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特許7443322少なくとも部分的に機能材料から作られた少なくとも1つのポールピースを備えるEPR分光計
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-26
(45)【発行日】2024-03-05
(54)【発明の名称】少なくとも部分的に機能材料から作られた少なくとも1つのポールピースを備えるEPR分光計
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/10 20060101AFI20240227BHJP
【FI】
G01N24/10 520P
G01N24/10 510L
【請求項の数】 15
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2021197500
(22)【出願日】2021-12-06
(65)【公開番号】P2022099268
(43)【公開日】2022-07-04
【審査請求日】2022-03-23
(31)【優先権主張番号】20216685.6
(32)【優先日】2020-12-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】595068254
【氏名又は名称】ブルーカー バイオスピン ゲゼルシヤフト ミツト ベシユレンクテル ハフツング
【氏名又は名称原語表記】Bruker BioSpin GmbH
(74)【代理人】
【識別番号】100125254
【弁理士】
【氏名又は名称】別役 重尚
(74)【代理人】
【識別番号】100118278
【弁理士】
【氏名又は名称】村松 聡
(72)【発明者】
【氏名】アイオン プリセカル
(72)【発明者】
【氏名】ルーカス ヘンヒェン
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-090435(JP,A)
【文献】特開平04-023411(JP,A)
【文献】特開平02-218343(JP,A)
【文献】米国特許第06111410(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00 - G01N 24/14
G01N 22/00 - G01N 22/04
H01F 7/00 - H01F 7/02
G01R 33/00 - G01R 33/26
A61B 5/055
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子常磁性共鳴(=EPR)分光計(1)であって、
-少なくとも1つの磁石(4)と、少なくとも1つのポールピース(8a、8b)とを備え、前記少なくとも1つのポールピース(8a)の前面または前記ポールピース(8a、8b)の間の視野(9)内に磁場を発生させるための磁石システム(2)であって、前記磁場が極軸(PA)に沿って発生されるものと、
-マイクロ波共振器(10)と、前記極軸(PA)に沿って整列された追加の時変磁場を発生させるための少なくとも1つの変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルとを備えるプローブヘッド(3)であって、前記プローブヘッド(3)が前記視野(9)内に配置され、前記マイクロ波共振器(10)とそれぞれのポールピース(8a、8b)との間にそれぞれの変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルが配置されるもの、と
を有し、
前記EPR分光計(1)は、前記少なくとも1つの変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルで、EPR測定において5kHz~200kHzの周波数を有する追加の時変磁場を発生するように構成され、
前記ポールピース(8a、8b)と前記マイクロ波共振器(10)との間に配置された変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルを有する各ポールピース(8a、8b)について、前記変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルに面する前記ポールピース(8a、8b)の少なくとも部分(15a、15b)が、10S/m以下の導電率σを有し0.2T以上の飽和磁束密度BSを有する機能材料から作られ、
それぞれのポールピース(8a、8b)とそれが面する変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルとの間の前記極軸(PA)に沿った距離DPCが、
0≦DPC≦2.0mm、である
ことを特徴とするEPR分光計(1)。
【請求項2】
σが10S/m以下であり、BSが0.5T以上であることを特徴とする請求項1に記載のEPR分光計(1)。
【請求項3】
前記機能材料が等方性であることを特徴とする請求項1または2のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項4】
前記機能材料は、電気絶縁性マトリクス材(24)内に分散された強磁性材料またはフェリ磁性材料の粒子(23)を備えることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項5】
前記機能材料は、ポリマーマトリクス材内に分散されたフェライトまたは金属または金属合金の軟磁性粒子を備えることを特徴とする請求項4に記載のEPR分光計(1)。
【請求項6】
前記ポールピース(8a、8b)と前記マイクロ波共振器(10)との間に配置された変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルを有する各ポールピース(8a、8b)について、前記ポールピース(8a、8b)は全て前記機能材料から作られていることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項7】
前記ポールピース(8a、8b)と前記マイクロ波共振器(10)との間に配置された変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルを有する各ポールピース(8a、8b)について、前記変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルに面する前記ポールピース(8a、8b)の部分(15a、15b)のみが前記機能材料から作られ、前記部分(15a、15b)が固定された前記ポールピース(8a、8b)の残りの部分(16)は異なる材料から作られること
