(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-21
(45)【発行日】2024-03-01
(54)【発明の名称】イオン交換繊維および該繊維を含有するイオン交換フィルター
(51)【国際特許分類】
C08J 5/20 20060101AFI20240222BHJP
B01J 39/07 20170101ALI20240222BHJP
B01J 47/12 20170101ALI20240222BHJP
【FI】
C08J5/20 102
B01J39/07
B01J47/12
(21)【出願番号】P 2021527531
(86)(22)【出願日】2020-06-01
(86)【国際出願番号】 JP2020021509
(87)【国際公開番号】W WO2020255680
(87)【国際公開日】2020-12-24
【審査請求日】2022-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2019114809
(32)【優先日】2019-06-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004053
【氏名又は名称】日本エクスラン工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】丹後佑斗
【審査官】大村 博一
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-278079(JP,A)
【文献】国際公開第2006/027910(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/041275(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第108187765(CN,A)
【文献】特開2010-095843(JP,A)
【文献】国際公開第2020/003935(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 5/00-5/02;5/12-5/22
B01J 39/07;47/12;47/127
C02F 1/42
D06M 10/00-16/00
D06M 19/00-23/18
D02G 1/00- 3/48
D02J 1/00-13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル繊維を加水分解し、カルボキシル基を形成してなるイオン交換繊維であって、前記カルボキシル基量が7.0~11.0mmol/gであり、
かつ前記カルボキシル基の少なくとも一部がカルシウム塩型またはマグネシウム塩型カルボキシル基であり、水膨潤度が0.5~
1.2g/gであり、繊度が1.0~3.0dtexであり、下記の方法により測定した貫流交換容量比が40%以上であることを特徴とするイオン交換繊維。
(方法)イオン交換繊維30質量%、熱融着繊維70質量%である混合物からなる、密度が0.33g/cm
3の不織布を捲回したのちに熱接着したイオン交換フィルターを作製し、該フィルターをフィルターハウジングに取り付け、Cu濃度3ppm、Ca濃度12ppmであり、水酸化ナトリウムでpH6~7に調整した水溶液をSV500[hr
-1]で通水させ、30分毎にろ過水のCu濃度[ppm]を測定する。得られた測定結果より、貫流点を1.0ppmとした時の貫流交換容量(C[eq])とイオン交換フィルターの総交換容量(C0[eq])を算出し、次式にて貫流交換容量比を計算する。
貫流交換容量比[%]=100×C/C0
【請求項2】
カルボキシル基量が7.5mmol/g以上であることを特徴とする請求項1に記載のイオン交換繊維。
【請求項3】
請求項1
または2に記載のイオン交換繊維を含有することを特徴とする糸、不織布または抄紙シート。
【請求項4】
