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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-22
(45)【発行日】2024-03-04
(54)【発明の名称】皮下投与用輸液
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/04 20060101AFI20240226BHJP
   A61K 47/12 20060101ALI20240226BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20240226BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20240226BHJP
   A61P 3/00 20060101ALI20240226BHJP
【FI】
A61K47/04
A61K47/12
A61K47/02
A61K9/08
A61P3/00
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021509376
(86)(22)【出願日】2020-03-23
(86)【国際出願番号】 JP2020012649
(87)【国際公開番号】W WO2020196381
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2023-02-10
(31)【優先権主張番号】P 2019064487
(32)【優先日】2019-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019194008
(32)【優先日】2019-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000149435
【氏名又は名称】株式会社大塚製薬工場
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】小林 只
(72)【発明者】
【氏名】米田 博輝
(72)【発明者】
【氏名】大室 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】廣田 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】原田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】林 洸仁
(72)【発明者】
【氏名】森田 知樹
(72)【発明者】
【氏名】品川 義之
【審査官】新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/052765(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第107034183(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/162546(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101721423(CN,A)
【文献】SASSON, H. et al.,Hypodermoclysis: An Alternative Infusion Technique,AMERICAN FAMILY PHYSICIAN,2001年,Vol.64, No.9,pp.1575-1578, ISSN 1532-0650
【文献】城谷典保,5.輸液管理,在宅医療助成勇美記念財団在宅医療テキスト,第3版,2015年,pp.106-109
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/00-47/69
A61K 9/00- 9/72
A61P 3/00
A61P 7/00
A61P 9/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重炭酸イオンを含むことを特徴とする、皮下投与用輸液。
【請求項2】
前記重炭酸イオンの濃度が10~50mEq/Lである、請求項1に記載された皮下投与用輸液。
【請求項3】
pHが6.0~8.5である、請求項1又は2に記載の皮下投与用輸液。
【請求項4】
生理食塩水の浸透圧に対する浸透圧比が0.8~1.3である、請求項1~3のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
【請求項5】
更にナトリウムイオンを含む、請求項1~4のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
【請求項6】
