(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】銅合金板、めっき皮膜付銅合金板及びこれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20240228BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20240228BHJP
C25D 5/34 20060101ALI20240228BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240228BHJP
C25D 5/10 20060101ALN20240228BHJP
C25D 5/50 20060101ALN20240228BHJP
【FI】
C22C9/00
C22F1/08 B
C25D5/34
C22F1/00 623
C22F1/00 613
C22F1/00 630C
C22F1/00 661A
C22F1/00 660Z
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
C22F1/00 694Z
C25D5/10
C25D5/50
(21)【出願番号】P 2019222646
(22)【出願日】2019-12-10
【審査請求日】2022-11-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101465
【氏名又は名称】青山 正和
(72)【発明者】
【氏名】秋坂 佳輝
(72)【発明者】
【氏名】宮嶋 直輝
(72)【発明者】
【氏名】牧 一誠
(72)【発明者】
【氏名】船木 真一
【審査官】村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-178399(JP,A)
【文献】国際公開第2019/189558(WO,A1)
【文献】特開2019-178398(JP,A)
【文献】特開2016-166397(JP,A)
【文献】特開2014-095107(JP,A)
【文献】特開2014-047378(JP,A)
【文献】特開2012-007231(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00
C22F 1/08
C25D 5/34
C22F 1/00
C25D 5/10
C25D 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MgとPとを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金板であって、板厚方向の中心部において、
Mg濃度は、0.1質量%以上0.3質量%未満
であり、
P濃度は0.001質量%以上0.2質量%以下
であり、ここで、板厚中心部におけるMg濃度は、Mg濃度が安定した板厚方向中心部での最大値と最小値の算術平均であり、
表面におけるMg濃度が
前記板厚中心部におけるMg濃度の70%以下であり、
前記表面から前記板厚中心部におけるMg濃度の90%
に初めて達する点までの深さの表層部は、前記表面から板厚方向の中心に向かって0.05質量%/μm以上5質量%/μm以下の濃度勾配でMg濃度が増加
しており、
ここで、前記濃度勾配は、前記表面におけるMg濃度と、前記表面から前記板厚中心部濃度の90%に初めて達する点を結んだ直線の勾配であることを特徴とする銅合金板。
【請求項2】
前記表層部の厚さは、5μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の銅合金板。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載した銅合金板の前記銅合金板の前記表層部の上にめっき皮膜が形成されていることを特徴とするめっき皮膜付銅合金板。
【請求項4】
前記めっき皮膜中のMgの平均濃度は前記銅合金板の板厚方向の中心部におけるMg濃度の10%以下であることを特徴とする請求項3記載のめっき皮膜付銅合金板。
