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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】摺動性構造体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/10 20060101AFI20240228BHJP
   B22F 7/04 20060101ALI20240228BHJP
   F16C 33/16 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
F16C33/10 D
B22F7/04 A
F16C33/16
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017109355
(22)【出願日】2017-06-01
(65)【公開番号】P2017219200
(43)【公開日】2017-12-14
【審査請求日】2020-05-15
【審判番号】
【審判請求日】2022-09-22
(31)【優先権主張番号】P 2016110130
(32)【優先日】2016-06-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003524
【氏名又は名称】弁理士法人愛宕綜合特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 和伸
(72)【発明者】
【氏名】榎戸 俊文
(72)【発明者】
【氏名】瀬上 幸太
(72)【発明者】
【氏名】小林 祐介
【合議体】
【審判長】小川 恭司
【審判官】久島 弘太郎
【審判官】内田 博之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/070621(WO,A1)
【文献】特開2002-144178(JP,A)
【文献】特開2013-204807(JP,A)
【文献】特開2009-156295(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/02- 33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粗面化された基材表面上に摺動層が形成されて成る構造体であって、前記摺動層が微粉化された炭素組成物含有樹脂組成物の微粉集合体が前記粗面を構成する凹凸の少なくとも凹部に埋め込まれて形成されており、前記炭素組成物含有樹脂組成物が、付加反応型ポリイミド樹脂をベース樹脂とし、前記粗面の算術平均粗さ(Ra)が0.4~0.8であり、少なくとも粗面化表面が、ステンレス鋼、鉄系材料、アルミニウム合金の何れかから成ることを特徴とする構造体。
【請求項2】
前記炭素組成物が、炭素繊維、グラファイト、微細炭素系材料の何れかである請求項1記載の構造体。
【請求項3】
前記摺動層が、二硫化モリブデン、四フッ化エチレン樹脂、金属粉の少なくとも1種を含有する請求項1又は2記載の構造体。
【請求項4】
前記摺動層の算術平均表面粗さ(Ra)が0.4未満である請求項1~の何れかに記載の構造体。
【請求項5】
粗面化した基材表面上に摺動層が形成されて成る構造体の製造方法であって、粗面化した基材表面に炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体を圧接して、該圧接の際、前記粗面及び炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体間を摩擦させることにより、前記粗面を構成する凹凸の少なくとも凹部に微粉化された炭素組成物含有樹脂組成物の微粉集合体が埋め込まれて摺動層を形成し、前記炭素組成物含有樹脂組成物が、付加反応型ポリイミド樹脂をベース樹脂とし、前記粗面の算術平均粗さ(Ra)が0.4~0.8であり、少なくとも粗面化表面が、ステンレス鋼、鉄系材料、アルミニウム合金の何れかから成ることを特徴とする構造体の製造方法。
【請求項6】
