(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-21
(45)【発行日】2024-03-01
(54)【発明の名称】耐塑性変形性、耐欠損性にすぐれたWC基超硬合金製切削工具および表面被覆WC基超硬合金製切削工具
(51)【国際特許分類】
C22C 29/08 20060101AFI20240222BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20240222BHJP
【FI】
C22C29/08
B23B27/14 A
B23B27/14 B
(21)【出願番号】P 2020052671
(22)【出願日】2020-03-24
【審査請求日】2023-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 誠
(72)【発明者】
【氏名】河原 佳祐
(72)【発明者】
【氏名】市川 龍
(72)【発明者】
【氏名】岡田 一樹
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-110235(JP,A)
【文献】特開2000-144300(JP,A)
【文献】特表2020-525301(JP,A)
【文献】国際公開第2018/215996(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
C22C 1/051,29/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC基超硬合金を基体とするWC基超硬合金製切削工具において、
前記WC基超硬合金の成分組成は、Co:6~14質量%、Cr
3C
2:0.1~1.4質量%、残部はWC及び不可避不純物からなり、
前記WC基超硬合金の断面における24(μm)×72(μm)の視野でEBSD測定を行い、前記視野範囲に存在するWC粒子数Nと前記視野範囲に存在するWC/WC/WC粒界三重点数nを求めた時、前記n/Nの値が1.4以上であることを特徴とするWC基超硬合金製切削工具。
【請求項2】
前記WC基超硬合金は、TaC、NbC、TiC及びZrCのうちから選ばれる少なくとも1種以上を合計量で4質量%以下、さらに含有することを特徴とする請求項1に記載のWC基超硬合金製切削工具。
【請求項3】
請求項1または2に記載のWC基超硬合金製切削工具の少なくとも切れ刃には、硬質被覆層が形成されていることを特徴とする表面被覆WC基超硬合金製切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼等の難削材の切削加工において、すぐれた耐塑性変形性を備え、すぐれた耐欠損性を発揮するWC基超硬合金製切削工具(「WC基超硬工具」ともいう)および表面被覆WC基超硬合金製切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
WC基超硬合金は硬さが高く、また、靱性を備えることから、これを基体とするWC基超硬工具は、すぐれた耐摩耗性を発揮し、また、長期の使用にわたって長寿命を有する切削工具として知られている。
しかし、近年、被削材の種類、切削加工条件等に応じて、WC基超硬工具の切削性能、工具寿命をより一段と向上させるべく、各種の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1では、炭化タングステンを主成分とする硬質相と、鉄族元素(コバルトを含み、コバルトの含有量は超硬合金中において8質量%以上であることが好ましい)を主成分とする結合相とを備える超硬合金において、炭化タングステンの粒子数をA、他の炭化タングステン粒子との接触点の点数が1点以下の炭化タングステン粒子の粒子数をBとするとき、B/A≦0.05を満たすようにすることで、超硬合金の耐塑性変形性を向上させ、その結果として、炭素鋼、ステンレス鋼の湿式連続切削加工において、WC基超硬工具の長寿命化を図ることが提案されている。
【0004】
