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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-26
(45)【発行日】2024-03-05
(54)【発明の名称】スラグ成形体および環境補修材
(51)【国際特許分類】
   A01G 33/00 20060101AFI20240227BHJP
   A01K 61/78 20170101ALI20240227BHJP
   B09B 3/70 20220101ALI20240227BHJP
   C02F 11/00 20060101ALI20240227BHJP
【FI】
A01G33/00
A01K61/78
B09B3/70
C02F11/00 C ZAB
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019022797
(22)【出願日】2019-02-12
(65)【公開番号】P2020129964
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2021-10-08
【審判番号】
【審判請求日】2023-03-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】高野 元志
(72)【発明者】
【氏名】山本 智郎
(72)【発明者】
【氏名】弘中 諭
(72)【発明者】
【氏名】吉田 聡志
【合議体】
【審判長】前川 慎喜
【審判官】有家 秀郎
【審判官】西田 秀彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-200195(JP,A)
【文献】特開2018-164430(JP,A)
【文献】特開2008-24552(JP,A)
【文献】特開2017-176026(JP,A)
【文献】特開2014-189473(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G33/00
B09B3/70
C02F11/00
C05D3/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水環境で使用されるスラグ成形体であって、
リグニンスルホン酸およびその金属塩の少なくとも一方が製鋼スラグ重量に対して6質量%以上含有され
上記スラグ成形体の表面に形成され、酸性土壌を主原料とし、リグニンスルホン酸およびその金属塩の少なくとも一方を含有する被覆部を備えることを特徴とするスラグ成形体。
【請求項2】
上記スラグ成形体は、
粒径または全長が10mm以上40mm以下であることを特徴とする請求項1に記載のスラグ成形体。
【請求項3】
請求項1または2に記載のスラグ成形体と、
上記スラグ成形体が装入され、上記スラグ成形体と環境水とを接触させるための開口部を有する容器と、を備えることを特徴とする環境補修材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水環境で使用されるスラグ成形体、および該スラグ成形体と、該スラグ成形体が装入される容器とを備える環境補修材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、沿岸部近傍の海域においては、岩場に海藻が繁殖しなくなり、石灰藻に覆われる磯焼け、水質の悪化、および底質の泥化などに伴う藻場の消失が問題となっており、水産資源の減少が深刻化している。
【0003】
水産資源の減少の原因の1つである底質の泥化は、人工的な沿岸地形の変化に伴う海水流動の変化、生活排水からの有機物の流入および海砂の採取などにより、広い範囲に渡って生じている。泥化した底質は貧酸素状態となり易く、嫌気性の硫酸還元菌により毒性の強い硫化水素が生成され、生物生息に多大な支障をきたす。
【0004】
このような底質による硫化水素の生成に関わる問題を解決可能な環境補修材の開発は水産資源を確保する上で重要な課題であり、硫化水素を抑制する手段として鉄が有効であることが知られている。
【0005】
より具体的には、以下の化学反応式に示すように、2価鉄(Fe2+)と3価鉄(Fe3+)とが、硫化水素イオンまたは硫化水素と反応し、硫化鉄(FeS)と単体硫黄(S)とを生じる。
