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特許7444372フッ化物イオン電池用電解液およびフッ化物イオン電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】フッ化物イオン電池用電解液およびフッ化物イオン電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/0569 20100101AFI20240228BHJP
   H01M 10/0568 20100101ALI20240228BHJP
   H01M 10/0567 20100101ALI20240228BHJP
【FI】
H01M10/0569
H01M10/0568
H01M10/0567
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2019158217
(22)【出願日】2019-08-30
(65)【公開番号】P2021036512
(43)【公開日】2021-03-04
【審査請求日】2022-05-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】狩野 巌大郎
(72)【発明者】
【氏名】川▲崎▼ 三津夫
(72)【発明者】
【氏名】安部 武志
(72)【発明者】
【氏名】森垣 健一
(72)【発明者】
【氏名】中本 博文
【審査官】渡部 朋也
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-117592(JP,A)
【文献】特表2009-529222(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/0569
H01M 10/0568
H01M 10/0567
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
α位水素を有するエステル系もしくはラクトン系の単独もしくは混合有機溶媒と、
アルカリ金属カチオンおよびフッ化物イオンを有するアルカリ金属フッ化物と、を含有し、電解液中で前記アルカリ金属フッ化物が単純溶媒和イオン化解離していることを特徴とするフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項2】
前記アルカリ金属フッ化物が、フッ化セシウム、フッ化ルビジウム、フッ化カリウムのいずれか1つもしくはそれらの2つ以上の混合物であることを特徴とする請求項1に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項3】
前記フッ化物イオンの19F-NMR化学シフトが、-150±10ppmの範囲にあることを特徴とする請求項1または2に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項4】
前記有機溶媒が、γ-ブチロラクトンとε-カプロラクトンのいずれか一つもしくはそれらの混合物であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項5】
前記フッ化物イオン伝導性有機電解液に共溶解可能な任意のリチウム塩を、解離溶解した前記アルカリ金属フッ化物の濃度の少なくとも3倍以上の濃度でさらに含有してなることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項6】
前記リチウム塩が、LiFSA、LiTFSA、LiBF、LiPF、LiClOのいずれか1つまたはそれらの2つ以上の混合物であることを特徴とする請求項5に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項7】
前記フッ化物イオン伝導性有機電解液に共溶解可能な任意のバリウム塩を、解離溶解した前記アルカリ金属フッ化物の濃度の少なくとも3倍以上の濃度でさらに含有してなることを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項8】
前記バリウム塩が、Ba(FSA)、Ba(TFSA)、Ba(BFのいずれか1つまたはそれらの2つ以上の混合物であることを特徴とする請求項7に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項9】
前記フッ化物イオンの濃度が、1mM以上であることを特徴とする請求項1~8のいずれか1項に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項10】
有機溶媒、並びに、フッ化物塩、リチウム塩およびバリウム塩の塩以外の他の添加剤を含有しないことを特徴とする請求項1~9のいずれか1項に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液を含有してなることを特徴とするフッ化物イオン電池。
【請求項12】
アルカリ金属フッ化物を水に溶解させて水溶液を得ることと、
α位水素を有するエステル系もしくはラクトン系の単独もしくは混合有機溶媒と前記水溶液とを混合して第1の混合溶液を得ることと、
前記混合溶液に加熱処理を施すことにより水を除去して有機電解液を得ることと、
を含むことを特徴とするフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法。
【請求項13】
水の蒸発による発泡が終了した時点で、前記加熱処理による水の除去を終了することを特徴とする請求項12に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法。
【請求項14】
水の蒸発による発泡が終了した時点より後に加熱温度を上昇させて前記加熱処理を継続することにより水を追加除去することをさらに含むことを特徴とする請求項12に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法。
【請求項15】
