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特許7442165基材上に保持された乾燥血液を用いたヒトのCYP3A酵素活性の評価方法
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  • 特許-基材上に保持された乾燥血液を用いたヒトのCYP3A酵素活性の評価方法 図1A
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-22
(45)【発行日】2024-03-04
(54)【発明の名称】基材上に保持された乾燥血液を用いたヒトのCYP3A酵素活性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/26 20060101AFI20240226BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20240226BHJP
【FI】
C12Q1/26
G01N33/68
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019149157
(22)【出願日】2019-08-15
(65)【公開番号】P2021029112
(43)【公開日】2021-03-01
【審査請求日】2022-07-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)公開1 ▲1▼発行日:平成31年(2019年)1月11日 ▲2▼刊行物:東京薬科大学大学院薬学研究科 博士論文発表会(開催場所:学校法人東京薬科大学 1103教室、開催日時:平成31年2月6日)の要旨集 ▲3▼公開者:平野良平 ▲4▼公開された発明の内容:平野良平が、東京薬科大学大学院薬学研究科 博士論文発表会の要旨集にて、柴崎浩美、平野良平、古田隆、及び横川彰朋が発明した、基材上に保持された乾燥血液を用いたヒトのCYP3A酵素活性の評価方法に関する研究の一部を公開した。(2)公開2 ▲1▼開催日:平成31年(2019年)2月6日 ▲2▼集会名、開催場所:東京薬科大学大学院薬学研究科 博士論文発表会、学校法人東京薬科大学 1103教室 ▲3▼公開者:平野良平 ▲4▼公開された発明の内容:平野良平が、東京薬科大学大学院薬学研究科 博士論文発表会にて、柴崎浩美、平野良平、古田隆、及び横川彰朋が発明した、基材上に保持された乾燥血液を用いたヒトのCYP3A酵素活性の評価方法に関する研究の一部を公開した。
(73)【特許権者】
【識別番号】592068200
【氏名又は名称】学校法人東京薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100151448
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 孝博
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100203035
【弁理士】
【氏名又は名称】五味渕 琢也
(74)【代理人】
【識別番号】100185959
【弁理士】
【氏名又は名称】今藤 敏和
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【弁理士】
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】柴崎 浩美
(72)【発明者】
【氏名】平野 良平
(72)【発明者】
【氏名】古田 隆
(72)【発明者】
【氏名】横川 彰朋
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/199702(WO,A1)
【文献】特開2007-024822(JP,A)
【文献】特開平11-326318(JP,A)
【文献】'17-ヒドロキシプロゲステロンキット 17-OHP D-ELISA '栄研' II', 栄研化学株式会社, 2012年7月
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に保持された乾燥血液を用いた、ヒトのCYP3A酵素活性の評価方法であって、
・前記基材から血液試料を分離する工程と、
・分離した血液試料中に含まれるCYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を抽出する工程と、
・前記血液中の、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物の濃度を、LC-MS/MSを用いて定量する工程と、
・前記基質と前記生成物との濃度比を算出する工程と
を含み、
前記基材から血液試料を分離する工程が、第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することを含み、
前記CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を抽出する工程が、第2の溶媒を用いて前記基質および前記生成物を抽出することを含み、
前記CYP3A酵素反応に関与する基質が内因性ステロイドであり、前記CYP3A酵素反応の生成物が当該内因性ステロイドの6β-水酸化代謝物であり、
前記CYP3A酵素反応に関与する基質と前記CYP3A酵素反応の生成物との濃度比をCYP3A酵素活性の指標とする、評価方法。
【請求項2】
前記CYP3A酵素反応に関与する基質がコルチゾールであり、前記CYP3A酵素反応の生成物が6β-ヒドロキシコルチゾールであるか、または
前記CYP3A酵素反応に関与する基質がコルチゾンであり、前記CYP3A酵素反応の生成物が6β-ヒドロキシコルチゾンである、請求項に記載の評価方法。
【請求項3】
血液を基材上で乾燥させて乾燥血液を得る工程を更に含む、請求項1または2に記載の評価方法。
【請求項4】
前記第1の溶媒と前記第2の溶媒とが異なる、請求項1~3のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項5】
前記第2の溶媒が、酢酸エチルである、請求項1~4のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項6】
前記基材が、ろ紙であり、
前記乾燥血液が、乾燥ろ紙血である、請求項1~のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項7】
前記基材から血液試料を分離する工程が、前記乾燥血液と前記基材とを一緒に細分化して細分化試料を得て、当該細分化試料から第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することを含む、請求項のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項8】
前記第1の溶媒が、メタノール、エタノールおよび蒸留水から選択される1以上である、請求項1~7のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項9】
前記基材が、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物の安定同位体標識体を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項10】
前記第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することが、
乾燥血液にメタノールを添加して溶出液を得て、当該溶出液を蒸発乾固し、蒸発乾固後の残渣を蒸留水で溶解して水溶液を得ることを含み、
前記第2の溶媒を用いて前記基質および前記生成物を抽出することが、
前記水溶液から酢酸エチルによって抽出することを含むか、
または
前記第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することが、
乾燥血液にエタノールを添加して溶出液を得て、当該溶出液を蒸発乾固し、蒸発乾固後の残渣を蒸留水で溶解して水溶液を得ることを含み、
前記第2の溶媒を用いて前記基質および前記生成物を抽出することが、
前記水溶液から酢酸エチルによって抽出することを含むか、
または
前記第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することが、
乾燥血液に蒸留水を添加して溶出液を得ることを含み、
前記第2の溶媒を用いて前記基質および前記生成物を抽出することが、
前記溶出液から酢酸エチルによって抽出することを含む、
請求項のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項11】
前記乾燥血液は、60μL以下の血液を乾燥したものである、請求項1~10のいずれかに記載の評価方法。
【請求項12】
・基材と、
・穿刺器具と
を含む、請求項1~11のいずれか1項に記載の評価方法に使用するためのキット。
【請求項13】
前記基材に、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物の安定同位体標識体が付与されている、請求項12に記載のキット。
【請求項14】
溶媒を更に含む、請求項12または13に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材上に保持された乾燥血液を用いたヒトのCYP3A酵素活性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療におけるテーラーメイド薬物治療の重要性が指摘されており、薬物代謝酵素やトランスポーターの遺伝子多型から薬物動態を予測し、安全で有効な薬物療法を患者一人ひとりに提供する試みがなされている。例えば、薬物の投与に先立ち、薬物代謝酵素の活性を評価することは、安全で有効な個別化医療を実施する上で有用である。
【0003】
