(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】光ファイバセンサ、及び検知方法
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20240228BHJP
G01H 9/00 20060101ALI20240228BHJP
E01C 23/01 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
G01H9/00 E
E01C23/01
(21)【出願番号】P 2022545000
(86)(22)【出願日】2020-08-27
(86)【国際出願番号】 JP2020032366
(87)【国際公開番号】W WO2022044203
(87)【国際公開日】2022-03-03
【審査請求日】2023-01-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109313
【氏名又は名称】机 昌彦
(74)【代理人】
【識別番号】100149618
【氏名又は名称】北嶋 啓至
(72)【発明者】
【氏名】松田 侑真
(72)【発明者】
【氏名】樋野 智之
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-229070(JP,A)
【文献】国際公開第2020/044565(WO,A1)
【文献】特開2010-169465(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2002/0198669(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 99/00
G01H 9/00
E01C 23/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の近くを物体が通過することによって発生する前記構造物の振動情報を収集し、
収集した前記振動情報からスペクトル重心を導出し、
前記スペクトル重心がある閾値を越えた場合に、前記構造物の異常として検知を行う、
検知方法。
【請求項2】
前記物体は、前記構造物の表面近傍を通過する、気体、液体、又は固体のいずれかである、
請求項1に記載の検知方法。
【請求項3】
前記構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバと、前記光ファイバへ特定周期のパルス光を導入する光源と、を用い、
前記構造物の近くを物体が通過することによって発生する振動情報は、前記光源から前記光ファイバへ導入されたパルス光に対応する戻り光の形態で、収集される、
請求項1又は2に記載の検知方法。
【請求項4】
前記構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバには、お互いに離間して複数の観測点が設定され、
前記複数の観測点のうちの一つの観測点と、この一つの観測点に近接する1または複数の観測点の全てにおいてスペクトル重心がある閾値を越えた場合に、前記構造物の異常として検知を行う、
請求項3に記載の検知方法。
【請求項5】
前記構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバには、お互いに離間して複数の観測点が設定され、
前記複数の観測点のうちの一つの観測点における判断と、この一つの観測点から検知に関する最小の空間分解能だけ離れた1または複数の観測点における判断との全てにおいて構造物の異常が認められたときに、構造物の異常として検知を行う、
請求項3に記載の検知方法。
【請求項6】
前記ある閾値は、ある一定期間の蓄積されたスペクトル重心データから求められた中央値と中央絶対偏差から導出される、
請求項1乃至請求項5のいずれか一項に記載の検知方法。
【請求項7】
ある一定期間のスペクトル重心データの移動平均を求め、スペクトル重心と移動平均の差が閾値を超えた場合に構造物の異常を検知する、
請求項1乃至請求項6のいずれか一項に記載の検知方法。
【請求項8】
前記ある閾値が最小閾値よりも小さかった場合には、前記ある閾値をその値に変更する、
請求項1乃至請求項7のいずれか一項に記載の検知方法。
【請求項9】
構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバと、前記光ファイバに特定周期のパルス光を導入する光源と、前記パルス光を前記光ファイバに導入したことにより得られる戻り光を検出する光センサと、を含み、
振動情報のスペクトル重心がある閾値を超えた場合に前記構造物に異常があると判断することを特徴とする、
