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特許7444572活性化部分トロンボプラスチン時間測定用試薬及び試薬キット、並びにエラグ酸化合物の沈殿を抑制する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】活性化部分トロンボプラスチン時間測定用試薬及び試薬キット、並びにエラグ酸化合物の沈殿を抑制する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/86 20060101AFI20240228BHJP
【FI】
G01N33/86
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019173297
(22)【出願日】2019-09-24
(65)【公開番号】P2021050976
(43)【公開日】2021-04-01
【審査請求日】2022-08-29
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】坂東 孝彦
(72)【発明者】
【氏名】赤土 耕平
(72)【発明者】
【氏名】山本 尚季
(72)【発明者】
【氏名】安岐 昌子
(72)【発明者】
【氏名】根來 央
(72)【発明者】
【氏名】道下 雅人
【審査官】下村 一石
(56)【参考文献】
【文献】特開昭55-149298(JP,A)
【文献】国際公開第2015/194165(WO,A1)
【文献】特開2017-049040(JP,A)
【文献】特開平07-151763(JP,A)
【文献】米国特許第05055412(US,A)
【文献】LIN, Zhucan et al.,Chemical constituents fom Sedum aizoon and their hemostatic activity,Pharmaceutical Biology,米国,Informa Healthcare USA,2014年07月15日,52(11),pp.1429-1434
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エラグ酸化合物と、下記の式(I)で表される化合物とを含む、活性化部分トロンボプラスチン時間測定用試薬。
【化1】
(式中、
Xは、水素原子、-(C=O)-Y、又は-(C=O)-OZであり、
Yは、ヒドロキシル基、水素原子、炭素数1以上6以下の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、又はフェニル基であり、
Zは、アルカリ金属である)
【請求項2】
前記式(I)で表される化合物が、ピロガロール及び没食子酸からなる群より選択される少なくとも1つである請求項1に記載の試薬。
【請求項3】
前記式(I)で表される化合物の含有量が、0.001質量%以上0.02質量%以下である請求項1又は2に記載の試薬。
【請求項4】
前記式(I)で表される化合物の含有量が、前記エラグ酸化合物100質量部当たり5質量部以上65質量部以下である請求項1~3のいずれか1項に記載の試薬。
【請求項5】
金属イオン形成化合物をさらに含む請求項1~4のいずれか1項に記載の試薬。
【請求項6】
前記金属イオン形成化合物が、亜鉛イオン形成化合物とアルミニウムイオン形成化合物との混合物、又はマンガンイオン形成化合物とアルミニウムイオン形成化合物との混合物である請求項5に記載の試薬。
【請求項7】
非極性アミノ酸をさらに含む請求項1~6のいずれか1項に記載の試薬。
【請求項8】
前記非極性アミノ酸が、グリシン、アラニン及びフェニルアラニンからなる群より選択される少なくとも1つである請求項7に記載の試薬。
【請求項9】
前記非極性アミノ酸の含有量が、0.75質量%以上である請求項7又は8に記載の試薬。
【請求項10】
リン脂質をさらに含む請求項1~9のいずれか1つに記載の試薬。
【請求項11】
前記リン脂質が、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン及びホスファチジルコリンからなる群より選択される少なくとも1つである請求項10に記載の試薬。
【請求項12】
エラグ酸化合物と、下記の式(I)で表される化合物とを含む第1試薬と、
カルシウム塩を含む第2試薬と
