(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-20
(45)【発行日】2024-02-29
(54)【発明の名称】中性子回折格子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G21K 1/06 20060101AFI20240221BHJP
G21K 1/00 20060101ALI20240221BHJP
【FI】
G21K1/06 D
G21K1/06 C
G21K1/00 N
(21)【出願番号】P 2021530529
(86)(22)【出願日】2020-06-03
(86)【国際出願番号】 JP2020021967
(87)【国際公開番号】W WO2021005925
(87)【国際公開日】2021-01-14
【審査請求日】2023-05-08
(31)【優先権主張番号】P 2019127006
(32)【優先日】2019-07-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日野 正裕
(72)【発明者】
【氏名】川端 祐司
(72)【発明者】
【氏名】細畠 拓也
(72)【発明者】
【氏名】山形 豊
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-232900(JP,A)
【文献】特開2019-078717(JP,A)
【文献】SAMOTO, Tetsuo et al.,Gadolinium oblique evaporation approach to make large scale neutron absorption gratings for phase im,Japanese Journal of Applied Physics,日本,The Japan Society of Applied Physics,2019年03月28日,Vol. 58, SDDF12,pp. 1-6
【文献】SCHAERPF, O,Comparison of theoretical and experimental behaviour of supermirrors and discussion of limitations,Physica B,NL,Elsevier,1989年,Vol. 156 & 157,631-638
【文献】SPRINGELL, R et al.,Chemicaland magnetic structure of uranium/gadolinium multilayers studied by transmission electron mi,Physical Review B,米国,The American Physical Society,2010年04月29日,Vol. 81 134434,pp. 1-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21K 1/06
G21K 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中性子透過性材料から成る中性子透過基板を用意し、
前記中性子透過基板上に、密着力強化材料から成る密着強化層を積層し、
前記密着強化層の上に、ガドリニウムから成るGd薄膜層と、チタンから成るTi薄膜層とを交互に複数積層して多層膜層を形成し、
前記多層膜層の上に酸化防止材料から成る酸化防止層を積層して多層膜基板を形成し、
前記酸化防止層及び前記多層膜層を切削加工して前記多層膜基板に微細パターン形成することを特徴とする
中性子回折格子の製造方法。
【請求項2】
前記密着力強化材料が、チタン、アルミニウム、シリコンのいずれかである、請求項1に記載の中性子回折格子の製造方法。
【請求項3】
前記酸化防止材料が、チタン、アルミニウム、クロム、炭素、シリコンのいずれかである、請求項1又は2に記載の中性子回折格子の製造方法。
【請求項4】
前記密着力強化材料及び前記酸化防止材料がチタンである、請求項1に記載の中性子回折格子の製造方法。
【請求項5】
前記微細パターンが格子溝である、請求項1~4のいずれかに記載の中性子回折格子の製造方法。
【請求項6】
中性子透過材料から成る中性子透過基板上に、密着力強化材料から成る密着強化層と、ガドリニウムから成るGd薄膜層とチタンから成るTi薄膜層とが交互に複数層積層されて成る多層膜層と、酸化防止材料から成る酸化防止層とが、前記中性子透過基板側から順に積層されてなる多層膜基板の上面に、前記酸化防止層から前記多層膜層に至る深さの微細パターンを有する中性子回折格子。
【請求項7】
前記密着力強化材料が、チタン、アルミニウム、シリコンのいずれかである、請求項6に記載の中性子回折格子。
【請求項8】
前記酸化防止材料が、チタン、アルミニウム、クロム、炭素、シリコンのいずれかである、請求項6又は7に記載の中性子回折格子。
