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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】複合誘電体材料
(51)【国際特許分類】
   C08L 27/16 20060101AFI20240228BHJP
   C08K 3/22 20060101ALI20240228BHJP
   H01B 3/44 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
C08L27/16
C08K3/22
H01B3/44 C
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020040262
(22)【出願日】2020-03-09
(65)【公開番号】P2021138901
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2023-01-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 友美
(72)【発明者】
【氏名】矢野 一久
(72)【発明者】
【氏名】高木 凡子
(72)【発明者】
【氏名】和田 賢介
(72)【発明者】
【氏名】小澤 隆弘
(72)【発明者】
【氏名】中村 忠司
【審査官】南 宏樹
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-077307(JP,A)
【文献】特開2008-060535(JP,A)
【文献】特開2014-082523(JP,A)
【文献】特開2014-001277(JP,A)
【文献】特開2015-040296(JP,A)
【文献】国際公開第2012/039424(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
H01B 3/00-3/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた複合誘電体材料。
(1)前記複合誘電体材料は、
ポリマーからなるマトリックスと、
前記マトリックス中に分散している無機材料からなるフィラーと
を備え、
前記ポリマーは、ポリフッ化ビニリデンからなり、
前記無機材料は、Al 2 3 からなる。
(2)前記複合誘電体材料は、次の式(3)を満たす。
6.5≦V 2 ≦30.0 …(3)
但し、
2 は、前記複合誘電体材料に含まれる前記フィラーの体積割合(vol%)。
【請求項2】
前記フィラーの分散度が0.6未満である請求項1に記載の複合誘電体材料。
【請求項3】
前記フィラーの平均粒径は、50nm以上200nm以下である請求項1又は2に記載の複合誘電体材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合誘電体材料に関し、さらに詳しくは、絶縁破壊強度が高く、かつ、比誘電率の温度依存性及び周波数依存性が小さい複合誘電体材料に関する。
【背景技術】
【0002】
コンデンサは、2枚の電極の間に誘電体を挿入したものであり、その静電容量は、誘電体の比誘電率に比例する。コンデンサに使用される誘電体としては、例えば、セラミックス、プラスチック、絶縁油、マイカなどが知られている。特に、BaTiO3は、比誘電率が大きいため、小型・大容量のコンデンサの誘電体には、主としてBaTiO3が用いられている。
【0003】
BaTiO3は、常温(25℃)では正方晶であるが、結晶構造が正方晶(強誘電体)から立方晶(常誘電体)に変化するキュリー点(約125℃)を持ち、キュリー点では比誘電率が最も高くなる。そのため、BaTiO3を用いたコンデンサは、キュリー点近傍において静電容量が大きく変化する。しかし、BaTiO3からなる緻密な焼結体を得るためには、1300℃前後の高い焼結温度を必要とする。さらに、BaTiO3は、加工性に乏しいために、任意の形状や複雑な形状に加工するのが難しい。
【0004】
一方、ポリプロピレンなどのポリマーからなるプラスチックフィルムは、フィルムコンデンサの誘電体として用いられている。プラスチックフィルムは、可撓性があるために、容易にロール状に巻き取ることができる。しかしながら、ポリマーは、比誘電率が小さいために、コンデンサ容量を大きくするためには、巻回数を多くする必要がある。そのため、フィルムコンデンサは、積層セラミックチップコンデンサに比べて大型化するという問題がある。
【0005】
