(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】酸素発生反応用触媒及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 23/888 20060101AFI20240228BHJP
B01J 37/08 20060101ALI20240228BHJP
C25B 11/077 20210101ALI20240228BHJP
【FI】
B01J23/888 M
B01J37/08
C25B11/077
(21)【出願番号】P 2020094353
(22)【出願日】2020-05-29
【審査請求日】2023-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【氏名又は名称】小澤 誠次
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100113860
【氏名又は名称】松橋 泰典
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100198074
【氏名又は名称】山村 昭裕
(74)【代理人】
【氏名又は名称】富田 博行
(72)【発明者】
【氏名】中山 雅晴
(72)【発明者】
【氏名】丸山 平嗣
(72)【発明者】
【氏名】武田 愛理
【審査官】磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-116535(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0192032(US,A1)
【文献】LUO et al.,Composite Metal Oxide-Carbon Nanotube Electrocatalysts for the Oxygen Evolution and Oxygen Reduction Reactions,ChemElectroChem,2018年,Vol.5 No.19,p.2850-2856
【文献】SHAO et al.,Structurally distorted wolframite-type CoxFe1-xWO4 solid solution for enhanced oxygen evolution reaction,Nano Energy,2018年,Vol.50,p.717-722
【文献】XU et al.,Self-Supported Porous Ni-Fe-W HydroxideNanosheets on Carbon Fiber: A Highly Efficient Electrode for Oxygen EvolutionReaction,Inorg. Chem.,2019年,Vol.58,p.13037-13048
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 23/888
B01J 37/08
C25B 11/077
C01G 51/00
C01G 49/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン酸塩
と、鉄の塩及びコバルトの塩から選ばれる少なくとも1種の塩
とをポリオールに溶解させる工程、及び前記工程で得られたポリオール溶液を加熱する工程を含む、陽極又は正極に用いるための酸素発生反応用触媒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属塩を溶解したポリオールを加熱して合成された陽極又は正極に用いるための酸素発生反応用触媒及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、炭酸ガスの温室効果に起因する地球の温暖化等の問題を解決するため、再生可能エネルギーを利用して水素を製造する方法が注目されている。再生可能エネルギーを利用した水素の製造においては、化石燃料の改質による従来の水素製造方法に匹敵する低コスト化が求められている。この要求に応え得る水素製造方法として、水の電気分解(電解)が挙げられる。水の電気分解の代表的な方法としてはアルカリ水電解法がある。アルカリ水電解の際に電力損失が生じるが、電力損失の主たる要因としては、陽極の過電圧、陰極の過電圧、イオン透過性隔膜のオーム損、電解セルユニットを構成する電解セルの構造抵抗によるオーム損等が挙げられる。これらの電力損失を低減することができれば、電解槽の電解時の電流密度を高めてシステム全体を小型化し、その結果、設備費を大幅に削減することが可能になる。そのため、電力損失を低減できる触媒の開発が望まれている。
