(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-20
(45)【発行日】2024-02-29
(54)【発明の名称】アザミウマ類の分子同定技術
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6888 20180101AFI20240221BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALI20240221BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20240221BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240221BHJP
【FI】
C12Q1/6888 Z ZNA
C12Q1/6869 Z
C12Q1/686 Z
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2019205176
(22)【出願日】2019-11-13
【審査請求日】2022-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村路 雅彦
(72)【発明者】
【氏名】霜田 政美
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/039228(WO,A1)
【文献】特開2016-214101(JP,A)
【文献】DICKEY, A. M. et al.,The Scirtothrips dorsalis Species Complex: Endemism and Invasion in a Global Pest,PLOS ONE,2015年,Vol. 10, No. 4, e123747,P. 1-22, Supporting Information S1 File,doi.org/10.1371/journal.pone.0123747
【文献】BRAVO-PEREZ, D. et al. ,Species diversity of thrips (Thysanoptera) in selected avocado orchards from Mexico based on morphology and molecular data,Journal of Integrative Agriculture,2018年,Vol. 17, Iss. 11,P. 2509-2517
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験DNAにおいて、
配列番号1又は2に示される塩基配列、配列番号3又は4に示される塩基配列、配列番号5又は6に示される塩基配列、配列番号7又は8に示される塩基配列、配列番号9又は10に示される塩基配列、配列番号11又は12に示される塩基配列、配列番号13に示される塩基配列、配列番号14又は15に示される塩基配列、配列番号16又は17に示される塩基配列、配列番号18又は19に示される塩基配列、配列番号20又は21に示される塩基配列、配列番号22又は23に示される塩基配列、配列番号24又は25に示される塩基配列、配列番号26又は27に示される塩基配列、配列番号28又は29に示される塩基配列、及び配列番号30又は31に示される塩基配列のそれぞれのアザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとシトクロムcオキシダーゼサブユニット1(CO1)遺伝子との間の領域の種特異的な塩基配列を検出する工程を含む、アザミウマ類の種を識別する方法であって、
配列番号1又は2に示される塩基配列の存在が、マメハナアザミウマを示し、
配列番号3又は4に示される塩基配列の存在が、ネギアザミウマを示し、
配列番号5又は6に示される塩基配列の存在が、クワアザミウマを示し、
配列番号7又は8に示される塩基配列の存在が、コスモスアザミウマを示し、
配列番号9又は10に示される塩基配列の存在が、ハナアザミウマを示し、
配列番号11又は12に示される塩基配列の存在が、クロゲハナアザミウマを示し、
配列番号13に示される塩基配列の存在が、クサキイロアザミウマを示し、
配列番号14又は15に示される塩基配列の存在が、ダイズアザミウマを示し、
配列番号16又は17に示される塩基配列の存在が、クロトンアザミウマを示し、
配列番号18又は19に示される塩基配列の存在が、ビワハナアザミウマを示し、
配列番号20又は21に示される塩基配列の存在が、ミナミキイロアザミウマを示し、
配列番号22又は23に示される塩基配列の存在が、第1の未同定種を示し、
配列番号24又は25に示される塩基配列の存在が、第2の未同定種を示し、
配列番号26又は27に示される塩基配列の存在が、チャノキイロアザミウマを示し、
配列番号28又は29に示される塩基配列の存在が、ミカンキイロアザミウマを示し、
配列番号30又は31に示される塩基配列の存在が、ヒラズハナアザミウマを示す、
前記方法。
【請求項2】
被験DNAを鋳型として、配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号33~48に示される塩基配列から成るそれぞれのプライマーとから成る16種のプライマーセットを個別に用いて、アザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の領域を増幅する工程と、
前記増幅工程で得られる増幅産物を指標に、アザミウマ類の種を識別する工程と、
を含む、アザミウマ類の種を識別する方法であって、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号33に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号34に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、コスモスアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号35に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ビワハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号36に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、クロゲハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号37に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ミナミキイロアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号38に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ネギアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号39に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、マメハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号40に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、クワアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号41に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、チャノキイロアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号42に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、クサキイロアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号43に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ミカンキイロアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号44に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ヒラズハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号45に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ダイズアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号46に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、クロトンアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号47に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、第1の未同定種を示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号48に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、第2の未同定種を示す、