イオン交換繊維の含有量が20質量%を超えることを特徴とする請求項
3に記載の糸、不織布または抄紙シート。
【請求項5】
請求項
3または
4に記載の糸、不織布または抄紙シートを含むものであることを特徴とするイオン交換フィルター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイオン交換繊維および該繊維を含有するイオン交換フィルターに関し、より具体的には不織布または抄紙シートからなるイオン交換フィルターに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の陽イオン交換性を有しているイオン交換繊維としては強酸性陽イオン交換樹脂、キレート樹脂、弱酸性陽イオン交換樹脂等が知られていた。これらは水溶液に存在する金属イオンの除去等に利用されていた。
【0003】
上記に挙げた強酸性陽イオン交換樹脂は主にスルホン酸基を有したものが知られている。該イオン交換樹脂は比較的安価であり、中性塩分解能を有することから、水中のNaイオン等を除去する純水化用途等に使用されている(たとえば、特許文献1)。
【0004】
キレート樹脂は様々な官能基を有したものが知られているが、特にイミノジ酢酸基、ポリアミン基を有したもの等が知られている。これら官能基は水中に存在するCu、Ni等の有価金属を回収する用途等に使用されている(たとえば、特許文献2)。
【0005】
また、弱酸性陽イオン交換樹脂は主にカルボキシル基を有したものが知られている。該イオン交換樹脂は再生のし易さ、イオン交換容量が高い特徴を活用し、水中のCa、Mgイオンを除去する軟水化用途等に使用されている(たとえば、特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平10-028879号公報
【文献】特開2016-221438号公報
【文献】特開2016-005835号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、Cu、Ni、Pb等の重金属除去の用途に焦点を当てると、スルホン酸基を有する強酸性陽イオン交換樹脂は金属イオンとの結合が強固であり、再生に多量の酸を使用する必要があった。また吸着イオンの選択性にも難があり、Ca等の硬度成分が含まれた水溶液中においては、Cu、Ni、Pb等をほとんど吸着できない欠点があった。
【0008】
一方、キレート樹脂は重金属に対する選択性が良好であり、重金属の回収、除去に特化したイオン交換樹脂であるといえるが、イオン交換容量が小さく、実使用において効果を得るには、多量のキレート樹脂を使用しなければならなかった。
【0009】
また、カルボキシル基を有する弱酸性陽イオン交換樹脂は、スルホン酸基を有する強酸性陽イオン交換樹脂に比べて選択性が良好で、硬水中の微量重金属イオンを吸着できるが、粒子形状であり、流路確保のために微細化には限度があることから、比表面積を大きくすることができない。このため、高流速下においては重金属イオンの貫流が多くなり、低流速での水処理を余儀なくされていた。
【0010】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑みて創案されたものであり、その目的は、重金属に対して選択性が良好で、高いイオン交換容量を有し、貫流の抑えられたイオン交換体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上述の目的を達成するために誠意検討を進めた結果、細繊度のアクリル繊維を出発原料として用い、加水分解によってカルボキシル基を高密度に形成させることによって、重金属に対して良選択性をもち、高いイオン交換容量を有し、貫流の抑えられたイオン交換繊維が得られることを見出し、本発明に到達した。
【0012】
即ち、本発明は以下の手段により達成される。