【0003】
従来、酸素発生反応用触媒としては、酸化ルテニウム、酸化イリジウム等が用いられているが、これらはコストが高く資源量が限られている貴金属を使用するものであった。そのため、貴金属よりもコストが低く資源量の多いタングステンを使用したタングステン酸化物を酸素発生反応用触媒として利用することが検討されている。非特許文献1では、水熱合成法により作製されたCo1-xFexWO4とカーボンナノチューブ(CNT)との複合体Co1-xFexWO4-CNTを酸素発生反応(OER)用触媒とすることが記載されている。しかし、非特許文献1における合成法である水熱合成法は、製造エネルギーを多く費やす方法であり製造コストが高く、加えてカーボンナノチューブと複合化することにより、更に製造コストが増加するものであった。さらに、非特許文献1では、Co0.5Fe0.5WO4-CNTの過電圧が290mV(電流密度10mA/cm2)、ターフェル勾配が42mVdec-1と報告されている一方で、カーボンナノチューブと複合化しない水熱合成法により作製されたCo0.5Fe0.5WO4の過電圧は420mV、ターフェル勾配は43mVdec-1とカーボンナノチューブとの複合体に比べて高い値が報告されている。また、非特許文献2にも酸素発生反応(OER)用触媒としてFe0.292Co0.708WO4等が報告されているが、やはり水熱合成法により作製されたものであった。このため、酸素発生反応用触媒として使用できる従来よりも製造コストの低い触媒及びその製造方法の開発が求められていた。さらに従来よりも製造コストの低い触媒でありながら、従来と同等以上に電力損失を低減できる酸素発生反応用触媒及びその製造方法の開発が求められていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Composite Metal Oxide-Carbon Nanotube Electrocatalysts for theOxygen Evolution and Oxygen Reduction Reactions, ChemElectroChem, 5, 2850-2856(2018)
【文献】Structurally distorted wolframite-type CoxFe1-xWO4 solid solutionfor enhanced oxygen evolution reaction, Nano Energy, 50, (2018) 717-722
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、酸素発生反応に用いる触媒として使用でき、製造コストが従来よりも低い触媒及び前記触媒の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決できる酸素発生反応用触媒の検討を開始した。電極反応に関連する過電圧は、触媒の種類に依存した活性化過電圧と、電極反応に伴って生成されるイオンや分子の電極内で生じる濃度勾配に依存する濃度過電圧とで成り立っている。これらのうち活性化過電圧は、低電流密度領域においてはターフェル則に従うため、ターフェル勾配の値が触媒の本質的特徴を示すと言って良い。言い換えれば、ターフェル勾配の値が小さい触媒は高活性を示すと言え、低い過電圧が期待できる。そこで、ターフェル勾配の値が小さい触媒の開発を進めたところ、意外にもポリオールを溶媒として触媒化合物を合成すると、従来の水熱合成法によるよりも製造コストを低く抑えることができ、しかも従来同様あるいは従来以上の触媒活性を有する触媒を製造することができた。本発明は、こうして完成されたものである。
【0007】
すなわち、本発明は以下に示す事項により特定されるものである。
(1)タングステン酸塩及びタングステン以外の金属の塩を溶解したポリオールを加熱して合成されたタングステン酸化物である、陽極又は正極に用いるための酸素発生反応用触媒。
(2)過電圧が300~500mVであることを特徴とする上記(1)記載の酸素発生反応用触媒。
(3)ターフェル勾配が30~60mVdec-1であることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の酸素発生反応用触媒。
(4)タングステン酸化物が、FexCo1-xWO4(但し、0<x<1)で表されるタングステン酸化物であることを特徴とする上記(1)~(3)のいずれか記載の酸素発生反応用触媒。