特許文献2では、Co量が10~13質量%、Co量に対するCr量の比が2~8%、TaCとNbCの少なくとも1種をTaCとNbCの総量が0.2~0.5質量%となる範囲で含有し、残部がWCから成り、硬さが88.6HRA~89.5HRAであるWC基超硬工具において、研磨面上の面積比におけるWC積算粒度80%径D80と積算粒度20%径D20の比D80/D20を2.0≦D80/D20≦4.0の範囲とし、また、D80を4.0~7.0μmの範囲とし、かつWC接着度cを0.36≦c≦0.43とすることにより、ステンレス鋼に代表される難削材の切削加工において、被削材の凝着を防止し耐欠損性を向上させることが提案されている。
【0005】
特許文献3では、WC基超硬合金製ドリルにおいて、WC基超硬合金の成分組成を、WC-x質量%Co-y質量%Cr3C2-z質量%VCで表したとき、6≦x≦14、0.4≦y≦0.8、0≦z≦0.6、(y+z)≦0.1xを満足し、また、WC基超硬合金のWC接着度Cを、C=1-Vb
α・exp(0.391・L)で表したとき、この式におけるWC基超硬合金の結合相体積率の値Vbは0.11≦Vb≦0.25、また、(WC粒子の粒度分布の標準偏差)/(平均WC粒度)の値Lは0.3≦L≦0.7の範囲内であって、さらに、係数αが0.3≦α≦0.55の値を満足するWC接着度Cを有するWC基超硬合金とすることにより、Al合金、炭素鋼等の切削加工において、硬さと剛性を低下させることなく靱性を向上させ、耐欠損性を高めたWC基超硬合金製ドリルが提案されている。
【0006】
特許文献4では、WC基超硬工具において、WC-WC接着界面長さをL1とし、WC-Co接着界面長さをL2とした時、
R>(0.82-0.086×D)×(10/V)
の式を満足させることにより、Ni基耐熱合金の切削加工において、WC基超硬工具の耐熱塑性変形性と靱性を向上させることが提案されている。
なお、R=(L1)/((L1)+(L2))
D:WC面積平均粒径(μm)であって、0.6≦D≦1.5の範囲である。
ここで、前記Dは、WCの面積率が50%となるときのWCの粒径をいう。
V:結合相体積(vol%)であって、9≦V≦14の範囲である。
【0007】
特許文献5では、組成およびCoの平均厚み(CFP)が次の範囲にあり、かつ焼結するにあたり昇温途中900℃~1600℃の温度範囲の1部または全範囲において3気圧~200気圧の圧力を、気体を圧力媒体として負荷してWC-Co系超硬部品の高密度化を図ることが提案されている。
ここで、
組成 Crまたは/およびCr化合物:0~4%(Cr換算で)
(重量%) Vまたは/およびV化合物:0~4%(V換算で)
TaC:0~2%
TiC:0~2%
Nまたは/およびN化合物:0~1%(N換算で)
Co:0.1~10%
WCおよび不可避不純物:残
Co平均厚み:0.06~30ナノメータ
そして、上記のWC-Co系超硬部品は、Co含有量を低減できるため、剛性が高くなり、また耐熱性もCo含有量が少ないほど向上するため、切削熱が多量に発生する、例えば超硬チップ、エンドミル、ドリルなどの切削用途に適するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2016-20541号公報
【文献】特開2017-88999号公報
【文献】特開2017-148895号公報
【文献】特開2017-179433号公報
【文献】特開平7-305136号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記特許文献1~5で提案されている従来のWC基超硬工具によれば、WC-WC粒子相互の接触点数、WC粒子の粒度、WC粒子の粒径分布、WC接着度、Co量、Co平均厚み等をコントロールすることによって、WC基超硬工具の切削性能、工具特性の向上を図っている。
しかし、前記従来の工具では、ステンレス鋼のような難削材の切削加工においては、耐塑性変形性が十分でなく、また、靱性が十分でないために亀裂の進展を抑制することが難しく、そのため、刃先の変形や欠損等の異常損傷の発生を原因として、工具寿命は短命であった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ステンレス鋼のような難削材の切削加工において、すぐれた耐塑性変形性と耐欠損性を発揮するWC基超硬工具を提供すべく、WC基超硬合金のWC粒子の形態に着目し、鋭意研究を進めたところ、次のような知見を得た。
【0011】
即ち、本発明者らは、WC基超硬合金において形成される組織である、WC粒子の形態としての粒界三重点に着目して検討を行った。