現在使用されている薬物の半数以上の代謝に関与する重要な薬物代謝酵素として、シトクロムP450 3A(以下、「CYP3A」とも称する。)が挙げられる。本酵素の関与する薬物動態には5~20倍の個人差があると言われており、抗がん剤などの薬物動態を予測するマーカーとしての有用性が検討されている。しかし、ヒトCYP3Aの関与する薬物代謝能は、遺伝子多型診断(ジェノタイピング)によっては予測できず、各患者の酵素活性を評価する方法(フェノタイピング(以下、「フェノタイプ検査法」とも称する。))として、テスト薬物を投与し、全身クリアランスや尿中排泄量等を指標として用いる手法が検討されている。
【0004】
CYP3Aの酵素活性を評価する方法として、ミダゾラムをテスト薬物として投与した後の全身クリアランスがゴールドスタンダードとして用いられている(非特許文献1)。本手法では、クリアランスを算出するために複数回の採血が必要であり、対象および医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師等の医療従事者への負担が大きい場合がある。
【0005】
1回のみの採血に基づく方法として、キニジンやキニーネなどをテスト薬物として投与し、CYP3Aによる代謝物と親化合物との血中濃度比を算出する方法があるが、疾患ないし障害の治療に関係のないテスト薬物を投与することは、当該薬物の薬理作用を避けることができないため、一般的に望ましくない(非特許文献2および3)。
【0006】
内因性物質を用いる方法として、CYP3Aによるコレステロールの代謝物である4β-ヒドロキシコレステロールの血中濃度を用いる方法(非特許文献4および5)や、コルチゾールがCYP3Aにより6β-ヒドロキシコルチゾール(以下、「6β-OHF」と称する。)へ代謝されることを利用した6β-OHF/コルチゾールの尿中濃度比を用いる方法もある(非特許文献6)。しかしながら、これらの方法の活性評価法は、正確性の点で更なる改善の余地があった。また、内因性4β-ヒドロキシコレステロールの血中濃度を指標とする活性評価法は、テスト薬物を使用しない方法であるが、消失半減期が17時間と長いため、急激な活性変動をリアルタイムで捉えることができない(非特許文献7)。
【0007】
本発明者らは、CYP3Aによる内因性コルチゾールの部分代謝クリアランス (CLm(6β))を指標としたCYP3A活性評価法を開発した (特許文献1、非特許文献8~10)。CLm(6β) は、2時間蓄尿した尿中の6β-OHF排泄量を、同時間帯における1~2回の採血から得られるコルチゾールの AUC(血中濃度-時間曲線下面積)で除して求められる。算出されたCLm(6β)に基づき、リファンピシンによる酵素誘導やクラリスロマイシンによる酵素阻害を正確に把握できることを確認した。また、この方法を、健常成人の個人間変動、個人内変動(日内・日間変動)、経口避妊薬服用によるCYP3A活性変動の解明に応用している(非特許文献11および12)。本方法は、低侵襲性であることに加え、より正確な活性評価が可能であるが、2時間の蓄尿と1~2点の採血とが必要となる点や、尿試料と血液試料との両方を測定しなければならないため、簡便性の点で、改善の余地があった。
【0008】
さらに、本発明者らは1回の採血で得られる血液中の6β-OHF/コルチゾール濃度比が、先述のCLm(6β)と良好な相関性を示し、CYP3A活性評価の優れた指標となることを実証した(特許文献2)。かかる6β-OHF/コルチゾール濃度比を用いる方法は、1回の採血のみから得られ、テスト薬物を投与する必要もないので、患者の負担を大きく低減したCYP3A活性評価法である。
【0009】
上述のCLm(6β)に基づく2つの方法(特許文献1および2)は、採血を含むものである。一般に、採血には注射器(シリンジ) が用いられるため、侵襲性が全くないとは言い難い。また、採取された血液は、5または10mL容量の採血管に移され、できるかぎり速やかに遠心分離が行われることが望ましい。遠心分離によって得られた上清(血漿または血清)は、-20℃以下で凍結され、血中濃度の測定直前まで冷凍庫にて保存される必要がある。
【0010】
また、先行特許出願(特許文献2)における、1点の採血のみに基づき血中6β-OHF/コルチゾール濃度比を算出する方法は、簡便かつ正確に活性評価でき、臨床における実用性は高い一方で、活性評価に用いる試料は、血漿または血清であり、採血により採取する必要があることに加えて、上記のような遠心分離や凍結保存が必要であるため、患者または被験者は、検査機関ないし医療機関に出向く必要がある。採血した血液を採血を行った機関で測定できない場合は、血漿または血清に分離した後、凍結した状態で測定可能な機関へ輸送する必要がある。また、血液中の6β-OHF濃度は1ng/mL程度と極めて低いことから、測定には、特殊な測定機器と高い測定技術が必要である。
【0011】
以上のような背景から、ヒトにおいてCYP3A酵素活性を正確に評価することができ、かつ、侵襲性および簡便性の点においてより優れた手法の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【文献】B.C. Goh, S.C. Lee, L.Z. Wang, L. Fan, J.Y. Guo, J. Lamba, E. Schuetz, R. Lim, H.L. Lim, A.B. Ong, and H.S. Lee: Explaining interindividual variability of docetaxel pharmacokinetics and pharmacodynamics in Asians through phenotyping and genotyping strategies. J. Clin. Oncol., 20, 3683-3690 (2002).
【文献】L. Bjorkhem-Bergman, T. Backstrom, H. Nylen, Y. Ronquist-Nii, E. Bredberg, TB. Andersson, L. Bertilsson, and U. Diczfalusy: Quinine compared to 4β-hydroxycholesterol and midazolam as markers for CYP3A induction by rifampicin. Drug Metab. Pharmacokinet., 29, 352-355 (2014).
【文献】P. Damkier and K. Brosen: Quinidine as a probe for CYP3A4 activity: Intrasubject variability and lack of correlation with probe-based assays for CYP1A2, CYP2C9, CYP2C19, and CYP2D6. Clin. Pharmacol. Ther., 68,199-209 (2000).
【文献】S. Kasichayanula, DW. Boulton, WL. Luo, AD. Rodrigues, Z. Yang, A. Goodenough, M. Lee, J M. emal, and F. LaCreta: Validation of 4β-hydroxycholesterol and evaluation of other endogenous biomarkers for the assessment of CYP3A activity in healthy subjects. Br. J. Clin. Pharmacol., 78, 1122-1134 (2014).
【文献】U. Diczfalusy, J. Miura, H-K. Roh, RA. Mirghani, J. Sayi, H. Larsson, G. Bodin, A. Allqvist, M. Jande, J-W. Kin, et al.: 4β-Hydroxycholesterol is a new endogenous CYP3A marker: relationship to CYP3A5 genotype, quinine 3-hydroxylation and sex in Koreans, Swedes and Tanzanians. Pharmacogenet. Genomics., 18, 201-208 (2008).
【文献】M. Hamilton, JL. Wolf, DW. Drolet, SH. Fettner, AK. Rakhit, K. Witt, and BL. Lum: The effect of rifampicin, a prototypical CYP3A4 inducer, on erlotinib pharmacokinetics in healthy subjects. Cancer Chemother. Pharmacol., 73, 613-621 (2014)
【文献】Z. Yang and AD. Rodrigues: Does the long plasma half-life of 4β-hydroxycholesterol impact its utility as a cytochrome P450 3A (CYP3A) metric? J. Clin. Pharmacol., 50:1330-1338 (2010).
【文献】T. Furuta: In vivo phenotyping for human cytochrome P450 3A activity: US Patent 6,905,839.
【文献】T. Furuta, A. Suzuki, H. Shibasaki, A. Yokokawa, and Y. Kasuya: Urinary 6β- hydroxycortisol/cortisol ratio does not reflect in vivo CYP3A activity in humans. Xenobio. Metab. Dispos., 16 (Suppl): S98-S99 (2001).