【請求項5】
前記めっき皮膜が、錫、銅、亜鉛、ニッケル、金、銀、パラジウムおよびそれらの合金のうちから選ばれる1つ以上の層からなることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載のめっき皮膜付銅合金板。
【請求項6】
請求項1又は請求項2に記載の銅合金板を製造する方法であって、Mgを表面に拡散させて濃化させるMg濃化処理と、Mgが濃化した表面部を除去して前記表層部を形成する表面部除去処理とを有することを特徴とする銅合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Mg及びPを含有した銅合金板、その銅合金板にめっきを施してなるめっき皮膜付銅合金板及びこれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の携帯端末などの電子機器の小型、薄型化、軽量化の進展により、これらに用いられる端子やコネクタ部品も、より小型で電極間ピッチの狭いものが使用されるようになっている。また、自動車のエンジン回りの使用等では、高温で厳しい条件下での信頼性も要求されている。これらに伴い、その電気的接続の信頼性を保つ必要性から、強度、導電率、ばね限界値、応力緩和特性、曲げ加工性、耐疲労性等の更なる向上が要求され、特許文献1および2に示すMg及びPを含有した銅合金板が用いられている。
【0003】
特許文献1には、Mgを0.15mass%以上0.35mass%未満の範囲内、Pを0.0005mass%以上0.01mass%未満の範囲内で含み、残部がCuおよび不可避的不純物からなり、Mgの含有量〔Mg〕とPの含有量〔P〕が質量比で、〔Mg〕+20×〔P〕<0.5の関係を満たすとともに、導電率が75%IACS超えであることを特徴とする電子・電気機器用銅合金が開示されている。
【0004】
また、出願人は、強度、導電率、耐応力緩和特性等に優れるMg-P系銅合金として、「MSP1」を開発しており、自動車用端子、リレー可動片、接点用ばね材、バスバーモジュール、リチウムイオン電池、ヒューズ端子、小型スイッチ、ジャンクションボックス、リレーボックス、ブレーカー、バッテリー端子等として、幅広く使用されている。
そして、この銅合金板の更なる低摩擦係数化(低挿入力化)を狙って、特許文献2に開示のものも提案している。特許文献2では、0.2~1.2質量%のMgと0.001~0.2質量%のPを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金板を母材とし、表面から母材にかけて、厚みが0.3~0.8μmのSn相、厚みが0.3~0.8μmのSn-Cu合金相、厚みが0~0.3μmのCu相の順で構成されたリフロー処理後のめっき皮膜層を有し、Sn相のMg濃度(A)と母材のMg濃度(B)との比(A/B)が0.005~0.05であり、めっき皮膜層と母材との間の厚みが0.2~0.6μmの境界面層におけるMg濃度(C)と母材のMg濃度(B)との比(C/B)が0.1~0.3であるCu-Mg-P系銅合金Snめっき板を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-101283号公報
【文献】特開2014-047378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、Mgを含有する銅合金は、添加されたMgにより優れた機械的強度と良好な導電性とのバランスを有している。しかしながら、この銅合金は、使用環境にもよるが、経時的に母材表面の変色や接触電気抵抗の増加が発生することがある。特許文献2では、銅合金Snめっき板において、めっき皮膜の表面におけるSn相のMg濃度、めっき皮膜と母材との界面層のMg濃度を所定範囲に制限することにより、Snめっき層表面の摩擦係数を低減した銅合金Snめっき板を開示しているが、銅合金基板の経時変化の影響については明確にされておらず、その点を考慮した更なる改良が望まれている。
【0007】