WC基超硬合金の主成分は、FCC相と主硬質相であるWCである。FCC相はCoを主とする結合相とTaC、NbC、TiC、ZrCおよびそれらの複合炭化物からなる副硬質相の双方から成る。
図1にWC基超硬合金の断面概略模式図を示すが、WC基超硬合金の断面を観察すると、WC粒子とWC粒子とFCC相の粒界三重点(以下、「WC/WC/FCC相粒界三重点」と略記する)、及び、WC粒子とWC粒子とWC粒子の粒界三重点(以下、「WC/WC/WC粒界三重点」と略記する)という二種類の粒界三重点が存在する。
本発明者らは、前記二種類の粒界三重点のうちの、特に、WC/WC/WC粒界三重点について、工具特性への影響を調査すべく、種々のWC基超硬合金からWC基超硬工具を作製し、それぞれのWC基超硬合金についてEBSDデータを解析することで、解析視野範囲内に存在するWC粒子数とWC/WC/WC粒界三重点数を測定した。
一方、前記種々のWC基超硬合金について、切削加工試験を行うことにより、耐耐塑性変形性の良否を評価した。
その結果、
図2に示すように、(WC/WC/WC粒界三重点数)/WC粒子数(即ち、一個のWC粒子当たりのWC/WC/WC粒界三重点の数)が、特定の数値以上である場合には、ステンレス鋼等の難削材の切削加工において、耐塑性変形性が向上し、これによって、工具の刃先の変形が抑制され、さらに、亀裂の進展が抑制されることによって、欠損等の異常損傷の発生も抑制され、工具の長寿命化を図ることができることを見出したのである。
【0012】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)WC基超硬合金を基体とするWC基超硬合金製切削工具において、
前記WC基超硬合金の成分組成は、Co:6~14質量%、Cr3C2:0.1~1.4質量%、残部はWC及び不可避不純物からなり、
前記WC基超硬合金の断面における24(μm)×72(μm)の視野でEBSD測定を行い、前記視野範囲に存在するWC粒子数Nと前記視野範囲に存在するWC/WC/WC粒界三重点数nを求めた時、前記n/Nの値が1.4以上であることを特徴とするWC基超硬合金製切削工具。
(2)前記WC基超硬合金は、TaC、NbC、TiC及びZrCのうちから選ばれる少なくとも1種以上を合計量で4質量%以下、さらに含有することを特徴とする(1)に記載のWC基超硬合金製切削工具。
(3)(1)または(2)に記載のWC基超硬合金製切削工具の少なくとも切れ刃には、硬質被覆層が形成されていることを特徴とする表面被覆WC基超硬合金製切削工具。」
を特徴とするものである。
なお、前記(1)、(2)におけるCr3C2、TaC、NbC、TiC、ZrCの含有量は、WC基超硬合金の断面について測定したCr量、Ta量、Nb量、Ti量、Zr量を、いずれも炭化物換算した数値である。
【発明の効果】
【0013】
本発明のWC基超硬工具および表面被覆WC基超硬合金製切削工具は、その基体を構成するWC基超硬合金の成分であるCo、Cr3C2、あるいはさらに、TaC、NbC、TiC、ZrCを特定の組成範囲に定めるとともに、WC基超硬合金中に、n/Nの値が1.4以上のWC/WC/WC粒界三重点を有し、WC―WC粒子間の粒界滑りを高密度のWC/WC/WC粒界三重点によって抑制することから、切削工具としての耐塑性変形性にすぐれ、刃先の変形が抑制される。
さらに、WC基超硬合金中に亀裂が発生したとしても、前記高密度のWC/WC/WC粒界三重点によって、亀裂の直線的な進展が抑制されることから、欠損等の耐異常損傷性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】WC基超硬合金の断面概略模式図を示し、WC基超硬合金中に、WC/WC/FCC相粒界三重点とWC/WC/WC粒界三重点が存在することを示す。
【
図2】表5~7として得られたデータについて、切れ刃の逃げ面塑性変形量とn/Nの関係としてプロットしたグラフを示す。
【
図3】切れ刃の逃げ面塑性変形量の測定模式図を示す。なお、上図(すくい面)は平面図、下図(逃げ面)は側面図である。切れ刃の逃げ面塑性変形量は、切削前の変形していない切れ刃稜線を基準とし、切削によって切れ刃稜線が押し込まれて変形した量を切削後に測定する。具体的な測定法は、工具の主切れ刃側逃げ面について、切れ刃から十分離れた位置で主切れ刃側逃げ面とすくい面が交差する稜線上に線分を引き、同線分を切れ刃部方向に延伸し、延伸した線分と切れ刃部稜線間の距離(延伸した線分の垂直方向)が最も離れている部分を測定し、これを切れ刃の逃げ面塑性変形量として求める。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0016】