前記重炭酸イオン及び前記ナトリウムイオンのイオン源が炭酸水素ナトリウムである、請求項5に記載の皮下投与用輸液。
【請求項7】
更にカリウムイオン及びカルシウムイオンを含む、請求項1~6のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
【請求項8】
リンゲル液の形態である、請求項1~7のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
【請求項9】
更にマグネシウムイオンを含む、請求項1~8のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
【請求項10】
更にクエン酸イオン及び塩化物イオンを含む、請求項1~9のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
【請求項11】
前記ナトリウムイオンの濃度が50~154mEq/L、前記カリウムイオンの濃度が2~30mEq/L、前記カルシウムイオンの濃度が2~6mEq/L、前記マグネシウムイオンの濃度が1~3mEq/L、前記クエン酸イオンの濃度が2~7mEq/L、塩化物イオン濃度が90~170mEq/Lである、請求項10に記載の皮下投与用輸液。
【請求項12】
投与量が20~1500ml/日である、請求項1~11のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
【請求項13】
皮下投与用輸液において重炭酸イオンを配合することを特徴とする、皮下投与用輸液の皮下拡散性を向上させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮下投与用輸液に関する。より具体的には、本発明は、皮下拡散性が向上した皮下投与用輸液に関する。
【背景技術】
【0002】
皮下輸液法は、静脈内に注射針又はカテーテルを挿入することができない適応上の理由、及び在宅医療又は終末期医療といった医療体制上の理由等により、輸液剤を皮下に注入する輸液法を言う。現在のような輸液及び栄養管理が確立する以前の1950年代までは、皮下輸液法は、皮下注射による補液とともに一般的な投与方法として行われてきた。その後、経静脈栄養が発展及び普及し、静脈注射(以下、静注ともいう)法に代わって皮下輸液法は衰退した。ところが最近では、在宅医療における脱水治療や終末期の補液等における投与経路として、皮下輸液法が見直されるようになってきた。
【0003】
皮下輸液法では、皮下組織に液体が押し込まれるため、皮下注射と同様に、浮腫及びそれによる疼痛を伴うことが知られている。皮下注射における疼痛については注射量との関係が知られている。例えば、非特許文献1には、体積が異なる溶液を皮下注射した場合の疼痛を比較したところ、注射量に関連して疼痛の有意差が見られたことが結論づけられている。また、非特許文献2では、皮下注射に伴う疼痛を、注射速度および容量の様々な組み合わせで評価することで、注射速度は注射痛には影響を及ぼさず、注射量が多いほど痛みが増すことが結論づけられている。なお、日本において、輸液剤のうち、皮下注射(皮下投与)に医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(Pharmaceutical Affairs Law of Japan)の適応をもつものは基本的に生理食塩水だけである。
【0004】
一方、リンゲル液に乳酸塩や酢酸塩といったアルカリ化剤を加えた乳酸/酢酸加リンゲル液が、血液のアシドーシスを補正する目的で適用されている。非特許文献3では、補充輸液として多く用いられているものに乳酸あるいは酢酸加リンゲル液があり、この乳酸、酢酸加リンゲル液は、皮下輸液に使用すると逆に血液の重炭酸イオンが皮下に引き出されアシドーシスを増悪させる可能性があるので注意を要することが示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】The Annals of Pharmacotherapy 1996 July/August, Volume 30, 729-732
【文献】Diabetes, Obesity and Metabolism 16: 971-976, 2014.
