(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-20
(45)【発行日】2024-02-29
(54)【発明の名称】湿式摩擦ディスク
(51)【国際特許分類】
F16D 65/12 20060101AFI20240221BHJP
F16D 13/62 20060101ALI20240221BHJP
F16D 13/74 20060101ALI20240221BHJP
F16D 27/112 20060101ALI20240221BHJP
F16D 27/115 20060101ALI20240221BHJP
F16D 69/00 20060101ALI20240221BHJP
F16D 65/092 20060101ALI20240221BHJP
【FI】
F16D65/12 S
F16D13/62 A
F16D13/74 A
F16D27/112 W
F16D27/115 B
F16D69/00 G
F16D65/092 C
(21)【出願番号】P 2020158688
(22)【出願日】2020-09-23
【審査請求日】2023-03-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹内 義揮
(72)【発明者】
【氏名】宅野 博
(72)【発明者】
【氏名】上村 一晃
(72)【発明者】
【氏名】中村 武史
(72)【発明者】
【氏名】吉村 孝広
【審査官】羽鳥 公一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/118347(WO,A1)
【文献】特開平08-200394(JP,A)
【文献】特開2008-014493(JP,A)
【文献】特開2014-098436(JP,A)
【文献】特開2008-106929(JP,A)
【文献】特開昭61-021425(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 11/00-39/00
F16D 48/00-71/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向に対向配置される相手部材と摩擦摺動する摩擦面を備え、前記摩擦面に供給される潤滑液を流動させる潤滑溝が前記相手部材との対向面に設けられた湿式摩擦ディスクであって、
前記潤滑溝によって画定されるとともに、軸方向の一方側の面が前記摩擦面を構成する複数のランド部を備え、
前記潤滑溝は、周方向に延在して径方向に所定の溝幅を有する複数の周溝部と、周方向に交差する方向に延在する複数の交差溝部とを有し、
前記複数の周溝部のうち少なくとも一部の周溝部は、円弧状に形成されるとともに周方向の端部が前記複数のランド部のいずれかのランド部と周方向に隣り合い、かつ径方向における当該ランド部の形成範囲に前記溝幅の全体が収まって
おり、
前記複数の周溝部は、円弧状に形成された複数の第1周溝部と、全周にわたって形成された第2周溝部とを備え、
前記複数の第1周溝部のうち周方向における前記交差溝部の両側に隣り合う位置に形成された一対の第1周溝部は、互いの全体同士が径方向にずれた位置に配されている、
湿式摩擦ディスク。
【請求項2】
前記複数の交差溝部は、複数の第1交差溝部と、前記第1交差溝部の流路断面積よりも大きい流路断面積を有する第2交差溝部とを備え、
前記複数の第1周溝部のうち周方向における前記第2交差溝部の両側に隣り合う位置に形成された一対の第1周溝部は、互いの全体同士が径方向にずれた位置に配されている、
請求項
1に記載の湿式摩擦ディスク。
【請求項3】
前記複数の交差溝部は、外周側の部位ほど周方向の一方側に位置するように径方向に対して傾斜して形成されている、
請求項1
又は2に記載の湿式摩擦ディスク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式摩擦ディスクに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、潤滑液が存在する環境下において相手部材と摺動する湿式摩擦ディスクは、例えば車両における駆動系の回転部材間でトルクを伝達するクラッチ装置、及び回転部材の回転を制動する制動装置に用いられている。例えば、特許文献1には、潤滑液が存在する環境下において互いに摩擦係合状態と非摩擦係合状態との間を切り替え可能な湿式摩擦ディスクとしてのインナプレート及びアウタプレートを備え、ハウジング部材に対するシャフトの回転を制動するものが開示されている。潤滑油は、互いに摩擦摺動するインナプレートとアウタプレートとの間に発生する摩擦熱及び摩耗等を抑制する役割を有する。
【0003】
前述のようなインナプレートとアウタプレートとの間を潤滑するクラッチ装置及び制動装置においては、非摩擦係合状態と摩擦係合状態とが切り替わる際に、インナプレートとアウタプレートとの間の潤滑油を速やかに排出することが、応答性向上の観点から要求される。すなわち、非摩擦係合状態から摩擦係合状態に切り替わる際は、インナプレートとアウタプレートとの摩擦係合を素早くするために、インナプレートとアウタプレートとの間から潤滑油を速やかに排出することが求められる。また、摩擦係合状態から非摩擦係合状態に切り替わる際は、インナプレートとアウタプレートとの間に介在する潤滑油の粘性に起因した引きずりトルクによる応答性低下を抑制すべく、インナプレートとアウタプレートとの間から潤滑油を速やかに排出することが求められる。
【0004】
そこで、特許文献1に記載のものは、回転が入力されるシャフトと一体に回転するインナプレートのアウタプレートとの対向面に潤滑溝が設けられている。潤滑溝は、インナプレートの回転に伴う遠心力により、インナプレートとアウタプレートとの間の潤滑油を外周側に逃がす役割を有する。ここで、特許文献1に記載の潤滑溝は、インナプレートの径方向及び周方向の双方に傾斜する格子状に形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図12は、特許文献1に記載されたもののように潤滑溝がインナプレートに格子状に形成された場合の潤滑油の流れを矢印で示す模式図である。