Co:
Coは、WC基超硬合金の主たる結合相形成成分として含有させるが、Co含有量が6質量%未満では十分な靱性を保持することはできず、一方、Co含有量が14質量%を超えると急激に軟化し、切削工具として必要とされる所望の硬さが得られず、変形および摩耗進行が顕著になることから、WC基超硬合金中のCo含有量を6~14質量%と定めた。
【0017】
Cr3C2:
Cr3C2は、主たる結合相を形成するCo中にCrが固溶し、Coを固溶強化することで、WC基超硬合金の強度を高める。しかし、この作用は、Cr3C2含有量が、0.1質量%未満では不充分であり、一方、その含有量がCoの含有量に対し10%を超えると、CrとWの複合炭化物を析出し、靱性が低下し、また、欠損発生の起点となる。
本発明においてはCo含有量上限が14質量%であるため、Cr3C2の上限はCo含有量上限の10%である1.4質量%である。
したがって、WC基超硬合金中のCr3C2含有量は、0.1~1.4質量%と定めた。
【0018】
TaC、NbC、TiC、ZrC:
本発明のWC基超硬合金は、その成分として、さらに、TaC、NbC、TiC及びZrCのうちから選ばれる少なくとも1種以上を合計量で4質量%以下、さらに含有することができる。
TaC、NbC、TiC、ZrCはいずれも、耐酸化性や耐クレーター摩耗性を高める効果を有するが、それらを炭化物換算した合計含有量が4質量%を超えると、耐摩耗性が不十分となり、また凝集体が出来やすくなるため欠損発生の起点となる。
したがって、WC基超硬合金中の成分としてTaC、NbC、TiC及びZrCのうちから選ばれる少なくとも1種以上を含有させる場合には、その合計含有量は、4質量%以下とすることが望ましい。
なお、前記したCr3C2、TaC、NbC、TiC、ZrCの含有量は、WC基超硬合金についてEPMAによって測定したCr量、Ta量、Nb量、Ti量、Zr量を、いずれも炭化物換算した数値である。
【0019】
WC/WC/WC粒界三重点:
図1に、WC基超硬合金の断面概略模式図を示すように、WC基超硬工具におけるWC基超硬合金中のWC/WC/WC粒界三重点とは、WC基超硬合金の断面において3個のWC粒子の粒界の共通接触部分として形成され、一方、WC/WC/FCC相粒界三重点は、2個のWC粒子の粒界とFCC相の共通接触部分として形成される。尚、WC基超硬合金において、FCC相はCoを主とする結合相とTaC、NbC、TiC、ZrCおよびそれらの複合炭化物からなる副硬質相の双方から成る。
【0020】
n/Nの値と耐塑性変形性の関連:
WC基超硬合金の製法、製造条件等を種々変更することによって、WC基超硬合金中でのWC粒子の存在形態が異なる種々のWC基超硬合金(但し、WC基超硬合金の成分組成は、いずれも、前述した本発明の範囲内とする)を作製し、塑性変形により工具寿命に至る切削試験を実施することにより、それぞれのWC基超硬合金についての、耐塑性変形性の良否の評価を行う。
次に、前記種々のWC基超硬合金について、EBSD解析により、解析視野(24(μm)×72(μm))範囲内に存在するWC粒子数NとWC/WC/WC粒界三重点数nを測定し、n/Nを求める。
n/Nと耐塑性変形性の鋭意調査した結果、従来の製法ではn/Nが0.5~1.3の範囲であるが、WC同士の接触頻度を高めることにより、本発明の製法では、n/Nを1.4以上に高めることが出来、そうして作製したn/Nが1.4以上のWC基超硬合金はn/Nが1.4未満のWC基超硬合金に比べ高い耐塑性変形性を有することを見出した。
また、n/Nが1.5以上では一層優れた耐塑性変形性を発揮することを見出した。
一方、n/Nが3以上となると、WC粒子が強く凝集すると同時に、粗大な結合相が現れやすく、耐欠損性が低下する傾向が見られた。このため、好ましくはn/Nが1.5以上となると3.0未満とすることが望ましい。
耐塑性変形性が向上する理由は、WC基超硬合金の組織中に、高密度でWC/WC/WC粒界三重点が存在するため、WC―WC粒子間の粒界滑りが抑制されるためであると推定される。
なお、耐塑性変形性の向上については、特に、切削加工進行時の高温発熱状態における高温耐塑性変形性の向上が顕著であることが判明した。
