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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】エンジンの冷却装置
(51)【国際特許分類】
   F01P 7/16 20060101AFI20240228BHJP
【FI】
F01P7/16 502H
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020149903
(22)【出願日】2020-09-07
(65)【公開番号】P2022044331
(43)【公開日】2022-03-17
【審査請求日】2023-07-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000177612
【氏名又は名称】株式会社ミクニ
(74)【代理人】
【識別番号】110002664
【氏名又は名称】弁理士法人相原国際知財事務所
(72)【発明者】
【氏名】柏倉 英明
(72)【発明者】
【氏名】菅原 秀幸
【審査官】北村 亮
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-137981(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0376978(US,A1)
【文献】特開2014-169661(JP,A)
【文献】特開2014-156828(JP,A)
【文献】特開2019-23431(JP,A)
【文献】特開2012-26431(JP,A)
【文献】特開2018-40454(JP,A)
【文献】特開平9-264179(JP,A)
【文献】特開2017-180117(JP,A)
【文献】特開2016-196862(JP,A)
【文献】特開2019-15177(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F01P 7/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンとラジエータとの間で循環する冷却水の流量を調整する流量調整部と、
前記エンジンを流通する冷却水の温度を検出する水温検出部と、
前記エンジンの運転状態に基づき冷却水の目標水温を算出する目標水温算出部と、
前記水温検出部により検出された水温と前記目標水温算出部により算出された目標水温との水温偏差に基づき、前記水温を前記目標水温に保つべく積分項を含むフィードバック制御により制御目標値を算出し、前記制御目標値に基づき前記流量調整部を駆動するフィードバック制御部と、
を備えたエンジンの冷却装置において、
前記フィードバック制御部によるフィードバック制御において設定された積分値を記憶する積分項記憶部と、
前記フィードバック制御部により算出される制御目標値に基づき、全閉状態の前記流量調整部の開側への駆動を判定する開駆動判定部とをさらに備え、
前記フィードバック制御部は、前記開駆動判定部により前記流量調整部の開側への駆動が判定されたときに、前記積分項記憶部に記憶されている積分項をフィードバック制御の開弁初期値として適用する
ことを特徴とするエンジンの冷却装置。
【請求項2】
前記積分項記憶部は、前記フィードバック制御において適用された積分値を逐次サンプリングして平均値として記憶し、
前記フィードバック制御部は、前記積分項記憶部に記憶されている積分項の平均値を前記開弁初期値として適用する
ことを特徴とする請求項1に記載のエンジンの冷却装置。
【請求項3】
前記積分項記憶部は、前記フィードバック制御において前記水温が前記目標水温を横切ったときに設定された積分項を逐次サンプリングして平均値として記憶する
ことを特徴とする請求項2に記載のエンジンの冷却装置。
【請求項4】
前記積分項記憶部は、前記フィードバック制御において前記水温と前記目標水温との水温偏差が予め設定された判定値未満のときに設定された積分項を逐次サンプリングして平均値として記憶する
ことを特徴とする請求項2に記載のエンジンの冷却装置。
【請求項5】
前記水温検出部により検出された水温に基づくフィードフォワード制御により前記流量調整部を駆動するフィードフォワード制御部と、
前記冷却装置の故障の有無を判定し、故障有りと判定したときに前記フィードバック制御部に代えて前記フィードフォワード制御部に前記流量調整部を駆動させ、その後に故障無しの判定を下したときに前記フィードバック制御部にフィードバック制御を再開させるフェイル判定部とをさらに備え、
前記フィードバック制御部は、前記フェイル判定部による故障無しの判定に基づきフィードバック制御を再開したときに、前記フェイル判定部により故障有りと判定される以前のフィードバック制御において前記積分項記憶部により記憶された積分項の平均値を、再開したフィードバック制御の制御初期値として適用する
ことを特徴とする請求項2乃至4の何れか1項に記載のエンジンの冷却装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの冷却装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1に記載された冷却装置は、エンジンのウォータージャケットとラジエータ、ヒータ、スロットルバルブ及びオイルクーラ等の各装置とがそれぞれ冷却水路を介して接続され、ウォーターポンプにより各冷却水路に冷却水を循環させている。ウォータージャケットの出口側には流路切換弁が介装され、この流路切換弁により各装置の冷却水路の開度が変化する。詳しくは、流路切換弁には冷却水の流通状態を制御するモータ駆動のロータが内蔵され、このロータの回転角度と各冷却水路の開度との関係が予め設定されている。このため、例えばロータが開側に回転駆動されると、その回転角度に応じて各冷却水路が順次開閉されて開度が連続的に変化し、それに応じて各装置に流通する冷却水量が調整される。
