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特許7444549オーバーレイ層及びこれを備えたすべり軸受、並びにそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】オーバーレイ層及びこれを備えたすべり軸受、並びにそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/14 20060101AFI20240228BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20240228BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20240228BHJP
   F16C 33/10 20060101ALI20240228BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
C23C14/14 D
C23C14/24 K
F16C17/02 Z
F16C33/10 Z
F16C33/12 A
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019084781
(22)【出願日】2019-04-25
(65)【公開番号】P2020180350
(43)【公開日】2020-11-05
【審査請求日】2022-03-28
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095577
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 富雅
(74)【代理人】
【識別番号】100100424
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 知公
(72)【発明者】
【氏名】城谷 友保
(72)【発明者】
【氏名】安田 絵里奈
(72)【発明者】
【氏名】羽根田 祐磨
(72)【発明者】
【氏名】今岡 奏司
【審査官】本多 仁
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-096750(JP,A)
【文献】特開平10-068070(JP,A)
【文献】特開2001-020955(JP,A)
【文献】特開2011-163382(JP,A)
【文献】特開2008-057769(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0260445(US,A1)
【文献】特開2006-057777(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0186338(US,A1)
【文献】国際公開第2012/108528(WO,A1)
【文献】特開平08-081762(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
F16C 17/00-17/26
F16C 33/00-33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Bi又はBi合金からなるオーバーレイ層を物理蒸着法により製造する方法であって、成長中のオーバーレイ層において前記Bi又はBi合金が供給される成長面側へ前記Bi又はBi合金を融解可能な第1の熱量を供給し、前記成長中のオーバーレイ層において成長面と反対側に位置する反対面側へは当該反対面を前記Bi又はBi合金の融点より低温に維持可能な第2の熱量を供給し、前記成長中のオーバーレイ層において成長面側に高温領域を生じさせかつその反対面側に低温領域を生じさせる、オーバーレイ層の製造方法。
【請求項2】
前記第1の熱量は非電離放射線により供給される、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記非電離放射線はパルス照射される、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記物理蒸着法は真空蒸着法であり、前記非電離放射線は赤外線であり、前記オーバーレイ層の成長面へ均一に照射される、請求項2又は3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記赤外線の線源は前記蒸着源を挟むように配置される、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記第1の熱量と前記第2の熱量との差を制御することで、前記オーバーレイ層を構成するBi又はBi合金の結晶の配向性を制御する、請求項1~5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
Bi又はBi合金からなるオーバーレイ層を物理蒸着装置による物理蒸着法により製造する方法であって、成長中の前記オーバーレイ層において成長面側に高温領域を生じさせかつその反対面側に低温領域を生じさせる、オーバーレイ層の製造方法であって、
前記高温領域は、前記物理蒸着装置以外の加熱装置からの非電離放射線により、前記Bi又はBi合金の融点以上に昇温されており、前記低温領域は前記Bi又はBi合金の融点未満に維持されている、オーバーレイ層の製造方法。
【請求項8】