HS+Fe2+→FeS+H
HS+2Fe3+→S+2Fe2++H
S+Fe2+→FeS+2H
S+2Fe3+→S+2Fe2++2H
水産資源の減少につながる藻場消失の原因として、森林の荒廃やダム建設などによって藻類の生育に必要な鉄分の流入量が減少していることも挙げられる。水産資源の維持、回復のためには、上記硫化水素の生成に関わる問題を解決するだけでなく、鉄分を供給することで、藻場を形成させ、多様な生物が生息可能な場を提供することが重要である。
【0006】
製鋼スラグは製鉄工程で大量に発生する副産物であり、路盤材や造成材など主に陸上での用途でリサイクルされている。製鋼スラグはリサイクル用途の拡大が求められており、海域での利用技術の開発が進められている。
【0007】
製鋼スラグは鉄を含有しているため、上記硫化水素の生成に関わる問題を解決し、藻場形成の助長に資する材料として着目されている。しかし、製鋼スラグは水和固化する性質を持つため、砕石状態でそのまま底質に投入した場合、時間経過とともに環境水と接触した製鋼スラグが水和固化し、底質全体が固化することで生物の生息に適さない状態へ変化する可能性がある。
【0008】
また、環境水中においては、製鋼スラグ中に含まれる遊離石灰(f-CaO)や水酸化カルシウムCa(OH)などがカルシウムイオン(Ca2+)と共に水酸化物イオン(OH)を溶出し、環境水のpHを過度に上昇させる可能性がある。特に、海水環境においては、製鋼スラグの施工により、海水のpHが上昇して海水が白濁してしまう可能性がある。
【0009】
製鋼スラグを用いて上記底質悪化の問題を解決する方法として、例えば、自然エージング、蒸気エージング、温水エージングで処理された製鋼スラグを用い、間隙率が10%以上の改質材を投入する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。上記特許文献1の方法では、改質材に間隙を持たせることで、改質材投入時に巻き上がった泥で製鋼スラグが埋もれないように底質を改善する方法を提供している。
【0010】
また、pHを上昇させることなく施工する方法として、炭酸化された製鋼スラグを腐植土と共にココナッツ繊維製の袋につめて海域へ投入する方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。上記特許文献2の方法では、腐植土の鉄キレート作用により、生物に有効な鉄分をスラグから供給可能であるという特徴を有する。また、上記特許文献2の方法では、施工前に製鋼スラグを炭酸化するため、製鋼スラグによる海水のpH上昇が抑制される。
【0011】
pHを上昇させることなく、取扱い良好な形状で海底へ施工させる有効な方法として、製鋼スラグを造粒した成形体を用いることが知られている(例えば、特許文献3参照)。上記特許文献3に記載のスラグ成形体は、酸性土壌の被覆部を有しており、この被覆部は、製鋼スラグによる海水のpH上昇を抑制する機能を持つ。また、成形用バインダーとしてリグニンスルホン酸を含有しており、リグニンスルホン酸のキレート効果により水環境において鉄分を多量に供給可能な特徴を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2013-56325号公報
【文献】特開2005-34140号公報
【文献】特開2014-200195号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上述のような特許文献1の方法では、元来水に溶出しにくい鉄を製鋼スラグから溶出させる工夫がされていないため、底質中で鉄の拡散が少なく、効率良く硫黄と反応しないため、十分な効果を得るために大量の製鋼スラグが必要となる。また、自然エージング処理などにより炭酸化がされているものの、製鋼スラグのアルカリ溶出を完全に抑制できないため、大量に投入すると水環境のpHを上昇させる危険性がある。
【0014】
また、上述の特許文献2の方法では、鉄の溶出促進に必要な腐植土を大量に混合するため、広大な水環境に投入する際、大量の腐食土を調達することが大きな課題となる。
【0015】