光ファイバセンサ。
【請求項10】
観測点での判断及び前記光センサが有する最小の空間分解能だけ前記観測点から離れた1または複数の近傍点における判断のすべてが異常ありである場合に、前記観測点の近傍の前記構造物に異常があると判断する異常判断部を有する、
請求項9に記載の光ファイバセンサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ファイバセンサ、及び検知方法に関し、特に構造物の異常を検出する、光ファイバセンサ、及び検知方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラントやインフラストラクチャなどの、大規模な構造物や長大な構造物に対する広範囲の異常検知においては、長距離を連続的に監視可能な光ファイバセンシングが有用である。特許文献1は光ファイバセンサに関するものであり、傾斜面の変形、崩壊などを光ファイバの変形や破断などに変えて観測することが提案されている。特許文献2はコンクリートの健全度判定方法に関するものであり、コンクリートに打撃を加えたときの打撃音の伝播などからコンクリートの健全度を判定することが提案されている。
【0003】
プラントやインフラストラクチャの一例として道路を想定し、道路に対する長距離で広範囲の異常検知を想定する。道路の経時変化によって、道路の表面にポットホールが形成されることが知られている。長距離で広範囲の道路に対するポットホールの探索は、自動車で道路を探索者が巡回し、探索者の目視で行われているため、時間やコストがかかる。
【0004】
光ファイバセンシングによって、このようなポットホールの探索を行うことが実現されると、時間とコストが抑制されて有益である。
【0005】
次に、光ファイバセンシングを用いた、想定される背景技術のポットホールの探索について説明する。光ファイバセンシングは例えば、探索対象となる構造物の近傍に張り巡らされた光ファイバへ光源から特定周期のパルス光を導入し、このパルス光を光ファイバに導入したことにより得られる戻り光を検出することにより、行われる。戻り光の波形の時間変化から振動の有無及び強度を観測することにより、張り巡らせた光ファイバの特定の位置と、その位置での構造物の振動情報を収集することができる。
【0006】
図13は、想定される背景技術の光ファイバセンシングによるポットホールの探索方法を説明するための概念図である。
図13では、構造物の一例としての道路に沿って光ファイバ151が布設されており、光ファイバ151からの振動情報を収集するセンシング装置152が光ファイバ151に接続されている。光ファイバ151は道路150の長手方向に沿って布設されており、センシング装置152は、光ファイバ151の任意の位置からの、道路150の振動情報を収集できるものとする。
図13では一例として、道路150に一か所のポットホール150pが形成されている状態を示している。ポットホール150pの最寄りの光ファイバの観測点をAとし、この観測点Aから十分に離れた観測点であって近くにポットホールが存在しない観測点をBとする。
【0007】
道路150の長手方向に沿って、例えば自動車155が通行した場合、背景技術の光ファイバセンシングでは、観測点A、観測点Bなどの観測点で、自動車が付近を通行したことによって引き起こされる振動情報が収集される。この振動情報は例えば、時間(時刻)に対する振動の強度として、収集される。
【0008】
図14は、光ファイバの観測点Bにおける、時間(時刻)に対する振動の強度の一例、及び光ファイバの観測点Aにおける、時間(時刻)に対する振動の強度の一例を示すグラフである。
図14の横軸は経過時間(時刻)を示し、縦軸は観測される振動の強度を示す。
図14の上図と下図は、計測された振動による干渉光の強度値をグラフ化している。
【0009】
図14から理解されることは、観測点の振動強度のピークの値やその時刻から直接的には、ポットホールの探索ができないということである。すなわち
図14では、
図13のポットホール150pが近くに存在している、観測点Aの振動情報での振動強度のピークの値よりも、ポットホールが近くに存在しない、観測点Bの振動情報での振動強度のピークの値が大きい。また、観測点Aの振動情報での振動強度のピークの値よりも大きいピークが、
図14の上図では複数観測されている。このため、振動強度に閾値を設定して、この閾値を振動強度のピークの値が上回ったことを以って、ポットホールの位置を特定することができるものではなく、またこの閾値を振動強度のピークの値が上回った箇所の数から道路に存在しているポットホールの数を特定することができるものでもない、ことが理解される。