図12においては、流れる潤滑油の流量が多い部位ほど矢印を大きく表している。
図12に示すごとく、インナプレート9において、インナプレート9の回転に伴って潤滑溝91を流れる潤滑油の多くは、外周側(すなわち図面上方)に向かうほどインナプレート9の回転方向Rと反対側に向かう斜め方向に流れる。これは、インナプレート9の回転に対して静止しようとする潤滑油の慣性力と、インナプレート9の回転に伴う遠心力とを合成した力が前記斜め方向に沿った方向となり、潤滑油が前記斜め方向の力を受けるからである。しかしながら、潤滑溝91の格子状の交点部分に流れ着いた潤滑油は、インナプレート9における潤滑溝91に画定されるランド部92の角部921に衝突し、一部が径方向の内周側に分流される。それゆえ、インナプレート9とアウタプレートとの間に介在する潤滑油の外周側への排出性が阻害されるおそれがある。
【0007】
ここで、潤滑溝を、単に周方向に延在する環状の周溝部と、この周溝部に交差する交差溝部とによって格子状に構成することも考えられる。これにより、インナプレートの回転時に潤滑油がランド部の角部に当たって内周側に向かうことを抑制することができる。
【0008】
しかしながら、周溝部が全周にわたって形成されている場合は、アウタプレートにおけるインナプレートとの対向面に、インナプレートのランド部に対向してランド部との摩擦摺動によって擦り減る部位と、インナプレートの周溝部に対向してランド部との摩擦摺動によって擦り減らない部位とによる凹凸が経時的に形成される。かかる凹凸が形成されると、摩擦係合状態から非摩擦係合状態への移行時や非摩擦係合状態から摩擦係合状態への移行時において、潤滑油の排出性が低下し、応答性が低下するおそれがある。
【0009】
本発明は、前述の事情に鑑みてなされたものであり、外周側への潤滑液の排出性を向上させることができ、相手部材が偏って摩耗することを抑制できる湿式摩擦ディスクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、前記の目的を達成するため、軸方向に対向配置される相手部材と摩擦摺動する摩擦面を備え、前記摩擦面に供給される潤滑液を流動させる潤滑溝が前記相手部材との対向面に設けられた湿式摩擦ディスクであって、前記潤滑溝によって画定されるとともに、軸方向の一方側の面が前記摩擦面を構成する複数のランド部を備え、前記潤滑溝は、周方向に延在して径方向に所定の溝幅を有する複数の周溝部と、周方向に交差する方向に延在する複数の交差溝部とを有し、前記複数の周溝部のうち少なくとも一部の周溝部は、円弧状に形成されるとともに周方向の端部が前記複数のランド部のいずれかのランド部と周方向に隣り合い、かつ径方向における当該ランド部の形成範囲に前記溝幅の全体が収まっており、前記複数の周溝部は、円弧状に形成された複数の第1周溝部と、全周にわたって形成された第2周溝部とを備え、前記複数の第1周溝部のうち周方向における前記交差溝部の両側に隣り合う位置に形成された一対の第1周溝部は、互いの全体同士が径方向にずれた位置に配されている、湿式摩擦ディスクを提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、外周側への潤滑液の排出性を向上させることができ、相手部材が偏って摩耗することを抑制できる湿式摩擦ディスクを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、第1の実施の形態における、制動装置の断面図である。
【
図2】
図2は、第1の実施の形態における、制動装置における制動機構周辺の拡大断面図である。
【
図3】
図3は、第1の実施の形態における、電磁コイルが通電状態にあるときの、制動装置の制動機構周辺の拡大断面図である。
【
図4】
図4は、第1の実施の形態における、湿式摩擦ディスクとしてのアーマチャの正面図である。
【
図5】
図5は、第1の実施の形態における、アーマチャの一部を拡大した正面図である。
【
図7】
図7は、第1の実施の形態における、潤滑溝中の潤滑液の流れを示すためのアーマチャの一部拡大正面図である。
【
図8】
図8は、第1の実施の形態における、アウタプレートの正面図である。
【
図9】
図9は、第2の実施の形態における、クラッチ装置の全体構造を示す断面図である。
【
図11】
図11は、第2の実施の形態における、湿式摩擦ディスクとしてのパイロットアウタプレートの正面図及びその一部を拡大した図である。
【
図12】
図12は、従来の潤滑溝を流れる潤滑油の流れを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[第1の実施の形態]
本発明の実施の形態について、
図1乃至
図8を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0014】
(制動装置10)
本実施の形態の湿式摩擦ディスク1を備える摩擦係合装置としての制動装置10について説明する。以後、湿式摩擦ディスク1、すなわち後述のアーマチャ5、の中心軸が延在する方向を軸方向といい、湿式摩擦ディスク1の径方向を単に径方向といい、湿式摩擦ディスク1の周方向を単に周方向という。
【0015】
図1は、本形態における制動装置10の断面図である。
図2は、制動装置10における後述の制動機構4周辺の拡大断面図である。
図3は、電磁コイル42が通電状態にあるときの、制動装置10の制動機構4周辺の拡大断面図である。
【0016】
制動装置10は、制動機構4の作動時に、シャフト3の回転を制動するよう構成されている。制動装置10は、ハウジング部材2とシャフト3と制動機構4とを備える。
【0017】
