(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-22
(45)【発行日】2024-03-04
(54)【発明の名称】構造物検査用マルチコプター
(51)【国際特許分類】
E01D 22/00 20060101AFI20240226BHJP
E21D 11/00 20060101ALI20240226BHJP
B64C 27/08 20230101ALI20240226BHJP
B64C 39/02 20060101ALI20240226BHJP
B64C 37/00 20060101ALI20240226BHJP
B64D 47/08 20060101ALI20240226BHJP
【FI】
E01D22/00 A
E21D11/00 Z
B64C27/08
B64C39/02
B64C37/00
B64D47/08
(21)【出願番号】P 2020021727
(22)【出願日】2020-02-12
【審査請求日】2022-11-14
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原田 正志
【審査官】荒井 良子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-158793(JP,A)
【文献】特開2018-144627(JP,A)
【文献】国際公開第2014/068982(WO,A1)
【文献】特開2019-130927(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E01D 22/00
E21D 11/00
B64C 27/08
B64C 39/02
B64C 37/00
B64D 47/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査時にローターの推力により検査対象の構造物の壁面の少なくとも下面に上部側が張り付く構造物検査用マルチコプターであって、
前記検査時に前記ローターのなす回転面と前記検査対象の構造物の壁面との間の距離を前記ローターの半径の10%以下に近接させて保持
することで、前記ローターが前記壁面に近づくほど要求されるパワーが下がる効果を利用して前記ローターの消費エネルギーを小さくするように構成するための保持部材を具備し、
前記ローターは静止推力が最大になるように構成されている
構造物検査用マルチコプター。
【請求項2】
請求項1に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記保持部材は、前記検査対象の構造物の壁面を走行するための車輪により構成される
構造物検査用マルチコプター。
【請求項3】
請求項2に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
当該構造物検査用マルチコプターの機体の角度を検知するジャイロセンサーを備え、
前記検査対象の構造物の壁面に張り付いた際、前記車輪を前記壁面に押し付けることで発生する前記壁面と前記車輪の摩擦力が前記機体を前記壁面の定位置に固定する大きさ以上となる推力を発生させるように、前記ジャイロセンサーで検知した前記機体の角度に応じて前記ローターの回転数を調節する
構造物検査用マルチコプター。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記ローターを4基備え、
前記4基のローターを内包するガード
を具備する構造物検査用マルチコプター。
【請求項5】
請求項4に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記ガードの外周に沿って配置された複数の接触センサー
を具備する構造物検査用マルチコプター。
【請求項6】
請求項5に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記複数の接触センサーのうちいずれかが接触を検出したとき、前記接触を検出した接触センサーによる接触点を支点に前記機体を横転させるように前記4基のローターの回転を制御する
構造物検査用マルチコプター。
【請求項7】
請求項4乃至6のうちいずれか1項に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記車輪を、同心円状に4個備える
構造物検査用マルチコプター。
【請求項8】
請求項7に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
各前記車輪を機体垂直軸周りに回転可能に保持する回転保持部材と、
各前記車輪を機体垂直軸周りに回転駆動する回転駆動部とを備え、
当該構造物検査用マルチコプターを機体垂直軸周りに回転させるときには、各前記車輪が同心円に沿って走行するように、前記回転駆動部を制御する
構造物検査用マルチコプター。
【請求項9】
請求項2乃至8のうちいずれか1項に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記車輪の回転を計測するロータリーエンコーダーを備え、