特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項8】
前記ポールピース(8a、8b)の前記部分(15a、15b)は、前記極軸(PA)に沿って測定された厚さTを有し、
T≧0.5mmであり、
かつ/またはT≦12.0mmである
ことを特徴とする請求項7に記載のEPR分光計(1)。
【請求項9】
前記ポールピース(8a、8b)の前記部分(15a、15b)は、前記ポールピース(8a、8b)の前記残りの部分(16)のフレーム構造(20)に、圧入によって保持される挿入物であることを特徴とする請求項7又は8のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項10】
前記ポールピース(8a、8b)の前記部分(15a、15b)は、前記ポールピース(8a、8b)の前記残りの部分(16)に接着されていることを特徴とする請求項7又は8のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項11】
前記ポールピース(8a、8b)の前記部分(15a、15b)ではなく、前記ポールピース(8a、8b)の前記残りの部分(16)が、それぞれのネジ(18)が突き出る1つまたは複数の開口部(17)を備え、前記ネジ(18)は、前記磁石システム(2)のヨーク構造(7)または永久磁石(5)にねじ込まれていることを特徴とする請求項7から10のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項12】
各変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルは、それが面する前記ポールピース(8a、8b)に固定されていることを特徴とする請求項1から11のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項13】
前記EPR分光計(1)は一対の相互に対向するポールピース(8a、8b)を備え、前記視野(9)は前記極軸(PA)に沿って幅WAGを有し、
10mm≦WAG≦100mmであることを特徴とする請求項1から12のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項14】
それぞれのポールピース(8a、8b)とそれが面する変調コイル(11a、11b)または高速スキャンコイルとの間の前記極軸(PA)に沿った距離DPCについて、
0≦DPC≦1.0mmである
ことを特徴とする請求項1から13のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)。
【請求項15】
EPR測定における、請求項1から14のいずれか1項に記載のEPR分光計(1)の使用方法であって、
サンプル(14a)が前記マイクロ波共振器(10)内に配置され、前記磁石システム(2)が、前記極軸(PA)に沿って前記視野(9)内に磁場を発生させ、前記少なくとも1つの変調コイル(11a,11b)または高速スキャンコイルが、前記極軸(PA)に沿って前記視野(9)内に5kHz~200kHzの周波数で、追加の時変磁場を発生させる
ことを特徴とする使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子常磁性共鳴(=EPR)分光計に関し、EPR分光計は、
-少なくとも1つの磁石と、少なくとも1つのポールピース、好ましくは一対の相互に対向するポールピースとを備え、ポールピースの前面または一対のポールピースの間の視野内に磁場を発生させるための磁石システムであって、前記磁場が極軸に沿って発生される磁石システムと、
-マイクロ波共振器と、極軸に沿って整列された追加の時変磁場を発生させるための少なくとも1つの変調コイルまたは高速スキャンコイルとを備えるプローブヘッドと
を有し、
ここで、プローブヘッドは視野内に配置され、
また、マイクロ波共振器とそれぞれのポールピースとの間にそれぞれの変調コイルまたは高速スキャンコイルが配置される
ことを特徴とするEPR分光計である。
【背景技術】
【0002】
このようなEPR分光計は、非特許文献1(Gunnar Jeschke)から知られている。
【0003】
電子常磁性共鳴(=EPR)分光法は、常磁性磁気モーメントを有するサンプル、特に、不対電子を有するサンプルを調査するための強力なツールである。EPR分光法では、サンプルは、通常、マイクロ波共振器内で一定周波数の(B1磁場(B1フィールド)(B1 field)とも呼ばれる)マイクロ波放射を受け、磁気システムによって発生した(B0フィールドとも呼ばれる)背景磁場が掃引される。サンプルを有するマイクロ波共振器を備えるプローブヘッドは、前記背景磁場に曝される。背景磁場の掃引はかなり遅いので、背景磁場は「静的」磁場とも呼ばれる。サンプルによるマイクロ波の吸収が測定され、特にその化学的状態や分子環境に関するサンプルの特性評価に使用される。
【0004】
連続波(CW)EPR法および高速スキャン(RS)EPR法では、さらに、通常、5kHz~100kHzの周波数で、それぞれ、変調フィールド(Bmod)、高速スキャンフィールド(BRS)、と呼ばれる周期的に変化する磁場が適用される。この(時変磁場とも呼ばれる)変化する磁場は、背景磁場と重ね合わされ、それと同一直線上にある。変化する磁場は、通常、変調コイルまたは高速スキャンコイルと呼ばれるコイルのセット(ペア)によって発生し、これらのコイルはそれぞれ、磁気システムのマイクロ波共振器とポールピースとの間に対称的に配置され、その間では背景磁場が視野内に発生する。
【0005】
変化する磁場によって、EPR測定が改善され得る。たとえば、変調フィールドBmodの役割は、ソースサブシステムと検出サブシステムの両方を0Hzの動作ポイント(ショットノイズの領域)から高め、通常5kHz、最大100kHz(熱ノイズ領域)までシフトすることにより、EPR測定の信号対ノイズ比を高めることであり、したがって、位相ノイズレベルが低下し、その結果、送受信システムの信号対ノイズ比が劇的に増加する。G.Jeschke(上記を参照)は、2つのポールピースの間に視野を有する2つの磁石を備える磁石システムの視野内に配置された、マイクロ波共振器に取り付けられた一対の変調コイルを備えるEPR分光計を開示している。さらに、特許文献1は、変調コイルを備えるEPR撮像装置を開示している。
【0006】