【文献】終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン(2013年版)、特定非営利活動法人日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編集、第2章「背景知識」、「7 皮下輸液法」、43頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1及び2で開示されているように、皮下注射に伴う疼痛は注射量が関係している。つまり、注射量が多いほど、皮下の狭い範囲に液体が押し込まれることとなり、押し込まれた液体が周囲の組織を圧迫することで、より強い疼痛を生じさせる。一方、皮下輸液法では、皮下注射に比べてはるかに多量の液体を皮下に押し込む。このため、皮下輸液法では、皮下注射に比べ、皮下に液体を押し込むことの弊害ははるかに大きい。実際に、皮下輸液法では、皮下に液体を押し込むことによって生じる刺入部の浮腫が代表的な副作用として認識されている。ここで、皮下の特定の領域に押し込められた輸液は、時間とともに皮下のより広い領域へ広がる(皮下拡散する)。もし、皮下に押し込められた輸液が皮下拡散する速度を速くすることができれば、皮下の特定の領域にとどまる輸液の量がより早く少なくなり、副作用が緩和されると考えられる。
【0007】
そこで本発明は、皮下拡散性が向上した輸液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、敢えて、静注用に特化して構成され、皮下輸液として承認実績がないリンゲル液に着眼した。その結果、驚くべきことに、重炭酸イオンを含むリンゲル液が、生理食塩水や乳酸リンゲル液等と比べ、皮下拡散性が向上することを見出した。そして、この皮下拡散性の向上が、重炭酸イオンの存在によるものであることを突き止めた。本発明は、これらの知見に基づいてさらに検討を重ねることにより完成したものである。
【0009】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 重炭酸イオンを含むことを特徴とする、皮下投与用輸液。
項2. 前記重炭酸イオンの濃度が10~50mEq/Lである、項1に記載された皮下投与用輸液。
項3. pHが6.0~8.5である、項1又は2に記載の皮下投与用輸液。
項4. 生理食塩水の浸透圧に対する浸透圧比が0.8~1.3である、項1~3のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
項5. 更にナトリウムイオンを含む、項1~4のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
項6. 前記重炭酸イオン及び前記ナトリウムイオンのイオン源が炭酸水素ナトリウムである、項5に記載の皮下投与用輸液。
項7. 更にカリウムイオン及びカルシウムイオンを含む、項1~6のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
項8. リンゲル液の形態である、項1~7のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
項9・ 更にマグネシウムイオンを含む、項1~8のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
項10. 更にクエン酸イオン及び塩化物イオンを含む、項1~9のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
項11.前記ナトリウムイオンの濃度が50~154mEq/L、前記カリウムイオンの濃度が2~30mEq/L、前記カルシウムイオンの濃度が2~6mEq/L、前記マグネシウムイオンの濃度が1~3mEq/L、前記クエン酸イオンの濃度が2~7mEq/L、塩化物イオン濃度が90~170mEq/Lである、項10に記載の皮下投与用輸液。
項12. 投与量が20~1500ml/日である、項1~11のいずれかに記載の皮下投与用輸液。
項13. 皮下投与用輸液において重炭酸イオンを配合することを特徴とする、皮下投与用輸液の皮下拡散性を向上させる方法。
項14. 重炭酸イオンの、皮下投与用輸液の製造のための使用。
項15. 患者に、重炭酸イオンを含む皮下投与用輸液を投与する工程を含む、皮下輸液法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、皮下拡散性が向上した輸液を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】試験例1において、ラット背部に輸液を投与した直後の膨張部(浮腫)を撮影した写真である。
図2】試験例1において、ラット背部に輸液を投与した後60分経過時の膨張部(浮腫)を撮影した写真である。
図3】試験例1で得られた、膨張部(浮腫)の下端の移動距離を示すグラフである。
図4】試験例2で得られた、膨張部(浮腫)の下端の移動距離を示すグラフである。
図5】補足試験例で得られた、投与直後の膨張部(浮腫)の大きさを示すグラフである。
図6】補足試験例で得られた、膨張部(浮腫)の下端の移動距離を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.皮下投与用輸液
本発明の皮下投与用輸液は、重炭酸イオン(HCO3 -)を含み、且つ、皮下輸液法により投与されることを特徴とする。重炭酸イオンは、血液のアシドーシスを補正するために用いられることが知られている。本発明における重炭酸イオンは、皮下投与用輸液の皮下拡散性を向上させることを可能にする。