前記ロータリーエンコーダーによる計測結果に基づき、前記機体の移動距離を計測し、計測結果に基づき検査位置を算出する
構造物検査用マルチコプター。
【請求項10】
請求項1乃至9のうちいずれか1項に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記構造物の壁面を検査する検査装置
を具備する構造物検査用マルチコプター。
【請求項11】
請求項10に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記検査装置が打音検査装置である
構造物検査用マルチコプター。
【請求項12】
請求項10に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記検査装置がカメラである
構造物検査用マルチコプター。
【請求項13】
請求項1に記載の構造物検査用マルチコプターであって、
前記上部側に同心円状に配置された4個の車輪と、
各前記車輪を機体垂直軸周りに回転可能に保持する回転保持部材と、
各前記車輪を機体垂直軸周りに回転駆動する第1の回転駆動部と、
各前記車輪を当該車輪の軸に対して回転駆動する第2の回転駆動部と、
当該構造物検査用マルチコプターを機体垂直軸周りに回転させるときには、各前記車輪が同心円に沿って走行するように、前記第1の回転駆動部を制御する制御部と
を具備する構造物検査用マルチコプター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、橋梁や高架のコンクリート、鉄骨などの検査、トンネル内壁の検査などに好適な構造物検査用マルチコプターに関する。
【背景技術】
【0002】
日本では高度経済成長期に社会インフラ構造物が多く建設されたが、それから50年が経過し、これらの構造物の劣化が目立つようになってきた。そのためこれらを検査し、劣化を発見しなければならないが、検査箇所が高所である場合が多い上に検査しなければならない箇所が、全国で数十万箇所と言われており、安全、安価かつ簡易な検査方法が求められている。
【0003】
このような要求に対し、特許文献1では、車両の上部に設置された昇降装置により検査装置を上げ下げし、高架を検査する装置が提案されている。
【0004】
また、特許文献2では高架の下面にワイヤーによって拘束された検査装置をワイヤーの長さを調整することで検査装置の位置を動かす方法が提案されている。これらは、高架などの下面に検査装置を接近させる装置および方法の特許であるが、どちらも装置が大型化してしまい、安価で簡便な方法ではない。一方で、近年マルチコプターの発達により、マルチコプターを用いた高架およびトンネル内部などの構造物の検査装置および方法が提案されている。
【0005】
特許文献3ではマルチコプターの上部に脚を装備し、上昇力を自重より大きくすることで、構造物の下面に吸着し、マルチコプターに備えた検査装置と構造物の相対位置を一定に保つことができる。しかし、この方法では構造物の次の検査点に移動する際に、一旦離れて移動し、再度吸着しなければならず、次の検査点が現在位置に近接した位置にある場合に、エネルギーおよび時間を無駄に消費することになる。この文献では同時に地上からケーブルによって給電することも提案している。地上から給電することで、半永久的に飛行が可能であるが、風が強い場合にケーブルに加わる風の抵抗により、機体位置の制御が困難になる。
【0006】
特許文献4では脚ではなく、車輪を用いることを提案している。この方法によれば、構造物の下面に吸着したまま接地箇所の近傍を検査できる。しかしこの方法では、吸着するために自重以上の上昇力を発生しなければならず、飛行時よりエネルギーを消費する。また、車輪と重心位置の距離が長いため、斜めの壁面に吸着した際に大きなモーメントが生じ、これを打ち消すために大きなエネルギーを消費する。
【0007】
特許文献5では車輪に磁石を備える事で壁面に吸着し、検査時の消費エネルギーを下げる装置を提案している。しかし、この方法では吸着できる対象は、鉄骨に限られるため、コンクリートでできた構造物の検査には適さない。
【0008】
特許文献6では、マルチコプターの側面にダクテッドファンを装備し、垂直な壁面に吸着して前後左右の位置を安定させている。しかし、この方法では水平な壁面を移動しながら検査することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平3-260206号公報
【文献】特開2017-95959号公報
【文献】特開2015-223995号公報
【文献】特開2016-211878号公報
【文献】特開2019-84868号公報
【文献】特開2018-165131号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上のとおり、マルチコプターを構造物の検査用として用いるためには、様々な課題がある。本発明は、このような課題を解決しようとするものである。
