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特許7443635ホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板、ホットスタンプ部品及びホットスタンプ部品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板、ホットスタンプ部品及びホットスタンプ部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240228BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20240228BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20240228BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20240228BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20240228BHJP
   C21D 9/50 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C21D9/00 A
C22C38/00 301Z
C21D1/18 C
C22C38/14
C22C38/38
C21D9/50 101B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020014489
(22)【出願日】2020-01-31
(65)【公開番号】P2021120483
(43)【公開日】2021-08-19
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】濱本 紗江
(72)【発明者】
【氏名】中田 啓亮
(72)【発明者】
【氏名】浅井 達也
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 賢司
【審査官】村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-224311(JP,A)
【文献】特開2016-089274(JP,A)
【文献】国際公開第2019/208556(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/047836(WO,A1)
【文献】特開2001-207235(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/00
C21D 1/18
C21D 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
素地鋼鈑が、質量%で、
C :0.005~0.14%、
Si:1.0~1.7%、
Mn:1.5~3.0%、
Ti:0.010~0.100%、
B :0.0010~0.0100%、
Al:0.01~0.10%、
P :0.10%以下(0%を含まない)、
S :0.010%以下(0%を含まない)、及び
N :0.010%以下(0%を含まない)、
を満たし、残部が鉄及び不可避不純物であり、
且つ、固溶B量が10ppm以上であり、
この素地鋼板の少なくとも片面に合金化溶融亜鉛めっき層または溶融亜鉛めっき層を有すること
前記素地鋼板中のTi量(質量%)を[Ti]、N量(質量%)を[N]としたとき、これらが[Ti]≧(47.8/14)[N]の関係を満足するように、Ti量及びN量が制御されていること、並びに、
前記素地鋼板において、下記式(1):
Ac 3 変態点(℃)=910-203×[C] 1/2 +44.7×[Si]-30×[Mn]+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]・・・(1)
(式(1)中、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[Al]、[Ti]は、それぞれC、Si、Mn、P、Al、Tiの含有率を質量%で表した値である)
に基づいて計算されるAc 変態点が907℃以下であることを特徴とするホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
前記素地鋼板は、更に、Cr:0.5%以下(0%を含まない)及びMo:0.5%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有する請求項1に記載のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の化学成分組成を有し、素地鋼板のAc3変態点以上で熱間プレスした後の最大引張強度が800MPa以上、1300MPa以下となるホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