【0013】
重炭酸イオンのイオン源となる重炭酸塩としては、式:M1HCO3(式中、M1は1価の金属イオンまたはアンモニウムイオンを表す)又は式:M2(HCO32(式中、M2は2価の金属イオンを表す)で示される化合物であって、薬理学的に許容し得るものが挙げられる。その具体例としては、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素カルシウム、炭酸水素マグネシウム等が挙げられる。これらの重炭酸の中でも、特に炭酸水素ナトリウムが好ましい。
【0014】
本発明の皮下投与用輸液中の重炭酸イオンの含有量としては特に限定されず、付与すべき皮下拡散性、又は更に付与すべきアシドーシス補正能及び/又は輸液全体の浸透圧比等に応じて適宜設定すればよいが、例えば10~50mEq/L、好ましくは15~45mEq/L、より好ましくは20~40mEq/L、さらに好ましくは25~35mEq/L、一層好ましくは25~30mEq/Lが挙げられる。
【0015】
本発明の皮下投与用輸液には、体液(例えば血液、間質液、細胞内液)に含まれる体液電解質を更に含むことができる。
【0016】
例えば、本発明の皮下投与用輸液は、ナトリウムイオンを更に含んでよい。ナトリウムイオンのイオン源となる塩としては特に限定されないが、例えば、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、乳酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、硫酸ナトリウム、グリセロリン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。これらのナトリウムイオンのイオン源は水和物形態であってもよい。また、これらのナトリウムイオンのイオン源の中でも、好ましくは、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウムが挙げられる。
【0017】
本発明の皮下投与用輸液中のナトリウムイオンの含有量としては特に限定されず、輸液の浸透圧比、付与すべき細胞外液量及び循環動態の維持作用等に応じて適宜設定すればよいが、例えば50~180mEq/L、好ましくは100~175mEq/L、より好ましくは110~150mEq/L、さらに好ましくは120~140mEq/L、一層好ましくは125~135mEq/Lが挙げられる。
【0018】
また、本発明の皮下投与用輸液は、カリウムイオン及び/又はカルシウムイオンを更に含んでよく、好ましくは、カリウムイオン及びカルシウムイオンを更に含んでよい。
【0019】
カリウムイオンのイオン源となる塩としては特に限定されないが、例えば、塩化カリウム、酢酸カリウム、クエン酸カリウム、グリセロリン酸カリウム、硫酸カリウム、乳酸カリウム等が挙げられる。これらのカリウムイオンのイオン源は水和物形態であってもよい。これらのカリウムイオンのイオン源の中でも、好ましくは塩化カリウムが挙げられる。
【0020】
本発明の皮下投与用輸液中のカリウムイオンの含有量としては特に限定されず、輸液の浸透圧比、付与すべき神経及び筋肉細胞の興奮及び伸縮作用等に応じて適宜設定すればよいが、例えば2~30mEq/L、好ましくは2~5mEq/L、より好ましくは3~5mEq/Lが挙げられる。
【0021】
カルシウムイオンのイオン源となる塩としては特に限定されないが、例えば、グルコン酸カルシウム、塩化カルシウム、グリセロリン酸カルシウム、乳酸カルシウム、パントテン酸カルシウム、酢酸カルシウム等が挙げられる。これらのカルシウムイオンのイオン源は水和物形態であってもよい。これらのカルシウムイオンのイオン源の中でも、好ましくは塩化カルシウムが挙げられ、より好ましくは塩化カルシウム水和物が挙げられる。
【0022】
本発明の皮下投与用輸液中のカルシウムイオンの含有量としては特に限定されず、輸液の浸透圧比、付与すべき神経及び筋肉細胞の興奮及び伸縮作用等に応じて適宜設定すればよいが、例えば2~6mEq/L、好ましくは3~5mEq/Lが挙げられる。
【0023】
更に、本発明の皮下投与用輸液は、マグネシウムイオンを更に含んでよい。マグネシウムイオンのイオン源となる塩としては特に限定されないが、例えば、塩化マグネシウム、酢酸マグネシウム等が挙げられる。これらのマグネシウムイオンのイオン源は水和物形態であってもよい。これらのマグネシウムイオンのイオン源の中でも、好ましくは塩化マグネシウムが挙げられる。
【0024】
本発明の皮下投与用輸液中のマグネシウムイオンの含有量としては特に限定されず、輸液の浸透圧比、付与すべき酵素の活性化作用等に応じて適宜設定すればよいが、例えば1~3mEq/L、好ましくは1~2.5mEq/Lが挙げられる。
【0025】
