(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-26
(45)【発行日】2024-03-05
(54)【発明の名称】塞栓用組成物、塞栓用組成物の製造方法、及び、塞栓用キット
(51)【国際特許分類】
A61K 47/32 20060101AFI20240227BHJP
A61K 47/36 20060101ALI20240227BHJP
A61K 47/38 20060101ALI20240227BHJP
A61K 47/40 20060101ALI20240227BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20240227BHJP
A61K 47/69 20170101ALI20240227BHJP
A61L 31/04 20060101ALI20240227BHJP
A61L 31/12 20060101ALI20240227BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20240227BHJP
【FI】
A61K47/32
A61K47/36
A61K47/38
A61K47/40
A61K47/42
A61K47/69
A61L31/04 110
A61L31/04 120
A61L31/12
A61L31/14
(21)【出願番号】P 2020033084
(22)【出願日】2020-02-28
【審査請求日】2022-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】田口 哲志
【審査官】堂畑 厚志
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-339497(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/32
A61K 47/36
A61K 47/38
A61K 47/40
A61K 47/42
A61K 47/69
A61L 31/04
A61L 31/12
A61L 31/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シクロデキストリンと、
親水性基、及び、炭素数が
3~20個の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を有する高分子化合物と、
を含有し、
前記高分子化合物の
前記アルキル基の少なくとも一部が前記シクロデキストリンで包接されてなる、塞栓用組成物。
【請求項2】
更に水を含有する請求項1に記載の塞栓用組成物。
【請求項3】
前記アルキル基の炭素数が、3~16個である、請求項1
又は2に記載の塞栓用組成物。
【請求項4】
前記アルキル基の炭素数が、8~17個である、請求項1又は2に記載の塞栓用組成物。
【請求項5】
前記高分子化合物が有するアルキル基のモル基準の含有量に対する、前記シクロデキストリンのモル基準の含有量の含有量比が、1.0~2.5である、請求項1~4のいずれか1項に記載の塞栓用組成物。
【請求項6】
α-シクロデキストリン又はその誘導体を含有し、
前記アルキル基の少なくとも一部が前記α-シクロデキストリン又はその誘導体に包接されてなる、請求項1~5のいずれか1項に記載の塞栓用組成物。
【請求項7】
前記高分子化合物が、エチレンビニルアルコール、コラーゲン、ゼラチン、グリコサミノグリカン、ポリビニルアルコール、セルロース、デンプン、アルギン酸、キサンタンガム、カラギナン、ジェランガム、グアーガム、ローカストビーンガム、及び、サクランからなる群より選択される少なくとも1種
に前記アルキル基が導入されている誘導体である、請求項1~6のいずれか1項に記載の塞栓用組成物。
【請求項8】
β-シクロデキストリン又はその誘導体、及び、γ-シクロデキストリン又はその誘導体からなる群より選択される少なくとも1種と、
α-シクロデキストリン又はその誘導体と、を含有する、請求項1~7のいずれか1項に記載の塞栓用組成物。
【請求項9】
前記高分子化合物がポリビニルアルコール誘導体である、請求項1~8のいずれか1項に記載の塞栓用組成物。
【請求項10】
前記ポリビニルアルコール誘導体が、以下の式1で表される繰り返し単位を有する、請求項9に記載の塞栓用組成物。
【化1】
(式1中、R1は炭素数が
3~20個の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を表す。)
【請求項11】
前記ポリビニルアルコール誘導体における前記アルキル基の導入量が1.0~25モル%である、請求項9又は10に記載の塞栓用組成物。
【請求項12】
前記アルキル基が、前記シクロデキストリンに包接されてなる、請求項11に記載の塞栓用組成物。
【請求項13】
チキソトロピー性を有する請求項1~12のいずれか1項に記載の塞栓用組成物。
【請求項14】
更に造影剤を含有する、請求項1~13のいずれか1項に記載の塞栓用組成物。
【請求項15】
前記シクロデキストリンと、水と、
前記高分子化合物と、を混合して、混合液を得ることと、
前記混合液を加熱することと、を含む、請求項1~14のいずれか1項に記載の塞栓用組成物の製造方法。
【請求項16】
第1の容器と、
前記第1の容器に収容された親水性基、及び、炭素数が
3~20個の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を有する高分子化合物、並びに、シクロデキストリンを含有する粉体と、
を有する第1収容体と、
第2の容器と、前記第2の容器に収容された水と、を有する、第2収容体と、を有する塞栓用キット。
【請求項17】