ホットスタンプした後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板と、テーラドブランク部品を製造するための請求項1~3のいずれかに記載のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を、素地鋼板のAc3変態点以上に加熱し、熱間プレスすることを含むホットスタンプ部品の製造方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれかに記載のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を用いたホットスタンプ部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板、ホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を用いたホットスタンプ部品、及びホットスタンプ部品の製造方法に関する。特に熱処理後の引張強度TS(Tensile Strenth)が1.5GPa未満となる鋼板で、ホットスタンプしたときに溶融金属脆化(Liquid Metal Embrittlement:LME)の発生を抑制できるホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板、このようなホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を用いたホットスタンプ部品、及びホットスタンプ部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用部品の製造において、高強度化と複雑形状化の両立が可能な技術として、鋼板を高温でプレス成形して製造するホットスタンプが提案されている。以下では、ホットスタンプに供する鋼板を、「ブランク」と呼ぶことがある。
【0003】
ホットスタンプは、熱間成形、ホットプレスなどとも呼ばれており、上記ブランクをオーステナイトの温度域、即ちAc3変態点以上の高温にまで加熱し、プレス成形する方法である。ブランクの加熱工程を、以下では、「ホットスタンプの加熱工程」と呼ぶことがある。上記ホットスタンプの加熱工程と、それに続くブランクをプレス成形する部品形成工程とを併せて、以下では、「ホットスタンプ工程」と総称することがある。こうしたホットスタンプ技術によれば、高強度でありながら、複雑な形状の自動車用部品等のホットスタンプ部品を得ることができる。
【0004】
ホットスタンプ工程によって製造されるホットスタンプ部品では、引張強度TSは1.5GPa以上であるのが主である。しかしながら近年では、引張強度TSが800~1300MPaの鋼部材など、引張強度TSが1.5GPa未満となるホットスタンプ部品も各種提案されている。
【0005】
前記ブランクとして、熱間圧延後に酸洗して得られる鋼板、即ち熱延酸洗鋼板や、更に冷間圧延して得られる冷延鋼板が用いられる他、耐食性、スケール抑制の観点から、上記熱延酸洗鋼板や冷延鋼板の少なくとも片面にめっきを施しためっき鋼板も使用される。上記めっき鋼板は、主に、亜鉛系めっき鋼板とAl系めっき鋼板に大別されるが、本発明では亜鉛めっき鋼板を対象とする。
【0006】
上記のような亜鉛めっき鋼板をホットスタンプ工程に適用する場合、LMEの発生が問題となる。亜鉛めっきを構成するZnは、融点が419℃、沸点が907℃であり、ホットスタンプの加熱温度域では液相または気相となる。前記LMEは、ブランクである亜鉛めっき鋼板へのホットスタンプの加熱工程で、上記の通り融点の低い亜鉛が溶融し、部品成形工程で素地鋼板の粒界へ溶融亜鉛が侵入することにより生じる。このLMEによって発生したクラックは、クラックの深さによっては、成形部品の耐衝撃性や耐久性を大きく損なうという問題がある。以下、上記LMEによって発生したクラックを「LMEクラック」と呼ぶ。
【0007】
LMEクラックが発生するという問題を回避する技術として、例えば特許文献1のような技術が提案されている。この技術では、ホットスタンプの加熱工程で亜鉛と鉄の合金化を進行させ、LMEクラック深さを低減させている。すなわち、めっき層中のFe%を増加させるために、部品成形を行う前処理として300℃以上までの加熱を行い、そのときの加熱処理時間を長く、例えば300~1000秒とする工夫を行うものである。しかしながら、この特許文献1に開示された方法では、ホットスタンプ工程の増加や、設定温度の異なる加熱炉を複数個必要とすること、更には加熱処理時間の延長を強いられるため、実用的とは言い難い。
【0008】
また、例えば特許文献2には、Niめっき後に亜鉛めっき処理を行う方法や、特許文献3には、亜鉛めっき層中の成分制御によるLMEクラック発生を回避する技術が提案されている。
【0009】
更に、LMEクラック発生を回避するには、素地鋼板の化学成分の寄与も大きく、とりわけSi量の抑制が重要であることも知られている。その一方で、Siは、スポット溶接部の接合強度向上に寄与するなど、高強度鋼板において有用な元素であることも知られている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特表2012-512747号公報
【文献】特開2016-89274号公報
【文献】特開2006-037141号公報
【文献】特開2007-169679号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
これまで提案されているホットスタンプ技術では、ホットスタンプのプロセスによって組織制御を図り、引張強度TSを制御している。こうしたことから、ホットスタンプ部品の引張強度TSは、ホットスタンプのプロセスに大きく依存しているのが実情である。またLMEクラック発生を回避するためには、亜鉛めっき層中の成分制御を図ってめっき層を改変することや、高強度鋼板において有用である添加元素を抑制する等の方法が採用されるのが一般的である。