磁石システムのポールピースは、一般に、EPR実験用の背景磁場を方向付け形作るために使用されるが、一般に、視野内の背景磁場には、良好な均一性および強い磁場強度が求められる。ポールピース用の標準的な材料は鉄である。
【0007】
しかしながら、そのようなポールピースに隣接して変調コイルまたは高速スキャンコイルを配置すると、変調コイルまたは高速スキャンコイルが作動するときに、導電性ポールピースに円電流を誘導する可能性がある。これらのいわゆる渦電流は、変調コイルによって発生する磁場の変化とは反対の磁場を発生させ、それらの効率ならびにそれらのインダクタンスを低下させる。したがって、時変磁場の必要な磁場強度を発生させるために、変調コイルまたは高速スキャンコイルへの入力電力を増加させることが求められる。
【0008】
副次的作用として、変調コイルまたは高速スキャンコイルでの入力電力を装荷させる必要がある場合、これにより、マイクロ波共振器の壁の渦電流も増加させる可能性がある。マイクロ波共振器の壁における交流型渦電流は、背景磁場と相互作用し、マイクロ波共振器の壁の音響振動に寄与する可能性がある。さらに、変調コイル内のより強い電流はまた、背景磁場とのより強い相互作用をもたらし、これは変調コイルの音響振動に寄与する。これらの振動の組合せによって、マイクロ波共振器の離調が引き起こされる可能性があり、それにより、EPR実験においてノイズを引き起こす可能性がある。
【0009】
さらに、間接的な効果としても、ポールピース内の渦電流は、ポールピース内、より一般的には磁石システム内で、かなりの熱を発生させる。これにより、背景磁場のばらつきが起き、EPR実験においてノイズ効果を引き起こす可能性がある。その上、熱伝導および/または熱放射によって、この熱は、効率およびインダクタンスの好ましくない変化によるコイル自体の過熱に加えて、変調コイルに取り込まれ、そして共々、マイクロ波共振器の壁に取り込まれる可能性がある。その熱は、変調コイルおよびマイクロ波共振器アセンブリに熱歪みを引き起こす可能性があり、これによって、さらに、共振器の離調型の熱ドリフトを引き起こし、これによって、測定対象のサンプルにとって好ましくない状態をもたらす可能性がある。この熱は、材料の構造的弱体化という形でももたらされるため、したがって、より強い力と材料の弱体化とが組み合わさり、より強い音響振動が発生し、これによりまた、前述のメカニズムによってEPR実験におけるノイズレベルが増加する可能性がある。
【0010】
ポールピース内の渦電流を最小化するために、ポールピースから離れた場所に変調コイルまたは高速スキャンコイルを設定し得る。G.Jeschke(上記を参照)に示されたEPR分光計では、変調コイルは、かなりの間隔をあけてポールピースから離されている。
【0011】
しかしながら、そうするためには、比較的大きい視野、またはここでは、大きい空隙をポールピース間に設ける必要がある。背景磁場に特定の強度および均一性が必要とされるとき、ポール間の空隙を大きくするには、磁気システムのサイズ、および特にその永久磁石または電磁石のサイズを著しく増大させる必要がある。しかし、磁石システムを増大させると、製造と運用の両方でそのコストが大幅に増加する。
【0012】
特許文献2は、勾配コイルを備える強磁性フレームを有する人体NMRスキャナを記載している。勾配コイルが通電されたときの渦電流を制限するために、複数の強磁性素子が極性領域に並べて配置されている。強磁性素子は、その最短の寸法が極軸に垂直に配向されたロッドを備える。別の変形例では、強磁性素子は、その平面が一般に極軸に平行である、一般に長方形の平面積層を備える。
【0013】
MRIに使用される同様の磁場発生装置であって、積層シリコン鋼板を有するポールピースを適用したものが、(欧州特許出願公開第0479514A号としても公開されている)特許文献3から知られている。
【0014】
特許文献4は、1000を超える初期透磁率および1000μオーム*cm未満の電気抵抗を有する渦電流抑制材料を備えた強磁性極で人体を走査するための別のNMR撮像システムを記載している。この材料は、MR撮像中にパルス勾配によって発生する磁場を包含して、このプロセスによって生じる渦電流を抑制するためのものである。
【0015】
(国際公開第91/14948A1号としても公開されている)特許文献5は医療用NMRスキャナを記載しており、勾配コイルは磁場発生手段の極性領域に配置され、磁気透過性の電気抵抗性材料の層は、前記極性領域内の渦電流の発生を制限するために前記極性領域の各々に配置される。
【0016】
特許文献6は、バルクアモルファス金属磁性部品であって、特に、磁気共鳴撮像システムで使用することができるものを記載している。
【0017】
特許文献7は、磁束集線装置として使用することができる鉄-炭素成形体を製造するためのプロセスを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【文献】米国特許第6,472,874号
【文献】米国特許第5,124,651A号
【文献】米国特許第5,283,544A号
【文献】米国特許第5,592,089A号
【文献】米国特許第5,061,897A号
【文献】米国特許第6,348,275A号
【文献】米国特許第6,093,232号
【非特許文献】
【0019】
【文献】Gunnar Jeschke、講義スクリプト「Einfuhrung in die ESR-Spektroskopie」、Konstanz(DE)、1998年および2006年、88ページ、図4-2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明の目的は、コンパクトで安価な設計を可能にすると同時に、電力消費およびノイズレベルが低いEPR測定を可能にするEPR分光計を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
この目的は、本発明による、冒頭で導入されたEPR分光計によって達成され、本発明によるEPR分光計は、前記ポールピースとマイクロ波共振器との間に配置された変調コイルまたは高速スキャンコイルを有する各ポールピースについて、前記変調コイルまたは高速スキャンコイルに面する前記ポールピースの少なくとも部分が、10S/m以下の導電率σを有し0.2T以上の飽和磁束密度BSを有する機能材料から作られていることを特徴とする。
【0022】
本発明によれば、本発明において、変調コイルまたは高速スキャンコイルに隣接する各ポールピースが、機能材料から作られた(表面部分とも呼ばれる)部分から作られているか、若しくは、機能材料から作られた部分を備えている。この機能材料は、比較的低い導電率、すなわち、従来のポールピースを作る典型的な鉄金属材料と比べておよそ約10分の1以上低い導電率と、当該典型的な鉄金属材料とほぼ同等の、高い飽和磁束密度とを併せ持つ。換言すると、機能材料は、強磁性特性と電気絶縁特性とを併せ持つ。