を含む、活性化部分トロンボプラスチン時間測定用試薬キット。
【化2】
(式中、
Xは、水素原子、-(C=O)-Y、又は-(C=O)-OZであり、
Yは、ヒドロキシル基、水素原子、炭素数1以上6以下の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、又はフェニル基であり、
Zは、アルカリ金属である)
【請求項13】
エラグ酸化合物と、下記の式(I)で表される化合物とを水溶液中で共存させることにより、エラグ酸化合物の沈殿を抑制する方法。
【化3】
(式中、
Xは、水素原子、-(C=O)-Y、又は-(C=O)-OZであり、
Yは、ヒドロキシル基、水素原子、炭素数1以上6以下の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、又はフェニル基であり、
Zは、アルカリ金属である)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性化部分トロンボプラスチン時間測定用試薬及び試薬キットに関する。また、本発明は、エラグ酸化合物の沈殿を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エラグ酸は、接触因子系を活性化する作用を有するので、エラグ酸は凝固の活性化剤として、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)測定用試薬によく用いられる。しかし、エラグ酸は、APTT測定用試薬に用いられるような水性溶媒中で沈殿しやすい。エラグ酸の沈殿が生じると、凝固反応に必要なエラグ酸が不足して、凝固時間が正確に測定できない。従来、エラグ酸の沈殿を抑制する物質としてフェノールが、エラグ酸を含むAPTT測定用試薬に添加されている。しかし、フェノールは環境負荷物質であり、フェノールの使用に対する規制が厳しくなっている。そのため、フェノールを実質的に含まず、且つエラグ酸の沈殿が抑制されたAPTT測定用試薬が望まれている。例えば、特許文献1には、エラグ酸の沈殿を抑制する物質として、芳香環を有するアミノ酸をAPTT測定用試薬に添加したことが記載されている。特許文献2には、エラグ酸の沈殿を抑制する物質として、ポリビニルアルコール化合物をAPTT測定用試薬に添加したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-205087号公報
【文献】米国特許出願公開第2017/0059594号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、環境負荷が低く、且つエラグ酸の沈殿を抑制できる更なる物質を見出して、エラグ酸の沈殿が抑制されたAPTT測定用試薬及び試薬キットを提供することを目的とする。また、本発明は、そのような物質を用いて、エラグ酸の沈殿を抑制する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、下記の式(I)で表される化合物によりエラグ酸化合物の沈殿が抑制されることを見出して、本発明を完成した。よって、本発明は、エラグ酸化合物と、下記の式(I)で表される化合物とを含む、活性化部分トロンボプラスチン時間測定用試薬を提供する。
【0006】
【化1】
(式中、
Xは、水素原子、-(C=O)-Y、又は-(C=O)-OZであり、
Yは、ヒドロキシル基、水素原子、炭素数1以上6以下の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、又はフェニル基であり、
Zは、アルカリ金属である)
【0007】
また、本発明は、エラグ酸化合物と、上記の式(I)で表される化合物とを含む第1試薬と、カルシウム塩を含む第2試薬とを含む、活性化部分トロンボプラスチン時間測定用試薬キットを提供する。さらに、本発明は、エラグ酸化合物と、上記の式(I)で表される化合物とを水溶液中で共存させることにより、エラグ酸化合物の沈殿を抑制する方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、環境負荷物質であるフェノールを含むことなく、エラグ酸の沈殿が抑制されたAPTT測定用試薬及び試薬キットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本実施形態のAPTT試薬の一例を示す模式図である。
