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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】共鳴発生方法及び原子発振器
(51)【国際特許分類】
   H03L 7/26 20060101AFI20240228BHJP
   H01S 1/06 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
H03L7/26
H01S1/06
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020050651
(22)【出願日】2020-03-23
(65)【公開番号】P2021150886
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2023-02-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【弁理士】
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(74)【代理人】
【識別番号】100148323
【弁理士】
【氏名又は名称】川▲崎▼ 通
(74)【代理人】
【識別番号】100168860
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 充史
(72)【発明者】
【氏名】司城 宏太朗
(72)【発明者】
【氏名】牧 義之
【審査官】石田 昌敏
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-023095(JP,A)
【文献】特開2018-146532(JP,A)
【文献】特開2017-123511(JP,A)
【文献】特開2011-091476(JP,A)
【文献】特開2014-017824(JP,A)
【文献】特開2010-206160(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03L 7/26
H01S 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の期間において、複数のアルカリ金属原子が収容され、内壁に炭化水素の膜が配置された原子セルに、中心周波数を変化させながら光を照射することによって、前記複数のアルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発生させることと、
前記第1の期間において、前記原子セルを透過した光を検出することによって検出信号を得ることと、
前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底を検出することと、
前記第1の期間において、前記吸収の底を検出した結果に基づいて、次の第1の期間において前記原子セルに照射する光の中心周波数を決定することと、
第2の期間において、前記原子セルに入射する光の強度を前記第1の期間において前記原子セルに入射した光の強度よりも減少させることと、
前記第1の期間と前記第2の期間とを繰り返すことによってラムゼー共鳴を発生させることと、
を含み、
前記第1の期間において、前記原子セルに照射する前記光の中心周波数を、前記複数のアルカリ金属原子による光の吸収帯のドップラー幅に応じた幅で変化させる、共鳴発生方法。
【請求項2】
前記第2の期間において、前記原子セルへの光の入射を停止する、請求項1に記載の共鳴発生方法。
【請求項3】
前記光の中心周波数を変化させる幅は、前記ドップラー幅以上かつ前記ドップラー幅の2倍以下である、請求項1又は2に記載の共鳴発生方法。
【請求項4】
前記第1の期間において前記原子セルに照射する前記光はサイドバンドを含み、
前記第1の期間において、前記原子セルに、前記サイドバンドの周波数を増加および減少させながら前記光を照射することと、
前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記原子セルを透過
した光の強度のピークを検出することと、をさらに含む、請求項1乃至のいずれか一項に記載の共鳴発生方法。
【請求項5】
光源と、
複数のアルカリ金属原子が収容され、内壁に炭化水素の膜が配置された原子セルと、
光検出器と、
制御回路と、
を含み、
前記制御回路は、
第1の期間において、前記原子セルに、中心周波数を変化させながら、かつ、サイドバンドの周波数を増加および減少させながら、前記光源から光を照射させることによって、前記複数のアルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発生させ、第2の期間において、前記原子セルに入射する光の強度を前記第1の期間において前記原子セルに入射した光の強度よりも減少させ、
前記光検出器は、
前記第1の期間において、前記原子セルを透過した光を検出することによって検出信号を出力し、
前記制御回路は、
前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底を検出し、
前記吸収の底を検出した結果に基づいて、次の第1の期間において前記原子セルに照射する光の中心周波数を決定し、
前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記原子セルを透過した光の強度のピークを検出し、
前記第1の期間と前記第2の期間とを繰り返すことによってラムゼー共鳴を発生させ、
前記第1の期間において、前記原子セルに照射する前記光の中心周波数を、前記複数のアルカリ金属原子による光の吸収帯のドップラー幅に応じた幅で変化させる、原子発振器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共鳴発生方法及び原子発振器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、量子干渉効果のひとつであるCPT(Coherent Population Trapping)を利用した原子発振器が提案されている。この原子発振器は、アルカリ金属原子に異なる2種類の波長を有するコヒーレント光を照射することで、コヒーレント光の吸収が停止する電磁誘起透過(EIT:Electromagnetically Induced Transparency)現象を発生させ、EIT現象に伴って生じる急峻な信号であるEIT信号を光検出器で検出し、EIT信号を基準として、周波数信号を生成する。
【0003】
さらに、特許文献1では、レーザー発光素子への電流注入により少なくとも2つの波長を有するレーザー光を発生させ、レーザー光をアルカリ金属が封入されたアルカリ金属セルに照射し、レーザー発光素子に印加される電流の直流成分の値は、第1の期間において、レーザー発光素子の発振閾値よりも大きく、第1の期間に続く第2の期間において、第1の期間における電流の直流成分の値よりも小さく、第1の期間及び第2の期間を複数回繰り返すことでラムゼー共鳴を発生させるCPT共鳴方法が提案されている。この共鳴方法によれば、EIT信号に細かい振動が重畳されたような信号形状となるラムゼーフリンジが発現するので、ラムゼーフリンジのピークを利用することでより高精度な原子発振器を実現可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-171419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載のCPT共鳴方法では、アルカリ金属セルにバッファーガスを封入しているため、アルカリ金属がバッファーガスと衝突することによってラムゼーフリンジのピーク周波数が変動するバッファーガスシフトと呼ばれる現象が発生する。これを避けるため、セルの内壁をコヒーレンス緩和防止膜でコーティングすることで、セルにバッファーガスを封入せずにラムゼー共鳴を発生させることが可能であるが、アルカリ金属原子の共鳴波長の範囲が狭くなる。その結果、セルに照射する光の波長が少しずれてしまうと、アルカリ金属が光と相互作用しなくなる。セルに照射される光の光量が減少するため、光の波長制御のフィードバックがかかりにくい。そのため、第2の期間に発生した何らかの要因によって次の第1の期間においてセルに照射する光の波長がずれると鮮明なラムゼーフリンジが得られなくなり、ラムゼー共鳴を安定して発生させることが難しい。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る共鳴発生方法の一態様は、第1の期間において、複数のアルカリ金属原子が収容され、内壁に炭化水素の膜が配置された原子セルに、中心周波数を変化させながら光を照射することによって、前記複数のアルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発生させることと、前記第1の期間において、前記原子セルを透過した光を検出することによって検出信号を得ることと、前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底を検出することと、前記第1の期間において、前記吸収の底を検出した結果に基づいて、次の第1の期間において前記原子セルに照射する光の中心周波数を決定することと、第2の期間において、前記原子セルに入射