水を追加除去する際に不活性ガスをバブリングすることをさらに含むことを特徴とする請求項14に記載のフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法。
【請求項16】
請求項12~15のいずれか1項に記載の製造方法によってフッ化物イオン伝導性有機電解液を作製することと、
フッ化物イオン伝導性有機電解液に共溶解可能なリチウム塩および/またはバリウム塩がα位水素を有するエステル系もしくはラクトン系の単独もしくは混合有機溶媒に溶解した溶液を前記フッ化物イオン伝導性有機電解液と混合して第2の混合溶液を得ることと、
前記第2の混合溶液を前記有機溶媒で希釈することと、
を含むことを特徴とするフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ化物イオン伝導性を付与したフッ化物イオン電池用有機電解液に関する。
【背景技術】
【0002】
高電圧かつ高エネルギー密度の蓄電池としてLiイオン電池(LIB)が知られている。LIBは正極および負極ホスト結晶中へのLiイオンの可逆的挿入・脱挿入反応を利用したカチオンベースの電池であり、非水溶媒(有機電解液)中に溶解したリチウム塩の解離で生じたLiイオンが両極の間を移動することで系内の電荷量と物質量のバランスが保たれる。
【0003】
また、上記LIBのエネルギー密度を大幅に向上させる革新型の電池としてフッ化物イオン(F)と金属との反応による多価の金属フッ化物の生成とその逆反応(金属フッ化物の脱フッ化反応)を利用したアニオンベースのフッ化物イオン電池(図1)がある。この電池で両極の間を移動するのはハロゲン化物イオンの中で最も軽いFイオン(M=19)であり、さらに1金属原子あたり場合により2~3個もしくはそれ以上の数のFイオン(およびそれと同数の電子)が電極反応に関与することが、上記の高いエネルギー密度をもたらす最大の要因である。
【0004】
上記フッ化物イオン電池はLIBの必須部材であるところのホスト格子を必要としない。Fイオンが電極反応と電解質中の電荷移動の両者で主役を演じるこの種の電池はFIB(Fluoride Ion Battery)あるいはFイオンの双方向移動の役割を強調したFSB(Fluoride Shuttle Battery)の略称で知られている。
【0005】
フッ化物イオン電池の基本要素の一つとなる金属フッ化物の還元(放電)反応については固体電解質が注目された1970年代の研究ですでに少なくない数の報告がなされている。しかし、二次電池として本質的に欠かせない充放電の有意な可逆性が全固体電池の枠内で不完全ながらも確かめられたのは、比較的最近になってからのことである。
【0006】
また、一般的には固体電解質のイオン導電性と固体/固体界面での電気化学的反応性などに関する制約により、固体FIB電池の室温動作の報告はごく最近発表された一例に止まっている。
【0007】
フッ化物イオンの輸送に非水系電解液を用いる湿式電池では原理的に上記の制約は除かれる。その目的に利用できる電解液に関する先行特許や学術論文も例に事欠かない。代表的な例としては、様々なフッ化物塩を比較的容易に溶解させるイオン液体を用いる手法(特許文献1)があり、その他、高沸点汎用有機溶媒に所謂アニオンレセプター(アニオンアクセプター)なるものを添加することで、フッ化物の溶解を促進する手法も報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2016-62821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
フッ化物イオン電池を駆動するための電解液としては、フッ化物イオン伝導性と正負両極におけるフッ化物イオンの反応性の両方を担保できる形で、少なくとも1mM以上の濃度のフッ化物イオンが存在することが望ましい。
【0010】
しかしフッ化物イオンは極めて強いルイス塩基で求核反応性が高く、例えばプロトンとの反応で容易にフッ化水素(HF)を生成し、電解液の中で単独で安定なイオンとして存在させることは困難であった。
【0011】
さらに、フッ化物イオンを電解液に溶解させるための前駆物質としてはアルカリ金属フッ化物を用いることが望ましいが、金属フッ化物の結晶格子エネルギーが非常に大きいため、これを高沸点汎用有機溶媒にそのまま単純解離溶解させることも困難であった。
【0012】
これらの問題を避けるための手法としてこれまで提案され開発が進められてきたのが、上記のイオン液体系やアニオンアクセプターを用いた技術であるが、電解液の安定性や限られた電位窓など実用課題が少なくなかった。
【0013】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、通常の方法では解離溶解しないアルカリ金属フッ化物を、特定の高沸点有機溶媒にアルカリ金属カチオンおよびフッ化物イオンの形で単純溶媒和イオン化解離させたフッ化物イオン電池用の、フッ化物塩の溶解性と化学的および電気化学的安定性に優れた電解液を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を達成するために、本発明者等が鋭意研究を重ねた。その結果、特定の高沸点有機溶媒にα位水素を有するエステル系もしくはラクトン系の単独もしくは混合有機溶媒とアルカリ金属フッ化物からなる電解液とすることで、フッ化物塩が解離しやすくなり、フッ化物塩の溶解性が向上し、化学的および電気化学的安定性が改善されることを見出した。詳しくは、特定の高沸点有機溶媒を用い、複数の中間段階を経る新たな溶解プロセスを経ることで、アルカリ金属フッ化物が少なくとも1mM以上の濃度で当該溶媒に単純溶解分散したフッ化物イオン伝導性電解液を調製できることを見出した。本発明は、このような知見に基づくものである。
【0015】
すなわち本発明においては、特定の高沸点有機溶媒であるα位水素を有するエステル系もしくはラクトン系の単独もしくは混合有機溶媒(単に「α位水素を有するエステル系/ラクトン系溶媒」又は「α位水素をもつ溶媒」ともいう)と、アルカリ金属カチオンおよびフッ化物イオンを有するアルカリ金属フッ化物と、を含有することを特徴とするフッ化物イオン伝導性有機電解液を提供する。
【0016】