図2】本実施形態のAPTT試薬キットの一例を示す模式図である。
図3】各種の添加剤を含むエラグ酸金属イオン錯体溶液における、錯体の粒子径と塩化ナトリウム濃度との関係を示すグラフである。
図4A】種々の濃度で没食子酸を含むエラグ酸金属イオン錯体溶液における、錯体の粒子径と塩化ナトリウム濃度との関係を示すグラフである。
図4B】種々の濃度でピロガロールを含むエラグ酸金属イオン錯体溶液における、錯体の粒子径と塩化ナトリウム濃度との関係を示すグラフである。
図5】没食子酸又はピロガロールを含むAPTT試薬を用いた光学的測定で取得した凝固波形である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[1.活性化部分トロンボプラスチン時間測定用試薬]
本実施形態のAPTT試薬は、エラグ酸の沈殿を抑制する物質として、下記の式(I)で表される化合物を含む。
【0011】
【化2】
(式中、
Xは、水素原子、-(C=O)-Y、又は-(C=O)-OZであり、
Yは、ヒドロキシル基、水素原子、炭素数1以上6以下の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、又はフェニル基であり、
Zは、アルカリ金属である)
【0012】
式(I)において、炭素数1以上6以下の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシル、イソプロピル、イソブチル、イソペンチル(イソアミル)、イソヘキシルなどの基が挙げられる。式(I)において、Xが-(C=O)-OZであるとき、式(I)は没食子酸のアルカリ金属塩を表す。アルカリ金属としては、例えばナトリウム、カリウム、リチウムなどが挙げられる。それらの中でも、ナトリウム及びカリウムが好ましい。
【0013】
上記の式(I)で表される化合物としては、例えばピロガロール、没食子酸、3,4,5-トリヒドロキシベンズアルデヒド、没食子酸メチル、没食子酸エチル、没食子酸プロピル、没食子酸ブチル、没食子酸ペンチル、没食子酸ヘキシル、没食子酸イソプロピル、没食子酸イソブチル、没食子酸イソペンチル(没食子酸イソアミル)、没食子酸イソヘキシル、ベンゾピロガロール(3,4,5-トリヒドロキシベンゾフェノン)、没食子酸ナトリウム、没食子酸カリウムなどが挙げられる。それらの中でも、ピロガロール及び没食子酸が好ましい。
【0014】
APTT試薬における式(I)で表される化合物の含有量は、該試薬におけるエラグ酸化合物の濃度に応じて決定できる。APTT試薬中のエラグ酸化合物の濃度がAPTT測定に通常用いられる程度であれば、APTT試薬における式(I)で表される化合物の含有量は、例えば0.001質量%以上0.02質量%以下であり、好ましくは0.005質量%以上0.02質量%以下である。好ましい実施形態では、APTT試薬における式(I)で表される化合物の含有量は、エラグ酸化合物100質量部当たり5質量部以上65質量部以下であり、より好ましくは20質量部以上65質量部以下である。
【0015】
本実施形態のAPTT試薬は、活性化剤としてエラグ酸化合物を含む。エラグ酸化合物は、エラグ酸、エラグ酸塩、及びエラグ酸の金属錯体のいずれであってもよい。金属錯体の中心金属は、イオンでもよいし、原子でもよい。エラグ酸の金属錯体間において、中心金属は同一でもよいし、異なっていてもよい。活性化作用の強さの観点から、エラグ酸化合物としては、エラグ酸の金属イオン錯体が特に好ましい。金属イオンとしては、例えば亜鉛イオン、アルミニウムイオン、マンガンイオンなどが挙げられる。APTT試薬におけるエラグ酸化合物の濃度は、通常10μM以上400μM以下であり、好ましくは30μM以上150μM以下である。
【0016】
本実施形態では、エラグ酸化合物以外の活性化剤をさらに含んでもよい。そのような活性化剤は、内因系凝固経路における接触因子を活性化する物質であればよく、例えばシリカ、カオリン、セライトなどが挙げられる。活性化剤が例えばシリカである場合、APTT試薬における該活性化剤の含有量は通常0.1 mg/mL以上1.0 mg/mL以下、好ましくは0.2 mg/mL以上0.6 mg/mL以下である。
【0017】