Bi又はBi合金からなるオーバーレイ層を物理蒸着装置による物理蒸着法により製造する方法であって、成長中のオーバーレイ層において成長面側の最表層を、前記物理蒸着装置以外の加熱装置からの非電離放射線により、選択的に液相状態にする、オーバーレイ層の製造方法。
【請求項9】
請求項1~8の何れかに記載のオーバーレイ層を製造するステップを含む、すべり軸受の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はオーバーレイ層及びこれを備えたすべり軸受、並びにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属層、特に薄膜の金属層を形成する方法として物理蒸着法が知られている。物理蒸着法の1つとしての真空蒸着法によれば、真空チャンバ内に基板(金属層の形成相手)と蒸着源である金属のポッドとが配置され、蒸着源を加熱して金属を蒸発させることで基板の表面に当該金属を蒸着させ、もって金属層が形成される。
【0003】
軸受の表面層としてBi等からなる薄い金属層(オーバーレイ層)を形成することがある。軸受のような過酷な条件で使用される金属層には高い耐久性が求められる。
特許文献1にはBi基材料からなる軸受用オーバーレイ層を湿式めっき法で形成する例が示されている。
特許文献2では、湿式めっき法で形成されたBi基材料からなるオーバーレイ層がミラー指数で(202)面に強配向する結晶で構成される例が示されている。かかるオーバーレイ層は優れた耐焼付性を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-20955号公報
【文献】特開2004-308883号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1及び特許文献2の記載より、Bi基材料からなるオーバーレイ層の特性が当該オーバーレイ層を構成する結晶の配向性に関係していることがわかる。
これらの特許文献に記載の金属層は湿式めっきにより形成されているが、湿式めっき形成による金属層の結晶の配向性を制御する方法は限られており、従来以上に耐疲労性や耐食性を向上させることは困難である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らはBi基材料からなるオーバーレイ層を形成する方法として物理蒸着法に着目し、当該オーバーレイ層を構成する結晶の配向性を制御することを課題として鋭意検討を重ねてきた。
その結果、基板へBi(Bi合金も含む、以下同じ)を物理蒸着する際、成長中のオーバーレイ層においてBiが供給される成長面側へBiを融解可能な第1の熱量を供給し、オーバーレイ層において成長面と反対に位置する反対面側へは該反対面をBiの融点より低温に維持可能な第2の熱量を供給し、成長中のオーバーレイ層において成長面側に高温領域を生じさせかつその反対面側にBiの融点より低温の低温領域を生じさせることで、オーバーレイ層を構成する結晶の配向性に変化を与えられることを見出した。
即ち、上記のように形成されるオーバーレイ層はこれを構成する結晶の配向性が、汎用的な物理蒸着法及び湿式めっき法で得られたオーバーレイ層のそれに比べて異なるものとなる。
【0007】
例えば、図1は特許文献1に記載された実施例より算出した標準Bi試料のX線回析による、試料の表面を構成する結晶の配向率を示している。特許文献1の発明は実質的に標準Bi試料と同等の配向性を備える金属材料でオーバーレイ層を構成することにより、これに優れた摺動特性を発揮させようとするものである。
ここに、配向率とは、オーバーレイ層の表面から測定したX線回析強度R=(hkl)において、全配向面のピーク強度R=(hkl)の総和に対する各配向面のピーク強度R=(hkl)の比の値(%)を指す。
また、結晶の配向性とは、配向率の分布傾向を指す。
【0008】
試料における結晶の配向性と当該試料の物性には所定の関係がある。換言すれば、試料の結晶の配向性を変えることでその物性を変えることができる。
例えば、図2は特許文献2に記載された実施例より算出したBi試料のX線回折による、Bi試料の表面を構成する各結晶の配向率を示している。図1と異なる結晶の配向性を有する特許文献2のBi試料は実質的に(202)面に強配向しており、これにより、優れた耐焼付性が発揮される。
特許文献1及び特許文献2に記載のBi試料の製造には湿式めっき法が用いられている。湿式めっき法を用いてBi試料の結晶の配向性に変化を与えられるのは既述の通りである。しかしながら、結晶の配向性に変化を与えるには湿式めっきの条件を全く異なるものとしなければならず、それぞれ専用の湿式めっき装置の準備が必要となる。
【0009】
これに対し、実施例で説明する通り、同一の物理蒸着装置を用いて、単に、オーバーレイ層の成長面側へ供給される第1の熱量と、オーバーレイ層において成長面と反対に位置する反対面側へ供給される第2の熱量と、に変化を持たせることでBi試料の結晶の配向性に変化を与えることができた。
同一の物理蒸着装置を用い、更には蒸着源も同一として、第1及び第2の熱量の条件を第5実施例としたときに得られたBi試料の結晶の配向性を図3に示す。第1及び第2の熱量の条件を第12実施例としたときに得られたBi試料の結晶の配向性を図4に示す。
【0010】
図3及び図4より、第5実施例で得られたBi試料と第12実施例で得られたBi試料とでは、結晶の配向性に大きな違いが現れていることがわかる。
