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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-21
(45)【発行日】2024-03-01
(54)【発明の名称】負熱膨張材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/495 20060101AFI20240222BHJP
   C04B 35/626 20060101ALI20240222BHJP
   C01G 31/00 20060101ALI20240222BHJP
   C01G 45/12 20060101ALI20240222BHJP
   C01B 33/20 20060101ALI20240222BHJP
【FI】
C04B35/495
C04B35/626 550
C01G31/00
C01G45/12
C01B33/20
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020556623
(86)(22)【出願日】2019-08-29
(86)【国際出願番号】 JP2019033963
(87)【国際公開番号】W WO2020095518
(87)【国際公開日】2020-05-14
【審査請求日】2022-08-26
(31)【優先権主張番号】P 2018211619
(32)【優先日】2018-11-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】竹中 康司
(72)【発明者】
【氏名】岡本 佳比古
(72)【発明者】
【氏名】三田村 昌哉
(72)【発明者】
【氏名】片山 尚幸
(72)【発明者】
【氏名】横山 泰範
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 みく
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第105648248(CN,A)
【文献】CHATTOPADHYAY, Bidisa et al.,Magnetic ordering induced ferroelectricity in α-Cu2V2O7 studied through non-magnetic Zn doping,JOURNAL OF APPLIED PHYSICS,2017年,Vol.121,pp.094103-1~094103-7
【文献】LIU, Huilian et al.,Properties of Cu and V co-doped ZnO nanoparticles annealed in different atmospheres,Superlattices and Microstructures,2012年,Vol.52,pp.1171-1177
【文献】B. V. Slobodin, et al.,Inorganic Materials,2010年,Vol. 46, No. 2,pp. 196-200
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/495
C04B 35/626
C01G 31/00
C01G 45/12
C01B 33/20
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)Cu2-x(RはZn、Ga、Fe、Sn、Mnから選ばれる少なくとも1種の元素、0<x≦1)で表される化合物の原料と有機酸又は硝酸とを含む水溶液を準備する工程と、
準備された水溶液から負熱膨張材料の粉末を生成する工程と、
を含む負熱膨張材料の製造方法。
【請求項2】
一般式(2)Cu2-x2-y(RはZn、Ga、Fe、Sn、Mnから選ばれる少なくとも1種の元素、MはMg、Si、Al、Ti、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Snから選ばれる少なくとも1種の元素、0<x≦1、0<y≦0.5)で表される化合物の原料と有機酸又は硝酸とを含む水溶液を準備する工程と、
準備された水溶液から負熱膨張材料の粉末を生成する工程と、
を含む負熱膨張材料の製造方法。
【請求項3】
前記負熱膨張材料の粉末を生成する工程は、前記水溶液を用いてスプレードライ法により造粒し、有機酸塩又は硝酸塩の粉末を生成する工程を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【請求項4】