本実施形態のAPTT試薬はリン脂質を含むことが好ましい。リン脂質としては、例えばホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルセリン(PS)などが挙げられる。本実施形態のAPTT試薬は、PE、PC及びPSからなる群より選択される少なくとも1種を含むことが好ましく、PE、PC及びPSを含むことがより好ましい。リン脂質は、天然由来リン脂質であってもよく、合成リン脂質であってもよい。天然由来のリン脂質としては、例えばウサギ脳、ウシ脳、ヒト胎盤、大豆、卵黄などに由来するリン脂質が挙げられる。特に、合成リン脂質又は純度99%以上に精製された天然由来リン脂質が好ましい。
【0018】
PE、PC及びPSの脂肪酸側鎖(アシル基)は特に限定されないが、例えば炭素数8以上20以下、好ましくは炭素数14以上18以下のアシル基が挙げられる。そのようなアシル基としては、例えばラウロイル基、ミリストイル基、パルミトイル基、ステアロイル基、オレオイル基などが挙げられる。PE、PC及びPSはいずれも分子内に2つの脂肪酸側鎖を有する。PE、PC及びPSの各分子における2つの脂肪酸側鎖は、同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0019】
具体的なPEとしては、例えばジラウロイルホスファチジルエタノールアミン、ジミリストイルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン、ジオレオイルホスファチジルエタノールアミンなどが挙げられる。具体的なPCとしては、例えばジラウロイルホスファチジルコリン、ジミリストイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジステアロイルホスファチジルコリン、ジオレオイルホスファチジルコリンなどが挙げられる。具体的なPSとしては、例えばジラウロイルホスファチジルセリン、ジミリストイルホスファチジルセリン、ジパルミトイルホスファチジルセリン、ジステアロイルホスファチジルセリン、ジオレオイルホスファチジルセリンなどが挙げられる。
【0020】
APTT試薬におけるリン脂質の濃度は、リン脂質の種類及び測定条件などに応じて適宜決定できる。例えば、APTT試薬におけるリン脂質の濃度は、30~2000μg/mLであり、好ましくは60~1000μg/mLである。APTT試薬がリン脂質としてPE、PC及びPSを含む場合、該試薬において、PE濃度は通常10~700μg/mLであり、好ましくは30~300μg/mLであり、PC濃度は通常20~1000μg/mLであり、好ましくは30~500μg/mLであり、PS濃度は通常3~300μg/mLであり、好ましくは5~150μg/mLである。
【0021】
本実施形態のAPTT試薬は、金属イオン形成化合物を含むことが好ましい。金属イオン形成化合物を含むことにより、接触因子の活性化作用、及び沈殿物の発生を抑制する効果が期待される。また、試薬中のエラグ酸が、金属イオン形成化合物から生じた金属イオンとキレートを形成して、エラグ酸の金属イオン錯体となる。金属イオン形成化合物は、APTT試薬中で金属イオンを生じ、且つ該化合物から生じるアニオンが血液凝固反応を阻害しないかぎり、特に限定されない。金属イオン形成化合物としては、例えば、金属と有機酸又は無機酸との塩が挙げられる。それらの中でも金属と無機酸との塩が好ましく、例えば塩酸、硫酸、硝酸などの酸と金属との塩が挙げられる。より好ましい金属塩は、亜鉛、マンガン、アルミニウム及びニッケルから選択される少なくとも1つの金属の塩である。金属イオン形成化合物は1種でもよいし、2種以上を組み合わせてもよい。好ましい実施形態では、金属イオン形成化合物は、亜鉛イオン形成化合物とアルミニウムイオン形成化合物との混合物、又はマンガンイオン形成化合物とアルミニウムイオン形成化合物との混合物である。そのような化合物としては、例えば塩化亜鉛、塩化マンガン、塩化アルミニウム、塩化ニッケルなどが挙げられる。金属イオン形成化合物は、無水物でもよいし、水和物でもよい。APTT試薬における金属イオン形成化合物の濃度は、例えば1μM以上1mM以下、好ましくは10μM以上500μM以下である。
【0022】