(5)タングステン酸塩及びタングステン以外の金属の塩をポリオールに溶解させる工程、及び前記工程で得られたポリオール溶液を加熱する工程を含む、陽極又は正極に用いるための酸素発生反応用触媒の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の酸素発生反応用触媒は、酸素発生反応に用いる触媒として使用でき、製造コストを低くできる。本発明の製造方法は、製造コストを抑えながら酸素発生反応に用いる触媒を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、実施例1~5で得られた試料のXRDパターンを示す図である。
【
図2】
図2は、実施例1~5並びに比較例1及び2で得られた試料のリニアスイープボルタモグラムを示す図である。
【
図3】
図3は、実施例1~5並びに比較例1及び2で得られた試料のターフェルプロットを示す図である。
【
図4】
図4は、実施例1、6、7及び比較例3で得られた試料のXRDパターンを示す図である。
【
図5】
図5は、実施例1、6、7及び比較例3で得られた試料のリニアスイープボルタモグラムを示す図である。
【
図6】
図6は、実施例1、6、7及び比較例3で得られた試料のターフェルプロットを示す図である。
【
図7】
図7は、実施例1、6、7及び比較例3で得られた試料のCV測定の結果を示す図である。
【
図8】
図8は、
図7から各試料の特定電位(0.05Vvs Hg/HgO)におけるカソード電流とアノード電流の差Δjと掃引速度の関係をプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の酸素発生反応用触媒は、陽極又は正極に用いるための酸素発生反応用触媒であり、タングステン酸塩及びタングステン以外の金属の塩を溶解したポリオールを加熱して合成されたタングステン酸化物である。本発明の酸素発生反応用触媒は、電気分解(電解)、電池等における酸素発生反応のための触媒として使用でき、例えば、水の電気分解における陽極、金属空気電池における空気極(正極)、二酸化炭素の電解における還元反応の対極等に使用することができる。本発明におけるポリオールとしては特に制限されず、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、テトラエチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリエチレングリコール等を挙げることができる。
【0011】
本発明における金属塩としては、酸素発生反応用触媒の構成成分を含む塩であり、使用するポリオールに溶解するものであれば特に制限されず、複数の金属塩を使用してもよい。例えば、本発明の酸素発生反応用触媒におけるタングステン源としてはタングステン酸塩を使用でき、加えてタングステン以外の金属の塩を使用することが好ましい。タングステン以外の金属の塩としては1種でもよく、2種以上でもよい。タングステン以外の金属の塩としては、例えば、鉄、コバルト、マンガン、ニッケル、銅等の塩を挙げることができ、これらの酢酸塩、硫酸塩、硝酸塩、塩化物等を挙げることができる。本発明のタングステン酸化物酸素発生反応用触媒は、タングステン以外に前記金属を1種又は2種以上含む。また、タングステン源として、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸アンモニウム、タングステン酸カルシウム等を使用することもできる。本発明の酸素発生反応用触媒としては、ウォルフレマイト型タングステン酸化物、層状結晶タングステン酸化物等を好適に例示でき、タングステン以外の2価の金属を1種含んでもよく、2種以上含んでもよい。これらの金属元素が結晶構造を構成していることが好ましい。酸素発生反応用触媒としての特性を向上させる観点から、タングステン以外の2価の金属を2種又は2種以上含むことが好ましい。中でも鉄とコバルトを含有するタングステン酸化物であることが好ましい。また、ウォルフレマイト型タングステン酸化物であることが好ましく、鉄とコバルトを含有するウォルフレマイト型タングステン酸化物であることが好ましい。鉄とコバルトを含有するタングステン酸化物は、FexCo1-xWO4(0<x<1)と表すことができる。xは0.2以上0.8以下が好ましく、0.4以上0.6以下がより好ましい。また、本発明の酸素発生反応用触媒は、酸素発生反応の触媒効果を阻害しない程度の他の成分を含んでもよい。
【0012】