ハウジング部材2は、非磁性体からなり、車体に対して非回転に固定される。ハウジング部材2は、底壁部20、小径筒部21、環状壁部22、大径筒部23、及びフランジ部24を備える。底壁部20は、軸方向に直交する方向に広がる面状に形成されており、小径筒部21の軸方向一端を閉塞している。小径筒部21は、軸方向に延在する筒状に形成されている。環状壁部22は、小径筒部21の底壁部20が位置する側と反対側の端部から外周側に広がるよう環状に形成されている。
【0018】
大径筒部23は、環状壁部22の外周縁から軸方向の小径筒部21が位置する側と反対側に延設されており、小径筒部21よりも内径及び外径が大きい筒状に形成されている。大径筒部23の環状壁部22が位置する側と反対側には、開口部が形成されている。大径筒部23の内周面には、軸方向に沿ったスプライン内歯231が周方向の複数箇所に形成されている。スプライン内歯231には、後述のアウタプレート43がスプライン係合されている。
【0019】
フランジ部24は、大径筒部23の開口部側の端部から外周側に広がるよう形成されている。フランジ部24には、フランジ部24を車体に固定された図示しない固定カバーにボルト締結するためのボルト挿通孔241が形成されている。固定カバーは、例えばトランスミッションケースである。小径筒部21の内周部に、軸受12を介してシャフト3が回転可能に支持されている。
【0020】
シャフト3は、軸方向の端部から順に小径シャフト部31、中径シャフト部32、及び大径シャフト部33を備える。小径シャフト部31の外周面には、軸受12が嵌合されている。中径シャフト部32は、小径シャフト部31よりも大径に形成されている。中径シャフト部32は、軸受12と軸方向に対向しており、軸方向の軸受12の位置決めを行っている。
【0021】
大径シャフト部33は、中径シャフト部32よりも大径に形成されている。大径シャフト部33の中径シャフト部32側の端部の外周部には、軸方向に沿ったスプライン外歯331が周方向の複数箇所に形成されている。スプライン外歯331には、アーマチャ5がスプライン係合されている。スプライン外歯331は、ハウジング部材2のスプライン内歯231と径方向に対向する位置に形成されている。
【0022】
制動機構4は、ハウジング部材2内の収容空間におけるシャフト3の外周側に配されている。制動機構4は、ヨーク41、電磁コイル42、アウタプレート43、アーマチャ5、及びスナップリング44を備える。
【0023】
ヨーク41は、環状の軟磁性体からなる。ヨーク41は、ハウジング部材2の大径筒部23に内嵌されているとともに、ボルト13によってハウジング部材2の環状壁部22に締結されている。ヨーク41には、環状壁部22と反対側の面に開口して当該面から軸方向に窪む環状の配置凹部411が形成されている。配置凹部411内には、電磁コイル42が配されている。また、配置凹部411の周方向の一部は、軸方向の環状壁部22側に開口された、電磁コイル42の配線を引き出すためのヨーク孔412に連通している。
【0024】
電磁コイル42は、例えば導線をエナメルによって被覆したエナメル線を環状に巻き回して構成されている。電磁コイル42は、配置凹部411内において、封止樹脂420によって封止されている。電磁コイル42は、封止樹脂420から引き出されたリード線421に電気的に接続され、リード線421を介して励磁電流の供給を受ける。
【0025】
リード線421は、ハウジング部材2の環状壁部22に形成された環状壁孔221に嵌入されたゴム製のキャップ11を貫通してハウジング部材2の外部に引き出されている。キャップ11は、リード線421と環状壁孔221との間を密封するものである。ヨーク41及び電磁コイル42の軸方向における環状壁部22と反対側には、ヨーク41に近い側から順に、アウタプレート43、アーマチャ5、及びスナップリング44が配されている。
【0026】
図8は、アウタプレート43の正面図である。アウタプレート43は、軟磁性体を円環状に形成してなり、外周部に外歯431を有する。外歯431は、ハウジング部材2のスプライン内歯231とスプライン係合している。これにより、アウタプレート43は、ハウジング部材2に対して、回転不能、かつ、軸方向に移動可能となっている。
【0027】
アウタプレート43には、ヨーク41の配置凹部411と軸方向に対向する位置に周方向に延在する複数のスリット432が形成されている。スリット432は、電磁コイル42への通電により発生する磁束が、アーマチャ5を通ることなく短絡することを防止する役割を有する。本形態においては、周方向に長尺な6つのスリット432が、周方向に等間隔に形成されている。
【0028】
また、図示は省略するが、アウタプレート43におけるアーマチャ5側の面には、周方向の微小溝(マイクログルーブ)が形成されている。アウタプレート43は、微小溝を含めてプレス成形によって形成されているとともに、硬度確保のために表面に窒化処理が施されている。アウタプレート43は、アーマチャ5と軸方向に対向するよう配置されている。
【0029】
図4は、アーマチャ5の正面図である。
図5は、アーマチャ5の一部を拡大した正面図である。
図6は、
図5のVI-VI線矢視断面図である。
【0030】
本形態においては、アーマチャ5が、アウタプレート43との間に摩擦力を発生させる湿式摩擦ディスク1として機能する。そして、アウタプレート43は、アーマチャ5と摩擦摺動する相手部材である。アーマチャ5は、軟磁性体を環状に形成してなり、その内周部に内歯51を備える。内歯51は、シャフト3のスプライン外歯331とスプライン係合している。これにより、アーマチャ5は、シャフト3に対して、回転不能かつ軸方向に移動可能となっている。すなわち、前述のごとく、アウタプレート43はハウジング部材2とともに車体に対して回転不能に構成されている一方、アーマチャ5はシャフト3と一体回転可能に構成されている。アーマチャ5の詳細形状については後述する。
【0031】
図1乃至
図3に示すごとく、アーマチャ5のアウタプレート43と反対側には、環状のスナップリング44が配されている。スナップリング44は、ハウジング部材2のスプライン外歯331に形成された凹部に嵌入固定されている。スナップリング44は、アーマチャ5と軸方向に対向しており、アーマチャ5のヨーク41から離隔する側への移動を規制する。