本実施形態のAPTT試薬は、安定化向上のため、非極性アミノ酸をさらに含んでもよい。非極性アミノ酸としては、例えばグリシン、アラニン、フェニルアラニンなどが挙げられる。グリシンは緩衝剤としても機能し、フェニルアラニンはエラグ酸の沈殿防止剤としても機能するので、非極性アミノ酸としては、グリシン及びフェニルアラニンが好ましい。非極性アミノ酸は、L体、D体及びそれらの混合物のいずれでもよい。非極性アミノ酸は、天然由来のアミノ酸でもよいし、合成アミノ酸でもよい。APTT試薬における非極性アミノ酸の濃度は適宜設定できるが、通常0.75質量%以上であり、好ましくは0.75質量%以上5質量%以下であり、より好ましくは0.75質量%以上1.5質量%以下である。
【0023】
本実施形態のAPTT試薬は、保存性及び安定性を向上させるための添加物をさらに含んでいてもよい。そのような添加物としては、例えば防腐剤、抗酸化剤、安定化剤などが挙げられる。防腐剤としては、例えばアミノグリコシド系抗生物質などの抗生物質、アジ化ナトリウムなどが挙げられる。ProClin(商標)300などの市販の防腐剤を添加してもよい。抗酸化剤としては、例えばブチルヒドロキシアニソールなどが挙げられる。安定化剤としては、例えばポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
【0024】
本実施形態のAPTT試薬に用いられる溶媒は、血液検査の分野で通常用いられる水性溶媒から適宜選択できる。そのような水性溶媒としては、例えば水、生理食塩水、緩衝液などが挙げられる。緩衝液のpHは6以上8以下が好ましく、7以上7.6以下がより好ましい。緩衝液としては、例えばHEPES、TAPS、MOPS、BES、TESなどのグッド緩衝液、トリス塩酸緩衝液(Tris-HCl)、オーレンベロナール緩衝液、イミダゾール塩酸緩衝液などが挙げられる。緩衝液に含まれる緩衝剤は1種でもよいし、2種以上でもよい。必要に応じて、緩衝液にグリシンを添加してもよい。
【0025】
本実施形態のAPTT試薬のpHは、通常6以上8以下であり、好ましくは7以上7.6以下である。APTT試薬のpHは、上記の緩衝液を添加することにより調整できる。
【0026】
本実施形態のAPTT試薬は、上記の式(I)で表される化合物を含むことにより、エラグ酸の沈殿を防止できるだけでなく、APTTの光学的測定における初期反応異常も低減できる。初期反応異常とは、血液検体にAPTT試薬を添加した直後から検体の光学的測定値が変化する現象をいう。正常な血液検体とAPTT試薬とを混合した場合、通常、試薬の添加からフィブリンの析出(凝固の開始)までの間は、検体の光学的測定値はほとんど変化せず、フィブリン析出時から大きく変化する。しかし、凝固異常の患者の血液検体の中には、初期反応異常が生じることがある。測定装置によっては、初期反応異常が検出された場合、正確な凝固時間を取得できないことがある。
【0027】
本実施形態のAPTT試薬は、エラグ酸の沈殿防止剤として、フェノールに替えて、上記の式(I)で表される化合物を用いること以外は従来のAPTT試薬の製造方法と同様にして製造することができる。一例として、リン脂質を含む本実施形態のAPTT試薬の調製について説明する。まず、エラグ酸又はエラグ酸塩を水性溶媒に溶解して、エラグ酸の水性溶液を調製する。水性溶媒としては、グッドの緩衝液が好ましい。得られたエラグ酸容液に金属イオン形成化合物を添加して、エラグ酸の金属イオン錯体を含む溶液を調製する。得られた溶液に上記のリン脂質を添加することにより、リン脂質を含む本実施形態のAPTT試薬を得ることができる。必要に応じて、上記の非極性アミノ酸、防腐剤、抗酸化剤、安定化剤などを添加してもよい。
【0028】
本実施形態のAPTT試薬は、従来のAPTT試薬と同様に、一般的なAPTTの測定条件下で使用できる。また、本実施形態のAPTT試薬は、従来のAPTT試薬と同様に、内因系凝固因子のスクリーニング検査、ヘパリン療法のモニタリング、ループスアンチコアグラント(LA)のスクリーニング検査に用いることができる。本実施形態のAPTT試薬と血液検体との混合比は、体積比で表して8:2~2:8程度であればよく、好ましくは5:5である。換言すると、本実施形態のAPTT試薬の添加量は、血液検体の量(体積)の0.25倍以上4倍以下の量(体積)であればよい。好ましくは、本実施形態のAPTT試薬の添加量は、血液検体の量(体積)と等量である。
【0029】