さらに、上述の特許文献3の方法では、鉄を溶出可能な製鋼スラグ成形体およびその製造方法について詳しく記載されているが、底質改善の観点で十分効果を得るための条件が記載されていない。また、被覆部の酸性土壌が剥離するとスラグ成形体への藻類の着生を妨げる可能性がある。
【0016】
本発明の一態様は、取扱性が良好で、水環境の底質を効果的に改善できるスラグ成形体および環境補修材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るスラグ成形体は、水環境で使用されるスラグ成形体であって、リグニンスルホン酸およびその金属塩の少なくとも一方が製鋼スラグ重量に対して6質量%以上含有される構成である。
【0018】
上記構成によれば、リグニンスルホン酸およびその金属塩は、スラグ成形体における成形性を向上させる。このため、取扱性が良好なスラグ成形体を提供できる。また、リグニンスルホン酸およびその金属塩は、さらに、鉄キレート作用を有し、水環境下においてスラグ成形体の鉄溶出量を増加させる作用を有する。また、上記構成によれば、リグニンスルホン酸およびその金属塩の少なくとも一方が製鋼スラグ重量に対して6質量%以上含有される。このため、水環境の底質を効果的に改善できる。
【0019】
また、本発明の一態様に係るスラグ成形体は、粒径または全長が10mm以上40mm以下であることが好ましい。上記構成によれば、スラグ成形体の取扱いがより容易であるとともに水環境での崩壊期間を適宜に調整する観点からより効果的である。
【0020】
また、本発明の一態様に係るスラグ成形体は、上記スラグ成形体の表面に形成され、酸性土壌を主原料としリグニンスルホン酸およびその金属塩の少なくとも一方を含有する被覆部を備えていても良い。上記構成によれば、水環境における鉄成分の溶出量の増加とpH上昇の抑制との観点からより効果的である。
【0021】
また、本発明の一態様に係る環境補修材は、上記スラグ成形体と、上記スラグ成形体が装入され、上記スラグ成形体と環境水とを接触させるための開口部を有する容器と、を備えていても良い。上記構成によれば、水環境の底質を効果的に改善できる環境補修材を提供することができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の一態様によれば、取扱性が良好で、水環境の底質を効果的に改善できるスラグ成形体および環境補修材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】(a)は、本発明の実施形態に係るスラグ成形体の外観を示す模式図であり、(b)は、スラグ成形体の変形例の概要構成を示す模式図であり、(c)は、本発明の実施形態に係る環境補修材の概要構成を示す模式図である。
図2】(a)は、上記環境補修材の一実施例の外観を示す図であり、(b)は、上記環境補修材の内部を示す図である。
図3】上記環境補修材の一実施例の外観を示す図である。
図4】(a)は、上記環境補修材の比較例の外観を示す図であり、(b)は、上記環境補修材の内部を示す図である。
図5】上記環境補修材の別の比較例の外観を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の一形態の構成について詳細に説明する。
【0025】
〔スラグ成形体〕
本発明の実施の一形態に係るスラグ成形体は、海洋沿岸部のような海水等の水環境において環境補修材等として使用される。そして、水環境へ投入されて、例えば海底に沈設して施工されることで、水環境における鉄溶出により底質改善効果を発揮し、さらに、藻類が定着可能かつ藻類の成長を促進する藻場造成材としての効果も奏する。
【0026】
なお、本明細書において、水環境とは、スラグ成形体を投入することができる環境であり、海、湖沼および河川などが含まれる。図1の(a)および(b)に、被覆部の無いスラグ成形体と、被覆部を有するスラグ成形体の一実施形態の構成図を示す。
【0027】
図1の(a)に示すスラグ成形体には、主原料としての製鋼スラグと、スラグ成形体を製造する際の成形性を向上させる混合物としてリグニンスルホン酸およびその金属塩の少なくとも一方とが混合されている。リグニンスルホン酸およびその金属塩は、分散性および粘結性に優れ、粘結剤として用いられ、スラグ成形体の強度の向上が期待される。
【0028】