前記方法。
【請求項3】
被験DNAを鋳型として、5'末端をビオチン修飾した配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有する配列番号33~48に示される塩基配列から成る16種のそれぞれのプライマーのうち1つ又は複数の組合せとを含む1以上のプライマーセットを個別に用いて、アザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の領域を増幅する工程
であって、前記1以上のプライマーセットは、合わせて16種の前記プライマーを含み、且つ、前記プライマーセットに含まれる5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーは、5'末端にそれぞれ異なるオリゴヌクレオチドタグを有する、前記工程と、
前記増幅工程で得られる増幅産物をSTH-PAS法に供し、アザミウマ類の種を識別する工程と、
を含む、アザミウマ類の種を識別する方法であって、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号33に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号33に示すDNAの存在が、ハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号34に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号34に示すDNAの存在が、コスモスアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号35に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号35に示すDNAの存在が、ビワハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号36に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号36に示すDNAの存在が、クロゲハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号37に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号37に示すDNAの存在が、ミナミキイロアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号38に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号38に示すDNAの存在が、ネギアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号39に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号39に示すDNAの存在が、マメハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号40に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号40に示すDNAの存在が、クワアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号41に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号41に示すDNAの存在が、チャノキイロアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号42に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号42に示すDNAの存在が、クサキイロアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号43に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号43に示すDNAの存在が、ミカンキイロアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号44に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号44に示すDNAの存在が、ヒラズハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号45に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号45に示すDNAの存在が、ダイズアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号46に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号46に示すDNAの存在が、クロトンアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号47に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号47に示すDNAの存在が、第1の未同定種を示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号48に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号48に示すDNAの存在が、第2の未同定種を示す、
前記方法。
【請求項4】
被験DNAが、アザミウマ類以外の生物のDNA中にアザミウマ類のDNAが混在する可能性があるDNAである、
請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
アザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の領域に対して配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号33~48に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーとがアニーリングする位置の外側の領域に対応するプライマーセットを用いて、サンプル中のDNAをPCRに供する工程をさらに含み、得られた増幅産物を被験DNAとして使用する、
請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
外側の領域に対応するプライマーセットが、配列番号49に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号50~54に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つ又は2つのプライマーとから成る、
請求項5記載の方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項記載の方法に使用するための、アザミウマ類の種を識別するためのプライマーセット。
【請求項8】
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号33~48に示される塩基配列から成るそれぞれのプライマーとを含む、
請求項7記載のプライマーセット。
【請求項9】
5'末端をビオチン修飾した配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有する配列番号33~48に示される塩基配列から成る16種のそれぞれのプライマーのうち1つ又は複数の組合せとを含む1以上のプライマーセットであって、
前記1以上のプライマーセットは、合わせて16種の前記プライマーを含み、且つ、
前記プライマーセットに含まれる5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーは、5'末端にそれぞれ異なるオリゴヌクレオチドタグを有する、
前記1以上のプライマーセットである、請求項7記載のプライマーセット。
【請求項10】
アザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の領域に対して配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号33~48に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーとがアニーリングする位置の外側の領域に対応するプライマーセットをさらに含む、
請求項8又は9記載のプライマーセット。
【請求項11】
外側の領域に対応するプライマーセットが、配列番号49に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号50~54に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つ又は2つのプライマーとから成る、