する光の強度を前記第1の期間において前記原子セルに入射した光の強度よりも減少させることと、前記第1の期間と前記第2の期間とを繰り返すことによってラムゼー共鳴を発生させることと、を含む。
【0007】
本発明に係る原子発振器の一態様は、光源と、複数のアルカリ金属原子が収容され、内壁に炭化水素の膜が配置された原子セルと、光検出器と、制御回路と、を含み、前記制御回路は、第1の期間において、前記原子セルに、中心周波数を変化させながら、かつ、サイドバンドの周波数を増加および減少させながら、前記光源から光を照射させることによって、前記複数のアルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発生させ、第2の期間において、前記原子セルに入射する光の強度を前記第1の期間において前記原子セルに入射した光の強度よりも減少させ、前記光検出器は、前記第1の期間において、前記原子セルを透過した光を検出することによって検出信号を出力し、前記制御回路は、前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底を検出し、前記吸収の底を検出した結果に基づいて、次の第1の期間において前記原子セルに照射する光の中心周波数を決定し、前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記原子セルを透過した光の強度のピークを検出し、前記第1の期間と前記第2の期間とを繰り返すことによってラムゼー共鳴を発生させる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本実施形態の共鳴発生方法について説明するための概念図。
図2】セシウム原子のエネルギー準位を示す図。
図3】原子セルに入射する光の周波数と原子セルを透過する光の透過率との関係の一例を示す図。
図4】EIT信号の一例を示す図。
図5】光源から出射される光の周波数スペクトルの一例を示す図。
図6】ラムゼーフリンジの一例を示す図。
図7】原子セルを光の入射方向と直交する平面で切断した断面図。
図8】光の吸収帯のドップラー幅と光の中心周波数の掃引範囲の幅との関係を説明するための図。
図9】本実施形態の共鳴発生方法の手順の一例を示すフローチャート図。
図10図9のフローチャートの処理を時系列に表示した図。
図11】原子発振器の機能ブロック図。
図12】原子発振器における各種信号の波形の一例を示す図。
図13】第1検波回路による検波の原理について説明するための図。
図14】第1検波回路による検波の原理について説明するための図。
図15】原子発振器の動作手順の一例を示すフローチャート図。
図16】起動制御の手順の一例を示すフローチャート図。
図17】第1の期間の制御の手順の一例を示すフローチャート図。
図18】第2の期間の制御の手順の一例を示すフローチャート図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0010】
1.共鳴発生方法
図1は、本実施形態の共鳴発生方法について説明するための概念図である。図1に示すように、本実施形態では、光源1が原子セル2に光を照射し、光検出器3が原子セル2に入射した光のうちの原子セル2を透過した光を検出し、制御回路4が光検出器3の検出信号に基づいて、光源1が出射する光の周波数を制御する。例えば、光源1は垂直共振器面
発光レーザー(VCSEL:Vertical Cavity Surface Emitting Laser)であってもよい。原子セル2には、気体の複数のアルカリ金属原子5が収容されている。アルカリ金属原子5は、例えば、セシウム、ルビジウム、ナトリウム又はカリウムである。
【0011】
図2は、セシウム原子のエネルギー準位を示す図である。図2に示すように、セシウム原子は、6S1/2の基底準位と、6P1/2,6P3/2の2つの励起準位とを有することが知られている。さらに、6S1/2,6P1/2,6P3/2の各準位は、複数のエネルギー準位に分裂した超微細構造を有している。具体的には、6S1/2はF=3,4の2つの基底準位を持ち、6P1/2はF’=3,4の2つの励起準位を持ち、6P3/2はF’=2,3,4,5の4つの励起準位を持っている。
【0012】
例えば、6S1/2のF=3の基底準位にあるセシウム原子は、D1線を吸収することで、6P1/2のF’=3,4のいずれかの励起準位に遷移することができる。6S1/2のF=4の基底準位にあるセシウム原子は、D1線を吸収することで、6P1/2のF’=3,4のいずれかの励起準位に遷移することができる。逆に、6P1/2のF’=3,4のいずれかの励起準位にあるセシウム原子は、D1線を放出して6S1/2のF=3又はF=4の基底準位に遷移することができる。ここで、6S1/2のF=3,4の2つの基底準位と6P1/2のF’=3,4のいずれかの励起準位からなる3準位は、D1線の吸収および発光によるΛ型の遷移が可能であることからΛ型3準位と呼ばれる。
【0013】
一方、6S1/2のF=3の基底準位にあるセシウム原子は、D2線を吸収することで、6P3/2のF’=2,3,4のいずれかの励起準位に遷移することができるが、F’=5の励起準位に遷移することはできない。6S1/2のF’=4の基底準位にあるセシウム原子は、D2線を吸収することで、6P3/2のF’=3,4,5のいずれかの励起準位に遷移することができるが、F’=2の励起準位に遷移することはできない。これらは、電気双極子遷移を仮定した場合の遷移選択則による。逆に、6P3/2のF’=3,4のいずれかの励起準位にあるセシウム原子は、D2線を放出して6S1/2のF=3又はF=4の基底準位に遷移することができる。ここで、6S1/2のF=3,4の2つの基底準位と6P3/2のF’=3,4のいずれかの励起準位からなる3準位は、D2線の吸収・発光によるΛ型の遷移が可能であることからΛ型3準位を形成する。これに対して、6P3/2のF’=2の励起準位にあるセシウム原子は、D2線を放出して必ず6S1/2のF’=3の基底準位に遷移し、同様に、6P3/2のF’=5の励起準位にあるセシウム原子は、D2線を放出して必ず6S1/2のF=4の基底準位に遷移する。すなわち、6S1/2のF=3,4の2つの基底準位と6P3/2のF’=2又はF’=5の励起準位からなる3準位は、D2線の吸収・放出によるΛ型の遷移が不可能であることからΛ型3準位を形成しない。なお、セシウム原子以外のアルカリ金属原子も、同様に、Λ型3準位を形成する2つの基底準位と励起準位を有することが知られている。
【0014】
気体状の複数のアルカリ金属原子5は、それぞれ運動状態に応じた速度を有するので、アルカリ金属原子5の集団は一定の速度分布を持っている。アルカリ金属原子5の集団に速度分布があると、ドップラー効果により共鳴光であるD1線やD2線の見かけ上の周波数に、すなわちアルカリ金属原子5の集団から見た共鳴光の周波数に分布が生じる。これは、速度の異なる複数のアルカリ金属原子5では励起準位が見かけ上異なることを意味するので、励起準位が一定の幅の拡がりを持つことになる。この励起準位の拡がりは、ドップラー拡がりと呼ばれる。
【0015】
図3は、光源1から周波数を掃引しながら光を照射したときに、原子セル2に入射する光の周波数と原子セル2を透過する光の透過率との関係の一例を示す図である。図3において、横軸は原子セル2に入射する光の周波数であり、縦軸は原子セル2を透過する光の透過率である。図3の例では、原子セル2に収容される複数のアルカリ金属原子5はセシ
ウム原子であり、セシウム原子の集団の一部が共鳴光であるD1線を吸収することによって生じる4つの吸収帯A1~A4が存在している。吸収帯A1は、6S1/2のF=4の底準位にあるセシウム原子がD1線を吸収して6P1/2のF’=3の励起準位に遷移することによって生じる。吸収帯A2は、6S1/2のF=4の底準位にあるセシウム原子がD1線を吸収して6P1/2のF’=4の励起準位に遷移することによって生じる。吸収帯A3は、6S1/2のF=3の底準位にあるセシウム原子がD1線を吸収して6P1/2のF’=3の励起準位に遷移することによって生じる。吸収帯A4は、6S1/2のF=3の底準位にあるセシウム原子がD1線を吸収して6P1/2のF’=4の励起準位に遷移することによって生じる。