【文献】T. Furuta, A. Suzuki, C. Mori, H. Shibasaki, A. Yokokawa, and Y. Kasuya: Evidence for the validity of cortisol 6β-hydroxylation clearance as a new index for in vivo cytochrome P450 3A phenotyping in humans. Drug Metab. Dispos., 31,1283-1287 (2003).
【文献】H. Shibasaki, K. Hosoda, M. Goto, A. Suzuki, A. Yokokawa, K. Ishii, and T. Furuta: Intraindividual and interindividual variabilities in endogenous cortisol 6β-hydroxylation clearance as an index for in vivo CYP3A phenotyping in humans. Drug Metab. Dispos., 41, 475-479 (2013).
【文献】H. Shibasaki, M. Kurooiwa, S. Uchikura, S. Tsuboyama, A. Yokokawa, M. Kume, and T. Furuta: Use of endogenous cortisol 6β-hydroxylation clearance for phenotyping in vivo CYP3A activity in women after sequential administration of an oral contraceptive (OC) containing ethinylestradiol and levonorgestrel as weak CYP3A inhibitors. Steroids, 87, 137-144 (2014).
【特許文献】
【0013】
【文献】米国特許第6,905,839号明細書
【文献】国際公開第2016/199702号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、侵襲性や簡便性の点で改善された、ヒトにおけるCYP3A酵素活性の評価方法を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、基材上に保持された乾燥血液を、CYP3A酵素活性評価のための試料として用いることができることを見出した。具体的には、基材上に保持された乾燥血液を試料として用い、当該血液内におけるCYP3A酵素反応に関与する基質とCYP3A酵素反応の生成物との濃度比をCYP3A酵素活性の指標とすることができることを見出した。
【0016】
即ち、本発明は:
[1]基材上に保持された乾燥血液を用いた、ヒトのCYP3A酵素活性の評価方法であって、
前記血液中の、CYP3A酵素反応に関与する基質とCYP3A酵素反応の生成物との濃度比をCYP3A酵素活性の指標として定量する、評価方法;
[2]・前記基材から血液試料を分離する工程と、
・分離した血液試料中に含まれるCYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を抽出する工程と、
・前記CYP3A酵素反応に関与する基質および前記CYP3A酵素反応の生成物の濃度を、LC-MS/MSを用いて定量する工程と、
・前記基質と前記生成物との濃度比を算出する工程と
を含む、[1]に記載の評価方法;
[3]前記CYP3A酵素反応に関与する基質がコルチゾールであり、前記CYP3A酵素反応の生成物が6β-ヒドロキシコルチゾールであるか、または
前記CYP3A酵素反応に関与する基質がコルチゾンであり、前記CYP3A酵素反応の生成物が6β-ヒドロキシコルチゾンである、[1]または[2]に記載の評価方法;
[4]対象から血液を採取し、採取した血液を基材上で乾燥させて乾燥血液を得る工程を更に含む、[1]~[3]のいずれか1項に記載の評価方法;
[5]前記CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を抽出する工程が、第2の溶媒を用いて前記基質および前記生成物を抽出することを含む、[2]~[4]のいずれか1項に記載の評価方法;
[6]前記第2の溶媒が、酢酸エチルである、[5]に記載の評価方法;
[7]前記基材が、ろ紙であり、
前記乾燥血液が、乾燥ろ紙血である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の評価方法;
[8]前記基材から血液試料を分離する工程が、第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することを含む、[2]~[7]のいずれか1項に記載の評価方法;
[9]前記基材から血液試料を分離する工程が、前記乾燥血液と前記基材とを一緒に細分化して細分化試料を得て、当該細分化試料から第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することを含む、[2]~[8]のいずれか1項に記載の評価方法;
[10]前記第1の溶媒が、メタノール、エタノールおよび蒸留水から選択される1以上である、[9]に記載の評価方法;
[11]前記第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することが、
乾燥血液にメタノールを添加して溶出液を得て、当該溶出液を蒸発乾固し、蒸発乾固後の残渣を蒸留水で溶解して水溶液を得ることを含み、
前記第2の溶媒を用いて前記基質および前記生成物を抽出することが、
前記水溶液から酢酸エチルによって抽出することを含むか、
または
前記第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することが、
乾燥血液にエタノールを添加して溶出液を得て、当該溶出液を蒸発乾固し、蒸発乾固後の残渣を蒸留水で溶解して水溶液を得ることを含み、
前記第2の溶媒を用いて前記基質および前記生成物を抽出することが、
前記水溶液から酢酸エチルによって抽出することを含むか、
または
前記第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することが、
乾燥血液に蒸留水を添加して溶出液を得ることを含み、
前記第2の溶媒を用いて前記基質および前記生成物を抽出することが、
前記溶出液から酢酸エチルによって抽出することを含む、
[8]~[10]のいずれか1項に記載の評価方法;
[12]前記乾燥血液は、60μL以下の血液を乾燥したものである、[1]~[11]のいずれかに記載の評価方法;
[13]・基材と、
・穿刺器具と
を含む、[1]~[12]のいずれか1項に記載の評価方法に使用するためのキット;
[14]前記基材に、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物の安定同位体標識体が付与されている、[13]に記載のキット;
[15]溶媒を更に含む、[13]または[14]に記載のキット
に関する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、侵襲性や簡便性の点で改善された、ヒトにおけるCYP3A酵素活性の評価方法を目的とする。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1A図1Aは、被験者による自己採血において、ランセットを用いて、被験者が自身の手指に穿刺する様子を示す。
図1B図1Bは、被験者による自己採血において、穿刺した部分から血液をろ紙へと滴下する様子を示す。