また、図3の配向性を有する実施例5で得られたBi試料は、オーバーレイ層として新規のものであり、同様に図4の配向性を有する実施例12で得られたBiからなるオーバーレイ層も新規なものである。
図3及び図4の測定条件は後述する。
【0011】
ちなみに、比較的多くの結晶面にピークが分散して現れている特許文献1のBi試料(図1)と実施例5のBi試料(図3)とを比較すると次のことが言える。
図1ように配向するBi試料は層内に同等の配向を有する結晶が近接して存在する可能性が高くなる(図5A参照)。このようなBi試料を摺動部材として使用した場合、大きな荷重(図5Aにおいて矢印線で示す)がかかった際に、膜厚方向へのクラックの伝播が生じやすい。他方、図3のように配向するBi試料では、同等の配向を有する結晶が近接して存在する可能性が低い、即ち、より多くの結晶面を有している(図5B参照)。このようなBi試料を摺動部材として使用した場合、大きな荷重(図5Bにおいて矢印線で示す)がかかった際に、膜厚方向へのクラックの伝播が抑制される。つまり、実施例5で得られるBi試料を摺動部材のオーバーレイ層とすると、当該摺動部材は耐疲労性に優れたものとなる。
【0012】
更には、比較的少数の結晶面にピークが集中して現れている特許文献2のBi試料(図2)と実施例12とBi試料(図4)とを比較すると次のことが言える。
図2のように配向するBi試料は摺動面(図6Aにおいて太破線Hで示す)との挟角θが大きな面が優先的に現れる(図6A参照)。同図において1つの面の仮想延長面を細破線Iで示している。摺動面Hに現れたこれらの面の端は、摺動環境において腐食の起点(腐食起点A)になり易い。このようなBi試料を摺動面として使用した場合、摺動面における腐食起点Aの存在確率が大きくなり、もって摺動環境においてBi層からなる摺動面が腐食し易くなる。
他方、図4のように配向する実施例12のBi試料によれば、挟角θの小さな面が優先的に現れる(図6B参照)。このようなBi試料を摺動部材として使用した場合、その摺動面における腐食起点Aの存在確率は、図6Aの例と比べて、小さくなり、摺動環境において耐腐食性が向上する。
【0013】
つまり、本願発明が提案するように、物理蒸着法により成長中のオーバーレイ層において成長面側へBiを融解可能な第1の熱量を供給し、オーバーレイ層において反対面側へは当該反対面をBiの融点より低温に維持可能な第2の熱量を供給すると、オーバーレイ層を構成する結晶の配向性は汎用的な物理蒸着法及び湿式めっき法で形成したオーバーレイ層を構成する結晶の配向性と異なるものとなっていた。ここに、第1の熱量と第2の熱量は、単位面積当たりかつ単位時間当たりに供給される熱量を指し、冷却の場合の熱量は負の値をとる。
また第1の熱量と第2の熱量との差を変化させることで、配向性にも変化が現れた。
【0014】
このように結晶の配向性に変化を与えるには、成長中のオーバーレイ層の成長面側へ当該Biを融解可能な第1の熱量を供給し、その反対面側へは当該反対面をBiの融点より低温に維持可能な第2の熱量を供給するだけでは不充分であり、成長中のオーバーレイ層において成長面側にBiの融点以上の高温領域と、その反対面側にBiの融点より低温の低温領域とを生じさせる必要がある。換言すれば、第1の熱量及び/又は第2の熱量の供給を制御して、成長中のオーバーレイ層に高温領域(成長面側)と低温領域(反対面側)を生じさせる。
【0015】
ここで、高温領域と低温領域とはオーバーレイ層を構成する結晶粒の径を超える大きさ(オーバーレイ層の厚さ方向における)を有する。汎用的な物理蒸着法においてもオーバーレイ層が他の要素(例えば基板や基板保持部)に接しているとき、その接触面では温度勾配が生じており、物理的にはミクロな高温領域と低温領域が生じている。しかしながら、かかるミクロな温度勾配は結晶の配向性に何ら影響を及ぼさない。他方、低温領域に存在する結晶粒の温度の如何はその上に成長する結晶の配向性に影響を与えるものと考えられる。図3及び図4を比較すれば明らかなように、第1の熱量と第2の熱量の差により結晶の配向性に変化が表れている。このように高温領域と低温領域を設け、さらに低温領域の温度を調整することで、金属層中の結晶面を多くする。もしくは、オーバーレイ層の表面と挟角が大きな面の結晶粒を減らしつつ、当該挟角が小さな面を有する結晶粒を従来よりも多くすることが出来た。
【0016】
Biを融解可能な熱量を第1の熱量として供給している。その結果、少なくとも成長面の最表層は液相状態になっている。それより深い部分には温度勾配が生じるので、如何ほどまでが液相状態にあるかを動的に特定することは、現在の、出願人の測定技術ではできなかった。
しかしながら、少なくとも、オーバーレイ層においてその成長面側と反対面側との間に温度差が生じるようにしている。
換言すれば、物理蒸着法により成長中のオーバーレイ層において、最表層のみが選択的にBiの融点以上に昇温されている。ここに最表層とは、オーバーレイ層において固相状態の層の上に存在する成長面側の液相状態の層を指す。
【0017】
オーバーレイ層において最表層を選択的に液相状態とするには、オーバーレイ層の成長面側に与えられる第1の熱量とその反対面側に与えられる第2の熱量とに所定の差を設ける。なお、第1の熱量を供給した際にオーバーレイ層の成長面はBiの融点以上に昇温されて液相状態になっているものとする。他方、第2の熱量を供給した際にその反対面は溶融しない温度、即ちその結晶が維持される温度、即ち固相状態が維持されている。