前記高分子化合物が、エチレンビニルアルコール、コラーゲン、ゼラチン、グリコサミノグリカン、ポリビニルアルコール、セルロース、デンプン、アルギン酸、キサンタンガム、カラギナン、ジェランガム、グアーガム、ローカストビーンガム、及び、サクランからなる群より選択される少なくとも1種に前記アルキル基が導入されている誘導体である、請求項16に記載の塞栓用キット。
【請求項18】
前記高分子化合物が、以下の式1で表される繰り返し単位を有するポリビニルアルコール誘導体である、請求項17に記載の塞栓用キット。
【化2】
(式1中、R1は炭素数が3~20個の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を表す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塞栓用組成物、塞栓用組成物の製造方法、及び、塞栓用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
脳動脈瘤や脳静脈奇形の病巣部に人工物を詰めて固め、病巣部が破裂するのを防ぐ、塞栓術と呼ばれる治療方法が知られている。クリップで病巣部を圧迫することで血流を遮断して治療するクリッピング術と比較して、塞栓術は侵襲性が低く、患者の体への負担がより小さいという特徴を有する。
【0003】
一般に、脳血管内手術による腫瘍血管の塞栓は、大腿部の動脈(大腿部動脈)からカテーテルを挿入し、病巣の血管内に人工物(金属製のコイル、又は、塞栓用の組成物)を充填することで行われる。金属製のコイルの場合、病巣部に人工物が充填されると、血栓が形成され、病巣部の破裂の危険性が低下する。塞栓用の組成物の場合、病巣部が塞栓用組成物で充填されることにより、病巣部の破裂の危険性が低下する。
【0004】
上記のような技術として、特許文献1には、「脈管構造中の所定部位に留置されるコイル状塞栓物質であって、その一端部および他端部の少なくとも一方が、コイルの半径方向内方に屈曲していることを特徴とするコイル状塞栓物質。」が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、「(a)約2.5重量%から約8.0重量%までのエチレンビニルアルコールコポリマー塞栓形成剤、(b)タンタル、酸化タンタル及び硫酸バリウムからなる群から選ばれた約10重量%から約40重量%までの水不溶性造影剤、(c)約52重量%から約87.5重量%までの生体適合性溶媒(成分の夫々の重量%は全組成物の合計重量を基準とする)を含む組成物。」が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平10-57385号公報
【文献】特表2000-502321号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載されたコイル状塞栓物質は、病巣に対して充填率が十分高くならない場合があり、所望の治療効果が得られない場合があることを本発明者は知見している。
また、特許文献2に記載された組成物は、エチレンビニルアルコールコポリマーを一旦溶解させ、生体内で析出させて塞栓物を形成するために、有機溶媒を含有している。本発明者の検討によれば、このような有機溶媒は、生体にとっては刺激性であることが多いことがわかっている。
【0008】
そこで、本発明は、有機溶媒を含有しなくても、優れた塞栓性を有する塞栓用組成物を提供することを課題とする。
また、本発明は、塞栓用組成物の製造方法、及び、塞栓用キットを提供することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0010】
[1] シクロデキストリンと、親水性基、及び、炭素数が3個以上のアルキル基を有する高分子化合物と、を含有し、上記高分子化合物の少なくとも一部が上記シクロデキストリンで包接されてなる、塞栓用組成物。
[2] 上記アルキル基が、炭素数が3~20個の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基である、[1]に記載の塞栓用組成物。
[3] 更に水を含有する[1]又は[2]に記載の塞栓用組成物。
[4] 上記アルキル基の炭素数が、3~16個である、[1]~[3]のいずれかに記載の塞栓用組成物。
[5] 前記高分子化合物が有するアルキル基のモル基準の含有量に対する、シクロデキストリンのモル基準の含有量の含有量比が、1.0~2.5である、[1]~[4]のいずれかに記載の塞栓用組成物。
[6] α-シクロデキストリン又はその誘導体を含有し、上記アルキル基の少なくとも一部が上記α-シクロデキストリン又はその誘導体に包接されてなる、[1]~[5]のいずれかに記載の塞栓用組成物。
[7] 上記高分子化合物が、エチレンビニルアルコール、コラーゲン、ゼラチン、グリコサミノグリカン、ポリビニルアルコール、セルロース、デンプン、アルギン酸、キサンタンガム、カラギナン、ジェランガム、グアーガム、ローカストビーンガム、及び、サクランからなる群より選択される少なくとも1種、並びに、これらの誘導体からなる群より選択される少なくとも1種である、[1]~[6]のいずれかに記載の塞栓用組成物。
[8] β-シクロデキストリン又はその誘導体、及び、γ-シクロデキストリン又はその誘導体からなる群より選択される少なくとも1種と、α-シクロデキストリン又はその誘導体と、を含有する、[1]~[7]のいずれかに記載の塞栓用組成物。
[9] 上記高分子化合物がポリビニルアルコール誘導体である、[1]~[8]のいずれかに記載の塞栓用組成物。
[10] 上記ポリビニルアルコール誘導体が、後述する式1で表される繰り返し単位を有する、[9]に記載の塞栓用組成物。
