出レプリカ試料を用いてEDS(エネルギー分散型X線分光器)による分析を行い、リン化物を同定するとともに、当該リン化物をTEM(透過型電子顕微鏡、加速電圧200kV)を用いて、倍率20000倍で50μm2の視野を10視野観察し、個々のリン化物の粒径を円相当直径として算出し、算出された全ての円相当直径の平均値をリン化物の平均粒径として決定する。
【0069】
本発明の実施形態に係る鋼材は、X元素を含有するリン化物が形成された任意の鋼材であってよく、特に限定されない。本発明の実施形態に係る鋼材は、例えば、熱間圧延後の鋼材である厚鋼板、薄鋼板、さらには棒鋼、線材、形鋼、及び鋼管等をも包含するものである。
【0070】
本発明の実施形態に係る鋼材は、最終的な製品の形態等に応じて、当業者に公知の任意の適切な方法によって製造することが可能である。例えば、鋼材が厚鋼板の場合には、その製造方法は、一般に厚鋼板を製造する際に適用される工程を含み、例えば、上で説明した化学組成を有するスラブを鋳造する工程、鋳造されたスラブを熱間圧延する工程、及び得られた圧延材を冷却する工程を含み、必要に応じて焼入れ工程及び焼戻し工程等の熱処理をさらに含んでいてもよい。本発明の実施形態に係る鋼材の製造工程は、制御圧延と加速冷却を組み合わせた熱加工制御プロセス(TMCP)であってもよい。
【0071】
また、鋼材が薄鋼板の場合には、その製造方法は、一般に薄鋼板を製造する際に適用される工程を含み、例えば、上で説明した化学組成を有するスラブを鋳造する工程、鋳造されたスラブを熱間圧延する工程、及び得られた圧延材を冷却して巻き取る工程、必要に応じて冷間圧延工程、焼鈍工程等をさらに含んでいてもよい。棒鋼や他の鋼材の製造方法においても同様に、一般に棒鋼や他の鋼材を製造する際に適用される工程を含み、例えば、上で説明した化学組成を有する溶鋼を形成する製鋼工程、形成された溶鋼からスラブ、ビレット、ブルーム等を鋳造する工程、鋳造されたスラブ、ビレット、ブルーム等を熱間圧延する工程、及び得られた圧延材を冷却する工程を含み、他の工程は、それらの鋼材を製造するのに当業者に公知の適切な工程を適宜選択し、実施することができる。
【0072】
熱間圧延工程での熱履歴はリン化物の生成のために重要である。例えば、熱間圧延工程の加熱温度、付加される歪みの影響も考慮し、各X元素のリン化物が析出する温度と時間の範囲(リン化物の析出ノーズ)を予め定めておき、当該熱間圧延工程での熱履歴をこの温度と時間の範囲内(すなわちリン化物の析出ノーズ内)に導くようにすればよい。図面を参照して以下により詳しく説明する。図1は、X元素を含有するリン化物の析出ノーズを示す模式図である。図1は上記のとおり模式図であり、実際には具体的に用いられるX元素等に応じて析出ノーズの曲線は変化する。図1を参照すると、熱間圧延による加工がある場合には、リン化物の析出ノーズ(図1中の実線)が短時間側にシフトする。例えば、950~1100℃の範囲で歪みを付加した後、この温度範囲で約30秒以上(より低い温度の場合には約70秒以上)の比較的短い時間保持し、次いで冷却することで、熱間圧延工程での熱履歴が析出ノーズ内を通るため、X元素と鋼中のPを反応させてリン化物を形成することができる。一方で、熱間圧延による加工がある場合であっても、例えば、1100℃以上の高温下で歪みを付加し、950~1100℃の範囲で約10秒程度の短い時間保持した後に冷却した場合には、熱間圧延工程での熱履歴が析出ノーズ内を通らず、リン化物を形成することができない場合がある。「保持」とは、上記の温度範囲内で放冷又は空冷等により徐々に温度が低下する場合を包含するものである。
【0073】
熱間圧延工程はスラブ、ビレット、ブルームの加熱後、粗圧延及び/又は仕上げ圧延の終了までの工程である。この工程での具体的な熱履歴は、X元素の種類等によっても変化するため、特に限定されないが、例えば、当該熱履歴は、粗圧延及び/又は仕上げ圧延の途中、あるいは、粗圧延及び/又は仕上げ圧延後、900~1100℃、好ましくは950~1100℃の温度範囲において30秒以上保持することを含むものである。あるいはまた、熱履歴は、熱間圧延で歪みを付加する前に950~1100℃、好ましくは980~1020℃で1000秒以上保持することを含むものであってもよい。この場合には、熱間圧延で歪みを付加する前にリン化物が形成される。保持時間の上限は、特に限定されないが、例えば15000秒以下又は12000秒以下であってよい。熱間圧延工程にこのような熱履歴を含めることで、オーステナイト中に存在しているX元素を鋼中のPと確実に反応させてリン化物を形成することができるため、ピン止め効果により金属組織の粒成長を顕著に抑制することができる。その結果として、例えば、得られる鋼材の低温靭性を向上させ及び/又は高強度と低温靭性の両立を図ることが可能となる。リン化物の微細化の観点から、当該熱履歴は、粗圧延及び/又は仕上げ圧延の途中、あるいは、粗圧延及び/又は仕上げ圧延後に含めることが好ましい。また、本発明の実施形態に係る鋼材の製造では、Pとリン化物を形成するためのX元素の有効量を確保することも重要であり、そのためにはX元素と鋼中で介在物を形成し得るO、N及びSの含有量を精錬工程において十分に低減しておくことが極めて重要である。
【0074】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例
【0075】