この熱量の差は、オーバーレイ層の成長面側へ供給する温度とその反対面側へ供給する温度に温度差を設けることはもとより、時間当たりの熱の供給量を制御することにより行える。例えば、間欠的に熱の供給を行う。間欠的な熱の供給方法として非電離放射線をパルス照射することが挙げられる。パルスの幅、パルスの振幅、デューティサイクル等を調整することで時間当たりに供給される熱量を制御できる。また、高温領域と低温領域とを生じさせるにはオーバーレイ層の成長速度も関与する。
【0018】
本発明者らの検討によれば、物理蒸着により金属層を成長させる際、その成長速度を10μm~100μm/分とすることが好ましい。かかる成長速度を達成できる代表的な物理蒸着法として真空蒸着法を挙げられる。
実施例では赤外線を金属層の成長面側の全面へ均一にパルス照射している。
第1の熱量及び第2の熱量を制御した結果は、ワーク、即ち金属層の成長面側の温度(第1の温度)とその反対面側の温度(第2の温度)との差として現れる。
成長面側とその反対面側とを比較したとき、第1の温度と第2の温度が同じであっても、第1の熱量と第2の熱量との差によって、成長面側とその反対面側とにおいて内部の温度分布に差が生じている場合がある。第1の熱量を非電離放射線でパルス供給する場合、パルス幅、パルス振幅、デューティサイクル等によって、成長面側の高温領域の深さを調整できる。
【0019】
赤外線等の非電離放射線をオーバーレイ層の成長面の全面へ均一照射するには、少なくともBi源(真空蒸着の場合の蒸着源)が非電離放射線の照射面に影を作らないようにする。そのため、Bi源を挟むように、その非電離放射線の線源を配置する。この場合、非電離放射線を反射する反射部材(ミラー等)も線源に該当する。
非電離放射線の線源は、物理蒸着装置の真空チャンバ内に設置しても、設置しなくてもよい。非電離放射線の線源を真空チャンバ内に設置するときは、蒸着源と基板との間に影を作らないように線源を配置する。他方、真空チャンバの外に線源を配置するときは、真空チャンバに当該非電離放射線を透過させる窓を設ける。この窓も蒸着源を挟むように、その両脇に配置される。
【0020】
上記において、物理蒸着法には真空蒸着法の他、スパッタリング法、イオンプレ―ティング法等の一般的な物理蒸着法を採用できる。
BiにはPb、Sn、In、Cu、Ag、Sb、Zn、Al、Ni、Cr等を添加できる。
オーバーレイ層の成長面へ第1の熱量を供給する非電離放射線には、赤外線やレーザ等の光線の他、電子線、X線、高周波、マイクロ波等を成長の条件等において任意に選択できる。
【0021】
安価にかつ効率よくオーバーレイ層の成長面を昇温させるには赤外線の採用が好ましい。オーバーレイ層の成長面側へ選択的に高温領域を形成するには、赤外線をパルス照射する。赤外線を用いる場合その波長は0.5μm~100μmとすることが好ましく、更に好ましくは0.8μm~5μmである。
【0022】
オーバーレイ層において反対面側へ供給する第2の熱量は、オーバーレイ層が蒸着される基板を介して供給される。即ち、基板の保持部に温度制御部が備えられ、基板の温度を制御することで間接的に当該反対側の面に供給される第2の熱量を制御する。基板側を冷却する場合、この熱量は負の値になることはいうまでもない。
【0023】
オーバーレイ層の成長面側の最表層を液相状態としその反対面側を固相状態とする加熱の条件を確定するためダミーサンプルを利用する。このダミーサンプルはオーバーレイ層を模したものであり、このダミーサンプルを物理蒸着装置の基板保持部へ着脱自在に取付ける。ダミーサンプルには成長面側の面に相当する表面とその反対面側の面に相当する裏面に温度計が取り付けられている。
【0024】
基板保持部の温度制御部を機能させて、ダミーサンプルの裏面側を冷却する。他方、ダミーサンプルの表面側へ赤外線を照射して加熱する。温度制御部の冷却機能と赤外線源の出力を調整しながら、ダミーサンプルの表面温度(但し、Biの融点若しくはそれ以上の温度)とダミーサンプルの裏面温度(Biの融点未満)とがそれぞれ安定したときの、温度制御部の冷却条件と赤外線の線源の出力(パルス幅、パルス振幅、デューティサイクル等)の各条件を保存する。そして、Biを物理蒸着する際、各条件を再現する。
【0025】
上記のように、ダミーサンプルにおいて表面と裏面の温度に差が生じる条件を再現すれば、オーバーレイ層において、成長面側に高温領域が生じ、その反対面側には低温領域が生じるものとなる。
その結果、図3及び図4に示すように、オーバーレイ層の摺動面を構成する結晶の配向性に変化を与え、またこれを制御することができる。
そこで本発明者らは、上記の知見に基づき、種々の試験を行った。その結果、図3の結果に基づき、下記要件を備えるオーバーレイ層が耐疲労性の向上の見地から好ましいことがわかった。
【0026】
即ち、この発明の第1の局面は次のように規定される。
Bi又はBi合金からなるオーバーレイ層であって、その表面から測定したX線回析強度R=(hkl)において、(012)面のピーク強度に対する(015)面のピーク強度と(107)面のピーク強度の合計値の比の値が0.9~2.5とする。即ち
0.9 ≦ 式1:{R(015)+R(107)}/R(012) ≦ 2.5
他方、先行文献1に開示されたBiオーバーレイ層のピーク強度を式1に代入すると0.72(後述の表2:比較例1参照)、また、汎用的な真空蒸着法で形成したBiオーバーレイ層では、0.65になった(同比較例2)。