[11] 上記ポリビニルアルコール誘導体における上記アルキル基の導入量が1.0~25モル%である、[9]又は[10]に記載の塞栓用組成物。
[12] 上記アルキル基が、上記シクロデキストリンに包接されてなる、[11]に記載の塞栓用組成物。
[13] チキソトロピー性を有する[1]~[12]のいずれかに記載の塞栓用組成物。
[14] 更に造影剤を含有する、[1]~[13]のいずれかに記載の塞栓用組成物。
[15] シクロデキストリンと、水と、親水性基、及び、炭素数が3個以上のアルキル基を有する高分子化合物と、を混合して、混合液を得ることと、
上記混合液を加熱することと、を含む、[1]~[14]のいずれかに記載の塞栓用組成物の製造方法。
[16] 第1の容器と、上記第1の容器に収容された親水性基、及び、炭素数が3個以上のアルキル基を有する高分子化合物、並びに、シクロデキストリンを含有する粉体と、を有する第1収容体と、第2の容器と、上記第2の容器に収容された水と、を有する、第2収容体と、を有する塞栓用キット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、有機溶媒を含有しなくても、優れた塞栓性を有する塞栓用組成物を提供できる。また、本発明によれば、塞栓用組成物の製造方法、及び、塞栓用キットも提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1(組成物1)の構造回復の測定結果である。
【
図2】実施例5(組成物5)の構造回復の測定結果である。
【
図3】実施例6(組成物6)の構造回復の測定結果である。
【
図4】実施例2(組成物2)の構造回復の測定結果である。
【
図5】実施例10(組成物10)の構造回復の測定結果である。
【
図6】実施例11(組成物11)の構造回復の測定結果である。
【
図7】比較例1(組成物C1)の構造回復の測定結果である。
【
図8】比較例8(組成物C8)の構造回復の測定結果である。
【
図9】比較例9(組成物C9)の構造回復の測定結果である。
【
図10】比較例2(組成物C2)の構造回復の測定結果である。
【
図11】比較例14(組成物C14)の構造回復の測定結果である。
【
図12】比較例15(組成物C15)の構造回復の測定結果である。
【
図14】充填直後、及び、24時間経過後の脳動脈瘤モデルの画像である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
(用語の定義)
なお、以下の説明では、「塞栓用組成物」を単に「組成物」ともいう。
また、「本発明に係る塞栓用組成物」は「本組成物」ともいう。
また、有機溶媒を含有しなくても、優れた塞栓性を有することを、「本発明の効果を有する」ともいう。
また、「高分子化合物の少なくとも一部がシクロデキストリンで包接されてなる」状態とは、組成物中に複数ある高分子化合物の分子の少なくとも一部がシクロデキストリンに包接されている状態を意味する。
また、「包接」とは、シクロデキストリンの分子の内側に形成された疎水性空隙(内腔)に他の分子が会合された状態を意味する。従って、「高分子化合物の少なくとも一部がシクロデキストリンで包接されてなる」状態は、高分子化合物の構造のうち少なくとも一部(例えば、高分子化合物が有する一部の基等)がシクロデキストリンの内腔に会合されている状態を意味する。
また、「アルキル基」とは、アルカンから水素原子を1個除いた残りの原子団である1価の基を意味する。
【0015】
[塞栓用組成物]
本発明に係る塞栓用組成物は、シクロデキストリンと、炭素数が3個以上のアルキル基(以下、「特定アルキル基」ともいう。)及び親水性基を有する高分子化合物と、を含有し、上記高分子化合物の少なくとも一部が上記シクロデキストリンで包接されてなる。
【0016】
特に、後述するとおり、塞栓用組成物がシクロデキストリンとしてα-シクロデキストリン又はその誘導体(以下、「α-シクロデキストリン」等ともいう。)を含有する場合、α-シクロデキストリン等の内腔の大きさが、高分子化合物が有する特定アルキル基を包接するのに適しているため、高分子化合物の特定アルキル基の少なくとも一部がα-シクロデキストリン等に包接されると推測される。
【0017】
このとき、包接の形態としては、例えば特定アルキル基を構成する炭素原子の全部がα-シクロデキストリン等の内腔に配置される形態であってもよい。また、特定アルキル基を構成する炭素原子の一部がα-シクロデキストリンの内部に配置され、残りは外部に配置される形態、すなわち、特定アルキル基がα-シクロデキストリン等を串刺し状に貫通する形態であってもよい。
【0018】
本組成物により本発明の効果が得られる機序は必ずしも明らかではないが、本発明者らは以下のとおり推測している。なお、以下の機序は推測であり、以下の機序以外の機序により本発明の効果が得られる場合であっても本発明の範囲に含まれるものとする。
【0019】
本組成物は、シリンジ、及び、シリンジに接続されたカテーテルを用いて患部に注入する場合でも、シリンジを押圧する力が大きくなりにくい。これは、高分子化合物の少なくとも一部、典型的には、高分子化合物の特定アルキル基の少なくとも一部がシクロデキストリンで包接されてなるためと推測される。つまり、包接されることで、高分子化合物の分子内、及び/又は、分子間の特定アルキル基等に起因する相互作用が抑制されたためと推測される。
【0020】
一方で、本組成物は、注入された後は、注入時の流動性がなくなり、優れた塞栓性を有する。これは、注入された後は、特定アルキル基同士の疎水性相互作用、及び、シクロデキストリン同士の水素結合等によって、強固なゲルが形成されたためと推測される。
【0021】