図2図2は、所定の場所に血液が滴下されたろ紙の例を示す。
図3図3は、健常成人より得られた乾燥ろ紙血を用いたLC-MS/MSによる測定結果を示す。
図4図4は、注射器(シリンジ)による1点の採血を試料として得られた血漿中6β-OHF/コルチゾール濃度比と、本発明の一実施形態に従う乾燥ろ紙血を試料として得られた血中6β-OHF/コルチゾール濃度比との相関を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明についてより詳細に説明する。
【0020】
本発明の第1の側面は、基材上に保持された乾燥血液を用いた、ヒトのCYP3A酵素活性の評価方法に関する。より具体的には、当該評価方法は、基材上に保持された乾燥血液を用いて、当該血液中の、CYP3A酵素反応に関与する基質とCYP3A酵素反応の生成物との濃度比をCYP3A酵素活性の指標として定量するものである。
【0021】
本発明に関連して、「CYP3A酵素活性の評価方法」には、「CYP3A酵素活性の検査方法」、「CYP3A酵素活性の測定方法」、「CYP3A酵素活性のフェノタイプ検査方法」および「CYP3A酵素活性のフェノタイプ測定方法」が包含され、これらの語は本明細書において互換可能に使用されるものとする。また、「CYP3A酵素活性」の語は、単に「CYP3A活性」と称することがある。
【0022】
本発明の評価方法では、被験者から得られた血液を乾燥させ、乾燥血液中における、CYP3A酵素反応に関与する基質(以下、単に「反応基質」または「基質」とも称する。)とCYP3A酵素反応の生成物(以下、単に「反応生成物」または「生成物」とも称する。)との濃度比を、CYP3A酵素活性の指標として測定する。
【0023】
一態様において、CYP3A酵素反応に関与する基質はコルチゾールであり、CYP3A酵素反応の生成物は6β-ヒドロキシコルチゾールである。また、別の態様において、CYP3A酵素反応に関与する基質はコルチゾンであり、CYP3A酵素反応の生成物は6β-ヒドロキシコルチゾンである。
【0024】
例えば、CYP3A酵素反応に関与する基質がコルチゾールである場合、CYP3A酵素による反応は下記反応式で示される。
【化1】
【0025】
上記反応例に示す通り、CYP3A酵素は、プレドニゾロンなどの合成ステロイド剤やコルチゾール、コルチゾンなどの内因性ステロイド類の、ステロイド骨格の6位を酸化する。ヒトにおいてコルチゾールがCYP3Aによって6β-OHFに変換される場合、コルチゾールのうちの約1/100が、6β-OHFに変換される。
【0026】
具体的には、例えば上記反応式で表される反応では、CYP3A酵素による反応基質はコルチゾールであり、CYP3A酵素による反応生成物は6β-OHFであり、血中6β-OHF/血中コルチゾール濃度比が、CYP3A酵素活性の指標として測定される。
【0027】
本発明の評価方法の好ましい態様は、下記の工程:
・前記基材から血液試料を分離する工程と、
・分離した血液試料中に含まれるCYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を抽出する工程と、
・前記CYP3A酵素反応に関与する基質および前記CYP3A酵素反応の生成物の濃度を、LC-MS/MSを用いて定量する工程と、
・前記基質と前記生成物との濃度比を算出する工程と
を含む。上記各工程をそれぞれ、「試料分離工程」、「酵素反応基質および生成物抽出工程」、「濃度定量工程」および「濃度比算出工程」という。
【0028】
さらに好ましい態様では、本発明の評価方法は、基材から血液試料を分離する工程の前に、対象から血液を採取する「採血工程」を含む。
【0029】
以下、本発明の評価方法における各工程について詳述する。
【0030】
<採血工程>
本発明にかかる評価方法では、対象から血液を採取する。ここで、「対象」とは、典型的にはヒトであり、以下では「被験者」とも称する。
【0031】
採血は、例えば、被験者の体の一部に穿孔し、穿孔部位から血液を採取することにより行われる。具体的には、被験者の手指を穿孔した後、穿刺部位から血液を採取する。穿孔は、例えばランセットなどの穿孔器具を用いて行う。採血は注射器(シリンジ)を用いることなく行われるので、侵襲性がきわめて低い。
【0032】
対象の穿孔部位から採取した血液は好ましくは、基材上で乾燥され、乾燥血液を得る。よって、本工程では、対象から血液を採取し、採取した血液を基材上で乾燥させて乾燥血液を得ることを含む。
【0033】
穿孔部位から採取される血液の量は、例えば100μL未満、好ましくは60μL以下、より好ましくは15~60μLの範囲である。このように本発明の評価方法における採血量は、従来、血中(血漿中)6β-OHF/コルチゾール濃度を算出するのに用いられていた血液量と比較して低量である。例えば、本発明者らの先行特許出願(特許文献2参照)では、少なくとも数百μL、具体的には100~200μLの量の血液を用いていたのに対し、本方法では、上記のように、きわめて少ない血液量で評価が可能である。このようにごく少量の採血量で評価が可能であることから、検体採取時の被験者に対する負担を軽減することができる。
【0034】
基材としては、乾燥血液を保持できるものであれば、特に限定されない。例えば、セルロースを成分として含む基材や、ガラス板も利用することができる。その他に使用することのできる基材としては、例えば、不織布(フェルト、スパンボンド、メルトブローンなど)、スポンジ(セルローススポンジ、ポリビニールアルコール多孔質体など)、マイクロクロスおよび脱脂綿が挙げられる。基材としては、その上で血液を乾燥でき、乾燥した血液を保持できるものが好ましい。
【0035】
基材としては典型的には、ろ紙が用いられる。基材としてろ紙を用いる場合、基材自体の取扱いや、乾燥血液の検査機関ないし医療機関への送付も簡便である。さらには、乾燥血液の安定性の面からも、ろ紙を使用することが有利である。基材がろ紙である場合、基材上に保持されている血液は、「乾燥ろ紙血」または「乾燥血液スポット(Dried Blood Spot)」と呼ばれる。
【0036】
基材としてろ紙が用いられる場合、ろ紙の厚さは例えば、0.1~1mmであり、0.3~0.5mmが好ましい。また、血液は、ろ紙上に示された、例えば直径5~20mm、好ましくは直径8~10mmの円形の枠内に滴下される。血液は、ろ紙の裏まで浸み込む量を滴下することが望ましい。その滴下量は、100μL未満、好ましくは60μL以下、より好ましくは15~60μLの範囲である。
【0037】
好ましい一態様において、基材には、目的物質の安定同位体標識体が含まれていてもよい。ここで、目的物質とは、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物である。すなわち、本発明において、目的物質の安定同位体標識体とは、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物の安定同位体標識体をいう。基材に、目的物質の安定同位体標識体を含ませておくことで、基材中に含まれる、CYP3A酵素反応に関与する基質(例えばコルチゾール)およびCYP3A酵素反応の生成物(例えば6β-OHF)の分解および損失を防ぎ、ろ紙から高い回収率で抽出することができる。また、血液試料を抽出する際に、目的物質の安定同位体標識体は共に抽出されるため、安定同位体希釈質量分析法による定量ができる。安定同位体希釈質量分析法は、内標準物質として安定同位体標識体を用いる定量方法であるが、目的物質の抽出率や誘導体化率の変動を自動的に補正し、キャリアーとしての効果も期待できるため、超高感度および高精度分析を可能とする。なお、微量定量には、標識元素の脱落が無く、高い同位体純度で質量数が3~4高い安定同位体標識体が望ましい。
【0038】