本実施形態のAPTT試薬を用いて、正常検体の凝固時間を測定した場合、従来のAPTT試薬と同程度の測定結果を得ることができる。例えば、本実施形態のAPTT試薬をカルシウムイオン含有水溶液と共に適切に用いて、所定の正常血漿(例えばシスメックス株式会社製のコアグトロールIX)のAPTTを測定した場合、APTTが30秒付近(例えば25秒以上35秒以下)となることが望ましい。また、所定の異常血漿(例えばシスメックス株式会社製のコアグトロールIIX)のAPTT測定した場合、APTTが60~100秒の範囲内となることが望ましい。
【0030】
本実施形態では、APTT試薬を収容した容器を箱に梱包して、ユーザに提供してもよい。箱には、APTT試薬の使用方法などを記載した添付文書を同梱していてもよい。図1に、本実施形態のAPTT試薬の例を示す。図1を参照して、10は、本実施形態のAPTT試薬を収容した容器を示し、11は、梱包箱を示し、12は、添付文書を示す。
【0031】
[2.活性化部分トロンボプラスチン時間測定用試薬キット]
本実施形態のAPTT測定用試薬キット(以下、「試薬キット」ともいう)は、エラグ酸化合物と、上記の式(I)で表される化合物とを含む第1試薬と、カルシウム塩を含む第2試薬とを含む。第1試薬として、上記の本実施形態のAPTT試薬を用いることができる。第1試薬の詳細は、本実施形態のAPTT試薬について述べたことと同じである。エラグ酸化合物の詳細は、上記のとおりである。
【0032】
第2試薬は、血液検体と第1試薬との混合物に添加されて、血液凝固を開始する試薬である。第2試薬は、カルシウムイオン含有水溶液であることが好ましい。カルシウムイオン含有水溶液としては、カルシウム塩の水溶液が好ましい。カルシウム塩としては、例えば塩化カルシウムなどが挙げられる。第2試薬中のカルシウムイオン濃度は、通常2.5 mM以上40 mM以下、好ましくは10 mM以上30 mM以下である。塩化カルシウムなどの水に容易に溶けるカルシウム塩を用いる場合、第2試薬中のカルシウムイオン濃度は、該カルシウム塩の濃度で表してもよい。
【0033】
本実施形態では、第1試薬を収容した容器及び第2試薬を収容した容器を箱に梱包して、ユーザに提供してもよい。箱には、APTT試薬キットの使用方法などを記載した添付文書を同梱していてもよい。図2に、本実施形態のAPTT試薬キットの例を示す。図2を参照して、20は、本実施形態の試薬キットを示し、21は、第1試薬を収容した第1容器を示し、22は、第2試薬を収容した第2容器を示し、23は、梱包箱を示し、24は、添付文書を示す。
【0034】
本実施形態の試薬キットは、APTTの測定に通常用いられる試薬などを、その他の試薬としてさらに含んでいてもよい。そのような試薬としては、例えば参照用血漿、希釈用水性媒体などが挙げられる。参照用血漿としては、例えば正常血漿、精度管理用血漿、各種の凝固因子が欠乏した血漿、LA含有血漿、ヘパリン含有血漿などが挙げられる。希釈用水性媒体は、第1試薬を希釈するための水性媒体である。例えば、リン脂質を含む第1試薬を備えた本実施形態の試薬キットを用いてLAを検出する場合、希釈用水性媒体で第1試薬を希釈して、第1試薬のリン脂質の濃度を低くする。これにより、LAによるリン脂質の阻害反応がより表れやすくなる。希釈した第1試薬、及び第2試薬により測定されるAPTTは、血液検査の分野では「希釈APTT」(dAPTT)と呼ばれる。
【0035】
[3.エラグ酸化合物の沈殿を抑制する方法]
別の実施形態では、エラグ酸化合物の沈殿を抑制する方法が提供される。この方法では、エラグ酸化合物と、上記の式(I)で表される化合物とを水溶液中で共存させることにより、エラグ酸化合物の沈殿を抑制する。エラグ酸化合物及び式(I)で表される化合物の詳細は、上記のとおりである。水溶液は、エラグ酸化合物及び式(I)で表される化合物を溶解可能な水性溶媒であればよい。そのような水性溶媒の詳細は、本実施形態のAPTT試薬に用いられる水性溶媒について述べたことと同じである。
【0036】
エラグ酸化合物と、上記の式(I)で表される化合物とを水溶液中で共存させる方法は、特に限定されない。例えば、式(I)で表される化合物を含む水溶液に、エラグ酸化合物を添加してもよい。また、エラグ酸化合物を含む水溶液に、式(I)で表される化合物を添加してもよい。あるいは、式(I)で表される化合物を含む水溶液と、エラグ酸化合物を含む水溶液とを混合してもよい。
【0037】
後述の実施例に示されるように、式(I)で表される化合物を含まない、エラグ酸化合物の水溶液では、該水溶液中の塩濃度を増加させると、塩析の効果により、エラグ酸化合物の沈殿が生じる。しかし、エラグ酸化合物と、上記の式(I)で表される化合物とを水溶液中で共存させた場合、水溶液中の塩濃度を増加しても、エラグ酸化合物の沈殿が抑制される。