【0032】
制動機構4は、次のような原理によってシャフト3の回転を制動する。電磁コイル42への通電がなされた場合、
図3に示すごとく、軟磁性体のヨーク41、アウタプレート43及びアーマチャ5を通る環状の磁路14に磁束が形成される。すなわち、磁路14は、アーマチャ5及びアウタプレート43を軸方向に通るとともに互いに径方向に離隔した位置に形成される一対の第1磁路部141と、第1磁路部141の両端同士をつなぐ一対の第2磁路部142とを有する。そして、当該磁路14の磁気抵抗を小さくしようとする働きから、アウタプレート43及びアーマチャ5がヨーク41側に磁気的に引き付けられ、ヨーク41、アウタプレート43及びアーマチャ5が軸方向に重なり合う。これにより、アーマチャ5とアウタプレート43とが周方向に摩擦係合し、シャフト3の回転が制動される。
【0033】
ハウジング部材2の収容空間内には、潤滑液が導入される。ハウジング部材2がフランジ部24において車体に固定される固定カバーに締結された状態において、ハウジング部材2内の収容空間は密封される。一例として、潤滑液は、トランスミッションオイルであり、シャフト3が非回転状態である場合において、シャフト3の回転軸線付近まで導入される。潤滑液は、制動機構4等の潤滑を行う。
【0034】
(アーマチャ5の詳細形状)
次に、
図4乃至
図6を用いて、アーマチャ5の詳細形状について説明する。アーマチャ5には、アウタプレート43との対向面52に、潤滑液を流動させる潤滑溝53が形成されている。
【0035】
また、アーマチャ5には、潤滑溝53によって少なくとも一部が画定されてなり、潤滑溝53よりも軸方向のアウタプレート43側に隆起した複数のランド部54が形成されている。複数のランド部54のうちの多くは四角形状に形成されているが、アーマチャ5の内周端縁に隣接するランド部54については、アーマチャ5の内周端縁に延在する形状を有する。
【0036】
ランド部54のアウタプレート43側の面は、アウタプレート43と摩擦摺動する摩擦面521を構成している。摩擦面521は、軸方向に対向配置されるアウタプレート43と潤滑液を介在させつつ摩擦摺動する。摩擦面521には、周方向に沿った微小溝(マイクログルーブ)が形成されている。アーマチャ5は、微小溝を含めてプレス成形によって形成されているとともに、硬度確保のために表面に硬度が高いDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)の成膜処理が施されている。これにより、少なくとも摩擦面521の硬度は、アウタプレート43の表面の硬度よりも高くなっている。
【0037】
潤滑溝53は、円弧状に形成された複数の第1周溝部531a及び第1周溝部531aに対して交差する方向に延びる複数の第1交差溝部532aを有する格子状の格子溝533と、格子溝533の形成領域を区画する第2周溝部531b及び第2交差溝部532bとを備える。第1周溝部531aと第2周溝部531bとは、ともに周方向に延在して径方向に所定の溝幅を有している。以下、第1周溝部531a及び第2周溝部531bを総称して周溝部531という。また、第1交差溝部532aと第2交差溝部532bとは、ともに周方向に交差する方向に延在して形成されており、それぞれの長手方向に対して垂直な方向であって周方向に沿う方向に所定の溝幅を有している。以下、第1交差溝部532a及び第2交差溝部532bを総称して交差溝部532という。
【0038】
第2周溝部531bは、アーマチャ5の内周端と外周端との径方向中央部において、アーマチャ5の全周にわたって形成されている。第2周溝部531bは、第1周溝部531aの流路断面積よりも大きい流路断面積を有する。ここで、潤滑溝53の各部の流路断面積は、潤滑溝53の深さと溝幅との積である。
【0039】
図4に示すごとく、第2周溝部531bは、第1周溝部531aと同じ深さで、かつ、第1周溝部531aよりも径方向の溝幅が広くなるよう形成されている。第2周溝部531bの溝幅は、第1周溝部531aの溝幅の5倍以上の大きさを有する。これにより、第2周溝部531bの周方向に直交する流路断面積は、第1周溝部531aの流路断面積の5倍以上となる。
図1乃至
図3に示すごとく、第2周溝部531bは、アウタプレート43のスリット432と軸方向に対向する位置に形成されている。なお、
図1乃至
図3においては、潤滑溝53のうちの第2周溝部531b以外の部位の図示は省略している。
【0040】
複数の第2交差溝部532bは、周方向の12箇所に等間隔で形成されている。第2交差溝部532bは、アーマチャ5の内周端から外周端にわたって形成されており、第1交差溝部532aの流路断面積よりも大きい流路断面積を有する。
図6に示すごとく、第2交差溝部532bは、第1交差溝部532aよりも幅広でかつ深い溝として構成されている。本形態において、第2交差溝部532bの深さは、第1交差溝部532aの深さの2倍以上である。また、第2交差溝部532bの溝幅は、第1交差溝部532aの溝幅の5倍以上である。これにより、第2交差溝部532bの流路断面積は、第1交差溝部532aの流路断面積の10倍以上となる。
【0041】
複数の第1交差溝部532aと第2交差溝部532bとのそれぞれは、外周側の部位ほど周方向におけるシャフト3の回転方向Rの反対側に位置するよう径方向に対して傾斜して形成されている。本形態において、第1交差溝部532aと第2交差溝部532bとは、外周側に向かうほど、回転方向Rの反対側への移動量が大きくなるよう湾曲している。
【0042】
格子溝533は、対向面52における、第2周溝部531bと12箇所の第2交差溝部532bとによって囲われた複数の領域に形成されている。格子溝533は、径方向に間隔をあけて配された複数の第1周溝部531aと、周方向に間隔をあけつつ配された複数の第1交差溝部532aとを有する。
【0043】