例えば、安定同位体標識体としては、6β-[1,1,19,19,19-]OHF、6β-[1,2,4,19-13,1,1,19,19,19-]OHF等とこれに対応するコルチゾール、6β-OHEおよびコルチゾンの安定同位体標識体など既知のものが使用され、市販品および合成品のいずれが用いられてもよい。
【0039】
このように、本発明にかかる評価方法では、血液は乾燥した状態で基材に保持されるため、注射器(シリンジ)によって得られた血液のように、速やかに遠心分離に供する必要がない。例えば、ろ紙を基材として用いた場合、乾燥ろ紙血は常温で28日間、保存が可能である。また、凍結処理や、凍結状態での保存および輸送の必要がない。さらに、ランセットのような穿孔器具を用いて、被験者自ら採血することができるため、医療機関ないし検査機関に赴く必要がなく、血液試料を保持した基材を医療機関ないし検査機関に常温で輸送することができる。輸送時に、特別な梱包や設備が必要ないので、たとえば封筒に入れて、検査機関ないし医療機関へと郵送することも可能である。
【0040】
<試料分離工程>
本工程では、前記基材から血液試料を分離する。基材から分離された血液試料は、後の工程に供される。
【0041】
基材からの血液試料の分離は、溶媒を用いて血液試料を溶出することを含む。以下、ここで用いる溶媒を、「第1の溶媒」と称する。例えば、第1の溶媒としては、メタノール、エタノール、蒸留水、アセトニトリルおよびジメチルスルホキシドから成る群より選択される1以上が用いられてよい。好ましい態様では、第1の溶媒は、メタノール、エタノールおよび蒸留水から選択される1以上である。このような溶媒を用いることにより、血液成分を高い抽出率で抽出することができる。
【0042】
本工程では、前記乾燥血液と前記基材とを一緒に細分化して細分化試料を得て、当該細分化試料から第1の溶媒を用いて血液試料を溶出してもよい。例えば、基材がろ紙である場合には、乾燥血液と乾燥血液を保持したろ紙とを一緒に細分化して細分化試料を得て、当該細分化試料から第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することができる。具体的には、乾燥血液を保持したろ紙を、2mm四方の断片に切断した後、第1の溶媒による溶出に供する。このように、基材を細かく切断することによって、溶出溶媒と血液との接触面積を大きくして、溶出する割合を向上させることができる。
【0043】
<酵素反応基質および生成物抽出工程>
本工程では、試料分離工程で基材から分離した血液試料中に含まれるCYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を抽出する。
【0044】
本工程では、好ましくは、溶媒を用いて前記基質および前記生成物を抽出することを含む。ここで使用される溶媒を、以降、「第2の溶媒」と称する。第2の溶媒としては例えば、ジエチルエーテル、クロロホルムおよび酢酸エチルが挙げられる。第2の溶媒は、好ましくは酢酸エチルである。第2の溶媒として酢酸エチルを用いることで、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を高い抽出率で抽出することができる。
【0045】
ここで、上記「試料分離工程」および「酵素反応基質および生成物抽出工程」に関し、一態様において、
・第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することが、乾燥血液にメタノールを添加して溶出液を得て、当該溶出液を蒸発乾固し、蒸発乾固後の残渣を蒸留水で溶解して水溶液を得ることを含み、
・第2の溶媒を用いてCYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を抽出することが、前記水溶液から酢酸エチルによって抽出することを含む。
【0046】
別の態様では、
・第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することが、乾燥血液にエタノールを添加して溶出液を得て、当該溶出液を蒸発乾固し、蒸発乾固後の残渣を蒸留水で溶解して水溶液を得ることを含み、
・第2の溶媒を用いてCYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を抽出することが、前記水溶液から酢酸エチルによって抽出することを含む。
【0047】
さらに別の態様では、
・第1の溶媒を用いて血液試料を溶出することが、乾燥血液に蒸留水を添加して溶出液を得ることを含み、
・第2の溶媒を用いてCYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を抽出することが、前記溶出液から酢酸エチルによって抽出することを含む。
【0048】
溶媒として、蒸留水、メタノール、エタノールおよび酢酸エチルを用いることで、血液試料や、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を高い抽出率で抽出することができる。
【0049】
<濃度定量工程>
本工程では、血液試料中に含まれる、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物の濃度を、LC-MS/MS(Liquid Chromatography-tandem Mass Spectrometry)を用いて定量する。本工程では好ましくは、前記基質と前記生成物との血中濃度を、LC-MS/MSを用いて同時に定量する。
【0050】
LC-MS/MSは、試料をLC部で親和性の差によって成分ごとに分離し、その後、イオン化室で生じたプリカーサーイオンを1段階目の質量分離室において特定の質量数のイオンのみを通過させ、衝突室にてアルゴン等のガスにより衝突誘発解離を行い、プロダクトイオンを生成し、2番目の質量分離室で特定の質量数のイオンのみを検出する。そのため、高感度で選択性が非常に高い。LC-MS/MSを用いることにより、前記基質と前記生成物の血中濃度を、生体成分由来の妨害物質の影響を受けず、高感度、高精度に定量することができる。更に、LC-MSやGC-MSによって定量する場合と比較してより高精度、高感度、高選択的に定量することができる。本工程では、測定前に、イオン化効率を増加させ、感度を上昇させる目的で、前記基質および前記生成物の誘導体化を行ってもよい。
【0051】
本工程では、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物を、ギ酸付加体として測定することが好ましい。前記基質および生成物をギ酸付加体とすることで測定感度が上昇する。
【0052】
本工程では、安定同位体希釈質量分析法の手法を用いてもよい。例えば、用いる基材に安定同位体標識体が含まれていない場合には、本工程において、安定同位体希釈質量分析法を用いてもよい。安定同位体希釈質量分析法は、内標準物質として安定同位体標識体を用いる定量方法であるが、目的物質の抽出率や誘導体化率の変動を自動的に補正し、キャリアーとしての効果も期待できるため、超高感度および高精度分析を可能とする。なお、微量定量には、標識元素の脱落が無く、高い同位体純度で質量数が3~4高い安定同位体標識体が望ましい。例えば、安定同位体標識体としては、6β-[1,1,19,19,19-]OHF、6β-[1,2,4,19-13,1,1,19,19,19-]OHF等とこれに対応するコルチゾール、6β-OHEおよびコルチゾンの安定同位体標識体など既知のものが使用され、市販品および合成品のいずれが用いられてもよい。
【0053】
<濃度比算出工程>
本工程では、前記濃度定量工程で定量した基質の濃度と生成物の濃度との濃度比を算出する。算出された、基質と生成物との濃度比は、CYP3A酵素活性の指標となる。
【0054】