これに対し、可撓性のあるポリマーと、高い比誘電率を有する無機フィラーとを複合化させると、可撓性と高比誘電率とを両立させることができる。また、このような複合体を用いてフィルムコンデンサを作製すると、ポリマーのみを用いた場合に比べて、フィルムコンデンサを小型化することができる。そのため、このような有機材料と無機材料からなる複合誘電体に関し、従来から種々の提案がなされている。
【0006】
例えば、特許文献1には、
(a)フッ化ビニリデン(VdF)系樹脂と、Al23、MgO、ZrO2、Y23、BeO、又は、MgO・Al23からなる無機酸化物粒子との複合体からなり、
(b)無機酸化物粒子の含有量がVdF系樹脂100質量部に対して0.01質量部以上10質量部未満である
高誘電性フィルムが開示されている。
【0007】
同文献には、
(A)通常、高誘電性複合酸化物粒子によってVdF系樹脂フィルムの誘電性を向上させるためには、フィルムに多量の複合酸化物粒子を配合する必要があり、その結果として、フィルムの電気絶縁性が低下する点、及び、
(B)VdF系樹脂フィルムに特定の無機酸化物粒子を少量配合すると、VdF系樹脂の高い比誘電率を維持したまま体積抵抗率が向上する点
が記載されている。
【0008】
ポリプロピレンフィルムは、絶縁破壊強度は高いが、比誘電率は低い。そのため、フィルムコンデンサを高性能化するためには、より比誘電率の高いポリマーが必要である。その候補として、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等の高比誘電率ポリマーがある。
しかしながら、ポリマーとして高比誘電率ポリマーを用いた場合であっても、フィルム化した際の不均質化によって比誘電率の温度依存性及び周波数依存性が大きくなる場合がある。比誘電率の温度依存性及び周波数依存性が過度に大きくなると、デバイスの動作周波数によっては使用できない可能性がある。
【0009】
さらに、絶縁破壊強度は、比誘電率とトレードオフの関係にある。そのため、フィルムの比誘電率を向上させるために、比誘電率の高い無機材料とポリマーとを複合化させると、通常、絶縁破壊強度は低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2014-082523号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、ポリマーと無機材料とを含む複合誘電体材料において、絶縁破壊強度を低下させることなく、比誘電率の温度依存性及び周波数依存性を小さくすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明に係る複合誘電体材料は、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(1)前記複合誘電体材料は、
ポリマーからなるマトリックスと、
前記マトリックス中に分散している無機材料からなるフィラーと
を備えている。
(2)前記複合誘電体材料は、次の式(1)~式(5)を満たす。
0.28≦ε2/ε1≦5.66 …(1)
0.80≦εcomp/ε1≦1.32 …(2)
6.5≦V2≦30.0 …(3)
ΔεT2/ΔεT1<1 …(4)
Δεf2/Δεf1<1 …(5)
但し、
ε1は、前記ポリマーの比誘電率、
ε2は、前記無機材料の比誘電率、
εcompは、前記複合誘電体材料の比誘電率、
lnεcomp=V1lnε1+V2lnε2
1は、前記複合誘電体材料に含まれる前記ポリマーの体積割合(vol%)、
2は、前記複合誘電体材料に含まれる前記フィラーの体積割合(vol%)、
ΔεT1は、前記ポリマーの比誘電率の温度依存性、
ΔεT2は、前記無機材料の比誘電率の温度依存性、
Δεf1は、前記ポリマーの比誘電率の周波数依存性、
Δεf2は、前記無機材料の比誘電率の周波数依存性。
【発明の効果】
【0013】
ポリマーと無機材料とを含む複合誘電体材料において、無機材料として、ポリマーとほぼ同等の比誘電率を有し、かつ、ポリマーより比誘電率の温度依存性及び周波数依存性の小さい材料を用いると、複合誘電体材料の比誘電率の温度依存性及び周波数依存性を小さくすることができる。これは、無機材料の比誘電率がポリマーの比誘電率に近いために、無機材料の低温度依存性及び低周波数依存性が表れやすくなり、ポリマーの温度依存性及び周波数依存性が安定化するためと考えられる。
【0014】