前記圧接の際、押圧力が500kPa以上及び摩擦速度が0.5m/sである請求項5記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動性構造体及びその製造方法に関するものであり、より詳細には、摺動性能に優れた摺動層を備えた摺動性構造体、及び該摺動層を効率よく構造体に形成することが可能な摺動性構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維等の機能性繊維を樹脂に配合して成る繊維強化樹脂は、耐摩耗性及び自己潤滑性に優れると共に、耐熱性及び耐薬品性に優れていることから、転動体等の摺動部材として使用することが提案されている(特許文献1)。しかしながら、摺動部材の用途などによっては、繊維強化樹脂単独で摺動部材を成形することは、耐荷重性等の点で十分満足できない場合がある。
一方、金属板の表面に一体的に形成された多孔質層に、摺動性を発現可能な組成物を含浸被覆して成る複合摺動部材が提案されている。例えば、下記特許文献2には、金属裏金の表面に形成された多孔質層に、ポリイミド樹脂及びポリフェニレンサルファイド樹脂、平均粒子径8~40μmの粒状無機充填材、炭素繊維、及びポリテトラフルオロエチレンから成る含浸被覆組成物を含浸被覆して成る複層摺動部材が記載されている。
また下記特許文献3には、鋼板から成る裏金表面に一体的に形成された金属焼結部材から成る多孔質金属焼結層に、フルオロカーボン重合体等の合成樹脂を主成分とし、耐摩耗性向上剤としてポリイミド等の有機材料を含有する樹脂組成物を充填被覆して成る複層摺動部材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2011-127636号公報
【文献】特開2009-79766号公報
【文献】特開2011-80525号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記複層摺動部材は、金属板上に予め多孔質層を形成した後、調製された摺動性を発現可能な組成物を多孔質層に供給し、これを加熱、加圧することによって、多孔質層に含浸被覆することにより製造されていることから、必要な工程数が多く、生産性に劣るという問題がある。
従って本発明の目的は、優れた摺動性能を有する炭素繊維等の炭素組成物を含有する樹脂組成物から成る摺動層を基材上に有する摺動性構造体を提供することである。
本発明の他の目的は、この摺動層を効率よく基材上に形成可能な製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明によれば、粗面化された基材表面上に摺動層が形成されて成る構造体であって、前記摺動層が微粉化された炭素組成物含有樹脂組成物の微粉集合体が前記粗面を構成する凹凸の少なくとも凹部に埋め込まれて形成されており、前記炭素組成物含有樹脂組成物が、付加反応型ポリイミド樹脂をベース樹脂とし、前記粗面の算術平均粗さ(Ra)が0.4~0.8であり、少なくとも粗面化表面が、ステンレス鋼、鉄系材料、アルミニウム合金の何れかから成ることを特徴とする構造体が提供される。
本発明の構造体においては、
1.前記炭素組成物が、炭素繊維、グラファイト、微細炭素系材料の何れかであること、
2.前記摺動層が、二硫化モリブデン、四フッ化エチレン樹脂、金属粉の少なくとも1種を含有すること、
.前記摺動層の算術平均表面粗さ(Ra)が0.4未満であること、
が好適である。
【0006】
本発明によればまた、粗面化した基材表面上に摺動層が形成されて成る構造体の製造方法であって、粗面化した基材表面に炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体を圧接して、該圧接の際、前記粗面及び炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体間を摩擦させることにより、前記粗面を構成する凹凸の少なくとも凹部に微粉化された炭素組成物含有樹脂組成物の微粉集合体が埋め込まれて摺動層を形成し、前記炭素組成物含有樹脂組成物が、付加反応型ポリイミド樹脂をベース樹脂とし、前記粗面の算術平均粗さ(Ra)が0.4~0.8であり、少なくとも粗面化表面が、ステンレス鋼、鉄系材料、アルミニウム合金の何れかから成ることを特徴とする構造体の製造方法が提供される。
本発明の構造体の製造方法においては、前記圧接の際、押圧力が500kPa以上及び摩擦速度が0.5m/sであること、
が好適である。
【発明の効果】
【0007】
本発明においては、炭素組成物含有樹脂組成物を粗面化された基材表面に加圧しながら摩擦するだけで、構造体上に摺動層を形成することができ、従来の複層摺動部材の製造に比して工程数が少なく、非常に効率的である。しかも加圧摩擦することによって、構造体表面の少なくとも凹部に移着・埋め込まれた、摺動層を形成する炭素組成物含有組成物は、構造体から容易に離脱することもなく、摺動部材として耐久性にも優れている。