本工程では、濃度比は、CYP3A酵素反応に関与する基質、およびCYP3A酵素反応の生成物の血漿への分布割合を加味して算出されてもよい。全血液は、血球と血漿とから構成される。例えば、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物の分布割合が、血漿および血球においてそれぞれ異なる場合、例えば、本発明者らの先行特許出願(特許文献2)のように血漿中の基質/生成物の濃度比をCYP3A酵素活性の指標として用いる際に、本発明で算出した濃度比と単純に比較することが難しい。そこで、本発明者らは、CYP3A酵素反応に関与する基質がコルチゾールであり、CYP3A酵素反応の生成物が6β-OHFである場合に、乾燥ろ紙血、全血液および血漿を試料として用い、血漿への分布割合が、コルチゾールは約85%、6β-OHFは約65%であることを明らかにした。この分布割合を用いて濃度を換算することで、本発明に従って算出した濃度比を、血漿中の6β-OHF/コルチゾール濃度と比較することが可能となる。
【0055】
具体的には、6β-OHF/コルチゾール濃度比を算出した結果、血漿を試料として用いた場合と比較して、全血液を用いた場合および乾燥ろ紙血を用いた場合には、6β-OHF/コルチゾール濃度比はより高い値となったが、血漿を用いた場合と乾燥ろ紙血を用いた場合とで、両者の相関は良好であった(R = 0.9548)(図4参照)。本結果は、乾燥ろ紙血を用いてCYP3A酵素活性が可能であることを実証するものである。なお、回帰直線の傾きは、本発明者らが明らかにした上記分布割合を反映し、1より大きい値(1.544)を示した。
【0056】
本発明の評価方法は、上記工程の他にも、下記の工程を任意で含んでもよい。
例えば、6β-水酸化代謝クリアランスのデータと照らし合わせて、反応生成物/反応基質の濃度比を算出する工程が含まれてもよい。6β-水酸化代謝クリアランスは例えば、米国特許第6,905,839号に従って算出される。
【0057】
また、例えば、健常人の血中6β-OHF/血中コルチゾール濃度比あるいは血中6β-OHE/血中コルチゾン濃度比を集積することにより、健常人における血中6β-OHF/血中コルチゾール濃度比(活性)あるいは血中6β-OHE/血中コルチゾン濃度比(活性)の変動幅(正常値)を明らかにする工程を行ってもよい。
【0058】
更に、例えば、血中6β-OHF/血中コルチゾール濃度比あるいは血中6β-OHE/血中コルチゾン濃度比の個人内における日内変動、または、個人内における日間変動を明らかにする工程を行ってもよい。
【0059】
また、例えば、リファンピシンのようなCYP3A誘導薬あるいはクラリスロマイシンや経口避妊薬のようなCYP3A阻害薬を服用し、服用前と服用後の血中6β-OHF/血中コルチゾール濃度比あるいは血中6β-OHE/血中コルチゾン濃度比が低下あるいは上昇する割合を捉え、その変化率から医薬品によるCYP3Aの誘導効果及び阻害効果を評価する。
【0060】
更に、例えば、血中6β-OHF/血中コルチゾール濃度比あるいは血中6β-OHE/血中コルチゾン濃度比のデータを、CYP3Aで代謝される薬物の全身クリアランスのデータとの相関性を検討する。
【0061】
また、例えば、CYP3Aで代謝される薬物の服用前に、血中6β-OHF/血中コルチゾール濃度比あるいは血中6β-OHE/血中コルチゾン濃度比を測定し、個別化薬物投与設計に応用する。
【0062】
本発明の第2の側面は、先述のCYP3A酵素活性の評価方法に使用するためのキットに関する。キットは、一態様において、基材と穿刺器具とを含む。基材は、先述のとおり、被験体から採血した血液を保持するためものである。穿刺器具は、採血のために被験者の体の一部、例えば手指に穿刺するものである。
【0063】
好ましい態様において、基材には、内標準物質として安定同位体標識体が付与されていてもよい。安定同位体標識体としては、先述のものを用いることができる。
【0064】
また、キットには、基材から血液試料を抽出するための溶媒がさらに含まれていてもよい。溶媒としては、「第1の溶媒」および「第2の溶媒」について先述したものが挙げられ、具体的には、
・蒸留水、メタノールおよび酢酸エチル、
・蒸留水、エタノールおよび酢酸エチル、または、
・蒸留水および酢酸エチル
を用いることが好ましい。
【0065】
本発明によれば、従来の評価方法に比較して、侵襲性や簡便性の点で改善された、CYP3Aの酵素活性の評価方法を提供することができる。具体的に、試料に用いる血液は注射器(シリンジ)を用いることなく採取することができるため、侵襲性が低く、乳児、小児や高齢者などを対象とする場合にも負荷が少ない。また、ランセットなどの穿孔器具を用いて、患者または被験者が、自己採血により血液を採取することができるため、採血のために検査機関ないし医療機関へ出向く必要がない。
【0066】
そして、CYP3Aの酵素活性の評価には、基材上に保持された乾燥血液を用いるため、注射器(シリンジ)で採血した液体状態の血液のように、速やかに遠心分離等の処理を行う必要がない。基材上に保持された乾燥血液は一定期間安定であるので、採血後、すぐに検査機関ないし医療機関へと輸送する必要もない。
【0067】
ここで、乾燥血液における安定性は物質により異なる。すなわち、このことは、どのような物質であっても、乾燥血液を用いた評価に適しているというわけではないことを意味する。クレアチニンやアシルカルニチンなどの生体成分では約7日、モルヒネなどのオピオイト系麻薬や核酸は1~2ヶ月安定であると報告されているが(参考文献5および6参照)、CYP3A酵素反応に関与する基質やCYP3A酵素反応の生成物の乾燥血液における安定性については、これまでに報告されていない。本発明者らは、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物が、乾燥血液において、少なくとも28日間安定であることを見出した。
【0068】
基材に保持された乾燥血液は、基材ごと、検査機関ないし医療機関へと送られるが、その際、凍結状態での保存および輸送の必要性がないので、輸送時に特別な梱包や設備を必要としない。よって、たとえば、被験者自身が、乾燥血液を保持した基材を封筒に入れて、ポスト投函することで、検体を検査機関ないし医療機関へ送ることも可能である。
【0069】
上記の利点から、本発明に従う評価方法は、薬局などでのCYP3A酵素活性評価に基づく初回投与設計や、在宅医療および地域医療などの分野において個別化薬物治療を行う際にも有用な方法である。特に、高齢者に対する併用薬およびサプリメント服用による副作用発現の予測と予防にも活用が期待される。また、輸送が簡便であることから、例えば、検査施設のない山間部や離島などの地域医療 (診療所や薬局、在宅医療) の支援にもつながると考えられる。
【0070】
なお、乾燥ろ紙血は、これまで新生児マススクリーニングに用いられてきたが、近年、抗レトロウイルス薬エファピレンツの薬物動態解析(参考文献2参照) や、 抗エストロゲン薬タモキシフェンの投与設計(参考文献3参照) などの研究に用いられている。従来のCYP3A酵素活性評価法に関連して、ミダゾラムの血中濃度測定に乾燥ろ紙血を用いる検討はなされているが、活性評価には至っていない(参考文献1参照)。
【0071】
以下に、本発明に従う評価方法の利点について、先行技術と比較しながら、さらに詳述する。
【0072】