図5に示すごとく、第1周溝部531aは、周方向に隣り合う一対の第2交差溝部532bをつなぐよう周方向に沿って円弧状に形成されている。また、第2周溝部531bの外周側に形成された格子溝533を構成する第1交差溝部532aは、第2周溝部531bとアーマチャ5の外周端縁とにわたって形成されている。第2周溝部531bの内周側に形成された格子溝533を構成する第1交差溝部532aは、第2周溝部531bからアーマチャ5の内周端に形成されたアーマチャ5の内周端縁に沿ったランド部54の手前まで形成されている。本形態において、第2周溝部531bの内周側に形成された格子溝533の任意の第1交差溝部532aは、第2周溝部531bの外周側に形成された格子溝533のいずれかの第1交差溝部532aと滑らかにつながる。
【0044】
以後、周方向に隣り合う第2交差溝部532bの間の領域のそれぞれを、区画部55という。本形態において、第2交差溝部532bは、前述のごとく周方向の12箇所に等間隔で形成されているため、第2交差溝部532bによって区画される区画部55は、周方向の12箇所に形成される。
【0045】
12箇所の区画部55は、互いに第1周溝部531aの径方向位置が異なる3パターンの区画部55を備える。3パターンの区画部55を、それぞれ第1区画部551、第2区画部552、第3区画部553と呼ぶこととする。
【0046】
本形態において、12箇所の区画部55は、周方向に順に並ぶ第1区画部551、第2区画部552、第3区画部553からなる組を、周方向に4組並べてなる。これにより、第1区画部551、第2区画部552、及び第3区画部553は、互いに周方向に隣り合うこととなるが、第1区画部551の第1周溝部531a、第2区画部552の第1周溝部531a、第3区画部553の第1周溝部531aは、互いに径方向にずれた位置に形成されている。
【0047】
具体的には、
図5に示すごとく、第2区画部552の第1周溝部531aは、第1区画部551の第1周溝部531aの溝幅分、当該第1区画部551の第1周溝部531aから内周側にずれた位置に形成されている。第3区画部553の第1周溝部531aは、第2区画部552の第1周溝部531aの溝幅分、当該第2区画部552の第1周溝部531aから内周側にずれた位置に形成されている。また、第3区画部553の第1周溝部531aの内周側に形成された第1区画部551の第1周溝部531aは、第3区画部553の第1周溝部531aの溝幅よりわずかに大きい溝幅分、当該第3区画部553の第1周溝部531aから内周側にずれた位置に形成されている。
【0048】
このように、周方向における任意の第2交差溝部532bの両側に隣り合う一対の区画部55に配された一対の第1周溝部531aは、互いの全体同士が径方向にずれた位置に配される。これにより、任意の第1周溝部531aは、周方向の端部が複数のランド部54のいずれかのランド部54に隣り合うとともに、かつ径方向における当該ランド部54の形成範囲に当該ランド部54に隣り合う第1周溝部531aの溝幅の全体が収まっている。換言すると、任意の1つの区画部55に形成された各第1周溝部531aを周方向に延長した領域、すなわち
図5においてハッチングを付した領域は、径方向の全領域において当該区画部55に隣り合う区画部55のランド部54を通る。
【0049】
アーマチャ5には、対向面52とその軸方向反対面57との間を貫通する貫通孔56が第2周溝部531bに開口して形成されている。本形態において、貫通孔56は、各区画部55に1つ形成されているとともに第2周溝部531bに開口するよう形成されている。前述のごとく、第2周溝部531bは、アウタプレート43のスリット432に対向する部位であり、径方向における一対の第1磁路部141の間に位置する。この第2周溝部531bに開口するように貫通孔56を形成することにより、アーマチャ5に貫通孔56を形成した場合であっても、アウタプレート43との間の接触部位における磁路14の磁気抵抗の増大を抑制することができる。貫通孔56は、複数の第2交差溝部532bのうち周方向に隣り合う一対の第2交差溝部532bの間の位置であって、前記一対の第2交差溝部532bから離隔した位置において、第2周溝部531bに開口している。本形態において、貫通孔56は、複数の第2交差溝部532bのうち周方向に隣り合う一対の第2交差溝部532bの間における周方向中央位置に開口している。
【0050】
(潤滑溝53内における潤滑液の流れ)
次に、シャフト3の回転に伴う潤滑溝53内における潤滑液の流れについて
図7を用いて説明する。
図7は、潤滑溝53における潤滑液の流れFを示すためのアーマチャ5の一部拡大正面図である。なお、
図7においては、紙面上方がアーマチャ5の外周側である。
【0051】
まず、シャフト3及びアーマチャ5が回転すると、潤滑液は、アーマチャ5の回転力及び遠心力により、流路断面積が比較的大きい第2周溝部531b及び第2交差溝部532bからアーマチャ5の対向面52全体に行き渡る。これにより、アーマチャ5の摩擦面521とアウタプレート43の間の摩耗が防止される。
【0052】
図7に示すごとく、周溝部531を流れる潤滑液の多くは、アーマチャ5の回転に対して静止しようとする慣性力により、アーマチャ5に対して、シャフト3の回転方向Rと反対側に向かって進む。そして、交差溝部532を流れる潤滑液の多くは、遠心力により、外周側に向かって流れる。また、周溝部531を流れる潤滑液の一部は、第1交差溝部532aを流れる潤滑液の流れ及び遠心力によってアーマチャ5の外周側に排出されたり、第2交差溝部532bに到達して第2交差溝部532bからアーマチャ5の外周側に排出されたりする。
【0053】
ここで、格子溝533は、流路断面積が小さく、潤滑液が流れる際の抵抗が大きい一方、第2周溝部531bは流路断面積が大きく、潤滑液がより流れやすい。そこで、第2周溝部531bに開口して貫通孔56を設けることにより、第2周溝部531bの潤滑液を、貫通孔56を通してアーマチャ5のアウタプレート43側と反対側へ排出することができる。
【0054】