ここで「主原料」とは、製鋼スラグが上記混合物中の成分の最も多い成分であることを意味し、例えば上記混合物における50質量%以上の量を占める。また、上記主原料としての製鋼スラグは、製造時の成形性やスラグ成形体の強度を考慮すると、平均粒径が0.5mm以上25mm以下であることが好ましい。
【0029】
なお、リグニンスルホン酸は、必要に応じてpH調整可能であるが、スラグ成形体における海水のpH上昇を抑制する観点や、pH上昇による白濁化を抑制する観点から、非アルカリ性であることが好ましい。特に、リグニンスルホン酸が酸性であると、海水のpH上昇を防止または緩和する効果を奏しやすいためより好ましい。
【0030】
また、リグニンスルホン酸金属塩を用いる場合は、その種類は適宜選択できるが、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)、亜鉛(Zn)、銅(Cu)、アルミニウム(Al)、マンガン(Mn)およびコバルト(Co)などの金属のいずれか1つか、複数を混合して適用可能である。なお、取り扱い性やコストを考慮すると、Mg、CaまたはNaが好ましい。
【0031】
リグニンスルホン酸およびその金属塩の形態は適宜選択でき、粉末の状態や水溶液の状態で添加できる。また、リグニンスルホン酸およびその金属塩は、スルホン基(-SOH)、カルボキシル基(-COOH)、フェノール性またはアルコール性水酸基(-OH)を有しており、金属イオンと結合して親水性または疎水性の錯体化合物を形成するキレート性を有している。
【0032】
そして、リグニンスルホン酸またはその金属塩を添加したスラグ成形体を海水へ投入すると、リグニンスルホン酸のキレート性により、Feイオンが水酸化物を形成して沈殿することなく、溶存状態で安定的に存在するため、Feの溶出量が増加する。
【0033】
製鋼スラグは、鉄鋼製品を製造する過程で副産物として発生し、通常は路盤材や地盤改良材などに有効利用されているものである。このような製鋼スラグとしては、例えば、転炉スラグ、電気炉スラグ、予備処理スラグ、脱炭スラグ、脱硫スラグ、脱リンスラグ、脱珪スラグ、電気炉酸化スラグ、電気炉還元スラグ、二次精錬スラグおよび造塊スラグなどがある。
【0034】
スラグ成型体は必要に応じ、水環境に有用な成分として、窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、珪素(Si)および鉄(Fe)を含む混合物を加えても良い。混合物の例としては、硫酸アンモニウム、尿素、過リン酸石灰、熔成リン肥、硝酸カリウム、苦土石灰、硝酸マグネシウムおよび珪酸カリウムなどの施肥材料や、植物油かす、家畜の糞尿および魚粉などの農林水産副産物がある。
【0035】
(バインダー)
スラグ成形体は、成形用のバインダーであるリグニンスルホン酸およびその金属塩の少なくとも一方を製鋼スラグ重量に対して6質量%以上含有する。リグニンスルホン酸およびその金属塩は、スラグ成型体を製造する際に成形性を向上させ、水環境においては製鋼スラグによる環境水のpH上昇を抑制するとともに製鋼スラグからの鉄溶出量を促進させる効果がある。
【0036】
スラグ成型体に含有されるリグニンスルホン酸およびその金属塩は、含有量が6質量%未満であると水環境で底質を改善する鉄の溶出量が少なく、製鋼スラグによる環境水のpH上昇を抑制する効果が小さい。水環境のpHが高いと、硫化鉄(FeS)の生成が進まないため、底質を効果的に改善できない。
【0037】
一方、スラグ成形体の成形時にリグニンスルホン酸およびその金属塩を過剰に添加すると、スラグ成形体の強度が低下し、成形性を低下させる場合がある。したがって、上記のリグニンスルホン酸およびその金属塩は6質量%以上が好ましく、より好ましくは、8質量%以上20質量%以下である。
【0038】
スラグ成形体は、本実施の形態の効果が得られる範囲において、製鋼スラグおよび上記のリグニンスルホン酸およびその金属塩以外の他の成分をさらに含有していてもよい。このような他の成分は、一種でもそれ以上でもよく、その例には、底質を改善する金属鉄や鉄化合物に加え、藻類の成長を促進するためのPまたはNの化合物も含まれる。
【0039】