本発明者らによる先行特許(特許文献1)に従うCYP3A酵素活性の評価方法は、テスト薬物の投与を必要とせず、1~3回の採血と2時間の蓄尿でCYP3A酵素活性を評価できる方法である。安全な方法ではあるが、2時間尿を正確に採取する必要があり、新生児や腎機能障害患者では活性評価が難しい。また、尿と血液とをそれぞれ測定に供する必要があるため、医療従事者の負担となる。これに対して、本発明に従う評価方法は、テスト薬物の投与を必要としないことはもちろんのこと、指先から得られる極少量の血液から活性評価を行うことができる。そのため、注射器(シリンジ)を用いる採血と比較して、侵襲性が低く、検体採取時の被験者および医療従事者(例えば、医師、看護師、臨床検査技師など)の負担を軽減することができる。また、患者ないし被験者自身が自己採血することも可能であるため、採血に関わる医療従事者を必要とせず、採血のために医療機関に赴く必要がない。結果として、採血以外の部分でも、患者ないし被験者の負担を軽減することができる。そして、採尿の必要がないので、特に、小児、高齢者および腎障害者等の正確な尿の採取が難しい患者においても、安全かつ簡便に実施できる。また、基材に保持された乾燥血液から抽出された血液試料中の、CYP3A酵素反応に関与する基質(例えば6β-OHF)と、CYP3A酵素反応の生成物(例えばコルチゾール)とは、LC-MS/MSを用いて同時に測定できることから、それぞれを個々に測定する必要がなく、測定技術者への負担を著しく軽減することができる。
【0073】
本発明者らによる別の先行特許出願(特許文献2)に従うCYP3A酵素活性の評価方法は、1点の採血から得られた血液中の、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物の血中濃度比から、CYP3A酵素活性を評価する。この方法では、テスト薬物を投与せず、1点の採血で簡便に活性評価でき、また、上記基質と上記生成物とは血液試料中に同時に含まれる事から、1回の測定で両者を同時に定量でき、簡便かつ安全な方法である。しかし、この方法では血液を注射器(シリンジ)で採取する必要があることから、被験者は、採血が可能な検査機関ないし医療機関に出向き、医療従事者による採血を受ける必要がある。また、注射器(シリンジ)を用いて採血された血液は、採血管に移し、速やかに遠心分離を行って、血漿または血清を分取しなければならず、さらには、分取した血漿または血清は-20℃以下で凍結保存しなければならない。これに対し、本発明に従う評価方法では、採取する血液量は、例えば100μL未満、好ましくは60μL以下と極低量であることに加え、患者自身の自己採血によって検体を得ることもできるので所定の機関に赴く必要がない。さらに、基材上で乾燥させた乾燥血液は、長時間安定であり、例えば、基材としてろ紙を用いる乾燥ろ紙血は、常温でも約28日安定である。よって、採血量の点から、患者ないし被験者の負担を軽減できるだけでなく、所定の機関に赴く必要がなく自己採血が可能であるという点からも、患者ないし被験者の負担を軽減することができる。また、患者自身で検体を用意することが可能であり、用意した検体は、検査機関ないし医療機関へと通常の方法で輸送する事ができる。
【0074】
また、これまでに、エルロチニブのTDM(Therapeutic Drug Monitoring)の指標としてCYP3AとCYP1A2のフェノタイピングを行った例も報告されている(参考文献1参照)。この手法では、CYP3A4のプローブ薬物としてミダゾラムを、CYP1A2のプローブ薬物としてカフェインを被験者に投与して、各全身クリアランスを算出している。この方法では、血中のエルロチニブ、エルロチニブ代謝物、ミダゾラム、カフェイン濃度はLC-MS/MSで測定された。測定試料として血漿を用いているが、乾燥ろ紙血を用いることも試みている。エルロチニブについては、乾燥ろ紙血を試料として測定可能であると報告されているが、一方、ミダゾラムについては、血漿と乾燥ろ紙血の相関が要旨に記載されているものの、定量値や測定条件、内標準物質の記載はなく、詳細については不明である。この方法では、CYP3A4活性評価にプローブ薬物を用いており、たとえ血液試料の採取が乾燥ろ紙血を用いて簡便になったとしても、治療に関係のない薬物をプローブ薬物として投与しなくてはならない。さらに、全身クリアランスの算出のために、投与後1、2、3、4および6時間後の採血と、2、4および6時間後に乾燥ろ紙血の採取とを行っており、検体採取における患者の負担は大きい。これに対し、本発明に従う評価方法では、テスト薬物の投与を必要とせず、治療に関係ない薬物を投与することによる影響を懸念する必要がないため、新生児、小児、妊婦、授乳婦等の薬物の投与による影響に特に注意すべき患者においても、安全かつ有効にCYP3A酵素活性を評価することが可能である。そして、1点のみの採血試料でCYP3A酵素の活性が評価でき、また、患者ないし被験者の自己採血によっても検体を得ることができるため、安全で、簡便かつ侵襲性の低い方法である。
【0075】
本発明に従う評価方法およびキットは、その低侵襲性および簡便性のため、臨床における個別化薬物治療(テーラーメイド薬物治療)や、薬物の酵素誘導および代謝阻害を評価する医薬品開発において、強力なツールとして利用できることが期待される。
【実施例
【0076】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0077】
実施例1-1:LC-MS/MSによる定量
本発明者らの開発した、6β-OHF/コルチゾールの血漿中濃度測定法(参考文献4(J.Mass Spectrom, 53, 665-674 (2018))参照)を用いて、6β-OHFおよびコルチゾールの誘導体化を行うことなく、CYP3A酵素活性の評価を行った。
【0078】
安定同位体希釈分析法:LC-MS/MSでの高精度かつ高感度での分析を可能とする安定同位体希釈質量分析法を用いた。マススペクトル分析はネガティブイオンモード (Electrospray ionization:ESI)、測定モードは多重反応モニタリングモード (Multiple reaction monitoring:MRM) とした。イオン化のNebulizer gas (3L/min) およびDrying gas (15 L/min) には窒素を使用し、Collision voltageは6 kV、Source temperatureは400℃、Desolvation temperatureは290℃ に設定した。Precursor ionおよびProduct ionは、6β-OHFでは m/z 423→347、6β-OHF-ではm/z 427→351、コルチゾールではm/z 407→331、cortisol―13ではm/z 411→335 とした。Collision energyは6β-OHFおよび6β-OHF-では19eV、コルチゾールおよびコルチゾール-13では15eVとした。分離カラムはコアシェルカラムであるPhenomenex(CA, USA) のKinetex 2.6u C8 100 Å column(75 × 3.0 mm I.D., 2.6 μm)、ガードカラムはSecurity Guard ULTRA Cartridge C8 (3.0mm I.D.) を用いた。カラム温度は40℃、流速は0.45 mL/minとした。移動相Aとして0.0125%ギ酸水溶液、移動相Bとしてメタノールを使用する。グラジエントは移動相Bの割合を20% (0min)、90% (9~10min)、20% (10.5~15min) とし、測定時間は15分とした。
【0079】
本発明者らによる先行特許出願(国際公開第2016/199702号公報(特許文献2))に従う方法では、血中6β-OHF/コルチゾール比の算出において、血中6β-OHF濃度は0.275 ~ 1.781ng/mLと非常に低い値であった。
【0080】
一方、本願発明に従う方法では、乾燥ろ紙血を用いた。具体的には、直径8mmの円が4つプリントされたろ紙を用い、被験者は、1か所の手指穿刺から4滴の血液をそれぞれの円に滴下した。1つの円に滴下された血液量は約15~25μLであり、4つの円を用いて約100μLの全血を試料とした。この容量は、血漿としては50μL程度と少量であることと、全血を用いるため血球成分由来の挟雑物質の影響も考えられることから、乾燥ろ紙血中の6β-OHFを定量するためには5pg程度まで検出できる高感度な測定法が必要となる。