【0023】
結果として、隣接する変調コイルもしくは高速スキャンコイルにおける時変磁場による渦電流、または対応する電流は、それぞれ、前記典型的な鉄金属材料と比較して、機能材料、または、より一般的には、ポールピース内で大幅に減少する。ポールピースの少なくとも部分(または表面部分)における機能材料の比較的低い導電率は、誘導される渦電流を最小に抑える。変調コイルまたは高速スキャンコイルのQファクタ(品質)(すなわち、所定の周波数におけるその全抵抗の逆数)は、前記コイルが機能材料のすぐ隣に位置する場合であっても、それに応じて高くなる。
【0024】
同時に、ポールピースは、それぞれ、その透磁率または飽和磁束により、磁場を形作り方向付けるその能力を保持する。さらに、機能材料の近くに配置された変調コイルまたは高速スキャンコイルは、特に、当該コイルの高いインダクタンス値Lを達成する目的で、機能材料の透磁率を十分に活かすことができる。一般に、機能材料は全体として軟磁気特性を示すことに留意されたい。
【0025】
変調コイルまたは高速スキャンコイルの動作に必要な電流量が減少すると、システムのノイズレベルが間接的に減少する。ポールピース内の渦電流が減少すると、ポールピースによって引き起こされるオーム加熱が低下する。発生する熱の総量が減少するので、熱が伝播する可能性があるEPR分光計のすべてのセクション内の熱不安定性および熱変形が減少する。ポールピース、残りの磁石システム、変調コイルまたは高速スキャンコイル、およびマイクロ波共振器は、低温を維持する、または、少なくとも、近くに位置するポールピース全体に典型的な鉄金属材料を使用することと比較して著しい低温を維持する。
【0026】
変調コイル内の電流を下げると、変調コイル内の音響振動も直接下げることができる。さらに、変調コイルによって引き起こされるマイクロ波壁における渦電流が減少する可能性があり、これはまた、音響振動を減少させるのに役立つ可能性がある。
【0027】
概して、EPR分光計内で変調コイルまたは高速スキャンコイルの近くに従来の鉄製ポールピースを配置することと比較して、実際には3倍から5倍、場合によっては最大10倍のノイズ低減を実現することができる。
【0028】
同時に、その変調コイルまたは高速スキャンコイルを含むプローブヘッドのために視野を完全に使用することができるので、磁石システムを小型に保つことができ、したがって、(構築についても作動についても)むしろ安価になる。具体的には、損失およびノイズを最小化するために、変調コイルまたは高速スキャンコイルとポールピースとの間に大きい間隔は必要ではない。
【0029】
磁石システムの(少なくとも1つの)磁石は、永久磁石または抵抗コイルベースの磁石(電磁石)であり得る。好ましくは、少なくとも1つの磁石は、永久磁石、または抵抗性掃引コイルと組み合わせた永久磁石である。
【0030】
好ましくは、磁石システムは、機能材料を備えた一対のポールピースおよび一対の変調コイルまたは高速スキャンコイルと組み合わされた、一対の磁石(永久磁石または磁石コイル)を備える。
【0031】
機能材料は、少なくとも極軸に垂直な平面内で必要とされる低い導電率を有している。さらに、機能材料は、少なくとも極軸に沿った、前記高飽和磁束を有している。通常、機能材料は等方性であり、すなわち、導電率および飽和磁束は方向に関係なく同じであることに留意されたい。機能材料は、磁石システムに組み込まれたサイズスケールに対して準均一(quasi homogenous)であるべきことに留意されたい。
【0032】
一般に、機能材料は、(第1の)強磁性材料またはフェリ磁性材料のいくつかの構造(たとえば、粒子)を組み込み、(機能材料全体について、低いH値の場合、一般的には少なくとも100、多くの場合少なくとも500のμrelの)十分な透磁率を引き起こす。この(第1の)材料が(強磁性金属の場合のように)導電性である場合、機能材料は、第2の電気絶縁の材料からなり、第1の材料の構造(たとえば、粒子)の浸透を遮断し、したがって材料全体に対して低導電率をもたらす。
【0033】
磁石システムは、通常、強磁性ヨーク構造を備え、(少なくとも1つの)磁石を1つまたは複数のポールピースと連結する。1つまたは複数のポールピースは、それぞれ、視野またはプローブヘッドに面する磁石システムの端部である。一対のポールピースの場合、視野はポールピース間の空隙に相当し、ポールピースが1つの場合、視野はポールピースの前面の隣接する空隙に相当することに留意されたい。通常、1つまたは複数のポールピースは、たとえばネジで、ヨーク構造に取り付けられる。1つまたは複数のポールピースは、通常、視野内の(背景)磁場を均一化するために特定の形状を有する。一般に、磁石システムは、通常、(変化が遅いために「静磁場」とも呼ばれる)磁石システムによって生じた磁場を(ゆっくりと)掃引するために、通常はヨーク構造の周りに巻かれた、少なくとも1つ、好ましくは2つの掃引コイルをさらに備える。
【0034】
マイクロ波共振器は、金属壁で囲まれた空洞を備え、その中に測定されるサンプルを配置することができる。マイクロ波共振器は、(通常、固定周波数の)マイクロ波放射をマイクロ波共振器に印加するためのマイクロ波源に接続される。
【0035】
通常、プローブヘッドは、マイクロ波共振器に対して対称に配置された2つの変調コイルまたは高速スキャンコイル(あるいは2つの変調コイルおよび2つの高速スキャンコイル)を備え、そして、一対のポールピースの各ポールピースは、変調コイルまたは高速スキャンコイル(または両方)に面し、それぞれの変調コイルまたは高速スキャンコイルに面する各ポールピースの少なくとも一部は、機能材料から作られる。
【0036】
プローブヘッドが1つの変調コイルまたは高速スキャンコイルのみを備える場合、1つのポールピースのみが変調コイルまたは高速スキャンコイルに面し、このポールピースのみの少なくとも一部であって、変調コイルまたは高速スキャンに面する部分が、機能材料から作られている。
【0037】
通常、コイルがCW EPR方法のためのフィールド変調の役割を果たさなければならない場合、典型的な配置は、5kHz~200kHzの共振周波数を有する並列LC同調回路である。
【0038】
一般に、1つまたは複数のポールピースは、極軸に垂直に向けられた基本的に平らな表面で視野に面している。一対の対向するポールピースの場合、極軸は、視野を通ってポールピースからポールピースへと一直線に延びる。極軸に沿って整列された、磁石システムによって生じる磁場は、マイクロ波共振器の領域内で、基本的に均一である(通常、100ppmの均一性かそれ以上に良好な均一性を有する)。