(1) アクリル繊維を加水分解し、カルボキシル基を形成してなるイオン交換繊維であって、前記カルボキシル基量が7.0~11.0mmol/gであり、かつ前記カルボキシル基の少なくとも一部がカルシウム塩型またはマグネシウム塩型カルボキシル基であり、水膨潤度が0.5~1.2g/gであり、繊度が1.0~3.0dtexであり、下記の方法により測定した貫流交換容量比が40%以上であることを特徴とするイオン交換繊維。
(方法)イオン交換繊維30質量%、熱融着繊維70質量%である混合物からなる、密度が0.33g/cm3の不織布を捲回したのちに熱接着したイオン交換フィルターを作製し、該フィルターをフィルターハウジングに取り付け、Cu(銅)濃度3ppm、Ca(カルシウム)濃度12ppmであり、水酸化ナトリウムでpH6~7に調整した水溶液をSV500[hr-1]で通水させ、30分毎にろ過水のCu濃度[ppm]を測定する。得られた測定結果より、貫流点を1.0ppmとした時の貫流交換容量(C[eq])とイオン交換フィルターの総交換容量(C0[eq])を算出し、次式にて貫流交換容量比を計算する。
貫流交換容量比[%]=100×C/C0
(2) カルボキシル基量が7.5mmol/g以上であることを特徴とする(1)に記載のイオン交換繊維。
(3) (1)または(2)に記載のイオン交換繊維を含有することを特徴とする糸、不織布または抄紙シート。
(4) イオン交換繊維の含有量が20質量%を超えることを特徴とする(3)に記載の糸、不織布または抄紙シート。
(5) (3)または(4)に記載の糸、不織布または抄紙シートを含むものであることを特徴とするイオン交換フィルター。
【発明の効果】
【0013】
本発明のイオン交換繊維は、イオン交換基としてカルボキシル基を採用しているために、硬水中の微量重金属イオンを除去、回収することができる。さらに該繊維はカルボキシル基を多量に有し、繊維形状でなおかつ細繊度であるために比表面積がきわめて高い。このため、該繊維はフィルター状に成形し通水させた際の官能基と水との間の接触確率が高く、高流速下においても効率よく重金属イオンを回収、除去できる。また、本発明のイオン交換繊維はカルシウム塩、またはマグネシウム塩型カルボキシル基を採用した場合には、より水膨潤度を低くすることができるため、フィルターに成形する際の混率を高く設計した場合においても圧力損失を低くすることができる。かかる性能を有する本発明のイオン交換繊維は、例えば高流速に対応できる、重金属を含有する産業廃水処理用フィルターとして利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明のイオン交換繊維を用いた不織布を捲回して作製したイオン交換フィルターの外観を示す図である。
【
図2】
図1のイオン交換フィルターを装着したフィルターハウジングを横から見たときの断面図である。
【
図3】実施例1、2および比較例1における貫流交換容量比の測定結果を示すグラフである。
【
図4】実施例1および比較例1におけるろ過水中のPb濃度の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明を詳細に説明する。本発明のイオン交換繊維は、イオン交換基としてカルボキシル基を有しており、そのカルボキシル量は7.0~11.0mmol/gであり、好ましくは7.5~10.5mmol/g、さらに好ましくは8.0~10.0mmol/gである。ここで、カルボキシル基量とは、後述する方法によって測定されるものであり、本発明においては、各種塩型のカルボキシル基を酸によってH型に変換した際のH型カルボキシル基の繊維1g当たりの量を示す。かかるカルボキシル基量が7.0mmol/g未満の場合、該繊維を含有したイオン交換フィルターの総イオン交換容量が低下する。かかるカルボキシル基量が11.0mmol/gを超えると繊維の耐久性が著しく低下し、イオン交換フィルター作製の際の歩留まりが悪化する。かかるカルボキシル基量は後述する加水分解時のアルカリ金属化合物の使用量を調整することなどにより制御することができる。
【0016】