【0021】
n/Nの値が1.4以上である本発明のWC基超硬工具の製造:
n/Nの値が1.4以上である本発明のWC基超硬工具を製造するためには、原料粉末を混合し焼結用粉末を作製するに際し、本発明では、焼結用のWC原料粉末として、多結晶WC粉末を使用する。
そして、焼結用粉末をプレス成形して圧粉成形体を作製した後、焼結を行うが、本発明では、低温短時間加熱条件による通電加圧焼結を行うことで、n/Nの値が1.4以上である本発明のWC基超硬工具用のWC基超硬合金焼結体を作製することができる。
焼結用のWC原料粉末として、多結晶WC粉末を使用するのは、多結晶WC内に含まれるWC三重点をWC基超硬合金に導入し、n/Nを上昇することが可能であるためである。
また、低温短時間加熱条件による通電加圧焼結を行うのは、WCの溶解再析出を抑制し、原料粉末である多結晶WCのWC三重点をWC基超硬合金に多く導入可能であるためである。例えば、加圧力を10~20MPaの範囲とし、昇温速度を50~100℃/minの範囲とし、焼結温度を1200~1250℃の範囲とし、さらに、保持時間を10~30minの範囲とした低温短時間加熱条件で通電加圧焼結することで、n/Nの値が1.4以上である本発明のWC基超硬合金焼結体を作製することができる。上記範囲より加圧力が高い、もしくは、昇温速度が遅い、焼結温度が高い、あるいは保持時間が長い場合、WCの溶解再析出が進行し、WC/WC界面にCoが侵入することによりWC三重点が減少し、n/Nの値が1.4未満となる。また、上記範囲より加圧力が低い、もしくは、昇温速度が早い、焼結温度が低い、あるいは保持時間が短い場合、焼結が十分に進行せず、内部に空隙を有するWC基超硬合金が得られやすく、そのため靭性が十分に発揮できない。これらの理由から焼結条件は上記の範囲であることが好ましい。
【0022】
前記の工程で作製されたWC基超硬工具は、n/Nの値が1.4以上であるために、高密度のWC/WC/WC粒界三重点が、WC-WC粒子の界面での粒界すべりの発生を低減し耐塑性変形性、特に、高温耐塑性変形性が向上する。
また、WC基超硬合金中に亀裂が発生したとしても、高密度のWC/WC/WC粒界三重点が、亀裂の直線的な進展を抑制するため、靱性、耐欠損性が向上する。
さらに、前記WC基超硬合金製切削工具の少なくとも切れ刃に、Ti-Al系、Al-Cr系等の炭化物、窒化物、炭窒化物あるいはAl2O3等の硬質皮膜を、PVD、CVD等の成膜法により被覆形成することにより、表面被覆WC基超硬合金製切削工具を作製することができる。
なお、表面被覆WC基超硬合金製切削工具の作製にあたり、硬質皮膜の種類、成膜法は、当業者に既によく知られている膜種、成膜手法を採用すればよく、特に、制限するものではない。
【0023】
本発明のWC基超硬工具および表面被覆WC基超硬合金製切削工具について、実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0024】
(a)まず、焼結用の粉末として、平均粒径(D50)が2.5μm~6.5μmの多結晶WC粉末と、それぞれの平均粒径(D50)が1.0~3.0μmの範囲内であるCo粉末、Cr3C2粉末、TaC粉末、NbC粉末、TiC粉末、ZrC粉末を用意した。
これらの粉末を、表1に示す配合組成に配合して、焼結用粉末を作製した。
【0025】
(b)表1に示す配合組成に配合した焼結用粉末を、湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力でプレス成形して圧粉成形体を作製した。
【0026】
(c)ついで、これらの圧粉成形体を、表2に示す条件、即ち、加圧力を10~20MPaの範囲とし、昇温速度を50~100℃/minの範囲とし、焼結温度を1200~1250℃の範囲とし、さらに、保持時間を10~30minの範囲とした低温短時間加熱条件で通電加圧焼結することで、WC基超硬合金焼結体を作製した。
【0027】
(d)ついで、前記WC基超硬合金を、機械加工、研削加工し、CNMG120408-GMのインサート形状の表5に示すWC基超硬工具1~12(以下、本発明工具1~12という)を作製した。
【0028】
比較のために、比較例のWC基超硬工具1~9(以下、比較例工具1~9という)を製造した。