請求項10記載のプライマーセット。
【請求項12】
請求項7~11のいずれか1項記載のプライマーセットを含む、アザミウマ類の種を識別するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばアザミウマ類の種識別法に関する。
【背景技術】
【0002】
アザミウマ類は微小な食植性昆虫であり、農作物に対する食害や植物ウイルス病の媒介による品質低下により、大きな農業被害をもたらす種が少なくない。
【0003】
アザミウマ類は種類によって殺虫剤や防虫ネットなどの防除効果が異なり、その種類に応じて対策を講じる必要があるため、圃場に発生する種を正確に判定・識別する必要がある。しかしながら、アザミウマ類の体長は約1~2mm程度以下のものが多く、肉眼による種の識別が不可能な場合が多い。
【0004】
従来の方法では、アザミウマ類を正確に識別・同定するためには、成虫のプレパラート標本を作製し、顕微鏡下において微細な形態を詳細に観察する必要がある。しかしながら、顕微鏡によるアザミウマ成虫の外部形態の観察結果を適切に判断するためには、昆虫形態に関する知識と形態観察に関する熟練が必要である。さらに、アザミウマ幼虫では、形態的特性により種を識別することは不可能とされている。
【0005】
このような状況下、初心者にも利用可能で、発育ステージや雌雄に関わらず、害虫防除の現場で容易にアザミウマ類の識別ができる新しい手法の開発が求められている。
【0006】
DNAを用いたアザミウマ類の識別法として、PCR-RFLPによる方法、LAMP法による方法等が報告されている。しかしながら、いずれも識別対象が少なく適用範囲が限られること、特に前者では、標本からのDNA抽出に加え制限酵素による増幅産物の処理や電気泳動など煩雑な操作が必要であり、識別・同定に時間を要するなどの難点がある。また、これら既報の方法を、DNAが劣化したアザミウマ類の標本等に適用したり、天敵など他生物に捕食されたアザミウマ類の検出や同定に適用することは困難である。
【0007】
近年捕食性の天敵昆虫等を用いたアザミウマ類の防除に期待が寄せられているが、有望天敵の探索や防除効果の確認のためには、天敵昆虫等が実際に捕食したアザミウマ種を同定する必要がある。このような目的のために、アザミウマ類を捕食した天敵昆虫の腸内に残存するアザミウマ類のミトコンドリアDNAの一部をネステッドPCRで増幅し、DNAシークエンサーを用いて塩基配列を解析することでアザミウマ類の種同定を試みた例もあるが、多くの労力と高価な解析機器が必要であり、害虫防除の現場など一般に広く普及することはできない。
【0008】
ところで、STH(Single-stranded Tag Hybridization)-PAS(Printed-Array Strip)法は、株式会社TBAの技術である。株式会社TBAのホームページに説明されるように、STH法は、ビオチン標識プライマーとシングルタグDNA付プライマーにより標的DNAをPCR増幅し、その増幅液をアビジンコートラテックス(青)と混合してメンブレンストリップに展開することで、ライン状に固相化された相補タグDNAとタグDNAの強いハイブリダイゼーション反応によりPCR増幅産物をトラップし、トラップされたPCR増幅産物を結合したアビジンコートラテックスによる青色ラインとして検出することで、検体中の標的DNAの有無や種類を目視判別する遺伝子検査方法である。また、PASは、STH法で使用されるメンブレンストリップで、数種類のシングルタグDNAに相補的なオリゴヌクレオチドが異なった位置にライン状に固相化されており、異なったシングルタグDNA付きプライマーを複数用いたPCR(マルチプレックスPCR)において、被験DNAがいずれのシングルタグDNA付きプライマーと反応しPCR増幅が起きたかをラインの位置によって判別することができる。
【0009】
STH-PAS法は、研究インフラの整備が困難な検査の現場や途上国などにおいて、簡便且つ高精度にPCR産物中のDNAを識別できる新しいDNA検査法として注目されているが、上記のDNAを用いたアザミウマ類の識別法であるPCR-RFLPによる方法やLAMP法による方法をこれに適用することはできない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上述の実情に鑑み、アザミウマ類の種識別を迅速、且つ高精度、且つ簡便に行うことができる、アザミウマ類の種識別法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、アザミウマ類のミトコンドリアDNA塩基配列上に種特異的な領域と塩基配列を見出した。詳細に解析した結果、これらはDNAの塩基置換だけでなく、欠失変異や挿入変異を含んでおり、アザミウマ類の各種に固有の塩基配列を用いて、アザミウマ類を高い精度で識別できることを見出した。さらにこれらの塩基配列をSTH-PAS法等のDNA検査法に適用することで、迅速で簡便な種同定技術として本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
(1)被験DNAにおいて、配列番号1~31に示される塩基配列から成る群より選択されるアザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとシトクロムcオキシダーゼサブユニット1(CO1)遺伝子との間の領域の種特異的な塩基配列を検出する工程を含む、アザミウマ類の種を識別する方法であって、
配列番号1又は2に示される塩基配列の存在が、マメハナアザミウマを示し、
配列番号3又は4に示される塩基配列の存在が、ネギアザミウマを示し、
配列番号5又は6に示される塩基配列の存在が、クワアザミウマを示し、
配列番号7又は8に示される塩基配列の存在が、コスモスアザミウマを示し、
配列番号9又は10に示される塩基配列の存在が、ハナアザミウマを示し、
配列番号11又は12に示される塩基配列の存在が、クロゲハナアザミウマを示し、
配列番号13に示される塩基配列の存在が、クサキイロアザミウマを示し、
配列番号14又は15に示される塩基配列の存在が、ダイズアザミウマを示し、
配列番号16又は17に示される塩基配列の存在が、クロトンアザミウマを示し、
配列番号18又は19に示される塩基配列の存在が、ビワハナアザミウマを示し、
配列番号20又は21に示される塩基配列の存在が、ミナミキイロアザミウマを示し、
配列番号22又は23に示される塩基配列の存在が、第1の未同定種を示し、
配列番号24又は25に示される塩基配列の存在が、第2の未同定種を示し、
配列番号26又は27に示される塩基配列の存在が、チャノキイロアザミウマを示し、
配列番号28又は29に示される塩基配列の存在が、ミカンキイロアザミウマを示し、
配列番号30又は31に示される塩基配列の存在が、ヒラズハナアザミウマを示す、
前記方法。
(2)被験DNAを鋳型として、配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号33~48に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つのプライマーとを用いて、アザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の領域を増幅する工程と、
前記増幅工程で得られる増幅産物を指標に、アザミウマ類の種を識別する工程と、
を含む、アザミウマ類の種を識別する方法であって、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号33に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号34に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、コスモスアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号35に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ビワハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号36に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、クロゲハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号37に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ミナミキイロアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号38に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ネギアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号39に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、マメハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号40に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、クワアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