本発明の酸素発生反応用触媒は、ポリオール中において常圧で合成されたものであるので、耐圧容器が必要となる水熱合成法に比べて低いコストで合成される。また、本発明の酸素発生反応用触媒は、従来の水熱合成法で合成されたものに比べて高い触媒活性を有することができる。触媒活性は酸素発生の反応速度の指標となるターフェル勾配と密接な関係があり触媒種類に依存する過電圧に大きく影響を受ける。低電流密度領域でのターフェル勾配の値が小さいほど、所定電流密度における過電圧が低いほど、触媒活性を向上させ電流密度を大きくできる。本発明の酸素発生反応用触媒は、従来の水熱合成法で合成されたものに比べて、小さなターフェル勾配を有することができ、過電圧を低くすることができる。さらに、従来の水熱合成法で合成されたものに比べて、大きな電気化学活性表面積(ECSA)を有することができる。このため、本発明の酸素発生反応用触媒は、従来の水熱合成法で合成されたものに比べて、高い触媒活性を有することができる。
【0013】
本発明は、過電圧が低い酸素発生反応用触媒を提供する。本発明のタングステン酸化物酸素発生反応用触媒は、電流密度10mA/cm2に到達したときにおいて、300~500mV、300~400mV、300~360mV又は330~360mVの範囲の過電圧を有する。また、本発明は、ターフェル勾配が小さい酸素発生反応用触媒を提供する。本発明のタングステン酸化物酸素発生反応用触媒は、30~60mVdec-1、35~55mVdec-1又は35~52mVdec-1の範囲のターフェル勾配を有する。また、本発明は、電気化学活性表面積が大きい酸素発生反応用触媒を提供する。本発明のタングステン酸化物酸素発生反応用触媒は、10~40m2/g、20~40m2/g、25~40m2/g又は28~36m2/gの範囲の電気化学活性表面積を有する。本発明における過電圧、ターフェル勾配及び電気化学活性表面積の測定は、実施例に記載された測定方法により測定することができる。測定の際は、タングステン酸化物そのものについて測定することが好ましい。
【0014】
本発明におけるタングステン酸化物は、タングステン以外の金属、例えば、鉄、コバルト、マンガン、ニッケル、銅等を1種又は2種以上含むことが好ましい。さらに、本発明におけるタングステン酸化物は、ウォルフレマイト型タングステン酸化物又は層状結晶構造を有するタングステン酸化物であることが好ましい。また、鉄とコバルトを結晶構造中に含むタングステン酸化物であることが好ましく、ウォルフレマイト型タングステン酸化物又は層状結晶タングステン酸化物であることが好ましい。鉄とコバルトを結晶構造中に含むウォルフレマイト型タングステン酸化物及び層状結晶タングステン酸化物は、FexCo1-xWO4(0<x<1)と表すことができ、xは0.2以上0.8以下が好ましく、0.4以上0.6以下がより好ましい。従来、酸素発生反応用触媒としては、酸化ルテニウム、酸化イリジウム等が用いられているが、本発明のタングステン酸化物酸素発生反応用触媒は、ルテニウムやイリジウム等の貴金属を使用しなくても酸素発生反応の触媒効果を有するため、コスト的に優れる。また、これらの金属は毒性が問題となるが、毒性の問題もない。さらに、本発明のタングステン酸化物酸素発生反応用触媒は、貴金属を使用した場合よりも触媒活性に優れることもできる。
【0015】
本発明の酸素発生反応用触媒における合成方法は、金属塩を溶解したポリオールを加熱する合成方法であれば特に制限されない。加熱温度としては特に制限されないが、溶媒として使用するポリオールの沸点近傍あるいはそれ以下の温度が好ましい。また、加熱方法としては特に制限されないが、合成反応を行う際に常圧で最も多く熱を加えることができるため、使用するポリオールの沸点付近の温度で還流することが好ましい。加熱時間は、合成反応が十分に行われる時間を適宜選択することができる。例えば、タングステン酸化物を合成する場合、鉄、コバルト、マンガン等のタングステン以外の金属塩を1種又は2種以上とタングステン酸塩をポリオール中に溶解させる。このとき、適宜水を加えてもよく、必要に応じてpHを調整してもよい。この溶液を加熱還流する。このときの加熱温度は、使用するポリオールの種類、ポリオールに添加する水の量等によって異なるが、前記溶液が還流できる温度であればよい。加熱時間は、合成反応が十分に行われる時間であれば特に制限されないが、例えば、30分~3時間、30分~2時間等を挙げることができる。加熱後、前記溶液の温度は室温まで下げ、遠心分離等の分離操作により固形分を回収することにより、合成されたタングステン酸化物を得ることができる。タングステン源としてタングステン酸塩を使用し、タングステン以外の2価の金属の塩を使用した場合は、ウォルフレマイト型タングステン酸化物を合成することができる。
【0016】
上記合成方法、すなわち本発明の製造方法によれば、従来の水熱合成法で合成されたものに比べて、小さなターフェル勾配を有する酸素発生反応用触媒を製造することができる。また、従来の水熱合成法で合成されたものに比べて、過電圧の低い酸素発生反応用触媒を製造することができる。さらに、従来の水熱合成法で合成されたものに比べて、大きな電気化学活性表面積を有する酸素発生反応用触媒を製造することができる。このため、本発明の製造方法によれば、従来の水熱合成法で合成されたものに比べて、高い触媒活性を有する酸素発生反応用触媒を製造することができる。これは、ポリオールを溶媒として使用することにより、ポリオールが発生する触媒粒子表面の保護剤として働き、触媒粒子の凝集による成長を妨げるためと考えられる。本発明の製造方法によれば、電流密度10mA/cm2に到達したときにおいて、過電圧が300~500mV、300~400mV、300~360mV又は330~360mVの範囲である酸素発生反応用触媒を製造することができる。また、30~60mVdec-1、35~55mVdec-1又は35~52mVdec-1の範囲のターフェル勾配を有する酸素発生反応用触媒を製造することができる。さらに、10~40m2/g、20~40m2/g、25~40m2/g又は28~36m2/gの範囲の電気化学活性表面積を有する酸素発生反応用触媒を製造することができる。
【実施例】
【0017】
以下に実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの具体的実施形態に限定されるものではない。
【0018】
[実施例1]
ビーカーにジエチレングリコールを25mL入れ、蒸留水で希釈した塩酸を加えてpHを5.5に調整した。pH調整後の溶液を70℃まで昇温し、これに酢酸鉄(II)を0.48g、酢酸コバルト(II)四水和物を0.63g加え、撹拌子を用いて均一になるまで強く撹拌した。ビーカー内の溶液を四つ口フラスコに移し、2.5mLの蒸留水にタングステン酸ナトリウム二水和物を1.67g溶解した溶液を加え、15~20分の間で220℃まで昇温した。この溶液を強く撹拌しつつ220℃で1時間還流した。還流後、室温まで自然冷却した。得られた混合溶液に、酢酸とエタノールを加えて遠心分離を数回行った後、蒸留水のみを加えて遠心分離を数回行った。残滓を室温で5時間真空乾燥させることにより、鉄とコバルトを組み込んだウォルフレマイト型タングステン酸化物(Fe0.5Co0.5WO4)を得た。
【0019】
[実施例2]
酢酸コバルト(II)四水和物を使用せず、加える酢酸鉄(II)の量を0.97gとした以外は実施例1と同じ方法により、鉄を組み込んだウォルフレマイト型タングステン酸化物(FeWO4)を得た。
【0020】
[実施例3]
酢酸鉄(II)を使用せず、加える酢酸コバルト(II)四水和物の量を1.26gとした以外は実施例1と同じ方法により、コバルトを組み込んだウォルフレマイト型タングステン酸塩(CoWO4)を得た。
【0021】
[実施例4]
酢酸鉄(II)を0.48g、酢酸コバルト(II)四水和物に換えて酢酸マンガン(II)四水和物を0.61g加えた以外は実施例1と同じ方法により、鉄とマンガンを組み込んだウォルフレマイト型タングステン酸塩(Mn0.5Fe0.5WO4)を得た。
【0022】
[実施例5]
酢酸鉄(II)に換えて酢酸マンガン(II)四水和物を0.61g、酢酸コバルト(II)四水和物を0.63g加えた以外は実施例1と同じ方法により、コバルトとマンガンを組み込んだウォルフレマイト型タングステン酸塩(Co0.5Mn0.5WO4)を得た。
【0023】
[実施例6]
酢酸鉄(II)を0.19g、酢酸コバルト(II)四水和物を1.01g加えた以外は、実施例1と同じ方法により、鉄とコバルトを組み込んだウォルフレマイト型タングステン酸化物(Fe0.2Co0.8WO4)を得た。
【0024】
[実施例7]
酢酸鉄(II)を0.77g、酢酸コバルト(II)四水和物を0.25g加えた以外は、実施例1と同じ方法により、鉄とコバルトを組み込んだウォルフレマイト型タングステン酸化物(Fe0.8Co0.2WO4)を得た。
【0025】
[比較例1]
WO3(純度95.0%、和光純薬工業)を用意し比較例1の試料とした。
【0026】
[比較例2]
RuO2(純度99.9%、シグマアルドリッチ社)を用意し比較例2の試料とした。
【0027】
[比較例3]
ビーカーに蒸留水を25mL入れ、70℃まで昇温し、これに塩化コバルト(II)六水和物を0.11g、塩化鉄(II)四水和物を0.09g加え、撹拌子を用いて10分間撹拌した。その後、撹拌した溶液に10mLの蒸留水にタングステン(IV)酸ナトリウム二水和物を0.30g溶解した溶液を加え、さらに10分間撹拌した。ビーカー内の溶液をテフロン(商標登録)製の容器に移し、オートクレーブにおいて180℃で24時間加熱した。加熱後、室温まで自然冷却した。得られた混合溶液にエタノールを加えて遠心分離を数回行った後、蒸留水のみを加えて遠心分離を数回行った。残滓を60℃で12時間真空乾燥させることにより、鉄とコバルトを組み込んだウォルフレマイト型タングステン酸化物(h-Fe0.5Co0.5WO4)を得た。