本発明によれば、添加剤を別途添加しない場合であっても、フッ化物イオン電池を動作させるに十分な反応活性を同時に有したフッ化物イオン伝導性有機電解液が作製できるため、電池の大容量化が格段に容易になる。ここでいう余分な添加剤とは、有機溶媒、アルカリ金属フッ化物、電解液に共溶解可能な任意のリチウム塩および電解液に共溶解可能な任意のバリウム塩以外の他の添加剤をいうものとする。
【0017】
上記発明においては、上記高沸点有機溶媒が、200℃以上の沸点を有するα位水素を有するエステル系もしくはラクトン系の単独もしくは混合有機溶媒であることが好ましい。
【0018】
上記発明においては、上記アルカリ金属フッ化物が、フッ化セシウム、フッ化ルビジウム、フッ化カリウムのいずれか1つ、もしくはそれらの2つ以上の混合物であることが好ましい。
【0019】
上記発明においては、該フッ化物イオン伝導性有機電解液の負高電位での安定性と反応性を確保するために、当該電解液に共溶解可能な任意のリチウム塩、好ましくはLiFSA、LiTFSA、LiBF、LiPF、LiClOのいずれか1つもしくはそれらの2つ以上の混合物、および/または当該電解液に共溶解可能な任意のバリウム塩、好ましくはBa(FSA)、Ba(TFSA)、Ba(BFのいずれかもしくはそれらの混合物、好ましくはLiFSA、LiTFSA、LiBF、LiPF、LiClOのいずれか1つまたはそれらの2つ以上の混合物をそれぞれに、解離溶解したアルカリ金属フッ化物の濃度の少なくとも3倍以上、好ましくは5倍以上の濃度で混合することが好ましい。これは過剰のリチウムカチオンあるいはバリウムカチオンとフッ化物イオンの相互作用により、フッ化物イオンの負高電位領域での反応性が制御できるためである。
【0020】
本発明によれば、多様な金属種とそのフッ化物の間の可逆反応を制御することが可能になるため、本発明による電解液を用いることで、2~3V級の室温で動作する大容量フッ化物イオン二次電池を構築する道が開かれる。
【発明の効果】
【0021】
本発明のフッ化物イオン伝導性有機電解液は、α位水素を有するエステル系/ラクトン系溶媒とアルカリ金属フッ化物からなり、添加剤を別途添加しない場合であっても、電気化学的安定性に優れ、多様な金属種とそのフッ化物の間の可逆反応を引起す反応活性を同時に有する。このため、出力電圧も大きくとれ、もって大容量フッ化物イオン二次電池に適したフッ化物イオン伝導性有機電解液を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明に係るフッ化物イオンシャトル電池の原理を示す概念図である。
図2】<ステージI>CsF/RBL電解液(実施例1)のFT-IRスペクトルを純GBLのそれと比較した図である。
図3】<ステージI>CsF/RBL電解液(実施例1)に対して測定された4種類の核スピンに関するNMRスペクトルである。
図4】<ステージI>CsF/RBL電解液(実施例1)を用いて、種々の金属電極を作用極として測定した可逆CV波形を示す図である。
図5】<ステージI>CsF/RBL電解液(実施例1)を用いて、ITO基板上に製膜した銀超薄膜作用極と亜鉛線を対極として測定した2極式セルの充放電特性を銀の重量あたりの容量を横軸として示した図である。
図6】<ステージII>CsF/RBL電解液(実施例2)のFT-IRスペクトルを純GBLのそれと比較した図である。
図7】<ステージII>CsF/RBL電解液(実施例2)に対して測定された4種類の核スピンに関するNMRスペクトルである。
図8】<ステージII>CsF/RBL電解液(実施例2)をGBLで段階的に希釈した電解液のイオン伝導度とCsFモル濃度の平方根の関係を示すKohlraushプロットである。
図9】<ステージII>KF/RBL電解液(実施例3)に対して測定された19FのNMRスペクトルである。
図10】<ステージI>CsF/電解液にLiFSA塩を混合した電解液(実施例5)中でアルミニウムを作用極として測定した可逆CV波形を示す図である。
図11】<ステージI>CsF/電解液にBaTSA塩を混合した電解液(実施例6)中でアルミニウムを作用極として測定した、不可逆還元電流が顕著に抑制されたCV波形を示す図である。
図12】CsF/PC:EC電解液(比較例1)に対して測定された4種類の核スピンに関するNMRスペクトルである。
図13】CsF/PC:EC電解液(比較例1)の電位窓の広さを示すCV波形である。
図14】グルタル酸をカチオンアクセプターとしてCsFをGBLに解離溶解させた電解液(比較例2)の19Fおよび13CのNMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明のフッ化物イオン伝導性有機電解液(フッ化物イオン電池用電解液)およびこれを用いたフッ化物イオン電池の実施形態について詳細に説明する。
【0024】
[塩の溶解度を決定する因子]
任意の溶媒に塩を溶解させる場合、その溶解量を決定する因子としては、熱力学的上限と速度論的な制限の両方を考慮する必要がある。
【0025】
本発明に係るα位水素を有する溶媒であるGBL(γ-ブチロラクトン)のような非水溶媒にも、CsF(フッ化セシウム)やKF(フッ化カリウム)等のアルカリ金属フッ化物(単に「アルカリ塩」、「フッ化物塩」ともいう)はみかけ上、ほとんど溶解しないが、これは該溶媒中の該アルカリ塩の熱力学的な溶解量の上限がゼロに近いことを意味しない。
【0026】
すなわち後述するように、α位水素を有する溶媒中では、α位水素とフッ化物イオンとの特異的な相互作用による安定化により、該アルカリ塩であるCsFが単純解離溶解した50mM程度のモル濃度の電解液が本来は作製できるはずである。これが熱力学的上限である。
【0027】
具体的に、溶解した該アルカリ塩(例えば、CsF)の解離度を100%とすれば、上記濃度のCsイオンとFイオンに相当する溶解度積は比較的小さく、これに対応する溶解の標準自由エネルギー変化は正、つまり熱力学的には溶解反応は確かに不利ではあるが、50mM程度を上限とする溶解は熱力学的に可能である。
【0028】