また摺動層を構成する炭素組成物含有樹脂組成物のベース樹脂として付加反応型ポリイミド樹脂を使用することにより、優れた摺動特性だけでなく、耐熱性、耐久性及び機械的強度の点においても優れた構造体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の構造体の断面構造を示す図である。
図2】本発明の構造体の摺動層を形成する方法の一例を説明するための図である。
図3】本発明の構造体の摺動層を形成する方法の他の例を説明するための図である。
図4】実施例における滑り摩耗試験方法を説明するための図である。
図5】平均摩耗面積の測定方法を説明するための図である。
図6】比摩耗量の算出方法を説明するための図である。
図7】実施例及び比較例において摩耗試験後の試験片の顕微鏡観察部位を示す図である。
図8】実施例1,2及び比較例1,2において摩耗試験後の試験片の摺動層表面の顕微鏡観察写真を示す図である。
図9】実施例3,4及び比較例3,4において摩耗試験後の試験片の摺動層表面の顕微鏡観察写真を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(摺動性構造体)
本発明の構造体は、表面が粗面化された基材と、この粗面化された表面上に形成される摺動層を有するものであり、この摺動層が微粉化された炭素組成物含有樹脂組成物から成り、この炭素組成物含有樹脂組成物が粗面の少なくとも凹部に埋め込まれ、好適には凹凸全体を被覆する層となって基材に固着された状態になっていることが重要な特徴である。
図1は本発明の構造体の上記特徴を説明するための断面図であり、全体を1で表す構造体は、表面が粗面化された基材2及びこの基材の粗面化された表面を覆うように設けられた摺動層3から成っている。摺動層3は、炭素組成物を含有する樹脂組成物の微粉集合体5が、粗面の凹部4aに埋め込まれていると共に凸部4b上にも固着して、基材表面を覆った状態になっている。
本発明における摺動層の厚みは、その用途などによって一概に規定できないが、少なくとも基材に形成された粗面の凹部の深さ以上の厚みを有しており、また上述したように、摺動層が粗面を均一に覆っていることが好ましいことから、摺動層の表面は、算術平均表面粗さ(Ra)で0.4未満に平滑化されていることが好適である。
尚、本発明の構造体は、構造体表面に上記特徴を有する摺動層を有し、この摺動層が他の物体との間で摺動面となっている限り、その形状は限定されない。例えば、ディスク状、ブッシュ状、球状等、基材の形状に制限されず、その摺動面が上述する特徴を有していればよい。
【0010】
[炭素組成物]
本発明に用いる炭素組成物含有樹脂組成物において、炭素組成物としては、炭素繊維、グラファイト、微細炭素系材料の何れかを好適に使用することができる。このような炭素組成物は、強度、弾性率が高く、しかも熱伝導率が高いことから摩擦により発生した熱を効率的に放散することができ、安定した摺動性を得ることが可能になる。
炭素繊維としては、ポリアクリロニトリル(PAN)を主原料とするPAN系炭素繊維、タールピッチを主原料とするピッチ系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維を挙げることができる。中でも平均繊維長が50~6000μm及び平均繊維径が5~20μmの範囲にある炭素繊維を好適に使用することができる。
また炭素繊維以外にも、グラファイト等の導電性フィラーや、繊維長が500nm以下の炭素繊維やカーボンブラック等の微細炭素系材料を使用することができる。
炭素組成物は、ベース樹脂100重量部に対して5~200重量部、特に10~150重量部の量で含有されていることが、摺動性の点から好ましい。すなわち上記範囲よりも炭素組成物の量が少ないと、満足する摺動性を得ることができず、一方上記範囲より多い場合には、摺動層が基材に固着せず、所望の摺動性を発現することが困難になるおそれがある。
【0011】
[ベース樹脂]