また、このような方法により、複合誘電体材料の絶縁破壊強度の低下も抑制される。これは、無機材料の比誘電率がポリマーの比誘電率に近いために、電圧印加時にポリマーと無機材料に同等の電界が印加されるため、及び、これによって複合誘電体材料の絶縁破壊強度が、ポリマーのそれとほぼ同等に維持されるためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ε2/ε1と比誘電率の温度依存性との関係、及び、ε2/ε1と比誘電率の周波数依存性との関係を示す図である。
図2】V2とεcomp/ε1との関係を示す図である。
図3】Al23の比誘電率の温度特性(参考文献1より引用)を示す図である。
図4】PVDF単膜の比誘電率の周波数特性及び温度特性を示す図である。
図5】Al23_5vol%/PVDF膜の比誘電率の周波数特性及び温度特性を示す図である。
【0016】
図6】Al23_10vol%/PVDF膜の比誘電率の周波数特性及び温度特性を示す図である。
図7】Al23_20vol%/PVDF膜の比誘電率の周波数特性及び温度特性を示す図である。
図8】Al23_30vol%/PVDF膜の比誘電率の周波数特性及び温度特性を示す図である。
図9】PVDF単膜、Al23/PVDF膜、及びBaTiO3/PVDF膜の各周波数での比誘電率の温度依存性を示す図である。
【0017】
図10】PVDF単膜、Al23/PVDF膜、及びBaTiO3/PVDF膜の各温度での比誘電率の周波数依存性を示す図である。
図11】Al23/PVDF膜のV2とΔεfcomp(@-20℃)/Δεfcomp(@22℃)との関係を示す図である。
図12】複合誘電体に含まれるAl23フィラーのXRDパターンである。
図13】複合誘電体に含まれるAl23フィラーの粒度分布である。
図14】Al23_5~30vol%/PVDF膜の断面SEM像と分散度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 複合誘電体材料]
本発明に係る複合誘電体材料は、
ポリマーからなるマトリックスと、
前記マトリックス中に分散している無機材料からなるフィラーと
を備えている。
【0019】
[1.1. ポリマー]
マトリックスは、ポリマーからなる。本発明において、ポリマーの組成は、後述する条件を満たす限りにおいて、特に限定されない。
ポリマーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンサルファイド、ポリフルオレン、ポリスルホン、ポリエチレンイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエチレンナフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリイミド、ポリウレタン、セルロースアセテート、ポリ塩化ビニル、シアノエチルセルロースなどがある。マトリックスは、これらのいずれか1種のポリマーからなるものでも良く、あるいは、2種以上のポリマーからなるものでも良い。
これらの中でも、ポリマーは、PVDFが好ましい。PVDFは、他のポリマーに比べて高い比誘電率を持つので、マトリックスの材料として好適である。
【0020】
[1.2. 無機材料]
[1.2.1. 組成]
フィラーは、無機材料からなる。本発明において、無機材料の組成は、後述する条件を満たす限りにおいて、特に限定されない。
無機材料としては、例えば、Al23、ZrO2、Y23、Si34、AlN、BN、ムライト、コーディエライト、石英などがある。フィラーは、これらのいずれか1種の無機材料からなるものでも良く、あるいは、2種以上の無機材料からなるものでも良い。
マトリックスがPVDFからなる場合、フィラーはAl23が好ましい。Al23の比誘電率はPVDFのそれとほぼ同等であり、かつ、Al23の比誘電率の温度依存性及び周波数依存性は、PVDFのそれらよりも小さい。そのため、PVDFとAl23とを組み合わせると、絶縁破壊強度が高く、かつ、比誘電率の温度依存性及び周波数依存性の小さい複合誘電体材料が得られる。
【0021】
[1.2.2. 平均粒径]
フィラーの「粒径」とは、複合誘電体材料の断面に現れるフィラーの長さの最大値をいう。
フィラーの「平均粒径」とは、複合誘電体材料の断面に現れる50個以上のフィラーについて測定された粒径の平均値をいう。
【0022】
フィラーの平均粒径は、複合誘電体材料の誘電特性に影響を与える。フィラーの平均粒径が小さくなりすぎると、フィラーが凝集しやすくなる。従って、フィラーの平均粒径は、50nm以上が好ましい。平均粒径は、好ましくは、75nm以上、さらに好ましくは、100nm以上である。