【請求項9】
前記密着力強化材料及び前記酸化防止材料がチタンである、請求項6に記載の中性子回折格子。
【請求項10】
前記微細パターンが格子溝である、請求項6~9のいずれかに記載の中性子回折格子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性子線位相イメージング、中性子検出器の評価・校正等に用いられる中性子回折格子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
中性子線がX線等の他の量子ビームに比べると物質の透過性が非常に高く軽元素にも高感度であることから、中性子線イメージングは大型試料の内部構造の非破壊観察等に広く利用されている。中性子線位相イメージングは、中性子線が試料を透過したときの位相変化から試料の内部構造をより精密に観察する最先端の手法である。
【0003】
中性子線位相イメージングでは、一般的に、位相変化を検出するために中性子回折格子が用いられる。中性子回折格子は、中性子線を遮断する部分と中性子線を透過する部分とが交互に配列された格子構造を有しており、中性子線を遮断する材料として通常、中性子線吸収能力の高いガドリニウム(Gd)が用いられる。
【0004】
中性子線位相イメージングの感度や空間分解能を高め、且つ、様々な実験スペース(装置のサイズ)に対応させるためには、形状精度の高い、溝の幅やピッチが様々な回折格子を用意する必要がある。また、中性子を遮断する部分と透過する部分における中性子線の遮断率の差を大きくする必要があり、そのためには中性子回折格子の厚さ(中性子線の透過方向の長さ)をより大きくすることが求められる。例えば波長が0.2nmの中性子線の場合、厚さが10μmのGd平板の透過率は約20%であるのに対して、厚さが20μmのGd平板の透過率は4%以下であり、中性子線をほぼ遮断することができる。
【0005】
このように、中性子線位相イメージングでは、回折格子の溝の幅と溝の深さ(回折格子の厚さ)との関係は中性子波長と装置のサイズに依存し、形状精度の高い回折格子が求められる。近年、金属の切削加工技術が向上し、非常に精密な切削加工が可能となっている。従って、精密切削加工技術を利用して金属ガドリニウムを加工することができれば、ビームラインごとに最適な中性子回折格子を精度良く製造することができる。ところが、ガドリニウムは酸化し易く、また酸化により脆化するため切削加工が難しい。そのため、従来はシリコン(Si)基板をエッチングにより微細加工して該Si基板上にひな形となる格子溝を作製し、該格子溝にGd金属膜を蒸着したり、Gd化合物から成る微細粉末を加圧充填したりすることで中性子回折格子を得ていた(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】C. Grunzweig, F. Pfeiffer, O. Bunk, T. Donath, G. Kuhne, G. Frei, M. Dierolf, and C. David: Design, fabrication, and characterization of diffraction gratings for neutron phase contrast imaging, Review of Scientific Instruments 79, 053703(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1には、溝の間隔(格子ピッチ)が約4μm、溝の深さが約7.5μm、溝の幅が約3.3μmの格子溝の表面に斜め蒸着法によりGd金属膜を蒸着して、格子ピッチが約4μm、溝の深さが約10μmの中性子回折格子を作製することが記載されている。しかし、非特許文献1等の方法では、ひな形となる格子溝を作製した後に中性子吸収体であるGd薄膜を付加するため、製作工程が増え、かつ格子溝の側面全体に均一な厚みのGd金属膜を形成することも非常に難しく、形状精度の高い大面積の中性子回折格子を得ることは容易ではない。
【0008】
なお、ここでは中性子線位相イメージングに用いられる中性子回折格子について説明したが、中性子検出器の空間分解能の評価や校正に用いられる中性子回折格子等、微細パターンを有する中性子回折格子全般において上述した問題がある。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、形状精度の高い微細パターンを有する中性子回折格子を製造できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る中性子回折格子の製造方法は、
中性子透過性材料から成る中性子透過基板を用意し、
前記中性子透過基板上に、密着力強化材料から成る密着強化層を積層し、
前記密着強化層の上に、ガドリニウムから成るGd薄膜層と、チタンから成るTi薄膜層とを交互に複数積層して多層膜層を形成し、