本例では、まず、種々の化学組成を有するスラブを鋳造し、次いで下表1に示す製造条件A~D(熱間圧延工程における熱履歴)にて、加熱、粗圧延及び仕上げ圧延(粗圧延と仕上げ圧延の合計圧下率:50%以上)を実施して鋼材を製造した。
【0076】
【表1】
【0077】
次いで、鋼材から試験片を採取し、当該試験片をAc3点以上に加熱した際のオーステナイト粒径をJIS G 0551:2013に準拠した切断法により測定することで金属組織の粒成長抑制効果を評価した。Ac3点は、加熱時にフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度である。具体的には、試験片を昇温速度20℃/秒で950℃まで加熱し10秒保持した場合のオーステナイト粒径をD1、同様に試験片を昇温速度20℃/秒で1050℃まで加熱し10秒保持した場合のオーステナイト粒径をD2とした。微細なリン化物が多く形成されている場合には、ピン止め効果により高温下での粒成長が抑制される。したがって、リン化物によるピン止め効果が有効に機能している場合には、D2はD1に近づいていき、すなわちD2/D1は1に近づいていくことになる。したがって、D2/D1を算出することにより、その鋼材が有する粒成長抑制効果を評価することが可能である。本実施例では、D2/D1が1.50以下の場合に、金属組織の粒成長が抑制されているものとして評価した。その結果を下表2に示す。加えて、得られた各鋼材から採取した試料を分析した化学組成、各鋼材中のリン化物に含まれるP量(析出P量)及び当該リン化物の平均粒径についても下表2に示す。リン化物に含まれるP量及び当該リン化物の平均粒径は以下の方法によって測定した。
【0078】
[リン化物に含まれるP量の測定]
リン化物に含まれるP量は抽出残渣法によって以下のように決定した。まず、鋼材から採取した鋼材表面から0.5mm深さ位置を含む試料を10%アセチルアセトン-1%テトラメチルアンモニウムクロライド-メタノール溶液中500mmA及び2時間以上の条件下での定電流電解によって鋼材1g以上を電解し、次いで孔径0.2μmのメンブレンフィルタを用いて濾過し、析出物(リン化物)を分離した。次に、分離した析出物を硝酸(HNO3)と過塩素酸(HClO4)を2:1で混合した溶液にて分解し、次いで得られた残渣をICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析計)で測定することにより鋼材中に析出したリン化物として存在しているP量を得た。最後に、当該P量と電解した鋼材の具体的な量からリン化物に含まれるP量の鋼材全体に対する割合(原子%)を決定した。
【0079】
[リン化物の平均粒径の測定]
リン化物の平均粒径はTEMレプリカ法によって以下のように決定した。まず、鋼材から析出物観察用試験片を採取し、圧延方向に平行でかつ鋼材表面から0.5mm深さ位置における断面を研磨し(エメリー紙、ダイアモンドペーストにて鏡面研磨し、次いで研磨面をアルミナ砥粒にて仕上げ研磨)、次いでSPEED法(選択的定電位電解エッチング法)によりエッチングを行い(電解研磨液:10%アセチルアセトン-1%テトラメチルアンモニウムクロライド-メタノール、電解研磨条件:-100mV vs SCE、10クーロン/cm2)、析出物をブランクレプリカ法によりカーボン膜に抽出してCuメッシュ上に保持した。次に、作製したカーボン抽出レプリカ試料を用いてEDS(エネルギー分散型X線分光器)による分析を行い、リン化物を同定するとともに、当該リン化物をTEM(透過型電子顕微鏡、加速電圧200kV)を用いて、倍率20000倍で50μm2の視野を10視野観察し、個々のリン化物の粒径を円相当直径として算出し、算出された全ての円相当直径の平均値をリン化物の平均粒径として決定した。
【0080】
【表2-1】
【0081】
【表2-2】
【0082】
【表2-3】
【0083】
【表2-4】
【0084】
【表2-5】
【0085】
【表2-6】
【0086】
表2を参照すると、比較例84~91では、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、及びScからなるX元素の有効量が低かったために、鋼材中のPをリン化物として析出させることができず、結果として金属組織の粒成長を抑制することができなかった。一方、比較例92では、X元素の有効量は0.0003%よりも高く、それゆえ式1を満足するものであったが、熱間圧延工程での熱履歴が適切でなかったために、リン化物を析出させることができず、結果として金属組織の粒成長を抑制することができなかった。これとは対照的に、本発明に係る全ての実施例において、X元素の有効量を0.0003%以上とし、さらにはリン化物に含まれるP量及び当該リン化物の平均粒径を適切なものとすることで、金属組織の粒成長を十分に抑制することができた。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明の実施形態に係る鋼材は、X元素を含有するリン化物が形成された熱間圧延後の鋼材、例えば、橋梁、建築、造船及び圧力容器等の用途に使用される厚鋼板、自動車及び家電等の用途に使用される薄鋼板、さらには棒鋼、線材、形鋼、及び鋼管等をも包含するものである。これらの材料において本発明の実施形態に係る鋼材を適用した場合には、金属組織の粒成長が抑制され、それゆえ微細な金属組織が安定的に維持されているため、例えば高強度と低温靭性の相反する特性を両立することが可能である。
図1