本発明では、このような事情に鑑みてなされたものであり、Mgを含有する銅合金板において、母材表面の変色や接触電気抵抗の上昇を抑制するとともに、めっき皮膜の密着性を高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
これらの事情に鑑み、発明者らは鋭意研究の結果、母材表面の変色の発生、接触電気抵抗の悪化及びめっき皮膜の密着性低下は母材表面に存在するMgが酸化することが原因であることを見出した。また、Mgは活性元素であるため、めっきする前の銅合金板表面のMgは即座に酸化Mgとなる。電気的接続信頼性をさらに向上させるために、母材にめっきを施すが、表面にMgが多い銅合金板にめっきした場合、母材表面にある酸化Mgとめっき皮膜中の金属とは金属結合を形成できないため、めっき皮膜の密着性が劣り、加熱等の際に剥離が生じ易くなる。このような知見の下、本発明は、銅合金板の表層部のMg濃度を適切に制御することにより、母材表面の酸化を抑制することで、母材表面の変色や接触電気抵抗の悪化を生じさせることなく、機械的強度と導電性のバランスに優れた銅合金を提供する。また、めっき皮膜を形成した場合でもめっき皮膜中のMg濃度を低減させ、密着性の向上を図ったものである。
【0009】
本発明の銅合金板は、板厚方向の中心部において、0.1質量%以上0.3質量%未満のMgと、0.001質量%以上0.2質量%以下のPとを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金板であって、表面におけるMg濃度が板厚中心部におけるMg濃度の70%以下であり、該表面から前記板厚中心部におけるMg濃度の90%となるまでの深さの表層部は、前記表面から板厚方向の中心に向かって0.05質量%/μm以上5質量%/μm以下の濃度勾配でMg濃度が増加している。
【0010】
この銅合金板は、表面におけるMg濃度が板厚方向の中心部におけるMg濃度の70%以下であるので、表面に酸化Mgが生じにくく、電気的接続信頼性に優れるため、このまま接点として利用できる。また、後にめっき皮膜を形成して加熱処理した場合でも、めっき皮膜中にMgが拡散することを抑制できる。したがって、めっき皮膜の剥離を防止することができる。
また、表層部と内部とでMg濃度が急激に変化しているため、表層部が薄く、銅合金の優れた機械的特性は維持される。
【0011】
表層部において、表面からのMgの濃度勾配が0.05質量%/μm未満であると、上記のMg拡散を抑制する特性は飽和する一方で、相当の深さとなるまで所望のMg濃度にならず、Mg含有銅合金板としての特性が損なわれる。一方、Mgの濃度勾配が5質量%/μmを超えていると、板厚方向の中心部よりMg濃度の低い表層部が薄くなり過ぎて、Mgの拡散を抑制する効果が乏しくなる。
【0012】
銅合金板の一つの実施態様は、前記表層部の厚さは、5μm以下である。表層部の厚さが5μmを超えていると、板厚の全体の中でMg含有量の少ない範囲が占める割合が多くなり、Mg含有銅合金としての機械的特性を損なうおそれがある。この特性劣化は特に板厚が薄い場合に顕著になる。
【0013】
本発明のめっき皮膜付銅合金板は、前記銅合金板の前記表層部の上にめっき皮膜が形成されている。
【0014】
このめっき皮膜付銅合金板は、銅合金板の表面のMg濃度が低いことから、酸化Mgが少ないので、めっき皮膜の密着性に優れており、また、めっき皮膜中に拡散するMgも低減することができる。
【0015】
めっき皮膜付銅合金板の一つの実施態様は、前記めっき皮膜中のMgの平均濃度は前記銅合金板の板厚方向の中心部におけるMg濃度の10%以下である。
【0016】
めっき皮膜中のMgの平均濃度が銅合金板の板厚方向の中心部におけるMg濃度の10%を超えると、Mgの表面拡散による接触電気抵抗に及ぼす影響が大きくなる。
【0017】
めっき皮膜付銅合金板の他の一つの実施態様は、前記めっき皮膜が、錫、銅、亜鉛、ニッケル、金、銀、パラジウムおよびそれらの合金のうちから選ばれる1つ以上の層からなる。めっき皮膜をこれらの金属又は合金とすることにより、コネクタ端子として好適に使用できる。
【0018】