本発明の目的は、構造物の壁面を検査する際の消費エネルギーを小さくすることができる構造物検査用マルチコプターを提供することにある。
【0011】
本発明の別の目的は、壁面が傾いている領域のある構造物を検査する際に水平の壁面上から傾いた壁面上を連続して移動しながら検査することができる構造物検査用マルチコプターを提供することにある。
【0012】
本発明のまた別の目的は、典型的には壁面が傾いている領域のある構造物を検査する際に傾いた壁面上を連続して移動しながら検査することができる構造物検査用マルチコプターを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、検査時にローターの推力により検査対象の構造物の壁面の少なくとも下面に上部側が張り付く構造物検査用マルチコプターであって、前記検査時に前記ローターのなす回転面と前記検査対象の構造物の壁面との間の距離を前記ローターの半径の50%以下に近接させて保持するための保持部材を具備する。これにより、消費エネルギーを10%程度以上削減することができる。ローターのなす回転面とは、典型的には、ローターブレード先端が描く面をいう。
【0014】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、前記保持部材を、前記検査時に前記ローターのなす回転面と前記検査対象の構造物の壁面との間の距離を、前記ローターの半径の20%以下に近接させて保持するためのものとしてもよい。20%以下とすることにより、消費エネルギーを急峻に削減することができる。
【0015】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、前記保持部材を、前記検査対象の構造物の壁面を走行するための車輪により構成してもよい。これにより、壁面上を連続して移動しながら検査することができる。
【0016】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、当該構造物検査用マルチコプターの機体の角度を検知するジャイロセンサーを備え、前記検査対象の構造物の壁面に張り付いた際、前記車輪を前記壁面に押し付けることで発生する前記壁面と前記車輪の摩擦力が前記機体を前記壁面の定位置に固定する大きさ以上となる推力を発生させるように、前記ジャイロセンサーで検知した前記機体の角度に応じて前記ローターの回転数を調節してもよい。これにより、典型的には壁面が傾いている領域のある構造物を検査する際に傾いた壁面上を連続して移動しながら検査することができる。
【0017】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、前記ローターを4基備え、前記4基のローターを内包するガードを具備してもよく、さらに前記ガードの外周に沿って配置された複数の接触センサーを具備してもよく、さらに前記複数の接触センサーのうちいずれかが接触を検出したとき、前記接触を検出した接触センサーによる接触点を支点に前記機体を横転させるように前記4基のローターの回転を制御してもよい。これにより、壁面が傾いている領域のある構造物を検査する際に典型的には水平の壁面上から傾いた壁面上を連続しての移動しながら検査することができる。
【0018】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、前記車輪を、同心円状に4個備えてもよい。
【0019】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、各前記車輪を機体垂直軸周りに回転可能に保持する回転保持部材と、各前記車輪を機体垂直軸周りに回転駆動する回転駆動部とを備え、当該構造物検査用マルチコプターを機体垂直軸周りに回転させるときには、各前記車輪が同心円に沿って走行するように、前記回転駆動部を制御してもよい。回転保持部材として、典型的にはジンバルを用いることができる。回転駆動部としては、サーボモータを用いることができる。これにより、例えば基準座標から壁面上の所望とする方向に移動することが可能である。
【0020】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、前記車輪の回転を計測するロータリーエンコーダーを備え、前記ロータリーエンコーダーによる計測結果に基づき、前記機体の移動距離を計測し、計測結果に基づき検査位置を算出してもよい。これにより、壁面上の検査結果と検査位置とを対応させることが可能である。
【0021】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、前記構造物の壁面を検査する打音検査装置やカメラなどの検査装置を具備してもよい。