それにも拘わらず、通常の方法(単純攪拌)でこのレベルの濃度が現実的に達成できないのは、CsF結晶の格子エネルギー(Madelunngエネルギー)が非常に大きく、これをバリヤーとする速度論的な制約によるものである。
【0029】
事実、液温を130℃以上に保って、数時間以上攪拌すれば、通常の方法でも当該塩の解離溶解による有意なイオン伝導度を発現させることができる。但し、この方法では溶媒自身がCsF固体の触媒的な作用もあって容易に熱的副反応を起こし、何らかの共役重合物の生成により液が濃い褐色を呈するに至る。多量の副生物が混在するこのような状態はフッ化物イオン電池用電解液として使用することはできない。
【0030】
α位水素を有する溶媒自身のこの熱的な反応に関連して、特にGBLはそれ単独の高温加熱でもしばしば黄色~褐色に着色する。ところが、本発明に係る開発のある段階で、意図的に数%の純水を加えて加熱したところ、この変色が抑制できることに気づいた。直接的な因果関係はないが、本調製法はこの観察に端を発している。
【0031】
[電解液の調製方法]
以下、α位水素を有する溶媒のうち、GBLを代表的な例として本特許の電解液を作製するための具体的な手順とその原理を説明する。
【0032】
上記アルカリ塩であるCsFもKFも純水には数M以上の高濃度で容易に溶解する。本法ではまず、この濃厚水溶液(1.5M程度)を過剰のGBLと、水の割合が10v%(体積%)程度になるように混合し、攪拌加熱する。作業雰囲気は大気中でも支障ない。
【0033】
高濃度CsF水溶液中のイオンは複数の水分子による溶媒和で強く安定化されている。この溶媒和エネルギーはCsF結晶の格子エネルギーを上回る大きさであり、このことが該塩を純水中で高濃度で溶解できる理由である。
【0034】
逆に、このように複数の水分子で強く溶媒和されて安定化しているCsイオンとFイオンの周りの水分子を一度(一挙)にGBL分子に置換すること自体も、固体粉末を溶解させる以上に速度論的には困難である。
【0035】
しかし本法では、こうした一挙的な溶媒和置換は起こらない。上記混合液を攪拌加熱すると、液温が110℃付近で水の蒸発による発泡が始まる。120℃付近でこの定常的な蒸発が続くような加熱条件を設定すると、10分程度で見かけ上、水がほぼ全て蒸発し発泡が収まる。
【0036】
上記の時間の間に、各イオンの周りでは、溶媒和水分子が段階的に徐々にGBL分子で置換される状況が生まれる。このようにして、極度に大きな速度論的バリヤーを伴うことなく、溶媒和構造が水からGBLに段階的に変換され、最終的に50mM程度の熱力学的な上限濃度がスムーズに達成できる。これが本発明の基本コンセプトであり、実施例1の「多段階の溶解過程を経る」(または上記した「複数の中間段階を経る新たな溶解プロセスを経る」)の意味するところである。
【0037】
但し、上記の発泡が収まった液には、まだ水分が0.1v%以上のレベルで残存している。これを使用目的に合わせた必要なレベルまで低下させるためには、さらに攪拌加熱を延長する必要があり、場合により加熱温度を150℃程度まで高めたり、不活性ガスの同時バブリングにより脱水を促進する工夫が必要である。これが実施例2の「さらに追加処理を加えて」の意味するところである(実施例2では前者の追加加熱を実施)。
【0038】
上記の追加の加熱等の処理は、上記電解液の作製時に完全には抑制できない副次的な生成物を蒸発により取り除くためにも有効である。後の実施例では、水分の低減も含めて必要最小限の加熱処理を経たものを<ステージI電解液>と称し、さらに追加加熱等の条件を厳しくして水分や副次的な生成物を極限まで取り除いたものを<ステージII電解液>と称して区別している。
【0039】
なお後の実施例では、その副次的な生成物の正体についても詳しく説明しているが、この副次的な生成物は該塩の解離溶解には全く関与しておらず、添加剤(意図的なもの)を使用しなくとも優れた性能を発揮しうるフッ化物イオン電池用電解液の定義にも抵触しない。
【0040】
[α位水素を有する溶媒]
α位に水素をもつ溶媒分子としては、特に制限されるものではないが、GBL(γ-ブチロラクトン)とε-カプロラクトンのいずれか一つもしくはそれらの混合物が好ましい。これらが好ましいのは、この部位(α位水素部位)が微妙な強さの一種のアニオンアクセプターとして働き、解離溶解したフッ化物イオンの適度な溶媒和を可能にするためである。本実施形態のフッ化物イオン伝導性有機電解液中のフッ化物イオンはイオン伝導を担うのみならず、正・負極におけるフッ化反応を効率的に引起すものでなければならない。フッ化物イオンを強く束縛するような溶媒や添加物はこの目的に適さない。
【0041】
ただし、本実施形態で利用できる有機溶媒は必ずしも上記の条件に制約されるものではなく、フッ化物イオンの伝導性と電極反応性を阻害するものでなければ、任意の高沸点有機溶媒を選択する余地がある。
【0042】
[アルカリ金属フッ化物塩]
電極反応に直接与るイオン伝導性フッ化物イオンは、有機フッ化物塩の溶解によっても電解液中に導入することができるが、共存する有機カチオンの電気化学的安定性の問題などの理由で高容量フッ化物イオン電池には適さない。その他の条件として二次電池の重量エネルギー密度への影響も考慮すると、フッ化物イオンの最も望ましいソースは、フッ化リチウム(LiF)、フッ化ナトリウム(NaF)、フッ化カリウム(KF)、フッ化ルビジウム(RbF)、フッ化セシウム(CsF)等のアルカリ金属フッ化物である。
【0043】
上記のアルカリ金属フッ化物の内、どの化合物が実際に使用できるかはフッ化物結晶の格子エネルギーに依存する。例えばLiFは純水にさえほとんど溶解しないため、本実施形態によっても高沸点有機溶媒であるα位水素を有するエステル系/ラクトン系溶媒中で単純溶媒和イオン化解離させることは至難である。これらの点を考慮すれば、アルカリ金属フッ化物の内、フッ化セシウム(CsF)、フッ化ルビジウム(RbF)、フッ化カリウム(KF)のいずれか1つもしくはそれらの2つ以上の混合物であるのが好ましい。また、電極反応に直接与るイオン伝導性フッ化物イオン(解離溶解で生成したフッ化物イオン)の19F-NMR化学シフトは、-150±10ppmの範囲にあるのが好ましい。本実施形態の電解液に特徴的な化学シフト値であるためである。さらに、電解液中のフッ化物イオンの濃度は、少なくとも1mM以上であるのが好ましい。フッ化物イオン濃度が1mM以上であれば、フッ化物イオン電池を駆動するための電解液として、フッ化物イオンの伝導性と正負両極におけるフッ化物イオンの反応性の両方を担保できる。