一方、フィラーの平均粒径が大きくなりすぎると、複合誘電体材料の薄膜化が困難となる。従って、フィラーの平均粒径は、200nm以下が好ましい。平均粒径は、好ましくは、175nm以下、さらに好ましくは、150nm以下である。
【0023】
[1.3. 特性]
複合誘電体材料は、次の式(1)~式(5)を満たす。複合熱電材料は、さらに分散度が所定の条件を満たしているものが好ましい。
0.28≦ε2/ε1≦5.66 …(1)
0.80≦εcomp/ε1≦1.32 …(2)
6.5≦V2≦30.0 …(3)
ΔεT2/ΔεT1<1 …(4)
Δεf2/Δεf1<1 …(5)
但し、
ε1は、前記ポリマーの比誘電率、
ε2は、前記無機材料の比誘電率、
εcompは、前記複合誘電体材料の比誘電率、
lnεcomp=V1lnε1+V2lnε2
1は、前記複合誘電体材料に含まれる前記ポリマーの体積割合(vol%)、
2は、前記複合誘電体材料に含まれる前記フィラーの体積割合(vol%)、
ΔεT1は、前記ポリマーの比誘電率の温度依存性、
ΔεT2は、前記無機材料の比誘電率の温度依存性、
Δεf1は、前記ポリマーの比誘電率の周波数依存性、
Δεf2は、前記無機材料の比誘電率の周波数依存性。
【0024】
[1.3.1. 式(1):ε2/ε1
ε2/ε1は、ポリマーの比誘電率(ε1)に対する無機材料の比誘電率(ε2)の比を表す。ε2/ε1が小さくなりすぎると、複合誘電体材料の比誘電率の周波数依存性及び温度依存性が大きくなる。これは、特定の温度域及び周波数域内での最低のεcompが小さくなりすぎるためである。従って、ε2/ε1は、0.28以上である必要がある。
【0025】
一方、ε2/ε1が大きくなりすぎると、電圧印加時にポリマーに、より大きな電界が加わるために、絶縁破壊しやすくなる。また、ε2/ε1が大きくなりすぎると、かえって複合誘電体材料の比誘電率の周波数依存性及び温度依存性が大きくなる。これは、周波数依存性及び温度依存性の大きいポリマーの特性が現れやすくなるためである。従って、ε2/ε1は、5.66以下である必要がある。
【0026】
[1.3.2. 式(2):εcomp/ε1
εcomp/ε1は、ポリマーの比誘電率(ε1)に対する複合誘電体材料の比誘電率(εcomp)の比を表す。εcomp/ε1が小さくなりすぎると、コンデンサの小型化が困難となる。従って、εcomp/ε1は、0.80以上である必要がある。
【0027】
一方、εcomp/ε1が大きくなりすぎると、それに応じてε2/ε1も過度に大きくなる。その結果、複合誘電体材料が絶縁破壊しやすくなり、あるいは、比誘電率の周波数依存性及び温度依存性が大きくなる。従って、εcomp/ε1は、1.32以下である必要がある。
【0028】
[1.3.3. 式(3):V2
2(=100-V1)は、複合誘電体材料に含まれるフィラーの体積割合を表す。後述するように、本発明において、フィラーには、ポリマーよりも比誘電率の周波数依存性及び温度依存性が小さいものを用いる。そのため、V2が小さくなりすぎると、ポリマーの誘電体特性が支配的となり、複合誘電体材料の比誘電率の周波数依存性及び温度依存性が大きくなる。従って、V2は、6.5vol%以上が好ましい。V2は、好ましくは、10.0vol%以上ある。
【0029】
一方、V2が大きくなりすぎると、フィラーが凝集しやすくなり、絶縁破壊強度が低下する場合がある。従って、V2は、30.0vol%以下が好ましい。V2は、好ましくは、20.0vol%以下である。
【0030】
[1.3.4. 式(4):ΔεT2/ΔεT1
ΔεT2/ΔεT1は、ポリマーの比誘電率の温度依存性(ΔεT1)に対する無機材料の比誘電率の温度依存性(ΔεT2)の比を表す。
「比誘電率の温度依存性(ΔεT)」とは、次の式(4.1)で表される値をいう。
ΔεT=(εTmax@f-εTmin@f)/εTmin@f …(4.1)
但し、
εTmax@fは、周波数が特定の周波数域内の特定の値(f(Hz))である場合において、特定の温度域内での比誘電率の最大値、
εTmin@fは、周波数が特定の周波数域内の特定の値(f(Hz))である場合において、特定の温度域内での比誘電率の最小値。
「特定の温度域」とは-40℃~80℃をいう。「特定の周波数域」とは、1Hz~1MHzをいう。
【0031】
ポリマー誘電体は、一般に、フィルム化したときの不均質化によって、比誘電率の温度依存性が大きくなりやすい。本発明においては、この問題を解決するために、フィラーとして、ポリマーよりも比誘電率の温度依存性が小さい無機材料を用いる。すなわち、ΔεT2/ΔεT1は、特定の周波数域内において、1未満である必要がある。