【0028】
実施例及び比較例で得られた試料を以下の方法で評価した。
(X線回折(XRD))
XRDパターンをCuKα放射線(40kv、40mA)を備えたX線回折計(RigakuUltima4)により測定した。
(リニアスイープボルタンメトリー(LSV))
エタノールを350μL、水を350μL、及びナフィオンを95μL含む混合溶液に、各試料を5mgとアセチレンカーボンブラック(導電性カーボン)を5mg加え、60分間超音波分散処理を行った。得られた分散液をアルミナで磨いたディスク電極(直径5mm)に10μL滴加した(活物質量:0.32mg)。その後、ディスク電極を室温、空気中で乾燥させ、これを作用電極とした。三電極セルを使用し、対照電極として白金メッシュを使用し、参照電極としてHg/HgOを使用した。電解液にはN2を30分パージした1MKOHを用いた。掃引速度を1mV/sとし、作用極上の酸素気泡を取り除くため回転数を1600rpmとした。作用極と参照電極間に生じる溶液の抵抗は、フィードバック率60%で補償された。酸素発生反応ではプロトンが生じるため、電解液のpHが小さくなり、水酸化電位が変化する。可逆水素電極(RHE)に変換することで、pHの影響をキャンセルすることができる。変換には、ERHE=0.059×14+0.123+EHg/HgOの式を用いた。pHは14であった。
(サイクリックボルタンメトリー)
エタノールを350μL、水を350μL、及びナフィオンを95μL含む混合溶液に、各試料を5mgとアセチレンカーボンブラック(導電性カーボン)を5mg加え、60分間超音波分散処理を行った。得られた分散液をアルミナで磨いたディスク電極(直径5mm)に10μL滴加した(活物質量:0.32mg)。その後、ディスク電極を室温、空気中で乾燥させ、これを作用電極とした。三電極セルを使用し、対照電極として白金メッシュを使用し、参照電極としてHg/HgOを使用した。電解液にはN2を30分パージした1MKOHを用いた。掃引速度を20mV/sとし、ファラデー反応が観測されない範囲、0~+1Vの間でサイクル(約100サイクル)させた。
【0029】
実施例1~5で得られた試料のXRDパターンを
図1に示す。(a)、(b)は、それぞれ実施例2、3で調製した試料のXRDパターンである。これらは、それぞれウォルフレマイト型タングステン酸化物であるFeWO
4(PDF:01-085-1354)、CoWO
4(PDF:01-072-0479)に帰属される。(c)、(d)、(e)は、それぞれ実施例1、4、5で調製した試料のXRDパターンであり、ウォルフレマイト型タングステン酸化物が形成されたことを示している。
【0030】
実施例1~5並びに比較例1~3で得られた試料のリニアスイープボルタモグラムを
図2に示す。実施例1~5で得られた試料は、いずれも電流応答性を示した。実施例2及び3で得られた試料は、酸素発生に対して最高の触媒性能を有するRuO
2(比較例2)とほぼ同等の触媒活性を示し、実施例1で得られた試料では、
図2より明らかなように、電流のシャープな立ち上がりが見られ、RuO
2よりもはるかに高い触媒活性を示した。また、実施例4及び5で得られた試料もWO
3(比較例1)に比べて触媒活性が向上した。
【0031】
実施例1、6、7及び比較例3で得られた試料のXRDパターンを
図4に示す。
図4の上から順に実施例6、実施例7、実施例1、比較例3のXRDパターンである。p-はポリオールを使用する本発明の方法で得られたことを表し、h-は水熱合成法で得られたことを表す。実施例1、6、7及び比較例3のいずれで得られた試料もウォルフレマイト型タングステン酸化物であることが
図4から示されている。また、
図4から実施例1は比較例3に比べて回折ピークがブロードになっている。これは、触媒の結晶子の粒が細かいことを定性的に表している。触媒組成は異なるものの、実施例6及び7も回折ピークはブロードである。よって同じ組成のウォルフレマイト型タングステン酸化物であってもポリオール中で製造した触媒は水熱合成法で製造した触媒に比べて回折ピークがブロードになること示している。
【0032】
実施例1、6、7及び比較例3で得られた試料のリニアスイープボルタモグラムを
図5に示す。
図5より明らかなように、実施例1、6及び7の本発明の方法により得られた試料では、比較例3の水熱合成法により得られた試料に比べて、電流のシャープな立ち上がりが見られ、10mA/cm