号41に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、チャノキイロアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号42に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、クサキイロアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号43に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ミカンキイロアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号44に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ヒラズハナアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号45に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、ダイズアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号46に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、クロトンアザミウマを示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号47に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、第1の未同定種を示し、
配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと配列番号48に示される塩基配列から成るプライマーとを用いたときの増幅産物の存在が、第2の未同定種を示す、
前記方法。
上記では、それぞれのアザミウマ種に特異的なプライマーとして配列番号33から配列番号48に示される塩基配列からなるものについて述べているが、これらは配列番号1から配列番号31に示される塩基配列にもとづき設計したものであり、各アザミウマ種に特異的なプライマーとしては配列番号33から配列番号48に示される塩基配列に限定されることはなく、その近傍ややや離れた位置であっても種特異的な塩基配列を示す部位があればその部分を種特異的プライマーとして使用することもできる。
(3)被験DNAを鋳型として、5'末端をビオチン修飾した配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、5'末端にそれぞれ異なるオリゴヌクレオチドタグを有する配列番号33~48に示される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つ以上のプライマーを用いて、アザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の領域を増幅する工程と、
前記増幅工程で得られる増幅産物をSTH-PAS法に供し、アザミウマ類の種を識別する工程と、
を含む、アザミウマ類の種を識別する方法であって、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号33に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号33に示すDNAの存在が、ハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号34に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号34に示すDNAの存在が、コスモスアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号35に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号35に示すDNAの存在が、ビワハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号36に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号36に示すDNAの存在が、クロゲハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号37に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号37に示すDNAの存在が、ミナミキイロアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号38に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号38に示すDNAの存在が、ネギアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号39に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号39に示すDNAの存在が、マメハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号40に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上の成るプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号40に示すDNAの存在が、クワアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号41に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号41に示すDNAの存在が、チャノキイロアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号42に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号42に示すDNAの存在が、クサキイロアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号43に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号43に示すDNAの存在が、ミカンキイロアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号44に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号44に示すDNAの存在が、ヒラズハナアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号45に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号45に示すDNAの存在が、ダイズアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号46に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号46に示すDNAの存在が、クロトンアザミウマを示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号47に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号47に示すDNAの存在が、第1の未同定種を示し、
5'末端にオリゴヌクレオチドタグを有するプライマーとして、配列番号48に示される塩基配列から成るものを含む1つ以上のプライマーを用いたときの増幅産物中における配列番号48に示すDNAの存在が、第2の未同定種を示す、
前記方法。
上記では、それぞれのアザミウマ種に特異的なプライマーとして配列番号33から配列番号48に示される塩基配列からなるものについて述べているが、これらは配列番号1から配列番号31に示される塩基配列にもとづき設計したものであり、各アザミウマ種に特異的なプライマーとしては配列番号33から配列番号48に示される塩基配列に限定されることはなく、その近傍ややや離れた位置であっても種特異的な塩基配列を示す部位があればその部分を種特異的プライマーとして使用することもできる。
(4)被験DNAが、アザミウマ類以外の生物のDNA中にアザミウマ類のDNAが混在する可能性があるDNAである、(1)~(3)のいずれか1記載の方法。
(5)アザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の領域に対して配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号33~48に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーとがアニーリングする位置の外側の領域に対応するプライマーセットを用いて、サンプル中のDNAをPCRに供する工程をさらに含み、得られた増幅産物を被験DNAとして使用する、(1)~(4)のいずれか1記載の方法。