本発明の銅合金板の製造方法は、Mg含有銅合金板中のMgを表面に向けて拡散させて濃化させるMg濃化処理と、Mgが濃化した表面部を除去して前記表層部を形成する表面部除去処理とを有する。
【0019】
この製造方法では、Mg含有銅合金中のMgをまず表面部に拡散させて濃化させた後、その濃化した表面部を除去しているので、除去した後に形成される表層部は、Mg濃度が低く、表面における酸化膜の発生も少ないため、母材表面の変色や接触電気抵抗の上昇を抑制し、めっき皮膜の密着性に優れる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、表面の酸化を抑制するとともに、母材表面の変色が抑制され、電気的接続信頼性を向上させ、めっき皮膜を形成した場合でもめっき皮膜中のMg濃度を低減させ、めっき皮膜の密着性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明のめっき皮膜付銅合金板の一実施形態を模式的に示した断面図である。
【
図2】本発明のめっき皮膜付銅合金板の他の実施形態を模式的に示した断面図である。
【
図3】透過型電子顕微鏡およびEDX分析装置(TEM-EDX)で測定した銅合金板の深さ方向のMg成分分析図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の実施形態について説明する。
一実施形態のめっき皮膜付銅合金板1は、
図1に示すように、Mg及びPを含有する銅合金板10の表面にめっき皮膜20が形成されている。
【0023】
[銅合金板]
銅合金板10は、板厚方向の中心部において、0.1質量%以上0.3質量%未満のMgと、0.001質量%以上0.2質量%以下のPとを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる。
【0024】
(Mg、P)
ここで、Mgは、Cuの素地に固溶して導電性を損なうことなく強度を向上させ、Pは、溶解鋳造時に脱酸作用があり、Mg成分と共存した状態で強度を向上させる。これらMg及びPは上記範囲で含有することにより、その特性を有効に発揮することができる。
【0025】
この場合、Mgの含有量は、板厚の中心部では前述した0.1質量%以上0.3質量%未満であるが、表面のMg濃度は板厚の中心部のMg濃度の70%以下、好ましくは60%以下、さらに好ましくは50%以下(0%以上)とされる。また、Mgの含有量は、表面から板厚の中心に向かって0.05質量%/μm以上5質量%/μm以下の濃度勾配が生じている。
【0026】
この銅合金板10は、表面のMg濃度が板厚方向の中心部におけるMg濃度の70%以下であるので、表面に酸化Mgが生じにくい。したがって、母材表面の変色や接触電気抵抗の上昇を抑制し、めっき皮膜20の剥離を防止することができる。
【0027】
表面の酸化防止及びめっき皮膜20へのMg拡散抑制の点からは、表面にMgが含有していなければよい(表面Mg濃度が板厚の中心部のMg濃度の0%)が、板厚方向の中心部のMg濃度の70%以下であれば、Mg含有銅合金としての特性が表面でもある程度付与されるので好ましい。この表面におけるより好ましいMg濃度は、板厚方向の中心部のMg濃度に対して60%以下、さらに好ましくは50%以下である。
【0028】
また、この表面から厚さ方向に生じているMgの濃度勾配は、0.05質量%/μm未満であると、相当の深さとなるまで所望のMg濃度にならず、Mg含有銅合金板としての特性が損なわれる。一方、Mgの濃度勾配が5質量%/μmを超えていると、Mgの拡散を抑制する効果が乏しくなる。このMgの濃度勾配は好ましくは4質量%/μm以下、より好ましくは3質量%/μm以下、さらに好ましくは2質量%/μm以下である。
【0029】
なお、この濃度勾配が生じている部分において、表面から板厚方向の中心部におけるMg濃度の90%となる厚さまでの範囲を表層部11とする。この表層部11は、厚さが5μm以下であり、好ましくは3μm以下、より好ましくは2μm以下である。この表層部11に対して、表層部11より内側の部分を母材内部12とする。
【0030】