【0039】
本発明の好ましい実施形態
本発明のEPR分光計の好ましい実施形態では、導電率σは10S/m以下であり、BSは0.5T以上である。これらの特性により、1つまたは複数のポールピースの渦電流をさらにいっそう低減することができ、特に高い磁場強度を視野内に確立することができる。
【0040】
好ましい実施形態では、機能材料は等方性である。これにより、機能材料およびポールピースの表面部分またはポールピース全体の製造が簡単になり、設置が容易になる。特定の方向付けに固執する必要はなく、位置ずれによる望ましくない歪みが最小化される。
【0041】
機能材料が電気絶縁性マトリクス材に分散された強磁性材料またはフェリ磁性材料の粒子を備え、
特に、機能材料がポリマーマトリクス材に分散されたフェライトまたは金属または金属合金の軟磁性粒子を備える実施形態も好ましい。これらの材料によって、低い導電率ならびに高い透磁率および飽和磁束と等方性特性とを両立させることができる。電気絶縁性マトリクス材は、10S/m以下、好ましくは10S/m以下の導電率σmatrixを有する。ポリマーは特に安価で取り扱いが容易である。ここでは軟磁性粒子である軟磁性材料は、1000A/m以下の保磁力を有する。軟磁性材料はさらに、通常、少なくとも100、あるいは少なくとも500の相対透磁率μrel、多くの場合10<μrel<10または100<μrel<10の相対透磁率μrelを有する。
【0042】
有利な実施形態では、前記ポールピースとマイクロ波共振器との間に配置された変調コイルまたは高速スキャンコイルを有する各ポールピースについて、前記ポールピースは完全に機能材料から作られている。これは製造が簡単であり、多くの場合、視野内における磁場の形成の優れた制御を可能にする。
【0043】
代替の好ましい実施形態では、前記ポールピースとマイクロ波共振器との間に配置された変調コイルまたは高速スキャンコイルを有する各ポールピースについて、変調コイルまたは高速スキャンコイルに面する当該ポールピースの部分のみが機能材料から作られ、当該部分が固定されたポールピースの残りの部分は異なる材料から作られる、
特に、当該異なる材料は金属材料である。これにより、機能材料が高価な場合、製造コストを削減することができる。また、ポールピースの部分(表面部分)の残りの部分(ホルダ)への固定、要するに、ポールピースのヨーク構造への固定を簡略化することができる。最も簡単なケースでは、(機能材料の)部分は、ポールピースの残りの部分(またはホルダ)に接着する(glued)ことができる。
【0044】
上記の実施形態の好ましいさらなる発展形態では、ポールピースの当該部分は、極軸に沿って測定された厚さTを有し、
T≧0.5mm、好ましくはT≧1.0mmであり、
かつ/またはT≦12.0mm、好ましくはT≦6.0mmである。これらの寸法とすることで、比較的少量の機能材料で渦電流の良好な削減を実現することができるが、後者は高価になりがちである。
【0045】
別のさらなる発展形態では、ポールピースの当該部分は、極軸に垂直な平面内で、少なくとも完全な変調コイルまたは高速スキャンコイルと重なり、好ましくは、ポールピースの当該部分は、極軸に垂直な平面内で、変調コイルまたは高速スキャンコイルを越えて広がる。このようにして、ポールピースにおける渦電流の削減が最適化される。極軸に垂直な平面内で、完全なマイクロ波共振器を当該部分(表面部分)の機能材料と重ね合わせるか、または完全なマイクロ波共振器を越えて広がることにより、(背景)磁場をマイクロ波共振器内で均一化することができる。機能材料と残りのポールピースの材料との間の材料遷移は、ほとんど、またはまったく、マイクロ波共振器のボリュームに影響を与えない。
【0046】
有利なさらなる発展形態は、ポールピースの当該部分が、ポールピースの残りの部分のフレーム構造、特には窪みに、圧入によって保持される挿入物であることを提示する。これは製造が簡単で、良好なフィールド均一性を実現するために有益である。フレーム構造は、挿入物がフレーム構造の中に保持されるように、挿入物にクランプ力を加える。クランプ力は、一般に、極軸に垂直な平面内にあり、挿入物を圧縮する。通常、ポールピースは、機能材料の当該部分を取り囲む閉じた円周方向の縁を有する窪みを形成する。好ましくは、残りのポールピースは挿入物と同一平面上にある。あるいは、フレーム構造は、挿入物をクランプする複数の相互に対向するフレーム要素(突起)のみを備える。
【0047】
別のさらなる発展形態では、ポールピースの当該部分がポールピースの残りの部分に接着(glued)されている。これは実施が特に簡単である。
【0048】
好ましいさらなる発展形態は、ポールピースの当該部分ではなく、ポールピースの残りの部分が、それぞれのネジが突き出る1つまたは複数の開口部を備え、ネジが磁石システムのヨーク構造または永久磁石にねじ込まれていることを提示する。ネジ接続は、特に信頼性が高く堅固である。ネジ用の開口部は、ここでは残りの部分にのみ必要であり、機能材料で作られた部分(表面部分)には必要ないので、脆い機能材料を問題なく使用することができる。
【0049】
好ましい実施形態では、各変調コイルまたは高速スキャンコイルは、それが面するポールピースに固定されている。このようにして、変調コイルまたは高速スキャンコイルをポールピースに非常に近づけることができ、したがって、EPR測定に最も適したポールピースに近接した空間、特に2つの対向するポールピースの間における空間(視野または「空隙」)を最適に使用することができる。あるいは、すべての変調コイルまたは高速スキャンコイルをマイクロ波共振器に固定することができる。
【0050】
EPR分光計が一対の相互に対向するポールピースを備え、視野が極軸に沿って幅WAGを有し、
10mm≦WAG≦100mm、好ましくは20mm≦WAG≦60mmである実施形態も好ましい。このコンパクトな設計は、本発明に従って、ポールピース内で大きい渦電流を誘発するリスクを冒すことなく、したがって、低電力消費で且つ低ノイズレベルで使用することができる。
【0051】
特に好ましい実施形態は、それぞれのポールピースとそれが面する変調コイルまたは高速スキャンコイルとの間の極軸に沿った距離DPCについて、
0≦DPC≦2.0mm、
好ましくは、0≦DPC≦1.0mm、
特に好ましくは、0≦DPC≦0.5mm
が適用されるものである。これらのような小さい距離にすることにより、ポールピースにおいて変調コイルまたは高速スキャンコイルによる大きい渦電流を引き起こすことなく、視野の空間の効率的な使用が可能になる。