【0016】
吸収帯A1~A4は、励起準位のドップラー拡がりに対応する幅をそれぞれ有している。また、4つの吸収帯A1~A4は、共鳴光を吸収するセシウム原子の数が最も多くなることで透過率が極小となる吸収の底B1~B4をそれぞれ有している。6S1/2のF=3,4の2つの基底準位のエネルギー差に相当する周波数は約9.193GHzであり、6P1/2のF’=3,4の2つの励起準位のエネルギー差に相当する周波数は約1.168GHzである。したがって、吸収の底B1,B2においてそれぞれ吸収されるD1線の周波数差や、吸収の底B3,B4においてそれぞれ吸収される2種類のD1線の周波数差は、約1.168GHzである。また、吸収の底B1,B3においてそれぞれ吸収される2種類のD1線の周波数差や、吸収の底B2,B4においてそれぞれ吸収される2種類のD1線の周波数差は、約9.193GHzである。
【0017】
ところで、気体状のアルカリ金属原子5に、Λ型3準位を形成する第1の基底準位と励起準位とのエネルギー差に相当する周波数を有する第1の共鳴光と、第2の基底準位と励起準位とのエネルギー差に相当する周波数を有する第2の共鳴光とを同時に照射すると、2つの基底準位の重ね合わせ状態であるコヒーレンスが生成され、励起準位への励起が停止する電磁誘起透過(EIT)現象が発生することが知られている。
【0018】
EIT現象が発生すると図1に示す光検出器3において原子セル2の透過率が急峻に増大するEIT信号が得られる。図4に、EIT信号の一例を示す。図4において、横軸は第1の共鳴光と第2の共鳴光との周波数差であり、縦軸は原子セル2を透過する光の透過率である。第1の共鳴光の周波数ωと第2の共鳴光の周波数ωとの差ω-ωが、第1の基底準位と第2の基底準位とのエネルギー差ΔE12に相当する周波数ω12と正確に一致するときにEIT信号がピーク値を示す。例えば、気体状のセシウム原子に、6S1/2のF=3の基底準位から6P1/2のF’=4の励起準位への遷移を生じさせるD1線を第1の共鳴光とし、6S1/2のF=4の基底準位から6P1/2のF’=4の励起準位への遷移を生じさせるD1線を第2の共鳴光として同時に照射すると、EIT現象が発生する。そして、第1の共鳴光と第2の共鳴光との周波数差が、6S1/2のF=3,4の2つの基底準位のエネルギー差に相当する周波数である約9.193GHzと正確に一致するときにEIT信号のレベルがピーク値を示す。
【0019】
図5は、光源1から出射される光の周波数スペクトルの一例を示す図である。図5において、横軸は周波数であり、縦軸は強度である。図5に示すように、例えば、光源1から出射される光が、少なくとも2つの1次のサイドバンドを含む場合には、2つのサイドバンドの周波数差を周波数ω12と一致させることにより、一方のサイドバンドを第1の共鳴光とし、他方のサイドバンドを第2の共鳴光としてEIT現象を発生させてもよい。例えば、光源1が垂直共振器面発光レーザーである場合、図1の制御回路4から、中心周波数に相当する定電流とω12/2の周波数で変動する電流とを含む電流を光源1に供給することにより、光源1は、周波数ω12の周波数差を有する2つのサイドバンドを有する光を発生させることができる。
【0020】
なお、EIT信号のS/N比(Signal to Noise Ratio)を高めるために、第1の共鳴光の周波数はいずれかの吸収の底に対応する周波数に一致させるのが望ましい。S/N比の高いEIT信号を利用することで周波数安定度の良好な原子発振器等を実現することができる。
【0021】
本実施形態では、原子セル2に入射する光を連続波ではなくパルスとすることで、パルス励起されたアルカリ金属原子5ではコヒーレンスが自由歳差運動し、ラムゼー共鳴が発生する。その結果、EIT信号に細かい振動が重畳されたような信号形状となるラムゼーフリンジが発現する。図6に、ラムゼーフリンジの一例を示す。図6において、横軸は第1の共鳴光と第2の共鳴光との周波数差であり、縦軸は原子セル2を透過する光の透過率である。ラムゼーフリンジの細かい振動のうちの1つのピークは非常に細いためQ値が高く、ラムゼーフリンジのピークを利用することで原子発振器等の性能がさらに向上する。また、原子セル2に入射する光の強度によってEIT信号のピーク周波数が変動するライトシフトと呼ばれる現象が知られているが、ラムゼーフリンジのピーク周波数はライトシフトに対する感度が低く、光強度の変動による影響を受けにくいという利点もある。
【0022】
ここで、原子セル2に入射する光の第1パルスによって、アルカリ金属原子5にコヒーレンスが生成されてEIT現象が発生し、その後、原子セル2への光の入射が停止している間に自由歳差運動が起こり、次に原子セル2に入射する光の第2パルスによってラムゼー共鳴が発生する。そのため、コヒーレンスが生成された状態のまま、アルカリ金属原子5に第2パルスが照射される必要がある。仮に、アルカリ金属原子5の移動を抑制するためのバッファーガスとして希ガス等を原子セル2に封入すれば、アルカリ金属原子5を光の照射範囲内に留まらせることができる。しかしながら、アルカリ金属原子5がバッファーガスと衝突することによって信号のピーク周波数が変動するバッファーガスシフトと呼ばれる現象が発生する。バッファーガスシフトによる周波数シフト量は、原子セル2の温度や、バッファーガスの種類及び混合比によって変化するため、ラムゼーフリンジのピークを利用することによってライトシフトを抑制しても別の周波数変動要因が残ってしまうこととなる。
【0023】
これを避けるために、単純に、原子セル2をバッファーガスが封入されない通常の真空セルとすることも考えられる。しかしながら、バッファーガスがないので、アルカリ金属原子5は、光の照射範囲の外に高速で移動し、原子セル2の内壁との衝突する時の壁面との相互作用によって、アルカリ金属原子5に生成されたコヒーレンスは破壊される。そのため、アルカリ金属原子5にコヒーレンスを生じさせても、壁で跳ね返って再び光の照射範囲内に戻ってきたアルカリ金属原子5によってラムゼー共鳴を発生させることはできない。
【0024】
そこで、本実施形態では、原子セル2の内壁に炭化水素の膜を配置する。図7は、原子セル2を光の入射方向と直交する平面で切断した断面図である。炭化水素の膜は、コヒーレンス緩和防止膜6として機能し、コヒーレンスの長寿命化が達成される。例えば、炭化水素としてパラフィンを用いると性能が良いコヒーレンス緩和防止膜6が得られる。なお、図7の例では、原子セル2は円柱状であるが、四角柱状や三角柱状であってもよい。また、コヒーレンス緩和防止膜6は、原子セル2の光の入射面および出射面を含めた内壁全面に配置されることが好ましい。
【0025】
このように、本実施形態では、原子セル2を、その内壁をコヒーレンス緩和防止膜6でコーティングすることにより、バッファーガスが不要となるため、バッファーガスシフトによるラムゼーフリンジのピークの周波数変動が生じない。また、本実施形態では、原子セル2に入射する光をパルスとすることでラムゼー共鳴が発生するので、アルカリ金属原子5は、光の照射範囲を出入りする必要はなく、光の照射範囲内に留まっていてもよい。
そのため、図7にメッシュで示すように、原子セル2の断面を光の照射範囲と同程度の大きさにすることができ、原子セル2を小型化することができるという利点もある。
【0026】
ただし、原子セル2にはバッファーガスが含まれていないため、バッファーガスに起因する光の吸収帯の均一広がりが生じ得ず、光の吸収帯の幅、すなわち、アルカリ金属原子5の共鳴周波数の範囲が狭くなる。その結果、光源1から出射される光の中心周波数が少しずれてしまうと、アルカリ金属原子5は急速に光と相互作用しなくなってしまう。さらに、ラムゼー共鳴を発生させるために原子セル2に入射する光をパルスとするためには、原子セル2への光の入射を一時的に停止しなければならないため、この停止期間は制御回路4による中心周波数制御のフィードバックがかからない。例えば、光源1が垂直共振器面発光レーザーである場合、停止期間において、何らかの要因で制御回路4から光源1に供給される電流が大きく変動すると、次の光のパルスの中心周波数が大きくずれてしまう。そのため、この停止期間におけるノイズ等の要因によって、次に光源1から出射される光の中心周波数がずれてしまい、ラムゼー共鳴の安定的な発生が妨げられる。
【0027】
そこで、本実施形態では、光源1から光を出射する期間において、光の中心周波数を掃引する。すなわち、光源1から原子セル2に照射する光を、中心周波数が変化するチャープパルスとする。特に、本実施形態では、原子セル2に照射する光の中心周波数を、複数のアルカリ金属原子5による光の吸収帯のドップラー幅に応じた幅で変化させる。
【0028】