【0012】
例えば、前記特許文献1では、ホットスタンプの加熱工程で亜鉛と鉄の合金化を進行させ、LMEクラック深さを低減させているが、合金化の進行を積極的に行わない通常の合金化溶融亜鉛めっき鋼板では、LMEクラック発生を回避することはできない。またこのような問題は、溶融亜鉛めっき鋼板においても同様に生じる。
【0013】
本発明は上記のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、Si量を抑制することなく、めっき層における化学成分による改変やホットスタンプのプロセスにあまり依存せず、LMEクラック発生を回避することのできるホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板、このようなホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を用いたホットスタンプ部品、及びホットスタンプ部品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、下記構成により上記目的が達成できることを見出し、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることによって本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明の一局面は、
素地鋼鈑が、質量%で、
C :0.005~0.14%、
Si:1.0~1.7%、
Mn:1.5~3.0%、
Ti:0.010~0.100%
B :0.0010~0.0100%、
Al:0.01~0.10%、
P :0.10%以下(0%を含まない)、
S :0.010%以下(0%を含まない)、及び
N :0.010%以下(0%を含まない)、
を満たし、残部が鉄及び不可避不純物であり、
且つ、固溶B量が10ppm以上であり、
この素地鋼板の少なくとも片面に合金化溶融亜鉛めっき層または溶融亜鉛めっき層を有することを特徴とするホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板である。
【0016】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板では、素地鋼板には、更に、Cr:0.5%以下(0%を含まない)及びMo:0.5%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有させることができ、含有される成分に応じて鋼板の特性が更に改善される。
【0017】
また上記のような化学成分組成を有するホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板では、素地鋼板のAc3変態点で熱間プレスした後の最大引張強度を800MPa以上、1300MPa以下とできる。
【0018】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板は、熱処理後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板と、テーラドブランク部品を製造するための鋼板として有用である。
【0019】
本実施形態のホットスタンプ部品の製造方法は、上記のようなホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を、素地鋼板のAc3変態点以上に加熱し、熱間プレスすることを含むことを特徴とする。
【0020】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を用いることによって、所望の特性を発揮するホットスタンプ部品が得られる。
【発明の効果】
【0021】
本発明では、Si量を抑制することなく、めっき層における化学成分による改変やホットスタンプのプロセスにあまり依存せず、LMEクラック発生を回避することのできるホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者らは、上記目的を達成すべく様々な角度から検討した。すなわち、Si量を抑制することなく、めっき層における化学成分による改変やホットスタンプのプロセスにあまり依存せずLMEクラック発生を回避することのできるホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を実現するという観点から鋭意検討した。
【0023】
その結果、素地鋼板の化学成分組成を適切に調整するとともに、素地鋼板中に固溶状態で存在するB(以下、「固溶B」と呼ぶことがある)を所定量確保するようにすれば、上記目的が見事に達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0024】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板において、素地鋼板の化学成分組成を設定した理由は下記の通りである。以下、化学成分組成における%は、質量%を意味する。