【0010】
このため時間(時刻)に対する振動の強度を以って、ポットホールの探索のような、異常の検知を行うと、検知の精度が低下するという課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2001-099755号公報
【文献】特開2001-311724号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述した背景技術の光ファイバセンシングによる分析手法では、異常の切り分けが行えず、異常を検知することができない、という課題がある。
【0013】
図14の上図に見られる複数のピークは、
図14の下図の観測点Aの振動情報での振動強度のピークの値よりも大きいピークであるが、ポットホールがない道路150を自動車155が通過しても発生する、突発的な振動によるものと考えられる。このため背景技術の光ファイバセンシングでは、センサデータ全体から統計処理による、ポットホールが存在することに起因する振動と、ポットホールが存在しないにもかかわらず突発的に発生した振動との切り分けができない、という課題がある。
【0014】
道路150を自動車155が通行した際に観測される、発生振動の強度は、ポットホールの有無に関係しない。このため、発生振動の強度値によって、ポットホールを探索することができるものではなく、ポットホールの位置を特定することができない、という課題がある。
【0015】
ポットホールが形成されている道路を自動車が通過したときに発生する振動について、別の観点の振動情報として、振動の周波数分布から判定できるかどうかをここで説明する。
図5Aは、ポットホールが形成されている道路を自動車が通過したときに発生する振動について、周波数分布の一例を示すグラフである。
図5Aの横軸は、振動の周波数を示し、縦軸は振動のその周波数における振幅を示す。
図5Aから理解されるのは、
図5Aの下図の閉曲線で囲んだ範囲に示すように、周波数分布のピークはなだらかに変化しており、図示されている周波数範囲に渡って特定のピークを持っていないことである。このため、ポットホールが形成されている道路を自動車が通過したときに発生する振動が、特定の周波数を持っていると言うことはできない。その結果、特定の周波数の振動の検出からポットホールを探索することはできず、ポットホールの位置を特定することはできない、という課題がある。
【0016】
したがって本発明の目的は、振動情報から高精度に構造物の異常を検出することができるようにした、光ファイバセンサ、及び検知方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上述した目的を達成するため、本発明の光ファイバセンサは、
構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバと、上記光ファイバに特定周期のパルス光を導入する光源と、上記パルス光を上記光ファイバに導入したことにより得られる戻り光を検出する光センサと、を含み、
振動情報のスペクトル重心がある閾値を超えた場合に、上記構造物に異常があると判断する。
【0018】
本発明の検知方法は、
構造物の近くを物体が通過することによって発生する上記構造物の振動情報を収集し、
収集した上記振動情報からスペクトル重心を導出し、
上記スペクトル重心がある閾値を越えた場合に、上記構造物の異常として検知を行う。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、振動情報から高精度に構造物の異常を検出することができるようにした、光ファイバセンサ、及び検知方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の上位概念による実施形態の光ファイバセンサを説明するためのブロック図である。
【
図2】本発明の第1実施形態の光ファイバセンサを説明するためのブロック図である。
【
図3A】本発明の第1実施形態の光ファイバセンサの動作を説明するためのフローチャートである。
【
図3B】本発明の第1実施形態の光ファイバセンサの動作を説明するためのフローチャートである。
【
図3C】本発明の第1実施形態の光ファイバセンサの動作を説明するためのフローチャートである。
【
図3D】本発明の第2実施形態の光ファイバセンサの動作を説明するためのフローチャートである。
【
図4】光ファイバセンサを用いた光ファイバセンサシステムの設置例を説明するための概念図である。
【
図5A】ポットホールが形成されている道路を自動車が通過したときに発生する振動について、周波数分布の一例を示すグラフである。