前記負熱膨張材料の粉末を生成する工程は、前記水溶液を用いてフリーズドライ法により造粒し、有機酸塩又は硝酸塩の粉末を生成する工程を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【請求項5】
前記負熱膨張材料の粉末を生成する工程は、
前記有機酸塩又は硝酸塩の粉末を加熱し、有機酸又は硝酸を分解する工程と、
有機酸又は硝酸が分解された前記粉末を焼成して酸化物焼結体を生成する工程と、
を含むことを特徴とする請求項3または4に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【請求項6】
前記負熱膨張材料の粉末を生成する工程は、前記水溶液にポリエチレングリコールを加えてゲルを生成する工程を含む請求項1乃至5のいずれか1項に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【請求項7】
前記負熱膨張材料の粉末を生成する工程は、
前記ゲルを加熱し、有機酸又は硝酸を分解する工程と、
前記ゲルの有機酸又は硝酸が分解されて生成された粉末を焼成して酸化物焼成体を生成する工程と、
を含むことを特徴とする請求項6に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【請求項8】
前記有機酸は、クエン酸又は酢酸であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【請求項9】
前記RはZnであることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【請求項10】
前記一般式(1)におけるxは、0.15~1であることを特徴とする請求項に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【請求項11】
前記MはSiまたはMnであることを特徴とする請求項2に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【請求項12】
前記一般式(2)におけるyは、0.05~0.5であることを特徴とする請求項11に記載の負熱膨張材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本出願は、2018年11月9日に出願された日本国特許出願2018-211619号に基づくものであって、その優先権の利益を主張するものであり、その特許出願の全ての内容が、参照により本明細書に組み込まれる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、負熱膨張材料に関する。
【背景技術】
【0003】
一般的に、物質は温度上昇に伴って熱膨張することが知られている。しかしながら、近年における産業技術の高度な発達は、固体材料の宿命とも言える熱膨張すら制御することを求める。長さ変化率にして10ppm(10-5)程度の、一般的な感覚からすればわずかな変化でも、ナノメートルレベルの高精度が求められる半導体デバイス製造や、部品のわずかな歪が機能に大きな影響を与える精密機器などの分野では大きな問題である。また、複数の素材を組み合わせたデバイスでは、構成素材それぞれの熱膨張の違いから、界面剥離や断線といった他の問題も生じることがある。
【0004】
一方、温度上昇に伴って格子体積が減少する(負の熱膨張率を持った)負熱膨張材料も知られている。例えば、負の熱膨張率を有するα-Cuと正の熱膨張率を有するAlとを混合することで熱膨張を抑制する複合材料が知られている(非特許文献1)。また、CuのCuの一部をZnで置換したβ-Cu1.8Zn0.2ではさらに大きな負の熱膨張率を有することが知られる(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】N. Zhang et al.、「Tailored thermal expansion and electrical properties of α-Cu2V2O7/Al」、Ceramics International、2016、42、p.17004-17008
【文献】N. Katayama et al.、「Microstructural effects on negative thermal expansion extending over a wide temperature range in β-Cu1.8Zn0.2V2O7」、Applied Physics Letters、2018、113、Article No. 181902
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