【0025】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板は、素地鋼鈑が、C:0.005~0.14%、Si:1.0~1.7%、Mn:1.5~3.0%、Ti:0.010~0.100%、B:0.0010~0.0100%、Al:0.01~0.10%、P:0.10%以下(0%を含まない)、S:0.010%以下(0%を含まない)、及びN:0.010%以下(0%を含まない)、を満足する。
【0026】
[C:0.005~0.14%]
Cは、LMEクラックの発生を回避する上で重要な元素である。LMEクラックの発生を回避する上では、C量はできるだけ少ない方が望ましいが、C量を過度に低減することは、製造上のコストアップに繋がることになるので、0.005%以上とする。C量は、好ましくは0.007%以上であり、より好ましくは0.010%以上である。しかしながら、C量が過剰になると、鋼板の強度上昇を招く他、鋼板をスポット溶接したときに、スポット溶接部の十字引張強度(十字型引張試験法による十字継手破断荷重)の低下を招き、LMEクラックが生じやすくなることから、その上限は0.14%以下とする必要がある。C量は、好ましくは0.13%以下であり、より好ましくは0.12%以下である。
【0027】
[Si:1.0~1.7%]
Siは、鋼板をスポット溶接したときに、スポット溶接部の十字引張強度を上昇させるのに重要な元素である。また、ホットスタンプ部品におけるホットスタンプのプロセス依存性を低減し、硬度安定性を図ることにも寄与する元素である。このような効果を発揮させるためには、Si量は1.0%以上とする必要がある。Si量は、好ましくは1.05%以上、より好ましくは1.1%以上である。しかしながら、Si量が過剰になると、鋼板製造時の酸化スケール増加による酸洗性の劣化、めっき性の悪化、Ac3変態点の上昇、スポット溶接部の十字引張強度の低下等を引き起こす。したがって、Si量は、1.7%以下とする。Si量は、好ましくは1.6%以下であり、より好ましくは1.5%以下である。
【0028】
[Mn:1.5~3.0%]
Mnは、鋼板の焼入れ性を向上させ、成形後の硬度のばらつきを低減させるのに有用な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Mn量は1.5%以上とする必要がある。Mn量は、好ましくは1.7%以上、より好ましくは2.0%以上である。しかしながら、Mn量が過剰になって3.0%を超えるとその効果が飽和し、コストアップの要因となる。そのため、Mn量は3.0%以下とする必要があり、好ましくは2.8%以下であり、より好ましくは2.6%以下である。
【0029】
[Ti:0.010~0.100%]
本発明においてTiは重要な元素である。Tiを含有させることでTiNの生成を促進し、LMEクラックの発生を抑制する固溶B量が増加する。このような効果を発揮させるためには、Ti量は0.010%以上とする必要がある。Ti量は、好ましくは0.012%以上であり、より好ましくは0.015%以上である。しかしながら、Ti量が過剰になると、TiCが生成しやすくなり、鋼組織が微細化し、焼入れ性を低下させてしまう。そのため、Ti量は、0.100%0以下とする必要があり、好ましくは0.095%以下であり、より好ましくは0.090%以下である。
【0030】
[B:0.0010~0.0100%]
本発明においてBは重要な元素である。Bは粒界を強化する元素として知られており、焼入れ性に効果がある元素として含有する。本発明では、素地鋼板にBを含有させることにより、ホットスタンプの加熱工程でのLMEクラックの発生を抑制できることを見出した。このような効果を得るためには、B量は0.0010%以上とする必要がある。B量は、好ましくは0.0012%以上であり、より好ましくは0.0015%以上である。しかしながら、B量が過剰になるとB化合物の生成等による鋳造時の表面割れなどを引き起こす要因となる。そのため、B量は0.0100%以下とする必要がある。B量は、好ましくは0.0090%以下であり、より好ましくは0.0085%以下である。
【0031】
[Al:0.01~0.10%]
Alは、脱酸剤として作用する元素である。こうした効果を発揮させるために、Al量は、0.01%以上とする必要がある。Al量は、好ましくは0.015%以上であり、より好ましくは0.020%以上である。しかしながら、Alを過剰に含有させることは、製造上のコストアップに繋がることになるので、Al量は0.10%以下とする。Al量は、好ましくは0.080%以下であり、より好ましくは0.070%以下である。
【0032】
[P:0.10%以下(0%を含まない)]
Pは、不可避的に含有する元素であるが、鋼板の溶接性を劣化させる元素であることから、できるだけその含有を制限することが望ましい。鋼板の溶接性を劣化させないためには、P量は0.10%以下とする必要がある。P量は、好ましくは0.050%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。なお、Pは鋼中に不可避的に混入してくる不純物であり、その量を0%にすることは工業生産上不可能であり、通常0.0005%以上で含有する。
【0033】
[S:0.010%以下(0%を含まない)]
Sは、不可避的に含有する元素であり、鋼板の溶接性を劣化させる。したがって、S量は0.010%以下とする。S量は、好ましくは0.0080%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。S量は、できるだけ少ない方が良いため、下限は特に限定されないが、その量を0%にすることは工業生産上不可能であり、通常0.0001%以上で含有する。