【
図5B】ポットホールがない道路を自動車が通過したときに発生する振動について、周波数分布の一例を示すグラフである。
【
図5C】ポットホールがある道路を自動車が通過したときに発生する振動について、周波数分布の一例を示すグラフである。
【
図6】計測振動の周波数分布の一例を示すグラフである。
【
図7】
図6の計測振動の周波数分布に対応する、微小時間毎に計測振動の周波数分布のスペクトル重心を示すグラフである。
【
図8】
図7の周波数分布のスペクトル重心に、その線形加重移動平均を重ねて表示するグラフである。
【
図9】
図8のグラフに関し、線形加重移動平均と元のスペクトル重心との差分から求められる移動平均差分を示すグラフである。
【
図10】Hampel Identifierによる、閾値の補正を説明するためのグラフである。
【
図11】本発明の実施形態の光ファイバセンサシステムの設置例を説明するための概念図である。
【
図12】観測点A、及び観測点Bの計測結果の一例を示すグラフである。
【
図13】背景技術の、光ファイバセンサを用いた光ファイバセンサシステムの設置例を説明するための概念図である。
【
図14】観測Bでの、背景技術の光ファイバセンサシステムの計測データの一例、及び測定点Aでの、背景技術の光ファイバセンサシステムの計測データの一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の具体的な実施形態について説明する前に、本発明の上位概念による実施形態について説明する。
図1は、本発明の上位概念による実施形態の光ファイバセンサを説明するためのブロック図である。
図4は、
図1の光ファイバセンサが適用される、本発明の実施形態の光ファイバセンサシステムを説明するための概念図である。
【0022】
図4の光ファイバセンサシステムは、構造物の一例としての道路に、道路の長手方向に沿って布設された光ファイバ51と、この光ファイバ51に接続されるセンシング装置52とを、含む。センシング装置52は、
図1の光ファイバセンサを含む。
図1の光ファイバセンサは、振動情報収集手段11と、重心導出手段12と、異常検知手段13と、を含む。
【0023】
振動情報収集手段11は、構造物の振動情報を収集する。特に、構造物の近傍を物体が通過することによって発生する、上記構造物の振動情報を収集する。この振動情報は、センシング装置52が光ファイバ51に導入するパルス光、及びこのパルス光を光ファイバ51に導入したことにより得られる戻り光を検出することにより、行われる。戻り光の波形の時間変化から、振動の有無及び強度を観測し、光ファイバ51の特定の位置と、その位置での構造物の振動情報を収集することができる。
【0024】
重心導出手段12は、収集した上記振動情報からスペクトル重心を導出する。異常検知手段13は、導出した上記スペクトル重心がある閾値を越えた場合に、上記構造物の異常として検知を行う。
【0025】
構造物の異常の検知の一例として、道路に形成されたポットホールの検知について、説明する。後述する具体的な実施形態で詳細に説明するように、ポットホールが形成されている道路を自動車が通過したときに発生する振動は、ポットホールが存在しない道路を自動車が通過したときに発生する振動と比べて、周波数分布の形状がより広い周波数の範囲に渡って大きく変化する傾向がある。
【0026】
図1の光ファイバセンサは、構造物の一例としての道路を自動車が通過することによって発生する、道路の振動情報を収集する。こうして収集した振動情報から、スペクトル重心を導出する。さらに導出されたスペクトル重心がある閾値を越えた場合に、構造物の異常、ここでは道路にポットホールが形成されていること、として検知する。
【0027】
これにより本実施形態の光ファイバセンサでは、構造物の異常を高精度に検知することができ、その一例として道路に形成されたポットホールを高精度に探索することができる。以下、より具体的な実施形態について説明する。
【0028】
[第1実施形態]
本発明の第1実施形態の光ファイバセンサ、検知方法、及び光ファイバセンサシステムについて、図面を参照しながら詳細に説明する。
図2は、本発明の第1実施形態による実施形態の光ファイバセンサを説明するためのブロック図である。
【0029】
(実施形態の構成)
図2の光ファイバセンサは、データ算出部1と、周波数導出部2と、重心導出部3と、メモリ4と、異常判断部5と、移動平均差分導出部6と、最小閾値導出部7と、閾値導出部8、とを含む。
【0030】