更に、本組成物は、ゲル状態になって固定化された後、流体に接触すると、徐々にゲルの強度が向上している可能性があることを本発明者は知見している。
これは、注入されたシクロデキストリンが徐々に流体中に流出していくことで、特定アルキル基同士の疎水性相互作用がより強くなっていくためだと推測される。
以下では、本組成物の成分等について詳述する。
【0022】
(高分子化合物)
本組成物は、親水性基、及び、特定アルキル基を有する高分子化合物を含有する。
本組成物における高分子化合物の含有量としては特に制限されないが、より優れた本発明の効果を有する組成物が得られる点で、本組成物が溶媒を含有する場合、溶媒の1mLに対して高分子化合物の含有量が、0.001~1gが好ましく、0.001~0.5gがより好ましい。
【0023】
なお、本組成物は、高分子化合物の1種を単独で含有してもよく、2種以上を含有していてもよい。本注入材が、2種以上の高分子化合物を含有する場合には、その合計含有量が上記数値範囲内であることが好ましい。
【0024】
高分子化合物が有する親水性基としては特に制限されないが、例えば、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、アルコキシ基、及び、(ポリ)オキシアルキレン基等が挙げられ、ヒドロキシ基が好ましい。
【0025】
高分子化合物としては、例えば、エチレンビニルアルコール(エチレン-ビニルアルコール共重合体)、コラーゲン、ゼラチン、グリコサミノグリカン(例えば、ヒアルロン酸、及び、コンドロイチン硫酸等)、プロテオグリカン、ポリビニルアルコール、セルロース、デンプン、アルギン酸、キサンタンガム、カラギナン、ジェランガム、グアーガム、ローカストビーンガム、及び、サクランからなる群より選択される少なくとも1種、又は、これらの誘導体であって、炭素数が3個以上のアルキル基(特定アルキル基)を有する化合物(その塩であってもよい)が挙げられる。
【0026】
なかでも、より優れた本発明の効果を有する組成物が得られる点で、高分子化合物は、ゼラチン、グリコサミノグリカン、及び、ポリビニルアルコールからなる群より選択される少なくとも1種、又は、これらの誘導体であって特定アルキル基を有する化合物が好ましく、ポリビニルアルコールに特定アルキル基が導入された化合物、典型的には、特定アルキル基を有するポリビニルアセタールがより好ましい。
【0027】
特定アルキル基は炭素数が3個以上のアルキル基であり、直鎖状、分岐鎖状、及び、環状のいずれであってもよいが、より優れた本発明の効果を有する組成物が得られる点で、直鎖状、又は、分岐鎖状であることが好ましい。
なかでも、炭素数が3~20個の直鎖状、又は、炭素数が3~20個の分岐鎖状のアルキル基であることがより好ましく、炭素数が3~16個の直鎖状、又は、炭素数が3~16個の分岐鎖のアルキル基であることが更に好ましい。
【0028】
・高分子化合物の好適形態
より優れた本発明の効果を有する組成物が得られる点で、高分子化合物は、以下の式1で表される繰り返し単位(以下、「単位1」ともいう。)を有することが好ましい。以下、式1で表される繰り返し単位を有する高分子化合物を、「高分子化合物1」ともいう。
【0029】
【0030】
上記式中、R1は炭素数3個以上のアルキル基(特定アルキル基)を表す。
上記R1のアルキル基の炭素数は、3個以上であれば特に制限されないが、より優れた本発明の効果を有する組成物が得られる点で、3~20個が好ましい。なかでも、炭素数が16個以下であると、注入時の圧力が小さくなりやすく、より優れた注射性を有する組成物が得られる。
【0031】
また、上記R1のアルキル基は、直鎖状、分岐鎖状、及び、環状のいずれであってもよいが、より優れた本発明の効果を有する組成物が得られる点で、直鎖状、又は、分岐鎖状であることが好ましい。
【0032】
R1は、炭素数が3個以上の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基が好ましく、炭素数が3~20個の直鎖状、又は、炭素数が3~20個の分岐鎖状のアルキル基であることがより好ましく、炭素数が3~16個の直鎖状、又は、炭素数が3~16個の分岐鎖のアルキル基であることが更に好ましい。
【0033】
高分子化合物1は、式1で表される以外の繰り返し単位を有していてもよい。このような繰り返し単位としては、例えば、以下の式2、及び、式3で表される繰り返し単位(以下、それぞれ「単位2」、及び、「単位3」ともいう。)が挙げられる。
【0034】
【0035】
高分子化合物1中における単位1の含有量としては特に制限されないが、高分子化合物1におけるアルキル基の導入量として、0.1~25モル%が好ましく、0.1~15モル%がより好ましく、1~10モル%が更に好ましく、2~7モル%が特に好ましい。
なお、本明細書において、アルキル基の導入量は、高分子化合物の1H-NMRの測定結果から、以下の式により計算した値(モル%)を意味する。
(式)(-CH3に由来するピークの積分値/2)/(-CH2-に由来するピークの積分値)×100(モル%)
【0036】
特定高分子化合物の分子量としては特に制限されないが、一般に、10,000~200,000が好ましく、50,000~100,000がより好ましい。
【0037】
高分子化合物1の製造方法としては特に制限されず、公知の製造方法が適用可能である。典型的には、ポリ酢酸ビニルをけん化して得られたポリビニルアルコールを酸触媒下でアルデヒドと縮合させることによって得ることができる。この場合、得られる高分子化合物1における特定アルキル基は、上記アルデヒドに由来し、用いるアルデヒドの種類を適宜変更することによって所望のアルキル基を有する高分子化合物1が製造できる。
【0038】
〔シクロデキストリン〕