【0003】
流路切換弁のロータの回転角度は目標水温tgtTと水温Tとの水温偏差ΔTに基づきフィードバック制御され、これによりラジエータの冷却水路の開度が調整されて水温Tが目標水温tgtTに保たれる。以下、ラジエータの冷却水路の開度をラジエータ開度Aと称すると共に、ラジエータ開度Aが0%から開き始めるときのロータの回転角度を初期開弁角度と定義し、その制御状況を述べる。
【0004】
まず目標水温tgtT>水温Tの場合、ロータはラジエータ開度A=0%に相当する回転角度に制御され、ラジエータへの冷却水の流通が中止されている。冷却水はラジエータへの流通が中止され、エンジンからの受熱により次第に昇温する。目標水温tgtT=水温Tになるとロータは初期開弁角度に達し、この時点でラジエータ開度Aが0%から増加し始め、ラジエータに冷却水が流通して冷却される。目標水温tgtT<水温Tの状態を経て水温Tは低下に転じ、その後は目標水温tgtTの近傍に保たれる。一方、ロータの回転角度は、このときの水温Tを保持可能なラジエータ開度Aに相当する位置でほぼ平衡する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-15177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した説明は、目標水温tgtTと水温Tとの水温偏差ΔTに基づくフィードバック制御だけであったが、実際の冷却装置の制御には、例えばPID制御が適用される。周知のようにPID制御では、水温偏差ΔTbaseに基づき比例項P、積分項I、微分項Dを算出し、それらの加算値を最終的な水温偏差ΔTとすると共に、予め設定した制御マップに基づき水温偏差ΔTから流路切換弁の制御量を算出している。比例項Pは、上記のように実際値を目標値に収束させる作用を奏し、積分項Iは、目標値に対する実際値の定常偏差を抑制する作用を奏し、微分項Dは、実際値のオーバーシュートや振動現象を抑制する作用を奏する。
【0007】
冷却装置において目標水温tgtTに対して水温Tに定常偏差が発生する要因としては、例えば流路切換弁の製作誤差等によりロータの初期開弁角度にバラツキが生じた場合が挙げられる。初期開弁角度のバラツキにより、ラジエータ開度Aが0%から増加し始めるタイミングにもバラツキが生じ、これにより定常偏差が発生する。このような定常偏差に応じて積分項Iが増加設定されるため、ロータの初期開弁角度のバラツキに関わらずラジエータ開度Aが同様に制御され、結果として定常偏差が抑制される。
【0008】
しかしながら、目標水温tgtTに追従して水温Tを変化させる過渡状態において、積分項Iは水温Tの追従性を悪化させる要因になった。図5は初期開弁角度が異なる2つの流路切換弁について、エンジン始動後にアイドルストップで自動停止させ、その後にエンジンを再始動した場合の制御状況を示したタイムチャートである。正規の初期開弁角度=0degに対して、図中に破線で示す一方の流路切換弁は-Xdegの誤差を有し、実線で示す他方の流路切換弁は+Xdegの誤差を有している。このため、より先行して開弁する-Xdegの流路切換弁の特性を基準として制御のキャリブレーションがなされ、+Xdegの流路切換弁については、主として積分項Iの設定により定常偏差の抑制が図られる。
なお、誤差を示すXの値は、例えば10deg以内である。
【0009】
冷機状態でエンジンが始動されると(図中のポイントa)、エンジンの暖気に伴って冷却水が次第に昇温され、水温Tは予め設定された目標水温tgtT1に向けて上昇する。このとき各流路切換弁のロータは初期開弁角度に到達していないため、ラジエータ開度A=0%に相当する回転角度に制御されて冷却水の流通が中止されている。-Xdegの流路切換弁のロータは、目標水温tgtT1=水温Tになった時点で初期開弁角度に達し(ポイントb)、ラジエータ開度Aが0%から増加し始めてラジエータに冷却水が流通する。冷却水の冷却により目標水温tgtT1<水温Tの状態を経て水温Tは低下に転じ、その後は目標水温tgtT1の近傍に保たれる。
【0010】
これに対して+Xdegの流路切換弁のロータは、目標水温tgtT1=水温Tになった時点でも初期開弁角度に到達せず(ポイントc)、ラジエータ開度A=0%の状態を継続し、その間にも水温Tは上昇し続け、目標水温tgtT1を越えて目標水温tgtT1<水温Tの状態が継続する。そして、このときの水温偏差ΔTbaseに基づき制御周期毎に積分項Iが逐次積算され、この積分項Iを反映して流路切換弁のロータの回転角度が開側に変化するが、未だ初期開弁角度に到達しない。-Xdegとの角度差に相当する2Xdegだけロータが回転した時点で初期開弁角度に達し(ポイントd)、ラジエータ開度Aが0%から増加してラジエータでの冷却水の冷却に伴って水温Tが低下に転じる。
【0011】
積分項Iは積算を中止されてその時点の値に保持され、水温Tは目標水温tgtT1まで低下してその近傍に保たれる。結果として、積分項Iの積算によりラジエータ開度Aが0%から増加するタイミングは、-Xdegの流路切換弁の場合よりも時間t1だけ遅延し、その間に水温Tは目標水温tgtT1を大きく超過するオーバーシュートを生じる。このため目標水温tgtT1への収束が遅延し、この現象が水温Tの追従性を悪化させる要因となる。