本発明において炭素組成物を配合するベース樹脂としては、従来、炭素繊維強化合成樹脂等に使用されていた合成樹脂、例えば、ポリカーボネート、ポリプロピレン、アクリル樹脂、ポリオキシエチレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルイミド、四フッ化エチレン樹脂、ポリフッ化ビニリデン、ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリブチレンテレフタレート、アクリロニトリル・スチレン・アクリレート共重合体、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体、ポリエーテルサルホン、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体等を使用することができるが、本発明においては、特に付加反応型ポリイミドを好適に使用することができる。
【0012】
本発明において特に好適に使用される付加反応型ポリイミド樹脂としては、末端に付加反応基を有する芳香族ポリイミドオリゴマーから成り、従来公知の製法により調製したものを使用することができる。例えば、芳香族テトラカルボン酸二無水物、芳香族ジアミン、及び分子内に付加反応基と共に無水物基又はアミノ基を有する化合物を、各酸基の当量の合計と各アミノ基の合計とをほぼ等量となるように使用して、好適には溶媒中で反応させることによって容易に得ることができる。反応の方法としては、100℃以下、好適には80℃以下の温度で、0.1~50時間重合してアミド酸結合を有するオリゴマーを生成し、次いでイミド化剤によって化学イミド化する方法や、140~280℃程度の高温で加熱して熱イミド化する2工程からなる方法、或いは始めから140~280℃の高温で、0.1~50時間重合・イミド化反応を行わせる1工程からなる方法を例示できる。
これらの反応で用いる溶媒は、これに限定されないが、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジエチルアセトアミド、γ-ブチルラクトン、N-メチルカプロラクタム等の有機極性溶媒を好適に使用できる。
【0013】
本発明において、芳香族イミドオリゴマーの末端の付加反応基は、加熱によって硬化反応(付加重合反応)を行う基であれば特に限定されないが、好適に硬化反応を行うことができること、及び得られた硬化物の耐熱性が良好であることを考慮すると、好ましくはフェニルエチニル基、アセチレン基、ナジック酸基、及びマレイミド基からなる群から選ばれるいずれかの反応基であることが好ましく、特にフェニルエチニル基は、硬化反応によるガス成分の発生がなく、しかも耐熱性に優れていると共に機械的な強度にも優れていることから好適である。
これらの付加反応基は、分子内に付加反応基と共に無水物基又はアミノ基を有する化合物が、芳香族イミドオリゴマーの末端のアミノ基又は酸無水物基と、好適にはイミド環を形成する反応によって、芳香族イミドオリゴマーの末端に導入される。
分子内に付加反応基と共に無水物基又はアミノ基を有する化合物は、例えば4-(2-フェニルエチニル)無水フタル酸、4-(2-フェニルエチニル)アニリン、4-エチニル-無水フタル酸、4-エチニルアニリン、ナジック酸無水物、マレイン酸無水物等を好適に使用することができる。
【0014】
末端に付加反応基を有する芳香族イミドオリゴマーを形成するテトラカルボン酸成分としては、2,3,3’,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、及び3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれる少なくとも一つのテトラカルボン酸二無水物を例示することができ、特に、2,3,3’,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物を好適に使用することができる。
【0015】
末端に付加反応基を有する芳香族イミドオリゴマーを形成するジアミン成分としては、これに限定されないが、1,4-ジアミノベンゼン、1,3-ジアミノベンゼン、1,2-ジアミノベンゼン、2,6-ジエチル-1,3-ジアミノベンゼン、4,6-ジエチル-2-メチル-1,3-ジアミノベンゼン、3,5-ジエチルトルエン-2,4-ジアミン、3,5-ジエチルトルエン-2,6-ジアミン等のベンゼン環を1個有するジアミン、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル、3,3’-ジアミノジフェニルエーテル、3,3’-ジアミノベンゾフェノン、4,4’-ジアミノベンゾフェノン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,3’-ジアミノジフェニルメタン、ビス(2,6-ジエチル-4-アミノフェノキシ)メタン、ビス(2-エチル-6-メチル-4-アミノフェニル)メタン、4,4’-メチレン-ビス(2,6-ジエチルアニリン)、4,4’-メチレン-ビス(2-エチル,6-メチルアニリン)、2,2―ビス(3-アミノフェニル)プロパン、2,2―ビス(4-アミノフェニル)プロパン、ベンジジン、2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン、3,3’-ジメチルベンジジン、2,2-ビス(4-アミノフェニル)プロパン、2,2-ビス(3-アミノフェニル)プロパン等のベンゼン環を2個有するジアミン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(3-アミノフェノキシ)ベンゼン,1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4-ビス(3-アミノフェノキシ)ベンゼン等のベンゼン環を3個有するジアミン、2,2-ビス[4-[4-アミノフェノキシ]フェニル]プロパン、2,2-ビス[4-[4-アミノフェノキシ]フェニル]ヘキサフルオロプロパン等のベンゼン環を4個有するジアミン等を単独、或いは複数種混合して使用することができる。
【0016】
これらの中でも、1,3-ジアミノベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、及び2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジンからなる群から選ばれる少なくとも二つの芳香族ジアミンによって構成された混合ジアミンを用いることが好適であり、特に、1,3-ジアミノベンゼンと1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンとの組み合せからなる混合ジアミン、3,4’-ジアミノジフェニルエーテルと4,4’-ジアミノジフェニルエーテルとの組み合せからなる混合ジアミン、3,4’-ジアミノジフェニルエーテルと1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンとの組み合せからなる混合ジアミン、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルと1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンとの組み合せからなる混合ジアミン、及び2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジンと1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンとの組み合せからなる混合ジアミンを使用することが、耐熱性と成形性の点から好適である。
【0017】
末端に付加反応基を有する芳香族イミドオリゴマーは、イミドオリゴマーの繰返し単位の繰返し数が0より大きく20以下、特に1~5であることが好適であり、GPCによるスチレン換算の数平均分子量が、10000以下、特に3000以下であることが好適である。繰返し単位の繰返し数が上記範囲にあることにより、溶融粘度が適切な範囲に調整されて、炭素組成物を均一に含有することが可能になる。また高温で成形する必要がなく、成形性にも優れている。
繰返し単位の繰返し数の調整は、芳香族テトラカルボン酸二無水物、芳香族ジアミン、及び分子内に付加反応基と共に無水物基又はアミノ基を有する化合物の割合を変えることにより行うことができ、分子内に付加反応基と共に無水物基又はアミノ基を有する化合物の割合を高くすることにより、低分子量化して繰返し単位の繰返し数は小さくなり、この化合物の割合を小さくすると、高分子量化して繰返し単位の繰返し数は大きくなる。
尚、付加反応型ポリイミド樹脂には、目的とする摺動部材の用途に応じて、難燃剤、着色剤、滑剤、熱安定剤、光安定剤、紫外線吸収剤、充填剤、増粘剤等の樹脂添加剤を公知の処方に従って配合することができる。
【0018】
[その他配合剤]
本発明の炭素組成物含有樹脂組成物においては、摺動性能を更に高めるために、二硫化モリブデン、四フッ化エチレン樹脂、アルミ粉や銅粉等の金属粉の少なくとも1種以上を配合することが好適である。これらは、ベース樹脂100重量部に対して5~40重量部の量で含有されていることが好適である。
【0019】
[基材]