本組成物はシクロデキストリンを含有する。
シクロデキストリンは、D-グルコース単位がα-1,4-グルコシド結合で環状に結合した環状化合物であり、澱粉、及び/又は、澱粉の加水分解物にシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼ等の酵素を作用させて製造できる。
【0039】
シクロデキストリンとしては、構成するグルコースの数が6個(α型)、7個(β型)、及び、8個(γ型)等のシクロデキストリンを用いることができ、更にその誘導体も使用することができる。
なかでも、α-シクロデキストリン又はその誘導体は、その内腔の大きさが、高分子化合物が有する特定アルキル基を包接するためにより適しており、結果としてより優れた本発明の効果を有する組成物が得られる点で好ましい。
【0040】
α-シクロデキストリン誘導体としては特に制限されないが、メチルα-シクロデキストリン、ブチルα-シクロデキストリン、2-ヒドロキシプロピルα-シクロデキストリン、アセチルα-シクロデキストリン、スクシニルα-シクロデキストリン、グルコシルα-シクロデキストリン、マルトシルα-シクロデキストリン、α-シクロデキストリンカルボキシメチルエーテル、リン酸エステルα-シクロデキストリン、及び、カルボキシメチルα-シクロデキストリン等が挙げられる。
【0041】
β-シクロデキストリン誘導体としては、例えば、メチル-β-シクロデキストリン(MBCD)、(2-ヒドロキシプロピル)-β-シクロデキストリン(HPBCD)、カルボキシメチル-β-シクロデキストリン、カルボキシメチル-エチル-β-シクロデキストリン、ジエチル-β-シクロデキストリン、ジメチル-β-シクロデキストリン、グルコシル-β-シクロデキストリン、ヒドロキシブテニル-β-シクロデキストリン、ヒドロキシエチル-β-シクロデキストリン、マルトシル-β-シクロデキストリン、ランダム メチル-β-シクロデキストリン、スルホブチルエーテル-β-シクロデキストリン、2-セレニウム架橋-β-シクロデキストリン、及び、2-テルリウム架橋-β-シクロデキストリン等が挙げられる。
【0042】
γ-シクロデキストリン誘導体としては、例えば、2-ヒドロキシエチル-γ-シクロデキストリン、2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン、ブチル-γ-シクロデキストリン、3A-アミノ-3A-デオキシ-(2AS,3AS)-γ-シクロデキストリン、モノ-2-O-(p-トルエンスルホニル)-γ-シクロデキストリン、モノ-6-O-(p-トルエンスルホニル)-γ-シクロデキストリン、モノ-6-O-メシチレンスルホニル-γ-シクロデキストリン、オクタキス(2,3,6-トリ-O-メチル)-γ-シクロデキストリン、オクタキス(2,6-ジ-O-フェニル)-γ-シクロデキストリン、オクタキス(6-O-t-ブチルジメチルシリル)-γ-シクロデキストリン、及び、オクタキス(2,3,6-トリ-O-アセチル)-γ-シクロデキストリン等が挙げられる。
【0043】
組成物が特定アルキル基を有するゼラチン又はその誘導体を含有する場合、シクロデキストリンとして、β-シクロデキストリン又はその誘導体、及び/又は、γ-シクロデキストリン又はその誘導体を組成物が含有すると、ゼラチン誘導体が有するプロリン、及び、ヒドロキシプロリンに由来する環状構造部分がより包接されやすいため、注射応力をより低下させやすい点で好ましい。
【0044】
本組成物におけるシクロデキストリンの含有量としては特に制限されないが、より優れた本発明の効果を有する組成物が得られる点で、組成物が溶媒を含有する場合、溶媒の1mLに対して、0.001~1gが好ましく、0.001~0.5gがより好ましい。なお、組成物は、シクロデキストリンの1種を単独で含有してもよく、2種以上を含有していてもよい。組成物が、2種以上のシクロデキストリンを含有する場合には、その合計含有量が上記数値範囲内であることが好ましい。
【0045】
より優れた本発明の効果を有する組成物が得られる点で、高分子化合物が有する特定アルキル基の量(モル基準)に対応して調整されることが好ましい。
具体的には、高分子化合物の特定アルキル基の含有量(モル基準)に対するα-シクロデキストリン等の含有量(モル基準)の含有モル比(以下、「α-CD/アルキル基」ともいう。)として、下限は0を超えて、0.1以上が好ましく、0.5以上がより好ましく、1.0以上が更に好ましい。上限は、10以下が好ましく、8以下がより好ましく、6以下が更に好ましい。α-CD/アルキル基が1.0以上だと、得られる組成物はより低粘度になりやすい。
【0046】
〔その他の成分〕
本組成物は、本発明の効果を奏する範囲内で別の成分を含有してもよい。このような成分としては例えば、水、造影剤、及び、その他の添加剤等が挙げられる。
【0047】
(水)
組成物は水を含有することが好ましい。組成物中における水の含有量としては特に制限されないが、一般に組成物がより優れた強度、及び、より優れた注射性を有する点で、組成物の固形分が、1~50質量%に調整されることが好ましく、10~30質量%に調整されることがより好ましい。
【0048】
なお、組成物が生体に対してより低刺激性である点で、溶媒としては、有機溶媒を含有しないことが好ましい。
なお、有機溶媒を含有しないとは、組成物中における有機溶媒の含有量が、組成物の全質量に対して1質量%未満であることを意味し、0.1質量%未満が好ましく、0.01質量%未満がより好ましく、含有しないことが更に好ましい。
【0049】
(造影剤)
組成物は造影剤を含有することが好ましい。造影剤は、画像化技術を用いて生成された画像中の組成物の可視性、特にコントラストを改善するために使用される材料を意味する。これらの画像化技術としては、例えば、X線、コンピュータ断層撮影法(CT)、磁気共鳴画像法(MRI)、シンチグラフィー、蛍光、及び、超音波等が挙げられる。