図3は銅合金板10を厚さ方向に薄膜化して得た試料を透過型電子顕微鏡およびEDX分析装置(TEM-EDX)にて深さ方向にMg成分を分析した結果を示すグラフであり、横軸が表面からの深さ(距離)、縦軸がMg濃度(質量%)である。母材のMg濃度が安定した母材厚さ方向中心部での最大値と最小値の算術平均を母材厚さ方向中心部の濃度とし、母材中心部濃度の90%に最初に達した位置までの深さを表層部厚さとした。
【0031】
(Mg、P以外の成分)
銅合金板10には、更に、0.0002~0.0013質量%のCと0.0002~0.001質量%の酸素を含有していてもよい。
Cは、純銅に対して非常に入りにくい元素であるが、微量に含まれることにより、Mgを含む酸化物が大きく成長するのを抑制する作用がある。しかし、その含有量が0.0002質量%未満ではその効果が十分でなく、一方、0.0013質量%を越えて含有すると、固溶限度を越えて結晶粒界に析出し、粒界割れを発生させて脆化し、曲げ加工中に割れが発生することがあるので好ましくない。より好ましい範囲は、0.0003~0.0010質量%である。
【0032】
酸素は、Mgとともに酸化物を作り、この酸化物が微細で微量存在すると、打抜き金型の摩耗低減に有効であるが、その含有量が0.0002質量%未満ではその効果が十分でなく、一方、0.001質量%を越えて含有するとMgを含む酸化物が大きく成長するので好ましくない。より好ましい範囲は0.0003~0.0008質量%である。
【0033】
更に、銅合金板に、0.001~0.03質量%のZrを含有していてもよい。
Zrは、0.001~0.03質量%の添加により、引張強さ及びばね限界値の向上に寄与し、その添加範囲外では、効果は望めない。
【0034】
[めっき皮膜]
めっき皮膜20は、この実施形態ではSn又はSn合金からなるめっき皮膜であり、その厚さは例えば0.1μm~10μmである。
また、めっき皮膜20中のMgの平均濃度は、150℃、120時間加熱した後に測定した、銅合金板10の板厚方向の中心部におけるMg濃度の10%以下(0%以上)である。
【0035】
めっき皮膜20中のMgの平均濃度は、銅合金板10の板厚方向の中心部におけるMg濃度の10%を超えると、銅合金板10からめっき皮膜20へMgが拡散していることに起因してめっき皮膜の密着性低下や接触電気抵抗を上昇させるおそれがある。めっき皮膜20中のMgの平均濃度は、銅合金板10の板厚方向の中心部におけるMg濃度の5%以下がより好ましく、3%以下がさらに好ましい。
【0036】
[製造方法]
以上のように構成される銅合金板10及びめっき皮膜付銅合金板1を製造する方法について説明する。
【0037】
銅合金板10は、成分組成が0.1質量%以上~0.3質量%未満のMgと0.001~0.2質量%のPを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金母材を製造し(銅合金用母材製造工程)、得られた銅合金母材に表面処理を施すことにより、製造される。また、めっき皮膜付銅合金板1は、銅合金板10の表面に、電流密度0.1A/dm2以上60A/dm2以下の電解めっきを施してめっき皮膜20を形成することにより、製造される。
【0038】
(銅合金母材製造工程)
銅合金母材は、上記の成分範囲に調合した材料を溶解鋳造により銅合金鋳塊を作製し、この銅合金鋳塊を熱間圧延、冷間圧延、連続焼鈍、仕上げ冷間圧延をこの順序で含む工程を経て製造される。本実施例では、板厚を0.8mmとした。
【0039】
(表面処理工程)
得られた銅合金母材に表面処理を施す。この表面処理は、銅合金母材中のMgを表面部に拡散させて濃化するMg濃化処理と、Mgが濃化した表面部を除去する表面部除去処理とを有する。
【0040】