【0044】
[混合リチウム塩]
アルカリ金属フッ化物のみが1mM以上の濃度で解離溶解した該フッ化物イオン伝導性電解液は、負高電位領域でフッ化物イオン由来の溶媒が関与した副還元反応を生じやすく、亜鉛よりも更に卑な金属のフッ化反応と競合して本来の電池動作を妨げる。この問題は、LiFSA(FSA:ビス(フルオロスルホニル)アミド)に代表される、本実施形態の電解液に共溶解可能な任意のリチウム塩を該電解液に過剰に混合することで容易に解決でき、アルミニウムやランタンなどの最も卑な金属種のフッ化反応を利用した電池を動作させることが可能になる。
【0045】
上記の混合電解液の作製において、過剰に添加するリチウム塩の濃度は、解離したアルカリ金属フッ化物の濃度の少なくとも3倍以上、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍程度に調製することが望ましい。このリチウム塩の濃度(添加量)が3倍以上であれば、フッ化物イオンとリチウムイオンが不溶性の固形物を形成しないためフッ化物イオン濃度を低下させることもなく望ましい。
【0046】
該リチウム塩のアニオン種としては、FSA以外にTFSA、BF 、PF 、ClO でも差し支えない。即ち、過剰に添加するリチウム塩は、LiFSA、LiTFSA、LiBF、LiPF、LiClOのいずれか1つまたはそれらの2つ以上の混合物であるのが好ましい。
【0047】
[混合バリウム塩]
リチウム塩ほどの効果は期待できないものの、Ba(FSA)に代表されるバリウム塩を該電解液に過剰に混合することでも負高電位領域での不可逆還元電流を抑制することができる。上記の混合電解液の作製において、過剰に添加するバリウム塩の濃度は、解離したアルカリ金属フッ化物の濃度の少なくとも3倍以上、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍程度に調製することが望ましい。このバリウム塩の濃度(添加量)が3倍以上であれば、フッ化物イオンとリチウムイオンが不溶性の固形物を形成しないためフッ化物イオン濃度を低下させることもなく望ましい。該バリウム塩のアニオン種としては、FSA以外にTFSA、BF でも差し支えない。即ち、過剰に添加するバリウム塩は、Ba(FSA)、Ba(TFSA)、Ba(BFのいずれか1つまたはそれらの2つ以上の混合物であるのが好ましい。
【0048】
[フッ化物イオン電池]
本発明のフッ化物イオン電池の実施形態は、上述したフッ化物イオン伝導性電解液を使用するかぎり特に限定されるものではない。上述したフッ化物イオン伝導性電解液を使用することで、出力電圧も大きくとれ、もって大容量のフッ化物イオン電池を提供できる。また、本発明のフッ化物イオン電池は、一次電池であっても良く、二次電池であっても良いが、繰り返し充放電ができる二次電池であることが好ましい。
【0049】
[フッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法]
本発明のフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法の実施形態は、上記した[電解液の調製方法]で説明した通りである。具体的に、本発明の他の形態に係るフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法は、アルカリ金属フッ化物を水に溶解させて水溶液を得ることと、α位水素を有するエステル系もしくはラクトン系の単独もしくは混合有機溶媒と前記水溶液とを混合して第1の混合溶液を得ることと、前記混合溶液に加熱処理を施すことにより水を除去して有機電解液を得ることとを含むものである。この製造方法により、本発明の一形態に係るフッ化物イオン伝導性有機電解液を製造することができる(第1形態)。上記フッ化物塩は溶解性が低く、有機溶媒にそのまま溶解しようとしても溶けないというのが従来の常識であった。また、α位水素を有するエステル系/ラクトン系溶媒はフッ化物イオンと相互作用することから多少溶けやすくはなるものの、やはりそのままでは溶けにくいという問題があった。そこで、本発明の製造方法では、上記フッ化物塩が水には良く溶けるという性質を利用し、フッ化物塩を一旦水に溶かして水溶液を得る。その後、α位水素を有するエステル系/ラクトン系有機溶媒またはこれらの混合溶媒と混合して混合溶液(本明細書中、「第1の混合溶液」ともいう)を得る。そして、このようにして得られた第1の混合溶液に加熱処理を施すことにより水を除去する。そうすると、上記有機溶媒にアルカリ金属フッ化物が高濃度で溶解した有機電解液が調製されうるのである。なお、本発明者等の検討によれば、他の有機溶媒を用いた場合にはフッ化物イオンが安定に存在できず、フッ化物塩が再析出しやすくなるため、本発明の製造方法を適用することができないことも判明した。
【0050】
より詳細に、本実施形態(第1形態)に係るフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法では、まず、アルカリ金属フッ化物を一旦水(例えば、純水)に数M以上の高濃度で溶解する。この濃厚水溶液(例えば、1.5M程度の濃度のもの)をα位水素を有するエステル系/ラクトン系溶媒の過剰量と、水の割合が10v%(10体積%)程度になるように混合し、攪拌加熱する。作業雰囲気は大気中でも支障ないし、真空・減圧下で行ってもよい。上記混合溶液(第1の混合溶液)を攪拌加熱すると、液温が110℃付近で水の蒸発による発泡が始まる。120℃付近(例えば、120℃±10℃の範囲)でこの定常的な蒸発が続くような加熱条件を設定すると、10分程度で見かけ上、水がほぼ全て蒸発して発泡が収まる。上記の時間の間に、各イオンの周囲では、溶媒和水分子が段階的に徐々にGBL等の有機溶媒分子で置換される状況が生まれる。このようにして、極度に大きな速度論的バリヤーを伴うことなく、溶媒和構造が水からα位水素を有するエステル系/ラクトン系溶媒に段階的に変換され、最終的に50mM程度の熱力学的な上限濃度がスムーズに達成できるのである。第1形態に係る製造方法では、この時点(水の蒸発による発泡が終了した時点)で、加熱処理による水の除去を終了する。このような製造方法によれば、比較的簡便な操作によって、十分に実用的なフッ化物イオン伝導性有機電解液を製造することが可能である。