α-Cuは、線膨張係数にして-5~-6ppm/℃の負熱膨張を、室温から200℃の温度域で発現することが知られている。しかしながら、α-Cuの線膨張係数の大きさや負熱膨張を示す温度範囲については改善の余地がある。また、β-Cu1.8Zn0.2では線膨張係数にして-14.4ppm/℃の負熱膨張を、-173℃から427℃の広い温度域で発現することが知られている。一方で、負熱膨張材料の利用を促進するためには、負の線膨張係数の大きさだけでなく、その形状や製造にかかるコストも重要である。とりわけ、粒径が小さく揃った負熱膨張材料粉末は、射出成形を行う樹脂材料はじめ、他の材料との複合化や微小部材への適用が可能となるため、利用価値が極めて高い。
【0007】
特に前述のβ-Cu1.8Zn0.2の負熱膨張は、セラミック粒子特有の材料組織効果に由来すると考えられており、単に粉砕してしまえば、負熱膨張を発現する組織が壊れてしまう。そのため、負熱膨張を示す微粒子を製造するのは容易ではなく、その方法については先に挙げた先行文献でも検討されていない。
【0008】
本開示はこうした状況に鑑みてなされており、その目的とするところの一つは、負熱膨張材料の新たな製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の負熱膨張材料の製造方法は、一般式(1)Cu2-x(RはZn、Ga、Fe、Sn、Mnから選ばれる少なくとも1種の元素)で表される化合物の原料と有機酸とを含む水溶液を準備する工程を含む。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、コスト低減に寄与しうる新たな負熱膨張材料の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】Znを含まないCuおよびZnを含むCu1.8Zn0.2のX線回折パターンを示す図である。
図2】α-Cu及びβ-Cu1.8Zn0.2の熱膨張特性を示す図である。
図3】固相反応法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す図である。
図4】各種方法/条件で製造したβ-Cu1.8Zn0.2で表される酸化物焼結体の熱膨張特性を示す図である。
図5】スプレードライ法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す図である。
図6】ゾルゲル法を用いて製造したα-Cuの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す図である。
図7】ゾルゲル法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す図である。
図8図8(a)は、実施例3に係る負熱膨張材料の粒径と体積頻度との関係を示す図、図8(b)は、実施例4に係る負熱膨張材料の粒径と体積頻度との関係を示す図、図8(c)は、実施例1に係る負熱膨張材料の粒径と体積頻度との関係を示す図である。
図9図9は、実施例3、実施例4および実施例1に係る負熱膨張材料のX線回折パターンを示す図である。
図10図10(a)は、SEM写真における結晶粒を模式的に示した図、図10(b)は、結晶粒の内部構造を示す図、図10(c)は、負熱膨張の発現メカニズムを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、負熱膨張が発現する物質の候補として、Cu系に注目した。結晶構造が直方晶のα-Cuは、強誘電と弱常磁性が共存するマルチフェロイック物質として関心が持たれているが、室温を含むそれより高温側の比較的広い温度域で、誘電不安定性に起因すると思われる、結晶格子の異方的な熱変形が見られる。この結果、広い温度範囲で温度の上昇に伴いユニットセル体積が収縮する負熱膨張が出現する。
【0013】
Cuは様々な元素で置換することにより、直方晶のα相の他、単斜相のβ相、三斜晶のγ相をとりうる。そこで、本発明者らは、CuサイトやVサイトの一部を他の元素で置換した場合に、従来のα-Cu系では実現し得ない負熱膨張特性を発現することを見出し、以下に例示する負熱膨張材料およびその製造方法を考案した。
【0014】
上記課題を解決するために、本開示のある態様は、一般式(1)Cu2-x(RはZn、Ga、Fe、Sn、Mnから選ばれる少なくとも1種の元素、0≦x<2)で表される化合物の原料と有機酸とを含む水溶液を準備する工程を含む負熱膨張材料の製造方法である。
【0015】
この態様によると、CuがRで置換されていないα-Cuの線膨張係数よりも絶対値の大きな負の線膨張係数を有する負熱膨張材料を、低温で扱いが容易な水溶液という形態を利用することで、比較的安価に製造できる。
【0016】