Mg濃化処理としては、銅合金母材を酸素やオゾン等の酸化性雰囲気下で所定温度に所定時間加熱する。この場合の加熱温度、加熱時間は、100℃以上で再結晶が生じない時間内で実施すればよく、その中から、設備制約や経済性等を勘案した任意の温度で実施すればよい。例えば、300℃で1分、250℃で2時間、あるいは200℃で5時間など、低温であれば長時間、高温であれば短時間であればよい。酸化性雰囲気の酸化性物質濃度はたとえばオゾンであれば5~4000ppmであればよく、望ましくは10~2000ppm、さらに望ましくは20~1000ppmであればよい。オゾンを使用せず酸素を使用する場合は、オゾンのみを使用した場合に対し2倍以上の雰囲気濃度が望ましい。オゾン等酸化性物質と酸素を混合して使用してもよい。なお、Mg濃化処理の前に、機械研磨などによるひずみや空孔の導入など、Mgの拡散を促進させるための処理を実施してもよい。
【0041】
一方、表面部除去処理としては、Mg濃化処理を施した銅合金母材に対して、化学研磨、電解研磨、機械研磨などを単独もしくは複数組み合わせて適用することにより、行うことができる。化学研磨は選択的エッチングなどが使用できる。選択的エッチングは、たとえばノニオン性界面活性剤、 カルボニル基またはカルボキシル基を有する複素環式化合物、イミダゾール化合物、トリアゾール化合物、テトラゾール化合物などの銅腐食を抑制できる成分を含んだ酸性もしくはアルカリ性の液を用いたエッチングなどが使用できる。電解研磨は、酸やアルカリ性の液を電解液として使用し、銅の結晶粒界に偏析しやすい成分に対しての電解による、結晶粒界の優先的なエッチングなどが使用できる。例えば、リン酸水溶液に対極としてSUS304を使用して通電することで研磨することができる。機械研磨は、ブラスト処理、ラッピング処理、ポリッシング処理、バフ研磨、グラインダー研磨、サンドペーパー研磨などの一般的に使用される種々の方法が使用できる。
【0042】
このようにして、銅合金母材にMg濃化処理及び表面部除去処理がなされることにより、銅合金板10が形成され、前述したように、表層部11のMg濃度が板厚中心部におけるMg濃度に比べて低く、また、表面から板厚方向の中心に向かって所定の濃度勾配でMg濃度が増加した状態となっている。
【0043】
(めっき処理工程)
次に、この銅合金板10の表面にめっき処理を施してめっき皮膜20を形成してもよい。
例えばSnめっき処理する場合、銅合金板10の表面に脱脂、酸洗等の処理をすることによって表面を清浄にした後、その上に、Sn又はSn合金からなるSnめっきを施すことにより、銅合金板10の表面にSn又はSn合金からなるめっき皮膜20が形成される。
【0044】
このめっき皮膜20は、電流密度0.1A/dm2以上60A/dm2以下の電解めっきで形成する。電解めっき時の電流密度が0.1A/dm2未満であると成膜速度が遅く経済的でない。電流密度が60A/dm2を超えていると拡散限界電流密度を超え、欠陥の無い皮膜を形成できないおそれがある。
Sn又はSn合金からなるSnめっき条件の一例を表1に示す。
【0045】
【0046】
銅合金板10の表面はMgが極めて少ないため、表面酸化物も少なく、わずかに酸化物が存在していたとしてもめっき処理前の通常の洗浄等により容易に除去できる。したがって、このめっき皮膜付銅合金板1は、めっき皮膜20と銅合金板10との密着性も優れている。
そして、表面に酸化Mgが生じにくいので、接触電気抵抗の上昇も抑制できる。
【0047】
なお、上記一実施形態では、Sn又はSn合金からなるSnめっきを施すことにより、銅合金板10の表面へSn又はSn合金からなるめっき皮膜20を形成したが、めっき皮膜は、これに限ることはなく、錫、銅、亜鉛、ニッケル、金、銀、パラジウムおよびそれらの合金のうちから選ばれる1つ以上の層から構成されるものであればよい。これらの複数の層からなるめっき皮膜としてもよい。
【0048】
また、めっき皮膜は、めっき工程を経て形成されるものであれば、その一部もしくは全部が母材と合金化した構造となっていてもよい。
例えば、
図2は他の実施形態のめっき皮膜付き銅合金板2を示している。銅合金板10は
図1の実施形態のものと同様である。この