本発明において、摺動層は、後述する本発明の構造体の製造方法から明らかなように、炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体が粗面化された基材の表面で削られて微粉化し、この微粉体が粗面の凹部に充填され、押圧されることによって形成されることから、本発明の構造体を構成する基材は、炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体を削ることが可能な硬度を有することが必要であり、このような観点から、ステンレス鋼、圧延鋼板等の鉄系材料、超硬合金、アルミニウム合金等を使用することができる。
基材表面は、炭素組成物含有樹脂組成物の成形体を削って微粉化すると共に、少なくともその凹部に炭素組成物含有樹脂組成物が埋め込まれ、摺動層を形成する観点から、算術平均粗さ(Ra)が0.4~0.8、特に0.5~0.7の範囲にある粗面が形成されていることが望ましい。上記範囲よりも表面粗さが小さい場合には、上記範囲にある場合に比して微粉体が基材表面に十分に移着することが困難になるおそれがあり、一方上記範囲よりも表面粗さが大きい場合には、成形体の微粉化には有効であるが、凹部の深さが大きいことから、上記範囲にある場合に比して、凹部内に微粉体が充填・圧着されることが困難になるおそれがある。
【0020】
(構造体の製造方法)
本発明の構造体は、前述したとおり、粗面化した基材表面に微粉化された炭素組成物含有樹脂組成物が粗面の少なくとも凹部に埋め込まれて摺動層を形成して成るものであり、炭素組成物含有樹脂組成物を従来公知の粉砕機を用いて予め微粉化して、この微粉体を粗面の凹部に充填した後、これを加圧・加熱して摺動層を形成することにより製造することもできるが、好適には、炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体を基材の粗面に加圧しながら摩擦して、前記粗面上に炭素組成物含有樹脂組成物の微粉体を移着させて摺動層を形成することが望ましい。この方法によれば、微粉化された炭素組成物含有樹脂組成物が粗面に摺擦されることにより発生する摩擦熱と加圧により、炭素組成物含有樹脂組成物の微粉体が粗面に安定化した膜として形成され、予め作成した微粉体を充填・加圧した場合によりも粗面に強固に圧着されることになり、摺動層の脱離が抑制されると共に、生産性にも顕著に優れている。
【0021】
[炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体]
炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体は、前述した炭素組成物含有樹脂組成物を、圧縮成形、トランスファー成形、射出成形、押出成形等の従来公知の成形方法から、用いるベース樹脂の種類或いは構造体の形状によって成形方法を適宜選択して成形することができる。
例えば、ベース樹脂として最も好適に用いられる付加反応型ポリイミド樹脂を使用する場合には、付加反応型ポリイミド樹脂のプレポリマーと炭素組成物及び他の配合剤を、付加反応型ポリイミド樹脂の融点以上の温度で加熱してプレポリマーを溶融しながら混練することにより、プレポリマーと炭素組成物を混合する。
プレポリマー及び炭素組成物の混練は、ヘンシェルミキサー、タンブラーミキサー、リボンブレンダ―等の従来公知の混合機を用いることもできるが、炭素繊維等の炭素組成物の破断を抑制すると共に分散させることが重要であることから、バッチ式の加圧ニーダー(混練機)を用いることが特に好適である。分散混練工程の温度は、プレポリマーの融点以上、且つ架橋硬化する温度以下とすることが望ましい。
次いで、プレポリマー及び炭素組成物の混合物は、用いるポリイミド樹脂の熱硬化開始温度以上の温度条件下で賦形し、所望の形状の樹脂成形体として成形される。尚、ベース樹脂として付加反応型ポリイミド樹脂を用いた場合の成形体への賦形は、成形型に導入された混合物を加圧圧縮して成形する圧縮成形やトランスファー成形によることが好適である。
【0022】
[基材表面の粗面化]
本発明においては、基材の表面に、上述した炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体を削って微粉化すると共に、この微粉化された炭素組成物含有樹脂組成物を埋め込むための凹部を有する粗面を形成する。