(6)外側の領域に対応するプライマーセットが、配列番号49に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号50~54に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つ又は2つのプライマーとから成る、(5)記載の方法。
(7)(1)~(6)のいずれか1記載の方法に使用するための、アザミウマ類の種を識別するためのプライマーセット。
(8)配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号33~48に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つのプライマーとを含む、(7)記載のプライマーセット。
(9)5'末端をビオチン修飾した配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、5'末端にそれぞれ異なるオリゴヌクレオチドタグを有する配列番号33~48に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つ以上のプライマーとを含む、(7)記載のプライマーセット。
(10)アザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の領域に対して配列番号32に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号33~48に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーとがアニーリングする位置の外側の領域に対応するプライマーセットをさらに含む、(8)又は(9)記載のプライマーセット。
(11)外側の領域に対応するプライマーセットが、配列番号49に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号50~54に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つ又は2つのプライマーとから成る、(10)記載のプライマーセット。
(12)(7)~(11)のいずれか1記載のプライマーセットを含む、アザミウマ類の種を識別するためのキット。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、アザミウマ類の種識別を、既存の方法に比べて、より迅速且つ高精度、且つ簡便に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1-1】アザミウマ類16種の種特異的部位とその周辺の塩基配列を示す図である。
【
図2】本方法における第一実施形態による解析とネステッドPCRで使用するプライマーの結合部位の位置関係を示す模式図である。
【
図3】本方法の第一実施形態による解析で得られた塩基配列のクラスタリングを示す図である。
【
図4】STH-PAS技術による8種のアザミウマの識別結果を示す図である。左より順に、以下のアザミウマを示す:第1の未同定種、ハナアザミウマ、マメハナアザミウマ、ヒラズハナアザミウマ、クワアザミウマ、コスモスアザミウマ、チャノキイロアザミウマ、クサキイロアザミウマ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
第一実施形態において、本発明に係るアザミウマ類の種識別方法(以下、「本方法」と称する)は、
図1に示すアザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の種特異的な塩基配列を指標とし、アザミウマ類の種を識別することを特徴とする。アザミウマ類とは異なり、他の多くの昆虫のミトコンドリアDNAでは、「16S rDNA」と「CO1」の二つの遺伝子は隣接しないため、これら遺伝子の境界領域を増幅対象とするアザミウマ類用のプライマーセットを使用したPCRによって、それら遺伝子が隣接しない昆虫等のミトコンドリアDNAを増幅することはできないため、アザミウマ類と他生物のDNAが混合したサンプルからも、効率よくアザミウマ類のDNAのみを増幅し、種識別に利用することができる。
【0017】
16種のアザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNA後半~CO1遺伝子前半の塩基配列(約1,100塩基対の塩基配列)の比較から種特異的で種の識別に利用できる塩基配列を見出した。
【0018】
具体的には、本方法は、被験DNAにおいて、配列番号1~31に示される塩基配列から成る群より選択されるアザミウマ類のミトコンドリアDNA上の16S rDNAとCO1遺伝子との間の領域における種特異的塩基配列を検出する工程を含む。以下に示す種特異的塩基配列(各配列番号に示される塩基配列)の存在が、各アザミウマ類の種を示す:
配列番号1又は2に示される塩基配列:マメハナアザミウマ;
配列番号3又は4に示される塩基配列:ネギアザミウマ;
配列番号5又は6に示される塩基配列:クワアザミウマ;
配列番号7又は8に示される塩基配列:コスモスアザミウマ;
配列番号9又は10に示される塩基配列:ハナアザミウマ;
配列番号11又は12に示される塩基配列:クロゲハナアザミウマ;
配列番号13に示される塩基配列:クサキイロアザミウマ;
配列番号14又は15に示される塩基配列:ダイズアザミウマ;
配列番号16又は17に示される塩基配列:クロトンアザミウマ;
配列番号18又は19に示される塩基配列:ビワハナアザミウマ;
配列番号20又は21に示される塩基配列:ミナミキイロアザミウマ;
配列番号22又は23に示される塩基配列:第1の未同定種;
配列番号24又は25に示される塩基配列:第2の未同定種;
配列番号26又は27に示される塩基配列:チャノキイロアザミウマ;
配列番号28又は29に示される塩基配列:ミカンキイロアザミウマ;
配列番号30又は31に示される塩基配列:ヒラズハナアザミウマ。
【0019】
ここで、第1および第2の未同定種は、分子系統学的には明らかに他種とは異なるが、外見による識別が困難であって、しかもDDBJなどの塩基配列データベースにCO1遺伝子等の塩基配列が登録されていない種である。
【0020】
本方法において、被験DNAは、アザミウマ類のミトコンドリアDNAが含まれるか又は含まれる可能性があるDNAであり、例えば、アザミウマの全体または虫体の一部のほか、アザミウマを捕食したヒメハナカメムシなどの天敵の全体または腹部や腸など等のサンプルから得られる。本方法においては、このようなサンプルから常法によって被験DNAを抽出する工程を含んでもよい。
【0021】
また、アザミウマ類のミトコンドリアDNAでは、「16S rDNA」と「CO1」の遺伝子が隣接しているが、一般的な昆虫での両遺伝子の配置はこれとは異なっており、「16S rDNA」と「CO1」の2遺伝子の境界領域は存在しない。すなわち、本発明における種特異的塩基配列は、アザミウマ類以外の「16S rDNA」と「CO1」が隣接しないミトコンドリアDNAをもつ昆虫には存在しない。従って、本発明における種特異的塩基配列に対するプライマーセットを用いたPCR増幅では、このような昆虫のミトコンドリアDNAから増幅産物は得られない。このような特性を利用して、被験DNAとして、アザミウマ類以外の生物のDNA中にアザミウマ類のDNAが混在する可能性があるDNA(例えば、捕食性カメムシ類やテントウムシ類等の昆虫の他、クモ類等の捕食性生物由来の全ゲノム、又はこれら生物の消化管残存物のDNA)を適用することができる。このようなDNAを被験DNAとして用いることで、本方法では、アザミウマ類以外の生物の体内に残存する微量のアザミウマ類のミトコンドリアDNAを検出し、種の識別を行うことができる。
【0022】
検出工程では、先ず、上述の種特異的塩基配列に対して、当該塩基配列を増幅できるような一対のプライマーを設計し、被験DNAを鋳型として当該一対のプライマーを用いたPCRを行う。
【0023】
プライマーは、上述の種特異的塩基配列の両末端付近の各々の配列とその両末端の各々から外側方向の配列とを考慮して、常法により設計することができる。
【0024】
第一実施形態において使用される一対のプライマーとしては、例えば、以下の表3及び
図2に示す配列番号49に示される塩基配列から成るプライマー(フォワードプライマーとしての「FCMTF1」)と、それぞれ配列番号50~52に示される塩基配列から成るプライマー(それぞれ、リバースプライマーとしての「FCMTR4」、「FCMTR2」又は「FCMTR1」)のうちいずれか1つのプライマーとから成る一対のプライマーが挙げられる。また、配列番号50~52に示される塩基配列から成るプライマー(リバースプライマー)に代えて、Ogino et al. (2016)(Ogino T, Uehara T, Muraji M, Yamaguchi T, Ichihashi T, Suzuki T, Kainoh Y, Shimoda M (2016)Violet LED light enhances the recruitment of a thrip predator in open fields. Scientific Reports volume 6, Article number: 32302)に記載のプライマー(5'-CATTATAGCGTAAATTATTCCT-3'(配列番号53) 又は5'-AACTGTTCATCCTGTTCCTGC-3'(配列番号54))を使用してもよい。