図4の光ファイバセンサシステムは、構造物の一例としての道路に、道路の長手方向に沿って布設された光ファイバ51と、この光ファイバ51に接続されるセンシング装置52とを、含む。センシング装置52は、探索対象となる構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバ51へ光源から特定周期のパルス光を導入し、このパルス光を光ファイバ51に導入したことにより得られる戻り光を検出することにより、構造物の振動情報を収集する。戻り光の波形の時間変化から振動の有無及び強度を観測して、張り巡らせた光ファイバ51の特定の位置と、その位置での構造物の振動情報を収集することができる。
図4の光ファイバセンサシステムでは、光ファイバ51の長手方向に沿った任意の位置に測定点を設定することでき、この測定点において構造物の振動情報を収集することができる。
【0031】
本実施形態の光ファイバセンサのデータ算出部1は、上記張り巡らせた光ファイバ51の特定の位置と、その位置での構造物の振動情報を収集する。さらに、光ファイバセンサの周波数導出部2は、データ算出部1が収集した構造物の振動情報から周波数情報を導出する。
【0032】
重心導出部3は、観測点の計測振動の周波数分布から、スペクトル重心を微小時間毎に導出する。周波数k Hzにおける計測振動の振幅をMt[k]とするとき、スペクトル重心Ctは次の数式で表される。
【0033】
【0034】
構造物に異常が発生、例えば道路にポットホールが形成されている場合には、スペクトル重心が変化する。
【0035】
上述した特許文献2の、コンクリートの健全度判定方法では、コンクリートにひび割れが生じると、ひび割れによる剛性低下のため周波数重心が低周波数側に移動する。特許文献2では、この周波数重心が低周波数側に移動することを検知することで、コンクリートの異常を検知する。
【0036】
これに対して構造物に異常が発生、例えば道路にポットホールが形成されている場合には、周波数重心が高周波数側に移動する特性がある。本発明の実施形態では、この周波数重心が高周波数側に移動する特性を検知することによって、構造物の異常を発見する。
【0037】
自動車が道路を走行する際には、振動が発生する。ポットホール上を通過する際には、ポットホールが有する段差により衝撃が発生し、ポットホールのない正常な道路を走行する際に発生する振動よりも高い周波数成分を有する振動となる。この振動を多点で連続的に計測できる光ファイバで観測することにより、異常を検知できる。その際、複数点で観測された振動情報を参考にしたときには、誤報を減らして異常を検知できる。
【0038】
メモリ4は、スペクトル重心の値を一定時間分蓄積する。スペクトル重心の変化の移動平均を求めるために、一定時間分(ポットホール上を車両が通過した際に発生する振動の発生から収束までにかかる時間よりも大きな時間)のスペクトル重心の値を用いる必要がある。この一定時間分蓄積されたスペクトル重心の値から、スペクトル重心の変化の移動平均を求めることができる。
【0039】
異常判断部5は、計測点での判断が「異常あり」である場合に、計測点の近傍の構造物に異常があると判断する。好ましくは、一つの計測点、及び本実施形態の光ファイバセンサが有する最小の空間分解能だけ計測点から離れた1または複数の近傍点における判断のすべてが「異常あり」である場合に、上記一つの計測点の近傍の構造物に異常があると判断する。
【0040】
移動平均差分導出部6は、重心導出部3が導出したスペクトル重心について線形加重移動平均を求める。線形加重移動平均xs、tは次の数式で表される。
【0041】
【0042】
この線形加重移動平均と元のスペクトル重心との差分から、移動平均差分を求める。
図9の下図は、この移動平均差分を示している。この移動平均差分を考慮すると、
図9の上図の円で囲んだピークは、スペクトル重心における時間依存の変化によるピークであり、構造物の異常に起因するピークではない。このように線形加重移動平均を考慮することにより、スペクトル重心における時間依存の緩やかな変化の影響を排除する。この移動平均差分は、ポットホールの有無の検知に用いられる。
【0043】
閾値導出部8は、Hampel Identifier(Hampel識別子)を少し変形させて閾値を導出する。さらにこうして導出した閾値と、一定の閾値とを構造物の異常検出の際に併用する。
【0044】
Hampel Identifierは、外れ値を検出する閾値を導出する方法である。データが正規分布に従うものとして、平均値と標準偏差をそれぞれロバストな統計量に置き換える。具体的には、平均値を中央値に置き換え、標準偏差を中央絶対偏差の1.4826倍に置き換える。なおここで「1.4826」とは、正規分布に従うデータのときに、標準偏差に等しくなるよう補正するための係数である。
【0045】