粗面の形成方法は、基材の材質及び形状に合わせて、算術平均粗さ(Ra)で0.4~0.8の範囲になるように、研磨、ブラスト、エッチング等、従来公知の方法により行うことができる。
【0023】
[摺動層の形成]
本発明の摺動性構造体の製造方法において、摺動層の形成は、摺動性構造体を摺動部材として実際に使用する場合と同様の回転運動や往復運動等の摩擦運動を、基材の粗面及び炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体の間で行うことにより、基材の粗面に摺動層を効率よく形成することができる。具体的には、基材に形成された粗面の粗さ、基材と炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体の間に作用する圧力の大きさ及び摩擦運動の時間を制御することによって、均一な摺動層を形成することが可能になる。このようにして基材上に形成された摺動層は、算術平均粗さ(Ra)が0.4未満、0.10~0.35、特に0.20~0.35の範囲にあるように平滑化されていることが好適である。
【0024】
図2及び図3は、摺動層の形成のための摩擦運動を説明するための図であり、図2は構造体がディスク状の場合であり、台座11の上に炭素組成物含有樹脂組成物から成る成形体10を載置し、この成形体10の上に、ディスク状の基材2を粗面4側が接するように設置し、基材2を図の矢印方向に回転可能な回転軸12で、基材2の粗面4を成形体10に加圧しながら、回転させる。これにより、成形体10は粗面4で削られて微粉体を形成し、形成された微粉体は粗面4の凹部に埋め込まれると共に、摩擦熱をかけられながら凹部内に圧着されて、ディスク表面に摺動層が形成される。図2に示す態様では、基材及び成形体の位置を変えて成形体を回動させてももちろんよい。
また図3は構造体が管状の場合であり、炭素組成物含有樹脂組成物から成る円柱状成形体10を、管の内面に粗面4が形成された管状の基材2に嵌め込み、円柱状成形体10を回転させるもしくは、基材の軸方向に往復動させることによって、図2に示した場合と同様に、成形体10は基材2の粗面4で削られて微粉体を形成し、形成された微粉体は粗面の凹部に埋め込まれると共に、摩擦熱をかけられながら凹部内に圧着されて、管状基材の内周面に摺動層が形成される。
【実施例
【0025】
(滑り摩耗試験)
JIS K 7218(プラスチックの滑り摩耗試験方法)に適合したスラスト型摩耗試験機を用い、図4に示すようなリングオンディスク式にて速度一定、一定荷重条件下で滑り距離3km移動した後の摩耗量を測定し、比摩耗量を算出した。
限界PV値測定条件
試験速度:0.5m/s
負荷荷重:150N(面圧 0.75MPa)
300N(面圧 1.50MPa)
相手材 :S45Cリング 表面粗さRa0.1~1.6μmの範囲で調整
外径25.6mm、内径20mm(接触面積2cm
試験環境:23±2℃、50%±5%RH
試験機 :エー・アンド・デイ社製 摩擦摩耗試験機 EMF-III-F
【0026】
(比摩耗量の測定)
毎秒0.5m条件下で、3km摺動したとき試験後の摩耗痕の体積を表面粗さ・輪郭測定器(東京精密社製 SURFCOM2000SD3)にて測定し、下記の方法にて比摩耗量を算出した。
比摩耗量測定方法
1)表面粗さ・輪郭形状測定器より摺動試験後の試験片を図5に示す方向(4カ所)断面積を測定し、平均摩耗面積Sを算出する。
2)図6に示すように平均摩耗面積S、回転軸からリング外径と内径の中間点までの距離である回転半径gを下記式(1)に代入し、摩耗量Vを算出する。
【0027】
[数1]
V=2πgS ・・・(1)
3)摩耗量V、荷重W、摺動距離Lを下記式(2)に代入し、比摩耗量Wを算出する。
【0028】
[数2]
W=V/WL [×10-5mm/(N・m)] ・・・(2)
【0029】
(基材表面粗さ測定)
基材表面粗さを三次元表面粗さ形状測定機(東京精密社製 SURFCOM575A)にて測定した。
【0030】
(実施例1)
付加重合型ポリイミド(宇部興産社製PETI-330)100重量部に対して、平均単繊維長さ200μmのピッチ系炭素繊維(三菱樹脂社製K223HM)42.9重量部を配合し、ニーダーにより大気圧下280℃、30分で溶融混練した。その後、室温まで冷却された混合物(バルクモールディングコンパウンド、以下BMC)を得た。得られたBMCを金型内に納まる大きさ程度に割ってからBMCを圧縮成形機用金型に、280℃~320℃で一定時間保持することで溶融および均熱した後、11MPaに加圧しながら、昇温速度3℃/minで371℃まで昇温、1時間保持、徐冷してφ200mm厚さ3mmの板を得た。得られた板材を357℃条件下で6時間の硬化処理を施した後、所望の寸法に加工し試験片を得た。得られた試験片と、摩擦面の表面粗さRaをサンドペーパーで0.4に調整したS45C製リングを用いて荷重150N条件下における滑り摩耗試験を実施し比摩耗量を測定した。