【0027】
なお、配向率とは、全配向面のピーク強度R=(hkl)の総和に対する各配向面のピーク強度R=(hkl)の比である。よって、
式1は、{(015)面の配向率+(107)面の配向率}/(012)面の配向率と表現することができる。
【0028】
(107)面と(015)面)の配向率と(012)面の配向率との比が所定の範囲に収められた第1の局面のオーバーレイ層によれば、同等の配向を有する結晶が近接して存在する確率が制御され、もって、膜厚方向へのクラックの伝播が抑制される。よって、オーバーレイ層ひいてはすべり軸受の耐疲労性が向上する。
【0029】
ここに、式1の値が0.9未満になると(012)面の存在割合が多くなり、摺動面に対して同等の配向を有する結晶が近接して存在する確率が大きくなってしまう。よってクラックの伝搬が促進される。
他方、式1の値が2.5を超えると、(107)面と(015)面の存在割合が高くなりすぎてしまい、摺動面に対して同等の配向を有する結晶が近接して存在する確率が大きくなる、この場合も膜厚方向へのクラックの伝播が促進されてしまう。よって、オーバーレイ層ひいてはすべり軸受の耐疲労性の低下を引き起こす。
【0030】
この発明の第2の局面は次のように規定される。即ち、第1の局面に規定のオーバーレイ層であって、最大強度を有する面のピーク強度Rmaxに対する、3番目に大きいピーク強度を有する面のピーク強度R3の比が0.4以上とする。
換言すれば、最大配向率を有する面の配向率に対する、3番目に強い配向率を有する面の配向率の比の値が0.4以上とする
このように規定される第2の局面のオーバーレイ層によれば、これを構成する結晶において最大配向率を示す結晶面を有するものと、2番目及び3番目に大きい配向率を示す結晶面を有するものとがほぼ同じ割合で配向されている。即ち、この値が1に近いほど、オーバーレイ層を構成する結晶粒の結晶面が特定の方向に偏っていないことを意味し、当該摺動面上の金属層中に同等の配向を有する結晶が近接して存在する可能性がより低くなる。よって耐疲労性がより向上する。
【0031】
第1および第2の局面で規定される発明の作用を図5に模式的に示す。
図5(A)に示すように特定の結晶面への配向率の偏りが大きい場合は同等の配向を有する結晶が近接して存在する確率が高い。しかし、この発明の第1および第2の局面で規定するように、特定の結晶面への配向率の偏りが小さいと、同等の配向性を有する結晶が近接して存在する確率が低いため、図5(B)に示すように、クラックの伝搬は異なった配向を有する結晶と結晶との間で行われるため、膜厚方向へのクラックの伝搬は阻害される。これにより、耐疲労性が向上する。
【0032】
また、図4の結果に基づき、下記要件を備えるオーバーレイ層の耐腐食性が向上することが分かった。
即ち、この発明の第3の局面は次のように規定される。
Bi又はBi合金からなるオーバーレイ層であって、該オーバーレイ層の表面から測定したX線回析強度R=(hkl)において、(104)面、(015)面、及び(107)面のいずれかの強度が最大であり、かつこれらの3面の強度の合計が全面の強度の合計の70%以上とする。
換言すれば、(104)面、(015)面、及び(107)面のいずれかの配向率が最大であり、かつこれらの3面の配向率の合計が70%以上とする。
ここでいう配向率の合計とはオーバーレイ層を構成する各結晶の配向率の総和に対する(104)面、(015)面、(107)面の配向率の和の割合である。
【0033】
このように規定される第3の局面に規定のオーバーレイ層によれば、その表面には(104)面、(015)面、及び(107)面の全てか若しくは少なくも1つが強配向する。これらの面の配向率が高いことは、摺動面を構成する結晶の結晶面の多くが摺動面に対して平行に近い方向にあることを示している。
他方、特許文献2に示したオーバーレイ層では(202)面の配向率が高いので、摺動面を構成する結晶の結晶面の多くが摺動面に対して垂直に近い傾向にあることを示している。両者を比較すると、第3の局面に規定のオーバーレイ層では腐食起点の存在確率が小さくなる。
【0034】
図7に、(202)面を強配向させた従来例(特許文献2参照)のオーバーレイ層(図7(A))と第3の局面で規定されるオーバーレイ層(図7(B))との結晶構造を模式的に示した。
図7より、本発明の第3の局面で規定される結晶構造(図7(B))は、矢印で示した腐食起点となりうる箇所が少ないことがわかる。
【0035】
この発明の第4の局面は次のように規定される。即ち、
第3の局面で規定されるオーバーレイ層において、前記X線回析強度に基づく、(110)面と(202)面との強度の合計を全面の強度の合計の20%以下とする。
換言すれば、(110)面と(202)面との配向率の合計を20%以下とする。
(110)面と(202)面の配向率の合計が小さくなることは、摺動面を構成する結晶の結晶面の多くが摺動面に対して垂直に近い傾向にあることを示す。従って、これらの結晶面の配向率の合計を小さくすることで、摺動面における腐食起点が更に少なくなる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1図1は特許文献1に記載された実施例より算出した標準Bi試料のX線回析による各結晶面の配向率を示す。