スラグ成形体が含有するリグニンスルホン酸およびその金属塩は、スラグ成形体の表層や中心部など、スラグ成型体においてどの範囲に含有されても良く、製鋼スラグの特性、スラグ成形体の鉄溶出量や生物着生など諸条件に応じて、スラグ成形体に十分な底質改善性または藻場造成材としての効果を付与することが可能な範囲において適宜に決めることができる。
【0040】
(スラグ成形体の形状)
スラグ成形体の形状は、使用条件に応じて適宜に決めることが可能である。ただし、運搬や施工等における取扱性の観点や、施工後の水環境における底質の透水性の観点から粒体として成形されることが好ましい。また、スラグ成形体を粒体として成形する場合は、生産性の観点からブリケットマシンを用いることが好ましい。
【0041】
スラグ成形体の大きさは使用条件に応じて適宜に決めることが可能である。ただし、スラグ成形体の粒径または全長が40mmより大きいと、スラグ成型体の比表面積が低下するため、スラグ成形体の重量に対する鉄溶出量が低下する。
【0042】
なお、粒径とは、スラグ成形体の形状が粒形状を為す場合の粒の直径のことである。また、全長とは、スラグ成形体の形状が、例えば、矩形形状等を為す場合の最大の径の長さのことである。
【0043】
また、スラグ成形体の粒径または全長が10mmより小さいと発塵しやすくなる可能性が考えられるとともに、生産能率が低下してしまう可能性がある。したがって、スラグ成形体の粒径または全長は、10mm以上40mm以下が好ましい。これにより、スラグ成形体の取扱いがより容易であるとともに水環境での崩壊期間を適宜に調整する観点からより効果的である。
【0044】
(被覆部)
スラグ成形体は水環境下において、製鋼スラグを由来とするアルカリ成分の溶出により環境水のpHを上昇させる可能性がある。そこで、図1の(b)に示すように、環境水のpH上昇を抑制するため、スラグ成形体の表面が酸性土壌を含む被覆部で被覆されていてもよい。これにより、水環境における鉄成分の溶出量の増加とpH上昇の抑制との観点からより効果的である。
【0045】
なお、酸性土壌は、例えば、赤土、鹿沼土、腐植土および泥炭などのように、海水に投入した際にpHの低下が生じ、かつ、海水の水質悪化や有害成分の溶出が生じないものであれば良い。なお、赤土とは、関東ローム層などを代表とする酸化鉄を多く含んだ赤褐色または黄褐色で粘土質の土壌である。
【0046】
酸性土壌の投入により海水中のpHの低下が起こるメカニズムの詳細は不明であるが、次のようなメカニズムが考えられる。酸性土壌中に一般的に含まれている粘度鉱物や腐植物質は、その表面に負電荷を有し、この負電荷を補うように表面には水素イオン(H)、ナトリウムイオン(Na)、マグネシウムイオン(Mg2+)およびカルシウムイオン(Ca2+)などの陽イオンが存在し、電気的に中性を保っている。そして、このような酸性土壌を海水中に投入すると、粒子表面に吸着されている上記陽イオンと海水中のCa2+のイオン交換が起こり、海水中のHが増加するため、pHが低下する。
【0047】
ここで、海水中に酸性土壌を投入すると、pHの低下だけでなく、植物プランクトンや藻類の栄養成分となるアンモニア態窒素、硝酸態窒素およびリン酸態リンなどの溶出が生じる。特に赤土や腐植土は、上述のイオン交換によるpH低下作用も奏しやすいため、被覆部を形成する原料として好ましい。
【0048】
また、被覆部は、スラグ成形体の表面の一部を覆う状態でも良く、全部を覆う状態でも良い。スラグ成形体が上記被覆部を有する場合は、造粒性の観点から、スラグ成形体の形状が粒体であることが好ましい。
【0049】
また、被覆部は、被覆部の強度上昇および鉄溶出量増加の観点から、酸性土壌以外の成分をさらに含有していてよい。例えば、被覆部は、被覆部の形成用バインダーとしてリグニンスルホン酸およびその金属塩の少なくとも一方をさらに含有していることが好ましい。
【0050】
リグニンスルホン酸およびその金属塩は、上述したように分散性および粘結性に優れ、粘結剤として用いられ、被覆部の強度の向上や、スラグ成形体と被覆部との密着性の向上が期待される。被覆部は、酸性土壌を主原料として含有していることが、前述のpH上昇抑制効果の観点から好ましい。被覆部における酸性土壌の含有量は、被覆部中の成分で最も多い量であればよく、例えば50質量%以上である。
【0051】
〔容器への装入(環境補修材)〕
本実施形態に係るスラグ成形体は、スラグ成形体と、スラグ成形体が装入され、スラグ成形体と環境水とを接触させるための開口部を有する容器とを備える、環境補修材として使用されても良い。