【0012】
一方、その後にエンジンはアイドルストップにより自動停止され、エンジンの発熱量の低下を鑑みて、それまでの目標水温tgtT1よりも低温側の目標水温tgtT2が設定される(ポイントe)。目標水温tgtT2<水温Tに基づき積分項Iが一時的に増加し、ラジエータ開度Aが増加側に制御されることによりラジエータでの冷却水の流量が増加し、水温Tは低下して目標水温tgtT2の近傍に保たれる。そして、アイドルストップが解除されてエンジンが再始動されると、目標水温tgtT2から目標水温tgtT1に設定し直される(ポイントf)。目標水温tgtT1>水温Tに基づき、何れの流路切換弁もロータの回転角度が閉側に変化してラジエータ開度A=0%に相当する位置に保たれる。冷却水はラジエータへの流通が中止され、エンジンからの受熱により次第に昇温する。
【0013】
このときの-Xdeg及び+Xdegの流路切換弁による水温変化は、上記したエンジンの運転開始時と同様である。即ち、-Xdegの流路切換弁によれば、迅速に初期開弁角度に達してラジエータ開度Aが0%から増加するため(ポイントg)、水温Tはオーバーシュートすることなく目標水温tgtT1に収束する。これに対して+Xdegの流路切換弁では、積分項Iの積算によりラジエータ開度Aが0%から増加するタイミングが時間t2だけ遅延するため(ポイントh)、その間に水温Tが目標水温tgtT1を大きく超過して追従性が悪化してしまう。
【0014】
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、初期開弁角度のバラツキに起因して流路切換弁に個体差が生じている場合であっても、全閉状態に保持していた流路切換弁を遅延なく開側に駆動でき、これにより目標水温に対する水温の良好な追従性を実現することができるエンジンの冷却装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の目的を達成するため、本発明のエンジンの冷却装置は、エンジンとラジエータとの間で循環する冷却水の流量を調整する流量調整部と、エンジンを流通する冷却水の温度を検出する水温検出部と、エンジンの運転状態に基づき冷却水の目標水温を算出する目標水温算出部と、水温検出部により検出された水温と目標水温算出部により算出された目標水温との水温偏差に基づき、水温を目標水温に保つべく積分項を含むフィードバック制御により制御目標値を算出し、制御目標値に基づき流量調整部を駆動するフィードバック制御部と、を備えたエンジンの冷却装置において、フィードバック制御部によるフィードバック制御において設定された積分値を記憶する積分項記憶部と、フィードバック制御部により算出される制御目標値に基づき、全閉状態の流量調整部の開側への駆動を判定する開駆動判定部とをさらに備え、フィードバック制御部が、開駆動判定部により流量調整部の開側への駆動が判定されたときに、積分項記憶部に記憶されている積分項をフィードバック制御の開弁初期値として適用することを特徴とする(請求項1)。
【0016】
その他の態様として、積分項記憶部が、フィードバック制御において適用された積分値を逐次サンプリングして平均値として記憶し、フィードバック制御部が、積分項記憶部に記憶されている積分項の平均値を開弁初期値として適用してもよい(請求項2)。
【0017】
その他の態様として、積分項記憶部が、フィードバック制御において水温が目標水温を横切ったときに設定された積分項を逐次サンプリングして平均値として記憶してもよい(請求項3)。
【0018】
その他の態様として、積分項記憶部が、フィードバック制御において水温と目標水温との水温偏差が予め設定された判定値未満のときに設定された積分項を逐次サンプリングして平均値として記憶してもよい(請求項4)。
【0019】
その他の態様として、水温検出部により検出された水温に基づくフィードフォワード制御により流量調整部を駆動するフィードフォワード制御部と、冷却装置の故障の有無を判定し、故障有りと判定したときにフィードバック制御部に代えてフィードフォワード制御部に流量調整部を駆動させ、その後に故障無しの判定を下したときにフィードバック制御部にフィードバック制御を再開させるフェイル判定部とをさらに備え、フィードバック制御部が、フェイル判定部による故障無しの判定に基づきフィードバック制御を再開したときに、フェイル判定部により故障有りと判定される以前のフィードバック制御において積分項記憶部により記憶された積分項の平均値を、再開したフィードバック制御の制御初期値として適用してもよい(請求項5)。
【発明の効果】
【0020】
本発明のエンジンの冷却装置によれば、初期開弁角度のバラツキに起因して流路切換弁に個体差が生じている場合であっても、全閉状態に保持していた流路切換弁を遅延なく開側に駆動でき、これにより目標水温に対する水温の良好な追従性を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】第1及び第2実施形態のエンジンの冷却装置を示す全体構成図である。
図2】第1実施形態のECUの構成を示す制御ブロック図である。
図3】第1実施形態において、初期開弁角度が異なる2つの流路切換弁に対する制御状況を示したタイムチャートである。
図4】第2実施形態のECUの構成を示す制御ブロック図である。
図5】従来技術において、初期開弁角度が異なる2つの流路切換弁に対する制御状況を示したタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[第1実施形態]