【0052】
EPR測定における、上述された本発明のEPR分光計の使用方法も本発明の範囲に含まれ、この使用方法では、サンプルがマイクロ波共振器内に配置され、磁石システムが、極軸に沿って視野内に磁場を発生させ、少なくとも1つの変調コイルまたは高速スキャンコイルが、極軸に沿って視野内に、特には5kHz~200kHzの周波数で、追加の時変磁場を発生させる。視野内の追加の磁場は、1つまたは複数のポールピース内において渦電流を引き起こさないか、わずかしか引き起こさないので、電力消費が低くなり且つノイズレベルも低くなる。
【0053】
明細書および添付の図面から、さらなる利点を引き出すことができる。上記および下記の特徴は、本発明に従って、個別、若しくは任意の組合せで集合的に、使用することができる。言及された実施形態は、網羅的な列挙として理解されるべきものではなく、本発明の説明のための例示的性質を持つものとして理解されるべきものである。
【0054】
本発明が図面に示されている。
【図面の簡単な説明】
【0055】
図1】本発明のEPR分光計の第1の実施形態の概略断面図であり、一対の変調コイルを有する。
図2】本発明の片面型のEPR分光計の第2の実施形態の概略断面図であり、1つのポールピースおよび1つの変調コイルを有する。
図3a】接着によってヨーク構造に取り付けられた、本発明のポールピースの概略断面図であり、ポールピースは完全に機能材料から作られている。
図3b】ねじ込みによってヨーク構造に取り付けられた、本発明のポールピースの概略断面図であり、ポールピースは鉄製のポールピースの残りの部分に接着された機能材料の部分を備える。
図3c】ねじ込みによってヨーク構造に取り付けられた、本発明のポールピースの概略断面図であり、ポールピースは鉄製のポールピースの残りの部分の窪みの中にクランプされた機能材料の部分を備える。
図4a】一対の変調コイルがポールピースの機能材料の部分から短い距離に配置された、本発明のEPR分光計の視野領域の概略断面図である。
図4b】一対の変調コイルがポールピースの機能材料の部分に直接取り付けられた、本発明のEPR分光計の視野領域の概略断面図である。
図5a】鉄金属ポールピース(本発明とは異なる)が使用され、ポールピースまでの距離が短い場合のEPR分光計の視野領域の概略断面図である。
図5b】鉄金属ポールピース(従来技術)が使用され、ポールピースまでの距離が長い場合のEPR分光計の視野領域の概略断面図である。
図6】変調コイルおよびコンデンサを備える回路において、隣接する従来の鉄金属ポールピース(破線の曲線)および本発明による機能材料から作られたポールピース(完全な曲線)を適用し、ポールピースからの変調コイルの各距離に対して、インピーダンス(オーム)対励起周波数、および共振周波数を示す図であり、各種曲線ラベルはコイルと極材料(pole material)とを隔てる距離を示す。
図7】従来の鉄金属ポールピース(破線の曲線)および機能材料から作られたポールピース(実線の曲線)を用いた、図6の共振回路の変調コイルの(極材料の損失を示す)Qファクタを、ポールピースからの変調コイルの距離の関数として示す図である。
図8】機能材料から作られた本発明のポールピースの部分の断面の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0056】
図1は、本発明のEPR分光計1の第1の実施形態を概略的に示している。EPR分光計1は、磁石システム2およびプローブヘッド3を備える。
【0057】
ここでの磁石システム2は、3つの磁石4、すなわち、永久磁石5および2つの電磁石6a、6bを備える。磁石システム2は、生成された磁束を誘導および増強するために、通常、鉄合金をベースとした、略C字形を有する強磁性材料から作られたヨーク構造7をさらに備える。ヨーク構造は、代替として、フレーム、ポットコア、または任意の他の適切な構造として形成することができる(図示せず)。ここでは、電磁石6a、6bまたはそれらの巻線は、ヨーク構造7の上部アームおよび下部アームにそれぞれ配置されている。ヨーク構造7の対向する端部において、図1では右側において、ヨーク構造7はポールピース8a、8bを備えている。
【0058】
永久磁石5は、ここではヨーク構造7の背面(図1では左側)に組み込まれている。
【0059】
磁石システム2は、ポールピース8a、8bの間の視野9、ここでは、互いに対向するポールピース8a、8bの間の空隙に相当する視野9内に(背景磁場または静磁場またはB0フィールドとも呼ばれる)磁場を生成させる。視野9内の磁場は、ここでは縦に、且つ、視野9に面するポールピース8a、8bの表面12a、12b(「内側表面」12a、12b)に対して垂直に延びる極軸PAに整列されている。電磁石6a、6bは、適切な電流制御によるEPR測定中に磁場をゆっくりと変化させる(または「掃引する」)ために使用される場合があり、したがって、電磁石6a、6bは掃引コイルとも呼ばれる。
【0060】
視野9において、ここではマイクロ波共振器10、一対の変調コイル11a、11bを備えるプローブヘッド3が配置され、ここでは、マイクロ波共振器10および変調コイル11a、11bを含むハウジング13も備える。金属壁を有するマイクロ波共振器10の内部には、測定対象のサンプル14aを配置するための試料体積14が配置される。(B1フィールドとも呼ばれる)マイクロ波放射は、通常、(簡略化のためにここには示されていない)マイクロ波源およびマイクロ波検出器に取り付けられた導波管を介して、マイクロ波共振器10内に結合されたり、そこから出たりすることが可能である。
【0061】
示された実施形態では、ポールピース8a、8bの各々とマイクロ波共振器10との間に、変調コイル11a、11bのうちの1つが配置されている。一対の変調コイル11a、11bは、少なくとも試料体積14内で、極軸PAに沿った追加の時変磁場を発生させることができる。
【0062】
さらに、図示された実施形態では、変調コイル11a、11bに面する各ポールピース8a、8bの部分15a、15bは、低い導電率(たとえば、σ=10S/m)を有し、高い飽和磁束密度(たとえば、0.5TであるBS)を有する(点描で示された)機能材料から作られる。
【0063】