図2図3は特許文献2に記載された実施例より算出したBi被膜のX線回折による、Bi被膜の表面を構成する各結晶の配向率を示す。
図3図3はこの発明の1つの実施例として得られたオーバーレイ層を構成する結晶の配向性を示す。
図4図4はこの発明の他の実施例として得られたオーバーレイ層を構成する結晶の配向性を示す。
図5図5は従来の方法(特許文献1)及びこの発明の方法によって形成されたBi層を構成する異なる配向を示す結晶を有する被膜の模式図であり、この発明の第1および第2の局面の特徴を表している。図5(A)は湿式めっき法で形成されたBi層の特定の結晶面への配向率の偏りが大きな断面を模式的に示し、図5(B)はこの発明の方法で形成されたBi層の特定の結晶面への配向率の偏りが小さな断面を模式的に示す。
図6図6はこの発明の第3および第4の局面の特徴を模式的に表す。
図7図7は従来の方法(特許文献2)及びこの発明の方法によって形成されたBi層を構成する結晶及びそれを構成する複数の面を表す模式図であり、この発明の第3および第4の局面の特徴(腐食起点の多寡)を表している。図7(A)は湿式めっき法で形成されたBi層の摺動面に垂直な断面を模式的に示し、図7(B)はこの発明の方法で形成されたBi層の摺動面に垂直な断面を模式的に示す。
図8図8はこの発明の実施例となるすべり軸受の構造を模式的に示す断面図である。
図9図9はこの発明の実施例となる製造装置の構成を模式的に示す。
図10図10は耐疲労試験を行う際にすべり軸受に印加する荷重のパターンを示す。
図11図11は疲労試験終了後のすべり軸受における摺動面(Biオーバーレイ層表面)を示す平面図(投影図)である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、この発明を実施例に基づき説明する。
この実施例では、半割軸受のオーバーレイ層7としてBi基の層を形成する例を採用した。
図8に示すように、基板として半割筒状の裏金層3へ銅基の軸受合金層5を積層し、その上へBi又はBi合金からなるオーバーレイ層7を真空蒸着してすべり軸受1を形成する。
裏金層3への軸受合金層5の積層は、焼結により行われる。焼結後、半割筒状に賦形し、内面切削によりネライの肉厚とする。裏金層3の厚さは1.20mmであり、軸上合金層5の厚さは0.30mmである。裏金層3と軸受合金層5の積層体を基板として、これを真空蒸着装置の真空チャンバ内へ蒸着源に対向させるようにセットする。また、蒸発源内には蒸着材料のBiが入っている。
【0038】
軸受合金層5には、Alやその合金の他、CuやSn及びそれらの合金を用いることができる。軸受合金層5の厚さや材質は軸受の用途などに応じて適宜選択可能であり、圧接、焼結、鋳造、物理蒸着法、化学蒸着法、溶射、めっき等の方法で積層される。
軸受合金層5の上にこれよりAg,Ni等からなる中間層を形成することもある。形成方法は特に限定されないが、物理蒸着法、化学蒸着法、溶射、めっき等を採用できる。
【0039】
軸受合金層5へ蒸着するオーバーレイ層7の最終厚さは2~20μmとしている。
なお、真空チャンバの真空度は5.0×10-3Paであり、成膜速度は15μm/分とした。これらの真空度や成膜速度は、オーバーレイ層7に求められる性能やその使用環境、若しくは製造装置の仕様等に応じて適宜調整される。
【0040】
この発明では、オーバーレイ層7を真空蒸着する際に、その最表層のみを液相状態とする。そのため、オーバーレイ層7の成長面へ赤外線をパルス照射することとした。
この発明のすべり軸受の製造方法に用いる製造装置10を図8に示す。
この製造装置10は汎用的な真空蒸着装置を構成する真空チャンバ11内に基板保持部13、蒸着源15、真空ポンプ17及び真空計19を備える。符号16は蒸着源の加熱装置である。
【0041】
この製造装置10では、基板保持部13に温度制御部21を設けている。この温度制御部21として水等の冷媒を熱媒体とした板状の熱交換器を用いる。そして、熱交換器の熱交換能力を調整することで基板保持部13の基板保持面の温度を制御する。更には、この熱交換器と基板保持部13との間に介在させるスペーサの熱伝導率を調整することで、基板保持面の温度を制御することもできる。
【0042】
真空チャンバ11の底壁12には蒸着源15が、基板保持部13に対向して配置される。この蒸着源15は半割筒状の基板に応じて樋状であり、加熱装置16により加熱される。真空チャンバ11の底壁12において蒸着源15の両脇には石英ガラス等からなり、赤外線等の非電離放射線が透過できる窓23が形成される窓23が形成され、この窓23を通して赤外線が基板方向に放射される。このとき、蒸着源15が赤外線に干渉しないようにする。これにより、基板の全面へ均一に赤外線を照射できる。
【0043】
赤外線源25には、蒸着源15に沿った、即ち半割筒状の基板に対向するように2本のハロゲンランプを準備した。それらの出力特性はパルス幅:1秒、デューティサイクル:50%、合計出力は750Wである。符号27はハロゲンランプのコントローラである。
【0044】
オーバーレイ層の成長面を選択的に液相状態とする条件を設定するため、ダミーサンプル30を用いた。
この例では、基板として用いる半割筒状の裏金層3へ銅基軸受合金層5を積層したものをダミーサンプル30とした。このダミーサンプル30の両面には温度計としての熱電対31,32が付設され、各表面の温度が測定される。このダミーサンプル30を真空チャンバ11の基板保持部13へセットしてその温度制御部21の熱交換能力を調整する。それとともに、コントローラ27を用いて赤外線源25の出力を調整し、ダミーサンプル30の表面(オーバーレイ層の成長面側)とダミーサンプル30の裏面(基板保持部側)の温度がそれぞれ所定温度となるようにした。