前記多層膜層の上に酸化防止材料から成る酸化防止層を積層して多層膜基板を形成し、
前記酸化防止層及び前記多層膜層を切削加工して前記多層膜基板に微細パターンを形成する
ことを特徴とする。
【0011】
本発明において、中性子透過性材料としては、アルミニウム、シリコン、石英等が挙げられる。中性子透過基板の中性子透過率は、上記方法により得られる中性子回折格子の使用目的によって異なり、中性子透過率が100%である必要はない。
【0012】
前記密着強化層は、中性子透過基板とその上に積層されるGd薄膜層との密着性を高めるために中性子透過基板と多層膜層との間に介装される。密着力強化材料としてはチタン、アルミニウム、シリコンが挙げられる。また、前記酸化防止層は、多層膜層に含まれるGd薄膜層の酸化を防止するためのものである。酸化防止材料としては、チタン、アルミニウム、クロム、炭素、シリコン等が挙げられる。ただし、成膜容易性の点で、密着強化層及び酸化防止層はいずれもチタンから形成することが好ましい。
【0013】
多層膜基板に形成される微細パターンは、酸化防止層及び多層膜層を切削加工して形成される。この場合、中性子回折格子の性能上、微細パターンは多層膜層の全体を貫通すること(つまり、酸化防止層から多層膜層の最下部に位置するGd薄膜層まで貫通すること)が好ましいが、必ずしも全ての多層膜層を貫通していなくてもよい。また、微細パターンが酸化防止層の上面から密着強化層の一部または全部、或いは酸化防止層から中性子透過基板の一部に至ることを排除するものではない。
【0014】
本発明は、中性子線の遮断材料として知られているガドリニウム(Gd)の薄膜と、チタン(Ti)の薄膜を交互に複数層積層することで、従来は酸化による脆化のために切削加工が困難であったGdの切削加工が容易になることを発明者が見出し、成されたものである。多層膜層においてGd薄膜層とGd薄膜層の間に介装される薄膜層の材料としてTiを選んだ理由は、多層膜中性子反射ミラー等にも利用され、中性子線の吸収が大きくない(つまり、中性子の遮断効率が低い)物質であること、Tiはゲッター物質であり、成膜時に真空度を上げてGdの酸化を防ぐこと、及び、Tiは酸化するとその表面に酸化被膜が形成されて化学的に安定な状態(不動態)となる物質であること、である。
【0015】
多層膜層の切削加工が容易になる詳細な理由は不明であるが、おそらく、Gd薄膜層をTi薄膜層で挟むとともに、多層膜層を酸化防止層で覆うことで、Gd薄膜層の酸化が抑えられるからであり、一方、Ti薄膜層は脆化することがないためであると推測される。また、本発明においては、Gd薄膜とTi薄膜を多層化したことにより、膜応力が小さくなり、さらに密着強化層で中性子透過基板とGd薄膜層(多層膜層)との密着力を強化することにより、切削加工時に各層が剥離することが防止される。また、酸化防止層によって、切削加工前に大気中で多層膜基板を保管する際にGd薄膜層が酸化することを防ぐことができる。
【0016】
このように本発明では、中性子透過基板上に密着強化層、Gd薄膜層とTi薄膜層から成る多層膜層、酸化防止層を順に形成して多層膜基板を形成したため精密な切削加工が可能となり、その結果、形状精度の高い微細パターンを有する中性子回折格子の製造が可能となる。
【0017】
本発明において、多層膜基板を構成するGd薄膜層は中性子線を遮断する機能を有しているが、密着強化層、酸化防止層、及びTi薄膜層はそのような機能を有していない。密着強化層、酸化防止層、及びTi薄膜層の機能、役割は上述した通りである。そのため、Ti薄膜層の厚さはGd薄膜層の厚さの1/50~1/5で十分である。一方、酸化防止層及び密着強化層の厚さはGd薄膜層の厚さと同等かそれ以上であることが好ましく、より好ましくは、酸化防止層の厚さは、Gd薄膜層の厚さの2倍~5倍程度であり、密着強化層の厚さは、Gd薄膜層の厚さの2倍~100倍程度である。
【0018】
また、本発明においては、多層膜層を構成するGd薄膜層が中性子線の遮断に寄与するため、多層膜層全体の厚さに占めるGd薄膜層の厚さを大きくすることが望ましいが、各Gd薄膜層の厚みを大きくすると、Ti薄膜層による酸化抑制の効果が低減する。Ti薄膜層による酸化抑制効果の低減は、GdとTiとの同時成膜によってある程度の改善はできるが、切削加工容易性を増すためには各Gd薄膜層の厚さは、0.005μm(5nm)~0.05μm(50nm)程度とすることが好ましい。
【0019】
また、本発明は中性子回折格子にも適用できる。すなわち、上記課題を解決するために成された本発明に係る中性子回折格子は、
中性子透過材料から成る中性子透過基板上に、密着力強化材料から成る密着強化層と、ガドリニウムから成るGd薄膜層とチタンから成るTi薄膜層とが交互に複数層積層されて成る多層膜層と、酸化防止材料から成る酸化防止層とが、前記中性子透過基板側から順に積層されてなる多層膜基板の上面に、前記酸化防止層から前記多層膜層に至る深さの微細パターンを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る製造方法によれば、高い形状精度の微細パターンを有する中性子回折格子を得ることができる、また、本発明に係る中性子回折格子を用いることにより、高感度で、且つ高い空間分解能の中性子検出器や中性子線位相イメージングを実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1A】本発明に係る中性子回折格子の一実施形態を示す上面図。
【
図1B】本発明に係る中性子回折格子の一実施形態を示す側面図。
【
図2】中性子回折格子の製造工程(I)~(V)の説明図。
【
図3A】一実施例の製造方法により得られた多層膜基板の写真及び膜構造の概略図。
【
図4】多層膜基板に断面台形状の溝を渦巻き状に形成した後の顕微鏡写真及び多層膜のない部分の顕微鏡写真。
【
図5】溝が形成されている領域のレーザ共焦点顕微鏡の観察結果。
【
図6】多層膜が成膜されている部分と多層膜のない部分の境界部分におけるレーザ共焦点顕微鏡の観察結果。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための形態について、中性子線位相イメージングに用いられる中性子回折格子を例に挙げて説明する。
図1A及び
図1Bは、中性子回折格子の構造を概略的に示す上面図及び側面図である。なお、説明の便宜上、
図1A、
図1Bに表した各部の寸法比は正確ではなく、適宜拡大し縮小して表されている。
【0023】
これらの図に示すように、中性子回折格子1は、立方体状の多層膜基板10の上面に設けられた格子領域11と該格子領域11の両側に位置する枠領域12とを有している。
格子領域11には、所定の幅寸法(W)及び所定の深さ寸法(D)を有する複数の溝111が所定のピッチ(P)で形成されている。各溝111は、多層膜基板10の対向する二つの側面の一方から他方まで延びる直線状の溝から成る。中性子回折格子1のうち各溝111は中性子を透過する部分となり、溝111と溝111の間の畝112の部分は中性子を遮断する部分となる。格子領域11に形成された複数の溝111が本発明の微細パターン及び格子溝に相当する。
【0024】
多層膜基板10は、アルミニウム、シリコン、石英等の中性子透過性材料から成る平板状の中性子透過基板101と、該基板101の上に形成された、密着力強化材料から成る密着強化層102と、該密着強化層102の上に形成された、ガドリニウム(Gd)薄膜層103とチタン(Ti)薄膜層104を交互に多数積層してなる多層膜層106と、該多層膜層106の上に形成された酸化防止材料から成る酸化防止層108とを有している。多層膜層106の最下層及び最上層はGd薄膜層103であり、従って、多層膜を構成するGd薄膜層103の層数を「n」とすると、Ti薄膜層104の層数は「n-1」となる。
図1Bでは、上記溝111は、酸化防止層108の上面から、密着強化層102の下面を突き抜けて基板101の上部に至るように形成されているが、酸化防止層108から多層膜層106の最下部に位置するGd薄膜層103の途中まで、或いは、酸化防止層108から多層膜層106の最下部に位置するGd薄膜層103の下面(密着強化層
102の上面)に至るように形成されていても良い。また、上記溝111は、酸化防止層108から密着強化層
102の途中まで形成されていても良い。
【0025】
密着強化層102は、中性子透過基板101と多層膜層106との密着力を高めるために設けられたものであり、密着力強化材料は好ましくはチタン、アルミニウム、シリコンのいずれかである。また、酸化防止層108は多層膜層106の酸化を抑制するために設けられたものであり、酸化防止材料は好ましくはチタン、アルミニウム、クロム、炭素、シリコンのいずれかである。成膜の容易性を考慮すると、密着強化層102及び酸化防止層108は、Ti薄膜層104と同じ材料から形成されていることが好ましい。以下、密着強化層102及び酸化防止層108がチタンから形成されていることとして説明する。
【0026】
図2は中性子回折格子1の製造工程を示している。この図に示すように、まず、中性子透過基板101を用意し(
図2(I))、その基板101上に蒸着やスパッタリングによりチタンを成膜し、密着強化層102を形成する(
図2(II))。続いて、密着強化層102の上に蒸着やスパッタリングによりガドリニウム、チタンを交互に成膜して多層膜層106を形成し(
図2(III))、さらにその上にチタンを成膜して酸化防止層108を形成する(
図2(IV))。これにより多層膜基板10が得られるから、その多層膜基板10の上面を、精密切削加工機を用いて精密切削加工して、溝111を形成する(
図2(V))。以上により中性子回折格子1が得られる。
【0027】