本発明のイオン交換繊維に含まれるカルボキシル基は、カルシウム、またはマグネシウムと造塩した構造を有することが好ましい。これらは多価金属イオンであるために2つのカルボキシル基間においてイオン結合を形成し、水膨潤度を低下させる効果を有する。これに対して、例えばカルボキシル基がナトリウム、カリウム等のアルカリ金属と造塩している場合、フィルターにした際の通水性が悪化し、圧力損失が上昇するために、好ましくない。またストロンチウム、バリウム、ランタン等の多価金属の場合、カルボキシル基どうしのイオン結合は形成するが、これらの多価金属のイオンは選択吸着性が高く、イオン交換しづらいため、Cu、Ni、Pbイオン等を吸着できなくなる恐れがある上、経済的にも不利なため、好ましくない。
【0017】
また、本発明のイオン交換繊維は、後述する方法によって測定される水膨潤度が0.5~1.5g/gであり、特に0.8~1.2g/gであることが好ましい。水膨潤度が1.5g/gを超えると、イオン交換フィルターの通水性が低下し、圧力損失が発生するために、好ましくない。また、水膨潤度が0.5g/g未満の場合はそもそもカルボキシル基がほとんど導入されていないことが予想され、イオン交換性能を発揮できない恐れがある。かかる水膨潤度は上述した多価金属イオンによるイオン結合、または後述する製造方法における架橋処理時の架橋剤量の調整によって制御できる。
【0018】
さらに、本発明のイオン交換繊維は、繊度が1.0~3.0dtexであり、特に1.5~2.8dtexであることが好ましい。繊度が3.0dtexを超える場合、繊維の比表面積が減少することでカルボキシル基と水中の重金属イオンとの接触確率が低下し、イオン交換性能を損なう恐れがあるため、好ましくない。さらに繊度が1.0dtex未満の場合、十分な繊維強度を保持できず、イオン交換フィルター作製時の歩留まり悪化の恐れがあるため、好ましくない。
【0019】
また、本発明のイオン交換繊維は、後述の実施例に記載の方法によって測定した貫流交換容量比が40%以上であり、50%以上であることが好ましい。ここで、貫流交換容量とは、通水を続けた場合に処理水中の漏出イオンがある決められた濃度(かかる濃度を貫流点という)に到達するまでの交換容量のことを指している。貫流点を過ぎるとイオン交換が不十分となって漏出イオンが増加するため、総交換容量に達していなくても、イオン除去などの目的を果たせず、実質的に使用できなくなる。
【0020】
また、貫流交換容量比は、総交換容量に対する貫流交換容量の比率のことであって、イオン交換速度の速さを表す指標となるものである。一定速度で通水している状況下においては、イオン交換基のイオン交換が進行するにつれて、イオン交換速度が徐々に低下していく。やがてイオン交換速度は処理液の流速に見合わなくなり、イオン交換しきれなくなって貫流点に到達することになる。このため、初期のイオン交換速度が速いほど貫流点に到達する時期が遅くなり、貫流交換容量比も大きくなることになる。
【0021】
かかる貫流交換容量比が40%未満である場合、イオン交換繊維のイオン交換速度が低く、重金属除去性能が著しく低下するため、高流速条件での使用や処理液を1回のみ通過させるいわゆるワンパスによる使用に適さない。かかる貫流交換容量比はイオン交換繊維の繊度によっても調節することができ、貫流交換容量比向上には細繊度化が効果的である。
【0022】
本発明におけるイオン交換フィルターとしては、イオン交換繊維を含む混合物からなる糸、不織布または抄紙シートを捲回させて作製したもの、あるいは不織布または抄紙シートを積層して任意の形状に打ち抜いてフィルターとしたもの等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0023】
本発明におけるイオン交換フィルターを作製する際の糸としては、特に限定されるものではないが、上述したイオン交換繊維を他繊維と混綿し、梳綿したのちにスライバーとし精紡するような公知の方法で得られる糸が挙げられる。
【0024】