機能材料の部分15a、15bは、変調コイル11a、11bによって生成された時変磁場によって引き起こされる、ポールピース8a、8b内の渦電流の誘導を防止するか、または少なくとも最小化する。誘導された渦電流は、LCタンクの効率を低下させるオーム損失だけでなく、それらを引き起こした時変磁場とは反対の磁場も発生させ、したがって、コイルのインダクタンスを減少させることに留意されたい。機能材料の適用の二重の結果として、極材料の渦電流によって引き起こされる損失が防止または最小化され、有利なことにコイルのインダクタンスのみが増加するので、EPRサンプル位置における望ましい強度の時変磁場を実現するために、変調コイル11a、11b内の電流は比較的小さく選択され得、これによって二乗の倍数で電力消費を削減することができる。第1の重要な結果は、コイル11a、11b内の電流による音響振動エネルギー、ならびにポールピース8a、8bおよびコイル11a、11b内の熱エネルギーとしてのオーム損失も減少することであり、これが、サンプル14aに対するEPR測定のノイズを良好に減少させることにつながる。第2の重要な結果は、変調コイル11a、11bが、EPR分光計1のコンパクトな設計においてポールピース8a、8bの近くに配置され、より高い性能対コスト値を得られるということである。
【0064】
変調コイル11a、11bの代わりに、またはそれらに加えて、本発明に従って高速スキャンコイルも使用できることが留意されるべきであり、その場合は、上記の説明が同じ様に適用される。
【0065】
図2には、本発明のEPR分光計1の第2の実施形態であって、片面型のEPR分光計であるものが示されている。この実施形態は、視野9の片側のみから、ここでは上面から、プローブヘッド3中に磁場を発生させる磁石システム2を備える。プローブヘッド3の片側のみに磁石システム2を配置することは、チップを用いた(chip-based)EPRセンサなどの非常にコンパクトなEPRデバイスにおいて有用である。
【0066】
図2の実施形態では、プローブヘッド3は、ここではマイクロ波共振器10の上に配置された1つの変調コイル11aのみを備える。この場合、1つのポールピース8aのみが、機能材料の部分15aを有して、上面に配置されれば十分である。磁石システム2は、CW適用のための掃引コイルと組み合わされた電磁石または永久磁石から構成され得る。
【0067】
しかしながら、高い導電率(>>10S/m)を有する従来の鉄金属材料から全体が作られたポールピース8aの反対側に、第2のポールピース(図示せず)を配置することが可能である。第2のポールピースを配置することで、視野9における磁場の均一性が高まる。また、磁石システム2が、磁場を磁石に戻すためのヨーク構造を備えることも可能である。前記反対側の第2のポールピース(図示せず)は、少なくともマイクロ波共振器10の厚さ分だけ極軸PAの方向に変調コイル11aから分離されているので、変調コイル11aによって発生した時変磁場の局所強度は一般に、ポールピース8aの表面12aと比較して、反対側の第2のポールピースの表面においてはるかに低くなっている。
【0068】
図3aは、たとえば、図1に示されたEPR分光計において、本発明で使用するための第1のタイプのポールピース8aを示す。
【0069】
図示されたタイプでは、ポールピース8aは全面的に機能材料から作られている(点描で示され、他の例にも当てはまる)。ポールピース8aは、ここでは、ヨーク構造7の端部に接着(glued)されている。
【0070】
図3bは、たとえば、図1に示されたEPR分光計において、本発明で使用するための第2のタイプのポールピース8aを示す。
【0071】
ここで、ポールピース8aは、機能材料から作られた部分15aを備え、(ホルダとも呼ばれる)残りの部分16は、軟磁性金属材料、ここでは鉄から作られている。機能材料から作られた部分15aは、残りの部分16に接着(glued)されている。
【0072】
ポールピース8aの残りの部分16は、ネジ18が突き出る開口部17を備える。ネジ18は、ヨーク構造7内に位置するネジ山19の中にねじ込まれている。
【0073】
図3cは、たとえば、図1に示されたEPR分光計において、本発明で使用するための第3のタイプのポールピース8aを示す。
【0074】
ここで、ポールピース8aは、機能材料から作られた部分15aを備え、(ホルダとも呼ばれる)残りの部分16は、軟磁性金属材料、ここでは鉄から作られている。残りの部分16は、ここでは、部分15aが押し込まれた円周方向の縁がある窪みを有するフレーム構造20を形成する。したがって、ある程度弾性的に広げることができるフレーム構造20は、極軸PAに垂直なクランプ方向21において部分15aにいくらかの圧力を加える。
【0075】
ポールピース8aの残りの部分16は、ここでも同様に、ネジ18が突き出る開口部17を備える。ネジ18は、ヨーク構造7内に位置するネジ山19の中にねじ込まれている。部分15aは、ここでは、ネジ19および開口部17を覆っている。
【0076】
図4aは、例として、図1に示された実施形態と同様の本発明のEPR分光計の視野9の領域を示す。
【0077】
示された例では、極軸PAの方向において、ポールピース8aとそれが面する変調コイル11aとの間にゼロでない距離DPCが存在し、通常、この距離DPCは2mm以下である。距離DPCは、ポールピース8aまたはその部分15aの平らな表面12aと、ポールピース8aに向かって最も遠くに突き出ている変調コイル11aの部分との間で測定され得る。
【0078】
さらに、機能材料から作られた部分15aは、極軸PAに沿って測定された厚さTを有する。厚さTは、通常、1mmから6mmの範囲にある。そのような厚さTであれば、ポールピース8a内の渦電流を確実に遮断するのに十分である。
【0079】
極軸PAに垂直な方向において、部分15aは変調コイル11aを越えて広がり、ここではマイクロ波共振器10も越えて広がることに留意されたい。
【0080】
極軸PAに沿った視野9(すなわち、ここではポールピース8a、8bの間の空隙)の幅WAGは、通常、10mm≦WAG≦100mmの範囲であり、好ましくは20mm≦WAG≦60mmの範囲である。
【0081】
図4bは、別の例における本発明のEPR分光計の視野9の領域を示す。
【0082】
図示された例では、変調コイル11a、11bはポールピース8a、8bに直接取り付けられる、言い換えれば、ポールピース8a、8bとそれらが面している変調コイル11a、11bとの間の極軸PAに沿った距離はゼロである。これにより、非常にコンパクトな磁石システムの設計がもたらされる。
【0083】
別の特殊性として、図示された例では、機能材料から作られた各部分15a、15bの裏側に、たとえば10S/m以上の導電率を有する、銅などの高導電性材料の箔22が取り付けられている。このようにして、特に変調コイル11a、11bから比較的遠い距離に位置する、ポールピース8a内の残存する渦電流を、定められた方法で捕捉することができる。