図8は、光の吸収帯のドップラー幅と光の中心周波数の掃引範囲の幅との関係を説明するための図である。図8において、横軸は原子セル2に照射する光の中心周波数であり、縦軸は原子セル2を透過する光の透過率である。図8に示すように、光の吸収帯のドップラー幅は、吸収の底に対して光の吸収量が1/2になる時の幅、あるいは、原子セル2の光の透過率が吸収の底に対して2倍になるときの幅、すなわち半値幅であり、例えば、光の中心周波数の掃引範囲の幅は、ドップラー幅以上であることが好ましい。例えば、セシウム原子による光の吸収帯のドップラー幅は1GHz程度なので、中心周波数の掃引範囲の幅は1GHz以上とすることが好ましい。光の中心周波数の掃引範囲の幅をドップラー幅以上とすることで、中心周波数が多少ずれてもパルス内のどこかで光の周波数が共鳴周波数となり、アルカリ金属原子5が光と相互作用することができる。図8の例では、制御回路4は、中心周波数がずれていないときは中心周波数を掃引範囲1で掃引することで吸収の底を検出し、中心周波数がずれた場合も、例えば中心周波数を掃引範囲2で掃引することで吸収の底を検出することができる。
【0029】
中心周波数の掃引速度は、光の1パルスの幅、すなわち、光源1から光を出射する期間の時間幅によって決まる。例えば、光の1パルスの幅を4μsとすると、中心周波数の掃引速度は1/4μs=250kHzとなる。パルスの幅が短いほど鮮明なラムゼーフリンジが得られるが、その分、中心周波数の掃引速度を大きくする必要が生じる。したがって、中心周波数の掃引範囲の幅は、光源1において実現可能な中心周波数の掃引速度と、得られるラムゼーフリンジとの兼ね合いで決定すべきである。例えば、鮮明なラムゼーフリンジを得るために中心周波数の掃引速度をできるだけ大きくしたい場合は、中心周波数を掃引範囲の幅をドップラー幅よりも小さくすることも考えられる。
【0030】
図9は、本実施形態の共鳴発生方法の手順の一例を示すフローチャート図である。本実施形態の共鳴発生方法では、図9に示すように、まず、第1の期間を開始する(ステップS1)。そして、第1の期間において、まず、光源1が、原子セル2に、中心周波数を変化させながら光を照射することによって、原子セル2に収容された複数のアルカリ金属原子5にEIT現象を発生させる(ステップS2)。光源1は、中心周波数を増加させる方向に変化させてもよいし、中心周波数を減少する方向に変化させてもよい。
【0031】
ステップS2において、光源1は、原子セル2に照射する光の中心周波数を、複数のアルカリ金属原子5による光の吸収帯のドップラー幅に応じた幅で変化させてもよい。例えば、光の中心周波数を変化させる幅は、ドップラー幅以上かつドップラー幅の2倍以下であってもよい。
【0032】
次に、光検出器3が、原子セル2を透過した光を検出することによって検出信号を得る(ステップS3)。
【0033】
次に、制御回路4が、ステップS3で得た検出信号を検波することによって、原子セル2を透過した光の強度のピークを検出する(ステップS4)。例えば、ステップS2において、原子セル2に照射する光はサイドバンドを含み、光源1が、原子セル2に、サイドバンドの周波数を増加および減少させながら光を照射し、ステップS4において、制御回路4が、原子セル2を透過した光の強度がピークとなる時のサイドバンドの周波数を特定することで当該ピークを検出してもよい。
【0034】
また、制御回路4が、ステップS3で得た検出信号を検波することによって、複数のアルカリ金属原子5による光の吸収の底を検出する(ステップS5)。
【0035】
次に、制御回路4が、ステップS5において光の吸収の底を検出した結果に基づいて、次の第1の期間のステップS2において原子セル2に照射する光の中心周波数を決定する(ステップS6)。
【0036】
次に、第1の期間を終了し、第2の期間を開始する(ステップS7)。第1の期間および第2の期間それぞれの開始および終了は、制御回路4によって制御される。例えば、第1の期間が開始してから所定の時間が経過した場合に第1の期間を終了してもよいし、ステップS2において中心周波数を変化させる幅が所定値に達した場合に第1の期間を終了してもよい。そして、第2の期間において、制御回路4が、原子セル2に入射する光の強度を第1の期間において原子セル2に入射した光の強度よりも減少させる(ステップS8)。例えば、ステップS8において、制御回路4が、原子セル2への光の入射を停止してもよい。
【0037】
次に、第2の期間を終了し(ステップS9)、共鳴発生処理を終了しない場合は(ステップS10のN)、次の第1の期間を開始する(ステップS2)。以降は、共鳴発生処理を終了するまで(ステップS10のY)、第1の期間のステップS2~S6と第2の期間のステップS8を繰り返すことにより、ラムゼー共鳴を発生させる。
【0038】
図10は、図9のフローチャートの処理を時系列に表示した図である。図10に示すように、1回目の第1の期間では、ステップS2において中心周波数を変化させる掃引範囲は所定の範囲に設定される。例えば、中心周波数の初期値が掃引範囲の中央の値となるように掃引範囲が設定されてもよい。また、1回目のステップS2においてラムゼー共鳴は発生しないため、ステップS4で検出するピークはラムゼーフリンジを含まないEIT信号のピークである。
【0039】
これに対して、2回目以降の第1の期間では、ステップS2において中心周波数を変化させる掃引範囲は、前回の第1の期間におけるステップS6で決定した中心周波数に基づいて設定される。例えば、決定した中心周波数が掃引範囲の中央の値となるように掃引範囲が設定されてもよい。また、ステップS2においてラムゼー共鳴が発生するため、ステップS4で検出するピークはラムゼーフリンジのピークである。
【0040】
以上に説明したように、本実施形態の共鳴発生方法では、内壁にコヒーレンス緩和防止
膜6として機能する炭化水素の膜が配置された原子セル2を用いることにより、第1の期間においてコヒーレンスが生成されたアルカリ金属原子5は、内壁との衝突後もコヒーレンスを保ったまま移動することができる。そのため、次の第1の期間において、内壁で跳ね返って光の照射範囲内に戻ってきたアルカリ金属原子5によってラムゼー共鳴が発生する。そして、アルカリ金属原子5はバッファーガスとの衝突が無いためバッファーガスシフトが起こらず、またラムゼーフリンジの特性としてライトシフトも大幅に抑制されたものとなる。したがって、本実施形態の共鳴発生方法によれば、ラムゼー共鳴に伴って生じるラムゼーフリンジのピーク周波数が変動するおそれが低減される。
【0041】
さらに、コヒーレンス緩和防止膜6は、アルカリ金属原子5の壁面への吸着を抑制する効果もある。これは、コヒーレンス緩和防止膜6によって吸着エネルギーが低くなることに起因する。ラムゼーフリンジによってライトシフトは大幅に抑制されるが完全にゼロになるわけではない。原子セル2の内壁へのアルカリ金属原子5の吸着によって原子セル2の光の入射面が曇ってしまったり、その曇りが無くなったりすると、原子セル2に入射する光の強度が変動するため、ラムゼーフリンジのピーク周波数がわずかに変動する。本実施形態の共鳴発生方法によれば、コヒーレンス緩和防止膜6によって、アルカリ金属原子5の壁面への吸着を抑制することができるので、ラムゼーフリンジのピーク周波数が変動するおそれが低減される。
【0042】
また、本実施形態の共鳴発生方法では、第2の期間において生じたノイズ等の何らかの要因によって、光源1から出射される光の中心周波数が第1の期間において決定した中心周波数からずれても、次の第1の期間において、原子セル2に中心周波数を変化させながら光を照射することによって、原子セル2に収容されている複数のアルカリ金属原子5による光の吸収の底を検出することができる。したがって、本実施形態の共鳴発生方法によれば、ラムゼー共鳴を安定して発生させることができる。特に、第1の期間において、原子セル2に照射する光の中心周波数を、光の吸収帯のドップラー幅に応じた幅で変化させることにより、より確実に光の吸収の底を検出することができるので、ラムゼー共鳴をより安定して発生させることができる。さらに、光の吸収帯のドップラー幅以上の幅で中心周波数を変化させることで、より確実に光の吸収の底を検出することができ、光の吸収帯のドップラー幅の2倍以下の幅で中心周波数を変化させることで、比較的実現容易な速度で中心周波数を変化させることができる。
【0043】
また、本実施形態の共鳴発生方法によれば、第2の期間において、原子セル2への光の入射を停止することにより、ラムゼー共鳴の発生に寄与するアルカリ金属原子5の数が増えるので、ラムゼー共鳴をより安定して発生させることができる。
【0044】
また、本実施形態の共鳴発生方法では、原子セル2に入射する光をパルスとすることでラムゼー共鳴が発生するので、アルカリ金属原子5は、光の照射範囲を出入りする必要はなく、光の照射範囲内に留まっていてもよい。そのため、本実施形態の共鳴発生方法によれば、原子セル2の断面を光の照射範囲と同程度の大きさにすることができるので、原子セル2を小型化することができる。