【0052】
スラグ成形体は元来生物が付着する性質を有するが、原料である製鋼スラグから僅かにアルカリ溶出する場合があり、水環境へ設置した初期において藻類など生物の着生を阻害する可能性がある。また、アルカリ溶出を低減した被覆部を有するスラグ成形体においても、設置後の初期において生物が着生した被覆部が剥離して生物着生の妨げとなる可能性がある。
【0053】
藻場造成効果を向上させるためには、生物を早期に着生させることが重要であり、図1の(c)に示すように、スラグ成形体を、スラグ成形体と環境水とが接触するための開口部を有する容器に装入した環境補修材が藻場造成に好適である。これにより、水環境の底質を効果的に改善できる環境補修材を提供することができる。
【0054】
環境補修材は、スラグ成形体に加え、容器も生物が着生可能な場所となるため、環境補修材を水環境に設置した後、早期に藻類などの生物を安定的に着生させることができる。また、環境補修材は、スラグ成形体が環境水と接触する開口部を有するため、スラグ成形体から溶出した鉄が容器の開口部を介して容器外へ供給され、容器に着生した藻類の成長を促進させる。したがって、環境補修材は、スラグ成形体と容器の相乗効果によって藻類が早期に着生するとともに藻類の成長を促進させる効果を奏し、藻場造成材として優れた効果が得られる。
【0055】
環境補修材に用いる容器は、生物が早期に安定して着生可能な場所を提供することが可能であればどのような素材が使用されても良く、プラスチック、金属、天然石材、セラミックス、ガラス、木材、皮革、ゴムのどれを使用しても良い。また、その素材が繊維状の場合、天然繊維または化学繊維のどちらを使用しても良い。
【0056】
環境補修材に用いる容器の素材は、生物が長期間安定して着生可能であること、および安価であることを考慮すると、天然繊維やプラスチックが好ましいが、容器素材から鉄を溶出させたい場合は鉄または鉄鋼材料を用いることが好ましい。
【0057】
環境補修材に用いる容器の形体は、スラグ成形体の装入重量、容器素材、運搬性、長期保存性、容器としての強度、生物着生など、諸条件を考慮して適宜に決めることができる。容器の形態は、スラグ成形体が環境水と接触し、スラグ成形体から溶出した鉄が効率良く容器外へ供給される必要があるため、元来開口部を多数有する網袋または籠(かご)であることが好ましいが、容器の一部に開口部を有する箱やコンテナを使用しても良い。
【0058】
生物着生性と開口部からの鉄供給の両方を考慮すると、環境補修材に用いる容器として具体的には、天然繊維製の袋が好ましく、プラスチック製または鉄鋼製の網袋や籠であることが好ましい。図1の(c)に示す環境補修材は、プラスチック製の籠で構成した容器にスラグ成形体を装入したものである。
【0059】
〔実施例〕
以下、スラグ成形体の実施例および比較例について説明する。スラグ成形体の製造に用いる原料として製鋼スラグである転炉スラグを用いた。転炉スラグは製鋼工程で発生した転炉スラグを粉砕した後、篩い分けして5mm以下に調整したものである。
【0060】
また、スラグ成形体へ混合する物質として、リグニンスルホン酸塩〔日本製紙ケミカル製のサンエキスM-100(サンエキスは登録商標)〕、でんぷん、ベントナイトおよび腐植土を用いた。スラグ成形体を酸性土壌により被覆する場合は、酸性土壌として市販品の赤土を1mm以下に篩い分けしたものを用いた。製鋼スラグ、でんぷん、ベントナイト、腐植土および赤土の化学成分を下記表1に示す。
【0061】
【表1】
【0062】
(実施例1)
転炉スラグおよびリグニンスルホン酸塩に適量の水を添加して混練機にて5分間混合した。リグニンスルホン酸塩の添加量は、転炉スラグの重量に対して6質量%である。混練機での混合後、ブリケットマシンで粒径30mmの造粒物に成形し、その造粒物を105℃で2時間乾燥した。こうして、実施例1のスラグ成形体を製造した。実施例1のスラグ成形体は、酸性土壌の被覆はない。溶出試験では、鉄溶出量が18μg/Lとなった。硫化水素低減試験では、硫化物イオンは、未検出であり、pHは、8.6となった。
【0063】
(実施例2)