本発明におけるイオン交換フィルターを作製する際の不織布としては特に限定されるものではないが、例えば上述したイオン交換繊維と他繊維を混綿し、カード機等の装置を複数回通過させ、ニードルパンチ機、カレンダー機を通過させることによって任意の密度に調整した不織布などを挙げることができる。
【0025】
本発明におけるイオン交換フィルターを作製する際の抄紙シートとしては、特に限定されるものではないが、上述したイオン交換繊維と他繊維の混合物をビーター、リファイナーなどを用いて均一に分散したスラリーを作製して抄紙し、その後乾燥させたものなどを挙げることができる。
【0026】
上述した糸、不織布、抄紙シートにおける他繊維としては、特に限定されないが、ポリエステルやレーヨンなどの汎用繊維や、熱融着繊維、活性炭繊維、キレート繊維等が挙げられる。熱融着繊維は成形性の向上に寄与するものであり、繊度が2~4dtex程度の、混綿するイオン交換繊維に近い繊度であることが好ましい。かかる熱融着繊維の具体例としては、ポリエチレンとポリプロピレン、ポリエステルとポリエチレン、ポリエステルと低融点ポリエステル等によって形成された芯鞘構造の繊維等が挙げられる。また、活性炭繊維を混綿すると脱ハロゲン性能を付与することができ、キレート繊維を混綿すると本発明のイオン交換繊維を単独で使用した場合よりもさらに低濃度の領域(数十ppb以下)の重金属を除去できるようになる。
【0027】
また、上述した糸、不織布、抄紙シートあるいはこれらを成形してなるイオン交換フィルターには、活性炭、防腐剤、防かび剤、抗菌剤、消臭剤、吸着材などの機能性添加剤を添加してもよい。
【0028】
さらに、上述した糸、不織布、抄紙シートおいては、本発明のイオン交換繊維の含有量が20質量%を超えることが好ましく、25質量%以上であることがより好ましい。イオン交換繊維の含有量が上記下限に満たない場合は、十分なイオン交換性能を得られない場合がある。
【0029】
上述してきた本発明のイオン交換フィルターの具体的な用途としては、有害重金属除去フィルター、有価金属回収フィルター、浄水フィルター等が挙げられる。
【0030】
上述した本発明のイオン交換繊維の製造方法としては、細繊度のアクリル繊維を出発原料として用い、該繊維内に架橋構造を形成し、さらに加水分解によりカルボキシル基を高密度に繊維中に形成させ、カルシウムまたはマグネシウムの硝酸塩、硫酸塩、塩酸塩などで処理することによりカルシウム塩型カルボキシル基またはマグネシウム塩型カルボキシル基とする方法等を挙げることができる。以下、かかる方法について説明する。
【0031】
まず、原料として用いるアクリル繊維は、アクリロニトリル系重合体から公知の方法に準じて製造されるものであるが、該重合体の組成としてはアクリロニトリルが40質量%以上であることが好ましく、より好ましくは50質量%以上、さらに好ましくは80質量%以上である。また、アクリル繊維の繊度は、最終的に得られるイオン交換繊維の繊度が1.0~3.0dtexとなるような繊度であればよいが、通常の場合、2.0dtex以下であることが好ましく、さらに好ましくは1.0dtex以下である。後述する架橋処理、加水分解処理によって繊度が大きくなる傾向にあるため、イオン交換繊維の目的とする繊度よりも細繊度のアクリル繊維を使用する必要がある。
【0032】
上記のようなアクリル繊維に対して架橋構造が導入される。架橋構造の導入には、窒素含有化合物等の架橋剤が使用されることが好ましい。窒素含有化合物としては、2個以上の1級アミノ基を有するアミノ化合物やヒドラジン系化合物を使用することが好ましい。架橋構造が導入された後は、アルカリ金属化合物による加水分解処理が施され、ニトリル基がカルボキシル基に変換される。なお、上述した架橋処理と加水分解処理は個別に施してもよいし、同時に施してもよい。ただし、各処理の条件は個別に行う場合と同時に行う場合で異なる。
【0033】