また、本開示の他の態様は、一般式(2)Cu2-x2-y(RはZn、Ga、Fe、Sn、Mnから選ばれる少なくとも1種の元素、MはMg、Si、Al、Ti、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Snから選ばれる少なくとも1種の元素、0≦x<2、0<y<2)で表される化合物の原料と有機酸とを含む水溶液を準備する工程を含む負熱膨張材料の製造方法である。
【0017】
この態様によると、CuがRで置換されていない、また、VがMで置換されていないα-Cuの線膨張係数よりも絶対値の大きな負の線膨張係数を有する負熱膨張材料を、低温で扱いが容易な水溶液という形態を利用することで、比較的安価に製造できる。
【0018】
上述の製造方法は、水溶液を用いてスプレードライ法により造粒し、有機酸塩の粉末を生成する工程を含んでもよい。また、上述の製造方法は、水溶液を用いてフリーズドライ法により造粒し、有機酸塩の粉末を生成する工程を含んでもよい。これにより、高温での造粒や粉砕といった過大なエネルギーや高価な装置を必要とせずに有機酸塩の粉末を製造できる。
【0019】
上述の製造方法は、有機酸塩の粉末を加熱し、有機酸を分解する工程と、有機酸が分解された粉末を焼成して酸化物焼結体を生成する工程と、を含んでもよい。これにより、比較的低エネルギーで所望の形状の酸化物焼結体を生成できる。
【0020】
上述の製造方法は、水溶液にポリエチレングリコールを加えてゲルを生成する工程を含んでもよい。これにより、より微細な結晶粒の生成が可能となる。
【0021】
上述の製造方法は、ゲルを加熱し、有機酸を分解する工程と、ゲルの有機酸が分解されて生成された粉末を焼成して酸化物焼成体を生成する工程と、を含んでもよい。これにより、比較的低エネルギーで所望の形状の酸化物焼結体を生成できる。
【0022】
有機酸は、クエン酸または酢酸であってもよい。また、水溶液として化合物の原料が分散しやすい有機酸であれば、硝酸などの他の物質であってもよい。
【0023】
RはZnであってもよい。また、MはSiまたはMnであってもよい。これにより、室温で安定したβ相(単斜相)の結晶構造が得られる。
【0024】
一般式(1)におけるxは、0.15~1であってもよい。好ましくは、xは0.15~0.5、より好ましくは0.15~0.3であってもよい。これにより、CuがRで置換されていないα-Cuの線膨張係数よりも絶対値の大きな線膨張係数を実現できる。
【0025】
また、一般式(2)におけるyは、0.05~0.5であってもよい。好ましくは、yは0.07~0.3、より好ましくは0.08~0.2であってもよい。これにより、VがMで置換されていないα-Cuの線膨張係数よりも絶対値の大きな線膨張係数を実現できる。
【0026】
酸化物焼結体は、単斜晶のβ相であってもよい。
【0027】
上述の方法で製造された負熱膨張材料は、300~500Kの温度範囲において線膨張係数が-7ppm/K以下であってもよい。
【0028】
以下、図面等を参照しながら、本開示を実施するための形態について詳細に説明する。
【0029】
[参考例1]
参考例1では、固相反応法を用いてα-Cu及びβ-Cu1.8Zn0.2の多結晶焼結体(セラミックス)試料を作製した。具体的には、化学量論比で秤量したCuO、ZnO及びVの粉末を乳鉢で混合し、温度873~953Kの大気中で10時間加熱した。得られた粉末を、スパークプラズマ焼結(SPS)炉(SPSシンテックス株式会社製)を用いて焼結し、酸化物焼結体を得た。焼結は、真空(<10-1Pa)下、グラファイトダイを用いて723Kで5分間行った。
【0030】
その後、それぞれの試料を粉末X線回折(XRD)法(測定温度295K、CuKαの特性X線:波長λ=0.15418nm)および放射光温度変化X線回折法(波長λ=0.06521nm)を用いて結晶構造を評価した。図1は、Znを含まないCuおよびZnを含むCu1.8Zn0.2のX線回折パターンを示す図である。
【0031】
図1に示すように、ZnでCuが置換されてないCuは結晶構造がα相(直方晶)であり、ZnでCuの一部が置換されているCu1.8Zn0.2は結晶構造がβ相(単斜晶)である。このように、Cuの一部の元素を他の元素で置換することで、Cuの組成では高温(977K以上)でなければ安定して存在しないβ相が、室温で安定して存在できる。
【0032】
図2は、α-Cu及びβ-Cu1.8Zn0.2の熱膨張特性を示す図である。縦軸は100Kの体積Vを基準とした体積変化ΔV/Vである。体積変化は、レーザー熱膨張系(LIX-2:株式会社アルバック製)を用いて算出した線膨張係数αを用いて算出している(測定温度範囲100~700K)。表1に、α-Cu及びβ-Cu1.8Zn0.2のそれぞれの結晶構造、体膨張係数β、負熱膨張の発現範囲ΔT(K)、体積変化総量ΔV/V(%)の各値を記載した。