実施例1のスラグ成形体の表面を被覆部で被覆して実施例2のスラグ成形体を製造した。スラグ成形体とリグニンスルホン酸塩と赤土とを回転ドラム式の造粒機を用いて約10分間混合し、混合の途中で適宜水を添加し、混合造粒することにより、赤土を主原料とする被覆部を作製した。こうして、実施例2のスラグ成形体を製造した。溶出試験では、鉄溶出量が40μg/Lとなった。硫化水素低減試験では、硫化物イオンは、未検出であり、pHは、8.1となった。
【0064】
(実施例3)
リグニンスルホン酸塩の添加量(12質量%)が異なること以外は実施例1と同様にして実施例3のスラグ成形体を製造した。溶出試験では、鉄溶出量が22μg/Lとなった。硫化水素低減試験では、硫化物イオンは、未検出であり、pHは、8.4となった。
【0065】
(比較例1)
リグニンスルホン酸塩を加えないこと以外は実施例1と同様にして比較例1のスラグ成形体を製造した。溶出試験では、鉄溶出量が5μg/L未満となった。硫化水素低減試験では、硫化物イオンは、33mg/Lであり、pHは、10.5となった。
【0066】
(比較例2)
リグニンスルホン酸塩の添加量(3質量%)が異なること以外は実施例1と同様にして比較例2のスラグ成形体を製造した。溶出試験では、鉄溶出量が16μg/Lとなった。硫化水素低減試験では、硫化物イオンは、20mg/Lであり、pHは、9.4となった。
【0067】
(比較例3、4、5)
混合物の種類をリグニンスルホン酸塩から、でんぷん、ベントナイトまたは腐植土に変更し、混合物の含有量を10質量%に変更した以外は実施例1と同様にして比較例3、4、5のスラグ成形体を製造した。溶出試験では、鉄溶出量は、それぞれ5μg/L未満、5μg/L未満、25g/Lとなった。硫化水素低減試験では、硫化物イオンは、それぞれ48mg/L、35mg/L、14mg/Lであり、pHは、それぞれ10.2、10.4、9.9となった。
【0068】
(実施例4)
実施例1のスラグ成形体を上部が全面開口した矩形のポリプロピレン製矩形容器に50kg装入した。容器の寸法は、幅45cm、奥行き75cm、高さ40cmである。こうして、実施例4の環境補修材を製造した。藻類の着生量は比較的多く、藻類の着生位置は、容器およびスラグ成形体となった。
【0069】
(実施例5)
実施例1のスラグ成形体を、開口部として15.15mmの網目を有するポリエチレン製の網袋に20kg装入し、ポリエチレン製のロープで装入口を閉じた。こうして、実施例5の環境補修材を製造した。藻類の着生量は比較的多く、藻類の着生位置は容器となった。
【0070】
(比較例6)
比較例2のスラグ成形体を用い、成形体の種類が異なること以外は実施例4と同様にして比較例6の環境補修材を製造した。藻類の着生量は極めて少なく、藻類の着生位置は、容器となった。
【0071】
(比較例7)
比較例2のスラグ成形体を用い、成形体の種類が異なること以外は実施例5と同様にして比較例7の環境補修材を製造した。藻類の着生量は極めて少なく、藻類の着生位置は、容器となった。
【0072】
〔評価試験〕
(1)溶出試験
実施例1~3および比較例1~5のスラグ成形体の鉄溶量評価のため、溶出試験を実施した。上記溶出試験は、スラグ成形体を海水に浸漬し、浸漬した状態で海水を攪拌させ、スラグ成形体から海水に溶出した鉄の濃度を評価する試験である。溶出試験では、300gのスラグ成形体を2Lのガラスビーカー内で1.5Lの人工海水に浸し、浸漬直後および1時間経過毎に海水を攪拌棒にて10回攪拌した。浸漬3時間経過後、海水を吸引ろ過した後、海水中の鉄濃度を酸分解-誘導結合プラズマ質量分析法により測定した。鉄の定量下限は5μg/Lである。
【0073】
(2)硫化水素低減試験
実施例1~3および比較例1~5のスラグ成形体の硫化水素低減効果を評価するため、硫化水素低減試験を実施した。硫化水素低減試験は、底質模擬試料とともにスラグ成形体を海水に浸漬し、底質模擬試料表層の海水中硫化水素および硫化水素イオンを硫化物イオンとして測定する試験である。
【0074】
瀬戸内沿岸近傍の海底から採取した湿潤状態の砂泥に、砂泥中の硫化物濃度が約1mg/g(乾燥状態)となるよう硫化ナトリウム試薬を加え、静かに攪拌混合して底質模擬試料とした。
【0075】