架橋処理、加水分解処理を個別に行う際の架橋処理条件としては、本発明のイオン交換繊維が得られる限り、限定されないが、例えば、架橋剤としてヒドラジン系化合物を用いる場合では、ヒドラジン濃度として10~18質量%となるように上記のヒドラジン系化合物を添加した水溶液に、上述したアクリル繊維を浸漬し、100~130℃、2~10時間で処理する方法等が挙げられる。また、架橋処理後の加水分解処理条件としては、例えば、アルカリ金属系化合物を5~10質量%含有する処理薬剤水溶液中、温度100~130℃において2~10時間で処理する方法が挙げられる。
【0034】
また、架橋処理、加水分解処理を同時に行う際の条件としては、特に限定されるものではないが、上述した架橋加水分解別処理条件と同様に、本発明のイオン交換繊維に求められるカルボキシル基量等を勘案して選定する。また、別々に行う場合と比較して薬剤量を少量にして反応を進行させることが可能である。例えば、架橋剤としてヒドラジン系化合物0.5~4重量%、アルカリ金属化合物として水酸化ナトリウム1~6重量%を添加した水溶液に、上述したアクリル繊維を浸漬し、100~130℃、2~10時間で処理する方法等が挙げられる。
【0035】
加水分解処理後のカルボキシル基は、加水分解処理で使用したアルカリ金属が対イオンとなっている。ここで、カルシウムまたはマグネシウムの硝酸塩、硫酸塩、塩酸塩などの水溶液にて処理を行うことで、カルシウム塩型カルボキシル基、またはマグネシウム塩型カルボキシル基への変換を行うことができる。この際、水溶液の濃度を高めるなどして可能な限り多くのアルカリ金属をカルシウム、マグネシウム塩にて置換することが好ましい。具体的な処理条件としては特に限定されるものではないが、導入したカルボキシル基量に対して0.5~1.0モル当量のカルシウムイオン、マグネシウムイオンが含まれた処理薬剤水溶液中、温度30~100℃において0.5~3時間処理する方法が挙げられる。
【0036】
以上説明してきた本発明のイオン交換繊維は高いカルボキシル基量、大きな比表面積、低い水膨潤度を兼ね備えているために従来では実現できなかった高効率なイオン交換性能を有している。このため、本発明のイオン交換繊維を使用したイオン交換フィルターは、従来の弱酸性陽イオン交換樹脂、強酸性陽イオン交換樹脂のような高い交換容量を有しつつ、高流速条件下でのCu等の重金属イオン除去が可能となった。
【実施例】
【0037】
以下に本発明の理解を容易にするために実施例を示すが、これらはあくまで例示的なものであり、本発明の要旨はこれらにより限定されるものではない。実施例中の特性の評価方法は以下の通りである。
【0038】
<カルボキシル基量の測定方法>
試料を約1g秤量し、1mol/l塩酸50mlに30分浸漬後、水洗し浴比1:500で純水に15分間浸漬する。浴pHが4以上となるまで水洗した後、熱風乾燥機にて105℃で5時間乾燥させる。乾燥した試料約0.2gを精秤し(W1[g])、これに100mlの水と0.1mol/l水酸化ナトリウム15ml、塩化ナトリウム0.4gを加えて撹拌する。次いで金網を用いて試料を濾しとり、水洗する。得られたろ液(水洗液を含む)にフェノールフタレイン液を2~3滴加え、0.1mol/l塩酸で常法にしたがって滴定を行い、消費された塩酸量(V1[ml])を求め、次式によりカルボキシル基量を算出する。
カルボキシル基量[mmol/g]=(0.1×15-0.1×V1)/W1
【0039】
<水膨潤度の測定方法>
十分に乾燥させた試料約1gを精秤し(W2[g])これを200mlの蒸留水に30分間浸漬させる。その後遠心脱水機(クボタ(株)社製TYPE KS-8000)を用い160G(Gは重力加速度を示す)において5分間脱水する。脱水後質量を精秤(W3[g])し、次式によって水膨潤度を算出する。
水膨潤度[g/g]=(W3-W2)/W2
【0040】
<繊度の測定方法>
JISL1015:2010の「8.5 繊度」に準拠した方法により測定を行う。
【0041】
<貫流交換容量比の測定方法>