(第1の実施の形態の作用及び効果)
本形態において、潤滑溝53は、周方向に延在して径方向に所定の溝幅を有する複数の周溝部531と、周方向に交差する方向に延在する複数の交差溝部532とを有する。それゆえ、潤滑溝91が、
図12に示すように径方向及び周方向の双方に傾斜する格子状に形成されている場合と比べ、アーマチャ5の回転時に潤滑溝53が内周側に導かれ難く、潤滑溝53内を通る潤滑油のアーマチャ5外周側への排出性が向上する。
【0055】
ここで、各周溝部531を、全周に繋がった溝とした場合は、各周溝部531が形成された領域は全周においてランド部54が存在せず、アーマチャ5の摩擦面521と摩擦摺動するアウタプレート43に、ランド部54に対向してランド部54の摩擦面521との摩擦摺動によって擦り減る部位と周溝部531に対向してランド部54の摩擦面521との摩擦摺動によって擦り減らない部位とによる凹凸が経時的に形成されてしまう。
【0056】
そこで、本形態において、複数の周溝部531のうち少なくとも一部の周溝部531は、円弧状に形成されるとともに周方向の端部が複数のランド部54のいずれかのランド部54と周方向に隣り合い、かつ径方向における当該ランド部54の形成範囲に溝幅の全体が収まっている。それゆえ、全周においてランド部54が存在しない領域を減らし、アウタプレート43におけるアーマチャ5と対向する面を均等に摩耗させることができる。これにより、アウタプレート43に前述のような凹凸が形成されることを抑制することができる。
【0057】
また、複数の周溝部531は、円弧状に形成された複数の第1周溝部531aと、全周にわたって形成された第2周溝部531bとを備える。そして、複数の第1周溝部531aのうち周方向における交差溝部532の両側に隣り合う位置に形成された一対の第1周溝部531aは、互いの全体同士が径方向にずれた位置に配されている。それゆえ、各区画部55における第1周溝部531a同士が周方向の全周に繋がらないように潤滑溝53を形成することができる。その結果、アウタプレート43に凹凸が形成されることを抑制しつつ、第2周溝部531bによって全周に潤滑溝53を行きわたらせることができ、アーマチャ5とアウタプレート43との摩耗を抑制させることができる。
【0058】
また、複数の交差溝部532は、複数の第1交差溝部532aと、第1交差溝部532aの流路断面積よりも大きい流路断面積を有する第2交差溝部532bとを備える。これにより、第2周溝部531b及び第2交差溝部532bによって囲まれた領域に、第1周溝部531a及び第1交差溝部532aからなる格子溝533が形成される。そして、複数の第1周溝部531aのうち周方向における第2交差溝部532bの両側に隣り合う位置に形成された一対の第1周溝部531aは、互いの全体同士が径方向にずれた位置に配されている。これにより、第1周溝部531a及び第1交差溝部532aによって構成された格子溝533は、潤滑液の流れの抵抗が大きくなりやすいものの、格子溝533中においては周方向に延びる第1周溝部531aとすることにより、格子溝533において潤滑液が過度に流れにくくなることを防止することができる。
【0059】
また、複数の交差溝部532は、外周側の部位ほど周方向の一方側に位置するように径方向に対して傾斜して形成されている。それゆえ、各交差溝部532が、外周側の部位ほど回転方向Rの反対側に向かうような姿勢で、アーマチャ5を制動装置10中に配置することにより、交差溝部532を流れる潤滑液は、外周側に向かう遠心力と、慣性力、すなわちアーマチャ5の回転に対して静止しようとする力、との合成により、交差溝部532に沿った方向に押される。その結果、交差溝部532からの潤滑液の排出性を向上させることができる。
【0060】
ここで、周溝部531中を周方向に沿って流れる潤滑液は、交差溝部532に流入して交差溝部532からアーマチャ5の外周側へ排出され得るものの、交差溝部532を流れる潤滑液と比べてアーマチャ5の外周側への排出性が悪くなる。そこで、本形態において、アーマチャ5には、対向面52と軸方向反対面57との間を貫通する貫通孔56が、複数の周溝部531のうちの少なくともいずれかの周溝部531に開口して形成されている。これにより、アーマチャ5において周溝部531を周方向に流れる潤滑液は、貫通孔56を通ってアーマチャ5におけるアウタプレート43と反対側に排出される。それゆえ、周溝部531を流れる潤滑液のアーマチャ5とアウタプレート43との間からの排出性を向上させることができる。その結果、非摩擦係合状態と摩擦係合状態とが切り替わる際に、アーマチャ5とアウタプレート43との間の潤滑油を速やかに排出することができ、制動装置10の応答性を向上させることができる。
【0061】
また、貫通孔56は、アーマチャ5の全周にわたって形成された第2周溝部531bに開口している。また、貫通孔56は、第1交差溝部532aよりも流路断面積が大きい複数の第2交差溝部532bのうち、周方向に隣り合う一対の第2交差溝部532bの間の位置であって、当該一対の第2交差溝部532bから離隔した位置において、第2周溝部に開口して形成されている。ここで、前述のごとく第2交差溝部532bの流路断面積は比較的大きく形成されており、第2交差溝部532bを流れる潤滑液は、アーマチャ5の外周側へ排出されやすい。そのため、第2周溝部531bにおける第2交差溝部532b近傍の部位を流れる潤滑液は、第2周溝部531bからアーマチャ5の外周側へ排出されやすく、潤滑液の排出性低下の懸念が小さい。一方、第2周溝部531bにおける第2交差溝部532bから離隔した領域を流れる潤滑液は、比較的アーマチャ5の外周側への排出性が悪くなる。そこで、貫通孔56の一端を、周方向に隣り合う一対の第2交差溝部532bから離隔した位置に形成することにより、第2周溝部531bにおける第2交差溝部532bから離隔した部位を流れる潤滑液を、貫通孔56を通してアーマチャ5におけるアウタプレート43と反対側に排出することができる。その結果、第2周溝部531bを流れる潤滑液の、アーマチャ5とアウタプレート43との間からの排出性を向上させることができる。特に、本形態において、貫通孔56は、周方向に隣り合う一対の第2交差溝部532bの間における周方向中央位置に形成されている。それゆえ、アーマチャ5とアウタプレート43との間からの潤滑液の排出性が一層向上する。