【0050】
造影剤としては特に制限されず、公知の造影剤が使用できる。造影剤としては、例えば、バリウム、ビスマス、タンタル、白金、及び、金等の金属の微粒子、又は、硫酸バリウム等の上記金属の化合物;イオヘキソール、イオタラメート、ジアトリゾエート、メトリゾエート、イオキサグレート、イオパミドール、イオキシラン、イオプロミド、及び、イオジキサノール等の含ヨウ素化合物;等が挙げられる。
また、造影剤は、高結晶性ヒドロキシアパタイトナノ粒子等であってもよい。
塞栓用組成物中における造影剤の含有量としては特に制限されず、用途に応じて適宜調整すればよい。
【0051】
(添加剤)
添加剤としては特に制限されず、例えば、緩衝化剤、無機塩類(塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、乳酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、及び、炭酸水素ナトリウム等)、糖類(ブドウ糖、及び、果糖等)、並びに、有機酸(クエン酸、リンゴ酸、及び、酒石酸等)が挙げられる。
【0052】
・薬剤
本組成物は公知のがん治療薬等の腫瘍治療用の医薬品等を含有してもよい。このような医薬品としては、例えば、エピルビシン塩酸塩、マイトマイシンC、ドキソルビシン塩酸塩、ファルモルビシン、シスプラチン、レウロクリスチン、パクリタキセル、ドセタキセル、及び、エトポシド等が挙げられる。
塞栓用組成物中における薬剤の含有量としては特に制限されず、用途に応じて適宜調整すればよい。
【0053】
(製造方法)
本組成物の製造方法としては特に制限されないが、より簡便に混合物を製造できる点で、シクロデキストリンと、水と、特定高分子化合物とを混合して、混合液を得ることと、上記混合液を加熱することと、を含むことが好ましい。
混合液を加熱することで、シクロデキストリン(ホスト分子)に、特定高分子化合物(ゲスト分子)を包接させることができる。
【0054】
加熱の方法としては、特に制限されず、公知の方法が使用できる。このような方法としては、例えば、特開昭58-15280号公報に記載されているような、溶媒を含有する混合物を攪拌しながら加熱し、その後静置する方法;特開平11-279139号公報に記載されているような、溶媒を含有する混合物を攪拌し、その後、乾燥させる方法;及び、特開2001-089503号公報に記載されているような溶媒を含有する混合物を加圧、及び、加熱する方法等が挙げられる。
【0055】
また、加熱によって、あわせて組成物の滅菌を行うことも好ましい。この場合、十分な滅菌効果が得られる程度に温度、及び、圧力を調整して混合液を加熱し、同時に、シクロデキストリンに高分子化合物を包接させることによって、更に簡便に組成物を製造できる。
【0056】
(キット)
本発明に係るキットは、第1の容器と、上記第1の容器に収容された、特定高分子化合物、及び、シクロデキストリンを含有する粉体と、を有する第1収容体と、第2の容器と、上記第2の容器に収容された水と、を有する、第2収容体と、を有する塞栓用キットである。
【0057】
本キットは、第1容器及び第2容器にそれぞれ粉体と、水とが別に収容されているため、使用時に開封し、両者を混合して使用できる。
粉体と、液体(水)とを別の容器に分けて収容しているため、滅菌がより容易であり、簡便に製造できる利点を有する。
すなわち、例えば、粉体については、ガンマ線滅菌し、液体(水)については、加熱滅菌すればよい。
【0058】
(用途)
本組成物は、優れた塞栓性を有するため、脳動脈瘤や脳静脈奇形の病巣部にカテーテルで注入して塞栓するための塞栓用組成物として使用できる。また、肝細胞癌を栄養している肝動脈内に抗がん剤を含有する本組成物を投与して血流を遮断するTACE(Transcatheter Arterial Chemo-Embolization)、及び、子宮筋腫を栄養している子宮動脈に本組成物を投与して血流を遮断するUAE(uterine arterial embolization)等のInterventional Radiology (IVR)において実施される各種塞栓術に使用できる。
【実施例】
【0059】
以下に実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す実施例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0060】
(合成例1:ポリビニルアルコール誘導体「5C9-PVA」の合成)
まず、以下の手順に従い、ポリビニルアルコール誘導体を合成した。具体的には、アルデヒドと、PVA(ポリビニルアルコール)のヒドロキシ基とを酸触媒下で脱水縮合させて合成した。
【0061】
まず、80℃でPVA(10g、けん化率98.5mol%以上、重合度約2000)を48mLの水に溶解させ、溶液を得た。
次に、上記溶液に、150mLのジメチルスルホキシド(DMSO)と2mLの1N HClを添加した。
上記の結果、50質量/体積(mg/mL)のPVAと、1.0体積/体積%の0.01N HClとを含有する溶液を得た。
【0062】
次に、アルデヒド(ノナナール、C9H18O)の1.95mLを上記溶液に加え、得られた混合液を50℃で1時間攪拌させた。すべてのプロセスで還流冷却器を使用した。
反応後、得られたポリビニルアルコール誘導体溶液を600mL(約3倍)の冷エタノールに攪拌しながら加え、ポリビニルアルコール誘導体を沈殿させた。
【0063】