【0084】
したがって、一般に、10S/m以上の導電率を有する高導電性材料の層は、ポールピース8a、8bの少なくとも部分15a、15bの側面であって、変調コイル11a、11bまたは高速スキャンコイルから離れる方向に向いた側に配置することができ、本発明においては、特に、層は、たとえば銅から作られた箔22を備える。
【0085】
図5aには、図1に示したものと同様のEPR分光計の視野の領域が示され、ここではポールピース108a、108bは、本発明における機能材料は備えておらず、従来の鉄材料ポールピース108a、108bが使用される。
【0086】
磁石システム102は背景磁場B0を発生させ、これに、変調コイル111a、111bによって発生した時変磁場123が重ね合わされることになる。
【0087】
磁気システム102の端部で従来の鉄材料ポールピース108a、108bを使用すると、変調コイル111a、111bによって発生した時変磁場123は、近傍のポールピース108a、108bに渦電流124を誘導する。渦電流124は、時変磁場124とは反対の局所磁場を生成するので、少なくとも試料体積114において所望の磁場強度を実現するために、変調コイル111a、111bにおける電流強度を増加させなければならない。さらに、ポールピース108a、108bは、オーム加熱によって暖かくなり、熱は、セットアップ全体に亘って広がり、特に、変調コイル111a、111bおよびマイクロ波共振器110の中に広がり、それらを離調させ得る。
【0088】
ポールピース108a、108b内の渦電流を回避するために、図5bに示されるように、視野109の幅WAG’を増加させ、変調コイル111a、11bからより大きい距離DPC’にポールピース108a、108bを配置することができる。しかしながら、視野109において以前と同じ磁場強度を実現するために、一般に、以前よりも大きい磁気システム102を使用する必要があり、これにより、EPR分光計のコストがかなり増加してしまう。
【0089】
本発明の利点を実証するために、コンデンサおよび変調を備えた共振回路が準備され、変調コイルは、従来の鉄金属材料のポールピースまたは本発明のオプションである(全面的に)機能材料から作られたポールピースの近傍に取り入れられる。機能材料として、非浸透性の鉄金属微粒子含有物を有するエポキシ樹脂が使用されている(電気抵抗率0.5*10オーム*cm、飽和磁束2.03T)。
【0090】
図6は、直立軸において測定された共振回路のインピーダンスを(単位:オーム)、右方向の軸上の励起周波数(kHz)の関数としてプロットしたものである。破線は従来の鉄製ポールピースを使用した結果を示し、実線は本発明による機能材料から作られたポールピースについての結果を示す。変調コイルからポールピースまでの距離は、菱形が0mm、正方形が2.5mm、丸型が4mm、三角形が6mmであった。
【0091】
図6から分かるように、鉄製ポールピースの場合、距離が小さくなると(右側の)共振曲線は平坦になる。これは、距離が小さくなると、鉄製ポールピースにおいて渦電流による減衰が増加する強い兆候である。一方、(左側の)機能材料から作られたポールピースの場合、共振曲線はすべてシャープであり、距離に実質的に依存しない。
【0092】
変調コイルのインダクタンスは、近くの材料による影響を受ける。多くの渦電流を流すことができる材料が近くにある場合はインダクタンスが下がる傾向があり、強磁性誘電率を有する材料がある場合はインダクタンスが上がる傾向がある。鉄製ポールピースを用いた実験では、これら2つの効果は広範囲において相殺されたが、機能材料を備えたポールピースを用いた実験では、インダクタンスが著しく増加した。結果として、機能材料を備えたポールピースを使用した実験における共振周波数は、鉄製ポールピースを用いた実験と比較して、著しく低くなった(従来のポールピースでは約115kHz、本発明のポールピースでは約90kHz)。
【0093】
次いで、図6の共振曲線に対してQファクタが決定された。Qファクタが低いと減衰が強いということを直接的に示し、その逆も同様である。
【0094】
図7では、Qファクタ(無次元値)が直立軸にプロットされ、右方向の軸は、いずれの場合も変調コイルのポールピースまでの距離(単位:mm)をプロットしている。Qファクタは、f0:共振周波数(共振曲線における最大振幅の位置)、Δf:最大値に対して3dBの減衰における共振曲線の幅、とするとき、Q=f0/Δfで決定することができる。
【0095】
従来のFeポールピースのセットアップ(破線)の場合、Qファクタは距離に強く依存し、距離ゼロにおける約2.5から距離6.5mmにおける約6.5に増加する。対照的に、機能材料のポールピースの場合、Qファクタは、調査したすべての距離について7.5~8の間でほぼ一定である。
【0096】
図8は、ポールピースの部分15a内の機能材料を示しており、強磁性材料またはフェリ磁性材料、たとえば、高分子樹脂などのポリマーから作られた電気絶縁性マトリクス材24内に分散した鉄の複数の粒子23を備える。粒子23は浸透せず、すなわち、それらは接触する粒子23の鎖を構築するのではなく、マトリクス材24によって互いに分離されている。したがって、マトリクス材24の導電率は、機能材料の導電率を支配する。しかしながら、粒子23は、機能材料におけるそれらの割合に比例して、機能材料の全体的な透磁率に寄与することができる。粒子23がマトリクス材24内に均一に分散している場合、機能材料は等方性の電気的特性および磁気的特性を示す。
【符号の説明】
【0097】
1 EPR分光計
2 磁石システム
3 プローブヘッド
4 磁石
5 永久磁石
6a,6b 電磁石
7 ヨーク構造
8a,8b ポールピース
9 視野
10 マイクロ波共振器
11a,11b 変調コイル
12a,12b 表面
13 ハウジング
14 試料体積
14a サンプル
15a,15b 機能材料から作られたポールピースの部分
16 ポールピースの残りの部分
17 開口部
18 ネジ
19 ネジ山
20 フレーム構造
21 クランプ方向
22 箔
102 磁石システム
108a,108b ポールピース
109 視野
111a,111b 変調コイル
114 試料体積
123 時変磁場
124 渦電流
DPC ポールピースから(変調または高速スキャン)コイルまでの距離
DPC’ ポールピースから(変調または高速スキャン)コイルまでの距離
T 機能材料から作られたポールピースの部分の厚さ
PA 極軸
WAG(極軸に沿った)視野の幅
WAG’(極軸に沿った)視野の幅
図1
図2
図3a
図3b
図3c
図4a
図4b
図5a
図5b
図6
図7
図8