【0022】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、検査時にローターの推力により検査対象の構造物の壁面に上部側が張り付く構造物検査用マルチコプターであって、前記検査対象の構造物の壁面を走行するための車輪と、当該構造物検査用マルチコプターの機体の角度を検知するジャイロセンサーと、を備え、前記検査対象の構造物の壁面に張り付いた際、前記車輪を前記壁面に押し付けることで発生する前記壁面と前記車輪の摩擦力が前記機体を前記壁面の定位置に固定する大きさ以上となる推力を発生させるように、前記ジャイロセンサーで検知した前記機体の角度に応じて前記ローターの回転数を調節する。これにより、典型的には壁面が傾いている領域のある構造物を検査する際に傾いた壁面上を連続して移動しながら検査することができる。
【0023】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、検査時にローターの推力により検査対象の構造物の壁面に上部側が張り付く構造物検査用マルチコプターであって、前記ローターを複数基備え、前記検査対象の構造物の壁面を走行するための複数の車輪と、前記複数基のローターを内包するガードと、前記ガードの外周に沿って配置された複数の接触センサーと、を備え、前記複数の接触センサーのうちいずれかが接触を検出したとき、前記接触を検出した接触センサーによる接触点を支点に前記機体を横転させるように前記複数基のローターの回転を制御する。
【0024】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、検査時にローターの推力により検査対象の構造物の壁面に上部側が張り付く構造物検査用マルチコプターであって、前記上部側に同心円状に配置された4個の車輪と、各前記車輪を機体垂直軸周りに対して回転可能に保持する回転保持部材と、各前記車輪を機体垂直軸周りに回転駆動する第1の回転駆動部と、各前記車輪を当該車輪の軸に対して回転駆動する第2の回転駆動部と、当該構造物検査用マルチコプターを機体垂直軸周りに回転させるときには、各前記車輪が同心円に沿って走行するように、前記第1の回転駆動部を制御する制御部とを具備する。
【0025】
これにより、例えば基準座標から壁面上の所望とする方向に移動することが可能である。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、例えば高所の構造物の壁面を検査する際の消費エネルギーを小さくすることができる。本発明によれば、壁面が傾いている領域のある構造物を検査する際に水平の壁面上から傾いた壁面上を連続して移動しながら検査することができる。本発明によれば、典型的には壁面が傾いている領域のある構造物を検査する際に傾いた壁面上を連続して移動しながら検査することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターの上面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターの正面図(一部断面図を含む。)である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターの構成を示すブロック図である。
【
図4】計算に用いたローターの翼弦長分布のグラフである。
【
図5】計算に用いたローターの取付角分布のグラフである。
【
図8】回転するローターのブレード翼素を示す図である。
【
図9】壁面に近いときの回転するローターのブレード翼素を示す図である。
【
図10】推力を一定とした時に必要なローターの回転数を示すグラフである。
【
図11】推力を一定とした時に必要なローターのパワーを示すグラフである。
【
図12】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターが水平な壁面に吸着する際の動きを示す正面図である。
【
図13】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターが斜めの壁面に吸着する際の動きを示す正面図である。
【
図14】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターが垂直な壁面に吸着する際の動きを示す正面図である。
【
図15】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターが壁面に吸着する際の動作を示すフローチャートである。
【
図16】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターが壁面から離れる際の動作を示すフローチャートである。
【
図17】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターが方向転換する際の動作を示すフローチャートである。
【
図18】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターの前後方向への移動時の車輪の向きを示す上面図である。
【
図19】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターの方向転換時の車輪の向きを示す上面図である。