【0032】
[1.3.5. 式(5):Δεf2/Δεf1
Δεf2/Δεf1は、ポリマーの比誘電率の周波数依存性(Δεf1)に対する無機材料の比誘電率の周波数依存性(Δεf2)の比を表す。
「比誘電率の周波数依存性(Δεf)」とは、次の式(5.1)で表される値をいう。
Δεf=(εfmax@T-εfmin@T)/εfmin@T …(5.1)
但し、
εfmax@Tは、温度が特定の温度域内の特定の値(T(℃))である場合において、特定の周波数域内での比誘電率の最大値、
εfmin@Tは、温度が特定の温度域内の特定の値(T(℃))である場合において、特定の周波数域内での比誘電率の最小値。
「特定の温度域」とは-40℃~80℃をいう。「特定の周波数域」とは、1Hz~1MHzをいう。
【0033】
ポリマー誘電体は、一般に、フィルム化したときの不均質化によって、比誘電率の周波数依存性が大きくなりやすい。本発明においては、この問題を解決するために、フィラーとして、ポリマーよりも比誘電率の周波数依存性が小さい無機材料を用いる。すなわち、Δεf2/Δεf1は、特定の温度域内において、1未満である必要がある。
【0034】
[1.3.6. 分散度]
「分散度」とは、次の式(6)で表される値をいう。式(6)で表される分散度は、ポリマー中におけるフィラーの分散の程度を表す尺度であり、分散度が低くなるほど、フィラーがより均一に分散していることを表す。
分散度=ADL/Lm …(6)
但し、
ADLは、前記フィラーの重心間距離の平均偏差、
mは、前記フィラーの重心間距離の平均値。
「フィラーの重心間距離」とは、隣接する粒子の重心間の距離をいう。
【0035】
一般に、無機材料からなるフィラーは、ポリマーに比べて絶縁破壊強度が低い。そのため、フィラーの分散度が大きくなるほど(フィラーの分散が不均一になるほど)、絶縁破壊強度が低下する。高い絶縁破壊強度を得るためには、分散度は、0.6未満が好ましい。
【0036】
[2. 複合誘電体材料の製造方法]
本発明に係る複合誘電体材料は、種々の方法により製造することができる。
例えば、フィルム状の複合誘電体材料は、
(a)所定の組成及び平均粒径を有するフィラー粒子を作製し、
(b)所定の組成となるようにマトリックスの原料及びフィラー粒子を分散媒中に分散させてスラリーとし、
(c)スラリーを基板表面にキャストし、塗膜を乾燥させる
ことにより製造することができる。
フィラー粒子の製造方法、スラリー組成、及びキャスト方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。
【0037】
[3. 作用]
ハイブリッド自動車や電気自動車のパワーコントロールユニット(PCU)に用いられるフィルムコンデンサには、高性能化が求められている。コンデンサの性能の指標として、最大エネルギー密度(Umax)がある。式(7)に、最大エネルギー密度Umaxを示す。式(7)より、Umaxを向上させるためには、材料の比誘電率と絶縁破壊強度を向上させる必要があることが分かる。
【0038】
max=1/2ε0εrBDS 2 …(7)
但し、
ε0:真空の誘電率、8.854×10-12[F/m]、
εr:誘電体フィルムの平均の比誘電率、
BDS:誘電体フィルムの絶縁破壊強度(V/μm)
【0039】
ポリマーは、比誘電率は低いが、絶縁破壊強度が高い。そのため、ポリマは、フィルムコンデンサの誘電体として好適である。しかし、ポリマーは、フィルム化した際の不均質化によって比誘電率の温度依存性及び周波数依存性が大きくなる場合がある。比誘電率の温度依存性及び周波数依存性が過度に大きくなると、デバイスの動作周波数によっては使用できない可能性がある。
さらに、絶縁破壊強度は、比誘電率とトレードオフの関係にある。そのため、フィルムの比誘電率を向上させるために、比誘電率の高い無機材料とポリマーとを複合化させると、通常、絶縁破壊強度は低下する。
【0040】
これに対し、ポリマーと無機材料とを含む複合誘電体材料において、無機材料として、ポリマーとほぼ同等の比誘電率を有し、かつ、ポリマーより比誘電率の温度依存性及び周波数依存性の小さい材料を用いると、複合誘電体材料の比誘電率の温度依存性及び周波数依存性を小さくすることができる。これは、無機材料の比誘電率がポリマーの比誘電率に近いために、無機材料の低温度依存性及び低周波数依存性が表れやすくなり、ポリマーの温度依存性及び周波数依存性が安定化するためと考えられる。
【0041】