【0051】
本実施形態のフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法では、水の蒸発による発泡が終了した時点より後に、さらに加熱温度を上昇させて加熱処理を継続することにより水を追加除去することも好ましい形態である(第2形態)。このような加熱処理の継続による水の追加除去の際には、不活性ガスをバブリングすることにより脱水処理を促進することが好ましい。ここで、上述した水の蒸発による発泡が終了した液には、まだ水分が0.1v%以上のレベルで残存している。そして、本発明者等のけんとうによれば、場合により加熱温度を150℃程度(例えば、150℃±20℃の範囲)まで高めたり、不活性ガスの同時バブリングにより脱水を促進する工夫をさらに施すことで、使用目的に合わせた必要なレベルまで水分含有量を低下させることが可能であることが見出されたのである。
【0052】
また、本実施形態のフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法では、フッ化物イオン伝導性有機電解液に共溶解可能な任意のリチウム塩および/またはバリウム塩を、α位水素を有するエステル系もしくはラクトン系の単独もしくは混合有機溶媒に溶解させてリチウム塩および/またはバリウム塩の溶液を作製し、前記リチウム塩および/またはバリウム塩の溶液と、上記第1又は第2形態の製造方法により得られたフッ化物イオン伝導性有機電解液を所定の比率で混合して希釈し、さらに前記有機溶媒で所望の濃度になるように希釈してもよい。すなわち、本発明のさらに他の形態によれば、上述したフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法によってフッ化物イオン伝導性有機電解液を作製することと、フッ化物イオン伝導性有機電解液に共溶解可能なリチウム塩および/またはバリウム塩がα位水素を有するエステル系もしくはラクトン系の単独もしくは混合有機溶媒に溶解した溶液を前記フッ化物イオン伝導性有機電解液と混合して混合溶液(本明細書中、「第2の混合溶液」ともいう)を得ることと、前記第2の混合溶液を前記有機溶媒で希釈することを含むフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法もまた、提供される。
【0053】
ここで、リチウム塩およびバリウム塩は、解離溶解したアルカリ金属フッ化物の濃度に対して、いずれも5倍以上の濃度で混合することが望ましい。これは、広い電位領域で様々な金属電極のフッ化・脱フッ化反応を可能にするフッ化物イオン伝導性有機電解液の製造方法では、フッ化物イオン伝導性有機電解液に共溶解可能な任意のリチウム電解液が、アルミニウム、ランタン、セリウム、マグネシウムなどの反応が期待される負高電位領域でフッ化物イオンとその他の溶液種が複雑に関与した不可逆還元反応を引き起こすことがない点で優れている。フッ化物イオン伝導性有機電解液に共溶解可能な任意のリチウム塩および/またはバリウム塩に関しては、上記フッ化物イオン伝導性有機電解液の形態で説明した通りである。
【0054】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例
【0055】
以下に実施例と比較例を示して本発明をさらに具体的に説明する。
【0056】
[実施例1]
<ステージI>CsF/RBL電解液
<ステージI>CsF/RBL電解液は、γ-ブチロラクトンと、セシウムカチオンおよびフッ化物イオンを有するフッ化セシウムと、を含有するフッ化物イオン伝導性有機電解液であり、多段階の溶解処理を経て、代表的なアルカリ金属フッ化物であるフッ化セシウム(CsF)がγ-ブチロラクトン(GBL)溶媒中に単純溶媒和イオン化解離した電解液である。ただし該溶解処理によって溶媒自身の有意な改質が生じている可能性を示すため、電解液を構成する溶媒名として以後純GBL溶媒と区別したRBL(Reformed Butyrolactone)の名称を用いる。また溶解処理が最小限必要なステップのみを経ていることを示すために、<ステージI>という調整法類別のための表記を語頭に追加した。詳細には、<ステージI>CsF/RBL電解液は、以下のように「多段階の溶解処理を経て」作製した。まず、CsFを純水に加えて撹拌混合して溶解し、CsFの1.4M水溶液を作製した。次に、過剰のGBLと、CsFの1.4M水溶液と、を10:1(体積比)で混合して混合液(混合液中約0.13MのCsF)を作製し、攪拌加熱した。上記混合液を攪拌加熱すると、液温が110℃付近で水の蒸発による発泡が始まり、120℃付近でこの定常的な蒸発(による発泡)が続くような加熱条件を設定することで、10分程度で水がほぼ全て蒸発し発泡が収まった。この発泡が収まった液を、<ステージI>CsF/RBL電解液として得た。なお、作業雰囲気は大気中とした。
【0057】
<ステージI>CsF/RBL電解液の室温でのイオン伝導度の実測値は0.6~0.8mS/cmであった。また原子吸光法で定量したCsの重量濃度をもとに、等モル量のフッ化物イオンが溶解していると仮定して計算したフッ化物イオンのモル濃度の平均値は50mMであった。この値は後述するNMRスペクトルの情報とも合致している。また該電解液を調製直後の残留水分の実測値は100ppm未満であった。当該溶媒中の100ppmの水分はモル濃度にして約5mMに相当する。
【0058】