本実施形態では、閾値、中央絶対偏差を次のように定める。
閾値; 中央値±3.7×1.4826×中央絶対偏差
中央絶対偏差: |ある時間の値-中央値|の中央値
なお本来、Hampel Identifierでは上記閾値の式中の「3.7」ではなく「3」を使用するが、本実施形態では「3」より大きな値である「3.7」を使用する。このように本実施形態ではHampel Identifier(Hampel識別子)を少し変形させて閾値を導出する。
【0046】
最小閾値導出部7は、あらかじめ異常のない状態において計測されたスペクトル重心の変動のうち、最大値よりもわずかに大きい最小閾値を求める。環境ノイズが小さい場合、閾値が小さくなり誤報を生じやすい。最小閾値導出部7は、このような誤報を生じさせないように、最小閾値を決定しておく。最小閾値導出部7は、
図10の点線で示す閾値を、実線で示す値に上昇させてこれを最小閾値として決定する。
【0047】
(実施形態の動作)
次に、
図3A~
図3Cのフローチャートを参照して、本実施形態の光ファイバセンサの動作、本実施形態の検知方法について説明する。まず、構造物の異常のない状態で、例えば
図4の道路50にポットホール50pがない状態で最小閾値導出部7が最小閾値αを導出する(S1)。次にデータ算出部1が、ある観測点における現在の振動データを取得する(S2)。次に周波数導出部2が、取得した振動データを周波数変換し(S3)、周波数に対する振幅スペクトルのデータを生成する。こうして
図6に示すような、計測振動の周波数分布を得る。
図6は周波数のグラフであるが、縦軸は対数表記としている。次に重心導出部3が、スペクトル重心を導出する(S4)。重心導出部3は、
図6に示すような計測振動の周波数分布から、
図7に示すような時間毎のスペクトル重心を導出する。
図7の縦軸は、重心位置を表す。なお
図6の縦軸は対数表記であり、
図7の導出には対数をとる前の値を使用しているため、
図6から予想されるスペクトル重心の値とずれている。メモリ4にこの時間毎のスペクトル重心のデータを蓄積する(S5)。次に移動平均差分導出部6が、過去の時間毎のスペクトル重心のデータと合わせて時間毎のスペクトル重心のデータについて移動平均を導出する(S6)。
図8には、時間毎のスペクトル重心のデータと、線形加重移動平均のデータを重ねて表示している。次に移動平均差分導出部6が、スペクトル重心と移動平均の差βを導出する(S7)。次に閾値導出部8が、中央値と中央絶対偏差から閾値γを導出する(S8)。次に異常判断部5が、閾値γが最小閾値αより小さいか判断する(S9)。閾値γが最小閾値αより小さくないとき(S9のNo)は、S11に進む。閾値γが最小閾値αより小さいときは、閾値γの値を最小閾値αに変更(S10)した後で、S11に進む。
【0048】
次に異常判断部5が、スペクトル重心と移動平均の差βを閾値γと比較する。この比較は、時間的に連続して常時行う。比較の結果、スペクトル重心と移動平均の差βが閾値γ未満のとき(S11のNo)は、不要データとみなして不要データを削除(S12)し、S2に戻る。比較の結果、スペクトル重心と移動平均の差βが閾値γ以上のときはこの観測点について構造物の異常の可能性がある。S11の判定結果を以って、構造物の異常ありと推定する。なおスペクトル重心と移動平均の差βが閾値γ以上のときに、工程簡略化のため不要データか否かの判定を省略して、構造物の異常ありと推定することもできる。
【0049】
(実施形態の効果)
本実施形態の光ファイバセンサによれば、構造物の一例としての道路を自動車が通過することによって発生する、道路の振動情報を収集する。こうして収集した振動情報から、スペクトル重心を導出する。さらに導出されたスペクトル重心がある閾値を越えた場合に、構造物の異常、ここでは道路にポットホールが形成されていること、として検知する。
【0050】
また好ましくは、導出されたスペクトル重心について線形加重移動平均を求め、この線形加重移動平均と元のスペクトル重心との差分から、移動平均差分を求める。このように線形加重移動平均を考慮することにより、スペクトル重心における時間依存の緩やかな変化の影響を排除して、構造物の異常の検出精度を向上させる。
【0051】
また好ましくは、構造物の異常の検出に用いる閾値に関して、中央値と中央絶対偏差から閾値を導出することにより、振動情報の外れ値に対してロバスト化を実現する。
【0052】
また好ましくは、最小閾値を導入して、環境ノイズ耐性を向上させる。
【0053】
これにより本実施形態の光ファイバセンサでは、構造物の異常を高精度に検知することができ、構造物の異常の一例として道路に形成されたポットホールを高精度に探索することができる。