次に、沈殿したポリビニルアルコール誘導体を200mLのエタノールで3回洗浄して、未反応のアルデヒドとDMSO(ジメチルスルホキシド)を除去し、更に、溶媒を真空下で乾燥させ、白色の結晶を得た。得られた結晶は粉砕機(Wonder crusher WC-3、Osaka Chemical、Osaka、Japan)を使用して細かく粉砕した。
【0064】
1H-NMRの測定結果から、得られたポリビニルアルコール誘導体におけるアルキル基の導入量(モル%)を以下の式により計算した。
(式)(-CH3に由来するピークの積分値/2)/(-CH2-に由来するピークの積分値)×100(モル%)
【0065】
その結果、アルキル基の導入量は5.0モル%であり、得られたポリビニルアルコール誘導体を「5C9-PVA」とした。ここで、試料名のC9は反応に使用したアルデヒドの炭素数を意味し、5C9-PVAが有している特定アルキル基の炭素数は8である。
【0066】
(合成例2:ポリビニルアルコール誘導体「1C18-PVA」の合成)
ノナナールに代えてオクタデカナールを用い、その仕込み量をモル基準で合成例1の半分の量(5モル%)としたことを除いては、合成例1と同様にして、ポリビニルアルコール誘導体を合成した。
得られたポリビニルアルコール誘導体におけるアルキル基の導入量は1.0モル%であり、これを「1C18-PVA」とした。なお、1C18-PVAが有している特定アルキル基の炭素数は17である。
【0067】
(合成例3:ポリビニルアルコール誘導体「5C3-PVA」の合成)
ノナナールに代えてプロパナールを用い、その仕込み量をモル基準で合成例1と同量(10モル%)としたことを除いては、合成例1と同様にして、ポリビニルアルコール誘導体を合成した。
得られたポリビニルアルコール誘導体におけるアルキル基の導入量は5.0モル%であり、これを「5C3-PVA」とした。なお、5C3-PVAが有している特定アルキル基の炭素数は2である。
【0068】
[実施例1:組成物1の調製]
「5C9-PVA」の粉体(200mg)をスクリュー管瓶に加え、更に水(2mL)を加えて10質量/体積(g/mL)%の懸濁液を調製した。次に、最終的な含有量が15mMとなるよう、上記懸濁液にα-シクロデキストリン(α-CD;300mg)を加え、オートクレーブ(LSX-500、TOMY、東京、日本)を用いて、1atm、95℃で10分間加熱し、その後、25℃で一晩攪拌(500rpm)し、組成物1を得た。
【0069】
[実施例2~12:組成物2~12の調製]
PVA誘導体の種類、その含有量、シクロデキストリンの種類、及び、その含有量を表1の各行に記載したとおりとしたことを除いては、実施例1と同様にして、組成物2~組成物12を調製した。
【0070】
[比較例1:組成物C1の調製]
5C9-PVAに代えて、5C3-PVAを用い、α-CDの添加量を表1に記載したとおりにした以外は実施例1と同様にして、組成物C1を調製した。
【0071】
[比較例2:組成物C2の調製]
5C9-PVAに代えて、合成例1で用いた未変性のPVAを用い、α-CDの添加量を表1に記載したとおりにした以外は実施例1と同様にして、組成物C2を調製した。
【0072】
[比較例3~16]
PVA誘導体(又は未変性のPVA)の種類、その含有量、シクロデキストリンの種類、及び、その含有量を表1の各行に記載したとおりとしたことを除いては、実施例1と同様にして、組成物C3~組成物C16を調製した。各組成物の成分を表1にまとめて示した。
【0073】
【0074】
表1中、「PVA誘導体」の種類の欄にある、「5C9」は、「5C9-PVA」を示し、「1C18」は「1C18-PVA」を示し、「5C3」は「5C3-PVA」を示し、「(PVA)」は、合成例1で用いた未変性のPVAを示している。「含有量(m/v%)」の「(m/v%)」はPVA誘導体の質量/水の体積(g/mL)%を示している。「シクロデキストリン」の種類の欄にある「α-CD」は「α-シクロデキストリン」を示している。「モル比」は、組成物中におけるPVA誘導体が有するアルキル基のモル基準の含有量に対する、シクロデキストリンのモル基準の含有量の含有量比(α-CD/アルキル基)を示している。
【0075】
また、注射性の欄の「20G」「25G」は後述する注射性試験において、20ゲージ、又は、25ゲージのシリンジを用いた場合のそれぞれの試験結果である。
【0076】
[評価]
上記で調製した各組成物について、以下の方法で評価した。
【0077】
(粘性)
各組成物について、レオメーターを用いてせん断粘度を評価した。なお、測定は、治具PP25(直径25mm)を使用して、298Kで0.1s-1(1/sec)のせん断速度で測定した。測定は、各サンプルにつき5回行い、結果はその算術平均とした。結果を表1の「粘度」の欄に示した。
【0078】
表1に示した結果から、組成物中におけるPVA誘導体が有するアルキル基のモル基準の含有量に対する、シクロデキストリンのモル基準の含有量の含有量比(表1中の「モル比」)が1.0以上である組成物4(実施例4)は、組成物3(実施例3)と比較して、より粘度が低下していた。
【0079】
(シクロデキストリンによる包接状態の確認)
シクロデキストリンによる包接状態を確認するために2次元NMR法(nuclear Overhauser enhancement spectroscopy:NOESY)を用いて、組成物1~2、及び、組成物C1~C2について評価した。
その結果、シクロデキストリンを含有する組成物1、2、及び、C1については、α-CDに由来するスペクトルと、-CH2-に由来するスペクトルとの相関が確認された。この結果から、PVA誘導体が有するアルキル基がα-CDによって包接されたことが確認された。
【0080】
(構造回復)
各組成物について構造回復をレオメーターで評価した。