以下、本発明を具体化したエンジンの冷却装置を第1実施形態として説明する。
本実施形態のエンジン1は走行用動力源として乗用車に搭載されるものであり、水冷式の冷却装置2により冷却される。図1に示すように、エンジン1内に形成されたウォータージャケット3にはウォーターポンプ4から吐出された冷却水が流通し、その後、ウォータージャケット3からエンジン1の一側に接続された流出路5内に流出するようになっている。流出路5にはメイン水路6、サブ水路7及びバイパス水路8の一端がそれぞれ接続され、バイパス水路8の他端はウォーターポンプ4の吸込側に接続されている。
【0023】
メイン水路6にはラジエータ9が介装され、メイン水路6の他端はウォーターポンプ4の吸込側に接続されている。サブ水路7は二股状に分岐して、排ガスを吸気側に環流するEGR弁10及び吸気量を調整するスロットル装置11が介装され、各サブ水路7の他端はメイン水路6のラジエータ9よりもウォーターポンプ4側の箇所に接続されている。
【0024】
従って、流出路5からメイン水路6に案内された冷却水は、ラジエータ9を流通する際に走行風との間の熱交換により冷却され、温度低下してウォーターポンプ4に戻され、その後にウォータージャケット3を流通することによりエンジン1の冷却作用を奏する。流出路5からサブ水路7に案内された冷却水は、EGR弁10及びスロットル装置11を流通して冷却し、受熱により温度上昇してウォーターポンプ4に戻される。また、流出路5からバイパス水路8に案内された冷却水は、そのままの温度でウォーターポンプ4に戻される。
【0025】
流出路5内には流路切換弁12が配設され、この流路切換弁12により冷却水の流路が連続的に調整される。詳しくは、流路切換弁12の入口ポートは流出路5内と連通し、流路切換弁12の出口ポートはメイン水路6及びサブ水路7とそれぞれ連通している。流路切換弁12は、内蔵された図示しないロータをモータ13の駆動により回転させるロータリ式として構成され、ロータの回転角度とメイン水路6及びサブ水路7の開度との関係が予め設定されている。このため、例えばロータが開側に回転駆動されると、その回転角度に応じてメイン水路6及びサブ水路7が順次開閉されて開度が連続的に変化する。この開度変化に応じて、エンジン1とラジエータ9との間で循環する冷却水の流量、及びエンジン1とEGR弁10やスロットル装置11との間で循環する冷却水の流量がそれぞれ調整される。
【0026】
以下の説明では、メイン水路6側の開口面積、換言するとラジエータ9の開度Aを主体として、流路切換弁12による開口比率の調整状態を表すものとする。例えば、メイン水路6側が全閉にされている状態をラジエータ開度A=0%と表現し、このときラジエータ9への冷却水の流通が中止される。また、メイン水路6側が全開にされている状態をラジエータ開度A=100%と表現し、このときラジエータ9を流通する冷却水の流量が最大となる。本実施形態では、流路切換弁12が本発明の流量調整部として機能する。
【0027】
冷却装置2の作動状態はECU15(電子制御装置)により制御され、ECU15は、入出力インターフェイス15a、多数の制御プログラムを内蔵した記憶装置15b(ROM,RAM等)、中央処理装置15c(CPU)、及びタイマカウンタ15d等により構成されている。ECU15の入力側には、流路切換弁12のロータの回転角度θを検出するポジションセンサ16、エンジン1から流出路5内に流出した冷却水の温度Tを検出する水温センサ17等の各種センサ類が接続されている。またECU15の出力側には、上記した流路切換弁12を駆動するモータ13等の各種デバイス類が接続されている。本実施形態では、水温センサ17が本発明の水温検出部として機能する。
【0028】
次いで、図2の制御ブロック図に基づきECU15の構成を説明する。
ECU15の目標水温算出部21では、エンジン1の運転状態に基づき冷却水の目標水温tgtTが算出され、水温センサ17により検出された水温Tと共に偏差算出部22に入力される。偏差算出部22では、目標水温tgtTとエンジン温度Tとの差として基本水温偏差ΔTbaseが算出され、この基本水温偏差ΔTbaseがPID設定部23に入力される。基本水温偏差ΔTbaseに基づき、PID設定部23のP項設定部23aでは比例項Pが設定され、I項設定部23bでは積分項Iが設定され、D項設定部23cでは微分項Dが設定される。これらのフィードバック項P,I,Dが加算部23dで加算されて、PID制御に基づく補正後水温偏差ΔTが算出される。
【0029】
補正後水温偏差ΔTは目標開度算出部24に入力され、補正後水温偏差ΔTに基づき目標ラジエータ開度tgtAが算出される。この算出処理のために、ECU15の記憶装置15bには、予め補正後水温偏差ΔTと目標ラジエータ開度tgtAとの関係を規定した制御マップが記憶されている。
以上の偏差算出部22、PID設定部23及び目標開度算出部24により、フィードバック制御部26が構成されている。
【0030】
目標ラジエータ開度tgtAはバルブ制御部25に入力され、目標ラジエータ開度tgtAに基づきロータの目標回転角度tgtθが算出される。この算出処理のために、ECU15の記憶装置15bには、目標ラジエータ開度tgtAとロータの目標回転角度tgtθとの関係を規定した制御マップが記憶されている。バルブ制御部25では、目標回転角度tgtθとポジションセンサ16により検出された実際の回転角度θとの偏差に基づき、流路切換弁12のモータ13が制御される。
【0031】