【0033】
【表1】
【0034】
表1に示すように、β-Cu1.8Zn0.2は、体膨張係数β(=3α)の絶対値がα-Cuの体膨張係数の絶対値の2.5倍以上である。また、β-Cu1.8Zn0.2の体積変化総量ΔV/Vは2.6%であり、α-Cuの体積変化総量の3倍以上であり、大きな負熱膨張を示す材料であることがわかる。また、α-Cuでは、600Kを超えたあたりから線膨張係数の絶対値が減少し始めているが、β-Cu1.8Zn0.2では、700Kに至っても線膨張係数はほぼ一定である。
【0035】
図3は、固相反応法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す図である。図4は、各種方法/条件で製造したβ-Cu1.8Zn0.2で表される酸化物焼結体の熱膨張特性を示す図である。
【0036】
図3に示すように、参考例1に係るβ-Cu1.8Zn0.2は、大きさが8~20μm程度の結晶粒が凝集した負熱膨張材料である。また、固相反応法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2からなる負熱膨張材料は、図4のラインL1に示すように、100~500Kの温度範囲において線膨張係数が-14.4ppm/K程度である。
【0037】
[実施例1]
実施例1では、スプレードライ法を用いてβ-Cu1.8Zn0.2の多結晶焼結体(セラミックス)試料を作製した。具体的には、化学量論比で秤量したCuO、ZnO及びV(いずれも純度99.9%)の粉末を乳鉢で混合し、温度943Kの大気中で10時間焼成した。得られた粉末を、乳鉢ですりつぶし、クエン酸とともに純水に溶かす。その際、試料粉末1gに対して無水クエン酸3g、純水約100mlを加え、試料粉末が全て溶けるまでマグネティックスターラーを用いて撹拌する。なお、Vに加えてまたは代わりにVを用いてもよい。
【0038】
その後、得られた水溶液をスプレードライヤーにより乾燥、造粒し、クエン酸塩の粉末を得る。この粉末をアルミナルツボに入れ、大気中で673K、5時間加熱してクエン酸を分解する。得られたものを乳鉢でよく砕き、ペレット状に成型し、アルミナルツボに入れ、電気炉を用いて853~943Kの大気中で、2~10時間焼成する。
【0039】
図5は、スプレードライ法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す図である。図5に示すように、実施例1に係るβ-Cu1.8Zn0.2は、大きさが3~5μm程度の結晶粒が凝集した負熱膨張材料である(なお、後述するように、レーザー回折/散乱式粒径分布評価法を用いた正確な粒径分布によれば、体積頻度中心粒径は2.7μmである。)。また、スプレードライ法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2からなる負熱膨張材料は、図4のラインL2(焼成条件893K/5h)、ラインL3(焼成条件853K/4h)、ラインL4(焼成条件893K/2h)に示すように、300~500Kの温度範囲において線膨張係数が-7~-14ppm/K程度である。
【0040】
このように、スプレードライ法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2は、焼成条件を最適化することで、固相反応法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2と同等の大きな線膨張係数を得ることができ、また、少なくとも従来知られているα-Cuと同等以上の線膨張係数を得ることができる。
【0041】
前述のように、実施例1に係る負熱膨張材料の製造方法は、一般式(1)Cu2-xZnで表される化合物の原料と有機酸とを含む水溶液を準備する工程を含む。この製造方法によると、CuがZnで置換されていないα-Cuの線膨張係数よりも絶対値の大きな負の線膨張係数を有する負熱膨張材料を、低温で扱いが容易な水溶液という形態を利用することで、比較的安価に製造できる。
【0042】
また、前述の製造方法は、水溶液を用いてスプレードライ法により乾燥、造粒し、有機酸塩の粉末を生成する工程を含んでいる。これにより、高温での造粒や粉砕といった過大なエネルギーや高価な装置を必要とせずに有機酸塩の粉末を製造できる。
【0043】
また、前述の製造方法は、有機酸塩の粉末を加熱し、有機酸を分解する工程と、有機酸が分解された粉末を焼成して酸化物焼結体を生成する工程と、を含んでいる。これにより、比較的低エネルギーで所望の形状の酸化物焼結体を生成できる。
【0044】