攪拌混合時、試薬混合により試料中水分のpHが上昇しないよう少量の希塩酸を加えた。試薬を攪拌混合した直後の底質模擬試料600gを湿潤状態のまま2Lのガラスビーカーに入れ、300gのスラグ成形体をビーカー内の底質模擬試料の上に設置し、予め脱気したpH8.3の人口海水1.5Lを静かにガラスビーカーへ注ぎ、時計皿とテープでビーカー内を密閉し、21~24℃の室温下で48時間静置した。
【0076】
48時間後、ガラス電極により海水のpHを測定した後、シリンジをビーカー内の海水に挿入し、シリンジ吸入口が底質模擬試料の表層に接触した状態でシリンジ内に海水を採取した。採取した海水を5種Cのろ紙でろ過した後、吸光光度法により硫化物イオン濃度を測定した。「5種C」とは「ろ紙」の目の細かさを示す基準であり、JIS規格において、微細沈殿用(720秒以下)に分類されている。ここで、括弧内の数字は、水だけを100mlろ過する際にかかる秒数を示す。
【0077】
硫化水素低減試験における硫化物イオン濃度の検出下限は1μg/Lであり、硫化物イオンが検出されなかった場合に硫化水素低減効果があり、底質改善効果があると判定した。
【0078】
(3)実海域試験
実施例4、5および比較例6、7の環境補修材の藻場造成効果を評価するため、実海域試験を実施した。実海域試験は、環境補修材を海底に設置し、藻場造成効果を評価する試験である。実海域試験を実施した海域は瀬戸内沿岸の湾内であり、通年潮流が無く、海底にシルトが堆積しているため、冬季においても海底に着生した藻類は皆無である。当該海域における底質表層の硫化物濃度(蒸留分離よう素滴定法)は最大で0.5mg/Lであった。
【0079】
実施例4、5および比較例6、7の環境補修材を2018年12月中旬の同日、瀬戸内の同海域内において沿岸から約5m沖側に離れた海底に設置した。
【0080】
実施例4の環境補修材をプラスチックパレットに4つ積載し、海底に設置した。実施例4と同様に、比較例6の環境補修材を実施例4から10m離れた海底に設置した。
【0081】
実施例4および比較例6の環境補修材から20m以上離れた海底に、実施例5の環境補修材を10個(200kg)設置した。実施例5の環境補修材と同様に、比較例7の環境補修材を実施例5の環境補修材から10m離れた海底に設置した。
【0082】
実施例4、5および比較例6、7の環境補修材を設置後1年間経過した後、陸上に引揚げて藻類の付着状況を観察した。
【0083】
(スラグ成形体の評価結果)
スラグ成形体の評価結果を下記表2に示す。
【0084】
【表2】
【0085】
実施例1、2および3のスラグ成形体では、溶出試験において、鉄の溶出が確認された。また、硫化水素低減試験では硫化物イオンが検出されておらず、底質改善効果を有することが分かる。
【0086】
比較例1、3、4のスラグ成形体では、溶出試験で鉄が溶出しておらず、硫化水素低減試験において硫化物イオンが検出された。鉄溶出特性に乏しいため底質改善効果が得られなかったと考えられる。
【0087】
比較例2、5のスラグ成形体では、溶出試験で鉄の溶出が認められたが、硫化水素低減試験においてpHが実施例よりも高く、硫化物イオンが検出された。製鋼スラグによるpH上昇の抑制効果が小さいため、鉄による硫化水素低減効果が低減し、底質改善効果が得られなかったと考えられる。
【0088】
(環境補修材の評価結果)
次に、環境補修材の評価結果を下記表3に示す。
【0089】
【表3】
【0090】
実海域実験で引揚げた環境補修材の写真を図2~5に示す。実施例4および5の環境補修材では、環境補修材の表層に僅かにシルトが堆積していたが、環境補修材に藻類が繁茂しており、藻場改善効果が高いことが分かる。また、使用された容器が藻類の付着場所として機能していることが分かる。
【0091】
比較例6および7の環境補修材では、藻類の着生量が少なく、環境補修材の表層に僅かにシルトが堆積していた。環境補修材の製造に用いた比較例2のスラグ成形体は鉄による硫化水素低減効果が低いため、シルト中の硫化水素により藻類の成長が阻害され良好な藻場造成効果が得られなかったと考えられる。
【0092】
〔付記事項〕
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。さらに、各実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を組み合わせることにより、新しい技術的特徴を形成することができる。
図1
図2
図3
図4
図5