【
図20】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターが前後方向に移動する際の動作を示すフローチャートである。
【
図21】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターが左右方向に移動する際の動作を示すフローチャートである。
【
図22】本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターの左右方向への移動時の車輪の向きを示す上面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明するが、本発明はこれらの実施形態により何ら限定されるものではない。
【0029】
図1は本発明の一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターの上面図である。
図2は、一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターの正面図である。
図2においては
図1の細線かつ波線で示した断面線に対応する部分を断面で示している。
図3は一実施形態に係る構造物検査用マルチコプターの構成を示すブロック図である。
【0030】
構造物検査用マルチコプター100は、おおよそ円盤状の形状をなしている。構造物検査用マルチコプター100の中央部には本体8が配置されている。
【0031】
本体8の内部には、CPU71、受信機72、ジャイロセンサー73、加速度センサー74、バッテリー75、ESC(Electric Speed Controller)76~78が備えられている。
【0032】
CPU71は機体が検査対象の構造物の壁面に張り付いた際、車輪4を壁面に押し付けることで発生する壁面と車輪4の摩擦力が機体を壁面の定位置に固定する大きさ以上となる推力を発生させるように、ジャイロセンサー73で検知した機体の角度に応じてローター1の回転数を調節する。
【0033】
本体8にはローター支柱3を介して、4基の浮上用のモータ2、およびモータ2によって回転されるローター1が放射状に結合されている。さらに本体8には車輪支柱9を介して、サーボモータ81により4個の首振り角可変なジンバル6が同心円状にかつ放射状に接続されている。
【0034】
ジンバル6には減速ギア付き移動用モータ5が固定され、この減速ギア付き移動用モータ5は検査対象の構造物の壁面を走行するための車輪4を駆動する。ロータリーエンコーダー82は車輪4の回転を計測する。CPU71はロータリーエンコーダーによる計測結果に基づき、機体の移動距離を計測し、計測結果に基づき検査位置を算出する。
【0035】
車輪支柱9の中ほどに構造物の壁面を検査する検査装置7が取り付けられ、車輪支柱のから伸びたガード支柱10によって、4基のローター1を内包するガード11がローター1の回転面と同じ高さに保持される。ガード11の外周に沿って複数の接触センサー12が配置されている。CPU71は複数の接触センサー12のうちいずれかが接触を検出したとき、その接触を検出した接触センサーに12よる接触点を支点に機体を横転させるように4基のローター1の回転を制御する。
【0036】
本実施形態に係る構造物検査用マルチコプター100における検査装置7は、打音検査装置83およびカメラ84と、これらの検査結果を保存する記憶手段としてのSSD(Solid State Drive)85とを備える。
【0037】
構造物検査用マルチコプター100はローター1の発生する上向きの推力によって浮上する。構造物検査用マルチコプター100は検査時にこのローター1の推力により検査対象の構造物の壁面にその上部側が張り付く。
【0038】
操縦装置200のモードスイッチ201により、構造物検査用マルチコプター100の運動を指示する。例えば、モードスイッチ201により吸着モードに設定できる。操縦装置200よりの指令値は電波によって構造物検査用マルチコプター100に送られ、構造物検査用マルチコプター100の本体8に内蔵された受信機72によって受信される。操縦装置200よりの指令値、ジャイロセンサー73の信号、加速度センサー74の信号をCPU71が処理し、浮上用のモータ2の制御量が計算される。計算された制御量に基づき、ESC75が浮上用のモータ2への電流を制御し、浮上用のモータ2がこの電流によって駆動されローター1を回転する。
【0039】
検査者は検査対象の構造物の壁面まで構造物検査用マルチコプター100を操縦して近接させる。
【0040】
静止推力が最大になるよう設計したローターの翼弦長分布、および取り付け角分布をそれぞれ
図4、
図5に示す。ローター1の形状は
図4および
図5によって与えられ、ローター1は回転数9000rpmのとき、269.5gfの推力を発生し、必要パワーは19.74Wである。よって4基のローター1の合計推力は1078gfであり、必要パワーは78.96Wである。
【0041】