【0062】
また、貫通孔56は、径方向における一対の第1磁路部141の間の領域に形成されている。それゆえ、アーマチャ5を軸方向に貫通する貫通孔56をアーマチャ5に形成したことによる、磁路14全体の磁気抵抗の増大を抑制することができる。すなわち、アーマチャ5における第1磁路部141を構成する部位に、当該第1磁路部141に沿った貫通孔56を形成すると第1磁路部141の磁気抵抗が増大し、磁路14全体の磁気抵抗が増大するが、本形態においてはかかる事態を回避することができる。その結果、貫通孔56を形成したことによる制動装置10の応答性低下を抑制することができる。
【0063】
以上のごとく、本形態によれば、外周側への潤滑液の排出性を向上させることができ、相手部材が偏って摩耗することを抑制できる湿式摩擦ディスク1を提供することができる。
【0064】
なお、本形態のアーマチャ5に形成した潤滑溝53及びランド部54を、アーマチャ5と摩擦摺動するアウタプレート43におけるアーマチャ5との対向面に設けてもよい。この場合は、アウタプレート43が湿式摩擦ディスク1としての役割を果たす。
【0065】
[第2の実施の形態]
本形態は、湿式摩擦ディスク1を摩擦係合装置としてのクラッチ装置100に用いた例である。
図9は、本形態のクラッチ装置100の全体構造を示す断面図である。
図10は、
図9のパイロットクラッチ8周辺を拡大した図である。
図11は、本形態の湿式摩擦ディスク1としてのパイロットアウタプレート84の正面図及びその一部を拡大した図である。
【0066】
本形態のクラッチ装置100は、電子制御4WDカップリング(いわゆるITCC(登録商標))形式のクラッチであり、四輪駆動車におけるプロペラシャフトとリヤデファレンシャル装置との間に配され、プロペラシャフトとリヤデファレンシャル装置との間の回転力の伝達やその遮断を行う。これにより、クラッチ装置100は、エンジンの駆動力を前輪及び後輪に伝達する四輪駆動状態と、エンジンの駆動力を前輪のみに伝達する二輪駆動状態とを切り替える。本形態のクラッチ装置100は、ハウジング部材16と出力シャフト15とメインクラッチ6とカム機構7とパイロットクラッチ8とを備える。
【0067】
ハウジング部材16は、プロペラシャフトに継手等を介して連結され、プロペラシャフトの回転力が入力される。ハウジング部材16は、軸方向の一方側に開口を有する。ハウジング部材16内には、メインクラッチ6、カム機構7、及びパイロットクラッチ8等の潤滑を行うための潤滑液が導入されている。また、ハウジング部材16には、軸受17を介して出力シャフト15が回転可能に保持されている。
【0068】
出力シャフト15は、リヤデファレンシャル装置に継手等を介して連結され、メインクラッチ6を介してハウジング部材16の回転力をリヤデファレンシャル装置に伝達する。そして、出力シャフト15とハウジング部材16との間に、メインクラッチ6が配されている。
【0069】
メインクラッチ6は、ハウジング部材16にスプライン係合されるメインアウタプレート61と、出力シャフト15の外周部にスプライン係合されるメインインナプレート62とを交互に積層してなる。すなわち、メインアウタプレート61は、ハウジング部材16に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能に取り付けられており、メインインナプレート62は、出力シャフト15に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能に取り付けられている。メインクラッチ6は、カム機構7からの押圧力によって、摩擦係合状態と非摩擦係合状態とが切り替わる。
【0070】
カム機構7は、メインクラッチ6を軸方向に押圧するメインカム71と、メインカム71に対して回転可能なパイロットカム72と、メインカム71とパイロットカム72との間に配された複数のカムボール73とを有する。
【0071】
メインカム71は、出力シャフト15とスプライン係合しており、皿バネ74によってメインクラッチ6から軸方向に離隔する方向に付勢されている。パイロットカム72は、パイロットインナプレート83とスプライン係合しており、パイロットクラッチ8が係合状態となったとき、パイロットクラッチ8を介してハウジング部材16の回転力が伝達される。
【0072】
メインカム71とパイロットカム72との互いの対向面には、軸方向の深さが周方向の中央から周方向遠ざかるほど浅くなる複数のカム溝711,721が形成されている。カムボール73は、パイロットカム72のカム溝721とメインカム71のカム溝711との間に配置されている。パイロットカム72がメインカム71に対して回転することに応じて、メインカム71がカムボール73によってパイロットカム72から離れる側に押され、メインカム71からメインクラッチ6にカム推力が作用する。このカム推力により、メインクラッチ6がその積層方向に圧縮され、メインアウタプレート61とメインインナプレート62とが係合状態となり、ハウジング部材16の回転力が出力シャフト15に伝達される。
【0073】
図10に示すごとく、パイロットクラッチ8は、電磁コイル81とヨーク82と積層配置されたパイロットインナプレート83及びパイロットアウタプレート84とアーマチャ85とを備える。電磁コイル81は、通電により磁束を発生させる。ヨーク82は、電磁コイル81を保持している。ヨーク82は、軟磁性体からなり、磁束を通す磁路18を形成する。ヨーク82には、磁束がパイロットインナプレート83、パイロットアウタプレート84及びアーマチャ85を通らずに短絡することを防止するための非磁性体の非磁性リング86が設けられている。パイロットインナプレート83は、パイロットカム72の外周部にスプライン係合しており、パイロットアウタプレート84及びアーマチャ85は、ハウジング部材16の内周部にスプライン係合している。パイロットインナプレート83、パイロットアウタプレート84、及びアーマチャ85は、軟磁性体からなり、磁路18を形成する。パイロットインナプレート83及びパイロットアウタプレート84は、非磁性リング86に軸方向に重なる位置に、磁束がアーマチャ85を通らずに短絡することを防止するための貫通孔831,847が設けられている。