測定は298K下、3ステップで行った。第1ステップの条件はひずみγ=1%;角周波数ω=10rad/s、測定点間隔12sとした。第2ステップの条件はひずみγ=1000%;角周波数ω=10rad/s、測定点間隔12sとした。第3ステップの条件はひずみγ=1%;角周波数ω=10rad/s、測定点間隔12sとした。各ステップは15点測定した。
【0081】
結果を
図1(実施例1:組成物1)、
図2(実施例5:組成物5)、
図3(実施例6:組成物6)、
図4(実施例2:組成物2)、
図5(実施例10:組成物10)、
図6(実施例11:組成物11)、
図7(比較例1:組成物C1)、
図8(比較例8:組成物C8)、
図9(比較例9:組成物C9)、
図10(比較例2:組成物C2)、
図11(比較例14:組成物C14)、及び、
図12(比較例15:組成物C15)に示した。
【0082】
なお、
図1~12において、中黒(中塗り)の円はG′(貯蔵弾性率)を示し、中白(塗り無し)の円はG″(損失弾性率)を示し、いずれの単位もPaである。
【0083】
図1の結果から、組成物1は、与えるひずみの大きさ(図中「γ」と記載した)が1%である間は、G′、G″ともに略一定であって、その大きさの関係は、G″<G′で表され、いわゆるゲル状態であることがわかった。
また、与えるひずみの大きさを1000%とすると、G″とG′の大きさの関係が逆転し、G′<G″で表され、いわゆるゾル状態となることがわかった。
また、γが1%から1000%と変化するのに伴ってG′及びG″ともに減少していることがわかった。
【0084】
更に、
図1の結果からは、与えるひずみの大きさを1000%とすると、時間経過とともに、G′、及び、G″が低下していくことがわかった。
また、与えるひずみの大きさを1000%から1%に戻した場合、G′は、ひずみを変更する前と略同等の値まで上昇していくことが分かった。
【0085】
上記は、
図2~6の組成物5、6、2、10、及び、11についても略同様であり、チキソトロピー性を有していることがわかった。なお、チキソトロピー性とは、粘度が時間経過とともに変化する性質のことをいう。チキソトロピー性を有する材料は、剪断力が低いときは粘度が高くなり、かつ、剪断力が高いときは粘度が低くなる性質を有する。
【0086】
(注射性)
各組成物を2.5mLのシリンジ(テルモ株式会社、東京、日本)に充填した。このシリンジ(20G、及び、25Gの針をシリンジにセット)を穴のある金型にセットし、試験機(EZ-LX、島津製作所、京都、日本)で注射性試験を行った。試験中、押し出し応力が250Nに達した場合にはプロセスを停止することとした。注射性は、次の式によって計算した。
【0087】
注射性(%)=100×(Wt-Wr)/Wt
ここで、WtとWrはそれぞれ、試験前(Wt)と、試験後(Wr)のシリンジ内の注入材の質量である。結果を表1に示した。
【0088】
表1に示した結果から、特定アルキル基の炭素数が16個以下である組成物1は、特定アルキル基の炭素数が16個を超える組成物2と比較して、25Gの針で注射した場合も所定の押し出し応力の範囲内で略全量注射でき、より優れた注射性を有していることが分かった。
【0089】
(塞栓性)
脳動脈瘤モデルを作成し、インジェクション後の組成物による塞栓性と、水環境下での安定性を評価した。
厚さ2mmのシリコーンフィルムに直径10mmの脳動脈瘤モデルを作成した。着色剤を添加した各組成物(組成物1~2、及び、組成物C1~C2)をモデル内にインジェクションした。次に、モデルの流路をPBS(リン酸緩衝生理食塩水)で充填し、モデル全体をPBS(37℃)中で24時間保持した。
【0090】
この脳動脈瘤モデルの実験系の模式図を
図13に示した。実験系130では、組成物131がシリンジ132に充填されている。シリンジ132は、カテーテル133に接続されていて、シリンジ132を押圧すると、組成物131が、図中F1の方向に、カテーテル133内を移送される。
【0091】
シリコーンフィルム134を使用して、脳動脈モデル136と、脳動脈モデル136に生成した脳動脈瘤モデル135が作られている。
【0092】
組成物131は、脳動脈瘤モデル135の内部に向けてカテーテル133の出口から吐出される。吐出された組成物131は脳動脈瘤モデル135に充填される。その後、脳動脈モデル136には、血液の疑似溶液としてリン酸緩衝生理食塩水が充填され、脳動脈瘤モデル135内部における組成物131がリン酸緩衝生理食塩水に接触しても充填が維持されるかどうかの安定性を評価することができる。
【0093】
上記実験系を用い、24時間経過後の脳動脈瘤モデルを目視し、組成物が残留しているかを評価した。結果は、以下の基準により評価し、表1にまとめて示した。なお、充填直後、及び、24時間経過後の脳動脈瘤モデルの画像を
図14にあわせて示した。
【0094】
A:24時間経過後も脳動脈瘤モデル内に組成物が残留していた。
C:24時間経過後には、脳動脈瘤モデル内に組成物が殆ど残留していなかった。
【0095】
表1、及び、
図14に示した結果から、組成物1、及び、組成物2は、α-シクロデキストリンが、リン酸緩衝生理食塩水中に組成物中から放出されることで、特定アルキル基同士の疎水性相互作用による物理架橋が形成されることにより、24時間経過後も脳動脈瘤モデル内に組成物が残留しており、優れた塞栓性を有することがわかった。一方、組成物C1、及び、組成物C2は24時間経過後、脳動脈瘤から散逸してしまっており、十分な塞栓性を有していなかった。
【符号の説明】
【0096】
130 :実験系
131 :組成物
132 :シリンジ
133 :カテーテル
134 :シリコーンフィルム
135 :脳動脈瘤モデル
136 :脳動脈モデル