イオン交換繊維試料(カルボキシル基量A1[mmol/g])と熱融着繊維(ユニチカ製メルティ4080 繊度2.2dtex)を3:7の質量比でKYOWA機械製のローラーカード機を用いて均一に混合し、得られたものをニードルパンチ機、カレンダー機を通し、不要部分をカットすることで厚さ0.3mm、目付100g/m
2の不織布(縦100cm、横15cm)を得る。この不織布を5枚用意し、直径2.8cm、長さ30cmの金属製丸棒に巻き付け、135℃、50分間加熱し、上下の不要部分をカットすることにより内径2.8cm、外径5.6cm、高さ11.1cmの
図1に示すようなイオン交換フィルターを得る。かかるイオン交換フィルターの質量(W4[g])を測定し、次式によりイオン交換フィルターの総交換容量(C0[eq])を算出する。
C0[eq]=A1×W4/1000
次に、得られたイオン交換フィルターの両端面にシリコーンシーラント(セメダイン社製)を用いて天然ゴム製パッキン(内径2.8cm、外径6.3cm、厚さ3mm)を接着した後、
図2に示すようにフィルターハウジング(日本フィルター社製、品番NFH-A-5-E)に取り付け、硫酸銅五水和物、塩化カルシウム二水和物および水酸化ナトリウムを用いてCu濃度3ppm、Ca濃度12ppm、pH6~7に調整した水溶液をSV(空間速度)500[hr
-1]で通水させ、30分ごとにろ過水のCu濃度[ppm]を後述する方法で測定し、Cu濃度が1.0ppmを超えるまで通水を行う。縦軸にろ過水のCu濃度、横軸に後述する通水量比をプロットし、直線で結んだグラフから、Cu濃度が1.0ppmとなるまでにイオン交換フィルターが吸着したCuイオンのモル量を求める。Cuは2価イオンであることから、求めたモル量に2を乗じた値を貫流交換容量(C[eq])とし、上記の総交換容量C0[eq]を用いて次式により貫流交換容量比[%]を算出する。
貫流交換容量比[%]=100×C/C0
【0042】
なお、上記測定方法におけるCuの初期濃度および貫流点は、飲料用水処理装置のためのNSFインターナショナル規格/米国規格(NSF/ANSI 53-2009)を踏まえて設定した。
【0043】
<ろ過水のCu濃度の測定方法>
JISB8224:2016の「24.3クプリゾン吸光光度法」に準拠した方法により測定を行う。
【0044】
<通水量比の測定方法>
貫流交換容量比の測定に使用するイオン交換フィルターの外形寸法から求めた体積から中央の空洞部の体積を差し引いて、フィルターの見かけ体積(Vi[l])算出する。この値と累積通水量(Vl[l])を用いて次式により通水量比を計算する。
通水量比=Vl/Vi
【0045】
<ろ過水のPb濃度の測定方法>
内径4cmのコック付きクロマトカラムに試料を0.1g充填し、その上からガラスビーズを5g入れる。ここに硝酸鉛を使用してPb濃度0.14mg/lに調整した試験液を25ml/minの流速で通水量4500mlまで通水させ、時間ごとのろ過水の濃度をJISK0102:2016の「54.4ICP質量分析法」に準拠した方法により測定する。
【0046】
[実施例1]
アクリロニトリル91質量%、アクリル酸メチル9質量%を重合してアクリロニトリル系重合体(30℃ジメチルホルムアミド中での極限年度[η]=1.5)を得る。かかる重合体10質量部を48質量%ロダンソーダ水溶液90質量部に溶解した紡糸原液を、常法に従って紡糸、延伸(全延伸倍率:10倍)した後、乾球/湿球=120℃/60℃の雰囲気下で乾燥後、湿熱処理することにより、単繊維繊度0.9dtexの原料繊維(繊維長70mm)を得た。
【0047】
該原料繊維に、水酸化ナトリウム1.5質量%、水加ヒドラジン1.0質量%を含有する水溶液中で、115℃3時間架橋、加水分解を同時に導入する処理を行い、水洗した。その後8質量%硝酸水溶液中で120℃3時間処理し、水洗を行った。次に得られた繊維を水に浸漬し、水酸化ナトリウムを添加してpH9に調整した後、繊維に含まれるカルボキシル基量の1.5倍に相当する硝酸カルシウムを溶解させた水溶液に70℃1時間浸漬することによりイオン交換処理を実施し、水洗、乾燥することによりカルシウム塩型カルボキシル基を含有するイオン交換繊維を得た。該イオン交換繊維について各種測定を行ったところ、カルボキシル基量8.0mmol/g、水膨潤度1.0g/g、繊度2.7dtex、貫流交換容量比60.2%であった。