【0045】
すべり軸受のオーバーレイ層を作製するにあたり、冷却水の循環量を制御して温度制御部21の熱交換能力を調整し、他方、赤外線源であるハロゲンランプの出力を50~100%の範囲で調整した。これにより、ダミーサンプル30の表面温度がBiの融点が273℃、その裏面が140℃で安定するように、温度制御部21及びコントローラ27の条件を探して、かつ特定する。
なお、真空チャンバの真空度は、オーバーレイ層を成長させるときと同じ5.0×10-3Paとした。
赤外線源の出力条件は、パルス幅、パルス振幅、デューティサイクル等を調整して行うこともできる。
【0046】
ダミーサンプル30の裏面に対する温度制御部21の冷却能力(単位面積、単位時間あたりに裏面に加えられる第2の熱量)とその表面へ照射される赤外線照射量(単位面積、単位時間あたりに表面へ加えられる第1の熱量)のバランスによって、ダミーサンプル30、即ち成長中のオーバーレイ層の中に高温領域と低温領域とが形成される。
【0047】
このようにして特定された温度制御部21による熱交換能力と赤外線源15の出力を調整してBiからなるオーバーレイ層7を形成する。
即ち、裏金層3の上に軸受合金層5を積層してなるワークを基板として基板保持部13にセットする。真空ポンプ17を作動させて真空チャンバ11内を所望の真空度にするとともに、温度制御部21の熱交換能力を上記特定されたものとする。
真空度が安定した後、加熱装置16を作動させて蒸発源のBi原料の加熱を開始する。当該Biが蒸発する温度まで加熱されると同時に赤外線源25を起動する。その出力は上記特定されたものとする。
オーバーレイ層の成長速度は15μm/分であった。これにより、表2の厚さのオーバーレイ層を備えたすべり軸受を作製した。
【0048】
このようにして得られたオーバーレイ層を成長面側よりCu―kα線を用いたX線回析測定法で測定した。X線回析条件は次の通りであった。
【表1】
得られた結果より、当該オーバーレイ層を構成する結晶の配向性は図3に示すようなった。図3の結果を図1と比較すると、(012)面の配向率が小さく、(015)面及び(107)面の配向率が増加していることがわかる。
このことは、図1の配向性と比べて図3の配向性は、摺動面(オーバーレイ層の表面)において、当該摺動面に対して特定の結晶面への配向率の偏りが小さい、即ち、同等の配向性を有する結晶が近接して存在する確率が低くなるため、膜厚方向へのクラックの伝播は阻害される。これにより、オーバーレイ層が摺動面からの荷重による変形に対して耐え易くなり、オーバーレイ層としての耐疲労性が大きく向上した。
【0049】
上記のようにして得られた実施例1のオーバーレイ層の特性は次のようであった。即ち、(012)面の配向率に対する(015)面の配向率と(107)面の配向率とのの合計値の割合(式1:{R(015)+R(107)}/R(012))は1.00であった。
また、最大強度を有する面の強度Rmax(最大の配向率)に対する、3番目に強いピーク強度を有する面の強度R3(3番目の配向率)の割合(R3/Rmax)は0.30であった。
【0050】
疲労試験は次のようにして行った。
偏心軸を有し、回転とともに動荷重を与えられる試験装置に実施例1のすべり軸受をセットした。油圧をコントロールして、図10に示す通り、軸受が受ける荷重を徐々に高め、面圧:120MPa×20時間の疲労試験を行った。
詳細な試験条件は次の通りである。
軸受寸法(mm):外径OD(56)×軸方向長さL(14)×厚さT(1.5)
回転数:3250rpm
潤滑油:VG68
潤滑油温度:100℃
軸材質:S55C(焼入、表面粗さ:Ra0.06ネライ)
【0051】
20時間の疲労試験の後、すべり軸受の摺動面の平面図(投影図)を図11に示す。図中の符号34はオーバーレイ層が疲労破壊したイメージを示す。
符号34の現れた領域を疲労領域として、その疲労領域の面積を楕円36で近似し、摺動面の全面に対する疲労領域の面積割合の値を計算したところ、実施例1のすべり軸受ではその値は0.35であった。
【0052】
表2に、他の実施例2~実施例9及び比較例1~比較例3について、実施例1にならって、その仕様及び特性について記述した。
【表2】
【0053】
実施例2~実施例9及び比較例3においても、温度制御部21の熱交換能力及び赤外線源25の出力を調整して、ダミーサンプル30の表面温度(Biの融点以上)及び裏面温度(Biの融点未満)を安定させた。表2では両者の関係を表面温度/裏面温度の比の値で表してある。
その他の基板条件(裏金層3や軸受合金層5の材質、厚さ)やオーバーレイ層の成長条件(材質、真空度、成長速度)並びに疲労試験の評価(疲労領域面積/摺動面面積)は実施例1と同じである。
比較例2ではワークには基板側からのみ第2の熱量が与えられており、その結果成長中のオーバーレイ層内は実質的に均一な温度となる。比較例3では疲労試験においてオーバーレイ層の全部が破壊されており、消失していた。
【0054】
式1の比が上記であることを前提にして、表2の実施例4~実施例9の疲労試験結果と実施例1~実施例3のそれとの比較より、R3/Rmaxの値が0.40以上になると、優れた耐疲労性を発揮することがわかる。当該比が1.5~1.7であって、かつR3/Rmaxの値が0.4以上であることが更に好ましい。より好ましくは、R3/Rmaxの値は0.45以上である。