【0045】
2.原子発振器
次に、上述した本実施形態の共鳴発生方法を適用した原子発振器100について説明する。なお、既に説明した内容と重複する内容についてはその説明を簡略又は省略する。図11は、原子発振器100の機能ブロック図である。また、図12は、原子発振器100における各種信号の波形の一例を示す図である。
【0046】
図11に示すように、原子発振器100は、発光素子10と、原子セル12と、光検出素子14と、電流電圧変換回路16と、第1検波回路18と、中心周波数決定回路20と
、中心周波数掃引回路22と、第1発振器24と、第2検波回路26と、電圧制御型発振器(VCO:Voltage Controlled Oscillator)28と、変調回路30と、第2発振器32と、第1周波数変換回路34と、利得制御回路36と、駆動回路38と、第2周波数変換回路40と、を含む。
【0047】
発光素子10は、第1の期間において、原子セル12に向けて、光のパルスを出射する光源である。具体的には、図12に示すように、発光素子10は、原子セル12に、中心周波数を変化させながら光を照射する第1の期間と、光の照射を停止する第2の期間とを繰り返す。例えば、第1の期間及び第2の期間はそれぞれ数μs~数十μsであってもよい。例えば、発光素子10は、垂直共振器面発光レーザーであってもよい。
【0048】
原子セル12には、気体のセシウム、ルビジウム、ナトリウム又はカリウム等である複数のアルカリ金属原子が収容されている。原子セル12の内壁は、コヒーレンス緩和防止膜6として機能するパラフィン、OTS(オクタデシルトリクロロシラン)等の炭化水素の膜でコーティングされている。原子セル12に入射した光の一部は、原子セル12を透過し、光検出素子14に入射する。なお、原子発振器100は、図示しないペルチェ素子等の温度制御素子を用いて、原子セル12の温度が所望の温度で安定するように制御する。
【0049】
光検出素子14は、原子セル12を透過する光を検出し、検出した光の強度に応じた検出信号を出力する。光検出素子14は、例えば、受光した光の強度に応じた検出信号を出力するフォトダイオード(PD:Photo Diode)である。発光素子10は、第1の期間において、原子セル12に向けて、光のパルスを出射する。第1の期間において、発光素子10が中心周波数を変化させながら光を出射することにより、図12に示すように、光検出素子14が出力する検出信号には、原子セル12に収容されている複数のアルカリ金属原子による光の吸収帯に対応する信号が含まれる。光検出素子14の出力信号は、電流電圧変換回路16に入力される。
【0050】
電流電圧変換回路16は、電流として入力された光検出素子14が出力する検出信号を、電圧に変換して出力する。電流電圧変換回路16が出力する検出信号は、第1検波回路18と第2検波回路26とに入力される。このように、光検出素子14と電流電圧変換回路16からなる回路は、第1の期間において、原子セル12を透過した光を検出することによって検出信号を出力する光検出器である。
【0051】
第1検波回路18は、第1の期間において、電流電圧変換回路16が出力する検出信号を、第1発振器24が出力する第1発振信号を用いて検波することによって、原子セル12に収容されている複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底を検出し、第1検波信号を出力する。第1発振器24は、例えば、数百kHz程度の第1周波数で発振する。
【0052】
図13及び図14は、第1検波回路18による検波の原理について説明するための図である。図13及び図14において、横軸は、原子セル12に入射する光の周波数であり、縦軸は、原子セル12を透過する光の透過率である。
【0053】
図13に示すように、発光素子10が出射する光の中心周波数が吸収の底である吸収帯の極小点よりも高い方にずれている場合、当該光に含まれる第1周波数fs1の正弦波のa,b,c,d,eの各点は、光検出素子14の出力では、それぞれ、a’,b’,c’,d’,e’の各点として現れるため、光検出素子14の出力信号にはfs1の周波数成分が多く含まれる。そのため、第1検波回路18は、光検出素子14の出力信号を、この出力信号と位相を揃えた第1発振器24の発振信号である、周波数がfs1の矩形波を用いて、a’,c’,e’の電圧を中心に半周期分にあたるc’~e’の信号の極性のみ反
転した後、フィルターで積分することで、電圧値が負極性の第1検波信号を出力する。
【0054】
図示はしないが、中心周波数が吸収帯の極小点よりも低い方にずれている場合は、第1検波回路18は、電圧値が正極性の第1検波信号を出力する。
【0055】
一方、図14に示すように、中心周波数が吸収帯の極小点に一致する時は、光検出素子14の出力信号には2fs1の周波数成分が多く含まれ、c’点を中心に信号の波形が左右対称に近くなる。そのため、第1検波回路18は、光検出素子14の出力信号を、この出力信号と位相を揃えた第1発振器24の発振信号である、周波数がfs1の矩形波を用いて、a’,c’,e’の電圧を中心に半周期分にあたるc’~e’の信号の極性のみ反転した後、フィルターで積分することで、電圧値がゼロとなる第1検波信号を出力する。すなわち、第1検波回路18が出力する第1検波信号の電圧値がゼロのとき、吸収の底を検出したことを示す。なお、この検波の原理は、光検出素子14の出力信号が1周期の整数倍でない場合にも適用可能である。
【0056】
中心周波数決定回路20は、第1の期間において、第1検波回路18が出力する第1検波信号に基づいて、次の第1の期間において発光素子10が原子セル12に照射する光の中心周波数を決定する。具体的には、中心周波数決定回路20は、第1検波回路18から出力される第1検波信号が吸収の底を検出したことを示すときに、中心周波数掃引回路22から出力される中心周波数情報を、第1の期間の終了時に記憶する。中心周波数情報は、発光素子10が出射する光の中心周波数の値を特定可能な情報であり、例えば、当該中心周波数の値そのものでもよいし、当該中心周波数の値に所定のオフセット値が加算された値でもよい。なお、中心周波数決定回路20は、1回目の第1の期間が開始する時には、中心周波数の初期値を特定可能な中心周波数情報を記憶している。
【0057】
中心周波数掃引回路22は、第1の期間において、中心周波数決定回路20が記憶する中心周波数情報に基づいて、発光素子10が出射する光の中心周波数の掃引範囲を決定し、駆動回路38の電流回路39に対する設定値を一定間隔で変更する。これにより、電流回路39が生成して発光素子10に供給するバイアス電流の電流値が一定間隔で変化し、発光素子10が出射する光の中心周波数が掃引される。例えば、中心周波数掃引回路22は、発光素子10が原子セル12に照射する光の中心周波数を、原子セル12に収容されている複数のアルカリ金属原子による光の吸収帯のドップラー幅に応じた幅で変化させることにより、中心周波数を掃引する。例えば、中心周波数掃引回路22が、光の中心周波数を変化させる幅は、ドップラー幅以上かつドップラー幅の2倍以下であってもよい。
【0058】
中心周波数掃引回路22には、第1発振器24の発振信号が入力される。中心周波数掃引回路22に入力される信号は、第1発振器24の発振信号であっても、第1発振器24から移相器等を経由して入力される信号であってもよい。中心周波数掃引回路22は、第1検波回路18による検波を可能とするために、第1発振器24の発振信号に同期した速度で光の中心周波数を変化させる。
【0059】
中心周波数掃引回路22は、中心周波数決定回路20が記憶する中心周波数情報によって特定される中心周波数の値から掃引幅の1/2の値を減算した値を掃引範囲の下限値とし、当該中心周波数の値に掃引幅の1/2の値を加算した値を掃引範囲の上限値として、中心周波数を掃引してもよい。すなわち、中心周波数情報によって特定される中心周波数の値が掃引範囲の中央の値となるようにしてもよい。中心周波数掃引回路22は、例えば、掃引範囲の下限値から上限値へと一定間隔で中心周波数を掃引してもよいし、掃引範囲の上限値から下限値へと一定間隔で中心周波数を掃引してもよい。第1の期間の途中に掃引範囲の上限値または下限値に達してもよいが、1つの第1の期間においては中心周波数が増加し続けるか、減少し続けるかのいずれかであることが好ましい。前述の通り、中心
周波数掃引回路22は、発光素子10が出射する光の中心周波数の値を特定可能な中心周波数情報を中心周波数決定回路20に出力する。
【0060】
なお、中心周波数決定回路20と中心周波数掃引回路22との機能分担は任意である。例えば、中心周波数決定回路20が決定する中心周波数情報に掃引範囲の上限値および下限値が含まれ、中心周波数掃引回路22は中心周波数情報に従って、駆動回路38の電流回路39に対する設定値を制御してもよい。中心周波数決定回路20または中心周波数掃引回路22は、光の中心周波数や掃引する周波数範囲に代えて、電流回路39に対する設定値を決定してもよい。