図3に、貫流交換容量比の算出に用いた、Cu濃度と通水量比の関係を示すグラフを示す。また、ろ過水中のPb濃度の評価結果を
図4に示す。なお、
図4の横軸は、通水時間を通水量に換算して表している。
【0048】
[実施例2]
実施例1で用いた原料繊維と同様のものを用い、水加ヒドラジン15質量%を含有する水溶液中で、115℃2時間、架橋導入処理を行い、水洗した。次に水酸化ナトリウム10質量%を含有する水溶液中で、120℃2時間、加水分解処理を行い。水洗した。さらに6質量%硝酸水溶液で110℃3時間処理し、水洗を行った。次に水酸化ナトリウム3質量%を含有する水溶液中で120℃2時間の加水分解処理をもう一度行い、水洗した後、3質量%硝酸水溶液で110℃1時間の処理を行い、水洗した。次に、得られた繊維を水に浸漬し、水酸化ナトリウムを添加してpH9に調整した後、繊維に含まれるカルボキシル基量の2倍に相当する硝酸カルシウムを溶解させた水溶液に70℃×1時間浸漬することによりイオン交換処理を実施し、水洗、乾燥することによりカルシウム塩型カルボキシル基を有するイオン交換繊維を得た。該イオン交換繊維について各種測定を行ったところ、カルボキシル基量8.9mmol/g、水膨潤度1.1g/g、繊度2.7dtex、貫流交換容量比52.7%であった。
図3に、貫流交換容量比の算出に用いた、Cu濃度と通水量比の関係を示すグラフを示す。
【0049】
[比較例1]
弱酸性陽イオン交換樹脂(ダウ・ケミカル社製:ダウエックス MAC-3、カルボキシル基量5.7mmol/g、粒径0.3~1.2mm、水膨潤度2.0g/g)を用い、これをカラム型の密閉ガラス容器に充填し、イオン交換樹脂塔とした。このときのイオン交換樹脂塔の体積当たりの総交換容量は1.2eq/lであり、実施例1のイオン交換フィルターの体積当たりの総交換容量は0.6eq/lであったことから、体積換算では2倍の総交換容量を有していた。このイオン交換樹脂塔をフィルターハウジングの代わりに使用して実施例1と同様に貫流交換容量比の測定を行った。この測定から得られたCu濃度と通水量比の関係を
図3に示す。また、ろ過水中のPb濃度の評価結果を
図4に示す。
【0050】
図3からわかるように、実施例1のイオン交換繊維は細繊度であるため比表面積が大きく、通水量比が3000程度まではCuが0.1ppm程度しか貫流せず、ほぼ全てのCuを除去できていることがわかる。さらに貫流点(Cu濃度が1ppmに達した点)が通水量比約4200地点であり、比較的遅い傾向にある。貫流交換容量比は60.2%であり、効率よくCuを除去できており、硬度成分であるCaの共存する高流速条件下においても十分に利用可能な素材であることがわかる。また、実施例2に関しても実施例1とほぼ同様の傾向を示していた。一方で比較例1のイオン交換樹脂は比表面積が小さいために、通水初期から0.5ppm程度のCuが漏出していた。さらに実施例1と比べて貫流点を迎えるのが早く、その後のろ過水中のCu濃度の上昇は緩やかであった。貫流交換容量比を計算すると20.6%であり、効率よくCuを除去できているとはいえず、高流速での水処理には適していないことがわかる。
【0051】
また、
図4からわかるように、実施例1のイオン交換繊維は細繊度であり、比表面積が大きいため、硬度成分やその他のイオンが共存し、かつ非常に流速の早い状況においてもPb等の重金属の除去を効率的に行うことができる。一方、比較例1のイオン交換樹脂に関しては早い段階から0.02ppm以上のPbの漏洩がみられ、高流速での水処理には不適であることがわかる。
【符号の説明】
【0052】
1・・・イオン交換フィルター
2・・・空洞部
3・・・フィルターハウジング
4・・・ゴムパッキン
5・・・処理液の流れ