【0025】
本方法において、PCRは、例えば増幅産物の長さやGC含量等を考慮し、PCR反応液組成(例えばPCRバッファー、ポリメラーゼ、dNTPミックス、プライマー等を含む)、熱変性、アニーリング、伸長反応等における温度設定並びにサイクル数を適宜決定し、行うことができる。
【0026】
PCR増幅後、増幅産物をシークエンシングに供し、増幅産物の塩基配列を決定し、増幅産物の塩基配列を種特異的塩基配列と比較することで、種特異的塩基配列の存在を決定することができる。このようにして、被験DNAが由来するサンプル中に存在するアザミウマ類の種を識別することができる。
【0027】
第二実施形態において、本方法は、被験DNAを鋳型として、以下の表1に示す第一実施形態における種特異的塩基配列のそれぞれに対して特異的なプライマー(配列番号33~48に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つのプライマー;以下、「種特異的プライマー」と称する)と、全種に共通するプライマー(配列番号32に示される塩基配列から成るプライマー;以下、「全種共通プライマー」と称する)とから成るプライマーセットを使用して、種特異的塩基配列を増幅する工程と、当該増幅工程で得られる増幅産物を指標に、アザミウマ類の種を識別する工程とを含むものである。
【0028】
【0029】
全種共通プライマー(配列番号32に示される塩基配列から成るプライマー;名称「FCMTF2」)は、16S rDNA遺伝子内で全ての種に共通する塩基配列を見出し、当該共通塩基配列に対して設計したものである。
【0030】
PCR増幅後、増幅産物を電気泳動に供することで、バンドとして増幅産物の有無を視覚的に観察することができ、被験DNAと反応した種特異的プライマーを特定することで、被験DNAが由来するサンプル中に存在するアザミウマ類の種を識別することができる。
【0031】
具体的には、配列番号32に示される塩基配列から成るプライマー(全種共通プライマー)と配列番号33に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、ハナアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号34に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、コスモスアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号35に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、ビワハナアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号36に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、クロゲハナアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号37に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、ミナミキイロアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号38に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、ネギアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号39に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、マメハナアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号40に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、クワアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号41に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、チャノキイロアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号42に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、クサキイロアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号43に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、ミカンキイロアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号44に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、ヒラズハナアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号45に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、ダイズアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号46に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、クロトンアザミウマを示し、
全種共通プライマーと配列番号47に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、第1の未同定種を示し、
全種共通プライマーと配列番号48に示される塩基配列から成るプライマー(種特異的プライマー)とを用いたときの増幅産物の存在が、第2の未同定種を示す。
【0032】
上述の16種の種特異的プライマーのうちのいずれか1つと全種共通プライマーとから成るプライマーセットを使用してPCRを実施し、被験DNAが由来するサンプル中に存在するアザミウマ類が、使用した種特異的プライマーに対応する種であるかどうかを判定することができる。また、上述の16種の種特異的プライマーのうちの1つのプライマーと全種共通プライマーとを含む合計16種のプライマーセットを使用して、合計16の個別のPCRを実施し、どのプライマーセットによってDNAが増幅されるかを調べることで、被験DNAが由来するサンプル中に存在するアザミウマ類がいずれの種であるかを判定することができる。
【0033】
第三実施形態において、本方法は、核酸クロマトグラフィーの一種であるSTH-PAS法を活用したものである。具体的には、被験DNAを鋳型として、第二実施形態で使用する全種共通プライマーと16種の種特異的プライマーのうちいずれか1つ以上のプライマーとを含むプライマーセットを用いて、種特異的塩基配列を増幅するPCRを実施し、増幅産物をSTH-PAS法により検出し、被験DNAが由来するサンプル中に存在するアザミウマ類がいずれの種であるかを識別する。一つのPCR反応に多数のプライマーを投入する方法は一般にマルチプレックスPCRと呼ばれる。当該実施形態の本方法では、被験DNAが、一つのPCR反応中に含まれる種特異的プライマーのうちのいずれと反応したか(すなわち、増幅産物中にどの種特異的プライマーを取り込んだDNAが存在するのか)を調べることで種を判定することができる。
【0034】
STH-PAS法を活用し、メンブレンストリップ(PAS)のいずれの位置にラインが出現するかを見ることで、アザミウマ類のDNAと反応した種特異的プライマーを判定し、これによりアザミウマ類の種を判定する。
【0035】
当該実施形態の本方法では、STH-PAS法を適用するために、それぞれの種特異的プライマーの5'末端にそれぞれ異なるオリゴヌクレオチドタグ(塩基配列の異なるシングルDNAタグ)を結合させ、検出には当該オリゴヌクレオチドタグと相補的なオリゴヌクレオチドを異なった位置にライン状にプリントしたPASを用いる。一方、種特異的プライマーと同時に使用するリバース側の全種共通プライマーは、5'末端においてビオチンでラベルする(修飾する)。検出時にはアビジンコートラテックス着色ビーズ等試薬を用いることが必要となる。
【0036】
STH-PAS法では、濾紙のような性質をもつ棒状のストリップの一端をPCR産物に浸すと、PCR産物中のDNA溶液がストリップの他の一端へ浸透していく過程で、増幅DNAに取り込まれた種特異的プライマーに付加されたシングルDNAタグが、ストラップ上にプリントされたシングルDNAタグと相補的なオリゴヌクレオチドと結合する。シングルDNAタグは種特異的プライマー毎に異なり、それぞれと相補的なオリゴヌクレオチドはストリップ上の異なった位置にプリントされている。どの位置に、シングルDNAタグが付加された種特異的プライマーを取り込んだ増幅DNAが結合するかを見ることで、そのPCR産物にどの種特異的プライマーが含まれるかが判断できる。ストリップに結合したPCR産物の検出には、シングルDNAタグを付加した種特異的プライマーと対向する全種共通プライマーに付加したビオチンに、アビジンコートラテックス着色ビーズを結合させることによって行う。これによりPCR産物はストリップ上の青色ラインとして検出される。
【0037】