一方、目標開度算出部24で算出された目標ラジエータ開度tgtAは、開駆動判定部27に入力される。開駆動判定部27からは、目標ラジエータ開度tgtAが全閉状態に相当する0%から増加したとき、即ち全閉状態の流路切換弁12が開側に駆動されるときに開駆動信号が出力される。本実施形態では、目標ラジエータ開度tgtAが本発明の制御目標値として機能する。なお、制御目標値は目標ラジエータ開度tgtAに限るものではなく、これに代えてバルブ制御部25により算出されるロータの目標回転角度tgtθを用いてもよい。
【0032】
開駆動判定部27から出力された開駆動信号は、PID設定部23のI項設定部23bで設定された積分項Iと共に積分項記憶部28に入力され、積分項記憶部28では積分項Iの平均値が記憶される。本実施形態では、PID制御において水温Tが目標水温tgtTを横切ったタイミング、換言すると、水温Tが目標水温tgtTを越えるか或いは目標水温tgtTを下回るタイミングでI項設定部23bにより設定された積分項Iが、積分項記憶部28により逐次サンプリングされて平均値として記憶される。従って、新たな積分項Iがサンプリングされると、その積分項Iが過去にサンプリングされた積分項の総和に加算された上で、サンプリング数で除算されて平均化される。
【0033】
結果として積分項記憶部28には、水温Tが目標水温tgtTを横切ったタイミングで設定された全ての積分項Iを平均化した値が記憶される。なお、記憶内容の実際の保存先は記憶装置15bであるが、これに限るものではない。
【0034】
そして、開駆動判定部27から開駆動信号が入力されると、積分項記憶部28に記憶されている積分項Iの平均値が読み出されてPID設定部23のI項設定部23bに出力される。積分項Iの平均値が入力されると、この平均値がI項設定部23bにより開弁初期値、即ち、流路切換弁12を開弁する際の積分項Iの初期値として適用される。
【0035】
なお、積分項記憶部28の処理は上記に限るものではない。例えば、水温Tが目標水温tgtTを横切ったタイミング毎に、I項設定部23bで設定された積分項Iを逐次サンプリングして記憶し、開駆動判定部27から開駆動信号が入力された時点で、記憶している積分項Iを平均化してI項設定部23bに出力してもよい。何れの内容の処理を実行する積分項記憶部28も、本発明の積分項記憶部に含まれるものとする。
【0036】
詳細は後述するが、開駆動判定部27により判定されるラジエータ開度tgtAが0%から増加する状況とは、水温Tが上昇して目標水温tgtT1=水温Tに至り、それ以上の水温上昇を抑制すべくラジエータ9に冷却水を流通させる必要が生じた状況を意味する。そして、初期開弁角度に+側の誤差を有する流路切換弁12の場合には、この時点ではロータが初期開弁角度に到達しないため水温Tが目標水温tgtT1を大きく超過してしまう。このような状況のときに、積分項Iの平均値がPID制御の開弁初期値として適用されるのである。
【0037】
次いで、以上のような機能を備えたECU15により実行される冷却装置2の制御について、図3のタイムチャートに基づき説明する。
この図3では図5と同じく、破線で示す-Xdegの誤差を有する流路切換弁12と、実線で示す+Xdegの誤差を有する流路切換弁12との制御状況を示している。なお、説明の便宜上、未だ積分項記憶部28に積分項Iが記憶されていない状態で制御が開始されたものとする。
【0038】
図3中のポイントa~gまでの制御状況は、従来技術を示す図5と同様である。即ち、冷機状態でエンジン1が始動されると(図中のポイントa)、水温Tは目標水温tgtT1に向けて上昇する。このとき目標水温tgtT1>水温Tに基づき、フィードバック制御部26の目標開度算出部24では目標ラジエータ開度tgtA=0%が算出され、バルブ制御部25の制御により各流路切換弁12のロータはラジエータ開度A=0%に相当する回転角度に制御され、冷却水の流通が中止されている。目標水温tgtT1=水温Tになると、-Xdegの流路切換弁12のロータが初期開弁角度に達し(ポイントb)、ラジエータ開度Aが増加し始めてラジエータ9に冷却水が流通し、水温Tが目標水温tgtT1の近傍に保たれる。
【0039】
これに対して+Xdegの流路切換弁12のロータは、目標水温tgtT1=水温Tになった時点でも初期開弁角度に到達しない(ポイントc)。このとき目標水温tgtT1と水温Tとの基本水温偏差ΔTbaseに基づき積分項Iが逐次積算され、この積分項Iを反映して流路切換弁12のロータが初期開弁角度に達する(ポイントd)。これによりラジエータ開度Aが0%から増加するが、その間に水温Tは目標水温tgtT1を大きく超過してしまう。
【0040】
その後にエンジン1がアイドルストップにより自動停止されると、目標水温tgtT1から目標水温tgtT2に切り換えられる(ポイントe)。なお、自動停止せずにアイドル運転に切り換えた場合も、同様の目標水温tgtTの設定がなされる。積分項Iの一時的な増加によりラジエータ開度Aは増加側に制御され、水温Tは低下して目標水温tgtT2の近傍に保たれる。そして、アイドルストップが解除されてエンジン1が再始動されると、目標水温tgtT2から目標水温tgtT1に設定し直される(ポイントf)。目標水温tgtT1>水温Tに基づき目標ラジエータ開度tgtA=0%が算出され、何れの流路切換弁12もロータの回転角度が閉側に変化してラジエータ開度A=0%に相当する位置に制御される。ラジエータ9への冷却水の流通が中止され、エンジン1からの受熱により水温Tは次第に上昇して目標水温tgtT1に達する(ポイントg)。
【0041】