【0038】
[4.活性化部分トロンボプラスチン時間の測定方法]
本実施形態のAPTTの測定方法は、(以下、「測定方法」ともいう)は、血液検体と、エラグ酸化合物及び上記の式(I)で表される化合物を含む第1試薬と、カルシウムイオンを含む第2試薬とを混合して、凝固時間を測定することを含む。第1試薬として、上記の本実施形態のAPTT試薬を用いることができる。あるいは、第1試薬及び第2試薬として、上記の本実施形態の試薬キットを用いることができる。
【0039】
血液検体としては、被検者から採取した血液又は該血液から調製した血漿が用いられる。好ましい血液検体は血漿である。血液検体には、血液検査に通常用いられる公知の抗凝固剤が添加されていてもよい。そのような抗凝固剤としては、例えばクエン酸3ナトリウムが挙げられる。本実施形態の測定方法によりヘパリン療法のモニタリングをする場合、ヘパリンを投与された被検者の血液又は血漿を用いる。血液検体は、第1試薬の添加前に、例えば35℃以上40℃以下の温度にて、30秒以上2分以下の時間でインキュベートしてもよい。
【0040】
本実施形態では、まず、血液検体と第1試薬とを混合する。第1試薬と血液検体との混合比は、体積比で表して8:2~2:8程度であればよく、好ましくは5:5である。換言すると、第1試薬の添加量は、血液検体の量(体積)の0.25倍以上4倍以下の量(体積)であればよい。好ましくは、第1試薬の添加量は、血液検体の量(体積)と等量である。血液検体と第1試薬とを混合した後、混合物を所定の条件下でインキュベートすることが好ましい。所定の条件としては、例えば35℃以上40℃以下の温度にて、2分以上5分以下の時間でインキュベートする条件が挙げられる。
【0041】
次いで、血液検体と第1試薬との混合物と、第2試薬とを混合する。以下では、血液検体、第1試薬及び第2試薬の混合物を「測定試料」ともいう。第2試薬の添加量は、測定試料におけるカルシウムイオン濃度が通常2mM以上20 mM以下、好ましくは4mM以上10 mM以下となる量(体積)であればよい。測定試料の調製は、用手法で行ってもよいし、全自動測定装置により行ってもよい。そのような装置としては、例えば、全自動血液凝固測定装置のCSシリーズ(シスメックス株式会社)などが挙げられる。
【0042】
本実施形態では、第2試薬を添加した時を測定開始点として、凝固時間を測定する。凝固時間は、用手法により測定してもよいし、全自動測定装置により測定してもよい。用手法では、ストップウォッチなどを用いて、目視によりフィブリンが析出するまでの時間を測定する。全自動測定装置を用いる場合、凝固時間は、光学的測定法により測定してもよいし、物理的測定法により測定してもよい。光学的測定法では、例えば、測定試料に光を照射して、透過度、吸光度、散乱光強度などに関する光学的情報を取得し、取得した情報に基づいて凝固時間を取得する。物理的測定法では、例えば、スチールボールを用いて測定試料の粘度などに関する物理的情報を取得し、取得した情報に基づいて凝固時間を取得する。全自動測定装置は、特に限定されない。例えば、全自動血液凝固測定装置のCSシリーズ(シスメックス株式会社)は、透過度、吸光度、散乱光強度などの光学的情報に基づく凝固時間を測定できる。全自動血液凝固線溶測定装置のSTA Compact(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)は、粘度などの物理的情報に基づく凝固時間を測定できる。
【0043】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0044】
実施例1: エラグ酸化合物の沈殿の抑制効果の検討
活性化剤としてエラグ酸の金属イオン錯体を含むAPTT試薬では、塩濃度が増加すると、塩析効果によって錯体粒子径が増加して、最終的に沈殿が生じる。この塩析の原理を利用して、エラグ酸金属イオン錯体溶液における各種の添加剤の沈殿抑制効果を確認した。
【0045】
(1) エラグ酸金属イオン錯体溶液の調製