種特異的プライマーへのシングルDNAタグの結合は、株式会社TBAへの依頼により行うことができる。またPASも同じく株式会社TBAから購入することができる。PASには4、8または12種類の相補オリゴヌクレオチドがプリントされた3タイプのものがあり、必要に応じて使い分けることができる。検出用の着色ビーズ試薬等も同様に株式会社TBAから購入することができる。全種共通プライマーのビオチンラベルは、株式会社TBA、その他の企業への依頼により行うことができる。
【0038】
以下の表2では、プライマーの組み合わせの例示として、セット1とセット2の2セットを示す。必要によりこれ以外のプライマーの組み合わせを使用することも可能であり、またプライマーに付加するシングルDNAタグの種類も変更できる。
【0039】
【0040】
一方、アザミウマ類は極めて微小な昆虫であるため、抽出可能なDNA量が十分ではなくPCRによって増幅産物が得られない場合がある。特に、微小な幼虫や乾燥状態で時間経過しDNAが劣化したアザミウマ標本等でこの傾向が顕著である。
【0041】
このようなサンプルを用いた種の識別では、ネステッドPCRによって識別感度を向上させることができる。
【0042】
具体的には、全種共通プライマーと種特異的プライマーとがアニーリングする位置の外側の領域に対応するプライマーセットを用いて、サンプル中のDNAをPCRに供し、得られた増幅産物を被験DNAとして使用する。当該ネステッドPCRに使用されるプライマーセットは、種特異的塩基配列に対して全種共通プライマーと種特異的プライマーとがアニーリングする位置の外側の領域に対応し、当該外側の領域にアニーリングするように設計される。当該ネステッドPCRに使用されるプライマーは、これらプライマーのアニーリング位置が、種特異的塩基配列に対して全種共通プライマーと種特異的プライマーのアニーニング位置の外側にある限り、全種共通プライマー又は種特異的プライマーと一部重複していてもよい。
【0043】
当該ネステッドPCRに使用されるプライマーセットとしては、例えば、以下の表3及び
図2に示す配列番号49に示される塩基配列から成るプライマー(フォワードプライマーとしての「FCMTF1」)と、それぞれ配列番号50~52に示される塩基配列から成るプライマー(それぞれ、リバースプライマーとしての「FCMTR4」、「FCMTR2」又は「FCMTR1」)のうちいずれか1つのプライマーとから成る一対のプライマーが挙げられる。また、配列番号50~52に示される塩基配列から成るプライマー(リバースプライマー)に代えて、Ogino et al. (2016)(Ogino T, Uehara T, Muraji M, Yamaguchi T, Ichihashi T, Suzuki T, Kainoh Y, Shimoda M (2016) Violet LED light enhances the recruitment of a thrip predator in open fields. Scientific Reports volume 6, Article number: 32302)に記載のプライマー(5'-CATTATAGCGTAAATTATTCCT-3'(配列番号53)又は5'-AACTGTTCATCCTGTTCCTGC-3'(配列番号54))を使用してもよい。さらに、当該ネステッドPCRに使用されるプライマーセットは、配列番号49に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号50~54に示される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか2つのプライマーとから成るプライマーセットであってもよい。
【0044】
【0045】
このように、ネステッドPCRを行い、種識別に用いるDNA領域(種特異的塩基配列)とその外側を含む長いDNAを増幅し、その増幅産物を被験DNAとして本方法に適用することで、大幅にPCRの増幅感度と種識別の精度を向上させることができる。
【0046】
また、本発明は、本方法を実施するために用いるプライマーセット、及び当該プライマーセットを含むキットに関する。
【0047】
プライマーセットとしては、例えば上述した全種共通プライマー(配列番号32に示される塩基配列から成るプライマー)及び種特異的プライマー(配列番号33~48に示される塩基配列から成る群より選択される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つのプライマー)を含むプライマーセット;当該全種共通プライマー及び種特異的プライマーに加えて、種特異的塩基配列に対して全種共通プライマーと種特異的プライマーとがアニーリングする位置の外側の領域に対応する、ネステッドPCR用のプライマーセット(例えば、配列番号49に示される塩基配列から成るプライマーと、配列番号50~54に示される塩基配列から成るプライマーのうちいずれか1つ又は2つのプライマー)を含むプライマーセットが挙げられる。また、STH-PAS法用に、それぞれの種特異的プライマーの5'末端にそれぞれ異なるオリゴヌクレオチドタグ(塩基配列の異なるシングルDNAタグ)を結合させ、一方、全種共通プライマーは、5'末端においてビオチンでラベルすることができる。
【0048】
キットでは、上記のプライマーセット(ネステッドPCR用のプライマーセットを含む)を、一般的な減圧遠心濃縮乾燥機等(例えば株式会社トミー精工の遠心濃縮機(遠心エバポレーター)など)を用いてPCR用のサンプリングチューブの底面に乾燥固定させた状態で一定期間保存することができる。1回ごとのPCR反応に必要とされる量のプライマーを個々のPCRチューブ底面に乾燥固定することができる。
【0049】
また、キットは、プライマーセットに加えて、本方法を行うための試薬を含むことができる。当該試薬としては、例えばサンプルから被験DNAを抽出するための試薬(界面活性剤等)、PCRのための反応液組成成分(PCRバッファー、ポリメラーゼ、dNTPミックス等)、電気泳動用のゲル成分(アクリルアミド等)、バッファー(TAEバッファー等)等が挙げられる。さらに、キットは、STH-PAS法を行うための試薬を含むことができ、このような試薬としては、例えばそれぞれの種特異的プライマーの5'末端に結合させたそれぞれ異なるオリゴヌクレオチドタグ(塩基配列の異なるシングルDNAタグ)と相補的なオリゴヌクレオチドを異なった位置にライン状にプリントしたメンブレンストリップ(PAS)、アビジンコートラテックス着色ビーズ等が挙げられる。
【0050】
また、キットは、取扱い説明書、アザミウマ類の種の識別のための説明書(例えば、核酸増幅により得られる増幅産物の塩基配列情報を記載した塩基配列表)等を含むことができる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0052】
1.昆虫DNAの精製
鋳型DNAを抽出する昆虫としては、各種アザミウマ類の成虫や幼虫の生体やエタノールなどを用いた液浸標本、アザミウマ類の乾燥した死体であって乾燥後著しく長期間を経ていないものなどを使用することができる。また捕食等によって体内にアザミウマ類の組織またはDNAを保有する可能性がある捕食性カメムシ類(コヒメハナカメムシ、ナミヒメハナカメムシ、タイリクヒメハナカメムシ他のヒメハナカメムシ類など)、テントウムシ類(ナナホシテントウムシなど、)クモ類(主にカニグモ科など)なども使用できる。この場合も全虫体またはその一部の生体や液浸標本、乾燥後著しく長期間を経ていない乾燥標本などを用いることができる。
【0053】
鋳型となる昆虫DNAの抽出には様々な方法を適用することができる。例えばQIAGEN社のDNeasy Blood & Tissue Kitなどシリカベースのカラムを用いた純度の高いDNA精製法が最も望ましいが、Promega社のNuclei Lysis SolutionやProtein Precipitation Solutionを用いた簡略なDNA抽出法、さらにはBiocosm Inc.のCellEase(登録商標) TissueIIを用いたごく簡略なDNA精製法も適用可能である。また昆虫試料が新鮮であれば、昆虫体を滅菌蒸留水等ですり潰した液をそのままPCRに用いることもできるが長期保存することはできない。
【0054】
2.一般的なPCR
第一実施形態における塩基配列の解析や第二実施形態における増幅産物の解析、ネステッドPCRにおける初回PCRなどで実施する一般的なPCRでは、TaKaRa BioのTks GflexTM DNA Polymeraseなどの一般的なPCR酵素と通常合計2プライマーからなるプライマーセットを用いてDNA増幅を行う。この酵素を用いる場合は、PCR反応液は総量20μlとし、反応ごとに以下のものを含むものとする:
Tks Gflex DNA Polymerase(1.25 units/μl)を0.4μl、
2× Gflex PCR Buffer(Mg2+, dNTP plus)を10μl、
鋳型DNAを1.0μl、
ひとつ目のプライマー(0.5pmole/μl)を1.0μl(終濃度0.2-0.5μM程度)、
ふたつ目のプライマー(0.5pmole/μl)を1.0μl(終濃度0.2-0.5μM程度)、
滅菌蒸留水を6.6μl。
ただし使用するPCR酵素によっては酵素量やBuffer量が異なる場合がある。
【0055】