2あるいは100mA/cm
2に到達するのに必要な過電圧が低い。すなわち、本発明の方法により得られた試料は、OER電流が大きく酸素発生に対して高い触媒活性を有することが示されている。
【0033】
図2及び
図5の立ち上がり部分を解析するために、ターフェルプロットを作成した。
図3に
図2の電流密度の常用対数を横軸、水酸化の標準電位1.23Vとの差(過電圧)を縦軸としたプロットを示す。また、
図6に
図5について同様にプロットした図を示す。
図2及び
図3並びに
図5及び
図6より算出されたパラメータ(開始過電圧は
図3又は
図6の直線領域の低電位側の端点と定義)を表1に示す。ターフェル勾配は
図3又は
図6のプロットと直線の重複部分から算出され、ターフェル式[η=a+b・log(j)]により近似された。ここで、aはターフェル定数、bはターフェル勾配、jは電流密度である。実施例1、6及び7で得られた試料は、RuO
2(比較例
2)に匹敵する開始過電圧を示し、電流密度10mA/cm
2時の過電圧はRuO
2(比較例
2)及び他の実施例で得られた試料に比べて低い。さらに、ターフェル勾配も、RuO
2(比較例
2)及び他の実施例で得られた試料に比べて小さい。ターフェル勾配は、電流値が10倍になるのに要する電位差であり、値が小さいほど反応速度が速く、活性であることを表し、水酸化における電子移動の速さを表す。表1の結果は、実施例1、6及び7で得られた試料は、RuO
2(比較例
2)及び他の実施例で得られた試料よりも反応速度が著しく速いことを示している。また、他の実施例においても、例えば、実施例2、3で得られた試料のターフェル勾配は、それぞれ48.8mVdec
-1、51.0mVdec
-1であり、非特許文献1でそれぞれ報告された60mVdec
-1、70mVdec
-1より小さい。したがって、同じ組成であっても本発明の方法により製造されたものは、水熱合成法により製造されたものに比べて酸素発生反応用触媒として優れることが示されている。
【0034】
【0035】
図6から、実施例1、6、7及び比較例3で得られた試料のターフェル勾配は、それぞれ近い値となっている。これは組成が同じため、本質的な反応速度(=律速段階の活性化エネルギー)が同じであるためと考えられる。しかし、実施例1、6及び7で得られた試料の開始過電圧は、比較例3で得られた試料よりも小さい。このLSVによる電流と電圧の関係の違いは、拡散に関わるところ、反応表面積(電気化学活性表面積:ECSA)によると考えられる。そこで、ECSAに比例する電気化学二重層キャパシタ(Cdl)をサイクリックボルタンメトリー(CV)により算出した。
図7にCV測定の結果を示す。CVの電位範囲はファラデー反応が観測されない範囲の0~0.1Vとした。Cdlは、各試料の特定電位(0.05Vvs Hg/HgO)におけるカソード電流とアノード電流の差Δjと掃引速度の関係のプロット(
図8)から算出した。プロットから得られる近似直線の傾きはCdlに相当する。ECSAは、ECSA=Cdl/Csの式から算出される。ここで、Csは、同一電解質条件での単位面積当たりのサンプルの比容量又は材料の原子レベルで滑らかな表面の容量である。Csは1.0MKOH中での典型的な値である0.040mF/cm
2を用いた。算出したCdl及びECSAを表2に示す。表2の実施例1と比較例3の比較から、同じ組成のウォルフレマイト型タングステン酸化物であっても本発明の製造方法で作製したものと、水熱合成法により作製したものではECSAが異なり、本発明の製造方法で作製したものは大きなECSAを有している。これらのECSAの結果は、上述の
図4のXRDパターンの結果と整合する。したがって、同じ組成であっても本発明の製造方法で作製したものと、水熱合成法により作製したものとでは、物として異なり、発明の製造方法で作製したものは発明の製造方法で作製したものに比べて、酸素発生反応用触媒として優れた特性を有している。また、実施例6及び7で得られた試料は、比較例3で得られた試料と組成が異なるため比較はできないが、比較例3で得られた試料と同等以上のECSAを有している。
【0036】
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の酸素発生反応用触媒は、電気分解(電解)、電池等における酸素発生反応のための触媒として好適に使用でき、例えば、水の電気分解における陽極、金属空気電池における空気極(正極)、二酸化炭素の電解における還元反応の対極等に使用することができる。また、本発明の製造方法は、このような酸素発生反応用触媒を低コストで製造する方法として好適に使用することができる。