図2では、めっき皮膜21は、表面から銅合金板10にかけて、厚さが0μm~10μmのめっき層22、このめっき層22の金属と銅合金板10のCuとの合金層23の順で構成されている。めっき層22の金属とCuとの合金層23は、時間経過や熱処理(脱水素、乾燥など)により、形成の可能性があるもので、めっき直後には形成されないこともあり(厚さが0μm)、発明の形態を制限するものではない。一方、めっき層は、その全ての金属がCuと合金化して合金層23となる場合があり、その場合は、めっき層としては存在しない(厚さが0μm)。つまり、めっき層22又は合金層23の少なくともいずれかの層は存在している。このようなめっき皮膜21としては、例えば、めっき層22がSn又はSn合金からなるSn層、合金層23がCu-Sn合金層が相当する。
尚、めっき層22は複数の層で構成されていてもよい。例えば、Sn層の上に銀又は銀合金からなる銀めっきを施してAg層を形成する場合である。
【実施例】
【0049】
[実施例1]
0.1質量%以上0.3質量%未満のMgと、0.001質量%以上0.2質量%以下のPとを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる鋳塊を用意し、常法により熱間圧延、中間焼鈍、冷間圧延等を経て、板状の銅合金母材を作製した。成分組成は、一例として0.22質量%のMgと0.0019質量%のPを含み、残部がCuと不可避不純物からなるものである。
【0050】
次に、この銅合金母材に対して、酸化性雰囲気下で250℃で2時間加熱することによりMg濃化処理を施した後、表面部除去処理を行うことにより、銅合金板を作製した。
表面部除去処理は、硫酸と過酸化水素混合水溶液にポリオキシエチレンドデシルエーテルを添加した研磨液に浸漬することで化学研磨を施した。
比較例として、銅合金母材に対するMg濃化処理及び表面部除去処理を施さなかったものも作製した。
【0051】
そして、これらの銅合金板の表面及び厚さ方向の各部におけるMg濃度を測定した。
この銅合金板に対するMg濃度の測定は、厚さ方向のMg濃度については透過型電子顕微鏡およびEDX分析装置(TEM-EDX:エネルギー分散型X線分光装置)における深さ方向の濃度プロファイルより測定した。TEM-EDXの測定条件は下記の通りである。
【0052】
(測定条件)
試料作製方法: FIB(Focused lon Beam)法
試料作製装置: SMI3050B(日立社製)
観察および分析装置: 透過型電子顕微鏡(TitanG2 80-200 TEM:
FIB社製)およびEDX分析装置(エネルギー分散型X線分
析システム Super-X)
EDS条件: ラインプロファイルは、Eds-mapから抽出
加速電圧: 200Kv
倍率: 20万倍
【0053】
表2に、裸材(めっき皮膜が形成されていない銅合金板)の評価結果を示す。表2のバルクMg濃度は、板厚中心部におけるMg濃度で単位は質量%、表層部厚さは銅合金板の表面からMg濃度が板厚中心部濃度の90%に初めて達するまでの厚さで単位はμm、濃度勾配は表層部におけるMg濃度の勾配で単位は質量%/μmであり、この表層部厚さ及び濃度勾配はTEM-EDSによるMg成分の深さ方向濃度プロファイルから算出される。
図3はそのプロファイルの一例であり、表2のバルクMg濃度が0.22質量%、濃度勾配が0.27質量%/μm(バルクMg濃度に対する表面Mg濃度比30%)のサンプルに関するものである。濃度勾配は、プロファイルにおける表面の濃度と、板厚中心部濃度の90%に初めて達する点を結んだ直線の勾配を意味する。すなわち、深さ方向濃度プロファイルにおいて、表面から板厚中心部濃度の90%に初めて達する点までのMg濃度変化が、局所的な変動はあっても概ね一定勾配の直線とみなせる場合、そのプロファイルの勾配を濃度勾配とする。
【0054】
接触電気抵抗測定は150℃、120時間加熱した試料に対し、JIS-C-5402に準拠し、4端子接触電気抵抗試験機(山崎精機研究所製:CRS-113-AU)により、摺動式(1mm)で0から50gまでの荷重変化-接触電気抵抗を測定し、荷重を50gとしたときの接触電気抵抗値で評価した。接触電気抵抗値が2mΩ未満であったものをA、2mΩ以上5mΩ未満であったものをB、5mΩ以上であったものをCとした。
【0055】
表面硬度はめっき皮膜を形成していない裸材(銅合金板)を、ビッカース硬度計を用いて、荷重0.5gfと10gfにおける硬度を測定し、荷重0.5gfで計測した硬度が、荷重10gfで計測した硬度の90%以上であったものをA、80%以上かつ90%未満であったものをB、80%未満であったものをCとした。