更に、本発明の皮下投与用輸液は、クエン酸イオンを更に含んでよい。クエン酸イオンのイオン源となる塩としては特に限定されないが、例えば、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウムが挙げられる。これらのクエン酸イオンのイオン源は水和物状態であってもよい。これらのクエン酸イオンのイオン源の中でも、好ましくはクエン酸ナトリウムが挙げられ、より好ましくはクエン酸ナトリウム水和物が挙げられる。
【0026】
本発明の皮下投与用輸液中のクエン酸イオンの含有量としては特に限定されず、輸液の浸透圧比、調製すべきpH、代謝により生じさせるべき重炭酸イオンの量等に応じて適宜設定すればよいが、例えば2~7mEq/L、好ましくは3~6mEq/L、より好ましくは4~5mEq/Lが挙げられる。
【0027】
更に、本発明の皮下投与用輸液は、塩化物イオンを更に含んでよい。塩化物イオンのイオン源となる塩としては特に限定されないが、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウムが挙げられる。
【0028】
本発明の皮下投与用輸液中の塩化物イオンの含有量としては特に限定されず、輸液の浸透圧比等に応じて適宜設定すればよいが、例えば90~170mEq/L、好ましくは100~150mEq/L、より好ましくは100~120mEq/Lが挙げられる。
【0029】
本発明の皮下投与用輸液のpHとしては、組織への刺激を抑制するよう適宜設定すればよいが、例えば6.0~8.5、好ましくは6.5~8.0が挙げられる。
【0030】
本発明の皮下投与用輸液には、上述の成分に他に、pH調整剤を更に含むことができる。pH調整剤としては特に限定されないが、例えば、塩酸、二酸化炭素(炭酸)等の無機酸;有機酸及びその塩;水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物等のアルカリが挙げられる。有機酸としてはクエン酸、酢酸、乳酸、リンゴ酸、コハク酸等が挙げられ、有機酸の塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等が挙げられる。これらの有機酸の塩は水和物形態であってもよい。
【0031】
本発明の皮下投与用輸液においては、皮下拡散性をより向上させる観点から、上述の電解質のうち、乳酸イオンのイオン源となる塩及び酢酸イオンのイオン源となる塩を含まないことが好ましい。
【0032】
本発明の皮下投与用輸液の浸透圧は、皮下投与用であることから生理食塩水により近い浸透圧に調整されることが好ましく、具体的には、生理食塩水の浸透圧に対する浸透圧比(つまり、生理食塩水の浸透圧を1とした場合の相対比)として0.8~1.3、好ましくは0.85~1.25が挙げられる。
【0033】
本発明の皮下投与用輸液の溶媒は水であり、通常、注射用蒸留水が使用される。
【0034】
液体製剤は、重炭酸塩以外に他の薬剤を含んでいてもよい。液体製剤に含有される他の薬剤としては、グルコース等の糖質、ビタミン類(C、B1、B2、B6、B12、K、葉酸、ニコチン酸等)、抗菌薬(βラクタム系、モノバクタム系、クリンダマイシン、アミノグリコシド系等)、抗精神病薬(ハロペリドール等)、ベンゾジアゼピン系(ミダゾラム等)、麻薬類(モルヒネ、ペンダゾシン等)、抗コリン薬(ブスコパン等)、メトクロブラミド、抗ヒスタミン薬(クロルフェニラミン、ジフェンヒドラミン等)、局所麻酔薬類(キシロカイン、メピバカイン等)、ステロイド、インスリン、ヘパリン、トラネキサム酸、リドカイン、フロセミド等が挙げられる。これらの他の薬剤の中でも、好ましくは、グルコース、βラクタム系抗菌薬、ビタミン類、モルヒネ、ペンダゾシン、メトクロブラミド、クロルフェニラミン、インスリン、ヘパリンが挙げられる。
【0035】
本発明の皮下投与用輸液は、リンゲル液の形態で提供されてもよい。リンゲル液は、手術や外傷の出血などで減少した循環血漿量の補正、及び/又は血液が酸性に傾く代謝性アシドーシスの補正を目的とした輸液をいう。この場合、アシドーシス補正剤としては、重炭酸イオン、乳酸イオン、及び酢酸イオンが挙げられる。皮下拡散性をより向上させる観点から、アシドーシス補正剤は重炭酸イオンのみからなることが好ましい。
【0036】
本発明の皮下投与用輸液は、公知の方法によって製造できる。例えば、重炭酸イオンのイオン源となる電解質;必要に応じて配合される他の電解質、pH調整剤;必要に応じて配合される他の薬剤;及び溶媒を混合及び攪拌することで製造することができる。
【0037】
本発明の皮下投与用輸液の用途としては、皮下投与用の輸液である限りにおいて特に限定されるものではない。例えば、在宅医療、終末期医療の現場において、脱水治療、補液、及びその他の治療の目的で使用することができる。具体的には、末梢血管確保が困難な症例、自己抜去が頻回な症例に対して使用することができ、より具体的には、高齢者、終末期患者、乳幼児等の患者に対して使用することができる。本発明の皮下投与用輸液は皮下拡散性が向上しているため、本来的に浮腫の副作用がより顕著となる、皮膚のハリが比較的高い年代(例えば40歳未満)の患者においても有効である。