構造物検査用マルチコプター100は検査時にこのローター1の推力により検査対象の構造物の壁面にその上部側にある車輪4の外周端(車輪4の上部先端付近)を介して張り付く。本実施形態に係る構造物検査用マルチコプター100では、この車輪4が検査時にローター1のなす回転面と検査対象の構造物の壁面との間の距離を近接させて保持するための保持部材としても機能する。この保持部材として機能する車輪4の介在により、検査時にローター1のなす回転面と検査対象の構造物の壁面との間の距離はローターの半径の50%以下に、より好ましくは20%以下に、さらに好ましくは10%より小さく近接させて保持される。すなわち、本実施形態に係る構造物検査用マルチコプター100では、ローター1の回転面より上の4隅に減速ギア付き移動用モータ5により駆動される車輪4を設け、ローター1の推力で壁面に吸着する時のローター1と壁面の距離が、ローター1の直径の50%以下、より好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%より小さくなるようにする。
【0042】
上記したとおり、このローター1を毎分9000回転で回した時の、推力は2.641Nであり、必要パワーは19.743Wである。この時のローター1の周りの速度ベクトルの様子を
図6に示す。このローター1を壁から2cm離して回すと、
図7の様にローター1の前面の流れは外周から流れ込む様になり、回転軸方向の速度成分は小さくなる。ローター1の必要パワーは形状抵抗による物と誘導エネルギー損失による物の和である。このうち誘導エネルギー損失は回転軸方向の速度成分とローターブレードの循環の積に比例し、この循環が壁との距離によらず一定であるとすると、誘導エネルギー損失は、壁に近い時の方が小さくなる。またローター1が発生する推力は、ローターブレードが発生する揚力に比例するが、この揚力はローターブレードの迎え角に比例する。この迎え角はブレード角度から流入角度を引いた値であるが、壁の近くでローター1を回した場合に軸方向の速度成分が小さくなるため、流入角度は小さくなる。したがってローターブレードの迎え角は大きくなり、ローター1の推力は大きくなる。よってローター1が壁面近くで回転した時に、一定の回転数では発生する推力は増加し、必要パワーは減少する。
【0043】
この誘導エネルギー損失は次で与えられる。
【0044】
図8に回転するローター1のブレード翼素を示す。ローター1は回転速度Ωで回っており、翼素半径をrとすると、翼素の回転方向速度はrΩとなる。また、ローターが誘導する回転軸方向の速度をvとする。その結果、流入速度Vは次式で与えられる。
V=√{(rΩ)
2+v
2}
また流入角度φは
φ=arctan(v/rΩ)
で与えられる。ブレード翼素の取付角をθとすると、迎え角αは
α=θ-φ
で与えられる。揚力Lは、流入速度Vに対して直角に発生し、
L=(ρV
2aαS)/2
で与えられる。ここで、ρは空気密度、aは揚力傾斜、Sは翼素の面積である。この揚力Lは軸方向および回転方向に分けられ、それぞれが推力T、抗力Dである。この抗力Dと回転方向速度rΩの積が誘導エネルギー損失である。
【0045】
壁面に近いときは壁面により流れが妨げられ、軸方向の誘導速度vが
図9に示すようにv'へと小さくなる。この結果、流入角はφ'に減少する。これに伴い揚力L'の後傾角は減少し、新たな推力T'は推力Tより大きくなる。また、新たな抗力D'は抗力Dより小さくなる。よって、壁面に近いときには誘導エネルギー損失は小さくなり、必要パワーは減少する。
【0046】
この推力を一定とした場合、壁に近づくほど要求される回転数が下がる。この一定の推力を発生するという条件で、ローター1と壁面との距離を変えた際に要求されるローター1の回転数を
図10に示す。また、推力を一定とした場合、壁に近づくほど要求されるパワーが下がる。この一定の推力を発生するという条件で、ローター1と壁面との距離を変えた際に要求されるパワーを
図11に示す。
【0047】
図12にこの構造物検査用マルチコプター100が上方の水平な壁面の下面に吸着する様子を示す。捜査員は構造物検査用マルチコプター100を操縦して構造物検査用マルチコプター100を検査したい箇所に近接させる。壁面に近づくと推力が増えるため、近接させるだけで構造物検査用マルチコプター100は水平な壁面に吸着するように張り付く。
【0048】
図13、
図14にこの構造物検査用マルチコプター100が斜めまたは垂直な壁面に吸着する様子を示す。捜査員は構造物検査用マルチコプター100を操縦して構造物検査用マルチコプター100を検査したい箇所に近接させる。構造物検査用マルチコプター100のガード11に取り付けられた接触センサー12が壁面に接触すると、接触センサー12がこれを感知し、接触点を支点として横転して壁面に吸着するように張り付く。
【0049】
構造物検査用マルチコプター100は吸着するよう張り付いたのち、車輪4で位置を変えながら複数点で検査を行う。
【0050】