そして、以上のポイントa~gまでの制御過程において、本実施形態では、PID制御で適用された積分項Iの平均値が積分項記憶部28に逐次記憶される。詳しくは、何れの流路切換弁12においても、ラジエータ開度Aの増減に応じて水温Tは目標水温tgtT1或いは目標水温tgtT2を頻繁に横切りながら変動している。また、PID制御のためにPID設定部のI項設定部23bにより設定された積分項Iは、積分項記憶部28に逐次入力されている。この入力された積分項の中から、水温Tが目標水温tgtT1,tgtT2を横切ったタイミングでI項設定部23bにより設定された積分項Iが積分項記憶部28により逐次サンプリングされ、過去にサンプリングされた積分項と共に平均化されて積分項Iの平均値として記憶される。
【0042】
図3中では、-Xdegの流路切換弁12の場合に積分項記憶部28に記憶される積分項Iの平均値を細い破線で示しており、平均化を繰り返すことで太い破線で示す積分項Iに次第に接近し、その近傍でほぼ平衡している。また、+Xdegの流路切換弁12の場合に積分項記憶部28に記憶される積分項Iの平均値を細い実線で示しており、平均化を繰り返すことで太い実線で示す積分項Iに次第に接近し、その近傍でほぼ平衡している。
【0043】
そして、-Xdegの流路切換弁12の特性を基準として制御のキャリブレーションがなされているため、-Xdegの積分項Iの平均値はごく小さく、これに対して+Xdegの積分項Iの平均値は相対的に大きい。何れの平均値も、水温Tが目標水温tgtT1,tgtT2を横切ったときの積分項Iを平均化した値であり、換言すると、流路切換弁12に生じている初期開弁角度の誤差を適切に補償可能な積分項Iであると見なせる。
【0044】
一方、目標水温tgtT2から目標水温tgtT1への切換に応じて冷却水の流通が中止され(ポイントf)、上昇した水温Tが目標水温tgtT1に達すると(ポイントg)、目標開度算出部24から出力される目標ラジエータ開度tgtAが0%から増加する。目標ラジエータ開度tgtAを入力した開駆動判定部27から開駆動信号が出力され、この信号を入力した積分項記憶部28では、記憶している積分項Iの平均値が読み出されてPID設定部23のI項設定部23bに出力される。I項設定部23bでは、入力された積分項Iの平均値がPID制御の開弁初期値として適用される。
【0045】
従って、何れの流路切換弁12の場合でも、水温Tが目標水温tgtT1に達した時点で(ステップg)、I項設定部23bで設定される積分項Iが開弁初期値としてステップ的に増加する。そして、この積分項Iを反映した補正後水温偏差ΔTがPID設定部23からバルブ制御部25に出力され、バルブ制御部25により流路切換弁12のロータの回転角度θ、ひいてはラジエータ開度Aが制御される。このときのラジエータ開度A及び水温Tは、以下のように調整される。
【0046】
図5に示す従来技術では、キャリブレーションの対象となった-Xdegの流路切換弁12に比較して、初期開弁角度に+側の誤差を有する+Xdegの流路切換弁12では、ラジエータ開度Aが0%から増加するタイミングが積分項Iの積算に要する時間t2だけ遅延し(ポイントg-h)、この遅れが水温Tのオーバーシュートの要因であった。これに対して本実施形態では、-Xdegのみならず+Xdegの流路切換弁12においても、積分項Iの積算を待つことなく、水温Tが目標水温tgtT1に達した時点で直ちに積分項Iがステップ的に増加する。
【0047】
そして、このときの積分項Iの増加量は、+Xdegの流路切換弁12が有する初期開弁角度の誤差に相当し、換言すると初期開弁角度の誤差を適切に補償可能な値に相当する。このため、積分項Iの増加に同期してラジエータ開度Aが0%から増加し(ポイントg)、全閉状態に保持していた流路切換弁12が遅延なく開側に駆動される。従って、速やかにラジエータ9での冷却水の冷却が開始されるため、水温Tはオーバーシュートすることなく目標水温tgtT1の近傍に保たれる。なお、この間にもPID制御に適用される積分項Iの平均値が積分項記憶部28に記憶され続け、エンジン停止によりECU15への電源が遮断された後にも記憶内容が記憶装置15bに保存される。
【0048】
そして、再び冷機状態でエンジン1が始動されてECU15による制御が開始されると(ポイントa2)、水温Tは目標水温tgtT1に向けて上昇する。目標水温tgtT1=水温Tになると(ポイントb2)、ポイントgの場合と同じく、-Xdegのみならず+Xdegの流路切換弁12も積分項Iがステップ的に増加し、且つ、その積分項Iの増加量は、+Xdegの流路切換弁12の初期開弁角度の誤差を適切に補償可能な値となる。このため、積分項Iの増加に同期してラジエータ開度Aが0%から増加し、速やかにラジエータ9での冷却水の冷却が開始されることから、水温Tはオーバーシュートすることなく目標水温tgtT1の近傍に保たれる。
【0049】
以上のように本実施形態のエンジン1の冷却装置2によれば、水温Tを目標水温tgtTに保つためにPID設定部23のI項設定部23bで設定される積分項Iを積分項記憶部28に逐次入力し、入力された積分項Iの中から、水温Tが目標水温tgtT1,tgtT2を横切ったタイミングで設定された積分項Iを逐次サンプリングし、その平均値を積分項記憶部28に記憶している。また、冷機状態のエンジン始動時或いは目標水温tgtTの高温側への切換時等のように、PID制御で積分項Iが積算される間に上昇中の水温Tが目標水温tgtT1を大きく超過する虞がある状況を、目標ラジエータ開度tgtAの0%からの増加に基づき開駆動判定部27で判定している。そして、このとき開駆動判定部27から出力される開駆動信号に基づき、積分項記憶部28に記憶されている積分項Iの平均値を、I項設定部23bが積分項Iを設定する際の開弁初期値として適用している。