【0038】
本発明の皮下投与用輸液の投与量及び投与速度としては、皮下投与用であることを考慮した上で、投与対象者の症状及び年齢等に基づいて適宜設定することができる。具体的な投与量としては、成人の場合、穿刺箇所1箇所当たり、例えば20~1500mL/日、好ましくは50~1000mL/日、より好ましくは100~1000mL/日、更に好ましくは300~1000mL/日、一層好ましくは500~1000mL/日が挙げられる。1日当たりの穿刺箇所の数は、例えば1~2箇所が挙げられる。また、具体的な投与速度としては、例えば20~500mL/時間、好ましくは40~300mL/時間、より好ましくは60~200mL/時間が挙げられる。
【0039】
2.皮下拡散性を向上させる方法
上述するように、重炭酸イオンは、輸液の皮下拡散性を向上する。従って、本発明は、更に、皮下投与用輸液において重炭酸イオンを配合することを特徴とする、皮下投与用輸液の皮下拡散性を向上させる方法も提供する。すなわち、本発明の皮下拡散性を向上させる方法では、重炭酸イオンを、輸液の皮下拡散性向上剤として利用する。
【0040】
なお、皮下拡散性とは、皮下投与によって皮下の特定の領域に押し込められた輸液が、時間とともに皮下のより広い領域へ広がる特性をいい、皮下拡散性が向上するとは、重炭酸イオンを含まない場合に比べ、皮下投与によって皮下の特定の領域に押し込められた輸液が皮下のより広い領域へ広がる速度が速いことをいう。
【0041】
本発明の皮下拡散性を向上させる方法において、使用される成分の種類や配合量等については、前記「1.皮下投与用輸液」の欄に記載の通りである。
【実施例
【0042】
以下に実施例及び比較例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
試験例1
表1に示す組成の輸液を用意した。実施例1の輸液(Bic)としては重炭酸リンゲル液「ビカネイト輸液」、比較例1の輸液(Sal)としては生理食塩水「大塚生食注」、比較例2の輸液(Lac)としては乳酸リンゲル液「ラクテック注」、比較例3の輸液(KN3)としては総合電解質輸液(維持液)「KN3号輸液」(いずれも(株)大塚製薬工場製)を用意した。それぞれの輸液について、以下の手順で皮下拡散性を評価した。尚、重炭酸リンゲル液「ビカネイト輸液」は炭酸水素ナトリウムを成分として含むものである。
【0044】
【表1】
【0045】
(皮下投与モデルの作製)
12週齢の雄のSDラットに、三種混合麻酔(メデトミジン・ミダゾラム・ブトルファノール)を5mL/kg体重の投与量で腹腔内投与し、麻酔下で背部(肩甲骨から尾部にかけて)を電気クリッパーにて剃毛した。肩甲骨の中心部に頭部から尾部に向けて穿刺し、針先が皮下で自由に動くことを確認して、各輸液を30mLの投与量で皮下投与した。皮下投与後、ラットの上顎切歯に縫合糸をかけて頭部が上になるよう吊り下げ、前肢を垂直壁にテープで固定することで、ラットを垂直体勢で固定した。投与液によって膨張した部分(浮腫)の上下左右端にそれぞれ油性ペンで線を引いてマークした。これを、投与直後(0分)の膨張部(浮腫)の記録とした(図1)。
【0046】
(観察及びマーキング)
背部の膨張部(浮腫)の下端の落下を記録することで、皮下中の輸液の移動を観察した。具体的には、投与直後(0分)から30分経過時、60分経過時(図2)、及び90分経過時に、背部の膨張部(浮腫)の下端に油性ペンで線を引いてマークした。なお、麻酔下での観察のため、観察中では麻酔状態が維持できているかをモニターした。もし観察中に覚醒した場合は、上記三種混合麻酔の投与量の0.2倍を追加で投与した。
【0047】
(投与液移動距離の測定)
90分経過時のマーキングを終了した後、すべてのマークが含まれるように背部の皮膚を切り取った。皮膚の伸縮を防ぐために生理食塩液を張った金属トレイに皮膚を広げて、投与直後における膨張部(浮腫)の上下幅(縦幅)及び左右幅(横幅);投与直後(0分)と30分とのマーク間距離(0’-30’);30分と60分とのマーク間距離;60分と90分とのマーク間距離;及び0分と90分とのマーク間距離(0’-90’)を、1mm目盛の定規で測定した。
【0048】
(結果)
投与直後における膨張部(浮腫)の縦幅及び横幅は、実施例1及び比較例1~3のいずれの輸液においても同レベルであった。実施例1及び比較例1~3の輸液について、上記で測定したマーク間距離(移動距離)のうち、0’-30’及び0’-90’を図3に示す。図3において、それぞれの移動距離はN=11の平均値を示している。また、Sal(比較例1)、Lac(比較例2)又はKN3(比較例3)とBic(実施例1)との2群間比較における移動距離平均値(N=11)の差の95%信頼区間を表2に示す。