その製造工程は、表3に示す配合組成の焼結用粉末を、湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力でプレス成形して圧粉成形体を作製した後、表4に示す条件で通電加圧焼結することで、あるいは、通常の焼結をすることで、WC基超硬合金焼結体を作製し、これを、機械加工、研削加工し、CNMG120408-GMのインサート形状の表6に示すWC基超硬工具1~9(以下、比較例工具1~9という)を作製した。
【0029】
本発明工具1~12及び比較例工具1~9のWC基超硬合金の断面について、EPMAにより、その成分であるCo、Cr、Ta、Nb、Ti、Zrの含有量を10点測定し、その平均値を各成分の含有量とした。
なお、Cr、Ta、Nb、Ti、Zrは、それぞれの炭化物に換算して含有量を算出した。
表5、表6に、それぞれの平均含有量を示す。
【0030】
つぎに、本発明工具1~12及び比較例工具1~9のWC基超硬合金の断面について、後方散乱電子回折法(以下EBSD)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM)にて24(μm)×72(μm)の視野で測定を行い、前記視野範囲に存在するWC相のみを抽出し、WC粒子数Nを測定するとともに、前記視野範囲に存在するWC/WC/WC粒界三重点数nを求め、n/Nの値を算出した。
前記観察・測定を少なくとも10の視野で行い、N、n、n/Nについて平均値を算出した。
表5、表6に、これらの値を示す。
【0031】
【0032】
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
また、前記本発明工具1~12、比較例工具1~9について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、以下の湿式連続切削加工試験を行った。
被削材:JIS・SUS304(HB170)の丸棒、
切削速度:110m/min、
切り込み:2.0mm、
送り:0.5mm/rev、
切削時間:4分、
湿式水溶性切削油使用。
上記湿式連続切削加工試験後の、切れ刃の逃げ面塑性変形量を測定するとともに、切れ刃の損耗状態を観察した。
なお、切れ刃の逃げ面塑性変形量は、
図3に、逃げ面塑性変形量の測定模式図を示すように、工具の主切れ刃側逃げ面について、切れ刃から十分離れた位置で主切れ刃側逃げ面とすくい面が交差する稜線上に線分を引き、同線分を切れ刃部方向に延伸し、延伸した線分と切れ刃部稜線間の距離(延伸した線分の垂直方向)が最も離れている部分を測定し、切れ刃の逃げ面塑性変形量とした。また、逃げ面塑性変形量が0.04mm以上であった時、損耗状態を刃先変形とした。
表7に、この測定結果を示す。
【0038】
【0039】
また、前記本発明工具1~4、比較例工具1~4の切刃表面に、表8に示す平均層厚の硬質被覆層をPVD法あるいはCVD法で被覆形成し、本発明表面被覆WC基超硬合金製切削工具(以下、「本発明被覆工具」という)1~4、比較例表面被覆WC基超硬合金製切削工具(以下、「比較例被覆工具」という)1~4を作製した。
上記の各被覆工具について、以下に示す、湿式連続切削加工試験を実施し、切れ刃の逃げ面塑性変形量を測定するとともに、切れ刃の損耗状態を観察した。
切削条件:
被削材:JIS・SUS304(HB170)の丸棒、
切削速度:160m/min、
切り込み:2.0mm、
送り:0.4mm/rev、
切削時間:5分、
湿式水溶性切削油使用。
表9に、切削試験の結果を示す。
【0040】
【0041】
【0042】
表7および表9に示される切削加工試験結果によれば、n/Nが1.4以上である本発明工具および本発明被覆工具は、欠損、チッピングを発生することもなく、すぐれた耐塑性変形性を発揮することが分かる。
これに対して、比較例工具および比較例被覆工具は、耐欠損性、耐チッピング性、耐塑性変形性に劣り、短時間で寿命に至った。
【産業上の利用可能性】
【0043】
以上のとおり、本発明のWC基超硬工具および被覆工具は、ステンレス鋼等の難削材の切削加工に供した場合、すぐれた耐塑性変形性とともに、すぐれた耐欠損性、耐チッピング性を有するが、他の被削材、切削条件に適用した場合にも、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮し、工具の長寿命化が図られることが期待される。