【0034】
[N:0.010%以下(0%を含まない)]
Nは、不可避的に含有する元素であり、過剰に含まれるとBNが生成しやすくなり、固溶B量を低下させる。したがって、N量は0.010%以下とする。N量は、好ましくは0.008%以下であり、より好ましくは0.005%以下である。N量は、できるだけ少ない方が良いため、下限は特に限定されないが、その量を0%にすることは工業生産上不可能であり、通常0.0001%以上で含有する。
【0035】
[固溶B:10ppm(質量ppm)以上]
上述の通り、ホットスタンプの加熱工程でのLMEクラックの発生を抑制するには、固溶状態で存在するBを所定量確保することが重要である。こうした観点から、固溶B量は10ppm以上とする必要がある。固溶B量は、好ましくは20ppm以上であり、より好ましくは50ppm以上である。固溶B量の上限については何ら限定するものではないが、含有するBの全てが固溶した場合に概ね100ppm以下となる。
【0036】
なお、固溶B量を10ppm以上確保するための方法は、何ら限定するものではないが、BとNが反応することによって生成するBNの生成を抑制すること、そのためにNをできるだけTiと反応させてTiNとすることが有効である。例えば、素地鋼板中のTi量(質量%)を[Ti]、N量(質量%)を[N]としたとき、これらが[Ti]≧(47.8/14)[N]の関係を満足するように、Ti量及びN量を制御すれば、含有させたBを効率よく固溶Bとして確保できる。
【0037】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板で用いる素地鋼板の基本成分は上記のとおりであり、残部は、鉄、及び上記P,S,N以外の不可避不純物である。この不可避不純物としては、下記のように抑制することが好ましいOの他、本発明の効果を損なわない範囲で、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれるトランプ元素(Pb,Bi,Sb,Sn,V等)の混入が許容される。
【0038】
[O:0.010%以下(0%を含まない)]
Oは、不可避的に含有する元素であり、過剰に含まれると酸化物を形成し、固溶Siを低下させる。そのため、O量は0.010%以下とすることが好ましい。O量は、より好ましくは0.005%以下であり、更に好ましくは0.003%以下である。O量は、できるだけ少ない方が良いため、下限は特に限定されないが、その量を0%にすることは工業生産上不可能であり、通常0.0001%以上で含有する。
【0039】
本実施形態のホットスタンプ用鋼板で用いる素地鋼板には、更に他の元素として、Cr及びMoよりなる群から選ばれる1種以上を含ませることができ、これらの元素を含有させることによって鋼板の特性が更に改善される。
【0040】
[Cr:0.5%以下(0%を含まない)及びMo:0.5%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
Cr及びMoは、Mnと同様に焼入れ性を向上させる元素であり、ホットスタンプ工程後の鋼板強度を向上させる。このような効果は、その含有量が増加するにつれて大きくなるが、過剰に含有させることはコストアップとなるため、いずれも0.5%以下で含有させることが好ましい。より好ましくは、いずれも0.4%以下である。これらはいずれか1種を含有してもよいし、2種とも含有させてもよい。
【0041】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板は、熱延鋼板や冷延鋼板を素地鋼板として、その少なくとも片面に、溶融亜鉛めっき層(GI:Hot Dip-Galvanized)、または合金化溶融亜鉛めっき層(GA:Alloyed Hot Dip-Galvanized)を有する溶融亜鉛めっき鋼板(GI鋼板)、または合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA鋼板)を含む。
【0042】
素地鋼板が上記のような化学成分組成を有する本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板では、素地鋼板のAc3変態点で熱間プレスした後の最大引張強度を800MPa以上、1300MPa以下とできる。すなわち、上記のような構成のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を採用することによって、ホットスタンプ工程後の最大引張強度が800MPa以上、1300MPa以下となるホットスタンプ部品を、ホットスタンプのプロセスにあまり依存せず製造することができる。
【0043】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板は、熱処理後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板と、テーラドブランク部品を製造するための鋼板として有用である。通常のホットスタンプ工程では、ホットスタンプの加熱工程時の温度は、オーステナイトの単相域温度(即ち、Ac3変態点よりも高い温度)に設定される。そしてこの温度域に加熱された鋼板を、金型によって冷却されつつプレス成形され、ホットプレス部品とされる。
【0044】