【0061】
また、中心周波数掃引回路22は、第2の期間において、駆動回路38の電流回路39に対する設定値を、第2の期間において生成されるバイアス電流を第1の期間において生成されるバイアス電流よりも小さくする所定値とする。本実施形態では、第2の期間において生成されるバイアス電流は、発光素子10を発光させるために必要なバイアス電流の閾値よりも小さい。すなわち、本実施形態では、第2の期間において、発光素子10は発光しない。また、1つの第1の期間においては中心周波数が増加し続けるか、減少し続けるかのいずれかである場合には、第1の期間と第2の期間とを合わせた期間と第1の周期とは同期していてもよい。
【0062】
第2検波回路26は、第1の期間において、電流電圧変換回路16が出力する検出信号を、第2発振器32が出力する第2発振信号を用いて検波することによって、原子セル12を透過した光の強度のピークを検出し、第2検波信号を出力する。第2発振器32は、例えば、数百kHz~数MHz程度の第2周波数で発振する。第2発振信号の周期は、第1の期間と同期しており、例えば、第2周波数の逆数の整数倍と第1の期間の長さとが一致してもよい。ただし、整数は1以上の整数である。そして、第2検波回路26が出力する第2検波信号の電圧値に応じて、電圧制御型水晶発振器28の発振周波数が微調整される。電圧制御型水晶発振器28は、例えば、数MHz~数十MHz程度で発振する。第1周波数と第2周波数とが異なることにより、光検出素子14の出力に基づく検出信号に対して、第1検波回路18による検波と第2検波回路26による検波を互いに独立して行うことができる。
【0063】
変調回路30は、第2検波回路26による検波を可能とするために、第2検波回路26に供給される上述の第2発振信号を変調信号として電圧制御型水晶発振器28の出力信号を変調する。変調回路30は、周波数混合器(ミキサー)、周波数変調(FM:Frequency Modulation)回路、振幅変調(AM:Amplitude Modulation)回路等により実現することができる。
【0064】
第1周波数変換回路34は、変調回路30の出力信号を、アルカリ金属原子の2つの基底準位間のエネルギー差ΔE12に相当する周波数ω12の1/2の周波数の信号に周波数変換して利得制御回路36に出力する。第1周波数変換回路34は、例えば、PLL(Phase Locked Loop)回路を用いて実現することができる。
【0065】
利得制御回路36は、第1周波数変換回路34の出力信号を増幅する。利得制御回路36は、例えば、AGC(Automatic Gain Control)回路を用いて実現することができる。
【0066】
駆動回路38は、電流回路39を含む。電流回路39は、中心周波数掃引回路22からの設定値に応じた電圧値のバイアス電流を生成する。前述の通り、第1の期間において、中心周波数掃引回路22からの設定値は一定間隔で変化するので、図12に示すように、設定値の変化に応じてバイアス電流も変化する。
【0067】
駆動回路38は、第1変調電流が重畳されたバイアス電流に、さらに、利得制御回路36の出力信号に基づく電流を重畳した駆動電流を生成し、発光素子10に出力する。図12に示すように、利得制御回路36の出力信号に基づく電流には、周波数がω12/2の高周波電流と第2発振器32の発振信号に基づく第2変調電流が含まれる。発光素子10は、第1の期間において、図5に示したような、バイアス電流に応じて中心周波数が変化し、かつ、高周波電流に応じた中心周波数との周波数差を有するサイドバンドを含む光を出射する。
【0068】
原子発振器100では、発光素子10、原子セル12、光検出素子14、電流電圧変換回路16、第2検波回路26、電圧制御型水晶発振器28、変調回路30、第1周波数変換回路34、利得制御回路36、および駆動回路38を通るフィードバックループにより、第1の期間において、発光素子10が出射する光に含まれる2つのサイドバンドが、原子セル12に収容されているアルカリ金属原子にEIT現象を発生させる共鳴光対となるように制御される。具体的には、フィードバックループにより、共鳴光対の周波数差が、アルカリ金属原子の2つの基底準位間のエネルギー差ΔE12に相当する周波数ω12と正確に一致するようにフィードバック制御がかかる。
【0069】
このように、原子発振器100は、第1の期間において、原子セル12に、中心周波数を変化させながら、かつ、サイドバンドの周波数を増加および減少させながら、発光素子10から光を照射させることによって、原子セル12に収容されている複数のアルカリ金属原子にEIT現象を発生させる。また、原子発振器100は、第2の期間において、原子セル12に入射する光の強度を第1の期間において原子セル12に入射した光の強度よりも減少させる。具体的には、原子発振器100は、第2の期間において、発光素子10を発光させないことによって、原子セル12への光の入射を停止する。そして、原子発振器100は、第1の期間と第2の期間とを繰り返すことによりラムゼー共鳴を発生させ、第2検波回路26によって、電流電圧変換回路16が出力する検出信号に現れるラムゼーフリンジのピークを検出する。第2の期間においては、原子セル12に光が入射しないことが好ましいが、ラムゼー共鳴を発生させることが可能な程度に強度が減少していれば、少量の光が入射してもよい。
【0070】
第2検波回路26による検波の原理は、前述の第1検波回路18による検波の原理と同様である。すなわち、発光素子10が出射する光に含まれる2つのサイドバンドの周波数差、すなわち共鳴光対の周波数差がω12よりも高い方にずれている場合、光検出素子14が出力する検出信号には第2周波数fs2の周波数成分が多く含まれ、第2検波回路26は、基準値よりも低い電圧値の第2検波信号を出力する。この第2検波信号が電圧制御型水晶発振器28に入力されて第2周波数fs2が低下する。また、共鳴光対の周波数差がω12よりも低い方にずれている場合は、第2検波回路26は、基準値よりも高い電圧値の第2検波信号を出力する。この第2検波信号が電圧制御型水晶発振器28に入力されて第2周波数fs2が上昇する。一方、共鳴光対の周波数差がω12と一致する時は、図12に示すように、光検出素子14が出力する検出信号には2fs2の周波数成分が多く含まれ、第2検波回路26は、電圧値が基準値となる第2検波信号を出力する。この第2検波信号は、原子セル12を透過した光の強度のピークを検出したことを示す。この第2検波信号が電圧制御型水晶発振器28に入力されて第2周波数fs2が維持される。このようにして、共鳴光対の周波数差がω12と正確に一致するようにフィードバック制御がかかる。
【0071】
このように、原子発振器100では、第1の期間において、アルカリ金属原子のEIT現象やラムゼー共鳴を利用し、フィードバックループに含まれる、第1周波数変換回路34の出力信号や電圧制御型水晶発振器28の出力信号が一定の周波数で安定する。
【0072】
第2周波数変換回路40は、電圧制御型水晶発振器28の出力信号を周波数変換し、所望の周波数、例えば10.00MHzのクロック信号を生成する。このクロック信号が外部出力される。第2周波数変換回路40は、例えば、DDS(Direct Digital Synthesizer)により実現することができる。
【0073】
なお、第2検波回路26は、第1の期間の終了時に第2検波信号の電圧値を保持し、次の第2の期間において、電圧制御型水晶発振器28は、保持された第2検波信号の電圧値に応じた一定の周波数で発振する。これにより、第2周波数変換回路40は、フィードバック制御がかからない第2の期間においても、所望の周波数のクロック信号を生成することができる。
【0074】
前述の通り、発光素子10が出射する光の1パルスの幅である第1の期間が短いほど鮮明なラムゼーフリンジが得られるが、発光素子10が出射する光の中心周波数の掃引速度は第1の期間の長さによって決まるため、鮮明なラムゼーフリンジを得るためには、中心周波数の掃引速度を大きくする必要が生じる。したがって、中心周波数の掃引範囲の幅は、発光素子10において実現可能な中心周波数の掃引速度と、得られるラムゼーフリンジとの兼ね合いで決定される。また、第2の期間が長いほど、ラムゼーフリンジは細くなるが、ラムゼーフリンジのピークは小さくなるため、例えば、クロック信号の周波数精度が最も高くなるように、第2の期間の長さが決定される。
【0075】