また、このような方法により、複合誘電体材料の絶縁破壊強度の低下も抑制される。これは、無機材料の比誘電率がポリマーの比誘電率に近いために、電圧印加時にポリマーと無機材料に同等の電界が印加されるため、及び、これによって複合誘電体材料の絶縁破壊強度が、ポリマーのそれとほぼ同等に維持されるためと考えられる。
【実施例
【0042】
(実施例1:ε2/ε1
[1. 試験方法]
ポリマー(比誘電率:ε1)からなるマトリックス中に、無機材料(比誘電率:ε2)からなるフィラーが分散している複合誘電体材料について、比誘電率の温度依存性及び周波数依存性を計算により求めた。フィラーの体積割合は、20vol%とした。ポリマーの温度依存性及び周波数依存性には、ポリフッ化ビニリデンの実測値を基準とした比誘電率を用いた。フィラーの温度依存性及び周波数依存性は無しとして、フィラーの比誘電率を変化させて計算した。
温度域を-40℃~80℃、周波数域を1Hz~1MHzに設定し、複合誘電体材料の比誘電率の温度依存性(@10kHz)及び周波数依存性(@22℃)をそれぞれ求め、これらを基準値(ε2/ε1=1での値)で規格化した。
【0043】
[2. 結果]
図1に、ε2/ε1と比誘電率の温度依存性との関係、及び、ε2/ε1と比誘電率の周波数依存性との関係を示す。図1より、以下のことが分かる。
(1)ε2/ε1が大きくなるほど、比誘電率の周波数依存性が低下した。
(2)ε2/ε1が約0.7の時に、比誘電率の温度依存性が極小値となった。
(3)ε2/ε1を0.28~5.66の範囲内とすると、温度依存性及び周波数依存性のいずれも基準値の±30%以内に収まった。
【0044】
(実施例2:V2とεcomp/ε1の関係)
[1. 試験方法]
ポリマー(比誘電率:ε1)からなるマトリックス中に、無機材料(比誘電率:ε2)からなるフィラーが分散している複合誘電体材料について、フィラーの体積割合(V2)とεcomp/ε1との関係を計算により求めた。ε2/ε1は、0.28~5.66とした。また、εcomp/ε1は、基準値(V2=0の値)で規格化した。
【0045】
[2. 結果]
図2に、V2とεcomp/ε1との関係を示す。図2中に記載されている数値は、それぞれ、ε2/ε1を表す。図2より、以下のことが分かる。
(1)V2=20vol%の場合、ε2/ε1が0.28~5.66となるように、ポリマー及び無機材料の組み合わせを選択すると、εcomp/ε1を0.80~1.32の範囲内にすることができる。
(2)V2が20vol%を超える場合であっても、ε2/ε1を1に近づけることにより、εcomp/ε1を0.80~1.32の範囲内にすることができる。
【0046】
(実施例3、比較例1)
[1. 試験方法]
[1.1. 実施例3]
PVDFからなるマトリックス中に、Al23からなるフィラーが分散している複合誘電体材料について、比誘電率の温度特性及び周波数特性、並びに、比誘電率の温度依存性及び周波数依存性を計算により求めた。
Al23の比誘電率の温度特性には、文献値(参考文献1)を用いた。図3に、Al23の比誘電率の温度特性(参考文献1より引用)を示す。PVDFの比誘電率の周波数特性及び温度特性には、実測値を用いた。図4に、PVDF単膜の比誘電率の周波数特性及び温度特性を示す。V2は、5~30vol%とした。
[参考文献1]Liang-Yu Chen, Proceedings:2007 8th International Conference on Electonic Packaging Technology
【0047】
[1.2. 比較例1]
Al23に代えて、20vol%のBaTiO3を用いた以外は、実施例3と同様にして、比誘電率の温度依存性及び周波数依存性を計算により求めた。BaTiO3の周波数特性及び温度特性には、実測値を用いた。
【0048】
[2. 結果]
[2.1. 周波数特性及び温度特性]
図5図8に、Al23_5~30vol%/PVDF膜の比誘電率の周波数特性及び温度特性を示す。図3~8より、以下のことが分かる。
(1)Al23は、200℃以下、及び/又は、1MHz以下では比誘電率が安定している(図3参照)。この範囲でのAl23の比誘電率は10であり、PVDFの比誘電率と同等であった。
(2)PVDF単膜では、比誘電率の温度依存性が大きい(図4参照)。これに対し、PVDFにAl23を添加すると、特に低周波数域における比誘電率の温度依存性が小さくなった(図5図8参照)。
【0049】
[2.2. 温度依存性]
図9に、PVDF単膜、Al23/PVDF膜、及びBaTiO3/PVDF膜の各周波数での比誘電率の温度依存性を示す。図9より、以下のことが分かる。