【0050】
このため積分項Iの積算を待つことなく、水温Tが目標水温tgtT1に達した時点で直ちに積分項Iがステップ的に増加する。従って、全閉状態に保持していた流路切換弁12を遅延なく開側に駆動して速やかにラジエータ9での冷却水の冷却を開始でき、これにより水温Tのオーバーシュートを未然に防止して目標水温tgtTに対する追従性を向上することができる。
【0051】
一方、開弁初期値として単なる積分項Iでなく平均値を適用するのは、エンジン1の冷却装置2を制御対象としているが故である。即ち、水冷式の冷却装置2は、メイン水路6に介装したラジエータ9に冷却水を流通させて走行風との間で熱交換させて冷却し、温度低下した冷却水をウォータージャケット3に流通させてエンジン1の冷却作用を得ている。そして、水温Tを目標水温tgtTに保つために、ラジエータ開度Aの制御によりラジエータ9を流通する冷却水の流量を調整しているが、この冷却水の流量は、ラジエータ9の冷却能力に影響する要素の1つに過ぎない。
【0052】
ラジエータ9での熱交換は、その内部を流通する冷却水とラジエータコアを流通する空気との間で行われる。このためラジエータ9の冷却能力には、ラジエータ9を流通する冷却水の流量のみならず、ラジエータ9を流通する冷却水の温度T、ラジエータコアを流通する空気の流量、及びラジエータコアを流通する空気の温度がそれぞれ影響を及ぼす。結果として、これら4つの要素の影響を受けてラジエータ9の冷却能力が定まり、それに応じて水温Tが調整される。
【0053】
従って、水温Tが目標水温tgtTに保たれているときの積分項Iは、流路切換弁12に生じている初期開弁角度の誤差を反映するだけでなく、その時点の水温T、空気の流量及び温度の影響も受けている。初期開弁角度の誤差による影響が最も大であるため、積分項Iを開弁初期値として適用する意義があるものの、外乱として作用する水温T、空気の流量及び温度の影響を軽減することが望ましい。
【0054】
例えば、制御開始から最初に水温Tが目標水温tgtTを横切ったときに単一の積分項Iを記憶した場合、その積分値Iが水温T、空気の流量及び温度の影響を大きく受けている可能性もある。その場合の積分項Iは、初期開弁角度の誤差を補償するには不適切な値となり、開弁初期値として適用するとラジエータ開度Aの調整に過不足が生じることから、目標水温tgtTに対する水温Tの追従性が悪化する可能性がある。
【0055】
そこで、本実施形態では水温Tが目標水温tgtT1,tgtT2を横切ったタイミングで積分項Iを逐次サンプリングし、その平均値を開弁初期値として適用しているのである。この対策により、開弁初期値への水温T、空気の流量及び温度の影響を軽減できる。結果として、全閉状態に保持していた流路切換弁12を開側に駆動する際にラジエータ開度Aを過不足なく調整でき、目標水温tgtTに対する水温Tの追従性を一層向上することができる。
【0056】
ところで本実施形態では、冷機状態のエンジン始動や目標水温tgtTの高温側への切換に際して、全閉状態に保持していた流路切換弁12を開側に駆動するときに、記憶していた積分項Iの平均値を開弁期値として適用したが、記憶情報の用途はこれに限らない。例えば、フェイル判定に基づき一旦中止したフィードバック制御を再開する際に、記憶していた積分項Iの平均値を制御初期値として適用してもよく、この実施例を第2実施形態として以下に述べる。
【0057】
[第2実施形態]
第1実施形態に対する本実施形態の相違点は、フェイル判定に対応する構成を追加した点にあり、その他の構成、例えば図1の全体構成等については第1実施形態と同一である。そこで、共通する構成の箇所は同一の部材番号を付して説明を省略し、相違点を重点的に述べる。
【0058】
まず、図4の制御ブロック図に基づきECU15の構成を説明する。
本実施形態では、フィードバック制御部26に加えてフィードフォワード制御部31が設けられ、切換部32の切り換えに応じて何れかの制御部26,31が選択的にバルブ制御部25と接続される。フィードフォワード制御部31は、水温センサ17により検出された水温Tに基づき流路切換弁12によるラジエータ開度Aをフィードフォワード制御する。ECU15の記憶装置15bには、予め水温Tと目標ラジエータ開度tgtAとの関係を規定した制御マップが記憶されている。例えば制御マップの特性は、水温Tの異常上昇を迅速に抑制可能な目標ラジエータ開度tgtAを導出するように設定されている。フィードフォワード制御部31が切換部32を介してバルブ制御部25に接続されると、制御マップに基づき現在の水温Tから算出された目標ラジエータ開度tgtAに基づき、バルブ制御部25により流路切換弁12が制御される。
【0059】
切換部32はフェイル判定部33により切り換えられ、フェイル判定部33は冷却装置2に発生する種々の故障の有無を判定する機能を奏する。この判定処理のために、図示はしないがフェイル判定部33には水温センサ17等の各種センサ類から検出情報が入力されており、故障無しの判定を下しているときには、切換部32をフィードバック制御部26側に切換・保持している。従って、第1実施形態で述べたようにフィードバック制御部26により流路切換弁12が制御されると共に、I項設定部23bで設定された積分項Iが積分項記憶部28により逐次サンプリングされて平均値として記憶される。
【0060】