ホットスタンプ工程後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板では、当該鋼板のAc3変態点は、比較的低い温度に設定されている。したがって、ホットスタンプ工程後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板と、当該鋼板とはAc3変態点が異なる素地鋼板を含む本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板とを、溶接などによってテーラドブランクを行い、その後いずれの鋼板のAc3変態点よりも高い温度範囲に加熱してから、熱間プレスを行なえば、引張強度が1000MPa以上の領域と、引張強度が800MPa以上、1300MPa以下となる領域を有するテーラドブランク材が得られる。このようなテーラドブランク材において、どちらの領域が高強度側または低強度側になるかは、それぞれの鋼板のAc3変態点と、ホットスタンプの加熱工程温度との関係によって決まる。
【0045】
なお、本明細書において、Ac3変態点とは、下記式(1)に基づいて計算される値である。下記式(1)は、「レスリー鉄鋼材料学」(丸善株式会社 1985年5月31日発行、273頁)に示された式に基づき、本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板で用いる素地鋼板の化学成分組成を考慮して簡略化した式である。
【0046】
Ac3変態点(℃)=910-203×[C]1/2+44.7×[Si]-30×[Mn]+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]・・・(1)
上記式(1)中、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[Al]、[Ti]は、それぞれC、Si、Mn、P、Al、Tiの含有率を質量%で表した値である。
【0047】
上記テーラドブランク材の製造方法から明らかなように、本実施形態のホットスタンプ部品の製造方法は、上記のようなホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を、素地鋼板のAc3変態点以上に加熱し、熱間プレスすることを含むことを特徴とする。また本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を用いることによって、所望の特性を発揮するホットスタンプ部品が得られる。
【0048】
本発明で用いる素地鋼板を製造するには、通常の手順に従えばよい。例えば、上記のような化学成分組成を満足する鋼材を常法に従って溶解し、連続鋳造によりスラブ等の鋼片を得た後、1300℃以下に加熱し、次いで熱間圧延を行い、巻取った後に酸洗し、冷間圧延を施して冷延鋼板とする。その後、必要により冷延鋼板に対して焼鈍処理を行い、素地鋼板とする。こうして得られる素地鋼板の少なくとも片面に、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理を行う。
【0049】
本明細書には、上記のように様々な形態の技術を開示しているが、そのうち主な技術を以下にまとめる。
【0050】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板は、素地鋼鈑が、質量%で、
C :0.005~0.14%、
Si:1.0~1.7%、
Mn:1.5~3.0%、
Ti:0.010~0.100%
B :0.0010~0.0100%、
Al:0.01~0.10%、
P :0.10%以下(0%を含まない)、
S :0.010%以下(0%を含まない)、及び
N :0.010%以下(0%を含まない)、
を満たし、残部が鉄及び不可避不純物であり、
且つ、固溶B量が10ppm以上であり、
この素地鋼板の少なくとも片面に合金化溶融亜鉛めっき層または溶融亜鉛めっき層を有することを特徴とするホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板である。
【0051】
このような構成を採用することによって、Si量を抑制することなく、めっき層における化学成分による改変やホットスタンプのプロセスにあまり依存せず、LMEクラック発生を回避することのできるホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板が実現できる。
【0052】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板では、素地鋼板には、更に、Cr:0.5%以下(0%を含まない)及びMo:0.5%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有させることができる。これらの成分を含有させることによってホットスタンプ工程後のホットスタンプ部品の強度を更に高めることができる。
【0053】
好ましい実施形態として、上記のような化学成分組成を有し、素地鋼板のAc3変態点以上で熱間プレスした後の最大引張強度が800MPa以上、1300MPa以下となる。すなわち、本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を用いることによって、ホットスタンプ工程後の最大引張強度が800MPa以上、1300MPa以下となるホットスタンプ部品を、ホットスタンプのプロセスにあまり依存せず製造することができる。
【0054】