【0074】
電磁コイル81への通電がなされた場合、軟磁性体のヨーク82、パイロットインナプレート83、パイロットアウタプレート84及びアーマチャ85を通る環状の磁路18に磁束が形成される。すなわち、磁路18は、パイロットインナプレート83及びパイロットアウタプレート84を軸方向に通るとともに互いに径方向に離隔した位置に形成された一対の第1磁路部181と、前記一対の第1磁路部181をつなぐとともに、アーマチャ85及びヨーク82に形成される一対の第2磁路部182とを有する。そして、当該磁路18の磁気抵抗を小さくしようとする働きから、パイロットインナプレート83、パイロットアウタプレート84及びアーマチャ85がヨーク82側に磁気的に引き付けられ、ヨーク82、パイロットインナプレート83、パイロットアウタプレート84及びアーマチャ85が軸方向に重なり合う。そして、パイロットインナプレート83とパイロットアウタプレート84とが周方向に摩擦係合し、ハウジング部材16とともに回転するパイロットアウタプレート84の回転がパイロットインナプレート83に伝わる。パイロットインナプレート83が回転すると、カム機構7が働き、カム推力がメインクラッチ6に作用し、メインクラッチ6が係合状態となる。これにより、ハウジング部材16の回転が出力シャフト15に伝達される。
【0075】
本形態において、
図11に示すごとく、パイロットクラッチ8のパイロットアウタプレート84におけるパイロットインナプレート83側の対向面841(両側にパイロットインナプレート83が隣接するパイロットアウタプレート84については、その両面)は、後述の貫通孔847の形状を除き、第1の実施の形態におけるアーマチャ(
図1の符号5参照)の対向面(
図4の符号52参照)と同様の形状を有する。すなわち、パイロットアウタプレート84の対向面841は、周溝部844及び交差溝部845を備える潤滑溝843が形成されている。潤滑溝843は、第1の実施の形態と同様に、複数の第1周溝部844a及び全周にわたって形成された第2周溝部844bを備える周溝部844と、複数の第1交差溝部845a及び複数の第2交差溝部845bを備える交差溝部845とを備える。そして、パイロットアウタプレート84には、潤滑溝843によって画定されたランド部846が形成されている。ランド部846におけるパイロットインナプレート83側の面は、パイロットインナプレート83と摩擦摺動する摩擦面842を構成している。本形態において、潤滑溝843は、パイロットアウタプレート84におけるハウジング部材16とスプライン係合する外歯849には形成されていないが、形成されていてもよい。特に言及した場合を除き、潤滑溝843及びランド部846の構成については、第1の実施の形態におけるものと同様である。
【0076】
パイロットアウタプレート84には、対向面841と、その軸方向反対面84aとの間を貫通する貫通孔847が、第2周溝部844bに開口して形成されている。貫通孔847は、隣接する2つの区画部848の周方向の略全長にわたって円弧状に形成されている。貫通孔847は周方向の両側に隣接する一対の第2交差溝部845bから若干周方向の内側に離隔した位置に形成されている。貫通孔847は、前述の磁路短絡のための役割と、潤滑油を逃がす役割とを備える。
【0077】
その他は、第1の実施の形態と同様である。
なお、第2の実施の形態以降において用いた構成要素の名称うち、既出の形態において用いた構成要素の名称と同一のものは、特に示さない限り、既出の形態におけるものと同様の構成要素を表す。
【0078】
(第2の実施の形態の作用及び効果)
本形態においては、貫通孔847が、1つの第2交差溝部845bを跨ぐよう第2周溝部844bに広範囲に形成されている。それゆえ、第2周溝部844bを流れる潤滑液をパイロットアウタプレート84とパイロットインナプレート83との間から貫通孔847を通して排出させやすい。
その他、本形態においても、第1の実施の形態と同様の作用効果を有する。
【0079】
なお、本形態においては、前述の潤滑溝843をパイロットアウタプレート84に設けたが、パイロットインナプレート83、メインインナプレート62、及びメインアウタプレート61の少なくとも1つに設けることも可能である。この場合、潤滑溝843が形成されたパイロットインナプレート83、メインインナプレート62、及びメインアウタプレート61は、湿式摩擦ディスク1としての役割を果たす。
【0080】
(付記)
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、この実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【0081】
また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で、一部の構成を省略し、あるいは構成を追加もしくは置換して、適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0082】
1…湿式摩擦ディスク 52…対向面
521…摩擦面 53…潤滑溝
531…周溝部 531a…第1周溝部
531b…第2周溝部 532…交差溝部
532a…第1交差溝部 532b…第2交差溝部
54…ランド部 841…対向面
842…摩擦面 843…潤滑溝
844…周溝部 844a…第1周溝部
844b…第2周溝部 845…交差溝部
845a…第1交差溝部 845b…第2交差溝部
846…ランド部