【0049】
【表2】
【0050】
図3に示すSal(比較例1)、Lac(比較例2)及びKN3(比較例3)とBic(実施例1)との対比、並びに、表2に示すSal(比較例1)、Lac(比較例2)又はKN3(比較例3)とBic(実施例1)とのそれぞれの2群間比較から明らかなとおり、重炭酸イオンを有する実施例1の輸液は、重炭酸イオンを含まない比較例1~3の輸液よりも、輸液による皮下の膨張部(浮腫)の移動が有意に速く、従って、皮下拡散性が向上したことが分かった。さらに、この皮下拡散性向上効果は、投与直後の初期段階(30分以内)から発現することから、本来最も疼痛が強い初期段階から疼痛の緩和が期待できる点で優れている。
【0051】
試験例2
試験例1で皮下拡散性向上効果が認められた実施例1の輸液は、比較例1~3の輸液と比較して、重炭酸イオンが配合されている点が組成上の大きな特徴であるが、重炭酸イオンの他に、マグネシウムイオン及びクエン酸イオンを有している点も相違する。そこで、本試験例では、皮下拡散性向上効果に重炭酸イオンが関連していることを示すため、表3に示す組成の輸液について試験した。実施例2で用いた輸液(Bic)は、試験例1の実施例1で用いた輸液(Bic)と同じである。実施例3で用いた輸液(R+Mey)は、表3に示すように、実施例2と比較してマグネシウムイオン及びクエン酸イオンを含まないことを除いてほぼ同様の組成を有する。具体的には、実施例3の輸液は、リンゲル液「オーツカ」((株)大塚製薬工場製)500mLから16.8mLを取り除き、16.8mLの炭酸水素ナトリウム注射液「メイロン静注7%」((株)大塚製薬工場製)を加えて撹拌混合することによって調製した。実施例2及び実施例3の輸液ではいずれも炭酸水素ナトリウム濃度が2.35g/Lであった。なお、pHはpHメーター(F-54S:堀場製作所)を用いて25℃におけるpHを測定した。
【0052】
【表3】
【0053】
上記表の輸液を用いたこと及び投与量を75mL/kgとしたことを除いて、試験例1と同様にして、皮下投与モデルの作製、観察及びマーキング、並びに投与液移動距離の測定を行った。その結果、投与直後における膨張部(浮腫)の縦幅及び横幅は、実施例2及び実施例3いずれの輸液においても同レベルであった。実施例2及び実施例3の輸液について、上記で測定したマーク間距離(移動距離)を図4に示す。図4において、それぞれの移動距離はN=5の平均値を示している。この結果から、重炭酸イオン、マグネシウムイオン及びクエン酸イオンを含む実施例2と、重炭酸イオンを含みマグネシウムイオン及びクエン酸イオンを含まない実施例3との間で、いずれの段階においても移動距離は同レベルであった。つまり、試験例1で示されたような皮下拡散性向上効果には、重炭酸イオンが大きく関与していることが示された。
【0054】
補足試験例
輸液が皮下に投与されると、浮腫内では、輸液だまりが皮下結合組織を取り込んで膨潤し、その結果、ゲル状物を生じる。そうすると、上記の試験例によって測定された移動距離は、輸液が取り込んだ皮下結合組織が多くなったことで生じたゲル状物が、その重さに依存して落下したことによる距離である可能性も考えられる。つまり、仮説として、異なる輸液がそれら組成の違いに応じて異なる量のゲル状物を生じ、そのうちの、より多量の(つまりより重量の大きい)ゲル状物が生じた方で、より大きい重量のために、移動(落下)距離がより大きくなったという可能性も考えられる。そこで、試験例1及び2の試験系が、上記の仮説が排除されたものであって、適切に皮下拡散性を評価していることを示すための補足試験を行った。具体的には、試験例1の実施例1で用いた輸液(Bic)の投与量を、皮下で異なる量のゲル状物の量が生じるよう15mLとし(実施例1では30mL)、試験例1と同様に試験を行った(N=11)。次に、その結果と実施例1とを比較した。
【0055】
(結果)
投与直後における膨張部(浮腫)の縦幅及び横幅を図5に示し、投与液の移動距離の測定結果を図6に示す。また、投与量15mLと投与量30mLとの2群間比較における移動距離平均値(N=11)の差の95%信頼区間を表4に示す。
【0056】
【表4】
【0057】
図5に示すように、投与直後における膨張部(浮腫)の縦幅及び横幅は、投与量15mLの場合に比べて投与量30mLの場合の方が大きいことを確認した。一方で、図6に示すように、投与量15mLと投与量30mLとで、皮下拡散による輸液の移動距離は同レベルであり、表4に示すとおり、それら移動距離には有意差が無かった。従って、試験例1及び2の試験系は、皮下で生じるゲル状物の重さに影響されず、投与液の皮下拡散性を適切に評価していることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6