本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板は、ホットスタンプ工程後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板と、テーラドブランク部品を製造するための鋼板として有用である。
【0055】
本実施形態のホットスタンプ部品の製造方法は、上記のようなホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を、素地鋼板のAc3変態点以上に加熱し、熱間プレスすることを含むことを特徴とする。すなわち、本実施形態のホットスタンプ用亜鉛めっき鋼板を、素地鋼板のAc3変態点以上に加熱し、熱間プレスすることを含むことによって、テーラドブランク材に限らず、所望の特性を発揮するホットスタンプ部品を製造することができる。
【0056】
以下、実施例に基づいて、本発明の作用効果をより具体的に示すが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前記及び後記の趣旨に徴して設計変更することは、いずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0057】
下記表1に示す化学成分組成(鋼種A~M)の各種鋼材を工場にて溶解し、鋳造、熱間圧延、冷間圧延、及びめっき工程を経てGA鋼板とした。これらの成分は、代表成分値を示している。また、表1に示したAc3変態点は、前記式(1)に基づいて計算した値である。表1中、[-]の欄は添加していないこと、または測定限界未満であることを意味する。P、S、V、Nは、上述の通り不可避不純物であり、P、S、V、Nの欄に示した値は不可避的に含まれた量を意味する。なお、[Ti]≧[47.8/14]×[N]を満足する場合は、添加したBは全て固溶状態で存在しているとみなすことができるが、表1には、Ti量およびN量に基づいて求めた固溶B量を推定値として示している。また残部は、鉄、及び上記で示した不可避不純物以外の不可避不純物が含まれる。
【0058】
【表1】
【0059】
ホットスタンプの加熱工程を模擬し、900℃までの加熱でオーステナイト化処理を行った後、800℃まで冷却し、その温度にて引張試験を行った。なお、引張試験片はGA鋼板のままの試験片、及びGA層を酸洗で除去した試験片(めっき除去材)の2種類の試験片を用意し、引張試験結果の比較を行った。表1に示した鋼種A~C、及びK~Mを用いたときの結果(試験No.1~6)を、適用鋼種、及びSi量とともに、下記表2に示す。
【0060】
下記表2に示した板厚は、GA鋼板の厚さである。また下記表2に示した△TS/TSは、{(めっき除去材の引張強度TS-GA鋼板ままの引張強度TS)/(めっき除去材の引張強度TS)}×100を示している。つまり△TS/TSの値の絶対値が小さいほど(例えば、5以下)、800℃での引張試験におけるめっき有/無の差が無く、LMEクラック発生による引張強度の低下が少ないことを示している。なお、表2の試験No.1~3に示したGA鋼板ままの800℃での引張強度TSは、191~213MPaの値を示しているが、この引張強度TSは、ホットスタンプ工程での条件を想定した場合、常温での最大引張強度TSは800~1300MPa程度となる。
【0061】
【表2】
【0062】
これらの結果から次のように考察できる。試験No.1~3は、本発明で規定するいずれの要件を満足する実施例であり、△TS/TSの値(絶対値)が5以下となっており、LMEクラック発生が低減できていることが分かる。
【0063】
これに対し試験No.4~6は、本発明で規定するいずれかの要件を満たさない比較例であり、所望の特性が得られていない。
【0064】
試験No.4は、固溶B量が確保されておらず(表1の鋼種K)、LMEクラック発生が低減されていない。試験No.5、6は、固溶B量とSi量、C量のいずれか、若しくは全ての影響により(表1の鋼種L、M)、LMEクラック発生が低減されいない。
【0065】
なお、表1の鋼種D~Jを用いた試験では、△TS/TSの値(絶対値)が5以下となり、LMEクラック発生が低減できていたが、下記の理由によって何等かの不都合が生じることが予想される例である。
【0066】
鋼種Dを用いた例は、LMEクラック発生が低減されたが、これはTi及びBがともに含有されており、固溶Bが多いためである。しかしながら、Si量が過剰であってもC量も多いために、Ac3変態点が低下しており、またC量が本発明で規定する上限よりも過剰になっており、十字引張強度が低下する懸念がある(例えば、「高強度薄鋼板のスポット溶接特性におよぼす成分元素の影響」 抵抗溶接研究委員会資料 RW-78-75 第15頁、図11 昭和50年12月4日発行)。また常温での引張強度が好ましい範囲外の1500MPa程度になることが想定される。
【0067】
鋼種E~Iを用いた例では、LMEクラック発生が低減されたが、これはSi量が低減されているためである。しかしながら、Si量が少なくなることにより、十字引張強度、硬度安定性劣化の懸念がある。
【0068】
鋼種Jを用いた例では、LMEクラック発生が低減されたが、これはC量が比較的少ないためである。しかしながら、Si量が本発明で規定する上限よりも過剰になっているためAc3変態点が907℃よりも高くなっており、亜鉛めっき層が蒸発する程度の加熱を要すると推定され、効果的なホットスタンプを実施することができないことが予想される。