緩衝液成分として50 mM HEPES、8 mM TAPS及び1質量%グリシン、エラグ酸の金属イオン錯体として100μMエラグ酸、60μM塩化亜鉛及び50μM塩化アルミニウム、防腐剤として0.05% ProClin(商標)300(Sigma-Aldrich社)を含むエラグ酸金属イオン錯体溶液を調製した。この溶液と、添加剤として没食子酸、ピロガロール、ヒドロキノン、5-メチルピロガロール、レゾルシノール、及びシクロヘキサントリオールから選択されるいずれか1つとを混合して、各添加剤を100μMの濃度で含む錯体溶液を得た。対照として、添加剤を含まないエラグ酸金属イオン錯体溶液を用いた。
【0046】
(2) 沈殿抑制効果の検討
上記(1)で調製した各錯体溶液と5 M塩化ナトリウム溶液とを混合して、塩化ナトリウム濃度が10 mM、50 mM又は100 mMである混合液(試験区)を得た。ゼータサイザーナノ(マルバーン社)を用いた動的散乱光法によって、各混合液の塩濃度と、錯体の平均粒子径との関係性を確認した。結果を図3に示す。図3に示されるように、没食子酸又はピロガロールを添加した試験区では、塩濃度の増加に対する粒子径の増加の度合いが小さいことがわかる。実際、塩化ナトリウム濃度が100 mMの場合、没食子酸又はピロガロールを添加した試験区では、沈殿は目視で確認できなかったが、それ以外の添加物を含む試験区及び添加剤なしの試験区では、沈殿が目視で確認された。
【0047】
(3) 添加剤濃度と沈殿抑制効果との関係性の検討
錯体粒子の沈殿を抑制する効果が認められた没食子酸及びピロガロールを、エラグ酸金属イオン錯体溶液に図4A及び4Bに示す濃度となるように添加した。没食子酸又はピロガロールを種々の濃度で含む錯体溶液を用いて、上記(2)と同様にして沈殿抑制効果を確認した。結果を図4A及びBに示す。いずれの濃度でも、沈殿抑制効果が認められることが示唆された。
【0048】
実施例2: 凝固の初期反応異常の抑制効果の検討
ピロガロール又は没食子酸を含むAPTT試薬を用いることで、初期反応異常が抑制されるかを検討した。
【0049】
(1) APTT試薬の調製
緩衝液成分として50 mM HEPES、8 mM TAPS及び1質量%グリシン、エラグ酸の金属イオン錯体として100μMエラグ酸、60μM塩化亜鉛及び50μM塩化アルミニウム、防腐剤として0.05% ProClin(商標)300(Sigma-Aldrich社)を含むエラグ酸金属イオン錯体溶液を調製した。錯体溶液と、添加剤として没食子酸又はピロガロールとを混合して、没食子酸又はピロガロールを100μMの濃度で含む錯体溶液を得た。対照として、添加剤を含まないエラグ酸金属イオン錯体溶液を用いた。リン脂質成分として、PE(L-α-ホスファチジルエタノールアミン)、PC(L-α-ホスファチジルコリン)及びPS(L-α-ホスファチジルセリン)を、それぞれの終濃度が10 mg/dL、45 mg/dL及び5 mg/dLとなるように各錯体溶液に添加して、APTT試薬を調製した。各APTT試薬における没食子酸及びピロガロールの含有量は、それぞれ0.013質量%及び0.009質量%であった。また、各APTT試薬において、エラグ酸100質量部当たりの没食子酸及びピロガロールの含有量は、それぞれ43質量部及び32質量部であった。
【0050】
(2) 初期反応異常の抑制効果の検討
凍結血漿に、超低比重リポタンパク質(VLDL)及びC反応性タンパク質(CRP)をそれぞれ100μg/mL及び300μg/mLの終濃度となるように添加して、凝固の初期反応異常を誘引する疑似試料を調製した。この疑似試料について、上記(1)で調製した試薬及びカルシウムイオン含有試薬をセットした全自動凝固測定装置CS-5100(シスメックス株式会社)によりAPTT測定を行い、その凝固波形を取得した。図5に、各APTT試薬を用いた測定で得られた凝固波形を示す。
【0051】
図5に示されるように、対照区(添加剤を含まないAPTT試薬)では、試薬の添加直後から光学的測定値が急激に低下しており、凝固の初期反応異常が見られた。一方、没食子酸又はピロガロールを含むAPTT試薬を用いた試験区では、試薬の添加後の光学的測定値の低下が緩やかになっており、凝固の初期反応異常が低減されたことが確認できた。
【符号の説明】
【0052】
10: 本実施形態のAPTT試薬を収容した容器
20: 本実施形態の試薬キット
21: 第1容器
22: 第2容器
11、23: 梱包箱
12、24: 添付文書
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5