【0055】
次に、実施例10について説明する。
この実施例10では、ダミーサンプル30の表面温度は273℃に維持し、その裏面温度が80℃になるように、温度制御部21の熱交換能力及び赤外線源25の出力を調整した。その調整条件で、かつ、その他の成長条件等は実施例1と同じ条件として、オーバーレイ層を成長させた。
【0056】
このようにして得られたオーバーレイ層を上記と同様にX線回析法で測定し、図4に示す結果を得た。
図4の配向性から、このオーバーレイ層の摺動面には(104)面を有する結晶粒の影響が強く反映することがわかる。
このことは、図2の配向性と比べて図4の配向性は、摺動面(オーバーレイ層の表面)において、当該摺動面を構成する結晶として摺動面に対して平行に近い結晶面を持つものが数多く現れていることを示しており、表面に露出している腐食起点が少なくなるため、耐腐食性が向上する。
【0057】
上記のようにして得られた実施例10のオーバーレイ層の特性は次のようであった。即ち、(104)面、(015)面、及び(107)面のいずれかの配向率が最大であり、かつこれらの配向率の合計が70.0%であった。
また、(110)面と(202)面との配向率の合計は25.0%であった。
【0058】
表3に、他の実施例11~比較例16及び比較例4及び比較例5について、実施例10にならって、その仕様及び特性について記述した。
【表3】
【0059】
表3において、耐食性を示す腐食深さは次のようにして特定した。
製造されたすべり軸受をオイル溜りに浸漬する。オイルにはSHELL社製、Helix Ultra SN 10W-30を用い、その浸漬条件は130℃、600時間である。浸漬前のBiからなるオーバーレイ層と浸漬処理後の当該オーバーレイ層とをそれぞれ周方向中央の軸線方向に平行な断面を光学顕微鏡で観察し、それらの差を腐食層の深さとした。
実施例10では3.0μm、即ちオーバーレイ層の内の30%が腐食により消失した。
【0060】
実施例11~実施例16においても、温度制御部21の熱交換能力及び赤外線源25の出力を調整して、ダミーサンプル30の表面温度(Biの融点以上)及び裏面温度(Biの融点未満)を安定させた。表2では両者の関係を表面温度/裏面温度の比の値で表してある。
その他の基板条件(裏金層3や軸受合金層5の材質、厚さ)やオーバーレイ層の成長条件(材質、真空度、成長速度)は実施例1と同じであり、耐食性の評価方法も実施例10と同じである。
【0061】
実施例10~実施例16と比較例4及び比較例5との対比から、(104)面、(015)面、及び(107)面のいずれかの配向率が最大であり、かつこれらの配向率の合計を70%以上とすることが好ましいことがわかる。更に好ましくは80%以上である。また、上限は特に限定されないが、95%以下とすることが好ましい。
実施例11では表面温度/裏面温度の比の値4.6としたところ、(104)面、(015)面、及び(107)面のいずれかの配向率が最大でありかつこれらの配向率の合計は73%であり、この点において実施例10と同様であったが(摺動面と平行な結晶面の配向率が大)、その一方で(110)面と(202)面との配向率の合計は15%と減少した(腐食起点となりうる配向面の割合が少)。その結果、オーバーレイ層の腐食厚さは1.2μmとなり、実施例10に比べて大幅に耐腐食性の向上が見られた。
かかる結果から、(110)面と(202)面との配向率の合計は20%以下とすることが好ましく、更に好ましくは15%以下である。
【0062】
以上説明したように、基板に対してBiを真空蒸着する際に、オーバーレイ層の成長面を選択的に液相状態にすることにより得られたオーバーレイ層では、これを構成する結晶の配向性が、汎用的な物理蒸着法および湿式めっき法で作製されたオーバーレイ層のそれと、異なるものとなることがわかる。
更には、成長面側に加える熱量とその反対面側に加える熱量とのバランスを変えることで、得られるオーバーレイ層を構成する結晶の配向性を制御できることも図3及び図4の結果から明らかになった。
このようにして結晶面の配向性を制御した結果、得られたオーバーレイ層の特性にも変化が生じていることがわかる。
以上、オーバーレイ層の構成材料としてBiを採り上げて説明をしてきたが、他の金属においても同様にその結晶の配向性を変化ないし制御することが可能である。
【0063】
この発明は、上記発明の実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本発明の摺動部材を用いた内燃機関等の軸受機構使用装置は、優れた摺動特性を発揮する。
実施の形態では、摺動部材として半円筒形状のすべり軸受を例にとり説明をしてきたが、平板形状のスラストワッシャ等その他の摺動部材にも適用できる。
【符号の説明】
【0064】
1…すべり軸受
3…裏金層
5…軸受合金層
7…オーバーレイ層
10…製造装置
11…真空チャンバ
13…基板保持部
15…蒸発源
17…真空ポンプ
21…温度制御部
25…赤外線源
30…ダミーサンプル
31、32…熱電対
34…オーバーレイの疲労破壊のイメージ
36…疲労領域
図1
図2
図3
図4
図5
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