【0031】
(実施例2)
摩擦面の表面粗さRaをサンドペーパーで0.8に調整したS45C製リングを用いた以外は実施例1と同じとした。
【0032】
(比較例1)
摩擦面の表面粗さRaをサンドペーパーで0.1に調整したS45C製リングを用いた以外は実施例1と同じとした。
【0033】
(比較例2)
摩擦面の表面粗さRaをサンドペーパーで1.6に調整したS45C製リングを用いた以外は実施例1と同じとした。
【0034】
実施例1,2、比較例1,2にて実施した比摩耗量測定結果および基材摺動層形成の有無を表1に示す。
【0035】
【表1】
【0036】
(実施例3)
付加重合型ポリイミド(宇部興産社製PETI-330)100重量部に対して、平均単繊維長さ200μmのピッチ系炭素繊維(三菱樹脂社製K223HM)42.9重量部を配合し、電気炉により大気圧下280℃、30分で溶融含浸させた後、室温まで冷却しBMCを得た。得られたBMCを金型内に納まる大きさ程度に割ってからBMCを圧縮成形機用金型に、280℃~320℃で一定時間保持することで溶融および均熱した後、11MPaに加圧しながら、昇温速度3℃/minで371℃まで昇温、1時間保持、徐冷してφ300mm厚さ19mmの板を得た。得られた板材を357℃条件下で6時間の硬化処理を施した後、所望の寸法に加工し試験片を得た。得られた試験片と、摩擦面の表面粗さRaをサンドペーパーで0.8に調整したS45C製リングを用いて荷重300N条件下における滑り摩耗試験を実施した。
【0037】
(実施例4)
実施例3の滑り摩耗試験後のリングを用いて、3kmの滑り摩耗試験をさらに2回実施した時の比摩耗量を測定した以外は実施例3と同じとした。
【0038】
(比較例3)
付加重合型ポリイミド(宇部興産社製PETI-330)100重量部に対して、平均単繊維長さ200μmのピッチ系炭素繊維(三菱樹脂社製K223HM)42.9重量部を配合し、ニーダーにより大気圧下280℃、30分で溶融混練し溶融含浸させた後、室温まで冷却しBMCを得た。得られたBMCを金型内に納まる大きさ程度に割ってからBMCを圧縮成形機用金型に、280℃~320℃で一定時間保持することで溶融および均熱した後、11MPaに加圧しながら、昇温速度3℃/minで371℃まで昇温、1時間保持、徐冷してφ200mm厚さ3mmの板を得た。得られた板材を357℃条件下で6時間の硬化処理を施した後、所望の寸法に加工し試験片を得た。得られた試験片と、摩擦面の表面粗さRaをサンドペーパーで0.8に調整したS45C製リングを用いて荷重300N条件下における滑り摩耗試験を水中で実施した。
【0039】
(比較例4)
付加重合型ポリイミド(宇部興産社製PETI-330)を280℃~320℃で一定時間保持することで溶融および均熱した後、11MPaに加圧しながら、昇温速度3℃/minで371℃まで昇温、1時間保持、徐冷してφ200mm厚さ3mmの板を得た。得られた板材を357℃条件下で6時間の硬化処理を施した後、所望の寸法に加工し試験片を得た。得られた試験片と、摩擦面の表面粗さRaをサンドペーパーで0.8に調整したS45C製リングを用いて荷重300N条件下における滑り摩耗試験を実施した。
【0040】
実施例3,4、比較例3,4にて実施した比摩耗量測定結果、60分経過時の摩擦係数および基材摺動層形成の有無を表2に示す。
【0041】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の摺動性構造体は、優れた摺動性能を有すると共に、簡便な製造方法により摺動層を基材表面に形成することができることから、往復運動や回転運動等の摩擦条件下での汎用の摺動部材として好適に使用することができる。
【符号の説明】
【0043】
1 構造体
2 基材
3 摺動層
4 粗面
5 炭素組成物含有樹脂組成物の微粉集合体
10 成形体
11 台座
12 回転軸
13 摺動層形成前拡大図
14 摺動層形成後拡大図
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9