フィードバック制御部26による制御中において、例えば正常な制御範囲の上限を超えて水温Tが上昇した場合、フェイル判定部33により冷却装置2に故障有りの判定が下され、切換部32がフィードフォワード制御部31側に切り換えられる。フィードフォワード制御部31により設定される目標ラジエータ開度tgtAに基づき流路切換弁12が制御され、これにより水温Tの異常上昇が迅速に抑制される。水温Tが正常の制御範囲まで低下すると、フェイル判定部33により故障無しの判定が下され、切換部32が再びフィードバック制御部26側に切り換えられる。
【0061】
そして、このようにフィードバック制御部26の制御を再開させたとき、フェイル判定部33からはF/B再開信号が積分項記憶部28に出力される。このF/B再開信号を入力されたときの積分項記憶部28は、第1実施形態で述べた開駆動信号の入力時と同一の処理を実行する。即ち、積分項記憶部28に記憶されている積分項Iの平均値を読み出してPID設定部23のI項設定部23bに出力し、この平均値がI項設定部23bにより制御初期値、即ち、PID制御を再開する際の初期値として適用される。
なお、水温Tの異常上昇以外の故障についても同様の処理が実行される。
【0062】
従来のエンジンの冷却装置においてフェイル判定部により故障有りの判定が下された場合には、以下の知見に基づき対処が実施される。
このときの冷却装置は何らかの故障を発生しており、フィードバック制御部による制御が故障要因になっている可能性もあり、当該制御に適用された積分項Iの信頼性にも疑義が生じる。このため、フィードフォワード制御への切換により水温Tの異常上昇が抑制されてフィードバック制御を再開したとしても、故障有りの判定が下される直前の積分項Iを制御に適用した場合には同じ故障が再発する虞がある。そこで、フィードバック制御を再開する際に積分項を0にリセットし、改めて水温偏差に基づき積分項Iの積算を開始している。
【0063】
ところが、この対策では、図5に基づき説明した従来技術と同様の問題が生じる。即ち、目標水温tgtT1=水温Tになったとしても、初期開弁角度に+側の誤差を有する流路切換弁12の場合には、積分項Iの加算によりロータが初期開弁角度に達するまで水温Tが上昇し続け、目標水温tgtTを大きく超過してしまう。
【0064】
このような従来技術に対して本実施形態では、フィードバック制御の再開と共に、I項設定部23bで制御初期値として積分項Iの平均値が適用される。重要な事項は、従来技術で問題視された積分項Iと本実施形態の積分項Iの平均値とが根本的に相違する点である。即ち、従来技術の積分項Iは、故障有りの判定直前に制御で適用された値であるため、仮に故障要因に相当する不適切な値であった場合には、その影響を真向から受けてラジエータ開度Aの調整に過不足が生じてしまう。
【0065】
これに対して本実施形態の積分項Iの平均値は、故障有りの判定よりも遡った時点、より詳しくは今回の制御開始の時点から、或いは前回以前の制御開始の時点からの十分に長い期間中において、積分項記憶部28により逐次サンプリングされた積分項Iの平均値である。このため、仮に故障有りの判定直前に適用された積分項Iが不適切な値であったとしても、それ以前にサンプリングされた多数の積分項Iと共に平均化されることにより、その影響はほとんど無視できる軽微なものとなる。結果として積分項Iの平均値は、第1実施形態と同じく流路切換弁12に生じている初期開弁角度の誤差を適切に補償可能な積分項Iと見なせる。
【0066】
そして、このような積分項Iの平均値が、再開されたフィードバック制御に制御初期値として適用される。このときの制御状況は、第1実施形態で述べた冷機状態のエンジン始動時等と同様であるため、重複する説明はしないが、積分項Iの積算を待つことなく直ちにステップ的に増加するため、初期開弁角度に+側の誤差を有する流路切換弁12であっても遅延なく開側に駆動でき、これにより目標水温tgtTに対する水温Tの追従性を向上することができる。
【0067】
本発明の態様はこの実施形態に限定されるものではない。例えば上記実施形態では、乗用車に搭載されるエンジン1の冷却装置2として具体化したが、本発明はこれに限るものではない。例えば自動二輪車やATV(All Terrain Vehicle)に搭載されるエンジン用の冷却装置に具体化してもよい。また、図1に示す冷却装置2の水路の構成に関しても、これに限るものではなく任意に変更可能である。
【0068】
また上記実施形態では、水温Tが目標水温tgtTを横切ったタイミングで設定された積分項Iを積分項記憶部28により逐次サンプリングして平均値として記憶したが、これに限るものではない。例えば、水温Tと目標水温tgtTとの水温偏差ΔTbaseが予め設定された判定値未満のとき、換言すると双方が十分に接近しているときに設定された積分項Iを逐次サンプリングして平均値として記憶してもよい。
【0069】
また、第2実施形態で述べたフィードバック制御の再開時には積分項Iの平均値を適用する必要があるものの、第1実施形態で述べた冷機状態のエンジン始動時及び目標水温tgtTの高温側への切換時には、必ずしも平均値を適用する必要はない。従って、例えば制御開始から最初に水温Tが目標水温tgtTを横切ったときに単一の積分項Iを積分項記憶部28に記憶し、これらの場合に適用するようにしてもよい。
また上記実施形態では、PID設定部23でPID制御に基づく補正後水温偏差ΔTを算出したが、これに代えてPI制御に基づき補正後水温偏差ΔTを算出してもよい。
【符号の説明】
【0070】
1 エンジン
2 冷却装置
9 ラジエータ
12 流路切換弁(流量調整部)
17 水温センサ(水温検出部)
21 目標水温算出部
26 フィードバック制御部
27 開駆動判定部
28 積分項記憶部
31 フィードフォワード制御部
33 フェイル判定部
図1
図2
図3
図4
図5