【0054】
[第2実施形態]
本発明の第2実施形態の光ファイバセンサ、検知方法、及び光ファイバセンサシステムについて、図面を参照しながら詳細に説明する。
図11は、本発明の第2実施形態による実施形態の光ファイバセンサを説明するためのブロック図である。本実施形態は、第1実施形態の光ファイバセンサ、及び光ファイバセンサシステムと同様な構成を用いる。
【0055】
(実施形態の動作)
本実施形態の光ファイバセンサの動作、本実施形態の検知方法について説明する。上述した第1実施形態と同様に、
図3A及び
図3Bのフローチャートに示す、S1~S9、或いはS1~S10を実行する。これに続いて、
図3DのS11に進む。
【0056】
次に異常判断部5が、スペクトル重心と移動平均の差βを閾値γと比較する。比較の結果、スペクトル重心と移動平均の差βが閾値γ未満のとき(S11のNo)は、不要データとみなして不要データを削除(S12)し、S2に戻る。比較の結果、スペクトル重心と移動平均の差βが閾値γ以上のとき(S11のYes)はS13に進む。
【0057】
次に、上記ある観測点に関する近傍の観測点に対しても、スペクトル重心と移動平均の差βを閾値γとを比較する。上記ある観測点に関する近傍の観測点においても、スペクトル重心と移動平均の差βが閾値γ以上のとき(S13のYes)は、構造物の異常ありと推定する。
【0058】
例えば
図11に示すような、光ファイバセンサシステムを想定する。光ファイバ51は道路50の長手方向に沿って、布設されており、光ファイバ51には複数の観測点である、観測点A、観測点B及び観測点Cが設定されている。
図12の上図は、観測点Aで計測された振動のスペクトル重心と移動平均の差の変化βを示しており、
図12の下図は観測点Bで計測された振動のスペクトル重心と移動平均の差の変化βを示している。
図12の上図及び下図の横軸は時間を示し、縦軸は重心位置を示している。
図12の上図及び下図の縦軸の1.5付近の一定の値となっている横線は、閾値γを示す。なおここで観測点Bは、観測点Aの近傍の観測点である。本実施形態では、観測点Aでスペクトル重心と移動平均の差βが閾値γ以上のとき(S11のYes)には、観測点Aの近傍点である観測点Bに対しても、スペクトル重心と移動平均の差βを閾値γとを比較する。観測点Aに関する近傍の観測点Bにおいても、スペクトル重心と移動平均の差βが閾値γ以上のとき(S13のYes)は、構造物の異常ありと推定する。
図12の上図で、スペクトル重心と移動平均の差βが閾値γを越えている箇所は、○で囲まれた部分である。
【0059】
図12の下図の場合、観測点Bで計測された振動のスペクトル重心と移動平均の差の変化βが閾値γを越えている箇所を越えている箇所が存在せず、スペクトル重心と移動平均の差βは閾値γ未満である。よって
図12の上図の、観測点Aで計測された振動のスペクトル重心と移動平均の差の変化βのうちスペクトル重心と移動平均の差βが閾値γを越えている箇所は環境ノイズによる誤報であると判断し、不要データとみなして不要データを削除(S13)し、S2に戻る。
【0060】
ここで、
図12の上図の、観測点Aで計測された振動のスペクトル重心と移動平均の差の変化βが閾値γを越えている箇所が、環境ノイズによる誤報であると判断できる理由について言及する。光ファイバセンサは、光の干渉強度の変化を振動としてとらえる。干渉を利用しているため、同じ振動を加えても毎回同じ干渉強度になるわけではなく、ファイバケーブルの位置ずれなどの環境ノイズが加わり干渉強度が変化する。そのため正常な路面からの振動でも、スペクトル重心が大きく変化してしまうケースが出てきてしまう恐れがある。誤報の影響となる環境ノイズは計測点によって変化するため、1点ではなく近傍の複数点を参照する。近傍点でもポットホール発生時にはスペクトル重心が大きく変化する振動が加わるので、すべての点でスペクトル重心が大きく変化する。一方、正常な路面の場合はスペクトル重心の変化が小さい点が含まれるので、この方法で誤報を区別できる。
図12の下図が検出漏れの可能性について、可能性がゼロであると否定はできないものの、近傍点であればポットホール上を通過する際に発生する振動が伝わるため可能性は低いと考えられる。
【0061】
(実施形態の効果)
本実施形態の光ファイバセンサによれば、上述した第1実施形態と同様に、構造物の異常を高精度に検知することができ、構造物の異常の一例として道路に形成されたポットホールを高精度に探索することができる。
【0062】
さらに本実施形態では、ある観測点に関する比較結果だけでなく、ある観測点の近傍の観測点に関する比較結果も考慮して、構造物の異常を検出している。これにより、環境ノイズによる誤報の影響を低減させ、第1実施形態と比較して、より高精度に構造物の異常の有無を検出することができる。