なお、発光素子10は、図1の光源1に対応する。また、原子セル12は、図1の原子セル2に対応する。また、光検出素子14及び電流電圧変換回路16は、図1の光検出器3に対応する。また、電流電圧変換回路16、第1検波回路18、中心周波数決定回路20、中心周波数掃引回路22、第1発振器24、第2検波回路26、電圧制御型水晶発振器28、変調回路30、第2発振器32、第1周波数変換回路34、利得制御回路36及び駆動回路38によって構成される回路は、図1の制御回路4に対応する。制御回路4に相当する各回路は、1つまたは複数の回路要素によって構成され、IC(Integrated Circuit)、MCU(Micro Control Unit)等を含んでもよい。
【0076】
図15は、原子発振器100の動作手順の一例を示すフローチャート図である。図15に示すように、原子発振器100は、電源がオンするまで待機し(ステップS100のN)、電源がオンすると(ステップS100のY)、原子セル12の温度が所望の温度で安定するまで待機する(ステップS200のN)。そして、原子セル12の温度が所望の温度で安定すると(ステップS200のY)、原子発振器100は、起動制御を行う(ステップS300)。
【0077】
原子発振器100は、起動制御を終了すると、次に、第1の期間の制御を行う(ステップS400)。原子発振器100は、第1の期間の制御を終了すると、次に、第2の期間の制御を行う(ステップS500)。そして、原子発振器100は、動作を終了しない場合は(ステップS600のN)、次の第1の期間の制御を行う(ステップS400)。以降、原子発振器100は、電源のオフ等によって動作を終了するまで(ステップS600のY)、第1の期間の制御(ステップS400)と第2の期間の制御(ステップS500)を繰り返し、これにより、ラムゼー共鳴を発生させる。
【0078】
図16は、図15のステップS300である起動制御の手順の一例を示すフローチャート図である。図16に示すように、原子発振器100は、起動制御において、まず、発光素子10が出射する光の中心周波数及びサイドバンド周波数を初期値に設定する(ステップS301)。例えば、これらの初期値は、原子セル12に収容されている複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底又はその近傍となる中心周波数の値、及び、EIT信号のS/N比がピーク又はその近傍となるサイドバンド周波数の値に設定される。例えば、原
子発振器100の設計上の中心周波数及びサイドバンド周波数の最適値や、複数の原子発振器100を評価して得られる複数の最適な中心周波数及びサイドバンド周波数の平均値又は中央値を初期値としてもよい。これらの初期値は、例えば、図11では図示しない不揮発性のメモリーに記憶される。そして、原子発振器100の電源がオンしたときに、中心周波数の初期値は、不揮発性メモリーから中心周波数決定回路20に転送されて中心周波数情報として記憶され、サイドバンド周波数の初期値は、不揮発性メモリーから第2検波回路26に転送されて第2検波信号の電圧値として保持される。
【0079】
次に、発光素子10がサイドバンドを含む光を出射し(ステップS302)、光検出素子14が原子セル12を透過した光を検出する(ステップS303)。
【0080】
次に、第1検波回路18が、光検出素子14が出力する電流を電流電圧変換回路16が電圧に変換した検出信号を検波する(ステップS304)。第1検波回路18は、吸収の底を検出するまで検波を続ける(ステップS305のN及びステップS304)。そして、第1検波回路18が吸収の底を検出すると(ステップS305のY)、中心周波数決定回路20が中心周波数情報として中心周波数の値を記憶する(ステップS306)。
【0081】
また、ステップS304~S306と並行して、第2検波回路26が、検出信号を検波することによって、透過光の強度のピークを検出する(ステップS307)。具体的には、第2検波回路26がEIT信号のピークを検出し、前述のフィードバックループにより、発光素子10が出射する光に含まれる2つのサイドバンドが共鳴光対となるように制御される。そして、原子発振器100は、起動制御を終了し、第1の期間の制御に移行する。
【0082】
図17は、図15のステップS400である第1の期間の制御の手順の一例を示すフローチャート図である。図17に示すように、第1の期間の制御において、まず、中心周波数掃引回路22が、光の中心周波数が中心周波数決定回路20に記憶される中心周波数情報に基づく掃引範囲の下限値又は上限値となるように、電流回路39を設定する(ステップS401)。
【0083】
次に、発光素子10がサイドバンドを含む光を出射し(ステップS402)、光検出素子14が原子セル12を透過した光を検出する(ステップS403)。
【0084】
次に、第1検波回路18が、光検出素子14が出力する電流を電流電圧変換回路16が電圧に変換した検出信号を検波する(ステップS404)。第1検波回路18が吸収の底を検出した場合は(ステップS405のY)、中心周波数決定回路20が中心周波数情報として中心周波数の値を記憶する(ステップS406)。第1検波回路18が吸収の底を検出しない場合は(ステップS405のN)、ステップS406を行わない。
【0085】
また、ステップS404~S406と並行して、第2検波回路26が、検出信号を検波することによって、透過光の強度のピークを検出する(ステップS407)。具体的には、第2検波回路26がEIT信号のピークを検出し、前述のフィードバックループにより、発光素子10が出射する光に含まれる2つのサイドバンドが共鳴光対となるように制御される。
【0086】
次に、中心周波数の掃引が終了していない場合は(ステップS408のN)、中心周波数掃引回路22が、電流回路39の設定を変更し(ステップS409)、発光素子10がサイドバンドを含む光を出射する(ステップS402)。これにより、発光素子10が出射する光の中心周波数が変化する。そして、原子発振器100は、ステップS403~S407を再び行う。
【0087】
原子発振器100は、中心周波数の掃引が終了するまで(ステップS408のN)、ステップS402~S409を行い、中心周波数の掃引が終了すると(ステップS408のY)、第2検波回路26が第2検波信号の電圧値を保持する(ステップS410)。そして、原子発振器100は、第1の期間の制御を終了し、第2の期間の制御に移行する。
【0088】
図18は、図15のステップS500である第2の期間の制御の手順の一例を示すフローチャート図である。図18に示すように、第2の期間の制御において、中心周波数掃引回路22が、バイアス電流が閾値よりも小さくなるように電流回路39を設定する(ステップS501)。
【0089】
次に、発光素子10が光の出射を停止する(ステップS502)。そして、第2の期間の制御を開始してから所定時間が経過するまで(ステップS503のN)、発光素子10が光の出射を停止し(ステップS502)、所定時間が経過すると(ステップS503のY)、原子発振器100は、第2の期間の制御を終了する。
【0090】
以上に説明した本実施形態の原子発振器100によれば、本実施形態の共鳴発生方法を利用するので、前述の通り、ラムゼーフリンジのピーク周波数が変動するおそれを低減し、かつ、ラムゼー共鳴を安定して発生させることができる。
【0091】
また、本実施形態の原子発振器100では、第1の期間において原子セル12に光を照射し、第2の期間において原子セル12への光の照射を停止することでラムゼー共鳴が発生するので、原子セル12に収容されている複数のアルカリ金属原子は、光の照射範囲を出入りする必要はなく、光の照射範囲内に留まっていてもよい。そのため、本実施形態の原子発振器100によれば、原子セル12の断面を光の照射範囲と同程度の大きさにすることができるので、原子セル12を小型化することができる。
【0092】
また、本実施形態の原子発振器100によれば、ラムゼー共鳴に伴って生じるQ値の高いラムゼーフリンジのピーク周波数を検出し、極めて高い周波数精度を実現することができる。
【0093】
3.変形例
本発明は本実施形態に限定されず、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。
【0094】
上記の実施形態では、第2の期間において光源1又は発光素子10が出射する光の強度を第1の期間よりも減少させることにより、第2の期間において原子セル2又は原子セル12に入射する光の強度を第1の期間よりも減少させている。これに代えて、光源1又は発光素子10の出力側にシャッターを設け、第1の期間ではシャッターを開いて原子セル2又は原子セル12に光を照射し、第2の期間ではシャッターを閉じて原子セル2又は原子セル12に光を照射しないようにすることにより、第2の期間において原子セル2又は原子セル12に入射する光の強度を第1の期間よりも減少させてもよい。
【0095】