【0081】
本発明者らは血漿中の6β-OHFおよびコルチゾールのLC-MS/MS定量法として、ピコリン酸誘導体化法と非誘導体化法を確立している(参考文献4参照)。ピコリン酸誘導体化法は非誘導体化法より高感度で定量することができるが、乾燥ろ紙血のように全血を試料として用いる場合、血液の抽出後に誘導体化を行って測定すると、誘導体化試薬由来のピークが目的物質のピークに対して相対的に大きくなり、正確な定量が難しいことが明らかになった。一方、非誘導体化法では、6β-OHFをギ酸付加体として測定することで感度の上昇が確認された。そこで、移動相中のギ酸の割合を詳細に検討し、従来の0.4%から0.0125%とすることによりピーク面積が10倍に上昇することを確認した。
【0082】
実施例1-2:乾燥ろ紙から血液試料の溶出
血液をスポットした上記乾燥ろ紙血の4つの円をパンチアウトした後、約2mm四方の断片に裁断して、後の抽出に用いた。抽出では以下の3つの抽出法を行い、抽出率を算出し、これらの抽出法を比較検討した。
(a)メタノールで溶出し、蒸発乾固した残渣を蒸留水で再溶解後に酢酸エチルで抽出、
(b)蒸留水で溶出後に水溶液を酢酸エチルで抽出、
(c)酢酸エチルで抽出。
【0083】
その結果、酢酸エチルのみを用いた抽出では6β-OHFのピークは得られなかったが、酢酸エチルを添加する前に、蒸留水および/またはメタノールを添加した抽出では96~106%の抽出率が得られた。操作の簡便性から蒸留水による抽出を行うこととした (表1参照)。
【0084】
【表1】
【0085】
健常成人より得られた乾燥ろ紙血を上記の方法により調製し、LC-MS/MSに注入した際の保持時間は、6β-OHFが2.63分、コルチゾールが5.88分であり、両者を定量できることを確認した(図3参照) 。
【0086】
実施例1-3:乾燥ろ紙血における6β-OHFおよびコルチゾールの安定性
乾燥ろ紙血における安定性は目的とする物質により異なり、クレアチニンやアシルカルニチンなどの生体成分では約7日、モルヒネなどのオピオイト系麻薬や核酸は1~2ヶ月と報告されている(参考文献5および6参照)。一方、CYP3A酵素反応に関与する基質およびCYP3A酵素反応の生成物に関し、乾燥ろ紙血における安定性の報告はこれまでになされていない。
【0087】
実施例1-2で用いたのと同じろ紙に、12スポット、血液を滴下し、乾燥させ、そのうちの4スポットを前述の処理に従って抽出および精製した試料をLC-MS/MSにて測定した。残りの8スポットを室温で保存し、7日目および28日目にそれぞれ4スポットずつ測定した。この検討に用いた乾燥ろ紙血中の6β-OHFは0.0388±0.0011ng、コルチゾールは18.60±0.36ng であった。採取日におけるピーク強度は、7日目で98.1~101.6%、28日目で99.7~103.3% であり、乾燥ろ紙血中の6β-OHFおよびコルチゾールは室温で少なくとも28日間安定であることを確認した。
【0088】
実施例1-4:検量線
6β-OHFおよびコルチゾールの検量線の範囲は、0.0051~0.1230ng、2.02~12.12ngに設定した。内標準物質として6β-OHF-を0.0894ng、cortisol-13を5.47ng 添加した。x軸に非標識体と標識体のモル比、y軸にピーク面積比をプロットしたところ、相関係数は6β-OHFで0.9982、コルチゾールで0.9997と良好な直線性を示した。
【0089】
実施例1-5:精度および再現性
生体試料に既知量の6β-OHFおよびコルチゾールを添加し、精度および再現性を検討した。乾燥ろ紙血中の内因性6β-OHF量は、0.0962±0.0016ngであり、変動係数(R.S.D.)は 1.71% であった。標品6β-OHFを0.0054 ng添加した試料の測定値は0.1074±0.0057ngであり、相対誤差 (R.E.) は5.68%、R.S.D.は 5.29%であった。内因性コルチゾール7.62±0.20ngを含む試料に標品コルチゾール0.81ngを添加した試料のR.E.およびR.S.D.はともに3%以下であり、良好な精度および再現性が得られた(表2)。
【0090】
【表2】
【0091】
実施例1-6:乾燥ろ紙血、全血および血漿における6β-OHFおよびコルチゾールの比較
ろ紙にスポットする血液は全血であり、血球成分と血漿が含まれる(参考文献5および7参照)。一方、血液中において、血漿と血球とへの分布割合は物質により異なることが知られている。例えば、免疫抑制薬シクロスポリンやタクロリムスのように血球中に高い割合で分布する薬物では全血中の濃度測定が行われている。また、血液中の血球成分の割合であるヘマトクリット値は男性では40~52%、女性では33~45%と幅があるため、乾燥ろ紙血と血漿の測定値を比較する場合、これらの影響を考慮する必要がある(参考文献5および7参照)。そこで、乾燥ろ紙血、全血および血漿における6β-OHFおよびコルチゾールの分布割合を調べた。
【0092】
健常人2名を対象に、同時刻に採取された乾燥ろ紙血、全血および血漿を用い、それぞれに含まれる6β-OHFおよびコルチゾール量を比較した(表3参照)。血漿中への分布割合は6β-OHFで約65%、コルチゾールで約80%であり、6β-OHFとコルチゾールの分布の割合は異なっていたが、被験者による差は小さかった。また、左右それぞれの手から同時刻に手指穿刺を行って得た乾燥ろ紙血中の6β-OHFおよびコルチゾールの量に差はなかった。
【0093】
【表3】
【0094】
実施例2:乾燥血液スポット(Dried blood spots)法を用いた血中6β-OHF/コルチゾール濃度比によるin vivo CYP3A酵素活性評価
本発明者らは、すでに血中6β-OHF/コルチゾール濃度比がCYP3A酵素活性の指標となることを見出している(特許文献2参照)。一方、乾燥ろ紙血を用いるCYP3A酵素活性の評価方法では、測定に用いるスポットの正確な血液量は把握できないが、同一の血液量中に含まれているβ-OHFとコルチゾールの量の比は血中濃度比とみなすことができる。
【0095】
健常成人6名(男性3名、女性3名) を対象とし、乾燥ろ紙血と血漿との双方を試料として用い、血中6β-OHF/コルチゾール濃度比を比較した。乾燥ろ紙血中の6β-OHF量は0.0101~0.0479ng、コルチゾール量は1.04~3.76ngの範囲であり、血漿中濃度よりも低かった。
【0096】
6名を対象とした10点における血漿中の6β-OHF/コルチゾール濃度比は0.0087±0.0022(0.0060~0.00123)であった。一方、血漿への分布の割合は、分子となる6β-OHF(約65%)よりも、分母となるコルチゾール(約80%)が高いため、乾燥ろ紙血中の6β-OHF/コルチゾール濃度比は0.0123±0.0036(0.0072~0.00189)と、血漿中の濃度比より高値となった(表4参照)。
【0097】
【表4】
【0098】
実施例3:乾燥ろ紙血中6β-OHF/コルチゾール比と血中6β-OHF/コルチゾール比との相関性
同時に採取した乾燥ろ紙血と血漿中の6β-OHF/コルチゾール比を比較し、乾燥ろ紙血を用いたCYP3A酵素活性評価法の信頼性を評価した。結果を図4に示す。図4のx軸は、血漿中6β-OHF/コルチゾール濃度比、y軸は、乾燥ろ紙血中の6β-OHF/コルチゾール濃度比を示す。回帰直線はy = 1.5447x-0.0012、相関係数は r=0.9548と、高い相関性を示した。これより、乾燥ろ紙血を試料として用いた血中6β-OHF/コルチゾール濃度比はin vivo CYP3A酵素活性評価の指標となることが実証された。
【0099】
参考文献
図1A
図1B
図2
図3
図4