またPCRによる増幅反応は、TaKaRa BioのTaKaRa PCR Thermal Cycler Dice(登録商標) Touchなどの一般的なPCR装置を使用し、反応は94℃1分の初期変性のあと、変性98℃-10秒、アニーリング50℃-15秒、伸張68℃-30秒からなるサイクルを35回から40回繰り返すことによっておこなう。なおアニーリング温度は、プライマーのTm値にあわせて設定する。
【0056】
3.STH-PAS解析を行う場合のPCR
第三実施形態における増幅産物の解析では、それぞれに異なるオリゴヌクレオチドタグを結合させた16種の種特異的プライマーのうちの1つ以上のプライマーとビオチンラベルされた全種共通プライマーを用いてPCRを実施する。PCR酵素としてはTaKaRa BioのMultiplex PCR Assay Kit Ver.2などの多数のプライマーを同時使用するマルチプレックスPCR用に最適化されたPCR酵素を用いることが望ましいが、より一般的なTaKaRa BioのTks GflexTM DNA Polymeraseなども使用できる。この酵素を用いる場合は、PCR反応液は総量20μlとし、反応ごとに以下のものを含むものとする:
Tks Gflex DNA Polymeraseを0.5μl、
2× Gflex PCR Buffer(Mg2+, dNTP plus)を10.0μl、
鋳型DNAを1.0μl、
ビオチンラベル全種共通プライマー(10pmole/μl)を0.5μl、
オリゴヌクレオチドタグ結合種特異的プライマー(10pmole/μl)を各0.5μl、
滅菌蒸留水を必要量。
【0057】
滅菌蒸留水の量はPCR反応に使用する種特異的プライマーの数に合わせて反応総量が20μlとなるように調整する。なおオリゴヌクレオチドタグ結合種特異的プライマーの量は反応当たり0.1μl~0.5μlの間で調整することにより、検出結果が改善されることがある。
【0058】
PCRによる増幅反応は、TaKaRa BioのTaKaRa PCR Thermal Cycler Dice(登録商標) Touchなどの一般的なPCR装置を使用し、反応は95℃-240秒の初期変性のあと、変性98℃-10秒、アニーリング54℃-5秒、伸張68℃-5秒からなるサイクルを35回から40回繰り返すことによっておこなう。なおアニーリング温度は、反応結果により適宜調整する。
【0059】
ネステッドPCRによってSTH-PAS解析をおこなう場合は、一般的なPCR法による初回PCRで得られたPCR産物をそのまままたは必要により滅菌蒸留水で数十倍程度に希釈したものを鋳型DNAとして使用する。この場合のPCRによる増幅反応は、初回のPCRを20サイクル、第三実施形態によるPCRを20サイクルなどとする。
【0060】
4.第一実施形態における塩基配列の解析
第一実施形態における塩基配列の解析では被験DNAを用いたPCRには様々なプライマーを使用することができるが、ここではFCMTF1(配列番号49)およびFCMTR2(配列番号51)(表3及び
図2)を用いて前述の一般的なPCRをおこなった。得られたPCR産物はTAE緩衝液を用いた低融点アガロースゲル(1%)電気泳動によってDNAバンドとして分離し、エタノール沈殿等により精製したのち、上記2プライマーのうちの1プライマーとApplied Biosystems社のBigDye(登録商標) Terminator v1.1 Cycle Sequencing KitまたはBigDye(登録商標) Terminator v3.1 Cycle Sequencing KitでラベルしたうえでDNA塩基配列を調べた。
【0061】
このようにして第一実施形態による解析で得られた塩基配列のクラスタリングを
図3に示す。
【0062】
5.第二実施形態における増幅産物の解析
第二実施形態では、16種の種特異的プライマーのうちの1プライマーと全種共通プライマーの合計2プライマーを用いて一般的なPCRによりDNAを増幅し、TAE緩衝液を用いたアガロースゲル(1-2%)電気泳動によって増幅産物の有無を確認した。また必要により前記の第一実施形態による塩基配列の解析と同様にして増幅産物の塩基配列を調べた。この場合のPCR産物のラベルには全種共通プライマーを使用した。
【0063】
6.第三実施形態における増幅産物の解析
ビオチンラベルされた全種共通プライマーと異なるオリゴヌクレオチドタグを結合させた16種の種特異的プライマーのうちの1つ以上のプライマーとを用いたPCR産物の解析では、STH-PAS技術を用いてPCR産物の有無と増幅DNAに付加されたオリゴヌクレオチドタグの種類を調べることで被験DNAのもととなった試料に含まれるアザミウマの種を判別する。
【0064】
ここでは表2に示す8つの種特異的プライマーからなる2組のプライマーセットを作製しテストした。それぞれのプライマーには「F-1」から「F-8」までの8種類の異なるオリゴヌクレオチドタグ(株式会社TBA製)のうち1タグが結合されている。実際のPCRでは各プライマーセットにビオチンラベルされた全種共通プライマー(FCMTF2:配列番号32)を加えたそれぞれ9プライマーを用いてマルチプレックスPCR反応を実施した。ここではそれぞれ8種のアザミウマを識別するための2プライマーセットについて検討したが、ここに示した以外の組み合わせからなるプライマーセットを作製することも可能である。その際は同じプライマーセットの中に同じオリゴヌクレオチドタグが結合されたプライマーが含まれないようにする必要がある。また重要性の高い少数のアザミウマ種だけを対象とするプライマーセットやより多数の種を対象とするプライマーセットを作製することも可能である。
【0065】
なお、株式会社TBAではPCR産物の判別をおこなうためのC-PAS(メンブレンストリップ)としては、4産物識別用、8産物識別用、12産物識別用の3種類のものを提供しており、必要に応じて使い分けできる。
【0066】
被験DNAと前記プライマーセットのうちのプライマーセット1を用いたマルチプレックスPCR産物について、STH-PAS技術を用いた解析を行った。被験DNAが由来するサンプルは、採集等によって入手した成虫であって、形態観察やミトコンドリアDNAの塩基配列などにより種同定したものであった。
【0067】
まずPCR産物に展開液10μlとラテックス液1μlを加えピペッティングにより撹拌したのち、メンブレンストリップの下端をPCRチューブ内の上記混合液に浸した。この混合液はメンブレンストリップの上部へ浸透する過程で、ストリップ上の特定部分に青い一本のラインを形成した。メンブレンストリップ上の8か所の位置には、「F-1」から「F-8」までの8種類の異なるオリゴヌクレオチドタグと結合する8種類の相補的なオリゴヌクレオチドが印刷されており、PCR増幅DNAに含まれるオリゴヌクレオチドタグはそれらの相補的なオリゴヌクレオチドのいずれか1つと結合する。この結合位置はPCR増幅DNAに取り込まれた全種共通プライマーに修飾されたビオチンとアビジンコートラテックス着色ビーズが結合することで肉眼により青いラインとして確認することができる。すなわちストリップのどの位置にラインが出るかを見ることでPCR増幅DNA中に取り込まれたオリゴヌクレオチドタグの種類を見分けることができ、これによってそれぞれのタグに対応するアザミウマの種類を判定することができる。
【0068】
このようにして得られた、STP-PAS技術による8種のアザミウマの識別結果を
図4に示す。
【0069】
アザミウマ類の幼虫等はきわめて微小なため入手できる個体当たりのDNA量が少なく、実験操作によっては十分な量の被験DNAが得られないことがある。また乾燥したアザミウマ標本からも十分なDNAが得られない場合がある。さらにヒメハナカメムシ類などの捕食性昆虫の体内では捕食されたアザミウマ類の細胞やDNAは急速に消化される。これらのDNAを被験DNAとするSTH-PAS解析による種の同定をおこなう場合には、あらかじめ一般的PCRによって多型的DNA領域とその周辺域を含むDNAを増幅しておき、これを鋳型DNAとする第三実施形態による増幅DNAの解析が望まれる。この場合の初回PCRにはFCMTF1(配列番号49)とFCMTR2(配列番号51)を含むプライマーセットやFCMTF1と配列番号53を含むプライマーを含むプライマーセットなどを使用するが、これまでの経験からはFCMTF1のほかにFCMTR2と配列番号53を含むプライマーの合計3プライマーを用いることでより好適な結果が得られることが分かっている。3プライマーを用いる場合のPCR反応の組成は、総量20μlとし、TaKaRa BioのTks GflexTM DNA Polymeraseを用いる場合は反応ごとに以下のものを含むものとする:
Tks Gflex DNA Polymerase(1.25 units/μl)を0.4μl、
2× Gflex PCR Buffer(Mg2+, dNTP plus)を10μl、
鋳型DNAを1.0μl、
FCMTF1プライマー(0.5pmole/μl)を1.0μl(終濃度0.2-0.5μM程度)、
FCMTR2プライマー(0.5pmole/μl)を1.0μl(終濃度0.2-0.5μM程度)、
配列番号53を含むプライマー(0.5pmole/μl)を1.0μl(終濃度0.2-0.5μM程度)、
滅菌蒸留水を5.6μl。
【0070】
図4に示すアザミウマの識別では、このようにして得られたPCR産物を10から20倍程度に希釈し、ビオチンラベルされた全種共通プライマーとオリゴヌクレオチドタグを結合させた種特異的プライマーを用いたマルチプレックスPCRに使用した。
【配列表】