また、Cu2-xZnの置換元素Znの置換量xは0.15~1の場合であれば、少なくとも100~500Kの温度範囲でα-Cuよりも大きな負熱膨張が見られる。また、一般式Cu2-xで表される化合物におけるRの置換元素としては、Zn以外に、GaやFe、Sn、Mnが好適であり、Cu2-xZnと同等の線膨張係数が得られると考えられる。また、置換元素であるZn、Ga、Fe、Sn、Mnは、Cuサイトだけでなく、Vサイトに置換されることもある。
【0045】
[参考例2]
参考例2では、ゾルゲル法を用いてα-Cuの多結晶焼結体(セラミックス)試料を作製した。具体的には、Cu(NO3HOを純水に溶かし、Vをクエン酸に溶かし、これら二つの溶液を混合して室温で2h撹拌する。撹拌された混合液とポリエチレングリコール(重合度500000)とを、質量比95:5の割合でビーカーに加え、ビーカーの周囲を80℃の水に浸しながら溶かす(1.5h)。そして、ポリエチレングリコールが全て溶けたらビーカーの周囲を氷水に浸して急冷しゲルを生成する。なお、Vに加えてまたは代わりにVを用いてもよい。
【0046】
その後、生成されたゲルを電気炉に入れ、393K(120℃)まで昇温後、その温度で3h保持し乾燥させ、更に673K(400℃)まで昇温後、その温度で5h保持しクエン酸をとばし、粉末を得る。
【0047】
次に、得られた粉末を電気炉から取り出し、メノウ乳鉢と乳棒で30分程度混合した。混合した粉末をペレット状に成形し、アルミナ製のルツボに入れて873~923K(600~650℃)で5h焼結した。
【0048】
図6は、ゾルゲル法を用いて製造したα-Cuの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す図である。図6に示すように、参考例2に係るα-Cuは、大きさが2~3μm程度の結晶粒が凝集した負熱膨張材料である。
【0049】
[実施例2]
実施例2では、参考例2と同様のゾルゲル法を用いてβ-Cu1.8Zn0.2の多結晶焼結体(セラミックス)試料を作製した。なお、参考例2と比較した場合、実施例2では、原料として亜鉛を含む化合物(例えばZnO)を用いている点が主な相違点である。したがって具体的な製造方法は、参考例1に記載の通りであり、具体的な説明は省略する。
【0050】
図7は、ゾルゲル法を用いて製造したβ-Cu1.8Zn0.2の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す図である。図7に示すように、参考例2に係るα-Cuは、大きさが2~3μm程度の結晶粒が凝集した負熱膨張材料である。
【0051】
ゾルゲル法を用いた製造方法は、水溶液にポリエチレングリコールを加えてゲルを生成する工程を含んでいる。これにより、スプレードライ法で製造するよりも微細な結晶粒の生成が可能となる。
【0052】
[実施例3]
実施例3では、スプレードライ法を用いてβ-Cu1.8Zn0.21.9Si0.1の多結晶焼結体(セラミックス)試料を作製した。具体的には、化学量論比で秤量したCuO、ZnO、SiO及びV(いずれも純度99.9%)の粉末を乳鉢で混合し、温度943Kの大気中で10時間焼成した。得られた粉末を、乳鉢ですりつぶし、クエン酸とともに純水に溶かす。その際、試料粉末1gに対して無水クエン酸3g、純水約100mlを加え、試料粉末が全て溶けるまでマグネティックスターラーを用いて撹拌する。なお、Vに加えてまたは代わりにVを用いてもよい。また、SiOに加えてまたは代わりに純度がほぼ100%に近いSiを用いてもよい。なお、その後、実施例1と同様の方法で負熱膨張材料を製造した。
【0053】
[実施例4]
実施例4では、スプレードライ法を用いてβ-Cu1.8Zn0.21.9Mn0.1の多結晶焼結体(セラミックス)試料を作製した。具体的には、化学量論比で秤量したCuO、ZnO、Mn及びV(いずれも純度99.9%)の粉末を乳鉢で混合し、温度943Kの大気中で10時間焼成した。得られた粉末を、乳鉢ですりつぶし、クエン酸とともに純水に溶かす。その際、試料粉末1gに対して無水クエン酸3g、純水約100mlを加え、試料粉末が全て溶けるまでマグネティックスターラーを用いて撹拌する。なお、Vに加えてまたは代わりにVを用いてもよい。また、Mnに加えてまたは代わりに純度がほぼ100%に近いMnやMnOを用いてもよい。その後、実施例1と同様の方法で負熱膨張材料を製造した。
【0054】
(負熱膨張材料における結晶粒)
次に、実施例に係る負熱膨張材料を構成する結晶粒の大きさについて説明する。なお、粒度分布の測定は、レーザー回折/散乱式粒径分布評価法によって行った。
【0055】