構造物検査用マルチコプター100は壁面に吸着するように張り付くことで、風により位置がずれることがなく、またローター1を壁面に接近させることで必要パワーを下げることができる。このことは、ローター1の回転面より上の4隅に減速ギア付き移動用モータ5により駆動される車輪4を設け、ローター1と壁面の距離が、ローター1の直径の50%以下に、より好ましくは20%以下に、さらに好ましくは10%より小さくなるように近接して保持できるようにしたからである。
【0051】
<壁面が水平な場合>
検査者は操縦装置200のモードスイッチ201をオンにして構造物検査用マルチコプター100を上昇させ、壁面に4個の車輪4を張り付かせる。車輪4によって壁面とローター1のなす回転面との間の距離はローター1の直径の50%以下に、より好ましくは20%以下に、さらに好ましくは10%より小さくなるように近接して保たれる。ここでは、車輪4によって壁面とローター1のなす回転面との間の距離は10%とする。
【0052】
接触センサー12により、壁面に構造物検査用マルチコプター100が張り付いたことを検出すると、CPU71はローター1の回転数を落として消費パワーを下げる。
車輪4の摩擦力を確保するために必要な車輪4への荷重が4個で自重の1割であるとすると、ローター1個あたりに要求される推力Tは飛行時に要求される推力T0の1.1倍であり、296.5gfとなる。推力Tはローター1の回転数Nの2乗に比例するからローター1の回転数Nは、
(式1)
で与えられる。ここでN
0はT
0を発生する時のプロペラ回転数である。また、必要パワーPはローター1の回転数Nの3乗に比例するから必要パワーPは、
(式2)
で与えられる。ここでP
0はT
0を発生した時の必要パワーである。壁に吸着した時にT
0を発生するローター1の回転数N
0は、
図10より7865rpmであり、T
0の1.1倍の推力を発生する時の回転数は、式2より8249rpmとなる。壁に吸着した時にT
0を発生した時の必要パワーは、
図11より11.98Wである。よってT
0の1.1倍の推力を発生した時の1基のローター1あたりの必要パワーPは、式2より、13.82Wとなる。
【0053】
<壁面が傾いているまたは垂直な場合>
図15に示すフローチャートを参照しながら説明する。壁面の傾きをθ度とする。検査者は構造物検査用マルチコプター100を上昇させ、検査箇所に近接させる。操縦装置200のモードスイッチ201をオンにすることで(ステップ151)、構造物検査用マルチコプター100のローター1の回転数を増して上昇させ(ステップ152)、構造物検査用マルチコプター100は吸着モードに入る。
【0054】
このモードの下で、CPU71は、壁面にガード11上に取り付けられた接触センサー12が接触すると(ステップ153)、その反応した接触センサー12の位置から壁の方向を判定し(ステップ154)、接触を感知した接触センサー12が回転中心なるよう、ローター1の回転数を調節し、具体的には壁から遠いローター1の回転数を増し、近いローター1の回転数を減らして(ステップ155)構造物検査用マルチコプター100を横転させる。接触を最初に感知した接触センサー12の反対に位置する接触センサー12が接触を感知した時点で(ステップ156)構造物検査用マルチコプター100の横転をやめ、壁面に吸着するために適切なローター1の回転数で算出し(ステップ157)、ローター1を回転させる。この吸着に適切な回転数Nは次のように決定される。
【0055】
構造物検査用マルチコプター100の自重による力Wの垂直成分Fvと平行な成分Fhはそれぞれ次の式で与えられる。
【0056】
Fv=Wsinθ (式3)
Fh=Wcosθ (式4)
したがって、1基のローター1が発生する推力をTとすると、一個の車輪4が受ける荷重Fは
F=T-Fv/4 (式5)
で与えられる。このFが発生する摩擦力Ffは、車輪と壁面の摩擦係数をμとすると、次式で与えられる。
【0057】
Ff=μF (式6)
摩擦力Ffの4倍はWの平行成分Fhより大きくなければならないため、次式が成り立つ。
4Ff>Fh (式7)
式3から式7より次式を得る。
【0058】
4μ(T-Wsinθ/4)>Wcosθ (式8)
この式を変形して次式を得る。
(式9)
【0059】
この式より、μが0.8、θが45度の時、1基のローター1が発生する推力Tは428.8gfとなる。壁面が水平な時と同様にして、推力Tを発生する時のプロペラ回転数Nは9921rpmであり、その時のローター1基あたりの必要パワーは24.04Wとなる。
【0060】
図16に壁面から離れる際のフローチャートを示す。
モードスイッチ201をオフにすることで(ステップ161)構造物検査用マルチコプター100は離脱モードに入る。加速度センサーからの情報により、CPU71は機体姿勢を計算し、傾いた機体を水平にする最適な制御方法を計算し、ローター1の回転数を調整し(ステップ162)、構造物検査用マルチコプター100を横転させて水平にする(ステップ163)。
【0061】
<検査および移動>