(1)PVDF単膜と比較して、Al23/PVDF膜は、周波数によらず温度依存性が安定している。特に、100Hz以下では、温度依存性の安定性が顕著である。Al23/PVDF膜は、1Hz~1MHzの温度依存性が10kHzの温度依存性の30%以内に収まっている。
(2)BaTiO3/PVDF膜では、PVDFとBaTiO3の比誘電率の差が大きいため、比誘電率の小さいPVDFの温度依存性の影響が抑制されていない。また、1Hzの温度依存性が10kHzの温度依存性の30%以内に収まっていない。
【0050】
[2.3. 周波数依存性]
図10に、PVDF単膜、Al23/PVDF膜、及びBaTiO3/PVDF膜の各温度での比誘電率の周波数依存性を示す。図11に、Al23/PVDF膜のV2とΔεfcomp(@-20℃)/Δεfcomp(@22℃)との関係を示す。なお、「Δεfcomp(@T)」は、T℃でのAl23/PVDF膜の周波数依存性を表す。図10及び図11より、以下のことが分かる。
【0051】
(1)PVDF単膜と比較して、Al23/PVDF膜はどの温度でも周波数依存性が低く、かつ、安定している(図10参照)。特に、40℃以上の高温では、周波数依存性の安定性が顕著である。
(2)Al23/PVDF膜の周波数依存性は、-20℃で最大となった(図10参照)。一方、Al23の体積割合(V2)を5vol%より多くすると、-20℃での周波数依存性は、22℃での周波数依存性の30%以内に収まった(図11参照)。図10及び図11より、Al23を5vol%以上添加すると、-40~80℃の周波数依存性が22℃の周波数依存性の30%以内に収まることが分かる。
【0052】
(3)BaTiO3/PVDF膜は、BaTiO3の比誘電率が高いために、20℃以下ではPVDF単膜に比べて周波数依存性が大きい(図10参照)。また、40℃以上の高温では、PVDFの影響を抑制できていない。さらに、60℃以上の周波数依存性は、22℃での周波数依存性の30%を超えていた。
【0053】
(実施例4~6、比較例2~3)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例4~6、比較例2]
キャスト法を用いて、PVDF中にAl23フィラーが分散している複合誘電体フィルムを作製した。Al23フィラーの体積割合(V2)は、5vol%(比較例2)、10vol%(実施例4)、20vol%(実施例5)、又は、30vol%(実施例6)とした。図12に、複合誘電体に含まれるAl23フィラーのXRDパターンを示す。図13に、複合誘電体に含まれるAl23フィラーの粒度分布を示す。
[1.2. 比較例3]
キャスト法を用いて、PVDFフィルムを作製した。
【0054】
[2. 試験方法]
[2.1. 比誘電率、絶縁破壊強度、最大エネルギー密度]
フィルムの両面に電極を形成し、インピーダンスアナライザを用いてフィルムの比誘電率を測定した。また、高耐圧試験器を用いて、フィルムの絶縁破壊強度を測定した。
さらに、上述した式(7)を用いて最大エネルギー密度を算出した。
[2.2. 分散度]
フィルムの断面をSEMで観察し、フィラーの重心間距離の平均値及び平均偏差を求めた。さらに、上述した式(6)を用いて、分散度を測定した。
【0055】
[3. 結果]
[3.1. 比誘電率、絶縁破壊強度、最大エネルギー密度]
表1に、各フィルムの比誘電率、絶縁破壊強度、及び最大エネルギー密度を示す。表1より、以下のことが分かる。
(1)複合誘電体フィルムの比誘電率、絶縁破壊強度、及び最大エネルギー密度は、いずれもPVDFのそれらとほぼ同等であった。これは、Al23の比誘電率がPVDFのそれに近いためである。
【0056】
【表1】
【0057】
[3.2. 分散度]
図14に、Al23_5~30vol%/PVDF膜の断面SEM像と分散度を示す。図14より、以下のことが分かる。
(1)比較例2、実施例4~6の分散度は、いずれも0.6未満であった。PVDFにAl23を添加しても絶縁破壊強度がほとんど低下しなかったのは、フィラーの分散度が低いため(Al23の分散性が良好であるため)と考えられる。
(2)Al23の体積分率が大きくなるほど、分散度が低下する傾向が見られた。
【0058】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明に係る誘電体フィルムは、ハイブリッド車やHV車のPCUに用いられるコンデンサの誘電体として使用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14