図8(a)は、実施例3に係る負熱膨張材料の粒径と体積頻度との関係を示す図、図8(b)は、実施例4に係る負熱膨張材料の粒径と体積頻度との関係を示す図、図8(c)は、実施例1に係る負熱膨張材料の粒径と体積頻度との関係を示す図である。図9は、実施例3、実施例4および実施例1に係る負熱膨張材料のX線回折パターンを示す図である。図9に示すように、実施例3および実施例4に係る負熱膨張材料は、実施例1に係る負熱膨張材料と同様に、単斜晶のβ相であることがわかる。
【0056】
また、図8(a)に示すように、実施例3に係るβ-Cu1.8Zn0.21.9Si0.1は、体積頻度中心粒径が4.0μm程度の多数の結晶粒が凝集した負熱膨張材料である。また、図8(b)に示すように、実施例4に係るβ-Cu1.8Zn0.21.9Mn0.1は、体積頻度中心粒径が4.1μm程度の多数の結晶粒が凝集した負熱膨張材料である。また、図8(c)に示すように、実施例1に係るβ-Cu1.8Zn0.2は、体積頻度中心粒径が2.7μm程度の多数の結晶粒が凝集した負熱膨張材料である。
【0057】
また、前述の製造方法は、ゲルを加熱し、有機酸を分解する工程と、ゲルの有機酸が分解されて生成された粉末を焼成して酸化物焼成体を生成する工程と、を含んでいる。これにより、比較的低エネルギーで所望の形状の酸化物焼結体を生成できる。
【0058】
なお、各実施例で用いられる有機酸は、クエン酸以外に酢酸であってもよい。また、水溶液として化合物の原料が分散しやすい有機酸であれば、硝酸などの他の物質であってもよい。
【0059】
次に、前述の各SEM写真に写っている結晶粒の構造について更に詳述する。図10(a)は、SEM写真における結晶粒を模式的に示した図、図10(b)は、結晶粒の内部構造を示す図、図10(c)は、負熱膨張の発現メカニズムを説明するための図である。
【0060】
図10(a)に示すように、酸化物多結晶焼結体は、径が数μmから数十μmの複数の粒塊が重なり合い固まったものである。また、図10(b)に示すように、粒塊は、複数の結晶粒CGが凝集したものであり、各結晶粒CGの間に空隙ASが形成されている。
【0061】
また、図10(c)に示すように、結晶の負熱膨張は必ずしも等方的に大きさが変化するわけではない。例えば、β-Cu1.8Zn0.2の場合、低温TLから高温TH(>TL)に温度が上昇すると、結晶の単位格子のa軸とc軸の方向に縮むが、b軸の方向に延びる。そのため、仮にb軸の方向に空隙がある場合、空隙で結晶のb軸方向の延びが吸収されるため、焼結体全体としては負熱膨張が大きくなると考えられる。
【0062】
上述のように、本開示の実施の形態に係る製造方法で製造された負熱膨張材料は、100~500K程度までの広い温度範囲で、温度変化に対して線膨張係数がほぼ一定であり、材料機能設計が容易である。また、主にCu、Zn、Vといった安価な元素で構成されていること、酸化物で合成温度も低く、製造が容易であること、微粒子が得られること、などの工業的メリットがある。また、本実施の形態に係るスプレードライ法やゾルゲル法といった製造方法は、粉砕法と異なるものであり、負熱膨張を発現する組織を壊すことなく所望の形態の負熱膨張材料を製造できる新たな方法である。
【0063】
以上、本開示を実施の形態をもとに説明した。この実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本開示の一般式(1)Cu2-x(RはZn、Ga、Fe、Sn、Mnから選ばれる少なくとも1種の元素、0≦x<2)で表される酸化物焼結体、および、一般式(2)Cu2-x2-y(RはZn、Ga、Fe、Sn、Mnから選ばれる少なくとも1種の元素、MはMg、Si、Al、Ti、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Snから選ばれる少なくとも1種の元素、0≦x<2、0<y<2)で表される酸化物焼結体は、通常材料が示す熱膨張を相殺して抑制する熱膨張抑制剤として利用することができる。更に、特定の温度範囲においては、正にも負にも膨張しない、ゼロ熱膨張材料をも作製できる。
【0065】
具体的には、温度による形状や寸法の変化を嫌う精密光学部品や機械部品、プロセス機器・工具、ファイバーグレーティングの温度補償材、プリント回路基板、電子部品の封止材、熱スイッチ、冷凍機部品、人工衛星部品などに利用することができる。特に、正の熱膨張率の大きな樹脂のマトリックス相に負熱膨張材料が分散された複合材料とすることで、樹脂材料においても熱膨張を抑制、制御することが可能となるため、様々な用途での利用が可能となる。また、粒径が小さいことにより、マイクロメートルレベルの局所領域の熱膨張制御も可能となり、例えば、電子デバイス内部の熱膨張制御にも利用できる。このように、粒径が小さな負熱膨張材料は、広範な産業利用が可能となる。
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