【0056】
変色は各種材料を50℃、RH95%の恒温恒湿槽で5日間暴露し、試験後の変色の程度を比較した。評価はC1020を基準としたL
*a
*b
*表色系における色差ΔE
*
abで評価した。色差はΔE
*
ab=[(ΔL
*)
2+(Δa
*)
2+(Δb
*)
2)]
1/2で示される。色差ΔE
*
abが0以上20未満であったものをA、20以上であったものをBとした。
【表2】
【0057】
この表2に示すように、銅合金板についてMg濃化処理及び表面部除去処理を施していないもの、及びMg濃度勾配が5質量%/μmを超えるものは、接触電気抵抗が悪かった。さらに、表面部には変色も生じた。表面硬度についても、Mg濃度勾配が0.05質量%/μm未満のものでは表面の硬度低下が著しかった。
【0058】
[実施例2]
実施例1と同様の方法で、銅合金板の板厚中心部のMg濃度(母材Mg濃度)0.22質量%で表層部のMg濃度勾配が下限(0.05質量%/μm)のものと上限(5質量%/μm)のもの、2種類の銅合金板(裸材)を作製した。銅合金板の表面Mg濃度は0質量%となるようにした。ただし、表面にMgが存在するものについても確認するため、一部の銅合金板においては、表層部厚さを少し薄くしたものも用意した。 これらの銅合金板に、各種金属めっきを1層のみ行った。金属種はSn、Cu、Zn、Ni、Au、Ag、Pdとした。めっき電流密度はすべて3A/dm2でめっき皮膜の厚さは1μmとした。なお、各種めっき浴は一般的に使用される酸性、中性、アルカリ性浴のいずれを使用してもよい。本実施例ではSn、Cu、Zn、Ni、Pdは酸性浴を、Au、Agはアルカリ性浴を使用した。
【0059】
上記手順で作製した試料のめっき被膜の密着性、接触電気抵抗およびめっき層内のMg平均濃度を評価した。
接触電気抵抗はめっき直後の材料を使用して評価した。その測定方法および判定方法は実施例1と同様である。
【0060】
密着性は、150℃、120時間加熱した試料に対し、クロスカット試験にて評価した。カッターナイフで試料に切込みを入れ、1mm四方の碁盤目を100個作製したのち、セロハンテープ(ニチバン株式会社製#405)を指圧にて碁盤目に押し付け、当該セロハンテープを引き剥がした後にめっきの剥がれが発生しなかった場合はA、碁盤目の剥離が3個以下の場合をB、碁盤目が4個以上剥離した場合はCとした。
めっき層内のMg平均濃度は、150℃、120時間加熱した試料に対し、実施例と同様の方法でXPSにより測定した。
これらの評価結果を表3に示す。
【0061】
【0062】
表3の実施例において、濃度勾配が0.05質量%/μmで表層部厚さが3.96μmのものは、全て表面Mg濃度が0質量%である。濃度勾配が5質量%/μmで、表層部厚さが0.04μmのものは、表面Mg濃度は0質量%であるが、表層部厚さが0.035μmのもの及び0.024μmのものは表面にMgが存在している。この表3に示すように、実施例のうち表面Mg濃度が0質量%の銅合金板にめっきが施されたものは、めっき被膜の密着性、接触電気抵抗ともに良好であり、かつめっき層内のMg平均濃度もバルクMg濃度の10%以下であったが、銅合金板表面にMgが存在する2つの実施例では接触電気抵抗が他の実施例に比べ増大し、めっき層内のMg平均濃度もバルクMg濃度の10%を超える値となっていた。そして、比較例にあるようにMg濃度勾配が5質量%/μmを超える試料では接触電気抵抗が著しく増大し、また加熱後にめっきの剥離が発生した。また、めっき層内の平均Mg濃度がバルクMg濃度の10%を超えるものが多く見られた。
【0063】
なお、実施例では1層のみのめっきであるが、実施形態を制限するものではなく、コスト低減や特性のさらなる向上等を目的として加熱等の処理により各種金属を合金化することや、多層のめっき構造とする等を実施してもよい。
【符号の説明】
【0064】
1,2 めっき皮膜付銅合金板
10 銅合金板
11 表層部
12 母材内部
20、21 めっき皮膜
22 めっき層
23 合金層