【0063】
光ファイバセンサは、構造物に沿って布設された光ファイバの所望の位置を観測点として、連続的に計測することが可能であるという特徴を有する。この特徴を活用して、本実施形態ではある観測点に関する結果だけでなく、ある観測点の近傍の観測点に関する結果も参照することで、構造物の異常の有無の検出について誤報を低減することができる。ある観測点に対して、この観測点での判断及び光ファイバセンサが有する最小の空間分解能だけ離れた位置を近傍の観測点として、設定することができる。
【0064】
以上、上述した実施形態を模範的な例として本発明を説明した。しかしながら、本発明は、上述した実施形態には限定されない。即ち、本発明は、本発明のスコープ内において、当業者が理解し得る様々な態様を適用することができる。
【0065】
上記の実施形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載されうるが、以下には限られない。
(付記1)構造物の近くを物体が通過することによって発生する前記構造物の振動情報を収集し、
収集した前記振動情報からスペクトル重心を導出し、
前記スペクトル重心がある閾値を越えた場合に、前記構造物の異常として検知を行う、
検知方法。
(付記2)前記物体は、前記構造物の表面近傍を通過する、気体、液体、又は固体のいずれかである、
付記1に記載の検知方法。
(付記3)前記構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバと、前記光ファイバへ特定周期のパルス光を導入する光源と、を用い、
前記構造物の近くを物体が通過することによって発生する振動情報は、前記光源から前記光ファイバへ導入されたパルス光に対応する戻り光の形態で、収集される、
付記1又は2に記載の検知方法。
(付記4)前記構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバには、お互いに離間して複数の観測点が設定され、
前記複数の観測点のうちの一つの観測点と、この一つの観測点に近接する1または複数の観測点の全てにおいてスペクトル重心がある閾値を越えた場合に、前記構造物の異常として検知を行う、
付記3に記載の検知方法。
(付記5)前記構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバには、お互いに離間して複数の観測点が設定され、
前記複数の観測点のうちの一つの観測点における判断と、この一つの観測点から検知に関する最小の空間分解能だけ離れた1または複数の観測点における判断との全てにおいて構造物の異常が認められたときに、構造物の異常として検知を行う、
付記3に記載の検知方法。
(付記6)前記ある閾値は、ある一定期間の蓄積されたスペクトル重心データから求められた中央値と中央絶対偏差から導出される、
付記1乃至付記5のいずれか一つに記載の検知方法。
(付記7)ある一定期間のスペクトル重心データの移動平均を求め、スペクトル重心と移動平均の差が閾値を超えた場合に構造物の異常を検知する、
付記1乃至付記6のいずれか一つに記載の検知方法。
(付記8)前記ある閾値が最小閾値よりも小さかった場合には、前記ある閾値をその値に変更する、
付記1乃至付記7のいずれか一つに記載の検知方法。
(付記9)構造物の近傍に張り巡らせた光ファイバと、前記光ファイバに特定周期のパルス光を導入する光源と、前記パルス光を前記光ファイバに導入したことにより得られる戻り光を検出する光センサと、を含み、
振動情報のスペクトル重心がある閾値を超えた場合に前記構造物に異常があると判断することを特徴とする、
光ファイバセンサ。
(付記10)観測点での判断及び前記光センサが有する最小の空間分解能だけ前記観測点から離れた1または複数の近傍点における判断のすべてが異常ありである場合に、前記観測点の近傍の前記構造物に異常があると判断する異常判断部を有する、
付記9に記載の光ファイバセンサ。
(付記11)あらかじめ前記構造物に異常のない状態において計測されたスペクトル重心の変動のうち最大値よりもわずかに大きい最小閾値を求める最小閾値導出部を有する、
付記9又は付記10に記載の光ファイバセンサ。
【符号の説明】
【0066】
1 データ算出部
2 周波数導出部
3 重心導出部
4 メモリ
5 異常判断部
6 移動平均差分導出部
7 最小閾値導出部
8 閾値導出部
11 振動情報収集手段
12 重心導出手段
13 異常検知手段
50 道路
50p ポットホール
51 光ファイバ
52 センシング装置
55 自動車