本実施形態において、密着強化層102と酸化防止層108は、多層膜基板10を精密切削加工する際に多層膜層106を挟持して該多層膜層106の変形を抑える役割も有している。したがって、多層膜基板10を精密切削加工する領域(つまり、中性子回折格子1の格子領域11)の面積が大きいほど、密着強化層102及び酸化防止層108の厚さを大きくすると良い。
【0028】
本実施形態の中性子回折格子1では、多層膜層106を構成する全てのGd薄膜層103の厚さの合計が中性子線遮断能力の指標となる実効厚さとなる。
【0029】
溝111(畝112)の作製に用いられる精密切削加工機は、市販されているものを利用することができる。精密加工機の一例として、東芝機械株式会社の超精密非球面・自由曲面加工機(ULGシリーズ)を挙げることができる。
次に、具体的な実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0030】
[実施例]
1.Gd及びTiの成膜
イオンビームスパッタ装置を用いて、直径が75mm(3インチ)、厚さが1mmの円板状のアルミニウム基板(Al基板)の上面に、チタン及びGdの成膜を行った。このとき、各層の膜厚が所望の大きさになるように成膜時間を調整した。スパッタ時の真空度は約8×10-5Torr、イオンガンの電圧は800V、電流値は120mAに設定した。膜厚はリガク社製 SmartLabのX線反射率測定モードによって評価した。各層の平均膜厚は以下の通りである。
<密着強化層>
膜厚:0.2μm
<多層膜層>
Gd薄膜層(層数:1250)
膜厚:9.7nm
Ti薄膜層(層数:1249)
膜厚:1.2nm
<酸化防止層>
膜厚:0.025μm
【0031】
図3Aの左の写真は上記成膜工程により得られた多層膜基板の写真であり、右図は膜構造を模式的に示す図である。また、
図3Bはレーザプローブ式形状測定器(三鷹光器株式会社、PFU-3)を用いて多層膜(密着強化層、多層膜層(Gd薄膜層、Ti薄膜層)、酸化防止層)全体の膜厚を測定した結果を示している。この結果から、Al基板の上に、密着強化層、多層膜層、酸化防止層が形成されていることが確認された。
【0032】
2.格子溝の形成
多層膜基板に対して、精密切削加工機(東芝機械株式会社 ULG-100A(H3))を用いて切削加工した。具体的には、精密切削加工機にV型ダイヤモンド工具を取り付け、このV型ダイヤモンド工具の先端を多層膜基板の上面に押し当てながら該多層膜基板を回転させるとともに、1回転あたり0.05mmずつ工具を径方向に並進移動させて、渦巻き状の溝を形成する。次に、V型ダイヤモンド工具の先端位置を前回から少しだけ径方向にずらし、前回と同様、工具の先端を多層膜基板の上面に押し当てながら該多層膜基板を回転させる。この作業を複数回繰り返す。これにより、多層膜基板に、断面形状が台形状の溝が渦巻き状に形成された。なお、この実施例では、工具を段階的に掘り下げるのではなく、1回の切削で溝を形成した。
【0033】
溝を形成した後の多層膜基板の上面のうち、渦巻き状の溝に沿って45°ずつずらした8箇所を顕微鏡で観察した。その結果を
図4に示す。なお、
図4に示す顕微鏡写真のうち、下の中央の写真は、カプトンテープによってAl基板を保護することで成膜されないようにした部分(つまり、多層膜のない部分)を切削した状態の写真(以下、「膜なし写真」という。)である。
「膜なし写真」から、溝はAl基板まで達していることが分かった。つまり、上記切削加工により、酸化防止層側からAl基板に向けて、酸化防止層、多層膜層、及び第密着強化層を貫通し、Al基板の上部付近に至る溝が形成された。また、「膜なし写真」以外の写真から分かるように、いずれの箇所においても溝には脆性的な破壊部分が見られなかった。
【0034】
図5は、レーザ共焦点顕微鏡(株式会社キーエンス、VK-X1000)を用いて、溝を形成した後の多層膜基板を観察した結果を示している。
図5に示す結果から、断面形状が非常にシャープな台形状の溝が一定の間隔で(周期的に)形成されていることが分かる。また、
図6は、
図5と同じレーザ共焦点顕微鏡を用いて、酸化防止層、多層膜層、密着強化層がはがされた領域と、それ以外の領域の境界付近を観察した結果である。この結果からも、酸化防止層、多層膜層、密着強化層に形成された畝の高さが約13μmであり、X線反射率測定のほぼ結果と一致すること、Al基板に形成された溝の深さが約5μmであることが分かった。
【0035】
なお、以上の実施例ではAl基板を用いて多層膜基板し、これに切削加工することによって溝を形成したが、原理的には、上記実施例と同様の手順でシリコン基板を用いて多層膜基板を形成し、切削加工により溝を形成した場合も、上記実施例と同様の結果が得られる。
【符号の説明】
【0036】
1…中性子回折格子
10…多層膜基板
101…中性子透過基板
102…密着強化層
103…Gd薄膜層
104…Ti薄膜層
106…多層膜層
108…酸化防止層
11…格子領域
111…溝
112…畝
12…枠領域