<ステージI>CsF/RBL電解液の成分分析のため532nm励起ラマンスペクトルを測定したところ、純GBL溶媒のそれと完全に重なり両者を区別することはできなかった。そこでラマン分光法よりも感度の高いFT-IRスペクトルを測定したところ、図2に示す結果となり、OH伸縮振動に相当する高波数領域にのみ純GBLでは見られないピークが認められた。なお純GBLで測定した参照スペクトルで同領域に見える小さなピークはカルボニル伸縮振動の倍音であり、また2400cm-1付近の信号は大気中の二酸化炭素によるバックグラウンド信号である。<ステージI>CsF/RBL電解液のスペクトルではこの部分がバックグラウンド二酸化炭素量の変動のために負のピークとして現れている。
【0059】
上記の成分の正体を明らかにするため、また溶解解離したフッ化セシウムの状態と濃度に関する情報を得るためにH、13C、19F、および133Csの4種類のNMRスペクトルを測定した。測定結果を図3に示す。予想どおり、Hおよび13Cスペクトルから、純GBL溶媒中には存在しない化学種が1%未満の濃度で存在することがわかった。GC-MS法でさらに詳しく分析したところ、この化学種の正体はGBLの加水分解で生成するγ-ヒドロキシ酪酸(分子量104)であることがわかった。その濃度は最大で約0.5wt%、モル濃度に換算すると約50mMとなり、解離溶解しているCsFのモル濃度に匹敵する。ただし、後述する<ステージII>CsF/RBL電解液の分析結果からも証明されるように、該γ-ヒドロキシ酪酸は副次的な生成物に過ぎず、CsFの解離溶解には関与していない。
【0060】
図3に併せて示した19Fと133CsのNMRスペクトルは実測された解離CsF濃度と合致する強度のシグナルを与える。また、19Fスペクトルは該電解液に特徴的な化学シフト値である-150ppm付近に数本のピークを示し、フッ化物イオンの溶媒和の状態が必ずしも一様ではないことを示唆する。
【0061】
<ステージI>CsF/RBL電解液の電位窓の広さと各種金属のフッ化・脱フッ化反応に対する可逆性を評価するために、銀線を参照極、白金メッシュを対極とした三極セルでCV(サイクリックボルタンメトリー)波形を測定したところ、亜鉛から金に至る広い電位範囲で、M+nF⇔MF+ne(Mは金属元素を表す)、の反応に対応する電位領域に可逆的な応答が見出された(図4)。図4には示していないが、その他Pb、Bi、In、Tiなど、Znより貴なほぼ全ての金属でも同様な応答が確認された。電位窓の広さは少なくとも3V以上で、フッ化物イオン電池に必要な電解液の条件を満たしていることがわかった。
【0062】
次にモデル電池としてITO基板上に平均厚さが、わずか27nmの銀超薄膜をスパッタ成膜したものを正極、亜鉛線を対極とした二極セルを作製し、充放電試験を行った結果を図5に示す。成膜された銀の重量はごくわずかなので、ここで使用した5μAの電流値でも充放電レートは非常に大きくなる。それにも拘わらず、充電時間を延長した場合に銀の理論容量にほぼ等しい容量と、ほぼ100%に近いクーロン効率が得られた。フッ化物イオン電池の電解液として、該電解液が非常に優れた特性を有することを示す端的な事例である。
【0063】
[実施例2]
<ステージII>CsF/RBL電解液
<ステージII>CsF/RBL電解液は、<ステージI>CsF/RBL電解液にさらに追加処理を加えて、前述の副次物や水分濃度をさらに低下させた電解液である。しかし該電解液の室温でのイオン伝導度の実測値は0.6~0.8mS/cmの範囲にあり、ステージIとほぼ等価であった。図6に示した該電解液のFT-IRスペクトルでは、図2で見られた高波数ピークは消失し、純GBLに相当する参照スペクトルと全く区別がつかなくなったことから、副次物の濃度が激減していることがわかる。詳細には、<ステージII>CsF/RBL電解液は、以下のように、<ステージI>CsF/RBL電解液にさらに追加加熱の条件を厳しくした「追加処理を加えて」作製した。まず、実施例1で作製した<ステージI>CsF/RBL電解液を、さらに攪拌加熱を加熱温度(液温)を150℃程度まで高めて、10分程度追加加熱を行ったものを<ステージII>CsF/RBL電解液とした。なお、作業雰囲気は大気中とした。
【0064】
この事実は、図7に示した<ステージII>CsF/RBL電解液のNMRスペクトルからも確認できる。特に13CのNMRスペクトルには拡大スケールを用いても副次物の信号は認められない。一方、19Fと133CsのNMRスペクトルにはステージIのそれと比べて大きな差は見当たらず、19Fスペクトルの特徴的な化学シフトの値も同じ範囲にある。
【0065】
また、該電解液を純GBL溶媒で様々な濃度に希釈したときのイオン伝導度とモル濃度の1/2乗(平方根)の関係を調べたところ、図8のように低濃度領域で良好な直線関係(Kohlraush平方根則)の成立を確認できた。これは該電解液中で解離溶解したCsFが強電解質として振舞うことを意味しており、CsFが単純溶媒和イオン化解離して該電解液のイオン伝導性を担っていることを間接的に証明している。
【0066】
また、該電解液のフッ化物イオン電池用電解液としての特性は、ステージIのそれと殆ど差はなく、後者に含まれていた副次成分がCsFの溶解解離そのものにも、電気化学的な特性にも、全く関与していないことを証明している。
【0067】
さらに、図8のような希釈により実質的なフッ化物イオンの濃度が数mMに低下した電解液を用いた場合にも、図4と同様な可逆動作の発現を確認することができた。すなわち該電解液中でのフッ化物イオン濃度が製造時の1割程度に低下した系でもフッ化物イオン電池の動作は持続する。
【0068】
[実施例3]
<ステージII>KF/RBL電解液
<ステージII>KF/RBL電解液は、γ-ブチロラクトンと、カリウムカチオンおよびフッ化物イオンを有するフッ化カリウムと、を含有するフッ化物イオン伝導性有機電解液であり、アルカリ金属フッ化物としてKFを用いた以外は<ステージII>CsF/RBL電解液と同じ製法で調製した電解液である。<ステージII>CsF/RBL電解液と比べた場合、室温でのイオン伝導度の実測値は約0.3mS/cmとなり、フッ化物イオン濃度も有意に減少したが、フッ化物イオン電池を動作させる性能にほとんど差は確認できなかった。
【0069】
また図9に示したように、該電解液の19F-NMRスペクトルが-150ppm付近にCsF/RBL電解液と同様な複数のピークを与えることも確認できた。
【0070】
[実施例4]