また、上記の実施形態では、光源1又は発光素子10が出射する光の中心周波数を変化させることにより、原子セル2又は原子セル12に入射する光の中心周波数を変化させている。これに代えて、光源1又は発光素子10が出射する光の中心周波数を固定し、当該光を音響光学変調器(AOM:Acousto-Optic Modulator)等の変調器に入射させ、当該変調器を制御することにより、原子セル2又は原子セル12に入射する光の中心周波数を変化させてもよい。
【0096】
また、上記の実施形態では、光源1又は発光素子10が出射する光が2つのサイドバンドを含み、当該2つのサイドバンドが共鳴光対となるように制御している。これに代えて、光源1又は発光素子10が出射する光の中心周波数と2つのサイドバンドのうちの一方とが共鳴光対となるように制御してもよい。あるいは、2つの光源を用い、共鳴光対の一方の共鳴光を第1の光源が出射し、共鳴光対の他方の共鳴光を第2の光源が出射するように、第1の光源及び第2の光源の少なくとも一方を制御してもよい。
【0097】
また、本実施形態の共鳴発生方法を利用した原子発振器100を例に挙げたが、本実施形態の共鳴発生方法は、共鳴光対によって原子にEIT現象を発生させる様々な量子干渉装置に応用することができる。例えば、原子発振器100と同様の構成により、原子セル12の周辺の磁場の変化に追従して電圧制御型水晶発振器28の発振周波数が変化するため、原子セル12の近傍に磁気測定対象物を配置することで磁気センサーを実現することができる。また、例えば、原子発振器100と同様の構成により、アルカリ金属原子に極めて安定したコヒーレンスを生成することができるので、原子セル12に入射する共鳴光対を取り出すことで、量子コンピュータ、量子メモリー、量子暗号システム等の量子情報機器に用いる光源を実現することもできる。
【0098】
上述した実施形態および変形例は一例であって、これらに限定されるわけではない。例えば、各実施形態および各変形例を適宜組み合わせることも可能である。
【0099】
本発明は、実施の形態で説明した構成と実質的に同一の構成、例えば、機能、方法及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【0100】
上述した実施形態および変形例から以下の内容が導き出される。
【0101】
共鳴発生方法の一態様は、第1の期間において、複数のアルカリ金属原子が収容され、内壁に炭化水素の膜が配置された原子セルに、中心周波数を変化させながら光を照射することによって、前記複数のアルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発生させることと、前記第1の期間において、前記原子セルを透過した光を検出することによって検出信号を得ることと、前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底を検出することと、前記第1の期間において、前記吸収の底を検出した結果に基づいて、次の第1の期間において前記原子セルに照射する光の中心周波数を決定することと、第2の期間において、前記原子セルに入射する光の強度を前記第1の期間において前記原子セルに入射した光の強度よりも減少させることと、前記第1の期間と前記第2の期間とを繰り返すことによってラムゼー共鳴を発生させることと、を含む。
【0102】
この共鳴発生方法によれば、内壁に炭化水素の膜が配置された原子セルを用いることにより、原子セルにバッファーガスを封入する必要がないのでバッファーガスシフトが起こらず、ラムゼー共鳴に伴って生じるラムゼーフリンジのピーク周波数が変動するおそれが低減される。
【0103】
また、この共鳴発生方法によれば、第2の期間において生じたノイズ等の何らかの要因によって、第1の期間において決定した中心周波数がずれても、次の第1の期間において、原子セルに中心周波数を変化させながら光を照射することによって、複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底を検出することができるので、ラムゼー共鳴を安定して発生さ
せることができる。
【0104】
前記共鳴発生方法の一態様は、前記第2の期間において、前記原子セルへの光の入射を停止してもよい。
【0105】
この共鳴発生方法によれば、ラムゼー共鳴の発生に寄与するアルカリ金属原子の数が増えるので、ラムゼー共鳴をより安定して発生させることができる。
【0106】
前記共鳴発生方法の一態様は、前記第1の期間において、前記原子セルに照射する前記光の中心周波数を、前記複数のアルカリ金属原子による光の吸収帯のドップラー幅に応じた幅で変化させてもよい。
【0107】
この共鳴発生方法によれば、光の吸収帯のドップラー幅に応じた所望の幅で中心周波数を変化させることで、より確実に光の吸収の底を検出することができるので、ラムゼー共鳴をより安定して発生させることができる。
【0108】
前記共鳴発生方法の一態様において、前記光の中心周波数を変化させる幅は、前記ドップラー幅以上かつ前記ドップラー幅の2倍以下であってもよい。
【0109】
この共鳴発生方法によれば、光の吸収帯のドップラー幅以上の幅で中心周波数を変化させることで、より確実に光の吸収の底を検出することができ、光の吸収帯のドップラー幅の2倍以下の幅で中心周波数を変化させることで、実現可能な速度で中心周波数を変化させることができる。
【0110】
前記共鳴発生方法の一態様は、前記第1の期間において前記原子セルに照射する前記光はサイドバンドを含み、前記第1の期間において、前記原子セルに、前記サイドバンドの周波数を増加および減少させながら前記光を照射することと、前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記原子セルを透過した光の強度のピークを検出することと、をさらに含んでもよい。
【0111】
この共鳴発生方法によれば、ラムゼー共鳴に伴って生じるQ値の高いラムゼーフリンジのピーク周波数を検出することができるので、この共鳴発生方法を適用することによって、例えば、周波数精度が極めて高い原子発振器を実現することができる。
【0112】
原子発振器の一態様は、光源と、複数のアルカリ金属原子が収容され、内壁に炭化水素の膜が配置された原子セルと、光検出器と、制御回路と、を含み、前記制御回路は、第1の期間において、前記原子セルに、中心周波数を変化させながら、かつ、サイドバンドの周波数を増加および減少させながら、前記光源から光を照射させることによって、前記複数のアルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発生させ、第2の期間において、前記原子セルに入射する光の強度を前記第1の期間において前記原子セルに入射した光の強度よりも減少させ、前記光検出器は、前記第1の期間において、前記原子セルを透過した光を検出することによって検出信号を出力し、前記制御回路は、前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底を検出し、前記吸収の底を検出した結果に基づいて、次の第1の期間において前記原子セルに照射する光の中心周波数を決定し、前記第1の期間において、前記検出信号を検波することによって、前記原子セルを透過した光の強度のピークを検出し、前記第1の期間と前記第2の期間とを繰り返すことによってラムゼー共鳴を発生させる。
【0113】
この原子発振器によれば、内壁に炭化水素の膜が配置された原子セルを用いることにより、原子セルにバッファーガスを封入する必要がないのでバッファーガスシフトが起こら
ず、ラムゼー共鳴に伴って生じるラムゼーフリンジのピーク周波数が変動するおそれが低減される。
【0114】
また、この原子発振器によれば、第2の期間において生じたノイズ等の何らかの要因によって、第1の期間において決定した中心周波数がずれても、次の第1の期間において、原子セルに中心周波数を変化させながら光を照射することによって、複数のアルカリ金属原子による光の吸収の底を検出することができるので、ラムゼー共鳴を安定して発生させることができる。
【0115】
さらに、この原子発振器によれば、ラムゼー共鳴に伴って生じるQ値の高いラムゼーフリンジのピーク周波数を検出することができるので、極めて高い周波数精度を実現することができる。
【符号の説明】
【0116】
1…光源、2…原子セル、3…光検出器、4…制御回路、10…発光素子、12…原子セル、14…光検出素子、16…電流電圧変換回路、18…第1検波回路、20…中心周波数決定回路、22…中心周波数掃引回路、24…第1発振器、26…第2検波回路、28…電圧制御型水晶発振器、30…変調回路、32…第2発振器、34…第1周波数変換回路、36…利得制御回路、38…駆動回路、40…第2周波数変換回路、100…原子発振器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図14
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