図17に方向を転換する際のフローチャートを示す。検査員は構造物の長手方向に対してX軸を、これに直交する方向にY軸をとる。吸着モードのまま(ステップ171)、操縦装置200で閾値を超える方向(ヨー)の操作を一定時間行う(ステップ172、173)と方向転換モードに入り、CPU71からの指令信号がサーボモータ81に発せられ、車輪4および減速ギア付き移動用モータ5が乗っているジンバル6の方向を変え、
図18の状態から
図19の状態にする(ステップ174)。検査員は構造物検査用マルチコプター100を水平方向に回転させ(ステップ175)、構造物検査用マルチコプター100の前後方向をX軸に合わせる。その後他の指令を待つ(ステップ176)。
【0062】
構造物検査用マルチコプター100に搭載された打音検査装置83またはカメラ84を用いて、吸着した箇所の検査を行う。
【0063】
図20に前後方向に移動する際のフローチャートを示す。吸着モードのまま(ステップ201)、操縦装置200で閾値を超える前後移動の操作を一定時間行うと前後方向移動モードに入り(ステップ202、203)、CPU71からの指令信号がサーボモータ81に発せられ、車輪4の向きを
図18の状態にし(ステップ204)、前後方向に移動する(ステップ205)。CPU71は減速ギア付き移動用モータ5に備えられたロータリーエンコーダー82によって、移動距離を計測し、位置をSSD85に記録する。この移動後の位置で打音検査装置83およびカメラ84を用いて検査を行い、検査結果をSSD85に記録する。その後他の指令を待つ(ステップ206)。
図21に左右方向に移動する際のフローチャートを示す。吸着モードのまま(ステップ211)、操縦装置200で閾値を超える左右移動の操作を一定時間行うと左右方向移動モードに入り(ステップ212、213)、CPU71からの指令信号がサーボモータ81に発せられ、車輪4の向きを
図22の状態にし、左右方向に移動する(ステップ214、215)。CPU71は減速ギア付き移動用モータ5に備えられたロータリーエンコーダー82によって、移動距離を計測し、位置をSSD85に記録する。この移動後の位置で打音検査装置83またはカメラ84を用いて検査を行い、検査結果をSSD85に記録する。その後他の指令を待つ(ステップ216)。
このX(前後)方向およびY(左右)方向の移動と検査を繰り返す。
【0064】
本発明に係る構造物検査用マルチコプターは、移動および検査に関して、以下のとおり構成できる。
【0065】
(1)検査時にローターの推力により検査対象の構造物の壁面に上部側が張り付く構造物検査用マルチコプターであって、前記上部側に同心円状に配置された4個の車輪と、各前記車輪を機体垂直軸周りに対して回転可能に保持する回転保持部材と、各前記車輪を機体垂直軸周りに回転駆動する第1の回転駆動部と、各前記車輪を当該車輪の軸に対して回転駆動する第2の回転駆動部と、当該構造物検査用マルチコプターを機体垂直軸周りに回転させるときには、各前記車輪が同心円に沿って走行するように、前記第1の回転駆動部を制御する制御部とを具備する。
【0066】
(2)(1)に記載の構造物検査用マルチコプターであって、制御部は、当該構造物検査用マルチコプターを壁面に沿った一の方向に移動させるときには、各前記車輪が移動方向円に沿って走行するように、前記第1の回転駆動部を制御する。
【0067】
(3)(1)又は(2)に記載の構造物検査用マルチコプターであって、前記回転保持部材は、前記車輪および第2の回転駆動部を機体垂直軸周りに回転可能に保持するジンバルであり、前記第1の回転駆動部は、サーボモータである。
【0068】
<回収>
検査員は操縦装置200のモードスイッチ201をオフにすることで、構造物検査用マルチコプター100は水平に戻り、壁から離れる。その後、構造物検査用マルチコプター100は検査員の操縦により地面に誘導され着地する。検査員はSSD85を構造物検査用マルチコプター100から抜き取り、検査結果のデータを回収する。
【0069】
<その他>
本発明は、上記の実施形態に限定されず、本発明の技術思想の範囲内で様々な変形や応用をしての実施が可能である。そのような変形や応用の範囲も本発明の技術的範囲に属する。
【0070】
例えば、上記の実施形態では、保持部材として車輪を例にとり説明したが、本発明は車輪には限定されず、例えば保持部材として棒状の部材やリング状の部材などを用いてもよい。棒状の部材を用いる場合には、壁との間で水平性を確保するために3本の部材を用いることが好ましい。リング状の部材などを用いる場合には、壁吸着時に水平方向からの気流をブレードに導入するための空間を設ける必要がある。
【符号の説明】
【0071】
1 :ローター
2 :モータ
3 :ローター支柱
4 :車輪
5 :減速ギア付き移動用モータ
6 :ジンバル
7 :検査装置
8 :本体
9 :車輪支柱
10 :ガード支柱
11 :ガード
12 :接触センサー
71 :CPU
72 :受信機
73 :ジャイロセンサー
74 :加速度センサー
75 :バッテリー
81 :サーボモータ
82 :ロータリーエンコーダー
83 :打音検査装置
84 :カメラ
100 :構造物検査用マルチコプター
200 :操縦装置
201 :モードスイッチ