<ステージI>CsF/ε-カプロラクトン電解液
<ステージI>CsF/ε-カプロラクトン電解液は、ε-カプロラクトンと、セシウムカチオンおよびフッ化物イオンを有するフッ化セシウムと、を含有するフッ化物イオン伝導性有機電解液であり、α位水素を有するエステル系/ラクトン系溶媒としてラクトン系に属する他の代表的な溶媒であるε-カプロラクトンを用いた以外は<ステージI>CsF/RBL電解液と同じ製法で調製した電解液である。室温でのイオン伝導度の実測値は約0.15mS/cmまで低下したが、フッ化物イオン電池を動作させる作用は十分であった。
【0071】
[実施例5]
広い電位領域で様々な金属電極のフッ化・脱フッ化反応を可能にするCsF/RBL電解液は、アルミニウム、ランタン、セリウム、マグネシウムなどの反応が期待される負高電位領域ではフッ化物イオンとその他の溶液種が複雑に関与した不可逆還元反応を引き起こす。この問題はリチウム塩としてLiFSA、LiTFSA、LiBF、LiPF、LiClOのいずれかもしくはそれらの混合物を解離溶解したアルカリ金属フッ化物の濃度に対して少なくとも5倍以上の濃度で混合することにより解決できる。
【0072】
図10は、一例として純GBL溶媒にリチウム塩としてLiTFSAを2Mの濃度で溶解させたLi塩溶液と<ステージI>CsF/RBL電解液を1:3の容量比で混合した電解液をさらにGBLで3倍に希釈した電解液(ε-カプロラクトンと、セシウムカチオンおよびフッ化物イオンを有するフッ化セシウムと、LiTFSAと、を含有するフッ化物イオン伝導性有機電解液)中で、アルミニウム薄板を作用極として測定したCV波形である。銀参照電位基準で-2V付近にCsF/RBL電解液単独では得られない可逆アノードピークが発現し、また電流値がゼロを横切る動的平衡電位はアルミニウムのフッ化・脱フッ化理論平衡電位とほぼ一致した。
【0073】
この有用な混合効果は総合的に見てリチウム塩に特有のものであり、LiカチオンとFアニオンとの特殊な相互作用を通じて、フッ化物イオンの反応性が好ましい形で制御されることに基づく。ただし、以下の実施例を参照すると、バリウム塩の添加によっても限定的ではあるが類似の効果が得られる。
【0074】
[実施例6]
Ba塩混合CsF/RBL電解液
リチウム塩のLiTFSAに替えてバリウム塩のBaTFSA塩を用いた以外は実施例5と同様な混合電解液としてBa塩混合CsF/RBL電解液(ε-カプロラクトンと、セシウムカチオンおよびフッ化物イオンを有するフッ化セシウムと、BaTFSAと、を含有するフッ化物イオン伝導性有機電解液)を作製した。混合後のBaTFSA濃度は0.5M、CsF濃度は0.017Mであった。アルミニウム薄板を作用極として測定したCV波形と同じ濃度のCsFのみを含む電解液で測定したCV波形を比較した結果を図11に示す。図10とは異なり、可逆アノードピークの発現は認められなかったが、CsF単独電解液での顕著な不可逆還元電流は著しく抑制されていることがわかる。
【0075】
[比較例1]
CsF/PC:EC電解液
Liイオン電池に用いられる代表的な非水有機溶媒を使用した比較例として、GBLと分子構造は類似しているがα位の水素を持たないPC(プロピレンカーボネート)とEC(エチレンカーボネート)の1:1(容量比)の混合溶媒を用いて、CsF/RBL電解液と同じ製法でCsFが解離溶解した電解液(CsF/PC:EC電解液)を作製した。その室温でのイオン伝導度の実測値は1.2mS/cmという、ラクトン系よりも高い値を示した。
【0076】
しかしながら、該電解液についてやはり4種類のNMRスペクトルを測定したところ、図12に示したように、Hと13Cのスペクトルに溶媒分子以外の副次物が溶媒自身の約1割もの強度で観測された。モル濃度に換算すると数Mに近い異常に高い濃度である。
【0077】
この時、19F(図12)のスペクトルは比較的低磁場側に1本、また異常に高い高磁場側に別の1本のピークを示した。フッ化物イオンと副次物の間の複雑な相互作用を反映したもので、この相互作用を介してCsFの解離溶解が進行したものと推定される。
【0078】
白金電極を作用極として該電解液の電位窓の広さを確認した結果を図13に示す。銀参照極に対し負電位側では約-1Vまで、正電位側では約1Vまでの広さしかなく、亜鉛極の可逆動作はもちろん、この電位窓の中に入る銀正極の反応の可逆性も不十分であった。多量に存在する副次物が関与した不可逆的な酸化および還元反応が原因と推定される。
【0079】
[比較例2]
CsF/グルタル酸/GBL電解液
非水有機溶媒にアルカリ金属フッ化物を溶解させる別の手法としては、アニオンアクセプターを利用する先行例の他にも、アルカリ金属カチオンに強く配位する分子(カチオンアクセプター)を用いる方法が考えられる。その一例としてジカルボン酸の一種であるグルタル酸を0.3Mの濃度でGBLに溶解させた液にCsFを飽和溶解させた電解液を作製した。
【0080】
該電解液の室温でのイオン伝導度は0.5mS/cmという比較的高い値を示し、図14に示したNMRスペクトルもCsFの解離溶解を裏付けるが、19FスペクトルはCsF/RBL電解液とは明確に異なる-135ppmの位置に1本の主要なピークを与えた。
【0081】
さらに比較例1の電解液と同様に、電位窓の広さは高々2Vしかなく、亜鉛負極を動作させることはできなかった。該電位窓の中に入る銀正極の反応の可逆性も不十分であった。添加物としてのグルタル酸自身の不可逆的な酸化および還元反応が原因と推定される。
【0082】
[比較例3]
Li塩以外の塩の混合効果
NaFSAやKFSAなど、アニオン種は共通でカチオン種がLi以外の塩をCsF/RBL電解液に混合したところ、負高電位領域での不可逆的還元電流を抑制することはできなかった。さらに比較例1の電解液と同様に、電位窓の広さは高々2Vしかなく、亜鉛負極を動作させることはできなかった。
【符号の説明】
【0083】
1…負極活物質の還元(金属)層、
2…負極活物質のフッ化物層、
3…電解液層、
4…正極活物質のフッ化物層、
5…正極活物質の還元(金属)層。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14